第157回「海程香川」句会(2025.01.11)
事前投句参加者の一句
絶巓や鷹と肩組み風を待つ | 松本 勇二 |
黒髪に戻りトランプ切る炬燵 | 藤川 宏樹 |
吉野のあばら家大鹿居座りて | 樽谷 宗寛 |
林檎剥けない弟風を聴いており | 大西 健司 |
AIの戦略方です待春 | 綾田 節子 |
一月の海一月の怒りかな | 島田 章平 |
異界から掛け声われら初句会 | 山下 一夫 |
イエロウと言い〝捨て駒〟にされるなり | 田中 怜子 |
湯けむりや開く扉に冬の虫 | え い こ |
革命を楽しみながら去年今年 | 滝澤 泰斗 |
しばらくは眼差しどれも暖炉の火 | 月野ぽぽな |
底抜けて大通りには深雪かな | 中村 セミ |
爪ほどの悩み初日の揺るぎなく | 和緒 玲子 |
二日はやどの煩悩も動きだす | 十河 宣洋 |
毛糸玉ころがし母を近くする | 河西 志帆 |
鍋底にめでたさ三度骨正月 | 塩野 正春 |
翅ひとひら切手めかして山眠る | 松岡 早苗 |
鶴啼くや転調の後の虚空 | 森本由美子 |
初春や大鍋提げて娘の来る | 河田 清峰 |
ワタシ何か言つたのかしら来ぬ賀状 | 野口思づゑ |
生まれて来た訳問うてみる初空 | 柴田 清子 |
恐竜は鳥へと変わり冬麗 | 石井 はな |
病院のベッドでヨブ記読初す | 向井 桐華 |
鏡面の裏凍蝶のうつらうつら | 榎本 祐子 |
元旦の俺の居場所は青い空 | 竹本 仰 |
乱世となるか昭和百年明けにけり | 稲 暁 |
見尽くして冬青空を迷ひけり | 三枝みずほ |
紛争地の空しんどかろ白鳥来 | 新野 祐子 |
労働の対価は薄し餅を焼く | 松本美智子 |
毎年のこれが最後と賀状書く | 菅原 春み |
冬麗の回転木馬騎士を待つ | 桂 凜火 |
一富士の夢かねがねの仏の座 | 荒井まり子 |
饒舌のあとの静けさシクラメン | 佳 凛 |
寒紅の息確かむる一指かな | 小西 瞬夏 |
電飾の家向かい合い競い合い | 時田 幻椏 |
初恋にして小走りは時雨かな | 各務 麗至 |
妻の留守冬鳥がよく啼いてくれる | 津田 将也 |
遥かなる伊予石手寺の初大師 | 山本 弥生 |
昆布巻きを買ひに車で行つたきり | 吉田 和恵 |
初鏡今年の顔を授かりぬ | 岡田ミツヒロ |
冬風や古名啄む明石城 | 豊原 清明 |
夫逝かしめしひとに冬たんぽぽの黄が | 野田 信章 |
乗り越えてゆく旋律のあり冬日 | 福井 明子 |
妻亡くしたとう寂しき背にも初日影 | 伊藤 幸 |
幸せナビの更新します初日の出 | 岡田 奈々 |
新年を抱いて哀しい白さかな | 高木 水志 |
初硯筆に濃墨なじませり | 漆原 義典 |
ゆるびゆく骨格じりじりと凍鶴 | 若森 京子 |
白杖の友は前向き冬菫 | 植松 まめ |
雪雲や天使うつむくクレーの絵 | 大浦ともこ |
明日はもう覚えていない柿落葉 | 河野 志保 |
堂々たる犬の野糞や冬日向 | 銀 次 |
とは言へど愛しき地球初山河 | 柾木はつ子 |
帰省です時間つぶしのブラックコーヒー | 疋田恵美子 |
一年がはじまる青空がはじまる | 薫 香 |
強くなり優しくなりたい鮫の群れ | 増田 暁子 |
退院の夫の背中の冬日かな | 重松 敬子 |
見えぬやさしさ触れぬやさしさ片時雨 | 佐孝 石画 |
ゆきちがふ人の濃淡日向ぼこ | 亀山祐美子 |
餅を切るひとりの闇を離さずに | 男波 弘志 |
間違いのように流され渋谷冬 | 花舎 薫 |
初日の出ばあばばあばの声響く | 三好三香穂 |
冬の雨キャパのことばを持ち歩く | 三好つや子 |
冬北斗浮かぶ山脈下山せり | 末澤 等 |
鯨よくじら百年先の話しやうよ | すずき穂波 |
戦争を銜へ一月の火の鳥 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「恐竜は鳥へと変わり冬麗」。季語の「冬麗」がなんとも効いている。恐竜から鳥への時間の流れ、大きなものから小さなものへの変化と相似性。鳥が懸命に、しかしたんたんときているさまが「冬麗」と響き合い、めでたい句でもあり、さり気なくこの世界を肯定している。
- 松本 勇二
特選句「一年がはじまる青空がはじまる」。年の初めの明るさや希望を青空に込めています。元気がもらえる一句でありました。
- 月野ぽぽな
特選句「白杖の友は前向き冬菫」。その境遇にめげず、明るく行動する友と冬菫の健気さと逞しさが響き合います。その友を敬うと共にその姿に励まされている作者を想像しました。
- 十河 宣洋
特選句「ワタシ何か言つたのかしら来ぬ賀状」。心配性の人が見える。よくあることで心配することはない。その程度の付き合いなら年賀状が来なくてもいいと思った方がすっきりする。親しい人なら電話もある。特選句「帰省です時間つぶしのブラックコーヒー」。久しぶりの帰省である。最初は歓待してくれたが時間と共に一人になる時間が多くなった。まあ、コーヒーでも飲んでゆっくりしようかという気分。
- すずき穂波
特選句「戦争を銜へ一月の火の鳥」。ロシアの作曲家ストラヴィンスキーのバレー組曲を下敷にしている句だろう。このバレーはハッピーエンドに終わるが、ウクライナの行方はさて? 特選句「間違いのように流され渋谷冬」。20年近く前、渋谷の交差点近くのCafeに老いた母と入ったところ、そこは何と薄暗いネットカフェ。休憩のはずが顔を歪めたままの二人。とんだ東京見物の疲れきった1日を思い出した。
- 藤川 宏樹
特選句「ワタシ何か言つたのかしら来ぬ賀状」。郵便料の値上げもあり、今年は年賀状仕舞が多かった。私もそろそろ数を減らしたいが、もらった賀状には返事することにしている。やりとりしてきた賀状が来ないのは、何かあったかと気を揉むもんだ。
- 津田 将也
特選句「吉野のあばら家大鹿居座りて」。山の動物たちと共存する「吉野」だからこその一句。歴史深い山里をゆったりと流れる秋の時間までをも感じさせる。特選句「冬の雨キャパのことばを持ち歩く」。『写真はそこにある。私たちは、ただそれを撮るだけだ』『写真を撮る理由は、言葉で表現する必要がないものを表現するためだ』等々。(ロバート・キャパの言葉)
- 岡田 奈々
特選句「絶巓や鷹と肩組み風を待つ」。てっぺんに登って、鷹と肩組み出来たら、さぞ気持ちの上がる事でしょう。今年も山よ宜しく。特選句「元旦の俺の居場所は青い空」。最高です。心も躰も何隠す事無く、晴天です。「黒髪に戻りトランプ切る炬燵」。何だかんだと親に反抗してヤンチャしていた子。元の黒髪に戻り、親子揃って、あまつさえ、孫まで連れてきて、皆でトランプ出来る日が来るとは。感無量。「林檎剥けない弟風を聴いており」。弟は「自分はまだ包丁使えないし、林檎剥けないから、お姉ちゃん剥いて」と駄々こねてる。「ちっ、また弟風吹かしてる」姉もしたくない時も有る。「爪ほどの悩み初日の揺るぎなく」。本当こんな小っちゃな悩みで大仰な。取りあえず大きかろうが、小さかろうが、元旦はゆったりと。「毛糸玉ころがし母を近くする」。母が編んでくれたセーターを解いて毛糸玉にし、また編み始めた。ころころ転がった先に母が居そうな気がして。「鶴啼くや転調の後の虚空」。鶴の鳴き声で辺りの空気はガラッと変わってしまった。そして廻りに誰も居なくなったってか。上の人は言葉に気を付けてよね。「穭田に降り積む虚無と青春と(松本勇二)」。一度刈り取った稲にまたひこばえが、どんなに頑張っても二番成りは空虚。それが今の若い人のアルバイトばかりの空しいところか?「昆布巻きを買ひに車で行ったきり」。あの子は昆布巻きを買いに行くって、大金下げて何処まで行ったのやら。何日も帰って来ないよきっと。「二鷹の地住む暁闇の寝正月」。一富士はなかなかだけど、地に住む鷹には何とか夢で会いたいので、紅白歌合戦見てから、ずっと二日間寝て待ってます。夢で合いましょう。
- 塩野 正春
特選句「寒紅の息確かむる一指かな」。寒紅を付け今日も今年も生きて生きることを実感させる姿、おそらく鏡の前の仕草であろうが美しい。寒紅には何か哀しいニュアンスも感じさせる。特選句「初鏡今日の顔をさずかりぬ」。上記の特選句と似た句だが、初鏡が顔を授けるとはなんと素晴らしい表現だろう。作者は女性とお見受けしますが、男としてもこんな句を詠みたい。自句自解「鍋底にめでたさ三度骨正月」。宇田喜代子先生の現代俳句評論(骨正月)を読んだ。私にも昭和の頃の記憶が残っていた。鍋底の骨をきれいに味わった。スイスのフォンジュウも実際の食べ方は鍋底に張り付いた焦げたチーズを頂く。お客には出さない隠れメニュー、香りたかく旨い。「初春や世界の家族に母子手帳」。俳句として正直拙いと思うが、母子手帳を使いだしている国が50か国にも上ると聞く。親と子の絆が戻れば世界が平和になると信じる。
- 綾田 節子
特選句「寒雷や昭和残響今もなお(稲暁)」。季語が決まっていますね。私も昭和が懐かしく昨今、特に恋しい古い人間です。
- 島田 章平
特選句「絶巓や鷹と肩組み風を待つ」。まさに実景の持つ言葉の迫力。
- 柴田 清子
特選句「一年がはじまる青空がはじまる」。年の始めに思ふ、この先一年の祈りが、この青空の中にある。言葉はやさしく思いの深い句となっている。
- 樽谷 宗寛
特選句「初鏡今年の顔を授かりぬ」。好きな句。新年はじめの鏡に写っお顔。如何でしたか?よいところに目をつけられたと感心しています。
- 福井 明子
特選句「しばらくは眼差しどれも暖炉の火」。日常から火が消えて久しい。暖をとるのも、エアコンやヒーターであり、煮炊きもIHが幅を利かせている。そんなことを背景に、暖炉の火に皆の眼が注がれている情景を象徴的に句にされていると思いました。それは、かつて手をかざし火の前で暖を取った太古の記憶を、誰もがもっているからだと思います。
- 菅原 春み
特選句「異界から掛け声われら初句会」。先生が見守ってくださる、掛け声までかけてくださる初句会は素晴らしい。特選句「紛争地の空しんどかろ白鳥来」。白鳥の来る今でも紛争が続いている。空しんどかろに共感を。
- 豊原 清明
特選句「おんおんと除夜の浮寝や白鷗(男波弘志)」。二つの情景がぶつかり合い、「白鴎」に「浮寝」の情景が思い浮かぶ。特選句「琉球やお節お雑煮とも違う(河西志帆)」。「琉球」に行ったことのない、無学な自分だが、胸に留まる一句である。問題句「ぬぬ嘘じゃないよね初日から真蛇(野﨑憲子)」。「真蛇」に言葉の強さがあり、「ぬぬ嘘じゃないよね」に自己確認を感じる。
- 柾木はつ子
特選句「夫逝かしめしひとに冬たんぽぽの黄が」。昨年夫と永遠の別れをいたしました。まるで私に宛てて語りかけて下さっているような御句です。およそこの世で、愛する者との永遠の別れほど切ないものはないと思います。また人生のどん底に立たされた時、何より慰めてくれるのは、野に咲く花であったり、山や川、空、鳥の鳴き声…すべてが愛おしく、この美しい地球に今少し生きてみようという希望が湧いてきます。優しい思いやりの御句、ありがとうございます。特選句「堂々たる犬の野糞や冬日向」。この野糞の主はおそらく野良犬だと思いますが、この厳しい寒さの中で堂々たる糞をするほど元気なのでしょうか?「頑張って生きてね」と願わずにはいられません。
- 若森 京子
特選句「乗り越えてゆく旋律のあり冬日」。何か良い事を思いついた時、特に思う様な俳句が出来た日は、この様な冬の一日だ。特選句「餅を切るひとりの闇を離さずに」。餅を切るおめでたい行為と、ひとりの闇と云う発語との一句に、人間の性(さが)とか宿命を感じずにはいられない。
- 伊藤 幸
特選句「とは言へど愛しき地球初山河」。戦争に天災地変と まさに地球は崩壊寸前の状態にあるが人類にとってはこれ迄もこれから先もまだまだ崩壊してほしくない崩壊させてなならないこの地球。愛しい思いは皆同じ。世界が一つになり平和になることを願うばかりである。特選句「ゆきちがふ人の濃淡日向ぼこ」。人と擦れ違う時ふと「あゝこの人はどんな人生を送ってきたんだろう。家族はいるんだろうか。」等思うことたまにあるが決まってそういう時は気分的に少々余裕がある時。下語の「日向ぼこ」の措辞により作者の大らかさと深い洞察力が窺える。
- 男波 弘志
「初恋にして小走りは時雨かな」。しては説明に傾いてるだろう。「初恋は小走りに似て小夜時雨」この場合の、かな、は全体のやわらかな気配を消してしまっているだろう。秀作。「一年がはじまる青空がはじまる」。素直な表現でよく日常が出ています。初御空では日常は読みにくいでしょう。つまりその言葉自体がもう寿ぎの作品になっていますから。秀作。「強くなり優しくなりたい鮫の群れ」。青鮫の優しさに最初に気づいたのは兜太先生だろう。事柄だけの表現だが不思議に描写に至っているところがある。そこが手柄だろう。秀作。「間違いのように流され渋谷冬」。この句には不思議な世界観がある。冬が金輪際なのかが自分にはわからない。「間違いの渋谷林檎と流さるる」こんなことばが浮んだのだがまだまだ底が知れない。秀作。
- 吉田 和恵
特選句「毛糸玉ころがし母を近くする」。毛糸玉といえば猫を連想しますが、「母」となると諧謔ですね。それだけに編み物に勤しんだ母への想いも伝わってくるのです。
- 岡田ミツヒロ
特選句「一月の海一月の怒りかな」。原発汚染水の海洋放出を思った。放射能の海で囲まれた日本、ぞっとする未来図だ。特選句「爪ほどの悩み初日の揺るぎなく」。初日の雄大で神々しい姿の前には諸々の人の悩みなど爪ほどに縮小してしまう。
- 和緒 玲子
特選句「指の冷え小鳥の籠を吊るすとき(小西瞬夏)」。鳥籠という限られた空間の中で小鳥を飼うことへの、小さな違和感や罪悪感を持つ作者。その心情を指の冷えとだけに書き留めていて、一層読み手に想像をかき立てる。対照的な小鳥のつぶらな瞳まで見えてくる。
- 大西 健司
特選句「幸せナビの更新します初日の出」。俳句として上等かと言われると困ってしまうが、幸せナビがいいなあ。ほのぼのとした温みが何ともいい。初日の出にそっと手を合わせているのだろう。問題句「AIの戦略方です待春」。戦略方をどう捉えるのか、待春とどうかかわるのか判然としないが何ともいえない魅力がある。問題句としたがほぼ特選。
- 三枝みずほ
特選句「ゆるびゆく骨格じりじりと凍鶴」。年齢を重ねた骨格は次第に人間を離れ凍鶴へ同化してゆく。じりじりとの措辞に骨格と凍鶴が重なってゆく実感とリアリティがある。自身の老いを暗喩をもって切り込んだ一句。こういう飛躍があるから俳句は面白い。
- 野口思づゑ
