2018年2月1日 (木)

第80回「海程」香川句会(2018,01,20)

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事前投句参加者の一句

         
裏紙のあっての豚まん冬温し 中野 佑海
薄闇。雪虫のまじりあはぬ日 小西 瞬夏
寒暁や犬を時計としておりぬ 鈴木 幸江
浜砂に草の実あかきわが仮泊 野田 信章
くさめかな金塊のよう男二人 桂  凛火
今年こそ笑って暮らそ初日記 髙木 繁子
落椿いつの間にやらうわの空 山内  聡
光折れて祖国の冥さ初鏡 若森 京子
甘酒 茶碗一杯の純なりき 伊藤  幸
黒光る牛舐め飛ばす寒の水 亀山祐美子
身の丈の日本を生きて冬花火 重松 敬子
なんで魚にならないんだろう爪 男波 弘志
狼のまなざしななめ恵方とす 河田 清峰
指間より愛が零れる冬銀河 藤田 乙女
霙降る小さな母に見送られ 河野 志保
阪神淡路大震災肋骨齧る枯薄 豊原 清明
エルサレムと言う語悲しや狐火や 稲葉 千尋
子どもらは透明になり森に消ゆ 銀   次
新年の鏡へ旧き貌の父 藤川 宏樹
往診鞄ふっと綿虫の匂い 大西 健司
腰痛や曲がり曲がらず曲り角 中村 セミ
雪霏々と降れば飯炊く飯炊く母 松本 勇二
隆々と咲きしなびたる蘇鉄かな 疋田恵美子
音も無し部屋片付いて初鏡 野口思づゑ
新春や日と土と風と半時 小宮 豊和
坂上がる明るき一角臘梅よ 中西 裕子
初日さす爆撃跡の水たまり 増田 天志
胸ポケットは二月のとびら万国旗 三好つや子
ねえ死んだのね枯野わたしの青い空 竹本  仰
独楽の足ぐぐっぐぐっと地球割る 漆原 義典
冬の夜の三和土自在な器なり 寺町志津子
鬼栖むか枝垂れ柳に餅の花 古澤 真翠
落葉して筋肉質の樹々がある 谷  孝江
冬満月姫は地球へ帰りませぬ 島田 章平
枯菊焚く出さず終いの文のごと 新野 祐子
線量計の凍蝶を生むとめどもなし 田口  浩
疣(いぼ)裂けて皮膚科へ走る五日かな 野澤 隆夫
子が笑うそこが真ん中春の森 三枝みずほ
ふたりゐて白き時間を冬日中 高橋 晴子
雪深々”席あけとくよ”と逝った人 田中 怜子
白鳥飛び町の色彩うごきだす 夏谷 胡桃
人日や納戸にしばし用のあり 菅原 春み
ついてくるのは狐かもしれぬ樹海 柴田 清子
裏白を飾り少年閉じこもる 矢野千代子
息吸って息吐いて新しい年 月野ぽぽな
金剛の風が吹くなり雪催 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「往診鞄ふっと綿虫の匂い」大きな病院のない、医師不足に悩む地方のお医者さんが、患者さんのもとへ急ぐ姿を思わせる。街燈もあまりない、薄暗い道を鞄を抱えて。待っている病人と、その家族と、医者と、綿虫の、それぞれ のかけがえのない命が響きあう。

男波 弘志

「薄闇。雪虫のまじり合はぬ日」そういわれると、雪虫の一つ一つが鮮明に浮かぶ。「。」は不用かと。「曲線的に余生を歩く葱畑(田口浩)」この曲線は大晩年のゆとりの曲線だろう。「光折れて祖国の冥さ初鏡」中7までは抜群の表 現、初鏡、では受け止め切れない。「往診鞄ふっと綿虫の匂い」医師は常に、人間の生死を見つめ、行き来している。往診鞄はまだ現世にある。綿虫のあの世へ患者を盗られないように。「海鼠噛みをり海鼠の呟きも(小西瞬夏)」この呟きが、 身の一部になる畏れ。「雪霏霏と降れば飯炊く飯炊く母」平凡な日常に一切がある。非日常など「たわぶれ事」だとわかる。「姉傘寿われらはころぶ雪の山」いざさらば芭蕉の転ぶところまで、江戸俳諧への連絡が見事だ。「たとへば枯野歩くほ どに赤くなる(野﨑憲子)」たとへば、の虚が実景に、そして心音の赤になる。「蟬の穴玉音放送聞きにくし(竹本 仰)」玉音の声が聞きずらいのは、シャーマンとしての役割を象徴している。神とは明らかならざるものだ。「人日や納戸にし ばし用のあり」金輪際動くことのない、人日、これこそが季語の生きたかたち。

