2026年9月27日 (日)

第176回「海程香川」句会(2026.09.12)

万智のイラスト イッチ君とコスモス.jpg

事前投句参加者の一句

                                                                               
<悼・草間彌生さん>晩夏光水玉ひとつひとつにいのち 野田 信章
退化して角なきわれの焼き栄螺 桂  凜火
母なる海よ八月の汚染水 岡田ミツヒロ
揃へ置く父の履き物秋の声 松岡 早苗
今昔 女湯空に君の名は 田中アパート
敗北感ポケットにあり秋の蝉 木村 寛伸
葛の花時には褒めて荒凡夫 吉田 和恵
朝焼けて風の硬さや剣岳 末澤  等
黒板に行き先を書く今朝の秋 淡路 放生
メルカトル法めく虚勢 更衣 藤川 宏樹
記憶の中をクロスステッチ秋隣 岡田 奈々
一枚の夜が海から剥がれてる 中村 セミ
足裏に夏の終りを言い聞かす 松本 勇二
三時草葬送の刻告げにけり 樽谷 宗寛
父ちゃんを独り乗せ征く稲刈機 出水 義弘
黒鍵に触れカナカナカナと少女よ 大西 健司
残暑なほ猛暑居座る犬の舌 柾木はつ子
葉のそよぎ愉快九月の浮浪(はぐれ)雲 竹本  仰
水牛の櫛に滑るや洗い髪 疋田恵美子
おふくろの刈りたる稲の重さかな 銀   次
にんじんの赤がうれしい今朝の秋 重松 敬子
この地球引き摺るやうに朝の蟲 河田 清峰
秋の夜や童話はまるで哲学書 川本 一葉
秋の章静かに開く法師蝉 漆原 義典
長き夜の人工知能から返事 月野ぽぽな
安堵ってこんな紋様いわし雲 新野 祐子
三日月や泣くためにある風呂の鍵 和緒 玲子
名古屋から乗る女(ひと)雨の九月乗せ 松本美智子
コンセントの奥に闇ありひぐらし 河西 志帆
わが四肢はかすかな器夜の秋 男波 弘志
生まれた場所を探しうろうろ終戦忌 花舎  薫
のらりくらり蝸牛だって暇なんです 十河 宣洋
蘇生するもヌーベルバーグは極暑中 塩野 正春
身の重さ熊野古道の釣瓶落とし 増田 暁子
ねこじゃらし一人を鬼にする遊び 三好つや子
荒れる地球や今日の三日月きれいです 若森 京子
父が吾を爆弾と呵いし北の時計台 伊藤  幸
故なく酔いて蜘蛛の囲払う己が顔 時田 幻椏
忘れたり思い出したり未雲 佐藤 詠子
青葉木菟去りて古城の寂しがり 布戸 道江
ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ 石丸ゆかり
夕焼けや勝つた負けたも又あした 各務 麗至
父母を知らぬ蓑虫風の中 佳   凛
かくれんぼのさいごのひとり月の舟 小西 瞬夏
木の皿と木の匙非戦草の花 菅原 春み
そんなこと忘れましたよ月涼し 矢野二十四
聞き分けのいい子の線香花火かな 高木 水志
ひとはみなことば足らざる蓮の実 亀山祐美子
朝顔の咲き継ぐ家の朝ごはん 榎本 祐子
鉦叩き横臥の母の水飲むを 福井 明子
ナマケモノ次はこの名のオスがいい 滝澤 泰斗
あの夏に箱入り娘は捨てました 遠藤 和代
つぶやきに既読つかない秋の暮 山下 一夫
蛍草トイレを居場所という少女 綾田 節子
そう国家国家おっしゃらず出目金 三枝みずほ
コンビニの灯に羽化せる蝉を手のひらに 田中 怜子
枇杷色のシャツの青年 青田風 植松 まめ
両の手に何にも持たぬ秋涼し 柴田 清子
残照に燃える鶏頭母の恋 藤田 乙女
向日葵を見上げて家族というさすらい 佐孝 石画
青北風よ罪はあるのか良き嘘に 野口思づゑ
雨月の音鳥隠者等の悲の色紙 豊原 清明
月白の夜汽車のやうな亡父だった すずき穂波
秋暑しねんねんころり暦繰る 荒井まり子
水玉の弾けて釣瓶落しかな 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「安堵ってこんな紋様いわし雲」。安堵というやさしくしっとりとした言の葉を、紋様に喩えれば鰯雲と書き納得です。みごとな閃きです。

小西 瞬夏

特選句「水玉の弾けて釣瓶落しかな」。追悼草間彌生さんですね。最近彼女の追悼句をたくさん見ましたが、この句はそれを全面に出さず、さりげなく書かれているのが素敵です。時間がたっても一句として成り立つとも思います。

豊原 清明

特選句「一枚の夜が海から剥がれてる」。これは絵だろうか。こういう有名な絵画があるのか。無知が悔しい。特選句「山肌の赤らむほどの旱かな(出水義弘)」。地球の温暖化は恐ろしい。企業のせい、アメリカのせいと思えているが、山さえ、苦しんで。問題句「唐十郎死してまなうらに底紅(すずき穂波)」。唐十郎は面白かった。句を読んで、亡くなったのかと知った。

伊藤  幸

特選句「敗北感ポケットにあり秋の蝉」。口に出せない負けの悔しさ。拳を握りしめポケットに突っ込む。秋の蝉にその悔しさ哀しさが伝わってくる。特選句「おふくろの刈りたる稲の重さかな」。おふくろのスキルには誰も勝たない。さすがおふくろ!それを評価する息子の優しさ。親子っていいですね。

岡田 奈々

特選句「葉のそよぎ愉快九月の浮浪(はぐれ)雲」。秋になり雲が、葉が涼しい風に揺れて、私もつられて、楽しい気分に。ああ良い気持ち。特選句「のらりくらり蝸牛だって暇なんです」。暇だから、ゆったり暮らせるのですね。私もゆっくり暮らします。「晩夏光水玉ひとつひとつにいのち」。 水玉ひとつひとつに自分の命を懸けて描いていたのです。「退化して角なきわれの焼き栄螺」。角が段々と取れて年を取ってゆくのです。「朝焼けて風の硬さや剣岳」。朝焼けを見ている我を我ながら偉いと思う。「一枚の夜が海から剥がれてる」。夜は海から作られる。「青空に白線を引く 八月(高木水志)」。一線を画して、八月は迎える。「ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ」。疲れを取って捨てられたら嬉しい。「かくれんぼのさいごのひとり月の舟」。やっぱり残って私達を見守ってくれるのはお月様ですね。「聞き分けのいい子の線香花火かな」。線香花火はあれこれ言いたそうですが、結局、すっとおわります。

すずき穂波

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び」。この句の「鬼」は【鬼の研究】で知られる歌人馬場あき子の、かの「鬼」であり「オニ」だろう。歴史風土に根強く絡まりつく民俗学的なソレ。人であるが故の「情のこゑ」に行き着く遊び。ねこじゃらしをクルクル野末に回し、回しながら己の裡の「オニ」に吸い込まれてゆく。裡なる「オニ」の正当化、肯定は人をさらなる高みに押し上げるに違いない。野末から戻った日常に潤いを感じて捻った一句だろう。特選句「そう国家国家おっしゃらず出目金」。何という納め方の句だこと。「出目金」がいい。「国家国家」がいい。「おっしゃらず」が更にいい。選評なんぞ、さらさらせずとも良しだ。俳人たる者の矜持が、こう詠ませた一句、だと思う。

矢野二十四

特選句「名古屋から乗る女雨の九月乗せ」。ひとりの乗客にある旅情と季節の移ろい。特選句「父が吾を爆弾と呵いし北の時計台」。父と子の激しい関係性の中にある郷愁。「揃へ置く父の履き物秋の声」。小津映画のワンシーンのような句。「椅子といふ秋思を素描するノート」。 秋思が椅子という絵になっている。「敗北感ポケットにあり秋の蝉」。きっと握り拳なのだろう。季語も佳し。「朝焼けて風の硬さや剣岳」。綺麗な景に決意あり。「ビスケットラップに包まれ地蔵盆(野口思づゑ)」。子どもが地蔵さんに供えた供物。「生まれた場所を探しうろうろ終戦忌」。よくわかる。私も廃坑で故郷はない。「むかしいた辺り手花火まだ消えず(松本勇二)」。思い出すのは親兄弟・ご近所。「故なく酔いて蜘蛛の囲払う己が顔」。世間も自分も鬱陶しい。

樽谷 宗寛

特選句「葛の花時には褒めて荒凡夫」。9月は亡き兜太先生のお誕生月ですね。荒凡夫は兜太先生と読みました。本当に褒めて欲しいですね。その気持ちがよく現れています。葛の花の色香が荒凡夫さまにぴったりですね。

藤川 宏樹

特選句「そんなこと忘れましたよ月涼し」。竹取物語。たくさんの貴公子の求婚を受けては無理難題を課して切り抜け、月に帰る日を待つかぐや姫。月を望み翁に投げかける語りと思われる。

木村 寛伸

特選句「月白の夜汽車のやうな亡父だった」。「月白」「夜汽車」「亡父」という三つのイメージが連鎖して、亡父の記憶が遠ざかっていく感じが出ています。特に「亡父だった」と過去形で閉じることで、単なる比喩ではなく、追悼性が生まれています。問題句「生まれた場所を探しうろうろ終戦忌」。これは作者独自の世界が非常に濃いです。「終戦忌」に「生まれた場所を探しうろうろ」という個人的な彷徨をぶつけたことで、戦争→故郷→自己の存在へ広がります。

若森 京子

特選句「長き夜の人工知能から返事」。Al時代になって人工知能が人間の知能を超えていく現在,この一句から何か恐ろしい予感がして仕方がない。特選句「そう国家国家おっしゃらず出目金」。世界中から国粋主義の兆しが聞かれる今,又歴史がスリ戻っていく様な不安を感じる。その深刻な問題を、この一句は軽く表現して、季語の出目金がよく効いている。

十河 宣洋

特選句「流木のやうなるふたり秋の浜(小西瞬夏)」。人気の減った秋の浜辺。何となく寂しい風景である。この二人男女と取ってもいいし、単に二人の人影と取ってもいい。なにか語っているようにも見えるし、じっと海を見つめているだけかもしれない。流木の流離のように見えた。特選句「名古屋から乗る女(ひと)雨の九月乗せ」。楽しく読める。雨に濡れていなくても雨を纏っているような雰囲気の女性。少し寂し気な雰囲気を見せる女性である。

各務 麗至

特選句「荒れる地球や今日の三日月きれいです」。現在の天災人災になげくことなく、三日月の美しさに希望を見ての力強さがある。特選句「月白の夜汽車のやうな亡父だった」。月白という夜空<世の中>に強い存在感と、電車でなく夜汽車というノスタルジー的力強さを亡父に重ねて偲んでいる、二句ともネガティブにならずポジティブに生きようとする決意が見えてきて、同じ力強さに共鳴することになった。

河田 清峰

特選句「秋の夜や童話はまるで哲学書」。秋の夜はやっぱり童話を読んで過ごしたい。

福井 明子

特選句「木の皿と木の匙非戦草の花」。木の皿と木の匙、という言葉になつかしさがひろがります。誰もがおさなく無垢な時代を過ごしていたのですね。非戦草の花の言葉が響いてきます。この世から戦争がなくなりますようにとの願いが伝わってきます。

和緒 玲子

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び」。かくれんぼか鬼ごっこか。同居する無邪気さと残酷さ。風に群れる猫じゃらしの配置が寂しくも美しい。

布戸 道江

特選句「安堵つてこんな文様いわし雲」。空を見上げるのが好きです、いわし雲を見ると穏やかで優しい気持ち。「ひとはみなことば足らざる蓮の実」。ことばは足りなくても、言い過ぎてもいけない、蓮の実が効いている。「秋の川ふつうの家のような駅(河西志帆)」。駅も家も人の生活の拠点、自然豊かで穏やかな暮らしがみえる。

榎本 祐子

特選句「むかしいた辺り手花火まだ消えず(松本勇二)」。追憶の中の手花火はついたままとは、うるわしい抒情。

淡路 放生

特選句「わが四肢はかすかな器夜の秋」。―<かすかな器>とは童謡の<小さい秋小さい秋見つけた>と言うあのメロディに近いのではないだろうか。四肢をそのような器として詠むのは孤独な<夜の秋>である。

佐藤 詠子

特選句「記憶の中をクロスステッチ秋隣」。クロスステッチは刺繍の技法の一つで、図案を元に布に糸で「×」の模様をたくさん縫い絵柄になってゆくこと。秋が近づき物思いにふけることも多くなった作者。思い出を行ったり来たりクロスしている。×印で一つ一つ溜息をつきながらも、大きな形になってゆく。新しい季節へ踏み出すために。繊細な美しさを感じる句である。特選句「朝顔の咲き継ぐ家の朝ごはん」。作者の目線がよくわかる。朝ごはんを食べながら外の朝顔を見る。朝の景が二つもある贅沢な俳句。咲き継ぐのは、朝顔が毎朝咲くことだけではなく、家族の繋がりや家系を引き継ぐことにも受け取れる。「ごちそうさま」の元気な声が聞こえてきそう。問題句「両の手に何にも持たぬ秋涼し」。この気分、すごくわかる。実際に物を持たないことだけでなく、社会的に抱えてることもないという自由ともいえる。強いて言うならば「両の手に何にも持たぬ」だけで、充分軽さや涼しさがわかるので、「秋涼し」では説明っぽくなっている感がある。「秋隣」「秋の空」「秋の風」「秋の声」等々、景の立つ季語がいろいろありそうな気もする。

岡田ミツヒロ

特選句「父ちゃんを独り乗せ往く稲刈機」。「父ちゃん」「独り」「征く」の一語一語が現在の農業の実状と生産者の真情をリアルに描出している。特選句「残照に燃える鶏頭母の恋」。母の時代、女性は想う人がいても親の決めた縁組に従った。燃えるような鶏頭の花、それは胸の奥に収った遠き日の記憶の色であり、形でもあろうか。

柾木はつ子

特選句「コンセントの奥に闇ありひぐらし」。昨日、古いコンセントの差込口がついに欠けました。その時この句にある闇を思ったのです。コンセントの奥には深い闇が拡がっていてその闇に妖怪が棲みついているのかもしれない。或いはその闇はSF風な物語が展開する入口かもしれないと、我が家の壊れたコンセントの奥をまじまじと見たのでした。特選句「そんなこと忘れましたよ月涼し」。これまでの人生で喜怒哀楽、どちらかと言うと「怒・哀」の方が忘れられませんね。だから人生に味があるのかもしれませんが・・・忘れられないから、あえて「忘れましたよ」と言ってみたいのかも。それともすべて本当に忘れてしまった人の事なのかしら?

