2022年4月28日 (木)

第127回「海程香川」句会(2022.04.16)

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事前投句参加者の一句

師に逢う春「俳句弾圧不忘の碑」 稲葉 千尋
あやふやな平和音もなく桜散る 風   子
ねじるねじる体幹の春巻き戻す 十河 宣洋
朝晩の薬ならべて蜆汁 増田 暁子
薄暮満開ふと白鯨に乗りて 若森 京子
人のこと地のこと超えて鳥雲に 松本 勇二
サファイア婚女房の独り言さくら降る 滝澤 泰斗
ふらここの影フクシマの風尽きて 小西 瞬夏
ウクライナ無力なるわれ鹿尾菜炊く 森本由美子
花曼荼羅風曼荼羅潮満つる 亀山祐美子
ちゅーりっぷ子牛はどこへ消えたのか 植松 まめ
どこまでも続く自由詩麦の秋 重松 敬子
惑う蛇に龍になれよと陰の声 伊藤   幸
ウクライナの少女に触れにゆく落花 男波 弘志
うすらいや今生きてをり奇跡なり 野口思づゑ
一行をはみ出すここからは燕 三枝みずほ
鳥帰る砲火に捲かれ羽焼かれ 川崎千鶴子
寝転べば空はわがもの紫雲英風 稲   暁
混葬や春とは言えぬ春の来る 石井 はな
竹の秋ぽつんと立ちし生家かな 漆原 義典
まっさらな今日を燃やして夜の桜 佐孝 石画
引き攣(つ)る喉戦争ひとつとまらぬ櫻 高橋 晴子
小さき手で独りぼっちの戦士あり 久保 智恵
焚火照り卒寿の背を裏がえす 佐藤 稚鬼
つなぐ手の少女のしめり茅花径 津田 将也
スフィンクスのように笑まふ春の女 野澤 隆夫
退職を祝う花束ほどく夕 松本美智子
密室に存在のしかかる花盛り 豊原 清明
鳥帰る妙に連なるいろはにほ 樽谷 宗寛
竜宮の箱開けるごと包帯解く 中村 セミ
不滅なるペンの力よひさしの忌 新野 祐子
川向うも同じ町名花菜咲く 谷  孝江
ジェンダーを見える化すれば朧月 塩野 正春
散る花の一息に触れまた明日 高木 水志
冗談の通じぬ犬よ存在者 鈴木 幸江
少年にあくびの声や夕桜 吉田亜紀子
夫が呼ぶ空耳隣家の桜かな 小山やす子
桜蘂降るや懺悔の遠つこゑ 松岡 早苗
囀やもう声のなき兵士たち 菅原 春み
風光る淡海はおれの産湯かな 増田 天志
花莚鬼籍の人もちらほらと 桂  凜火
掌を返すてのひら四月馬鹿 河田 清峰
春蟬と首吊りの木の睦みあう 淡路 放生
私を背割する音春の雷 伏   兎
泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ 竹本  仰
春の星かの地の修羅の泪かな 田中 怜子
信長の見下ろす眼山桜 永野 和代
空の青たんぽぽの黄やウクライナ 三好三香穂
我らみないつか立ち去る花明り 河野 志保
月山へ道の栞は蕗の薹 菅原香代子
生きているくちびる粘り花の昼 月野ぽぽな
祈つても祈つてもまたリラの雨 山下 一夫
母の日カーネーションまっ赤まっ赤まっ赤 飯土井志乃
おかあさんあれは紙だよ春の月 銀   次
老獪の膝行につくしんぼの風来 すずき穂波
ウクライナ抗戦鳥鳴き草青むために 野田 信章
よしなしの文の余白の暖かし 大浦ともこ
散るために桜は用意されている 榎本 祐子
春泥の轍のにわか墓標かな 荒井まり子
ふらここやいちばん星がのぼるまで 夏谷 胡桃
ウクライナの瓦礫も照らす春の月 藤田 乙女
父の忌や故里遠し花はこべ  山本 弥生
一生を幸福とよぶなキーウ春 田中アパート
うそなきに亀鳴くポッと練りわさび 藤川 宏樹
古池や蛙飛び込めロツクンロール 島田 章平
奥羽林春胎動のくろきもの 福井 明子
一隅のひと形海髪の匂いせる 大西 健司
伝え無かった言の葉まびく豆の花 中野 佑海
泣いたって笑ったっていい桜どき 柴田 清子
選ばれし神輿担ぎの紅一点 寺町志津子
初蝶来北に戦ふ山あれば 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「白いガーゼ被せる傷跡春の雷(桂 凜火)」。時勢のせいかもしれませんが、白いガーゼを傷痕にあてることがとても輝いて感じられ、救われる一句でした。春雷もやさしさを加えています。

小西 瞬夏

特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。「立ち去る」にさまざまな思いが重なっている。桜のもとを去る、ふるさとを去る、この世を去る…。別れを肯定的に受け止める明るさが感じられて、心を強くする。

夏谷 胡桃

特選句「月山へ道の栞は蕗の薹」。ようやく山の家のまわりにも蕗の薹がでました。日当たりのいいところはのびていますので、山にはまだ開ききらない蕗の薹があるだろうと、登りながら蕗の薹をみつけ摘んでいました。その蕗の薹を山道の栞としたのは詩的で面白いと思いました。♡盛岡は桜が咲き始めましたが、遠野の家に来たらまた寒くなり、薪ストーブを焚いてセーターを着ています。春は一進一退です。

野口思づゑ

特選句「吉里吉里忌触れば爆発する地球(新野祐子)」。『吉里吉里人』の小説の内容は現在のウクライナを連想させる。世界のあちこちでまさに一触即発ともいえるほどの今の情勢を、キリキリの音と共に巧みに表現している。特選句「散るために桜は用意されている」。桜は美しく咲き美しく散る。つまり命あるものはいずれ散る、人間も死ぬために生かされている、なので生きている時は桜のように懸命に生きよ、と句に後押しされた。「用意されている」で創造主の意志を感じる。「夜桜やロシアにロシアンルーレット(竹本 仰)」。今の状況下で、とても説得力がある。ロシアンルーレットはロシアで生まれるようにできていたのだ、と納得させられる。上5の、夜桜をどう解釈したらいいものか、まだ思案中です。

増田 天志

特選句「ちゅーりっぷ子牛はどこへ消えたのか」。まさか、チューリップの中に、子牛は、隠れているのか。メルヘンの世界を構想できる感性に、乾杯。

津田 将也

特選句「一行をはみ出すここからは燕」。指定のフォーマットからはみ出した、その一行の、もうそこは、燕の飛び交う宙世界。措辞「ここからは燕」からは、この人の物事への微妙な感じをさとる心の動きが見える。特選句「奥羽林春胎動のくろきもの」。北国にへとやってきた春の気配を「くろきもの」と重厚に捉え、その特別な風土性をも切り取った一句・・・。

塩野 正春

今回も残念ながらウクライナ情勢に重きを置いた選句になりました。早く平和が戻ることを祈っています。特選句「小さき手で一人ぼっちの戦士あり」。悲惨な光景が目に浮かびます。恐らく家族が離れ離れになったか殺されたか。この小さな戦士の行く末を追ってみたい気がする。この侵略戦争は永遠に語り継ぐ必要があります。もう一つの特選句は「鳥帰る砲火に捲かれ羽焼かれ」。それでも鳥は帰ろうとする。いつものルートで。ふらここの句を2点、採らせて頂きましたが「ふらここの影フクシマに風尽きて」「ふらここやいちばん星がのぼるまで」。昔、遊びの手段が余り無かった時代のふらここ、最近の津波に流されたもしくは残ったふらここです。「ウクライナの瓦礫も照らす春の月」。は「戦場のピアニスト」を思い起こします。 問題句「吉里吉里忌触れば爆発する地球」と「不滅なるペンの力よひさしの忌」。一句目の元となる吉里吉里人はもっとユーモアにあふれた世界を描いたものと理解します。私自身もそのあたりの生まれ(米沢付近)で方言が余りに近いのにびっくりした記憶があります。後者のペンの力は今回の戦争では無力でした。僭越ですが私の感想です。

すずき穂波

特選句「快晴の菜花畑は痛くなる」。自身が幸福であればあるほど、他者の痛みが反比例して解る作者なのでしょう。一面の黄色が目に眩しすぎる、あの映画「ひまわり」は自身の悲しみを投影してるヒマワリだけど、この俳句作品の方が、より人間の複雑な心理を表しているかも…との思いで頂きました。特選句「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。全く散文ですが完璧な定型での映像化。登場人物、部屋の様子、声音まで伝わってきて、即決 いただきました。

中野 佑海

特選句「老獪の膝行につくしんぼの風来」。世の浮き沈みに合わせ逆らわず、上下左右抜かりなくへつらいて、生きていこうか。それとも、エイ儘よと、風の吹くまま、吹かれる儘。折れたら、胞子となって、増えてゆく。どちらの生き方も一理ありますが、程々にてお願いします。 特選句「うそなきに亀鳴くポッと練りわさび」。どうしてもこの場面泣かなくてはならぬ。亀の鳴くかの如く、練りわさびをチュッと出し、泣いて見せられるのか、見えぬのか。この、小細工のぬけぬけしいところが、また図太い年増なり。「ねじるねじる体幹の春巻き戻す」。春が来て、薄物に手を通したら、ヤバイ事に。捻って、3㎏痩せれたら、こんな簡単な事は無いのですが。「夜桜やロシアにロシアンルーレット」プーチンプーさんに蜂蜜壷を渡しに行く人だあれ。「鳥帰る妙に連なるいろはにほ」。V字型に雁が帰って行くその列が、所々乱れたり。「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。はい、泣くほど美味しい岩手の冷麺。初めて食べたときは、感激しました。「桜とは矢吹丈なのだな明日へ」色んな苦難が明日への自分を育ててくれる。「あしたのジョー」「巨人の星」などスポーツ根性漫画は読んだ事がありません。人生生きる事は試練。確かに花見は試練?「古池や蛙飛び込め、ロックンロール」良いですね。私もご一緒して、外れたギターを啼かしましょう。「青鷺の抜き足差し足西日なか(佐藤稚鬼)」夕日の水田を、堂々と青鷺がゆっくりあるく。一瞬見惚れてしまいます。:「選ばれし神輿担ぎの紅一点」神輿も最近は女性が担げるようになったんですね。今月も力作ぞろい。楽しく読ませて頂きました。有難うございます。

若森 京子

特選句「老獪の膝行につくしんぼの風来」。上句と下句の斡旋が妙。人生を長く歩んで来た老練な風貌が見える。特選句「春泥の轍のにわか墓標かな」。この最短詩型に、現在のウクライナの映像が浮かぶ戦車の轍がそのまま墓標になっていた。

稲葉 千尋

特選句「四月日々世界が聞く名ゼレンスキー(野口思づゑ)」。本当に毎日聞く声、顔に勇気をいただくとともにわれの無力さも思う。「桜蕊降るや懺悔の遠つこゑ」。の<や>がどうかなと気になる句。

淡路 放生

特選句「古池や蛙飛び込めロックンロール」。芭蕉さんの「古池や」は共感しないが、この句はうれしい。「ロックンロール」と言う音楽を知らないし、一度も聴いたこともないのだが、「ロックンロール」この語感が実に気持ちよい、「蛙飛び込む」を、ポンと蹴飛ばして、「蛙飛び込め」は、正に現代俳句だろう。ここまで書いて、近年亡くなった、キキキリンの、クスッと笑う顔を思い出した。いい句だと思うし、好きな作品です。

重松 敬子

特選句「絵の中の秘密を探すミツバチよ(河野志保)」。後世に残る絵画は、いろいろな物語を秘めているらしい。興味があって少し調べてみたことがありその絵にまつわる歴史を知ると尚いっそう楽しさが増す気がする。ミツバチを知の象徴としたのも良い。

樽谷 宗寛

特選句「ねじるねじる体幹の春巻き戻す」。この俳句まさに今の私です。第3回フアイザーの注射で副作用があり3週間あまり調子が悪い中ねじたりまげたりを頼りに、やっと春、元気になりました。ねじるねじるねじる体幹の春がいいです。

藤川 宏樹

特選句「青蛙あをのとびつく錆鎖(小西瞬夏)」。船を止める錆びた巨大な鎖に小さな蛙が飛びつき着地。そんな様子がまざまざと浮かびました。赤の重量感と青の軽快さの対比が鮮やかです。

福井 明子

特選句『師に逢う春「俳句弾圧不忘の碑」』。戦争体験をしたあの時代の禍根を改めて今、問い直さねばなりません。「不忘」を刻む象徴的な一句だと思います。

河田 清峰

特選句「薄暮満開ふと白鯨に乗りて」。季語以上に思いを込めて満開の桜のままに白鯨を思い浮かべ乗りてとは。破調なれどちゃんまとめた素晴らしさ。私も白鯨に乗って飛んで行きたい!