藤川 宏樹

特選句「雪霏々と降れば飯炊く飯炊く母」:「雪霏々と」「飯炊く飯炊く母」の応答が暮らしの日常をうまく表現しています。今年90の母が三度三度、食事支度の様を目にしており同感、響きました。初句会後の新年会。男波さん、山 内さん、三枝さんと同席、俳句談義を楽しめました。皆様、今年もよろしくお願いします。

若森 京子

特選句「枯菊焚く出さず終いの文のごと」香を放ち晴れやかに咲いた後の枯菊ほど哀れな姿はない、それを焚く。ぶすぶすと煙むるが少し違った残り香もある様だ。その情景と中七下五の心情との綾なすひびき合いが大変上手いと思う。 特選句「雪深々”席あけとくよ”と逝った人」加齢と共に喪の多い昨今、親しい友の死にも会い自分に切実に伝わってきた。

増田 天志

特選句「ねえ死んだのね枯野わたしの青い空」口語調も良いし、喪失感が半端なく俺の胸に迫り来る。

古澤 真翠

特選句「 黒光る牛舐め飛ばす寒の水」牛肉に元気をいただいている私としては、「黒毛和牛」の静謐な一瞬が心に染み入りました。「寒の水」が効いていると思います。

野澤 隆夫

「海程」香川句会、今回で第80回。おめでとうございます。投句、参加者も確実に増え、和やかで楽しい句会です。今年もよろしくお願いいたします。 特選句「狼のまなざしななめ恵方とす」小生の乏しい天体知識の解釈。傷心の、何故に傷心かは不明ですが、作者が冬の大三角を見た景色。青白く輝くシリウスに狼のまなざしを感じ勇気を得て、今年の恵方とした。〝まなざしななめ〟が面白い です。特選句「薄氷や虫歯に潜む戦車隊(増田天志)」薄々と張った〝薄氷〟と痛い痛い〝虫歯〟。そこには一触即発の〝戦車隊〟が潜んでいると。トム・クルーズの映画です。問 題句「手袋を嵌めてみる蹼が邪魔(新野祐子)」冬鳥の鴨♂は どれもお洒落。その鴨の次に目を付けたのが手袋。ファッショナブルにと。でもこれが手袋なので〝蹼〟が邪魔をする。〝靴下〟だったらよかったかな?

中野 佑海

特選句「冬北斗観念的ガ木霊する(豊原清明)」この分かり難さ。とっても感激的です。大体北極星の回りをずっと律儀に回っているなんてほんと囚われの極致だよね!この「ガ」は一体何なのだ?蛾なのか、我なのか?賀なのか?是非 とも作者の方の自句自解お願い申し上げます。何か全てが気になる!特選句「子が笑うそこが真ん中春の森」うって変わってこの分かり易い安心感はどうだ!だけど、子が笑うのは、家庭で無くて、森の中。良いのかこれで。世の中の親と言うも のはそうかも知れない。私もあまり子に執着せず、私の母任せだった。反省して、孫は良く面倒見ている方だと思う。やはり、親と言うものは自分もがむしゃらに自分を見つけようとあがいている真っ只中だもの。子は見れる人に任せ、楽しき森 へ!新年会で皆様の句会とは違う顔が見られて良かったです。幹事の男波様、三枝様有難うございました。そして、いつもご尽力頂きます野崎様。今年も宜しくお願いいたします。