特選句「毛糸玉ころがし母を近くする」。お母様に向かって毛糸玉を転がし、それを取ろうとするお母様と実際に距離が近づいたという情景より、毛糸玉が転がってしまった、その時に幼い頃の自分と母親とのあるシーンが思い浮かんだのでしょう。「昆布巻きを買ひに車で行ったきり」。どこかで寄り道をしているのでしょうか。それとも昆布巻き、って最近ではどこでも売られているわけでなさそうなのであちこち探しているのかもしれません。ちょっとユーモラスな句。「帰省です時間つぶしのブラックコーヒー」。若い頃父の故郷に行く機会があった。親戚の人々が土地の言葉で喋っていたのだが話に追いついていけない。だんだん睡魔に襲われていた頃従兄弟が外に連れ出してくれた。そんな事を思い出した。下五のブラックコーヒーが効いている。「間違いのように流され渋谷冬」。馴染みのある渋谷でしたが現在では、駅付近など工事中もあって混雑の迷路。そんな戸惑いがよく表現されている。♡今日は成人の日なのですね。穏やかな天気なのでしょうか。シドニーは、今まで比較的凌ぎやすかったのですが、今日は夏らしく空は青く、日差しの強い日になっています。句会報など楽しみにしています。またお世話になりますがよろしくお願いいたします。
- 中村 セミ
特選はありません。「初富士やわが青春の化石ふる(若森京子)」。に、ドキュメント話をつけました。富士山の裾野は、少し高いところから見ると、大きな鳥が羽根を広げているように、思う。その下の市長村を抱き抱えているようにも見える。そして、その鳥は、おそらくラドンしかないだろとおもわれる。歴史の記述にはないが、ラドンは日本全土をつぶすまえに、一休みで、そこに立つていた。その時噴火がはじまり、ラドンは粉々に砕け灰となり振り続けた。タイムスリップは、二千年以上まえである。だからいまだに、その後の富士山の再噴火で今の富士の形なったがラドンの灰で包まれている。ラドンの命は宿っている。おお、わたしのラドンと感慨深く話をしてくれるタイムトラベラーを知っている。 モキュメンタリー歴史講話より
- 河野 志保
特選句「革命を楽しみながら去年今年」。人生は起伏続きだと思う。それを「革命」と捉えたところが新鮮だった。力強く気持ちのよい句。
- 桂 凜火
特選句「乗り越えてゆく旋律のあり冬日」。何事かのへの強い決意が感じられる。思わず応援したくなりました。
- 増田 暁子
特選句「ゆるゆると市電の灯り除夜を邌る(花舎 薫)」。市電のゆっくり走る灯りが除夜の気忙しさと対照的に素敵な空間ですね。
- 松岡 早苗
特選句「爪ほどの悩み初日の揺るぎなく」。 初日の光を浴びると毎年清々しい気持ちになります。自然の荘厳さの前では自分の存在のなんとちっぽけなことか。ちっぽけな自分でもこうして生かされていることのありがたさをしみじみ感じさせてくれる初日です。特選句「妻の留守冬鳥がよく啼いてくれる」。この「冬鳥」は冬に渡ってきた白鳥や鶴なのでしょうか、それとも渡りの小鳥たちなのでしょうか。どちらにしても、賑やかな啼き声は、妻の留守の所在なさや寂しさを慰め、健気な命の営みを作者に届けてくれているようです。妻の留守だからこそいつもの啼き声もいっそう心に染み入るのかもしれません。「啼いてくれる」の「くれる」が味わい深さを生んでいるように思いました。
- 末澤 等
特選句「幸せナビの更新します初日の出」。年の初めにふさわしい句です。今年一年の幸せを祈って初日の出を見ている状況が、微笑ましく浮かんでくるようですね。
- え い こ
特選句「寒紅の息確かむる一指かな」。お正月に7歳の孫が、わたしの古い口紅をだまって使っていました。あと、10ねんあまりて、これが似合うようになる姿を想像しながら、その口紅を、使ったのは、いつだったか いろいろ思い出したことと重なりました。あでやかなかわいさです。
- 佳 凛
特選句「乱世となるか昭和百年明けにけり」。乱世となる気配充分。 平和を願いつつ争うことを辞めない。何故?この先とても不安です。日本の舵取りは、大丈夫でしょうか?子供達の未来は?ただ、見ているだけの自分が、悲しい。
- 薫 香
特選句「生まれて来た訳問うてみる初空」。残りの人生の方が少なくなると、時々考えることがあります。特選句「おんおんと除夜の浮寝や白鷗」。「おんおんと」が何とも言えず好きでした。
- 佐孝 石画
特選句「餅を切るひとりの闇を離さずに」。ある程度硬くなってきた餅を包丁で切っていく。ザクッ、ガクッ。包丁とまな板と掌に響いていく強い断絶の感覚。搗き立ての餅の柔らかな混沌から変容し、個として確立し始めた「かたまり」を断ち切っていく時の感覚。それは「かすかな殺意」を帯びたものかもしれない。他者へあるいは自己への「断絶」願望。そのおぼろげな感覚に「ひとりの闇」を見たのかもしれない。下句の「離さずに」に、拭い切れない、にんげんの哀愁が滲む。
- 疋田恵美子
特選句「黒髪に戻りトランプ切る炬燵」。病気が回復され、家族団欒の幸せな様子が見えて良い。特選句「句を詠めば吾は少年初螢(岡田ミツヒロ)」。少年のような純粋な気持ちで作句いいですね。
- 河田 清峰
特選句「遥かなる伊予石手寺の初大師」。伊予の友に案内された石手寺が偲ばれます。初大師のお参りは叶いませんでしたが!
- 三好つや子
特選句「電飾の家向かい合い競い合い」。昼間ふつうの家と庭が、夜になって豹変するとはこのことでしょうか。凝った動きのするサンタやトナカイなど、派手さがエスカレートし、喧嘩寸前かもしれない状態をうまく捉えています。特選句「ゆきちがふ人の濃淡日向ぼこ」。それぞれ背負っているものが違う人生を濃淡と詠んだ、味わい深い表現。日向ぼこの着地もあざやかです。「二日はやどの煩悩も動きだす」。煩悩から逃れない私たちを、軽やかな句にした作者の聡明さに、一票投じました。「鶏日も狗日も猪日もなし戦地」。正月がない戦地をこういう言葉で紡ぐと、心にいっそう響きます。
- 漆原 義典
特選句「寒風や旅は最後と母の言ふ(大浦ともこ)」。上五寒風と、中七旅は最後が、母と良く響きあっています。私は母の句が好きです。素晴らしい句をありがとうございます。
- 森本由美子
特選句「乗り越えてゆく旋律のあり冬日」。永遠の時の調べの中から、score1ページ、その旋律には疼き、憂い、高揚、輝きなどが無秩序に織り込まれている。見えない惑星との契約どおり、ある冬の日旋律は透明な獣となり、頭上高く空を飛び永劫へと消える。
- 大浦ともこ
特選句「なつっこい仔牛と出会う元日草」。なつっこいという言葉の響きがとても暖かく季語の元日草と相まって小さな幸せをいただいたよう。特選句「とは言へども愛しき地球初山河」。いろいろ問題は山積していて、それはよくわかっているのだけどなお地球は愛しいという気持ちに共感します。初山河という大きな季語もとても気持ちが良い。
- 榎本 祐子
特選句「夫逝かしめしひとに冬たんぽぽの黄が」。「黄」のあたたかさ、励まし、お日様のようなたんぽぽの形状も、残された人に差し出された優しさを感じます。
- 滝澤 泰斗
特選句「絶巓や鷹と肩組み風を待つ」。絶妙の取り合わせで大きな自然を描けた。特選句「被爆八歳吶々語りき冬木の芽(野田信章)」。被団協の一人か?タイムリーな一句。下五の厳しい冬木の芽で決まり。共鳴句「イエロウと言い〝捨て駒〟にされるなり」。欧米を一週間も旅すると、一度や二度、たいへん不愉快な気分にさせられたことが多々あったこととこの一句が結びついてしまった。多分に情況の違いを感じつつも、戦前、アメリカに渡った日本人の苦労を伺い知る一句。今、流行りの壁、“人種の壁”根が深い。「労働の対価は薄し餅を焼く」。目の前で焼いている餅の薄さも気になる不思議?こういう餅の使い方に感心。「黄落や夫の命を風に聞く」。神宮外苑の黄楽の銀杏並木が風に揺れている。そして、最愛の人の命の行方を思う。涙が出るほど悲しい。でも、いい句です。
- 田中 怜子
特選句「なつっこい仔牛と出会う元日草(津田将也)」。ほっとするような出会い、福寿草もけなげに花開いている。この可愛い仔牛がどうなるか、いったん伏せて可愛さに心を寄せましょう。
- 山下 一夫
特選句「鏡面の裏凍蝶のうつらうつら」。おそらく実景ではないとして、鏡面の裏の凍蝶とは何かが気になります。鏡面に映っているのが自分の像だとしたら、その裏に潜んでいるのはナルチズム?それが「うつらうつら」というのは老境の自意識?などと妄想を誘う夢幻的な雰囲気が素敵です。特選&問題句「白蛇といふ一筆書きの呪文かな(三好つや子)」。蛇の肢体について一筆書きの呪文との見立ては言い得て妙なのですが、単なる「蛇」であればリズムも整うところ「白蛇」の必然性がどうもわかりませんでした。特選句「乗り越えてゆく旋律のあり冬日」。終末的なイメージが濃厚な季語「冬日」ですが、それを「乗り越えてゆく」という胆力と「旋律」の象徴性に惹かれます。当方的には個性や志、生き様等を連想します。
- 石井 はな
特選句「帰省です時間つぶしのブラックコーヒー」。実家を出て都会暮らし、仕事の忙しさも有って帰省は間遠になります。たまの帰省も我が家という感じが薄れ、何となく居場所の無い感じがして特に飲みたい訳でもないコーヒーを入れたりします。実家が自分から少し離れてしまった寂しさがしみじみ伝わる句です。
- 花舎 薫
特選句「鍋底にめでたさ三度骨正月」。二十日まで正月気分を味わい尽くしたその幸せを寿ぐ。美味しい料理を食べられるということがいかにめでたいことか。今年がいい年であってほしいと願うばかり。
- 野田 信章
特選句「餅を切るひとりの闇を離さずに」。「餅を切る」という修辞と相俟って松の内を過ぎつつある日常の現(うつつ)に向かわんとする気負いも伺える句柄である、中句以下の「ひとりの闇」の把握と述懐によって個我の能動的な結実の美しさも感得される句と読んだ。
- 新野 祐子
特選句「冬の雨キャパのことばを持ち歩く」。ロバート・キャパの『ちょっとピンボケ』を読んだのはもう四十年も前のこと。キャパを知っている最後の世代かもしれない私たち。キャパのさまざまな発言を振り返ってみたくなりました。「冬の雨」のしみじみ感がいいです。特選句「労働の対価は薄し餅を焼く」。餅を焼いてぷぅーっとふくれた瞬間の幸福感は何とも言えません。対価なんて考えようによっては何とでもなる、と思えてきますね。
- 竹本 仰
特選句「翅ひとひら切手めかして山眠る」。落ちていた翅なんでしょうね。多分死んだ残滓なのでしょうが、それが切手に見え、どこかに音信を伝えているように思え、どこなんだろうそれはと、山に問いかけている、そういう大きな絵柄なのだろうと見ました。そういう生死を越えた伝達の意志というか、面白いなあと感心しました。特選句「寒紅の息確かむる一指かな」。お化粧をしながら、自分の心持ちを、鏡の向こうの一指にたしかめる。何か大きなことが待ち構えているのかとも思えますが、そうではなく日々の平凡な仕草の中に、ふと自分の生き方を問い、なおかつこれでいいのだという自恃というか、矜持というか、そんなものを確かめている一瞬なのかなと思いました。特選句「ゆきちがふ人の濃淡日向ぼこ」。何かに似ているなあと思いながら、気づいたのは『奥の細道』の冒頭でした。「月日は百代の過客にして行き交ふ年もまた旅人なり。…」もちろん大きな時間の観念の違いはありますが、芭蕉がたどった日々の道行きはこの句のような感じじゃなかったかな、と思いました。日向で会いながら、影の部分に気づく。自分が自分にとって謎であるように、人は人にとっての謎があり、そういう人間世界の模様を気づかせているように思えました。♡今年の初句会ですね。思えば不思議なことにどこの地球上でも新年な訳で、誰にも見とおせない365日が来るのだと思うと、強烈に不安ではありますが、漕ぐ手は止めず、漂いつつも日々目標へ近づきたいと思います。今年の目標、万葉集全首に目を通すこと…出来るかな?そして、いつも初心でと思います。みなさま、よろしくお願いします。
- 高木 水志
特選句「ゆるびゆく骨格じりじりと凍蝶」。凍りつくような空気にまるで残り僅かな力を精一杯出して飛んでいるような冬の蝶に、自らの身体を重ねたのか。命の尊さを感じた。
- 松本美智子
特選句「見えぬやさしさ触れぬやさしさ片時雨」。「片時雨」の季語と上五中七の不器用な「やさしさ」とよく響きあっている秀句だと思います。
- 河西 志帆
特選句「妻の留守冬鳥がよく啼いてくれる」。啼いている、、、ではなく、啼いてくれるって!喋った事もないだろうその鳥に寄り添っているようで、妙に心に残るんです。特選句「指の冷え小鳥の籠を吊るすとき(小西瞬夏)」。高い何処に物を吊るのが、近頃きつくなりました。めまいなんかも起きそうだし、、飼っていた鳥を不注意で亡くした時、小鳥の指も私と同じに冷たかった。
- 山本 弥生
特選句「餅を焼く都会へ帰る子のために(松本美智子)」。令和の現代、都会に住む息子や娘はお正月だからと云ってあまりお餅を食べないと思うので何よりのお正月の御馳走としてお餅を焼いてお腹一杯食べさせて帰したいと母の愛情が溢れています。
- 時田 幻椏
特選句「林檎剥けない弟風を聞いており」特選句「初鏡今年の顔を授かりぬ」。2句共に、共感、イメージを素直に共有する事が出来ました。
- 亀山祐美子
特選句『初春や大鍋提げて娘の来る』。二人切りになり大きな鍋は処分した。正月子供たちが寄り集まるが人数に見合う鍋が無い。しかし、気の利いた娘が大鍋を提げてやってきた。ただそれだけのことに正月の団欒と歓声が聞こえる。食材や手土産を手分けして持参する。集い喜ぶ歓声と子の成長を改めて認識するお正月。この一年も幸多かれ。
- 稲 暁
特選句「戦争を銜へ一月の火の鳥」。作者はあえて破調にしたのだろう。反戦の思いに共感した。特選句「雑炊の混沌嬉し匙入れる(月野ぽぽな)」。あつあつの雑炊は冬のごちそうだが、それを混沌と表現したところが秀逸だと思う。感情語はふつう俳句に使うべきではないが、この句の嬉しは生きている。
- 向井 桐華
特選句「退院の夫の背中の冬日かな」。御夫婦のやさしい情景が伝わる佳句です。
- 三好三香穂
「穭田に降り積む虚無と青春と」。雪がうっすらと降り積もっている。それを虚無と青春と表現した。深い味わいのある句です。ひつじだがよい。「初鏡今年の顔を授かりぬ」。今年の顔はどんな顔だろうか。それぞれの年が改まった顔、皴を刻んでも、良い表情であれかしと思います。「ぬぬ嘘じゃないよね初日から真蛇」。初日からへびが出てくる幻想。飛行機からの風景が美しかったので、共有します。「とは言へど愛しき地球初山河」。年を経て、山河美しいこの風景が愛おしく、重ねてきた年月にしみじみとした感慨を覚える今日この頃です。「鯨よくじら百年先の話しやうよ」。大きな鯨は、百年以上の寿命があることでしょう。百年たったら私はもういないけど、世の中はどうなっているでしょうね!
