2019年5月31日 (金)

第95回「海程香川」句会(2019.05.18)

屋島.jpg

事前投句参加者の一句

紫木蓮不惑は夢の傘寿なる 小宮 豊和
茅花流し男の無理を聞く羽目に 柴田 清子
紀州犬の名前はカムイ桃の花 大西 健司
はらみ馬夕星ひとつずつ開く 月野ぽぽな
蟹の穴音の世界の真ん中に 亀山祐美子
水羊羹ほどの交わり日々好日 寺町志津子
薫風や書道ガールが墨弾く 漆原 義典
花ってムッとする君の抱き癖に抱かれて 中野 佑海
抽象画記す夏滝あ・ううう 豊原 清明
ねんごろに洗ふ足裏や夏に入る 高橋美弥子
聖五月マリアの血液型はA 島田 章平
初夏をものやわらかく詩人去る 田口  浩
父母ヶ浜ピクトグラムの跳ぶ日暮れ 佐藤 仁美
大人だと誰が決めるの花なずな 河野 志保
麦の秋母の秘密を問わぬまま 藤田 乙女
芽吹き山青年の眉の濃ゆきこと 田中 怜子
降伏も万歳の手も夏空へ 三枝みずほ
兄といて鯨の赤い肉に雨 男波 弘志
春愁が天麩羅油はねさせる 新野 祐子
憲法日ことばを差別せぬと師よ 吉田 和恵
葱坊主叩いてひとつ齢をとる 谷  孝江
出口なき真昼のようで捕虫網 三好つや子
雑貨屋のキラキラの塵若葉風 野口思づゑ
細胞のかーんと喜ぶ新樹光 重松 敬子
でで虫は悲の渦ゆるめては生きる 若森 京子
遺影の君はすこし上向きすいかずら 野田 信章
惜春や湿りを帯びる棚の古書 増田 天志
父の日のあの世へ続く廊下かな 菅原 春み
フクシマへ友帰りなん鳥曇 高木 水志
タンポポの絮を吹き吹き黄泉路へと 榎本 祐子
背を走る一騎の逃げ馬寺山忌 銀   次
執拗な紋白蝶よ喉かわく 矢野千代子
麦秋の海恋ふ孤り独り恋ふ 高橋 晴子
茶柱のぶっきら棒に柏餅 藤川 宏樹
葉桜やわたくしという薄くらがり 稲葉 千尋
平成のあれこれ牛蛙がおんがおん 伊藤  幸
新潟はどんなとこだろ粽解く 野澤 隆夫
韮餃子プラっとパリに行きたしや 桂  凜火
夫鼾恐いものなき昼寝かな 鈴木 幸江
信長の馬面なんじゃもんじゃの花 河田 清峰
あの世の声ききようもなく新樹光 竹本  仰
ホタルニ カマフナ」ホツキヨクセイヘ ハシレ 野﨑 憲子

句会の窓

藤川 宏樹

特選句「水羊羹ほどの交わり日々好日」小津安二郎の映画の世界を感じました。句会では 「私なら、ういろう」の冗句も出ましたが、「やはり水羊羹がほどよく、絶妙」との意見にまとまりました。 「交わり」「日々好日」の選択も素晴らしく、見事にやられました。

佐藤 仁美

特選句「遺影の君はすこし上向きすいかずら」:「すいかずら」を調べると「2つ並んで 香りの良い花を開く。」とありました。仲よき夫婦が、先に逝った君は上を向いているのに、遺された 私は、まだ下をむいてるよ…と私には伝わってきました。こんな大切な人に巡り逢えたのは、人生の宝 ですね!特選句「タンポポの絮を吹き吹き黄泉路へと」なんと飄々とした句でしょうか!私もこんな風 に、旅立ちたいものです。

若森 京子

特選句「背を走る一騎の逃げ馬寺山忌」一九八〇年代、私の青春時代、東北から奇才、 天才と云われた寺山修司は、その当時、新星として、劇作家、歌人として現れた。どこか、負の部分が 感じられ、危う気な登場だったが、燃え尽きる様に若い四十代で逝ってしまった。<背を走る一騎の逃 げ馬>が、この作者とぴったり重なる様だ。

稲葉 千尋

特選句「はつなつの乳房はやわらかい半島(月野ぽぽな)」初夏になると薄着になり胸のふくらみが目立つようになり「やわらかい半島」の喩良し。

増田 天志

特選句「葱坊主叩いてひとつ齢をとる」まだまだ、おぬしの世話にはならないよと、独 り言。

豊原 清明

特選句「さみだれるチャップリンの厚化粧(増田天志)」五月雨と白黒映画のチャップリンの化粧の取り合わせが見事。問題句「大人だと誰が決めるの花なずな」花なずなに、大人への反感のようなものを表現している。

高橋美弥子

特選句「はらみ馬夕星ひとつずつ開く」ワーグナーのオペラ「タンホイザー」のアリア「夕星の歌」を思った。「おお、お前、優しい夕星よ」とバリトンで唱われる(訳詞)。夕星とは金星、宵の明星のことであるが、ここではひとつずつ開くとなっているので、あえて限定せず星がひとつひとつやさしいひかりを出産を控えた母馬に注いでいるかのように、そしてここまで育て上げた牧場主や厩務員や、馬たちに関わるすべての人達のやさしいまなざしが、星のひかりに潤むようにも見えてくる。どうか、無事に生まれておいで、そして立っておくれ、母子ともに無事であっておくれ。ひとつずつ開くの措辞が時間軸を表現するので、出産までの時間ともとれる。昔、マチカネタンホイザという競走馬がいた。とても好きだった。ふっとそんなことを思ったりもした(話が逸れてすみません)。 問題句「櫻花のあと水木の白冴え冴えたり(田中怜子)」櫻花を「にぎわい」と読ませるところに少し無理があるように思った。桜が散れば、水木(花水木?)の季節になるのは、季節のうつろいというものであり、もしも花水木の白が青空に冴え渡る様子を詠むのであれば、あえて櫻花という表現がは必要か否か。  

松本 勇二

特選句「父の日のあの世へ続く廊下かな」:「父の日」という唐突な配置が新鮮でした。それにしても不気味な廊下です。問題句「赤ん坊のヨガのポーズ鳥雲に(菅原春み)」取り合わせの絶妙な一句です。「ヨガ」を「ヨーガ」とすれば中七になり、リズムが良くなるように思います。

田中 怜子

特選句「薫風や書道ガールが墨弾く」書道ガールが踊るがごとく墨汁たっぷりの大筆をふりまわしている姿、集中している汗ばんでいる横顔まで目に浮かびます。リズム感も気持ちがいい。薫風もきいています。特選句「父母ケ浜ピクトグラムの跳ぶ日暮れ」映像が浮かびました。夕焼け、逆光の人影、まるで絵文字のような。そして、水面に絵文字が映る。静かできれいですね。

島田 章平

特選句「はらみ馬夕星ひとつずつ開く」。母馬の胎内に芽生えた命。日々鼓動は大きくなり命が逞しく育っている。夕暮れの牧場。薄闇の中にひとつずつ輝きを増す春の星。命と命が宇宙の中でつながる。美しい句です。

鈴木 幸江

特選句「春の虹砂糖ぷっぷっと溶けにけり(榎本祐子)」何か料理をしているのだろうか。窓の外には明るい春の虹が掛かっている風景が浮かぶ。平穏な日常の一齣に愛おしさを込めた作品だ。“ぷっぷっ”の措辞からは料理の億劫さも伝わってきて共感。“春の虹”からは人の営みとして料理することの深い意味を捉えようとしている作者の心構えも感じられる。肯定否定、入り混じった心理が人間らしく、上手く表出されている。問題句「抽象画記す夏滝あ・ううう」“あ・ううう”の鑑賞に迷いがあった。抽象画とは対象の写実性の再現ではなく、事物の本質や心象を点、線、色などで表現しようとする絵画(広辞苑)とのこと。作者の心には、夏の滝は、自然の造形物として感動をもって“あ・ううう”と捉えられたのか。それとも作者の抽象画として留めようとするときの表現者としての苦しみから出た感嘆詞なのか、どちらか分からず問題句とした。

野澤 隆夫

特選句「茅花流し男の無理を聞く羽目に」:「茅花流し」とは梅雨の先触れとなる季節風とか。「男の無理を…」に、ドラマを感じました。少なくとも5話位の話があるよう。特選句「春愁が天麩羅油はねさせる」春だからこその耽る物思い。天麩羅油をはねさせる愁いとは…。「春愁」は、「男のつれなさについて、女が使うことが多い」と電子辞書版「角川大歳時記」に出てましたが…。問題句 「ホタルニ カマフナ」 ホッキョクセイヘ ハシレ」カタカナ書きのこの句もドラマがあります。4月から朝日新聞の土曜日「be」毎週連載の小説「火の鳥」(手塚治虫の構想、桜庭一樹さん執筆)に 出てくるセリフみたいで…。

野田 信章

「椎若葉ふいに父似の声を出す」の句。句調までも父に似てしまうことの面映ゆさ。その唐突感のある可笑しさを、それとなく諾うのが、椎若葉との出合いであろうかと読める句。この時期の椎の森は金色にかがやく。「問われれば答える用意ゆすらうめ」の句。「ゆすらうめ」の小粒の色感の配合が小気味よい。そこに一句の自恃性もあり、相手によっては啖呵を切るその様も伺える句。甲乙つけ難しの感で特選は遠慮しました。

寺町志津子

特選句「細胞のかーんと喜ぶ新樹光」。今月も素晴らしい句が数多くあったが、掲句は、 一目心に留まり好きな句になった。瑞々しい若葉に覆われた初夏の樹木。その樹木の光に、作者の細胞 が、かーんと喜んだ、と言う。実に明るく、楽しく、爽やかな句である句を解剖すれば、「細胞のカー ンと喜ぶ」の表現の新鮮さ、新樹光との取り合わせの妙であるが、新樹光にカーンと喜ぶ細胞を持って おられる作者の瑞々しい感性に感銘すると同時に、読み手に明るさ、楽しさ、爽やかさを供して頂き、 嬉しい限りの句である。

中野 佑海

特選句「はつ夏のアーテイストなりパテイシエ(寺町志津子)」もう既に「はつ夏」という言葉が夏みかんを想像させて、あの透けるようなオレンジ色と一緒になって、私の口の中に飛び込んで来るのです。プルプルのぜりー。そして、麗しのふわふわカステラ。本当にケーキは芸術作品だと思います。見てるの最高。食べると止められなくなります。特選句「タンポポの絮を吹き吹き黄泉路へと」このゆるっとした表現で、死へと誘う力技。つい作者の意図に飲み込まれても良いかなという気持ちにさせられます。小さいころ、タンポポの絮を吹いて、耳に入ると耳が聞こえなくなるって、母に言われていました。だから、出来るだけ触らない様に、飛ばさないように、人に迷惑を掛けないように生きてきて(ここはちょっと?)、でも、もう死んでいくんだから、したい事して死んで行ってもいいかなと。自信を(何の)持って生きていきます。(やっぱり、行きたいんやね)。おー!不思議な人生エール。 毎回皆様の、丁々発止の意見交換に今月は参加出来ず残念でした。また、来月を楽しみにしています。

