2026年7月26日 (日)

第174回「海程香川」句会(2026.07.11)

万智のイラスト虹と女の子.jpg

事前投句参加者の一句

 
うごきますゴールがたまに缶ビール 藤川 宏樹
日雷途上途上で生きのびて 松本 勇二
あめんぼう何処に住んでも仮住まい 布戸 道江
坂の上から捕虫網がやって来る 大西 健司
緑蔭の時間と遊ぶ園児たち 津田 将也
嘘ひとつ光となりぬ青葉かな 各務 麗至
だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花 植松 まめ
夏痩せてすぐ前髪に触るる癖 小西 瞬夏
住み慣れし此処がまほろば青田風 大浦ともこ
沖縄忌軍の狭間の島田知事滝澤 泰斗
原爆忌日は休みなく立ち上がる 豊原 清明
麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き 松岡 早苗
分け入りて我を探すや青山河 末澤  等
嗚呼やっとハイビスカスに夜がくる 河西 志帆
初夏の白い砂糖の陰掬う 中村 セミ
ほうたるや前世の答へ合せめく 木村 寛伸
蛇衣の一つは私のものがたり 吉田 和恵
阿修羅像その眉解けぬ五月闇 柾木はつ子
一日を壊さぬように沙羅の花 佐藤 詠子
鎌倉に生まれて住まず金魚玉 菅原 春み
愛国心とはからすびしゃくを裏返す すずき穂波
なんとなく不燃体質半夏雨 三好つや子
宵涼し角の灯りの青果店 花舎  薫
花桐や大事な本を返しに行く 佐孝 石画
青田波讃岐平野は元気だぞ 漆原 義典
巨大鯰プリピチャチ川に影踊らせ 新野 祐子
台風一過 多摩川土手にヤブカンゾウ 田中 怜子
父の日や父の言葉が今更に 綾田 節子
心太深海魚の目で見つめられ 増田 暁子
煌くシャンソン夏至の日の転生 山下 一夫
幾億光年旅して鈍き梅雨の月 河田 清峰
背中だけの夏蝶愛はパラドックス 竹本  仰
裸電球逃れた金魚箱の隅 遠藤 和代
鉄路のカーブ赤いランプに浮きて夏 時田 幻椏
ヨイトマケ愛あるのみと薔薇歌ふ 三好三香穂
持ち歩く顔のひとつや半夏生 亀山祐美子
匿名でいられる街の半夏生 河野 志保
手が触れるまでが恋です素足です 柴田 清子
子を捨てて白い日傘の振り向かず 淡路 放生
ポニョポニョとステップ軽し月夜茸 樽谷 宗寛
目覚めれば妄想のなか吾茸 岡田 奈々
鯵捌くその手でくるり母を看る 川本 一葉
すこやかに一人自由青葡萄 疋田恵美子
金魚掬ふごとく言葉を待ちにけり 岡田ミツヒロ
拝けいのつたなくふとき夏見舞 矢野二十四
老鶯の一鳴き辺り静まりぬ 出水 義弘
目も眉も薄らいでゆくはは半夏生 福井 明子
何も残さぬ句談義貴し青葉騒 野田 信章
蹴る蹴るシュートけろけろと蛙 十河 宣洋
半夏生言い尽くせない恩がある 伊藤  幸
その奥にわが空のあり楠若葉 高木 水志
ヨイトマケあなたに贈る百万本の黄バラ 田中アパート
朱夏の脚入れて大海原となる 月野ぽぽな
白南風やフェリー到着まで五分 向井 桐華
ほうたるや捨てられ上手といふ女 銀   次
年表に『戦』は消えぬか夏銀河 藤田 乙女
軸足は水田にずぶり差したまま 榎本 祐子
何卒の戦や束の花煙草 荒井まり子
台所立ちたるままにすもも食む 薫   香
ガウディの塔や天道虫の夢 松本美智子
水無月や和菓子に残る水の音 重松 敬子
指涼しなめらかに鶴折りあげて 和緒 玲子
戦争や脳はももいろなめくじり 若森 京子
夏蝶の羽化閉架書庫ひらく 三枝みずほ
傘と服お洒落にまとめ愉し梅雨 野口思づゑ
髪洗う仕留める時間ならあげる 男波 弘志
七月の風のたましひ爪を切る 野﨑 憲子

句会の窓

大西 健司

特選句「さっきまでそこにいたのが私の家守(河西志帆)」。そう言われてもなあと言いたくなる。お気に入りの家守だろうか。面白い。

小西 瞬夏

特選句「朱夏の脚入れて大海原となる」。脚を「朱夏の脚」と限定されることで、いつもの脚が特別な存在となる。またその身体から大海原へと世界が広がってゆく大胆さ。「となる」という口語の言い切りも潔く景を切り取っている。

松本 勇二

特選句「坂の上から捕虫網がやって来る」。捕虫網により、夏の空の青さや子供たちの明るい笑い声など夏へ向かう高揚感が象徴的に浮かびます。俳句は象徴詩であることがよく分かる一句です。

十河 宣洋

特選句「だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花」。啄木は借金の天才。啄木の短歌はしみじみと響いてくるものが多い。啄木が金田一京助の家に顔を出すと奥さんがいやな顔をしたと聞く。必ず借金をしていくから。その借りたお金で遊女を買ったなどと日記に書いてある。この日記はローマ字で書かれている。という。じゃがいもの花と取り合わせると薯が怒りそうである。特選句「梅漬けよか君が好きならしょうがない(植松まめ)」。今年から梅干しを作るのは止めようか。夫婦の会話である。でもまあ、あんたがそうしたいのならつけようか。少しなら手伝うよ。といったところ。二人の阿吽の呼吸。

矢野二十四

特選句「髪洗う仕留める時間ならあげる」。こういう女性には男はかなわない。(作者が男性なら取り敢えず笑う)「 雲の峰子は突然に走り出す(岡田ミツヒロ)」。子の動きは予測不可能。そこにこそ雲の峰のような未来がある。「なんとなく不燃体質半夏雨」。同感です。私ももやもやした存在です。「裸電球逃れた金魚箱の隅」。逃れたのがよかったのかそれは分からないが、景に郷愁あり。「持ち歩く顔のひとつや半夏生」。人に素顔はない。今日の顔は今日だけのもの。「匿名でいられる街の半夏生」。物事には両面があるから面白い。「夏蝉は飛ぶ勢いで反射せり」。生き物は考える前に反射神経で生きている。蝉に夏はいらない。「時計屋も本屋も閉じる蝉時雨(菅原春み)」。地方の実情ではある。ノスタルジーのある句。「指涼しなめらかに鶴折りあげて」。<なめらかに>が指にもかかっており<涼し>に艶めいたものがある。「夏蝶の羽化閉架書庫ひらく」。二物配合が上手くついている。

若森 京子

特選句「だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花」。上五が長すぎる一句だが,これが言いたかったのであろう。啄木と言う詩人の名前を入れて,じゃがいもの花。私にはこの三つの発語が上手く綾をなして,一人の男の力を抜いた生き方が,でも啄木の詩が浮かんで来る豊かさも人生に見えて惹かれた。特選句「軸足は水田にずぶりと差したまま」。農耕民族である日本人は,何処にいようと心根にはこの情感から抜けきれないのでは,と歳を重ねる毎に思う。食料難になるかもとの不安から,若者達も自給自足考えている者も少なくない様だ。

津田 将也

特選句「日雷途上途上で生き延びて」。非常に力強く、現代を生きる作者の実感の伴った人生の俳句として頂きました。秀句です。

岡田 奈々

特選句「自我ぷるる舌にほどけて桃ゼリー(榎本祐子)」。このくらい素直に自分を出せたら最高です。特選句「青梅はやがて梅干し生きようぜ(若森京子)」。みんなわらをもつかむ青春を過ぎ、やがて年取って、梅干しの様に味のある生き方をしたいものです。「日雷途上途上で生きのびて」。日照りの前兆日雷。人生色々な事が起きて、頭悩ます事多々ですが、その時その時過ごしていけば良い。「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。風に吹かれ、水に流され。人生は仮住まいの様なもの。やがては全て捨てて行く。「緑陰の時間と遊ぶ園児たち」。木蔭のある間、園庭で遊べる。「住み慣れし此処がまほろば青田風」。正に住み慣れた吾が故郷に勝ること無し。「分け入りて我を探すや青山河」。故郷の山のなんと青く活き活きしたことか。私たちのルーツ。「嗚呼やっとハイビスカスに夜がくる」。ハイビスカスは美輪明宏さんのこと。いつも大きく咲いて、皆を導いてくれていた。やっと、お勤め終わったんですね。「向日葵よ愛とナガサキ語り継ぎ」。美輪明宏さんの語り口。数々の含蓄ある語り有難うございます。「朱夏の脚入れて大海原となる」。暑かった脚が、海に入った途端、大海原と同化する。海の偉大さ。♡体調悪いので、7月もお休みします。また、宜しくお願いします。→ご体調のお悪い中のご選評ありがとうございました。また句座を囲める日を心待ちにしています。

樽谷 宗寛

特選句「鯵捌くその手で くるりははを看る」。お母様の看護の様子手に取るようにわかるきつと常日頃お母様のそばにいなければいけない状態では?看取りをふかく考えさせる句でした。

藤川 宏樹

特選句「麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き」。今ならガソリンより高いペットの水を平気で買うが、麦茶はぐつぐつ母が沸かしたものだった。炒った麦の香りに「沖縄B52北爆へ」の二段抜き、戦ある世はいつになっても変わらない。

河野 志保

特選句「嗚呼やっとハイビスカスに夜がくる」。長い1日の終わり、労働の後の句だろうか。鮮やかなハイビスカスが夜の始まりを印象的に告げている。

柴田 清子

特選句「一日を壊さぬように沙羅の花」。沙羅の花の咲いて散り敷くまでが、全て言い尽くされていて、静かな佳句となっている。

木村 寛伸

特選句「手が触れるまでが恋です素足です」。現代俳句としてかなり魅力的な作品。特に評価したいのは、恋の一瞬を「触れるまで」という時間で切り取ったこと。 「素足」という季語で身体性を与えたこと。 会話体を用いながら余韻を残していること。 恋愛を甘く描くのではなく、「届く寸前が最も恋らしい」という感覚を、夏の素足に託した一句。読後には、触れそうで触れない距離の緊張感と、夏の空気の温度が静かに残る。これは作者ならではの感性がよく表れた作品と言える。問題句「戦争や脳はももいろなめくじり」。衝撃的な一句。「ももいろ」と「なめくじり」の生理感覚が戦争への痛烈な批評となっている。読む人を選ぶが、挑戦的な表現として評価できる。「嘘ひとつ光となりぬ青葉かな」。「嘘」が「光」へ変質する飛躍が印象的。「蛇衣の一つは私のものがたり」。「蛇衣」を脱皮=人生・記憶・自己の更新へと転化した一句。読者に物語を委ねる力あり。「一日を壊さぬように沙羅の花」。繊細な感覚が美しい。「壊さぬように」という措辞が秀逸。「持ち歩く顔のひとつや半夏生」。現代人の「仮面」を半夏生に重ねた一句。「金魚掬ふごとく言葉を待ちにけり」。言葉を待つ感覚を金魚掬いで可視化した比喩が美しい。「梅雨晴れ間およそ家族を干し上げる(吉田和恵)」。「およそ」が効いていてユーモアと生活感あり。「その奥にわが空のあり楠若葉」。「わが空」が人生観にまで広がり、品格がある。「てんと虫私の半分乗せて去る(河野志保)」。童話性と哲学性が同居。「私の半分」が様々に読める余白あり。

川本 一葉

特選句「目も眉も薄らいでゆくはは半夏生」。年齢を重ねると毛は薄くなり目も小さくなる。薄らぐというのは忘れることなのかもしれない。あっという間に半夏生の旬は終わる。人の一生は長いのか短いのか、それはその人その人だろう。お母さんへの鎮魂歌のような、少し恐ろしさもある。

福井 明子

特選句「阿修羅像その眉解けぬ五月闇」。阿修羅像の表情、あの眉の、秘めたかなしみの深さを眼にうかべてしまいます。この世のあまたの解決のできぬ苦悩を「阿修羅像」と「五月闇」がくっきりとみせてくれるようです。「解けぬ」は「ほどけぬ」か「とけぬ」、どちらで読ませるのかな、とわたしは迷いました。

野田 信章

特選句「鎌倉に生まれて住まず金魚玉」。生国とは人にとって重たいものである。「鎌倉」ともなれば歴史の厚みのある景勝地としても注目されるところである。一読、一句の立ち姿の際立ちの中に覚える品位のある清涼感も単に「金魚玉」の配合だけではない。中句に込められた「住まず」という打消しの修辞に裏打ちされた矜持の確かさあってのことかと思う。

疋田恵美子

特選句「沖縄忌軍の狭間の島田知事」。世界の情勢、周辺国の倫理なき行動・言動、誠に不安定な世となりました。現状への対応の難しさでしょうね。特選句「半夏生言い尽くせない恩がある」。私にも同感の思いがあります。半夏生が実に良い。

各務 麗至

特選句「父の日や父の言葉が今更に」。父の日だから思い出したのもあるだろう。母の日には母の言葉が蘇えるだろう。そんな亡くなった父や母だけでなく、まわりの師友の言葉にも今更に教えられたと気づくことがある。特選句「戦争や脳はももいろなめくじり」。戦争はNOとでも取れそうだし、それでもきれいごとのようなももいろで、なめくじの動きのように遅々として見てくれの悪さばかりで世界は動いている。両句とも、とても書き切れない深い重いものを感じて慄然とする。

佐藤 詠子

特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。あめんぼうの身の軽さに作者の人生観を感じた。あめんぼうも人もこの世では仮住まいである。諦めではなく、逆に何処に住んでもその地に慣れてしまう人の姿も垣間見れてユーモアを残している句。特選句「夏蝶の羽化閉架書庫ひらく」。この感覚の句が好き。説明がない分、余白からぐっと伝わってくるものがある。夏蝶の羽化で生命力で溢れ光が生まれた。閉架書庫は図書館で一般利用者が入れない書庫。図書館員に閲覧を申し出てから読むことができる本が置かれている、いわば蔵書が眠っている暗いイメージ。そんな閉架書庫から持ち出された本と夏蝶との取り合わせが面白い。本もまた人にページを開かれて価値が生まれる。この全く違う二者を「ひらく」という言葉で命が吹き込まれた実感がして、とても聡明な句だと思う。問題句「素足より目覚めてをりぬ窓の風(川本一葉)」。朝の無防備な身体感覚とゆるい時間に共感できた。けれど「窓の風」がちょっと私には固く感じられた。「窓に風」ではどうでしょうか。風が「おはよう」と起こしにやって来た感じで。

花舎  薫

特選句「住み慣れし此処がまほろば青田風」。その通りとしか言いようがない。まほろば、青田風という言葉が美「瑞穂国」を喚起させる。家や街という物理的な範囲に限らず、今あるものや時間を尊ぶということだろう。