- 銀 次
今月の誤読●「昆布巻きを買ひに車で行つたきり」。妻が家を出て行ったのは、一年ほど前の大みそかの日だった。「あら、おせちの昆布巻きがないわ」といったのが発端だった。それから慌ててエプロンを脱ぎ、財布をわしづかみにして「買ってくるから」と車に乗り込んだ。その言葉が最後だった。妻はそれっきり帰らなかった。もちろん最初のうちは捜しに捜した。警察にも行った。親戚の者や友人たちに頼んで、捜し人のビラを駅で一緒に配ったりもした。だがまあ、それも半年。気持ちが落ちつきはじめると、どうせ男と逃げたんだろうと、諦めが先に立つようになってきた。その妻が今日帰ってきたのだ。ちょうど一年後の大みそかに妻は帰ってきた。はじめはその女が誰なのか判らなかった。もともと妻はぽっちゃり体形だったのだが、目の前にいる女はうんとスリムになっていて、カラダの線がくっきりと、ま、はっきり言うと美しくなっていたのだ。肌は小麦色に日焼けし、全身は生命力に満ちあふれていた。「ただいま」という声でようやく妻だと気づいた。わたしはただアワアワと言葉にならない声を発するのが精一杯だった。「おせちは?」という妻の問いかけに、わたしは通販で買ったおせちを指さした。妻はその品々をひとつひとつ点検するように見ていった。「ど、どこに行っていたんだ?」とわたしはかろうじて妻に声をかけた。「最高においしい昆布巻きを買ってきたわ」と、それが彼女の返事だった。「あっ」という妻の声がした。「酢れんこんがないじゃないの」と怒ったような声でわたしを睨みつけた。その言葉を残して妻はふたたび玄関のドアを開け飛び出していった。呆然としたわたしは何気に妻の買ってきたという昆布巻きを口に入れた。驚いた。その味はというと、これまで口にしたどの味とも違って文字通り「最高」のおいしさだった。どんな料理も叶わない、それこそこの世のものとは思えない味わいだった。とたん、わたしは来年の大晦日が楽しみになってきた。わたしは次の日の正月、妻の残していった昆布巻きを食べつつ至福の時間を過ごした。そしていま思うのだ。この瞬間も妻は世界中を駆け巡り「この世で最高の酢れんこん」を探しているのだろう。町から町へと、村から村へと、そしてもしかしたら砂漠から砂漠へと。
- 重松 敬子
特選句「ゆるゆると市電の灯り除夜を邌る」。歳末の街の風景。ゆっくり行き交う市電の明かり。私にとっては郷愁です。
- 野﨑 憲子
特選句「初恋にして小走りは時雨かな」。物語の浮かんでくる句跨りの美しい調べに圧倒された。下五を時雨の3音で止めたい気持ちも少し。特選句「明日はもう覚えていない柿落葉」。ある地方では、嫁入りのときに柿の苗木を持参して嫁ぎ先の庭に植え、老いて死んではその枝で作った箸で骨を拾われるという。美しく肉厚の柿落葉に万感の思いが籠る。特選句「見尽くして冬青空を迷ひけり」。迷った果てに、早春の空の一角から未来風が吹いてくる予感を強く感じる。
袋回し句会
初
- 火の鳥となりゆく蛇よ初寝覚
- 野﨑 憲子
- 初春やちっちゃな姉の世話焼さん
- 三好三香穂
- 福の神お初にお目にかかります
- 三枝みずほ
- 初旅の鞄ほんのり潮の香
- 和緒 玲子
- 初夢の続を二度寝してしまふ
- 柴田 清子
一月
- 早いねえメッチャ早いね一月は行く
- 藤川 宏樹
- 一月や銃身青く凍りつけ
- 島田 章平
- 一月のひかりへ鳥籠が傾ぐ
- 和緒 玲子
- 一月の川ブルースが向こうより
- 三枝みずほ
- 一・一七(イチイチナナ)安全靴が踏むガラス
- 藤川 宏樹
満
- 満月にむかしばなしを聞かせをり
- 三枝みずほ
- 月満ちて産まれ来し児の柔らかき
- 三好三香穂
- 満潮やゆらり嬉しき初出船
- 島田 章平
- 満願の七十であり初日の出
- 岡田 奈々
- 寒満月私の中に誰かゐる
- 柴田 清子
- 鳥の声満ちて冬日の薄っぺら
- 和緒 玲子
福
- AIに授ける愛や福娘
- 藤川 宏樹
- 福笑わたしは影が好きなのよ
- 野﨑 憲子
- 大福を連なって食ふ冬日かな
- 三枝みずほ
- 元日や福井を飛ばすオートバイ
- 島田 章平
冬日
- 冬日受く水で満たさるる娘
- 銀 次
- 冬日斜に人生の旅を打遣って
- 岡田 奈々
- 「運命」の一拍休止なり冬日
- 藤川 宏樹
- 鍵穴の冬日こぼれているところ
- 柴田 清子
- 手をつなぐ冬日麗らの老ひ二人
- 三好三香穂
- 冬日向帽子を脱げば童顔に
- 和緒 玲子
- 言の葉は蹠より湧く冬日
- 野﨑 憲子
【句会メモ】
令和7年初句会は、寒波襲来の中、11名で句座を囲み、楽しく豊かな時間を過しました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 乙巳(きのとみ)の今年が、安らかで、清新な未来風の吹く年になりますように‼
Posted at 2025年1月25日 午前 03:57 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]
第156回「海程香川」句会(2024.11.09)
事前投句参加者の一句
うふふのふ眉刷毛万年青(まゆはけおもと)が咲いたのよ | 植松 まめ |
しんにょうに小さき河口小鳥来る | 松本 勇二 |
ウエストの百までの道ふりかえる | 中村 セミ |
いたむ身を癒やす行火や姉心 | え い こ |
ノーベル賞核廃絶の鈴鳴らす | 塩野 正春 |
ええ顔してはる 秋をしんなり死んではる | 津田 将也 |
熊野道冥く通草の蔓を引く | 大西 健司 |
逆光に幻をみる冬の朝 | 石井 はな |
小鳥来る、までは全角句読点。 | 藤川 宏樹 |
いつからか檸檬爆弾期限なし | 各務 麗至 |
短日や一天自尊の蛇笏いて | 樽谷 宗寛 |
天と地と海一色の野分かな | 疋田恵美子 |
木枯一号くちびるの血の透きて | 小西 瞬夏 |
八十路なり貰いし冬瓜持て余す | 山本 弥生 |
一僧の秘めし一輪一葉忌 | 岡田ミツヒロ |
祖父たちのフォーク公演菊日和 | 吉田 和恵 |
金木犀耳になじみの遠太鼓 | 亀山祐美子 |
鴇色の釦と胡桃置いてある | 男波 弘志 |
ニーチェ読む友の余命や露うごく | 河田 清峰 |
生き方は変えない黒いロングコート | 柴田 清子 |
秋うらら自転車の空気抜けてます | 綾田 節子 |
地獄には地獄の花が咲いている | 稲 暁 |
芒原千年先が振り向いた | 三好つや子 |
秋霖の馬濡れており許される | 佐孝 石画 |
鰯雲ほどけるだけの愛なんて | 高木 水志 |
まとまらぬ会議時雨の窓の音 | 松本美智子 |
生きるために殺す細胞銀河濃し | 月野ぽぽな |
蒼穹に冬木のてっぺん揺らぎおり | 花舎 薫 |
蕎麦の花五体投地の膝頭 | 荒井まり子 |
秋日和鍬持つ老爺の立ち尿 | 銀 次 |
栗の意志棘殻皮ではね返す | 滝澤 泰斗 |
星月夜大丈夫と声に出し | 薫 香 |
マフラー外すフェイドインの小劇場 | 森本由美子 |
数独の森きいーんとわたし霧雨 | すずき穂波 |
柿剥かれ切られて種の胚芽透く | 時田 幻椏 |
締め切りに月下美人の知らんぷり | 三好三香穂 |
ほれ込みすぎたから黒葡萄ばらばら | 桂 凜火 |
シャッターの街や小柄な聖樹たち | 松岡 早苗 |
秋夕焼一行詩のよう母生きて | 増田 暁子 |
もどる家老犬老夫枯すすき | 鈴木 幸江 |
磨崖仏じつと冬日を待つ朝 | 佳 凛 |
青北風に混線しそうな思考回路 | 伊藤 幸 |
幸福を飼育小春のリビングで | 島田 章平 |
秋風や甲骨金文なぞる旅 | 漆原 義典 |
風紋に二十三夜の襞ほのか | 大浦ともこ |
草の花とはあまりにも大雑把 | 河西 志帆 |
毒毒と鼻血ふきだす憂国忌 | 田中アパート |
音のなき投函秋思のはじめかな | 野田 信章 |
新涼や風をいざなう水の音 | 末澤 等 |
竹の春何時迄土が持つことよ | 豊原 清明 |
大綿の友軍のよう夕日照る | 十河 宣洋 |
龍太絶筆の「雲母」照らす柿すだれ | 岡田 奈々 |
小六月磁石のように父と母 | 向井 桐華 |
冬浅し糊ぼんやりと匂ふシャツ | 和緒 玲子 |
自然死とは野菊の道の行き止まり | 若森 京子 |
外つ国の人もぞろぞろよされ節 | 福井 明子 |
丸いもの四角と思う秋思かな | 野口思づゑ |
去年とは違ふわたしのゐる時雨 | 柾木はつ子 |
金木犀むかしの恋のごと零れ | 榎本 祐子 |
虫の音に溺れ死にするほど一人 | 新野 祐子 |
オリオン座いいな故郷って走っちゃお | 竹本 仰 |
どんぐり銀行裏金預かります | 三枝みずほ |
狼と同じ地上に棲む月夜 | 河野 志保 |
戦争を止めぬ人間文化の日 | 藤田 乙女 |
若冲の群鶏の声照る紅葉 | 重松 敬子 |
生協もアマゾンも来る獺祭忌 | 菅原 春み |
<三十代江川太郎左衛門>韮山の才気の坊や母さん子 | 田中 怜子 |
威張りつつ頼る年頃とろろ汁 | 山下 一夫 |
句読点うたねばならぶ吾亦紅 | 飯土井志乃 |
霧の兜太露の蛇笏や小鳥来る | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「冬浅し糊ぼんやりと匂ふシャツ」。独特の冬の初めの感覚。肌寒く、少し肌がピンと張り詰めるような気分。そんなときにはちょっとした匂いに敏感になるのかもしれない切り口にオリジナリティを感じた。
- 福井 明子
特選句「草の花とはあまりにも大雑把」。ひとかたまりになってふところにとびこんでくるような一句、いただきました。草の花、さまざまあります。先日まで犬蓼の花が咲き連なり見事でした。小さな草の花も懸命です。
- 松本 勇二
特選句「金木犀むかしの恋のごと零れ」。朝起きると全く見事に地を金色に染めている金木犀のような、突然の失恋であったのでしょうか。素晴らしい比喩です。
- 榎本 祐子
特選句「秋夕焼一行詩のよう母生きて」。秋の夕焼けの鮮やかな色や一行詩で、母の生き様が窺えます。
- 岡田 奈々
特選句「秋うらら自転車の空気抜けてます」。行くぞーと飛び出したら、グラグラぽてっ。もう、自転車なんか放り出して、走るしか無いね!特選句「ほれ込みすぎたから黒葡萄ばらばら」。ヒャッホー!そんなに葡萄がばらばらに成る程の恋っていつのことやら。でも、良いですよね、当たって砕けやがれですよ。「ええ顔してはる 秋をしんなり死んではる」。死ぬ時は満足した良い顔をして、あの世とやらに旅立ちたいものだ。「霜踏めば喜悦の尾てい骨」。霜で滑ってしこたま尾てい骨打って。あの痛さ。もう、笑うしかないよね。「八十路なり貰いし冬瓜持て余す」。産直市で安いからと、一個買って、その量に驚愕したことがありました「祖父たちのフォーク公演菊日和」。私も先日大学のフォークソング部のライブに参加してきました。それでもアコースティックギター一本弾きながら、歌うってほんと菊日和にぴったりです。「こそばゆし赤い羽根ある左胸(和緒玲子)」。ちょっと恥ずかしいような誇らしいような気持ちがこそばゆいのひと言であらわされている。「柿剥かれ切られて種の胚芽透く」。柿を適当に切ると種の中が見える。あの乳白色の煌めきが宇宙の煌めき。「丸いもの四角と思う秋思かな」。本当のところ上手くいっているのに、一つ一つあげつらって文句付けて。まあ、それも愉しかれ。「どんぐり銀行裏金預かります」。良いですね。裏金も表金もどんぐりに換えて、どんどん森を増やしましょ!
- 月野ぽぽな
特選句「戦争を止めぬ人間文化の日」。文化の発展や自由と平和を称える日であるこの日に、戦争が行われている事実を合わせることで、人間世界のアイロニーを明るみに出しています。
- 十河 宣洋
特選句「霧の兜太露の蛇笏や小鳥来る」。「霧に白鳥白鳥に霧といふべきか 金子兜太」「芋の露連山影を正しうす 飯田蛇笏」甲府の文学館での兜太展への挨拶句。小鳥は作者か。おみごと。特選句「数独の森きいーんとわたし霧雨」。私は毎日、数独というかナンプレを楽しんでいる。あの楽しさはなかなか周囲のものに分からんらしい。わたし霧雨の気分がいい。ところでこの句、「と」は無くてもいいと思うがどうだろうか。あっても佳しである。
- 豊原 清明
特選句「逆光に幻をみる冬の朝」。「冬の朝」に幻想を持って来たかと思った。問題句一句 「さよならを言ったのは私火が恋しい(柴田清子)」。さよならと言って、凍った感じがよく出ている。
- すずき穂波
特選句「秋霖の馬濡れており許される」。馬が初秋の長雨にしっとり濡れている。人の手によって繋がれているだろうその馬は、なされるがままであり静か。拘束をする側の人間が本来自由であるはずの馬に許されているのだ。人間社会と馬社会との見方も出来るが、ひょっとしたらこの馬、作者の配偶者の象徴ではないか?