田口  浩

特選句「花ってムッとする君の抱き癖に抱かれて」句意を理解するなら<花ってムッとする君に抱かれて>これで充分。しかし作者はそんな半端なことを詠んでいるのではない。<抱き癖>と言う面妖なワサビを利かせて、一句の世界をプワーとひろげて見せてくれたのである。たとえばムッとする花を想像してたのしい。バニラの匂いのする朴の花か、花粉のベトベトする南瓜の花か、それとも大柄なピンクの薔薇か、等々である。そして抱かれて辟易しているのは、男か?女か?・・・・・。「海程香川」こんなおもしろい句を見せてくれるから休むわけにはいかない。特選句「遺影の君はすこし上向きすいかずら」この句から何を感じるかが大切である。すこし上向きの遺影の、何を見て偲んでいるのだろう。山野に自生する蔓性の小低木、忍冬の花を、何故平仮名のすいかずらにしたのだろう。そう言う何故が穏やかに見えてくる、いい作品だと思う。

三好つや子

特選句「蟹の穴音の世界の真ん中に」誰からも気づかれない、小さな穴での静かな営み。それが、音の溢れる世界の真ん中にあるという、謎めいた詩情に共感。特選句「細胞のかーんと喜ぶ新樹光」 細胞と新樹光をつなぐ「かーんと喜ぶ」の言い回しが、こころに深く、快く刺さりました。問題句「抽象画記す夏滝あ・ううう」何かしら切羽詰まった状態がして、面白そうな句ですが、作者の思いがいまいち伝わってきません。 

野口思づゑ

特選句「水羊羹ほどの交わり日々好日」理想的なまじわりですね。特選句「惜春や湿りを帯びる棚の古書」し〜ん、と音が聞こえてくるようなしっとりとした画を見ているよう。「 木の芽晴親不孝号親乗せて」面白い発想だと感じました。「 麦の秋母の秘密を問わぬまま」同じ思いを多くの人がすると思います。季語が効いている。

谷  孝江

特選句「蟹の穴音の世界の真ん中に」何となくあーっそうだよね。と感じました。家の中、外の世界、音が溢れています。その中に、ポツンと蟹の穴、なんて面白いです。今月も俳句たのしく読ませていただきました。先日友人より歳と共に読む、書く、詠むが大切だよ、と教えてくれました。出来るだけそれに近づけようと努力しています。たくさんの句の中より十句選は、とてもきびしいですが、それも読む中の一つかと頑張っています。六月もたのしみにしています。ありがとうございました。

大西 健司

特選句「切通し抜けて五月の空に会う(重松敬子)さわやかな一句。鎌倉の切通しがまず思われる。鮮やかに広がる五月の空の見事さを「会う」と捉えたことを評価したい。

竹本  仰

特選句「紫木蓮不惑は夢の傘寿なる」不惑とは四十ならず、これから届く、夢にも思わなかった夢のような八十歳のことだよ、という心だろうか。夢の傘寿というのがいいと思う。女性の句ではないだろうか?その夢の形が、紫木蓮とよく合っている、ここがすばらしい。それと、不惑ということ自体は少しも滅びていない、たしかにあるはずだという、その姿勢が良いと思った。特選句「細切れの時間愛せよ初夏の母(三枝みずほ)」初夏の母と限定しているところからすると、何か事情があるのだろうか。病、あるいは老いか、などと考えた。残りの時間がそれほどないのか。何となく「ゴンドラの唄」を思い出す。この歌は、中山晋平が母親を亡くして、悲しみに暮れるまま旅の途上で作ったというが、そんな響きを感じた。特選句「はつなつの乳房はやわらかい半島」乳房は初夏やわらかくなるものだろうか?とにかくそういう実感と、そのやわらかさこそ色んなものを結びつける親和力になるというのだろう。清岡卓行の名文『失われた両腕』にはミロのヴィーナスについて、その両腕がないことで、かえって関係性を探し求める想像力を刺激して、いっそういとおしくさせるとあった。仮にその腕を連絡船とするなら、乳房は寄港地である半島か。そんなこと思った。淡路島吟行まで、あと一週間と少しです。大変、楽しみにしております。よろしくお願いいたします。

桂  凜火

特選句「出口なき真昼のようで捕虫網」の措辞に心ひかれた。明るすぎる昼の明るさにふと目眩のような迷いのようなものに捕らわれることがある。それは捕虫網人を捕らえる見えない不安のシンボルのようだ。とても上手い表現だと感心するとともに同じような感覚を共有できたようでうれしい気がしました

高木 水志

特選句「憲法日ことばを差別せぬと師よ」兜太先生はいつも私たちにことばの大切さを教えてくださった。憲法の改正は国民の自由や権利を知らず知らずに制限する方向に行かないように、私たちはしっかりと考えていかなければと思う。

亀山祐美子

特選句「ねんごろに洗ふ足裏や夏に入る」海辺か川辺で水遊びを満喫したのか、はたまた畑仕事か田植えの準備を終えたのか、自分の足裏か子どもの足裏。ひょっとしたら介護中なのかもしれない。「ねんごろに洗う足裏や」はよくあるフレーズかも知れないが色々と想像力を膨らまさせてくれる。「夏に入る」で満足感と期待感を十二分に伝える。明るく丁寧な生活が伺える佳句。

月野ぽぽな

特選句「葉桜やわたくしという薄くらがり」葉桜の陰翳の中にいて、わたくし、という存在、心と体の有り様をふと感じている。薄くらがり、がちょうどいい塩梅で効いている。

柴田 清子

特選句「兄といて鯨の赤い肉に雨」この句への細いコメントは、私には出来ないけれど、はっきり言えるのは、この句が一番好きであること。特選句「でで虫は悲の渦ゆるめては生きる」でで虫のあの渦を悲ととらえたことと強い断定が一句を確かなものにした。

男波 弘志

特選句「はらみ馬夕星ひとつずつ開く」星の明滅、それはもう母馬の心音そのものだろう。 特選句「蟹の穴音の世界の真ん中に」蟹の穴音の世界の真ん中に静寂は音そのものの世界。瞑想とは、音を聴き澄ますことかも知れない。

三枝みずほ

特選句「タンポポの絮を吹き吹き黄泉路へと」球形を崩しつつ、0へ近づいてゆく。タンポポの絮が新たな芽吹きをも連想させ、死を明るく受け止めている。特選句「はらみ馬夕星ひとつずつ開く」生命誕生の不思議、神秘。大宇宙との繋がりに共感。

新野 祐子

特選句「でで虫は悲の渦ゆるめては生きる」かたつむりの殻に悲の渦があるという捕らえ方、初めて見ました。それをゆるめるという表現も。よく見るとかたつむりはちょっと気持ちの悪い生き物ですが、この句によってとても親しみと哀切を感じます。入選句「葉桜やフロイスの靴響く城」司祭のフロイスという名前の響きと靴音の響きが、美しい葉桜の緑の中に映えています。ここは長崎でしょうか?訪ねてみたくなります。入選句「タンポポの絮を吹き吹き黄泉路へと」下五が、「黄泉路へと」という意外性に引かれました。なぜ冥土を黄泉というのか考えさせられました。「黄」と「光」は同系の文字なんですね。入選句「雑貨屋のキラキラの塵若葉風」中七がいいですね。古臭くない若やいだ懐かしさがあります。小ぎれいなコンビニが立ち並ぶ今の風景を、味気無いと思う人は少なくないことと。

小宮 豊和

「繭蝶やおひとりさまを漂流す」私の独断と選り好みにちかい見解で、あまり必然性はないが、「繭蝶や」を「繭籠り」としたらどういう変化が起るか考えてみたい。まず繭を作る美しい昆虫は蝶以外にも存在するので、蝶に限定しなくてもいいのではないかという考え方、それに籠るという言葉は、自分の殻を作って安住し、外からの影響が少なく、貴重な孤独を楽しむ雰囲気がでてきて、中七、下五に繋がるのではないかという思いが絡まっている。もちろんもとの句のままで良いという意見もかなりあると思われるが、

銀   次

今月の誤読●「タンポポの絮を吹き吹き黄泉路へと」。あれ、なんだってオレはこんなとこにいるんだ? だいたいココはどこなんだ? んー……、あっ、そうか。最後におぼえているのは、オレの運転するクルマが崖から落っこちたってことだ。てーと、オレは死んじまったのか。そんでもってこんなとこを歩いているのか。そーかー。いまごろママや子どもたちはさぞかし悲しんでいるだろうな。ごめんよ。でも生命保険たっぷりかけてあっから、すまんがそれでカンベンしてくれ。オレは大丈夫だ。てか、ま、大丈夫じゃなかったんだけどな。でもココは悪くない。ぜんぜんOK。どこからかすんげえ光が差し込んでてさ。あたり一面真っ白々。それでいてまぶしくないんだ。暑くもなく寒くもなく、ちょうどいいかげんだ。足もとはフワフワしてて、まるで毛足の長い上等の絨毯を踏んでるみたいだ。いい匂いがするなって思って見上げれば、頭上には黄金のリンゴが垂れ下がっている。あー、落ち着くなあ。現世のオレが死を怖がってたなんて、ほんとウソみたいだ。黄泉路がこんなに心地よいとは。おっ、鳥が飛んで行く。犬が走ってく。まあそんなに急ぐなよ。いずれこの小さな旅は冥土にたどり着く。あの小さな点のような光がたぶんそれだな。冥土か。そこもノンビリとした世界だろうさ。さっきからオレのカラダをふんわり包み込んでるのはタンポポの綿毛だ。オレの人生を、オレの死を祝福してくれてるようだ。なんちゅうか、いまここにいるオレは無上の至福ってか、そういう感じなんだ。とっても暖かく、こころは満ち足りている。キリスト教も仏教もねえんだ。ここにきてわかった。死とは、成仏とはやさしさに包まれることなんだ。まあ、のんびりいこうぜ。生きたカイもあった。死ぬるもそう悪くない。見まわせば無数の人々が歩いてる。死刑囚も子どもらも、赤ん坊だっている。それらが冥土をめざして歩いてく。タンポポの綿毛が舞っている。よく来たねと迎えるように。

吉田 和恵

特選句「春の虹砂糖ぷっぷと溶けにけり」紅茶に角砂糖をポトンと入れシュワシュワと溶けていく様を春の虹に重ねて‥‥美しい心象ですね。ちなみに私のがさつな生活感では春の虹はさしづめ蜃気楼かな?失礼しました。

河田 清峰

特選句「フクシマへ友帰りなん鳥曇」帰れる友と帰りたくとも帰れない私たちの哀れを誘う鳥曇であろう!