榎本 祐子

特選句「坂の上から捕虫網がやって来る」。簡潔に書かれた不思議な面白さ。人の存在が隠れているからだろうか。

淡路 放生

特選句「花桐や大事な本を返しに行く」。百姓家の土蔵を書庫にしている先輩がいた。彼はそのころ高等学校の教諭をしていて、著書の『讃岐句碑めぐり』は、よく読まれていた。仲間内では校正の鬼と呼ばれていた、土蔵の書庫にはよく本を借りに行った、この句を読んでそのころの私を思った。自転車で<大事な本を返しに行く>のだが、その行き帰りにはこころが弾んでいた。たしか花桐が匂っていたこともあった。

和緒 玲子

特選句「麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き」。麦茶を煮出すという日常と新聞が大きく報じる戦争の非日常。新聞を握る手触りがあり、どんどん濃くなってゆく麦茶の匂いが場面を満たす。特選句「ガウディの塔や天道虫の夢」。サグラダファミリアの聳え立つ塔と、上に上にと登る習性の天道虫の取り合わせ。メインタワー完成という時事を上手く取り入れつつ、互いの天への希求を詠んだ。

男波 弘志

寸感「鎌倉に生まれて住まず金魚玉」。実は自分も鎌倉の近所に生まれています。その土地の魅力は計り知れません。ですから余計になつかしくなるんでしょう。金魚玉のむこうに由比ガ浜が観えます。 秀作。

藤田 乙女

特選句「その奥にわが空のあり楠若葉」。見上げた楠若葉は明るく青空に映え命の息吹や生命力を感じます。そして「わが空のあり」からは、希望や夢に向かって日々を生きようとしている生気あふれる作者の姿や強い思いがよく伝わってきます。明るく希望を抱かせる句です。特選句「ヨイトマケあなたに贈る百万本の黄バラ」。「あなたに」は「ヨイトマケ」を唄った美輪明宏さんへの作者の深い思いと共にご自身のお母様への思いが同時に伝わってきました。百万本の黄バラを贈りたいのは美輪さんとご自身のお母様なのでしょう。「一万本」でも「千万本」でもなく「百万本」が良く効いているように思います。「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません。この世のすべての問題を解く鍵は愛です。愛があれば戦争なんか起こりません。」の美輪さんの最後のメッセージを噛み締めています。

吉田 和恵

特選句「老鶯の一鳴き辺り静まりぬ」。待ちに待った初音から特に今年は存在感がありますが、老鶯の一声で静まるという所に説得力があります。老鶯を若手芸人もて余す、とか。

河西 志帆

特選句「坂の上から捕虫網がやって来る」。何だか可笑しいですよね。捕まえるぞーって、向こうから歩いてくるみたい。こういう句が好きです。難しい言葉を詰め込み過ぎないのがいいんですよ。だから映像がはっきり見えるんですね〜。「梅雨明け待つ校庭の隅棕櫚束子」。この風景知っています。部活少女だったんで、体育館やらその周りを掃除しました。ちびたようになった束子!学校の掃除を生徒がするのが、外国から見たらありえないとか。びっくりよ。「鯵捌くその手でくるり母を看る」。自宅で居酒屋をして、離れの部屋で母を介護していました。ベル🔔を鳴らしてくれると、走っていきました。鯵の南蛮漬けをよく作ったものでした。くるり!がいいです。沁みてきます〜。

河田 清峰

特選句『年表に「戦」は消えぬか夏銀河』。8月になると戦で亡くなった沢山の人たちが銀河となっている。

野口思づゑ

特選句「うごきますゴールがたまに缶ビール」。缶ビールをゴールにしたてサッカー遊びをしている子供や大人たち。缶ビールに焦点を当てて、サッカーワールドカップに夢中になっている社会現象までも描かれている。特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。事実として、あるいは心の声として、どちらであれよく理解できる。「手が触れるまでが恋です素足です」。恋の一つの定義なのでしょうか。「鯵捌くその手でくるり母を看る」。食事の用意をし、お母様のお世話をしている日々の一コマが巧みに描かれている。「拝けいのつたなくふとき夏見舞」。ハガキでしょうか、子供が頑張って書いているのか、手が不自由になってしまった方からなのか。♡ 暑中おみまい申し上げます。香川県も大変な暑さなのではと想像致します。 おかげさまで、シドニーは17度と、ちょっと寒いかな、程度ですので文句は言えません。→ 17度ですか!メールから涼しい風が吹いてきました。ありがとうございます。

末澤  等

特選句「父の日や父の言葉が今更に」。 40年以上も前、30歳代前半の頃に父親から種々のことを言われ、その頃は「時代が変わってきているのに何を言 ってるんだろう・・・」と思って聞き過ごしていました が、社会経験や子育てなどを経てこの年になってくると意味合いがよく分かってきました。 今更ながら、父親に申し訳ないと思う気持ちで一杯です。

植松 まめ

特選句「麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き」。麦茶を沸かすごく日常の生活のなかにも戦争は人のこころを蝕んでいる、ぐつぐつがよく効いている。特選句「背中だけの夏蝶愛はパラドックス」。美しくて危険な恋か、妖しい森に迷いこんだような……。本文

月野ぽぽな

特選句「分け入りて我を探すや青山河」。大自然の癒しの力、人間が自然の一部であることの、潔い比喩だと思いました。

時田 幻椏

特選句「初夏の白い砂糖の陰掬う」。今回一番の秀句と思います。美しく爽やかな静寂を頂きました。

伊藤   幸

特選句「原爆忌日は休みなく立ち上がる」。原爆忌・終戦忌を前にして採らせて頂きました。原爆後の惨状は映像の中でしか知ることはできません。しかしながら何があろうと日はまた昇るのです。そうであったからこそ今の広島が長崎が日本があるのです。戦の絶えないこの地球に燦燦と光溢れる日が早く訪れるよう祈るばかりです。特選句「ヨイトマケあなたに贈る百万本の黄バラ」。苦い思いはすべてプラスになると説いてベストセラーになった「正負の法則」、愛があれば戦争は起こらないという格言でも多くの人の心を支えた美輪明宏さん。思いは後の世まで受け継がれていくことでしょう。

松岡 早苗

特選句「夏木立まっすぐ奥の旧校舎(三枝みずほ)」。旧校舎へと続くまっすぐな夏木立の道。そこには作者の子ども時代の思い出がいっぱい詰まっているのでしょう。奥まった旧校舎までの距離は、大人の作者が、少年・少女時代へ一歩また一歩と時を逆走していくための時間のように映りました。特選句「鰺捌くその手でくるり母を看る」。魚を捌いて食べる当たり前の日常。他の生き物の命を頂かなくては生きていけないのが現実。しかし、そもそも人間と鰺に命の軽重があるのか。平気で残酷なことをしているのではないか。お母さんの看病でその大切な命に向き合っているからこその心の引っかかりが伝わって来ました。

大浦ともこ

特選句「麦茶ぐつぐつ戦の報の二段抜き」。麦茶を沸かすという平和な日常に忍び寄る空気を新聞の見出しで表現していて今の不穏さが伝わってきて考えさせられます。特選句「匿名でいられる街の半夏生」。住み慣れた街に時に抱く閉塞感を”匿名でいられる”という状況と比べてみたりした。季語の半夏生が効果的と思います。

布戸 道江

特選句「一日をを壊さぬように沙羅の花」。沙羅の花のはかなさ。「盆栽のため息ひつつ夏至の月(野﨑憲子)」。ため息と夏の月の取り合わせが絶妙。「白南風やフェリー到着まで五分」。実景、実感が直線で飛び込んで来る。「今を生き明るくくぐる茅の輪かな(漆原義典)」。今を大事に、同感です。「水無月や和菓子に残る水の音」。美しい写真のよう、涼感が伝わる。

佐孝 石画

特選句「一日を壊さぬように沙羅の花」。「壊れる」ではなく「壊さぬ」とあることで、ささやかな日常に向けられた「希い」のようなものを感じる。「一日」を、脆くてすぐ崩れてしまいそうな道程とふいに幻視した、作者の感性に大いに共感する。沙羅の花の眩しさをきっかけに、作者の胸の奥深くから何でもない「一日」の儚さが湧き出てきたのだろう。

田中 怜子

特選句「青田波讃岐平野は元気だぞ」。気持ちよい句、産土を直に愛する気持ち。こういう良いところに、人の好さにつけこんで、変な政治家が選ばれるんです。北陸も。困ったものだ。美輪明宏さんが亡くなった。ぶれない、芯があり発信力のある方だ。惜しい‼

豊原 清明

特選句「手が触れるまでが恋です素足です」。ひととひとと触れ合う姿に好感。現代でも、心がひとと寄り添い、好い。問題句「茫漠とイルカに鳴かれオイル危機(津田将也)」。一読しても、意味が解らなかった。語は知っていますが、それが何なのか、無知を思い、「茫漠と」が好きでした。

新野 祐子

特選句「愛国心とはからすびしゃくを裏返す」。からすびしゃくとは半夏生草のことですよね。それを裏返すのが「愛国心」?あまりのわからなさが魅力でした。作者の解説を是非お願いします。 ♡すずき穂波さんの自句自解「愛国心とは」がいま日本で問われている。ややもすれば戦前のあの「忠誠心」になりかねない。日本人の心、日本の文化を大切に思う気持ちと、あの忠誠心が「愛国心」という一語の中に、表裏一体となって隠れている危険性。「からすびしゃく=半夏生」の葉は表面だけがお化粧を塗ったように白い。花が終わると裏面の緑と化す。現代の若い人たちにも「愛国心」なる語の異和感を伝えられたらとの思いで作りました。→穂波さん、有難うございました。

岡田ミツヒロ

特選句「枇杷を剥くシワシワの手と小さき手(布戸道江)」。クローズアップされる二つの手のリアル「シワシワの手」と「小さき手」そこから溢れ出る自身の境涯への感慨や幼子への情愛、日常生活の一コマを描いて広々とした心情の世界へと誘う確かな表現力に感銘。枇杷という素材の選定も実に行き届いている。特選句「だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花」。啄木の私生活がふしだらとして悪し様に難じる人が時々いる。そんな時には「だめ男でいいじゃん」とアッサリ受け流すのがいいのかも知れませんね。

薫   香

特選句『月涼し「綺麗ですね」のあとの黙(木村寛伸)』。沈黙の中に、いろいろな感情がうごめいていますよね。

銀   次

今月の誤読●「指涼しなめらかに鶴折りあげて」。毎日、朝早く起き出して縁側で鶴を折る。真っ白い鶴を一羽だけ。それがわたしの夏休みの日課だった。そうすると、なんとなく祖父が喜んでくれる、そんな気がするからだ。祖父が亡くなったのは去年の夏だ。思い出をいっぱいつくってくれた。こうして鶴を折るのを教えてくれたのも祖父だったし、暑い盛りの川遊び、西瓜の種の飛ばしっこ、涼しい夜の線香花火、みんなみんな祖父との懐かしい思い出だ。鶴を折るたびそんなあれこれが浮かんでくるのだ。そして一羽だけ折って桐の箱にしまい込む。それが祖父との遊びのような気がするのだった。八月の終わり、いつものように鶴を折り、箱に入れようとすると、驚いたことに桐箱は空っぽになっていた。ふと庭を見ると数十羽の折り鶴がいっせいに羽を広げ飛び立とうとしていた。いや実際に紙の羽をパタパタさせ、蝉しぐれのなか朝日に向かって飛んだのだ。紙のはずなのに風のなか羽ばたいていったのだ。わたしは夢中で庭に飛び出し手を振った。祖父の麦わら帽子をかぶった姿が見えたような気がした。夕方、縁側を掃いていると、一枚の白い紙が落ちていた。開くと折り目だけが残っていた。わたしはその紙を箱のなかに入れ、祖父との夏をこころにしまい込んだ。

増田 暁子

特選句「蛇衣の一つは私のものがたり」。「私のものがたり」に惹かれました。蛇が脱皮していくまでの過程を想います。特選句「持ち歩く顔のひとつや半夏生」。相手によっては自分の顔が違う現実。季語がよくあっています。

漆原 義典

特選句「手が触れるまでが恋です素足です」。男組で育ち、大学は工学部土木工学専攻で、恋の経験が皆無の私にとっては、恋は憧れでしかありませんでした。 恋と下五の素足の取り合わせがいいなぁと思います。

柾木はつ子

特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。この地球の何処に住んでもなのか、それともこの世に生きていること自体が仮の世と捉えるのか、漂泊の魂を思います。特選句「住み慣れし此処がまほろば青田風」。先の句とは対照的にしっかりと大地に根ざした生き方を思います。何れも人間の有り様として肯えます。

出水 義弘

特選句「ポニョポニョとステップ軽し月夜茸」。此処の木にも彼処の木にも段々となって着生している状況を、月夜の下で楽しく踊っている様子と受け止め、ポニョポニョと擬態語で滑稽に表現している。明るい句である。特選句「傘と服お洒落にまとめ愉し梅雨」。プラス思考が良い。童謡の「雨雨降れ降れ母さんがーーー」を思い出した。

竹本  仰

特選句「日盛や昭和を劃るように貨車(男波弘志)」:加藤楸邨の〈ながきながき春暁の貨車なつかしき〉を思い出しました。昔、踏切で数えた貨物列車の長かったこと、あれははやる心があっての長さだったなと今は気づくのですが、日本列島の大動脈をあの振動は伝えていたのでしょうね。その貨車がぽつんと老兵のようにたたずんでいるのを見るなんて、かつては思いもかけなかったことでしょうが、そのぽつんはさながら鏡に映したわが若き日を抱えた今の姿ともとらえたんでしょうか。特選句「青葡萄ほどの幸せ聖書措く(大浦ともこ)」:茨木のり子さんの詩「六月」に〈どこかに美しい村はないか〉という冒頭の句があって、その雰囲気を感じました。そうですね、この句の背後に何かしらそんな憧れのようなものがあって、高らかな声の後の、かなり時間の経ったあとの、夕暮れどきの静かな声という気がして、そんな一瞬に身を置きたいものだなと、そんな憧れも感じました。特選句「軸足は水田にずぶり差したまま」:軸足というのがいいですね。誰しも仕事というのはそんなものであって、抜いては生きていけないもの。造次顛沛ではないですけれど、ほんの瞬時の判断に、この軸足がさっと浮かんでくる。生きる上でのリアルな姿、なまなましく感動した次第です。

綾田 節子

特選句「蹴る蹴るシュートけろけろと蛙」。サッカーワールドカップも決勝戦を待つのみ。蹴る蹴るとけろけろの語感も良いし。シュートに蛙の取り合わせ、楽しく頂きました。

高木 水志

特選句「ほうたるや前世の答へ合せめく」。儚く光る蛍の光に、この世に生まれる前のことを重ねている作者の感覚に共感した。

菅原 春み

特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。ぴったりの季語を得て納得することしきりです。生きている限り仮住まいですものね。特選句「住み慣れし此処がまほろば青田風」。ここがまほろばと言い切れる潔さに感服です。青田風がとりわけ心地よい。倖せをシェアーしていただいた。