竹本  仰

特選句「落椿いつの間にやらうわの空」二通りの切れの可能性あり。「落椿」で切ると見ているうちにすべて忘れる、まだ大丈夫ですが、「いつの間にやら」で切ると「うわの空」状態の深化、乃至深刻化でしょうか。いずれにしても、 「落椿」と「うわの空」の対比がくっきりと面白く、「うわの空」に詩情を持たせているなあと感心しました。個人的には、だから後ろの切れでとった方がいいかなと。特選句「指間より愛が零れる冬銀河」なぜか、ゆううつにさせる作品で、そ こがいいと思いました。零れることによって成り立つ愛という、愛の無償をうまくうたい上げているのではと思います。その無償によって宇宙は成り立つのだといった、透明なかなしみでしょうか。モーリャックの『テレーズ・デスケルウ』とい う小説を思い出します。人生、ボタンの掛け違いだらけのような、乾ききった人妻が、キニーネで夫の毒殺を目論という話だったようにうろ覚えですが記憶しています。愛の性質、そんなものをさっと風のように書けたらこんなものかと。特選句 「裏白を飾り少年閉じこもる」リアルですね。純情を恥かしがる純情は、怖いものでもあります。しかし、こういう少年を世間は意外にきちんと見ており、あのTVに出てくる訳の分からないステレオタイプのおばさんはあまりいないもの。この句 のような最大級の自己表出を注意深く読み取る世間に気づいていないのは、少年ばかり。そこが詩なんでしょうね。吉本隆明の初期の詩に「エリアンの手記」というのがありました、やがては機動隊に追いかけられて、窮余の一策で警視庁に逃げ 込んで難を逃れたという、あの猛者がこんなひきこもりだったのかと。思えば、それが一縷つながる所が人生でありましょうと、ひきこもり少年に並々ならぬ愛を感じる小生の好みに合ってくれる句です。問題句「咳込んで凸凹はるか核ボタン( 若森京子)」この「はるか」がよくわからなかったです。病が、雑事・難事が多いことが、かえって核ボタンを遠ざけてるということか?煩悩による危機の回避?「はるか」は、為政者との距離感?どうでしょう?

島田 章平

特選句「子が笑うそこが真ん中春の森」。掲句、子供は世界の中心。新年のまだ芽吹き始めたばかりの森。見上げる青空。子供を真ん中に、若いお父さんとお母さん。お父さんとお母さんの真ん中でぶらんこをする子供。大きく空に向か って足を上げて御覧。世界は君のためにある。

山内  聡

特選句「ふたりゐて白き時間を冬日中」ふたりとは明らかに男と女。場所は明るい陽射しが射し込む部屋の中、を想像しました。この句の焦点は「白き時間」。白い時間というのはなんだろうな。白から連想されるのは、純白、純真、空白、 清潔、誰にも邪魔されない時間。ふたりでいることの貴重さを白き時間としたところにこの句の面白さがあると思いました。

矢野千代子

特選句「往診鞄ふっと綿虫の匂い」自然豊かな道を、医者が行く。〈鞄が綿虫の匂い〉なんて素敵なフレーズ…。そうとうくたびれた往診鞄を下げた姿は、その土地では大切な存在だろう。

寺町志津子

特選句「枯菊焚く出さず終いの文のごと」あるいは類句があるかもしれない、と思いつつも好きな句である。晩秋を彩った菊。冬になって寒さや霜雪にあい、葉も花も茎も、芯まで枯れていった菊。中には色褪せながらも微かに色彩を残 している花もあったかもしれない。そんな枯菊を始末しようと焼いていると、ほのかに菊の香りが・・・。そのほのかな香りに、遠い昔、憧れの人に書いたものの、結局は出さずじまいになってしまった懸想文のことが思われ、枯菊を焼きながら 、しばし哀切の念に包まれているであろう作者の心情に共感しました。 

疋田恵美子

特選句「天地はご神体なり初詣(小宮豊和)」天地神明というを信じる一人です。特選句「ふたりゐて白き時間を冬日中」南の日を受け、かけがえのない平穏無事な日常が見えてよい。

三好つや子

特選句「冬眠の目玉は宇宙漂ヘリ(増田天志)」冬眠という生命の営みもまた宇宙の神秘のひとつ。中七の「目玉」がレアで力強い。特選句「呼ばれたような蝋梅の透くことば(若森京子)」子どもの頃から中国の昔話集「聊斎志異」が 好きで、今でも蝋梅を見ると、仙女が手招きしているような気がします。そんな中国のおとぎ話をこの句に感じました。入選句「冬の夜の三和土自在な器なり」寒くて億劫になりがちな外の仕事・・・。三和土の温もりに励まされながら家事をこ なしている、冬の主婦の日常が目に浮かびます。

