2024年2月23日 (金)

第147回「海程香川」句会(2024.02.10)

梅.jpg

事前投句参加者の一句

                                                                                                                                                                                                                                      
建国日語るにマフラー長すぎる 三好つや子
雪降らぬ地にて語る被災地の雪 野口思づゑ
二月堂夢の中より豆を撒く 渡辺 貞子
オリオンの統ぶる夜空や霜の声 稲   暁
海女と息合わせて寝落つ冬の宿 若森 京子
冬の能登自傷のごとき崖崩れ 森本由美子
梅の花むしろ近所だ中韓は 山下 一夫
座して眠るあの雪嶺のたいらな師 佐孝 石画
クレヨンのはみ出している鬼の面 藤田 乙女
掌に仏のごとき海鼠かな 榎本 祐子
潰れた家と屍隠す風花 菅原香代子
悴むや青空と語を見失ふ 佐藤 稚鬼
冬空があまりにも青すぎて敬礼 銀   次
<沖縄の私宅監置>コンクリの穴より早緑の滴るよ 田中 怜子
トキめきの鍵と出会うよ梅蕾 岡田 奈々
寒雀空を見上げることにする 松本 勇二
簪の影が立っている梅の花 中村 セミ
白鳥がゐる白鳥がゐる赤光 小西 瞬夏
知らんぷり氷上に猫降り損ね 山田 哲夫
村八分聞かず言わざる梅見ざる 田中アパート
やさしくなれるかな白いセーターなら 月野ぽぽな
覚めぬ木を二月の風の揺れ起こす 風   子
にびいろの野良猫朧ごと拾ふ 和緒 玲子
冬夕焼け灯り始めしビルの街 山本 弥生
地の涯に春来る静か光の輪 十河 宣洋
風花に紛れて逝くよたましひも 柾木はつ子
鳥に人にそれぞれ居場所冬の島 桂  凜火
ヒョウ柄のバナナに威嚇されており 鈴木 幸江
冬山の樹相ゆたかに吾を満たす 野田 信章
腎臓を一つ無くして除夜の鐘 滝澤 泰斗
挙げる手に応える手あリ息白し 福井 明子
健さんを気取る夫としるこ食ふ 吉田 和恵
海女小屋の囲炉裏の消し炭春を待つ 増田 暁子
節分へ岩の中なるオニオコゼ 河田 清峰
沖晴れてをり一月の山が鳴く 柴田 清子
寒鯉の犇めきあへる地震の夜 石井 はな
声忘れ母の眼は澄み初氷 薫   香
落ち椿躓くほどに老いました 谷  孝江
猫となる気概じゆうぶん猫柳 佳   凛
豆撒くや生かされてよくこの日まで 寺町志津子
劇場の匂いかすかに雪催い 竹本  仰
霜柱うるるうるると鳴り始む 高木 水志
縁尋機妙疑う寒の片目野良 時田 幻椏
昭和百年意識的楽観や「スリム」 疋田恵美子
許されぬ人間として流氷期 綾田 節子
一日の口直しだから冬満月 河野 志保
軍港に雨を見ている開戦忌 重松 敬子
今日の邂逅風花と記します 新野 祐子
漆黒として奥行はあるのです 男波 弘志
夜空からちぎれたこころ粉雪降る 飯土井志乃
はじめましては立春の鼓動です 三枝みずほ
春立つやしつけ糸解き草履履く 菅原 春み
待ってるよあの子の席に日脚伸ぶ 松本美智子
いくさなぞしてる場合か去年今年 三好三香穂
こうのとり電柱に来て風が鳴る 小山やす子
冬すみれ母百日の心電図 荒井まり子
水軍の裔とか海鵜はぐれ飛ぶ 大西 健司
いそぐことあらへんやろう たねをの忌 島田 章平
手紙だと「元気よ」と言う寒見舞 津田 将也
繭玉の向うはダム湖追憶す 樽谷 宗寛
二股大根の涅槃一人鍋 藤川 宏樹
小児科にまはるモビール春隣 大浦ともこ
枯れざるは無頼の流儀作家死す 岡田ミツヒロ
機嫌よきハシビロコウや春隣 植松 まめ
妣と見る野地に芽を出す蕗の薹 漆原 義典
登山口は僕の伸び代冬霞 末澤  等
春海や全身汗の流れ水 豊原 清明
終活のはじめはフリマ寒卵 向井 桐華
接吻の間のことと落椿 川本 一葉
銀輪漕ぐ小さな逃亡二ン月の 伊藤  幸
ちりしくや紅の浄土の久女の忌 亀山祐美子
甲矢(はや)番ふ指に力や春近し 松岡 早苗
源流は日輪の巣よ兜太の忌 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「劇場の匂いかすかに雪催い」。雪が降りそうな湿気を含んだ気配になにかが匂ってくる。それが「劇場の匂い」だという意外性。場末の古びた劇場の映像が浮かび上がり、昭和感のあるノスタルジックな世界に浸る。

月野ぽぽな

特選句「小児科にまはるモビール春隣」。色とりどりのモビールが静かに揺れ動き、それを目で追う幼子たちとその親たち。回復の願いの満ちる空間に、春を待つ心の満ちた季語がよく合います。

十河 宣洋

特選句「やさしくなれるかな白いセーターなら」。甘い作品だがたまにはこういう作品があってもいい。人が持つ心の二面性。そんな思いを考えさせられて面白い。なかなか、照れくさくて優しくなれないという人は多い。特に日本人は優しさを表現するの下手である。本当は心の優しい人である。白セーターでなくてもいいんだがちょっぴり冒険しようかという気持。特選句「海女と息合わせて寝落つ冬の宿」。芭蕉さんは遊女と一つ家に寝たが、海女さんと寝たのは芭蕉より粋である。

松本 勇二

特選句「登山口は僕の伸び代冬霞」。登山口を伸びしろと見立てる感性が光りま す。何歳になっても伸び代あると思わせる、溌溂とした一句です。

佐孝 石画

特選句「漆黒として奥行はあるのです」。作者が最初に出会ったイメージは「漆黒」か「奥行」か。季語がない分、非常に観念的な詩になっているが、「漆黒」、「奥行」が共に暗喩的な響きを持ちつつ、読み手の既視感覚を誘う。そして「漆黒として奥行はある」という、なかば暴力的な断言が、じわりと妙な実感と迫力を絞り出してくる。「奥行」にはもちろん、人生、情念の揺れ幅にも通じることだろう。この観念と迫力は西東三鬼の「中年や遠くみのれる夜の桃」を彷彿とさせる。

福井 明子

特選句「聖観音真っ正面にして四温(柴田清子)」。仏さまと真向い、両の掌を合わせる。その時、遠つ世からなにか壮大なエネルギーを身に受けるような気がする。四温という簡潔な響きに、凍てつく堂から、湧くようなぬくみが漂ってくる一句。特選句「ちりしくや紅の浄土の久女の忌」。 昭和21年1月21日は杉田久女の忌日。一途さゆえに、紆余曲折の多かった人生。ちりしく紅のイメージは、過酷な最後に、せめて清楚なあたたかさを、との願いが込められていると思います。

藤川 宏樹

特選句「知らんぷり氷上に猫降り損ね」。決して猫好きではない私が、今月は「猫」を何故か三匹とってしまった。寒さを嫌い、炬燵で丸くなる猫が氷上へトライ。だが着地に見事失敗。すましてとりなす様が眼に浮かぶ。「知らんぷり」がうまく言い当てている。

風   子

特選句「クレヨンのはみ出している鬼の面」。園児の色とりどりの鬼の面が目に浮かぶようです。「建国日語るにマフラー長すぎる」。マフラーは何の比喩か。分からぬまま、その思いに引っ掛かりました。「猫となる気概じゅうぶん猫柳」。ちょっとあざといかな、と思ったのですが気概に免じて。「接吻の間のことと落椿」。絶妙に落椿で救われた。落椿が美しい。

津田 将也

特選句「やさしくなれるかな白いセーターなら」。それは、もう、なれるでしょう!あなたなら、きっと・・・。特選句「にびいろの野良猫朧ごと拾ふ」。鈍色(にびいろ、にぶいろ)とは、濃い灰色の猫のことです。平安時代に、この灰色という名称が定着しました。朧(おぼろ)は、春は昼も夜も空気中に水分が多いので、物がかすんで見えることが多くあり、このため俳句では、昼を「霞」夜を「朧」と表現します。朧は、月が出ていなくても発生し得るので、月が出ている夜の朧のときは「朧夜・朧の夜」などと使います。結句の「朧ごと拾ふ」は、この句での大収穫の措辞になりました。問題句「豆撒くや生かされてよくこの日まで」。とても佳い句です・・が、私なら、「生かされてよくこの日まで豆を撒く」と書きたい。

岡田 奈々

特選句「湯豆腐の湯だまりにいのちのかけら(銀次)」。湯豆腐をあー美味しかったといって皆で堪能した後、何故かわらわらと小さな箸で取れない豆腐の残り。本当、細部にまで命は宿っていますが、豆腐の欠片にそれを感じる作者の感受性の細やかさに感じ入った。特選句「銀輪漕ぐ小さな逃亡二ン月の」。小学生低学年の子が自転車で家出かな?小さな逃亡者は何から逃げようとしたのかな。背景が心に迫る。「冬の芽に少年の血が巡りゆく(高木水志)」。若さ故の憤り、それとも願望。「ブロッコリーの森に迷える小鳥たち(重松敬子)」確かにブロッコリーは森に見える。ミクロの大冒険。「クレヨンのはみ出している鬼の面」。幼稚園から必ず持って帰ってくる子の作った鬼の面。クレヨンの油の匂いのおまけ付き。懐かしい。「やさしくなれるかな白いセーターなら」。絶対成れると思う。私も白いセーター大好き。必ず毎年買う。だって、すぐ、くすんで、毛玉出来るから。私の殺気を吸い取ってくれているのかな。「ヒョウ柄のバナナに威嚇されており」。ヒョウ柄のと言うことは買って4、5日経過。そろそろアルコールくさくなってきた。早く食べてよって言われている。「健さんを気取る夫としるこ食ふ」。健さんのように格好良くはないけど、一緒にお汁粉食べる人がいるのが幸せ。「縁尋機妙疑う寒の片目野良猫」。「縁尋機妙」という言葉初めて知りました。でも、小さい頃から何にも良いことの無かったこの猫さんは猫不信になっても仕方ないよね。「登山口は僕の伸び代冬霞」。山は一つ一つ違う体験が出来る。そして、積み重ねることで、また、次の山へと。良いな山は。

松岡 早苗

特選句「掌に仏のごとき海鼠かな」。掌の一見してグロテスクな海鼠を、「仏のごとき」と捉えていることに衝撃を受けました。堅い骨も棘も持たず海底の堆積物を食べて穏やかに暮らしている海鼠。考えてみると確かに仏のような存在なのかもしれません。特選句「やさしくなれるかな白いセーターなら」。白色には、新たな出発のイメージがあり、清らかな広がりや希 望も感じられます。心にすっと爽やかな風が入ってくるようでした。

河野 志保

特選句「漆黒として奥行はあるのです」。見る、聞く、触れる、食す…いろんな場面に「奥行」はある。その存在は「漆黒」だという。見えないはずなのに見えている、と言うか見えている気になっている空間、といったことだろうか。不思議な説得力にひかれた。

島田 章平

特選句「潰れた家と屍隠す風花」「沖晴れてをり一月の山が鳴く」。2句とも『能登震災』を詠んだ句。しかし、表現はまったく違う。「潰れた家、屍」」というリアルな句と、もう一句はどこにも震災の表現はない、しかし、「一月の山が鳴く」という表現に恐ろしい凄みがある。 「沖」と「山」の対比、そして「泣く」ではなく「鳴く」に作者の写生眼の深さを感じる。

疋田恵美子

特選句「梅の花むしろ近所だ中韓は」。隣国韓国(北も含め)中国は、元より、地球上の全ての人々が仲良く平和であることを切に願う。世界平和の為、日本も多いに活動してほしいと思います。特選句「<スリム>快挙月で豆撒く日もあろう(森本由美子)」。月面着陸に成功した探査機「スリム」への喜びの句として頂きました。

柴田 清子

特選句「掌に仏のごとき海鼠かな」。掌に海鼠を乗せる行為。その海鼠が仏のようであると言う捉え方発想がすばらしいです。「人日の水なし暖なし能登人(びと)よ(野田信章)」。「非戦ヒセン非戦ヒセン百千鳥(野﨑憲子)」など、十七文字短い故に、訴えてくるものの大きさに驚いています。自分には、出来ない仲間の一句一句を、大切に読ませてもらって、佳年にしたいと思いました。

鈴木 幸江

特選句評「消印を押されたままの末黒野や(男波弘志)」。私は、切手に押された消印の意味を妙にいろいろと考えてしまう。〝いつ押されたのだろうか?この仕事をする人はどんな気持ちでこの消印を押したのだろうか?“などなど。使用済みの印と知るとなんだか辛くなる。そして、こんな自分はいったい何者なのだろうかと・・・。”末黒野”は情の強さを表現している季語。能登の震災火災跡の光景が浮かび辛くなったのは、私だけではないであろう。「にびいろの野良猫朧ごと拾ふ」。幻想的な美の世界を感受させていただいた。これは日本文化としておおいの大切な美意識と考えている。後世へも伝えたく思い特選とした。問題句評「春寒しバナナを黒くして悔し(山下一夫)」。表現は違うがこの作者の気持ちはよく分かる。兜太師への想いを感じた。拙句「ヒョウ柄のバナナに威嚇されており」も、先生は、ちょっと熟したバナナがお好き、ということを知ったときに、つくづく先生は先生だと実感した思い出がある。(因みに私は青いのが好き。)”春寒し”の季語がよく効きました。でも、ちょっと”悔し”は無くてもいいかな、と思って問題句にしました。

大西 健司

特選句「寒鯉の犇めきあへる地震の夜」。どんな小さな地震でも動物は敏感に反応をする。水底に固まっている寒鯉もやはり犇めきあう、それはあたかもか弱い人間の心の揺らぎのようだ。

桂  凜火

特選句「機嫌よきハシビロコウや春隣」。本格的な春が待たれます。 気の滅入るニュースもおおいこの頃なので機嫌よきものといるのはいいですね。ハシビロコウは妙に人間的なのでとても好感がもてました。

山田 哲夫

特選句「腎臓を一つ無くして除夜の鐘」。十数年前に同じ体験をした私にとっては、この句の作者の喪失感が痛いほど分かる気がする。理屈ではなく、生な実感として身体が覚えている感じは、何とも微妙で言葉にしては表しがたい気がする。「除夜の鐘」の下五がよく効いている。

綾田 節子

特選句「恋の猫理屈じゃないよ走る猫(佳凛)」。そうですよ、理屈じゃないですよ猫も人間も。猫の走る姿が動画のようです。特選句「幼子のけんけんぱーや春隣り(藤田乙女)」。真冬は元気の良い子供と言っても、外遊びも?でも少し暖かくなれば、春隣りが効いてます。子供の頃を懐かしみました。

男波 弘志

「寒雀空を見上げることにする」。そうすることにする この簡潔さと潔よさ 生きるとはそうゆうことなのだろう戦争をやめることにする それを実行できない世界の指導者は 人間をやめるべきだろう そんな人間が人間でいられる理由など どこにもない 特選

植松 まめ

特選句「父母(ちちはは)の面影恋し老いの春(寺町志津子)」。親離れが早かった私は父母への想いが淡泊であったが、ふた親を亡くし自分が老いを感じるようになると父母を恋しく思う気持が強くなった。特選句「オリオンの統ぶる夜空や霜の声」。犬を飼って居たころは夜遅くに犬とよく散歩をした。特に冬のオリオン座を仰ぐと心が洗われる様な気がした。

末澤  等

特選句「冬空があまりにも青すぎて敬礼」。これまでの登山のなかでこのようなシチュエーションに幾度か経験しましたが、私的には「背筋伸び」が精一杯で、「敬礼」までは思いつきませんでした。上手く表現されていると思います。

寺町志津子

「痛みとは生きてる証し沈丁花」。生々しい痛みに耐えておられる作者の一日も早いご快復をお祈り申し上げます。「幼子のけんけんぱーや春隣」。幼子さん達の明るく可愛いお声が聞こえるようです。♬♬「もう直ぐハールですねえ」。「いそぐことあらへんやろう たねをの忌」。たねをさんとお親しかった方の御句でしょうか? 素っ気ない表現に、お親しかった良き俳友を失った寂しさ、悔しさがジンと伝わってきました。