 
大西 健司

特選句「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。一読問題句の範疇と理解。しかしあらためて読み直すとこの句のもつ奥深さに思いをはせることが出来た。俳句というよりただのつぶやきのようだが、しみじみとした哀しみが伝わってくる。男と男の友情か、妙にリアリティがある。冷し中華を前にしてわざとおどけて見せる男の優しさがいい。こんな句があってもいいと思う。おなじように「桜とは矢吹丈なのだな明日へ(佐孝石画)」。問題句であるが、特選の句にくらべ作り物めいて消化不良。桜とは矢吹 丈それで十分のように思える。あしたのジョーの世界観がもう少し書けたらと思うが、あと一歩か。

寺町志津子

特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。誰にも何れ来る逝去と花明かりとの対比。当たり前の真実を、静かに、気負わず詠まれていることに好感。 ♡ ご多忙の中、毎号、行き届いたお世話をありがとうございます。毎月、バラエティーに富んだ句に刺激を頂きながら、楽しく拝読いたしております。今号も、「なるほど!」「あるある」「お上手だなあ」とか「えー、そうなのか」等刺激を受けながら日本の平和な春の朝夕、その風情、日々の移り変わりの感触に頷き、感謝し、選句させていただきました。ウクライナの一日も早い平安を心から祈りつつ・・・。

島田 章平

特選句「月山へ道の栞は蕗の薹」。「月山へ」という上の句が旅情を誘う。蕗の薹の栞に誘われて行ってみたいなあ。

中村 セミ

特選句「根開きや雲よりひかり深き盆(福井明子)」。おそらく、里帰りでもしているのでしょう。故郷で、春先に、木の根本だけ、雪が溶けているのを見てた、この人は雲の隙間から光りまで、差し込んでいる。この地を離れ幾十年となるけれど、この地は私を今でも、知っているのだ。それにしても、「盆」がわからない。わからないままに魅かれる句。 

作者の福井明子さんより→拙句に心を留めていただきうれしく存じます。三 月二十四日、母の住む秋田市自宅からタクシーで秋田空港に向かう道すがら、杉林の根開きを見ました。早春の山の樹々は、樹木の根元からまるく雪を融かしてゆきます。「あ、根開きだ」。思わず心が弾みました。それは、樹木の温度。樹温の現象だと思います。北国の春は、陽の光はわずかしか望めないのです。ほとんど毎日曇天です。 束の間雲から光が差した時、樹木はまるで「入れ物がない両手で受ける」そんな切実さで、手の平のくぼみを深くして その温度を受けるのだと思いました。 そのひかりを、私の中では、樹木自体が両腕を高くかざして賜る「嵩のあるお盆」かなと思いました。樹木はまだ雪の中で佇みながらも、円形に解けた根元は眠っていた土をしだいに呼び覚まして行きます。 以前、母が教えてくれた季語「根開き」で一句作ってみようとおもいました。・・・ 実はこの句、「根開きや雲よりひかり深き盆」を母に送ると、「根開きや深き器に光あり」と手を入れ返信がありました。なるほど。そうかな。と自分が「深き盆」としたことは 陳腐であったかな、と思い、母の直した句に心が傾きました。ありがとうございます。

十河 宣洋

特選句「私を背割りにする音春の雷」。思わせぶりな表現が作者の得意になっている気分が見える。魚じゃあるまいと思って読むとやはり魚じゃないし女性でもない。春の雷に驚いた様子は出ている。特選句「古池や蛙飛び込めロックンロール」。芭蕉さんをもじったというより、兜太さんの古池についての高校生の作品を取り上げたときの内容をもじった。ロックンロールが楽しい。骨折やおばけよりいいと思うが。

柴田 清子

特選句「薄暮満開ふと白鯨に乗りて」。夕暮時のさくらに、すっかり陶酔している作者からの発想の「白鯨に乗りて」が、とってもいい。特選句「うすらいや今生きてをり奇跡なり」。人間の生死が奇跡と言う。それを「うすらい」の季語が、動かぬものにしています。特選句「春蟬と首吊りの木の睦みあう」。この句の裏には感情に動かされることのない作者が見える。魅力ある句です。

男波 弘志

「朝晩の薬ならべて蜆汁」。まるで献立のひとつになっているように並べられた薬、日常こそがいのちだと教えられる。「ためらいを水に浸して桜かな」。なにかの物に託したのがためらいだろう。厨の皿かもしれない、てのひらそのものかも知れない。水の底までもさくらが咲き満ちている。「きのう死ぬ人あり春キャベツ齧る」。訣別の音が、音声が拡がっている。日常そこから詩を見出したいと誓願する。「青蛙あをのとびつく錆鎖」。ゴツゴツした鎖の輪、それも錆びた鎖の輪、そこに飛びついてしまった青蛙、そこが可笑しい、すこぶる可笑しい、居心地の悪さを満喫している、そこがいよいよ可笑しい。全て秀作です。よろしくお願いいたします。

鈴木 幸江

特選句評「鳥帰る妙に連なるいろはにほ」。今回は、自ずから噴き出す情念の世界の佳作が多く、それは言葉以前の世界でもあり読み手によって、異なる世界像が出現することだろう。“いろはにほ”は鳥の渡りの姿を描写したのかもしれないが、そう感受した作者には言語を持つそれぞれの民族の悲しみが修辞に含蓄されているのだと思った。人間の苦しみを何か引きずっている渡り鳥の姿が思い浮かばれ現実の世界で起きている悲劇が対峙的に伝わってくる。

永野 和代

特選句「どこまでも続く自由詩麦の秋」。心は何者にも捕らえられない。詩と麦の秋との、豊穣なもの。♡俳句を始めて四年余り。俳句とは何?といつも自問しておりました。「海程香川」の句会報を読んでその答えがわかりました。俳句とは、わたくしそのものなのだと。とにかく浅学な私はたくさん作るしかないと思っております。

河野 志保

特選句「囀やもう声のない兵士たち」。囀になって届く声のない命。戦さ続く現代の哀しい春を思う。そして今までの全ての戦さに思いは広がる。余韻を持つ句だと思う。

伊藤 幸

特選句「ウクライナ抗戦鳥鳴き草青むために」。祖国を守る為降伏に応じないと最後まで戦う姿勢のウクライナ。エールを送ることくらいしかできぬ自分の無力。何かできる事はないかと思案中。

野澤 隆夫

ロシアはウクライナ兵に“投降要求”と今朝の新聞。ますますの戦争激化!今回も戦争句が多数あり、小生も同感です。特選句「ウクライナ無力なるわれ鹿尾菜炊く」。鹿尾菜。「ひじき」と読むのですね。戦争と平和の意外性‼特選句「サファイア婚女房の独り言さくら降る」。サファイアの青のように澄んで落ち着いた45周年祝すとか。ああ、そうだったのかと、奥さんの独り言!外にはうっすらと桜蘂が…。

飯土井 志乃

特選句「我らみないつか立ち去る花明り」「生きているくちびる粘り花の昼」。コロナに始まり、ウクライナ戦争といふ人の生死が人に依って大量に奪われる現実を身近にし、その動揺が各句の中に窺われ、直視するか、客観性の中にどう詠み込むか「自分の俳句」そのものを再考されたことと存じます。選句の折にはそのことに心を寄せました。特選二句には未熟のまま年を重ねた現在の私の気持に添う各二句でしたので特選とさせていただきました。

菅原 春み

特選句「ためらいを水に浸して桜かな(高木水志)」。ためらいを水に浸すということばの鮮度のよさでおもわずいただきました。特選句「春泥の轍のにわか墓標かな」。にわか墓標だけで痛ましい映像が立ち上ってきます。どことも誰ともいわない分こころが折れそうになります。

森本由美子

特選句「生きているくちびる粘り花の昼」。混沌とした今の世に人間として生まれ、存在し続けている生身を“くちびる粘り”から感じます。“花の昼”からは疎ましさと倦怠感がわずかに滲み出ています。特選句「うそなきに亀鳴くポッと練りわさび」。ウイットのある言葉遊び、つい乗せられて、つい読み返してしまいます。

風   子

特選句「おどしたりささやいたり野の蜂は(三枝みずほ)」。野に遊ぶ蜂は人恋しいのかも知れません。野に遊ぶ人は一人が好きなのかも知れません。「伝え無かった言の葉まびく豆の花」。伝え無かった言葉は消えていません。もし伝えてたらとっくに消えていたでしょうに。

榎本 祐子

特選句「一行をはみ出すここからは燕」。日常の中の捩れや裂け目を感じる句。

増田 暁子

特選句「ジェンダーを見える化すれば朧月」。そうですね。見える化すると朧月とは凄い発想、抜群です。特選句「ウクライナの瓦礫も照らす春の月」。春の月はそのうちには笑顔も照らしてほしい。「薄暮満開ふと白鯨に乗りて」。白鯨に乗るが素敵ですね。「ためらいを水に浸して桜かな」。ためらいは桜の花びらの様に流れていくのです。「鶯のアリア頭上に一等席」。我が家も一等席です。「冬の蝶優しい祖母(おばあちゃん)になりたがる」。わかります。優しいおばあちゃん。「夫が呼ぶ空耳隣家の桜かな」。桜が呼んでるのです、きっと。「花筵鬼籍の人もちらほらと」。        身内や親しい人もきっと座っているのだと、作者の優しさ。

三枝みずほ

特選句「不滅なるペンの力よひさしの忌」。ペンの力は果たしてあるのかと考えさせられる昨今だが、井上ひさしやその時代に生きた文筆家の文章には圧倒的な熱量、気迫が感じられる。憲法や戦争、戦争責任に真正面から言及する井上ひさしのペンには覚悟がある。それをペンの力というのだろう。

高木 水志

特選句「引き攣る喉戦争ひとつとまらぬ櫻」。戦争という抽象的に捉えがちなことを、自分の身体や桜を描写することで、作者なりに捉えようとしていて、葛藤の様子が見られて良いと思った。

石井 はな

特選句「げんげ田は少女の夢を生むところ(藤田乙女)」。こんな時代だからこそ沢山の夢を紡いで欲しいです。

田中アパート

特選句「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。ウチのカミさんの作ったのは、冷えた中華(インスタントラーメンにモヤシ少々)、涙がこぼれないように、上を向いて喰った。時々涙が口に入ってしょっぱかった。他人はいりむこは、つらいもんだと言うた。問題句「冗談の通じぬ犬よ存在者」。我が家のポチは、犬とも思っとらん。多分、主人はオレだと。何の芸もないのに、あまえ上手で、ウチのカミさんと二人でいつも、うまいもんを喰っていやがる。それも、カミさんのひざのうえで。ケシカラン。

菅原香代子

特選句「花冷の朝珈琲とエアメール(風子)」。寒の戻りの朝暖かい珈琲のほっとした雰囲気とそれを飲みながら外国から来た手紙を読むその組み合わせが素晴らしいと思いました。

銀    次

今月の誤読●「退職やいつもの夫の手酌酒」。結婚早々のことだ。夫が晩酌の座についたとき、気を利かせてお酌をしようとしたらこう言われた。「すまない勝手にやらせてもらえないだろうか。酒だけはわがままに飲みたいんだ」。わたしは虚をつかれたようにポカンとした。それから少しだけ腹が立った。なに他人行儀なことを言ってるの。せっかくの甘い新婚生活が台無しじゃない。その腹立ちを察したのか、夫は正座して頭を下げた。「判ってくれ。ほかにはなにもない。これだけはオレの流儀を通させてくれ」。そのときからしばらくしてわたしの母方の法事があった。夫はじつに如才なく対応をしてみせた。遠縁なのに酒は注いでまわるし、杯のやりとりもちゃんとこなした。「いい旦那さんね」母はそう言ったが、わたしは内心、ふん外面だけはいいんだから、と夫を軽蔑した。いい旦那さん、か。たしかにそうだった。浮気やギャンブルに溺れるでなく、そのうえ仕事熱心で家事もよく手伝ってくれた。子どもが生まれてからはまさに模範的な主夫ぶりを発揮した。会社でも順当に出世していった。わたしは人並み以上に幸せを感じていた。だが夫の一人酒のクセは常についてまわった。それだけが不満だった。いつもお銚子一本。それを大事そうに啜りながら小一時間ほど宙を見つめ「うんうん」とうなずく。その日課だけはかわらない。そして「よし」と小声で言って、寝室に去る。それが毎日つづく。たまったもんじゃない。退職の日がきた。会社では退職祝いでさんざん飲んできただろうに、帰ってきたとたん「いつもの」と言って酒を催促した。わたしはお銚子をつけ、さあ今日こそはと夫の前に坐った。「ねえ今夜だけは注がせて」と言ったが「それはダメだ」と断られた。わたしは少し意地になった。台所に立って自分用にと酒を燗して、再び夫の前に坐った。夫は心底びっくりしたように「おまえ飲むのか」と言った。ええ、ただし手酌でね。ねえあなたふたりなのに黙ったまんま飲むの? 「そうだ」と答えが返ってきた。ねえねえ、ほんとのほんとを教えて。それで楽しい? 「ああ、もちろんだとも」。そして秘密を明かすようにこう言った。「オレはね、日記をつけてるのさ、頭のなかでね。酒はそのインクなんだ」。判ったようで判らない。けどまあいいでしょ。これから先も長いんだもの、わたしもお酒をおぼえて、この人と一緒に日記を書くんだ。

伏   兎

特選句「春蟬と首吊りの木の睦みあう」。一読して、寺山修司の「首吊りの木」の歌詞を思った。忌まわしい木と脆弱な声の春蝉とが、物哀しく響き合い心に沁みる。特選句「一行をはみ出すここからは燕」。燕の来る季節は、鳥も虫も花も緑も競い合って、生命を謳歌する。一行をはみ出すという表現にインパクトがあり、魅力的だ。「吉里吉里忌触れば爆発する地球」。井上ひさしの忌日「吉里吉里忌」をモチーフにして、ロシアの侵略を止めることのできない不条理な現状を詠んでいるように思う。「ふらここの影フクシマの風尽きて」。原発問題の深刻さがリアルに伝わり、上五に心揺さぶられた。

