2021年4月15日 (木)

「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』

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2020年11月11日刊行の「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』の一人一句鑑賞 ~「海原」発行人武田伸一さんのお礼状より~

一人一句鑑賞

☆自主規制青唐辛子とじゃこを煮る**** * 荒井まり子

自分に課する「自己規制」と、日常の中・下句の取り合わせが絶妙

☆一人でも生きていけます蘇鉄咲く*****石井 はな

一人でも生きていくことと岩場に群生するたくましい蘇鉄の花。

☆被爆手帳柩に納め炎昼や**** *** **伊藤  幸

被爆の後遺症に悩まされた半生。炎昼に亡くなるというのも縁か。

☆己より長いくちなわ回しけり**** ***稲葉 千尋

少年の自己顕示欲と得意さが具体的に活写されて、見事である。

☆レノンにはなれぬ漢のサングラス **** *植松 まめ

せめてサングラスを掛け、ビートルズのレノンに近づきたいのだ。

☆クマゼミが地鳴りを起こす朝六時**** *漆原 義典

一斉に鳴きだすクマゼミ。「地鳴り」と「朝六時」のリアリティ。

☆かわいいとすぐ言う男鳥の恋**** ** *榎本 祐子

疑似恋愛だろう。少し軽いが、憎めない男のささやきが聞こえる。

☆大鯉を抱え静かな火を思う**** ** **大西 健司

「大鯉を抱え」つつ、内に大望を秘めた少年の生きざま活写。

☆街聖夜黒いさかながポケットに**** **男波 弘志

クリスマスの前夜、あり得ないことをあるように見せる抽象画。

  
☆擦過傷瑠璃蜥蜴にもわたしにも****** *桂  凜火

『瑠璃蜥蜴』と同様、私にもある「擦過傷」。生きている親愛感。

☆麦秋やをんなはをとこ生みなほす**** *亀山祐美子

誕生した女児を否定しているのだろう、戦時下のような怖い句だ。

☆黒猫の嗅ぐ鮒鮨を喰うてやる*** ** **河田 清峰

猫さえそっぽを向くような鮒鮨の臭さ。それを喰うてやるという男。

☆紅ひくや西日のをんな四畳半**** * ** 銀   次

西日の差す四畳半で紅を引く女。なんとも艶なる時代性の一句。

☆まだ若い雷鳴だなすぐに来る *** **** *久保 智恵

遠いと思ったのに。すぐ頭上で鳴る雷。「若い雷」の感受がいい。

☆昔にも昔があった月夜かな**** *** *河野 志保

普段は忘れている感慨というもの。「月夜」だからこその納得。

☆ででむしの肉色あはし遠発破**** ** *小西 瞬夏

触れれば壊れそうなカタツムリへの実感、そして遠い発破の音。

☆政治家軍人多くは単にサラリーマン**** *小宮 豊和

偉そうに振る舞っているが、本質は月給取りに過ぎないとの喝破。

☆淋しさに影が出て行く冬満月*** *** *小山やす子

季節と人間の心情の交流が切ない。影はどこへ行くのだろう。

☆ひとり漕ぐぶらんこ鉄の匂い立つ **** *三枝みずほ

寂しさを癒すぶらんこ。そこに、こすれ合う「鉄の匂い」の非情。

☆空を斬る途中のしぐさ梅の花**** ** *佐孝 石画

「空を斬る途中」の危うさでとどまる姿勢。「梅の花」の静謐。

☆かりそめの午後の路地行く白日傘 **** *佐藤 仁美

ありふれた日常を「かりそめ」と観ずる作者。「白日傘」の実。

☆雪催い蟹食べに行く愉快なバス*** ** *重松 敬子

「蟹を食べに行く」バスツアー。「雪催い」なれど上機嫌の面々。

☆天の川行き片道切符下さい*** **** *柴田 清子

「天の川」の見事さに圧倒される。行けたら死んでもいいのだ。

☆セミ賑やかアパートの名は「トキワ荘」***島田 章平

手塚治虫氏など若い漫画家が共同生活をしたアパート「トキワ荘」。

☆骨と骨つなぐ金具やはたた神*** **** * 菅原 春み

まさかその金具に落雷することはなかろうが、すこし心配なのだ。

☆人哀れ山の厠で畏まる*** **** *** *鈴木 幸江

避けることのできない排泄行為。「畏まる」と把えた姿勢と畏敬。

☆どの家も青葉が群れて純老人***** ** *十河 宜洋

いろんな青葉に囲まれた地方の家と、そこに暮らす純朴な老人。

☆笹鳴きの聞こえて来しはこの大樹 **** **髙木 繁子

春にならないのに開いた「笹鳴き」。この「大樹」なればとの納得。

☆平和とは傍にいること神の旅**** *** *高木 水志

神は出雲へ行って留守だけど、「平和」とは誰かが傍にいることだ。

☆花八つ手金(キム)酔えば朴(パク)さびしいよ* **高橋たねを