滝澤 泰斗

特選句「いそぐことあらへんやろう たねをの忌」。晩年の高橋さんに大阪で二度ほどお会いした。笠智衆さん然とした佇まいが印象的な方でした。ですので、エピソードも無いのですが、上五中七がその少ない邂逅の中で、如何にも、たねをさんが言いそうな言葉を持ってきたな、と、感心しきり。特選句「機嫌よきハシビロコウや春隣」。ケニアはマサイマラ国立公園の午後はサファリを休んで夕方までホテルで休息を取る。そんな退屈な午後を楽しませてくれるのはアフリカ独特の動物たち、中でもこのハシビロコウという鳥というか、鳥獣は出色だ。何を思ってか、ずーっと同じ姿勢で、長い時間、微動だにせず、ただ、目だけが生きている。それでいて、こちらを飽きさせない力に満ちていながら、不機嫌そうに見える・・・だからか、ある種の緊張もあってみていられる。時として、機嫌が良く見えたのは、目の動きが多少ユーモラスに見えたか・・・。「座して眠るあの雪嶺のたいらな師」。また、先生の忌日がやってくる。もう六年かと、この句の言わんとしていることも含め様々に思い出される。「にびいろの野良猫朧ごと拾ふ」。朧ごと拾う。季語が生きた。「人日の水なし暖なし能登人(びと)よ」。応援句を作るが、もう少し時間が要る。「軍港に雨を見ている開戦忌」。忘れてはいけない。戦争を知らない世代は、戦争を語った親や先人の言ったことを語り継ぐこと。その意味でもこの句のように、戦争を始めた日は忌日という感覚を大切にしたい。「枯れざるは無頼の流儀作家死す」。同じ年の生まれ、同じ学校ということもあり、何かにつけて意識した伊集院静。早い死を悼む。

樽谷 宗寛

特選句「源流は日輪の巣よ兜太の忌」。素晴らしい。源流、日輪、兜太と勢揃い。いただきました。私は雪女になって一句。「雪女の敬慕の情や兜太の忌(樽谷宗寛)」

豊原 清明

問題句「海女と息合わせて寝落つ冬の宿」。前田普羅句集を思い出す。生涯の句をうすい一冊に納めた、ふらんす堂『前田普羅句集 雪山』をこの句、「冬の宿」で思い出し、また再読したくなった。特選句「堕天使の横顔平か蜜柑むく(桂 凜火)」。この「堕天使の」を今月の句会に直感で選びましたが、「堕天使」は悪魔であり、ちょっと怖いなあと思います。「蜜柑むく」で選びました。

若森 京子

特選句「劇場の匂いかすかに雪催い」。〝劇場の匂い〟という言葉に色々今迄に演じて来た歴史を思い興味を持った。特選句「登山口は僕の伸び代冬霞」。登山口から、どんどん登って行くのを、僕の伸び代との表現が面白い。

三好つや子

特選句「にびいろの野良猫朧ごと拾ふ」。キジトラか、ハチワレか、クロなのか・・・毛の色がまだはっきりしない仔猫に懐かれ、連れ帰ってしまったのでしょう。飼うことにどこか躊躇している作者の心情も投影され、惹かれました。特選句「人日の水なし暖なし能登人よ」。地震と津波で、ライフラインを断たれてしまった能登の人々の痛々しさが、心に迫ってきます。日常の生活を一刻もはやく取り戻していただきたい。「冬の芽に少年の血が巡りゆく」。深くて、しずかで、熱いことばを紡いだ、聡明感のある表現。「猫になる気概じゅうぶん猫柳」。ツンツンしたり、デレデレしたり。そんな気ままな振るまいを許す、猫好きのための猫の句。

田中 怜子

特選句「自販機の灯りに浮かぶ冬の雨(石井はな)」。孤独な都会人にほっとするような温かみがあるのでは。その灯の中で雨が走っている、体験してますね。 特選句「いそぐことあらへんやろう たねをの忌」。たねをさんとは一度もお目にかかってないのですがなんとなく、たねをさんらしいのではないか、と。そして、忘れられることなく、ほっこりとした句にたねをさんを偲ぶことは良き事だな、と。

山本 弥生

特選句『手紙だと「元気よ」と言う寒見舞』。何十年来の友達からの寒見舞の手紙が来た。電話なら声を聞けば健康状態も分るが丁寧に手紙でくれた「元気よ」が、お互いに高齢なので逆の事も想像して気になる。

河田 清峰

特選句「川向うも同じ町名菜花咲く(谷 孝江)」。昔は川もなく戦もなく仲良くしてたのでしょう。

中村 セミ

特選句「ビルよりも硬し大寒の青空(月野ぽぽな)」。寒い時の青空が冷たく固い物に映っている。この青空は、一種の心情風景かと思う。海や空や夜は,昔から、宇宙と繋がっている。切れるような俳句も、不思議な絵を見るように、何かと,繋がっているのだろう。

和緒 玲子

特選句「軍港に雨を見ている開戦忌」。呉でしょうか、横須賀でしょうか。まるで自分が土砂降りの中、すぐ目の前の巨大な船を見上げているような錯覚を覚えました。装飾も無く淡々とした景の表現が、より多くのことを語っているように思います。

伊藤  幸

特選句「建国日語るにマフラー長すぎる」。現代人の感覚ですね。ストレートで好感が持てます。特選句「枯れざるは無頼の流儀作家死す」。戦後の無頼的姿勢を示した作家を無頼派と言ったらしいが現在でもその姿勢を貫く作家が絶えない。私もその読者の一人。永遠に枯れることなき流儀であろう。

漆原 義典

特選句「声忘れ母の眼は澄み初氷」。この句で4年前に亡くなった私の母が蘇りました。澄んだ母の眼と初氷が、静寂な情景を良く詠んでいると思います。上五の<声忘れ>が、一層の静寂さを感じさせます。素晴らしい句をありがとうございます。

亀山祐美子

特選句「クレヨンのはみ出している鬼の面」。事実のみを並べ感情を廃している分読者の想像を刺激する佳句。文句なく明るく伸びやか。一読顔がほころぶ。「沖晴れてをり一月の山が鳴く」「冬すみれ母百日の心電図」「三号車窓際枯野行列車(小西瞬夏)」「ビルよりも硬し大寒の青空」

 
岡田ミツヒロ

特選句「 漆黒として奥行はあるのです」。知覚できるのは、事物の表層でしかない。人の心にしても深層は窺い知れず、極限状況に於て、その実相を見る。特選句「夜空からちぎれたこころ粉雪降る」。星空の美しさも、いまや心に届かない災禍の街。降りしきる雪の無情。

吉田 和恵

特選句「いそぐことあらへんやろう たねをの忌」。たねをさんの名は聞くばかりで存じあげませんが、お人柄を彷彿とさせます。

菅原香代子

特選句「声忘れ母の目は澄み初氷」。凛とした母親への深い愛情を感じます。「父母の面影恋し老いの春」。亡き両親を思い出しその歳に近づいた自分への感慨を感じます。

野口思づゑ

今回は特選絞り切れませんでした。「痛みとは生きている証し沈丁花(三好三香穂)」。季語が効いています。「さあ来いよカモン・ベイビー 青鮫忌(島田章平)」。リズムが良い。「落ち椿躓くほどに老いました」。ユーモラス、そして実感がこもっている。「あなたからハンコをもらう春支度(三好つや子)」。離婚届の印鑑をもらい、これから第二の人生の春が始まるのか、それともやっと結婚の同意を受けルンルンの新婚生活が始まるのか。

渡辺 貞子

先日は瀬戸の海を渡り懐しい、ふる里の景色を楽しみ乍ら一日を娘に連れられて楽しむ事が出来ました。暖い皆さまお仲間に混じり楽しいひと時をありがとうございました。いつも仲良くしていただいている娘の幸せな様子を思いました。転勤族の夫と主に、あちこち転々と致しましたが、やっと古里に老を過しており娘の監督のもとに送るの日々でございます。何かとお世話になる事と存じますが、よろしくお願い申し上げます。楽しい一日でございました。ありがとうございました。うれしゅうございました。

野田 信章

特選句「冬の能登自傷のごとき崖崩れ」。一読、冬の日本海に突き出した腕(かいな)そのものの自傷行為の悲に重ねた映像による把握として読んだ。そこに、この地ならではの惨に耐えて生きる能登人(びと)への心情のこもった感のはたらきも在ると思える。

三枝みずほ

特選句「源流は日輪の巣よ兜太の忌」。源流は水源であると同時に万物の源である。それらが日輪の巣であるという把握に驚いた。古来より日輪は命の象徴として様々なものを産み育ててきた。すべての始まりを、源を、「日輪の巣」と表現したこのダイナミックな暗喩は、兜太の忌であるからこそ共鳴出来、また多様な解釈が許される。

山下 一夫

特選句「知らんぷり氷上に猫降り損ね」。猫が、高い所から一瞬動きを止めた後に飛び降りる姿、そこが氷上で滑ってあがく姿、姿勢を整えてしっかり爪を立てて何事もなく歩き去る姿がありありと浮かんできて思わず笑ってしまいます。後悔や反省、自嘲とは無縁に生きる動物は清々しい。特選句「劇場の匂いかすかに雪催い」。今にも雪が降りだしそうな空の気配や満ちている気配に劇場を共鳴させ「匂い」との臭覚表現を持ってきているところ、景の雄大さが憎い。問題句「ヒョウ柄のバナナに威嚇されており」。熟してきて茶色の斑点(スウィートスポット又はシュガースポットと言うらしい)が出てきたバナナのヒョウ柄への喩えは初見でなるほどです。ググると菓子・東京バナナの柄を指すことが多い様子。猛獣から威嚇というのも面白い。冷気にあてず早く食べきらないといけませんね。

菅原 春み

特選句「にびいろの野良猫朧ごと拾ふ」。朧ごと拾ふというところに深く納得し感動しました。特選句「声忘れ母の眼は澄み初氷」。眼の澄んだ母と初氷のとりあわせは秀逸です。人は機能を失ったぶんだけ、さらなるものを得るとか。

森本由美子

特選句「冬すみれ母百日の心電図」。晩年を生きていらっしゃる母上の察しきれないデリケートな心の動きを心電図に喩えているのか。冬すみれは作者がそれとなく寄り添う姿を暗示させる。

薫   香

特選句「いそぐことあらへんやろ たねをの忌」。ご本人を存じあげませんが、方言の持つあたたかさとおおらかさに包まれて緊張が解けるような心地よさが伝わってきました。特選句「きさらぎやそれでもいのちふくらんで(福井明子)」。春にはまだ少しある如月という季節でも、枝の先の芽は確実に膨らんでいる様が、ひらがなの持つ軟らかさとともにすっと胸に沁みました。

竹本  仰

特選句「海女と息合わせて寝落つ冬の宿」:歌人・浜田康敬の作品に<野に歌声放ち休日、出前そば持たぬ少年と活字拾わぬ我と>というのがあり、それと似た世界の良さを感じました。冒険を休んでいる冒険家じゃないですけれど、冬の間仕事が無い海女さんが民宿で働いているのか、それも風情ですね。夜、何だか静かすぎて寝息さえ聞こえそうなその闇の中に海女さんが昔の夢でも見ているんだろうか。北原ミレイ「石狩挽歌」のフレーズ「〽わたしゃ娘ざかりの夢を見る…」というような深い眠りが感じられました。特選句「掌に仏のごとき海鼠かな」:輪廻転生の果てというか、いつか仏になるために今はこの姿なのではなかろうか。と、ふと手のひらのナマコに人知れぬ愛着と憐れみを感じたのでは、と思いました。あるいは、これは前世での自分なのかもしれず、この出会い、何かしらゆかしいものである、という感慨でしょうか。ユーモラスな出会いの姿に、この世の仕組みを感じ、感じ入ったということではないかと、受け取りました。特選句「冬山の樹相ゆたかに吾を満たす」:老いの肯定のように感じます。例えば枯木と一言でいいますが、あれもそんなざっとしたものでなく、一枝一枝がそれぞれの形と情を持ったもので、空の形象を見事にあらわします。そんな豊かさは、人の内面と似つかわしく、その年齢にならねば味わえない種のものかもしれません。少し先走った言い方をすると、よい春を迎えるためには、冬という演出を経なければならないのか、ともふと思います。以上です。♡もう春一番の時期となりました。春一番の一は、まず一歩の一、踏み出しましょう、まず一歩。みなさん、よろしくお願いします。

新野 祐子

特選句「挙げる手に応える手あり息白し」。何気なくて人と人との良き交感が描かれています。「息白し」に生きとし生けるものの哀歓を見れずにはおれません。三橋敏雄の「手をあげて此の世の友は来りけり」。を連想しました。入選句「にびいろの野良猫朧ごと拾ふ」。「朧ごと」が眼目ですね。「寒鯉の犇めきあへる地震の夜」。地上だけでなく空にあるもの。水中に生きるものも、みな天変地異の犠牲となります。「受け入れて乗り越える」。口で言うのは簡単ですが、とても難しいことですね。考えさせられました。

松本美智子

特選句「寂しくて朧に母を呼びもどす(和緒玲子)」。あまり情景の浮かばないセンチメンタルな句は俳句として「有りか無しか」いつも迷ってしまいます。自作するときも、選ぶときも・・でも、この句はちょうどその微妙なラインをうまくバランスをとって「朧夜」の気分を表した秀句であると思いました。

川本 一葉

特選句「寂しくて朧に母を呼びもどす」。朧という不確かなものに縋るような想い。もう会えない人にどうしても会いたくなるとき、あります。美しい、とも思いました。

榎本 祐子

特選句「落ち椿躓くほどに老いました」。嘆くでも、抗うでもなく「老いました」の肯定が大人です。落ち椿の彩りも控えめにして効果的ですね。

重松 敬子

特選句「劇場の匂いかすかに雪催い」。観劇の高揚感がただよいます。雪を配することにより、日常と切り離されたひとときの喜びが伝わってきます。

高木 水志

特選句「はじめましては立春の鼓動です」。やわらかな立春の訪れを「はじめまして」で表現している。立春ならではの、どきどきする感覚がうまく表現されている。

荒井まり子

特選句「嫌いなものは嫌い?豆撒くぞ(十河宣洋)」。?の使い方が効果的で十二分に面白い。場面が見えてくる様。アッハッハァ。

三好三香穂

「風花に紛れて逝くよたましひも」。ちらほらと落ちてきては消えていく、溶けていく風花。どこか遠くに連れていってくれそうにも思う。そんな心情をよく表しています。「今日の邂逅風花と記します」。これも風花。あまり雪の降らないここ香川では、降っても、風花。特別なこと、天からの贈り物を戴いたような幸せを感じるのです。「接吻の間のことと落椿」。落ち椿はある日ある時突然ポトン。それが接吻の間のことと、捉えたことが面白い。どういう事だろうと、考えがぐるぐる回って面白い。

塩野 正春

特選句「浮き寝鳥翔ばず沈まず生きましょう(若森京子)」。この乱れた時世を静かに平和に生き抜くための悟り・・とも見える句。達観した生き方とでも言いましょうか。水に流されつつも焦らず動かず生きて行ければこの上ない幸せかな? 敵が来れば死んだふりもできる。 特選句「お多福の面追う節分の動悸(荒井まり子)」。幼き頃の初恋を思い出したのかな。お面をつければ怖くない・・とは言うものの相手は恋するあの子。ドキドキします。豆は優しくぶつけるか? 捕まえたらどうしよう?何を言おうか、あれこれ考えてしまいますね。老いた私にもこんな思い今でもあります。

柾木はつ子

特選句「冬の能登自傷のごとき崖崩れ」。地球が悲鳴を上げて至るところで自らを傷つけて行っているのでしょうか?その中で生きる私達は恐れおののきながら、それでも明日に希望を持って生きるしかありません。命の果てるその日まで。特選句「待ってるよあの子の席に日脚伸ぶ」。思ってもみなかった災害のためにクラスの子供達が離ればなれになって学ばなければいけない現実…けれど必ず元のクラスに戻って共に学べる日が来る事をお祈りしたいと思います。

銀   次

今月の誤読●「青空の澄み切っている孤独なり(三枝みずほ)」。わたしは病床にいる。看護師が「窓のカーテン、開けましょうか?」という。わたしが生返事したとたん、サッと陽光が差し込む。窓越しに見えた風景にわたしは驚く。そこには見事に晴れ上がった空があったからだ。その空の青いことといったら、まるで手練れの左官の塗ったような濃淡のない、真性の「青」だった。わたしはその青を全身で受け止めようと、両手を広げ、起き上がろうとする。だがカラダはわずかしか動かない。看護師が再びいう。「ムリしちゃダメよ。あなたは昨日まで死んでいたんだから」。そう言い残して看護師は出て行く。わたしは魅入られたように、その青から目が離せない。少しでも窓に近づきたい。近づけばその青に触れられる。なんの根拠もないが、それがわたしが生還した証しのような気がしたのだ。わたしは気力を振り絞って、カラダを動かし始める。ベッドの上をじりじり、わずかずつわずかずつ、わたしは窓に近づく。全身が汗にまみれている。何時間たっただろうか。ようやく窓にたどり着いたわたしは、両の手を差しのばした。触れた、と思ったとたん、そこにはガラスがなく、わたしはもんどり打って窓の外に放り出される。落ちる。わたしは落ちた。だがそれは地上に向かってではなく、空に向かってだ。青のまっただなかへ、そのもっとも深いところへと、わたしは落ちていく。そして叫ぶ。「生きている!」と。この声をだれが聞くだろうか。

谷  孝江

特選句「いくさなぞしてる場合か去年今年」。そうです!いくさなどしている場合ではありません。今、目の前で幼い子たちが食べる事にも事欠き、大人たちの爭いで傷を負うているのです。私達の年代を生きてきた人間は誰もが持っている消すことの出来ない事実です。人間として当然受けられる平和、三度の食事、小さな喜び、それさえ持って行かれるなんて許せません。教育を、食事を、子供たちに・・・それが、大人の務めです。