柴田 清子

「子どもらは透明になり森に消ゆ」を特選としました。十七文字で歳時記から飛び出して幻想的写生句としての魅力があります。

田口  浩

特選句「なんで魚にならないんだろう爪」こう置かれると、爪が魚になるのが当然のように思われる。詩の不可思議である。私には水に遊ばせている女性の指から、白い爪が離れていくいのちが透ける。小さな魚に貸してゆらゆら泳いで いるいのち。作者は、そうならない爪を嘆く。俳句はこの破天荒をゆるす。特選句「息吸って息吐いて新しい年」空気を吸ったり吐いたり、普段は意にとめる事もないのだが、新年はそうでない。穏やかな日常のなかの新しい年。特別の事は何も 言っていないが、句は新鮮で大きい。いい正月である。めでたい。

大西 健司

特選句「線量計の凍蝶を生むとめどもなし」線量計を何故か毛嫌いしていて最初選外にしていた。しかし詩的把握があるとの思いから特選とした。ただ七十九回で松本勇二氏の指摘にあったのと同じく「線量計の」何故「の」を入れて述 べるのかと疑問に思っている。切れを大切に、韻律を大切にと言いたい。

谷  孝江

特選句「身の丈の日本を生きて冬花火」昭和一桁に生れ、戦前戦中戦後をふり返ってみると多感な少女時代娘時代をそれなりに受け入れて生きてきたものよ、と近頃思い出すことしきりです。平成もあと一年とすこし。どの様な余世が始 まることかと、出来れば身の丈に応じた人世でと願うばかりです。豊かであれ、貧乏であれ、身の丈の中で生きることの大切さを思い起こさせてくれました。「一〇一歳の母在るだけで松飾り(中野佑海)」「雪霏々と降れば飯焚く飯焚く母」に も心打たれるものがありました。

河田 清峰

特選句「新春や日と土と風と半時」芭蕉の句に…春立ちてまだ九日の野山かな…彼の人は新しい年を僅か一時間楽しむと言う!風と光と産土のなかで…もうひとつ「睦月の芽睦月の意志の色をして(小宮豊和)」こちらのほうが詩情があ って好きではあるが…以上よろしくお願いいたします~

中村 セミ

特選句「ついてくるのは狐かもしれぬ樹海」以前、樹海をさ迷った友人の云う事に、樹木は気(殺気・息)の様なものを出すと云っていた。そこで、ちょっとスマホで調べて見ると植物の7つの能力とか気という言葉も出てきた。おそら く、ついてくるのは樹海の木の出す気だろうと思う。それが狐に感じたのだろうと思うが、ここでは誰かがついてくると感じたことが、大事だろうと思う。 その友人は、何とか道が分かるところに出る迄に、後からフゥーと息を吹きつけられた り、殺気を感じたり、それが何度も幻想の様に襲ってきたといっている。「ついてくのだ樹海の息が俺に」という言葉が彼の口から出たのを、思い出しました。特選句「線量計の凍蝶を生むとめどもなし」おそらく放射能がまだ飛んでいる区域に 残っている人間以外の生物の事を凍蝶として表しているのだろう。一年もすればそれ等の生物は死に絶え、植物が残っていてもずい分汚染されているだろう。それが今後、何十年も続く恰もしんしんと雪が降るように積ってゆく何シーベルトかの 毒、それを象徴している凍蝶が見事でとてもいい。特選句「独楽の足ぐぐっぐぐっと地球割る」独楽が地面にめり込むように回る回転力、ピックで大きな氷をかち割る様な表現で地球をまるで割るようだ。力強い表現力だと思う。他に、「たとえ ば枯野歩くほどに赤くなる」等気になりました。

稲葉 千尋

特選句「裏紙のあっての豚まん冬温し」何故あの裏紙が必要なのかわからないが裏紙があって豚まんが旨いのかも知れない。温ったまる。特選句「往診鞄ふっと綿虫の匂い」そうですか、綿虫の匂いか、往診鞄を提げる医師が綿虫のよう なのかも。