新野 祐子

特選句「祈っても祈ってもまたリラの雨」。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻はいつまで続くのか、泥沼化してしまうのでしょうか。毎日の報道にいたたまれない思いです。この句は作者の深い悲しみがこれ以上ないほどに表現されていて読む者の胸を打ちます。

山本 弥生

特選句「げんげ田は少女の夢を生むところ」。敗戦後の農村地帯には、げんげ田は一面に展け私達の遊び場であった。戦後の貧しい時代乍ら夢を語り合った日の事がとても懐かしく甦り老いの身に明日への希望も湧いて来ました。

豊原 清明

特選句「春泥や暗き目のアフガン帰還兵(へい)何処に(田中怜子)」。映画の「ランボーシリーズ」はベトナム帰還兵のランボーが戦争の後遺症の衝動に突き動かされ、戦争が、老後にまでつきまとう映画で、この一句を読み、ランボー最終章のスタローンの呆然とした表情を思い出す。戦争体験はないが、親や知り合いの記憶が内在している。まさに暗き目。問題句「師に逢う春『俳句弾圧不忘の碑』」。魂の句と思う。俳句弾圧、あらゆる弾圧を記憶したい。戦争は嫌なものだ。

田中 怜子

特選句「風光る淡海はおれの産湯かな」。淡海が春風を受けてきらきら光っている。気持ちがいいですね。そのような淡海が自分の産湯だなんて、大げさだ、とも言えるが、故郷愛、淡海愛がひしひし伝わるとともに、さまざまな葛藤を経て、そんな心境になってきたんだなという感じがする。私にとり多摩川が身近なのですが(産土とはいえないなー)淡海のように朗々と歌えないな、と思いました。

吉田亜紀子

特選句「囀やもう声のなき兵士たち」。「兵士」という言葉から、ロシア・ウクライナ戦争と解する。さらに、「囀」とは、歳時記『角川学芸出版編 俳句歳時記 第4版』によると、「繁殖期の鳥の雄の縄張り宣言と雌への呼びかけを兼ねた鳴き声をさし、地鳴きとは区別して用いる。」とある。これらの言葉を携えて、改めて鑑賞をしてみると、本当に残酷だ。人間にも、人間本来の生き方、暮らしがある。それが「囀」だ。それが全く出来ていない。また、「もう声のなき」の「もう」によって、救いようの無い深い嘆き、苦しみが、見事に表現されている。特選句「散る花の一息に触れまた明日」。この句は温かく優しい句だ。散る花に呼吸があるという。作者は、そんな花びらを優しくやわらかに感じている。そして、「また来年」ではなく、「また明日」とある。遠い未来の希望ではなく、すぐそこにある明日に光を持ち、丁寧に暮らしていこうという作者の暮らしぶりがとても美しい。

竹本  仰

特選句「寝転べば空はわがもの紫雲英風」選評:啄木の〈不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心〉を思い出しました。もう帰ることのできない少年の夢想の世界というか、でも実際に不来方城で寝転んでみると、旧盛岡中学からお城まで授業を抜け出して来た啄木の町を歩く当時の道のり、なかなか大胆な奴だなあと呆れるばかり。この句にもそういう懐かしの風景の匂いがふんだんにあって、昔に帰ったような夢想を感じさせます。「わがもの」が感じられにくい世の中だからかえって空や風によってリアルなものが感じられました。特選句「おかあさんあれは紙だよ春の月」選評:時々老人ホームで、紙おむつを食べてしまって喉で膨張し窒息してしまうことがあるそうです。そんなことを思いつつ、老いた母親なのかと描いて読みました。ここでは春の月とでも思い、手を合わせているんでしょうか。とりとめもない春の月の情感、とりとめもない母と子の関係、そんなものがやんわりとあるところがいいなと思います。特選句「よしなしの文の余白の暖かし」選評:徒然草の序段で、兼好法師は何を言いたかったのか。「つれづれなるままに、日暮し硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば、あやしうこそ物狂ほしけれ」。世の中、ナゾだらけ、ますますナゾは深まるということでしょうか。ところでタテ方向に深まらず、ふいにヨコへ向くと、まあヘンテコね、なにあなたは?どこに行くの?というような声が聞こえそうで、『不思議の国のアリス』のあのアリスの独り言の世界に通じる、本当は世界が不思議なんじゃなくて、アリスが不思議なんだという、その原点に戻ったようなおもしろさというか。「余白」に或る力を感じました。以上です。♡ ウクライナのニュースに接するたびに、ああ、われわれは戦争を知らない人間なんだと痛感します。プーチンがナチスを知らない程度には知らずに来たのでしょうね。先日、お寺で或る方にお弁当を出したところ、弁当に包みが丁寧にされていて、非常に激怒されました。こちらでそうしたわけではないのですが、弁当屋さんがお持ち帰りだと思ってしっかりくくったんでしょうね。何だ、この寺は!食うなということか!ヘンな話ですが、片や戦争があり、片や出たお弁当で怒る。という妙な対照を感じていました。そんな毎日を当然としてペコペコしてされて、そんな環境でウクライナとの距離の遠さは測り知れないんだろうな。ヘンな話で申し訳ありません。

いつも或る知人と「二人句会」というのをやっており、先月句はそのままそこからの句でした。この句会、毎月一回で、もう41回になりましたが、「海程香川」句会登場は初です。自句自解、こんなでした。「夜桜やロシアにロシアンルーレット ウクライナ侵攻を機にロシアという暗い情念をふと考えた。プーチンならずとも、ああいう暗い情熱の人間はロシアにごまんと居るだろう。ラスコーリニコフ、『桜の園』のロパーヒン、イワン・デビーソニッチ…。チェーホフ『シベリア紀行』冒頭、「親爺、シベリアはどうしてこう寒いのかね」「へえ、こいつあ、神の思し召しでさあ」とがたくり馬車の馭者がいう…。ちなみにロシアの桜はどす黒くじめじめしていたと宇野重吉が書いていた。日本人には理解しかねる風景だそうだ。 泣くほどのことかよ冷し中華だぜ 昔、無一文近くになったことがあった。大卒後三か月位だったろうか、手持ち二百五円、通帳五十六円。勇気を出し、大学七年の逆瀬川にいた極左文学青年の知人に電話し出かけた。八鹿出身の彼は図体が大きく口より先に手が出るタイプで親分肌だった。アパートで差しだされたコップ一杯の水道水がうまかった。千円札一枚をくれた。おまえ、教員にでもなったら?実はこの一言が行方を決めた。その時のやりとりの雰囲気がそのままこの句になった。後日、彼は奇しくも青雲の講師を受け、私が通り彼は落ちた。あの風貌ではなあ。とんだ恩返しになった。何となく、雰囲気は、そんなところです。なんかい句会、ににん句会、二人句会と、マンツーマンの句会を毎月三つやっており、その延長で、今回に至る、でした。

松岡 早苗

特選句「薄暮満開ふと白鯨に乗りて」。薄暮の頃、満開の桜に包まれていると、自分がふわっと白い異世界へワープしたかのような錯覚を覚えるときがあります。そんな一瞬を詠んだのでしょうか。「白鯨に乗りて」という表現が素晴らしすぎて脱帽するしかありません。特選句「寝転べば空はわがもの紫雲英風」。心地よい春風の中、紫雲英田に寝転んで遮るもののない大空を見上げる。ちっぽけな自分が解き放たれていくようです。

野田 信章

特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。中句にかけての透徹した視点の中に点る「花明り」には「遊べや遊べ」と人生を肯定する眼差しのやさしさが満ちている。特選句「焚火照り卒寿の背を裏がえす」。焚火を囲んでのさりげない一景ながら、ここには「卒寿」という自身の存在そのものへの労りの自愛の念が裏打ちされているとおもう。「いのち・よわい・いわう」という意のこもる「寿」とは美しい語である。これらの句を拝読しているとこの短詩型は老齢期の文芸かと思いを新たにするときがある。人生経験の裏打ちと感性を大切にして俳句と付き合いたいと思う。

谷  孝江

特選句「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。なんて素敵なお友だちでしょう。羨ましい限りです。どんな言葉より冷やし中華が良いですね。ちょっとしたことでも泣きたいことがいっぱいです。そんな時に冷やし中華が何と嬉しいことでしょう。めそめそするな、元気を出せの声掛けより胸の中に沁みてきます。

山下 一夫

特選句「ねじるねじる体幹の春巻き戻す」。一句の意味が分かり切れてはいないのですが、「ねじるねじる」にネジバナやそういえば春にはその系統を感じる草花が多いことなどを連想しつつ、中七以下に体幹を鍛えたりしながら若返りを試みている中高年者の姿を思い浮かべ、滑稽を感じ、新鮮味を感じます。特選句「一行をはみ出すここからは燕」。「一行」というのは俳句に違いなかろうと独断。上手く詠めても詠めなくても、溢れる想いはそこに収まり切れるわけもなく飛び立っていきます。燕の軽快なスピード感が素晴らしく若々しさを感じます。そのような作者には到底及ばぬながら、感化されて気分爽快になります。問題句「食べて寝る吾に螻蛄鳴く一歩前」。 中七以下はヒロスエの「マジで恋する5秒前」の俳句バージョンかと思われ斬新。それだけに上五がもう少し何とかならなかったかと…でも一本取られたと思っています。「ウクライナ無力なるわれ鹿尾菜炊く」。なぜか座五に深刻な状況は知りつつも日常に留まっていることのやるせなさがよく滲んでいます。「つなぐ手の少女のしめり茅花径」。中七が色っぽい。ちょっと危ない世界かも。「私を背割する音春の雷」。「背割」が効いてます。「我らみないつか立ち去る花明り」。兜太師の「海とどまりわれら流れてゆきしかな」を連想。ちょっとさみしいかも。「うそなきに亀鳴くポッと練りわさび」。わさびが効いていてユーモラスです。

大浦ともこ

特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。無常観、無常感を淡々と詠まれていて心に響きました。花明りという季語も生を優しく照らすようで優しい。特選句「祈っても祈ってもまたリラの雨」。”祈る”というストレートな表現に嘆きが強く伝わってきます。”また”にも”リラの雨”にも静かな悲しみがこめられています。

川崎千鶴子

特選句「きのう死ぬ人あり春キャベツ囓る(菅原春み)」。「きのう死ぬ人あり」と驚く言葉に、「春キャベツ囓る」との繋がりに違和感が有りながらこのマッチングに感嘆してしまいました。素晴らしいです。特選句「どこまでも続く自由詩麦の秋」。「どこまで続く」の後にどのようなフレーズが来るかわくわくしますと、「自由詩」の言葉にため息が出ました。そして「麦の秋」と素晴らしい季語がダメ押し的に「麦畑」には脱帽です。この感性が欲しいです。

漆原 義典

特選句「どこまでも続く自由詩麦の秋」。中七の自由詩が、麦秋と重なり、爽やかさが伝わってきます。ありがとうございます。

稲   暁

特選句「祈っても祈ってもまたリラの雨」。現代の状況に対して作者の心を充たしている空しさ悲しさが、豊かな詩情とともに表現されていると思われて共感した。

亀山祐美子

特選句「掌を返すてのひら四月馬鹿」。別れの挨拶だろうか。裏切りだろうか。どちらにしても「四月馬鹿」が効いている。日常に潜むサスペンス。深読みすればするほど妄想が膨らむ。「桜咲き重たき腕と脚二本」。桜咲く頃の季節感、倦怠感が十二分に伝わる。「巣燕や嘴の他やわらかし」。命の柔らかさ巣の柔らかさに対する嘴の生命力の強さしたたかさが伝わる。「他」も平仮名表記にすればより巣燕の嘴が映えると思う。「つなぐ手の少女のしめり茅花径」。「手」「少女」「茅花径」の漢字表記が緊張感を産み「茅花径」が少女のしめりを増幅させる。面白い構成だ。作者は嫌がるかもしれないが「手をつなぐ少女のしめり茅花経」と置くとサスペンス感が増すように思う。面白い句が多かった。多かったが言葉に寄りかかったものや何処かで見たもの、気に入らないフレーズを含むものを省くと四句になった。簡潔で想いの深い句に共鳴した。皆様の句評楽しみにしております。

月野ぽぽな

特選句「空の青たんぽぽの黄やウクライナ」。ウクライナの国旗の青と黄色が鮮明です。切れ字の力を実感します。自分も同じ発想を持ったこともあり、平和を祈る心に共感です。

桂 凜火

特選句「夫が呼ぶ空耳隣家の桜かな」。とても臨場感があります。隣家の桜の距離感がいいですね。特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。ほんとうにそうだとしみじみ思うこの頃で共感しました。