向井 桐華

特選句「七月の風のたましひ爪を切る」。「風にたましい」を感じる七月と、爪を切るという日常的な行為。これが八月だと当たり前過ぎるが、七月を季語に持ってきたところがよいなと思いました。

中村 セミ

特選句「蛇衣の一つは私のものがたり」。交通事故で左腕を失って以来、失望したままいたが、ある日、鏡の前で右手でクリームを肌に塗っていると、私の流れる涙を左手の指が、拭っているのだ。鏡には映らない、見えない命の枝。

山下 一夫

特選句「あめんぼう何処に住んでも仮住まい」。一読、郷里を離れ都会暮らしに走りがち、転職や転勤で住居を転々させがちな現代人をあめんぼうに託していると受け止めましたが、実は肉食なあめんぼうの生態を知ると居所を変えながら人々から搾取していく無頼な人物像も浮かんできました。漂泊ということでは共通。あめんぼうイメージの軽さを感じる句ですが、それが無常観に通じているところあるようです。特選句「初夏の白い砂糖の陰掬う」。 中七までの爽やかな情景が下五で俄然(それこそ)陰影に富むものに。白い砂糖に伴う「陰」というのは視野に入ってはいてもなかなかそれとして取り出しがたく着眼点が秀逸。いろいろな意味を投影できるかと思いますが、私的には、砂糖を手に取ったときの意外な重さと「陰」からある種の鬱屈を感じます。材質感も秀逸です。問題句「梅漬けよか君が好きならしょうがない」。 二者間の会話の一節。発話している人は梅漬けが嫌いあるいは梅は漬けるのではなく他の処理(例えば梅酒)をしたい。言いぶりから直前に意見の対立があり仕方なく折れた様子。やさしい人物。「君」は相当すねたのか。何と言ったのだろう。そんな二人の関係は、と誤読に向かいやすく楽しめます。

三好つや子

特選句「だめ男でいいじゃん啄木じゃがいもの花」。詩情あふれる歌からは想像できないほど、借金と浪費を繰り返し、若くしてこの世を去った啄木。藤沢周平の小説「白き瓶」によると、明治の歌壇に彗星のごとく現れ、若い歌人に深く影響与えたとか。この小説の主人公である長塚節の歌は知らなくても、啄木の歌は誰もが知っている。天才とはそんなものかもしれません。特選句「匿名でいられる街の半夏生」。自分を知った人がいない街に住む。開放感の中にふっと湧いてくる淋しさを、陰影のある半夏生という季語が、うまく作用して心に響きました。「持ち歩く顔のひとつや半夏生」。たぶん憂鬱な顔なのでしょう。いろんなストーリーが想像でき、切ない感じがしました。「指涼しなめらかに鶴折りあげて」。折り鶴にいそしむ指に平和を祈る指が見え隠れし、惹かれます。

荒井まり子

特選句「義母といて道化役する梅雨晴間(佐藤詠子)」。来し方を振り返れば胸の傷みをと。季語に救われます。 宜しくお願い致します。

亀山祐美子

特選句『あめんぼう何処に住んでも仮住まい』。高校の下宿に始まり生家を出て五度転居した。その数が多いのか少ないのか。仮住まいの意識は常にあった。今となってはほんの一瞬の邂逅の積み重ねであり、今に落ち着く道程だったのだと納得しているが、今さえもあの世への仮住まいなのだとも思う。「あめんぼう」という水に対峙する生き物のあり様が仮住まいを覗き込むような飄々とした無常観を醸し出しこの句を引き立てています。本当に季語の設定は大事ですね。

滝澤 泰斗

特選句「なんとなく不燃体質半夏雨」。梅雨時の今頃の雰囲気を表現したところが気に入りました。共鳴句「メケ・メケや銀巴里遠くなりにけり(田中アパート)」「(追悼 美輪明宏)向日葵よ愛とナガサキ語り継ぎ」。影響を受けた、兄貴の様な美輪明宏氏が亡くなった。佐高信氏のサンデー毎日こコラム「政経外科」の中曽根康弘批判が懐かしい。「トンネルをくぐると世界過去の夏(中村セミ)」。いろいろな読みのできるトンネル・・・・私のトンネルは、故郷の信州と都会を繋いだ信越線の碓井峠のトンネル。18の春まで過ごした信州、そして、両親健在の毎夏の帰郷・・・「レース編み星の神話を指に聞く(三好つや子)」。レーズ編で星でも編んでいたのか、神話を指に聞くで詩情豊かになった。「音読す伝道者の書喜雨の中(新野祐子)」。素晴らしい時間の一カットを切り取った。

三枝みずほ

特選句「髪洗う仕留める時間ならあげる」。相手に隙を与えているようで、主導権を握っているのは私。髪を洗うという日常的な行為から、一人の人間の生き様、覚悟を思わせる言葉の斡旋が巧み。

松本美智子

特選句「日盛りや昭和をくぎるように貨車」。昭和のノスタルジックな世界と貨車の取り合わせが妙でした。ガシャンガシャンと音まで聞こえてきそうです。日盛りの季語との取り合わせもこの句に合っていると思いました!

遠藤 和代

特選句「母と娘のあやとり蜘蛛の巣の光(松本美智子)」。母と娘の怪奇極まりない感情のやり取りをあやとりと蜘蛛の巣で表していてぐっとこころをつかまれました。最後の蜘蛛の巣の光は、それでも母と娘は光を求めて、絡んだ紐を解きほぐしながら光を求めていく。

野﨑 憲子

特選句「何も残さぬ句談義貴し青葉騒」。青葉騒も句談義していると強く感じさせてくれる心躍る一句。「海程香川」の目指す句会そのものです。その場限りで、しかも熱くて楽しい、お互いに元気をいっぱいもらって帰る場。そこには何の掛値も忖度もない。ただ俳句を愛する人の集まり。それが「海程」でもありました。この場から生まれる愛語の句が、ブログから世界へと広がり世界平和の小さな鍵になると信じています。「嗚呼やっとハイビスカスに夜がくる」「メケ・メケや銀巴里遠くなりにけり」「ヨイトマケあなたに贈る百万本の黄バラ」「煌くシャンソン夏至の日の転生」「ヨイトマケ愛あるのみと薔薇歌ふ」本年六月二十日に九十一歳で他界された美輪明宏さんの追悼句を挙げさせていただきました。美輪さんは、十歳の時、長崎で被爆されました。生前最後のメッセージを今一度。「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません。この世のすべての問題を解く鍵は愛です。愛があれば戦争なんかおこりません。」と、まさに愛語の遺言ですね。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

青嵐
青嵐や君のまごころ飛ばしゆく
末澤  等
風青し兄の手帳より押し花
和緒 玲子
肩先に花びらひとつ青嵐
野﨑 憲子
抽斗に妻が釣書青嵐
藤川 宏樹
青嵐古い時計が息を吐く
銀   次
マウンドの投手は不敵青嵐
大浦ともこ
青嵐見上ぐる喉の仏かな
三好三香穂
白黒も緑も青も風涼し
三好三香穂
扇風機ぬるし余震の報がまた
和緒 玲子
特選やまだ首振りを扇風機
藤川 宏樹
風の香や本当の声を聞かせてね
末澤  等
風邪が治つたら学校へ来い入道雲
野﨑 憲子
風吹いてひと夜の夢を流しけり
銀   次
風凪ぎて海に船浮く安息日
大浦ともこ
石鹸玉
とり戻すんじやない大逆転だ石鹸玉
野﨑 憲子
しゃぼん玉風のかたちにゆれている
銀   次
決めつけはやめてください石鹸玉
藤川 宏樹
シャボン玉試しに吹いて誉めて友
藤川 宏樹
青葉木菟しゃぼんの泡の太りゆく
和緒 玲子
ミュージカルラストはシャボン玉の飛び
三好三香穂
日傘
母今も父のマドンナ白日傘
大浦ともこ
天使にも悪魔にもなる夕日傘
野﨑 憲子
日傘とじ手のひら返して背中向け
末澤  等
和日傘や浴衣の袖に風匂う
銀   次
絵日傘や姉に小さな泣き黒子
和緒 玲子
くるくると日傘まわして小学生
三好三香穂
星降るやどの煩悩に貢ごうか
藤川 宏樹
ガリレオの天動説や星涼し
三好三香穂
流木や不思議な星のものがたり
野﨑 憲子
星涼し眠れぬ町を影として
銀   次
星空や百合が咲いたと君の言ふ
和緒 玲子
揺れている雫のピアス夏の星
大浦ともこ

【通信欄】&【句会メモ】

7月11日の高松での句会は。いきなりの猛暑の中での開催でした。体調を崩された方もあり、十人足らずの連衆で句座を囲みましたが、事前投句の合評に、袋回しに、とても楽しく豊かな時間を過ごしました。

待望の『第5回「海原」全国大会㏌福井(10月17日~19日)』の案内が「海原」誌に掲載されました。師の「よく眠る夢の枯野が青むまで」の句碑や、永平寺、一乗谷朝倉遺跡吟行など、今から楽しみです。私も参加の予定です。遠方に住む本会の連衆の方々にもお会いできたら嬉しいです。

2026年6月27日 (土)

第173回「海程香川」句会(2026.06.13)

万智のイラスト紫陽花の水たまり.jpg

事前投句参加者の一句

                                                                                                
奥伊勢の蛇渕庵より初蛍 河田 清峰
夏蝶に触れてわたしの薄れゆく 木村 寛伸
閉校やただの樹となる大銀杏 吉田 和恵
たかだかと石鎚そよぐ風ひかる 末澤  等
小満や部屋のかたすみたれかゐる 亀山祐美子
梅雨出水鷺はすくっと佇めり 出水 義弘
待ち時間梅花藻の花のほつほつ 榎本 祐子
青芝の遥かかなたは摩天楼 田中 怜子
俎板に刻む薬味や夕薄暑 大浦ともこ
風光る地縁血縁六十年 疋田恵美子
古書店の黴の香歴史の森に生く 増田 暁子
沖縄忌僕ら時間の家に住む 豊原 清明
ため息で蕎麦すすりをり梅雨来たる 銀   次
死のうかと死んでいくもの うらやまし 田中アパート
ああそれも知っていました花は葉に 男波 弘志
這い上がれ蛙おれたちゃ地球力 竹本  仰
死に近き人の書斎や熱帯魚 菅原 春み
田水張る地球好きやし女子が好き 藤川 宏樹
改札を出て噴水に乗り換える 布戸 道江
峰々に神坐すひかり山開き 津田 将也
雑踏を君の夏帽一直線 十河 宣洋
デコトラに風神雷神虹やんちゃ 岡田 奈々
愛猫の小さき骨つぼ栗の花 向井 桐華
十薬の白さ集めて帰ろうか       高木 水志
きっぱりと着物断捨離夏に入る 柾木はつ子
山を縫う送電線や時鳥 植松 まめ
叡山の兜太の言の葉落し文 若森 京子
空が白紙過ぎ何も進まぬ六月 野口思づゑ
ナイターや夫の寝息を補聴器で 山本 弥生
水俣忌ひかりのつばさ沖より来 野田 信章
白玉や生き方はもう問われない 佐藤 詠子
データ消え欲するものを問うて夏 薫   香
麦秋や昭和男の晴れやかさ 漆原 義典
藤籠編む小指のささくれ五月尽 綾田 節子
遠雷や波間漂う硝子壜 大西 健司
子育てに虫たち足りず燕来ず 滝澤 泰斗
羅を選り好みして淋しがる 柴田 清子
すぐ飴を噛んでしまひし梅雨の窓 川本 一葉
夜明けかなうっすら上澄み液でいます 佐孝 石画
赤翡翠の声で求愛してみるか 新野 祐子
蝶の目礼オリーブの花がさいた 福井 明子
手脚持て余し転ぶ子夏帽子 花舎  薫
鳳仙花少し嫌いで少し好き 三好つや子
人の名を葉桜の奥で見失う 河野 志保
梅雨の月もう追ってこない交差点 山下 一夫
塩辛とんぼ離俗蕪村の指震へ すずき穂波
方舟に乗れず歯痒い蚯蚓かな 荒井まり子
春窮を語る祖母なし牛馬なし 松本 勇二
君がさう言ふのならさうキャベツ剥ぐ 和緒 玲子
七夕や会いに行く駅今はない 遠藤 和代
落日やゴーヤ無心に揺れている 重松 敬子
紫陽花の花房重し恋軽し 三好三香穂
夏燕曲がりきれない道がある 三枝みずほ
前髪切ろう氷水甘ったる 松本美智子
胎動のぽこぽこぽこと茗荷の子 藤田 乙女
百本のバラが愛語にゆれている 淡路 放生
母の日や庭一面をチチコグサ 樽谷 宗寛
曇天や時間は止まつて蛞蝓 各務 麗至
思い出す潜水艦が顔に出る 中村 セミ
弔いて雨の雫を慈しむ 伊藤  幸
燕来る週末だけのベーグル屋 松岡 早苗
青胡桃子に密やかな志 岡田ミツヒロ
戦争を知らない家族のバーベキュー 森本由美子
俺の空に白シャツ白く乾きけり 小西 瞬夏
水の墓たぶん来世も螢 河西 志帆
台風一過黒雲に透く縄文の青 時田 幻椏
牛蛙ぶぉーんと沼の鼓動する 矢野二十四
蹠からあふるる虹よ戦あるな 野﨑 憲子

句会の窓

 
松本 勇二

特選句「赤翡翠の声で求愛してみるか」。ヒュルルルと頼りなげに鳴くアカショウビン。その声色で求愛しようと考えている様子に諧謔性があふれます。自信のない心中もほの見える一句です。

小西 瞬夏

特選句「小満や部屋のかたすみたれかゐる」。「小満」という季語の斡旋に理が通っていないところが魅力。ややわかりきらないもどかしさもあるが。見えないものの存在、それは何かこれから満ちていこうとするエネルギーのようなものということだろうか。

矢野二十四

特選句「育休や砂場を曲がる蟻の列(小西瞬夏)」。意味よりも、テーマに対する具象の仕方が妙。特選句「君がさう言ふのならさうキャベツ剥ぐ」。口語調ながら句がシャープ。ワンカットの切り取りが上手い。「 ドラマーにふっと獣臭旱星」。頭ではなく生理的に鑑賞する句。「真剣に蚊柱立てているところ」。近頃は蚊柱も見なくなった。「真剣に」面白味あり。「改札を出て噴水に乗り換える」。夏を迎えることを能動的に具象化。「夜明けかなうっすら上澄み液でいます」。 心境を上澄み液で具象。上五で俳句らしくした。「梅雨の月もう追ってこない交差点」。追われる者の切迫感あり。見え隠れする月に微かな安堵感。「あめんぼや転んで終わる鬼ごっこ(菅原春み)」。 幼子の動き描写が巧み。季語にも景・幼児性・遊びあり。「前髪切ろう氷水甘ったる」。大人への脱皮。景の描写が巧み。「古着屋に彼と似たシャツ青葉雨(佐藤詠子)」。季語の使い方や景に若い感性あり。