河野 志保

特選句「寒暁や犬を時計としておりぬ」寒い朝。散歩をせがむ犬の声。それを合い図に起床する。ストレートな詠み口に好感。犬も飼い主さんも始まったばかりの今日も、全部愛しい。日常を大切にした句作り、見習いたい。

新野 祐子

特選句「光折れて祖国の冥さ初鏡」うまく解釈できないけれど、一番気になった句です。太陽の光が屈折して地上に届かないあなたの祖国とはどこですか。国家という枠で考えると、この時代不穏で混沌としていない国はないでしょう。 新年の目出度い鏡に写るのは、一触即発の状態にある世界の姿なのでしょうか。特選句「初日さす爆撃跡の水たまり」これも胸にぐさりと刺さる句。イラクとかシリアとかの激しい戦闘で瓦礫と化した街が浮かんできます。硝煙の匂いのする濁っ た水たまりに、元日の朝日が刺し込んでいるという痛々しい光景に、日本人の私はこの戦争に加担しているのではと自問せずにはおれません。問題句「薄闇。雪虫のまじりあはぬ日」句点を入れるなんて、なんて挑戦的なのでしょう。初めて見ま した。小説は言わずもがな、大新聞でさえ七十年くらい前までは句点は使わなかったそうです。それを俳句に使うとは凄い!入選句「独楽の足ぐぐっぐぐっと地球割る」:「地球割る」がうまい。「ぐぐっぐぐっ」のオノマトペもユニークですね 。

三枝みずほ

特選句「ねえ死んだのね枯野わたしの青い空」死後の世界のこと、地獄や天国なんてものではなく、青い空ならいいかもしれない。青い空から枯野に話しかけているような情景。枯野は生の世界なんだと実感した。特選句「今年こそ笑っ て暮らそ初日記」日記に書くこと、自己嫌悪とか反省とか秘密とか。明るい事をあまり書いた記憶がない。一年の始まりに相応しい一句。こうありたいものだ。新年会、ありがとうございました!

藤田 乙女

特選句「胸ポケットは二月のとびら万国旗」 平昌オリンピックの若人への希望や期待、夢か溢れ出てくるような爽やかさ、清々しさを感じる素敵な句だと思いました。特選句「子が笑うそこが真ん中春の森」子どもの笑顔は周囲を幸せな 気分にさせ、その「生」の輝きは、まさに自然界の命が芽吹く春そのもののように思います。子の笑い声が森の中に響き、人間と自然との輝く生命の春の二重奏が始まるような明るさを感じ、とても惹かれました。

野田 信章

特選句「松過ぎの性悪文鳥肩に夫(鈴木幸江)」松明けという時間を経てこそ見えてくる日常の景。愛玩この上もない文鳥の生命を通して微笑ましい光景が把握されている。平和な年でありますように。第八十回に達したとは慶賀です。 益々の通信句会の充実を期待します。

鈴木 幸江

特選句「甘酒 茶碗一杯の純なりき」この句から、言葉では言い表せないが純という言葉の神髄にお目に掛れた気がした。一途な純情をしのびつつ、こんな現代だからこそそんな心情を味わいたい。一椀の甘酒の白く輝く姿と昔ながらの 一途な深い味わいを枯れた心に取り込もうではないか。少しは目立っているが出しゃばらない甘酒の存在もこの句は良く捉えている。特選句「ねえ死んだのね枯野わたしの青い空」死んだら宇宙の闇に無となり還ると思っていた。でも、その前に 臨死体験というものがあるのだ。忘れていた。この作者のは、「死んだのねえ」と思い、枯野が見え、明るい青空が上空に広がっているのだ。もちろん、これはフィクッションなのかもしれないけど、青空になんか救われた。死ぬのも少し楽しみ になった。問題句「キリストは極貧乏や寒稽古(豊原清明)」なんてたってキリストを極貧乏と捉える感性が異色だ。清貧というのならよくわかる。そして、寒稽古をしているか、見ているときにそう思ったのだろう。心理の展開について行けず 問題句にさせていただいた。キリストの生き様の新しい面を探ろうとしている挑戦心は応援したい。