増田 暁子

特選句「覚めぬ木を二月の風の揺れ起こす」。春ですよ!と呼んでいる風と木々。早春の景色が見えます。特選句「はじめましては立春の鼓動です」。中7からの表現で春よこい!の気分が溢れます。問題句「ブロッコリーの森に迷える小鳥たち」。ブロッコリーの森に迷う小鳥、の意味がわかりません。詳しく説明が欲しい。▼ お問い合わせの件、ブロッコリーの、もこもこを森にたとえ、不安定な子供達の心理を想像して作りました。重松敬子。→重松様、有難う存じます。

藤田 乙女

特選句「トキめきの鍵と出会うよ梅蕾」。鍵でドアを開けるとどんな世界が広がるのでしょう。わくわくドキドキのときめきの鍵を持ちたいです。心が明るく弾む句です。特選句「鳥に人にそれぞれ居場所冬の島」。どんな時にも自分の居場所が必ずどこかにあるのは心の支えとなりますね。同時に自分の居場所を大切にして生きていかなければと思いました。

時田 幻椏

特選句「海女と息合わせて寝落つ冬の宿」。一読、「奥の細道」の「一家に遊女も寝たり萩と月」の芭蕉の句を思い起こします。海女と言う事で遊女以上に生なリアリティーを喚起させてくれます。特選句「にびいろの野良猫朧ごと拾う」。句を読み進める程に鈍色の世界がドラマティックに抱え取る事が出来ました。

石井 はな

特選句「冬の能登自傷のごとき崖崩れ」。元日の能登の震災は衝撃でした。被災された方々が一日も早く立ち直られる事を祈ります。その災害の様子を自傷と表現された事が深く心に響きました。自傷・・・重い言葉です。

向井 桐華

特選句「春立つやしつけ糸解き草履履く」。新しい着物のしつけ糸をほどいて、草履を履いてお出かけでしょうか。うきうきした気持ちが伝わってきます。特選句「 寂しくて朧に母を呼びもどす」。わかります。自分にも同じようなことがあります。やっぱり母親を求めますよね。共鳴句です。

稲   暁

特選句「軍港に雨を見ている開戦忌」。軍港とはどこの港でしょうか?高松港も軍港化しつつあるとも聞きます。

佳   凛

特選句「待ってるよあの子の席に日脚伸ぶ」。まだまだ学校へ行けないお子さんがいらっしゃるのですね。いろいろな事が、過密になり大人も子供も住みにくくなりました。目標は一つでも行く道は、いくらでもあります。どうか、挫けずに、頑張って下さい。

大浦ともこ

特選句「にびいろの野良猫朧ごと拾うふ」。朧ごと拾ふという表現に惹かれます。野良猫に向ける優しい眼差しが伝わってきました。特選句「霜柱うるるうるると鳴り始む」。うるるうるるというオノマトベに意表を突かれました。自然への小さな発見を掬い取っていていいなぁと思います。

野﨑 憲子

特選句「甲矢(はや)番ふ指に力や春近し」。立春間近の、一番弓を引き絞る緊迫感が伝わってくる。作者はルビを記していなかったので、そのまま貼り付けた。かつて高橋たねをさんの通信句会の世話人をした折、「希臘」という語がでてきた。私が、ルビを振りましょうか?と尋ねたら、たねをさんは「ギリシア」と読めないようなら俳人で無いと言われた。でも、此の句にはあった方がよかったかも知れない。狙った的のその奥までも射貫く句をと念じる私の共鳴句。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

猫の恋
エッシャーの階段尽きず猫の恋
藤川 宏樹
四、五日は行方知れずや猫の恋
植松 まめ
風の名を呼べば恋猫ふり返る
和緒 玲子
恋の猫眼鏡ケースを踏み逃げる
島田 章平
東大寺二月堂脇猫の恋
渡辺 貞子
兜太忌・たねを忌
まっすぐに水脈ひく小舟兜太の忌
渡辺 貞子
兜太忌のアベ一族を倒すまで
島田 章平
波は私で私は波で兜太の忌
野﨑 憲子
たねをの忌深夜のシヤドーボクシング
野﨑 憲子
句会は楽しいですね兜太の忌
漆原 義典
笑ふたな風船とばすたねをの忌
島田 章平
雪だるま誰も通らぬ通学路
島田 章平
能登晴れて涙の顔の雪だるま
島田 章平
「がんばろう」鉢巻まいた雪だるま
島田 章平
接吻のシヅ子アイスケ雪が降る
島田 章平
雪花やシェパードは耳ピンと立て
植松 まめ
初スキーパウダースノウまきあげて
三好三香穂
農夫あり草履をなうや雪静か
銀   次
春雪が甘酸っぱいねべそをかく
藤川 宏樹
早春
早春は裸の馬に乗って来る
銀   次
早春や足指さえも待ち焦がれ
末澤  等
早春賦口ずさみつゝ軒に干す
三好三香穂
早春やいかなご待ちし瀬戸の海
漆原 義典
早春ほろり粘菌が入れ替はる
野﨑 憲子
空耳が落つる椿の繰り言か
和緒 玲子
灯台の灯に水仙の浮かぶ島
島田 章平
花の雨逢瀬の宿の夕しづか
和緒 玲子
お騒がせな人と言はれて花ミモザ
野﨑 憲子
川風に初花ふるへゐてひとつ
和緒 玲子
平気で嘘をついては風花
野﨑 憲子
フリージアの花を束ねて君の手へ
植松 まめ
男木島のかおりを纏う花水仙
末澤  等
いい匂ひ踵をあげて幼なの梅
三好三香穂
早春や手紙は明日の自分宛
和緒 玲子
早春のゆりかご光に包まれて
薫   香
春早しいつもの席を退かぬ猫
島田 章平
祭壇に早春のこゑ集まれり
渡辺 貞子

【通信欄】&【句会メモ】

2月20日は金子兜太先生のご命日でした。あっという間に6年が経ちました。師は、「平和」を何より願われていました。不穏な空気の満ちてゆく世界へ 、これからも多様性と愛に溢れた「平和の俳句」を、ご参加の方々と共に熱く発信してまいりたいと念じています。

今回は、岡山から小西瞬夏さんとお母様の渡辺貞子さんがご参加くださり、いつにも増して楽しく豊かな句会になりました。袋回し句会の最高点句は、渡辺さんの作品でした。 今後ともよろしくお願いいたします。

2024年1月25日 (木)

第146回「海程香川」句会(2024.01.13)

竜神.jpg

事前投句参加者の一句

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
深紅のドレス聖夜のアリア美(は)しき息 時田 幻椏
見慣れぬ漢寒灯の門叩く 樽谷 宗寛
青・色・信・号・点・滅・冬夕焼 藤川 宏樹
書き出しは船出のように初日記 津田 将也
空耳や絵本へ還る冬の蝶 大西 健司
冬眠の薄目喪中の寒オリオン すずき穂波
初春やぱちんと弾ける龍の玉 桂  凜火
独楽廻し競いし少年皆八十路 山本 弥生
壮年や海苔篊黒く林立す 野田 信章
雪だるま犬語の通訳ならできる 綾田 節子
反戦は普段の言葉ちゃんちゃんこ 岡田ミツヒロ
スクラムはこわれやすくて大旦 松本 勇二
きつと父三越からの蜜柑来る 川本 一葉
幼な子のブーツの中のでっかい宇宙 伊藤  幸
朝酒や髭も剃らずに去年今年 滝澤 泰斗
悴むや青空と語を見失ふ 佐藤 稚鬼
能登訛の初電話急 アメージング・グレース 塩野 正春
手袋の中の手汚れ思想なし 小西 瞬夏
寒月や離ればなれの鴉呼ぶ 高木 水志
おあとがよろしいようでと勝手に死んだ 田中アパート
初鏡問われる余生の交差点 増田 暁子
風花やたった二歳の猫(こ)を葬る 植松 まめ
ニュース聴く耳に重ねて夕時雨 石井 はな
山茶花も私の声も風のもの 河野 志保
朔の地震とともに戸締りす 中村 セミ
超美味の初夢獏にくれてやる 柾木はつ子
炎上の果てぬ地震国戦さなお 河田 清峰
初明り車窓の富士の太りたる     <あずお玲子改め> 和緒 玲子
逝くときは獣も冬の星を見る 小山やす子
冬ぬくし出窓のミケの大あくび 向井 桐華
うすらびに耳を澄ませば初声す 新野 祐子
空が青すぎて山茶花散り急ぐ 柴田 清子
元日の地震ブリキのバケツ打つ 荒井まり子
雪降ると言いて別れの手を握る 稲   暁
冬木立ベテルギウスの赫赫と 大浦ともこ
年明くる言葉浮かべてめしを食む 豊原 清明
冬ざるるコトデンの黄の遠きこと 銀   次
自分軸無いまま生きて冬薔薇 藤田 乙女
冬の波が運ぶ烈風鬼の家 菅原香代子
兆しあり冬木並んで突っ立つ意志 山田 哲夫
既読とはならぬ世へ打つ初LINE 藤野 安子
独り言己に聞かす初燈 飯土井志乃
ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志 島田 章平
朝焼けの冬連山や胸沸る 末澤  等
〆のシャンパンならぬ終活竜の玉 岡田 奈々
未来問う鍋を突いて突っついて 鈴木 幸江
青春切符駄々っ子天志身罷りぬ 田中 怜子
衣摺れの音折りたたみ納棺す 森本由美子
老年楽しどの本能もまだ少し 十河 宣洋
遠き日の石鹸カタリ冬銀河 松岡 早苗
寒雀東京はビル持て余し 菅原 春み
書置きのような聖地や寒卵 男波 弘志
四肢折れば木偶アンニュイな冬日向 若森 京子
コンビニの灯へなんとなく大晦日 重松 敬子
おとついの時雨のせいにする懈怠 三好つや子
愚痴なれど元日避けて欲しかった 野口思づゑ
始まりは麦の一粒シュトーレン 吉田 和恵
あきらめの今日布団の柄が派手すぎる 榎本 祐子
いそがしい落葉涙が間に合わない 竹本  仰
枯野刈りたればひよこりと萌芽 福井 明子
浦安舞ふ巫女のひとみに初日さす 漆原 義典
天城より 朝焼けの富士 年明くる 寺町志津子
ゆきあいのひととながむる初日の出 亀山祐美子
山茶花の白叱られて励まされ 薫   香
初日の出平穏なりしありがたし 三好三香穂
母眠る林檎の匂いがする雪です 佐孝 石画
大はしゃぎ永久凍土溶けだした 山下 一夫
干されたる産着は淑気纏いけり 松本美智子
くに言葉忘れさぬきのあん雑煮 佳   凛
狗日なり機体炎上死者五人 疋田恵美子
紙面繰るたび冬の日を傷つける 三枝みずほ
ペン買ひにゆかな明日は雪らしき 谷  孝江
たつたひとつの神獣鏡から風花 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「バスがくるおばばひとりと風邪の児と(谷 孝江)」。実景でもあり、民話の世界のようでもある。映画のワンシーンのように映像を見せながら、心情の説明がないので、読者は邪魔されずに余計に余韻に浸ることができた。「おばば」という言い方と、子どもが風邪をひいているという設定がよい。

松本 勇二

特選句「衣摺れの音折りたたみ納棺す」。納棺に幾度か臨場しましたが、衣摺れの音が妙に耳に残っています。そこを取り上げた作者の感覚の冴えを称えたいと思います。淋しい所作の中にある冷静な視線も光ります。

十河 宣洋

特選句「遠景に海苔篊老人たち歌う(野田信章)」。私は山国育ちなので海のことはよく知らない。ネットや写真でその雰囲気を見たりする。この句もそうである。海苔の養殖に精を出す人々。遠景の風景は懐かしくもあり、親しみを感じた作者である。老人たち歌うは、仕事をしながら歌うというより、その作業を見ながらの歌である。実際の歌というよりその歌声に込められた歴史性を感じる。

豊原 清明

問題句「たつたひとつの神獣鏡から風花」。よく書かれていて、幻想小説のような世界が好きなので、点を入れました。こういう俳句が好きなのです。特選句「冬ぬくし出窓のミケの大あくび」。ミケが大あくびしたとしか、書かれていないけど、その省略・凝縮が、魅力的。俳句が好きな理由です。

福井 明子

特選句「バス待ちのベンチ冷たし能登の地震(向井桐華)」。あの元旦の地震を、どう句にしたらいいのかと思いあぐねていた時、この一句にたどりつき、身の近いところからの思い、そう、この場所のこのベンチの冷たさから想いを馳せる具体の姿勢に共感しました。特選句「くに言葉忘れさぬきのあん雑煮」。さぬきのあん雑煮、その色彩の鮮やかさ、豊かな味の混ざり合いは絶妙だと思います。くに言葉を忘れてしまうほど、私もさぬきの地に住み古しました。さぬきは本当にいいところです。

藤川 宏樹

特選句「幼な子のブーツの中のでっかい宇宙」。幼なき日の長靴、新しい長靴はみんな大きくぶかぶか。足はあちこち自由に動き長靴の中は余裕の「宇宙」。やがて足が大きくなり窮屈に、いつの間にか長靴の「宇宙」がなくなってしまいました。

綾田 節子

特選句「手に触れるまでの旅です六花です(佐孝石画)」。北海道土産の六花亭のチョコが何故か浮かんできました。作者は北海道の方でしょうか、仰るとおり手に触れた途端に美しい六角形の結晶は消えてしまうのですね。特選句「母眠る林檎の臭いがする雪です」。作者は母上の眠る地からは離れていらっしゃるのでしょうか、無臭の雪から林檎の臭い、雪は作者の郷愁を誘ったのでした。問題句「おあとがよろしいようでと勝手に死んだ」。作者は、亡くなった方とは親しく、そして怒っているのですね。勝手が効いてます、好きな句です。どなたが亡くなられたのでしょうか。  ♡初参加させて頂く綾田と申します。母方は生粋の讃岐人でして、そのご縁で、お仲間入りさせて頂くことになりました。独りよがりの勝手な句が多く、なんだ?と思われる事も多々とは思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。

島田 章平

特選句「母眠る林檎の匂いがする雪です」。亡くなられた母への挽歌。「林檎の匂い」と言うフレーズに作者の母への恋慕の情が浮かぶ。

岡田 奈々

特選句「幼な子のブーツの中のでっかい宇宙」。クリスマスブーツは大人でも嬉し楽しで、子ならでは。あの頃が懐かしいな。父は必ずでかいのを枕元に置いといてくれた。特選句「あきらめの今日布団の柄が派手すぎる」。もう、死にそうな感じ。もしくは、結婚したく無い人と政略結婚。もう、自殺しようと煉炭に火を付けて、さあ寝ようという時のシチュエーション。など、面白過ぎて、妄想が膨らむ。「青・色・信・号・点・滅・冬夕焼」。青色信号って、点滅したっけ。あ、歩行者の方ね。私は絶対駆けていって、足躓くタイプ。「空耳や絵本へ還る冬の蝶」。冬の蝶が本の中に潜り込んで冬越ししているのが、素敵。「雪だるま犬語の通訳ならできる」。100歩譲って雪だるまが犬語の通訳出来るとしよう。貴方はどうやって、雪だるまと交信を?「葛湯吹く昨夜の嘘を吹くように(十河宣洋)」。寒い日の葛湯。旨いよね。お婆ちゃんが、せなかを丸めて、少し眼をしょぼつかせながら、嘘とも本当とも判らない話しをしてくれた後、皆で飲んだ葛湯。あの頃は何でも興味あったな。毎日お話しせがんでた。「おあとがよろしいようでと勝手に死んだ」。なんか、山形駅に来なかった。天志さんだ。「ポインセチア動脈硬化すすむ街」。ポインセチアの葉脈が立派過ぎて。街の幹線が詰まっている様子と重なる。「レのキイは枝に隠れた雪のよう(伊藤 幸)」。ドに隠れて少しはにかみ屋のレ。「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。紙を捲る度、冬の日は明るくなったり暗くなったり。まるで我が人生を一日ずつ繰っているようだ。楽しい日があったり、がっかりの時があったり。でも、また、新しい日がやって来る。

風   子

特選句「愚痴なれど元旦避けて欲しかった」。本当によりにもよって元旦の大地震。 日々寒さの中の被災地の様子にただ胸が痛いです。「書き出しは船出のように初日記」。私は日記を書かない。「過去のことは夢と同じ」と思っているからなんて、実はただのズボラ。それが証拠にメモもズボラで何時も「何時だった?何処だった?」と右往左往しています。日記を書かれる人は尊敬です。

柾木はつ子

特選句「たつたひとつの神獣鏡から風花」。いにしえの中国から渡ってきた銅鏡の一種と知りました。遙か古代のロマンが風花と共に現代に運ばれて来たような時空を超えた物語を紡いでくれるような作品だと思いました。特選句「元日の地震ブリキのバケツ打つ」。ブリキのバケツをけたたましく打ったような突然の衝撃!日本国民並べて同じような衝撃を受けたことでしょ う。正に当意即妙を得た作品だと思います。