木村 寛伸

特選句「閉校やただの樹となる大銀杏」。学校の象徴であった大銀杏が、閉校によって「ただの樹」に戻るという発見が秀逸。説明を超えた喪失感と時間の流れがあり句意が深い。特選句「死に近き人の書斎や熱帯魚」。生と死の距離感が印象的。熱帯魚の鮮やかさがかえって死を浮かび上がらせている。金魚ではなく熱帯魚であることで、生の鮮烈さや異界感が生まれている。「夕紫陽花ついてくるのはあなたなの」。淡い不安と懐かしさ。「毒瓶はあの夜の森のやうしづか」。不穏な物語性。「囀りや気のいい彼の葬の列」。故人像が鮮明。「愛猫の小さき骨つぼ栗の花」。「小さき骨つぼ」が切実。「夜明けかなうっすら上澄み液でいます」。海程らしい前衛句。「梅雨の月もう追ってこない交差点」。別れや決別の物語性。「七夕や会いに行く駅今はない」。喪失感と七夕の季感。問題句「死のうかと死んでいくもの うらやまし」。俳句として受け取る前に言葉の強さに圧倒される。切実さはあるが、季語もなく、独白として読まれる危険性を孕む。

若森 京子

特選句「閉校やただの樹となる大銀杏」。黄金に輝いている時は本当にきれいだが,散ってしまった後の銀杏の樹はただの樹,その落差は激しい。閉校になる寂しさを象徴するような措辞として上手く喩として表現している。特選句「毒瓶はあの夜の森のやうしづか(和緒玲子)」。病院など毒瓶は特別な場所に鍵をかけてしまわれている。いつか体験した夜の森の静けさが想起される。この一句から距離感がある様で死はいつも生と表裏の如くあるのではと感じる。

豊原 清明

特選句「塩辛とんぼ離俗蕪村の指震へ」。最近、蕪村句集、岩波で買って、しばらく読んで止まっていました。蕪村好きのこの句は良い。問題句「落日やゴーヤ無心に揺れている」。 落日に無を憶える。食べて無心に今日を送る。

樽谷 宗寛

特選句「叡山の兜太の言の葉落し文」。叡山兜太師落とし文と言の葉の無駄がなくリズムが良い。この落し文は作者の中に いきいきと今も残っています。18年前 海程に入会1年後 比叡山 句会に参加当時の様子が懐かしく思い出されました。

各務 麗至

特選句「正しさの少し傾ぎてえごの花(木村寛伸)」。正しい、とは、どういうことなのだろう。地球社会ではあくまで人間的な特権的解釈で、戦争も自然破壊も食肉生活も常套化?正当化?して、その正しさにしても思想や主義主張に地域別人種別の思考にも左右されて千差万別とも言えそうで、少し傾げて折り合うしかないそれぞれのエゴも「えごの花」たれと。何か全世界への警鐘のようにも見えてくる。特選句「胎動のぽこぽこぽこと茗荷の子」。胎動のぽこぽこに続いての茗荷の子が、今にも産まれそうな可愛さと芳香を伴った胎内の赤ちゃんにも思えてしまう。花穂の息吹に感激して、胎内にも・・・・、こういう句は言いようのないいのちを感じさせてくれます。問題句「死のうかと死んでいくもの うらやまし」。思い通りに死んでいけた人がうらやましいのか、いやいや心裏が「やまし」いのか。それこそ生きてこそ・・・、やましい気持はない。

藤川 宏樹

特選句「雑踏を君の夏帽一直線」。旅行、病気、孫しか話の種にならないこの頃。雑踏の中そこだけ光が当たる夏帽の「君」を見出す、青春真っ只中のあの頃。半世紀ぶりの感覚が甦りました。

福井 明子

特選句「蹠からあふるる虹よ戦あるな 」。最近の、耳を、眼を、ふさぎたくなる戦争報道に「戦あるな」が胸をゆさぶります。「あふるる虹」に、対立でなく、認め合いの精神が、こめられています。「蹠」という言葉に、その願いが心底深いこと、強いことを、感じさせます。

十河 宣洋

特選句「夜明けかなうっすら上澄み液でいます」。夜明けの風景と言うより作者の心の揺曳感が伝わってくる。静かな混じりけのない気分。今日一日が待っている気分。充実感。特選句「君がさう言ふのならさうキャベツ剥ぐ」。君と少し考えが違うが、まあ、それでもいい。キャベツを剥ぎながら気持ちを切り替えている。キャベツを剥ぐ手に力が入る。

増田 暁子

特選句「夜明けかなうっすら上澄み液でいます」。夜明けの様子の表情を現して上澄み液が素敵です。

津田 将也

特選句「夏蝶に触れてわたしの薄れゆく」。夏の強い日差しの下で、現実と非現実の境界線が曖昧になる瞬間的な一句です。静かで深い、内省が強く感じられます。

三好つや子

特選句「夏燕曲がりきれない道がある」。夏燕の直線的な飛び方と曲がりくねった道路の対比を通して、迷路からぬけだせない、若さゆえの葛藤が句に込められ、心に響きました。特選句「牛蛙ぶぉー んと沼の鼓動する」。以前、よく見かけた牛蛙ですが、今はめったに見ることができません。牛蛙の太くて淋しい声の形容に、懐かしさと アニミズムが息づいています。「囀りや気のいい彼の葬の列」。亡くなった人の爽快な生き方が想像でき、とても惹かれました。「デコトラに風神雷神虹やんちゃ」。ゲリラ豪雨を走りぬけたデコトラ。雨上がりの虹の表現がユニーク。

男波 弘志

寸感「白玉や生き方はもう問われない」。大変恰幅のある人物であろう。近代は情報の坩堝の中でもがいているひとばかりだが。自己が生き切った、そう強く実感したならば、もう世人のことなどどうでもよかろう。自己が自己ではなく、造化そのものになった。そういう境地に住しておられる。秀作

三好三香穂

特選句「青胡桃子に密やかな志」。子が何歳なのでしょうか、青年期の方と思います。志を立てる、それも密やかな志。まだまだあなたは青いけど、応援しているよ、という暖かい眼差しを感じます。爽やかな前向きの句。

布戸 道江

特選句「七夕や会いに行く駅今はない」。再開発の駅で乗り換えるのは苦労する、地下鉄が3階とか。未来に向かって駅はどんどん進化する。「夏燕曲がりきれない道がある」。燕は直線的に勢いよく飛ぶ、曲がり角は苦手と思う。「俺の空に白シャツ白く乾きけり」。独り占めの今日の空、白いシャツを干す、俺の空、白く乾くが素敵、気持ちいいスカッとした句。

大西 健司

特選句「蝶の目礼オリーブの花がさいた」。繊細な感性を佳しとした。蝶の動きの微かな震えだろうか、目礼と捉えた妙。オリーブの花の控え目な美しさも良い。

榎本 祐子

特選句「田に水がツバメが俺に風よこす(竹本 仰)」。一面に水を張った田の上を風が渡り、燕が飛翔し風を起こす。その風が身に及ぶとき土地へ、景へと心が染み入るのだろう。「俺」「よこす」のぶっきらぼうとも取れる物言いにも温かみがある。

佐藤 詠子

特選句「ああそれも知っていました花は葉に」。最初に読んだ時は知ったかぶりな人なのかなと思った。しかし下五の「花は葉に」で印象が逆転。葉桜になることは知っていたという無常の悟りを醸し出している。移りゆく自然の摂理を受け入れている作者。諦めというより変わりゆくものを美しく思う静かな余白を感じる。特選句「改札を出て噴水に乗り換える」。日常の動線から感情を詩的に変化させた表現が上手。交通手段ではない噴水に乗り換えた…つまり、体ではなく心が電車から噴水に移動したという。噴水の持つ開放感。読む側も清涼を感じた。問題句「前髪切ろう氷水甘ったる」。惹かれた句。文法的に接続しにくい上に読み手に解釈を委ねすぎている感もした。私の解釈は、氷水が甘ったるいから前髪切ろうという感じ。溶けかけた氷水の甘さは気怠さを表していて、そんな自分を変えたくて「前髪を切ろう」というシャキッとしたい決意がちらっと見える。現代的な生々しさに共感した。

中村 セミ

特選句「夏蝶に触れてわたしの薄れゆく」。私は川沿いにあるいていた。青緑の蝶が一頭、耳元で「私の全てを見せてあげる」と言うと、着物を着た能面をつけた女になった。着物をさらりと脱ぐと真っ裸だったが至る所に、青と緑の羽根で包まれていた。能面をとり顔をみせた。蝶そのものであり羽根を広げて羽ばたけば、青緑の粉が飛びかい私は川の中へ顔から堕ちていった。私は記憶が遠ざかるとともに、あの女は、前世の自分で、夜に抱かれる蝶だったと、わかった。

和緒 玲子

特選句「前髪切ろう氷水甘ったる」。下五の突き放したような止め方にまず惹かれた。前半の前髪切ろうとの繋がりに正直迷ったが、生活の中の瑣末な決意を氷水の甘ったるさが後押ししたのかなと読んだ。毎日はこうした小さな決意で成立してるのかも知れないと思わせてくれる、そんな読後の心地良さがある。特選句「水の墓たぶん来世も蛍」。水辺に生まれ水辺に死んでゆく蛍。蛍視線で書かれていて、来世も蛍に生まれて来ることを悲観はしていない。むしろ矜持さえ感じる。儚いけれど確かな命の讃歌。

河西 志帆

特選句「君がさう言ふのならさうキャベツ剥ぐ」。映画「君に読む物語」の大好きなシーンを思い出しました。彼女に「君が鳥だと言うなら、僕も鳥だ」って言うんですよ〜!さっぱりとしたこのキャベツ🥬いいわあ〜♡。「老犬は念入りに嗅ぐ梅雨走り」。我が家のロコは14歳になりました。黒ラブです。大型犬なんで私より年上かもしれません。確かによく嗅いでいますね。目も悪くなっているけど、鼻だけは健在です。「鳳仙花少し嫌いで少し好き」。分かりますよ。この感覚。一番好きだったと思っていた人を、一番嫌いになる事もあるけどね。少しだったらいいじゃない。このぐらいが丁度いい。

淡路 放生

特選句「羅を選り好みして淋しがる」。初夏の女性のこころが微妙に美しい。特選の所以である。

柴田 清子

特選句「死のうかと死んでいくもの うらやまし」。季語がない。十七音のつぶやきのようではあるが、今の私には共感できるところがある。特選句「君がさう言ふのならさうキャベツ剝ぐ」。相手の気持を大切にしているさわやかな人柄が<キャベツ剥ぐ>で成功していると思った。

高木 水志

特選句「おのずから自分に疲れ切る素足(柴田清子)」。信念をもって歩み続ける作者の素足は疲れ切っているのだが、そうは言いながらも充実感を感じる。

河田 清峰

特選句「改札を出て噴水に乗り換える」。梅雨開けて早く噴水に乗って飛んで行きたい!

松岡 早苗

特選句「夜香蘭部屋の鍵だけ残りをり(矢野二十四)」。ヒヤシンスの咲く春が来たのに、悲しい別れが待っていたのですね。小花の醸すかすかな香りと冷たく光る鍵に、寂しさが集約されているようです。特選句「蝶の目礼オリーブの花がさいた」。「蝶の目礼」という捉え方が面白く、オリーブの白い小花と蝶の取り合わせが初夏らしい。

川本 一葉

特選句「正しさの少し傾ぎてえごの花(木村寛伸)」。ちょうど正しいということについて考えていた。正しいことは良い。でもその正しさに息苦しくなる時がある。それは四隅もぴったりの正しさ。ちょっとふんわりの正しさでないと息ができづらい。少し傾ぐ、そんな具合。えごの花は美しくて怖い。やはり正しさは怖い。

野田 信章

特選句「春窮を語る祖母なし牛馬なし」。「なし/なし」と重ねた修辞の打ち消しの効果もあって、在りし日の「祖母」や「牛馬」たちも生き生きとした姿で甦ってくる。「春窮」の語句も歴史的意味合いを識った上で句を読むとき、作者が耳を傾けた祖母の語らいも一段と重きをなすと思う。この地で生き抜いてきた人々の暮らしの濃密さがここには在る。時代の変遷を経て、物質文明の発展の過程で複雑多岐にわたる課題を抱え込んでいる現代の私たちに対して、如何なる知恵をもって生き延びようとするかの自覚をも投げかけられているようだ。

田中 怜子

特選句「奥伊勢の蛇淵庵より初蛍」。この句を見て、Oさんの家の螢かしら、と思いました。童顔のOさんが、蝮を退治したのよ、と言ってたことを思い出しながら、庵の名前の如く自然豊かな佇まいが浮かび上がります。実に幽玄な世界ですよね。特選句「五月場所パレスチナ刺繍の帯締めて(新野祐子)」。4月11日、池袋の野外劇場で、「パレスチナ子どものキャンペーン」に参加しました。応援の一端で、パレスチナ刺繍の帯のファッションショーがあり、和服にマッチしてすてきでした。パレスチナの女性たちの刺繍の内職を応援しているとのこと。イスラエルのパレスチナ人へのジェノサイドという直接的な抗議でなく、文化面、料理面から中東のことをよく知って、関心を持ち続けて欲しいが意図でしょう。この五月場所の女性も、多分パレスチナに対して共感をしているのだと思います。特選句「愛猫の小さき骨つぼ栗の花」。昨年6月26日に我黒猫が逝きました。小さな骨壺が小箪笥の上にのっています。21年間、ありがとう。一匹で留守番させることも多かったけど。

漆原 義典

特選句「すぐ飴を噛んでしまひし梅雨の窓」。梅雨の日々の1日の感情を、すぐに飴を噛んでしまうと、上手く表現されていると感動しました。素晴らしい句をありがとうございます。

吉田 和恵

特選句「改札を出て噴水に乗り換える」。改札を出ればそのまま家路に向うところ噴水に寄り道するという。ちょっぴり淋しい遊び心が微笑ましい。

柾木はつ子

特選句「七夕や会いに行く駅今はない」。赤字ローカル線が次々と廃線となるという記事を読み、淋しい思いです。代替えのバスがあればいいですが、無いところはどうなるのでしょう。また鉄道旅の好きな人にとっても残念な事だと思います。仕方がないと諦める他ないのでしょうか。特選句「夏蝶にひらひらひらく絵心経(津田将也)」。文盲の人のための絵で表した般若心経。初めて知りました。見てみたいです。

疋田恵美子

特選句「たかだかと石鎚そよぐ風ひかる」。たかだかと聳える西日本最高峰の石鎚山。思い出多き故郷の山、新緑の香りが漂います。

新野 祐子

特選句「白玉や生き方はもう問われない」。つるっと喉をやさしく撫で胃袋に落ちてゆく白玉。安堵感のかたまりのように思えてきます。過失はいっぱいあったけれどいいんですよ。一生懸命生きてきたから、とうべないたくなる。俳句は肯定の文学と言う人がいます。共感します。

