2026年3月27日 (金)

第170回「海程香川」句会(2026.03.14)

万智のイラスト 櫻.jpg

事前投句参加者の一句

嘶きて回転木馬永久(とわ)の春 榎本 祐子
明治百六十年の春の闇 荒井まり子
いつもゐる人いなくなる鳥雲に 柴田 清子
定食屋のおかわり百円水温む 銀   次
君のままでいいよ雪割草が顔を出す 吉田 和恵
白梅といちまいの夜開くかな 佐孝 石画
春一番象のからだが水を割る 菅原 春み
芹の水ことば少なくして暮らす 男波 弘志
地玉子のずしんと眩し春の駅 三好つや子
あなただけ吾の句を選び蝶になる 薫   香
いつの間に右へ右へと散る桜 山下 一夫
ひと回り小さき友よ冬の葬 石井 はな
きのうからここに住んでる春の星河野志保 河野 志保
永き日のごろんごろんと茶臼石 綾田 節子
<鎌倉覚園寺にて>雨あがる谷戸の木蓮 白凛と 田中 怜子
また会おう会わずに逝ったスイ–トピー 遠藤 和代
空を道連れ三月の子の歩幅 三枝みずほ
落日は一水仙に薫るべし 竹本  仰
蕭白の龍と目が合う春の雷 松本美智子
派閥あり抽斗底の種袋 森本由美子
れんこんの炊いたんごはんけんちん汁 藤川 宏樹
句を連ね気さんじな彼余寒かな 樽谷 宗寛
スキップがまだ出来ました鳥帰る 布戸 道江
博学の白梅(はくばい)を観て徒爾(とじ)語り 時田 幻椏
朧夜を濡れてもどりし回覧板 小西 瞬夏
晴々とほほかわきたる三月来 矢野二十四
イカ耳の猫の爪切り多喜二の忌 植松 まめ
人形塚造花の薔薇の褪せており 大西 健司
ウクライナやられた正義春の泥 滝澤 泰斗
瞳まあるきひとだった春の雨 福井 明子
啓蟄やかくも難儀な世と知らず 塩野 正春
新学期明治の顔の文豪ら 十河 宣洋
浅春や師も友も逝き濡れそぼる 末澤  等
古雛の髪梳き直し母似かな 増田 暁子
雲を割き池に日の没る蝉氷 河田 清峰
ドーナツのほのかな甘さ鳥つるむ 向井 桐華
丸い石拾いたくなる春の黙 佐藤 詠子
薄氷や君を忘れているような 高木 水志
デスマスク白秋二月野の水光(みでり) 野田 信章
戦争の皆腹の底胡瓜揉み 豊原 清明
息ひそめ口に指当て「明日天気」 田中アパート
新じゃがの顔を揃えて性善説 重松 敬子
抗ひて添ひて千年花へ風 和緒 玲子
天狼や高市拓くぞ日本力(にほんりき)  疋田恵美子
天上に夫婦の会話春の雲 藤田 乙女
わ今日は紋白蝶で来ましたね 月野ぽぽな
妹が朝からいい子ひな祭り 野口思づゑ
妻を恋う幾千の歌春天へ 新野 祐子
スキージャンプ笑顔の沙羅の銅メダル 山本 弥生
生死とは終はればをはる如月よ 各務 麗至
引きどきの鶴に鼓笛の小学校 津田 将也
釘を打ち春の何かを掛けて祖母 松本 勇二
啓蟄や園児の列のもこもこと 岡田ミツヒロ
山笑う魚嫌いのサプリ好き 松岡 早苗
信じるといふは朧を分け入つて 柾木はつ子
逝きし人雲より春を覗きをり 川本 一葉
我が庭の古びぬ木々に春一番 出水 義弘
囀りや天から聞こゆ五七五 漆原 義典
巣箱置きますます耳は透明に 若森 京子
花の駅一両電車の走りゆく 三好三香穂
ゆとりっ娘の喋り場時々雪解川 岡田 奈々
静かなる針置くみたい春の花 中村 セミ
花林檎いけないドアを開けたがる 河西 志帆
春雷やフォルティシモなる風の芯 佳   凛
麦青むひかりの國の入口に 亀山祐美子
ピザ食って大きく跨ぐ春の地図 伊藤  幸
まほろばはまぼろしに似て紋白蝶 大浦ともこ
風に佇つ悪い少年つばくらめ 花舎  薫
蛇穴を出て満月を呑み干しぬ 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「ゆとりっ娘の喋り場時々雪解川」。平成の中頃にゆとり教育を受けた娘さんでしょうか。よく喋られるようですがときおりは「雪解川」のほとりでしっとりと喋っているようです。明るい感性に裏打ちされた矢つぎばやの展開が新鮮でした。

小西 瞬夏

特選句「春一番象のからだが水を割る」。なんとも大らかで、のびのびとした気分に浸れる一句。「からだ」とひらがな表記をしたところは「鼻」「足」などとあえて具体的にしなかったのだろう。そこが実景を越えてやや抽象的な不思議さを感じさせる。

月野ぽぽな

特選句「君のままでいいよ雪割草が顔を出す」。上五中七の口語の優しさが花の姿と重なり合います。白が印象的ですが、さまざまな色に咲く雪割草。他の人のようになろうとせず、自分のままであることで初めて輝き出すことを教えてくれているようですね。 ♡<章平さん><前向きで探究心に溢れた章平さんの少年のようなキラキラした瞳を思い出します。他界から兜太先生、たねをさん、天志さんはじめ皆さんと、句会に参加していらっしゃいますよね。ご冥福をお祈りいたします。

十河 宣洋

特選句「わ今日は紋白蝶で来ましたね」。いつも何かにつけて意外性を発揮する友人、パートナなど。今日は紋白蝶のようにゆったり、きらびやかに来ましたね。驚くような、楽しみにしていたような雰囲気がある。特選句「人体はウイルス戦場白い息(塩野正春)」。人類の歴史は細菌との闘いだったと聞いたことがある。いろいろなウイルスが出てくる。新種もある。人体だけでなく鳥インフルなどは生活にも影響をしてくる。

各務 麗至

特選句「君のままでいいよ雪割草が顔を出す」。イルカの「なごり雪」。『今 春が来て 君はきれいになった 去年よりずっと きれいになった』や、毎年「ふきのとう」の芽生える春になると『ふき』という女の子を思い出す滝平二郎の絵本の悲しい話なんかが頭を過ぎります。たぶん「やさしさ」「強さ」の「普遍性」をこの句から感じるのかも知れません。特選句「信じるといふは朧を分け入って」。人間完全完璧ではありません。それこそ朧なものや未知無知からの間違い失敗は多々あって、だけど、そこで止まり終わる訳にはいきません。その時その時に対応して最善を尽くして信じるべき「もの」「方向」を信じて進むしかないのです。

津田 将也

特選句「雲を割き池に日の没る蝉氷」。「池に日の没る」に対し、「蝉氷」の存在感がいい。セミの翅みたいに薄く張り、春がもう近いしるしの氷である。氷にはスジが入り、それが透明な蝉の翅に似ているので、そう呼んだ。氷は、春の薄氷とは少し違い、形状感や硬質感が見られる。しかし、池にやってきた太陽の光熱には、すぐに負けて溶けてしまう。やはり薄氷と同じに儚い。

男波 弘志

寸感「丸い石拾いたくなる春の黙」。これがもし「暮の春」ですと風景が駘蕩としてひろがったであろう。 しかし、黙、と置くことで石の存在が春そのものではなくなっている。   作者の中に在る、石、であろう。秀作

樽谷 宗寛

特選句「ひと回り小さき友よ冬の葬」。島田さまのお姿がありありと浮かびます。<よ>の語りかけがよい。遠野吟行ではこまやかな御心遣いがありがたくいまも脳裏にあります。

矢野二十四

特選句「新学期明治の顔の文豪ら」。一句に近現代の文芸の歴史が詠み込まれてをり、俳句ならではの表現になっている。特選句「雲を割き池に日の没る蝉氷」。立春後の薄氷ではなく、蝉氷という冬の季語を使って、春の兆しを上手く詠んでいる。「芹の水ことば少なくして暮らす」。季語の本意が利いた句。「 空を道連れ三月の子の歩幅」。空を道連れが佳い。大きく羽搏いてほしい。「落日は一水仙に薫るべし」。「べし」の断定が落日と水仙の景を引き締めた。「新じゃがの顔を揃えて性善説」。じゃがいもはどれも善良そうな顔付をしている。「まほろばはまぼろしに似て紋白蝶」。大和言葉の頭韻を踏んで調べの良い句。大和の春の景。「風に佇つ悪い少年つばくらめ」。この悪童は風の子。雅語のつばくらめで句に風趣がでた。「ひらりふわり青年はスワンミラノコルティナ」。仮名の副詞(擬態語)とカタカナの名詞一句形成。冬季五輪の雰囲気がよく出ている。

福井 明子

特選句「静かなる針置くみたいに春の花」。針に赤い糸を通し、白い晒しの布に麻の葉模様を刺し子していたことを思い出しました。針を置いた時、静かな時間の中に春の花が広がっている。忘れていた時間がよみがえりました。

布戸 道江

特選句「定食屋のおかわり百円水温む」。ご飯のお代わりでしょうか、やさしい定食屋さん、季語が良く効いている。「さあ召し上がれ炊き立ての朧月」。上五の調子良さから朧月ヘと導く意外性、お味は如何でしたか。「子どもらの棺満たしたしたんぽぽで」。爆撃を受けたイランの女子校の子供達、悲しくて言葉にならない。

大西 健司

特選句「啓蟄やかくも難儀な世と知らず」。たしかに難儀な世の中、世の中に這い出てみれば何とも難儀なことばかりかと、しみじみ思わされる。

岡田 奈々

特選句「スマホ捨て心軽やか紙風船(野口思づゑ)」。心と体の健康の為にスマホを見ないのは現代の課題です。全てを放って、紙風船の様に風に吹かれましょう。特選句「妻を恋う幾千の歌春天へ」。正に島田章平さんへの献句ですね。本当に奥様の歌ばかりでしたもの。「恋しさが飽和してきた春の月(佐藤詠子)」。春の月のゆったりとした柔らかさ。春は和香で、穏やか。月まで素敵。「きのうからここに住んでる春の星」。春の夕方、ふと見上げるとキラキラと大きな星。金星、火星、土星どれか私にはわかりませんが、このところ同じ所に見えるのが、嬉しい。「さあ召し上がれ炊き立ての朧月」。炊き立ての御飯のような湯気が出てる出来たての朧月。心まで豊かになります。「ケータイ水没いま草木の息吹きて」。スマホばかり見ていたのに、落として、あっと思ったのも、一瞬。周りの草木の春の様子に目を奪われた。春は着実に息づいている。「丸い石拾いたくなる春の黙」。春は色々な感情を発露させる情熱を持っているのかも。「新じゃがの顔を揃えて性善説」。如何にもごつごつした、丸い人の良さそうなじゃがいも。皮も薄く扱い易い。なんたって美味しい。「自転車で空を駆けぬけ亡き人よ」。島田章平さんはいつも元気に自転車で町を駆けぬけていた様子が、忘れられません。今もおいでにならないのが、信じられません。「わ今日は紋白蝶で来ましたね」。毎日、色んな雰囲気のコスプレ?それとも優しさ?色んな人を演じるのも楽しい。もしくは、亡くなった人?♡二月の香川句会で、皆でお腹よじれるほど笑ったのが最後の最高の思い出です。だんだん寂しくなりますね。

藤川 宏樹

島田章平さん追悼句が多く寄せられ、穏やかな人柄が忍ばれます。特選句「春一番象のからだが水を割る」。象の巨体が水に入る瞬間の飛沫と水面の波立ちを、「水を割る」で一挙に描いています。「春一番」にやや戸惑いますが、若干の違和感も含んで特選にします。

松岡 早苗

特選句「蛇穴を出て満月を呑み干しぬ」。ダイナミックで迫力がありました。幻想的でありながら再生の瑞々しさをしっかり感じさせてくれました。特選句「ピザ食って大きく跨ぐ春の地図」。上五、中七の大胆で若々しいエネルギー、結びの「春の地図」で更に期待感、わくわく感が高まりました。

植松 まめ

特選句「落日は一水仙に薫るべし」。きっぱりと言い切ったことで水仙が立ち上がってきた。特選句「花林檎いけないドアを開けたがる」。若いころの寺山修司もこんなだったんだろうかとふと思った。津軽の林檎の花を見たい。

若森 京子

特選句「朧夜を濡れてもどりし回覧板」。実際に,日常生活である事なのだが,何軒かの家を回って返って来た回覧板が濡れていた,それは朧の夜だった。それぞれの家の様子も想像できるし,実にリアリティもあり,又ロマンも感じる一句だ。特選句「静かなる針置くみたい春の花」。美しい春の花の咲く野原に腰を下ろすと,針の様な痛い野原だった。何か人生において教えられている様なショックを受けた。

伊藤  幸

特選句「また会おう会わずに逝ったスイートピー」。天志さんの追悼句ですね。本当にスイートピーのように蝶々のように天志さんは明るくひらひらあちこち飛び回っておられました。「また会おう」あの笑顔が目に浮かびます。特選句「新じゃがの顔を揃えて性善説」。新じゃがと性善説の取り合わせが何とも言えず妙。これから旅立とうとする新社会人たちを目の前にして「あゝ、人間の本性はこんなにも善なのだ、願わくば染まらずにいてくれ」。先輩としての作者の願いが伝わってくるようだ。

柴田 清子

特選句「芹の水ことば少なくして暮らす」。「ことば少なくして暮らす」そうありたい。出来そうで出来ない私には。芹の水音が、心に届いた清々しい特選として戴きました。

和緒 玲子

特選句「芹の水ことば少なくして暮らす」。芹の水という清らかさは、私達の生活に飾る言葉など必要無いと言っている様。一見なんの繋がりもない二つの事柄から真の美しさを考えさせられる。特選句「逝きし人雲より春を覗きをり」。今回の多くの追悼句の中に島田章平さんを思う気持ちを感じました。天国があるとすれば、それはきっと雲の上で、島田さんは雲を掻き分けて今やっと地上に広がる春を覗いておられるのかしらと。柔らかなお人柄と雲と春が呼応して何とも言えない優しい気持ちになりました。

花舎  薫

特選句&問題句「わ今日は紋白蝶で来ましたね」。亡き人がいつもいろんなものに姿を変えて現れている(と思っている)のだろう。だから「今日は」は「こんにちは」ではなく「きょうは」だと思う。今回はひらひらと紋白蝶。嬉しい驚きを故人と会話しているかのように詠んでいる。亡くなった人を偲ぶ句が今回多かったように思うが、この句は悲しみを乗り越えた明るさがある。亡くなっても人は自然や世界のどこにでもいるのだと言っている。それがまた春らしい。上五の音律を整えたらもっとよかったのでは?わあ、あら、ほう、ふむ、等々、その小さな呟きで詠み手の人となりにちょっと色付けができただろう。小さい「っ」をわの後に入れてもよかったかもしれない。

野田 信章

問題句「浅春や師も友も逝き濡れそぼる」「冬の雨師も友も逝き濡れそぼる」。「浅春や」と急遽訂正されてきたので、「冬の雨」の句は、選句から除外せざるを得なくなった。訂正句は早春譜の情緒に込められたかなしみの述懐である。元の句は、この点では、素気なきまでの読後感である。それでも一句の内容(主題)からして「師も友も逝き」ともなれば、一句に込もる心情のきびしさ、それ故の美しさも諾うところであり、それが「冬の雨」の修辞の配合であろう。これは片や「抒情」方や「叙情」の認識の差とも言えようか。

佐藤 詠子

特選句「朧夜を濡れてもどりし回覧板」。幻想的な世界と日常が対比している句。回覧板がもどるということは、町内会の班長さんでしょうか。地域の暮らしが詰まった回覧板は十軒くらいのお宅を順番に開かれてきたのでしょう。濡れてもどりしという中七から、「急いで戻さなきゃ」という隣人の心配りを感じました。自治体によっては、情報共有がデジタル化され回覧板からスマホのメールなどになる所も増え少し淋しい時代ですが、ご近所繋がりは大切にしたいです。特選句「新じゃがの顔を揃えて性善説」。買い物途中のスーパーでの哲学。ユーモアを感じました。新じゃがは丸くて皮が薄くて確かにつるんとした顔のように見えますね。性善説とは儒教の「人は本来、善である」という教え。思いやる心、優しさを人は生まれた時から持っていると。幼児のように素直そうに並んでいる新じゃがに諭されたような妙な気持ち。作者の感覚が面白いです。