大西 健司

特選句「元日の地震ブリキのバケツ打つ」。投句が遅かった人たちはこの元日の地震を重く受け止め、それぞれに書いている。ただ単なる傍観者である私たちはどう書けばいいのか悩ましい。そんな中掲句は「元日の地震」とたんたんとその事実を述べ、それ以上は何も思いは述べない。元日の地震という現実がそこにはあり、そして、それとは別に誰かが意思を持ってブリキのバケツを打つ。何のためかはわからない。ただ打つという行為。私はこの昭和感のあるバケツにこだわって特選にいただいた。

柴田 清子

特選句「母眠る林檎の匂いがする雪です」。深い眠りにつく母。母が雪か、雪が母か、美しい一句です。

田中 怜子

特選句「書き出しは船出のように初日記」。何故か5年日記を買おうかしらと、私はその船出ができなかったけど。特選句「くに言葉忘れさぬきのあん雑煮」。嫁いできて、日々忙しく生活しているうちにさぬきの人に。あん雑煮にもなじんできて。

男波 弘志

特選句「手袋の中の手汚れ思想なし」。多神教、八百万の神、神仏習合、何もかもを受け入れる思想は実は無宗教ではいかと感じています。つまり視点を縦横に移動できる、一つの教義に執着しない、この柔軟性がいま世界には必要なのだ。アメリカの民主主義も畢竟一神教の範疇にある。日本人が外国へ旅行していて「宗教をもっていないことが大変恥ずかしかった」と語った人が随分いるようですが、何故多神教の知恵が身の内に在ることに気が付かないのでしょうか?もし外国の人からそういうことをいわれたら「わたしは一つの宗教、一つの考えで生きているのではありません。日本にはたくさんの神や仏がいます。皆めいめいに生きたいように生きています。それで齟齬がおこらないのが日本という国の大いなる知恵なのです」と答えるでしょう。「おあとがよろしいようでと勝手に死んだ」。落語の神様、古今亭志ん生は破天荒な人だとよくいわれている。関東大震災のとき酒屋に飛び込んで勝手にウヰスキーを3本ラッパ飲みにしたそうだ。これで酒の飲み納めだと思ったそうだが。おかげで勘定をおかないで済んだとか、どうも勝手に死ぬわけにはいかなかったようだが。自分が死ぬときのはすーっと何かが解けるように逝きたいものである。

樽谷 宗寛

特選句「冬夕焼芭蕉兜太天志嗚呼残照(島田章平)」。天志様も他界なさいました。私は大阪句会や香川吟行でご一緒しました。嗚呼本当にもうお会いできないんだ。冬夕焼けに残照に出あうたびお作者のため息深まります。ちなみに喪中30通近く、来年から年賀状はやめにしました。天志様のご冥福をお祈り致します。

三枝みずほ

特選句「手に触れるまでの旅です六花です(佐孝石画)」。その手に触れたいと想いを巡らせる時間が旅だという把握に共鳴した。定住漂泊。特選句「あきらめの今日布団の柄が派手すぎる」。あきらめることを突きつけられた時、絶望とともにあるのは派手な布団の柄。〈絶望の虚妄なることまさに希望に相同じい〉ハンガリーの詩人の一行をふと思う。

鈴木 幸江

特選句「バスがくるおばばひとりと風邪の児と」。真の豊かさとは何だろうと考えねばならない今。この句に出会って、最初は辛さと不幸を想ったが、直ぐにこのふたりは幸せかもしれないと思った。何事も見方を変えれば正反対の感情が湧いてくる。その可能性を再認識させていただいた。特選句「こぞり立つ鋭き肺よ冬の芽よ(男波弘志)」。肺は外気と体内が交わる臓器である。そこでどんな出来事が起きているのか計り知れない。“こぞり立つ鋭き肺”を持つ作者の感性が感受した世界とは・・・・・。そして、その世界が“冬の芽”であるということは・・・・・。未来を洞察する力のあることが伝わってくる。

植松 まめ

特選句「逝くときは獣も冬の星を見る」。難病の猫の虎徹(こてつ)が逝ってしまいました。胸に刺さります。特選句「干されたる産着は淑気纏いけり」。玉のような赤ちゃん(古い言い方でしょうか?)の誕生おめでとうございます。本当に淑気纏いけりですね。問題句「手袋の中の手汚れ思想なし」。今の自民党の裏金問題渦中の議員の事でしょうか?思想なしでは政治家ではありません。

和緒 玲子

特選句「母眠る林檎の匂いがする雪です」。臥せっているのか亡くなってしまったのか。静かな午後を雪が降りだして、微かに林檎の匂いが混じる。少し甘く懐かしくもある匂い。母とのあれやこれやの思い出も押し寄せる。特選句「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。薄くか弱い冬の日差し。頁を捲るたび紙の角が日差しに切り傷をつけてしまう。繊細な感覚。

末澤  等

特選句「自分軸無いまま生きて冬薔薇」。調べてみますと、『冬薔薇』とは冬枯れの中にポツリと咲きだした花を指す言葉だそうです。このことを頭に入れてこの句を読むと、まさしく自分を言い当ててくれているようです。どうにかして早く自分軸を探り当てたいと思い、特選句に選ばさせて頂きました。♡初参加の弁。これまで俳句は、プレバトで見て楽しむ程度で、触れたこともなかったですが、70 歳の年にご縁があり、昨年 11 月の句会から参加させていただいております。句会の時間は、耳と頭がフル回転で非常に疲れますが、ボケる暇がありません。続けてゆくことができるか分かりませんが、頑張ってゆこうと思います。皆さん宜しくお願いします。

若森 京子

特選句「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」。この一句そのままの亡き天志さんへの追悼句として頂きます。特選句「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。平明な一行であるが、日常繰り返してきた重い意識が甦える。

山田 哲夫

特選句「四肢折れば木偶アンニュイな冬日向」。「四肢折れば」まで読んで、作者は骨折か?と思ったが、もしそうであったなら、痛い、痛いと、とてもアンニュイな状況に実を委ねている気持ちなどにはならないのではと、今一度読みなおしてみたら、この「折れば」には、作者の意思が働いていることに気がついた。自分の意志でわざわざ骨折する者はいないだろうから、作者は自分で手足を折り曲げて「このままの格好ではまるで木偶だな。まあいいか。」などと冬の日差しを浴びながら悦に入っているのだ。忙しい現代人の生活には、時にはこういうひとときこそ大切ではなかろうか。

すずき穂波

特選句「いそがしい落葉涙が間に合わない」。「涙が間に合わない」経験、誰しも身に覚えあるのではないだろうか?泣いているうちにいつの間にか気持ちが軽くなっていく。そんな「裏感情」のキメの細やかさ。特選句「ペン買ひにゆかな明日は雪らしき」。文体と感情の流れが、ゆるらかにくっつき合っていて心地いい。家居の作者、その存在がしんと浮かび上がり、ポッと(脳細胞が?)ひらく。

松岡 早苗

特選句「血管図真青に広げ山眠る(亀山祐美子)」。よく晴れた冬の日、葉を落とした裸木が青空に枝を広げている様子でしょうか。「血管図」という比喩が鮮烈でいただきました。特選句「ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志」。平仮名の羅列と「あ」音の繰り返しが、悲しさ切なさを倍増させているようです。冬の夕焼けのようにあっけなく逝ってしまわれた天志さんが悼まれます。

塩野 正春

特選句「既読とはならぬ世へ打つ初LINE」。悲しいかな現実にある話しですね。 ラインの相手が突然消え失せるとは。生命、特に我々人間の命と命をつなぐ現実の武器ラインが響きます。”俳句の空間とデジタル”を繋げた素晴らしい句ですね。 ラインが(虚)の空間まで繋げてくれれば、この世は素晴らしいことでしょう。私たちも生きる意義や夢があるということですね。特選句「干されたる産着は淑気纏いけり」。新春の淑気、これに勝る表現は見当たりません。 お寺、神社いろいろありますが、赤ちゃんの産着は素晴らし淑気です。 この世、乱れた世ではありますが、に生を受けた赤ちゃんに未来を託したいです。

河野 志保

特選句「逝くときは獣も冬の星を見る」。動物を看取った時のことだろうか。冬の星に帰る命との別れ。悲しみの瞬間が荘厳さを湛えた1句になった。「獣」とは人間も含めた生き物全てを言っているのかもしれない。

高木 水志

特選句「いそがしい落葉涙が間に合わない」。落葉が次々に落ちていく。身近な人が次々と亡くなっていく。涙も出ないくらい悲しんでいる作者の様子が浮かぶ。

三好つや子

特選句「反戦は普通の言葉ちゃんちゃんこ」。令和になり、砲弾のなか泣き叫ぶ子どもの姿が、日常的なニュースになる昨今。うかうか老いてるときじゃない、もっと反戦に向き合わなければ、と武者震いしている作者を想像し、心に響きました。特選句「老年楽しどの本能もまだ少し」。一読して、兜太先生の「酒止めようかどの本能と遊ぼうか」の句が浮かびます。豪快に俳句人生を全うされた兜太先生にはかなわないけれど、私なりに老いを楽しんでいますよ、先生。と、冬空に呼びかけているように感じられ、感動。「ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志」 「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」 増田天志さんが亡くなられ、海原の句会で追悼句をたくさん目にしました。この句もそうですが、天志さんの俳句を語るときの、青年のような一途な表情を思い出し、胸にジーンときました。

野口思づゑ

特選句「うすらびに耳を澄ませば初声す」。静かに年が明けた。静かに鳥の鳴き声が聞こえてくる。落ち着いた句です。特選句「ペン買いにゆかな明日は雪らしき」。雪のため外出ができなくなりそうだ、という事で買っておくべきがパンといった食料、必需品でなくペン、という事で書くことを大切にしている作者が偲ばれる。「初鏡問われる余生の交差点」。「余生の交差点」とは一体何なのか、どんな状態なのか興味をそそられる。

河田 清峰

特選句「未来問う鍋を突いて突っついて」。先行き不安な人生に鍋を突っついていくしかない未来がみえる。

中村 セミ

特選句「空耳や絵本へ還る冬の蝶」。冬の蝶の羽音を聞いたのだろか,絵本に蝶がいなくなり久しい、本当は、まだ帰ってないのだろと思う。そこに、不思議な感性を感じる。

吉田 和恵

特選句「老年楽しどの本能もまだ少し」。軽い飢餓感は老年も楽しくするのでしょうか。♡今、アラン編みに挑み頭と指の錆取りをしているところです。

榎本 祐子

特選句「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」。駄々っ子に親しみが込められていますね。青春切符に天志さんを感じます。

津田 将也

特選句「初春やぱちんと弾ける龍の玉」。庭や垣根ではよく見かける「龍の玉」。初夏のころは淡紫色の小花を咲かせ、花後、珠状の実をつける。これが冬とともに熟し碧い「龍の玉」になる。よく弾むので、子供たちが「弾み玉」とも呼び、いろんな遊びに使った。今ではもう見かけない「初春」の、俳句の中だけのものになりました。特選句「レのキイは枝に隠れた雪のよう(伊藤 幸)」。「中七」以下の措辞が格別です。定型句でのリズムが活かされており、これが読者の「読み」を肯定的にみちびきます。

増田 暁子

特選句「衣擦れの音折りたたみ納棺す」。納棺の場面の音、動作などリアルに思い出しました。辛いですが美しいですね。特選句「いそがしい落葉涙が間に合わない」。なんの涙なのか、落葉の速度は悲しみよりズンと早く余計辛いですね。一瞬の切り取りが詩になって情景が浮かびます。「母眠る林檎の匂いがする雪です」。甘酸っぱい母の匂いは最高だった。 

藤野 安子

特選句「見慣れぬ漢寒灯の門叩く」。この句の主人公は〝男〟ではなく‶漢〟。その漢が門を叩いている。そんな強い表現がなされているにもかかわらず、何故か現実離れした印象を受ける。〝見慣れぬ〟と云う言回しのせいかもしれない。そして、あまり使わない季語の‶寒灯〟が効果を上げている。一読し、急逝された天志さんが思い浮んだ。死後の世界に幾つかの門扉があるとしたなら、天志さんには極楽浄土への門が開かれたと固く信じている。

ご挨拶。初めまして、私は昨年十月、急逝された増田天志さん主宰の大津「まほろば句会」で四年間余りお世話になっていました。当「海程香川句会」の野﨑憲子さん岡田奈々さんからは「まほろば句会」へ毎月欠かさず投句をしていただいておりました。あの天志さんの自由奔放なキャラクターで進められる句座は本当に楽しく、また勉強もさせていただきました。そんな句座に香川からの投句は一層花を添えてくれました。本当にありがとうございました。年も押し迫った十二月二十六日。「天志さんを偲ぶまほろば句会」が開かれる運びとなり、急遽、香川から憲子さんが参加してくださり、しめやかでありつつも、和やかな追悼句会を催すことができました。「海程香川」の憲子さんとは、天志さんが繋げてくださった句縁だと感謝しております。今度、憲子さんからのお誘いもあり、「海程香川」の栄えある初句会へ拙句を投句させていただいた次第です。句縁とは異なもの。今後、益々の「海程香川句会」のご盛況を心から念じております。

伊藤  幸

特選句「書き出しは船出のように初日記」。はてさて今年はどんなことに出逢うだろうとワクワク。初日記はまさに船出のような気分です。作者にとって今年が佳き年となりますように。特選句「壮年や海苔篊黒く林立す」。手も足も悴む冬はアサクサノリの季節。黒く輝く海苔のびっしり生えた粗朶の林立する様を血気盛んな働き盛りの壮年と表現した見事な技に脱帽。

滝澤 泰斗

特選句「深紅のドレス聖夜のアリア美(は)しき息」。クリスマスの一部始終を切り取った感があるが、上、中、下が心地よく響き合っている。美しき息とあるから、教会によっては、教会を出て、教会に来れない方のお宅の玄関先でクリスマスキャロルを歌う事をするシーンを想像した。教会でのミサを上げた後、正装の深紅のドレスのまま出かけたことも連想される。深紅はまたクリスマスの花ポインセチアの深紅にも通じて結構でした。特選句「<句集『青草』佐孝石画へのオマージュとして>こぞり立つ鋭き肺よ冬の芽よ」。こぞり立つ冬の芽とは何だろうと想像した。冬の日の松の芽が一斉に上向きに立ち、まさに松が大いなる深呼吸をして緑の濃さを一層増すように賛美している。「書き出しは船出のように初日記」。大旦はどんな書き出しになったかはともかく、汽笛一声、徐に、大らかに大きな船が埠頭を離れる景。お正月に気持ちの良い句に出会った。「冬眠の薄目喪中の寒オリオン」。紅白歌合戦だ、年越しぞばだ、年賀状だ、孫がはるばるやってきて・・・などというなんだか慌ただしい正月もあれば、そんな時代はとうに過ぎ、昨年亡くなった身内のいない正月をじっと耐える正月もある。喪中の正月を詩情豊かに描いた。「衣摺れの音折りたたみ納棺す」。映画「おくりびと」のワンシーンのごとく・・・音折りたたみという表現に感服。「レのキイは枝に隠れた雪のよう」。音階のレをこういう風に詠まれると、途端にレが違う意味を持っていると錯覚しそうだ。着想の妙というか、面白い。私は半音のファとシが気になるが、隠れた雪という表現にはなかなか追いつけない。「書置きのような聖地や寒卵」。書置きの聖地とは・・・エルサレムにあるユダヤ人の聖地はかつての神殿の壁。その裏にイスラム教を唱えたムハンマドが昇天した岩のドームがある。そして、そこから、さほど遠くないキリストが昇天したゴルゴダの丘に建つ聖墳墓教会・・・どれもこれも書置きされたような場所にあるが、寒卵の季語が見事にフォローしている。

石井 はな

特選句「煩悩を幾つか減らし除夜の鐘(藤田乙女)」。毎年の除夜の鐘です。108の煩悩の幾つかが減っていると嬉しいです。減った分の音は違うのかしら?

稲   暁

特選句「自分軸無いまま生きて冬薔薇」。まるで私のことを言われているようだ。美しい冬薔薇との対比が印象的。

重松 敬子

特選句「初明り車窓の富士の太りたる」。年始めの期待感。一新したすがすがしさ、吸う空気さえ、新しい匂い、味がします。今年も良き年でありますように!