夏石 胡桃

特選句「霙降る小さな母に見送られ」。いつまでも息子の背中を見ていたい母の気持ちがわかります。息子の気持ちも素直にわかります。よく表現される情景ですが「霙」が良かったと思いました。

菅原 春み

特選句「霙降る小さな母に見送られ 」 ぱらぱらと音をたてて降り、はじける霰の季語をえて、小さな母が音を伴う映像として浮かびあがる。特選句「初日さす爆撃跡の水たまり」淑気のなかに昇る初日の出が、対照的な爆弾跡の水たま りにさす、とは見事な配置。

田中 怜子

特選句「裏紙のあっての豚まん冬温し」ふくふく湯気が上がって、ささやかな幸せ。特選句「音も無し部屋片付いて初鏡」きりりととした簡素かつ冷たいくらいの部屋は、寂しいような。

桂  凛火

特選句「ねえ死んだのね枯野わたしの青い空」よくわからないのだがそこにひかれる句でした。ねえ死んだのね枯野とは人のような恋人のような大切なものをなくした喪失感が伝わってきました。私の青い空とはこれも大胆な言いぶりで 明るくてよかったです。

松本 勇二

特選句「裏紙のあっての豚まん冬温し」豚まんの特性をうまく句にしています。問題句「ふるさとは我追い抜いて冬麗なり(野口思づゑ)」我追い抜いてを我を追い抜きにすると「て」があることのゆるみが解消するのではないでしょう か。

伊藤  幸

特選句「くさめかな金塊のよう男二人」くさめからして若くはない。手を取り合い世の荒海を乗り越えてきたそんな男二人を金塊と称した作者に「ブラボー!」

野口思づゑ

特選句「 光折れて祖国の冥さ初鏡」日頃杞憂に過ぎなければと願ってしまう日本の現状を「光折れて」「冥さ」という詩的表現で季語の「初鏡」とともに巧みにまとめてある。問題句「肉親や氷の指の爪を切る(男波弘志)」肉親との関 係が好ましくない自分の指なのか、それともそんな肉親の爪を切ってあげているのかはっきりしないのですが、冷たい感覚が少し怖い。その他「落椿いつの間にやらうわの空」人の話しを聞いているうちに、何かのきっかけで上の空になっている 事があるが「落椿」がよく効いている。「ファミリーの標本箱かも初電車(三好つや子)」正月の電車はどこかに出かけるあちこちの家族連れで賑わっている。「標本箱」なかなか上手な言い方。「一〇一歳の母在るだけで松飾り」母と子の幸せ な関係がよく出ている。

漆原 義典

特選句「一〇一歳の母在るだけで松飾り」101歳の母が松飾りと長寿の母を敬う温かい親子愛が感じられ、私が大好きな句です。

亀山祐美子

特選句はありません。問題句『蝉の穴玉音放送聞きにくし』この夏、一夜庵のある興昌寺の本堂前の楓の木を囲む垣根に空蝉が無数に止まっていた。垣根の内側は雑草よけのシートが張り巡らされ、出口を塞がれた蝉たちの慌てふためく 様を想像し脱出できなかった蝉たちの無念を思った。「蝉の穴」があの日の「玉音放送」を呼び戻し、無数の墓穴を連想させる。「聞きにくし」が現在の政情不安を醸し出す。夏の句会で出句されたものなら間違いなく特選でいただいた。無季も 季重なりもありだが、やはり季節感は大切にしたい。『一〇一歳の母在るだけで松飾り』正月らしいおめでたい一句。句会で中七の「居るだけで」が問題になった。「101歳の母」「松飾り」たけで母の存在感は十二分に伝わる。趣味に仕事に 元気でも、病床に臥せようとも「母」は居るだけでいいものだから、だめ押しをする必要はない。必要なのは個性的な中七。後五文字の身の削りようだろう。「居るだけで」は平凡で説明的。好きな句だけにもったいない。私なら『百歳とひとつ の母や松飾』とする。おもしろい句会でした。今年もよろしくお願い申し上げます。