中村 セミ

特選句「水温む礫を置いて太陽系(藤川宏樹)」。水は比熱がおおきく、礫は始終熱くなるのが早い、水温むはまさに、地球の物理的変化をあらわした季語のように感じる。石類は、暑い冷たいは極端である。そんな対比を思ってしまった。

森本由美子

特選句「釘を打ち春の何かを掛けて祖母」。無添加自然食品のような精神性を感じさせる句。釘打ちの素朴なひびき、老境の心に触れた<春の何か>その何かを柱にかけ、彼女は今年も巡ってきた春を奉っている。柱は家の中にではなく、心の中に立っているのかもしれない。 

柾木はつ子

特選句「芹の水ことば少なくして暮らす」。清らかな水辺に育つ芹。今ではどこもコンクリート灌漑で見ることも少なくなりました。喧騒と饒舌の現代社会から少し離れて静謐で豊かな生活を送りたいと言うことでしょうか。全く同感です。特選句「啓蟄やかくも難儀な世と知らず」。今の世界情勢、また自然の脅威を考えれば、私のような市井の徒であっても何かこの先の不安を感じずにはいられません。春になってようやく暗い地中から顔を覗かせた虫たちもこの気配を察して思わず首を引っ込めたかもしれません。

河西 志帆

特選句「芹の水言葉少なくして暮らす」。しんみりしそうですが、淋しいのとは違うんですよね。俳句と同じように、削れるものを減らしたら、案外楽に生きられそうです。ね。特選句「白梅といちまいの夜開くかな」。いちまいという表現は、何度か見ていますが、この世界がはっきり見えて「夜」でなければならないと思わせてくれました。素敵!「君のままでいいよ雪割草が顔を出す」。私もそんな言葉に甘えて、生きてきました。ままでいられる事は幸せですね。

増田 暁子

特選句「巣箱置きますます耳は透明に」。巣箱と耳は透明 の措辞が鳥の声、野の風景の情景が浮き上がります。特選句「まほろばはまぼろしに似て紋白蝶」。詩心が広がり、紋白蝶との取り合わせがとても素敵です。「いつの間に右へ左へ散る桜」。桜だけでは無い現実。「朧夜を濡れてもどりし回覧板」。中7の状態がいかにも春ですね。

綾田 節子

特選句「啓蟄やかくも難儀な世と知らず」。何時の世も戦争の絶えた事のない、この地球ですが、ウクライナ以降、大国が幅を利かす戦争が。今般は 、アメリカが参戦、これで中国なんてったら、どうなるのでしょう。全く難儀な世になってます。特選句「しゃぼん玉にほんはどこへゆくんだろ(野﨑憲子)」。同感です。高市さんがトランプさんと会談するそうですが、どうなるのでしょう、ホルムズ海峡。

塩野 正春

特選句「嘶きて回転木馬永久の春」。回転木馬、春が毎年巡り来る幸せな光景に感激した。来年も次の年も・・リーダーは嘶く馬だ!鬣をなびかせながら!特選句「イカ耳の猫の爪切り多喜二の忌」。猫は爪を切られるのを嫌がる。なぜか本能的にその瞬間を、イカ耳を立てて知ろうとする。このおどおどした光景が小林多喜二の戦前戦中のプロレタリア文学青年の恐怖感を醸し出している。辛い時代を経験した方々に敬意を表します。太平洋戦争はすべきでなかった。 ♡自句自解「啓蟄やかくも難儀な世と知らず」。今日3月5日午後5時20分に私が生まれたそうです。戦中とは言え、貧乏とは言え平和な時代だったらしいです、東北の片田舎でしたので。私は墓を作りましたがその添え書きにこの句を刻みました。兜太先生の「老いし母、うんこの様に我を産み」を思い出しました。私は5人兄弟末っ子です。「人体はウイルス戦場白い息」。いろいろウイルスがおり、それぞれ戦って勝ち負けを決めています。結果は白い息になって吐き出されます。この句今まで誰にも評価されません。

遠藤 和代

特選句「花の駅一両電車の走りゆく」。満開の桜が咲くひなびた駅を電車が走りゆく景色は寂寥として、いつ失われるか分からない日本の原風景。

榎本 祐子

特選句「まほろばはまぼろしに似て紋白蝶」。理想の場所はもう現実には無く、幻でしかないのかもと思うとき、紋白蝶は希望を見出そうとする願いのようにある。

高木 水志

特選句「君のままでいいよ雪割草が顔を出す」。小さな雪割草の花が作者を励ますように雪や枯葉の間から顔を出している。最初は下を向いていた蕾が開花とともに上を向き、春の日差しを浴びて、作者に語りかけている。

野口思づゑ

特選句「生死とは終はればをはる如月よ」。なるほど。そうでした。ただ、本人はそうであっても残された家族、友人などはいつまでも悲しみなど色々な思いが後を引くのですよね。特選句「春服の触れてゐる町の入口(柴田清子)」。絵画を見ているような。このように句を詠めるとは大変な力量だと感じます。「釘を打ち春の何かを掛けて祖母」。不思議な句です。このおばあさまに会ってみたい。「山笑う魚嫌いのサプリ好き」。山と一緒に私も笑います。「信じるといふは朧を分け入って」。言われてみればまさにその通りです。朧がとても効いている。

河田 清峰

特選句「啓蟄やかくも難儀な世と知らず」。戦好きな人がはびこる世が哀しい。

三好三香穂

「れんこんの炊いたんごはんけんちん汁」。炊いたん…で、ちょっと関西風。ある日のお昼ごはんのメニュー、名詞だけでの句。どこか懐かしくほっとする句です。「啓蟄やかくも難儀な世と知らず」。世界がだんだんわるくなる…這い出してきた虫も、戻りたくなるような難しい世の中です。戦争にだけは巻き込まれたくありません。「麦青むひかりの國の入口に」。くりくりした眼差しと、優しく、時にひょうきんな物言いで、句座を楽しませて下さった島田章平さん。2月の句会の後、わずか3日で帰らぬ人となってしまわれました。今ごろは光の中で、奥様と手を取り合っていらっしゃることと存じます。合掌。いまだに、新聞雑誌に島田章平の俳句、短歌、川柳が掲載されています。

出水 義弘

特選句「永き日のごろんごろんと茶臼石」。日が永くなるにつれて、生活のテンポもゆっくりとなる。ゴロンゴロンの擬音語に一定のリズムの心地良さもある。抹茶の香りも立ってくる。冬から明るい春を迎える喜びが良く表れている。特選句「古雛の髪梳き直し母似かな」。遠い昔に母の実家からいただいたお雛さま。久しぶりに飾り、髪を整えてやると、今まで気付かなかったが、亡き母に似ている。幼き日のひな祭りのときの幸な一コマ一コマが懐かしく思い出される。今は亡き、祖父母、両親の恩愛をしみじみと深く感じ入っている様子が、良く表れている。

佐孝 石画

特選句「釘を打ち春の何かを掛けて祖母」。「春の何か」のミステリアスな雰囲気は、作者も祖母もはっきりとは「何かわからない」という幻想につながる。釘を打ち付けるという、音までが聞こえてきそうな言わば暴力的な行為に対し、その目的が「何かわからない」物を「掛ける」ことだというのは、強烈に不条理で詩的である。主人公の「祖母」という年齢設定が、認知症の可能性も含めて、このシュールな風景にリアリティを持たせる効果を果たしている。「芹の水ことば少なくして暮らす」。上句「芹の水」が「ことば少なく」という理想の境地を体現する存在として提示されるが、そこには「ことば少なく」暮らすことの「寂しさ切なさ」を代償にしなければならないという覚悟も秘めている。「きのうからここに住んでる春の星」。星に親近感を感じるこの感覚は優しくて素敵。「ここ」と指示語があるというとは家、星が部屋にももぐり込んでいるという感覚だろうか。それはそれで痛快な幻想である。「丸い石拾いたくなる春の黙」。沈黙(聴覚)に対して、丸い(視覚)拾う(触覚)で補い合おうとする作者の身体感覚は大いに刺激的であり、また妙に共鳴するところでもある。*言語学ではこのように複数の感覚が複合する比喩を「共感覚的比喩」という。「薄氷や君を忘れているような」。常に思う亡き人(?)をふと忘れている瞬間を、薄氷という一枚のヴェールに重ねた作者の感覚に脱帽。「草青む軽い別れを重ねては」。「軽い別れ」というフレーズが、語を選ぶ際の作者の逡巡と切なさを想起させる。「天上に夫婦の会話春の雲」。亡くなられた島田氏を思う。奥様と義母さんとの再会を救いとする深い追悼句と見る。

山本 弥生

特選句「山笑う魚嫌いのサプリ好き」。四方の山々は季節を変わらず知らせてくれる。時代と共に主婦も働きに出てお料理に時間をかけなくなった。魚嫌いを幸いに手に入り易くなったサプリを呑んで栄養を満たしたいと思っている。

豊原 清明

特選句「れんこんの炊いたんごはんけんちん汁」。ご飯の美味しさがよく出ている。問題句「ケータイ水没いま草木の息吹きて(榎本祐子)」。ケータイが水の底にある、春の息吹きの現実と自然。

石井 はな

特選句「いつの間に右へ右へと散る桜」。右へ右へとはこの危うい世界の情勢の事と重なります。戦後は終わり戦前が始まっているのでしょうか。

末澤  等

特選句「博学の白梅(はくばい)を観て徒爾(とじ)語り」。この句は、「白梅」を中心にして「博学」と「徒爾」の対比、そして「観て」と「語る」の対比が素晴らしいと思いました。

滝澤 泰斗

特選句「かろうじて不犯の尼僧蕗を煮る(男波弘志)」「花林檎いけないドアを開けたがる」。選句する際、まず一読して、気になった句にチェックを入れて行くが、最終ページの掲句を詠んで、前のページ掲句に思いが至った。かろうじて不犯といけないドアが妙に響き合って・・・古今東西の何とも微妙な心理描写を上手に詠んだ。共鳴句「恋しさが飽和してきた春の月」。新月から満月へのプロセスと恋しさが募って行く感じが、飽和という言葉の選択に至ったお手柄。「春一番象のからだが水を割る」。実像的には、象より河馬の方が水を割る感じがあるが・・・「亡き妻への句歌集遺る春の霜」。こんな句を自分も作りたいと思うが、なかなか・・「スキップがまだ出来ました鳥帰る」。スキップがあなたとできました鳥帰るなどと遊んでいます。「子どもらの棺満たしたしたんぽぽで」。戦争犯罪人ネタニエフを告発する時事句はもっともっと残すべし。

三好つや子

特選句「かろうじて不犯の尼僧蕗を煮る」。美しいさみどりいろの蕗は、ゆでる前に塩を振って板ずりし、ゆでたあと水に浸して皮を剥くなど、下処理に手間のかかる春野菜。この句の尼僧も、出家前は小悪魔的で、恋多き女性だったかもしれません。なんとなく瀬戸内寂聴を思わせ、惹かれました。特選句「わ今日は紋白蝶で来ましたね」。春の女神、佐保姫のことを詠んでいると思われます。みどりが芽吹いて花が咲き、日ごとに春めく頃の、愉快な気分。「いつの間に右へ右へと散る桜」。知らず知らずのうちに右翼よりになる世の中が投影され、気がかりです。「しゃぼん玉にほんはどこへゆくんだろ」。不穏な昨今をさりげなく、巧みに表現。前句と同様メッセージ性の強い句として、注目しました。

漆原 義典

特選句「いつもゐる人いなくなる鳥雲に」。島田さんとのお別れを、下五鳥雲でよく表現していると思ます。素晴らしい句です。島田さんと私は、俳句と書道をとおして、島田さんからは俳句の心構えを教えていただき、私からは書道の指導により、書への取り組みを話しさせていただきました。ありがとうございました。うれしかったです。

松本美智子

特選句「春禽群れ宇宙交信所のごとし(松本勇二)」。春の鳥たちの群れがまるで宇宙の信号を受信する通信所の様に感じる詩的な情景がすばらしいと思いました。「生物」と「無機質な機械」「自然」と「テクノロジー」の対比が印象的でした。

川本 一葉

特選句「同じ桜の違うところを見て通る(河西志帆)」。結局は個性の違い、審美眼の差とでも。また愛し合うもの同士のすれ違いとも。個人の世界観の違いを桜の中に見出した鋭い句だと思いました。

竹本 仰

特選句「空を道連れ三月の子の歩幅」:この「子」はいくつなんだろうか。とても幅広く読める。小さい子にとって、三月はつねに大きな転機ではないか。三月生まれの子にとっては、三月でやっと周囲に追いつけたのにあっという間に終わってしまう。いつでも周囲に追いついていかねばという宿命の中で、前向きな匂いを身に着けてしまう。だから、三月はいっそうの飛躍を身に感じる時節なのだ。と、三月生まれの人間の一人として、感じるところの多かった句である。 特選句「戦争の皆腹の底胡瓜揉み」:なぜ戦争をしているのか。これは、為政者も一兵卒もしがない庶民も思う所である。と思いつつ、実は何を食べるのかとつねに胃袋に従って生きているのは間違いない。レマルクの『西部戦線異状なし』では、なぜ戦争しなければならないのかと問うていたが、人間の業のようなことだった。ほとんど胃袋で今日明日を感じるように戦争している現実。プーチンもゼレンスキーもトランプもまた小生にあっても、日々胃袋への工夫のために骨折ってるのか。だが、誰のお陰でメシ食ってんだ、という一撃を感じた句である。特選句「わ今日は紋白蝶で来ましたね」:紋白蝶は風を起こす。どこから、そんな風を集めて、何を言いに来たのか?などと、紋白蝶の連れてきたものを感じることがある。紋白蝶は風の使者。ならば、誰が?ふと希望の生まれる場所がある。それは誰にもわからず、なぜか私にしかわからないことがある。しかしそれは希望といえるのか、むしろ希望に変える風のようなものではないか。そんな風の存在を詠っているようだと感じた。問題句「嘘だけど妻来て春や嘘でない」:何とも不思議な句。芥川龍之介の「雛」に旧弊な江戸末期の父が、なぜか手放すひな人形を箱から出して眺めている、そんなウソとも真ともつかない結末があったが、噓であっても良いまことというのがある。それなんだろうか。所詮この世も夢の夢、というニュアンスを感じたのだが。♡島田さんの訃報、いきなりで、それにちなんだと思える句もいくつも見えました。とても語尾のはっきりした方だという印象があり、そんな感じの終わり方でもあったのかな、とも思いました。あの涼しい目、来世でまた出会えることを、と、思います。本文

向井 桐華

特選句「れんこんの炊いたんごはんけんちん汁」。季重なりであり、食卓に並べられた景を述べた句でありながら「ん」の韻をうまく使ってリズム感のある楽しい一句となっています。特選句「朧夜を濡れて戻りし回覧板」。とても情緒のある句。 中七「濡れて戻りし」 がいい。

薫   香

特選句「わ今日は紋白蝶で来ましたね」。それじゃ昨日はなんで来たのかしら?想像するのが楽しくなる句です。特選句「逝きし人雲より春を覗きをり」。島田さんの茶目っ気たっぷりのお顔を思い出しました。

河野 志保

特選句「芹の水ことば少なくして暮らす」。「芹の水」がなんとも清らか。春の川辺のまぶしい光も感じる。「ことば少なくして暮らす」日々は作者の俳句への向き合い方にも通じているのではと思う。しゃべりすぎな我が句を反省。

新野 祐子

特選句「晴々とほほかわきたる三月来」。この上ない幸福感に満たされている作者からおすそ分けをいただいた気分です。最近目にした句の中では、私にとって大ヒットの一句でした。淡々とした言葉ばかりなのに、取り合わせると何と素敵な世界観の出現することよ。