竹本  仰

特選句「空耳や絵本へ帰る冬の蝶」。生きるとは、生き延びること。生きるとは、抗うこと。何となく、そんな響きを背後に感じました。原色の原郷へ帰るこころみ、それは不可能なんだけれども、それが終の夢なんではなかろうか。そういえば小生にしてからが、年末から手塚治虫の『ふしぎな少年』を耽読し、「時間よ、とまれ!」と太田博之演じたTVドラマのあの叫びを、日本中の少年たちが人類全面核戦争寸前のキューバ危機の一九六二年に叫んでいたなんて、と何とも言えない感慨を覚えました。時間よ、とまれ!そして出来るなら、もう一度あそこへ。特選句「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」。青春十八きっぷ。増田天志さんと初対面の時、野﨑さんから彼はそうやって琵琶湖の国から来たんだというのを聞き、ああ、そうか、同じような時間旅行者がいるんだと、ぐいっと惹きつけられたのを覚えています。そのときは、どういう表情をして車窓にたたずんでいたんだろうな、という想像をふとしたのでした。私も若い頃は鈍行愛好者で、東京から大分まで乗り継ぎ二日間の旅をした記憶があります。そう、その時の感触からして、彼は時間を旅行していたのに違いないのです。わずか十七文字のため、否、わずか十七文字だからこそ遠路が要るのだ、と語っていたように勝手に解釈しました。あの駄々っ子の顔は紛れない時間旅行者の顔だったのだと、あらためて思い出しました。特選句「母眠る林檎の匂いがする雪です」。たしか宮沢賢治の詩に、「そこは林檎の匂いがして」というフレーズがあったような。うろ覚えで申し訳ありませんが、その賢治の詩と同じような匂いを思い出しました。多分、この母はもう年老いて昔の母ではない母なのかと思いますが、眠っている時だけはあの自分が感じた林檎の匂いがした母に戻っていると思えたのでしょう。多分、童話の原点というかふるさとは、こういう境地から来るのでしょうね。

増田天志さんの句、どなたか存じませんが、ありがとうございました。年始早々、激震の列島ですが、負けぬよう、野﨑さん、そしてメンバーのみなさん、本年もよろしくお願いします。

山本 弥生

特選句「くに言葉忘れさぬきのあん雑煮」。生国を出てさぬきに住んだ年月の方が長くなり故郷訛りで話す相手も無く、すっかりさぬき人となり、お正月の雑煮も讃岐の、餡雑煮で祝うようになった。

漆原 義典

特選句「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」。増田天志さんが、海程香川句会に参加されるため、大津から青春十八切符で高松に来られ、俳句に対する情熱を熱く語っておられた姿が思い出されます。中七の駄々っ子天志が良いですね。天志さんご指導ありがとうございました。

寺町志津子

特選句「書き出しは船出のように初日記」。これから始まる一年の期待と不安の交錯した気持ちが伝わります。「幼な子のブーツの中のでっかい宇宙」。成人した長男も、子どもの頃、靴の中に石ころ、だんご虫等を入れて帰っていました。「冬眠の薄眼喪中の寒オリオン」。(私には)解釈の難しい句。

桂  凜火

特選句「ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志」。ひらがな表記の工夫がうまく最後のああ天志は効果と感じました。天志さんのイメージと冬夕焼けはよくあっていて抒情的な美しさがかなしみをよく伝えています。

荒井まり子

特選句「ゆきあいにひととながむる初日の出」。スマホに往生している暮らしに元日の地震。報道で目にし、いたたまれない。上五の<ゆきあいのひと>に、しみじみと静かな時間を感じる。これでいい。

時田 幻椏

特選句「おとついの時雨のせいにする懈怠」。懈怠の言い訳に一昨日の時雨、同じ意味ながら音の近い倦怠と言うよりもアンニュイと言いたくなる気分を素直に感じます。「ふゆゆうやけあかあかあかやああ天志」。ふゆゆうやけあかあかあかやああと平仮名で詠み天志と造語で受ける危うさ、嗚呼天志か最後まで平仮名で詠み切って欲しかった、「てんし」とは言えないのでもう一工夫必要とは思うのですが。「レのキイは枝に隠れた雪のよう」。枝に隠れた雪のイメージが出来ず、枝に積もった雪、雪に隠れた枝の方が素直なのでは無いでしょうか。いや、この危うさがレのキイなのかも知れませんが。申し訳御座いません。

菅原 春み

特選句「逝くときは獣も冬の星を見る」。きっと獣も人も植物も冬の星を見て逝くような気がして、特選に。特選句「衣摺れの音折りたたみ納棺す」。衣摺れの音だけが響くという切り取りかたが秀逸です。

岡田ミツヒロ

特選句「マトリョーシカ閉じ込められしままの冬(榎本祐子)」。マトリョーシカのつぶらな瞳、それにはロシア国民の平和への願いが宿っているようだ。マトリョーシカの春の一日も早きことを。特選句「干されたる産着は淑気纏いけり」。赤ん坊の清浄無垢、それを包む産着は、淑気を呼び、まさに天使の衣、遙かなる我が聖なる時よ。

森本由美子

特選句「干されたる産着は淑気纏いけり」。心を洗い流してくれるような句です。産着は人間の未来への想いを仄かに象徴しているのかもしれません。

佐孝 石画

特選句「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。難解な句だ。しかし「分からない」ということは、その作品の魅力、広がりにも通じる。それらの部類でも概ね良句の場合、じわりじわりと作品世界が読み手の既視世界に浸透してきて、見過ごせないものとなって来る。「紙面繰る」という書籍を読み進める行為と、冬の日、そして「傷つける」という暗喩の関連性、響き合い。この句の幻想の中心、発火点となるのは、「傷つける」という、なかば自虐的、自傷的な行為。この行為の冥さが、主人公のキャラクターを燻り出し、その場の情念だけでなく、これまでの人生への悔悟までも想起させる。その冥さに対して、「冬の日」の眩しさ、明るさ、そして「紙面」の白さ、未来性。それらは哲学用語にある「タブラ・ラサ」を想起させる。乱暴に言えば、主人公は紙面を繰るたびに、新たな世界へ転生し、またあらためてかつての自分を回顧する。「冥」から「明」への無限ループ。そのフラッシュバックが「傷」につながるのだろう。この句からは、そのように輪廻転生めいた白日夢を見せられた感じがする。

新野 祐子

特選句「逝くときは獣も冬の星を見る」。うちの十九歳の犬が逝ったのは朝だったけれど、瞳に朝の星が映っているように見えました。生きもの、みんなそうやって、この世を去るのかな。詩的だな。特選句「書き出しは船出のように初日記」。こちらは、海が遠いので船を目にするのは一年で一回もないけれど、大海に出る船というのは憧れでもあります。初日記にはふさわしいな、と。♡昨日句会報届きました。天志さんへの皆さまの思い。胸に沁みました。余りにも早い、ご逝去、残念でなりません。あの吟行からちょうど一か月ですね。こちらは今日雪が降りあたりが白くなり、夜でも、ほの明るい感じです。寒くなってきますので、お身体に気を付けて過ごしましょうね。→ 十一月の〆句会の句会報到着後いただいたFAXです。ありがとうございました。       

  悼  天志さん    芭蕉考遺しひっそり銀漢へ     祐子

大浦ともこ

特選句「始まりは麦の一粒シュトーレン」。麦の実りから始まる17文字に自然の営みへの賛歌、丁寧な暮らしぶりが窺えて好もしく思います。特選句「枯野刈りたればひよこりと萌芽」。自然への愛着が素直に心に響きます。ひよこりというオノマトベも句の温かみと響きあっています。

薫   香

特選句「レのキイは枝に隠れた雪のよう」。ドとミに挟まれたレは、きりっとしたはかなさを併せ持つ隠れた雪のようなんて素敵です。特選句「老年楽しどの本能もまだ少し」。まだ老年にはまだ少しありますが、未来がこんな風に思えるようになりたいなと選ばせていただきました。

野田 信章

特選句「冬ざるるコトデンの黄の遠きこと」。万物の枯れ極まった澄明感の中で、遠ざかりつゝも消えない「コトデンの黄」の一点の景が美しい、「コトデン」に寄せる作者の土着感の結実が伺える句である。

山下 一夫

特選句「ニュース聴く耳に重ねて夕時雨」。情景としては夕刻のテレビまたはラジオのニュース報道の音声ににわかに降ってきた雨の音が重なったというだけのことなのですが、荒涼とした寒々しさが無性に漂います。昨今の内外における痛ましい出来事の連続と時雨が見事に共鳴しています。特選句「想い出を積んで蜜柑のピラミッド(藤野安子)」。ひとりコタツのアンニュイな時間をそれだけはたくさんある蜜柑を積んで紛らしている人を思い浮かべます。想い出と蜜柑の比喩関係は甘酸っぱい、それぞれの実の中には多くの房があり、その房の中にはさらに果汁の入った袋(「砂じょう」というらしい)など。ピラミッドはある種の墓と考えると終わった恋が関係しているかなどと妄想が膨らみ楽しいです。問題句「鉄塔の亡夫よ冬の太陽よ(すずき穂波)」。鉄塔と亡夫の関係がわかりません。冬の太陽は冬至に近く生命の衰え(再生も含みますが)と関係するのでこれは亡夫と関係がありそうです。亡夫は鉄塔のように大きな存在であったが、亡くなってからは太陽を背にしての影のようにさらに巨大になっているということでしょうか。やっぱりわかりませんが、ただならぬ存在感です。 

松本美智子

特選句「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。今回の地震は元旦に起こったこともあり衝撃的でしたし陳腐な言い方ですが自然の脅威に抗うことのできない人間の小ささに愕然とするしかなかったです。それを句にと考えましたが,対象が大きすぎて私にはできませんでした。この句は日常の生活にあって遠き被災地を悼む心をよく表しているなと思いました。

川本 一葉

特選句「空耳や絵本へ還る冬の蝶」。何という俳句でしょう。物語を秘めていて、淋しくて美しくて、胸が痛くなります。こういう句を私も作りたいです。特選句「既読とはならぬ世へ打つ初LINE」。とてもよくわかります。夫や祖母や、友だち。私もLINEを打ちたい。もう一度話したい。だから一期一会という言葉があるのでしょうか。 

向井 桐華

特選句「風花やたった二歳の猫を葬る」。しみじみと訴えかけてくる句です。猫を「こ」と読ませることには賛否分かれるかもしれませんが、我が家にも二歳の猫(こ)がおり、もしもこの子が死んでしまったら思うと、この句を特選に推したいと思いました。下五の字余りが効いているし、風花が哀しみを増す。

疋田恵美子

特選句「冬夕焼芭蕉兜太天志嗚呼残照」。お三人の俳人のお名前をあげ、功績と尊敬の念。特に嗚呼残照が良いと思います。特選句「天城より 朝焼けの富士 年明くる」。天城山から眺める朝焼けの富士山なんて幸いな事でしょう。爽やかな新年のスタート。

菅原香代子

特選句「バス待ちのベンチ冷し能登の地震」。道が崩れてバスは来ない、人もいない 、冷たさ、悲しみが伝わってきます。「超美味の初夢獏にくれてやる」。ユーモアに溢れる新春らしい句です。

佳   凛

特選句「既読とはならぬ世へ打つ初LINE」。あの世とは、楽しい所なのでしょうか?行ったきりで、便りも来ない。メールをしても既読にならないもどかしさ。とっても とっても良く解ります.切ないくらい伝わって来ます。でも元気を出して頑張りましょう。自分自身にも、言い聞かせています。ありがとう。

野﨑 憲子

特選句「ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志」。美しい調べでありながら型破りな天志さん好みの追悼句です。昨年の〆句会の冒頭、ご参加の皆さまへ、天志さんの急逝を告げ、黙祷していると、高松の句会へ来てくださった折の色んな思い出が浮かんできて胸がいっぱいになりました。私は色の中で一番赤が好きですが、天志さんも、いつもどこかに、赤を感じる俳人でした。

今回、天志さんが主宰されていた「まほろば句会」の藤野安子さんがご参加くださいました。昨年末の大津での「追悼まほろば句会」は、悲しくも心温まる句会でした。もう十年近く前、崇徳上皇の御廟がある四国霊場第八十一番札所白峰寺へ行きたいと言われ、高松での句会の翌日に、ご案内しました。その車中で「句会の世話人は産婆さんだよ。句会で佳句が沢山生まれたら、それが何よりの世話人冥利だからね。」とお話でした。この言葉は、今も、私の中で大きく膨らんでいます。「溢るる愛語サンバ産婆よ風花(憲子)」どんなに煮詰まっている時も、皆さまからのご投句に大きな元気をいただいています。「海程香川」は、混迷の人類へ向けて、五七五の愛語の、奇跡みたいな作品を発信し続ける、とびっきり自由で楽しい場でありたいと切に願っています。 

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

風花
風花や男の業を癒すよに
銀   次
風花や波止場に移動図書館来
大浦ともこ
風花や落ちて来たのは誰かしら
薫   香
山風花上から下から登山道
末澤  等
日溜まりを風花が行くブラタモリ
藤川 宏樹
言ひ訳の途中まなじりを風花
和緒 玲子
お茶しませんか風花にかこつけて
和緒 玲子
風花を纏う少女よ素足なり
岡田 奈々
をととひ君は犀になつたと風花
野﨑 憲子
風花や天志は竜神になつた
野﨑 憲子
風花や父の匂ひのパチンコ屋
島田 章平
誉められる頭のかたち風の花
藤川 宏樹
初句会
菓子並べ色とりどりに初句会
銀   次
初句会というみかんの香に包まれる
三枝みずほ
初句会吾が句に諭されし輩
藤川 宏樹
手土産の酒は「凱陣(がいじん)」初句会
大浦ともこ
お日さまに逢いにきました初句会
野﨑 憲子
笑つて笑つて笑つて初句会
島田 章平
一月
一月の地平線非戦貫く
三枝みずほ
大阪に買ふ豚まんや一月尽
大浦ともこ
一月の三番館へ小津映画
藤川 宏樹
口数の少なき女よ一月の水
岡田 奈々
一月や母のブキウギもう聴けぬ
島田 章平
一月のジルバよ波音は紫
野﨑 憲子
一月の竜の落し子私の子
島田 章平
一月や悩みの種を放り投げ
末澤  等
水仙
純心の勁き刃や白水仙
銀   次
水仙のにほひ不埒であどけなし
大浦ともこ
凪ぎてみな海に傾く水仙花
大浦ともこ
喇叭水仙死んでも放しませんでした
藤川 宏樹
水仙のちかく心臓横たへる
和緒 玲子
愛語とは透きてゆくもの黄水仙
野﨑 憲子
水仙に埋もれて死んでいけたらば
薫   香
人去りてはや水仙の匂ふ家
和緒 玲子
餡子
ピーマン切って中を餡子にしてあげた
藤川 宏樹
餡子煮るすこし反省したあとの
三枝みずほ
餡蜜が冷たすぎたの別れたの
島田 章平
お多福の中はこしあん初句会
野﨑 憲子

【通信欄】&【句会メモ】

今年の元旦は、能登大地震から始まり、不穏な幕開けでしたが、初句会に、3名の初参加の方がいらして嬉しかったです。昨秋急逝された増田天志さんの追悼句が今回も沢山集まりました。兜太先生、たねをさん、天志さんと、他界が賑やかになるばかりで悔しいですが、この世も負けていられません。皆様と共に、ますます熱く渦巻く句会に進化してまいりたいと存じます。今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

13日の句会の2日後に、銀次さん(ミュージカル劇団「銀河鉄道」上村良介主宰)が、お部屋で倒れているところを劇団員の方が見つけ緊急入院しました。インフルエンザでした。快方に向かっているそうですが、他にも治療を要するところがあり一か月程入院されるので、残念ですが、「今月の誤読」は、お休みです。他にも、体調を崩し選句をお休みされている方がいらっしゃいます。一日も早いご全快を祈念いたしております。厳しい寒さが続いています。皆さま、御身くれぐれも大切にご自愛ください。

2023年11月29日 (水)

第145回「海程香川」句会(2023.11.11)