- 男波 弘志
「秋霖の馬濡れており許される」。何を許されているのだろう、そう問うことが実は生きることの本体を離れてしまっている。雨に打たれても、風に破れても、星に砕けても、そこにある、ただある、それが生というものだろう。秀作。「骨になるまでの手続き星流る」。生の移りかわりを、手続き、という機械的な運びに置き換えているのが面白いが、その答えが、星流れ、ではその面白味が機能していないだろう。つまり自然の流れに抗ってみたりしている人間の滑稽さが浮かび上がってはこない。自分がふと浮かぶのは「糸瓜棚」とかそういう日常に近いものだろう。予選。「生協もアマゾンも来る獺祭忌」。正直忌日の一行詩は自分は創らない。創ったことがあるのは両親、祖母、恩師、だけ、弾みでそれ以外の忌日を創ることもあるがどれも駄目である。実際に面識もなく思い入れもそれほどなければ当然真面な一行詩はできない。誰の忌日でもなんとなく収まってしまう。それが忌日の句の難しさであろう。しかし掲句はなにか時代の転換点、結節点にいた人がさまざまなものを取り込んでは喜び、失敗している様がよく出ている。獺祭の宴があちこちに散らばっている。書籍も何もかも、ひとつもの足りないものがあるの、それは誌的情操であろう。秀作。
- 野田 信章
特選句「わが秋や土下座に似たる土いじり(津田将也)」。「わが旅や」と、慣用的な述懐ながら、この作者なりの一句に仕立て上げられているのは中句以下の具体的な把握にあると思う。「土下座」の語句の配合が大きく、歳月を経てもなお精出しての「土いじり」の活写が美しい。わが作句の志向性の上でも素朴さの基調をなす「土」について再考したいと思う。
- 樽谷 宗寛
特選はありません。問題句「青北風に混線しそうな思考回路」。青北風が素晴らしいですが少しごちゃごちゃ感ありと思いました。宜しくお願い致します。
- 島田 章平
特選句「霧の兜太露の蛇笏や小鳥来る」。掲句は金子兜太の代表作「霧の村石を投うらば父母散らん」と飯田蛇笏の代表作「芋の露連山影を正うす」を念頭に詠まれた佳句。他界から小鳥の声が聴こえてくるような・・。
- 河田 清峰
特選句「自然死とは野菊の道の行き止まり」。花の下で死ぬより野菊の道で自然死をしたい。そんな気持ちにさせられる句。
- 石井 はな
特選句「磨崖仏じっと冬日を待つ朝」。人々がありがたく見上げる磨崖仏も寒さに耐えて朝日のさすのをじっと待っている。そのおかしみが良いです。
- 和緒 玲子
- 特選句「虫の音に溺れ死にするほど一人」。絶え間なく虫の音がする夜。その虫の音に溺れ死ぬとはなんと詩的な把握だろう。「溺れ死ぬ」の響きは暗いものでありながら、一人だからこその「溺れ死ぬほど」明瞭で清潔な虫の音なのだろうと解釈した。一読で覚えてしまう位に好きな句。
- 塩野 正春
特選句「鰯雲ほどけるための愛なんて」。鰯雲を恋に例えるのは素晴らしい。あの緩い形の定まらない雲はいうなれば密着したり離れたりと繰り返す恋の形だ。特に思春期の恋は柔らかい雲みたいなもの。熟年同士もこんな付き合い方が欲しくなる。私の友人(女性)は週末婚とかいうのを楽しんでいた。特選句「生きるために殺す細胞銀河濃し」。現実に細胞は生と死を繰り返している。皮膚の代謝や骨の破骨細胞と骨芽細胞の絶妙なバランスはよく知られている。植物も枯葉になることで次の年の栄養を蓄積するといわれる。下五の銀河(季語、秋)濃しで、このバランスが宇宙にも広がっていることを詠んでいる。星の生死がビッグバンを起こしたりブラックホールになったりを数十憶年毎に繰り返している。生きるために殺す事は自然界の、ある意味では神の業だろう。
- 河西 志帆
特選句「虫の音に溺れ死にするほど一人」。凄い孤独感を思いました。でも、だからって、そんなに深刻ではないんですよね。「戦禍あり地球冷ややかに傾く」。私達が知らないでいる戦争も、そこらじゅうにあって、きっと何処も終わらない。「去年とは違ふわたしのゐる時雨」。自分を変えられたらなあ〜と思ったり、打ち消したりしています。なんかいい事あったみたいですね。♡昨日の雨が嘘のようなお天気!6年生のマゴのエイサーに感動してほろりとしました。沖縄の運動会は明るいんです。
- 津田 将也
特選句「締め切りに月下美人の知らんぷり」。月下美人は晩夏の夜、二〇センチほどの強い芳香のある白い花を咲かせる。だけど、この花、夕方から咲きはじめ、朝には萎んでしまう。まるで、「あなたの締め切りになんか関わっちゃ居られない」とでも云った風趣に・・・。
- 野口思づゑ
特選句「小六月磁石のように父と母」。小津安二郎の映画に出てくる穏やかな老夫婦がご両親とはお幸せですね。磁石のように、きっと無理せず自然に寄り添っているご夫婦なのでしょう。季語の小六月の語感がとても効果的です。「芒原千年先が振り向いた」。過去でなく未来が振り向いた発想が面白い。「秋夕焼け一行詩のよう母生きて」。しっかりと信念を貫いての生き方が伝わって来ました。「虫の音に溺れ死にするほど一人」。凄絶です。♡シドニーは少し夏らしくなって来ました。香川もきっと秋らしい気温の日々だと思います。今月もまたよろしくお願いいたします。
- 花舎 薫
特選句「夫々に生きておんなじ月仰ぐ(新野祐子)」。別れを経て別々の人生を歩んでいる二人だろうか。事情があって違う土地で暮らしている二人かもしれない。月を見上げて相手のことを想う。あるいは月を見ているとその人を思い出す。「おんなじ」と強調した言葉に、繋がっていることの喜び、相手に対するどこか捨てきれぬ想い、そしてそれぞれが今ちゃんと生きていることへの誇らしい思い。月という物悲しくも美しい季語と呼応して、いろんな感情がこの気負いのないシンプルな句に込められている。
- え い こ
特選句「冬ざくら遥か太古を偲びけり(柾木はつ子)」。気候が変わって、植物も開花期をまちがえているらしいです。太古の昔 大地に初期の桜はどんな季節にどのように芽吹いたのかな、とこの句をみて、思いを馳せました。特選句「虫の音に溺れ死にするほど一人」。年齢を重ねると、さまざまな方々と別れ 離れ ふと寂しさにおそわれることがあります。だんだん 理解できてきた心境です。
- 大西 健司
特選句「霧の兜太露の蛇笏や小鳥来る」。ただもううまいもんだなあと感心しつつ、山梨行きたかったなあと悔いての特選。
- 鈴木 幸江
特選句「ええ顔してはる 秋をしんなり死んではる」。人それぞれだと思うが、私には亡き古今亭志ん朝の顔が浮かんだ。理由など言うのは、野暮というもの。止めておく。ご興味の御有りの方は、是非一席You Tubeでお試しあれ。リズムカルな江戸弁もなかなかいいものですよ。この作品は、京都方言でしょうか?さぬき方言でしょうか?“はる”という微妙な距離感のある敬語が素敵!
- 高木 水志
特選句「虫の音に溺れ死にするほど一人」。長い秋の夜に様々な虫の声が作者を包み込んでいる。
- 藤川 宏樹
特選句「柿剥かれ切られて種の胚芽透く」。柿を割るごとに包丁が通った種を目にする。林檎、蜜柑、葡萄、西瓜、ピーマン、柿。種にも様々あるが、柿の胚芽の透明感は殊更に美しい。この気付きに一句をなしたのは作者のお手柄です。
- 植松 まめ
特選句「霧の兜太露の蛇笏や小鳥来る」。うまいなあこんな句出来たらいいなあ羨望です。特選句「余呉びょうびょう破線乱れる帰燕かな(増田暁子)」。この句もうまいなあ普段は穏やかな余呉湖だが北へ帰る燕の前途の多難を暗示しているよう。
- 中村 セミ
特選句「余呉びょうびょう破線乱れる帰燕かな」。余呉は賤ヶ岳を隔て琵琶湖の北にある三方を山で囲まれた断層盆地で琵琶湖との水面落差45mある余呉町の湖のこと。びょうびょうは風を切る燕がここへ、帰ってくる様かと思う。厳しい状況でそこへ辿りつく人間の事をよんでいる。燕は夏季語だが、厳冬を思わせる人生句かと思う。♡新春特別自解スペシャル「ウエストの百までの道ふりかえる セミ」。ダルマの様な体になってしまった。昔はコケシのウエストだったのに、と思う。そんな時、自室にあるタンスの扉をあけると、あの若き20歳の75の腰回りから100以上に至るズボンや、背広が吊られている。人生の歴史というのは、ウエストの事ではないのか?「おお,ウエスト90前後のズボンが、何着もあるではないか!」どんなに、生活や、人生に弄ばれ苦しみ、この体が流されていったかが、よくわかる。だが、ヒッチコックも、偉い方々も,ダルマさん体型は多い。そうだ、このことに、自信と強い意志をもてば、いいのだ。と、最近悟った。
- 若森 京子
特選句「ええ顔してはる 秋をしんなり死んではる」。京都弁で柔らかく死を表現している一句。この様に眠るように死にたいものだ。一字空けは不要と思う。特選句「生きるために殺す細胞銀河濃し」。例えば手術等は、生きるために感染してゆく細胞を切除する。もっと角度を変えて,広い見方をすれば、戦争も自分の生きる欲望の為に他人を殺している。銀河濃い美しい宇宙でこの様な残酷なことが繰り返されているのです。
- 伊藤 幸
特選句「うふふのふ眉刷毛万年青(まゆはけおもと)が咲いたのよ」。上語「うふふのふ」が何とも言えず楽しかったので眉刷毛万年青がどのような花か検索したところ納得。この花によって掲句の話し言葉が生かされていると思う。特選句「霧の兜太露の蛇笏や小鳥来る」。「霧に白鳥白鳥に霧と言うべきか 金子兜太」「芋の露連山影を正しうす 飯田蛇笏」いずれも秋の代表句。評するには余りに烏滸がましいので止めておきましょう。
- 各務 麗至
特選句「ええ顔してはる 秋をしんなり死んではる」。定型俳句なら、何か散文的でもあるけれど「ええ顔して秋をしんなり死んではる」でもよさそうだけど、「ええ顔してはる死んではる」の「はる、はる」や気持ちの籠もる「秋をしんなり」で、対峙する両者の関係や情景が見えてきて、『俳諧自由』や自由律や一行詩も許容するなら読み手次第で大きな豊かな広がりを齎すように思えました。特選句「星月夜大丈夫と声に出し」。感動や感激的「星月夜」を見上げて、淋しさや苦しさを知っての一所懸命の一人なら自分に言い聞かせたくなる言葉だろうし、友人や恋人や夫婦なら、「大丈夫?」と相手を心配する言葉だったり、「大丈夫一緒に頑張ろう」という言葉だったり・・・・。星は夫々でも月には満ち欠けもあるけれども、それこそ宇宙にしても人間にしてもそこにはきっと希望に満ちた力強い意志がある。♡長く個人誌に拘っていたのに、香川の文芸「青い鳥」誌を紹介され参加したのが始まりでした。そこから「海程香川」を教えられたり先の「青い鳥」誌では野﨑憲子の名に俳句作品に昔が蘇えり何度か書信の遣り取りがあったりしたのでした。いつもならそれでもそんなところで終わるのでしたが、そこが野﨑憲子の人柄からでしょう、今までの私にもないことで直感を信じて句会に参加させて貰うことになったのでした。十人ほどの句会でしたが、一人一人それぞれ熱い賛同の言葉やはたまた異論が展開したり・・・、だけどそこには笑い声があがったりで個人を尊重した和気藹々とはこのことでした。句会には先生がいて「こうしなさい」の色に染まるとばかり思っていた私には驚きでした。今まで味わったことのない楽しい面白い時間を過ごさせていただきました。感謝。またまた突然ですが今後も時折参加したいと思っています。その時は何卒よろしくお願い申し上げます。
晩秋や私は一人でなかった 麗至
- 佐孝 石画
特選句「しんにょうの小さき河口小鳥来る」。この作品の実景がどこにあるのかが気になる。眼前に「河口」があるのか、「小鳥」が来ているのか、それとも「しんにょう」のある漢字を見ているのか。この実風景の捉え方で、この句の深度は変わってくると思う。もちろん「しんにょう」に「河口」があるという発見だけでも魅力的なのだが、作者は「河口」を目にする場所に立っていて、そこにちらほらと「小鳥」が来ている風景を実としたい。そしてその日に照らされた河口を眺めていると、「小さき」(河も鳥も自分も)を直感し、しんにょうにも河口があったのだという、不思議な既視感が、じんわりと遅れてやってくる。卵が先か鶏が先かではないけれど、俳句の場合、実景がはらむ共通感覚こそ、読み手と詠み手の細く長い橋になると信じている。
- 山本 弥生
特選句「いつのまに肉屋が更地十三夜(菅原春み)」。月の美しい十三夜に久し振りに散歩に出て商店街を通ってみたら、時々買いに行っていた馴染の肉屋さんが、いつも間にやら閉店して更地になっていて、とても寂しく思いました。少し離れた地に大型スーパーが開店して時代の流れには勝てないのだなァと思い乍ら帰った。
- 三好つや子
特選句「ええ顔してはる 秋をしんなり死んではる」。生きとし生けるものに翳りをもたらす秋。保護猫活動をはじめて十年、たくさんの死に立ち会ってきたせいか、とりわけ心に刺さりました。特選句「祖父たちのフォークの公演菊日和」。映画「いちご白書」の主題歌サークル・ゲームの動画をときどき眺め、フォークソングっていいなとおもう今日この頃。この句から白髪のポニーテールとジーパン姿が浮かび、胸がキュンとなります。菊日和も印象的。「風紋に二十三夜の襞ほのか」。風紋と二十三夜の言葉が醸しだす、幻想的な心象風景に惹かれました。「大綿の友軍のよう夕日照る」。ロシア軍の弾除けになっているとしか思えない、北朝鮮の兵士たち。はかない命運が大綿虫を通して、ひりひり伝わってきます。
- 漆原 義典
特選句「祖父たちのフォークの公演菊日和」。フォークは昭和28年生まれ71才になった私の青春です。フォーク好きの昔若者のフォーク公演良いですね。いつまでも青春を謳歌してほしいと思います。楽しい句をありがとうございます。
- 柾木はつ子