滝澤 泰斗

特選句「朝晩の薬ならべて蜆汁」。血圧降下剤から始まり、尿酸値に痛風の薬にたまに歯痛止めが加わるのが日課となって久しいが、何といっても健康維持に一番良さそうなのが蜆汁。この蜆汁持ってきたところがお手柄。特選句「ふらここの影フクシマの風尽きて」。大震災以来何年かに一度の割で誰もいない村を定期的に訪ねている。ブランコも揺れず、風まで死んだフクシマの不気味な影がそこにある。「桜前線リハビリの指すりぬける」。心身共に健康であれば、春を象徴する桜を一身に受け止めるところだろうが・・・今年は、リハビリの特別な年。気もそぞろの中、春はいつの間にか、指をすり抜けるように過ぎ去ってしまった。「大いなる尻を浮かべて河馬の春」。 ケニアのマラ川の支流の河馬の保護区に行くほどの河馬好きに、この種の句に見境がなくなります。どうしてあんなに愛嬌のある顔になってしまったんだろう。尻尾で糞を飛ばしながら、縄張りを張り合う習性。そして、掲句の大いなる尻はウクライナや、嫌なことを忘れさせる。「鳥帰る砲火に捲かれ羽焼かれ」「空の青たんぽぽの黄やウクライナ」「春泥の轍のにわか墓標かな」。朝日俳壇、東京新聞俳壇に思いのほか、ウクライナを詠んだ句は少ないところが気になっているが、「海程香川」は今月もウクライナの句の投句が多くなぜかそれだけで共鳴感が深い。とりわけ、以上の三句に共鳴。「空の青たんぽぽの黄やウクライナ」。はウクライナの国旗を連想させるが、タンポポより麦の方が臨場感があった。

荒井まり子

特選句「一行をはみ出すここからは燕」。毎日の映像にもどかしい思いが重なる。やるせなさを胸に大空へ向かって羽ばたきたい。共感。

松本美智子

特選句「ふらここの影フクシマの風尽きて」。風に揺れていたブランコがふと止まった瞬間物悲しい思いを「フクシマ」とだぶらせてうまく表現されていると思います。ブランコの影,ぎーぎーと軋む音、春の風(決してあたたかな春風だけではなく春一番かもしれない激しい風)ブランコに乗っていた小さな少年?少女?その子の過去,未来いろいろなことを想像させる一句だと思います。

高橋 晴子

特選句「冬の蝶優しい祖母(おばああちゃん)になりたがる(久保智恵)」。祖母におばあちゃんのふりがなはダメ。自分からみた孫に対する態度が見えて年取ったなという感覚が感じられ、それはそれで面白い。

三好三香穂

「春の星かの地の修羅の泪かな」。戦争を修羅と捉えたところに眼目あり。現代の武器の威力は凄まじく、一瞬にして破壊。日々の報道に心が痛い。本来なら、光溢れる美しい春の街が、かくも無残な灰色になるものか。もとの姿にするには10年以上、怨嗟は100年以上続く。

植松 まめ

特選句「どこまでも続く自由詩麦の秋」。この句から風の谷のナウシカの最終章と今のウクライナの戦争とがだぶって見えた。青い衣をまとった救い主が現れますようにと祈ることしか出来ない。特選句「月山へ道の栞は蕗の薹」。こころが洗われるような句です。月山登ってみたい。変な評ですみません。

野﨑 憲子

特選句「まっさらな今日を燃やして夜の桜」。日本には「花(櫻)時」という言葉がある。初桜から二週間あまり、余白のような時間だ。「まっさらな今日を燃やして」は、「あしたのジョー」にも通じる。矢吹丈の「まっ白な灰になるまで・・やらせてくれ」の言葉が浮かんでくる。篝火の下の夜桜。百年、千年と続てきた魂の祭。きっと他界の人たちも来ていることだろう。 問題句「離すまい東風吹けタンポポ国境へ(田中アパート)」。この奇妙なパンチのあるリズムに魅かれる。しかし詰め込み過ぎてもたつく。「東風」と「蒲公英」の季重なりも気になる。でも、蒲公英が国境を越え世界中に愛の使者のように吹き渡ってゆく映像が見えて来る。「舌頭千転」して欲しい。「信長の見下ろす眼山桜」も、何故に信長かと思ったが、崖っぷちにいる人類に必要なのは、視点の違った新しくも強烈な愛の風であると思う。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

黙祷のかうべ降り積む桜蕊
大浦ともこ
二十円の消印の黙十九春
藤川 宏樹
マリリンモンロ真正面にゐて朧
柴田 清子
おぼろなる春を横切る下駄の音
銀   次
空っぽの鳥籠揺るる朧月
大浦ともこ
過去よりも今が朧と思ふ時
風   子
電力事情は振子の先に花の冷え
中野 佑海
元妻の電話短かし花の下
淡路 放生
ぬぬっと青鬼花菜畑で感電す
野﨑 憲子
生も死も居住まい正しき桜散る
中野 佑海
武器といふ武器花咲か爺さん花にせよ
野﨑 憲子
死刑囚と執行人曲がる桜さくら
淡路 放生
さくら道雲にひかれてレストラン
藤川 宏樹
駆ける子のまたかけ戻る花の道
風   子
夕暮の花となるまで踊りけり
三枝みずほ
桜満つ国戦火なす国のあり
風   子
もう少し親身になって花は葉に
柴田 清子
麦秋や帰りはまっすぐ行けばよい
三枝みずほ
此の風にも次の風にも麦匂ふ
大浦ともこ
汝は子を捨てる気で産む麦畑
淡路 放生
青き麦横断歩道は手を上げて
中野 佑海
麦秋の向こう笠智衆と原節子
柴田 清子
自由題
一点へ急げ立夏の太陽と
三枝みずほ
この町を出る春風の停留所
柴田 清子
千年の片恋それは光の巣
野﨑 憲子
人生に次あるごとき四月馬鹿
藤川 宏樹
俳号に蝶のおもいのなくはなし
淡路 放生
どこにゐるの?霞のここよ、あなたは?
野﨑 憲子

【句会メモ】&【通信欄】

今月から2年間、「ふじかわ建築スタヂオ」での句会になります。会場には、藤川宏樹さんの絵や彫刻も飾られ芸術的雰囲気に溢れています。句会時間も、これまでは午後5時までに終了しなければならなかったのですが、時間延長も快諾してくださいました。快適な空間をご用意してくださったスタヂオ主の藤川さんのご厚意に感謝感謝です。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 「海原」4・5・6月号の同人秀句鑑賞を担当させていただきました。4月号では百歳の丹羽美智子さんの「ゆっくりと昔をほどく大焚火」という句に出逢いました。彼女は、この作品を投函後に他界されたとのことでした。百歳の命終まで素晴らしい作品を創り続けられたことに深く感動いたしました。そして、個性あふれる同人諸兄の作品を拝読し鑑賞文を書きながら、何度も、「いのちの空間」という師のお言葉が浮かんできました。僭越な物言いですが、芭蕉、一茶、正岡子規、高浜虚子から現代に繋がる俳句の潮流の底に、兜太、楸邨、芭蕉、空海、と繋がる、「いのちの空間」の世界があるように感じています。そこには、他界も現世も別なく、生きとし生けるものの声が満ち溢れています。その声を世界最短定型詩に聞き留めて発信してゆくことが、世界平和への小さな渦巻きとなり人類の大いなる喜びに繋がる事を、この秀句鑑賞でなお一層強く感じました。(野﨑憲子記)

2022年4月4日 (月)

第126回「海程香川」句会(2022.03.19)

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事前投句参加者の一句

師は鳥雲に入りて「墨華」の筆洗う 漆原 義典
囀りの影さえ見えぬウクライナ 菅原香代子
嬰あやすシェルターにチューリップの球根 榎本 祐子
白梅や祈るしかないバカやろう 稲葉 千尋
白きもの集めて春の供物かな 桂  凜火
霾曇り戦火の匂い届きおり 重松 敬子
遠回りした分春を深めけり 柴田 清子
啓蟄の握りしめたる好奇心 大浦ともこ
犬小屋にあるじ眠れる余寒かな 稲   暁
白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと 夏谷 胡桃
火のやうなカレーを食す二月尽 亀山祐美子
サインペンで書く診察日三月来 高橋 晴子
わたくしの水傾ける春の坂 佐孝 石画
デコトラに子らの似顔絵震災忌  樽谷 宗寛
強がりを荷物に詰めて余寒かな 高木 水志
理不尽の遠い春野に手を合わす 松本 勇二
反戦の根付くスミレの踏まれても 中野 佑海
春分やメジャー伸ばして測る空 松岡 早苗
火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥 塩野 正春
電柱は護衛の如く壺すみれ 山本 弥生
大仏のこめかみ春のいくさかな 荒井まり子
東北や水の呪縛の春三月 豊原 清明
陽炎や真魚知る木霊存ふる 風   子
梅東風よここはマスクのいらぬ駅 菅原 春み
葦芽のいきいき光まみれかな 河田 清峰
尖って生き丸くなって逝く朧月 滝澤 泰斗
春の雪生を極めし言葉かな 小山やす子
春遅々とゲルニカまたも繰り返す 増田 暁子
こんまい春受話器の角に腰おろす 伊藤  幸
たましいもゆったりもったり春の闇 十河 宣洋
さえずりや命はだれのものでもなく 竹本  仰
裸木や藤城清治(せいじ)の小人と目があった 田中 怜子
Tシャツが白くて空がやはらかい 小西 瞬夏
啓蟄や耳かき一本の愉悦 川崎千鶴子
唇辺に久しく陽差しを雛あられ 若森 京子
タンポポを手に持つ少女、あ、飛んだ 銀   次
ひゅんと咲く棚の隅なり糸桜 佐藤 仁美
帰れない町の心音さくら満つ 三枝みずほ
過去覗く雛人形の裏の顔 藤田 乙女
沈丁や同じ場所から夜が来る 河野 志保
「必ず帰る」少女の瞳に猫柳 新野 祐子
地雷原見渡しながら鳥雲に 山下 一夫
冬ざれのキエフを想い絵の具とく 田中アパート
梟になる幇間の帰り道 飯土井志乃
透明になりゆく指を洗ひをり 兵頭 薔薇
言祝ぎのひかりの束へ卒業す 松本美智子
ダダダダダタタタたたかいしゃぼん玉 藤川 宏樹
花の雨むかし少尉の父の靴 津田 将也
梅の花新婚さんと行き合わす 吉田亜紀子
雪降るやウクライナより嫁ぎし娘 島田 章平
風車よく回り文庫本下巻 谷  孝江
春の池紺碧の旗押し寄せて 中村 セミ
けものの舌ののけぞる赤や三月来 大西 健司
ひりひりと桜東風群衆は君は私は すずき穂波
友だちは犬ばかりなのスキップす 鈴木 幸江
カンパチぞ喰べてみさいや桃の日に 野澤 隆夫
黙(もだ)という貴方のこころ冬菫 久保 智恵
人が一人止められず酷寒ウクライナ 野口思づゑ
春の湖椅子一つあり一つでよい 淡路 放生
黒焦げの向日葵も立てよ戦車くる 植松 まめ
春の雲めがねはずして空を嗅ぐ 福井 明子
ふきのとう地球の出べそ揺るがない 増田 天志
白梅のひとひらふたひら母の鼓膜 月野ぽぽな
青と黄のフラッグ振りて春よ来い 三好三香穂
黄水仙くさむらに揺れ軋みおり 佐藤 稚鬼
清純を一滴うすめ桜餅 伏   兎
春愁やインデックスなき備忘録 寺町志津子
戦争始まっています草青む 男波 弘志
日の笹子師の呟きに似てぬくし 野田 信章
キエフ春泥おかあさんこわいです 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「梟になる幇間の帰り道」。一人になった帰り道、すうっと梟に変身する幇間が一抹のさみしさをともなって見えてくる。すばらしい虚構。

小西 瞬夏

特選句「白きもの集めて春の供物かな」。「白きもの」がさまざまな具象を呼びます。白い布、着物、米、雪、花、光…神聖なものをイメージさせられ、祈りの気持ちが表現されていると思います。

増田 天志

特選句「啓蟄や耳かき一本の愉悦」。べた付きの快感。啓蟄は、愉悦なのか。俳諧味あふれる作品。

樽谷 宗寛

特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。擬人化でしょうか?二物衝撃。ウクライナの現状をしっかりと掴めました。戰さあるなです。特選句「絶景かな麦踏みの人頬被り(稲葉千尋)」。絶景かなが良かった。石川五右衛門かと思った。そこで麦踏みの人、頬被りと想像が広がり楽しめた。「白梅のひとひらふたひら母の鼓膜」。特選にしたいお句。ひ、ひ、ひ、がお上手。白梅のひとひらが母の鼓膜に感動。私ごとですが60だい近大耳鼻科受診。医師より乳児の鼓膜をしていると告げられたことがあったのを思いだした。

高木 水志

特選句「白梅のひとひらふたひら母の鼓膜」。白梅の花びらに注目して、それが母の鼓膜だという作者の感性が素敵だと思います。この句を読んで、どういうお母さんなのかなあと想像しました。

福井 明子

特選句「身ごもれば地をすれすれに初燕(松本勇二)」。生存の切実な思いが込められている一句。燕も、そして、人も。地をすれすれに、この言葉の思いが、屹立しています。

中村 セミ

特選句「母の死を灯して春の闇ゆたか(月野ぽぽな)」。お墓の前か、暗い所にいるのか、別にして、亡くなっていった、母はいつでも、現れて、いつも、色々おしえてくれる。春の闇ゆたか、はそういったことを、よんでいるようにおもわれた。