時田 幻椏

特選句「デスマスク白秋二月野の水光」。豊穣な老年期を終えて迎えた静かな死、大河ドラマのラストシーンを見る程に、充実した人生の来し方まで感じます。秀句「マシュマロの狐色して春の月」。マシュマロの狐色 うまいな、と思います。「涅槃西風おめおめ寺の猫が鳴く」。おめおめ の措辞が絶妙。問題句「れんこんの炊いたんごはんけんちん汁」。頑張りましたね。

亀山祐美子

「芹の水ことば少なくして暮らす」。内省的で静謐な暮らしを「芹の水」が支えている。「朧夜を濡れてもどりし回覧板」。回覧板がその地域の長閑なたたずまいを伝える。「しやぼん玉にほんはどこへゆくんだろ」。しゃぼん玉に日本を語らせる。日本はいずれ弾け散る運命なのか?不安感しかないようだが、しゃぼん玉の高さに期待感も感じられる。「丸い石拾いたくなる春の黙」。春の沈黙の中丸い石を拾い水面へ投げるのだろうか。拾うだけで満足するのだろうか。何に対する代償行為なのか。内省的な一句。「草青む軽い別れを重ねては」。死別、生別れ、仲違い、切なの別れ、別れにも色々ある。人生が長ければ長いほど記憶に残らないものを重ね生きる「草青む」の再生性が後悔と再生の人生を支えてくれる。

岡田ミツヒロ

特選句「あなただけ吾の句を選び蝶になる」。ただの一票、しかしそれはゼロからの飛翔。作者だけに見える煌めいて遊弋する一頭の蝶。想像性の膨らむ一句。特選句「生死とは終はればをはる如月よ」。生とは死とは、の哲学的思索、それも終はればそれっきり。漂泊の心境の中、詩歌に遊び、如月のときを迎える、そんな素朴で自然体の生と死こそ。

大浦ともこ

特選句「瞳まあるきひとだった春の雨」。瞳まあるきにいろいろな感情がこみあげてくるような一句。春の雨があたたかい。特選句「妹が朝からいい子ひな祭り」。この家の日常が伝わってきて、少し年のはなれた兄(姉?)の妹への慈しみが伝わり優しい気持ちになります。ひな祭りのこの切り取り方も新鮮。

三枝みずほ

特選句「啓蟄や園児の列のもこもこと」。冬を耐えて来た命が躍動する啓蟄の頃にもこもこと雲湧くように楽しそうに歩く園児。季語との取り合わせ、もこもこの生命力に共鳴した。特選句「生死とは終はればをはる如月よ」。肌寒さの中に春の兆しがある如月だからこそ、“終はればをはる”が実感として立ち上がる。取り返しのつかない不在を受け止め、喪いながら生きてゆく人間のリアルがある。章平さん追悼への思い。

山下 一夫

特選句「空を道連れ三月の子の歩幅」。子を持つ親の視点からの句でしょうか。「三月」に歳月の循環と節目を意識させられ、配された「歩幅」には毎年拡がっていく成長を意識させられます。「空を道連れ」がいいですね。前途には晴れ曇、雨や嵐もあるでしょうが雄大です。そんな「子」の反対概念の歩幅はなどと考えて少し寂しくもなりました。特選句「釘を打ち春の何かを掛けて祖母」。祖母が何を掛けているかがわかっていない様子であることから、掲句の視点は幼い子あたりにあるかと。以前はどの家庭でも四季折々の情景や行事を彩る飾り物や行事をしていたもので年配者ほど律儀でした。やや強い「釘を打ち」が謎ではあるのですが、周囲に古い習慣が残っていた幼少期の一こまを追想している雰囲気が好きです。問題句「わ今日は紋白蝶で来ましたね」。確認もしくは共感の口語フレーズから、まずはいろいろと趣向を凝らす人物の今日のそれが紋白蝶と受け止めましたが、蝶のイメージから魂や霊など超自然の何ものかの気配もあり面白いです。口語で一貫して「わ」は「わっ」の方が良いのかも。

田中 怜子

特選句「啓蟄やかくも難儀な世と知らず」。コロナ下の窮屈な思いのあと、ロシアによるウクライナの侵攻、そしてエプスタイン問題が揺れる中のアメリカ・イスラエルによるイランへの空爆などなど、翻弄されたここ何年かだった。怒ったり、絶望したり、憎んだり しかし日常生活が続いている。そして時期が来ると生命はもごもご動きだす。この作者は、そういうものよ、生きるとは、と諦観しているのだろうか?特選句「デスマスク白秋二月野の水光(みでり)」。この句を読み、すぐ、白秋さんのデスマスクを目に浮かんだ。学生時代に白秋の息子さんの隆太郎さんと座禅の会にご一緒させていただき、京都の芋ぼうでごちそうになったり、京都の中立売の久松真一さんのお宅に連れて行っていただいたり・・・懐かしさが湧いて来ました。♡朝日新聞のみならず、毎日新聞の俳壇、歌壇にも投句されていた島田さんが亡くなられた。島田さんを悼んだ句が見られる。ご冥福を祈りたい。

吉田 和恵

特選句「白梅といちまいの夜開くかな」。梅が香る夜を、夜を開くとしていることに共鳴します。その先どんな夜が広がっているのでしょうか、想像が膨らみます。

銀   次

今月の誤読●「さあ召し上がれ炊き立ての朧月(月野ぽぽな)」。――さあ召し上がれ。だれかがそう言った。あなたは少しためらう。お椀のなかには食べ物らしきものがないからだ。ただぼんやりとした光がにじんでいるだけ。そこからは湯気がふうわり立ちのぼり、なにやら頬のあたりが温かい。――冷めないうちに。振り返ってみても台所にはだれもいない。ただ釜の蓋がわずかにずれている。あなたは箸をとる。だが、すぐにそれが役立たないものだと気づく。箸では挟めないからだ。仕方なく、あなたはお椀のふちに口を寄せすすろうとする。――そう、それでいいのよ。ひとくち、口のなかでなにかがほどける。味はすぐにはこない。代わりにどこかの夜がひらく。曖昧な、はるか遠い記憶のなかに欠けらのように残っていた味。その味が舌のうえでゆっくり溶けてゆく。――いい夜でしょ。あなたはうなずく。だが、それが誰に向かってのものなのかわからない。お椀のなかの光は少しずつ減っていく。だが消えきらない。湯気のなかでまたにじみはじめる。そして、あなたは気がつく。これは食べ終わるものではないのだと。やがてあなたは満ち足りて、そっとお椀を下ろす。――また、いらっしゃい。外に出ると中天に朧月がかかり、ゆらめくような光があなたを見下ろしている。

藤田 乙女

特選句「君のままでいいよ雪割草が顔を出す」。存在するものへの肯定感と温かさに溢れ清々しさを感じる句でした。特選句「また会おう会わずに逝ったスイートピー」。スイートピーの花言葉は旅立ちや別離、優しい思い出、私を忘れないでなどです。他界へと旅立っていった人への想いがスイートピーの花の中に息づいているように感じました。

野﨑 憲子

特選句「嘘だけど妻来て春や嘘でない(各務麗至)」。一読、先月急逝された章平さんが奥様と天上で再会された情景だと思いました。先日、章平さんの忌日法要にお招きいただいた時、少人数でとのことだったので、書道の指導をしていらした漆原義典さんと章平さんのご自宅に伺いました。キッチンの壁に若き日の奥様の笑顔の写真が飾られていました。毎日、この写真を見ながら独りでお食事をされていたと思うと胸がいっぱいになりました。そして、数えきれないほどの妻恋の名句を詠まれたことが腑に落ちました。章平さんのつぶやきのように思えてならない作品です。きっと奥様もお待ちかねだったと存じます。特選句「白梅にふと懐かしいありがとう(佐孝石画)」。白梅とあれば私には、兜太忌。ここは、師の色紙「ありがとう」のことのように強く感じました。私も写真ですが大切に持っています。特選句「ちゃんと聞くから春泥を出ておいで(三枝みずほ)」。若いお母さんが、泥水があったら飛び込んで行くようなお転婆さんに手を焼いているような景。でも、このお母さんは、いつも我が子を優しく見守っている。そんな感じが、この句の調べから聞こえてきます。きっといい子に育つと感じました。春泥も、動き出しそうですね。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

追悼・・島田章平さん
春やさし赤きポストと自転車と
銀   次
たんぽぽのぽぽがぽっぽとゆく島田
藤川 宏樹
まなざしの暖かき人逝く二月
三好三香穂
宛先はほうたるの宿ペンを置く
三枝みずほ
東風吹くや愛妻観世音菩薩
野﨑 憲子
白木蓮かなしい時は空を見る
和緒 玲子
詩を書くは傷癒すこと春の星
和緒 玲子
妻恋ひの夫は急ぎて蒲公英に
三好三香穂
三月
章平と小百合の弥生指定席
藤川 宏樹
石投げて水跳ねさせよ弥生川
銀   次
三月のみづ眩しめる白磁かな
和緒 玲子
草の芽
初髪のやはらかきこと名草の芽
大浦ともこ
雨だれの影揺らぎをり小草の芽
大浦ともこ
草の芽を蹴散らす鶏と守る猫と
植松 まめ
今こそ我慢のときです名草の芽
藤川 宏樹
雨の日は雨の匂ひに名草の芽
和緒 玲子
草の芽と目を合はせてはほろ酔す
柴田 清子
潮風を纏ふ影あり名草の芽
野﨑 憲子
草の芽や遠い昔をなつかしむ
柴田 清子
花冷の味噌蔵に聴くモーツァルト
大浦ともこ
切株のこんなところに花の春
各務 麗至
散る花に嵩のありけり男下駄
和緒 玲子
花冷えの朝の鏡の中にゐる
柴田 清子
花冷や画鋲に残る指の跡
和緒 玲子
花冷えや君の手ぎゅっと握り初む
植松 まめ
不条理が条理を食らう花の冷え
藤川 宏樹
花冷えや息吐く電車通りおり
銀   次
おたまじゃくしに足生えるよう書き出せり
三枝みずほ
ペダル踏むががんぼの脛チェロに脚
藤川 宏樹
息が足りないこの世の息が風船玉
野﨑 憲子
子雀の足あと小さし春まだき
銀   次
蜘蛛闇に脚ひっかけて月球儀
和緒 玲子
手も足もどこへ行くてふ春の風
各務 麗至
右足の爪が切れない春の宵
植松 まめ
足が出て手が出てわたし夕陽炎
野﨑 憲子
みどり児の足の扁平風光る
大浦ともこ

【通信欄】&【句会メモ】

先月の句会の3日後に急逝された本会の常連、島田章平さんを偲ぶ句会となりました。事前投句にも島田さんへの追悼句が多く寄せられました。章平さんのお元気な姿しか拝見していないので、亡くなられたという実感がありません。お姿は見えなくなってしまいましたが、これからは、兜太先生や、たねをさん、天志さんと共に、句会に来てくださっているように強く感じています。この句会をさらに熱く、楽しい場にしてゆくことが何よりのご供養になると信じています。皆さま、これからもどうぞよろしくお願いいたします

2026年3月1日 (日)

第169回「海程香川」句会 (2026.02.14)

万智のイラスト青鮫君.jpg

事前投句参加者の一句

シベリアに魂拾い来て温泉(ゆ)に入れる 滝澤 泰斗
海は日に応えて光る野水仙 菅原 春み
レアアース凍星砕き序奏とす 森本由美子
蝋梅の香に酔ふ俗世を離れ来て 柾木はつ子
白梅にひかりあつめて兜太の忌 佐孝 石画
裸樹の鳥点として点々と 時田 幻椏
春宵や湯にほろほろと蒙古斑 和緒 玲子
てっぺんは空だけがさわれる雪だ 月野ぽぽな
指切りの小指に春がやって来る 柴田 清子
狐の目つくり笑いも板につき 山下 一夫
名馬ほどほどほどに無事春麗ら 藤川 宏樹
しんしんと泉勃起する裸木 島田 章平
生き切ってこその往生「福は内」 津田 将也
女の瞳輝くブルカ脱ぎ捨てて 塩野 正春
太鼓打つ血の滾りたる初稽古 末澤  等
星ひかるさんてんいちよん円やかに 中村 セミ
寒暮しれつとすれちがう影猪(しし)ならん 野田 信章
ちちははよ病めば布団に小さき吾 花舎  薫
寒鯉の髭がからまるからどいて 河西 志帆
湯たんぽを蹴ればボコンと淋しく応ふ 矢野二十四
水鳥のふいに未知なる水面下 福井 明子
春耕や眠りし蛙布団剥ぐ 漆原 義典
白雲がとぼけてきたよ春隣 高木 水志
激情よ朝霧てさぐりして秩父 若森 京子
日だまりや猫の目をして永遠を見る 遠藤 和代
猛る蛇身の内を砂ながれいて 男波 弘志
空っぽの自分のなかの空っ風 三好三香穂
すうーっと兎発たせて叔母永眠る 吉田 和恵
揚がらない凧持ち走る男かな 榎本 祐子
ベジタリアンこの際捨てて薬喰 新野 祐子
戦無き千本鳥居風花と 河田 清峰
水温む水面を叩く鴨の群れ 出水 義弘
あたたかき余白のありて父の文(ふみ) 大浦ともこ
風花や我が道を往くことかたし 石井 はな
土笑うくすぐったくて山笑う 野口思づゑ
亡きひとと縁側にゐて二月かな 銀   次
卵黄の光を春の箸で溶く 松本美智子
薄氷や僕ら黙礼の危うさで 河野 志保
ゆるゆると春の気配やくしゃみでる 田中 怜子
春立つや憚りながら演歌なぞ 荒井まり子
ぼんやりと父の猫背が初鏡 松本 勇二
手から手へ渡す暦よ樽柿よ 岡田 奈々
キラキラと人混みが好き春満月 布戸 道江
靴盗人は裏の狐よ瓢宿 大西 健司
寒月光ひりり働き甲斐擦り切れ すずき穂波
春の雪あなたと此処にゐたやうな 各務 麗至
鶴折れば山も谷も吹雪きけり 十河 宣洋
初霰三尊像の頬ゆたか 樽谷 宗寛
猫背正す蕾ツンつん黄水仙 山本 弥生
手を振れば手を振り返す菜葉服 田中アパート
みほとけのてのひら厚き抱卵期 小西 瞬夏
そよ風や夢のつづきの紋黄蝶 松岡 早苗
蝉氷人形の瞳は開いたまま 伊藤  幸
ささやかな恋物語梅ひらく 藤田 乙女
はなうたのひとのみちかけ山笑ふ 亀山祐美子
隅っこに着ぶくれているあやまれない 三枝みずほ
大綿は雲の糸屑かもしれぬ 川本 一葉
待春や影やはらかき草の上 佳   凛
迷ふとは人間らしさ梅ふふむ 岡田ミツヒロ
耕馬往くギリシャ神話の本棄つる 豊原 清明
貼り紙の半分ヒラヒラ冬ざるる 綾田 節子
ダムの底に竈 渇水の春よ 向井 桐華
父さんの顔撫で出棺春めいて 竹本  仰
枯れ庭に野良の喧嘩や礫打つ 疋田恵美子
寒の水ときどき星を汲むように 佐藤 詠子
午後二時の生きてる化石日向ぼこ 三好つや子
熊撃たれパンダは別れに涙して 増田 暁子
この星のかなしみ告げよ夕ひばり 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「裸樹の鳥点として点々と」。カメラワークが絶妙な一句。寒々とした木に鳥が一羽やってくる、そしてまた一羽、一羽と。シンプルな言葉使い、多くのことを語らないからこそ、小さくとも懸命に生きる命のありようがしみじみと伝わってくる。

松本 勇二

特選句「午後二時の生きてる化石日向ぼこ」。・・・「生きてる化石」という冷静な自己分析が光ります。「午後二時」が生きている感をリアルに表出しました。優々とした日向ぼこです。

すずき穂波

特選句「激情よ朝霧てさぐりして秩父」。兜太師のあの(アベ政治を許さない)のスローガンが浮かぶ。自民党圧勝の世になった。「朝霧てさぐり」には師の意思を継ぐ者としての意気込みを感じる。「秩父」の結語がそう読ませる。特選句「鶴折れば山も谷も吹雪きけり」。折り紙の銀の鶴が1つ、我が家に飾ってある。お日様があたるととても美しく輝く。この句の鶴も美しく輝く銀色の鶴ではないか。美と哀は裏腹・・・そんなことをふと感じた句。