伊藤  幸

特選句「水俣忌ひかりのつばさ沖より来」。水俣病が公式確認された一九五六年五月一日、犠牲になったすべての命を悼み水俣忌とし祈りの日とされた。現在水俣の海は美しい海に生まれ変わり「ヒメタツ」と呼ばれるタツノオトシゴが三〇〇匹も生息し神秘的スポットとして全国から注目を浴びている。ひかりのつばさというフレーズがぴったり当てはまる。特選句「青胡桃子に密やかな志」。今の子には夢がないとよく聞くが何と嬉しい一句。青胡桃の季語が効いていて実に爽やか。

岡田ミツヒロ

特選句「俺の空に白シャツ白く乾きけり」。導入の「俺の空」のインパクトに引き込まれる。俺の白シャツを真新しい白に乾かしてくれる「俺の空」、夏空と俺の一体感が力強い。白シャツと俺の若々しさが輝く。特選句「閉校やただの樹となる大銀杏」。永年、生徒たちに親しまれ愛されてきた校庭の大銀杏、それは学校のシンボル。いま閉校の閑寂の中、呆然と立ち尽す。昔日の喧噪見る影もないわが小学校の正門の蘇鉄の樹が目に浮かんだ。

植松 まめ

特選句「春窮を語る祖母なし牛馬なし」。春窮と言う季語を初めて知った。そんな貧しい時代がそう遠くない昔にあったのだ。特選句「あめんぼや転んで終わる鬼ごっこ(菅原春み)」。昭和の子供達はお寺の境内やお宮さんで暗くなるまで遊んでいた。缶蹴り鬼ごっこも…転んで終わるだから膝を擦りむいて小さい子が泣きだしたのだろう。微笑ましくも愛おしい光景だ。

出水 義弘

特選句「老犬は念入りに嗅ぐ梅雨走り(河野志保)」。梅雨の湿った空気の中、嗅覚機能の弱った老犬がひたすらに鼻をひくひくさせて嗅ぐ姿を見て愛しく思っている様子がよく伝わります。高齢者の小生も、自身の残る機能をありがたく思い、大切にして行きたいと思います。特選句「母の日や庭一面をチチコグサ」。母への感謝を、父親と子供たちが、庭一面のチチコグサのように出し尽くしている様子と理解しました。家族愛の素晴らしさが良く表されていると思います。

河野 志保

特選句「戦争を知らない家族のバーベキュー」。過去の戦争を知らない家族。そして今は戦争を知らない家族。争いが続く世界を思うと未来の不穏な空気を含んだ句とも読める。梅雨らしい日が続きます。気温の乱高下もほんとに困りますね〜。ご自愛ください。

竹本  仰

特選句「だから何って即興で行け青嵐(三枝みずほ)」:以前、よく孤立、苦境に立たされたとき、〈地と雨にワイシャツ濡れている無援〉という岸上大作の名歌の上の句だけ口づさんでいることがありました。何かに追い詰められて、もはやゲームセットかという時こそ、本当の自力が試されるわけで、その場面はむしろ、幸いなるかなです。真価を試されるということでしょう。どんな用意周到な準備をしていようと、勝負は一瞬です、火事場の馬鹿力こそが頼り。何となくそんな数々の場面を思い起こさせるなあ、そしてそうやって渡って来た人生でもあったとも、ふと。特選句「梅雨の月もう追ってこない交差点」:本当は誰かに追ってきて欲しかったのでしょう。寂しい句ですが、全貌が見えてきて、今が大事なんだという局面なのでしょうか。そういう私だけの時間を濃く感じさせ、誤解かも知れないけれど、わかるよと言いたくなったのです。特選句「夏燕曲がりきれない道がある」:かつて路上で死にかけている燕を見かけたことがありました。傷を負ってはいないのですが、何か寿命のようなそんな終わりを迎えている感じで、少し首をもたげるのがせいぜいで、何か遺言めいたことを云いたい、そんな雰囲気がありました。一見自由自在に飛び回っている燕たちですが、もちろん宿命のようなものと闘っているわけで、あの燕も真情吐露したかったのかなと、今も思い出します。あの時感じた切なさというんでしょうか、ここにも感じました。♡今年、淡路島では、なぜか、ホトトギスが例年になく、よく鳴いています。これまでなら、早朝か夕方にしか聞こえなかったものが、今は真っ昼間でも遠慮なしに。これは、他の地方ではどうなのでしょう?もし他でもそうなのなら、熊の出現ともどこか関係あるんでしょうか。ホトトギスも鳴く向こうには人間たちがいることがわかっているはずなんですが、何でしょう?激励?それとも、警告?あるいは、怒り?とはいえ、個人的には、叱咤?と、とらえています。お前だけが忙しいんじゃねえんだぞ、こっちだって大変なんだから…とか?よし、わかった、がんばるよ。皆さんは、どうされてますか。

松本美智子

特選句「すぐ飴を噛んでしまひし梅雨の窓」。窓の雨粒や無数のしずくをただただ眺めている静かな時間,口の中に広がる甘い飴玉を転がしてゆっくり舐めていたいのだけど,時間に追われているいつもの癖でカリカリ噛んでしまう。過ぎていく時間に耐えかねているのか,退屈しのぎなのか,すぐに飴を噛んでしまう誰にも経験のある風景を詩的な句に閉じ込めていると思いました。

滝澤 泰斗

特選句「古書店の黴の香歴史の森に生く」。私のポン友に本屋に入ると、必ず、 催してしまうという奴がいた。その友人には、実は、俺もとは言わなかったが、その傾向があった。あれは、古い本屋独特匂いがあって今はやりの喫茶店を兼ねた本屋では催すことはないので、毎回、不思議がっている。さて、掲句だが、歴史の森に生く、で決まった。もう一つの特選句「峰々に神坐すひかり山開き」。信州生まれ、信州育ちとしては、この句を押さざるを得ない。五月から六月にかけて、雪解けの水が新緑を際立たせるころの美しいアルプス。放蕩が放浪に変わり、天気が良ければ篠ノ井線に乗っていた。共鳴句「一ト日一ト日君をらぬ夏慣れぬまま」。私もこんな句が詠めたらと思うが・・・。「死に近き人の書斎や熱帯魚」。二物配合の妙。「育休や砂場を曲がる蟻の列」。育休ならではの気付き。「ナイターや夫の寝息を補聴器で」。ナイターのラジオ放送を聞いている夫はいつしか寝入っている。イヤフォンから野球中継の声援が洩れている。

菅原 春み

特選句「水俣忌ひかりのつばさ沖より来」。風化させてはいけない忌日をよく取り上げてくださったかと。ひかりのつばさに胸が熱くなります。特選句「象たちの遠目戦火の雨期がある(野田信章)」。戦火の雨期は厳しい。象もそれを知っているのでしょうか。象の遠目  によって詩的発火がなされたような。

山下 一夫

特選句「蜘蛛の囲ゆさりAIへの慄き(森本由美子)」。ひところマスコミで、人工知能が人間の知能を自律的に超える転換点としてのシンギュラリティが警鐘されていました。現在、すでに危機は到来しているのに、それに見合ったほど取り上げられていないように見えます。もう手が付けられなくなっていることの直視が恐ろしいのかも。掲句上句ではそんな世の不気味さがうまく表現されたと思います。特選句「データ消え欲するものを問うて初夏」。大々的ではないですが、何度かまとまったデータを飛ばし、バックアップがないという状況を経験しました(私的なものだったは幸いでしたが)。その度に途方に暮れたり惜しい悔しい思いをしたり。結局、諦め、前を向くしかありません。季語「初夏」が、そんなサバサバした思いに向かう後押しをしてくれるようです。問題句「思い出す潜水艦が顔に出る」。何といっても「潜水艦」が面白い。コミカルかつシュールな味わいも。出てきたのが、相手の顔とすればはっと思い出した時の表情、自分の顔とすれば想起しようとしていたことが記憶の深海から浮かんできた時の感覚といったところでしょうか。

花舎  薫

特選句「待ち時間梅花藻の花のほつほつ」。清らかな水流に少しずつ梅花藻が咲き始めている。待っているのはその小さい花の開花か、何か他の稀有な美しいものなのか。ただそれはとても静かな時間。ほつほつがよい。

銀   次

今月の誤読●「遠雷や波間漂う硝子壜」。海辺。どこかで遠雷が鳴っている。海の向こうはもしかしたら嵐か。だがこの浜は穏やかで波も立っていない。その波がひと寄せザーッと打ち寄せると、そこから転がり出たかのように小さな硝子壜が浜辺にポツンと残った。なにか予感らしきものが走った。「手紙でも入っているのか」。だが案に相違して壜は空っぽだった。近くで網を繕っていた老人が笑った。「それは空じゃない。届いた壜さ」。聞けば、むかしこの浜では会えない人に頼りを届けるために、海に手紙を入れた壜を流す風習があったという。たいていは届かないが、ごくまれに届くと受け取った者は手紙だけを取り出し、壜をふたたび海に返すのだそうだ。「じゃあ、これは返事?」と訊くと老人はフムと頷いた。「だったらその人に知らせなきゃ」わたしがいうと、「さあな、五十年も六十年もむかしのことだから、流した者が生きているやら死んでいるやら」。遠雷の音が少し近づいたような気がした。「さ、あとの仕事は明日だ」。老人は立ち上がった。わたしはその硝子壜を手のひらにギュッと握った。その壜は温かく、どこか息づいているようにも思えた。そしてその壜から「ありがとう」という声が聞こえた。ような気がした。というのも、その声は遠雷の音と重なり合って、確かなものではなかったからだ。ポツリと雨粒が落ちてきた。

荒井まり子

特選句「曇天や時間は止まつて蛞蝓」。殻を持たないなめくじにとっても日差しは辛い。塩を掛けたりされるが、曇天とは有難い。ちょっと一休み。いいなぁこんな時間。ありがとうです。

野口思づゑ

今回は特選句はありません。「五月場所パレスチナ刺繍の帯締めて」。これだけでこの観客の心持ちが伝わってくる。「七夕や会いに行く駅今はない」。過疎化を、七夕の季語を巧みに使い表している。

藤田 乙女

特選句「雑踏を君の夏帽一直線」。待ち合わせをしていたのでしょうか?雑踏の中で恋人の夏帽子に気づき一直線に相手の所に駆け寄って行く情景が目に浮かびました。爽やかな青春の恋を感じて自分の心も若返り清々しい気持ちになりました。

大浦ともこ

特選句「閉校やただの樹となる大銀杏」。学校のシンボルであった大銀杏が閉校によってその役目を終えて、それでもなお樹は残り葉を茂らせていることに閉校を迎えたことの寂しさを感じる。そして銀杏がそこに変わらずあることで学校への変わらぬ愛着も伝わってきます。特選句「青胡桃子に密やかな志」。子どものことをそっと見守っている親のまなざしが感じられます。青胡桃という瑞々しい季語と密やかな志がとても合っています。

岡田 奈々

特選句「俺の空に白シャツ白く乾きけり」。何かをきっぱりと決めた後の清々しさ。特選句「夜明けかなうっすら上澄み液でいます」。昼間の有象無象を澱にして、心の中を落ち着けて、上澄み液の中に揺蕩う朝未き。さあ、新しい今日を生きていこう。「一ト日一ト日君をらぬ夏慣れぬまま」。島田さんのいない香川句会にも慣れていくのかな。「おのずから自分に疲れ切る素足(柴田清子)」。何をしても自分の事で疲れる毎日です。「梅雨出水鷺はすくっと佇めり」。鷺は驚く程、背筋ぴんと正しい姿勢。私も出来るだけ、見習わなくては。「待ち時間梅花藻の花のほつほつ」。梅花藻の愛らしさ見ているだけで、待ち時間の退屈さを忘れます。「老犬は念入りに嗅ぐ梅雨走り」。梅雨になったばかりの頃はまだ雨も弱く、溜まりも少なくて、土の濡れた匂いが、殊更強く感じられます。老犬の目は見にくいから、匂いに敏感な様子が手に取るように。「峰々に神坐すひかり山開き」。山は本当に神々しい光で満ちている。光通信してたり。「きっぱり着物断捨離夏に入る」。私も断捨離したいです。「お静かにほたるぶくろが目を覚ます(吉田和恵)」。きっぱりとした物言いに惹かれます。♡6月は句会参加出来ず残念でした。また、宜しくお願いします。

綾田 節子

特選句「奥伊勢の蛇渕庵より初蛍」。無駄な言葉が一切なく完結、初蛍で上の句が クローズアップされ素晴らしい。私も生きてる間に、こんな句を作れたらと思います。

末澤  等

特選句「古書店の黴の香歴史の森に生く」。今は少なくなってきましたが、学生時代に通った懐かしい古書店の黴の香りを、歴史の森に生きているという非常に上手い表現で、記憶が蘇ってくるような気がしました。

亀山祐美子

特選句『育休や砂場を曲がる蟻の列(小西瞬夏)』。育休という育児に専念でき子どもの成長を実感できる貴重な時間。『砂場を曲がる蟻の列』の不穏さが貴重な時間の終わりを告げる。現実のささやかな景色に社会復帰を目前にする焦りと不安を感じる。が、母はたくましい。何が起きても前進するのみだという決意も内包する。何とかなるさと何とかしてきた自信が支える欲張りな女たちに乾杯を。

向井 桐華

特選句「燕来る週末だけのベーグル屋」。無駄な言葉が一つもなく、景がずっと浮かぶ気持ちのよい句です。

薫   香

特選句「よくもまあ地表すれすれ初つばめ(各務麗至)」。本当にそうですよね、いつも感心してました。

三枝みずほ

特選句「赤翡翠の声で求愛してみるか」。澄んだ空気、川音、木々のざわめき、そして赤翡翠の声が山にこだましている。生きものの生命力を感じた時の高揚感を一句に仕立てた。この直情こそ詩。

遠藤 和代

特選句「閉校やただの樹となる大銀杏」。生徒たちがいたころは、四季折折興味を持って見られていたのに閉校になるとそこら辺の木と同じようにみられる。

野﨑 憲子

特選句「百本のバラが愛語にゆれている」。咲き初めし薔薇の花の渦巻きを見ていると、幼い頃の記憶が蘇ってくるようだ。<愛語にゆれる>という表現は、言葉を愛し、俳句を愛しているからこその表現である。たくさんの薔薇たちも、この地球から宇宙へ愛語を発信しているのだ。特選句「這い上がれ蛙おれたちゃ地球力」。一読、「蟇誰かものいへ声かぎり(加藤楸邨)」が浮かんだ。そう、俺たち生きもの一つ一つが地球のかけがえのない力なのだ。そういう声を五七五の調べに載せて世界へ発信してゆくことが世界の平和の鍵になると信じている。問題句「台風一過黒雲に透く縄文の青」。台風一過の空は魔法の世界。その抜けるような青空はまさに<縄文の青>。黒雲を持ってきたことで、青が極まる。もし切れが効いていたら、特選句にしたい作品。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