大西 健司

特選句「蛍草トイレを居場所という少女」。「三日月や泣くためにある風呂の鍵」と同様に逃げ場所を求めている。こちらはトイレだ。ただ単に自分の部屋がないからトイレに籠もる、今どきのトイレだからこそだろうが、そんななんでもない会話を蛍草の小径でしているのだろうか、どこか意味ありげに書いて秀逸。問題句「三日月や泣くためにある風呂の鍵」。空にはどこか淋しげな三日月。手には風呂場の鍵。こうしか読めないのだが、いかがだろう。三日月で屋外を思う。そして焦点は鍵にある。離れにでも風呂場があるのだろうかとなる。たとえば上五の季語を変え、「風呂に鍵」とすれば内側から鍵をかけているように読めるのでは。気になる一句だけにもう一手間を。

疋田恵美子

特選句「フードロス洋梨もある子ども食堂(増田暁子)」。洋梨を見た子供達の喜びの笑顔と歓声が聞こえます。特選句「三日月や泣くためにある風呂の鍵」。三日月の美しい佇まいと、孤独や哀しみを抱えながらも気高く生きる姿が見えて共感しました。

漆原 義典

特選句「父ちゃんを独り乗せ往く稲刈機」。中七の、<独り乗せ征く>の征くが趣き深いです。稲刈りは戦場を進む兵士のようですね。素晴らしい句をありがとうございました。

柴田 清子

特選句「朝顔の咲き継ぐ家の朝ごはん」。二世代、三世代一緒の、昭和の頃の、味噌汁の匂ふ朝。懐しく思える家族の姿を、朝顔をもって詠っています。特選句「月白の夜汽車のやうな父だった」。亡き父のたとえようが、ほのぼのと一句にあふれんばかりです。

植松 まめ

特選句「椅子といふ秋思を素描するノート」。こんな素敵な句つくりたいです。特選句「葛の花時には褒めて荒凡夫」。いい夫婦ですね。私も時々連れ合いを褒めないと。

中村 セミ

特選句「秋の夜や童話はまるで哲学書」。誰かが、童話の本を置いていたベンチにすわり、よんでみた。ウサギさんは護岸から飛び込もうとしていました。亀さんが死ぬ前に楽しみましょうと、妖しいバーにつれていき、亀さんは、女になり、ウサギさんは、男になりました。はなしは、ここからです。男は、ビールひと瓶飲んだだけで、恐ろしい男がでてきて、50万請求されたのです。男はそのまま、うさぎにもどりました。女は亀、恐ろしい男は、大亀になりました。店の名前は美人局その隣に、潰れそうな。郵便局がありました。ウサギはとびこもうとしましたが、亀の男女はすでに死んでいました。店に残された手紙に、死んでいく競争も、結局亀がはやかったのです。亀は遅いほど早いを伝えていると僕は思った。

野田 信章

特選句「椅子といふ秋思を素描するノート(三好つや子)」。秋意や秋情、秋思などの句には正述心緒の句も多いが諷詠的な句柄も多い。上句から中句にかけての、修辞の上では反転ともとれる表記によって「椅子」そのものの物象感が優先されている。わが「秋思」の主情を吐露に終わらせないものがある。素秋の大気の中で「素描」されたノートをめくる思いである。諷詠から表現へー私にとって示唆してくれる一句である。

桂  凜火

特選句「俯せに白い眠りへ夏の果て」。白いという色の指定がとても効果的に使われていることで日常なのに非日常を描けていると思う。

男波 弘志

「谷に姥百合飯食い男ばかり殖え」。何故か「三日月がめそめそとゐる米の飯 兜太」この一行詩が真っ先に浮びました。そう泣いてばかりはいられない。そういうことでしょうか。愛憎、美醜、分別できるものなどどこにもありません。人間の皮相な目がこれを得手勝手に分けているだけでしょう。秀作

松岡 早苗

特選句「ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ」。この季節に感じる重だるさが軽妙に詠まれていて、共感を覚えました。ゴミ箱までいくのも面倒で、椅子からゴミを投げ入れる。ついでに夏の疲れもひょいと投げ捨てたい気分。特選句「枇杷色のシャツの青年 青田風」。青々とした稲田に配した「枇杷色」に惹かれました。オレンジの鮮やかさではなく、少し柔らかでくすんだ味わいの「枇杷色」。青田を吹く風の匂いも届き、郷愁を覚えました。中七の後の一字空けから、この「青年」は、遠い昔の作者自身かと想像されました。

末澤  等

特選句「青北風よ罪はあるのか良き嘘に」。世の中には枚挙にいとまが無いぐらい良い嘘があり、そういう嘘は罪が無いと私は思っていますが、皆さんは如何ですか?恐らくこの作者も良い嘘に罪はないと思っていると思われますが、それを澄んだ青空に吹く風に問いかけるように上手く表現されています。→ 今回は剱岳へ! 山頂の清新な風をありがとうございました。

末澤さん剣岳斜面.jpeg 末澤さん剣岳山頂.jpeg 末澤さん剣岳夕焼.jpeg
竹本  仰

特選句「安堵ってこんな紋様いわし雲」:風景がごく身近に感じられる時ってある。その瞬間は、何だろうか?結論を急ぐようだが、それが生きている自分を実感できている時なのではないか。あるいは生かされている実感とも。ひょっとして、そんな風景を見るために生まれて来たのではないか。加藤楸邨先生の「鰯雲人に告ぐべきことならず」と人口に膾炙される代表作も句会では〇点句だったが、某編集者の慧眼が拾い上げたという。風景とぶつかる、その瞬間を大事にしたいと痛感された。特選句「残照に燃える鶏頭母の恋」:肉親の恋って、何か痛いところを突かれた感じがする。小生の知り合いは、姉が失恋自殺をしたと、ある時、ぽつりと言い出した。どう答えていいのか、躊躇っていると、なぜ死んだんだろうな、と、またぽつり。そうか、ずっと繰り返し思っていたことが、つい出てしまったんだと、何も答えずに済んだ。この場合の母は、あの母であって、この母ではなく、一人の人間として認めていることに意味がある。痛いけど、いいよ、とてもいい、という声が聞こえる。特選句「向日葵を見上げて家族というさすらい」:「家族というさすらい」に眼がいった。家族というものが切なく感じられるのは、そんな感覚に襲われる時だなと思う。有名なイタリア映画「ひまわり」もあのウクライナの向日葵畑で夫を探してよぎるシーンがなかったら、何ともつまらない話ではないかと思ったが、あの向日葵群は二次大戦の戦死者へのレクイエムとして植えられたものらしい。そういえば、「向日葵は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し」と寺山修司も詠っていた。そう考えると、向日葵―っ、なんて花だ!としばし嘆息する。

香川の水不足、何とか回避できたでしょうか。島木健作の『生活の探究』も香川がモデルでしたが、田の水の当番ことが詳しく書かれていたように思います。淡路島とて似たようなもので、あちこちに溜め池があり、最近の後継者不足で管理が大変だと聞かされます。ただ大雨の時は決壊が怖く、仮にそうなれば、百軒の集落一つが壊滅するようです。天変地異の今年、町内の防災係の私はマスコミの情報に接するたびに、落ち着いていられないことになります。実は、十月十七日も防災訓練にあたり実施者であり、ああ、福井に行けない、と嘆息。十九日が九州で母の法事、何か埋まってしまいました。まあ、しかし、そこにはそこの出会いもあり、楽しみもあることでしょうから、頑張りましょう。皆さまも、こんな毎日、お気を付けください。それでは、また。

川本 一葉

特選句「わが四肢はかすかな器夜の秋」。意欲作です。性を詠んでいる、と思うのに清潔感があります。かすかな、というところがまた不安定さを醸し出して言うに言われぬ思いを感じます。全く見当違いの感想かもしれませんが、唸ってしまいました。

時田 幻椏

特選句「椅子といふ秋思を素描するノート」。私も同じ事をしてしまいそうな 行動と情緒が良く理解できる句でした。手帳、画帳でなくノートで良いのか、少し気になりましたが。問題句「鬼灯や西荻南初五荘(野﨑憲子)」。私的な記憶としての固有名詞がこちらまで届いて来ない、こちらの理解・感覚にまで届く何かを獲得できれば私的満足を超えられると思うのですが。問題句「雨月の音鳥隠者等の悲の色紙」。同様に句の持つ情緒は感じられるのですが、読み切れず浅学菲才の私には なんとももどかしく、句の読みを御披露頂きたいと思います。「退化して角なきわれの焼き栄螺」「蝉生まる吾も二足歩行ぼちぼち」「秋風や鳩の歩みは宙つつく」「そう遠くないヒト類消える酷暑かな」など、助詞の使用感に違和を覚えました。私の思う助詞が入れば、読みも素直に充分佳句として頂きたい句も在り、と思います。

野口思づゑ

特選句「三日月や泣くためにある風呂の鍵」。何か辛いことがあった夜、風呂場の鍵をかけて家族や同居者にわからぬようそっと泣いている女性の姿が目に浮かんだ。臨場感のある句。問題句「椅子といふ秋思を素描するノート」。 どことなく詩的で魅力は感じるのですが、椅子がノートといわれると、そこに違和感を覚えました。「あの夏に箱入り娘は捨てました」。初めて親に反抗して駆け落ちでもしたのでしょうか。ドラマ性ありです。

塩野 正春

特選句「晩夏光水玉ひとつひとつにいのち」。私が言うのも僭越至極だが俳人山頭火風の自由な句作に惹かれる。そう、(いのち)の怖さ、ありがたさを感じるのは毎晩の事だ。明日になればすべてがわかる! それが毎晩続く事、私の今の思いにぴったりで怖いばかりだ。特選句「安堵ってこんな紋様いわし雲」。毎日異常気象になれてしまって、平穏無事な頃の雲の景色が思い出せない。秋なら秋で普通の鰯雲が見たいものだ。蝉や鈴虫の鳴き声、紅葉もそうだ。早くいつもの景色に戻って欲しい。

花舎  薫

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び」。鬼ごっこと言えば子供たちの無邪気な遊びだが、一人を鬼にする遊びとは残酷な響きである。それは子供のいじめに限らず、大人の世界にもあり、ひいては国と国の間にもありえるだろう。季語の斡旋もよい。道端などどこにでも生えている。

佳   凛

特選句「蛍草トイレを居場所という少女」。誰にも打ち明けられない苦しみを、抱えトイレと言う閉ざされた空間にしか、居場所がない。胸がえぐられるようです。季語の蛍草かが、ことの他切なく、少女のSOSを見守っている作者の優しさが深く心にのこりました。

月野ぽぽな

特選句「朝顔の咲き継ぐ家の朝ごはん」。普通であることが有難いことであることを思い起こさせてくれます。平和の風景が「朝」にみなぎる力とその韻律で描き上げられていて気持ちいいです。

滝澤 泰斗

特選句「朝焼けて風の硬さや剣岳」。映像美が何とも美しくご当地、剣岳の持つ力と風の硬さでいただきました。特選句「名古屋から乗る女(ひと)雨の九月乗せ」。句稿をいただいたのが、名古屋に線状降水帯が発表された日、タイムリーな一句。上五が他の町だったらどうかと言われると、途端に自信が無い。共鳴句「メルカトル法めく虚勢 更衣」。今、話題のメルカトル法、こちらもタイムリーな着眼に「なるほど」と・・・「一枚の夜が海から剥がれてる」。特選にしてもと思った句です。夜が剥がれるとは、上手い!「父ちゃんを独り乗せ征く稲刈機」。昔の稲刈り風景とは随分と違う赴きに、俳句はいつも時代を映している。なのに、江戸時代の松尾芭蕉の句にも共感できる不思議さ、素晴らしさ。「流木のやうなるふたり秋の浜」。遠く、学生時代に流行った。越路吹雪さんの「誰もいない海」まで、帰った。流木の様な二人も歳を重ねました。「この地球引き摺るやうに朝の蟲」。自分もこんな句を詠めたらと思う一句。

増田 暁子

特選句「メルカトル法めく虚勢 更衣」。メルカトル地図の虚勢と衣替え。この組み合わせバッチリです。お見事です。特選句「足裏に夏の終わりを言い聞かす」。猛暑の夏が何とか終わりそうで、フラフラしている身体を支えてくれよ!と足裏に言い聞かす作者。同じく私もその通り。「机にも晩年意識夜の秋(男波弘志)」。長い付き合いの机、やはりお前もか?

松本美智子

特選句「木の皿と木の匙非戦草の花」。子どものままごと遊びを想起させます。世の中の不穏な空気や世界情勢を払しょくさせるような子どもの笑顔に癒されます。将来を担う子供たちの平和が脅かされないよう,願うまでです。「草の花」「木の皿」と戦争のハイテク機械の対比も効いている句だと思います。

出水 義弘

特選句「積乱雲海賊船の大集合(伊藤 幸)」。猛暑の空の大小の積乱雲を海賊船に見立てた ところに、ファンタジーを感じた。確かに、山並みの稜線を越えて、天上高く盛り上がる強大な積乱雲を見ると、恐れを感じる。ユーモアの中にも、いつ猛威をふるうかもしれない自然への根源的な恐れを表現している。特選句「おふくろの刈りたる稲の重さかな」。今のコンバインによる稲刈り作業と異なり、かっては、人力で、腰をかがめて一株一株刈り取る重労働であった。そのような重労働に勤しんだ母親への労わりと感謝の気持ちが良く表現されている。

銀   次

今月の誤読●今月の誤読●「かくれんぼのさいごのひとり月の舟」。子どものころ、近所の子たちとよくかくれんぼをして遊んだ。ある夕暮れ、わたしはオニだった。「もういいかい」。ひとり、またひとりと見つけていったが、最後のひとりだけが見つからなかった。日が暮れきってもだれもその子の名前を口にしなかった。戸惑ったわたしはそのいきさつを母に話した。母は笑って「そんな子、いなかったんでしょ」とさっさと台所に戻った。それから何十年も経った。久しぶりにふるさとへ帰ったわたしは、納戸の奥から古いアルバムを持ち出し、ページをめくっていた。懐かしい。と、なかの一枚の写真に目をとめた。子どもたちがいる。わたしもいる。そして、いちばん端っこに知らない子が立っている。ハッとした。知らないどころか、その子はわたしの弟だった。かくれんぼの日の数ヶ月前に死んだ弟だったのだ。弟が死んだことを受け入れられないわたしは、一緒に遊んでいると思いたかったのだ。だから探したのだ。かくれんぼの最後のひとりとして。「ちょっと散歩してくる」と言い残して、わたしは近くの池まで歩いた。水面に大きく月が映っていた。月明かりの水の上を小さな舟がこちらに近づいてくる。舟には死んだはずの弟があのころのままで乗っていた。弟が言った。「もういいよ」。わたしは舟に乗り込み、舟は月へとのぼっていった。翌朝、池の端にわたしの靴だけ残っていた。

田中 怜子

やはり、人間をも操作する能力のAIに関する句が多くなりましたね。それと、先が見通せない危なっかしい世が漫然と覆っているような句を見ます。そのような中、自分のお墓をどうするか、霊園からのお誘いのメールがくるところ。特選句「海になれ西日の海に散骨す(銀次)」・・・・に私の気持ちを代弁してくれているということで、今回はこの句のみ。

新野 祐子

特選句「ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ」。西日本の残暑は酷のようですね。東北人には想像できないのですが。大変なことはこのように軽やかにやり過ごせればいいんだなと教えられました。では私、「ゴミ箱にこの宿酔をひょいと投げ」ました、今。