たねをさんの代表句の一句。金・朴の人名が秀抜。

☆この海に育つ魚鳥空海忌*** ** **** *高橋 晴子

讃岐に生まれ空海の忌日に際しての作品。瀬戸内の作者ならでは。

☆ふるさとの風の重さよ栗の花**** *** *高橋美弥子

「栗の花」の強烈な匂いから触発されてのふるさとの賛歌。

☆雑煮食う辺野古が土砂で埋まる中 **** **滝澤 泰斗

正月、雑煮をいただいている間も続く辺野古の埋立て。申し訳なさ。

☆桜桃忌ですよワルツを踊りましょう**** *田口   浩

太宰治の忌日。悲しむことよりも「ワルツを踊」ろうとの親愛。

☆制服を脱がず海水浴をする*** ** ** *竹本  仰

あまりの暑さに、制服のまま海に飛び込むのだ。地方の女子中生か。

☆かくれんぼ運がよければここで死ぬ**** *田中アパート

かくれんぼ。ここは鬼に見つからないばかりか、死場所としても可。

☆桜桃忌甘えつ子修治と乳母のサキ*** ** *田中 怜子

「修治」は太宰治の本名。サキはその乳母。幼かりし太宰。

☆東京は吾には異国星が飛ぶ**** **** *谷  孝江

東京にあこがれる人は多いが、私には異国のようなもの、と石川人。

☆逢えば鳴る体の奥の鈴晩夏**** *** *月野ぽぽな

デートすれば、「体の奥の鈴が鳴る」という若々しい作者。

☆人間と書く八月の太き文字**** *** *寺町志津子

広島が故郷の作者の八月への思いは深く重い。その中心の「人間」。

☆冷麦や杖握り締め食う老母**** *** *豊原 清明

「冷麦」を食べるときも杖を離さぬ老母に注ぐ、暖かい眼差し。

☆大西日のぬた場でありぬ燧灘**** *** 中野 祐海

大景を、それも「燧灘」を「大西日のぬた場」と具体化する力量。

☆子の墓を洗えば重い石となり*** *** *中村 セミ

子の墓を洗っても生き返ることはない。ただ重い石としてある悲しみ。

☆都市封鎖の蝶がいっぴき大通り**** **夏谷 胡桃

新型コロナの影響を避けるため、世界各地での「都市封鎖」。辛い。

☆朝なさなぶなの芽吹きが峰越えて**** *新野 祐子

朝、そして次の朝も峠を越えて来るぶなの芽吹き。山形の風土。

☆ちちろ虫今なら聴くよ父の詩吟**** *野口思づゑ

古い趣味と思っていた父の詩吟。今ならちゃんと聞けるのに・・・・。

☆小鳥来る被爆マリアの眼窩より**** *野﨑 憲子

「被爆マリア」の目の空洞から、「小鳥来る」という反戦歌。

☆風邪の床ユーミンを聴くドイル読む** *野澤 隆夫

風邪寝の布団の中で、「ユーミンを聴きドイル読む」非日常の世界。

☆汗して旅草奔の語の鮮しく**** ** *野田 信章

汗をかきながらの旅で聞いた、清涼剤のような在野の人の話。

☆木蓮や半跏思惟の御手ほどに*** ** *福井 明子

モクレンの花の咲きざまを、仏像「半跏思惟」の手のようと喩える。

☆蜂歩く二百十日の皿の縁***** ** *伏   兎

厄日「二百十日」の皿の縁を蜂が歩く。あり得ないだけに不気味。

☆開花予想外れ倅の友の通夜**** ** * 藤川 宏樹

句の上の「四月」は無視し、息子は先に亡くなっていると読んだ。

  
☆夏帽子童女の如く母往きぬ**** ** * 藤田 乙女

「往」は「逝きぬ」として読んだ。「童女の如く」が悲しみを誘う。

☆冬三日月失語の父の強き握手**** ** 増田 暁子

話すことの出来ない父の、強い意思表示の「強き握手」が切ない。

☆チョンマゲが自転車で来る赤とんぼ****増田 天志

ロケ地での所見だろう。意外性が楽しく思わずふふと笑ってしまう。

☆駄菓子屋の奥の原色夏の雨**** ** *松岡 早苗

雑多な駄菓子が置かれている暗い店の奥の「原色」の鮮やかさ。

☆校庭の蝉の抜け殻ひと並べ*** *** *松本美智子

校庭の木々に多くの蝉の抜け殻。それを「ひと並べ」する遊び。

☆たましいの残る明るさ初彼岸*** *** *松本勇二

亡くなった人の初めての彼岸。「たましいの残る明るさ」とは鋭い。

☆峡はいま芽吹くしぶきの中にあり*** *森本由美子

新野句に似て非。峡の過疎地の一刻の華やぎ「芽吹くしぶき」が可。

☆干潟落日あぶれ蚊が離れない**** **矢野千代子

暮れ際の干潟。そこでの素朴な人々にまとわりつく「あぶれ蚊」。

☆蛇の衣少女はさらりと首に巻き**** *吉田 和恵

自然とともにある地方の少女にとって、「蛇の衣」は美しいのだ。

☆兜太なき浮世の羅はりついて**** ***若森 京子

偉大な師である兜太が亡く、羅が身に張りついてならないのだ。

(原文通り)

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