旱星
泣きさうに君ほほゑむや旱星
和緒 玲子
旱星記憶の里を照らしおり
銀   次
しみじみと肉体にあり旱星
各務 麗至
旱星なにもなんにも起こらない
藤川 宏樹
旱星扉開けば海はある
銀   次
旱星生き方はもう決まりやで
末澤  等
世渡りに長けた人です田水沸く
藤川 宏樹
雨合羽並べて干され青田風
和緒 玲子
植田ゆく電車の影の鈍(のろ)きこと
銀   次
たつたひとつの灯のあり青田風
野﨑 憲子
田水張るひかりのつばさ広げつつ
末澤  等
夏の田へ遊ばせてをく漢かな
各務 麗至
水無月
ポケットに青水無月の雨男
野﨑 憲子
水無月やわが存在の吹かれけり
各務 麗至
青水無月子のよく走るよく転ぶ
大浦ともこ
水無月の真夜方角を見失ふ
和緒 玲子
水無月や神々のひかりうすれゆく
末澤  等
水無月や包丁の音静かなり
銀   次
枇杷
打ち鳴らすトライアングル枇杷たわわ
野﨑 憲子
てのひらの枇杷を宥めてゐたりけり
各務 麗至
きな臭き言の葉が好き枇杷たわわ
野﨑 憲子
(夏の)雨
夏の雨働きものでなくごめん
藤川 宏樹
夏の雨ゆつくり人になる呪文
和緒 玲子
梅雨しとど路地を小さき舟がゆく
銀   次
白雨来て方舟となる塒(ねぐら)かな
大浦ともこ
傘立てに雫なでしこ濃く匂ふ
和緒 玲子

【通信欄】&【句会メモ】

梅雨晴れ間の第二土曜日。会場主の藤川宏樹さんを始め、観音寺からの各務麗至さんや、昨年、海原賞を受賞された三枝みずほさん、この夏は、富士山へ海抜零メートルから登るという末澤等さん、他にも個性溢れる素敵な方々が参加され盛会でした。

夏至を過ぎ、少しずつ昼の時間が短くなっています。サッカーのワールドカップ、日本の活躍が嬉しいです。こういう平和な戦いのお祭りはいいですね。今回も、無事に句会報が完成できて幸いでした。この時代に生かされている奇跡を強く感じます。これからも、一回一回の句会を大切に精進してまいります。今後ともよろしくお願いいたします。

2026年5月24日 (日)

第172回「海程香川」句会(2026.05.09)

万智のイラスト風鈴.jpg

事前投句参加者の一句

       
「子は鎹(かすがい)」孫蝶番(ちょうつがい)葱坊主 藤川 宏樹
燕いま光りの端を咥え来し 松本 勇二
男らのどこまで掘れば五月闇 岡田 奈々
拝啓のあとの進まぬ遅日かな 矢野二十四
月蝕すすむ春あかがねの八十路かな 野田 信章
八重桜今日一番の吹雪かな 山本 弥生
著莪の花箱罠傾ぐ熊野道 大西 健司
海賊のもとをたどれば花筏 伊藤  幸
爪を切り過ぎて南瓜煮崩れて 小西 瞬夏
花万朶やがてはぐれて逝きたまふ すずき穂波
青葉若葉そのいきほひや滝こだま 各務 麗至
野焼きの煙わが輪郭を食めり 木村 寛伸
半熟の後悔ひとつ春の月 佐藤 詠子
満腹か腹は八分か鯉のぼり 綾田 節子
しつけ糸解かぬままに四月尽 石井 はな
老いという表面張力水羊羹 若森 京子
放課後のスイングスイング青葉風 重松 敬子
陽炎や若禰宜の沓降りてくる 河田 清峰
おむすび山じじばば笑えば山笑う 末澤  等
ばば抜きのばばゐなくなりおぼろ月 銀   次
ふむふむと抓(つま)む落ち沙羅 句はあまた 津田 将也
ひとりでに字余りの小言まめの花 山下 一夫
朝刊の匂い嗅ぐ兄昭和の日 三好つや子
風の波ときに口づけ麦の秋 漆原 義典
よく動く新人ポニーテールに緑さす 野口思づゑ
祈りとは忘れぬことぞ聖五月 向井 桐華
新樹光像の天使のちょっと浮く 和緒 玲子
メラニアの目深きブリム五月闇 森本由美子
キゴあさりあつめる乞食 目に泪 田中アパート
落花一片老樹の幹の苔の上 時田 幻椏
花は葉に紙ひこうきを折っている 男波 弘志
新緑の揺れてたくさんのただいま 三枝みずほ
青嵐の学校妖怪七人衆 松本美智子
喋り出したら止まらないスイートピー柴田 清子
戦いの道具は要らない蝌蚪の国 増田 暁子
ものの芽のひとつにひとつずつ太陽 月野ぽぽな
菜の花や恋文破り捨てました 遠藤 和代
花水木時間の帯を結ひなおす 亀山祐美子
蘖やフリースクール見学す 川本 一葉
夏の雨われ呼ぶ雫われが呼ぶ 豊原 清明
おのころの新玉葱や春の海 田中 怜子
山椿逆さ箒を立てて母 樽谷 宗寛
逃げ水を追って東京ひとり旅 布戸 道江
鉄路曲がるあの時のままツバメとぶ 淡路 放生
雨降れば山の緑がはみ出すぞ 中村 セミ
ちぐはぐの男女一対青あらし 岡田ミツヒロ
新緑の中にずれこむ時間軸 吉田 和恵
亡き母の鰆一尾の気風かな 出水 義弘
人間に母の日ありて切なさよ 柾木はつ子
遠足の子らはお結びころりんや 植松 まめ
緋のつつじ妻の死かたる人も逝き 福井 明子
少年は桜木に留まり父母見てる 滝澤 泰斗
庭隅に鈴蘭きげんのいいエプロン 十河 宣洋
青葉若葉して包帯の巻き直し 菅原 春み
春風に生まれ変わった言葉かな 高木 水志
囀りや半分上げる老いのギア 松岡 早苗
まだ母になれず鏡のしゃぼん玉 荒井まり子
殺し文句並べて夏の木立です 佐孝 石画
戦渦は夏へ右に左にフラミンゴ 花舎  薫
蝶結びするりとほどけ青野原 榎本 祐子
死なれへんニセアカシアに風ゆららぎ 竹本  仰
うりずんや普通に戦車が通る 河西 志帆
黄昏やツツジ同士は話さない 河野 志保
即諾の一電にして風光る 疋田恵美子
光受け産湯のようにレタス洗う 薫   香
甦るひさし憲法記念の日 新野 祐子
見上ぐればただ空がある忌野忌 大浦ともこ
老いてなお矜持貫く鉄線花 藤田 乙女
葱坊主並び出陣兵のごと 三好三香穂
茅花流し大きな風の吹く日かな 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「うりずんや普通に戦車が通る」。斬新な韻律。口語でさらっと書かれているようではあるが、力強い切れがある。沖縄の基地の問題、戦争が日常になってしまう恐ろしさ。けっして鈍感になってしまってはいけないと思わされる。

十河 宣洋

特選句「老いという表面張力水羊羹」。老いが表面張力という捉えが面白い。的を得ているような気がする。コップの縁で一杯一杯に膨らんでなお零れないしぶとさが伝わってくる。水羊羹の柔らかと合っている。特選句「難聴や亀鳴く日にはよく聞こえ(若森京子)」。笑いが含まれていて楽しい。補聴器を越えて亀の声が聞こえる。これくらいの楽しみが無ければ人生は面白くない。

松本 勇二

特選句「蝶結びするりとほどけ青野原」。風呂敷のするりとほどけた蝶結びから一挙に青野原へ展開させみごとです。

木村 寛伸

特選句「老いという表面張力水羊羹」。「老い=表面張力」という把握で“崩れそうで保たれている状態”を提示し、それを水羊羹に着地させたことで、視覚・触覚・時間が一気に立ち上がる。「燕いま光りの端を咥え来し」。視覚の切断面を咥えるという把握が鮮烈。成功している抽象。「男らのどこまで掘れば五月闇」。「どこまで」が効いている。闇の深度と人間の業が重なる。「拝啓のあとの進まぬ遅日かな」。 日常の停滞と季語の一致が自然。静かな完成度。「トンネルに途切れるラジオ山笑う(布戸道江)」。人工と自然の対比が軽やか。音の断絶→視覚への転換がうまい。「ものの芽のひとつにひとつずつ太陽」。王道だがスケールが大きい。素直に強い一句。「降り敷し赤き恥じらひ桜蕊(三好三香穂)」。色彩と感情の重なりが美しい。やや古典寄りだが安定。「春キャベツ中に思想のようなもの(松本勇二)」。観念の持ち込みが成功している例。軽みもある。「穴出づの蟻付いてくる今朝のゴミ出し(野口思づゑ)」。季語と生活の接続がリアルで、余韻が残る。問題句「キゴあさりあつめる乞食 目に泪」。意図的に危険な句。「乞食」という語の強さが、俳句的な比喩を越えて現実の倫理に触れてしまう。

【自己紹介】第4回兜太祭に参加して来ました。野﨑さんと樽谷さんに挟まれる形で二次句会に参加し、海程香川句会にお誘い頂きました。佐孝石画さんの隣県石川県在住です。よろしくお願いいたします。

大西 健司

特選句「逃げ水を追って東京ひとり旅」。私も昨年の現代俳句協会の全国大会、今年の総会と、思いがけず東京へ行く機会があり、この逃水を追っての措辞が実感を伴って迫ってくる。まさにこんな感じ、いいなあ。

重松 敬子

特選句「うりずんや普通に戦車が通る」。沖縄の方々のご心痛をお察し致します。

各務 麗至

特選句「新緑の揺れてたくさんのただいま」。春から初夏へと、自然界も人間社会も毎年毎年新しい門出があります。「新緑」は元気に「行ってきます」と生長して、私たちの前に元気に「ただいま」と帰って来てくれたように見えます。それこそ私たちにも「行ってきます」「ただいま」と、そんな生の喜びを感じながら生きて下さいよと聞こえてきそうです。特選句「見上ぐればただ空がある忌野忌」。忌野清志郎。私たちの世代には、歌手としてだけでなく人間として忘れられない存在の一人である。強烈なパフォーマンスと言ったら語弊があるだろうか。最後には死を当然のように受け入れて人生を全うした。見上げればただ空がある、嗚呼・・・・。島田章平さんへだろうか「緋のつつじ妻の死かたる人も逝き」があったが、「そっと帽子を」の方を私は貰った。

岡田 奈々

特選句「人間の巣箱にいらぬものばかり(河西志帆)」。本当に欲しい物が何か分かっていない気がする。本当に痒い所には手が届かないのと同じ?特選句「半熟の後悔ひとつ春の月」。凄く後悔してるかと言えば、そうでもなく、けど、何処かに刺さったままの刺のように何かあるたび思い出す。そんな後悔の一つや二つ思い出す春の夜。「「子は鎹」孫蝶番葱坊主」。孫はひらひらと蝶のように可愛くやって来て、じじばばを逃さない。葱坊主の愚直さが、まさしくじじばば。「燕いま光の端を咥え来し」。閃光のように飛ぶ燕の様子その通りだ。「しつけ糸解かぬままに四月尽」。冬は寒すぎて、着物着る機会見失い、良い季候になったら、お洒落して行こうと思うまに、とうとう、四月も終わって、汗ばむほどの季候。こうして、着物が着られない日本になっていく。「虹はまだ虹を渡って配達中(竹本 仰)」。虹の配達人次の虹まで、何処で道草してるのか。「春キャベツ中に思想のようなもの」。春キャベツは中がくちゃくちゃして、まるで、脳の様。「緑さす午後の静謐カフェテラス(向井桐華)」。こんな静かで、落ち着いた私になってみたい。いつもガチャガチャした私は一人でカフェで過ごす時間さえ勿体ない様な。反省です。「逃水に魅せられ走る無人カー(森本由美子)」。全てが陽炎のような不思議感。「地球の夜明け大きな繭のごとく(川本一葉)」。輝きの中に浮かぶ地球。繭に包まれているようなのだろうか。

福井 明子

特選句「燕いま光りの端を咥え来し」。光りの端を咥え来し がいいと思います。見えない気流の導き者としての燕の姿が目に浮かびます。

榎本 祐子

特選句「うりずんや普通に戦車が通る」。うりずんと言う響きも美しい季節に、普通という安心な日常に入り込んでくる異常。異常が日常になる恐ろしさ。

津田 将也

特選句「見上ぐればただ空がある忌野忌」。「忌野忌」は、ロックミュージシャン忌野清志郎(一九五一~二〇〇九)の忌日です。五月二日がこれにあたります。作者は、「寂しい・愛してる・悲しい」といった具体的な情緒を排除し、「見上ぐればただ空がある」いう事実だけ述べ、彼(忌野)の生き方や歌が持つ嘘や飾り気のない、圧倒的な潔さ・透明感と重ねました。

三枝みずほ

特選句「甦るひさし憲法記念の日」。作家の言葉に対する執着は憲法で自由が守られているからこそ。井上ひさしの言論、表現の自由を求める態度、反戦、戦争責任についての見解は再び議論されてもいいと思う。憲法記念日に甦るとは、ひさし流ユーモアと反骨だろう。

佐藤 詠子

特選句「新緑の揺れてたくさんのただいま」。新学期、新年度、はじまりを連想する瑞々しい景を思い浮かべた。新緑のやわらかさと黄緑が若さを表しているのだろう。「ただいま」と大きな声で玄関に入ってくる小学一年生。又は靴を脱ぎながらぼそっと「ただいま」と呟く社会人一年生。「ただいま」には帰る場所のある安堵がある。そして、たくさんの「おかえり」もあったはず。始まったばかりの慣れぬ日々の中で揺れる感情を優しく包む一句。

樽谷 宗寛

特選句「ひとりでに字余りのこごと豆の花」。中七が八音が気になりましたが字余りの小言とまめの花に惹かれました。小言は可愛い 小言 ですね。

藤川 宏樹

特選句「新樹光像の天使のちょっと浮く」。緑豊かな公園で羽ばたく天使も、像の重量感を日頃は免れえません。五月。瑞々しい若葉の光が象を射すと明るく気分が応え、天使の「ちょっと浮く」感覚、共感いたします。

和緒 玲子

特選句「おろしたての肌着木香薔薇盛る(榎本祐子)」。おろしたての発光しているような白い肌着と木香薔薇の無垢な黄色。外からは窺い知れない肌着と控えめな木香薔薇が咲きほこる様。一見何の関係も無いような二つが呼応し合う取り合わせの妙。特選句「青葉若葉して包帯の巻き直し」。眩しい青葉若葉を目にして、自分の腕か指かの包帯が少し汚れているように見えてしまったのか。気の所為かもしれないが真っ新な物に巻き直さずにはいられない。色の対比もさることながら、青葉若葉と畳み掛けるような勢いも見逃せない。