ブログ.jpg

事前投句参加者の一句

恋の句を詠みたき日なり冬薔薇 柾木はつ子
疎に密に語り来し日々そばの花 野田 信章
銀杏散る私を裁くのは私 柴田 清子
蕎麦咲いて白一面の昏さかな 三好つや子
御堂筋はトークの歩巾黄落期 重松 敬子
龍淵に潜むほっといてと言った 薫   香
立ちん坊にお告げのような流れ雲 榎本 祐子
思い切りここ叩いてよね月光 竹本  仰
消しゴムで消えそうな母 芒原 飯土井志乃
ぺちゃくちゃと四五羽の雀小六月 佳   凛
らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉 小山やす子
山の神にお祈りですか鵙の声 漆原 義典
提灯にむじなと書きし夜の果て 中村 セミ
青鷹大渦よりたつ潮煙 丸亀葉七子
もう一杯もう一杯と重ね重ねて志ん生忌 銀   次
渡り鳥隠し持つ海の道標 菅原香代子
もの言わぬ子に友ひとり帰り花 松本美智子
黄落を和解の色と思うかな 佐孝 石画
巧みなる夫の゛技です栗御飯 疋田恵美子
花芒 僕を分別して靡く 津田 将也
十三夜そんな華ある漢ゐて 鈴木 幸江
仏壇に位牌と並ぶ蝮酒 稲葉 千尋
綾取の川へ梯子へはうき星 あずお玲子
秋深むその周辺をおじいさん 松本 勇二
栗茹でる選に洩れたる句の数多 寺町志津子
ばつた跳ぶ鳥になる練習をする 川本 一葉
シャケ高菜ツナマヨおかか秋深し 田中アパート
君を追う急登錦秋地蔵岳 岡田 奈々
あたたかや方言混じるネット句座 塩野 正春
民が民憎みどうするましら酒 新野 祐子
君へ檸檬 発火しそうな放課後 松岡 早苗
菊の香や国境線無き島の国 野口思づゑ
ただ枯葉散らす風見てカフェテラス 風   子
絵も本もピアノも売りて日向ぼこ 大浦ともこ
金秋の頂き瓦礫心の臓 亀山祐美子
花野来ても逆さ世界あるらしや 福井 明子
柿明かり日暮れの街が消えかかる 十河 宣洋
山寺はこっちよこっち秋黄蝶 三好三香穂
白浪の海湧く日々だ冬炬燵 豊原 清明
秋深し すり寄る猫の痩せし背 植松 まめ
含羞も死語となり果て秋暑し 時田 幻椏
<江戸東京たてもの園にて>大樽や今年醤油の柄杓売り 森本由美子
孫を愛づ茂吉の髭が光る冬 田中 怜子
踏切によく日のあたる昭和かな 男波 弘志
秩父三日海馬にいつぴき秋蛍 若森 京子
古典より戦ひも解くカンナ燃ゆ 川崎千鶴子
一人旅秋の光に乗り換えて 河野 志保
積ん読に余生を照らし寒くなる 山下 一夫
深層心理ってマフラーに埋まる耳 三枝みずほ
この砂も地球のかけら星月夜 向井 桐華
人道回廊 秋風の民ゆく 島田 章平
秋の雨白湯の匂ひの豊かなり 石井 はな
冬霧のデモ熱くゲバラを語りし人 岡田ミツヒロ
枯木めぐりし眼底なぜか月に戻る 佐藤 稚鬼
金曜の夜長気がかりが深爪 藤川 宏樹
草城子の一句引き寄せ郁子の実や 大西 健司
捨て置けば死ぬ猫である娘の秋 淡路 放生
<悼む 竹内義聿氏>朝顔の裏路地愛す男かな 樽谷 宗寛
街角のたばこ屋閉店秋高し 山本 弥生
烏瓜ひたすら一隅照らす役 山田 哲夫
水を脱ぐ大白鳥の大志かな 小西 瞬夏
早慶の秋の陣過ぎひとりなる 滝澤 泰斗
非力憂えば濡れ縁にカメムシ 伊藤  幸
母の忌や集う兄妹みな熟柿 増田 暁子
山粧ふ蔵王県境枯損木 河田 清峰
長き夜の糸巻きからんと奥秩父 桂  凜火
大陸に国境多し鳥渡る 月野ぽぽな
スーパーの長きレシート冬支度 菅原 春み
錯覚の恋に浸って戻り花 藤田 乙女
秋晴れやぽっかり浮かぶ河馬の尻 稲   暁
秋天の喪の家蟹の横歩き 荒井まり子
旅立ちのおへそにしまう夜寒かな 高木 水志
五十年愛はなくとも小六月 吉田 和恵
冬のたんぽぽ明日は南へ飛ぶ構へ 谷  孝江
みんな星の子とほき渚のものがたり 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「踏切によく日のあたる昭和かな」。季語はありませんが、素晴らしい郷愁感を醸し出しています。昭和の時代は踏切にも詩がありました。

豊原 清明

特選句「らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉」。「つぎつぎ生まれくる言葉」の源泉は食べることです。らっきょうの力かと思う。問題句「孫を愛づ茂吉の髭が光る冬」。「髭が光る冬」が好きです。光ることが嬉しい。

小西 瞬夏

特選句「鉄条網から顔出して朝顔よ(月野ぽぽな)」。鉄条網がある景、基地か、国境か、向こうは見えるけれど、決していくことができない場所。そこから朝顔は、そんな人間の分断を気にすることなく越境してくるのだ。「よ」という呼びかけがしみじみと響く。

☆天志さんと、それほどたくさんお会いしたわけではありませんが、私の中での存在は大きい方でした。残念でしかたありません。ご冥福をお祈りするばかりです。

柴田 清子

特選句「消しゴムで消えそうな母 芒原」。母への思いの深い佳句と感じました。私もこんな母になりたい。特選句「踏切によく日のあたる昭和かな」。俳句の枠からとび出したような、やさしい言葉で、季語の有る無しを意識させないだけのものが、詰まっている昭和を、よく一句に。感心させられました。

風   子

特選句「菊の香や国境線なき島の国」。国境線がないことでかろうじて守られている平和。この恵みに甘んじていていいものか。「早慶の秋の陣過ぎひとりなる」。青春の真髄。過ぎ去ったあの頃。「錯覚の恋に浸って戻り花」。戻り花が面白い。どんなことなのか熱燗でも呑みながら聞かせてください。

鈴木 幸江

特選句評「もう一杯もう一杯と重ね重ねて志ん生忌」。”分かります。分かります。”多分私よりご高齢の方ではないでしょうか。(違っていたら凄い人!)私は、息子の志ん朝ですが、YouTubeで寝る前に、この頃よく聴いて心をリラックスさせたり、偲んだりしてます。父子とも酒をこよなく愛した、不世出の落語家でした。その創出する笑いは、奥深く、世俗を超えていました。嬉しくて特選にさせていただきました。

☆天志さんのこと、お知らせくださり有り難うございました。 お陰で、ご一緒に黙祷させていただきました。天志さんとは、あの絶妙な距離感が大好きでした。それをキープしたまま、今は夜空の星になってしまいました。 芭蕉さん好きの天志さんと、一茶好きの私ではちょっと距離があるのは当然ですが、添付ファイルで、送っていただいた資料を拝読し、禅の教えや、人生旅人の宇宙摂理を持っていらしたことに 私と「どこか、もっと共鳴し合えたのではないか?」の心残りと、大きな身体と静かに何かと闘っているような生き様は、人の温もりを私に残して逝かれました。 心よりご冥福をお祈りいたします。きっと、星となって私たちを見守ってくれていることと信じています。

津田 将也

まことに残念ですが、特選句はありません。

岡田 奈々

特選句「御堂筋はトークの歩巾黄落期」。賑やかな大阪の様子が良く分かる。トークにも歩巾があったんですね。特選句「余生かな一切れの苺ケーキ残る(桂 凜火)」。これからの老後にも苺ケーキ様のたのしみが。何が起こるかお楽しみ。「銀杏散る私を裁くのは私」。結局は自分の罪悪感が自分を一番虐めている。ぃっきに銀杏が散る様な残念感。「らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉」。俳句を作るものは言葉に飢えているので、らっきょう食べます。「幼子のどんぐり屋さん開店日」。こんな遊びをする子も少なくなってしまって、寂しくなった。また、孫と公園でごっこ遊びしたい。「巧みなる夫の技です栗御飯」。堅い殻など剥いてくれて有り難く美味しい栗飯頂きます。「絵も本もピアノも売りて日向ぼこ」。今流行りの全捨離。私もして、何もない部屋で清々しくお茶したい。「秩父三日海馬にいっぴき秋蛍」。秩父「海原」全国大会。皆と会い、話し、考え。記憶の海馬に少なからぬ火を灯せた。「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。マフラーで顔を隠し、目だけ出して、本当の私はマフラーの中。「旅立ちのおへそにしまう夜寒かな」。山形吟行に行く前に寒いよと聞かされて、それは、飲み込んで出掛けた。その不安がよく出てる。私はおへそでなく、トランクだけど。

十河 宣洋

特選句「兜太への道や無患子零れおり(大西健司)」。海原の大会で秩父の椋神社へ行った。境内には無患子の実が沢山落ちていた。その実を拾ったりしながら、ここは兜太へ続くところという感想を持った。秩父困民党がここから立ち上がった歴史的な処でもある。特選句「母の忌や集う兄妹みな熟柿」。お母さんを偲びながら、話題は色々ある。懐かしい話が多い。でもみんな年取ったねというところ。熟柿は笑いがある。楽しい法要になったようである。お母さんもそれを望んでいる。

桂  凜火

特選句「君へ檸檬 発火しそうな放課後」。檸檬とくれば梶井基次郎ですが、高校生らしい一途な感じがよかったですね。令和の恋ですね。

樽谷 宗寛

特選句「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。気持ちの良いお句。映像が浮かび、私も夢をいただき元気になりました。白鳥が好きだからかな。「母性とはタロイモ秋の土固し」。ハワイ旅行で食べたタロイモすごく美味しいかつた。お値段も高かったことが今も忘れられないでいる。母性とはが良い。

藤川 宏樹

特選句「そこここに谷内六郎秋夕日(三好つや子)」。週刊新潮の表紙を描き続けた谷内六郎。政界・芸能界の裏や男女絡みの話に興味が湧き、ついページを繰ったものだ。応接卓上に缶入りピースと灰皿、「週刊新潮」。そこここに昭和。私がようやく社会人になりしばらく、彼は急に世を去り平成に、そして令和に。・・・昭和は遠くなりにけり・・・

植松 まめ

特選句「ふんふんと亡犬来る気配月冴える(寺町志津子)」「捨て置けば死ぬ猫である娘の秋」。  今月は奇しくも犬と猫の句を特選にしました。今まで8匹の犬を飼いましたが、今年6月最後の飼犬を亡くしました。月を見ると犬たちを思い出します。また現在難病の猫の看病をしています、「捨て置けば死ぬ猫である……」わが家の猫もそうです。まだ2歳。?せ細りながらも彼は懸命に生きています。

あずお玲子

特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。埋めるんじゃなくて「埋まる」耳に納得。特選句「金曜の夜長気がかりが深爪 」。金曜の夜長、独りの時間をさぁ楽しみますよという時に深爪がしんしんと気になる。夜長の邪魔をする。この感じに共感。きっと足の小指に違いない。

☆増田天志さんの訃報に驚いて、とても残念です。勝手にまた話が聞けると思っていたので。  ご冥福をお祈りします。「笑って別れてあっけなく冬銀河(あずお玲子)」

月野ぽぽな

特選句「花芒 僕を分別して靡く」。内省的な世界の描写に惹かれた。分別する、と聞いてすぐ思い浮かんだのは「家庭ゴミを分別する」のように、種類によって分けること。意識を自分に向け、自分を、自分の中にある様々な部分に分けてみて、どれひとつとして排除することなく、受け入れ、労わり、励ますことを通して、新たな全き一つとしての自分に変容してゆく心の働きが見えてきた。それは瞑想そのもの。自分の慈愛を惜しみなく受けて自分は限りなく満たされ、陽を浴びる花薄のように光り輝く。慈愛、自愛の一句。憲子さん、みなさん、今年もご一緒できて幸せでした。どうぞご自愛され、良いお年をお迎えください。

☆天志さん、急逝の知らせに驚いています。2018年6月に二泊三日の花巻遠野吟行を天志さんとご一緒した時のことを今、思い出しています。背が高くハンサムな天志さん。二枚目かと思いきや、ユーモアたっぷりのお話で、天志さんの周りには笑顔が絶えませんでしたね。句会では、天志さんの作品や評、そして穏やかな語り口から滲み出る俳句に対する真摯な姿勢から、多くを学ばせていただきました。ありがとうございました。再会を約束して解散した時も、やはりあの優しい笑顔でいらっしゃいましたね。昨年、海原誌上で「にんげんとは何 ひまわりに砲弾」と、人間の現状を見、人間の本質を問うていた天志さん。先月、憲子さんが添付してくださった天志さんによる芭蕉のレポートの中で、山寺での「閑さや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉」に梵我一如を見抜いた天志さん。心でいくたびも「芭蕉さん」と語り合われたのでしょうか。レポートを読むうちに、わたしには、天志さんが、芭蕉さんに導かれて悟りの境地の安らかさの中にいらっしゃるような気がしてきました。天上で芭蕉さんと、兜太先生と、句座を共にされているかもしれませんね。今生で天志さんと句座をご一緒できたことに心より感謝いたします。心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。ぽぽな

岡田ミツヒロ

特選句「らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉」。らっきょうを噛むバリバリと勢いのよい音とリズム感、さらに脳にまで沁みる酸味の刺激。弛緩した脳細胞も覚醒し新鮮な言葉を紡ぎ出してくれそうだ。特選句「みんな星の子とほき渚のものがたり」。天界より選ばれて人はそれぞれ水の星・地球へと送り出される。地球は渚、人は水と戯れ、水に翻弄されて時を過す。そしてみな渚のものがたりを残し、人それぞれの星、天界へと帰る。

石井 はな

特選句「錯覚の恋に浸って戻り花」。この歳になって昔を思うと、恋って錯覚なんだとつくづく思います。そんな錯覚に浸っていた若い自分が愛しいです。

川本 一葉

特選句「冬のたんぽぽ明日は南へ飛ぶ構へ」。明日のたんぽぽが目に浮かびます。飛ぶ構へという下五が生きていると思います。未来のことを言うのは楽しいです。

大西 健司

特選句「秋晴れやぽっかり浮かぶ河馬の尻」。殺伐としたなかこの長閑さが良い。特選句「シャケ高菜ツナマヨおかか秋深し」。問題句のほうが似合うのかも知れないが、コンビニに並ぶおにぎりの平和な装いが実に楽しい。

☆天志さんのことはあまりにもショックです。やはり同世代だけに急死は他人事では無い事態です。田舎だと同じ敷地内の離れに一人いたりしますが発見が遅くなるのはつらいです。いつ何事がおこるかもわかりません、お互いに健康第一でいきましょう。天志さんのご冥福をお祈りします。

♡ところで過日行われた東海地区現代俳句協会青年部主催の第6回ジャズ句会LIVEin名古屋へ行ってきました。やはり楽しいところには人は集まります。企画力が大事なんだと感じました。19歳から93歳まで30数人の参加があり熱気溢れるものでした。といっても俳人はお酒などを飲みながらですが。一流ミュージシャンの演奏は最高。一人一人の俳句に対し即興の演奏をするという無茶なお願いに見事に応えてくれました。過去の様子がユーチューブで見られるはずです。よければご覧下さい。辛い出来事に負けず頑張りましょう。

河田 清峰

特選句「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。この句を一読して、突然亡くなった増田天志さんの姿が浮かんできた。何もかも脱ぎ捨てて大きく羽ばたいて飛び立った白鳥そのものの天志さん。連句、書道など多芸多彩な人であった。惜しまれてならない‥

吉田 和恵

特選句「母の忌や集う兄妹みな熟柿」。とかく母を後盾として来た兄妹、年を経て母の忌に集えばみな枝にぶら下がる熟柿のようではないかと。ちょっと哀しく可笑しくも兄妹の絆を感じさせる一句です。

塩野 正春

特選句「大樽や今年醤油の柄杓売り」。なんか句の中から香りが漂うような、素晴らしい情景です。醤油作りのは知識のない私ですが大樽の中に出来上がった醤油の味は瓶詰めされ市販されるものとかなり違う気がします。数千年前から日本人の味を支え、湯浅醤油が発展させキッコーマンらによって今や世界中の調味料です。出来立ての一滴を柄杓で受け取るとはなんと贅沢なことでしょう。特選句「古典より戦ひも解くカンナ燃ゆ」。作者の意図とは違うかもしれませんがアメリカ南北戦争を生き抜いたスカーレットオハラを思い起こします。アトランタの荒野で、結局一人になったスカーレット、カンナだけが咲き誇ります。ちなみに”風と共に去りぬ”の映画、米国テク二カラー映画の最初で、ロシアのアグファカラーと国力をかけて戦ったようです。いい戦いでした。主役はリリアン・リーでしたかね。美しかった!これで今年は最後です。 いささか気が早いのですが健康で安泰な新年を祈ります。

稲葉 千尋

特選句「この砂も地球のかけら星月夜」。なんと美しい句。この美しい地球に戦の話し悲しい。星月夜が美しすぎる。  ?山形吟行、お疲れさまでした。楽しい旅行だったとおもいます。ますますのご健吟をお祈り申しあげます。今号はいっぱい好きな句がありました。採れなくて残念です。有難うございました。

新野 祐子

特選句「栗茹でる選に洩れたる句の数多」。「栗茹でる」の取り合せがユーモラスですね。選に洩れてもめげない作者。少々つらいことがあっても乗り越えていくパワフルな作者が見えます。『朝和む「もってのほか」てう菊の菜』。前の夜何か不穏なことがあったのでしょうか。香りよく彩のきれいな菊のおひたしを食べて和んだのですね。

♡十月二十九日から三十一日に山形吟行に来てくださった岡田奈々さん、亀山祐美子さん、河田清峰さん、島田章平さん、田中怜子さん、野﨑憲子さん、三好三香穂さん、ありがとうございました。本当に楽しい三日間で、この年のとっておきの思い出になりました。個性的かつ魅力的な方々とご一緒できたこと、大きな刺激になりました。増田天志さんが来られなかったことを心配していましたが、亡くなっていたなんて。皆さん、茫然自失のことと存じます。増田さんのご冥福を祈るばかりです。

 山形吟行では、ほんとうにお世話になりました。まさか新野さんが、マラソンランナーだったとは思いませんでした。フットワークの軽さに驚きました。お陰様で、とても充実した楽しい吟行になりました。ありがとうございました。天志さんの事は、未だに信じられない思いですが、きっと私たちと一緒に山寺やお釜や地蔵岳を吟行していらしたと、今は強く感じています。(憲)