高橋 晴子

特選句「ヘリオトロープ恋はいつしか乾く紙(若森京子)」面白い感覚に驚ろいた。問題句「櫻花(にぎわい)のあと水木の白冴え冴えたり」‶櫻花‶に‶にぎわい‶と仮名をふる感覚はついていけない。日本語は正しく、そんな無理な使い方をしなくても、言いようはいくらでもある。

榎本 祐子

特選句「はらみ馬夕星ひとつずつ開く」子を宿す地上の馬と夕星の幻想世界。お腹の仔と星が交感しているよう。「ひとつずつ開く」との表現が秀逸。

伊藤  幸

特選句「雑貨屋のキラキラの塵若葉風」本来なら店屋であるからして清潔にしておくべきところ、塵をキラキラと表現した作者の感性に一票。下語の若葉風も効いている。

菅原 春み

特選句「麦の秋母の秘密を問わぬまま」こころから共感します。特選句「惜春や湿りを帯びる棚の古書」ライブラリを立ち上げた身としては。まさにそうだと。

藤田 乙女

特選句「水羊羹ほどの交わり日々好日」執着せず、拘らず、さっぱりしていて心は柔軟で、そんな生き方ができたら素敵だと羨ましく思えました。私は、水羊羮が大好きなのですが、これから水羊羮を食べる時には、きっとこの句を思い出し、日々の自分の生きる姿勢を反省することになりそうです。 特選句「平成の一万日をつばくらめ」平成を日にちにすると一万日を越えるのですね。自分と家族の一万日の日々をしみじみと振り返りました。忘れられないたくさんの出来事がありました。私事ですが、この平成の31年間に4回だけつばめが我が家にやってきました。そのうち2回は、父と母の死があり、後の2回は、二人の子どもの誕生がありました。私にとってつばめは、人の誕生を告げる幸せの鳥であると共に、人の魂をあの世へ連れて行く哀しみの鳥でもあります。この句から、人の生死に関わる深い思いや感情が湧き出てきました。

野﨑 憲子

特選句「執拗な紋白蝶よ喉かわく」儚げな紋白蝶に、執拗に追いかけられて喉が渇いてしまった。そんな作者に蝶は何かを伝えたかったのだ。「恋人は蝶の変態宙にいる」の<蝶>にも惹かれた。問題句「ねばねばの青松毬に返杯す(矢野千代子)」青松毬は新松子。夏場には姿が見えない。<ねばねば>に未生のいのちを思う。その若い青松毬にお酒を勧められ返杯するというのである。何と面妖なと感じる一方で、森羅万象の真ん中に立った作者と松毬の交感の場面を垣間見た思いがした。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

新緑
人生一瞬新緑という傷を持ち
鈴木 幸江
新緑にわたしの影を置いて来る
田口  浩
新緑や廃病院の手術室
銀   次
子をほめる新緑の風吹きにけり
三枝みずほ
新緑のドア開きます大空へ
藤川 宏樹
カプセル
カプセルに母金色の産毛かな
野﨑 憲子
出張のカプセルホテル明易し
島田 章平
カプセルに素足で入っていいですか
柴田 清子
砂漠へと落ちしカプセル覚醒す
佐藤 仁美
カプセルを売って俳句を詠んでいる
鈴木 幸江
新緑や島のことばは優しくて
三枝みずほ
五月雨や塩飽諸島とふ大鯨
野﨑 憲子
蜃気楼を浮くひょうたん島ひとつ
島田 章平
扇子一本持って軍艦島に入る
田口  浩
夏霞溶けゆく空と浮島と
佐藤 仁美
追ひかけて尚追ひかけて恋螢
柴田 清子
カプセルの中に虹の子そして螢
野﨑 憲子
歌舞伎町チャイナドレスの朝螢
銀   次
ぶつかつて大きくなつて螢
野﨑 憲子
ごめんなさい螢の宿は休みです
島田 章平
再会の君は螢のままである
田口  浩
フクシマや蛍のいない世はそこに
鈴木 幸江
浮世絵の暗き光の蛍かな
佐藤 仁美
牛蛙
語り口清らのままに牛蛙
藤川 宏樹
牛蛙俳句のリズム整わぬ
鈴木 幸江
人間に戻る日近し牛蛙
野﨑 憲子
にんげんを無視して夢の牛蛙
田口  浩
牛蛙鳴いて恋人募集中
柴田 清子
戦争はいやだと叫べ牛蛙
島田 章平
床の間に金縛りとや牛蛙
銀   次
牛蛙鳴かねば石になっちゃうぞ
柴田 清子

【通信欄】&【句会メモ】

今日は「天地悠々 兜太・俳句の一本道」の上映会でした。ご入場の方々と、豊かな素晴らしい時間を過ごすことができました。月野ぽぽなさんのゲストトークも感謝に満ちた深いお話で、とても感動いたしました。ありがとうございました。お手伝いをしてくださった方々にも心からお礼を申し上げます。そして明日からは、淡路島吟行です。次回の作品抄で、その時の作品をご紹介させていただく予定です。お楽しみに!

令和になって初めての句会は、鈴木幸江さんの全句朗読から始まり、いつものように、熱く自由な意見が飛び交いとても豊かな句会でした。冒頭の絵は、藤川宏樹さんの屋島のスケッチです。6月は、また、サンポートホール高松の会場が取れず「ふじかわ建築スタヂオ」での句会をお願いいたしました。藤川さんよろしくお願い申し上げます。

2019年5月8日 (水)

第94回「海程香川」句会(2019.04.20)

虹.png

事前投句参加者の一句

          
小さき眼に無限の野原青蛙 高橋 晴子
夜桜の白さもうだれの顔でもなく 三枝みずほ
長からぬ髪をなびかせ春惜しむ 亀山祐美子
さよならは言わない山桑の花が咲いたよ 大西 健司
桃風船ぬうつときえていく乳首 藤川 宏樹
夜桜と裸電球とふ完全体 銀   次
わたしひとりの九条の会花わらう 稲葉 千尋
蛇穴を出て笛吹きの壺に棲む 田口  浩
蕗を煮てゐます清張読んでます 谷  孝江
森林のブラックホールとして巣箱 松本 勇二
母の居た時間空間花吹雪 寺町志津子
花まんさく文字が揺れてる母の手紙 吉田 和恵
癌告知 差し当たって野を焼こう 伊藤  幸
夏籠や無音の風を吸う手水 佐藤 仁美
風割って手品次々蝶の昼 三好つや子
李太白集われ糸遊にまつわりて 若森 京子
たとえなき遠くの牛に滴りぬ 男波 弘志
逃げ水や籠を出てゆく生きものや 矢野千代子
水底の見える世界や残る鴨 鈴木 幸江
見てみたいゴッホやピカソの桜の画 野口思づゑ
囀の伸びやかなるを父と思う 月野ぽぽな
<悼・萩原健一>花冷やしづかに愚か者は逝き 高橋美弥子
教室の窓辺の孤高ヒヤシンス 藤田 乙女
円周率3で確かむホワイトデー 野澤 隆夫
右耳のいらぬ明恵上人蝶一頭 河田 清峰
初燕小字炭附(こあざすみつけ)街道へ 小宮 豊和
雪渓の青み冴えたり伊那の村 田中 怜子
春昼や夢で旅する異空間 漆原 義典
静電気なら通じるコンビニ春たそがれ 竹本  仰
初燕一番線に海の音 重松 敬子
定年は春暁皮靴磨くなり 桂  凜火
たんぽぽのぽぽぽぽぽぽと昼すぎぬ 柴田 清子
春空や鼓笛の音の雲の列 豊原 清明
長女譲らぬ一番咲きの紫木蓮 中野 佑海
桜を見に行こうか白寿の母よ 島田 章平
独活の人形何時迄もそこにいる 中村 セミ
子猫のせ互いの骨のありどころ 新野 祐子
月からの風を感じるチューリップ 増田 天志
メルトダウンの恐怖口中葡萄種 小山やす子
すぐ乾く江戸の手拭桜餅 菅原 春み
鳥交るジャムを焦がしてしまいけり 榎本 祐子
鴨川の小石集まる春の宵 高木 水志
春枯草に日当る人は赦されて 野田 信章
揚雲雀うしろの風もよく見える 野﨑 憲子

句会の窓

藤川 宏樹

特選句「夜桜の白さもう誰の顔でもなく」顔の判別できなくなる毎に白さが際立つ夜桜、明暗の対比が見事です。さて、拙句「正正丁じゅうにの声し新学期」。「読み、意味が不明」と不評でした。「正正丁」は「せいせいてい」「しょうしょうちょう」「ごーごーに」のいずれの読みも可、その画数に意味があります。秋の全国大会、小豆島の港で大石先生と「じゅうにの声」、二十四の瞳が皆様をお待ちしています。お楽しみに・・・。

中野 佑海

特選句「小さき眼に無限の野原青蛙」良いですね!この、下から目線。いくら開けても、目が剥けるだけで、全然大きくならない眼で、だけど確実に前を上を見ている。でっかい野原の様に秘めたる可能性がある。いろんな稔りと、豊かさに溢れている。恐れ入ったか。是が我等青蛙の正体なのだ。ガハハハハ?特選句「夜桜と裸電球とふ完全体」夜桜には断固、裸電球で無くっちゃ!なに、あの近頃の安っぽいプラスチックの雪洞。桜を食ってしまっています。あの昭和の仏生山公園が懐かしい。 皆で震えながら、夜桜を見て、冷たくなった、お花見弁当を、食べた五十年前が懐かしい。もうあの時の父も母もいない。金子先生も皆で当時の夜桜を楽しんでいるんだろうなあ!問題句「メルトダウンの恐怖口中葡萄種」このメルトダウンは一体なにが溶け落ちたのか?口中の葡萄種がメルトダウンさせる程の威力が果たしてあるのか?面白く興味深いけれど、もう一つ私の想像力の範疇を超えていました。 今月も素敵な面白い俳句ばかりでした。好き嫌いが、私の基準です。

高橋美弥子

特選句「 子猫のせ互いの骨のありどころ」寝転がって、お腹に子猫をのせてみる。つかみどころのないほわほわした、やわらかな物体。骨なんてないようだ。一日働いて疲れた自分の骨はどうだろう。子猫をやさしく撫でながら、ふっと一息。一読で好きになりました。「 花まんさく文字が揺れてる母の手紙」も共鳴句でした。この字余りが、お母様を思う気持ちをよく表現していると思います。問題句「 花冷の街吐くように落つナイフ(河田清峰)」落つだと終止形になるので、正式には落つると連体形になるところですが「吐くように落つ」の措辞が素敵なので、これはこのままでいいのかなとも思いました。花冷のせつなさが描けています。

若森 京子

特選句「蛇穴を出て笛吹きの壺に棲む」一読してイロニーとして人間の生きざまにも思えた。社会に出て管理社会にしばられ踊らねばならない、又、今問題になっている〝ひきこもり〟にも思えた。比喩が大変面白い。特選句「子猫のせ互いの骨のありどころ」子猫を可愛がる姿を面白い切り口で表現している。猫と一心同体。猫との深い交感をお互いの〈骨のありどころ〉との措辞が新しい表現だ。

稲葉 千尋

特選句「癌告知 差し当たって野を焼こう」おそらくショックがあったと思う。それなのに野焼すると言う。この強さで、癌に勝って下さい。

竹本  仰

特選句「さよならは言わない山桑の花が咲いたよ」私の誤解かもしれないですが、これは、亡き兜太師への挨拶句なのではと、勝手に想像して楽しみました。死とは、再生の始まりであるかと思われますが、そういう教えを守っての句なのかと。そういえば、昔、高校の教師だったころ、卒業式でいちばん盛り上がる瞬間は、退場のとき一斉に立ち上がる時だなあと、感動していたのを思い出しました。その、立ち上がる瞬間のような、そんな情感を覚えました。特選句「骨という骨の毀れて花盛り(桂 凜火)」 人生到る処青山在り、とは言いますが、土というものはそもそも死の積み重なりで出来ています。だから、豊かな稔りをもたらすのでしょうが、これはそんな当たり前のことをあえて書いたところが面白いです。梶井基次郎に『櫻の樹の下には』という名作があり、桜がきれいなのは、その下に死体が埋まっているからなんだという、卓越した詩想の世界を展開しました。あれは、根っこが人や獣などのどろどろの死体にからまって吸い上げていく、という地下の透視が凄まじいのであって、異様なる粘着力でありましたが、この句は打って変わってすっきりし過ぎなくらい、はなさかじいさんの乗りです。そういう妙に笑ってしまえるところが魅力です。特選句「定年は春暁皮靴磨くなり」どこに行くんだろう?という読後感が爽快で、朔太郎の「旅上」を連想しました。何もないけど、この浮き浮きした気持ちに代わるものがあるだろうか、という感じ、いいですね。生とは、永遠の始まりの感覚でしょうか。こういういつだって始まるんだとい直感こそが、生の感覚そのものなんだろうなあ、と、ほんと、現代俳句にふさわしい句だと感心しました。特選句「ごうごうと瞠いている魚たち(男波弘志)」魚は目をつぶらない。進化の途上において、あらゆる有為転変、永劫回帰のさまを見るように運命づけられたからか。その目の「ごうごう」の先に見えるものは、われわれ人類の繁栄の、虚像と実像なのかもしれません。この「ごうごう」に、反骨であり、逆転の発想を基とした、俳句の力のようなものを感じました。以上です。どの句も楽しく読ませていただきました。この選句の時間が、実は一番楽しいのかもしれませんね。みなさん、いつも、気合を、ありがとうございます。