稲葉 千尋

特選句「ウクライナの児の震えている唇(くち) 菫(榎本祐子)」情景がよくわかる。テレビの画面からだろうが身につまされる。菫良し。

小山やす子

特選句「大仏のこめかみ春のいくさかな」。言葉は穏やかで静かな感じがするのですが現状は戦をしている現状。不思議な感覚です。

榎本 祐子

特選句「日の笹子師の呟きに似てぬくし」。師を恋う気持が伝わってきます。よろしくお願い致します。平和の訪れを祈りつつ・・・ご自愛ください。

淡路 放生

特選句「師は鳥雲に入りて「墨華」の筆洗う」。この句、追悼句として読んでもいいが、いまは、一期一会と取ろう。人の別れを、これほど格調高く詠んだ作品にはじめて接したような気がする。ときに、武人、文人墨客の故事に倣った詩文を目にしたこともあるが、この句には脱帽する、「師は鳥雲に入って」とネンゴロに置いて「『墨華』の筆洗う」と腰を据えている。早く、この作者の名前を知りたいものだ。

中野 佑海

特選句「陽炎や真魚知る木霊存ふる」。陽炎を見て、弘法大師は木の精霊を見ていた。弘法大師には、普通の人には見えないものを見る眼力があったのか。特選句「過去覗く雛人形の裏の顔」。雛人形は置かれた家の一部始終を見守る役目があったのか。そして、その空間の今だけで無く来し方までも背負っていると。あのしれっとした顔がまた、妖しい。「遠回りした分春を深めけり」。一気に物事はなるので無く、あれやこれやと在りながら、目的地に着いたほうが、思い出にも残るし、人との関わりが深くなる。「さみしさがぽつんと立ちぬ灯をともし」。なんとも言えぬ、悲しさとおかしみが、とても人間らしい。「Tシャツが白くて空がやはらかい」。綺麗に洗濯されて、青空の下に干されたTシャツ。これそのものが、平和の象徴。「いかなごや目玉集まる白い函」。いかなごは美味しいです。でも、あの数の目を食べているのですね。南無阿弥陀仏。「沈丁や同じ場所から夜が来る」。沈丁花のあの明るさは花の影の集まりです。夜の闇に香りが一層呼応して。「ミモザ咲く地球をつつむ青い空」。ミモザの黄色の補色は青紫青い空にとても映えます。「人が一人止められず酷寒ウクライナ」。誰か身を賭して、プーチンを愛してあげる人はいないのか。それくらいの愛がなければ、プーチンを止める事など出来はしない。煙草を止めない子供だから。「ぬくもりを持ち寄る春どき子供食堂」。春先のまだ寒くて、仲間だった同級生や良くしてくれた先生(居たら良いのにな)と、離ればなれになる三月。行ったら馴染みのおばちゃんや、子供たちがいる。こんな場所が必要。今月も楽しい御句ばかり。

若森 京子

特選句「大仏のこめかみ春のいくさかな」。数年前、東大寺の大仏様に新茶を捧げる茶会に参加した。大仏様が薄目で見下ろす元に大きな茶壷と茶碗が運ばれ、裏千家の宗匠が厳粛に儀式を行う静寂さは息を呑む様であった。私の席から見える大仏様の横顔を拝しつつ、人間の行う地獄極楽の歴史の流れるままに、この眼でずっと見下ろしてこられたのであろうと、私はしばらく無の境地になった覚えがある。この句を見た時、ウクライナの事と重なった。特選句「ウクライナコロナも触れず兜太逝く」。平和を願い続けておられた先生が、もし生きておられたら、どの様な行動を起こされるかしらと思う。これから未来にどのような世界が待っているのか、知らずに逝った方が、と最近思う。本文

菅原 春み

特選句「嬰あやすシェルターにチューリップの球根」。一日も早く戦火がおさまり、嬰が生き抜いてチューリップの花が見られますようにとの祈りが込められています。特選句「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」。白鳥はこの惨事を知っているのか知らないのか。

藤川 宏樹

特選句「春の雲めがねはずして空を嗅ぐ」。裸眼0.05のド近眼であった私が昨年、手術をして1.2になりました。眼鏡の付け外しの煩わしさから解放された毎日を過ごしています。ただ最近、眼鏡を外すとクリアな視界を失った以前の日常が懐かしく思われたりします。まさに「めがねはずして空を嗅ぐ」感覚が懐かしいのです。芳しい春の空気感、「めがねはずして」に納得します。特選句「紅梅に鼻くっつけ老僧妻に叱られる(野田信章)」。字余りが気に掛かりしばし選を躊躇しましたが、春らしい微笑ましい状況描写が上回り、特選でいただきます。

塩野 正春

今回の選句は大変な思いです。現実に近づきつつある戦争、強いては核戦争の怖さと、日本のゆるぎなき詩歌の世界をどうとらえるべきかです。前者の思いは今でなければ世に発信できず、発信すべきと思いますが、日本にいては現実を見ることが出来ずツイッターやマスメディアの映像によることしかできません。私個人的には前者に強い同感を覚えます。前置きこのぐらいで、特選句「霾曇り戦火の匂い届きおり」。戦火の匂いが刻一刻と流れ来る怖さ。 いつ大戦になるかわからない不気味さ。 今世界中の誰も感じている怖さをよく表現している。特選句「帰れない町の心音さくら満つ」。フクシマのことと思う。数日前も大きな地震があったが。街自体は生きていて桜も咲かせている。いつでも来ていいんだよと聞こえる。心音の表現が素晴らしい。「デコトラに子らの似顔絵震災忌」の句も素敵だ。すれ違ったトラックに描かれた子らに平和か悲しみが満ちている。問題句は「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」。取りようによってはやけっぱち。作者は自然の営みは戦争を超えると言いたいのかも。ただ飛び立つ白鳥になんか仕事をさせたい気がする。

十河 宣洋

特選句「誰の死や桜の下に吾を置き(小西瞬夏)」。桜の下には死体が埋まってるとか、色々あるが、桜の下で死を思う。誰の死というところに不特定多数の死者を思う。本人の予期しない死、戦争や疫病などを思う。特選句「タンポポを手に持つ少女、あ、飛んだ」。あ、飛んだの表現が軽やかでいい。私の住んでいる旭川のコピーに「あ 雪の匂い」というのがある。

津田 将也

特選句「啓蟄や耳かき一本の愉悦」。春の季語「啓蟄」は、三月六日ごろにあたる。因みに、今年の啓蟄は三月五日であった。暖かい気に誘われて、冬眠していた蟻・地虫・蛙・蛇などが穴から地表に出てくる。それは耳かき棒で耳そうじをする心地よさに似て、愉悦であると作者は説く。愉悦とは、楽しいという感情の一種。心の底から物事を楽しみ、喜ぶこと、またその様を表す・・とあった。特選句「冬ざれのキエフを想い絵の具とく」。下五「絵の具とく」により、ゆるがぬ佳句となった。作者の溶く色は否定的な色であると僕は信じる。が、敢えて問わない。パレットに溶かれた絵の具の色総てが、戦火に侵されていく冬ざれのキエフの街の中に風物の破壊や固有の色彩として混在する。

川崎千鶴子

特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。ウクライナの戦場の白鳥が目の当たりにした無残な悲劇を、できるなら火の鳥となり苦しむ国民を助けられたらと願いつつ、それは無理だなあと。無力な「白鳥」を「火の鳥」に置き換えるとは凄い発想です。素晴らしい!「黒焦げの向日葵も立てよ戦車くる」。戦火で黒焦げの向日葵に「ほら戦車が来るよ」立って闘えと鼓舞する。 見事な舞台設定です。抜群です。「白梅のひとひらふたひら母の鼓膜」。白梅の気品有る花弁は母の鼓膜と言い得た見事さ。感嘆です。

増田 暁子

特選句「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」。人間世界の争いなど自然は知らぬこと、といつもの季節が巡る豊かさ。特選句「タンポポを手に持つ少女、あ、飛んだ」。希望や未来が見え、下5の”飛んだ”が素晴らしい。「かさぶたになるまで三月あと少し」。戦いが収まるまであと少し の思いです。かさぶたが上手いです。「母の死を灯して春の闇ゆたか」。灯は心の中にもありますね。「過去覗く雛人形の裏の顔」。雛の顔には過去の憂いや、歴史を観ている顔がありますね。「透明になりゆく指を洗ひをり」。不思議な句で、何か惹かれました。「雪降るやウクライナより嫁ぎし娘」。ご本人も、周りの方もどんなに不安なことでしょう。「けものの舌ののけぞる赤や三月来」。赤い舌をみせて本性をあらわした戦争。「黒焦げの向日葵も立てよ戦車くる」。向日葵はウクライナの象徴的な花。

銀    次

今月の誤読●「ママ帰ろうつろな瞳冬ざるる(田中アパート)」。「ママ帰ろ」少女がいった。ブロンドの巻き毛にエメラルドグリーンの瞳。五歳だ。母親はその子を抱いて無理矢理笑おうとした。だがうまくいかなかった。母にはその帰る家がないことがわかっていた。「そうね」とため息まじりの返事をするのが精一杯だった。あたりを見渡せば数百人の人たちが家族同士肩寄せ合ってせめてもの暖をとっていた。劇場を急遽改修した即席の避難所だ。「ママ帰ろ」少女が再びいった。今度は返事をしなかった。かわりに二、三度上下に揺すった。彼女は夫のことを考えていた。夫は一週間ほど前、銃をとり前線へと向かった。しばらくは携帯電話で連絡を取り合っていたが、二日ほど前から連絡はプツリと途絶えた。携帯が壊れたのか電池切れかと思おうとしたが、考えが悪いほう悪いほうへと傾いていく。ボランティアの老嬢が紙コップに入れたココアを配っている。いつもは喧噪であふれる劇場も妙に静かだ。遠くで爆発音がした。どこかで赤ん坊が泣いた。「ママ帰ろ」少女が三たびいったとき、敵のミサイルが劇場の屋根を貫いて避難民たちの頭上に落下した。

伏   兎

特選句「誰の死や桜の下に吾を置き」。自らの死体を自らが見ている不思議な光景。若くしてこの世を去った木村リュウジさんの弔いの句にも感じられ、興味深い。特選句「キエフ春泥おかあさんこわいです」。世界大戦になりかねない状況下、怖いのはプーチンか、援軍を出そうとしない諸国のリーダーか、問われているようで、心に刺さる。入選句「こんまい春受話器の角に腰おろす」。友との電話に和んでいるひととき、ほのぼのとして、ペーソスもあり、惹かれた。入選句 「風車よく回り文庫本下巻」。眠くなりがちな春のはずが、長編小説がスイスイ読めるほど、気分がいいのだろう。季語の風車が冴えている。

野澤 隆夫

ロシアが侵攻開始して3週間以上!「海程香川」にも反戦の句が多く投句されてました。今月の選句です。特選句「春遅々とゲルニカまたも繰り返す」。ナチス・ドイツがスペインの無防備な町を無差別爆撃したのと重なります。非情な戦争で多くの市民が殺されている。特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。幸福について、考えさせられます。

鈴木 幸江

特選句評「列のほら凹むあすこよ卒業歌。(藤川宏樹)」卒業式の実景だ。視点がいい。雰囲気に馴染まず整列を乱す歩みをする子の学校生活はいかであったかと、深く想ってしまった。卒業歌も口パクであっただろう。それでいい。それでいいと励ましたくなった。“あすこよ”の砕けた口語と“卒業歌”が効いている。今回はそれぞれの生理的違和感を一句にしたものが結構多く、面白かった。

佐孝 石画

特選句「白梅のひとひらふたひら母の鼓膜」。視覚から聴覚への感覚の推移。これは金子先生の言う「感の高揚」が作用している証。空を背景とした白梅の眩しさに、現実がホワイトアウトしていき、亡き母へ話しかけている幻想が立ち現れてくる。訥々と語り合う二人の世界に、現実世界の白梅の花びらが重なり合い、あたかも言の葉が白梅の花びらに転生したような錯覚にとらわれる。そして、その花びらの脆さ軽やかさは「母の鼓膜」かも知れないと直感する。それはまた視覚聴覚から触覚への飛翔。このトランス状態に近い、思考と感覚の熟成こそが、我々俳句作家が求めるべき境地、「感の高揚」なのだろうと思う。母に会いたい、話しかけたい、どうしても湧き出てやまない喪失感、母への愛に満ちた作品。

久保 智恵

特選句「理不尽の遠い春野に手を合わす」「「ウクライナの児の震えている唇 菫」。言葉では言い表わせない震えを素直に表現されていて好感。

夏谷 胡桃

特選句「強がりを荷物に詰めて余寒かな」。暖かくなったと思うと寒く雪がふる。なかなか心が前に進みません。自信がなく、自分に何ができるのかと後ずさりしそうな日々です。でも自分の中の強がりを詰め込んで旅立たないといけない。そんな気分にぴったりな句でした。特選「白きものを集めて春の供物かな」。ハン・ガンの『すべての、白いものたちの』を思い出しました。祈りにはある程度儀式が必要なのだと思っています。

柴田 清子

特選句「Tシャツが白くて空がやはらかい」。白シャツからの発想。この感覚を特選としました。特選句「さみしさがぽつんと立ちぬ灯をともし(兵頭薔薇)」。春灯を五七五に分解したらこうなるかも。そして灯されている春の人がこの句の真ん中にゐます。特選句「透明になりゆく指を洗ひをり」。とにかく文句なしの気に入った句。特選です。 