河野 志保

特選句「新緑の揺れてたくさんのただいま」。子供達の元気な声が聞こえてきそう。平和を実感させる句。リズムにも好感。

矢野二十四

特選句「爪を切り過ぎて南瓜煮崩れて」。軽妙でちょっとおかしい。この軽さが特撰。「老いという表面張力水羊羹」。老いという瀬戸際。水羊羹の涼しい甘さが妙。「アネモネや小匙に掬ふ離乳食(大浦ともこ)」。「あのねのね」の唄を思いだした。アネモネを活かした可愛い句。「満たされぬ心の渇き蚊の唸り(藤田乙女)」。現代人の疎外感を「蚊の唸り」に落とした諧謔。「花水木時間の帯を結ひなおす」。過去の自分を結い直す。季語が明るくて佳い。「庭隅に鈴蘭きげんのいいエプロン」。裃を着た男にはこんな身軽な句が作れない。「逃水に魅せられ走る無人カー」。不在な現象を不在な者が追っかけるアイロニー。「うりずんや普通に戦車が通る」。沖縄に限らず、もはや世界的な普通の景になりつつある。「光受け産湯のようにレタス洗う」。産湯のレタスが佳い。上五はもう一工夫かも。

すずき穂波

特選句「男らのどこまで掘れば青葉闇」。この句「掘れば」が面白い。女から観て「男ら」のことがイマイチ解らないから句の作者が「どこまで掘れば」私は解るのかな?の疑問なのか。それともこの作者は、かなり「男ら」よりも「男ら」をよく解っておられて、半ば嘲笑いながら(男らが)「どこまで掘れば」(男ら自身が)納得するのか?といったようにも読める、だから何とも面白いのだ。季語「青葉闇」は闇の中でも、とびきり美しい闇、この闇は胸をはっている闇。上向きの闇。この句の「掘る」は主体が青葉闇に座していて繁る青葉の上空に向かって掘っているように思えた。特選句「新緑の揺れてたくさんのただいま」。省略するは何と素晴らしいのだろうと今更ながら感じ入った句。「たくさんのただいま」の「ただいま」の声が重なり合い、それぞれの声がキラキラの光になってひびき合っているように聴こえてくる。

柴田 清子

特選句「葉桜や乾き初めたる風の色(松岡早苗)」。確かに桜の頃とは違って、夏の始めの風が乾いていると感じとったところを、風の色に置き変へたところが、詩的です。

松岡 早苗

特選句「野焼きの煙わが輪郭を食めり」。「わが輪郭を食めり」に惹かれました。再生の春を前に、自身の存在の不安定さや鬱屈した思いを感じているのでしょうか。特選句「新緑の揺れてたくさんのただいま」。新緑の季節、お散歩から帰ったたくさんの園児達が、かわいい声で口々に「ただいま」と言っている光景を、一番に浮かべました。春になると、冬の間眠っていたたくさんの生き物たちが、「ただいま」と顔を出します。また、ゴールデンウィークの帰省など、さまざまな「ただいま」が溢れているようです。

若森 京子

特選句「ものの芽のひとつにひとつずつ太陽」。芽吹く時期になるとハッと自然が明るくなり吐息が聞こえて来るようだ。そのひとつずつに太陽の光があたって欲しいと願う。何か人間社会にも通ずるようだ。特選句「囀りや半分上げる老いのギア」。春になり,小鳥たちの囀りを聞くと,新しい命を感じ老いの肉体にも新しい血流を感じる。中七 下五の表現に共鳴した。

男波 弘志

「葉桜や乾き初めたる風の色(松岡早苗)」。こちらの心身がよほど研ぎ澄まされていなければ通り過ぎてしまったかもしれない。何故が亡師の一行詩が浮んできて、はっとしたことであった。秀作。「夜空より風吹きはじむ祭りあと 北澤瑞史」

河西 志帆

特選句「見上ぐればただ空がある忌野忌」。清志郎は逝ってしまった。サマータイムブルースを歌う勇気!戦争を堂々と批判する勇気!5月2日は声を上げる人を失った日だ。「爪を切り過ぎて南瓜煮崩れて」。あえて、中七にしなかったのかと思う。爪切りに時間を取られたと言っているようで、実はそうでもなさそうなんです。「朝刊の匂い嗅ぐ兄昭和の日」。新聞をとっているのは、高齢者だけとか。兄も隅々まで読む人でした。確かにあの頃の新聞の匂いとは違うって、私も気づいていましたよ。「難聴や亀鳴く日にはよく聞こえ」。私も、航空性中耳炎とかになってから、聞こえが悪いままです。こんな嘘のような事を本気で言うあなた。難聴ぐらいが丁度いいですよ。

山本 弥生

特選句「五月晴れ病むことさえも許されず(木村寛伸)」。諸々の事情で自分は病んでいる暇も無く又それも許され無い日常である。五月晴れで心が明るくなり救われた。

柾木はつ子

特選句「保護犬の庭に馴染める桜の実(菅原春み)」。引き取った保護犬がすっかり馴染んで、温かい家族の元で幸せに暮らしている姿を思い浮かべます。いつまでも幸せに!特選句「九十五の母の手習い青葉騒(伊藤 幸)」。いつまでも向上心を忘れないお母様。私も見習いたいと思います。何をなさっているのか、気になるところです。

布戸 道江

特選句「青葉若葉して包帯の巻き直し」。青葉若葉の繁る季節、包帯の巻きと若葉の重なりの距離感、緑と白の対比が美しい。「蝶結びするりとほどけ青野原」。包装の風呂敷など解くと青野原が広がった、まるで美しい動画のように。「光受け産湯のようにレタス洗う」。パリパリのレタスを丁寧に洗う、赤子の沐浴のように、光の反射受けて。「湖の上紙ひこうきが飛んでいる(男波弘志)」。戦地のドローンを想像した、不条理を感じる。

野田 信章

特選句「ちぐはぐの男女一対青あらし」。上・中句にかけての修辞には多分に物象感な視点の作用がある。この物象感に生命を吹き込んでいるのが「青あらし」の配合であろう。諧謔味さえ覚えるこの読後感のふくらみもまたこの点にあると思う。

増田 暁子

特選句「おのころの新玉葱や春の海」。日本神話で最初の島と言われる淡路島。特産の玉葱の島。穏やかな瀬戸の島を上手く句で紹介した作者に拍手。「うりずんや普通に戦車が通る」。沖縄の状況ですね。日本本土では考えられない!

淡路 放生

特選句「難聴や亀鳴く日にはよく聞こえ(若森京子)」―「亀鳴く」は俳句作りに垂涎の季語である。「難聴」を持ってくる荒技は、お見事と言う外はない。「日にはよく聞こえ」がいかにも春です。

花舎 薫

特選句「しゅわしゅわと庭の新樹の感情です(佐孝石画)」。新樹が象徴する若さ、初夏という季節の明るさ、ワクワク感、そういった全てがしゅわしゅわというオノマトペに凝縮されている。それは新樹のたてる音ではない。新樹に感情があってそれを音で表現するならしゅわしゅわだろう、といっている。その思いがけない楽しさに理屈を超えて感心した。

石井 はな

特選句「半熟の後悔ひとつ春の月」。生卵でもしっかり茹でたゆで卵でもない半熟の卵のような後悔。後悔の言うに言われぬ形が半熟卵とは、春の月の季語と響きあって心にしみます。

漆原 義典

特選句「おむすび山じじばば笑えば山笑う」。朗らかな句ですね。楽しくなります。楽しい句をありがとうございました。

吉田 和恵

特選句「老いという表面張力水羊羹」。わかっているつもりでも認めたくなくて 老いを受け止められない空間を表面張力の水羊羹としたことに妙に納得。ところで、死ぬ気がしないとおっしゃった兜太先生は水羊羹はお好きでしたか? → 先生もお好きだったと思います。

川本 一葉

特選句「青空の青に燕の子が育つ(柴田清子)」。ついつい気になって燕の巣を覗き込みます。その時やはり上を向くので青空が目に残ります。日本の夏の青に燕が育っていくという詩、素晴らしいと思いました。

月野ぽぽな

特選句「雨降れば山の緑がはみ出すぞ」。緑の溢れる山に雨が降ると、ますます緑が瑞々しくまた濃くなりますね。「山の緑がはみ出す」にその生命力の高まりが伝わります。そして、「はみだせり」ではなく「はみ出すぞ」としたことで、内容と表現が呼応し合い、一句の爆発力を増しています。

高木 水志

特選句「ものの芽のひとつにひとつずつ太陽」。いろいろな草の芽や木の芽に春の初めの柔らかな太陽がひとつひとつに当たっている様子が心地よい。

田中 怜子

特選句「うりずんや普通に戦車が通る」。そんなものだ、と思ってしまってはいけませんね。この国は、あの過去を忘れてしまったのか。

岡田ミツヒロ

特選句『「子は鎹(かすがい)」孫蝶番(ちょうつがい)葱坊主』。ほんと孫は蝶番ですね。子や孫あっての家族の絆です。新しい戦前とも言われる現在、家族解体の危機が刻一刻迫っているような気がします。こんな折、特に心に銘記したい一句です。特選句「殺し文句並べて夏の木立です」。今年も猛暑となりそうです。ここで夏木立の出番、涼しくて、ストレス軽減、免疫力の向上等々、謳い文句が並ぶ。これらは、健康志向の現代人の心底に通じる、まさに「殺し文句」という表現がピッタリ。

中村 セミ

特選句「きゆきゆと鳴る女童のくつ春が行く(銀次)」。なかなかな入学式から少し立ってそれぞれの足がいかにも新しい希望のような読みになっていて、非常にいいです。

向井 桐華

特選句「花の下つるんで血脈の軽さ(十河宣洋)」。満開の花の下、一見楽しく笑って楽しんでいるように見えるが、実はそうではなく他人同士のお花見を「血脈のない軽さ」と表現したところが見事だと思います。

出水 義弘

特選句「ふむふむと抓む落ち沙羅 句はあまた」。選漏れの句を吟味すると、それぞれに大なり小なりの難がある。今一歩の句もたくさんある。選者の判断理由を確認して、納得している様子がうかがえる。上達には、良い句をたくさん詠む一方で、句会などの機会に他の人の意見から学ぶことも大切だと思う。特選句「即諾の一電にして風光る」。重要な案件について、即座に承諾の電話が入った。先行きに明るい展望が開けた高揚感が、「風光る」に良く表現されていると思う。

佐孝 石画

特選句「黄昏やツツジ同士は話さない」。話さない優しさ、話さずに寄り添うことの崇高さ。星も草木も「話さない」優しさがあります。この句は名句です。切れ字「や」の詠嘆も素敵ですが、黄昏「の」の世界もまたモノローグめいていいと思います。「花万朶やがてはぐれて逝きたまふ」。肉親、友人、恋人。桜花のように寄り添ってきた様々人達もいずれ一片ずつ「はぐれて逝きたまふ」。最後の「たまふ」という尊敬語が、もうすでに自分の近くから離れてしまっている喪失感や切なさを、客体視させ深める効果を出している。「ばば抜きのばばゐなくなりおぼろ月」。少し煙たい人ほど、ゐなくなると喪失感が募るものです。見立てが素晴らしい。「祈りとは忘れぬことぞ聖五月」。かつて友人が自死した際、先輩が「忘れてはいけないんだ。それが俺たちの責任だ」と語ってくれたことを思い出しました。「ぼうたんや面影にそっと帽子を(すずき穂波)」。 美しいものを見た時、人間の視覚なんて実は「曖昧なもの」なのではないかと思うときがある。幻影に実体のあるものを直接接触させるこの不毛な行為は、裏腹に自身の感覚などは過去の経験によるものでしかないという諦観があるのではなかろうかと思います。面影に「帽子」を被せるなんてなんとやさしい暴挙であることよ。「蝶結びするりとほどけ青野原」。結び目がほどける瞬間はいつも唐突。その瞬間を見ているわけではないのだが、いつの間にかほどけていたその姿を目にした時、紐自身の解放意志のようなものを想起してしまう。背景の「青野原」もまた、いつのまにか自身の意志を開放させ繁茂しています。「見上ぐればただ空がある忌野忌」。「雨上がりの夜空に」、「トランジスタラジオ」、「僕の好きな先生」、そして名曲「スローバラード」。2009年〈平成21年5月2日に忌野清志郎は逝った。学生時代、一本ごと自分で選曲して、カセットテープに録音して繰り返し聞いた。今残る清志郎の後味は「切なさ」である。彼は切なさを持つにんげんを愛していたんだと思う。そしていま僕たちに残されたのは「ただ空があるだけ」なんですね。(ちなみにこのフレーズはジョン・レノンの「イマジン」のカバー曲の歌詞の一部です)*元ザ・ブルーハーツ甲本ヒロトの清志郎への弔辞は素敵で必見。ユーチューブで見れます。ついでに亡くなる直前の矢野顕子と「ひとつだけ」のデュエットも痺れますよ。

植松 まめ

特選句「燕いま光りの端を咥え来し」「鉄路曲がるあの時のままツバメとぶ」。このところ国内外にきな臭いニュースが多くて気が滅入る。「鉄路曲がるあの時のままツバメとぶ」戦後外地から歩いて38度線を越えて引揚げた方の苦労を思った。戦争を体験はしていないが子供のころ悲惨な話しは色々聞いた。平和が一番武器は売ってはならないと思う。

薫   香

特選句「九十五の母の手習い青葉騒(伊藤 幸)」。いくつになっても、学びたいという気持ちを持ち続けるなんて素晴らしい。

滝澤 泰斗

特選句「肩組んでぼくらの先生メーデー歌(岡田ミツヒロ)」。高校時代の、とりわけ、歴史関連を担う社会科の先生は校長や教頭より年上で、教員室で静かに本を読んだり、物を書いたりしていたが、黒板の前に立っているのを見たことが無かった。たまたまそんな先生にあたらなかったからだが、たまたま、夏休みのとある高原の先生の集まりで見かけ、「インターナショナル」を歌っていた。掲句でそんな昔の事を思い出し、揺さぶられ、無性に、あの先生に会いたくなった。そして、戦前、戦後の歴史観を話してみたくなった。特選句「燕いま光りの端を咥え来し」。自分もコンスタントにこんな句を作り続けたいと思った一句。共鳴句「<身延山にて>久遠寺や息づくひの端に春の鐘(樽谷宗寛)」「爪を切り過ぎて南瓜煮崩れて」「野焼きの煙わが輪郭を食めり」。ただただうまい句だなぁと感心の三句。こちらを特選に入れてもと思う。『「子は鎹(かすがい)」孫蝶番(ちょうつがい)葱坊主』「おむすび山じじばば笑えば山笑う」「トンネルに途切れるラジオ山笑う(布戸道江)」。山が笑えば、私も笑う。楽しい俳句が三つ並んだ。諧謔が俳句に奥行を持たせてくれる。楽しい・・・。「朝刊の匂い嗅ぐ兄昭和の日」。ゴールデンウィークの祭日は季語の山・・・昭和の日はたくさんの思い出に満ちている。掲句の兄ちゃんほどではないが、昔の新聞には確かに独特の匂いがあったなと記憶を蘇らせた。しかし、具体的な言葉には窮するが、懐かしい昭和のワンシーンではある。