野田 信章

「初燕小字炭附(こあざすみつけ)街道へ」地名とは単なる記号でなく、先人の感性の賜である。そのように受けとめての一句形成かと、初燕に配合された小字の「炭附街道へ」の作者の感のはたらきの美しさを味読したい。なお、どのあたりのことかと前書きは欲しい。

小山やす子

特選句「癌告知 差し当って野を焼こう」癌告知と言う非日常を、野を焼くと言う直情に、凄さを感じました。

伊藤  幸

自句自解「癌告知 差し当って野を焼こう」阿蘇麓肥後大津に「三気の里」という知的障碍児施設を経営し全国から来る障害児に生涯を捧げると言っていた母方唯一の従兄が、癌告知後数ヵ月で昨年亡くなりました。所有土地5千坪を提供し、宿泊施設から体育館、訪れる親御さんの為の宿泊施設はもとより、医学的ケアだけなく工学及び農業指導も惜しみなく子供達が社会に出ても困らぬようにと町や地元産業にも協力を呼びかけ 毎日朝早くから必死に頑張ってきました。その従兄の追悼句でした。生きていたら出来なかった句です。母は5人姉妹で母も早くに亡くなりましたが、他の3人は10代20代で亡くなっています。伯母も義叔父を養子に迎え、息子を生み32歳で亡くなりました。ですから本当にたった一人の従兄で兄弟のようにして育ちました。残念です。私事を申し訳ありません。淡路島吟行を楽しみにしています。  追記:自宅をパン工房に改造し、麦や稲を育て、本田技研工業の軽作業を請け負い、作業場を造り、毎年栗拾いや運動会等、色んな催し物を私も見てきました。小さかった子供達も成人に達し、収入を得ている人もいます。小児から大人迄入居者は様々です。今では熊本市内にも支所があり、重度は施設に入居、寮から通所したり自宅から通う子供達もいて様々です。体育館もあって学校と少しも変わりませんよ。30年前厚生省から認可が下りた時は全国にもメディアで騒がれ従兄は支援を呼び掛けていました。「句会の窓」で取り上げて下さったらきっと故人も喜ぶでしょう。本 当にありがとうございます。

榎本 祐子

特選句「万愚節鳥のミルクというお菓子(新野祐子)」ミルクとお菓子という甘やかな言葉。卵生なのに鳥のミルクがミラクル。万愚節の仕掛けもおもしろい。

増田 天志

特選句「たとえなき遠くの牛に滴りぬ」この牛の詩情に、身を委ねたい。星座なのか、ふる里なのか。果たし得ぬ大志なのか。

三好つや子

特選句「森林のブラックホールとして巣箱」若葉の森や林に点在する巣箱。小さな暗がりの中の数々の生命のドラマを想像することができ、ブラックホールという喩えに、宇宙的な広がりを感じました。特選句「ものの芽や飴玉配るおばあさん(吉田和恵)」春の公園でニコニコと飴玉を配るおばあさん。ひょっとしたら春の女神「佐保姫」の化身で、飴玉は若返りの薬なのかも、といった楽しい妄想を抱きつつ鑑賞。不思議な魅力があります。入選句「初燕一番線に海の音」燕の来るころが一年でもっとも美しい瀬戸内海。果てしない空の青と、光あふれる海の青の間を走りぬけ、到着した清々しい電車が目に浮かび、共鳴。

田口  浩

特選句「長からぬ髪をなびかせ春惜しむ」晩春の風に吹かれて髪が流れ動く。自分の意志とは係わりなく動かされる頭髪に、ひととき身を置いた散春の情である。「靡く」には、従うと言う意もそえて流暢であろう。それにしても〈長からぬ髪〉はいい得て妙である。かるく詠み流している作品だが、見落とせない一句。特選句「桜を見に行こうか白寿の母よ」息子が老母に花見を誘っている句ではない。母が白寿なら、息子の歳も七十前後、決して若くはない。そこに二人の越し方を思うとき、私の人生と重ね合わせて見ても、その歳まで生きると言うことの、大変を思う。「桜を見に行こうか白寿の母よ」桜を見に行こうか白寿の母よ〉には、長過ぎる母の一生と、息子の一生が折り重なる。切々としたつぶやきのように感じてならない。「花見に行こう」なら軽々でよい。しかしこの作品には、一場の能舞台が粛粛と見えてくる。

松本 勇二

特選句「すぐ乾く江戸の手拭桜餅」:「すぐ乾く」にリアリティがありました。季語も上手く収まっています。問題句「さよならは言わない山桑の花が咲いたよ」透明感にドラマ性を加えた素晴らしい作品です。「花が」を取り「さよならは言わない山桑が咲いたよ」とすると、なおすっきりしてくるように思います。  

鈴木 幸江

特選句「癌告知 差し当って野を焼こう」癌告知。死を思わなくとも、子供のこと、仕事のこと、親のこと、思えばうろたえる年齢で私は、二度体験した。その対応は、都会育ちの私には例えどんなつらい治療でも耐えるのみという覚悟しかなかった。その時は、何かを実践することにより大きな力が湧いてくるなんて発想はとてもなかった。野焼きなど、経験のない私には想像の他の世界だ。しかし、知っている人には精神に何かの到来を期待させる行為なのかもしれない。いのちの生きなんとする力を感じさせてくれる。問題句「独活の人形何時迄もそこにいる」俳句は比喩とは切っても切り離せない詩文学だと思っている。私は“独活の人形”という措辞に悩んでしまった。独活の大木は、体は大きいが役には立たない人の例えだ。人形は主体性がない人という意味で使われることはある。さて、“独活の人形”とは、何を意味するのだろう?人形がいつまでも、畑にいるという不気味さは現代社会から受ける世界としてとても肯定できるからこそ、“独活の人形”が良くわからなかったのが残念で問題句にさせていただいた。私の無知の所為かなとも思いつつ。

野澤 隆夫

平成も残すところ一週間。光陰矢のごとし。小生ものむ薬のみ増えて、さてこれでいいのかと…。野﨑さんからのせっかくの案内も、参加したい思いはやまやまなれど、体調のはかばかしくなく、余儀なく不参加。あきらめてます。今月の選句だけは、果たすべくパソコンに向かってます。今月の132句、楽しませてもらいました。あまりにも…の飛躍に小生の頭ではついていけない句も、2回3回と読み返すと、もしかしたらこういうことと気づかされたりします。特選句「蕗を煮てゐます清張読んでます」かみ合わない対比がミステリー。面白いです。それにしても清張はいまだに根強いファンが多いです。特選句「エンドロールを見つむ横顔さくらの夜(高橋美弥子)」エンドロールを結婚披露宴のビデオ映像と見ました。そこはかとした哀感が見えます。特選句「鳥交るジャムを焦がしてしまいけり」鳥の優美な仕種と作者のジャムを焦がしたという対比が、意外性にあふれています。

佐藤 仁美

特選句「風割って手品次々蝶の昼」蝶々がヒラヒラ舞う様子を「風割って」と言う表現に、惹かれました。楽しい句です。特選句「菫咲く地に近きこと嬉しくて(榎本祐子)」先日、遍路道で菫を見たところでした。菫は咲いても尚、地面に近づくように咲いていました。かわいい句です。

大西 健司

特選句「さくらの夜自傷の痕の微熱かな(高橋美弥子)」夜のさくらと自傷の痕が妖しく息づく。どこか微熱を帯びて疼くのだろう。禍々しい過去が蘇ってくるそんな夜の悩ましさ。問題句「メルトダウンの恐怖口中葡萄種」:「恐怖」は蛇足では。「メルトダウン」これだけで意は十分に伝わる。口中の葡萄種の違和感が効果的だけにもったいない。「メルトダウンとや口中に葡萄種」これぐらいでいいのではと思ってしまうのだが。いかがなものか。

重松 敬子

特選句「春の虹亡き子の婚礼かもしれず(新野祐子)」いつまでも亡き子を忘れられない作者の気持ち、今もその子の幸せを願っている前向きな心情が、切々と明るく伝わります。虹は見る者を幸せにし、希望を抱かせます。親の心が素直に一句を仕上げた、秀句だと思います。

島田 章平

特選句「花冷やしづかに愚か者は逝き」。萩原健一さんの追悼句。しかし、この句に前書きはいらない。もう、すでに追悼句として前書きなしで十分にわかる。「可愛くていけない魅力的生き者」(桃井かおり)。松田優作や桃井かおりなど、「はみ出し者」としての輝き。もう、そんな役者も俳人もいなくなった。昭和、平成、令和・・・若者はどう変わってゆくのだろう。特選句「雪渓の青み冴えたり伊那の村」:「雪渓の青み」が卓越。「木曾のなあ木曾の炭馬並び糞る」(金子兜太)の歌声がどこか遠くに聞こえている様な・・・。

田中 怜子

特選句「沖縄の短き春やジュゴン死す(大西健司)」やはり 沖縄のことを詠んだ句に心をとめたい  「初燕小字炭附(こあざすみつけ)街道へ」の初燕も、リズムがぽんぽんとして小気味がいいので。炭附街道ってあるんですかね。→他にもあるかも知れませんが、群馬県渋川市伊香保町に存在するようです。

高木 水志

特選句「一飛花にさらわれている時間です(河田清峰)」一枚の桜の花びらに作者がさらわれているような感じが生まれている。

野口思づゑ

特選句「癌告知 差し当たって野を焼こう」上5の後の空白が心の動揺をよく物語っている。くよくよせずまずはやるべき事、体を動かす事をやる。それも野焼きで心も土地も一新、そして新しい自分が始まると言う、とてもポジティブな句だと思った。この方だったら、きっと回復も早いはず。お大事にどうぞ。特選句「平成と書くは最後の春惜しむ(高橋晴子)」穏やかでしみじみとします。正直私は何かに平成と書いた覚えはないのですが、平成の天皇皇后陛下には、特に被災地訪問や慰霊の様子に心を打たれました。下5に様々な感慨が込められていると思いました。

月野ぽぽな

特選句「夜桜の白さもう誰の顔でもなく」さまざまのことを思い出す桜。次々と訪れる 人の顔として訪れる記憶もいつしか、具象から抽象以上の純粋な存在感へと昇華してゆく。そんな力を を持つのはやはり夜桜。白が効いている。

寺町志津子

特選句「花まんさく文字が揺れてる母の手紙」今月も心惹かれる句が山積で、選句に迷 いました。この季節、まんさくが我が家でも満開です。その細長いひも状にねじれた花弁を「文字が揺 れている母の手紙」と喩えられた作者の心情に共感しました。揺れている文字は、お母様が老齢でいら っしゃるためなのか、あるいは、心揺れる何かをお持ちのためなのか、いずれにしろ、お母様を案じら れる作者の深い情愛が詩的に昇華され、心に響きました。