荒井まり子

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び」。古今東西世の中は常に的を絞り標的に数を味方に死てきた。怖い、怖い。ありがとうです。

亀山祐美子

特選句『揃へ置く父の履き物秋の声』。履き物を揃えて脱げなくなった父への気遣いがひしひしと伝わり切ない。「秋の声」は父の余命。父を囲む家族の心情、心の声が漏れ聞こえ感情の揺れに共鳴する不安を感じるあるいは既に遺品となってしまった履き物なのだろうか。「秋の夜」の切なさが伝わる。

三枝みずほ

特選句「黒鍵に触れカナカナカナと少女よ」。黒鍵というどこか不穏で深みのある音が少女の揺れる心情を表している。蜩の声が少女の葛藤に呼応しており、境界線の狭間にいるような感覚になった。語順やリズムも考え抜かれた一句。

高木 水志

特選句「黒板に行き先を書く今朝の秋」。自分の行き先を誰かに伝えるために黒板に書く。まだまだ暑いが、気分は秋の清々しさに変わっている。これから始まる何かを想像する。

菅原 春み

特選句「敗戦簡ポケットに在り秋の蟬」。秋の蟬でなおさらしみじみ感、やるせなさが感じられます。特選句「ひとはみなことば足らざる蓮の実」。蓮の実の季語を得て、ことばが飛んで行ってしまいことば足らずになるとは言いえて妙。すばらしい。

吉田 和恵

特選句「身の重さ熊野古道の釣瓶落とし」。熊野古道に刻まれた歴史の重さを沈む夕日にたくすということ。転じて、私達が歩んできた歴史を何百年か経って、後世の人たちがどう評価するのだろうと、ふと思った。

遠藤 和代

特選句「長き夜の人工知能から返事」。眠られぬ夜人口知能と話す現代人の孤独が伝わってきます。

石丸ゆかり

特選句「足裏に夏の終わりを言い聞かす」。誰も見ない足裏にと言う言葉が出てくるのは、面白いと思いました。特選句「そんなこと忘れましたよ月涼し」。言ったけど、忘れてしまいたいことって誰にもあるねと共感できました。」問題句「鬼灯や西荻南初五荘」。漢字が多すぎて意味がわかりませんでした。

初参加の弁・・これからよろしくお願いします。俳句を楽しんでいきたいと思います。→ 「海程香川」へようこそ! こちらこそ、よろしくお願いいたします。

桂  凜火

特選句「俯せに白い眠りへ夏の果て」。白いという色の指定がとても効果的に使われていることで日常なのに非日常を描けていると思う。

河西 志帆

特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び(三好つや子)」。こうして書かれると、鬼は可哀想です。たった一人を鬼にして、みんな帰ったりしないよね〜。「紙めくる指の乾きやつくつくし(亀山祐美子)」。歳をとると指が乾くんですね。しみじみと知る歳になりました。「おふくろの刈りたる稲の重さかな(銀次)」。この重さは、その重さとは違うんですよね。まだまだ働ける母さんを抱きしめて下さい。「わが四肢はかすかな器夜の秋(男波弘志)」。下五の着地が見事です。押しても動がないように思います。

三好つや子

特選句「一枚の夜が海から剥がれてる」。「藍」とも「碧」とも「蒼」とも違うミステリアスな夜空なのでしょう。海が一枚めくれて空になったという、詩情豊かな発想に惹かれました。特選句「秋の蛾を隠す曼陀羅雨が降る(和緒玲子)」。ぐずぐずと降る秋の雨に、どこかすっきりとしない心象が見え隠れ。それは曼陀羅図に溶け込むように潜む一匹の蛾であり、作者自身なのかもしれません。「長き夜の人工知能から返事」旅のプランはもちろん服装までアドバイス。カウンセリングもしてくれるAIに、すこし怖さを感じました。「ゴミ箱に夏の疲れをひょいと投げ」。あっけらかんとしたコミカルな表現。元気をもらいました。「つぶやきに既読つかない秋の暮」。現代的な秋の淋しさを言い得て妙。

山下 一夫

特選句「安堵ってこんな紋様いわし雲(新野祐子)」。いわし雲を見上げたときの視覚効果を端的に表現。「安堵」「紋様」は硬質の言葉なのに一ヵ所が口語なだけで全体の印象が程よく柔らかくなっています。いわし雲程の柔らかさとも言えましょうか。特選句「ねこじゃらし一人を鬼にする遊び(三好つや子)」。言われてみると鬼ごっこはいじめの構造一歩手前ですよね。参加者の大半がつるむと本物になってきます。手軽に猫をからかえるエノコログサの斡旋も悲しいほど嵌まっています。問題句「あの夏に箱入り娘は捨てました(遠藤和代)」。一読、幼児虐待を連想してドキリ。しかし、これは主体が自身の箱入り娘性を捨てたことかと納得。いや、これは箱入り娘と交際していた男性が捨てた(怒)などと想いが巡りました。以下、共鳴句「椅子といふ秋思を素描するノート(三好つや子)「一枚の夜が海から剥がれてる(中村セミ)」「足裏に夏の終りを言い聞かす(松本勇二)」「残暑なほ猛暑居座る犬の舌(柾木はつ子)」「流木のやうなるふたり秋の浜(小西瞬夏)」「月欠ける忘れることも大切に(柴田清子)」「蛍草トイレを居場所という少女(綾田節子)

野﨑 憲子

特選句「海ほどの愛だ夏燕バイバイ(三枝みずほ)」。夏燕の飛翔と、燕へ手を振る若者のシルエットが重なり、「海ほどの愛だ」の断言が、かすかに哀愁を帯びながら祝祭のようにまぶしく響く。

自句自解「鬼灯や西荻南初五荘」。先月のある日、散歩の途中でふっと空を見上げると「雲は秋運命という雲も混じるよ(金子兜太)」が浮かんだ。拙句の初五荘は、学寮から出て初めて暮らしたアパートの不思議な名。私の六畳一間は、近くに住む受験浪人の弟も加え、よく友人たちで賑わっていた。試行錯誤の、得体の知れぬ熱量があった。確かに、難解。でも、今に繋がる何かがあった。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

秋の風
秋風に晒され「俺が」の白くなる
岡田 奈々
墓碑の楷書句碑の草書や秋風
和緒 玲子
秋の風高きに鳥のひとつあり
銀   次
胸に手を当てて嘘つく秋の風
三枝みずほ
ケネディの褪せた背表紙秋の風
藤川 宏樹
大窪寺
打留や人となりゆく大西日
三枝みずほ
ほしづくよ蹠(あうら)を打留の石ころ
和緒 玲子
すすきはらへ至るまで石ころ
三枝みずほ
山頭火碑重き夕日を背負いおり
銀   次
打留から始まる道や天の川
野﨑 憲子
欲ばりをまだ棄てきれぬ原爆の火
藤川 宏樹
山頭火露の化身と生りゆくよ
岡田 奈々
露
露草の青に来たれり秋ひとつ
銀   次
朝露や弾じけて広がる新世界
末澤  等
凭れあふ置き傘二本露の宿
和緒 玲子
傷む木とおしゃべりしてる白露かな
三枝みずほ
「比島沖」の墓標川辺の露の玉
藤川 宏樹
産土はカオスの祭り露万朶
野﨑 憲子
釣瓶落し
釣瓶落しラーメン鉢に雷紋
藤川 宏樹
互いの思慕まで釣瓶落しかな
末澤  等
たっぷりと波音たっぷり釣瓶落しかな
野﨑 憲子
釣瓶落しそうかもう絶版のページ
三枝みずほ
色々あつたいろいろ釣瓶落しかな
野﨑 憲子
手すさびの紐編み釣瓶落しかな
和緒 玲子
君
稲びかり君好き過ぎて撃沈
野﨑 憲子
君に塩オクラぐつぐつ茹でるかな
岡田 奈々
君の秋古書店の棚にあり
銀   次
君は君緑黄色的Tシャツ
三枝みずほ
浴衣着て君と十九の大花火
野﨑 憲子
君の名はいまもどこかに真知子巻
藤川 宏樹

【通信欄】&【句会メモ】

九月二十三日は金子兜太先生のご生誕百七年でした。 相次ぐ自然災害は、人類への深い問いかけのように思えてなりません。 世界へ向けて「平和の俳句」をと念じる心は、他界の師のまなざしとともにあると信じています。 今後ともよろしくお願いいたします。

『若森京子句集  藍の晩年 』 晩年は兎あつまる野が住所

『十河宣洋句集  鶏  肋 』 ほっちゃれのまだ産後のままの息

が上梓されました。若森さん、十河さん、おめでとうございました。 詳細はこれから『海原』誌に紹介されると存じます。楽しみにいたしております。

旱の続く香川にも、このところ待望の雨が降り、少し秋らしさが感じられるようになってまいりました。 全国各地では線状降水帯による豪雨や洪水の報道が続き、案じる日々ですが、当地の渇水状態は今なお深刻です。 そのような中、今回も熱く楽しい句会が開催されました。剣岳(富山県)登山から戻られた末澤さんも、元気にご参加でした。

2026年8月25日 (火)

第175回「海程香川」句会(2026.08.08)

万智のイラスト朝顔.jpg

事前投句参加者の一句

八月を開く朱色の栞紐 小西 瞬夏
雲の峰までころがってゆけ夏ふとん 重松 敬子
傘立てにまだあの昼の捕虫網 和緒 玲子
原爆忌無防備なまで空の青 木村 寛伸
置き配に傾いている大西日 榎本 祐子
知り合いを忘れてしまう金魚かな 高木 水志
向日葵やそのまま歩き出しそうな 河野 志保
かなかなやとわに待つことできそうな 新野 祐子
泣くたびに赤子生ひ立つ夾竹桃 大浦ともこ
ベランダにゐるのは一人遠花火 野口思づゑ
黄金虫ならどうかこの蕊だらけ 桂  凜火
八月やあなたの咆哮聞こえ来る 滝澤 泰斗
距離感って難解舟虫走る 三枝みずほ
もう少しならガンバレル雲の峰 柴田 清子
逃亡の明日は三越花氷 すずき穂波
朝涼し眼を閉じてなお白き花 薫   香
いつさいはなんたいどうぶつまるはだか 亀山祐美子
恐竜の図鑑を閉じて夏終る 藤田 乙女
そのつもりなくて生まれて金魚玉 男波 弘志
ハッケヨイ残った漆の国の酷暑かな 荒井まり子
夏山やソモサンセッパ雲辺寺 各務 麗至
遥かなる兜太先生夏燕 布戸 道江
七輪に炙るスルメや梅雨の月 大西 健司
喪の家の闇を焦がせり緋の鯉は 樽谷 宗寛
魂の満ちて蓮華の白さかな 佳   凛
青芒風の真面目な話聴く 津田 将也
夏蝶の骸美しプリマドンナ 植松 まめ
ふとさがす朝日俳壇酷暑の日 田中アパート
胡瓜曲りおもちゃのよう圏外 十河 宣洋
人間くさくなってくる夏帽子 河西 志帆
朝六時どっと降り来る蝉時雨 出水 義弘
わたくしの夏野調律されぬまま 佐孝 石画
蝉時雨我を静かに治めゆく 岡田 奈々
夏の山火事倫理なき地球 疋田恵美子
羽根付けてみんなアイドル合歓の花 吉田 和恵
白兎ぴょん白波消えてまた湧きて 福井 明子
髪洗ふ今殺られれば是非もなし 川本 一葉
今日を捥ぐ夕陽捥ぐごとトマト赤 三好三香穂
逢へばまた昭和乙女はレスカ飲む 柾木はつ子
静かに並ぶ炎天の給水車 松本美智子
冷奴きれいに食べていい女 銀   次
地震(ない)十年の村よ村びと虎耳草(ゆきのした) 野田 信章
夏の夜水琴窟かな蟋蟀鳴く 漆原 義典
梨一個になれるか梨に問われいる 竹本  仰
八月がある長距離走のごとく 月野ぽぽな
夏草やぐるり空き家の夢の跡 遠藤 和代
紊乱の娑婆霍乱の吐瀉に果つ 時田 幻椏
この炎帝 家、水無き被災者よ! 田中 怜子
人にも断層雨季が来ているのか 山下 一夫
白雨去る片っぽだけの白い靴 綾田  節子
島薄暑公民館の山羊の鳴く 菅原 春み
モナリザを刺繍する娘(こ)の夏季休暇   淡路 放生
炎天を盗り刺し殺し甲子園 藤川 宏樹
バイキングローかき氷溶けました 伊藤  幸
こころの襞そっと触れずに含羞草 増田 暁子
谷底の落武者を呼ぶ烏の子 松本 勇二
写真屋の扉チリリン秋に入る 松岡 早苗
手花火の高さに更けてゆく故郷 矢野二十四
一光年ひろしまながさきの曝書 若森 京子
嘘ばかり釣瓶の水を移す時 中村 セミ
原爆忌小さな意志をぐっと出す 豊原 清明
夏空や小石を蹴って故郷へ 佐藤 詠子
俳句てふ杭一本や赤とんぼ 岡田ミツヒロ
国旗損壊罪手製の日の丸振りし 夏 河田 清峰
哲学のほうへと曲がる青胡瓜 三好つや子
異国語の飛び交う夏の富士高し 末澤  等
精霊の王の影曳く蝸牛 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「八月がある長距離走のごとく」。「がある」と散文的なしらべのようであるが、17音の緊張感がある。弱くなりがちな「ごとく」も納得感があり効いている。八月がくるたびに切実となる、いつまでも解決せず続いている問題を「長距離走」と捉えた把握の新鮮さ。

松本 勇二

特選句「髪洗ふ今殺られれば是非もなし」。生活の中でこれほど無防備な瞬間はほかにないでしょう。すぐそばに危険が存在しているという掬い上げが見事です。

十河 宣洋

特選句「雲の峰までころがってゆけ夏ふとん」。こういう楽しさがいい。暑さを忘れそうな気分。特選句「人にも断層雨季が来ているのか」。他の人との思いのずれを感じている。断想の想いが強くなる雨季。鬱陶しさを感じている。

木村 寛伸

特選句「西瓜切る太陽からの臍の緒を(川本一葉)」。西瓜を「太陽からの臍の緒」と見立てた発想が秀逸。西瓜の生命感と宇宙性が一気に開かれ、切断という行為も象徴化されており、比喩が自然に立ち上がる優れた一句。問題句「髪洗ふ今殺られれば是非もなし」。無防備になる洗髪の瞬間に不意に生じる諦念や覚悟のような独特の緊迫感がある。「是非もなし」は、本能寺の変の織田信長を想起させる。