十河 宣洋

特選句「猛る蛇身の内を砂ながれいて」。白蛇伝などの物語を思う。官能的であり危うい心理。特選句「ダムの底に竈 渇水の春よ」。狭い日本。あちこちにダムに沈んだ地域がある。私の生まれ育った村もダムに沈んだ地域がある。ダム底にはいつまでも消えない人の生きた名残がある。

綾田 節子

特選句「てっぺんは空だけさわれる雪だ」。豪雪地の方ですね、景が浮かんできます。積もった雪を見上げた時の空は青空と解釈いたしました。屋根の雪下ろしは呉々もお気を付け下さい。もう少しの辛抱です、春がきます。特選句「指切りの小指に春がやってきた」。小指に春がやってきた。がとても効いています。

藤川 宏樹

特選句「午後二時の生きてる化石日向ぼこ」。「生きてる化石」は進化せず現存する生物シーラカンスなどを言うが、「午後二時の日向ぼこ」でロダンの「考える人」、化石のように動かない陰鬱な老爺の姿が浮かんだ。かく言う私もいい年なので、シーラカンスには悪いが「生きてる化石」にはなりたくないなぁ。

伊藤  幸

特選句「冬空に一本の杭師の気魄かな(樽谷宗寛)」。今回は今年の厳しい余寒のせいでしょうか。どの句も気魄に溢れていたような気がします。特に掲句は兜太先生の遺志を継いで歩いて行こうとする力強い姿勢が感じられました。特選句「見上げれば夜のやさしさ青鮫忌」。兜太先生には力強い信念の中にもお日様のような穏やかで優しい笑顔があった。空を見上げれば「オウ!」と 手を挙げて挨拶されたその笑顔が今でも忘れられない。

豊原 清明

特選句「父さんの顔撫で出棺春めいて」。父との別れを、切実に感じる。問題句「男ひかるさんてんいちよん円やかに」。大きな星空に人間の暮しを思う。

岡田 奈々

特選句「レアアース凍星砕き序奏とす」。今血眼になって世界中が探しているレアアースこんなものに頼らない地球でいたいものです。特選句「てっぺんは空だけがさわれる雪だ」。ふわふわの雪。触れられるようで、触れば融けてもういない。空は雪の母。可愛い子だ。「枝先に光ふくふく二月尽」。ふくふくのオノマトペが自然の暖かさに触れた気がする。「日だまりや猫の目をして永遠を見る」。猫っていつも視線が遠くを見ている。今だけでなく全てを見通せる力を持っているのかも。ちょっと借りて私も先を見たい。「ベジタリアンこの際捨てて薬喰」。分かります。私も通った道。やっぱりこの歳になったら、美味しいものは食べたい。「とぅびしゅばっと木たちが目を覚ませば春」。上の句がとても新鮮で新しい伊吹を放っている。「キラキラと人混みが好き春満月」。暖かくなって人出が増えると満月も輝き出す。「初霰三尊像の頬ゆたか」。霰の寒くて堅い様子と仏像の温かくて柔らかい様と対比が素敵。「寒の水ときどき星を汲むように」。張り詰めた様な寒の水。輝く星を汲んでいるような錯覚も。「午後二時の生きてる化石日向ぼこ」。日向ぼこをしている老人はやはり化石でしょうか?♡今月は海程香川句会参加出来て良かったです。お腹よじれるほど笑いました。有難うございました。

各務 麗至

特選句「はなうたのひとのみちかけ山笑ふ」。たぶん「ひとのみちかけ」とは人の生老病死だろう。喜怒哀楽の人生だろう。「はなうた」で始まり「山笑ふ」で一句にして、悲しさや苦しさにも負けず明るく強く生きようとしている姿、そんな克己ややさしさが見えて来るのは平がなだからだろうか。漢字は往々にして一つの意味を強要することになるが、平がなは音韻や視覚から読み手の経験や知識がかさなり働く。読み手にとって良くも悪くもなる危うさがないではないが・・・・。そこがまた俳句の豊かさかも知れないなどと私は思ってみる。特選句「迷ふとは人間らしさ梅ふふむ」。平がなではないが、先の鑑賞の意味あいをそのままこの句にも当てはめたい。人間だからこそ迷いの人生なのだ。

津田 将也

特選句「白雲がとぼけてきたよ春隣」。「白雲がとぼけてきたよ」は、典型的な擬人法(比喩の一種)です。動かない白雲が、まるで意思を持っている人間のように、とぼけ、知らんぷりする様子を描写しており、もうそこまでやって来ている「春隣」を、ユーモアたっぷりに表現しています。

柴田 清子

特選句「あたたかき余白のありて父の文(ふみ)」。父と子の愛あふれんばかりの句になっている。「鶴折れば山も谷も吹雪けり」。折鶴からの発想の吹雪、最高に素晴しい特選です。特選句「父さんの顔撫で出棺春めいて」。父との最后の別れの瞬間が、あたたかく詠まれています。

福井 明子

特選句「薄氷や僕らが黙礼の危うさで」。「薄氷」には、ちぢこまるような寒さのなかに、早春の明るさがこめられていると思うのだが、この句には、世界の危うさが……。杞憂であってほしいのだが。

花舎  薫

特選句「亡きひとと縁側にゐて二月かな」。二月とは思えない陽気に縁側に出てみたのだろう。目を閉じて温もりを感じればいつものように彼が隣にいる気がする。愛する人の死を受け入れる始まりかもしれない。気付かぬうちにもう春は来ている。特選句「卵黄の光を春の箸で溶く」。卵、光、春の柔らかく明るいものを重ねて、それを箸で混ぜ合わせるというとても綺麗な句。混ぜるではなく溶くとしたところも効果的。とろりとした卵の形状や黄金色の光が見えるようだ。

柾木はつ子

特選句「春宵や湯にほろほろと蒙古斑」。赤ちゃんを湯舟で洗っている時の情景かなと思いましたが、暖かいお湯の中で優しく洗って貰っているお尻。気持ち良く恍惚とした赤ちゃんの表情が目に見えるようです。特選句「午後二時の生きてる化石日向ぼこ」。最も暖かくゆったりしたこの時間、陽だまりに溶け込むように眠りこけている人の姿を思い浮かべました。「化石」の表現に納得です。 本文

布戸 道江

特選句「寒鯉の髭がからまるからどいて」。寒の鯉が群がる景、からまるどいての会話調がおもしろい。「春の雪大地に戦ひを許し」。雪積もるウクライナテレビで見るといつまで戦争が続くのかとあきれる。「既製品の言葉はだめよ猫の恋」。俳句をつくる時に当てはめて。「 卵黄の光を春の箸で溶く」。卵黄の光、春の箸とゆう詩的表現。「最初はぐうみんなゐなくて椿散る」。椿のつぼみはぐうの形、写生と時間の経過。「寒の水ときどき星を汲むように」。満天の星空、写す寒の水、詩情溢れて。以上。

大西 健司

特選句「揚がらない凧持ち走る男かな」。「不器用ですから」そんな声が聞こえてきそう。何となくタイミングがとれない男の悲哀、人生に通じるものがある。ユーモラスでいて哀しい。問題句「湯たんぽを蹴ればポコンと淋しく応ふ」。何ともいえない味のある一句。だけどもったいなあと思わせる、この破調。なぜ下七なの。「湯たんぽ蹴ればポコンと淋し音のする」「湯たんぽを蹴ればポコンと応ふかな」こんなところかなと思いつつ、勝手にいろいろ考えている。仕上げを大切に。「薄氷や僕ら黙礼の危うさで」。危うさで 〝で〟を抜いていただいた。あしからず。

田中 怜子

特選句「新聞を我が幅に畳み初電車(布戸道江)」。世界も日本も、ゆとりなく排他的世界に陥っている。私にとっても落ち着かないいらいらした日々が続いている。そのような時でも、毎日同じ時間に出勤し、電車の中で自分の幅に新聞を畳み・・・と淡々と生活することの大事さを感じさせてくれている。“我が幅に畳み”がいいですね。初電車とは、初出勤の電車なのか、その日の一番電車なのか?特選句「熊撃たれパンダは別れに涙して」。去年から今年にかけての出来事、今までの人間の欲望の結果ですよね。そして、パンダにはうかれて! パンダも政治的戦略に使われている。人間の欲望、駆け引きの自然、動物世界に現れた結果ですね。

三好つや子

特選句「しんしんと泉勃起する裸木」。寒さに耐えながら、梢や枝にあまたの芽をつける冬木。「勃起」という言葉によって、裸木の雄々しさがワイルドに描かれ、肉感的なアニミズムの詩情を感じました。特選句「蘖やおのずと閂はずされて(若森京子)」。老いてゆく日々であっても、ふと心身に力のみなぎるときがあり、それは切株に萌えでる若い芽と似ているかもしれません。死というゴールに向かい、晴れたり曇ったりする日を、肯定的に受け止める老境をこの句から学べそうな気がします。「土笑うくすぐったくて山笑う」。地中の種が割れて芽をだし、緑がうっすらと広がる地面に、虫たちがぞわぞわと這う。そんな頃を「土笑う」と表現し、「山笑う」と着地させた、惚れ惚れする一句。「寒の水ときどき星を汲むように」。寒々と透けた水面に映る星空。寒の水の神秘さをリリカルに紡ぎ、魅せられました。

漆原 義典

特選句「指切りの小指に春がやって来る」。春を待つ心が指切りの小指と良く表現されています。素晴らしい句をありがとうございます。

和緒 玲子

特選句「幼のカタコト詩篇のように斑雪(伊藤 幸)」。幼子の単語ばかりのお喋りはカタコトでまるで詩篇のようであり、斑らに残った雪のようであるという把握。句のぷつっぷつっとした切れもまるでカタコトのよう。片仮名表記もよい働き。

野田 信章

特選句「寒の水ときどき星を汲むように」。古来より新年の若水や寒の内の水は命の水とされてきたものである。ここには昼間とは異なる汲水場の情景が展けている。夕星、夜星の配合により「寒の水」そのものの質感が如実に把握されている。この句の彼方にあるとおもえる次の一句を想起するところである。<一夜汲み二夜風を汲み花すすき(三井絹枝)>→三井絹枝さんとは、毎年の全国大会の後の吟行でご一緒させていただきました。少女のような美しい笑顔の感性豊かな憧れの先輩でした。彼女の句集『狐に礼』・・名作です。

塩野 正春

特選句「白梅に光集めて兜太の忌」。金子先生の句には梅、中でも白梅がたくさん出てきます。先生にとって白梅は平和を意味する重要な空間と理解します。白梅が能動的に光を集める・・との表現に平和を求める奥深い情景が見えます。(兜太の忌)と付きすぎの感も少しありますが、私は先生のお気持ちを強く捉えた一句と見ます。特選句「老いの機敏描く老優寒昴(野口思づゑ)」。老いを演じることは実際の老いの姿を見せるより難しいかもしれません。小津安二郎監督の映画などで静かな老人の仕草を見ますが、単なる(老)を表現するのではない微妙な空気が伝わります。手の動き、箸や茶わんの持つ仕草など、名作と言われる所以です。この句の作者は恐らくご自分で舞台を演出されておられるのではないかな?と思わせるほど切込み鋭い描写ですね! 寒昴との季語によって句を広げています。うまく表現できてないかもしれませんが特選句とさせていただきました。問題句「耕馬往くギリシャ神話の本棄つる」。ギリシャ神話調べてみましたが農耕馬に関連するのが見当たりませんでした。が、なんとなく惹かれる句です。作者のお気持ちが知りたいと思います。 ♡ 作者の豊原清明さんからのメッセージを以下に「評、ありがとうございます。石寒太の『よくわかる歳時記』の「耕」を読み、いい風景と思い、頭の中の風景を作ったので、ギリシア神話のエピソードにはなかったのかと、分かりました。参考にします。感謝します。」 自句自解「女の瞳輝くブルカ脱ぎ捨てて」。ネットXだけの情報です。地上波は全く無視していますがイラン革命2026でイランの人々1~2万人が殺されています。多くはISISイスラム過激派テロリストに征服された方々で、多くの女性が犠牲になっています。勇敢な一部の女性は、これまで強制されていたブルカを脱ぎ立ち上がりました。瞳が大きく輝いています。現在アメリカとイスラエル、その他中東の部隊が彼女らを救いに向かっています。俳句には沿わない情景ですが金子兜太先生のトラック島でのお話を思い出して出句しました。「尊厳死と決めし友梅一輪みて寝入る」。 実際に私が経験したことです。私の外資系時代の上司がスイスの故郷に戻って居りました。しばらくそこに私の長女が私の代理で滞在していたのですが、突然安楽死を選ばれました。ホスピスに入院して数日の事です。安心したのか‘もしれません・・が娘に電話で大泣きされました。辛い話が多いですが皆様にお判りいただければ幸いです。

若森 京子

特選句『生き切ってこその往生「福は内」』。季語の「福は内」がいきいきと臨場感となって豆が飛んでくる様だ。上五,中七,の措辞が強く迫ってくる。特選句「ちちははよ病めば布団に小さき吾」。実感として精神的,肉体的にも病んでいる時は、この歳になっても、ちちははに縋ってしまう人間の弱さがある。

島田 章平

特選句「あたたかき余白のありて父の文(ふみ)」。父の文は無駄がなく、さっぱりとしている。しかし、余白の中に、子供たちに対する愛情がさりげなく表れている。そんなことに気がついた時は父はもういない。

矢野二十四

特選句「隅っこに着ぶくれているあやまれない」。情景描写が巧み。下句の口語体の独白に生身の人間が出ている。パンチの効いた句。「春浅み月のしずくもこぼれ落ち」。ロマンティックな和歌の世界。「雪原や狐振り向くローカル電車」。北国の旅。狐に対する目線がローカル線の旅情へ誘う。「新聞を我が幅に畳み初電車」。平凡な詠み振りにサラリーマンのペーソスあり。中八を身幅とすれば中七で特選。「ちちははよ病めば布団に小さき吾」。病めばがややあいまい。成人の作者が現に病んでいる景なら特選。「揚がらない凧持ち走る男かな」。私のことを言っている。「蝉氷人形の瞳は開いたまま」。季語の使い方が上手い。「春雪や書架に娘の愛読書」。季語が利いている。娘さんは今どこに居られるのだろうか。「父さんの顔撫で出棺春めいて」。具体的な描写と季語の使い方が佳かった。「寒の水ときどき星を汲むように」。透明感のある句。

植松 まめ

特選句「海は日に答えて光る野水仙」。現代詩の講座のS先生の故郷が伊豆の下田でした。先生が亡くなられたあと受講していた友人と下田を旅しました。海と灯台と野水仙で有名な爪木崎へ行きました。素晴らしい先生でした。特選句「指切りの小指に春がやって来る」。この句が好きだと連れ合いに言うと少女趣味と言われましたがわたしは今でも夢見る乙女です。

川本 一葉

特選句「白雲がとぼけてきたよ春隣」。春待つ心を力を抜いた表現が読み手の心を捉えました。今もそして春になれば良いことがあるような、幸せな優しい気持ちになれます。

末澤  等

特選句「初霰三尊像の頬ゆたか」。三尊像とは、おそらく釈迦三尊像のことと思いますが、あられが降っている厳かな静寂の中で、釈迦如来が穏やかな微笑みをたたえて座っておられる姿が見に浮かびました。お釈迦様の微笑みで、世界中で繰り広げられている戦争や争いが一日も速く無くなればとの思いで、取らせていただきました。

榎本 祐子

特選句「鶴折れば山も谷も吹雪けり」。一枚の紙を山折し谷折りし鶴を形作る。その工程に、一折ごとに作者の心を過るであろう何かを思わせる。

三枝みずほ

特選句「薄氷や僕ら黙礼の危うさで」。本来黙礼は日本社会における作法や礼節であるが、《黙礼の危うさ》となればどこか抑圧された社会を思う。僕らと複数にすることでより鮮明にその危うさを意識した。特選句「はなうたのひとのみちかけ山笑ふ」。鼻歌という言葉を持たない歌だからこそ、人の満ち欠けを鋭敏に感じられるのだろう。自然のリズムと共鳴した一句。