特選句「幸福を飼育小春のリビングで」。面白い発想ですね。「幸せ」はやって来るものではなく、手間隙かけて世話をしなければならないのですね。納得致しました。特選句「戦禍あり地球冷ややかに傾く(月野ぽぽな)」。地球の地軸は少しずつずれて行っているのだそうですが、温暖化もその一因で、やがて四季の変化も無くなるとか…人間が戦争などしている場合ではないよと作者は言いたかったのでは?「冷ややかに傾く」が不気味です。
- 疋田恵美子
特選句『龍太絶筆の「雲母」照らす柿すだれ』。山梨県笛吹市の「山廬」の景でありましょう。元気な内に一度行って見たい所です。特選句「韮山の才気の坊や母さん子」。「海原」全国大会に参加して、二日目に重要文化財江川邸を見学、解説者により、多くの事を知り感激しました。
- 竹本 仰
特選句「ええ顔してはる 秋をしんなり死んではる」:出棺の際、故人の顔を拝見すると、とても安らかな表情をしていることに驚くことがある。というより引き込まれることがある。いいなあ、そのとき自分もこんな顔していられたらいいのにと思う。かつて路上で亡くなった一人住まいのご老人がいて、そんな時警察の捜査が入るため、家にも立ち入れず、二週間葬儀屋の冷蔵庫に入れられていた。さすがにお葬式の時はもう青ざめた顔になっていたが、それでも彼女の友達だった老女のお一人が声をかけた。「まあ、お化粧して、こんなきれいになって」と。何だか、とても救われた気がした。そう、誰もが救われる一言があるものだ。という気持ちで読んだ。特選句「生きるために殺す細胞銀河濃し」:一見して、これはガンとの闘いのことだろうかという気がした。自身の体験でいえば、殊に化学療法と言われる抗がん剤治療ならば、悪性ガン細胞をやっつけるために体のいい部分まで痛めてしまう。手足の爪、二十枚がわずか一月で全部抜け落ちたこともあった。だがそういう時ほど、痛みの中に生きている実感をひしひしと確かめられるものなのだ。そう、もともと意識の及ばないところで生命はたえず闘っている。決して平和なんかではない。この句を読み、最初の手術の前夜に、銀河というものを身近に感じたのを思い出した。これまででも生きて来られて幸せだったんだという気がしていた。特選句「去年とは違ふわたしのゐる時雨」:去年も私は時雨に濡れていた、でもあの時とはどこかはっきり違う。荒井由実の唄に、〽悩みなき昨日の微笑み 訳もなく憎らしいのよ…、というのがあったが、それと同じで、過去の自分とクラッシュしている。そこからしか、未来は生まれないのだから、とても大事な、或る意味「脱皮」の瞬間なのかもしれない。決定的に今とは異なる「わたし」が向こうにいて、今の「わたし」でしかものは見られないのだが、明日の自分がいつの間にかこちらを見ている気がする。誰なんだ、わたし?この問いは意義深い。サルトルの『嘔吐』の主人公ロカンタンのいた町もそんな町ではなかったか。以上です。今年最後の句会でしたね。いい句が多くて選びきれない。海程のながれ、いつまでも。そして、いつまでも初心でいたいと思います。みなさま、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
- 吉田 和恵
特選句「虫の音に溺れ死にするほど一人」。どうしようもない孤独感というのか、ひしひしと伝わってきます。話し相手にでもなりましょうか、私でよければ。
- 滝澤 泰斗
特選句「ええ顔してはる 秋をしんなり死んではる」。棺桶の中を覗くのがとても苦手だ。そして、この会話調の言い方を遠巻きにして聞いているシーンに自分が居た光景はよくあることだった・・・ただ、秋をしんなり死んではるという言い方に惹かれて特選とした。特選句「霧の兜太露の蛇笏や小鳥来る」。飯田蛇笏の句は教科書にあった「くろがねの秋の風鈴鳴りにけり」ぐらいしか知らず無知に近く、全くもって語れないが、師と並べた上五中七に小鳥来るとしたところが魅力的でいただきました。以下、共鳴句「ニーチェ読む友の余命や露うごく」。久しく忘れていたニーチェ・・・若いころニーチェにかぶれていたわけではないが、当時、流行っていた実存哲学の入口で出会った一人ではあった。掲句のニーチェと友の余命に確かに響き合うものがあって一句を成したところに、うまいもんだと共鳴しました。「戦争を止めぬ人間文化の日」。人と人との争いが戦争という、国や民族の規模に拡大した近世にあって、核兵器の傘の下で数と威力を誇ったり、それを背景にして脅したり、勝手に攻め込んで殺戮を繰り返す人間・・・文化の日は皮肉なパラドックス。
- 柴田 清子
特選句「秋うらら自転車の空気抜けてます」。身近な生活の一コマの秋一ト日を過ごす作者が、この秋うららの中に居て、とても好感の持てる一句と思いました。特選句「丸いもの四角と思う秋思かな」。丸いもの、四角とか、身近に使う言葉である故、この秋思に文句なしに入っていける自分がいます。秋思の根源が、ここにあるかと思って、楽しみました。
- 山下 一夫
特選句「小六月磁石のように父と母」。盤上に二つ並べた磁石は少し離れていても引き合ってぴちっとくっついたり、近づけようとしても反発し合って飛び離れたり。幼い頃は謎でした。今では理屈はわかっているものの、男女の比喩とするとやはり謎は残ります。小六月の斡旋はやや年老いた夫婦の雰囲気を醸していていい感じですね。特選句「どんぐり銀行裏金預かります」。かの政治家たちの悪行を端的に表す「裏金」ですが、宮沢賢治の世界が不思議にマッチします。語感にどこか間の抜けた感じがあるからでしょうか。詩性を残しつつも人間の愚かさへの風刺が痛烈です。問題句「泥になれ溺愛洪水ボランティア(竹本 仰)」。上五は命令形なのか「泥に慣れ」なのか。切れはどこに入るのか。ボランティアへの哀惜なのか批判なのか。いずれにせよ「溺愛」「洪水」という単語の並びに強力な引力があります。あれこれ考えているうちに、なんだかぬかるみで泥まみれになっているような感じが・・それが狙いだったのかも。
- 薫 香
特選句「生き方は変えない黒いロングコート」。こんな風に生きていきたいなと思いました。黒いロングコートも素敵です。特選句「冬浅し糊ぼんやりと匂うシャツ」。だんだん良くなってきました。ぼんやりが効いてます。
- 河野 志保
特選句「秋夕焼一行詩のよう母生きて」。お母様の生き方を「一行詩のよう」と捉えたところに惹かれた。大きくて淋しい秋の夕焼けとも響き合うと思った。
- 桂 凜火
特選句「どんぐり銀行裏金預かります」。裏金問題聞くたびにモヤモヤするのは私だけでしょうか。どんぐり銀行預かってみんなどんぐりにしてやってください。
- 新野 祐子
特選句「自然死とは野菊の道の行き止まり」。親しい人がポツリポツリとあの世に逝きます。自分もそれを見送る齢となりました。「野菊の道の行き止まり」かぁ。いいですね。みんな土に還っていくのですね。そうやって。
- 増田 暁子
特選句「風紋に二十三夜の襞ほのか」。風紋の美しさ。中7下5の感覚の素晴らしいと。特選句「生協もアマゾンも来る獺祭忌」。取り合わせの妙、上手い!
- 菅原 春み
特選句「秋夕焼一行詩のよう母生きて」。俳句,短歌のようにきっぱりとしかも自由に生きた母親をこう表現したのは始めてみました。秋夕焼がさらに見事さを。特選句「狼と同じ地上に棲む月夜」。狼というとどうしても兜太先生を思い出してしまいます。日本にはいなくてもまだ同じ地上にいるかと思うと心強く、月もさらに美しく見えます。
- 岡田ミツヒロ
特選句「祖父たちのフォーク公演菊日和」。会場の歓声、孫たちの拍手喝采、今も青春の若々しい老人たち、想像するだけでも楽しくなってくる。特選句「生き方は変えない黒いロングコート」。服装は、人の生き方の反映、「黒いロングコート」から、ダンディで筋の通った意思が滲み出ている。背筋が伸びる一句。
- 松岡 早苗
特選句「丸いもの四角と思う秋思かな」。頭では分かっていてもどうにもならないのが自分の心。秋色のせいか丸いものにも角のとがりを見てしまう。共感しきり。特選句「威張りつつ頼る年頃とろろ汁」。初老の男性の姿を思い浮かべた。バリバリの現役時代があっただけに、自身の衰えや弱さをすぐには受け入れられない。少しずつ時間をかけての変容。「とろろ汁」との取り合わせが絶妙。
- 向井 桐華
特選句「芒原千年先が振り向いた」。千年先が振り向くほどの芒原ってどんな感じなのだろうと思いました。問題句「秋霖の馬濡れており許される」。上五中七がいいのですが、下五の「許される」をどう解釈したら良いか迷いました。
- 三枝みずほ
特選句「オリオン座いいな故郷って走っちゃお」。帰郷できる自分であること、故郷がまだあること、当たり前の日常があることを思う。走った先に何が見えるだろうか。
- 田中 怜子
特選句「夫々に生きておんなじ月仰ぐ」。そうなんですよね。夫々に生きていること、違いを認めよう。と世界がそう認識ほしいですよ。「暗き世の下枝(しずえ)の熟柿昼灯し」。旅の車窓から、葉のおちた柿の木の実が昼灯しのようでした。それなりに豊かだから、取ろうともしない、景色となっている。「虫の音に溺れ死にするほど一人」。みんな心の底ではそれを恐れているのでは。孤独にひたって、その意味を考えたいですね。
- 綾田 節子
特選句「八十路なり貰いし冬瓜持て余し」。大きな冬瓜が目に浮かびます。有難いけど分かる分かる。特選句「秋日和鍬持つ老爺の立ち尿」。昔懐かしく戴きました。今でもある風景なのでしょうね。
- 松本美智子
特選句「去年とは違ふわたしのゐる時雨」。しとしとと時雨が続く・・・私は佇む。確かに存在する。そこにいる・・・。時雨も私も同じようで違う。絶対的な存在と曖昧な要素をうまく表現した句だと感心しました。
- 大浦ともこ
特選句「秋夕焼一行詩のよう母生きて」。ささやか乍ら豊かに生きたであろうことが伝わってきました。そのことを一行詩と表現するのが詩的で季語の秋夕焼とも響き合っています。特選句「幸福を飼育小春のリビングで」。幸福というものの危うさや脆さを飼育するという言葉で示唆しているように思います。小春のリビングとの対比も面白い。
- 森本由美子
特選句「生きるために殺す細胞銀河濃し」。日々進歩を遂げる現代医学をテーマにした句かと思うが、自分自身数年前に受けた抗がん剤治療の今に至る副作用、精神的な影響を考えると、時々自分の身体に謝りたい気持ちに陥る。<銀河濃し>は<生きるために>が発信する他のさまざまな現象にまで想いを至らせる魅力を持っている。
- 三好三香穂
特選句「冬浅し糊ぼんやりと匂ふシャツ」。今年の夏はとびきり暑かった。立冬も過ぎたのに、朝夕は冷えて来たものの、まだまだ冬到来という日はない。糊のきいたシャツも、まだまだ出番あり。夏の名残のある今日この頃。冬浅しと言う季語、シャツの糊に焦点を当てたところが良かったです。
- 銀 次
今月の誤読●「虫の音に溺れ死にするほど一人」。いい季節だ。わたしは四季のうち秋がもっとも好きだ。暑くもなく寒くもなく、ちょうどいいその心地よさ。部屋にはわたしひとり。ヒザには白秋の詩集。そして手には淹れたてのコーヒー。おまけに遠くから聞こえてくる虫の音。なんという五感の満たされようだ。いまわたしは人生のすべての幸せを味わっている。白秋に目を落とす。からまつの林を過ぎて、からまつをしみじみと見き。何度も読んだ詩だ。からまつはさびしかりけり、たびゆくはさびしかりけり。わたしは明治大正の旅人たる白秋に思いをはせ。おや、虫の音が少し高くなってきたようだ。そうか、夜も更けたか。いいなあ、秋の虫の音。まさに抒情の詩人、白秋によく似合うBGMだ。そういえば、夕日はなやかに、こほろぎ啼く。という詩もあったなあ。あとどうつづくんだっけ? たぶん詩集「邪宗門」に載ってたはずだが、とわたしは本棚に向かう。と、虫の音がまたいっそう高くなった。はいはい、わたしの詩ごころをかき鳴らしてくれようってんだね。ありがとう。でもこのくらいがちょうどいいよ。あんまりうるさいのは苦手だからね。ふたたびわたしは読書にもどる。くだんの詩を見つけた。風のあと断章の六十六番だ。こほろぎ啼く。あはれ、ひと日、木の葉ちらし吹き荒みたる風も落ちて、とつづくんだ。白秋の季節に対する感覚の鋭さは、俳句にも通ずる。おいおい、虫くんたち、ちょっとうるさいよ。それじゃ、秋の風情もなにもあったもんじゃない。求婚歌か威嚇鳴きどうかしらないが、少しは遠慮をしろよ。わたしのこころの声に反応するかのように、虫の鳴き声は一段と、というより加速度的に高まってゆく。やがて、もはやどれがマツムシか、どれがスズムシかわからぬくらい、ただの騒音と化して、ウォンウォン、耳を聾さんばかりになった。わたしはパニックになった。なんだこれは。なにが起きたんだ。みるみるうちに部屋の外、壁面はもとより天井から床下まで、四方八方から、ウォンウォン、虫の音がかたまりとなって、打ちつけるように押し寄せてくる。ウォンウォン。わたしはおそるおそる窓に近づき、カーテンをサッと開けた。と、そこにはガラス戸にびっしりと張りついた、虫虫虫虫虫虫虫虫虫。数千数万の虫がわたしの目をのぞき込み、羽をすりあわせうごめいているのだ。そのうち、窓の戸の隙間から、一匹、二匹、十匹、二十匹、五十匹、百匹、千匹、万匹と部屋に入ってきて……。
- 亀山祐美子
特選句『鴇色の釦と胡桃置いてある』。何処にともいわず、鴇色の釦と胡桃が置いてあるとしか云っていない淡白さ。掌でも机の上でもベンチでもよい。釦と胡桃がピンクの淡さを競っている。二つの異質なものが響きあう平安。ただそれだけのことに心が穏やかになる。
- 稲 暁
特選句「芒原千年先が振り向いた」。荒野で千年の未来を幻視する。振り向いた未来の表情やいかに?