桂  凜火

特選句「囀の伸びやかなるを父と思う」我が家には、四十雀がきて毎日囀ります。恋の季節 なのでしょう聞くだけでウキウキするようなオスの鳴き声にこちらまで伸びやかな気分になります。作 者はそこに「父と思う」と父親を見出されたところが新鮮でした。気持ちの良いいい句だと思います 特選句「春枯草に日当る人は赦されて」の春の枯草に目をつけられたところがまず新鮮でした、そこに 日の当たる風景は素敵ですが、その取り合わせとしての「人は許されて」がなんとも絶妙の温かさのあ る表現です。人の許されてでもいいかもと思いますが。しかし、「人は」と書くところにまた何かの意 味も感じられるのでこれでいいのかとも思います。作者の温かなまなざしに共鳴しました。

谷  孝江

特選句「癌告知 差し当たって野を焼こう」ご自分のことでしょうか、大切な御身内の方で しょうか。ともあれ驚きと途惑い、この後のことなどなど、綯い交ぜになられたことと思います。が、 その中で一歩退き「差し当たって野を焼こう」とご自分で己を励まされたのでしょうか。一読,身に入 む思いがありました。どうぞお大切にこの後もお過しくださいます様に。

亀山祐美子

特選句『初燕小字炭附街道へ』特選句『初燕一番線に海の音』期せづ「初燕」の競演と 成った。この二句簡潔にして平明。読者に創造の余地を数多残す佳句。問題句『すぐ乾く江戸の手拭い 桜餅』「すぐ乾く」が気になった。「江戸の手拭い」とは「日本手拭い」のことであろう。だとすれは「す ぐ乾く」は説明。当たり前。「日本手拭い」をわざわざ「江戸の手拭い」とした作者のこだわりをもっと もっと他の言葉で表現できるのではないかと惜しまれる。楽をしてはいけない。ここがこの句の肝なの だから。皆様の選句観賞楽しみにいたしております。

銀    次

今月の誤読●「雪柳寄れば握手を求めくる(稲葉千尋)」。ボクは小学六年生です。趣味はアニメを見ることとマンガを読むことです。あまり外には出かけません。それはボクがぜん息だからです。お医者さんは大きくなったら治るというのですが、六年生ではまだだというのです。だから人ごみには出かけられないのです。これまでお花見だってしたことがありません。でもうちの庭には桜はないけど桜草はあります。コデマリもキンポウゲもあります。だからボクは縁側に坐ってボクだけの、たったひとりのお花見をするのです。そんないろいろある花のなかでいちばん好きなのは雪柳です。少しうなだれたような枝にびっしりと小さな花をつけ、少し弱々しい感じ。もしかしたらちょっとボクに似ているのかもしれません。そういえば友だちから「おまえの顔って青白いよな」っていわれたことがあるけど、雪柳の花も青白い。背丈だってそうだ。ちょうどボクと同じくらいだ。ボクはいま庭におりて雪柳と背比べをしている。やっぱりだ、ちょうど同じだ。でもボクはまだまだ大きくなるんだぞ。と花をなでると手のひらにポタリと一輪、雪柳の花が落ちてきました。それは雪柳が「もちろんさ」とボクに握手をしてくれたのかもしれません。もうすぐ中学生だ。もっと大きくなるに決まってる。もっと強くなれるさ。ぜん息だって治っちまうよ。そういう握手。「うん、中学生になったらおまえを追い抜いちまうからな」、そういうと、雪柳は風にそよぎ、なんだか笑ったように見えました。

新野 祐子

特選句「癌告知 差し当たって野を焼こう」これが本当なら、安易に特選に選んだりして いいのでしょうか。大変なことですよね。どうぞ、癌に負けず前を向いて生きられますよう祈ります。 入選句「蛇穴を出て笛吹きの壺に棲む」蛇さん、なぜよりによってこんな選択を。生きることの不条理 を見事に表現していると思います。入選句「逃げ水や籠を出てゆく生きものや」この「や」は切れ字の 「や」ではなくて、副助詞ですよね。「逃げ水」と「籠をでてゆく生きもの」を同列に置くという発想、 すごくおもしろいし冴えてます。問題句「たんぽぽのぽぽぽぽぽぽと昼すぎぬ」坪内稔典さんの「たん ぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」が思い出されてなりません。

小宮 豊和

「春の虹亡き子の婚礼かもしれず」生身(なまみ)の人間にとって逆縁の前に心静かに居 ることはむずかしい。春の虹に逢い、同時に亡き子を思ったとき、人はどのような思考をし、どのよう な連想をたどるか、ひとつの答えがこの句だ。いろいろな、十人十色の可能性の中で、作者は亡き子の 婚礼まで思いを致す。これを一句にまとめるという作業の中で考えたとき一読者としては結論が早いと 思う。現実にはそこに到る行程がいろいろあろうから。「の婚礼かもしれず」を例えば「そろそろ適齢 期」程度で止めておくのはどうだろうか。敢えて思考の中断である。

矢野千代子

特選句「初燕小字炭附(こあざすみつけ)街道へ」特に中七の固有名詞はバツグンの効き目です。

男波 弘志

特選句「蟇振られて鯉にしがみつく(小宮豊和)」エロスの本体は観念以上に肉体の現実にある。ここ にあるエロスは母が子供を産むときの、苦痛の歓喜に通低している。特選句「花杏窪みあらかた撫でら れる(桂 凜火)」窪みの反対にある膨らみ、それは女体そのもの、花杏はすでに滅びのエロスを匂わせている。 「右耳のいらぬ明恵上人蝶一頭」明恵にはもっと切迫感があった、確かに、そう❕両耳のいらぬ恵明か蝶一頭これは、僕が観た明恵だった。確かに。

菅原 春み

特選句「小さき眼に無限の野原青蛙」とても懐かしい平和な景色。季語が効いている。特 選句「メルトダウンの恐怖口中葡萄種」恐怖の暗喩が独創的。たいへん共感する。

漆原 義典

特選句「母の居た時間空間花吹雪」私も91才の母の句をよく創りますが、この句は母 と居て楽しかった時間がよく表現されて素晴らしい句だと思います。ありがとうございました。

吉田 和恵

特選句「癌告知 差し当たって野を焼こう」癌は珍しい病気ではなく治療もいろいろあり回復された人もたくさんいますが、やはり難しい病気には違いありません。激しい野火の後、静かな末黒野でゆっくりと再スタートを考えます。問題句「朧月ぼろん母さんの歯だよ(野﨑憲子)」なぜ歯なのでしょうか、お乳ならわかりますが。それではあたり前過ぎておもしろくないですね。 三年間海程集で見ていただいた武田先生や野﨑さんのありがたい言葉、とても嬉しいです。特に、私の中では架空の人であった武田先生を身近に感じました。「花見通信」は三百部程刷っていますが「海程香川」の皆様によんでいただけるのはこの上ない喜びです。ではまた。さようなら。

河田 清峰

特選句「夏籠や無音の風を吸う手水」夏籠の涼しさと吸う手水の冷ややかさが気持ちいい句です!

藤田 乙女

特選句「いつかある別れ楊貴妃櫻散る(島田章平)」今中国ドラマに夢中になっています。この句からさくらの舞い散る中に優雅に舞う楊貴妃の姿が浮かんできました。そして人間の愛の情熱と切なさ、無常、哀しみの心情がひしひしと伝わってきました。「菫咲く地に近きこと嬉しくて」すみれの花の可憐さやささやかに生きる喜び、小さな命の呟きが聞こえてくるようでした。

三枝みずほ

特選句「静電気なら通じるコンビニ春たそがれ」言葉、気持ち、思いなど沢山の通じな いものと共存している中で、静電気なら通じる(裏を返せば、静電気しか通じない)と感じる生きにくさや 孤独感がよくわかる。コンビニが上・下どちらの表現にかかっているのかが私には少しわかりにくかっ たが、この混沌とした感じがよくも思えてきて、不思議な作品だった。

中村 セミ

特選句「たとえなき遠くの牛に滴りぬ」この俳句の滴りぬの使い方が不思議なくらいに気 に入りました。滴りぬの意味ですが、1、液体がしずくとなって落ちる。2、みずみずしさなどがあふ れるばかりである。で、はなはだ勝手ですが、私の解釈では、何か思っている事が遠くの牛がまるで水 のようにしたたり落ちてしまう程強く思ってしまった。となります。非常に勝手なとらえ方ですが、そ う考えると、これはとても面白く思います。

豊原 清明

特選句「わたしひとりの九条の会花わらう」もはや、平和を説いても、誰も集まらなくなった。九条護る信念持つべし。問題句「桃風船ぬうつときえていく乳首」エロチック、エロチック、と思った。

柴田 清子

特選句「ランナーの手足青葉若葉かな(重松敬子)」季語の青葉若葉に全て語らせている省略のよく効 いた明るくて誰にでも一読わかる佳句。「花冷やしづかに愚か者は逝き」俳優萩原健一の大ファンでし たので、しみじみと…特選とさせてもらいました。

高橋 晴子

特選句「沖縄の短き春やジュゴン死す」ジュゴンの死は、私も辺野古の基地埋立が原因だと思う。繊細な生物に水中のいやな音がこたえたか汚れが滲んだか、短き春と、ジュゴンの死、抗議が届かずむなしいなあ。特選句「右耳のいらぬ明恵上人蝶一頭」何故、右耳がいらぬのか、なんて詮索はいらない、作者がそうかんじたのだろう。蝶一等も明恵上人に似て自由。ただ〝明恵上人”を、そのまま読むとするとあまりに散文的になるので〝右耳いらぬ”と〝の”をのけたらと、と私などは思うが。何となく面白い句。明恵上人の『夢の記』面白そうで、人物を感じさせて愉快。

野﨑 憲子

特選句「囀の伸びやかなるを父と思う」きっとお父様への追悼句なのだ。大らかで楽しい方だったに違いない。句跨りが伸びやかさを一層際立たせる。私なら「囀の真言めいて母と思う」合掌。問題句「顔へちる花息をして息をして(男波弘志)」瀕死の人へ手向ける〝花びら‶の呟きのように感じる。見事な省略とリフレーンに映像が立ち上がってくる。妬ましいほどの破調の魅力。もう一つの特選句とも。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

花散ってサヨナラまでが遠い道
島田 章平
臨時便出てゆく港花は葉に
亀山祐美子
花冷えやもう間に合わぬことふえて
三枝みずほ
花びらや愛しい人の肩先へ
野﨑 憲子
モンローの裾の潔癖花疾風
藤川 宏樹
焼印の厚焼卵十連休
亀山祐美子
兜太師の懐出でる春卵
中野 佑海
雉の卵令和の風を纏ふかな
野﨑 憲子
桃色の卵ありけり水菜もある
田口  浩
十連休
卵食ふ十連休の春かなし
島田 章平
ゴロリゴロリさはさりながら十連休
銀   次
十連休若き父親悩ますな
鈴木 幸江
バラ新芽十連休は一人居で
中野 佑海
十連休のあくび羊が飛び出して
三枝みずほ
少年に遠き母なり十連休
野﨑 憲子
十連休浦島太郎的気分
藤川 宏樹
港町カラスノエンドウから昼月
野﨑 憲子
日の丸にユニオンジャック花港
藤川 宏樹
女追って足跡消ゆる港かな
銀   次
夜の港に空白のあり未青年
田口  浩
酔ひ止めのきかぬ花びら港出る
亀山祐美子
平成は何の港と春思かな
鈴木 幸江
コンビニ
コンビニの深夜の明かり缶ビール
島田 章平
休耕田のコンビニとなり燕来る
中野 佑海
チューリップ歌うよ雨のコンビニよ
野﨑 憲子
神話大系コンビニの立ち読みに
田口  浩
コンビニで生れる恋や春の事故
鈴木 幸江
コンビニの世紀さくらどんどん散る
三枝みずほ
夫よりも影まで愛し吾が犬よ
鈴木 幸江
影ふかき春の石から消えてゆく
野﨑 憲子
影追ふてかくれんぼの春たそがれぬ
銀   次