菅原香代子

「白きもの集めて春の供物かな」。春と供物の組み合わせ、また白いというのが何か清らかなものを連想してあっていると思いました。「母の死を灯して春の闇ゆたか」。母の死という悲しみがあるのですが、それでも春の闇のともしびという言葉で、悲しみの中でも暖かい希望が感じられます。お母さまの暖かい人柄までも想像できます。

俳句を初めてまだ2年たらずの初心者です。日々自分のボキャブラリー不足と見つけた言葉を17文字に凝縮することの難しさを痛感しています。学生の頃は詩集を読むのがすきでしたが、これからも美しい言葉を探しながら、それらを重ねることにより、より美しく力強い世界を表現できればと願っています。

島田 章平

特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。「火の鳥」の赤、「白鳥」の白。奇しくもロシア国旗のスラブ三原色の中の赤、白の二色が詠まれている。本来の「赤」は 「愛と勇気」を表す色。しかし今は真っ白な雪原を染める血の色に見える。 時を超えて飛ぶ火の鳥、翼が折れ雪原を彷徨う白鳥・・。なお、三色の内、 赤はロシア、白はベラルーシ、青色はウクライナの色と言われるが、その旗が引き裂かれた現実が悲しい。

伊藤  幸

特選句「春愁やインデックスなき備忘録」。メモ帳や覚え書きでなく備忘録の措辞にインパクトがあり興味をそそられます。

田中 怜子

特選句「過去覗く雛人形の裏の顔」。お雛様は静かに変わることなく座っている。何代にもわたるこの家の女たちの生きざまを見てきた。今や、この家の女たちと一体化し、呼吸しているように思われる。結った髪がほどけたなら、思わず修羅の形相が見えるような気がします。「青と黄のフラッグ振りて春よ来い」。願いをこめて、フラッグ振って春よ来よ 切なる希望です。もっともっと凄惨な世界が展開するのか・・私たちは目撃するのみです。「いかなごや目玉集まる白い函」。他の生き物だと怖いのですが、いかなごならそう気持ちを揺さぶることなく、食べちゃいます。なんか清潔感があります。

石井 はな

特選句「花の雨むかし少尉の父の靴」。先の大戦の時のお父様の事なのだと思いますが、昔などと言える時代で無くなった今と重なり、重く心に響きます。

吉田亜紀子

特選句「こんまい春受話器の角に腰おろす」。何処の方言かは措いておき、「こんまい」は「小さい」という言葉に親しみを込めて使う表現であるらしい。春の到来の実感は人によって違う。深く広い。この句の場合は、「受話器」という手段によって春を知る。どのような訪れがあったのか、読み手は知る手立ては無い。だが、「こんまい」といった愛着のある表現、それだけで充分なのである。また、「腰おろす」という、ゆっくりとした動作から春を大切に想う、じんわりとした感動が表現されている。特選句「春愁やインデックスなき備忘録」。三月から四月にかかるこの時期は年末を越える慌ただしさが彷徨う。そこに欠かせないのが備忘録。気がつけば書き、気がつけば書き足すという作業が繰り返され、その項目に忠実に行動すればするほど疲弊してしまう。その中で「インデックス」という言葉に、冷静さが窺える。数々の項目をいったんすっきりと整理しようという、僅かな間、気迫がある。そこがカッコいい。「春愁」と「インデックス」のバランスが絶妙だ。

三枝みずほ

特選句「ふきのとう地球の出べそ揺るがない」。ふきのとうを暗喩として春の地球の強い生命力を感じる。小さな植物、人間、そして地球は同等に命ある存在である。特選句「白梅や祈るしかないバカやろう」。戦争、内戦、日本は年間二万人が自ら命を絶つ社会。闇はいつも隣りにあり、そこに迷い込まないよう必死に生きている。作者はそんな世を「祈るしかないバカ」と無力感と祈りをこめていう。白梅はその祈りの深さであろう。

滝澤 泰斗

特選句「春遅々とゲルニカまたも繰り返す」。朝日俳壇、東京新聞俳壇などまだまだウクライナ侵攻を詠んだ句はこれからだろうが、今回はたくさんのウクライナ関連の句が多く、選句がなかなかはかどらなかったが、金子先生の「平和の句」や先生の戦争に関する句などを思い出しながら掲句を特選にした。テレビで空爆の模様を見たとき、私もゲルニカとゴヤの弟子が書いたプラド美術館にある「巨人」の絵を思い出していた。つくづくに、あのゲルニカに描かれた様を現に見るとはと・・・以下、ウクライナ関連で共鳴した句は「嬰あやすシェルターにチューリップの球根」「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」「キエフ春泥おかあさんこわいです」「ウクライナの児の震えている唇(くち)菫」「人が一人止められず酷寒ウクライナ」「黒焦げの向日葵も立てよ戦車くる」。ウクライナ関連以外の共鳴句は「強がりを荷物に詰めて余寒かな」。自分の18の春を思い出した。父親に忖度して全く受かる見込みのない理科系を受験して失敗し、来年こそはと思った春は強気と不安にまだ冷たい風が容赦なかった。「帰れない町の心音さくら満つ」。自分の19の春を思い出した。翌年、父親への忖度を止めて、文科系に進学することになり、心音はおやじの怒りの鼓動に聞こえ、帰れなかったふるさと。

野口思づゑ

特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。ロシアバレーの作品の「火の鳥」では窮地を救った火の鳥。そして「白鳥の湖」では悪魔によって姿を変えさせられた白鳥。またヨーロッパで「白鳥の歌」とは死に瀕した白鳥が歌うという。今の戦禍をロシアやウクライナといった具体的な地名や、戦争という言葉を使うこともなく、火の鳥、と白鳥で、なんと巧みに表現されているかと、作者の知性に心から感心いたしました。特選句「花冷えや挫折は神の声掛けか」。挫折をとてもプラスに捉えているところに惹かれました。「理不尽の遠い春野に手を合わす」。同じ気持ちになります。

亀山祐美子

特選句「帰れない町の心音さくら満つ」。あの地震津波原発事故から11年、人間だけが居ない故郷に桜並木が今年も満開となる。「戻れない町の心音さくら満つ」閑な町を静に桜が満たす季節。切ない。皆様の句評楽しみにしております。よろしくお願いいたします。

桂 凜火

特選句「「帰れない町の心音さくら満つ」。町の心音は、なるほどと思いました。東北にもウクライナにも思いを馳せる3月の気持ちが伝わりました。日々心が痛みますが、こうして俳句に表現することでまた読むことで共有できるものがあることに癒されます。特選句「雪降るやウクライナより嫁ぎし娘」。遠い異郷の地で故郷を思う嫁がれた娘さんの心にも雪が降ることと思います。心打たれました。

山下 一夫

特選句「白きもの集めて春の供物かな」。「白きもの」「春」「供物」が絶妙に均衡して宗教性一歩手前の洗練された土俗の空間を醸し出しているかのようです。当方には、集めているのはふんわりした魂のようなものと思われますが、はてそれを行っているのは誰なのか。何のためなのか。「かな」の詠嘆も効いています。特選句「キエフ春泥おかあさんこわいです」。一説にキエフ周辺は沼地が多く春になると戦車が動きづらくなり攻撃されやすくなるので冬のうちにと焦って攻めたとか。しかし春泥の季節となってしまいました。気が付けば戦場に投入されていた露軍の死亡したという若い兵士が残したスマホのメール記録を連想。それは情報戦の一環だったかもしれませんが、雄弁な反戦の句に昇華されました。問題句「ウクライナコロナも触れず兜太逝く」。やはり文法的には「逝けり」ではないでしょうか。ただ、人間に対する悲惨な事象が起こるたびに兜太師の不在の認識に回帰するというのであれば、これもありなのかもしれません。「海市には平和な国のあるという」。ジョンレノンのイマジンを連想させつつ痛烈な皮肉も含まれているよう。

男波 弘志

「誰の死や桜の下に吾を置き」。自己の死を客体化しているのだろう。自分の死顔を観てしまったとき花影を振りかぶったのでろうか。「白梅や祈るしかないバカやろう」。祈りが通じていない、と考えるべきなのか、何かが通じていると思うべきか?歴史上の為政者を英雄視することはもうやめよう。皇帝も将軍も、言ってみれば人殺しの数の多さを勲章にしている馬鹿野郎だから。「かさぶたになるまで二月あと少し」。単に疵が癒えることを言ったのではない。いま惨殺されている人たちの民族の誇りが「印」になり「名」になっている。培われているのだ。馬鹿な為政者にはほんとうのことが観えていない。「冬ざれのキエフを想い絵の具とく」。筆の穂先に含んでいるのはそのままウクライナの人たちの泪であろう。途轍もない怒りと哀しみが自分の躰を貫いている。戦争を止めよ 戦争をやめよ 戦争をやめよ 全て秀作です。よろしくお願いいたします。

三好三香穂

今回はウクライナの題材が多かったと思います。「ミモザ咲く地球を包む青い空」。 黄色と青の旗のウクライナ、今見頃のミモザが美しく、青く美しい空が地球をつつむ、そんな穏やかな日々の早く来る事を祈るのみです。

河野 志保

特選句「こんまい春受話器の角に腰おろす」。「こんまい春」って何だろう。私はきちんと座った猫を思った。読む者がそれぞれに想像できるファンタジックで楽しい句。「小さい」ではなく「こんまい」という言い方がとても愛らしい。春に似合うと思う。

豊原 清明

特選句「キエフ春泥おかあさんこわいです」。ロシアのウクライナ侵攻は非常に残忍なやり方で、それが戦争なのだろうが、プーチン一人のプライドによる戦争とも見えてきた。この句は中7下5がメッセージで、反戦句として好きな一句。問題句「嬰あやすシェルターにチューリップの球根」。映像描写が巧みで、上手く、見えてきそう。ニュースのカットを俳句化したのだろうか。俳句は映像だと改めて気づかされる。よろしくお願いします。戦争は残忍で、世の中、暗黒模様です。お体、お気をつけ下さい。

漆原 義典

特選句「こんまい春受話器の角に腰おろす」。わたしは讃岐弁が好きで、大学で讃岐香川を出ている4年間も讃岐弁が抜けず、すぐ出て、何を言ってるねん意味わからへんと大阪京都奈良生まれの友達によくからかわれたものです。上五のこんまいは好きな讃岐弁の一つで、わたしにとっては標準語だと思っており、未来に残しておきたいと思っています。俳句で讃岐弁がうまく使われているのをみて、私も挑戦したいと思います。楽しい句をありがとうございました。孫のコロナ感染により濃厚接触者となり心配していましたが、今日病院でPCR検査し陰性だと言われ安心しました。

佐藤 仁美

特選句「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」。なぜ、人間は過去の過ちを何度も何度も繰り返すのでしょうか。どれだけの涙をもって、償えばいいのでしょうか。今すぐにでも、戦争が終わるように、願うばかりです。特選句「梅東風よここはマスクのいらぬ駅」。世界中、長すぎる我慢をしています。ここは、ひなびた駅でしょうか。香りも映像も浮かんで、ほっと一息つきました。

風   子

特選句「ウクライナの児の震えている唇 菫」。テレビに映し出される、戦渦のウクライナの子どもたち。破壊され尽くす恐怖のただ中で、怯え震えていても、一点の汚れもない愛らしさに胸がいっぱいになります。菫のような美しい翳りの子どもたち、なんとかなんとか無事に生き延びてと祈ります。特選句「清純を一滴うすめ桜餅」。清純から桜餅に移っていく意外。さて、一滴とは迸る水かしら、芳醇な赤ワインかしら。特選句「予測変換して夜を生き急ぐ」。予測変換が新鮮。生活の中の率直な実感が伝わってきます。

野田 信章

特選句「嬰あやすシェルターにチューリップの球根」。の句も現今のウクライナの惨状を伝えるテレビや新聞などに基づく発想としても、ここには短詩型なりの自立した映像として書き止められているとおもうのは次の点である。ここでは思い込みによる主情や修辞への傾き方が抑制されている分だけ、対象を感覚的に再構成することになっているとは言えるだろう。伝達ということについて考えさせてくれる一句でもある。

竹本  仰

特選句「白梅や祈るしかないバカやろう」。「馬鹿野郎!」という短歌があった、たしか佐々木幸綱だったと調べたら、短歌ではなく、『群黎Ⅰ』の中の「俺の子供が欲しいなんていってたくせに!馬鹿野郎!」という章句でした。さて、白梅は何とはなしに清冽なもの、さらに言えば若い死をイメージさせるものがあり、この句の背景に死を感じました。こういう時勢だからでしょうか、悲運の死、もしくはあたら惜しい命を強く思いました。万感の思いは、言葉になりません。海援隊の『贈る言葉』の一節?求めないで 優しさなんか 臆病者の 言いわけだから…をふと思い出しました。特選句「列のほら凹むあすこよ卒業歌」。凹む。すばらしいです。波打っていてへこんでる、ちっちゃいからへこんでる、どちらとも取れ、あの卒業式の感興の一刹那の、いとしい我が子よの感じがよく出ているなあ。木下恵介の一九四三年の映画『陸軍』が最後の出征のシーンで母親の泣く姿を出したために検閲に遭いお蔵入りとなった、そういうことが彼に戦後の『二十四の瞳』に向かわせたという。あの母親の泣くシーンもずばり「凹む」だったなあ。特選句「雪降るやウクライナより嫁ぎし娘」。こう書くしかない句という感じがしました。楸邨の句に「いのちあるものなつかしく笹鳴けり」というのがあります。何のことだかと思うでしょうが、東京大空襲で命からがら逃げのびた時のもののようです。書けない言葉の重さというか、声なき声というか、そういう背後がひしひしと伝わるというところでしょうか。掲句についても、書けないなという声、その背後をじわりと感じます。書き表し得たというより、書き表し得ないから、という声を伝え、それも表現だと思った次第です。以上です。この国際情勢のなかで、何かやりづらいものを感じた選句でした。一樹であったはずの人類が、とてつもない危機に直面している、それはもう分かりきったことなんだけれど、また思い出さねばならぬようです。

松岡 早苗

特選句「Tシャツが白くて空がやはらかい」。まさに春そのものを言い当てているような「白くてやはらかい」感触。春の空へと解き放たれていく心地よさが、とても素敵です。特選句「言祝ぎのひかりの束へ卒業す」。コロナ禍での学校生活。修学旅行などの思い出に残るはずの行事も縮小されたり中止になったり。そんな卒業生に、光あふれるすばらしい未来が待っていますように。

寺町志津子

特選句「戦起き学問の無力冴え返る(滝澤泰斗)」。最近の世界の動きに、全く同じ思いをいたし、心に響きました。

新野 祐子

特選句「白梅や祈るしかないバカやろう」「ダダダダダタタタたたかいしゃぼん玉」。二句ともプーチンの戦争への怒り爆発!がいやというほど伝わってきます。ロシア軍はウクライナから即時撤退せよ!