山本 弥生

特選句「隠れ段畑老婆が短い人参掘る(津田将也)」。住み馴れた過疎地を老いても離れず無農薬の短い人参を段畑で一人収穫している姿が見えて来る。令和の時代である。

中村 セミ

特選句「踏切によく日のあたる昭和かな」。上手いと思う。何かの色々な感慨をかんじます。

松岡 早苗

特選句「一人旅秋の光に乗り換えて」。「秋の光に乗り換え」るという表現がとても素敵です。初めての土地で電車から降りると、キラキラした秋の日射しがいっぱい。電車を乗り継いで次はどこへ行こうか。気ままな一人旅の醍醐味を感じました。特選句「非力憂えば濡れ縁にカメムシ」。布団を干すにしてもちょっと物を動かすにしても、寄る年波には逆らえず、自分の非力を痛感させられるばかりです。濡れ縁のカメムシはちょっとやっかいですが、クスッと笑える光景でもあり、楽しく拝読いたしました。

野田 信章

特選句「草城子の一句引き寄せ郁子の実や」。森下草城子氏とは、「海程」の初期から中期にかけて活動された方で、濃尾平野の一角に腰を据え、その自然風土を踏まえての精神風土の形成を目指された先人である。この草城子氏との交流があり、いまも熱き想いを抱いている作者の述懐の念のこもった一句である。郁子の実との確かな出合いがあり、通草では、この句の軽妙さは出ない。私の感銘を覚える草城子俳句の二句を下記へ。「朝のガラスに富士がきており暗し(草城子)「月を見たし蜩聴きたし冬の山(草城子)

☆増田天志氏の訃報を受けて驚いているところである。初期作品の中に、<もみじ山おれは天動説でゆく><洗っても洗ってもこおろぎの貌>等の若作りではあるが諧謔味のある句が見受けられていたので、中年から老年にかけての厚みのある諧謔性のある本格俳句を期待するものがあった。それも今となってはかなわぬこととなった。故人となられた天志氏のご冥福を心から祈るばかりである。

増田 暁子

特選句「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」。蕎麦の花の白一面の中、周りや世の中は昏いと思う日々です。特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。深層心理ってほとんどの人々は耳を蓋して、本音を口にしない。マフラーに埋まって聞こえぬ気配です。いけないと思う時もありますが、本当にその心理は判ります。お上手な句ですね。

☆増田天志さまへ。謹んで哀悼の気持ちを込めてお悔やみ申し上げます。句会ではひょうきんで明るく、よくお話しましたね。名字が同じで、最初の頃紙面に並んで名前が出るので、ご自分から声を掛けていただきましたね。関東の句会にもたびたびお会いし、ニヤッとした笑顔が思い出されます。まだまだお若いのにと思うと、言葉になりません。心残りがいっぱいあるでしょうに、本当に残念ですが安らかにお眠りください。

山田 哲夫

特選句「秋晴れやぽっかり浮かぶ河馬の尻」。爽やかな秋空の元でのユーモラスな風景を鮮やかに映し出した。こういう句に出会うと心もかろやかになり、秋晴れのように晴れ晴れした気分になる

柾木はつ子

特選句「綾取の川へ梯子へはうき星」。発想がユニークですね。とても柔らかい感性をお持ちの方と思いました。特選句「大陸に国境多し鳥渡る」。日本は島国なので陸続きに国境のある生活というものが想像出来ませんが、どうしてもこのような地では紛争が起こりやすいのでしょうね。かと言って国境は不可欠だと思いますし…その点渡り鳥には自由があるけれど…

河野 志保

特選句「黄落を和解の色と思うかな」。「黄落を和解の色と思う」発想にひかれた。そして深く納得。あの静かでたくましい営みの前では、どんな諍いも消える気がする。作者は戦争が広がる世界も憂いているのかもしれない。

三好つや子

特選句「秋深むその周辺をおじいさん」。マラソンに出るかのような格好で走る老人もいれば、夕食のおかずを買っている背中が淋しそうな老人もいる。散歩の途中やスーパーマーケットでみかける姿を、優しいまなざしで捉えている作者に、共感が止まりません。特選句「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。春が来て大白鳥が北方へ帰っていくときの、水面から飛び立つ一瞬をみごとに詠んでいます。水を脱ぐという表現に、旅立ちの覚悟のようなものまで感じられ、注目しました。「三世代の看護師家系おみなえし」。微笑の似合う聡明な祖母と母と娘のありようを、清楚なおみなえしが語っているようです。「錯覚の恋に浸って戻り花」。照れくさそうにこちらを見ているあの人、ひょっとして私に気があるのかしら。そんな錯覚に弾けるひととき。戻り花は、帰り花でもよいと思います。

☆比叡山での勉強会や関西の定例句会でお会いし、俳句について熱く、楽しく語る天志さんが思い出されます。芭蕉の梵我一如、読んだばかりだったのに・・・とても淋しいです。ご冥福をお祈りします。

高木 水志

特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。音の響きが心地よい。深層心理の曖昧な感じを耳という小さくて柔らかな部分に喩えて、冬の空気感を感じさせたところがいいと思う。

野口思づゑ

今回は特選が選びきれませんでした。「恋の句を詠みたき日なり冬薔薇」。次の句会で、その句を披露して下さい。「あたたかや方言混じるネット句座」。私も同じ感想を持ちます。馴染みのない地方の言葉のアクセントなどに温かさを覚えます。「絵も本もピアノも売りて日向ぼこ」。断捨離をされたのでしょうか。今までの活動を整理して、日向ぼこでリラックス。理想的ですね。「踏切によく日の当たる昭和かな」。高架線もなく、建物も低かった昭和でしたら、スペースのある踏切の日当たりは良かったに違いありません。視点が面白い。

菅原香代子

特選句「君へ檸檬 発火しそうな放課後」。青春を檸檬と放課後で表現していて見事です。「野辺送り栗鼠は木の実を運びをり」。秋の野辺送りの寂しさと、栗鼠のほのぼのとした温かさの対比がすばらしいと思いました。

榎本 祐子

特選句「秋深むその周辺をおじいさん」。おじいさんは周辺をぶらぶら歩き回っている。特に目的はない。強いて言えばぶらぶらが目的。深む秋の中を放下している。

☆天志さんの事、ショックです。残念ですね。以前、三田句会で時々お会いしていました。高松での全国大会の帰りも、小豆島からご一緒して楽しくおしゃべりした事を思い出しています。いつも楽しくされていて、面白がらせてくださっていましたが、どこか痛々しくて繊細な人だなと感じていました。またお会い出来ると思っていましたので悲しいです。ご冥福をお祈りするばかりです。

重松 敬子

特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。深層心理って、本人も意識なく、面白く興味のわく分野である。作者の愛される性格なども垣間みえて微笑ましい一句。

☆天志さんの訃報。まだお若いのに残念です。句友が減ってゆくのは寂しい限りです。

滝澤 泰斗

今月の選句はまさに「選苦」・・・十句を選ぶのに苦労した。特選並選つけ難く異例ではありますが、甲乙なしで選をしました。「恋の句を詠みたき日なり冬薔薇」。確かに、冬の薔薇はそんな気にさせる狂おしさがある。「疎に密に語り来し日々そばの花」。特段の日が毎日あるわけではない。地味なそばの花の様な淡々とした日常が続いてゆく。「銀杏散る私を裁くのは私」。自分にけりを付けて行くのはもちろん自分だが、その心情を句にしたことに感心した。「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」。白一面の昏さと見た眼力。「御堂筋はトークの歩巾黄落期」。銀杏を眺めながらか、落ち葉を踏みながらか、その風情が、トークを、歩みを緩やかにして詩情を醸し出してくれる。「ただ枯葉散らす風見てカフェテラス」。こちらは、東京丸の内当たりの秋の風情。気分のいい句。「柿明かり日暮れの街が消えかかる」。一際赤い柿が夕暮れに映えていたが、黄昏は短く町に帳が落ちて行く・・・たまらない寂寥感。「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。一読して、なるほどねと妙に納得した一句。「草城子の一句引き寄せ郁子の実や」。伊勢志摩の海程全国大会でお話を伺う機会があったった草城子さん。作者はどんな一句を引き寄せたか。懐かしさいっぱい。「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。白鳥が水面から立ち上がる時の水の形状がまさしく水を脱ぐように見える観察眼の確かさ。以上、十句以外に次ぎの句もきになったので、記しておきます。「ぺちゃくちゃと四五羽の雀小六月 」「栗茹でる選に洩れたる句の数多」「ばつた跳ぶ鳥になる練習をする」「冬霧のデモ熱くゲバラを語りし人」 

☆後に、野﨑さんからのお知らせで知った増田天志さんの逝去の報。香川での「海原」全国大会でお世話になったかと思いますが、どうしても顔が浮かんできません。海程創刊五十周年アンソロジーの増田さんの情報によれば、私より若かった。自分より若い人の死は重く、つらい。お名前の通り「天使」になった増田さんの天国の平安をお祈り申し上げます。

伊藤  幸

特選句『日曜日「つぎ木犀の町停ります(あずお玲子)』。「銀河鉄道の夜」を思い出しました。メルヘンですね。休日はバスにでも揺られつつ心豊かに過ごしたいものです。

☆追悼 増田天志さん。「海程香川」花巻遠野吟行の際お話しして何故か気が合い、以来ラインでメールを交わすようになりました。既にご存知の方も多いと思いますが天志さんは多才な方で俳句はもとより絵画や彫刻と展覧会によく出品されておられました。そしてその画像が何度か送られてきました。九月、「『海程香川句会』に参加し温かく迎えて頂いた。作句は続けたい。」と嬉しそうなメールが届き、最近では「肥後の志士「宮部鼎蔵」のことが知りたいから近々熊本へ行きたい。」というメールも届いたばかりでした。残念です。折につけ俳句もやり取りしていましたので天志さんの遺句を数句挙げさせて頂きます。「父の出るまでトランプめくる晩夏」「まず音符こぼれ睡蓮ひらくかな」「どこまでが星雲の渦かたつむり」「龍鱗の乾き雲海に首のぞく」「蒼き眠りは幻想の大なまず」「薔薇の死はブルースざらつく喉元」「雲龍の目の蒼穹や芭蕉祭」

菅原 春み

特選句「大樽や今年醤油の柄杓売り」。スケールが大きく年末に締める句としてもとても好ましい。特選句「長き夜の糸巻きからんと奥秩父」。奥秩父の昔ながらの機織りの景。糸巻きだけを切り取ったろころが映像に。

男波 弘志

「野辺送り栗鼠は木の実を運びをり」。二つの出来事に抑々関係性がある訳ではないが、こうして一行詩になってみると如何にも何かがありそうではある。生と死の対比、それは全く表層のことに過ぎない。野辺送り、木の実を運ぶ、その営みが事も無げに持続していること、人間の暮らしの中にある血液の流れ、そういうものを感じればよい。秀作。「絵も本もピアノも売りて日向ぼこ」。一見この人は全てを手放しているようだが、そうではない。むしろ手放したことによって、それは心の中に何度も蘇ってくるのであろう。シャガールの青、怒涛のバッハ、ブッダの知恵、いま人類は危機的状況にある。人間が生み出した叡智、文明はもはや負の遺産でしかない。人間が文明だと思っていたものをいつ放擲するのだろうか?人間自身を消し去らなければこの状況は変えられないであろう。誠に残念だが世界の人々が冬の日溜りでうとうとする日は来ないであろう。秀作

薫   香

特選句「消しゴムで消えそうな母 芒原」。認知症になった母は何を聞いても、「うん」としか言わず、腰も曲がりいつもうつむいて座っている。生命力を失ったかのように、今にも消えそうな母を思い出しました。特選句「もの言わぬ子に友ひとり帰り花」。先日11月だというのに暖かな日が続いたせいか桜がいくつか咲いており、何だか嬉しくなりました。友達が一人いてくれるのは母にとって一輪の桜のように嬉しい。

佐孝 石画

特選句「踏切によく日のあたる昭和かな」。「踏切」はときおり、異界との境界を思わせる。待つという行為、渡るのをためらう緩やかな逡巡。この世あの世、現在過去。時空の歪み弛みを感じつつ、眼前の遮断器の、蜂の腹のような、色褪せた黄黒の遮断棒、そして眼下には錆びた鉄路と朽ちた枕木。無季であろうが、「日のあたる」という措辞が、小春日の実景を想起させ、また、過ぎ去った自らの昭和時代の思い出が、眩惑を伴い重なってくる。「踏切」という語の、季語に匹敵するイメージの蓄積率を再認識しつつ、五感を増幅させる「日のあたる」という語を加えた、作者のインスピレーションに脱帽する。

田中 怜子

特選句「柿明かり日暮れの街が消えかかる」。映像がきれい、穏やかな日本の風景 いつまでもそのままであってほしい。特選句「君を追う急登錦秋地蔵岳」。吟行を思い出します。大きなお尻が目の前に、そして中七下五で一気に登りつめる勢いが感じられるともに、ふーふー登った記憶が蘇ります。

疋田恵美子

特選句「十三夜そんな華ある漢ゐて」。私の知るとこらでも、数少ないですが確かに素敵なお方おいでますね。特選句「君へ檸檬 発火しそうな放課後」。今話題の大谷選手のような若者を想像しました。

☆増田天志さん、香川全国大会では、赤い運動靴を履き皆さんのお世話をされていたお方ですよね!まだまだお若い方でしたのに残念なことですね。お悔やみ申し上げます。       合掌

森本由美子

特選句「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」。白一面という視覚的表現に昏さというキャラクターを加えて作者の内面を伝えようとしている。詠み手はその世界を共有することが可能と思う。

松本美智子

特選句「花芒 僕を分別して靡く」。人間はいろいろな便宜上,分けられる事があります。「男」「女」,「○○人」「■■人」,「キリスト教徒」「イスラム教徒」そして「必要」「不必要」・・・分別による差別,分断や憎しみ,悩み・・・そのような世界からは遠いところに身を置きたいと考えています。祈りをこめて・・・句を選びました。

大浦ともこ

特選句「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」”白一面の昏さ”という表現に惹かれました。明るさの中にある昏さ、でしょうか・・。特選句「なびくねえあれが風だよねコスモス(竹本 仰)」飄々とした語り口調の句の中にあたたかさが伝わってきます。風に靡きながらも強靭なコスモスと響きあっています。

川崎千鶴子

特選句「旅立ちのおへそにしまう夜寒かな」。「夜寒」をおへそにしまうとはお洒落な表現で、素晴らしいです。私もあやかりたいです。

時田 幻椏

特選句「疎に蜜に語り来し日々そばの花」。現在主催している建築交流展のテーマが「ナラティヴ」、この語をキーワードに10ヶ月程思考して参りましたので、その勢いで。特選句「彼岸花凡句と言へど彼我に柄(藤川宏樹)」。その通り、良し悪しを越えて句は詠み手その人のものです。彼岸と彼我、気恥ずかしい語の選択ですが。問題句「在りし父母の駆け落ちほろん菊膾(伊藤 幸)」。ほろんはホロンですか?。私は秀句と思うのですが、如何でしょう。宜しくお願い致します。

飯土井志乃

特選句「旅のように晩秋絹の雲刷いて(榎本祐子)」。予測正しい日本の四季の味わいは何処へ行ったのでしょう。予測もつかぬ日々の明け暮れを重ね一足飛びに訪れた今年の秋は、まるで晩秋の貴婦人の様、納得の一句に仕上り美しい。

☆突然の、増田天志様の訃報、声も出ませんでした。思い返せば、「海程」第一回比叡山勉強会。矢野千代子様を中心に大津にて開催の折、故金子兜太先生を筆頭に海程の名だたる方々のご参加に、スタッフ一同緊張で張りつめておりました。その時、怖気ず、応対案内をした青年が、増田天志さんでした。金子先生も、気さくにお声をかけられ、楽しんでいらっしゃるご様子に、一同胸を撫で下ろし、会を終えた事が懐かしく思い出されます。それからの天志さんのご活躍は、皆様ご承知の通りです。兜太先生も黄泉の方となられ、此の度は又天志さんをお見送りする。身ほとりが淋しくなりました。俳句から遠ざかりがちな私にも句会の誘い水で今日まで止まらせていただき長きに渡る、ご厚情に深い感謝をしております。ありがとうございました。安らかな永遠を祈りつつ 合掌。

漆原 義典

特選句「母の忌や集う兄妹みな熟柿」。下五の熟柿がいいですね。この情景は、長男の私の家の座敷の仏壇の前に集まる情景そのものです。姉2人と、古希を迎えた私、そして弟の4人兄弟も、みんな年取りました。年老いた兄弟が会って仲良く話をすることはいいことですね。心が温かくなる句をありがとうございました。

稲   暁

特選句「銀杏散る私を裁くのは私」。自分の失敗が原因でうつ病になった経験がある私には「私を裁くのは私」のフレーズが心に沁みました。

佳   凛

特選句「らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉」。らっきょうが脳を刺激するのでしょうか?羨ましい限りです。今日の晩御飯に試してみようかなぁ。