佐藤 詠子

特選句「湯たんぽを蹴ればポコンと淋しく応ふ」。ポコンという音が響くほど静かな夜。たんぽを擬人化していて滑稽さに惹かれました。私も湯たんぽが親友なので(笑)ただ、下五がやはり長くてもったいない気もしました。「湯たんぽを蹴ればぽこんと応ふだけ」ぐらいでどうでしょうか。「淋しく」という言葉を入れなくても、ぽこんだけで淋しさが伝わると思いました。特選句「隅っこに着ぶくれているあやまれない」。あやまれない不器用さが伝わり切ないです。着ぶくれているのは寒いからだけじゃなく、自分の殻に閉じこもっているという意味も感じます。家族の日常の中に時々ある一コマですね。

岡田ミツヒロ

特選句「音読の抑揚を出て白兎(三枝みずほ)」。音読による精神の活性、いま殻を破って外界へ飛躍せんとする白兎。か弱い白兎の懸命な姿が彷彿とする。特選句「あたたかき余白のありて父の文(ふみ)」。「あたたかき余白」のフレーズが心に沁みる。寡黙で暖かい父親像、それでこそいつまでも子の心に残りその人生を支える存在となりうるのであろう。

亀山祐美子

特選句『春寒し蝋の匂ひのあばら骨(和緒玲子)』。この感性には脱帽です。魚のあばら骨ではつまらない。ここはやはり自分自身のあばら骨でしょう。匂うはずのないあばら骨の匂いを嗅ぐ寒い春の朝の寝床。あるいは入浴で衣服を脱ぎ捨てて嗅ぐ己が体臭の温み。きっと痩せていらっしゃるのでしょうね。おもしろい一句です。

中村 セミ

特選句「蝉氷人形の瞳は開いたまま」。仕事でA県の山奥の会場に行く途中神社があった。合格祈願をしていたら、手水鉢があったので、手を洗おうと水にさわったら凍っていた。蝉氷の下に人形があったので、パリパリ割り人形を手に取った。その時それは目を見開いた。ぼくは何か危ないものを感じ目を瞑った。それから、ゆっくり目をあけると誰かが目の上の氷を割り僕をとりあげた。・・蝉氷人形の瞳は開いたまま・・

月野ぽぽな

特選句「白梅にひかりあつめて兜太の忌」。「白梅や老子無心の旅に住む」を世に贈り、梅の季節に旅立った兜太師への敬愛の心に満ちた一句だと思います。素晴らしい作品をありがとうございます。

山本 弥生

特選句「あたたかき余白のありて父の文(ふみ)」。父からもらった手紙は、いつも余白の方が多い。その余白に、父のやさしさや、あたたかさが詰まっていて、父の愛情の深さを知る事が出来て嬉しい。

疋田恵美子

特選句「女の瞳輝くブルカ脱ぎ捨てて」。「ブルカ脱ぎ捨てて」抑圧からの解放感。自由な自分を取り戻す意志の強さを感じます。

増田 暁子

特選句「春宵や湯にほろほろと蒙古斑」。幼い子と湯に入りまだ消えない蒙古斑が揺れている。平和な春の宵が続きますように。

新野 祐子

特選句「土笑うくすぐったくて山笑う」。何という大らかさ、のどかさ、アニミズム、これが世界をおおえば戦争などなくなります。

樽谷 宗寛

特選句「靴盗人は裏の狐よ瓢宿」。まずおもしろいなあ・・童話の世界を想像させました、靴盗人が狐であるとは。それに瓢宿の季語がよい。鄙びた村の宿かな瓢があちこちぶら下がり、風さえ感じました。

河田 清峰

特選句「蝉氷人形の瞳は開いたまま」。人形の瞳の薄氷に蝉氷とは哀しい。

松本美智子

特選句「寒月光ひりり働き甲斐擦り切れ」。ブラックな職場といわれている職業について何年になりましょうか。来年度でとりあえずの退職となりますが,たくさんの同僚が体調や精神的不調を訴えてぎりぎりのところで頑張っています。「働き甲斐」を凌駕するほどの「繁忙」に精神的に参っています。最近「働き方改革」について最近学んだばかりでこの句がとても気になりました。擦り切れないように,あと一年頑張りたいと思います。♡よろしくお願いします。球春到来。明日から宮崎でおこなわれているヤクルトのキャンプを見学してきます。WBCのキャンプもしていて,宮崎は賑わっているようです

佳   凛

特選句「迷ふとは人間らしさ梅ふふむ」。迷うから人間なのか、人間だから迷うのか、考えさせられる一句です。

遠藤 和代

特選句「指切りの小指に春がやって来る」。どんな春なのか想像するだけで心が弾んできそうな句ですね。特選句「亡きひとと縁側にゐて二月かな」。亡きひとと縁側にいて、と言いきっているところにひかれました。

吉田 和恵

特選句「薄氷や僕ら黙礼の危うさで」。黙礼の曖昧さが僕らという複数形でふくらみ、その危うさが薄氷に集束されている。過度とも思える気遣いの一方で責任を伴わないヘイトや中傷誹謗がSNS等で拡散されていることに対する批判ともとれる。

松岡 早苗

特選句「猛る蛇身の内を砂ながれいて」。「猛る蛇」の荒々しい生気と、己が身の内をながれる「砂」という無機質な感覚の取り合わせが新鮮で、強烈なインパクトがありました。特選句「薄氷や僕ら黙礼の危うさで」。初恋かなにかプラトニックな関係性を想像しました。朝すれ違うときのヒリヒリするようなドキドキ感。純粋さ故に、時には鋭く傷付けたり傷付いたりもする。

佐孝 石画

特選句なし。「てっぺんは空だけがさわれる雪だ」。おそらく天上で雪が生まれる瞬間のシーンだろう。空だけが「さわれる」という幻想は、この世で目にすることのできない数々の奇跡があるはずだという希望につながっている。その希望の念こそアニミズムというのかもしれない。ガザ、ウクライナなどの殺戮を含め、人間界の泥濘と対照にある世界。それが「空だけがさわれる」世界なのだろう。「我を知る匂いが足りぬ蝋梅よ」。我をの「を」という助詞が、内省的な方向性を纏い、ミステリアスで哲学的な雰囲気を醸し出している。ただ最後の「よ」がやや蛇足感あり。「揚がらない凧持ち走る男かな」。微笑ましく、ユーモラス。風のない日に子に愛を注ぐ父親像か。「亡きひとと縁側にゐて二月かな」。金子先生のご命日も2/20ですね。「凸凹は只の特性ねぎぼうず」。「只の特性」という諦念めいた言い回しは、日常のさまざまな苦境に響いてくるように思う。

河西 志帆

特選句「シベリアに魂拾い来て温泉(ゆ)に入れる」。映画「ひまわり」の果てしない凍土が忘れられません。上田城に「凍傷者カアヤンカアヤンと呼びて逝く」という地元の俳人、板垣峰水さんの句碑があります。でも、この句に出会えて救われた気がします。温かい温泉に入れてあげて下さい。戦争のばかやろう!といいながら。特選句「春宵や湯にほろほろと蒙古斑」。二人の子供にも、四人の孫にも、蒙古斑がありませんでした。私の子供の頃、銭湯で見る子供のお尻には、くっきりとありました。あのモンゴロイドの青い印はいったい何処にいってしまったんだろう。特選句「てっぺんは空だけがさわれる雪だ」。子供のつぶやきのような、大人の嘆きのような、この形が好きです。その雪を四年見ていません。俳句は面白いですね。こんなに唸らせてくれる。特選句「隅っこに着ぶくれているあやまれない」。この隅っこを知っています。ごめんねを言いたいけど言えないのか、それとも絶対言う必要がないから口を閉じているのか。そのどちらかですよね。多分!どうぞもう少し、隅っこにペタンと座っていて下さい!

野口思づゑ

「狐の目作り笑いも板につき」。何も特別な出来事でもないのに、卵黄の、光と例えた鮮やかな黄色、それを溶いた箸を、春の箸と、いかにも箸を軽やかに使っているような日常の光景が柔らかく浮かんできました。「狐の目作り笑いも板につき」。作り笑いなど一種の媚びを武器に、今の地位を得た方ですが、この場での作り笑いに私たちも慣らされてきました。季語の狐が効いています。ただこの「目」は形は笑でも凄みがありますよね。「一人欠け戸惑う春の台所」。 「戸惑う」に悲しみがこもっています。「隅っこに着ぶくれているあやまれない」。「あやまれない」とあるのでご自分のことなのでしょうけど、不貞腐れているような照れているようなユーモアを感じます。以上です。

森本由美子

特選句「シベリアに魂拾い来て温泉(ゆ)に入れる」。 鋭い矢のように胸に刺さる句です。凍土に絶えた数しれぬ命、同じ時代の人間でありながら生きながらへて祈ることしかできない自分。心の底にこびり付いていた哀惜の念を解きほぐし、この句は改めてそれを全身に巡らせてくださいました。

銀   次

今月の誤読●「裸樹の鳥点として点々と」。その朝、わたしは離婚届を手に家を出た。署名も押印もすんでいる。あとは提出すればいいだけだ。決心したつもりだった。だが迷いも残っていた。だからだ。思ってたのとは違い、スッキリもせず晴れ晴れともしなかった。こんなはずではなかった。足取りは重く、一歩一歩が頼りない。なんだか頭もボンヤリしている。そのせいか見慣れた風景もいつもとは違って見えた。十メートルほど先にある一本の裸木になにやら点のようなものが見える。それもひとつではなくいくつもだ。まるでモダンアートの画家がデタラメに線を引いて、そこに気のおもむくままにポツリポツリと筆を入れたようだ。「どうかしている、わたし」。そう思いつつそれがなにかを見極めようと足を早めた。と同時にヒューと音がして一陣の木枯らしが吹いた。とたん点はほどけ一斉に羽ばたいて空に舞い上がる。鳥だ。鳥の群れだ。点だと思っていたのは生きものだったのだ。だが一羽だけ残った鳥がいた。いや点だ。その点は点のまま残っている。残った点はほとんど動かない。飛ばない選択も、残った理由もわたしにはわからない。たしかなことはそれが点であり、いまのわたし自身であることだ。離婚届を出そうか出すまいか、この期に及んで迷っているわたし。わたしは心のなかで「飛べ、飛べ」とその点に向かって叫んでいた。点でいたいのか、それとも鳥になって羽ばたきたいのか。点のまま無機質に生きるわたしと、鳥としていきいきとして大空を羽ばたくわたし。さあ、どちらを選ぶのだ。点よ。そしてわたしよ。

 
河野 志保

特選句「すうっーと兎発たせて叔母永眠る」。永訣の場面が不思議な映像で表現されている。「兎」と一緒に旅立って行ったということだろうか。民話のような温かさを感じた。いつも思うのですが、選句や選評は本当に難しい。金子先生が朝日俳壇に書いてらしたあの選評が好きでした。的確で簡潔、作者への真心も感じられて。

滝澤 泰斗

特選二句「白梅にひかりあつめて兜太の忌」「百年の枯野ゆく兜太の孤島(島田章平)」。今月はいつも以上に秀句揃いで、選句泣かせ・・・それでもやはり、先生の忌は外せない。多くの人が選ぶに違い無いと思いながら・・・。特選に推したい秀句「老いの機微描く老優寒卵」。難しい季語「寒卵」のお手本の様な一句。「名馬ほどほどほどに無事春麗ら」。競馬ファンとして納得の一句。「ちちははよ病めば布団に小さき吾」。しみじみ・・・いい句だなぁ。「空っぽの自分のなかの空っ風」。なかなかに言い得て妙・・・。「土笑うくすぐったくて山笑う」。なるほど・・・そう来たか。「卵黄の光を春の箸で溶く」。理屈抜きに上手い。「最初はぐうみんなゐなくて椿散る」。私もそんな年になった。知った人がいなくなる世ほどつまらないものは無いかもしれない。「耕馬往くギリシャ神話の本棄つる」。捨てがたい一句・・・困った。

高木 水志

特選句「あたたかき余白のありて父の文(ふみ)」。ふだん多くを語らない父親がしたためた手紙を見て、その余白に春の暖かさを感じたところが素敵だと思った。

山下 一夫

特選句「音読の抑揚を出て白兎(三枝みずほ)」。音読の抑揚つまりリズムと兎が跳ね走る様子、読んでいるテキストの余白と白がシンクロ。後先を言うと音読からなのでしょう。飛躍のあるイメージに無理なく移行していく感性と手際が素晴らしい。特選句「春の雪あなたと此処にゐたやうな」。ピンク・フロイド「炎~あなたがここにいてほしい」は一九七五年に全米一位となった大ヒットアルバムですが、五十年を経て再びランキング一位(全英)となりました。掲句はその出だしの楽曲「狂ったダイヤモンド」の世界そのものです。歌詞に「春の雪」は出てきませんが、夢幻的なエレキギターの音色がまさにそれなのです。問題句「自家受粉できぬ白梅鮫交る(時田幻椏)」。「白梅」は老子の句、「鮫」は青鮫の句、「交る」は谷に鯉の句と兜太師を想わないわけにはいきません。やり過ぎの感は否めませんが、「自家受粉できぬ」に込められたもどかしさ、師を恋う心や喪失感に共感します。

向井 桐華

特選句「白梅にひかりあつめて兜太の忌」。白梅は香りも強く青空にとても映える大好きな花です。私は兜太先生にお会いする事は叶いませんでしたが、これからは白梅を見るたびに兜太先生を想うことでしょう。

竹本  仰

特選句「ちちははよ病めば布団に小さき吾」:幼い頃はよく病気する。すると、否応なく更に以前の幼児体験に戻ってしまう自分がいる。臨床体験というのは、限りなく自身のルーツに戻される。それは前進が出来ないからつき戻されるのか、それとも自分の根幹がつねにあってやっと振り返るのか。自分自身も九時間の大手術の前夜、しきりに亡き父のことを思い出し、世界の広さと自身の小ささにあらためて気づき、かえって不思議な満足感を覚えたことがあった。よく昔は友達と、病気の時は教育テレビがいいね、と語ったことがあるが、生老病死、人間って、そう出来てるんだろうか。特選句「あたたかき余白のありて父の文」:父からの手紙は、独特の味がした。文面にすでにハニカミがあった。母からの手紙に比べ、声がやや遠く、しかも格好を気にして、時々口ごもっている。そんな凹凸というか、曲折というか、振り返ると、けっこう面白いものだったに違いない。そんな父親の、寡黙な余白、じつに心にくくて、いい句だと思う。特選句「そよ風や夢のつづきの紋黄蝶」:夢体験というのは、共通したものがある。この二か月ほど毎日、夢を見ているが、三日前は危険な傾斜の山道に差しかかった夢。回り道をして、なぜか下の道に出てから、その危険な道を上ろうとしていた。その時、道端に姿を現したのは、何と紋黄蝶だった。同じ紋黄蝶とは言わないが、何かこの句に懐かしさを覚えた。♡バタフライエフェクトという言葉がある。どんな小さな出来事にも大事件につながる可能性がある。逆に言えば、何一つ無視できる事象はない。俳句って、そこだろうか。むしろ、そんなエフェクトをこそ見い出せと。それではまた、よろしくお願いします。

菅原 春み

特選句「大綿は雲の糸屑かもしれぬ」。雲の糸屑といった俳人はなかったのでは? 発見に感動です。特選句「父さんの顔撫で出棺春めいて」。悲しいけれども精いっぱい介護なさって納得した様子が季語にあらわれています。春めいて、いいですね。

男波 弘志

寸感「我を知る匂いが足りぬ臘梅よ」。徒に芳香を放っている自己などは何処に もないであろう。自己とは造花そのものであるから。だが、作者はまだ思春期の自我に未練があるのであろう。そういう執着をころがして遊んでいるのだろう。準特選。「寒の水ときどき星を汲むように」。一切の描写はない、だが観えているものがある、これを写実というのであろう。準特選。

石井 はな

特選句「一人欠け戸惑う春の台所(佐藤詠子)」。ご家族を亡くしたのでしょう。食事の用意も一人分減らして作るのだけど、慣れないし手順が狂ってしまう。大事な人を亡くした悲しみは、思わぬ所に隠れています。それにつけ、あれにつけ悲しみはふっと湧いてくる。台所で呆然としている姿が浮かびます。春の季語に前を向こうとする姿勢が伺えます。