岡田 奈々

特選句「哲学のほうへと曲がる青胡瓜」。高校生の時、友と寄っては、ニーチェがどうの、ショーペンハウエルが、こうのと、口角泡を飛ばし、哲学を語っていたあの頃が懐かしい。青二才ならぬ、正しくひん曲がった青胡瓜。特選句「冷や奴きれいに食べていい女」。打って変わって、楚々としたよい女。冷や奴がきれいに食べられればハハーもう文句はありません。貴女に完敗です。「八月を開く朱色の栞紐」。これもよい女の条件かも知れない。「雲の峰までころがってゆけ夏ふとん」。クーラーが無くても涼しさ満喫。心地良さ最高。「傘立てにまだあの昼の捕虫網」。あの日に何があったのか、使われないあの子の虫取り網。捨てられなくて。「そのつもりなくて生まれて金魚玉」。思いがけない偶然の産物。「青芒風の真面目な話聴く」。芒はまるで風の話しに耳傾けているよう。「人間くさくなってくる夏帽子」。毎日被っていると汗で吾が一部に。「今日を捥ぐ夕陽捥ぐごとトマト赤」。毎日沢山成るトマト。太陽の息吹を頂いて。「ツルリ剥けガブリとできる当たり桃」。美味しい桃の条件です。桃は旨い。

末澤  等

特選句「こころの襞そっと触れずに含羞草」。誰しも自分の心の襞には触れて欲しくない時があります。含羞草は御辞儀草とも書き、指で触れると葉を閉じて下を向く、敏感で恥じらっているように見えることから名付けられています。これらが上手く組み合わされ味わい深く感じました。 ♡七月二十四日、二十五日で富士山零合目登山(登り3000m、下り1500m)を無事コンプリートしました。山頂でのご来光と山頂での写真を添付させて頂きます。

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末澤さん雲海.jpg

各務 麗至

特選句「俳句てふ杭一本や赤とんぼ」。俳諧自由。杭一本や、に、その俳句への向かい方や個性や決意やその強さ、大きささえ思い知らされます。赤とんぼ、ならの、赤の強さや、とんぼとの、個人的でしかありませんが自由自在さも見えてきます。特選句「国旗損壊罪手製の日の丸振りし 夏」。特選句か、問題句か、戦前にでも戻ったような、重み深みを思ってしまった。破れる事もあるだろうそれが何でもない風景でもあったのに、罪かも知れないがやっていいことと悪いことと、一つ一つ規定しなければならない時代になって、挙句の果ての法律化?それこそ貧困な想像力とか善悪についてあまりにも無頓着な現代人への警告ともとれて。

自句自解「マンモスは氷河真逆の酷暑かな」。マンモスは氷河期に絶滅、酷暑灼熱で地球のあちこちが大火事になったり大雨で大洪水に見舞われたり、人間社会に大打撃をもたらし・・・、それこそ、大国ぶっての独善戦争は終わる風もなく人間はもういらないとリセットボタンでも押さたのかなぁ、などと昔―今ひとつ核の脅威も加えて「現代俳句」に『秋懐』というエッセーを書いたのを思い出します。異常気象の始まりと騒がれ始めた頃でした。令和では昭和の常識は非常識らしいけど、人を騙したり殺したり、令和の常識は極論すれば「人でなし」のジコチュウでないと生きていけないのかも。そんなこんなでマンモスの句ができたようです。それにしても、この夏どこまで暑くなるのか、とにかく涼しくなるまで気をつけたいと思っています。いつもありがとうございます。この暑さどうかご自愛のほどを。

津田 将也

特選句「モナリザを刺繍する娘(こ)の夏季休暇」。ダ・ビンチの名画「モナリザ」の神秘的な微笑を、一針ずつ、刺繍する娘さん。その根気のいる手仕事が、外の喧騒から離れた「夏季休暇」という静謐な時間の中で行われている情景が鮮やかだ。瑞々しい娘さんの感性と、名画の大人びた陰影との対比が鮮烈。単なる夏休みではなく「夏季休暇」という硬質な言葉を選んでいることで、どこかストイックで知的な娘さんの心理や、夏の午後の張りつめた室内の空気感まで美的に描き出している。 

綾田 節子

特選句「象の群れどっと押してくる土用波(山下一夫)」。都会に住んで暫く、土用波を見る機会もありませんが 土用波に象の群れの例え、「よくぞ」です。色も象色してますよね。

樽谷 宗寛

特選句「ハッケヨイ残った漆の国の酷暑かな」。ハッケヨイ残ったの掛け声の勢い、漆のねっとり感の酷暑、国技の格調たかい伝統が感じられた。

矢野二十四

「距離感って難解舟虫走る」。人間関係と船虫の映像の面白さ。「恐竜の図鑑を閉じて夏終る」。夏の果の一イメージに違いない。「始末書の三文判や大西日(松岡早苗)」。あほらしくてやってられない感あり。「人間くさくなってくる夏帽子」。夏帽子も年を取るとずる賢くなる。「ジャズ流るる越前そば屋敗戦忌(岡田ミツヒロ)」。思いがけない邂逅なのだろう。「静かに並ぶ炎天の給水車」。静かな景が身につまされる。「母と子の夏ページには青ピーマン(重松敬子)」。 手塩にかけた感あり。「氷水見惚れるほどの喉仏」。目の付け所がよい。「バイキングローかき氷溶けました」。熱狂の競演。タイムリーな句。

福井 明子

特選句「氷水見惚れるほどの喉仏(亀山祐美子)」。「ああ、喉がかわいた」氷水の入った透明なガラスのコップをかしげ、ごくりと飲み干す。その時の男の喉仏が眼前に浮んでくるような一句。生きていることの充実、涼を得た満足の瞬間が感じられます。

男波 弘志

「置き配に傾いている大西日」。 置き配を選ぶひとにはさまざまな事情があろう。おひとり様、妻に先立たれたひと、深夜に仕事をしているひと、そんな背景が西日を背にしてまざまざと浮かんでいる。それからこの省略されたことば「置き配」を使ったことも手柄であろう。現代の習俗をも表現している。省略が煮詰まると凝縮に変容する。これも俳句表現のひとつの才華であろう。秀作。

若森 京子

特選句「泣くたびに赤子生い立つ夾竹桃」。赤い顔をして泣き、泣く度に育っていく赤子と、夏の暑い中赤く咲いている夾竹桃との取り合わせが見事にマッチしている。特選句「八月がある長距離走のごとく」。又あの八月がやって来た。もう八十一年も経つのに毎年毎年同じ感慨の原爆。敗戦、の記憶の八月。世界の現状は益々悪くなるばかり、長距離走の絶え絶えの息が聞こえてくる様だ。

河西 志帆

特選句「静かに並ぶ炎天の給水車」。水が出ない怖さをまだ経験した事がありません。水分補給忘れずに、の報道に、無理な事言ってると独り言をいってしまいます。静かに、この一言に頷きます。「将来は語らず帰省の友とゐる(銀次)」。私もそうです。昔話にばかりなるんですよ。「置き配に傾いている大西日」。物騒だと思うけど、これが通る日本は平和です。「逃亡の明日は三越花氷」。攝津幸彦のパロディですね。逃亡がいいなあ。「八月がある長距離走のごとく」。この厳しさにはついていけません。まして、八月!「蛍かな生温かく生きており(河野志保)」。私もそうですよ〜ゆるゆるでいいんです。

三好つや子

特選句「黄金虫ならどうかこの蕊だらけ」。花粉だらけのまま恍惚状態のミツバチを、あんぐりと見ているブンブン。夏の太陽の下、虫たちのおちゃらけな生態が目に浮かび、感銘。余談ですが、おちゃらけな人を高松では「ほっこ」って言うよ、と高松生まれの夫が申してました。特選句「にんげんくさくなってくる夏帽子」。働き方、生き方、帽子のかたちはその人の今を、的確に語るものかもしれません。帽子の汗が紡ぐ夏の物語・・・素敵です。「蟻という静かで賑やかな歩み(月野ぽぽな)」。蟻の営みを通して見えてくる、普通の人の普通の暮らし。とりわけ「歩み」の着地がいいですね。「螢かな生温かく生きており」。蛍の脈拍が聞こえてきそうな句。リアリティのある詩情に刺さりました。

藤川 宏樹

特選句「距離感って難解舟虫走る」。人と人、人と物。球技ではボールとの距離感。さらには近づいた途端一斉に走り出す、ゴキブリのような舟虫の群れ。確かに距離感って難しい。「船虫走る」への着目が秀逸です。

松本美智子

特選句「今日を捥ぐ夕陽捥ぐトマト赤」。枝からトマトを捥いで収穫するときの繊細な感覚と西に沈んでいく夕陽をつかみ取るかのような雄大なスケールな情景が美しく重なる瑞々しい句だと思いました。今日という,かけがえのない大切な1日の終わり。夏の強烈な赤とトマトの赤と重なり合わせて充実感が満ち溢れた句になっていると思います。

大西 健司

特選句「傘立てにまだあの昼の捕虫網」。一編のドラマのような広がりがこの十七文字から生まれる。入道雲や蝉の声、そして子供らの声。捨てずにまだ傘立てにある捕虫網が愛おしい。問題句「哲学のほうへと曲がる青胡瓜」。面白い句だ。右よりとか左よりとか思想的な事だろうか。ただ作者が胡瓜を見てそう感じただけだろうが嫌いじゃない。

佐藤 詠子

特選句「人間くさくなってくる夏帽子」。季節の動きを夏帽子を通して詠みこんでいる。梅雨時に買った帽子だろうか。きっと夏の日差しを想像しながら、たくさんの帽子を試着してから決めた形のいい帽子。日々、酷暑を共にしながら、汗や匂いが沁みてきた。形も自分に馴染んできた。もう自分の体の一部とも言える。人間くさくなってくるという表現に私の心が掴まれた。また、作者は俳句らしい五七五で「夏帽子人間くさくなってくる」と最初は考えたのかもしれない。しかし、それよりもやはり「人間くさくなってくる夏帽子」の方が夏帽子の現在進行形的な変化を感じる。匂いまでしてくるようで素晴らしい。人の生活に染まってゆく帽子への愛情も伝わる。特選句「鳥になる飛び魚になる試着室(三好つや子)」。すごく共感できた句。試着室という狭くて閉鎖的な空間で、ときめきながら選んだ服を着て体を動かしてみる。飛べそうに似合う服が見つかったのだろう。問題句「恐竜の図鑑を閉じて夏終わる」。夏休み最後、子供の静かな様子が見えて愛らしく惹かれた。ただ「閉じる」と「終わる」が重なりすぎている気がした。逆に、恐竜図鑑が開いたまんまで夏が終わるという景のパターンもありかなと思った。

中村 セミ

特選句「蝉時雨我を静かに治めゆく」。車をバックで壁にぶつけ、カーブの時に、距離をあやまり左側の車体に凹みがはいり、やっと家についた。ミーンミーンという蝉時雨が、私をもつといらだたせたが、いつの間にかミーンミーンと繰り返される中で、玄関先で眠ってしまった。

植松 まめ

特選句「八月を開く朱色の栞紐」。開いたのは日記か本か八月は日本人にとっては重く悲しい八月である。その栞紐が朱色とは 血の色である。特選句「逢へばまた昭和乙女はレスカ飲む」。レスカとはレモンスカッシュのこと若いころがなつかしい。私の最近の短歌「ストローを2本突き立て1杯のレモンスカッシュ君と飲んだね」昭和がなつかしい。

河野 志保

特選句「遥かなる兜太先生夏燕」。私の中で先生はずっと梟のイメージだった。しかしこの句に会い夏燕も加わった。夏空の下、かすめ飛ぶ燕のように俳句の世界を自在に駆けた先生。作者の先生への思いが「遥かなる」で適確に表現されている。

増田 暁子

特選句「距離感って難解舟虫走る」。二人の、グループの、家族の距離感、いろいろあるが本当に難解です。特選句「梨一個になれるか梨に問われいる」。こんなに上手い、完成した梨に人間はなれるのか問われると、本当に脱帽です。「鳥になる飛び魚になる試着室」。試着室の女性はみんな鳥や飛び魚になるものですよね。「今日を捥ぐ夕陽捥ぐごとトマト赤」。1日の終わりの感慨ですね。中7の措辞が上手いです。「西瓜切る太陽からの臍の緒を」。太陽からの贈り物ですね。紅い、甘いあの大きな果実は。臍の緒が上手いです。

高木 水志

特選句「白日傘閉じてこの世に沿う身体(三枝みずほ」。家に帰ってきて、ゆっくりとしている身体を「この世に沿う」と表現したところが面白いと思います。白日傘の優しく守っている様子が感じられます。

桂  凜火

特選句「わたくしの夏野調律されぬまま」。わたくしのと限定したことで、リアルになったと思う。気持ちも身体もまだまだついていけない感じがよく伝わり、調律ということばの斡旋が良かったと思います。

松岡 早苗

特選句「地震十年の村よ村びと虎耳草」。熊本の大地震、心よりお見舞い申し上げます。炎天の下、断水、停電、家の片付け等、どれほど大変かと存じます。十年の間に二度の大地震。心も折れそうでしょう。しかし、なにクソと負けずに踏ん張っている皆さんのお姿もこの御句からは浮かんできます。季語「虎耳草」の斡旋がすばらしく、辛苦に耐え必ず復興する、その底力を信じる力強いエールが込められています。特選句「哲学のほうへと曲がる青胡瓜」。高尚な「哲学」と、身近な「胡瓜」の距離感が絶妙でした。若い頃は、理屈っぽく物事を突き詰めようとしたり、「哲学」というものに興味を持ったりもしました。曲がった胡瓜は売り物にはなりませんが、ありがたく頂いています。

佐孝 石画

特選句「手花火の高さに更けてゆく故郷」。一読後、「手花火の高さ」の解釈に戸惑う。そして実際、深追いせずに通り過ぎてしまった。しかし、後ろ髪引かれる感じでこの句にまた戻って来てしまう。 この句の難解さは他にも要因がある。まず、「手花火」が実景なのかどうか。ただ、たとえ記憶の風景だとしても、「故郷」との相乗効果でしゃがんで花火を持つ家族の手、闇の中で照らされた家族の顔が浮かんでくる。そして現在地点は「故郷」なのか、別の場所なのかという点。手花火が実景で遠い故郷に思いを馳せるという読みもあるし、実際に帰省しているという読みもできる。句の描く風景を、逡巡しつつ想像することが出来るのは名句の条件だと思う。「手花火」に照らされた家族のイメージを経て、最終的には「更けていく故郷」の、山際に夕陽の火照りを残しながら暮れていく、遠い山並こそ「手花火の高さ」なのではないかと思えてくる。

荒井まり子

特選句「紊乱の娑婆霍乱の吐瀉に果つ(びんらんのしゃばかくらんのとしゃにはつ)」。 厳しいですねぇ、未来に希望は明るくあって欲しいです。

山下 一夫

特選句「八月を開く朱色の栞紐」。ハードカバー書籍の栞紐はくすんだ色が多いですが、「朱色」なんですね。朱夏に因むのでしょうか。栞紐が挟んであるのが「八月」でそこを「開く」ということは、過去の八月を振り返るところから始めるという含意がありそう。個人的な去年の八月とか、誰もが忘れてはならない八月とか。後者であれば、「朱色」はまた違った趣があります。特選句「白日傘閉じてこの世に沿う身体」。では開いているときは何だったのかと考えさせられます。主体はすでに「この世」にあるので極めて現実的な情景なのですが、思考のベクトルはどうしてもその前に向かいます。通常は開いた状態を思い浮かべる「白日傘」に「閉じる」という逆の動きを持ち込んでいるからでしょうね。「白」の象徴性もより増幅されているようです。白昼に口を開けている怪しい世界の表現として秀逸です。問題句「いつさいはなんたいどうぶつまるはだか」。「いつさい」が曲者。素直には「一歳」で無一物な子どもの在り様でほのぼのしますが、「なんたいどうぶつ」とのセットからどうしても「一切」というように見え、例えばサルトル作「嘔吐」で描かれるような存在のグロテスクさを思わないわけにはいきません。 