【通信欄】&【句会メモ】

【通信欄】安西 篤◆「海程香川」句会報有難うございました。このところ雑忙に追われて失礼してい ましたが、十月大会に向け野﨑さん達が頑張っておられるのに気づき、自分なりの句の評価ぐらいは、 差し上げたいと思いました。先づ、(特選句)「3・11ひとりになれば一行書く(若森京子)」「アフリ カの太鼓の音よ春の土(豊原清明)」「あまねく光りよ弥生讃岐の糸車(野﨑憲子)」(秀逸句)「花期ながき 臘梅呵呵と師はありき(野田信章)」「雛の首くるり百姓一揆かな(増田天志)」「ほんとうの居場所はい つも菫咲く(河野志保)」(入選句)「水温む鎖骨は空を飛ぶかたち(月野ぽぽな)」「鶯とポニーテール の間かな(松本勇二)」「あらまあ世界中がたんぽぽです(伊藤 幸)」「夫という特異な他人内裏雛(野 口思づゑ)」「暮おそしお腹ぽっこり児の土偶(矢野千代子)」一応好みの個性に応じて三段階評価を してみましたが、実態は区別のつけられない内容だったと思います。

吉田 和恵◆「花見通信」NO.185所収「先日(3/13)「海程香川」の句会に初参加しました。 瀬戸内海は連絡船で何度も渡りましたが、橋が出来てから電車で渡ったのは初めてでした。句会は予め 投句された百三十余句の中で十句を選び、句評し合うというものです。深く考えもしないで、なんとな く選んで、さて、理由を述べてと言われて、はたと困ります。言葉は潜行するばかりで、「あー」とか 「うー」でやり過ごし隣の人の感想に「同感です!」と言って笑われたり。でも、そこはまあ。俳句の 取り持つ縁で何はともあれうららかなーこれから種蒔きを皮切りにいよいよ田んぼが始まります。そし て夏野菜の種蒔き、じゃが芋の植え付けと時に背を押されてやって行きます。

【句会メモ】句会が始まって、鈴木幸江さんの句の朗読の終わったころ、ゆっくり扉が開き小さな可愛い女の子が入ってきました。続いて、4か月ぶりの三枝みずほさんが登場! 参加者一同拍手拍手でした。こんなに小さな見学者は初めてで感激でした。女の子は、三枝さんのお嬢様で、ママの参加する句会を見てみたかったのだそうです。嬉しかったです。間もなく、階下で待っていらっしゃるお父様のところへ帰っていきましたが、句会の間中、若やいだ雰囲気に溢れていました。また来てくださいね!<袋回し句会>も、「十連休」や「コンビニ」などタイムリーなお題も出て、刺激的でした。次回がまた楽しみです。

【お知らせ】『天地悠々 兜太・俳句の一本道』の高松での上映が決定しました。5月31日の 開催です。ちょうど、翌日からの「海程香川」淡路島吟行参加の為、高松で前泊をされる月野ぽぽなさんが ゲストトークを快諾して下さいました。 ぽぽなさんは、先生が最後の入院をされる少し前に、 先生のご自宅(熊猫荘)で先生と会っていらっしゃいますので、その時のお話しも、お聞きしたいと願っています。 会場は三百余名収容のサンポートホール高松第1小ホールです。皆様、奮ってご参加ださい。

2019年3月28日 (木)

第93回「海程香川」句会(2019.03.16)

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事前投句参加者の一句

           
充実の晩白柚(ばんぺいゆ)に自由あり 鈴木 幸江
幼稚園児の「赤勝て白勝て」ひなあられ 中野 佑海
水の過去点字で話すリュウグウ 中村 セミ
3・11ひとりになれば一行書く 若森 京子
抽斗に春の記憶と合鍵と 谷  孝江
もの思うとき陽炎は生まれます 月野ぽぽな
蛇穴を出で乳呑み児がのむひかり 竹本  仰
亀蚯蚓鳴く世界なり我もいて 寺町志津子
ふり返へるともうぶらんこ揺れている 柴田 清子
花期ながき臘梅呵呵と師はありき 野田 信章
あらまあ世界中がたんぽぽです 伊藤  幸
虹の種ときに火の種保育園 三好つや子
売れて良し売れなくて良し婆に日永 小宮 豊和
河津桜大揺れこの身揺れてをり 高橋 晴子
フクシマといい沖縄といい蓮根太る 稲葉 千尋
水輝るやトトトトトトと春の音 藤川 宏樹
確かに猫は虹の根っこにつまずいた 大西 健司
小鳥を埋葬スノードロップ開き始む 新野 祐子
春のくさぐさの去来するくさぐさ 田口  浩
春二番ケバブ屋台の列まばら 高橋美弥子
囀りや「火の鳥」2巻返却す 野澤 隆夫
鶯とポニーテールの間かな 松本 勇二
満天の星空のもと被災地あり 田中 怜子
春愁やビニール袋の1g 銀   次
鳥曇り鎖のように背骨ある 榎本 祐子
夫という特異な他人内裏雛 野口思づゑ
佐保姫の鎖骨さらりとみせらるる 河田 清峰
一本松光の海に向かい合う 桂  凛火
鳥雲に約束ならば貝とした 男波 弘志
ほんとうの居場所はいつも菫咲く 河野 志保
集団の行動苦手菜の花黄 藤田 乙女
春立つやいのちの電話そっと受く 吉田 和恵
アフリカの太鼓の音よ春の土 豊原 清明
たんぽぽの絮吹く歯舞色丹へ 重松 敬子
佐保姫の裳裾を濡らす立ち尿 島田 章平
雛の首くるり百姓一揆かな 増田 天志
吾子遊ぶ沖縄の浜雲低し 佐藤 仁美
余生なお梅の薫りの只中に 小山やす子
自画像はみな後向き月朧  菅原 春み
絡みつく雄蕊の想い梅の花 高木 水志
陽炎にミモザの花の紙風船 漆原 義典
身をたたく雨だけを雨だとおもう 三枝みずほ
乙女らが酸葉噛んでるどっと水音 矢野千代子
菜の花や牛は鼻から近づきぬ 亀山祐美子
あまねく光りよ弥生讃岐の糸車 野﨑 憲子

句会の窓

中野 佑海

特選句「雛の首くるり百姓一揆かな」近日本の歴史をびっくりするくらい的確に十七音で言い得て妙です。阿波の人形浄瑠璃の頭を観ている様な臨場感すら覚えます。特選句「たんぽぽのぽたんぽぽぽた帰り道[藤田 乙女」ぽの字の 連続が足跡が道にずっと付いて残っているようで、自分の心残りも表して。また、明日も一緒に遊ぼうね!狸のぽんた!今月はとても盛り上がっていたようで、参加出来ず残念でした。

藤川 宏樹

特選句「蛇穴を出で乳呑み児がのむひかり」芯から光を発し透けるような乳呑み児。「のむひかり」が「蛇穴を出で」と響き合います。今月、高齢者仲間入りを果たした私に乳呑み児がいよいよまぶしく映ります。

増田 天志

特選句「鳥雲に約束ならば貝とした」貝は、正直。言葉うらはら、もう、こんなにも、目覚めているよ。

高橋美弥子

特選句「水輝るやトトトトトトと春の音」オノマトペが楽しい一句。あちこちで春が来たことを知らせてくれるようになりましたが、これは小川でしょうか。トトトトトトだけで春の楽しい気分や期待が伝わります。「と」の韻でより 楽しさがふくらみました。「水温む鎖骨は空を飛ぶかたち」こちらも好きな一句。確かに鎖骨ってそんなかたちをしています。問題句「確かに猫は虹の根っこにつまずいた」散文的にしたのは作者の意図であろうか。生きた猫とも死んだ猫と もとれる句。死んだ猫は虹の橋を渡って飼い主が来るのを待つとも言われている。無類の猫好きのわたしだが読みが幾通りも存在するなと思った。

島田 章平

特選句「春立つやいのちの電話そつと受く」立春とは寒中の厳しさの名残を充分感じつつ、意識を春へとゆっくり向けてゆく季語とある。青春と言う定まらぬ春。思い通りに行かぬもどかしさと膨らむ希望、その間で心は常に揺れる。 命と真剣に向かう最初の試練。おもわず手にする電話。掛け手の迷いを包み込む様にそっと受話器をとる手。迷う魂と救いたいと言う心が触れ合う一瞬。「命の電話」を「そつと受く」と言う表現で受け手の温かな心を表現した佳句。

若森 京子

特選句「亀蚯蚓鳴く世界なり我もいて」この世界は俳句界の事で有ろう。自分もこの粋な世界に身を置いている。一句自体が俳諧の世界である。特選句「虹の種ときに火の種保育園」泣き笑いの保育園の一日を表現しているのであろう 。〈虹の種〉と〈火の種〉の対比が面白い一句にしている。

稲葉 千尋

特選句「ふきのとうパンタグラフは火を放つ(増田天志)」パンタグラフの炎は青白いふきのとうとの取り合わせの良さと実感。

谷  孝江

特選句「3・11ひとりになれば一行書く」一度も戦争の無かった平成もあと僅か。でも決して忘れてはならない大変な事がいくつかありました。八年経っても十年経っても3・11は忘れられません。句の作者も、きっとひとりにな った時思いの行き着くのは3・11でしょう。日本人である限り誰もが同じです。日記の中の一行に書き留められたのでしょう。一行であればより思いが深まります。私もあの時刻には手を合せています。生き残った人たちもどうかお元気で との思いも込めて・・・・。

漆原 義典

特選句「夫という特異な他人内裏雛」は、老いも若きも夫婦という微妙な関係、信頼・愛情・感情の微妙なズレ、良き夫婦であるという隣人に対する装いなどいろいろな面を、「内裏雛」で良く表現していると思います。素晴らしい句 をありがとうございます。

佐藤 仁美

特選句「ふり返へるともうぶらんこ揺れている」この句を読んだ瞬間、空っぽのブランコが揺れている映像が頭に浮かび、春の風を感じました。特選句「菜の花や牛は鼻から近づきぬ」春ののどかな風景を、さらりと詠んでいるのに、 強烈に映像が出てきます。菜の花の黄色と牛の鼻の黒の対比、牛のゆっくりとした動き、鳴き声、暖かい温度、土の匂い…。私もいつか、このような句を詠みたいと思いました。

野澤 隆夫

特選句「春の雷結婚するって本当ですか(吉田和恵)」:「春の雷」。まさに結婚するんだ!という驚き!が目に見えます。結婚するんだと知った時の驚きと、ちくしょうと思う、うらやましさにあふれてます。特選句「アフリカの太 鼓の音よ春の土」:「春の土」に「アフリカの太鼓の音」を聞いたというスケールの大きさにビックリです。問題句「能書きを垂れぬデュシャンや春の水(藤川宏樹)」まずもって「デュシャン」が何かわからず?変わった飲み物かと思ったり して…。さっそくスマホで当たる。マルセール・デュシャン。フランスの芸術家だと。髭のあるモナリザ、自転車の車輪、便器も芸術作品になってる。どうも「能書き」を必要としない作品らしい。ビックリ!!した問題句。