三好三香穂

「シベリアに魂拾い来て温泉に入れる」。シベリア抑留された方を何人かぞんじあげています。それぞれに壮絶な経験をされ、無事帰国したと思うと、ソ連のスパイに間違えられたりと、中々に辛い思いをされたと聞いています。この方は帰国を果たせられなかったのでしょう。寒く凍えた魂を湯に入れる思いで、一緒に温泉に入っているのでしょう、遺族の方の切ない思いが伝わって来ます。戦争は理不尽な悲劇を作ります。ウクライナでも、一旦挙げたロシアの拳はなかなかに降ろせなく、悲劇が続くばかりです。「てっぺんは空だけがさわれる雪だ」。富士山は人が登れるけど、中国の又ヒマラヤのある山は、宗教信仰の対象であり、登ってはいけない神聖な山があるそうです。おそらくそういう山のてっぺんの雪のことだと思います。空だけがさわれる…と表現したことが面白いと思いました。

大浦ともこ

特選句「湯たんぽを蹴ればポコンと淋しく応ふ」。ポコンというオノマトベが素朴な響きで湯たんぽの余熱のような淋しさが伝わってきます。特選句「鶴折れば山も谷も吹雪けり」。上五の鶴折ればの静寂が吹き荒れる吹雪の激しさ、自然の厳しさを際立させています。

出水 義弘

特選句「枝先に光ふくふく二月尽(松本美智子)」。四温の日もあり、春が少しづつ近づいている様子が、枝先の「光ふくふく」で良く表現されていると思います。春よ早く来い、の気持ちいっぱいです。特選句「あたたかき余白のありて父の文(ふみ)」。「文は人なり」と言われます。きっとお父さんは心の余裕のある方でしょう。父親を慕う気持ちが良く表れています。

野﨑 憲子

特選句「見上げれば夜のやさしさ青鮫忌(佐孝石画)」。師のご命日は、兜太忌、もしくは「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」に因んで青鮫忌とも称される。この句はご自宅の白梅が咲き、春の兆しが満ちた折、庭が海底のような青い気に包まれ、そこに精悍な青鮫が泳ぎ出すという幻想の景から生まれたという。生命力に満ちた一句である。その奔放な「青鮫」のイメージを踏まえつつ、見上げた先に広がるのは、闇ではなく、どこか人を包み込むような<夜のやさしさ>である。それは、師の面影をそっと呼び起こし、夜空の奥に青鮫の気配がゆるやかに漂うようでもある。師への敬愛と追悼のおもいが溢れんばかりに伝わってくる。特選句「寒暮しれつとすれちがう影猪(しし)ならん」。寒暮の薄闇に〈しれっとすれちがう〉猪の気配が、不気味さと臨場感を生んでいる。影のように通り過ぎる野生の気配が、読後に静かな余韻を残す。姿ではなく空気感で存在を示す点に、「猪が来て空気を食べる春の峠」(兜太)との響き合いが感じられる。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

兜太・青鮫・種
屋根葺(ふ)きて青空が青鮫になる
中村 セミ
兜太まく種緑泥片岩の春の川
岡田 奈々
種蒔くや約束ひとつまたひとつ
銀   次
そうきたかと笑まふ落日兜太の忌
野﨑 憲子
思ひ出したやうな突風青鮫忌
和緒 玲子
水槽の鮫と目の合ふ兜太の忌
和緒 玲子
見返ればまた種が降る鷺娘
野﨑 憲子
青鮫忌戦の止まぬ国数多
島田 章平
青年の永き助走や青鮫忌
大浦ともこ
種をまく野面を芽吹く音のして
島田 章平
青鮫の背中を踏みて春渡る
三好三香穂
チョコレート
二人よりひとりがいいのチョコレート
柴田 清子
冬ざるる夫婦別姓ビターチョコ
藤川 宏樹
ぶっきらぼうに渡されるチョコ迷い子に
岡田 奈々
バレンタイン夫の傷跡見ないふり
末澤  等
誰よりも私に渡すチョコレート
島田 章平
バレンタインデー深爪にハイヒール
和緒 玲子
十五の春チョコの苦きを味はへり
大浦ともこ
春(立つ)
春の夜は動かぬ石が柔らかい
中村 セミ
春立つや時間が少し横に伸び
銀   次
左右のほっぺに夢は山ほど春立ちぬ
岡田 奈々
春立ちて夫の呼ぶ声高くなる
末澤  等
水兵リーベ欲し農夫寝る春野
藤川 宏樹
春立つや飛行機雲に空ぐさり
遠藤 和代
春雪やただ生きてゐてほしいのです
野﨑 憲子
機嫌良き鰭もて春の淡水魚
和緒 玲子
塩ふって食むクレソンや春きたる
大浦ともこ
肉球を舐める猫ゐて春立ちぬ
島田 章平
日なたぼこ猫の欠伸の音がする
島田 章平
恋猫のやうにはうまくいかないわ
柴田 清子
猫に椅子ゆずられる年となり
銀   次
なめ猫もトリプルコークで三回転
中村 セミ
恋猫のそうきたかつて恋の猫
野﨑 憲子
島風や子猫そろそろ目の開かむ
和緒 玲子
恋の猫静かな光消えてゆく
末澤  等
注射器で吸い出すような梅の糸
中村 セミ
南無大師白梅の道光ってる
末澤  等
慟哭の水の星なり梅真白
野﨑 憲子
父看取る部屋に影あるしだれ梅
大浦ともこ
白梅を映して母の鏡古る
和緒 玲子
老梅に実はもういいと撫でてやる
遠藤 和代
白梅や嘘の言葉を温める
銀   次

【通信欄】&【句会メモ】

【通信欄】2月14日の句会に自転車に乗って元気に参加されていた島田章平さんが、17日の夕方急逝されました。その日の朝8時過ぎに、『サンデー毎日』の俳句王に入選されたと私にメールが入っていました。病院帰りに体調を崩し、搬送先の病院で亡くなられたそうです。私が知ったのは24日で、まさに青天の霹靂でした。80歳近くとは思えないフットワークの軽さと溢れるほどの表現力に圧倒されていました。本会の掲示板も積極的にご自身の快挙を始め連衆の方々の動静を温かく投稿してくださっていました。大きな穴がポッカリ空いたような思いです。でも、今は、本会をますます熱く楽しい場に進化させてゆくのが島田さんへの何よりのご供養になると強く感じています。皆さま今後ともよろしくお願いいたします。

【句会メモ】早春の眩しい日差しのかな、十数名の連衆が集い、楽しく豊かな時間を過ごすことができました。二月二十日は兜太先生のご命日です。満開の白梅を見上げては「梅咲いて庭中に青鮫が来ている(兜太)」を思い出します。今日はバレンタインデー、持ち寄りのお菓子には、チョコや鶯餅もありました。袋回しのお題「兜太・青鮫・種」は、島田さんからです。島田さんの作品は全句掲載させていただきました。心からご冥福をお祈りいたします。

おーい章平さんそつちも梅が満開かい  憲子

2026年1月25日 (日)

第168回「海程香川」句会(2026.01.10)

万智のイラスト イッチ君と雪ダルマ.jpg

事前投句参加者の一句

   
霧はれて大和三山初の日矢 樽谷 宗寛
悪書束ね探偵事務所煤払 大西 健司
蝋細工のパスタ巻かるる寒さかな 小西 瞬夏
ぶかぶかのセーター昼の月近し 松本 勇二
堂々の自分に酔ふてかじかめり 藤川 宏樹
携帯の見えない声を抱いている 中村 セミ
清元の声音や寒夜哭く老犬 すずき穂波
寒椿たましひ青く青く消ゆ 各務 麗至
日の笹子遺影は眼開きてありぬ 野田 信章
空想を傷つけぬよう冬ざれる 岡田 奈々
内視鏡はらわた艶めいて冬日 福井 明子
柚子湯に浮く星の流れる方に浮く 十河 宣洋
幸不幸小さじ二杯の去年ことし 伊藤  幸
セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来 和緒 玲子
健康診断今年もなんとかパズル解く 重松 敬子
寒鴉頭痛して背中じゃぶじゃぶ 豊原 清明
肩書きのいらぬ故郷冬すみれ 佐藤 詠子
鳶一羽光となれる初日かな 柾木はつ子
セーターは汀のごとし死者の前 若森 京子
元日やのぞみ静かに田町駅 滝澤 泰斗
花やぎて暦に印初句会 野口思づゑ
凍て星を譜面に一つシベリウス 吉田 和恵
遍路転がし越えて肩風冬日さす 末澤  等
青空の呟きとなる落ち葉踏む 三枝みずほ
働いて働いて裸木に感謝 河田 清峰
コート着て我も一つの後ろ姿 河野 志保
さざ波のやうな悔恨除夜の鐘 植松 まめ
初夢や切られ役とてライト浴ぶ 塩野 正春
雪晴れや馬橇のつけし通学道 森本由美子
よっこらしょと記憶をもどす年用意 三好つや子
すり硝子あちらはたぶん凍てている 山下 一夫
冬晴や醤にほへる船着場 大浦ともこ
なんの老い三人姉妹の初化粧 増田 暁子
年明けや餡雑煮食べし讃岐顔 漆原 義典
狐のだます私でいたい目を濡らし 新野 祐子
きらめきをもてなすように冬の浜 高木 水志
「ハルウララ」さがしにゆきし冬競馬 遠藤 和代
寒紅や鏡の向こうで決心す 柴田 清子
茶葉開く玻璃のポットや冬の雨 川本 一葉
初鏡作り笑顔はやめました 綾田 節子
生食パン齧る言葉は春の風 竹本  仰
氏神に賑わい戻り年新た 出水 義弘
臍の緒をたぐって母の毛糸玉 河西 志帆
寄付金はバイオリンケースへ鰯雲 布戸 道江
海原にむらさき湧くよ初日出るよ 津田 将也
青太やあ切り子光りに寒の灘 疋田恵美子
狐火や俳諧自由といふ心 島田 章平
冬夕焼け鬼籍の友等の墨絵かな 山本 弥生
去年今年絆創膏を張り替へる 矢野二十四
のこる人いなくなる人去年今年 向井 桐華
日向ぼこふっとちょこっと宙に浮く 花舎  薫
ああ熊よ「森のくまさん」が歌えない 岡田ミツヒロ
短日や聖母へ空けるバスの席 松岡 早苗
キューポラの煙突から吉永小百合冬の旅 田中アパート
本心が言えぬ別れや冬の月 藤田 乙女
賽の目に任せし日々や初比叡 荒井まり子
声埋めいまからさくらまであるく 男波 弘志
死がひとつ梢にありて柚子日和 榎本 祐子
新春の光のどけし児等の声 三好三香穂
暗黒に浮かぶ地球や去年今年 稲   暁
一切れのケーキを半分こ師走の昼 田中 怜子
年用意終えて月齢十二日 時田 幻椏
君を通り抜けてきた冬の夕焼 佐孝 石画
山茶花の白や横顔似てきたる 亀山祐美子
冬日向大地を歩く吾子と鳩 薫   香
穴ひとつ掘るだけに生き大晦日 銀   次
爆音の頭上に響く聖夜かな 石井 はな
鹿と歩く女神と歩く松林 松本美智子
元日の空見ていたるパンダかな 菅原 春み
いきものに最初の鼓動冬銀河 月野ぽぽな
AIに産土は無し初日の出 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「柚子湯に浮く星の流れる方に浮く」。ゆったりとした入浴風景に癒されます。「星の流れる方に」に奔放な詩精神が如実です。

小西 瞬夏

特選句「落としもの雪に埋もれし色鉛筆(矢野二十四)」。真っ白の雪の中に埋もれてしまった色鉛筆は何色だったのだろう。それは春になったらわかることなのだ。私の「落としもの」はなんだろう、などと考えてみたりもできる。

矢野二十四

特撰句「雪晴れや馬橇のつけし通学道」。実景描写に風土と未来を詠み込んでいる。馬の吐く白息が力強い。特選句「声埋めいまからさくらまであるく」。このさくらは無季。むしろ季感は「いまから」=冬の句座の現在にある。沈黙ではなく春への芽吹きとして「声埋め」が利いている。「あるく」にひたむきなものを感じる。「悪書束ね探偵事務所煤払」。確かに悪書。探偵事務所の煤払とは着眼点が面白い。「セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来」。ぽこぽこは毛玉にも胎動にもかかっている。セーターに胎動。手触り動き温か味が感じられる句。「すり硝子あちらはたぶん凍てている」。外が見えないのか、あるいは外から内が見えないのか、「あちら」という言葉一つに無限の広がりがある。「冬晴や醤にほへる船着場」。日本海側の穏やかな冬晴れの日。味噌・醤油の匂いがする旧い港・倉庫街を思い浮かべた。景に暮らしの厚み・郷愁あり。「茶葉開く玻璃のポットや冬の雨」。外は冬の雨。窓ガラスに露が流れ室内全体が茶葉のように開いている。ゆっくりした時間の流れと透明感のある静かな佇まいが心地よい。「寄付金はバイオリンケースへ鰯雲」。バイオリンケースがとても佳い。秋に出されたら特選。句座の場合には出来立てのほやほや感を伴う方が詩の鮮度が増すと思う。「呵呵と葱太るエプロン脱ぎ捨てる」。大笑いするほど葱が太った。だからエプロンを脱ぎ捨てる。よく分からないがこの破調が面白い。「飴切の音で目覚める柴又帝釈天(塩野正春)」。帝釈天が目覚める。トントン音が聞こえて街の風情が見えるのが佳い。柴又はいらないのでは。

初参加の弁:今回より参加させて戴きます。句会報を拝見して以前から参加させて戴きたいと思っていました。皆様から刺激を戴いて自己研鑽に励みたいと思います。よろしくお願いします。

十河 宣洋

特選句「コート着て我も一つの後ろ姿」。普段見馴れている目の前の人の群。後ろ姿。今日のコートはどうだろう、似合っているかなどと通りの鏡や窓に写してみる。前を行く人の後ろ姿を見て、ああ自分も後ろ姿を見られているんだという思いが頭をよぎった。多の中の個を感じた。特選句「呵呵と葱太るエプロン脱ぎ捨てる(小西瞬夏)」。呵々大笑しながら葱が太っていく。楽しい風景と言うより目の前の畑の状況。そんなことを思いながら葱をきざんでいる。太るのは葱だけでない、私もだ。思わずエプロンを外しストレッチ等始めた。作者の大らかな気持ちが伝わってくる。

豊原 清明

特撰句「キューポラの煙突から吉永小百合冬の旅」。「キューポラの町」は数回見ましたが、断片の欠片しか覚えていません。確かに吉永小百合だった。ファンでしょうか、煙突と冬の旅で選びました。問題句「日向ぼこふっとちょこっと宙に浮く」。景色が浮かび、昭和の感じの一句。屋根の猫と思いました。今では野良はいなくなりました。良かったような、寂しいような街角。

岡田 奈々

特撰句「柚子湯に浮く星の流れる方に浮く」。柚子湯最高です。それも星の見えるお風呂最高です。これ以上の極楽はありません。後はちょっと熱燗のお盆でも添えられていたら、天国ですね。特選句「幸不幸小さじ二杯の去年ことし」。幸と不幸はあざなえる縄のごと裏表でやって来ます。それぞれ小さじ一杯ずつなら平穏無事な一年だったことでしょう。祝着祝着。「悪書束ね探偵事務所煤払」。探偵事務所には良いことよりも悪い事の調査が多いのでしょうか?去年の事は忘れて、今年こそは良い年に。「働いて働いて裸木に感謝」。何も資産はないけれど元気で働けるこの体が一番の財産です。「一画一画だいじに書いて冬木かな(佐孝石画)」。葉っぱが落ちて、素っ裸の冬木。けれど、枝っぷりが男っぷり。「去年今年絆創膏を張り替える」。お父さんお母さんお疲れ様です。熱いお風呂に入って、新しい絆創膏を貼って、体大切にして下さい。「日向ぼこふっとちょこっと宙に浮く」。陽だまりの縁側は暖かい。心も体も和みます。ふわっと、ほわっとね。「初雪やようこそ独り言の世界」(河野志保)。雪に語りかけたり、手に取って遊んだり。童心に帰ります。「賽の目に任せし日々や初比叡」。去年はなるに任せた一年だったのでしょう。今年こそはと比叡山にお参り。年初の気持も新たに始めます。「君を通り抜けてきた冬の夕焼」。君は何処にいるのでしょうか。眼前に。過去の日に。眼前なら正しく神々し君よ。過去の君なら、あれこれあった苦しい去年を過ごし、ちょっぴり大人になった僕。