谷  孝江

特選句「春の湖椅子一つあり一つでよい」。暖かくてすこしだけ。ほんのすこしだけ淋しい句です。今は椅子が一つですが、かつてはもう一つあったのでしょうか。誰もがいつかは出合うであろう淋しさなのです。一つでよいに思いが行き着くまでは自分自身を励まし続けなくてはなりません。も一つの椅子はどなたのものだったのでしょう。お若い方それともご高齢の方でしょうか。春の日差しの中お幸せにおすごしください。

河田 清峰

特選句「春の湖椅子一つあり一つでよい」。春と一緒湖と一緒であれば一人でもいいでしょう。

荒井まり子

特選句「ダダダダダタタタたたかいしゃぼん玉」。この所の毎日のテレビで放送される爆撃の映像は信じられない。こんなことがあっていいのか。確か「映像の20世紀」とかで目にしていた破壊の街の様子が今日の映像と重なる。音で表記されているのが、親に手を引かれ足早に歩かされている子供達が耳にしている音であろう、作者の心の痛みまで感じられる。一層の緊迫感が伝わる。

植松 まめ

特選句「言祝ぎのひかりの束へ卒業す」。多くの人たちに祝福されて巣立っていく若者。ひかりの束へ卒業すに感動しました。特選句「帰れない町の心音さくら満つ」。フクシマの人またウクライナの人たちの故郷を追われる悲しみ。故郷を思う気持ちが町の心音なのかなと思いました。「垂れ髪に雪をちりばめ卒業す(西東三鬼)」この季節の私の大好きな句です。

田中アパート

特選句「いかなごや目玉集まる白い函(桂 凜火)」。いかなごの目玉だけ、ピンセットで取って、ならべていくとユニークな作品が出来そうだ。田中あつ子の作品みたいになりそう。「犬小屋にあるじ眠れる余寒かな」「友だちは犬ばかりなのスキップす」。知人が云うとったオレのこと心配してくれるのは犬だけやと、笑ろてもうたが、しんみりした。長生きするのもなんやな・・・と。

高橋 晴子

特選句「空海も見つめた讃岐しゃぼん玉(漆原義典)」。讃岐の風物は穏やかな中にも色々なことを思わせて味がある。人は自然に成長させられ、見つめた讃岐の風景は深い思索を思わせる。

山本 弥生

特選句「春昼の寺に一礼して歩く(淡路放生)」。戦中派の私は、幼い時から祖母や母と一緒の時はお寺さんの前を通る時は必ず手を合わせて一礼してから通った。年を重ねて四国八十八ヶ所を二度順礼するご縁に恵まれ、俳縁にも恵まれたことに感謝して居ります。

稲   暁

特選句「火のやうなカレーを食す二月尽」。鋭い感覚表現に注目した。ウクライナ情勢ともどこか呼応しているように思われる。

松本美智子

ロシアによるウクライナの軍事侵攻など本当に心をいためる出来事が世の中に蔓延して,今月の句はそれを反映したものが多かったです。いろいろな反戦を表した句や世を憂うる句,またかすかな希望を見出そうとしようとする句などなど・・・私も作れるようになりたいと思います。その中から特選句「さえずりや命はだれのものでもなく」を選ばせていただきました。反戦への思いを「命はだれのものでもない」という言葉に強く感じます。囀る小鳥のささやかな命までもをいとおしみ明日への希望をにおわす句になっているのではと考えます。「春めいて空へ青鮫押しかける」は,金子兜太先生の「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」のオマージュでしょうか・・?先生の戦争体験がこの句の根底にあると,何かの書籍で読み記憶しています。春の訪れをダイナミックに表現+反戦の思いを盛り込んだ秀句だと感じました。

大浦ともこ

特選句「母の死を灯して春の闇ゆたか」。お母様を亡くされた悲しみが「灯して」「春の闇」「ゆたか」の言葉に優しく響きあって心に届きました。特選句「Tシャツが白くて空がやはらかい」。真夏を迎える前の日差しに揺れるTシャツに穏やかな日常のひとこまがかけがえのないものだと伝えているようです。

藤田 乙女

特選句「白梅や祈るしかないバカやろう」。ぶつけたい憤り、でも無力な自分には祈るしかない、そんなストレートな気持ちの表出にとても共感しました。 特選句「尖って生き丸くなって逝く朧月」。しみじみと人の一生について考えさせられました。

野﨑 憲子

特選句「さえずりや命はだれのものでもなく」。掲句は他界からのメッセージのように聞こえてくる。「春の地震(ない)縄張りなんかおかしくて:「平和の俳句」掲載。野﨑憲子」

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

おろおろと落ち着かぬ日よ桜満つ
銀   次
花曇り三四郎邸青焼図
藤川 宏樹
呆けしも父よく笑ふ夕桜
大浦ともこ
生を得て死の美しい桜貝
淡路 放生
天上に待つ人のあり夕櫻
野﨑 憲子
犬ふぐり
咲くときも散るも知らずやいぬふぐり
風   子
首吊りの木に来て止まる犬ふぐり
淡路 放生
落日の足が渚へ犬ふぐり
野﨑 憲子
泣かないであなたの味方いぬふぐり
風   子
雉(子)
雉子落つや猟師の腰の金鎖
銀   次
落日へ焼野の雉子鳴くばかり
野﨑 憲子
女ってほんと直観雉子の声
藤川 宏樹
焼野の雉子ウルトラマンを呼んで来い
野﨑 憲子
辛夷
目じるしのあの日の辛夷探しをり
銀   次
花辛夷言ってしまへば楽になる
柴田 清子
残酷なシナリオ他界には無し辛夷咲く
野﨑 憲子
卒業
椅子に凭れて卒業歌聞いてゐる
野﨑 憲子
雛の部屋女系家族と卒業子
淡路 放生
卒業を励ます手話の「エール」かな
大浦ともこ
許せない今もあいつは卒業子
藤川 宏樹
立ち漕ぎのおかっぱ今日は卒業式
中野 佑海
自由題
錘は下へ錘は下へ百千鳥
野﨑 憲子
身の丈に合ふといふこと百千鳥
野﨑 憲子
香りのとどくまでが私の沈丁花
中野 佑海
あを、蒼、碧と混沌の青き春
風   子

【通信欄】&【句会メモ】

金子兜太先生のご命日に、師のご仏前へ「海程香川」の仲間の和菓子屋さんからお菓子を送らせていただきました。すると、三月句会の前日に金子眞土様より、明日の句会で皆さまでお召し上がりくださいと『五家寶(ごかぼう)』と、「食べる私」のインタビュー記事(晩年の師を金子家に訪問された、平松洋子さんによるもの)が届きました。感激でした。お菓子は十九日の句会でご参加の方々と頂きましたが、先生の記事の一部をお裾分けさせていただきます。

 「・・・遠路はるばる、ようこそ。まず、まずこれを食べていただいて、話をそこから始めようということなんです。熊谷の菓子で、五つの家の宝と書いて『五家寶』。江戸の頃から有名な食べ物で、広辞苑にも熊谷の名産と書いてあります。もち米を蒸して、水飴などで固めて棒状にしまして、青豆の粉を表面にまぶしたもの。私はこれが大好きでして」― (平松さん食べる)初めていただきましたが、おいしいものですね。むちっとして独特の歯ごたえなのに、歯にくっつかない。きなこがたっぷりまぶしてあるのが、また味わい深い。「おやじも好きでね。・・・酢饅頭も記憶に残っています。酢味の効いた白い皮のなかに餡が入っている。小学校から引き上げるとき、ほかほか湯気の立つのがお菓子屋の店先に見えているわけだな。それを横目で見ながら駆けて帰って、おふくろから金をもらって買ってたべた」―冬の味でしょうか。「味を言われれば、秋から冬の味」(以下略)

 とても懐かしい味がしました。お菓子を美味しくいただける平和が世界中に広がりますように‼

香川県下のコロナ感染者が減らない中、マスク着用で3月句会を開催しました。参加者は9名。袋回し句会は、公開辞退の方もあり断片的公開ですが、事前投句の合評と共に、とても充実した熱い句会でした。サンポートホール高松は、4月から2年間リニューアルの為休館となります。その間、ふじかわ建築スタヂオでお世話になります。新たな風が吹き始める気配がしてとても楽しみです。

2022年3月1日 (火)

第125回「海程香川」句会(2022.02.19)

蕗の薹2.jpg

事前投句参加者の一句

                        
太郎冠者ハハ御ン前ニ春霞 銀   次
ダイヤモンドダスト降らせる天の病む 新野 祐子
談春に女が潜む初高座 滝澤 泰斗
梅ふふむ空の青さの二進法 松岡 早苗
鶴唳を耳に胸の闇に寝る 十河 宣洋
冬の月わたしのからだ銀の膨らみ 久保 智恵
草萌の母と呼ぶ者地に根付く 豊原 清明
お守りの鈴生り鞄春近し 亀山祐美子
啓蟄の鏡の中を数えけり 伏   兎
球音響く軍神二十歳の冬森に 野田 信章
木守柿おしゃべり鳥のランチです 田中 怜子
兜太忌やデコポン食べる猪の峠 河田 清峰
やはらかき投函の音鳥雲に 大浦ともこ
なん百のけむりの声や春は来ぬ 稲葉 千尋
色が欲しくて影踏みをしています  男波 弘志
鳥雲にガリラヤ湖底より木舟 増田 天志
句をつくる母は椿を揺らすほど 河野 志保
この世とは素心蝋梅素心かな 福井 明子
紅梅やメトロノームのかろやかさ 重松 敬子
春の海人体漂流避けきれず 竹本  仰
もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり 榎本 祐子
嬰の尻のすとんと春がもうそこに 稲   暁
アスタリスク並んで三つ春立ちぬ 松本美智子
夢枕に諭す師の立つ二月なり 山下 一夫
おにさんになったのだれもいないふゆ 島田 章平
寒灯や終着駅で待つ老母 漆原 義典
元日出産生まれたばかりの指うごく 津田 将也
干鱈毟り少しも悪くないという  大西 健司
凍蝶や脳梗塞と告げられし 佐藤 稚鬼
若き日のダッフルコート日和るなよ 松本 勇二
日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き 谷  孝江
冬蝶の絡まりぬけぬ脚の赤 中村 セミ
父の血を継ぎていただく寒卵 兵頭 薔薇
探梅行ルビーの指環口笛で 野澤 隆夫
焼芋を「はい」と母持ち産見舞 植松 まめ
吼える裸木まつさらな闇が垂れ 小西 瞬夏
太陽の匂いほつこり蒲団敷く 野口思づゑ
ほないこか露の天神寒の雨 田中アパート
突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー  若森 京子
林檎割る家に籠りて流離めく 小山やす子
母へ寒紅喪服の姉の揺れる指 増田 暁子
凍滝に夕日わたくしにレモンティー 伊藤  幸
冬銀河あしたの米を研いでいる 夏谷 胡桃
ハンガーの骨折ばりばり霜柱 川崎千鶴子
忙し気な栗鼠と眼の合う春の窓 石井 はな
あのそのと名前出て来ぬ遅日かな 寺町志津子
「もういいかい」耕人影の薄きかな 荒井まり子
うさぎまっすぐわたしを抜けて雲 三枝みずほ
蒸し芋ガラクタ部屋の方代歌集 飯土井志乃
立春大吉とりあえず笑おうか 柴田 清子
魂は言葉の積み木冬ごもり 高木 水志
息白しウイルス飛沫のよく見ゆる 三好三香穂
おやすみとさよならは似て冬の嶺 佐孝 石画
一本の針立春の光得し 風   子
しゃぼん玉夢幻の恋の中にいる 藤田 乙女
笑ふほかなし我が字の見えぬ机上二月 高橋 晴子
梅つぼみ風に巻かれし縄暖簾 中野 佑海
生牡蠣を吸う塩っぱい望郷だ 淡路 放生
兜太の忌一客一亭自服して 樽谷 宗寛
賀状手に夫の饒舌久し振り 山本 弥生
逃げどきを思案している懐手 鈴木 幸江
水仙にひたと見られて蕎麦啜る 吉田亜紀子
色違う雪片さがすよう生きのびる 桂  凜火
死体役もいずれは笑う春隣り 塩野 正春
立春大吉やつと立つ児が打つピアノ 藤川 宏樹
退院の父の小さき荷春夕焼 菅原 春み
どこから来たの潦(にはたづみ)には夕陽炎 野﨑 憲子