榎本 祐子

特選句「八月を開く朱色の栞紐」。八月という特別な月。そんな月を迎えるための朱の栞紐がとても象徴的。

淡路 放生

特選句「人間くさくなってくる夏帽子」。身につけるものは、使っているうちにその人のクセと言うものがついている。帽子などは被っているうちに頭の形に合ってくるので、間違って人の物を被ると反応する。ことに夏帽子のように手軽に使うものはそうであろう。作品はそのクセを「人間くさくなってくる」と詠んでいるのだが、上手なもので他のことは何も言っていない。作者の俳句作りの年輪をさりげなく感じさせて巧いものである。

疋田恵美子

特選句「夏山やソモサンセッパ雲辺寺」。お四国八十八所の六十六番札所ですよね、ロープウェイもあるという行ってみたい所です。特選句「地震(ない)十年の村よ村びと虎耳草(ゆきのした)」。十年前の地震といい、この度の猛暑に水道・電気が通じないという、お気の毒で言葉もありません。幸い「海原」会員の皆さんは多少の被害はあれど、大丈夫のようで安心致しました。→ ほんとうにご無事で安堵しました。猛暑の中、どうか健康第一でご自愛ください。

伊藤  幸

特選句「今日を捥ぐ夕陽捥ぐごとトマト赤」。夕日捥ぐのフレーズに感動。目の前で壮大な景が動画のように繰り広げられる。特選句「母と子の夏ページには青ピーマン」。夏休みの宿題絵日記に一ページが想像できる。母と子の微笑ましい会話が聞こえてくるようだ。

岡田ミツヒロ

特選句「人間くさくなってくる夏帽子」。夏帽子の気さくで親しみのもてる生活感、そして、ついには、被っている人の身体の一部分となってしまう感覚、まさに「人間くさく」の表現が揺るがない。特選句「冷奴きれいに食べていい女」。冷奴をきれいに食べるのは難しい。欠片が小鉢に散らばる。それを見事に掬い取る女性には思はず瞠目する。印象的で内面の何かをさえ想像させて魅力的でもある。冷奴の「冷」がよく効いている。

柾木はつ子

特選句「熱帯夜続く避難所のおむつ替え(松本美智子)」。病人もいれば、赤ちゃんもいる避難所の生活。平常時でさえも冷房なしでは暮らせない今夏。はるかに想像を超える状況だと思いますが、只々頑張って下さいとお祈りするしかありません。特選句「炎天や白骨街道の黙(荒井まり子)」。私の父はビルマから生還して参りました。まだ小学低学年の私に 戦場の話をよくしてくれました。その時はまるで物語でも聞いているような 気持でしたが、今思えばよくぞ生きて帰れたものだと思います。父の話の内容は今でも鮮明に覚えています。「白骨街道」を父も命懸けで逃れてきたのかもしれません。

三枝みずほ

特選句「一光年ひろしまながさきの曝書」。曝書によって紙が蠢き出し、時空を超えて一光年先まで二つの都市の記憶、そこで暮らした人々の思いが放たれる。風化させてはいけない。

田中 怜子

特選句「ベランダにゐるのは一人遠花火」。まるで私のことを詠っているようで、くすくすしてしまいました。私の部屋から花火が見えます。一寸ベランダにでると、斜め前のマンションの各階のベランダに家族や友達と花火を楽しんでいる姿が見えます。なにか楽しそうに話しているような。私は一人で、一寸ワインを飲んだり。遠花火が一人を際立てますよね。そのような記憶が蘇りました。これから花火の季節がやってきます。特選句「島薄暑公民館の山羊の鳴く」。昨今、山羊さんに草刈をしてもらうのが流行っています。AIの世界とは真逆の人と動物の関係性の世界。時間が長い、急かせない世界があるんですよね。人間が育つには時間がかかるし、必要です。私たちは、そのことをわすれてはいけませんよね。素早い、効率だけの世界は、いろんな試行錯誤をさせてくれません。印象に残った句は、「向日葵やそのまま歩きだしそうな」。太陽の照り付けに何時間も耐え続けすくっと佇立している向日葵。すごい、生命力がある。そう、ウクライナを象徴する花畑、負けじ魂を感じます。

漆原 義典

特選句「朝六時どっと降り来る蝉時雨」。夏の朝の情景がよく出ています。我が家の庭の蝉も目覚まし時計のごとく大合唱です。

菅原 春み

特選句「象の群れどっと押してくる土用波(山下一夫)」。エネルギーを感じさせるダイナミックな句。特選句「ジヤズ流るる越前そば屋敗戦忌(岡田ミツヒロ)」。敗戦忌の季語に対して少し複雑な気持ちになる句。

和緒 玲子

特選句「八月を開く朱色の栞紐」。何度も読み返したくなる句。八月という大きな季語。そこに挟まれている「朱」色の栞紐。明るい朱夏を想像しても良いし、戦禍の八月を想っても良い。栞紐は俳句では度々使われる言葉かも知れないが、この句には朱色の栞紐の尻尾を引くと八月の頁だっという日々の生活の延長線上にある八月が窺える。特選句「置き配に傾いている大西日」。改めて「置き配」を調べてみると、2018年頃から始まり、コロナ禍で定着したとある。掲句は明快で玄関先の置き配に西日が差してある景。傾いているのは置き配の荷であり、日暮れに差し掛かりつつある西日である。(勿論利点もあるが)置き配を敢えて選んだ人間の心理にまで傾きを感じるのは「大西日」を深読みしすぎだろうか。

銀   次

今月の誤読●「夏蝶の骸美しプリマドンナ」。夏の終わりだった。劇場の裏口で、わたしは蝶の骸を拾った。青い羽が夕日のなかで美しく光っていた。美しかった。死んでいるのに美しかった。その夜、プリマドンナの最後の公演があった。わたしは袖から彼女を見ていた。彼女はもう若くなかった。だが舞台に立つと誰よりも美しかった。観客は息をひそめた。音楽がはじまる。透き通ったソプラノが客席を圧倒した。純白のドレスが月のように揺れた。ふとわたしは手のなかの蝶を思った。あの蝶もこんなふうに宙を舞っていたのだろうか。音楽が激しくなり、プリマは最後のアリアを歌い終えた。そしてカーテンコール。彼女は両手を広げ、静かに何度も頭を下げた。拍手の音はいつまでもいつまでも鳴り止まなかった。そのあとわたしは彼女の楽屋を訪ねた。疲れ切ったプリマは鏡の前でうつぶせになっていた。直感的にわたしは彼女が死んでいるのを見て取った。はなむけにと蝶の骸を彼女の枕元に置き、素早く楽屋を出た。もちろんその夜、劇場は大騒ぎとなった。わたしはその騒ぎを確かめるでなく夜の町に出た。と、街灯に一羽の青い蝶が戯れてるのを見た。わたしはその姿に見とれた。プリマドンナは決して死なない。ただより美しいものに生まれかわるだけだ。

野口思づゑ

今月は素晴らしい句が多すぎ、絞りきれず、特選句はありません。「将来は語らず帰省の友とゐて」。もう先が見えているので、といより現在を充実させて過ごしておられる友達同士、と解釈します。「原爆忌無防備なまで空の青」。あの時の犠牲者の方々は無防備であったに違いないとしみじみと思う機会をいただきました。「八月やあなたの咆哮聞こえ来る」。戦禍の犠牲者の思いや声が聞こえてくるようです。「梨一個になれるか梨に問われいる」。真面目に考えると緊張しそうな句です。「扇持つ飛鳥美人や酷暑の日」。飛鳥美人壁画の美人達は暑そうには見えないものの、酷暑にぐったりとしている身には、あの扇がまず目についたのでしょうか。どこかユーモアがあります。「哲学のほうへと曲がる青胡瓜」。そう思うと食べたくなる。

亀山祐美子

特選句『向日葵やそのまま歩き出しそうな』。一見明るく微笑ましい情景が浮かぶ。向日葵は一本か畑一面か。『歩き出しそうな』のは見学者か、幼児か、向日葵一本一本か。向日葵は軍隊になぞらえられているのか。人類の行末か。明るさと危うい暗喩が込められている複雑な佳句。考えさせられました。

川本 一葉

特選句「人間くさくなってくる夏帽子」。ずっと被っていたら自分の相棒みたいになって、草臥加減も自分と同じに見えてくる。物はものにあらず、魂を宿す、そんな作者の優しい感性が好きです。

月野ぽぽな

特選句「夏空や小石を蹴って故郷へ」。夏は帰省のシーズンですね。とても懐かしく、童心にもどる感覚を思い出します。心情を何も語らなくとも、読む人に自分の心を重ねさせてくれる句の持つ素直さが魅力です。

竹本  仰

特選句「原爆忌無防備なまで空の青」:生まれて初めてデモに参加した時唄ったのは「がんばろう」だった。〽がんばろう つきあげる空に…と拳をあげた空には解放区があり、自由への思いがあった。だが、今の空といえば、ミサイルやドローンというキルゾーンを連想してしまう。無防備ではいられなくなった空。イデオロギーや権威、愛国思想がいかに強かろうと、事実は人間を殺すためだけにあくせくしているではないか。人類の知恵のやらかすことがこの程度だったか。無防備に日々生きている人たちになぜ敬意を抱けないのだろうか。と、ふと、日常の想いに迫るものを感じた。特選句「原爆忌小さな意思をぐっと出す」:原爆忌の日に感じることは、自分に一体何が出来るだろうかということだ。だが、人類も一つ一つの個で出来ている限り、その細胞の一つとして声をあげるのは自然なことなんだ、と思えてしまった。特選句「哲学のほうへと曲がる青胡瓜」:とても強く好感を覚えた句。子規全集のどこかで、余は哲学と詩の合一をめざすなどとあったのを思い出した。哲学を一個の詩と感じることがある。その場合の哲学とは、生への探求心といえばいいだろうか。どうしてそちらへ曲がるのか、ということへの好奇心といってよいか。以前、人の土地を借りて、ミニトマトやオクラや獅子唐を作っているご老人に畑で冷たいお手製のお茶を差し上げた所、ああ、水をもらったキュウリのようだ、老人もね熟睡していると身長が伸びるんですよ、とほほ笑んだのを忘れない。そこに老いを生きる哲学を感じたのであるが、そういうニュアンスをここでも共感できたことに感謝したい。

重松 敬子

特選句「八月がある長距離走のごとく」。八月は誰にとっても重たい月。次々と明るみにでる新事実。戦争は長く続く。この愚行を二度と繰り返してはならない。

藤田 乙女

特選句「逢へばまた昭和乙女はレスカ飲む」。若き日の様々な思い出が蘇り懐かしくなるような句でした。ちなみに私はレスカではなくミルクティーですが…。

布戸 道江

特選句「雲の峰までころがってゆけ夏布団」。この夏の暑さ、布団と雲のふわふわ感、取り合わせおもしろい。特選句「わたくしの夏調律されぬまま」。我が家のピアノ、調律してない、それでも弾けばわたくしの世界。問題句「ふとさがす朝日俳壇酷暑の日」。座布団一枚、脳トレとスマホに慣れる為。

野田 信章

特選句「土砂降りのジャングルジムのモノローグ(佐孝石画)」。世代を越えて惹きつけられるものがある。「ジャングルジム」も人気のない暮れ方や夜、明け方などには別の貌を呈することがある。それが「土砂降り」ともなれば昼夜を問わず、景も一変して「ジャングルジム」そのものの本性が呼び起こされたと感受されても可笑しくない。この句の「モノローグ」の修辞こそ、それであろう。直に耳を傾けたいものの一つである。

新野 祐子

特選句「地震(ない)十年の村よ村びと虎耳草(ゆきのした)」。七月二十八日の熊本の巨大地震に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。こんな酷な天災の時、どんな俳句が作れるでしょうか。作者の心根に敬意しかありません。特選句「この炎帝 家、水無き被災者よ!」。俳句としてどうかという問題じゃなく渾身の叫びですよね。一日も早い復旧を祈るばかりです。

河田 清峰

特選句「夏の山火事倫理なき地球」。五大災危の地球に倫理が無くなると殺し合いがはじまる。

三好三香穂

特選句「原爆忌無防備なまで空の青」。あれから81年、青い空から、落とされた物。今も街と命の破壊活動は絶える事はない。戦争は、百年、二百年の怨恨を生む。青い空は清々しいものであって欲しい。

吉田 和恵

特選句「いつさいはなんたいどうぶつまるはだか」。平和の原点とも思う。

出水 義弘

特選句「提灯灯りて曲目ポップス盆踊り(田中怜子)」。「歌は世につれ、世は歌につれ」の言葉が浮かびました。盆踊りの曲目の変化への驚きとともに、時々の流行を取り込み将来につなげていく、土着文化のたくましさを伝えているように思います。特選句「夏草やぐるり空き家の夢の跡」。これも、芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」が浮かびました。少子高齢社会、限界集落。人口減少社会での中央、地方を問わない一極集中。いろいろな現代社会の抱える問題を思いました。戦後高度成長期に育った小生には、いつまでも発展する明るい未来があると自然に信じていました。しかし、現状は、小生の住む集落も空き家と更地が増加の一途です。近い将来に、氏神の維持も難しくなると言われています。人の世の栄枯盛衰、万物流転をしみじみと感じさせます。♡私事になりますが、若い頃から、古代のロマンに憧れて、飛鳥の地を度々訪ねました。ウオーキングやサイクリングで、遺跡を巡り、歴史上の人物に思いを馳せました。この度、「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に登録されたことに感激しています。

滝澤 泰斗

特選句「喪の家の闇を焦がせり緋の鯉は」。「灯を点けて淋しい金魚喜ばす(津田将也)」。  人生えお共にあるペットと言うか、友と言うか、喜びも悲しみも共にある感じがしっかりと描かれ気に入りました。共鳴句「原爆忌無防備なまで空の青」。あの時も全くの無防備だった人間の命を一瞬のうちに消し、後遺症で苦しめ、まだ核を持とうとしているバカがいる。それが政府の中枢をなしている現実に呆然と立ち尽くす。「始末書の三文判や大西日」。私も始末書を書いたことがあるが、部下の不始末に納得がいかなかった憶えもあって、印鑑もゴム印を使った。季語ロの対照もいい。「ジャズ流るる越前そば屋敗戦忌」。広島、長崎に原爆を落とした大統領トルーマンは日本のサルには三つのSを与えておけばいい。三つのSとは、SCREEN, SPORTS, SEX・・・と、JAZZにはSは付かないが、アメリカナイズのもう一つの文化だった。「炎天を盗り刺し殺し甲子園」。戦後を象徴するスポーツの隆盛に野球があるが、このスポーツ,何故か物騒な言葉のオンパレード・・・「バイキングローかき氷溶けました」。ワールドカップのノルウェーのオールを漕ぐ応援に目を見張った。応援の熱気でかき氷が溶けたとは言い得て妙。