銀   次

今月の誤読●「ちょっとだけ考える人冬うらら」。そのオンナは「ちょっとだけ考える人」であった。なにごとも深くは考えず、深刻になりもせず、たいていのことは、〈まっ、いっか〉で済ますのが常であった。いまオンナはスーパー の中にいる。今夜の献立は肉ジャガと決めていた。だから買い物篭に最初に放り込んだのはジャガイモであった。次にニンジンを入れた。〈そういえば切らしていたわね〉とちょっとだけ考えてタマネギも入れた。あとは牛肉を買って、と。で、 ふと見ると商品棚にカレーのルーが並んでた。〈そっか、カレーもいいかも〉とちょっとだけ考えてルーを手に取った。〈えっと、あとは〉と総菜コーナーに行きかかろうとしたとき〈そういえば〉と、今朝クリーニングに出した夫のスーツのポ ケットに、小さなピンク色の〈マリコ〉とだけ書かれた名刺が入っていたのを思い出した。〈あいつ浮気してんのかしら〉とちょっとだけ考えた。ちょっとだけ考えて、〈まさかね、あの野暮天が〉と思い直してすぐに忘れた。うしろから〈あら ー、奥さま〉と呼びかける声があった。振りかえると同年配の主婦らしき女性が立っていた。オンナはその女性としばらく立ち話をした。〈野菜がお高いわね〉とか〈この寒さ、いつまでつづくのかしら〉とかの月並みな会話を交わし〈じゃあ、 また〉とわかれた。二三歩行きかけて、オンナは〈あの人、だれだったかしら?〉ちょっとだけ考えた。ちょっとだけ思い出そうとしたが、〈ま、どうでもいっか〉とレジに向かった。(筆者独白/好きだなあ、こういうオンナ。世はなべて事も なし。ちょっとだけ考えて、すぐに忘れる。それがこのオンナの生きる知恵であり、哲学なのだ。人生なんてそんなにご大層なもんじゃねえよ)。そしてこの手のオンナこそ、まさに「冬うらら」の似合うオンナなのだ。

重松 敬子

今回も興味深い句が多く,今年も楽しみです。特選句「子が笑うそこが真ん中春の森」初句会らしい明るさを頂きました。国の将来を担う子供達が健やかにそだっている様子,それを見守る周囲の暖かい目線も感じられとても良い句だと思 います。真ん中のつかい方が良い。

豊原 清明

問題句「狛犬の笑い上戸や実南天(亀山祐美子)」無気味な偶像と自然の融合。特選句 「声荒き海鳴りの町鰤大根(重松 敬子)」鰤と海鳴りの情景があるため、観念的ではなく、自然と生き生きして見える。

中西 裕子

特選句「 黒光る牛舐め飛ばす寒の水」寒い時期で縮こまってしまいますが、光る、飛ばす、と勢いのある言葉で元気をもらえました。

月野ぽぽな

特選句「ファミリーの標本箱かも初電車」電車を標本箱と捉えたクールさが見所。初電車なので、晴れやかな雰囲気もあり、バランスが取れている。

小宮 豊和

問題句「捨てて来た合鍵ぬっと初鏡」心惹かれた句だが意味がつかみにくい。「ぬっと初鏡」を、たとえば「初鏡にぬっと」とすると合鍵を捨てるという動作と初鏡に写るという現象の主体が同一人物で、一つながりの動きと感じられる 。「に」を追加すると十八音になるが意味は受取れる。作者の意図と異なるかもしれないが読者としてはわかりやすいことを希望する。

高橋 晴子

特選句「浜砂に草の実あかきわが仮泊」うまくいえないが人生の在りようを感じさせられる句。特選句「雪霏々と降れば飯炊く飯炊く母」〝飯炊く〟の繰り返しが炊飯器でなく竈で飯を炊いているような感を覚えさせる。いずれにしても 厳しい自然と命を守る飯の対比に興を感ずる。面白い句が多かった。「海程」の表現に少し慣れてきたのかもしれません。文句を言いたい句もたくさんあるが、そのうち自分で気がつくでしょう。今年もよろしく!