銀   次

今月の誤読●「もの言わぬ子に友ひとり帰り花」。小さいころからおとなしい子だった。病弱だったせいがあるのかもしれないが、学齢に達しても寡黙であることに変わりはなかった。ふつう女の子というのはおしゃべりだという思い込みがある。それに比べてうちの子は、と思うのは母親としては当然のことだろう。育て方が悪かったのかしら、と振り返ることもしばしばある。ただ笑うときには笑う、泣くときには泣く、病弱だったカラダもいまは見違えるほど元気だ。その点では安心しているが、相変わらずあまりしゃべらない子であることには違いない。そんな子が高校に入って、はじめて友だちをうちに連れてくるようになった。同級生ということだった。その子もやはり控えめな女の子だった。挨拶もつつましく、いつもそそくさと娘の部屋にあがるのが常だった。とたん部屋のなかからキャッキャと笑い声があがる。なにを言ってるのかわからないが、楽しげな話し声が聞こえる。それはもう、わたしまでもが愉快になるような明るい声だ。その声を聞くのは、わたしにとって涙がでるほど嬉しい時間だった。ある日のこと、いつものように紅茶とケーキを持って娘の部屋に入ったとき、ドアを開けるとうちの子と同級生が親しげに指を絡ませているのを見た。ふたりはパッと離れたが、その離れ方がどこか不自然で、三人とも固まったようになった。しばしのときが流れ、ようやく合点のいったわたしは慌てて部屋をでた。ふたりは恋をしている。そう思うと胸がドキドキするとともに、来し方のあれこれにようやく納得した。夕飯のときになり、食卓に坐る娘にわたしは言った。「安心しなさい。わたしはあんたたちの味方だから」。娘はコクリとうなずき、皿のハンバーグに箸を伸ばした。その瞬間、わたしと娘はまぎれもないほんとうの母子となった。

荒井まり子

特選句「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。上五の「水を脱ぐ」に脱帽。いつもそれぞれの鳥が水面より飛び立つのを見て素晴らしいと感心していました。ピッタリの表現ですね。   

☆突然の訃報に大変驚いております。こちらに引っ越し、暫くしてたねをさんに、兵庫・三田句会に声を掛けて頂き、それから天志さんとも、ご一緒に。滋賀・大津の句会にも参加。通り道だからと、JR大津駅より車に乗せて頂きました。10分位の話しに、香川句会の様子、憲子さん達とのやりとり、おうどんの美味しさ、本当に楽しそうに話されていました。山形吟行にも、ご一緒の予定だったとか、とても楽しみにされていたと思います。今はただ、ご冥福を祈るばかりです。

亀山祐美子

特選句「山粧ふ蔵王県境枯損木」。陸奥の旅のロウプーウェーからの雲海と紅葉と枯損木の景が忘れられない現場に行ったからこそ共感できる景の大きさがよい。

☆増田天志さんの訃報心が痛みます。初めてお会いした栗林公園の緑の濃さ松の豊かさが忘れられません。いずれまた句座を囲めるとは存じますが、そのときはよろしくお願いいたします。

三枝みずほ

特選句「絵も本もピアノも売りて日向ぼこ」。感性豊かにと子どもへ託した想いは子の心にしっかりと根付いている。何十年とかけてそのことに気づいたとき、全てを手放すことが出来たのであろう。時空を越えて子と過ごした時間に思いを馳せる嬉しさと哀愁が日向ぼこにはある。

☆増田天志さんご逝去とのこと、さみしくなります。0点句だと自分の表現の未熟さに反省すると私が言うと、「気にしたらあかんあかん。わかってたまるか!!って思ってつくらな!」といつもの優しい口調で叱咤激励してくださったのが九月。天志さんの鮮烈な言葉たちが心のなかにずっと響いているのです。他界されたのが今でも信じられません。海程香川句会で初めてお目にかかったときのこと、全国大会、思い返してもやはり強烈な個性の俳人ですね。ぽっかりと冬の空です。ご冥福をお祈りいたします。

竹本  仰

特選句「もの言わぬ子に友ひとり帰り花」:もの言わぬ子に、もの言わぬ友。だが会話は十分成り立っている。これまで何度か見たような光景でもあり、またその中にいたような気もする。価値判断というものでは測りきれない存在価値というものがあり、人間を人間として生かしておくものの存在に気づいた時、言葉では表しえない或る表現の貴さに気づく。〈はたはらに秋草の花語るらくほろびしものはなつかしきかな〉という牧水の歌に近いものを感じました。特選句「枯れ蟷螂自分の影に鎌広げ(松本美智子)」:枯れ蟷螂。もはや死に後れた蟷螂は最後の闘いを挑んでいるのか、地面に伸びた自身の影に重い鎌を持ち上げる。闘わねば生きていけないと宿命づけられた生き物の成れの果てに、ロートルの拳闘選手のような悲哀はあり、哀しくはあるものの、そういう姿に心惹かれるものも感じました。特選句「秋晴れやぽっかり浮かぶ河馬の尻」:何のことはないものに、ふと自分を感じる。そんなことでしょうか。この河馬の尻は実景でないもののように感じます。動かそうとして動かせず、さりとてそんな自分にあくせくしていたその末に、いつまでもカッコ悪く浮かんでいる何とも始末に負えない自分。同情を禁じ得ない句でありました。以上です。 

☆増田天志さんの訃報、ありがとうございました。初めてリアルの香川句会におじゃました時、俳句バトルのトーナメントがあり、その一回戦の相手が天志さんでした。老いたお母さんを詠んだ句を出して、しみじみとした子ども心を歌ったものでした。そう、秋の夜長に隣の部屋にいる母を思いやるような雰囲気のものでした。自句のプレゼンテーションに、そんな熱い思いを語る姿に圧倒されましたが、あれは天志さんの中でも異例の事だったんじゃないかと、思い出しました。もちろん、いつも俳句への思いは熱く、最後もそんな風に芭蕉を述べられていたように思いますが、何かの折に「もっと自由であるべき」といったひとことが耳に残っています。そういえば、淡路島吟行に来られた時、軽やかな雰囲気に、「なんかとても若く見えますね」というと、「僕、今、ダンスやってるから」とさりげなく嬉しそうに答えていたのでした。芭蕉の墓所である義仲寺で連句の句会をよくやっているとのことで、「いつでもどうぞ」と勧められたのでしたが。今度、義仲寺に行ったら、またあの面影追いかけるんだろうなとふと思います。ああ、残念、のひとことです。ありがとうございました。野﨑さん、そしてメンバーのみなさん、来年もよろしくお願いします。

♡天志さんの芭蕉の句の解釈、興味深く読みました。私のミスリーディングでは、芭蕉は蝉になり切ってしまったんではないか、と思えましたが、それが天志さんの言う梵我一如のことかなと。時々、俳諧七部集を読みますが、芭蕉の句境は融通無碍そのもの。たとえば、『冬の日』「つつみかねて」の歌仙には、前句「まがきまで津浪の水にくづれ行」に対し、「佛喰たる魚解きけり」なんていう付けをしていますが、魚の腹をかっさばいて佛をみつけるなんて、佛が仏像なのか死人なのか、どちらの取りようにしてもぎょっとしてしまうものがあります。芭蕉には何だか人間の業を読み解こうとする眼がつねにあり、そんな背景で見ると、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」も並じゃない、業深きがゆえに蝉もまたおのれもまた…という深い吐息、それが閑さやの正体ではなかったか。相変わらずのミスリーディングですいません。あと、最近の島田さん、飛んでいますね、うらやましいです。きっと何か、このあと、来るんだろうなと、測候所の人のように見ています。朝日俳壇で目にした白泉さんとの対話の句も気に入りましたが、とても注目しています、陰ながら。 天志さんの「芭蕉さんアラカルト」、古典の授業のノートの一画みたいで、その人柄、面白く垣間見たような楽しさがあります。だいぶ前に読んだ安東次男の本で、「旅に病で」の句は辞世の句としては不出来、のようなくだりがあったのを思い出しました。「木曽殿と塚をならべて」という「たはふれ」のつぶやきの方に、心惹かれるものがある。いわば、横死の者の見果てぬ夢、お前たちはどう思う?そんな問いかけの方にむしろ句以上にリアルな心情を感じるというのです。こんな芭蕉劇場を見ていると、稀代の演出家であった芭蕉の内情もなかなか面白そうで。そういえば、淡路島吟行の泊後、食堂で朝ビールを注いでくれたのは天志さんでしたね。義仲寺での句会の話などしてた記憶があります。「いつでもどうぞ」と誘ったひとこと。このノートもおんなじ匂いがしました。

丸亀葉七子

特選句「十字軍の踏んだ跡かも蓼の花(重松敬子)」。素直な句が好き。ロシアは 早くウクライナ侵攻を止めてほしい。道端に咲く野の花「蓼」からの発想に惹かれた。特選句「長き夜の糸巻きからんと奥秩父」。目を閉じると景が浮かぶ。奥秩父が生きている。糸巻く音がからん、からんと聞こえてくる。

若森 京子

特選句「君へ檸檬 発火しそうな放課後」。檸檬からくるイメージは、新鮮、夢、エネルギーであるものを君へ上げよう。下句の〝発火しそう?の措辞には緊張感と恐怖、この二つのフレーズがこの短詩型の中で化学反応を起こそ色々なストーリーが生まれる。一句にエネルギーを感じる。特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。自他共に深層心理って解からない。ストレスが溜まるのも関係するらしい。温かいマフラーで何も聞かない様に耳を埋めたい気持ちは高まる。

☆天志さんを偲んで。二十年程前の、若い天志さんは、高橋たねを氏を慕い毎月三田句会に出席し、湯川れい子、田中貴美子さん達と句会の後、喫茶店で楽しい会話の時間を持って帰られました。知識と語彙が豊富で色々と冒険をし、彼独自の面白い作品を書いていましたが、それが成功して誉めると何とも云えぬ嬉しそうな素直な人懐っこい表情が忘れられません。コロナ前は、ひょっこり現われて待合室で一人でおにぎりを頬張っていた姿が目に浮かびます。句会後、私は主人の介護もあり、ゆっくり前のようにコーヒーを飲む時間も無く、遠い大津から来て貰ったのに悪いなーと思って帰りました。この三年間は「海程香川」でのお付き合いのみでした。最近、天志さんが又三田に行くと云ってたよ。と聞き楽しみに待っておりましたのに。亡くなった後、大勢の人に優しい言葉を掛け、あの風来坊の天志さんを皆さんが愛していた事が分かりました。残り時間の短い私には、六十九歳で逝った天志さんに惜しい悔しいと云う言葉しかありません。 ご冥福をお祈りするばかりです。  

追悼二句  「片羽根の天使は逝った秋の空」「早世の君の言の葉ペガサス座」               合掌。

向井 桐華

特選句「秋の雨白湯の匂ひの豊かなり」。文字通り日常の「豊かさ」についてハッとさせられた句。

三好三香穂

「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」。蕎麦の花は赤も白もあるが、だいたいは白。小花で地味である。一面白くなるが、なぜか華やかさや明るさはない。それをクラサと捉えたところが、秀逸である。

山下 一夫

特選句「綾取の川へ梯子へほうき星」。綾取の川や梯子に、図鑑や星座表において星々を直線でつないで示されていた各星座を、ほうき星にその背景となっている満天の星空を想います。抽象と具体のバランス、どこかノスタルジックな雰囲気が秀逸です。特選句「今ここで返事しなくていい野菊(柴田清子)」。返事を求められている対象は限定されていないのですが、いろいろに考えてみることができて愉しいです。当方的には「野菊の墓」の民子。世代的には山口百恵か松田聖子で、映画時点の素朴さでは後者に軍配を挙げます。問題句「ばつた跳ぶ鳥になる練習をする」。発想に妙があり、自嘲的なペーソスも漂っていていい感じなのですが、ばったの跳躍には、大量発生してアフリカからインドとかまで移動しながら深刻な災害(蝗害:こうがいと言うらしいです)を招くもののイメージもあって、鳥以上の場合もあるとの突っ込みも思い浮かびます。「鳥よりすごい奴もいる」といったところでしょうか。                               

☆増田天志さんの突然のご訃報、先にお送りいただいた海程香川句会でのお話のレジュメを拝見してご健在を確認していただけにショックです。天志さんとは比叡山句会や海程全国大会、小豆島で開催された海原全国大会の折などにお会いしておりました。あらたまってお話したことはなかったと思いますが、いつかの全体句会での鑑賞において、フロアーの議論が対象句の用字用語等形式的な側面に集中していたところ、そんなことより一句に詠われている詩情が肝心なのだと熱くコメントされ、はっとさせられたことを鮮明に記憶しております。心よりご冥福をお祈りいたします。

野﨑 憲子

特選句「仏壇に位牌と並ぶ蝮酒」。仏壇に蝮酒とは、山霊も祀っているのだ。どんなご先祖なんだろう。想像の膨らむ作品。特選句「捨て置けば死ぬ猫である娘の秋」。捨て猫を拾ってきて慈しんいる我が娘への限りない愛情が作品から漲っている。「娘の秋」に黄金の輝きあり。特選句「一人旅秋の光に乗り換えて」。新たなる旅立ちをする作者に、幸多かれと、渾身のエールを贈りたい。「朝寝して白波の夢ひとり旅(兜太)」<朝寝>は春の季語なのに、なぜか秋の句群の中に入っている師らしい名品。 「どんな時でも人生を楽しめ!」と。           善哉。

(一部省略、原文通り)

「海程香川」山形吟行(二〇二三年十月二十九日~三十一日)

山一.png
参加者の一句
白鷹人形蚕の繭の重みかな
岡田 奈々
無月かな蔵王温泉朱鳥居
亀山祐美子
東北の空より碧きお釜冷え         
河田 清峰
喜寿にして登る人生翁の忌
島田 章平
小さき字に挿絵の手帖少年茂吉
田中 怜子
懸崖菊誰をも受け入れ五大堂
新野 祐子
赤い山雁戸山(がんどさん)やがて黒き影 
三好三香穂
アオゲラのこつん茂吉の窓ガラス
野﨑 憲子
山二.png

上、蔵王連峰に抱かれた五色沼(お釜)。下、宿舎のホテルヴァルトベルク前にて。

袋回し句会

追悼、増田天志さん(天)
芭蕉も兜太も天志もゐるよ鰯雲
野﨑 憲子
次郎笈(きゅう)心ときめく天の河
末澤  等  
天の子の大いなる孤独冬に逝く
銀   次
わかってたまるか現代俳句天高し
三枝みずほ
天志さんみんなの声届いていますか
柴田 清子
エンジェルに励まされしあの日を思う
薫   香
群青の翼は天へ秋夕焼
野﨑 憲子
妻知らぬ夜長天志の武勇伝
藤川 宏樹
天志は星に既成破りの楕円形
岡田 奈々
なぜに君駅通り抜け秋天へ
野﨑 憲子
痛恨の友の旅立ち天高し
島田 章平
エンジェルに冬の翼をください
島田 章平
効き耳も効き目もひだり白鳥来
あずお玲子
さざ波に渡り鳥何を見て来たのか
薫   香
降りぬ遮断機という機微小鳥来る
藤川 宏樹
口あけて鼻ひん曲げて鳥渡る
野﨑 憲子
命とは永遠に病むもの鳥兜
島田 章平
立冬
君達は包囲されてる核の冬
島田 章平
しなしなのポテト塩っぽい今朝の冬
あずお玲子
誰もゐない二階から冬降りてくる
柴田 清子
冬に吾を生んだ母強き人なり
薫   香
青信号灯す再エネ冬夕焼
藤川 宏樹
金曜日
金曜夜長ユ―ミンが声白し
藤川 宏樹
金曜の雪虫に懐かれてゐる
あずお玲子
はしご酒もう何軒目だ金曜日
銀   次
立冬句新気一転大奮起
末澤  等
新築の隣りの家も冬に入る
柴田 清子
新しい雑巾真白新学期
藤川 宏樹
とんちんかんってなんか楽しい新走り
野﨑 憲子
人生は甘くはねえよ新小豆
島田 章平
激論の中に笑ひも新走り
島田 章平

【通信欄】&【句会メモ】

先月、先々月と、大津から高松の句会にご参加くださった増田天志さんが十月末、大津市のご自宅で他界されました。晴天の霹靂のような知らせに、11月句会は深い悲しみに包まれました。本会の初めの頃から、天志さんは、よく大津から青春18切符でおいでくださいました。高橋たねをさん急逝後の数年、高松句会の参加者は悲しいほどに少なく、どれほど有難かったか知れません。私と同い歳で、来月古希になられるはずでした。これからが人生の本番と存じますのに残念で悔しいです。本会のブログ告知後、ご選評と共に、追悼文がたくさん寄せられましたので、「句会の窓」へ、☆印を付けて掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

稲葉千尋さんと、淡路放生さんが、ご体調の都合により退会されます。稲葉千尋さんは「海程」時代からの大先輩で、一度、高松の句会へ来てくださったことがありました。「海程」比叡山勉強会や全国大会もよくご一緒させていただきました。アンソロジー『青むまで』を編む時も、的確なアドバイスを賜りました。淡路放生さんは、令和三年二月、「俳句王国」の最終回。「俳句王」に輝きその時の放生さんの「中卒の浅利(あさり)が潮を吹き黙る」の句の沈黙の重さに、深く感動いたしました。放生さんの作品や高松句会での鋭いご鑑賞に、多くのことを学ばせていただきました。 千尋さんと、放生さんが、これからも、俳句を心の杖として幸多き日々を歩まれます事をお祈りいたします。ご回復されたら帰って来てください。いつでも大歓迎です。ありがとうございました。

12月の句会はお休みです。来年の初句会から、生きもの感覚漲る俳句新時代を目指し、より自由で熱く渦巻く句会へと進化して参りたいと存じます。今後ともよろしくお願いいたします。

Calendar

Search

Links

Navigation