「海程香川」甲府吟行(二〇二四年十月二十八日~三十日)
吟行自選2句
- 笹茶飲む山廬は秋の雨の中
- 榎本 祐子
- 山峡の水の奔放芒照る
- 榎本 祐子
- 皆子遺影に向かい走るよ兜太の秋
- 岡田 奈々
- 蛇笏に龍太厨房に入るハロウィーン
- 岡田 奈々
- 秋惜しむ老師(宋淵老師)の縁かな蛇笏さん
- 田中 怜子
- 秋天下ボテロの小鳥がのっしのっし
- 田中 怜子
- 直にあふ信玄像や秋の声
- 樽谷 宗寛
- 赤提灯は風林火山熱燗だ
- 樽谷 宗寛
- 軍事郵便に俳句びつしり月今宵
- 野﨑 憲子
- 秋の蛇笛吹川を渡りけり
- 野﨑 憲子
上段、「金子兜太展」会場の山梨県立文学館の前庭。中段、山梨県立美術館前庭の彫刻「ボテロの小鳥」。下段、山廬、飯田様ご自宅前の樹齢四百年の赤松の下にて、中央の男性が山廬文化振興会理事長飯田秀實氏。
袋回し句会
赤
- 赤夕焼明日の君に会えるかも
- 末澤 等
- 店先の赤いりんごに呼ばれたり
- 柴田 清子
- 赤蕪中身の白の歯型かな
- 岡田 奈々
- 赤いマフラーに顔をうずめて街を出る
- 柴田 清子
- 赤ってね百色あんねんクリスマス
- 和緒 玲子
- 赤青黄コスモスカオス原爆忌
- 各務 麗至
- 寝たきりのままの一日赤のまま
- 島田 章平
- 夕日あかあか兵士はみんな泣いてゐる
- 野﨑 憲子
晩秋
- 晩秋の空に移ろう明日の僕
- 末澤 等
- 秋もあんたも早逝ってしまったの
- 柴田 清子
- 晩秋や地球まるごと大掃除
- 島田 章平
- ドーンと雲抜けて晩秋富嶽かな
- 野﨑 憲子
- ガラス隔てて手を振る母晩秋
- 薫 香
- 晩秋や私は一人でなかった
- 各務 麗至
霜
- 霜天をスカイツリーの捻れかな
- 藤川 宏樹
- 隠し事なき母の生き方霜柱
- 岡田 奈々
- 霜月の日向を探すふたりかな
- 和緒 玲子
- 霜に目覚めて言の葉のふりやまず
- 野﨑 憲子
- 眠れない夜に強霜の愛語たち
- 野﨑 憲子
- 霜踏むや昔昭和であつた場所
- 島田 章平
- 霜月のするどき鉛筆なほ削る
- 各務 麗至
- 酒持ってあいつが来るぞ霜の音
- 銀 次
梟
- 梟よ色なき世界を見張るべし
- 銀 次
- 梟や賢い私ホーホーと
- 三好三香穂
- 長生きをすると梟になっちゃう
- 柴田 清子
- ほろすけホーなべて答えは足元に
- 野﨑 憲子
- 未生以前の記憶ひとつや梟
- 野﨑 憲子
- 梟の森母を捨ててきました
- 島田 章平
団栗
- 団栗やZ世代が婿になる
- 藤川 宏樹
- どんぐりや僕らはみんな星の子だい
- 野﨑 憲子
- 下山道団栗蹴って膝笑う
- 末澤 等
柿
- 油虫よくよく見れば柿の種
- 末澤 等
- 掌に馴染んでをりぬ柿狡し
- 和緒 玲子
- もの忘れも楽しからずや柿たわわ
- 野﨑 憲子
- 柿すだれ思いがけないことばかり
- 野﨑 憲子
- 柿紅葉感激童子ここにあり
- 各務 麗至
- 柿食へば子規と兜太の笑ひ声
- 島田 章平
- 柿むきて吊してつまむお楽しみ
- 三好三香穂
【通信欄】&【句会メモ】
今年の〆句会は、初参加の観音寺の各務麗至さんを始め11人のご参加で、楽しく熱い句会になりました。12月はお休み月ですが、番外句会を開催することにしています。ブログには掲載しませんが、懇親会も兼ねて賑やかに本年の打ち上げをしたいと存じます。巻頭の写真は、末澤 等さんが十月に撮影された「瓶ヶ森から見た石鎚山」です。
夏の終りに、金子眞土様から、山梨県立文学館発行の『金子兜太展―しかし日暮れを急がない』の図録が届きました。毎回の句会報を、兜太先生のご霊前へ、送らせて頂いているからと存じます。図録のあまりの見事さに、山梨への吟行の思いがムクムク湧き上がり、十月末の「海原」全国大会の後に企画しました。岡田奈々さんに幹事をお願いし、兜太先生と深い親交のあった山廬へも訪問してまいりました。企画展には、机や椅子を始め先生ご愛用の品々、肉筆の日記や手紙、先生の血肉のような色紙の数々・・もう胸がいっぱいになりました。先生の平和への悲願も、頂いて帰りました。
今回の山梨吟行で、山廬へお邪魔できた事も、大きな収穫でした。山廬文化振興会の入り口には、蛇笏の誕生祝いに、山梨から銀座まで出かけて蛇笏の父上が求めてきた立派な掛け時計がかかり、龍太のご長男の振興会理事長の秀實様は、幼い頃、時計の螺子をご自身で巻かれ、その頃までは日々、時を刻んでいたと話されていました。そして、飯田家の玄関先には樹齢四百年の見事な赤松が鎮座し、その繊細な枝枝の美しさに目を奪われました。蛇笏も、龍太もこよなく愛した後山に流れる狐川は、護岸工事により、川底はコンクリートで覆われ、かつての風情が偲べなかったことのみ残念でした。ランチは秀實様の奥様のハヤシライス、笹茶、デザートと、とても美味しかったです。午後の句会も、途中から、秀實様も、いらして、最高に楽しく充実した時間でした。ご夫婦の素晴らしい笑顔が今も胸に残っています。奇しくも、兜太先生が、1967年に訪れた、10月29日と同じ日に山廬を訪問させていただきました。金子兜太展の図録をお送りくださった、金子眞土様、飯田秀實様ご夫妻、ありがとうございました。
Posted at 2024年11月25日 午前 02:02 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]
第155回「海程香川」句会(2024.10.12)
事前投句参加者の一句
枯野行く芭蕉に兜太また天志 | 島田 章平 |
妖怪辞典と良夜気ままな招き猫 | 大西 健司 |
ルフィゐてアンパンマンもゐて案山子 | 大浦ともこ |
ゆうらりと尾を垂らす句よ星月夜 | 松本 勇二 |
断崖にホテル海越しの不二は秋 | 樽谷 宗寛 |
蝋石で渦の太陽いわし雲 | 藤川 宏樹 |
ガザの子の黒瞳コオロギ鳴き通せ | 野田 信章 |
いつだつて生まれ立てです満月は | 鈴木 幸江 |
黄落の第二関節まで来たか | 河西 志帆 |
秋彼岸人も白雲流れゆく | 福井 明子 |
酢生姜や遠き昭和の大家族 | 山本 弥生 |
塗るたびに麒麟を越えてゆく絵筆 | 男波 弘志 |
てのひらの秋の蛍がものをいう | 桂 凜火 |
秋めくや一枚交じる新紙幣 | 松岡 早苗 |
天高く棕櫚直立に凪や灘 | 疋田恵美子 |
去りにけりお印迄にと秋風は | 綾田 節子 |
猪や温かい臓腑戦難なり | 豊原 清明 |
水澄むや傷つきやすき魂も | 岡田ミツヒロ |
横顔は紫煙の中に母秋思 | 川本 一葉 |
駄犬吠ゆくたばれプーチン・ネタニヤフ | 稲 暁 |
黒猫を抱き月光を目蓋(まなぶた)に | 向井 桐華 |
せっかちな内臓冴えて花芒 | 高木 水志 |
木の実降る黙契の如わが墓標 | 若森 京子 |
十三夜明日黙つて 逝くあなた | 柾木はつ子 |
曼珠沙華火焔の一団波乱の一期 | 時田 幻椏 |
十六夜を風に吹かれて不思議の子 | 松本美智子 |
青虫はフェンネル育ち 我キッチン | 田中 怜子 |
このままの私でいいの草は実に | 柴田 清子 |
いちじくに蟻群れている火宅かな | 三好つや子 |
投函の指を離れて鰯雲 | 佐孝 石画 |
コスモスやひらがなの風吹きいたり | 漆原 義典 |
守秘義務の多き仕事よ黒ぶどう | 菅原 春み |
雨 煙る 白き 羽衣 薪能 | 三好三香穂 |
秋の日に迷った子犬やってきた | 重松 敬子 |
成長痛ありにし日々の新松子 | 榎本 祐子 |
流星に立ちはだかりし槍ヶ岳 | 末澤 等 |
レモン一個わたすダサさを泣くなんて | 竹本 仰 |
秋天のふふっ八ヶ岳ひとり占め | すずき穂波 |
そのうそもやさしすぎるし秋桜 | 銀 次 |
秋天に染み一つ三つ何の花 | 荒井まり子 |
蝶のごとひらく十指や水の秋 | 和緒 玲子 |
鵙猛る「く」の字「し」の字が逆の子に | 津田 将也 |
墓石の水滴登るてんとう虫 | 管原香代子 |
桔梗の目覚め発生練習の「アー」 | 岡田 奈々 |
〇△□また来て□でアンダルシアだ | 田中アパート |
秋深し山鳩の声うつろ | 佳 凛 |
鯨鳴くボトルたてては鯨なく | 中村 セミ |
秋川のひかりとならん孕みたり | 十河 宣洋 |
君に手紙 柿の実色した水曜日のこと | 植松 まめ |
雁渡し影走るよう兄が逝く | 増田 暁子 |
マネキンを白布で包む月の雨 | 小西 瞬夏 |
親父殿享年超えて墓参り | 滝澤 泰斗 |
せんせいがこどもの数だけ里の秋 | 吉田 和恵 |
葛原や拾いし球に標あり | 塩野 正春 |
トイレに元素記号表と栗一枝 | 伊藤 幸 |
裏切りの物語読む夜食かな | 石井 はな |
気温ジグザグ十月桜ひらく | 河田 清峰 |
<袴田巌さん無罪に>紅のブラウス映える姉さん小鳥来る | 新野 祐子 |
好きすぎた僕らの失敗秋ほたる | 花舎 薫 |
小さい秋小さい私のお友達 | 野口思づゑ |
美しき素数青檸檬の孤独 | 薫 香 |
甘言にまず予防線おけら鳴く | 山下 一夫 |
車窓から唱歌のごとき苅田風 | 森本由美子 |
死ぬ蜂と同じ格好転がるの | 河野 志保 |
稲刈機と絶妙な距離白き鷺 | 藤田 乙女 |
稲雀山がななめになってをり | 亀山祐美子 |
ペンが骨軋ませてゆく自由帳 | 三枝みずほ |
いつもどこかできつとみてゐる十三夜 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「塗るたびに麒麟を越えてゆく絵筆」。季語はないが、秋の青空が見えてくる。実際の麒麟をはみ出してゆくように動く絵筆に、作者の躍動感、内に潜むエネルギーがあふれるようだ。
- 松本 勇二
特選句「成長痛ありにし日々の新松子」。成長期のひざ痛は、大きく育って欲しい子供への期待に水を差すもので複雑な思いであったことを思い出させます。すっと伸びた新松子の真っすぐがそういう思いを少し薄めてくれたことでしょう。
- 和緒 玲子
特選句「いちじくに蟻群れている火宅かな」。庭のいちじくが熟れ落ちて歪に割れ、そこに蟻が群れているという景。そしてそこは火宅だという。いちじくと蟻の群れと火宅。どれもが熱を感じさせつつ冷めた熱、じわじわ感じる熱であるという点が巧み。ありがちな景を描きつつ下五でぎゅっと引き締める一句。
- 河野 志保
特選句「流星に立ちはだかりし槍ヶ岳」。一瞬の出来事を捉えた壮大な句姿に惹かれた。作者と自然との呼応も感じる。
- 男波 弘志
「コスモスやひらがなの風吹きいたり」。コスモスの中にひらがなのimageがすでにある、そこが少しもったいない気がする。つまり中7以下のフレーズがもっと生きる場があるのではないか、取り合わせは一見うんと離れていながら、どこかで通底していなければ真の取り合わせにはならぬ。例句をあげておく。「海牛(あめふらし)ほどの昏さの曼殊沙華(堀江かつみ)」。これ以上の取り合わせの凄みをだれが表現できるか。否、そこに挑み続けてこそ俳諧を志す意味があろう。秀作。「十月の光綴じたる初版本」。造本に贅を尽くした時代を思う。背表紙は羊の皮だろうか、聖者の俤が颯爽と翻っている。秀作。「蝶のごとひらく十指や水の秋」。正直終わりの「水の秋」で、一つの美意識が露わになってしまい日常とか肉声とかが遠のいているように感じる。あまりにうつくしく出来上がっているところに苦悶を人肌をいれるべきであろう。どうしたら蝶のように十指が開くのか、そう提示したならばこの季語も生きるかもしれぬ。つまり「ひらく十指か」 予選句。「鯨鳴くボトルたてては鯨なく」。なんのことかわからないのだが、それでも存在が突っ立て居るように感じる。ただやはりボトルがどうしても映像化できぬ憾みがある。杭を立てては、墓を立てては、ではどうも仕掛けが露わなようだ、暫くはこのボトルと遊んでいようか。秀作。
- 岡田 奈々
特選句「ペンが骨軋ませてゆく自由帳」。ペンが柔らかく好きな事を書いたり、言ったり、出来るのは本当に大切です。言いたい事の骨格がキコキコ言い出して、抑えないと行けなくなったら、もうそれは自由帳ではありません。拘束帳です。特選句「秋天のふふっ八ヶ岳ひとり占め」。八ヶ岳には登れませんが、八ヶ岳のよく見える峠などからみたらどうでしょうか。つい、ほくそ笑んでしまいます。本当、山は見ても登っても素敵。「長き夜や森の匂ひのしてピアノ(和緒玲子)」。秋は芸術の秋。静かにピアノ弾いていたいね。「いつだって生まれ立てです満月は」。毎月朔から満月になり、また朔に。生まれ変わっているのです。「黄落の第二関節まで来たか」。銀杏の黄葉ももうすぐですが、だんだん上から落ちていく様が目に浮かびます。高松も街路樹が日毎に化粧し始めています。「去りにけりお印迄にと秋風は」。秋風をお印として置いて行くと言っているのは誰。とても嬉しい。「守秘義務の多き仕事よ黒ぶどう」。黒ぶどうの一粒一粒が守るべき事とは。隠しきれない。全部食っちゃえ。「十月の光綴じたる初版本」。十月のもの皆実る時。その光はなにを投影してくれる。「笑うにはまだ足りません温め酒(柾木はつ子)」。涼しくなってくると、ぬる燗最高。美味しいお酒と肴。顰め面止めて、ニッコリと。「車窓から唱歌のごとき苅田風」。刈田の青き穂が、心地よい風に吹かれるのが、子供たちが歌っているようです。
- 十河 宣洋
特選句「ゆうらりと尾を垂らす句よ星月夜」。なにか纏まらない句をいじっているような気分。星空は気持ちよく広がっているのに、だらだらと俳句をいじっている自分を見ている。特選句「そのうそもやさしすぎるし秋桜」。見え透いた嘘であるがその嘘で心が和らぐ。こういうことはある。ありがとうという気持。
- 樽谷 宗寛
特選句「蠟石で渦の太陽いわし雲」。素敵な作品ですね。子供の頃を想い出しました。
- 藤川 宏樹
特選句「美しき素数青檸檬の孤独」。おのれの数以外で割り切れない素数。その美しさを青檸檬の「孤独」ととらえられた作者の感性に敬服します。美しい句です。
- 福井 明子
特選句「稲雀山がななめになってをり」。群れていた雀、たわわに稔る稲穂。そんな、あたりまえに有ったものが、いつのまにか、少なくなっている。そんなことに気づかせてくれる一句。山がななめになってをり。この表現にかけがえのない無尽蔵な豊かさを思います。
- 塩野 正春
特選句「木の実降る黙契の如吾が墓標」。私自身もうそろそろ終活もせねば‥と焦る心があります。人生の区切りをつける為とか墓標を建てることに同感するこの頃です。墓については日々議論を耳にし心が揺らぎますが、作者はご自分の確固たる心構えを示されたのでしょう。力強い句ですね。特選句「虹のブラウス映える姉さん小鳥来る」。添え書きから袴田死刑囚の長き上告審を詠まれた句と見受けます。簡単な証拠だけで死刑を宣告され、何十年も無罪を叫び続けたとのこと、信じがたい事実です。捜査官に脅され続け自白を強要されたのでしょうか? 被告のお姉さんがそれにもめげず無罪を信じ、上告を続け、“小鳥来る”結審を得られたのは何よりも素晴らしいことでした。今の時代は鑑定技術も進んでいるはずですが他の事件でも自白に頼る傾向が続きます。現代俳句ではこのような事象も句で訴えることができることに感服しました。自句自解:「嘗て今ベルリンの壁の穴覗く」1988年11月ベルリンの壁が取り壊されましたが、丁度その時ベルリンを訪問しました。感激の記録です。「葛原や拾いし球に吾が未来」。大谷選手やその前の、あるいは全ての日本の球児の心です。はじめは藪の中のボール拾いから始まったと思います。拾ったボールが将来を指してくれるとは・・・。