豊原 清明

特選句「炎帝の船に乗り込む羊かな(高木水志)」。「炎帝の船」が何やら怖い。問題句「人にも断層雨季が来ているのか」。泣きやすいということか。口ずさみやすそうな。♡「八月の不調」豊原清明。八月は右膝の人工間接の手術をした。去年の左膝のように簡単に済むと思ったが、今年は熱が出たり、出血したりして、最初の一週間はこれからどうなるのかと、錯乱のように苦しんだ。 二週間目は安息が訪れ、残すはリハビリだけだが、かなり、脚がまだ、痛む。→ たいへんでしたね。お辛い中のご参加ありがとうございました。一日も早いご全快をお祈りしています。

遠藤 和代

特選句「将来は語らず帰省の友とゐて(銀次)」。昔はいっぱい夢を語り合った友だったのかしらん。でももう将来とか未来とか年をとると明日どうなるか分からない。生きてさえいればいい。身にしむ心境です。

佳   凛

特選句「八月や迷彩服の脱げぬまま(木村寛伸)」。7月26日熊本を襲った地震。早速自衛隊が駆け付け支援に当たっている、本当に暑い中、迷彩服を脱ぐ間もなく、頑張っておられる、日本の未来は安泰だと思いました。→ 再びのご参加、嬉しいです。よろしくお願いいたします。

野﨑 憲子

特選句「青芒風の真面目な話聴く」。耳を澄ますと、若い芒と風の話し声が聞こえてくる。「この星はこれからどうなるんだろ。未来から良い風が吹いてこないかな?」「わからない。ただ一日一日いのちがけで生きるだけさ。愛の言葉を紡ぎながら・・・。」

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

楽
虫の音や音階言ひあてる楽師
和緒 玲子
首都東京楽器のような夏夜
三枝みずほ
黄昏の影踏みしめて夏神楽
野﨑 憲子
楽焼の茶碗に小さな秋の空
銀   次
流れ星ポイとひとくち写楽ゆく
野﨑 憲子
楽々と邪悪手玉に昼寝覚
藤川 宏樹
どんなときも楽しむ夕べ平泳ぎ
野﨑 憲子
更年期完熟トマトを楽しんで
岡田 奈々
立秋
秒針のがたんと動く立秋
三枝みずほ
立秋の原稿用紙こわくって
三枝みずほ
ちちどぢいははとばあをり立秋
藤川 宏樹
立秋に四十度とかやこの地球
三好三香穂
生きるジタバタ立秋の初恋坂
野﨑 憲子
ティシュまで柔らかくなる立秋来
岡田 奈々
原爆忌
折り鶴のみなおなじかほ原爆忌
和緒 玲子
原爆忌はだしのゲンやカムバック
三好美香穂
だんだらの包帯真白原爆忌
藤川 宏樹
てのひらへ花びらひとつ原爆忌
野﨑 憲子
原爆忌ろうそく一本舟に乗せ
銀   次
青空の奥見ています原爆忌
三枝みずほ
白熱の大谷応援原爆忌
岡田 奈々
肩
小さき肩脇路に入る白日傘
藤川 宏樹
バイキングロー肩紐解けました
藤川 宏樹
曼珠沙華風スイッチの肩を押す
岡田 奈々
肩触れて見知らぬ人と交わす笑み
銀   次
肩車夏帽に海あふれおり
銀   次
コスモス
紅白の星の取り合い秋桜
藤川 宏樹
コスモスの風や紙飛行機落下
和緒 玲子
会いたさを感電しそうコスモス畑
三枝みずほ
コスモスやどちらへ向けば未来風
野﨑 憲子
ささやくごと秋桜畑のうわさかな
三好三香穂
コスモスの仕草なんだろな熱愛
野﨑 憲子

【句会メモ】&【通信欄】

8月句会は令和8年8月8日の開催でした。縁起のよい日取りの中、本年の「海原新人賞」に和緒玲子さんが選ばれたことをお伝えすると、ご参加の方々から大きな拍手が起こりました。しばらくお休みされていた岡田奈々さん、三枝みずほさんも加わり、熱気ある充実した句会となりました。袋回し句会も面白かったです!高松の句会の常連である末澤さんは剣岳登山へ向けてお休みでしたが、富士山零合目から登頂された山頂での写真をお送りくださいましたので、句会の窓で紹介させていただきました。私(野﨑憲子)と同い歳なので、そのエネルギーを見習いたいです。とにかく、健康と安全第一です。

♡大西健司さんから「このたびは第六三回現代俳句全国大会にたくさんのご応募をいただきありがとうございました。実行委員会一同からお礼申し上げます。また大会、懇親会に参加したいけど予定に入れなかったという方は大西までご連絡いただければ大丈夫です。十月末まで受け付けています。ジャズの溢れる全国大会にぜひご参加下さい。」

♡津田将也さんから「9月句会より、しばらく句会への投句を休みます。他意はなく、俳句をやらない日々を暫く過ごしてみたいのです。またお世話になるときには、メールにてお願いいたします。酷暑の毎日、ご自愛されますよう・・・」→ありがとうございました。再びのご参加を楽しみにいたしております。お元気を!

♡桂 凜火さんから「いつもお世話になります。3ヶ月は長いと思い不安がいっぱいでしたが、おかげさまで事故怪我なく無事に帰国しました。円安には泣かされましたが、野菜と肉と乳製品は安いので自炊すれば暮らしやすいところでした。孫連れということもあり、みな親切で温かく接してくださったので安心して暮らせました。結構UKファンになりました。また今月から復帰させていただきますので、よろしくお願いします。」→ イギリスでの長期滞在が楽しく充実した日々で何よりです。お帰りなさい、お待ちしていました。こちらこそ、今後とも、よろしくお願いいたします。

♡山下一夫さんから「この夏スリランカに旅行してきました。本来は凛火さんの後を追う(笑)計画だったのですが諸般の事情から変更したものです。同国は熱帯に位置しますが平地の平均気温は三十度(高地は二十度前半)。平地の湿度は高いものの夕方には風が吹いて過ごしやすくなり昔の日本の夏を思い出しました。物価は日本の三から四分の一。観光地はともかく街はカオスですが、治安は比較的良く人情も穏やかなように感じました。うっすら憶えている昭和三十年代テイスト濃厚で懐かしかったです。エキゾチックで他のアジアの国々と同様、時間費用等のコスパも良いのでお勧めです。」→ スリランカ・・素敵なところですね。

2026年7月26日 (日)

第174回「海程香川」句会(2026.07.11)

万智のイラスト虹と女の子.jpg

事前投句参加者の一句

 
うごきますゴールがたまに缶ビール 藤川 宏樹
日雷途上途上で生きのびて 松本 勇二
あめんぼう何処に住んでも仮住まい 布戸 道江
坂の上から捕虫網がやって来る 大西 健司
緑蔭の時間と遊ぶ園児たち 津田 将也
嘘ひとつ光となりぬ青葉かな 各務 麗至
だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花 植松 まめ
夏痩せてすぐ前髪に触るる癖 小西 瞬夏
住み慣れし此処がまほろば青田風 大浦ともこ
沖縄忌軍の狭間の島田知事滝澤 泰斗
原爆忌日は休みなく立ち上がる 豊原 清明
麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き 松岡 早苗
分け入りて我を探すや青山河 末澤  等
嗚呼やっとハイビスカスに夜がくる 河西 志帆
初夏の白い砂糖の陰掬う 中村 セミ
ほうたるや前世の答へ合せめく 木村 寛伸
蛇衣の一つは私のものがたり 吉田 和恵
阿修羅像その眉解けぬ五月闇 柾木はつ子
一日を壊さぬように沙羅の花 佐藤 詠子
鎌倉に生まれて住まず金魚玉 菅原 春み
愛国心とはからすびしゃくを裏返す すずき穂波
なんとなく不燃体質半夏雨 三好つや子
宵涼し角の灯りの青果店 花舎  薫
花桐や大事な本を返しに行く 佐孝 石画
青田波讃岐平野は元気だぞ 漆原 義典
巨大鯰プリピチャチ川に影踊らせ 新野 祐子
台風一過 多摩川土手にヤブカンゾウ 田中 怜子
父の日や父の言葉が今更に 綾田 節子
心太深海魚の目で見つめられ 増田 暁子
煌くシャンソン夏至の日の転生 山下 一夫
幾億光年旅して鈍き梅雨の月 河田 清峰
背中だけの夏蝶愛はパラドックス 竹本  仰
裸電球逃れた金魚箱の隅 遠藤 和代
鉄路のカーブ赤いランプに浮きて夏 時田 幻椏
ヨイトマケ愛あるのみと薔薇歌ふ 三好三香穂
持ち歩く顔のひとつや半夏生 亀山祐美子
匿名でいられる街の半夏生 河野 志保
手が触れるまでが恋です素足です 柴田 清子
子を捨てて白い日傘の振り向かず 淡路 放生
ポニョポニョとステップ軽し月夜茸 樽谷 宗寛
目覚めれば妄想のなか吾茸 岡田 奈々
鯵捌くその手でくるり母を看る 川本 一葉
すこやかに一人自由青葡萄 疋田恵美子
金魚掬ふごとく言葉を待ちにけり 岡田ミツヒロ
拝けいのつたなくふとき夏見舞 矢野二十四
老鶯の一鳴き辺り静まりぬ 出水 義弘
目も眉も薄らいでゆくはは半夏生 福井 明子
何も残さぬ句談義貴し青葉騒 野田 信章
蹴る蹴るシュートけろけろと蛙 十河 宣洋
半夏生言い尽くせない恩がある 伊藤  幸
その奥にわが空のあり楠若葉 高木 水志
ヨイトマケあなたに贈る百万本の黄バラ 田中アパート
朱夏の脚入れて大海原となる 月野ぽぽな
白南風やフェリー到着まで五分 向井 桐華
ほうたるや捨てられ上手といふ女 銀   次
年表に『戦』は消えぬか夏銀河 藤田 乙女
軸足は水田にずぶり差したまま 榎本 祐子
何卒の戦や束の花煙草 荒井まり子
台所立ちたるままにすもも食む 薫   香
ガウディの塔や天道虫の夢 松本美智子
水無月や和菓子に残る水の音 重松 敬子
指涼しなめらかに鶴折りあげて 和緒 玲子
戦争や脳はももいろなめくじり 若森 京子
夏蝶の羽化閉架書庫ひらく 三枝みずほ
傘と服お洒落にまとめ愉し梅雨 野口思づゑ
髪洗う仕留める時間ならあげる 男波 弘志
七月の風のたましひ爪を切る 野﨑 憲子

句会の窓

大西 健司

特選句「さっきまでそこにいたのが私の家守(河西志帆)」。そう言われてもなあと言いたくなる。お気に入りの家守だろうか。面白い。

小西 瞬夏

特選句「朱夏の脚入れて大海原となる」。脚を「朱夏の脚」と限定されることで、いつもの脚が特別な存在となる。またその身体から大海原へと世界が広がってゆく大胆さ。「となる」という口語の言い切りも潔く景を切り取っている。

松本 勇二

特選句「坂の上から捕虫網がやって来る」。捕虫網により、夏の空の青さや子供たちの明るい笑い声など夏へ向かう高揚感が象徴的に浮かびます。俳句は象徴詩であることがよく分かる一句です。

十河 宣洋

特選句「だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花」。啄木は借金の天才。啄木の短歌はしみじみと響いてくるものが多い。啄木が金田一京助の家に顔を出すと奥さんがいやな顔をしたと聞く。必ず借金をしていくから。その借りたお金で遊女を買ったなどと日記に書いてある。この日記はローマ字で書かれている。という。じゃがいもの花と取り合わせると薯が怒りそうである。特選句「梅漬けよか君が好きならしょうがない(植松まめ)」。今年から梅干しを作るのは止めようか。夫婦の会話である。でもまあ、あんたがそうしたいのならつけようか。少しなら手伝うよ。といったところ。二人の阿吽の呼吸。

矢野二十四

特選句「髪洗う仕留める時間ならあげる」。こういう女性には男はかなわない。(作者が男性なら取り敢えず笑う)「 雲の峰子は突然に走り出す(岡田ミツヒロ)」。子の動きは予測不可能。そこにこそ雲の峰のような未来がある。「なんとなく不燃体質半夏雨」。同感です。私ももやもやした存在です。「裸電球逃れた金魚箱の隅」。逃れたのがよかったのかそれは分からないが、景に郷愁あり。「持ち歩く顔のひとつや半夏生」。人に素顔はない。今日の顔は今日だけのもの。「匿名でいられる街の半夏生」。物事には両面があるから面白い。「夏蝉は飛ぶ勢いで反射せり」。生き物は考える前に反射神経で生きている。蝉に夏はいらない。「時計屋も本屋も閉じる蝉時雨(菅原春み)」。地方の実情ではある。ノスタルジーのある句。「指涼しなめらかに鶴折りあげて」。<なめらかに>が指にもかかっており<涼し>に艶めいたものがある。「夏蝶の羽化閉架書庫ひらく」。二物配合が上手くついている。

若森 京子

特選句「だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花」。上五が長すぎる一句だが,これが言いたかったのであろう。啄木と言う詩人の名前を入れて,じゃがいもの花。私にはこの三つの発語が上手く綾をなして,一人の男の力を抜いた生き方が,でも啄木の詩が浮かんで来る豊かさも人生に見えて惹かれた。特選句「軸足は水田にずぶりと差したまま」。農耕民族である日本人は,何処にいようと心根にはこの情感から抜けきれないのでは,と歳を重ねる毎に思う。食料難になるかもとの不安から,若者達も自給自足考えている者も少なくない様だ。

津田 将也

特選句「日雷途上途上で生き延びて」。非常に力強く、現代を生きる作者の実感の伴った人生の俳句として頂きました。秀句です。

岡田 奈々

特選句「自我ぷるる舌にほどけて桃ゼリー(榎本祐子)」。このくらい素直に自分を出せたら最高です。特選句「青梅はやがて梅干し生きようぜ(若森京子)」。みんなわらをもつかむ青春を過ぎ、やがて年取って、梅干しの様に味のある生き方をしたいものです。「日雷途上途上で生きのびて」。日照りの前兆日雷。人生色々な事が起きて、頭悩ます事多々ですが、その時その時過ごしていけば良い。「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。風に吹かれ、水に流され。人生は仮住まいの様なもの。やがては全て捨てて行く。「緑陰の時間と遊ぶ園児たち」。木蔭のある間、園庭で遊べる。「住み慣れし此処がまほろば青田風」。正に住み慣れた吾が故郷に勝ること無し。「分け入りて我を探すや青山河」。故郷の山のなんと青く活き活きしたことか。私たちのルーツ。「嗚呼やっとハイビスカスに夜がくる」。ハイビスカスは美輪明宏さんのこと。いつも大きく咲いて、皆を導いてくれていた。やっと、お勤め終わったんですね。「向日葵よ愛とナガサキ語り継ぎ」。美輪明宏さんの語り口。数々の含蓄ある語り有難うございます。「朱夏の脚入れて大海原となる」。暑かった脚が、海に入った途端、大海原と同化する。海の偉大さ。♡体調悪いので、7月もお休みします。また、宜しくお願いします。→ご体調のお悪い中のご選評ありがとうございました。また句座を囲める日を心待ちにしています。