 
野﨑 憲子

特選句「息吸って息吐いて新しい年」シンプルだから美しい。淑気漲る作品に作者のエッセンシャルな生き方を思った。問題句「薄闇。雪虫のまじりあはぬ日」何でも有りの俳句の世界。句点とは、面白い挑戦だと思う。「薄闇」と「雪 虫」が少し近いのが惜しい。

友からの新年の便りに、青森のハンセン病隔離施設に18歳で入所し、1972年に49歳で亡くなった青葉香歩さんの川柳がありました。青葉さんは、失明の苦難の中、舌読で点字聖書を読み、川柳や教会の友との交わりの喜びに生きられ た方との添え書きがありました。深い感動の中、珠玉の作品を以下に紹介させていただきます。

どろんこのどろんこの中で神を見る

境遇のどう変わろうと星きよし

一筋の足跡残す気で歩き

感覚を舌に集めて読む点字

点字練習バイ ブル読める日をかぞえ

倖せは点字覚えた舌があり

足さぐり手さぐりに来て陽を感じ

盲今日雲の流れる音を聞く

天も地もみな平和なれ天仰ぐ

かつて読んだ詩集の中にあった「病は宝である」という一節がふっと浮かび、心洗われる 思いの中、逆境を逆手に取る魂の根っこの強さを強く感じました。衝撃でした。青葉さんの魂の強さを少しでも見習いたいと心底から思いました。  今年は、九月二十三日に、金子兜太先生が白寿を迎えられ、『海程』終刊そして『海原』発足 と節目の年にあたります。私も、『海原』に参加させていただきつつ、この「海程」香川句会は、「海程香川句会」として、今まで以上に愚直に熱く渦巻いて行きたいと念じています。皆さまのご参加を楽しみにしています!

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

放火
寒オリオン君の心に火を放つ
中野 佑海
どこにある放火の封筒初句会
藤川 宏樹
悴むやぎこちなく少年放火する
竹本  仰
バイオリンが響く放火をしませんか
田口  浩
春そこに放火してきたような顔
男波 弘志
うどん
うどん一杯寒の夜勤をあたためる
小宮 豊和
木枯しを纏いし背広うどん屋に
中野 佑海
うどんすする幸福論のあれやこれや
三枝みずほ
亡き妻の好きな花なり福寿草
島田 章平
福を呼ぶ顔となりに座ってゐる
三枝みずほ
福助の白足袋を知る人ばかり
柴田 清子
寒稽古
寒稽古なにやら気持ちの急展開
竹本  仰
すねに傷くるぶしの痣寒稽古
藤川 宏樹
水平線ほどけて風や寒稽古
野﨑 憲子
寒稽古遠くの山が近くなる
柴田 清子
冬の窓
冬の窓僕ならばまだ小さくす
男波 弘志
冬の窓私の魚およぎ出す
中村 セミ
恵方
句会場あるところ恵方なり
柴田 清子
新しき鉛筆におう恵方みち
男波 弘志
老人の音を持ち去る恵方かな
田口  浩
雪かしら唇に紅のらない日
柴田 清子
降る雪やりっちゃんは淋しかったのです
野﨑 憲子
飼主によく似し犬が雪の土手
野澤 隆夫
夜の空気吸ふもうすぐ雪の降る気配
三枝みずほ
別れゆく雪に似合わぬ背中だが
竹本  仰
ソクラテス
ソクラテス時には思索日向ぼこ
野澤 隆夫
ソクラテス雲は独りになりたがる
野﨑 憲子
おしどりの川にソクラテスがうつる
男波 弘志
ソクラテス鴨より鴎大きいです
鈴木 幸江
冬籠永遠の無知ソクラテス
山内  聡
真実はセロリの香りソクラテス
島田 章平
湯豆腐
湯豆腐のなかに地球のたまごかな
野﨑 憲子
湯豆腐や夫に云う付き合ってくれますか
鈴木 幸江
湯豆腐や昆布ひろがり白と黒
山内  聡
湯豆腐という遠景のありにけり
男波 弘志

【通信欄】&【句会メモ】

平成三十年の初句会には、着物姿の柴田清子さんと中野佑海さん、そして淡路島から竹本 仰さんが参加され、淑気と熱気漲る句会になりました。今回で八十回となり句会後に開いた新年会では、お話の花があちこちで咲きました。振り返れ ばあっという間の八十回でした。これからも、一回一回の句会を大切に踏んばってまいります。今後ともどうぞ宜しくお願い申しあげます。

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