- 川本 一葉
特選句「十月の光綴じたる初版本(三枝みずほ)」。読書の秋らしく、光を綴じているとは?夢や希望でしょうか。絵本かもしれない。初めて読んだ時の自分と向き合っているのだろうか。初版本というのが意味あり気。親の本なのかもしれない。
- 津田 将也
特選句「雁渡し影走るよう兄が逝く」。季語「雁渡し」は、九月ごろ吹く北風のことです。日本に雁が渡って来るころの風なので、この名が付いています。風が吹けば、波が高くなり、不漁の日々が続きます。そんなだから、漁師さんからは特別に嫌われていました。まるで、「影走るよう」な不測の兄の死。それは、こんな風のせいであったのかも知れません。
- 榎本 祐子
特選句「目覚めたら別々の空緋連雀(桂 凜火)」。どういう目覚めなのか少し不思議。男女の別れか、昨日の自分との決別か、死後の景なのか。そんな模糊とした世界を背景に、緋連雀が鮮やかに在る。
- 島田 章平
特選句「<袴田巌さん無罪に>紅のブラウス映える姉さん小鳥来る」。俳句にするのには難しい社会句だったと思う。個人的な感情を交えずに、「紅のブラウス映える」と詠み、袴田巌さんの姉の秀子さんの喜びの姿を見事に描き切った秀作。勇気をもって社会詠を詠まれた作者に敬意を表したい。
- 鈴木 幸江
特選句評「レモン一個わたすダサさを泣くなんて」。いろいろな状況が想像されるが、〝ダサい〟から泣くなんて、なんて〝粋〟な人だろう。私は市井の人の美しさを感じてしまう。背景にレモンがとてもおしゃれだったころの時代がある。この句から、社会の変動の〝あはれ〟を捉え、自己否定しつつも自己肯定している作者の他者との関係性の満足感が伝わってくる。私この〝レモン〟喜んで頂きます。
- 末澤 等
特選句「十六夜を風に吹かれて不思議の子」。「十六夜」(いざよい)は、古語で 「躊躇する」「ためらう」などを意味する「いざよう(猶予う)」の名詞形であり、そのためらう様が十六夜という名前の由来になっているそうです。この句では、十六夜に見知らぬ不思議な子が風に吹かれながらためらっている様子が浮かんでくるような気がします。
- 柾木はつ子
特選句「せんせいがこどもの数だけ里の秋」。つまり先生が一人、生徒が一人の僻地の小学校ということなのでしょうか。ある意味羨ましくもあり、さびしくもあり…でも「里の秋」で豊かな自然に包まれ、ほのぼのと温かい絆が育まれてゆく場景が目に浮かび、素晴らしいと思いました。問題句「美しき素数青檸檬の孤独」。数学はよくわかりませんが、割り切れる数を持たないのが素数でそれが美しいと思う感性。なんとなくわかるような気がします。この場合「素数」は「青檸檬」に掛かってくるのでしょうか。私にとってはとても難解な掲句ですが、分かるような分からないような、妙に気になる御句です。
- 野田 信章
特選句「<袴田巌さん無罪に>紅のブラウス映える姉さん小鳥来る」。この句自体は「小鳥来る」という秋の大気の中にひらく日常詠の景ながら、この前書と相俟ってその様相も浄土の一景かと垣間見るおもいである。これも永年に亘って献身的に弟さんの支援活動を支えて来られた「姉さん」の素顔の魅力かと感じ入るところである。そのことが正しく、冤罪という取り返しの出来ない歳月の重たさ、人間の尊厳とは何かについて静かに問いかけてくるものがある。
- 三好つや子
特選句「妖怪辞典と良夜気ままな招き猫」。小豆洗いや一反もめんなど、親近感のある妖怪に心を寄せ、秋の夜を楽しんでいる作者を想像。そんな良夜を連れてきた招き猫は、むかし飼っていた老猫が姿を消して、猫又という妖怪になり、今も主人を見守っているのかも(願望ですが)。特選句「好きすぎた僕らの失敗秋ほたる」。お互いを愛しすぎて、別れる羽目になったカップル、あるいは夫婦でしょうか。披露宴のスピーチでよく耳にする名言「結婚前には両目を大きく開いて見よ。結婚してからは片目を閉じよ」という言葉を思い出しました。「黄落の第二関節まで来たか」。老化は第二関節までに止め、しっかりストレッチを心がけてください。「せんせいがこどもの数だけ里の秋」。全学年で生徒が十人位の小学校と、秋たけなわの山や田畑が浮かびます。
- 豊原 清明
特選句「小さい秋小さい私のお友達」。お友達というのは良いものです。小さい、多分、子供と思いますが、「小さい秋」、良い秋です。問題句「いつだつて生まれたてです満月は」。月は昔から、多くの人々の神秘だと思います。月は誰が作った訳ではないけれど、月を産んだ句。
- 岡田ミツヒロ
特選句「十三夜明日黙って逝くあなた」。もう話すこともできない。迫りくる別れの時、深い諦観が漂う。特選句「投函の指を離れて鰯雲」。手を離した瞬間、願いは大空へ羽ばたく。鰯雲よ。
- 植松 まめ
特選句「いちじくに蟻群れている火宅かな」。熟れ切ったいちじくに群れている蟻と火宅という言葉色々と映像が頭をよぎる。きれいごとではない人間の生き様かとも思う。特選句「流星に立ちはだかりし槍ヶ岳」。50代のある時期山登りが趣味だった。槍ヶ岳は憧れの山ではあるが私の足では無理だと断念し槍ヶ岳を目の前に見ることの出来る双六岳に登った。流星に立ちはだかる様に聳える槍ヶ岳を体験した作者が羨ましい。
- 吉田 和恵
特選句「レモン一個わたすダサさを泣くなんて」。うーん、とりあえずレモンは止してざくろにでもすれば少しは気が晴れるかも。問題句「好きすぎた僕らの失敗秋ほたる」。好きすぎたことには興をそそられますが、も一つ実像が見えてきません。
- 若森 京子
特選句「ゆうらりと尾を垂らす句よ星月夜」。一句を生き物の様に、尾を垂らすの表現の面白さ。字余りの様に、ゆうらりとした句なのであろう。この美しい星月夜に気持を込めて句の良し悪しは関係なし。この様な句を書きたいものだ。特選句「ガザの子の黒瞳コオロギ鳴き通せ」。ガザの子供は本当に黒瞳がちで可愛い。しかし、いつも涙を溜めている。比喩としてのコオロギの漆黒と似ている。哀しい鳴き声である。
- 滝澤 泰斗
特選句「流星に立ちはだかりし槍ヶ岳」。日本一の山は富士山に譲るが、長野県出身としては、北アルプスの槍ヶ岳を選ぶ。よく見る写真に、とんがり帽子のシルエットの稜線に星が刺さるように降り注ぐ。鋭い流星の流れを一身に受け止めるごとき槍ヶ岳の雄大さ魅かれた。特選句「妖怪辞典と良夜気ままな招き猫」。妖怪辞典と招き猫の取り合わせの妙が良夜とはと首をかしげたが、この取り合わせにぐいぐい魅かれた自分がいた。共鳴句「駄犬吠ゆくたばれプーチン・ネタニヤフ」。ここ一年、毎日、この思いでいる。この二人は自国民のためと詭弁をいいつつヒットラーと同類。直截の言葉は詩的ではないし、文学かと言われれば怯む自分がいるが、俳諧自由の名のもと許されたい。「ガザの子の黒瞳コオロギ鳴き通せ」。死ぬな、生きろ、虚しいが、ただただ祈るばかり・・・。「タダぼんヤリしたふ安秋のクレ」。カタカナ、ひらがな、漢字の散りばめ方に新鮮味を感じた。意味するところも理解の範疇。
- 柴田 清子
特選句「てのひらの秋の蛍がものをいう」。特選です。命尽きる最期に、てのひらの蛍が、何を語りかけるのだろうか。そしてこの蛍に、語り返す言葉・・・・・・。しみじみと秋は深まってゆきます。
- 桂 凜火
特選句「好きすぎた僕らの失敗秋ほたる」。ほれ込みすぎるとなにかと執着もでて失敗するというのに共感します 秋ほたるもほどよく寂しくてでも闇ではなくよいですね。
- 稲 暁
特選句「美しき素数青檸檬の孤独」。美しき素数という断定が鮮やか。それを受けて、青レモンの孤独も詩情豊かだ。問題句「レモン一個わたすダサさを泣くなんて」。意味はサッパリ分からないが、なぜか惹かれるところがある。困ったもんだ。
- 薫 香
特選句「水澄むや傷つきやすき魂も」。季節が変わり、魂も水が澄むようになってほしいとの希望を込めて頂きました。特選句「秋だよ三年眠ったまま友よ(三好つや子)」。友に語り掛ける季節は、心穏やかな秋がいいです。
- 大西 健司
特選句「起き上がり小法師の母に似て良夜(大浦ともこ)」。大事にしている人形には魂が宿るとか、誰かの顔に似てくるとかいう。この句は母に似た起き上がり小法師が母に似ているという。月の明かりが眩しい良夜にはなおのことだろう。
- 河西 志帆
特選句「君に手紙 柿の実色した水曜日のこと」。とても気になる句でした。柿の実色の木曜日ではいけなかったのか。などと勝手に遊ばせて貰いました。中七の「した」下五の「のこと」この五文字を入れると物語が生まれるのかも知れません。特選句「好きすぎた僕らの失敗秋ほたる」。私も、僕らの失敗をしました。そう言えば、昔、森田童子の唄がありました。後ろから、そのメロディが被ってきました。好きすぎたんだもの。仕方ないね。『鵙猛る「く」の字「し」の字が逆の子に』。猛るまで言わなくても、いいかなあ〜なんて思ったりして。「秋だよ三年眠ったまま友よ」。交通遺児の俳句に「天国はもう秋ですかお父さん」と言う句がありました。友達にはがんばって生きて欲しいですね。「稲雀山がななめになってをり」。やっぱり俳句はいいなあ〜と思わせてくれるお手本のような句ですね。沖縄にきて山がないなあ〜と思いながら。
- 中村 セミ
特選句「蝶のごとひらく十指や水の秋」。ショートショート解読:あるホテルに泊まった。3階まではファミリー向け、4階以上はビジネス向けだった。5階の部屋にはいると、正面が、納戸すぐ手前に机,椅子反対側がベット机の横がバス,トイレの作りだった。脱いだ服を納戸にと思い、それをあけようとしたが、あかない。それに、その納戸は仏壇に思えた。疲れていたこともあり、服は,机におきベットにはいり、ねむりについた。夢の中で。ガタガタと何かが音を立てて近づいて来るようだった。ふと目を開けると、納戸がベットの横に立っていた。間髪いれず戸が、パカーっと開きなかに俵屋宗達の龍神が,合掌していた。両の手が開くと水が滴るようにぬれていた。次の瞬間とびついてきた、それは、僕の顔をべたべたになるほど、さわつた。その手は蝶の羽みたいに、頬に暫くいたか、納戸にかえり元の場所にあっというまにかえつた。遠い思いでが蘇ってきました。特選句「ペンが骨軋ませていく自由帳」。ただ,字を書いているだけなのだろうが、骨軋ませるという表現がいいです。なにか、を,一生懸命かいているのでしょうか、恋文だろうか、憎しみだろうか、そういうときがありますね。
- 向井 桐華
特選句「ルフィゐてアンパンマンもゐて案山子」。案山子のすべてを、海賊になる夢を抱いたアニメのキャラクターと正義の味方のキャラクターを用いることでうまく表現しています。特選句「やり返す気はない後の更衣」。季語「更衣」が効いているのと、心情がひしひしとつたわりましたので特選にいただきました。
- 疋田恵美子
特選句「駄犬吠ゆくたばれプーチン・ネタニヤフ」。まこと同感、両氏には怒りを覚えます。「虹のブラウス映える姉さん小鳥来る」。非人道的な取り調べ、捏造こんなことがあっていいのでしょうか。ご本人、お姉さんよく頑張りました。
- 三枝みずほ
特選句「黄落の第二関節まで来たか」。はらはらと葉が落ちてゆく木の様子を人体の関節と捉えた表現。木々の命を自分の命の有り様を見定めているかのような切迫感がある。
- 田中 怜子
特選句「秋彼岸人も白雲流れゆく」。淡々と、自然に寄り添う生き方、気持ちよい秋風も感じられる。特選句「駄犬吠ゆくたばれプーチン・ネタニヤフ」。駄犬とは卑下しないが、悪口雑言投げかけたいですね。権力をもつとこうなるんですね。「雁渡し影走るよう兄が逝く」。は映像が見える。「書庫に差す月の光や青鮫か」。漢詩に床に霜の歌と似ている、静かででも青鮫の不気味さ静寂もおもしろい。
- 漆原 義典
特選句「秋高し妣の欠点受け継ぎて(松岡早苗)」。私は妣の句が好きです。この句には母と子の愛情が溢れています。上五の秋高しがよく合っています。良い句をありがとうございます。
- 増田 暁子
特選句「いちじくに蟻群れている火宅かな」。甘いいちじくにむれている蟻。火宅の表現がとても良いです。
- 河田 清峰
特選句「いつもどこかできつとみてゐる十三夜」。うしろむきでなく夢をおいかけている姿がいい。
- 野口思づゑ
特選句「レモン一個わたすダサさを泣くなんて」。正直、どう解釈していいか途方に暮れる句なのですが、単純なのか、いやとても複雑な心のうちなのかそんな謎に惹かれました。特選句「美しき素数青檸檬の孤独」。数学に美を感じる人にとって、素数はかなり魅力的だと思います。素数と青檸檬、孤独の組み合わせがとてもユニーク。
- 松岡 早苗
特選句「投函の指を離れて鰯雲」。季語の「鰯雲」が効いていると思いました。誰にどのような手紙を投函したのでしょうか。夢や希望にあふれた手紙、慰めや失意の手紙、いろいろと想像が膨らみました。特選句「死ぬ蜂と同じ格好転がるの」。老いて足腰が弱る、躓いて簡単に転んでしまう。そんな惨めともとれる自身の姿を一呼吸置いて冷静に観察し句にしてしまう、作者の俳人魂に感服です。諧謔味があることで、逆に、哀れさの裏に潜む命の一途さ尊さが光り、胸を打ちました。
- 伊藤 幸
特選句「稲刈機と絶妙な距離白き鷺」。先日 苅田の中を数羽の白鷺が遊ぶ美しい光景を友人と目を細めて眺め数分足を止め楽しませて貰ったばかり。景が見えてくるようでした。特選句「ペンが骨軋ませてゆく自由帳」。書きたいことが次から次に溢れ出てそれが筆圧として伝わり文字になり言葉になり感動や叫びとして自由帳に記される。いいですね。自由帳ならではの自由です。
- 竹本 仰