伊藤  幸

特選句「月蝕すすむ春あかがねの八十路かな」。八十代を春あかがねと表し、金でもなく銀でもないが人生百年のこの時代、銅あかがねを用いて悔いのない生き方をと、作者の意気込みが感じられる。特選句「うりずんや普通に戦車が通る」。うりずんとは沖縄で大地が潤う春のことをいう。私の好きな言葉である。うりずんという素晴らしい季節の中、普通に戦車が通るなど戦争放棄の日本においてはあり得ないことであるが、訓練の一部としてではあろうが、千歳や大分玖珠町ではそうではない。ましてや戦争中のイスラエル、ウクライナにおいては当たり前という現実。何かがおかしいと作者は訴えている。

豊原 清明

特選句「ばば抜きのばばゐなくなりおぼろ月」。おばあちゃんのいない座は儚さを噛みしめている。問題句「春いっぺんに始まりいっぺんに終わった(山下一夫)」。この感覚、よく分かる季節のスピード。

大浦ともこ

特選句「半熟の後悔ひとつ春の月」。半熟の後悔という表現が新鮮であり、また言い得て妙だとも思いました。自分の中にある半熟の後悔に思いを巡らせました。季語の春の月の滲んだようなイメージもしっくりときます。特選句「ものの芽のひとつにひとつずつ太陽」。太陽の恵みが遍く降り注いでいる様子に明るい喜びを感じます。おおらかな自然賛歌の一句と思いました。

時田 幻椏

特選句「野焼きの煙わが輪郭を食めり」。視覚体験の位相からすれば、野焼きの煙の中の彼の方の姿がおぼろだった経験を わが輪郭を食めり と詠う事の措辞に感服いたしました。特選句「花は葉に紙ひこうきを折っている」。極めて自然な句を詠む態度に、好感を持ちました。

三好つや子

特選句「老いという表面張力水羊羹」。涼やかに軽やかに溶けていく、水羊羹ならではの舌触り。それは、寒天液となめらかな漉し餡の絶妙なバランスによって生まれます。たおやかな老いの姿もまた心とからだの、繊細なバランスで成り立っているのかもしれません。特選句「見上ぐればただ空がある忌野忌」。二〇〇九年五月二日、五十八歳でこの世を去った清志郎。カッコよくてやんちゃで、人なつっこい彼の顏が目に浮かび、五月の空の彼方からデイドリーム・ビリーバーを歌う声が聞こえてきそうです。「半熟の後悔ひとつ春の月」。半熟という言い回しに春の月らしさがあり、時がたっても不完全燃焼のままの後悔に興味深々。「人間の巣箱にいらぬものばかり(河西志帆)」。まったくその通りです。「い」は「要」にしてはどうでしょうか。「殺し文句並べて夏の木立です」。精悍な夏木立の姿を際立足たせる表現に共感。

河田 清峰

特選句「戦いの道具は要らない蝌蚪の国」。武器がなければと思う。戦争する手足がなければと思います。季語が良かった!

野口思づゑ

特選句『「子は鎹(かすがい)」孫蝶番(ちょうつがい)葱坊主』。私は子がいないので、つまり孫もいないので実感ではありませんが、ユーモアーがありもしかしたらそんなものなのかしら、と微笑んでしまった。

藤田 乙女

特選句「菜の花や恋文破り捨てました」。恋文を破り捨てるとは何と思い切りのよいことでしょう。私には真似できないその決断と心意気がとても素敵で羨ましい気持ちになりました。「捨てられぬ恋の未練や菜の花黃」特選句「人間の巣箱にいらぬものばかり」。本当にいらぬものばかりで溢れかえっています。心の巣箱も・・・何が一番大切なものなのか見極め整理していていきたいと思います。

末澤  等

特選句「半熟の後悔ひとつ春の月」。朧に霞む、柔らかで優しい春の夜の月を表す。「春の月」と、「半熟の後悔ひとつ」の組み合わせが素晴らしく感じました。

山下 一夫

特選句「庭隅に鈴蘭きげんのいいエプロン」。謎の二句一章。しばし考えたところ、つまり「庭隅の鈴蘭」イコール「エプロン(の花柄の刺繍)」かと。エプロンをしている人の機嫌が気になっていることから、その主は母や妻などを想像します。そういったいわば母性の範疇にあることによる安心感やほのぼの感が滲んできます。特選句「まだ母になれず鏡のしゃぼん玉」。この二句一章も謎で、熟考。鏡像はほぼ実像でありながらも左右の逆転などを含んだ虚像とも。そこで、一応は母であるのだけど本当の意味で母になれないことを示唆してるかと。完全性を象徴する球体で、かつ儚く消える運命のしゃぼん玉との取り合わせが絶妙です。問題句「見上ぐればただ空がある忌野忌」。不思議と忌野清志郎のことを詠んだ句とわかりました。「空」を印象的に含んだ歌詞が多かったからでしょうか。掲句には楽曲「トランジスタ・ラジオ」を想います。調べてみると、五月二日が命日で毎年、出身の国立市や国分寺市周辺で追悼イベントが開催されているとのこと。現代的なポップスターだったので「見上ぐれば」は口語の方が良かったのではないでしょうか。

新野 祐子

特選句「海賊のもとをたどれば花筏」。海賊だって、はじめは、おもしろくてやったんじゃなくて、食うや食わずの困窮した海の民が他の船を襲ってしまった。やむにやまれずという側面があったのではないでしょうか。人間って困り果てると一線を越えて悪の道に行ってしまいがちですね。「花筏」に喩えた作者の感性、すばらしいです。

菅原 春み

特選句「茅花流し大きな風の吹く日かな」。大きな風ととらえたところに季語との絶妙の取り合わせが。特選句「見上ぐればただ空がある忌野忌」。何でもないようなことを淡々とうたっているところが見事。

綾田 節子

特選句『「子は鎹(かすがい)」孫蝶番(ちょうつがい)葱坊主』。ユーモアと真髄、それに葱坊主の季語がマッチして、そこはかとなく良い句です。特選句「老いという表面張力水羊羹」。言われてみれば老いとは表面張力で頑張って生きてるようなものだと共感致しました。季語の水羊羹の斡旋もナカナカなものですね。尊敬致します。

松本美智子

特選句「燕いま光りの端を咥え来し」。燕の特徴をよくとらえた瑞々しい句だと思います。この季節の光に満ちた空やすがすがしい空気を想像します。♡「青嵐の学校妖怪七人衆」自句自解:我が校には妖怪七人衆がいます。「リズミン」「マモール」「スタディン」「キレーイ」などと愛称もあります。美術専攻の、元校長先生がデザインしたユニークな妖怪です。それを何とか句にしてみました。

竹本  仰

特選句「春キャベツ中に思想のようなもの(松本勇二)」:なるほど、と思った。たとえば、病後、久しぶりの食欲を感じ、食物に向かう時、啓示のようなものに打たれることがある。誰がこんなものを拵え、ととのえ、何の資格があって、このような食事ができるのか。畏敬の念と言っていいほどに、食事ということの意義を感じる。もちろん、ここは食のことを言っているのではなかろうが、一個の人間を支えるものの深さ、それを仮に言えば、「思想」という詩語になるのだろうか。特選句「まだ母になれず鏡のしゃぼん玉」:何となく、ポプコン世代に流行ったウィッシュの「六月の子守唄」を思い出した。まだ母になり切れない未熟な母というのか、そんな迷い戸惑う光景が想像される。そんな自画像をたしかめながら、優しさを追求している姿が感じられた。特選句「濡らしては拭い八十八夜の手(月野ぽぽな)」:濡らしては拭い、というのは当たり前のように繰り返される日常の一動作なのだが、それは何という手なのか。日常の手から抜きんでて、それは確実に何かに向かおうとしている手のようだ。そして、その手は、世界中の何十億という手の存在にもつながってゆく、そんな広がりがある。或る方が医学の解剖実習のとき、献体の手を見てはいけないと言われたことがあると、聞いたことがある。なぜ、手なのか?と、ふと思わせられた。♡4月20日から3週間、病気していました。GWは、毎日、点滴。一昨日から復帰しました。復活します。今後ともよろしくお願いします。

遠藤 和代

特選句「人間の巣箱にいらぬものばかり」。人間にはいらないものだけど、他の生き物には大切な物が巣箱に入っている。とも読めるし、人間の巣箱すなわち家の中にはいらない物ばかりがある。とも読める。面白い句だと思います。

亀山祐美子

特選句「喋り出したら止まらないスイトピー」。風に揺れるスイトピーの明るさが好きです。特選句「人間の巣箱にいらぬものばかり」。同感。終活に取り掛かるもどこから手をつけていいのかわからない。

三好三香穂

特選句『「子は鎹(かすがい)」孫蝶番(ちょうつがい)葱坊主』。孫は蝶番…が面白かったです。先日、トイレのドアのちょうつがいが外れ、オープントイレとあいなりました。孫を連れて来なければ笑なりませんね。

荒井まり子

特選句「老いという表面張力水羊羹」。毎月の皆さんの句を拝見させて頂き楽しみにしています。中七の「表面張力」の表現に思わず共感しました。ありがとうございました、頑張ります!

銀   次

今月の誤読●「湖の上紙ひこうきが飛んでいる(男波弘志)」。湖は今日も霧だった。少年は学校の帰り、その岸辺に立ち寄り、見はるかす水面を眺めるのが常だった。それは一年ほど前に、三つ違いの姉が亡くなってからの日課だった。姉はしばしば「この湖の向こう岸には大きな街があって、そこは夜通し明るいんよ」と言っていた。信じたものかどうかは少年にはわからなかったが、なんだかそこに立つと姉の言っていた街が見えるような気がするのだった。だがそんなものは見えはしない。見えるのは霧だけだ。少年はカバンからノートを取り出し、ページを破り、紙飛行機を折った。そしてそれをスイと湖に投げた。白い機体は水面すれすれに静かに飛んでゆく。風もないのに落もせず、霧のなかに消えていった。と、それが合図のように、霧の向こうに見知らぬ街が姿を現した。無数の窓があった。濡れた高層ビルは空よりも高く、赤い航空灯が星のように瞬く。高速道路は光の川となり、青白い電車がガラスの橋を走り抜ける。看板のネオンサインは夜を照らし、巨大な広告映像の美女は何秒ごとかにポーズを変え、そのたびに笑顔を見せるのだった。少年はその光の岸辺にセーラー服姿の姉を見た。姉は群青色の街明かりのなかで、その紙飛行機を拾い、懐かしい顔で少し笑った。次の瞬間、風が吹く。ネオンも高層ビルも一斉に滲み、あたかも水に溶ける絵の具のように、崩れて消えた。呆然と立つ少年の足元にポタリと紙飛行機が落ちた。こちらの岸もやがて暮れようとしていた。戻ってきた紙飛行機からはかすかに濡れたアスファルトの匂いがした。

疋田恵美子

特選句「花万朶やがてはぐれて逝きたまふ」。爛漫たる人生もいずれ他界という現実を思います。特選句「メラニアの目深きプリズム五月闇」。知的なメラニアトランプさんだけに、背負う宿命の重さのようなものを感じます。

野﨑 憲子

特選句「落花一片老樹の幹の苔の上」。古刹での景なのだろか、苔の上に落ちた櫻の花びらの美しさに思わず息を呑んだ。耳を澄ませば苔と老樹とひとひらの花びらのお喋りが聞こえてくるようだ。静謐で美しい世界観に魅せられた。特選句「死なれへんニセアカシアに風ゆららぎ」 。冒頭の「死なれへん」の関西弁があまりにも切ない。たが、ニセアカシアの登場に、虹色の光が注ぐ。この木には、切っても切っても芽吹く圧倒的な生命力がある。満開のニセアカシアの白い花房が甘い香りを放ちながら重たげに垂れ下がり初夏の風に揺らぐ姿と相俟って「死なれへん」という言葉の奥に、強い意志と静かな祈りを感じる。「風ゆらぎ」とせず「風ゆららぎ」にしたことによる余情が深く息づいていて胸に迫りくる。生きて生きて生きてください。お元気を!

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

夏帽子
夏帽子陳列棚で風を待つ
大浦ともこ
夏帽子ある日の午後のことでした
野﨑 憲子
夏帽子スプンを逃げる豆花(トウファ)かな
和緒 玲子
夏帽子目深にかぶるえくぼかな
大浦ともこ
しんちゃんは三頭身で夏帽子
和緒 玲子
夏帽子のぼりし山の風を吸う
岡田 奈々
梅雨
短調の風が吹きます梅雨晴間
野﨑 憲子
入梅や嘘をつくにも訳がある 
藤川 宏樹
梅雨晴れ間鬱前線を突破せよ
岡田 奈々
夜の電話梅雨に音階あるらしく
和緒 玲子
電話(スマホ)
虹は片虹糸電話の糸切れて
大浦ともこ
待ち受けはギザギザハートのお月さま
野﨑 憲子
茉莉花(マツリカ)の香の濃き夜を長電話
和緒 玲子
豆飯の臭いの中を電話とる
岡田 奈々
電話口じっと我慢の黄水仙
末澤  等
昼寝覚
私であつて誰かであつて昼寝覚
野﨑 憲子
昼寝覚スワンボートの乗り心地
和緒 玲子
二刀流でどんなもんじゃい昼寝覚
藤川 宏樹
昼寝覚白湯にうるほう喉仏
大浦ともこ
俳句つてパツシヨンなんだ昼寝覚
野﨑 憲子
象とゐてマツケンサンバ昼寝覚
藤川 宏樹
カステラは厚切りでとや昼寝覚
岡田 奈々
蛇の衣
ありがた山のトンビ烏や蛇の衣
野﨑 憲子
裸婦像に長き四肢あり蛇の衣
和緒 玲子
蛇の衣愛と思ふかAIか
藤川 宏樹
今すこし我慢のときです蛇の衣
藤川 宏樹
花蜜柑
大潮の無垢なる風よ花みかん
和緒 玲子
初恋めくひとをとなりに花蜜柑
藤川 宏樹
ミサの鐘遠く響きて花みかん
大浦ともこ
「先生」はやめてちょうだい花みかん
藤川 宏樹
花みかん明るい視覚障害者
岡田 奈々
忘れるもんか海岸道りの花蜜柑
野﨑 憲子
花みかん色と香りの二刀流
古沢  等

【通信欄】&【句会メモ】

今回は、五月晴れに恵まれお出かけの方が多く、少しコンパクトな生句会でしたが、いつもと変わらぬ楽しい句座になりました。兜太祭りがご縁で、金沢の木村寛伸さんも加わり、ますます句会が熱く渦巻いてまいりました。

♡『俳壇』6月号84頁に志度寺の句碑に関しての拙文が掲載されています。お気が向けば書店や図書館でご覧ください。

Calendar

Search

Links

Navigation