樽谷 宗寛

特選句「鯵捌くその手で くるりははを看る」。お母様の看護の様子手に取るようにわかるきつと常日頃お母様のそばにいなければいけない状態では?看取りをふかく考えさせる句でした。

藤川 宏樹

特選句「麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き」。今ならガソリンより高いペットの水を平気で買うが、麦茶はぐつぐつ母が沸かしたものだった。炒った麦の香りに「沖縄B52北爆へ」の二段抜き、戦ある世はいつになっても変わらない。

河野 志保

特選句「嗚呼やっとハイビスカスに夜がくる」。長い1日の終わり、労働の後の句だろうか。鮮やかなハイビスカスが夜の始まりを印象的に告げている。

柴田 清子

特選句「一日を壊さぬように沙羅の花」。沙羅の花の咲いて散り敷くまでが、全て言い尽くされていて、静かな佳句となっている。

木村 寛伸

特選句「手が触れるまでが恋です素足です」。現代俳句としてかなり魅力的な作品。特に評価したいのは、恋の一瞬を「触れるまで」という時間で切り取ったこと。 「素足」という季語で身体性を与えたこと。 会話体を用いながら余韻を残していること。 恋愛を甘く描くのではなく、「届く寸前が最も恋らしい」という感覚を、夏の素足に託した一句。読後には、触れそうで触れない距離の緊張感と、夏の空気の温度が静かに残る。これは作者ならではの感性がよく表れた作品と言える。問題句「戦争や脳はももいろなめくじり」。衝撃的な一句。「ももいろ」と「なめくじり」の生理感覚が戦争への痛烈な批評となっている。読む人を選ぶが、挑戦的な表現として評価できる。「嘘ひとつ光となりぬ青葉かな」。「嘘」が「光」へ変質する飛躍が印象的。「蛇衣の一つは私のものがたり」。「蛇衣」を脱皮=人生・記憶・自己の更新へと転化した一句。読者に物語を委ねる力あり。「一日を壊さぬように沙羅の花」。繊細な感覚が美しい。「壊さぬように」という措辞が秀逸。「持ち歩く顔のひとつや半夏生」。現代人の「仮面」を半夏生に重ねた一句。「金魚掬ふごとく言葉を待ちにけり」。言葉を待つ感覚を金魚掬いで可視化した比喩が美しい。「梅雨晴れ間およそ家族を干し上げる(吉田和恵)」。「およそ」が効いていてユーモアと生活感あり。「その奥にわが空のあり楠若葉」。「わが空」が人生観にまで広がり、品格がある。「てんと虫私の半分乗せて去る(河野志保)」。童話性と哲学性が同居。「私の半分」が様々に読める余白あり。

川本 一葉

特選句「目も眉も薄らいでゆくはは半夏生」。年齢を重ねると毛は薄くなり目も小さくなる。薄らぐというのは忘れることなのかもしれない。あっという間に半夏生の旬は終わる。人の一生は長いのか短いのか、それはその人その人だろう。お母さんへの鎮魂歌のような、少し恐ろしさもある。

福井 明子

特選句「阿修羅像その眉解けぬ五月闇」。阿修羅像の表情、あの眉の、秘めたかなしみの深さを眼にうかべてしまいます。この世のあまたの解決のできぬ苦悩を「阿修羅像」と「五月闇」がくっきりとみせてくれるようです。「解けぬ」は「ほどけぬ」か「とけぬ」、どちらで読ませるのかな、とわたしは迷いました。

野田 信章

特選句「鎌倉に生まれて住まず金魚玉」。生国とは人にとって重たいものである。「鎌倉」ともなれば歴史の厚みのある景勝地としても注目されるところである。一読、一句の立ち姿の際立ちの中に覚える品位のある清涼感も単に「金魚玉」の配合だけではない。中句に込められた「住まず」という打消しの修辞に裏打ちされた矜持の確かさあってのことかと思う。

疋田恵美子

特選句「沖縄忌軍の狭間の島田知事」。世界の情勢、周辺国の倫理なき行動・言動、誠に不安定な世となりました。現状への対応の難しさでしょうね。特選句「半夏生言い尽くせない恩がある」。私にも同感の思いがあります。半夏生が実に良い。

各務 麗至

特選句「父の日や父の言葉が今更に」。父の日だから思い出したのもあるだろう。母の日には母の言葉が蘇えるだろう。そんな亡くなった父や母だけでなく、まわりの師友の言葉にも今更に教えられたと気づくことがある。特選句「戦争や脳はももいろなめくじり」。戦争はNOとでも取れそうだし、それでもきれいごとのようなももいろで、なめくじの動きのように遅々として見てくれの悪さばかりで世界は動いている。両句とも、とても書き切れない深い重いものを感じて慄然とする。

佐藤 詠子

特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。あめんぼうの身の軽さに作者の人生観を感じた。あめんぼうも人もこの世では仮住まいである。諦めではなく、逆に何処に住んでもその地に慣れてしまう人の姿も垣間見れてユーモアを残している句。特選句「夏蝶の羽化閉架書庫ひらく」。この感覚の句が好き。説明がない分、余白からぐっと伝わってくるものがある。夏蝶の羽化で生命力で溢れ光が生まれた。閉架書庫は図書館で一般利用者が入れない書庫。図書館員に閲覧を申し出てから読むことができる本が置かれている、いわば蔵書が眠っている暗いイメージ。そんな閉架書庫から持ち出された本と夏蝶との取り合わせが面白い。本もまた人にページを開かれて価値が生まれる。この全く違う二者を「ひらく」という言葉で命が吹き込まれた実感がして、とても聡明な句だと思う。問題句「素足より目覚めてをりぬ窓の風(川本一葉)」。朝の無防備な身体感覚とゆるい時間に共感できた。けれど「窓の風」がちょっと私には固く感じられた。「窓に風」ではどうでしょうか。風が「おはよう」と起こしにやって来た感じで。

花舎  薫

特選句「住み慣れし此処がまほろば青田風」。その通りとしか言いようがない。まほろば、青田風という言葉が美「瑞穂国」を喚起させる。家や街という物理的な範囲に限らず、今あるものや時間を尊ぶということだろう。

榎本 祐子

特選句「坂の上から捕虫網がやって来る」。簡潔に書かれた不思議な面白さ。人の存在が隠れているからだろうか。

淡路 放生

特選句「花桐や大事な本を返しに行く」。百姓家の土蔵を書庫にしている先輩がいた。彼はそのころ高等学校の教諭をしていて、著書の『讃岐句碑めぐり』は、よく読まれていた。仲間内では校正の鬼と呼ばれていた、土蔵の書庫にはよく本を借りに行った、この句を読んでそのころの私を思った。自転車で<大事な本を返しに行く>のだが、その行き帰りにはこころが弾んでいた。たしか花桐が匂っていたこともあった。

和緒 玲子

特選句「麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き」。麦茶を煮出すという日常と新聞が大きく報じる戦争の非日常。新聞を握る手触りがあり、どんどん濃くなってゆく麦茶の匂いが場面を満たす。特選句「ガウディの塔や天道虫の夢」。サグラダファミリアの聳え立つ塔と、上に上にと登る習性の天道虫の取り合わせ。メインタワー完成という時事を上手く取り入れつつ、互いの天への希求を詠んだ。

男波 弘志

寸感「鎌倉に生まれて住まず金魚玉」。実は自分も鎌倉の近所に生まれています。その土地の魅力は計り知れません。ですから余計になつかしくなるんでしょう。金魚玉のむこうに由比ガ浜が観えます。 秀作。

藤田 乙女

特選句「その奥にわが空のあり楠若葉」。見上げた楠若葉は明るく青空に映え命の息吹や生命力を感じます。そして「わが空のあり」からは、希望や夢に向かって日々を生きようとしている生気あふれる作者の姿や強い思いがよく伝わってきます。明るく希望を抱かせる句です。特選句「ヨイトマケあなたに贈る百万本の黄バラ」。「あなたに」は「ヨイトマケ」を唄った美輪明宏さんへの作者の深い思いと共にご自身のお母様への思いが同時に伝わってきました。百万本の黄バラを贈りたいのは美輪さんとご自身のお母様なのでしょう。「一万本」でも「千万本」でもなく「百万本」が良く効いているように思います。「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません。この世のすべての問題を解く鍵は愛です。愛があれば戦争なんか起こりません。」の美輪さんの最後のメッセージを噛み締めています。

吉田 和恵

特選句「老鶯の一鳴き辺り静まりぬ」。待ちに待った初音から特に今年は存在感がありますが、老鶯の一声で静まるという所に説得力があります。老鶯を若手芸人もて余す、とか。

河西 志帆

特選句「坂の上から捕虫網がやって来る」。何だか可笑しいですよね。捕まえるぞーって、向こうから歩いてくるみたい。こういう句が好きです。難しい言葉を詰め込み過ぎないのがいいんですよ。だから映像がはっきり見えるんですね〜。「梅雨明け待つ校庭の隅棕櫚束子」。この風景知っています。部活少女だったんで、体育館やらその周りを掃除しました。ちびたようになった束子!学校の掃除を生徒がするのが、外国から見たらありえないとか。びっくりよ。「鯵捌くその手でくるり母を看る」。自宅で居酒屋をして、離れの部屋で母を介護していました。ベル🔔を鳴らしてくれると、走っていきました。鯵の南蛮漬けをよく作ったものでした。くるり!がいいです。沁みてきます〜。

河田 清峰

特選句『年表に「戦」は消えぬか夏銀河』。8月になると戦で亡くなった沢山の人たちが銀河となっている。

野口思づゑ

特選句「うごきますゴールがたまに缶ビール」。缶ビールをゴールにしたてサッカー遊びをしている子供や大人たち。缶ビールに焦点を当てて、サッカーワールドカップに夢中になっている社会現象までも描かれている。特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。事実として、あるいは心の声として、どちらであれよく理解できる。「手が触れるまでが恋です素足です」。恋の一つの定義なのでしょうか。「鯵捌くその手でくるり母を看る」。食事の用意をし、お母様のお世話をしている日々の一コマが巧みに描かれている。「拝けいのつたなくふとき夏見舞」。ハガキでしょうか、子供が頑張って書いているのか、手が不自由になってしまった方からなのか。♡ 暑中おみまい申し上げます。香川県も大変な暑さなのではと想像致します。 おかげさまで、シドニーは17度と、ちょっと寒いかな、程度ですので文句は言えません。→ 17度ですか!メールから涼しい風が吹いてきました。ありがとうございます。

末澤  等

特選句「父の日や父の言葉が今更に」。 40年以上も前、30歳代前半の頃に父親から種々のことを言われ、その頃は「時代が変わってきているのに何を言 ってるんだろう・・・」と思って聞き過ごしていました が、社会経験や子育てなどを経てこの年になってくると意味合いがよく分かってきました。 今更ながら、父親に申し訳ないと思う気持ちで一杯です。

植松 まめ

特選句「麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き」。麦茶を沸かすごく日常の生活のなかにも戦争は人のこころを蝕んでいる、ぐつぐつがよく効いている。特選句「背中だけの夏蝶愛はパラドックス」。美しくて危険な恋か、妖しい森に迷いこんだような……。本文

月野ぽぽな

特選句「分け入りて我を探すや青山河」。大自然の癒しの力、人間が自然の一部であることの、潔い比喩だと思いました。

時田 幻椏

特選句「初夏の白い砂糖の陰掬う」。今回一番の秀句と思います。美しく爽やかな静寂を頂きました。

伊藤   幸

特選句「原爆忌日は休みなく立ち上がる」。原爆忌・終戦忌を前にして採らせて頂きました。原爆後の惨状は映像の中でしか知ることはできません。しかしながら何があろうと日はまた昇るのです。そうであったからこそ今の広島が長崎が日本があるのです。戦の絶えないこの地球に燦燦と光溢れる日が早く訪れるよう祈るばかりです。特選句「ヨイトマケあなたに贈る百万本の黄バラ」。苦い思いはすべてプラスになると説いてベストセラーになった「正負の法則」、愛があれば戦争は起こらないという格言でも多くの人の心を支えた美輪明宏さん。思いは後の世まで受け継がれていくことでしょう。

松岡 早苗

特選句「夏木立まっすぐ奥の旧校舎(三枝みずほ)」。旧校舎へと続くまっすぐな夏木立の道。そこには作者の子ども時代の思い出がいっぱい詰まっているのでしょう。奥まった旧校舎までの距離は、大人の作者が、少年・少女時代へ一歩また一歩と時を逆走していくための時間のように映りました。特選句「鰺捌くその手でくるり母を看る」。魚を捌いて食べる当たり前の日常。他の生き物の命を頂かなくては生きていけないのが現実。しかし、そもそも人間と鰺に命の軽重があるのか。平気で残酷なことをしているのではないか。お母さんの看病でその大切な命に向き合っているからこその心の引っかかりが伝わって来ました。

大浦ともこ

特選句「麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き」。麦茶を沸かすという平和な日常に忍び寄る空気を新聞の見出しで表現していて今の不穏さが伝わってきて考えさせられます。特選句「匿名でいられる街の半夏生」。住み慣れた街に時に抱く閉塞感を”匿名でいられる”という状況と比べてみたりした。季語の半夏生が効果的と思います。

布戸 道江

特選句「一日をを壊さぬように沙羅の花」。沙羅の花のはかなさ。「盆栽のため息ひつつ夏至の月(野﨑憲子)」。ため息と夏の月の取り合わせが絶妙。「白南風やフェリー到着まで五分」。実景、実感が直線で飛び込んで来る。「今を生き明るくくぐる茅の輪かな(漆原義典)」。今を大事に、同感です。「水無月や和菓子に残る水の音」。美しい写真のよう、涼感が伝わる。

佐孝 石画

特選句「一日を壊さぬように沙羅の花」。「壊れる」ではなく「壊さぬ」とあることで、ささやかな日常に向けられた「希い」のようなものを感じる。「一日」を、脆くてすぐ崩れてしまいそうな道程とふいに幻視した、作者の感性に大いに共感する。沙羅の花の眩しさをきっかけに、作者の胸の奥深くから何でもない「一日」の儚さが湧き出てきたのだろう。

田中 怜子

特選句「青田波讃岐平野は元気だぞ」。気持ちよい句、産土を直に愛する気持ち。こういう良いところに、人の好さにつけこんで、変な政治家が選ばれるんです。北陸も。困ったものだ。美輪明宏さんが亡くなった。ぶれない、芯があり発信力のある方だ。惜しい‼

豊原 清明

特選句「手が触れるまでが恋です素足です」。ひととひとと触れ合う姿に好感。現代でも、心がひとと寄り添い、好い。問題句「茫漠とイルカに鳴かれオイル危機(津田将也)」。一読しても、意味が解らなかった。語は知っていますが、それが何なのか、無知を思い、「茫漠と」が好きでした。