特選句「秋川のひかりとならん孕みたり」:孕むというのは、決して個人のなし得ることではなく、相手もあり殊には新しい生命に託された意志でもある。出産に際しては、その生命なるものは産道をくぐりぬけるために色んな工夫をするらしい。平べったくなったり縮んだり、自己の意思でとにかく永遠に向かって必死らしい。そう、その永遠をつかもうとする感覚というのか、「秋川のひかりとならん」に感じた。特選句「釣瓶落しさあこれからが本番だ(野﨑憲子)」:すとんと老後がある。そして老いの楽しみとは何だろう?という問いかけだと見た。例えるなら、旅の終わりだ。最近よく思うのだが、旅の終わりこそいいものだ。映画館でいつまでもエンドロールを見ていたい気分と似たものがある。しかも人生は最後の最後までわからない。安岡章太郎に「聊斎私異」なる短編があり、何十年も登用試験に落ち続けた蒲松齢がふと自分の孫も受けるのを知ると、憤然とファイトを燃やす。「年もへったくれもあるもんか、七十になったって、八十になったって、受かるまでやるぞ…」そういう生き方もまた実にいいではないか。特選句「美しき素数青檸檬の孤独」:素数が好きだという人がいる。うちの娘もそうらしい。信号で停車した時など、前のバックナンバーの4桁の素数に遭遇すると、にかっと笑えるのだそうである。それは魔法の意味がわかったみたいな感覚らしい。同じ小説を読んでもそうだ、自分には名作と思えても人にはチンプンカンプンのような。先日、カフカの『審判』を読んだが、えっ、こんな名作だったっけかと、読み終わったとき『審判』ロスにおちいった。素数の美しさ、それは好ましい百年の孤独と取り換えてもいいくらいのものなのだろう。一読後、ピピっと来るものがあった。以上です。♡やっと秋です。夜長とは言いますが、何をしても、夜は長く持ちません。田野ではまだ曼珠沙華がいきいきとしており、これもきっと昼間の残暑のせいでしょうか。明日は早朝から福祉祭りの草刈りに呼ばれています。先日の夏祭りの長かったことを考えると、不安な明日の朝です。作業の終わりの時間が書いてないことをみると、まさかのエンドレス?ま、体力の無さをさらして、がんばります。次回もよろしくお願いします。
- 荒井まり子
特選句「ルフィゐてアンパンマンもゐて案山子」。ルフィが俳句になり驚き。取り合わせの妙、案山子でバランス上出来。
- 佐孝 石画
特選句「好きすぎた僕らの失敗あきほたる」。この句が一番好きでした。「好きすぎ」てしまったかつての恋愛と、その後の別れ。時がたってもなお胸に揺らめくその痛みと、季節外れの「あきほたる」との邂逅が静かに重なってくる。上五中七と下五の間の「切れ」が絶妙。過去と現在の時間の開きに、さらに季節の移ろいが滲み、いまだ時空を漂い続ける情念の不可思議を思う。「十月の光綴じたる初版本」。書籍には初版、増版、絶版いろいろあるが、「初版」の少し孤高めいたイメージ、世に出たばかりの、ウブで含羞を帯びたニュアンスと、「十月の光」の配合は秀逸。「綴」の比喩は、少し作りこみ過ぎて、鑑賞後のインパクトと爽快感が損なわれる可能性がある。「綴」に最終的な焦点を絞り込み過ぎると、その本の内容や情趣まで、作者のイメージへ鑑賞者を誘引させることになってしまう恐れがある。それは句幅にも影響してくる。「光」はそこにあるだけで良かったのかもしれない。
- 新野 祐子
特選句「雁渡し影走るよう兄が逝く」。「影走るよう」に作者のお兄さんへの哀惜の念が凝縮していますよね。ぐっときました。「あああれは芭蕉に天志大枯野」。天志さんが突然亡くなってから早一年。芭蕉も天志さんも、そんなに老年ではなかったのに・・。残念でなりません。
- 高木 水志
特選句「ガザの子の黒瞳コオロギ鳴き通せ」。今なお続く中東での戦争は子どもの目にはどういう風に映っているのだろうか。一晩中コオロギの鳴き声が聞こえるような平和が早く来てほしい。
- 綾田 節子
特選句「妖怪辞典と良夜気ままな招き猫」。面白い取り合わせ、作者はとてもユニークな方ですね。妖怪辞典と言うのがあるのですね。水木しげる著だったりして。特選句「いちじくに蟻群れている火宅かな」。実際の景に作者は感じたのでしょうね。凄い。
- 菅原 春み
特選句「枯野行く芭蕉に兜太また天志」。芭蕉と兜太がそろい踏みで天志であれば特選しかありません。特選句「雁渡し影走るよう兄が逝く」。影走るようがなんとも、あっけなく逝ってしまった様子を感じられて見事です。まるで雁渡るような早さも感じられてより無念さを感じます。
- 佳 凛
特選句「人は木偶この世を歩く孤独かな(十河宣洋)」。木偶 とは木彫りの人形、操り人形、愚か者、なんて言われます。でも役に立たない人は、居ないとおもいます。気が付かないだけ。今の時代は、人との関わりが薄く、孤独に陥りやすい時代です。こんな時 俳句に救われています。さぁこれから頑張りましょう。
- 山下 一夫
特選句「そのうそもやさしすぎるし秋桜」。中七最後の「し」は若者語かと。だとするとプラスの感情や判断を強調する終助詞ということになるようです。やさしい彼氏にうそをつかれて悲しかったり不満があったりするものの、それがやさしさの一側面でもあって憎み切れない、といった女性のつぶやきでしょうか。微かな風にもそよぎ、また、花の輪郭がどことなくそっけなさも漂う秋桜の斡旋が決います。特選句「小さい秋小さい私のお友達」。「小さい秋」にはサトウハチロー、「小さい私」には夏目漱石の菫の句を連想。「小さい」のリフレインに愛らしさ、童心を喚起されます。情景からすると、座五は「お友だち」の方がよいのかもしれません。問題句「小鳥来るけれど火曜日が見えない(河西志帆)」。「火曜日が見えない」というところに引っかかり若しくは仕掛けがあり、考えさせられます。あえて火曜日というのは月曜日の心境で、つまり明日が見えないということでしょうか。軽やかに季節は移ろうが自分は暗く停滞している?気になります。
- 時田 幻椏
特選句『鵙猛る「く」の字「し」の字が逆の子に』。苛立たしさと愛らしさ、鵙ほどに猛ける程無く、優しく本当は・・と見守りたいものです。特選句「父今も魚類図鑑の手暗がり(男波弘志)」。無季の句なのでしょうが、父上の御姿、気性までイメージ鮮明です。「おろおろと歩きおろかな梨を剥く」。おろかな梨 とはどんな梨なのか? 花柳界では梨を有の実と言う様ですが、「おろかなありの実を剥く」と詠んで頂けると腑に落ちるのですが・・。
- 藤田 乙女
特選句「このままの私でいいの草は実に」。「このままの私でいいの」と言い切る自己肯定感に羨ましさと清々しさを感じました。私もそんな気持ちになりたいです。「草は実に」との取り合わせも効いていると思います。特選句「秋だよ三年眠ったまま友よ(三好つや子)」。「秋だよ」に眠ったままの友への回復を願う万感の思いを強く感じ、心打たれました。
- 大浦ともこ
特選句「父今も魚類図鑑の手暗がり」。亡くなったお父さんとの遠き日の思い出が魚類図鑑を開くことで蘇るのでしょうか・・”手暗がり”も上手いなぁと思います。特選句「己が影小さく揺らす吾亦紅(榎本祐子)」。吾亦紅という寂しげで可憐な花をじっとみつめている作者の様子が見えてくる一句と思います。
- 花舎 薫
特選句「おろおろと歩きおろかな梨を剥く(大西健司)」。おろおろと狼狽えさせたのは人間関係や健康の問題だろうか。あるいは老いや生きていくことそれ自体への不安かもしれない。それでもとりあえず日常を生きる。おろおろ歩いて取るに足らない目の前のことを片付ける。例えばもう何度もやってきた果物を剥くという行為。今の自分の心情とはかけ離れ、勝手に進んで行くくだらない生活。「おろかな梨を剥く」の措辞の意外性と巧みさに感心した。
- 銀 次
今月の誤読●「駅ピアノ小さき足見え秋うらら(薫香)」。いまにして思えば些細なことだった。今朝、夫が、アイロンのかけ方がどうのと文句を言ったのがきっかけだった。たぶん日ごろの鬱憤がたまりにたまっていたのだろう。わたしはブチ切れた。夫は当初戸惑っているように見えたが、売り言葉に買い言葉、わたしへの不満を言いつのった。そうなると山火事同様、小さな火種が思いもかけぬ大火へとなった。夫は鬼のような形相で会社へ出かけ、残ったわたしはその足でキャリーバックを取り出し衣服を詰め込んだ。キッチンテーブルの上に「実家に帰る」と殴り書きしたメモを残し、娘のモミジの手を取った。モミジが「どこに行くの?」と訊いたので「おばあちゃんち」と答えると、上機嫌で「うん」と言った。駅のコンコースに入ったとたん「あっ、実家への手土産」と思い立ち、モミジに「ここにいるのよ。この椅子を離れちゃダメよ」と言い残し、駅ビルの土産物売り場へと急いだ。急いだつもりだったが、思いのほか時間がかかり、娘の待つコンコースへと帰った。と、聞き慣れたピアノの音が聞こえた。なぜか思いがけないショックで息が詰まりそうになった。モミジだ。モミジが弾いているのだ。わたしは歩をゆるめ、まるでそのピアノの音に導かれるように、コンコースの椅子に坐った。決して上手とはいえないピアノ。しかも練習曲だ。それを楽しげに聞いているお客さんたち。わたしは倒れ込むように椅子に坐った。涙がドッとあふれた。「日常」という言葉が頭に浮かんだ。わたしと夫とモミジの日常。安心ではあったが決して満たされない日常。実家に帰るという選択は次の非日常への第一歩だ。わたしの思いはめぐりめぐり、宙ぶらりんになっている。実家に帰るのか、それとも住み慣れた家に帰るのか。娘のピアノはその宙空を問いかけるように、いまコンコースに響いている。わたしは手土産を持ったままだ。
- 山本 弥生
特選句「星月夜指輪のにあふ指欲しや(亀山祐美子)」。年を重ねた今日迄よく働いてくれた指を星月夜にじっと眺めていると節も大きくなり指輪も入らなくなってしまった。今一度お洒落をして出掛ける時、細いきれいな指が欲しいと云う願望がよく分ります。
- 三好三香穂
特選句「十月の光綴じたる初版本(三枝みずほ)」。しみじみとした出版の喜びが感じとれます。
- 松本美智子
特選句「美しき素数青檸檬の孤独」。数学者の物語や映画を見聞きすることがあります。私のような凡人では理解不能ですが「数」に対する思想は深く美しい輝きをもったものではないでしょうか。青檸檬の未熟な香りや雰囲気に孤高の数学者の佇まいを感じとれます。
- 菅原香代子
「駅ピアノ小さき足見え秋うらら」。子供の楽しそうな情景が目に浮かびます。秋うららとよくあっています。「どこだろう金木犀の香漂う(三好三香穂)」。とても素直な爽やかな句だと思いました。
- 野﨑 憲子
特選句「水澄むや傷つきやすき魂も」。一読、<傷つきやすき魂も>にドキっとした。私の少女期よりずっと心に眠っていたNHKみんなのうた「勇気のうた(やなせたかし作詞)」が蘇った瞬間だった。歌の方は、<傷つきやすい たましいが>なので全くの別物なのだが、六十年近く経って、掲句の「水澄むや」の思いに共鳴できたことに胸がいっぱいになった。中学生時代、己の面倒くさき性格の為、友だちもなく、心にぽっかり空いた風穴が苦しかった。そんな私の心の杖になってくれた歌だった。この作品に出会って、私のかつての心模様も昇華されたように感じた。
十月十二日十三日と銀次(上村良介)さん主宰のミュージカル劇団「銀河鉄道」の公演『幕末純情伝』がサンポートホール高松第一小ホールで開催されました。このホールは、第一回「海原」全国大会の会場でもありました。私は十二日の句会の後に観にまいりました。会場は立ち見のでるほどの満席で若者がたくさん観に来ていて溢れ返るような熱気でした。役者さんは、皆アマチュアで、お仕事をしながら稽古を続けてこられました。公演は、高い芸術性はもちろんの事、ミュージカルが好きで好きでたまらない演者の方々の思いが観客にもひしひしと伝わり深い感動と共に、大きな元気をいただきました。今回も作詞、脚本とも全て銀次さんが担当され、つかこうへいの原作を超えた素晴らしい舞台でした。銀次さんお疲れさまでした。次回の公演を今から心待ちにいたしております。
昨年の十月句会には、増田天志さんが大津から来られ、元気に手を振って帰って行かれました。急逝されてから早や一年、今も、兜太先生や、たねをさんと一緒に毎回、他界から句会に来てくださっていると強く感じています。今回も、演劇好きだった天志さんは、句会の後、銀次さんの劇を観にいらしていたと存じます。今後ともよろしくお願いいたします。
袋回し句会
天志
- 柿の木に登る天志に逢へさうで
- 和緒 玲子
- 天志ひとり琵琶湖の月を釣り上げる
- 野﨑 憲子
- 天志の茶目っ気追悼雷鳴す
- 藤川 宏樹
- 天志来たる青春自由切符かな
- 三好三香穂
- 秋の虹消えし如くに天志逝く
- 稲 暁
- 小鳥来て天志の肩に止まるかな
- 植松 まめ
- エンジェルと俳句の空へ飛び出して
- 薫 香
- 赤とんぼけふは天志はどこの空
- 島田 章平
鶏頭花
- 鶏頭もゐて源氏物語読書会
- 野﨑 憲子
- 鶏頭花カフェに親しき絵本並(な)む
- 大浦ともこ
- 葉鶏頭いきなり胸倉つかまれる
- 柴田 清子
- なんだかね無理筋が好き鶏頭花
- 藤川 宏樹
- 葉鶏頭子規の頭に蠅二匹
- 島田 章平
- 鶏頭や産卵のごと種はじく
- 三好三香穂
- 平凡を誉められている鶏頭花
- 藤川 宏樹
- 鶏頭の種がこぼれる異教の地
- 三枝みずほ
- 濁流の来し方暗し鶏頭花
- 稲 暁
金
- 金木犀闇の重さのごとき香(かざ)
- 大浦ともこ
- 金言にふりがな灯火親しめり
- 和緒 玲子
- 金曜の夜長あんパンに胡麻塩
- 藤川 宏樹
- 金高騰妖しげな秋買取屋
- 三好三香穂
- 跳ねつ返りものの雲です金曜日
- 野﨑 憲子
- 金曜の午後の退屈いわし雲
- 稲 暁
- 星月夜独り膝抱く金曜日
- 島田 章平
- 金木犀手を振るだけの別れかな
- 植松 まめ
秋
- 湖の面に秋のひかりの混み合へる
- 和緒 玲子
- 秋灯やげにやはらかき詫びの筆
- 和緒 玲子
- 字余りがあたしの手柄秋の蝉
- 藤川 宏樹
- 軍港となりし波止場や秋日射し
- 稲 暁
- 凛凛と征く鼓笛隊秋高し
- 大浦ともこ
- ぞうさんの雲だ秋の影のびるのびる
- 野﨑 憲子
- 白杖の友と旅して秋うらら
- 植松 まめ
- スイッチをひねるように秋が来た
- 薫 香
- 天と地と我と天志に秋ひとつ
- 島田 章平
ハロウィン
- ハロウィンや化粧落として一人静か
- 薫 香
- あなたなら化粧は不用ハロウィン
- 島田 章平
- パパもママも喧嘩はやめてハロウィン
- 野﨑 憲子
- 町がハロウィンの色に耐えています
- 三枝みずほ
- ハロウィンの夜も虐殺のニュースかな
- 稲 暁
- ハロウィンや隊列ほどき儀仗兵
- 藤川 宏樹
- 月匂う黒猫のゐてハロウィン
- 大浦ともこ
- 手も足も揃っていますハロウィーン
- 柴田 清子
- ハローウィン永遠の笑顔に光差す
- 末澤 等
- ハロウィンの雑沓に落とす吾の影
- 植松 まめ
【通信欄】&【句会メモ】
9月14日(火)~11月24日(日)の会期で、山梨県立文学館に於いて金子兜太展が開催されています。10月26日からの「海原」全国大会IN静岡へ参加の後、拝見に行く予定です。充実の企画展であると聞いています。楽しみにいたしております。
10月句会は、12名で句座を囲みました。夜に、銀次(上村良介)さん主宰のミュージカル劇団「銀河鉄道」の『幕末純情伝』の初演を観る予定があり、少し進行のピッチを速め、午後5時過ぎに句会を終えました。今回も盛会で、このスピードもいいな!と、思いました。
今月も、巻頭に、末澤 等さん写真「槍ヶ岳山行」を飾らせていただきました。実際に槍ヶ岳を登っての写真であり俳句作品なので、迫力があります。ただ、道中くれぐれもお気を付けてください。
Posted at 2024年10月23日 午後 11:41 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]