野田 信章

「水温む鎖骨は空を飛ぶかたち」の句は、鎖骨二本の物象感を把えて、「飛ぶかたち」と言い切る気力に早春の大気の漲りを覚える。そこに句の若さがある。☆すでによく出来た句を認めつつ、そこに作者の素顔がうかがえる句に鮮度 を覚えつつ選句しました。春本番。26日は、桜の山の吟行会。先ずは、市内の江津湖や、水辺、動植物園の吟行会で素材を求めて即興・即吟・即物を試行したいと計画中です。 

大西 健司

特選句「フクシマといい沖縄といい蓮根太る」フクシマそして沖縄問題。様々に作者は憂慮し、もどかしさを覚えているのだろう。泥深く太る蓮根に生命の逞しさを思いつつ、再生への思いを深めているのだろう。そんな思いの深さに 共鳴する。

柴田 清子

特選句「3・11ひとりになれば一行書く」たった十七音に、遠くはなれている私には、思いめぐらすことの出来ない海より深い、今も続く思いが、この最後の『一行書く』で言い表せていると思ったりした。忘れてはならない3・1 1、永久保存短詩特選です。

田口  浩

特選句「春陰や壁の中何人かいる(柴田清子)」一読、ポーの「黒猫」を思った。上五が、「春陰の」ではなく、切れ字「や」が句をより深くした。陰惨にしたと言ってよい。壁の中に塗り込められた何人かのゾンビが見えてくる。春 陰の怪奇を詠み切っていよう。特選句「たんぽぽの絮吹く歯舞色丹へ」四島返還は内意に止めて、昔流行した「アリュシャン小唄」の一節を懐しむ。〝海を離れた歯舞にゃ、死んだ親爺の墓がある〟歯舞、色丹、美しい名前である。そこに日 本人の墓がある。春、たんぽぽの穂絮が飛んで行く。☆今年は桜が早いそうですね。平成が終ります。私はテレビはあまり見ないのですが、皇室番組は好きで時々見ることがあります。今上天皇や、美智子妃殿下の、お顔を見ていると、ガサ ツなココロがヤスラぎます。ご自愛ください。

中村 セミ

特選句「鳥曇り鎖のように背骨ある」季語の〈鳥曇り〉は秋冬を過ごした鳥達が帰ってゆく春の曇り空を示しているが、真に寒いところで生き、寒いところに帰る時も、空は鎖のような背骨を見せる。鳥達がとんでゆく光景か、寒い場 所へ大自然が見送るのかは分らないが、厳しいものを読んでいるこの句は好きだ。

高木 水志

特選句「売れて良し売れなくて良し婆に日永」年金暮らしのお婆さんが人と関わるために商売をしている姿を連想させる。日永との取り合わせが良い。

特選句「あまねく光よ弥生讃岐の糸車」なんと心地よい俳句でしょうか!たったの五・七・五、されど五・七・五から生み出される実に美しく豊かな詩情。上五の「あまねく光よ」によるスケールの大きさ。季節は弥生。今正にその光 を浴びている讃岐の糸車。そのピンポイント的表現により景が鮮やかに浮かび、作者の讃岐の糸車への愛着心もひしと感じた。句全体から生ずる宇宙一体となった伸びやかさ、大らかさ、明るさ。作者ご自身も、きっと懐深く大らかで、明る く、感性豊かな方に違いない。誠に魅力ある大好きな句である。

田中 怜子

特選句「蛇穴を出て乳呑み児がのむひかり」乳呑み児が口をあけて、ひかりが皮膚をとおって光るようなすがすがしさとかわ いらしさが希望を与えてくれるような、映像が浮かぶ句です。「帰る家ありさくら咲く並木あり」も、一市 井人のつつましい生活安堵感、喜びが出ていると思います。

☆3月19日に、興福寺中金堂落慶記念 東京特別公演に行きました。テーマは「天平文化空間の再構成」です。ロバート・キャンベル氏は「奈良と興福寺に関して」、多川俊映興福寺貫首の「天平文化空間の再構成」です。ここでは、キ ャンベル氏の話の中で興福寺のことは省略して面白いと思ったことを書いてみました。日本は1300年を超える文学の歴史、文字をもっての記録、心の記録は世界にはない(例えば中国では時代が変わると焚書ということがありますから)。 また、それを伝えるために写したり(写経では、書き写す専門官がいて、一字でも間違えるとえらいことだったそうです)また木版技術も精巧になったことで今まで伝わってきたのです。私も木版刷りの本を見たことあるし、持ってもいまし た。キャンベル氏は19世紀、文化文政期の前から幕末の初期までの日本文学を研究している方です。木版刷り、和綴じの本を読みこんでいます。当時の日本の知識人は、万葉集や古事記、源氏物語等の古典学を学び、長崎等から大陸やヨー ロッパの知識を取り入れていました。教養として知識を積み重ねたのですね、座学ですが。伊勢松坂生まれの本居宣長は、名文家として名高く、江戸時代の人は彼の本をすでに読んでいた状況だったそうです。そして弟子3,4人を連れて伊 勢松坂から奈良のほうまで旅をした行程を「菅笠日記」としてまとめました。宣長の時代には、女性も旅行するなど流行っていたそうですが、やはり旅は危険です。弟子の出身地の有力者に手紙を書いていろいろと案配をしてもらって旅をし ました。有力者のところで1,2日いて、すでに宣長の本を読んでいる村人たちに講義し、村人も宣長の謦咳に接して喜んだことでしょう。そしていくらかの謝金を貰いながら旅を続ける。彼は常に嗅覚を働かせ、村の人々と交流し、踏査し 、感覚器官をフルに使って、経験、体験を擬古文としてまとめあげたのが「菅笠日記」です。宣長は音に敏感で鐘の音のことなど書いてあるそうです。吟行も、あれやこれやの知識がある上で、その地に足を踏み入れ、その体験を五感を通し て得たものを句の形にする、俳句と文の違いはあっても似ているなと思った次第です。

銀   次

今月の誤読●「風を呼び沖へ沖へと二つ蝶(野﨑憲子)」。雄蝶と雌蝶がいた。二羽の蝶は恋仲だった。その蝶らは島の花畑で暮らしていた。日はさんさんと降り注ぎ、風穏やかで、蜜はたっぷりあった。なに不自由ない暮らしだった 。ただ雄蝶はときどき花に羽を休め、ふうとため息をつくことがあった。雌蝶はそれを慰めようとあれやこれやと技巧をこらした蝶の舞を舞った。だがあるとき雄蝶は決心したように「オレはここを出る」といった。「でもどこへ? ここは 島なのよ」と雌蝶はいった。雄蝶の答はこうだった。「ここではないどこかだ。ここではない他の場所だ」。と言いざま雄蝶は海へと飛び立った。「待って」、と雌蝶もあとを追った。最初は穏やかだった波も沖へ沖へと出るうちに、うねり を増していった。風も強くなった。雌蝶がいった「もう帰りましょう。もとの楽園に」。だが雄蝶は無言のままに先に進んだ。夜になった。月光が海を照らしている。だがどこにも陸地は見えなかった。二羽の蝶は疲れ切っていた。雌蝶は羽 をひと掻きしたままヒラリヒラリと海に落ちていった。雄蝶はそれを助けようと雌蝶を抱いて羽ばたこうとした。だがそれは無理だった。二羽の蝶は浮つ沈みつしながら海面へと落ちていった。物音ひとつしなかった。月光は鱗粉の小さなき らめきをうつしただけだった。それはだれも知らない、知るよしもない線香花火だ。あとにはなにも残らない。

鈴木 幸江

特選句「夫という特異な他人内裏雛」同性愛婚も認める国も増えている。夫婦の在り方にも多様性の認識が広がっている。作者は、夫という存在に“特異な他人”という認識を抱いているのだ。他人という言葉に温みがあるのは”内裏 雛“という季語の持つ歴史性の働きだろうか。現代における夫婦の関係を模索している姿にエールを送りたい。

三好つや子

特選句「水輝るやトトトトトトと春の音」春の雨粒をこぼさぬよう、受けとめている若葉のしなやかな動きが目に浮かび、いつしかそれが音に変わってゆく・・・。不思議な魅力に満ちた作品。特選句「父という箱舟揺れる桜貝(桂凛 火)」頼りきっていたものを一瞬にして失う恐怖。東日本大震災で親とはぐれた幼子の姿を思い出し、心が痛みました。入選句「春愁の積もる眼の底覗かれる(榎本祐子)」年を重ねるにつれ増えてくる目のトラブル。精密検査を受けた挙句、 医師から「加齢ですね」と告げられたときの淋しさに共感。

こんにちは。いつもお世話になります。三月十七日放送の、『高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある?』ー「壺春堂金子医院」の「蔵」の番組で、兜太先生の生家を拝見しました。甥御さんが先生そっくりで、懐かしかったです。田中 亜美さん、想像してたより、気さくな人ですね。先生の功績を風化させないためにも、記念館は、ぜひ実現してほしい。そして、現代俳句の中での兜太先生の役割を、自分なりに勉強しようと思いました。

矢野千代子

特選句「余生なお梅の薫りの只中に」馥郁と香る春の便りー梅の花もその香も大好きです。「余生」がいきいきと迫ってきますよ。いいなあーこんな余生はー。

桂  凛火

特選句「夫という特異な他人内裏雛」夫婦というのは不思議な他人であるというのは言い得て妙ですね。しかも明るく笑える所があるので心惹かれました。当たり前のようだけれど、新鮮な把握の仕方だと思いました。

竹本  仰

特選句「鳥曇り鎖のように背骨ある」:「鎖のように」に、共につながっている連帯のようなものを感じました。それは、あるいは枷ともなるものかも知れないが、お互いを結びつけるもの、いわば共有する価値観というものでしょう か。鳥の列の背後に見える、そういう価値観は、われわれ人間から見れば、骨肉の価値観と呼べるものかも知れませんが、我々が見失いかけた大事なものでしょう。一時、小劇場ブームにはまって足繁く、狭い劇場空間に向かわせたもの、あ の時も、あの犇めいた暗闇に、何か、みんな、絆のようなものを求めていたように、思い出しました。特選句「一本松光の海に向かい合う」:「向かい合う」として、主語が明示されないことで、多くの対照が想像されてくるのが、この句の 優れたところでしょう。たとえば、生者と死者とか、平和と災厄とか、被災者と一般人とか。シンプルな語の選択が、ふくみやふくらみを持たせているなあと、感心しました。特選句「兜太忌へ二月至純の熊の爪(野田信章)」つやつやとひか る熊の爪が、森の、雪の、中にあり、冬眠の熊のその深い眠りの息が、よみがえりを待つ、そんな息に変わってゆく。片や、深い眠りにある師の息と、自然の息とが、復活と再会を約し、呼応している。そんな大きな句として、とらえました 。特選句「身をたたく雨だけを雨だとおもう」自分の体験したものだけが確かなものに感じられる、それは当たり前のことなんだけれども、幼少期の体験が人生全体に占めるウエイトには、感歎をもって振り返るほかはないでしょう。たとえ ば、季語というものがあり、それは、他の季節との、横の位置関係をあらわすものの他に、過去に遡り、未来へのまなざしともなるべき縦の位置関係をあらわすこともあります。そういう垂直方向への、時間というのでしょうか、そういう匂 いの感じられた句です。何でしょうか、ふいに、季語なるものを考えさせられた、そんな句です。「読み」というのは、読みすすめる、ということでありますが、読みとどまる、読みとどめる、というニュアンスもあるんではないかなと、そ んなことも、連想いたしました。