佐孝 石画

特選なし。「初夢や黄金の馬乗りつぶす(野﨑憲子)」。「乗りつぶす」がいい。「黄金」はどうか「空想を傷つけぬよう冬ざれる」。上五中七の抒情に強く惹かれるところだが、下の「冬ざれる」が「付け」感がありやや予定調和か。「内視鏡はらわた艶めいて冬日」。斬新な映像。最後は「冬」だけにとどめて、切れ味を出しても良かった。『電柱に「探しています」寒夕焼』。発想と視点が新鮮。「探しています」はもちろん「自分」にもかかってくる。

遠藤 和代

特選句「さざ波のやうな悔恨除夜の鐘」。1年間の悔恨がさざ波のような、とは本当にうまい。

樽谷 宗寛

特選句「氏神に賑わい戻り年新た」。普段はしい一んとしている神社初詣での人の賑わいが戻りと作者の感慨がひしと伝わってきました。佳い年新たでしたね。

藤川 宏樹

特選句「柚子湯に浮く星の流れる方に浮く」。旅先の深夜。満天の星眺めひとり露天風呂に浸っていると、誰か入りやがて近くに・・・、女性の気配。闇に浮かぶ人影と一言交わしたものの、早々に退散した。翌朝、御膳の飯を仲居さんが装ってくれたが・・・、その人だった。夢か現かあいまいになった記憶の底から、「~浮く~浮く」のリフレインが浮かばせてくれたのが遠い昔の出来事。

福井 明子

特選句「きらめきをもてなすように冬の浜」。水面のきらめきに、いつも目をみはり、眼前の風景をどう表現しようかと思いながらいます。この句の、もてなすように、という言葉が、おおいなるふところの冬の浜とひびきあい、海の波が、光や風のメッセージであることをも感じさせてくれます。

各務 麗至

特撰句「コート着て我も一つの後ろ姿」。冬になって、誰も彼も同じように見えてしまうコート姿。それは何も衣装だけに限らず内面も似たり寄ったりの、そうあることが人間社会を安寧にさせているのかも知れない。作者はそんな諦観達観の境地にあればこそ、「我もコート着て」と社会に順応する。しかし、誰も彼もと同じような「後ろ姿」のそこには、「一つの」と強調して、全体の中にも一個の個性・・・夫々があって、一つ間違えば大きな破綻を招くぞ(例えば犯罪や戦争)という社会批評も見えて来る。特選句「狐火や俳諧自由といふ心」。闇の中のいくら小さくてもいい鬼火やたましいの火になって、それこそ自由な心で何事にも対峙していきたい。否応なく兜太先生が出てくる。特選句「穴ひとつ掘るだけに生き大晦」。自分を葬る墓穴を自分で掘る。先の「一つの後ろ姿」にも通じる諦念や充実の人生で、「穴ひとつ掘る」と謙虚に大晦日を迎えて救われた。

大西 健司

特選句「蝋細工のパスタ巻かるる寒さかな」。地味な句だが実感が在る。見事な蝋細工の食品サンプルゆえの寒々しさだろう。

柴田 清子

特選句「新春の光のどけし児等の声」。新しい年を、心から迎えている一句。いつの時代でも、こうありたい年の始めの特選一句としました。

男波 弘志

「本は薄い方がいい落葉舞う(布戸道江)」。確かにそう思います。やはらかく開けない本は用を果たせないでしょう。広辞苑が凄いと思うのは見開きにしても素直にしていますね。それほど厚くもないのに見開くと強引に戻ろうとする書籍がありますが、本のことを全く知らない人たちが作ったんでしょう。因みにですが、糸で綴じていないものは全て冊子であって本ではありません。本は必ず糸で綴じてあります。この本も糸で綴じてあるのでしょう。秀作

河田 清峰

特選句「冬虹くぐる性善説を生きてきて(新野祐子)」。戦後登り路を汗流して来て、プーチン、トランプに性悪説の現実に眼を覚ましています。

塩野 正春

特選句「よっこらしょと記憶を戻す年用意」。なんたって昔取った杵柄は忘れないよ! まず雑煮の具材や味付けは得意中の得意だった・・がこの頃は思い出すのにかなりのエネルギーを使う。ほかに何をしたっけ?障子貼り?すす払い?ああ大変だ。 話し変わるが関西にきて驚くことの一つはセーノ、ヨッコラショ、ドッコイショの掛け声を良く聞くこと。ある時など、看護士さんが私の腕から点滴針を抜くのにセーノ‥と掛け声かけておられた。日本は平和だ。特選句「父の面影濁りはじめた寒の鯉(若森京子)」。私、男として気にしていることの一つに余り父を称える句が少ないことです。故に作者が父の面影を追っておられたことに感謝します。年月が経って次第に薄れる父への思いを濁りはじめた寒の鯉と表現され素晴らしい韻を含んだ句となっています。作者にとって父は大きくゆったりした鯉の姿に見えたことでしょう。

花舎 薫

特選句「柚子湯に浮く星の流れる方に浮く」。多分露天風呂だと思う。柚子湯の香りや温さに身をまかせる小さな至福感。流れ星の方へ向かっていくのは体というより希望を持とうとする心だろう。組み合わせには既視感ありだが「浮く」のリフレインが効果を上げていると思った。 特選句「なんの老い三人姉妹の初化粧」。思わずクスッと笑ってしまった。正月だから三人姉妹が揃い、それぞれおしゃれして化粧にも力が入っている、そんな光景がありありと目に浮かぶ。老いなぞ何のそのという気概を上五で詠み新年ならではの句になっている。

河野 志保

特選句「携帯の見えない声を抱いている」。電話の向こう、愛する人を思う。その人の温もりを感じ、声を抱きしめるひととき。季語はないが冬の句と受け取った。

津田 将也

特選句「セーターは汀のごとし死者の前」。比喩の巧い俳句と出合った。推し測って考えると、この死者は「海難事故」に遭った、水葬される者の一人ではなかろうか。とも思ったりしています。

三好つや子

特選句「悪書束ね探偵事務所煤払」。探偵がかっこよく事件を解決するのは小説や漫画の話。現実は浮気調査がらみの尾行が多いとか。この句から、古びたビルの一室、埃っぽく胡散臭そうな事務所が目に浮かび、煤払いという季語が味のある雰囲気をだしています。特選句「セーターは汀のごとし死者の前」。たぶん不慮の事故、あるいは事件に巻き込まれ、セーターを着たまま命を失ったのかもしれない。そんな死者の体温がのこるセーターを、生と死の汀と捉えたのでしょうか。気になる作品です。「セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来」。お腹の中の胎児の心音を感受。ポコポコの音にほっこり。「ロボットも人を見習い御慶かな」。今、話題のフィジカルAIのおじぎしている姿を想像。「穴ひとつ掘るだけに生き大晦日」。私もそうですが、老後ってこんな感じではないでしょうか。

島田 章平

特選句「肩書きのいらぬ故郷冬すみれ」。たくさんの転勤の後60歳を過ぎて 故郷の香川県に戻りました。そこで多くの出会いがありました。「以前のお仕事は?」と問われた事はありません。多くの方に今の私を受け入れて頂きました。故郷は本当に温かい所です。

和緒 玲子

特選句「コート着て我も一つの後ろ姿」。私単体の動作から、やがてそれが顔の無い群衆の一粒となるという俯瞰へ。滑らかなカメラワークの移動。特選句「臍の緒をたぐって母の毛糸玉」。手繰るという動詞が臍の緒、母、毛糸玉を繋ぐ。同時に母の記憶も手繰っているのだろう。抑えた表現から母を思う気持ちが滲み出る。「初雪やようこそ独り言の世界」特選にしたい一句。滅多に雪の降らない瀬戸内では初雪が舞うと独りごちながら空を見上げてしまう。ようこその四文字を使うことの斬新さが光る。

石井 はな

特選句「さざ波のやうな悔恨除夜の鐘」。本当に悔恨はさざ波の様に来ますね。大きく足を掬われる事は無いのだけど、いつまでもいつまでも心に巣食う様にです。スッキリ断ち切る方法が知りたいです。

河西 志帆

特選句「穴ひとつ掘るだけに生き大晦日」。自分の入る終焉のその穴の事でしょうか。違ってたらごめんなさい。深くて少し怖いけど・・この歳になってくるとそんな風に思えたりもするんです。「斜めからものを見る癖石蕗の花」。真っ直ぐ見るのは楽そうですが、実は難しいんですよね。案外、斜めからの方が良く見えそうだもの。「AIに産土は無し初日の出」。愛と読んでも、やはり、温かさはないんです。産土がないとは、よく言ってくれました。本当にそうですよね。

佐藤 詠子

特選句「空想を傷つけぬよう冬ざれる」。冬ざれるという淋しい現実の景の中にいるのに、空想だけは自由、心の中だけはふんわりしているようで、自己愛を感じる句。私は空想好きなので大いに共感しました。特選句「去年今年絆創膏を張り替へる」、絆創膏で隠しているのは実際の傷ではなく、心の傷と受け取りました。張り替えるに、去年の傷が癒えたかそっと確かめる自愛の心が見えます。一見、簡単そうな表現なのに、去年今年との取り合わせにより作者が新年に向けての前向きさを感じ奥深い心象風景ではないでしょうか。ほくそ笑んでしまいました。

松岡 早苗

特選句「雪が降る鉛筆の字が濃くなった(中村セミ)」。雪が降り出して、書き物をしていた机が暗く翳ったのでしょうか。「鉛筆の字が濃くなった」という表現が素敵で、雪の白さと黒い文字の対比がモノトーンの繊細な陰影を感じさせてくれました。特選句「死がひとつ梢にありて柚子日和」。梢で死んでいるのは小鳥か何かの昆虫でしょうか。それともこの木を世話していた人が亡くなってしまったのでしょうか。晩秋の日ざしの下、柚子の実の明るい黄色と暗く冷たい死の、くっきりした明暗が印象的でした。

出水 義弘

特選句「狐火や俳諧自由といふ心」。狐火のように神秘的な実態のよく分からないものですよ、俳諧自由の心とは、と言っているように思われる。自由には、自己の基準を確立しなければならない厳しさを伴う。多読多作で精進します。特選句「穴ひとつ掘るだけに生き大晦日」。生きるとは、穴を掘っては埋め、埋めては掘ると言ってもよい、日々の単調な繰り返しの連続であり、1年経てば大晦日になる。そして、一生を終える。深い悟りを詠んだものと思われる。

布戸 道江

特選句「 死がひとつ梢にありて柚子日和」。生き物の宿命、必ず死はいつかは来る、柚子が明るく灯ってる。身近な死を明るく迎えよう。「元旦の空見ていたるパンダかな」。昨年パンダが帰国するらしいと聞いて早速パンダに会いに行った、丁度園舎に戻る時間で後ろ姿を数秒見ただけだった、空は続いている、又いつか会える時が来るだろう。

若森 京子

特選句「狐のだます私でいたい目を濡らし」。狐をだますではなく狐のだます私でいたい。微妙な心理、騙されたい私。「人を騙すより騙される人に」とよく言うがその心理であろうか。下五の 目を濡らしの措辞に作者の純真な人間性に惹かれた。特選句「一艘の緋の舟流る冬椿(銀次)」。寒中に咲く可憐でそして健気な冬椿から、この様に美しくも動きのあるイメージに、作者の美意識に感動した。

滝澤 泰斗

特選句「凍て星を譜面に一つシベリウス」。シベリウスと言えば、七つの交響曲という事だろうが、高校時代に吹奏楽で、そして、合唱団で歌った「フィンランディア」・・・あの荘重な重低音が、壮大な北欧の大地を想起させ、一等星の凍て星のきらめきは後半の合唱に繋がった。特選句「さざ波のやうな悔恨除夜の鐘」。除夜の鐘はまさに、繰り出してくる百八つの音波が次々と、煩悩を振り落としてくれる。掲句は、除夜の鐘の音にさざ波のように湧き起ってくる悔恨と同調させたところが新鮮でした。以下、共鳴句「冬麗の海神(わたつみ)統べる大鳥居(松本美智子)」。美しい情景に魅了された。「絶滅の道行く熊を悲しめり」。今年ほど熊の出没のニュースに動揺したことはなかった。熊も絶滅危惧種なのか。悲しい、時事俳句。「悪書束ね探偵事務所煤払」。この悪書とは何ぞやから始まって、探偵事務所の選択と季語のフィット感が絶妙。面白い句になった。「放哉の髑髏の語る寒夜かな(島田章平)」。どこかの博物館にある髑髏をみて、思わず咳き込んだか? とすれば、放哉を持ってきたのがお手柄だが、自句自解を聞いてみたくなった。「内視鏡はらわた艶めいて冬日」。母親を大腸がんで亡くし、40歳で大腸ポリープを取って以来、定期的に内視鏡で自分の腸をモニターでみている。確かに艶めいているが、もつ鍋や鶏皮が食えなくなった。自分に照らし合せて・・・つい、いただいた・・・『電柱に「探しています」寒夕焼(花舎 薫)』。様々な物語を勝手に紡ぎ始めた自分がいた。寒夕焼の季語がいい。

新野 祐子

特選句「鳶一羽光となれる初日かな」。私も見たことがあるんです。秋晴れのきれいな日でした。鳶が空を切って飛んだ軌跡が一直線の光になったのを。これが初日であれば何ともめでたいことですね。特選句「幸不幸小さじ二杯の去年ことし」。幸や不幸を「小さじ二杯」とたとえたのを見たことがありませんでした。びっくり!

植松 まめ

特選句「霧はれて大和三山初の日矢」。新春らしくて清々しい句。私も二年前に甘樫の丘から大和三山を眺め感無量でした。特選句「凍て星を譜面にひとつシベリウス」。凍て星を 譜面にひとつの言葉に惹かれました。フィンランドの国民的作曲家シベリウスの「フィンランディア」また聴いてみます。

疋田恵美子

特選句「健康診断今年もなんとかパズル解く」。身体に問題もなく新しい年へのスタートおめでたいことです。下五がいいですね。特選句『「ハルウララ」さがしにゆきし冬競馬』。「ハルウララ」はお元気でしたか。

すずき穂波

特選句「狐のだます私でいたい目を濡らし」。とても繊細な句で頂きました。特に「目を濡らし」を結びに持ってきたところの感覚に惹かれます。特選句「空想を傷つけぬよう冬ざれる」。この句も同じく繊細で冬ざれという季語のザラつき感を独自の肌感覚、何というか、そろっと諸手で掬いとっておられる。これら二句共、作者は頭の中で作っておられるが、読者の視覚に微弱電流を流し想像させようとしておられ それが何とも心地よい。そんな句なので頂きました。

野口思づゑ

特選句「寒椿たましひ青く青く消ゆ」。青く消えてゆく魂。きっと美しい人生をおくられた方なのでしょう。「伊予柑や話の種も無き夫婦」。伊予柑の程よい甘さで、話さなくても心が通じ合っているごベテラン夫婦なのでしょう。「太箸や本籍甲の二二番」。甲とか乙が住所に使われていたのですね。この住所だけで場所や時の流れを感じる。太箸の季語がとてもふさわしい。「雪が降る鉛筆の字が濃くなった」。とても面白い降雪の帰結です。

岡田ミツヒロ

特選句「セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来」。中七の「毛玉ぽこぽこ」にしっかりと実感があり、その喜びがふんわりと広がってくる。羊水に泳ぐ胎児の元気そうな様子も彷彿としてくる。特選句「日向ぼこふっとちょこっと宙に浮く」。日向ぼこの時に現実から遊離するような状態を「宙に浮く」と浮遊感覚として言い留めた。

三好三香穂

「ぶかぶかのセーター昼の月近し」。最近のトレンドは、ぶかぶかである。青い空に浮かんだ白い月が近いというのである。同じ青のセーターかもしれない。「寒椿たましひ青く青く消ゆ」。おそらく紅い椿でしょう。魂は青い炎なのでしょう。抽象化した表現ながら、惹かれる句です。「坂の町の出口は空へ白き息」。坂を登りつめれば青い空ですね。