新野 祐子

特選句「愛国心とはからすびしゃくを裏返す」。からすびしゃくとは半夏生草のことですよね。それを裏返すのが「愛国心」?あまりのわからなさが魅力でした。作者の解説を是非お願いします。 ♡すずき穂波さんの自句自解「愛国心とは」がいま日本で問われている。ややもすれば戦前のあの「忠誠心」になりかねない。日本人の心、日本の文化を大切に思う気持ちと、あの忠誠心が「愛国心」という一語の中に、表裏一体となって隠れている危険性。「からすびしゃく=半夏生」の葉は表面だけがお化粧を塗ったように白い。花が終わると裏面の緑と化す。現代の若い人たちにも「愛国心」なる語の異和感を伝えられたらとの思いで作りました。→穂波さん、有難うございました。

岡田ミツヒロ

特選句「枇杷を剥くシワシワの手と小さき手(布戸道江)」。クローズアップされる二つの手のリアル「シワシワの手」と「小さき手」そこから溢れ出る自身の境涯への感慨や幼子への情愛、日常生活の一コマを描いて広々とした心情の世界へと誘う確かな表現力に感銘。枇杷という素材の選定も実に行き届いている。特選句「だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花」。啄木の私生活がふしだらとして悪し様に難じる人が時々いる。そんな時には「だめ男でいいじゃん」とアッサリ受け流すのがいいのかも知れませんね。

薫   香

特選句『月涼し「綺麗ですね」のあとの黙(木村寛伸)』。沈黙の中に、いろいろな感情がうごめいていますよね。

銀   次

今月の誤読●「指涼しなめらかに鶴折りあげて」。毎日、朝早く起き出して縁側で鶴を折る。真っ白い鶴を一羽だけ。それがわたしの夏休みの日課だった。そうすると、なんとなく祖父が喜んでくれる、そんな気がするからだ。祖父が亡くなったのは去年の夏だ。思い出をいっぱいつくってくれた。こうして鶴を折るのを教えてくれたのも祖父だったし、暑い盛りの川遊び、西瓜の種の飛ばしっこ、涼しい夜の線香花火、みんなみんな祖父との懐かしい思い出だ。鶴を折るたびそんなあれこれが浮かんでくるのだ。そして一羽だけ折って桐の箱にしまい込む。それが祖父との遊びのような気がするのだった。八月の終わり、いつものように鶴を折り、箱に入れようとすると、驚いたことに桐箱は空っぽになっていた。ふと庭を見ると数十羽の折り鶴がいっせいに羽を広げ飛び立とうとしていた。いや実際に紙の羽をパタパタさせ、蝉しぐれのなか朝日に向かって飛んだのだ。紙のはずなのに風のなか羽ばたいていったのだ。わたしは夢中で庭に飛び出し手を振った。祖父の麦わら帽子をかぶった姿が見えたような気がした。夕方、縁側を掃いていると、一枚の白い紙が落ちていた。開くと折り目だけが残っていた。わたしはその紙を箱のなかに入れ、祖父との夏をこころにしまい込んだ。

増田 暁子

特選句「蛇衣の一つは私のものがたり」。「私のものがたり」に惹かれました。蛇が脱皮していくまでの過程を想います。特選句「持ち歩く顔のひとつや半夏生」。相手によっては自分の顔が違う現実。季語がよくあっています。

漆原 義典

特選句「手が触れるまでが恋です素足です」。男組で育ち、大学は工学部土木工学専攻で、恋の経験が皆無の私にとっては、恋は憧れでしかありませんでした。 恋と下五の素足の取り合わせがいいなぁと思います。

柾木はつ子

特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。この地球の何処に住んでもなのか、それともこの世に生きていること自体が仮の世と捉えるのか、漂泊の魂を思います。特選句「住み慣れし此処がまほろば青田風」。先の句とは対照的にしっかりと大地に根ざした生き方を思います。何れも人間の有り様として肯えます。

出水 義弘

特選句「ポニョポニョとステップ軽し月夜茸」。此処の木にも彼処の木にも段々となって着生している状況を、月夜の下で楽しく踊っている様子と受け止め、ポニョポニョと擬態語で滑稽に表現している。明るい句である。特選句「傘と服お洒落にまとめ愉し梅雨」。プラス思考が良い。童謡の「雨雨降れ降れ母さんがーーー」を思い出した。

竹本  仰

特選句「日盛や昭和を劃るように貨車(男波弘志)」:加藤楸邨の〈ながきながき春暁の貨車なつかしき〉を思い出しました。昔、踏切で数えた貨物列車の長かったこと、あれははやる心があっての長さだったなと今は気づくのですが、日本列島の大動脈をあの振動は伝えていたのでしょうね。その貨車がぽつんと老兵のようにたたずんでいるのを見るなんて、かつては思いもかけなかったことでしょうが、そのぽつんはさながら鏡に映したわが若き日を抱えた今の姿ともとらえたんでしょうか。特選句「青葡萄ほどの幸せ聖書措く(大浦ともこ)」:茨木のり子さんの詩「六月」に〈どこかに美しい村はないか〉という冒頭の句があって、その雰囲気を感じました。そうですね、この句の背後に何かしらそんな憧れのようなものがあって、高らかな声の後の、かなり時間の経ったあとの、夕暮れどきの静かな声という気がして、そんな一瞬に身を置きたいものだなと、そんな憧れも感じました。特選句「軸足は水田にずぶり差したまま」:軸足というのがいいですね。誰しも仕事というのはそんなものであって、抜いては生きていけないもの。造次顛沛ではないですけれど、ほんの瞬時の判断に、この軸足がさっと浮かんでくる。生きる上でのリアルな姿、なまなましく感動した次第です。

綾田 節子

特選句「蹴る蹴るシュートけろけろと蛙」。サッカーワールドカップも決勝戦を待つのみ。蹴る蹴るとけろけろの語感も良いし。シュートに蛙の取り合わせ、楽しく頂きました。

高木 水志

特選句「ほうたるや前世の答へ合せめく」。儚く光る蛍の光に、この世に生まれる前のことを重ねている作者の感覚に共感した。

菅原 春み

特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。ぴったりの季語を得て納得することしきりです。生きている限り仮住まいですものね。特選句「住み慣れし此処がまほろば青田風」。ここがまほろばと言い切れる潔さに感服です。青田風がとりわけ心地よい。倖せをシェアーしていただいた。

向井 桐華

特選句「七月の風のたましひ爪を切る」。「風にたましい」を感じる七月と、爪を切るという日常的な行為。これが八月だと当たり前過ぎるが、七月を季語に持ってきたところがよいなと思いました。

中村 セミ

特選句「蛇衣の一つは私のものがたり」。交通事故で左腕を失って以来、失望したままいたが、ある日、鏡の前で右手でクリームを肌に塗っていると、私の流れる涙を左手の指が、拭っているのだ。鏡には映らない、見えない命の枝。

山下 一夫

特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。一読、郷里を離れ都会暮らしに走りがち、転職や転勤で住居を転々させがちな現代人をあめんぼうに託していると受け止めましたが、実は肉食なあめんぼうの生態を知ると居所を変えながら人々から搾取していく無頼な人物像も浮かんできました。漂泊ということでは共通。あめんぼうイメージの軽さを感じる句ですが、それが無常観に通じているところあるようです。特選句「初夏の白い砂糖の陰掬う」。 中七までの爽やかな情景が下五で俄然(それこそ)陰影に富むものに。白い砂糖に伴う「陰」というのは視野に入ってはいてもなかなかそれとして取り出しがたく着眼点が秀逸。いろいろな意味を投影できるかと思いますが、私的には、砂糖を手に取ったときの意外な重さと「陰」からある種の鬱屈を感じます。材質感も秀逸です。問題句「梅漬けよか君が好きならしょうがない」。 二者間の会話の一節。発話している人は梅漬けが嫌いあるいは梅は漬けるのではなく他の処理(例えば梅酒)をしたい。言いぶりから直前に意見の対立があり仕方なく折れた様子。やさしい人物。「君」は相当すねたのか。何と言ったのだろう。そんな二人の関係は、と誤読に向かいやすく楽しめます。

三好つや子

特選句「だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花」。詩情あふれる歌からは想像できないほど、借金と浪費を繰り返し、若くしてこの世を去った啄木。藤沢周平の小説「白き瓶」によると、明治の歌壇に彗星のごとく現れ、若い歌人に深く影響与えたとか。この小説の主人公である長塚節の歌は知らなくても、啄木の歌は誰もが知っている。天才とはそんなものかもしれません。特選句「匿名でいられる街の半夏生」。自分を知った人がいない街に住む。開放感の中にふっと湧いてくる淋しさを、陰影のある半夏生という季語が、うまく作用して心に響きました。「持ち歩く顔のひとつや半夏生」。たぶん憂鬱な顔なのでしょう。いろんなストーリーが想像でき、切ない感じがしました。「指涼しなめらかに鶴折りあげて」。折り鶴にいそしむ指に平和を祈る指が見え隠れし、惹かれます。

荒井まり子

特選句「義母といて道化役する梅雨晴間(佐藤詠子)」。来し方を振り返れば胸の傷みをと。季語に救われます。 宜しくお願い致します。

亀山祐美子

特選句『あめんぼう何処に住んでも仮住まい』。高校の下宿に始まり生家を出て五度転居した。その数が多いのか少ないのか。仮住まいの意識は常にあった。今となってはほんの一瞬の邂逅の積み重ねであり、今に落ち着く道程だったのだと納得しているが、今さえもあの世への仮住まいなのだとも思う。「あめんぼう」という水に対峙する生き物のあり様が仮住まいを覗き込むような飄々とした無常観を醸し出しこの句を引き立てています。本当に季語の設定は大事ですね。

滝澤 泰斗

特選句「なんとなく不燃体質半夏雨」。梅雨時の今頃の雰囲気を表現したところが気に入りました。共鳴句「メケ・メケや銀巴里遠くなりにけり(田中アパート)」「(追悼 美輪明宏)向日葵よ愛とナガサキ語り継ぎ」。影響を受けた、兄貴の様な美輪明宏氏が亡くなった。佐高信氏のサンデー毎日こコラム「政経外科」の中曽根康弘批判が懐かしい。「トンネルをくぐると世界過去の夏(中村セミ)」。いろいろな読みのできるトンネル・・・・私のトンネルは、故郷の信州と都会を繋いだ信越線の碓井峠のトンネル。18の春まで過ごした信州、そして、両親健在の毎夏の帰郷・・・「レース編み星の神話を指に聞く(三好つや子)」。レーズ編で星でも編んでいたのか、神話を指に聞くで詩情豊かになった。「音読す伝道者の書喜雨の中(新野祐子)」。素晴らしい時間の一カットを切り取った。

三枝みずほ

特選句「髪洗う仕留める時間ならあげる」。相手に隙を与えているようで、主導権を握っているのは私。髪を洗うという日常的な行為から、一人の人間の生き様、覚悟を思わせる言葉の斡旋が巧み。

松本美智子

特選句「日盛りや昭和をくぎるように貨車」。昭和のノスタルジックな世界と貨車の取り合わせが妙でした。ガシャンガシャンと音まで聞こえてきそうです。日盛りの季語との取り合わせもこの句に合っていると思いました!

遠藤 和代

特選句「母と娘のあやとり蜘蛛の巣の光(松本美智子)」。母と娘の怪奇極まりない感情のやり取りをあやとりと蜘蛛の巣で表していてぐっとこころをつかまれました。最後の蜘蛛の巣の光は、それでも母と娘は光を求めて、絡んだ紐を解きほぐしながら光を求めていく。

野﨑 憲子

特選句「何も残さぬ句談義貴し青葉騒」。青葉騒も句談義していると強く感じさせてくれる心躍る一句。「海程香川」の目指す句会そのものです。その場限りで、しかも熱くて楽しい、お互いに元気をいっぱいもらって帰る場。そこには何の掛値も忖度もない。ただ俳句を愛する人の集まり。それが「海程」でもありました。この場から生まれる愛語の句が、ブログから世界へと広がり世界平和の小さな鍵になると信じています。「嗚呼やっとハイビスカスに夜がくる」「メケ・メケや銀巴里遠くなりにけり」「ヨイトマケあなたに贈る百万本の黄バラ」「煌くシャンソン夏至の日の転生」「ヨイトマケ愛あるのみと薔薇歌ふ」本年六月二十日に九十一歳で他界された美輪明宏さんの追悼句を挙げさせていただきました。美輪さんは、十歳の時、長崎で被爆されました。生前最後のメッセージを今一度。「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません。この世のすべての問題を解く鍵は愛です。愛があれば戦争なんかおこりません。」と、まさに愛語の遺言ですね。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

青嵐
青嵐や君のまごころ飛ばしゆく
末澤  等
風青し兄の手帳より押し花
和緒 玲子
肩先に花びらひとつ青嵐
野﨑 憲子
抽斗に妻が釣書青嵐
藤川 宏樹
青嵐古い時計が息を吐く
銀   次
マウンドの投手は不敵青嵐
大浦ともこ
青嵐見上ぐる喉の仏かな
三好三香穂
風
白黒も緑も青も風涼し
三好三香穂
扇風機ぬるし余震の報がまた
和緒 玲子
特選やまだ首振りを扇風機
藤川 宏樹
風の香や本当の声を聞かせてね
末澤  等
風邪が治つたら学校へ来い入道雲
野﨑 憲子
風吹いてひと夜の夢を流しけり
銀   次
風凪ぎて海に船浮く安息日
大浦ともこ
石鹸玉
とり戻すんじやない大逆転だ石鹸玉
野﨑 憲子
しゃぼん玉風のかたちにゆれている
銀   次
決めつけはやめてください石鹸玉
藤川 宏樹
シャボン玉試しに吹いて誉めて友
藤川 宏樹
青葉木菟しゃぼんの泡の太りゆく
和緒 玲子
ミュージカルラストはシャボン玉の飛び
三好三香穂
日傘
母今も父のマドンナ白日傘
大浦ともこ
天使にも悪魔にもなる夕日傘
野﨑 憲子
日傘とじ手のひら返して背中向け
末澤  等
和日傘や浴衣の袖に風匂う
銀   次
絵日傘や姉に小さな泣き黒子
和緒 玲子
くるくると日傘まわして小学生
三好三香穂
星
星降るやどの煩悩に貢ごうか
藤川 宏樹
ガリレオの天動説や星涼し
三好三香穂
流木や不思議な星のものがたり
野﨑 憲子
星涼し眠れぬ町を影として
銀   次
星空や百合が咲いたと君の言ふ
和緒 玲子
揺れている雫のピアス夏の星
大浦ともこ

【通信欄】&【句会メモ】

7月11日の高松での句会は。いきなりの猛暑の中での開催でした。体調を崩された方もあり、十人足らずの連衆で句座を囲みましたが、事前投句の合評に、袋回しに、とても楽しく豊かな時間を過ごしました。

待望の『第5回「海原」全国大会㏌福井(10月17日~19日)』の案内が「海原」誌に掲載されました。師の「よく眠る夢の枯野が青むまで」の句碑や、永平寺、一乗谷朝倉遺跡吟行など、今から楽しみです。私も参加の予定です。遠方に住む本会の連衆の方々にもお会いできたら嬉しいです。

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