田舎のお葬式、都会のお葬式、と連日、多忙な毎日が続き、やっと自分の時間が持てました。本日も、朝、これから、夜の十時まで、予定びっしりです、せめて、夜の十二時までには仕事を終わらせたい、そんな願いも、何日間かかなえら れず、今、こうして、早朝にメールできるのが至福の時です。みなさん、お元気で、よい一日をお迎えください。それでは、今後ともよろしくお願いいたします。

松本 勇二

特選句「乙女らが酸葉噛んでるどっと水音」酸葉という懐かしい葉っぱを乙女に噛ませて郷愁を誘います。そのあとに置いた、どっと水音、に勢いがあり元気をもらいました。

伊藤  幸

特選句「花期ながき蠟梅呵呵と師はありき」兜太先生が逝かれて一年。未だに信じられません。先生のあの豪快な姿、存在の大きさは千年語り継がれることでしょう。

BS放送「蔵の中には何がある」を見ました。そして、懐かしさと共に大きな感動と驚異を頂きました。兜太先生の遺句(短冊)や日記にも・・・。私達の知る先生と全く違った一面が次々と・・・。先生も俳句が出来ないと悩まれた時期 があったこと、若い頃の文字があの太い男らしい文字と全く違う優しい文字であったこと等。「金子兜太記念館」が楽しみです。

男波 弘志

特選句「蛇穴を出で乳呑み児がのむひかり」赤ん坊の無意識、それが蛇のひかりを呑むのだろう。無意識相にあるエロスを知覚すればよい。人間の感情が移入される、以前のエロス、無始のエロス、そう言ってもよろしい。「フクシマ といい沖縄といい蓮根太る」僕らが、死んだ、とか思っていること、宇宙の視野からすれば、そうではない。大銀河では死滅することはない、そこにあるのは明滅感だけだ。

吉田 和恵

特選句「あまねく光よ弥生讃岐の糸車」希望の光に満ちた弥生の讃岐。十月の大会の成功を暗示しているかのようです。 先日は、突然の参加にも拘らず温かく迎えて下さり感激しました。「海程香川」のスターの面々を知り、選句、 題詠みで頭の体操をして、ほっこりと帰路に着きました。新見からは、要所々々に温度表示があるのですが、一度づつ下がり家に着く頃には〇度になっていました。でも、温い余韻の中、ぐっすりと眠りました。本当にありがとうございまし た。会場では、選句に十分な時間がなかったのでインスピレーションだけでしたが、吟味の末、かなり異なった結果となってしまいました。   

初めての句会に弥生の瀬戸渡る        和恵     

小宮 豊和

「集団の行動苦手菜の花黄」ずばり本音を言った良い句だと思います。集団の行動に何の抵抗もなく同調していけるなどという方が薄気味悪いし、実際にはそんな人はほとんど居ないのではないかと思います。個性が強いほど妥協がむ づかしく、ストレスを感じる。しかし決して悪い状態では無い。そしてここから先をどう認識し、どう対処するかが人生の知恵だと思います。良い展開を期待したいと思います。原句に戻ると、上五、中七は動かず、下五について、いろいろ な才能や能力や技能が自他に貢献していけるよう、そんな下五を見付けたいものです。「ヒヤシンス」「朴の花」「牡(おす)の鹿」「猪(しし)の牡」・・・・。作者も読者も、季語一発にたどりついたらご披露下さい。

藤田 乙女

特選句「アフリカの太鼓の音よ春の土」アフリカのリズミカルで力強い太鼓の音が人間の命の躍動感や生命力と重なり、春の大地をたくましく生きるものの圧倒的な力を感じました。

月野ぽぽな

特選句「鳥曇り鎖のように背骨のある」背骨に感じる、重い違和感。それを中七・下五のように形象化された。身体的な苦痛なのかもしれないし、外界の事象に対する心的な反応なのかもしれないが、季語の働きによって春という季節 の持つ気怠さと響きあい読み手に分厚く伝わって来る。

重松 敬子

今月も良い句が多く感動しております。特選句「水輝るやトトトトトトと春の音」この擬音は、生活の中での身近な水の音を感じさせ効果的である。そう、私達はまず身近なことで、春の訪れを感じます。俳句の題材は、身の回りにい っぱいあるのだと、気付かされました。

新野祐子

特選句「花期ながき臘梅呵呵と師はありき」兜太先生のことですよね。呵呵がいいです。臘梅の質感も先生のイメージに合っていると思います。三月十七日の朝日新聞文化欄に、「金子兜太さん60年の日記」刊行の紹介記事が載って いました。多くの方、ご覧になったことと。「豪放磊落なイメージがあった金子さんが、実は内に繊細さを抱え込んでいたことがよくわかる」と、長谷川櫂さんが解説していました。呵呵と繊細さが同居する先生でしたのでしょう。入選句「 春愁の積もる眼の底覗かれる」眼底検査のあのルソーの絵のような色彩のはっきりとした図が浮かんできました。春愁って積もるものなんですね、それも眼底に。そう言われればそんな気がしてきます。入選句「吾が魂の腐水に流る梅一輪(銀 次)」腐水って何でしょう。自虐的?自己卑下?梅の鮮やかさが際立ちます。

菅原 春み

特選句「春二番ケバブ屋台の列まばら」季語がいい。春一番でないとことが。目に見える景色がいい。特選句「手の平に包む山繭魂のよう(稲葉千尋)」ぼのぼのとするような神秘的な山繭の存在。魂といいきったところに潔い。    

豊原 清明

特選句「あらまあ世界中がたんぽぽです」 個人的に大好きな山頭火や放哉と似た、おとぼけぶりが良い。たんぽぽはいまはフクシマの震災のイメージ。5・7・5からやや外れるのも好き。問題句「小鳥を埋葬スノードロップ開き始 む」 景色が浮かぶ。やや説明的。「小鳥を埋葬」が良い。

野口思づゑ

野口思づゑ◆今回は選んだ句はどれも同等の好感度なので、特選句はありません。「舟となり柩旅立つ梅の朝」実際に棺が流れて行くかのように自然に移動したのでしょう。大往生だったのか明るい旅立ちだったに違いないと感じさせてくれ る句。「アフリカの太鼓の音よ春の土」アフリカの太鼓の土に響くアフリカの太鼓の音が聞こえてきた。「余生なお梅の薫りの只中に」幸せな余生のようで、こちらも嬉しくなります。「菜の花や牛は鼻から近づきぬ」鼻から近づく。本当に そうだと思います。

河野 志保

特選句「コンプレックスの息で風船ふくらます(榎本祐子)」リズムに危うさがあるかもしれないが、新鮮さを感じ惹かれた。風船をふくらませている顔や仕草は誰しも少し滑稽。それは劣等感を抱えて生きる人間の懸命さも感じさせ る。実感の巧みな表現に伝達力光る。

小山やす子

特選句「3・11ひとりになれば一行書く」3・11のあの難に遭遇した人の生きざまが一行書くでひしひしと感じられる名句と思います。

河田 清峰

特選句「ひだり手はつかわない手で鳥雲に(男波弘志)」つかわない手と謂われると不思議なおもいにさせられ鳥雲にの季語に響いてくる!好きな句です!よろしくお願いいたします~

三枝みずほ

特選句「フクシマといい沖縄といい蓮根太る」蓮根太るを生命力だと肯定的に捉えていたが、ふと今の状況を考えると、太った蓮根の穴が塞がっていくような閉塞感を感じた。泥水に沈まぬうちに。見通しが真っ暗にならぬうちに。考 えさせられる作品だった。

高橋 晴子

特選句「菜の花や牛は鼻から近づきぬ」当り前の景だがこういわれてみると面白い。菜の花の明るさに牛の顔がよく見える。特選句「兜太忌へ二月至純の熊の爪」〝至純の熊の爪〟は、兜太氏の存在全体の在りようを言っているのだろ う。純粋で暖かい人だった。

亀山祐美子

特選句「砂をかむ靴を逆さに鳥曇に(柴田清子)」海辺を歩き靴に入り込んだ砂を、立ち止まり「靴を逆さに」して取り除く作者と空と波音と。景がよく見える。省略がよく効いている。「ひだり手はつかわない手で鳥曇に」も面白い と思った。そう言われればそうだなぁと納得させられた。「竜天に北斎享年九十五」も好きだが合い過ぎかなとも思う。皆様の句評楽しみにしております。一日の寒暖の激しいおり、ご自愛くださいませ。

野﨑 憲子

特選句「ほんとうの居場所はいつも菫咲く」そこに立てば、ずっと昔に居たことがあると感じる場所がある。私には、俳句道場のあった養浩亭から荒川岸に降りた所。そこにはいつも、スミレの花が咲いていた。菫は不思議な花である 。問題句「鳥雲に約束ならば貝とした」:「芸術とは呪縛である」とは、岡本太郎の言。そんな力強さがこの句にはある。「鳥雲に」が少し予定調和と思うが、魅力の作品である。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

しゃぼん玉
ぶつかつてひとりになつてしやぼん玉
野﨑 憲子
しゃぼん玉大きくなあれ春月に
銀   次
摺り足の靴下に穴シャボン玉
藤川 宏樹
あくびして天までとどけしゃぼん玉
野澤 隆夫
当り前などど言う奴しゃぼん玉
鈴木 幸江 
しゃぼん玉退路を断ちて眺めおる
佐藤 仁美
ラジカセに謡(うたい)の流る春の闇
野澤 隆夫
君との闇梅の香りのやわらかし
吉田 和恵
春の闇女詐欺師に片えくぼ
藤川 宏樹
月朧薄闇に向かひ舟を出す
銀   次
十戒
秘密だよ十戒と居る春の月
佐藤 仁美
「十戒」を踏めば西からどつと蝶
野﨑 憲子
十戒をすべて犯して恋の猫
島田 章平
十戒に触るミッツの素足かな
藤川 宏樹
春泥にまみれし十戒酒あおる
銀   次
葱みそ
祖母ありしねぎ味噌入れておまんじゅう
吉田 和恵
もてなしの葱に味噌付く囲炉裏端
藤川 宏樹
葱みそや妻の実家に義兄(あに)独り
島田 章平
のどけき日ねぎみそなめるトイプードル
野澤 隆夫
葱みそと人肌の燗春の宵
佐藤 仁美
わからない
蛇出ずるわからぬままに行き先の
吉田 和恵
大試験「わかりません」と返答す
野澤 隆夫
わからない汚れ目見せて山笑ふ
野﨑 憲子
わからないどちらでもない葱坊主
島田 章平
宇宙に死分らないたら分らない
鈴木 幸江

【句会メモ】

16日の句会に、新見市から吉田和恵さんが初参加され、句会がとても賑わい嬉しかったです。17日には、先生の甥御である金子医院長桃刀様のご案内で、壺春堂の母屋と蔵がテレビに紹介されました。金子先生が軍事郵便で父伊昔紅氏 へ送った手紙に俳句作品も掲載されていました。その中には、先生の代表作の一つである「魚雷の丸胴蜥蜴這い回りて去りぬ」も有りました。入営前の先生の髪も見つかったそうです。9月の先生の生誕百年を記念しての記念館開館が、今から楽しみです。

冒頭の絵は。讃岐富士といわれる飯野山の桃畑のスケッチで、藤川宏樹さんの作品です。

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