柾木はつ子

特選句「AIに産土は無し初日の出」。言われてみれば確かに。ところで、この先AIロボットがますます進化して人間と対等に会話ができるようになった時、人間の方が相手を本物の人間と錯覚して接するようになるのではないかと、考えれば空恐ろしい気がするのは、私だけでしょうか?特選句「穴ひとつ掘るだけに生き大晦日」。この「穴」とは一体何を指すのでしょうか?肯定的にも否定的にも取れますが、随分と興味をそそられるキーワードです。

榎本 祐子

特選句「去年今年絆創膏を張り替える」。新年を迎える感懐の中での、日常の人間的な行為が面白い。

田中 怜子

特選句「セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来」。いつも着ている、毛玉がついているようなセーターを着て、温い日差しが気持ちよい。赤ん坊を待つその幸せ感がにじみでていたる、また日常語が飾り気なくていいですね。特選句「暗黒に浮かぶ地球や去年今年」。今の地球がおかれている状況を俯瞰して見つめるその眼差しがいいですね。怖さもあるけど。

山本 弥生

特選句「よっこらしょと記憶をもどす年用意」。高齢の夫婦が仲良く記憶をもどし乍ら年用意をしている姿がとてもよく見えます。

伊藤  幸

特選句「よっこらしょと記憶をもどす年用意」。「よっこらしょ」一年の疲れを記憶と共に呼び起こし労う。そうして前を向き新しい気持ちで年を迎える。作者に「ガンバレ!」とエールを送りたい。特選句「元日やのぞみ静かに田町駅」。「田町駅」という固有名詞がリアルなかたちで想像を掻き立てる。古ぼけた看板に楷書で書かれた駅名、待合室には木製のニスの剝げかかった長椅子。大きな野望はないが今年こそ何かを成したいという願いが窺える。

菅原 春み

特選句「絶滅の道行く熊を悲しめり(河西志帆)」。先住民の熊を追いやった人間たちのせいで、こんな事件が起きているのですよね。共感しました。特選句「冬晴や醤にほへる船着場」。オーソドックスな格調高い句です。五感を駆使しつつ映像が立ち上がります。

漆原 義典

特選句「臍の緒をたぐって母の毛糸玉」。私は母の句が好きです。臍の緒と母の毛糸玉のむすびつき、母との強い絆がよく表現されています。素晴らしい句をありがとうございます。

荒井まり子

特選句「死がひとつ梢にありて柚子日和」。絶対は死。死は一定である。柚子湯ではなく、柚子日和ゆったりして優しい、穏やかな時間が愛おしい。

中村 セミ

特選句「寒椿たましひ青く青く消ゆ」。ひと枝の寒椿を部屋に置いておくと、椿の赤い、赤い魂のような花が、むかしの色々な人達とあったたわいでもない、喧騒の様な出来事が不思議と、思い出させ其れ等は、青く、青く消えて行くのだった。

銀   次

今月の誤読●「冬日向大地を歩く吾子と鳩」。暖かい冬の昼下がりのことだ。わたしはわが子を連れて近所の公園に行った。生まれてから一年余、歩き方をおぼえて以来、娘はよちよち歩きが楽しくて仕方がないようだ。二、三歩足を進めてはこちらを振り返りニコッと笑う。何度もそれをくり返す。その仕草がたまらなく愛らしい。まだ満足にはしゃべれないのだが「マー」と声をあげる。「ママ」のつもりだろう。わたしはそれに応えて手を振る。娘がまたキャッと笑って歩き出す。なんという幸せな日。たぶん人生で最良の一日だろう。それを祝福するかのように、娘のまわりにはたくさんの鳩が集まり、くちばしで土をつついている。それはあたかも雲の上を天使が歩いているかのようだ。娘がその鳩を指さしこっちを見た。わたしは一語一語切りながら「ハ・ト」と教えた。その言葉がわかったのかどうか、娘は一羽の鳩に手を伸ばした。すると驚いた鳩はクッと短く啼き、宙に飛んだ。その拍子に娘はストンと土の上に尻もちをついた。一瞬おいて娘は大きな声を張り上げて泣き出した。その声が合図だったかのように数十羽の鳩がいっせいに空に舞い上がった。とたん娘は泣きやんでポカンと空を見上げた。真っ青に晴れた空を群れをなした鳩が飛ぶ。娘はその光景に見とれるように鳩たちを目で追った。たぶんそのとき、言葉にはならないだろうが、娘は実感として知っただろう。この世界には大地があることを。空があることを。

大浦ともこ

特選句「蝋細工のパスタ巻かるる寒さかな」。場末の古びた食堂だろうか・・寒くもあるが懐かしくもある句と思います。食品サンプルに着目したのも面白いです。特選句「たうたうと仔猫が乳を吸ふ暖炉(和緒玲子)」。いかにも暖かく幸せな気分になれます。たうたうというオノマトベにもゆっくり流れる時間が伝わります。目の前の様子の様でもあり、絵本の中の一幅の絵のようでもあり、子どもの頃の幸せな思い出でもあるようです。

末澤  等

特選句「冬夕焼け鬼籍の友等の墨絵かな」。どうにか6回り目の年男を終えることができた昨年、学生時代の同級生や入社同期生の友人の訃報が届きました。そのようななか、この句を詠ませて頂いた際に、冬には急に下りてくる帳により夕焼けが墨絵のごとく変化していく情景が浮かび、友人たちのことが深く思い出されました。大変心に残る句だと思います。

川本 一葉

特選句「日向ぼこふっとちょこっと宙に浮く」。ぽかぽかして少し眠気もきてこの世ではない感じが伝わって来ます。ふっとちょこっとというのも可愛くて新鮮だと思いました。

向井 桐華

特選句「寒鴉鳴いたって鳴いたって鴉(柴田清子)」。こういう発想があったのかと思わされました。鳴いたって鳴いたってのリフレインがとても効いています。

野田 信章

特選句「セーターに毛玉ぽこぽこ胎動来」。中句に至る「セーターの毛玉ぽこぽこ」の素朴な物象感の把握あっての一句と読んだ。これによって胎動期を迎えた母体そのものの讃歌が生れている。

増田 暁子

特選句「クリスマス対岸のよう勉強部屋(十河宣洋)」。騒ぎの外にある受験生の勉強部屋でしょうね。追い込みの時期なので大変。特選句「君を通り抜けてきた冬の夕焼」。遠距離恋愛のふたりかも? 同じ夕焼を見ている時間差がもどかしいね。

竹本  仰

特選句「凍て星を譜面に一つシベリウス」:シベリウスはフィンランドの作曲家。ロシア圧政下にあった祖国への愛国心をテーマにした曲などで名を成したようだが、それ以上詳しいことはわからない。したがって、この譜面が何の曲を指しているのだかはわからない。わからないながら、その想いに共感できる部分がはっきり一つだけあって、百年以上の時空を超えてつながっているというのではないか。生なるものの神秘というのか、そんな出会いを感じた。特選句「短日や聖母へ空けるバスの席」:バスというのは不思議な場所だなと思うことが何度かあった。学生時代に自死したK君という友人がいて、まだその喪中だったが、空っぽの始発のバスに友人Aが乗って来た。死んだK君とも知り合いで、私を含め三人は仲が良かった、というより死んだK君の数少ない話し相手がその二人だったと言えた。自ずと死んだK君の話になった。その時思ったのは、けっこう乗客のいる筈のバスに二人だけなんて、何かおかしいということだった。誰か来そう、それはK君なのではというように、ひそひそ声で話をしていた。そう、だから、バスには思わぬ出会いが何気なく待っている気がして、聖母なるものの予感もまたあろうかと思った。特選句「いきものに最初の鼓動冬銀河」:いきものの最初の鼓動というのは、どこから始まるのだろう。とふとそんなことを考えたくらい、新鮮な何かを問われた気がした。死んだらどこへ行くか、或る病院の死に近い方々に聞くと、六割が星になると答えたそうだ。そうか、宇宙の運行の中に帰るということなのだろうか。とすれば、生まれる時も、宇宙の運行から来たと言えるのかもしれない。今年の元旦は息子に誘われ、朝の五時からちょっとした登山に行った。初日の出というより、登ることが目的だったのだが、或るダムに車を置いて空を見上げると、本当にぶちまけた程に星々が。うぉっと、渋谷区在住の息子は声を漏らした。そうだ、こいつ聖夜に生まれた子だった。うぉっという声に引かれて、何かいいものが見えた気がした。たしかにスタート地点に戻った気がした。そんなことを思い出した。♡皆さん、本年もよろしくお願いいたします。元日登山に始まった年、何かいい感じがしました。みなさん、お元気ですか。どこかでお会いしたいですね。

月野ぽぽな

特選句「日の笹子遺影は眼開きてありぬ」。遺影を見ながら、亡き人が目を閉じているところを思い出しているのでしょうか。それは、臨終の床での姿でしょうか。そこに至るたくさんの思い出もやってくることでしょう。笹子でなく、日の笹子、に思いの深さを感じます。哀しみと癒しが共にあります。

三枝みずほ

特選句「すり硝子あちらはたぶん凍てている」。すり硝子一枚を隔てて変わる世界。不透明な硝子であるがゆえに読者それぞれに思う“あちら”があるだろう。帰れない故郷、立ち入れない場所がふとよぎる。

高木 水志

特選句「清元の声音や寒夜哭く老犬」。長年飼ってきた老犬が体調が悪いのか清元の声のように鳴いているのが苦しく感じた。

重松 敬子

特選句「よっこらしょと記憶をもどす年用意」。私もよっこらしょが増えてきました。しかし、気持ちはまだまだ青春!!

森本由美子

特選句『電柱に「探しています」寒夕焼(花舎 薫)』。探しものは何?辿り着いたのは、もしかして自分自身の心棒ではないのか。寒夕焼を背に自分に対峙する姿を想像させる。

亀山祐美子

特選句『臍の緒をたぐつて母の毛糸玉』。母親になる喜びを我が子の靴下・帽子を明るい毛糸で編むことで表現する母への感謝。自分の臍の緒が母の毛糸玉に紡がれる原動力になっている事実に改めて気付く幸せ。誕生前から愛情と情緒が形になる感覚が美しい。特選句『坂の町出口は空へ白き息(三枝みずほ)』。この町の坂道はまるで人生のようだ。上へ上へと向上心溢るる長い長い道程は充実感・満足感広がる空へと続く。単なる風景に人生をなぞる。「白い息」は空へ昇る日の最後の一息なのかもしれない。奇しくも誕生と終焉の俳句を選んだ。そんな年齢になっているのだと改めて実感した。

稲   暁

特選句「野良猫の歩をすすめゆく初景色(榎本祐子)」。初景色という季語に、野良猫を配して意外性があると思います。

吉田 和恵

特選句「落としもの雪に埋もれし色鉛筆」。落としたものは明日を描く色鉛筆だった。しかも雪に埋もれてと。切ないですね。でも雪が消えたらきっと見つかると思いますよ。

山下 一夫

特選句「日向ぼこふっとちょこっと宙に浮く」。あたたかくやわらかでのどかな空気感に満ちていて癒される句です。「ぼこ」「ふとっちょ」「ちょこっと」の感覚を「日向」と「宙に浮く」との概念でサンドしたことが成功しています。特選句「声埋めいまからさくらまであるく」。 「さくらまで」というのは距離であり時間でもあるのでしょう。また「声埋め」は「あるく」主体のいる場所であり体(胸)でもあるのでしょう。抽象的かつ多義的なのですが「いまから」で並々ならぬ決意のようなものが伝わってきます。問題句「狐のだます私でいたい目を濡らし」。狐にだまされて涙するような純情可憐な人でいたいとの願望で、詠者はその逆という自嘲や嘆きがあるのかと味わい深いです。七七七で少し散文的なところは内容に合っているとも言えますが、五音にしていく余地もあるように思います。

太藤田 乙女

特選句「君を通り抜けてきた冬の夕焼」。冬の夕焼けの美しさの如く君は幾年月を経てきても凛とした佇まいと辛苦も乗り越えてきたであろうけれど変わらぬ清楚な美を感じさせる女性なのでしょう。その女性を見つめる作者の深い想いが冬夕焼の情景と重なって心に沁みます。

松本美智子

特選句「臍の緒をたぐって母の毛糸玉」。「臍の緒」と「毛糸玉」の取り合わせが妙でした。物の少なかった時代,昔は母が小さくなったセーターなどをほどいて丸くなった毛糸玉から新たに編みなおしていたな・・・と思い出しました。いろいろな色の毛糸玉の不思議な雰囲気と母と胎児を結びつける大切な「臍の緒」を取り合わせたノスタルジーを感じる秀句だと思いました。

野﨑 憲子

特選句「青空の呟きとなる落ち葉踏む」。青空の下、ひとり歩く足もとで落ち葉が、かさりと鳴る。その微かな音は、まるで空がそっと言葉をこぼしたように、世界の静けさの中へ吸い込まれていく。透明で、どこか孤独で、しかし不思議な温もりを帯びた一瞬。落ち葉のかすかな響きが、いつしか「青空の呟き」へと変わってゆく。それは、地球が声を持つ瞬間のようでもある。特選句「いきものに最初の鼓動冬銀河」。冬銀河の深い静寂の底で、小さな星がひとつ、ぽうっと誕生したような気配がある。それはまだ名も持たぬ命が、世界に触れようとする最初の震え。かすかな温もりの記憶が、そっと胸に灯る。冬の夜空を仰ぎながら、「生命とはなんと儚く、なんと尊いものか」その思いが言葉にならぬまま、静かに広がっていく。どちらの作品にも、平和への祈りが静かに息づいている。その思いが世界最短定型詩となり静かに広がっていく。いま、人類の足もとはあまりにも脆い。だからこそ、冬銀河の光のように、青空の呟きのように、愛語の俳句が、これから世界へ向けて熱くそして確かに発信されてゆくことを願ってやまない。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

風花
風花やあなたの声をみつけます
三枝みずほ
アスファルトだらけの街を風花す
和緒 玲子
風花のやうな約束してしまう
柴田 清子
言の葉はたましひのかほ風花
野﨑 憲子
風花や森の奥処に息ひとつ
野﨑 憲子
恥ずかしさとも戦うんだよ風の花
藤川 宏樹
冬の月
初恋は成就せぬもの冬の月
藤川 宏樹
穀潰しの目立ちたがりや冬の月
野﨑 憲子
自販機の灯に寄り添えり冬の月
銀   次
沼風はそらしどれみふあ冬の月
野﨑 憲子
予報士の外した指輪冬の月
藤川 宏樹
寒月光体突き抜けゐたるかな
柴田 清子
輪の中にいて鈍き牙なり冬の月
三枝みずほ
夢一つ叶えて帰る冬の月
末澤  等
タワマンに住まへど二階冬の月
藤川 宏樹
卵焼上手にできた春よ来い
柴田 清子
老人の卵の座る日向ぼこ
島田 章平
卵ぶつけたし病室の壁白すぎて
銀   次
縄文のヴィーナス君は寒卵
野﨑 憲子
恐竜の卵抱いてる冬休み
島田 章平
火の底の戦語るや寒卵
三枝みずほ
穴ひとつ掘り終えせがむ寒卵
末澤  等
寒晴れや親馬の後から仔馬
柴田 清子
霜踏むや曲芸の馬迷い馬
銀   次
息白し母馬仔馬岬風
島田 章平
冬あたたか仔馬スキップして厩舎
和緒 玲子
牛と午子午線またぐ大枯野
藤川 宏樹
トランプ
トランプ繰る指先より消えゆけり
三枝みずほ
孫とするトランプ母の負け
島田 章平
和平へと切れよトランプ冬の月
野﨑 憲子

【通信欄】&【句会メモ】

「海程」の後継誌「海原」は、本年より安西 篤さんから堀之内長一さんに代表が交替し新たなる第一歩を踏み出しました。「海程香川」も一回一回の句会を大切にますます熱く渦巻いてまいりたいと存じます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

令和八年初句会は、寒気が緩み冬日射す一月十日に開催いたしました。子育てまっ最中の三枝みずほさんも久々に参加され、淑気溢れる楽しく豊かな句会になりました。

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