句会の窓

増田 天志

特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。この感性、ポエジーが、好きだなあ。にんげんを、身体を、問題にしない内容は、まさに、悟りの境地。

福井 明子

特選句「鶴唳を耳に胸の闇に寝る」。胸の闇とは、読み手それぞれにひろがる言葉。私自身も、この句と出会い、はっと気づいたのです。鶴唳が、夜の覚醒に象徴的な響きを与えています。特選句「一本の針立春の光得し」。一本の針の、突き刺すような潔さが、光に向かわんとする「生」を湛えてゆくような。そんな、すがしい一句だとおもいました。

塩野 正春

特選句「うすれゆく欲望冬の木馬と激(たぎ)つ」。欲望が薄れるのに激しい句です。木馬に感情をぶつけているのか。なんで木馬なんだ?特選句「突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー」。革ジャンを着ると心のどこかが躍ります。自然といかり肩になるとか・・。

松本 勇二

特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅の歌声までは思いつくが、それにぶたれると書いて大いに斬新。

小西 瞬夏

特選句「啓蟄の鏡の中を数えけり」。鏡はいつでもあるものだが、啓蟄の鏡ということで、何かそこにうごめくものを感じてしまう。それを数えているという超現実の句である。

十河 宣洋

特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。夕日の中の凍った滝を前に私はレモンティーを頂いています。という情景だが、凍滝は夕日の美しさのなかに倖せを感じています。私はレモンティーに至福の時間を過ごしていますと取っていい。どちらも倖せの中にいる気分。特選句「魂は言葉の積み木冬ごもり」。言葉が積み重なって魂になるという捉えは面白い。積み木のように積まれた言葉から魂が生み出される。冬ごもりのなかのイメージが出てくる。

樽谷 宗寛

特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。句作りに熱中していらっしゃるお母様のお姿、椿を揺らすほどが効いています。私もそう言う人になりたいです。

中野 佑海

特選句「色が欲しくて影踏みをしています」。友達が欲しくて、色んなの趣味をしています。全て、下手の横好き。特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅のあの馨しさの中では、言葉は意味を成しません。唯々感服して佇み、帰るのみ。「梅ふふむ空の青さの二進法」。梅の蕾の膨らみと共に一気に空が青さを増してきます。もう、春はそこ。「あくびして嬰はオリオン飲み込んだ」。凄い迫力。今から末頼もしいです。「魑魅魍魎ともに呑もうぜ温め酒」。はいはい、皆さんよっといで。呑んどいで。酒が入れば、この世のものも、あの世のものも、皆仲間さ。「嬰の尻のすとんと春がもうそこに」。また、また、赤子のお通りでい。昼も夜も忙しい事です。お身体御自愛下さい。「春立つやぶっきらぼうの僕の島」。愛想の無い僕の所にも春は華やかさを漏れなく届けに来てくれるのです。「アスタリスク並んで三つ春立ちぬ」。アスタリスクを三個集めて老眼の目で見ると、春の字に見える。凄い。大発見。「桃源郷言葉を発してはならぬ」。人の言葉には魔力があって、夢は崩れ去って終うのかな。「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。おやすみもさよならも少し寂しい冬の山。今月も楽しく読ませて頂きました。有難うございます。

中村 セミ

特選句「守り石の淡き緋色や蕪洗う」。守り石と、蕪洗うが、よく重なっている。蕪洗うのはかなりしんどいらしい。また、蕪には雑草が茂るという意味もあるので、それを取り払い、淡き緋色にしたい、守り石がある。そんな表現かと思う。

大西 健司

特選句「おにさんになったのだれもいないふゆ」。何ともふわっとしていてつかみ所が無いのだが、とても切ない。鬼をひらがなで書いたことにより、泣き虫おにさんになったのだろうか。誰もいない冬の切なさ、淋しさがぶわっと広がってくる。なにがあったのだろう。 

増田 暁子

特選句「春立つやぶっきらぼうの僕の島」。春が来たのにぶっきら棒の青春最中の若者の表情を感じました。僕の島がとても良いです。特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。うさぎと雲とわたしを組み合わせてこんな詩情豊かな句になるとは。感激です。「梅ふふむ空の青さの二進法」。空の青さが二進法で替わるなんて新発見ですね。「色が欲しくて影踏みをしています」。句全体の雰囲気がとても好きです。影踏みが良いですね。「屠りたるナイフを雪でふり洗う」。雪の中の妖しい雰囲気に惹かれます。「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。希望なのか寂しさなのか。でも希望を持ちたい気持ちが滲んでいます。「吼える裸木まつさらな闇が垂れ」。冬の裸木の中に佇む時の感覚が伝わります。「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。前半と後半の対比が見事で、レモンテーがとても合ってます。「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。おやすみとさよならは確かに似てます。冬の嶺の季語で寂しさから救われた思いです。「逃げどきを思案している懐手」。中年の漢の思案が映像の様に見えて面白いです。

柴田 清子

特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。クリスタルガラスのよう水晶のような絵画的な俳句に仕上っていて気に入った句です。

河田 清峰

特選句「やはらかき投函の音鳥雲に」。去りゆくものへのやさしいひびきが聞こえるようで好きな句です。

鈴木 幸江

特選句評「色違う雪片さがすよう生きのびる」。今回は今だからこその新鮮な感性を感じる作品が多く楽しかった。特選句の“色違う雪片さがす”の具体的で体験的な表現に物語を超えた俳句の力を感じた。不可能とか不可解な現象を求める心に現代社会を生き延びる知恵への探究心を思った。

小宮豊和さん、昨年の12月にお亡くなりになったのですね。「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』掲載の「太平洋戦争幻視」拝読しました。「無言館あの世も修羅の巷なる」「無言館虚なりまた実なり」『少女らは「カナリア」うたいはてしとか』「十五日午後発進す単機なり」こういう重い句も好きです。心よりご冥福をお祈りいたします。阪神淡路大震災の体験者もいらっしゃるのですね。お声を聞けて勉強になりました。句評もそれぞれの生き様が伝わってくる熱いものばかりですね。

新野 祐子

特選句「退院の父の小さき荷春夕焼」。退院する父と迎えにゆく娘(どうしても息子とは思えないけれど)の姿が鮮やかに見えています。「小さき荷」と「春夕焼」の呼応が涙が出るほど美しい。幸せを共に感じさせてもらいました。

滝澤 泰斗

特選句「球音響く軍神二十歳の冬森に」。社会人になりたての頃、東京六大学野球部OB会の方々とヨーロッパを旅したことがあった。中には、神宮球場であの土砂降りの壮行会を経験された方もいて、多くの球友が戦争で散った話を聞いた。神宮でも会うことがあり、あいつも生きていればいくつになったと指を折るが、球友は二十歳のまま・・・その方も既に鬼籍に入っている。しみじみと、いただきました。特選句「死体役もいずれは笑う春隣り」。一読で、三島由紀夫の「芸とは、死をもって成就すること」や、笑わないラグビー選手、稲垣啓太氏が、結婚相手と破顔一笑している写真を思い出した。イソップ物語の太陽と北風の話の通り、春の温かさは花が綻ぶように微笑みを誘う。死体役からの発想が見事。「淡雪や仮名文字舞うよな書道展」。朝日新聞社の「現代書道二十人展」の出品書家のグループを台北の故宮に案内したことが縁で毎年正月はこの書道展に行くのが恒例行事になって久しい。「うまいなぁ・・・こういう句をつくりたいなぁ」と憧れました。何度も書道展に行っている割に、淡雪や、仮名文字まで発想が飛ばない。勉強になりました。「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。こちらも旅がらみ・・・第四次中東戦争以降、何度となくガリラヤ湖を訪れた。ガリラヤ湖は、湖はもとより、周辺の丘の山上の垂訓教会なども含め、聖書のエピソードに溢れている。掲句の木船伝説はイエスが弟子のペテロらを召命した湖で、彼らが魚を獲るのに使った舟が発見されたエピソードも枚挙に暇がないほどだ。ガリラヤの春は日本よりひと月ほど早く、これからが春本番と言ったところ。鳥雲の季語と聖書のエピソードの取り合わせがいい。「風だけが強情春になれずゐる」。立春が過ぎれど、風はまだまだ冷たい。強情としたところに共感。「寒灯や終着駅で待つ老母」。終着駅ではないが、その昔、都会に出た息子を裸電球の淋しい駅で母は待っていてくれた。「止めてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いているなんて」嘯きながら田舎を捨てた俺のホームシックを見透かすように、抱き留めたくれたかあちゃん・・・望郷が募る。「若き日のダッフルコート日和るなよ」。1970年、学生運動の最中、おおむね、ステンカラーの紺色か黒いコートが一般的だったが、田舎からポット出の兄ちゃんが、急に、しゃれっ気出して着てきたのが、ベージュのダッフルコート。そんな奴に当時大流行りの言葉、「日和るんじゃねえよ」とつぶやいた。苦い青春グラフィティーをいただきました。

石井 はな

特選句「お守りの鈴生り鞄春近し」。受験の合格祈願のお守りでしょうか、希望通りの春が来て欲しいです。

稲葉 千尋

特選句「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」。若い人か老人なのかわからないが「水仙咲きにけり」が心の若さを感じる。特選句「蒸し芋ガラクタ部屋方代歌集」。何か小生の部屋のよう。「方代歌集」確と本棚に納まっている。

桂  凜火

特選句「冬銀河あしたの米を研いでいる」。気負わず生きる姿勢に共感しました。特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。新鮮な発想だと思いました。メルヘンがあり、可愛く清々しいです。

夏谷 胡桃

特選句「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。宗教が重なるかの地。いちどは見てみたかったガリラヤ湖です。祈る思いで頂きました。特選「凍蝶や脳梗塞と告げられし」。倒れたのではなく告げられたのだから軽いのですね。凍蝶が胸の内を表している気がします。お大事に。

野口思づゑ

特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。下5の「籍を置き」に、ただ生きる、という生命活動だけではありません、公に正式に生きているのです、といった主張があり、作者の自信を頼もしく思う。日脚伸ぶ、の季語が明るく響く。特選句「色違う雪片さがすよう生きのびる」。雪片に雪色以外があるとはとても思えないので、まず色違いの雪片という発想に惹かれた。またそれを探すとなると奇跡を 求めている人生なのか、と最初は理解したのだが、生き「のびる」とあったので、第2、第3段階の人生で何かに挑戦しているのかもしれない。「雑踏の佐保姫の列右へ倣え」。 誰もが同じようなヘアースタイル、服装の10代からの女性達が都会で目に付くが、これをよく捉えられている。「賀状手に夫の饒舌久し振り」。久しぶりに色々な人からの消息を知り、喜んでいらっしゃる方の様子が目に浮かんでしまいました。

藤川 宏樹

特選句「守り石の淡き緋色や蕪洗う」。蕪を洗う水の冷たさに痺れ血色を失う手。やがてその冷たい白い手に血が通うと赤みが差し、指輪の「淡い緋色」と同調してきます。見慣れて見過ごしていたものが新鮮に見える瞬間ですね。素手で蕪を洗う情景が美しく語られています。

風   子

特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。夕日を受けた凍滝はさぞ美しいことだろう。が、一転、凍滝はわたくしになり、夕日はレモンティーとなる面白さ。♡初めて海程香川に参加させていただきました。とても楽しくいっぱいの刺激を受けました。代表の野﨑さん会員の皆様本当にありがとうございました。→ご参加とても嬉しいです。生の句会でも句座を囲めて楽しかったです。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

野田 信章

特選句「泣きやんだ人の容が末黒野に」。焼け残った草木などの景を通して視覚的に伝わってくるものは、涙も涸れ果てて立ち尽くす人の哀というものの深さである。同時に、末黒の芒や黒生(くろう)の芒に託された再生の兆しをも伺える句柄となっている。♡三回目のワクチン接種を終えて、近くの梅林を巡っています。「即興の句と共に、映像の句を」と言う兜太先生の発言とその態度の保持を一段と大切なことと思えています。「兜太句集」を中心に現場を踏まえた句の多いこととも併せて貴重な態度と思う。

小山やす子

特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。一番大切な人を亡くして今まで以上に命の尊さを知りましたが虚脱感と喪失感にさいなまれる今日この頃この句に出会って元気が出ました。

佐藤 稚鬼

特選句「逃げどきを思案している懐手」。色んな文句を言ったりうんざりしている。言わんでもいいのに・・・そういう思いが<懐手>に出ている。

榎本 祐子

特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。就寝前の挨拶の「おやすみ」。一日が終わり、眠りにつくのは一つの死のようなもの。明朝には新しく生き直す。決別があり再生する。冬の嶺はその当り前の厳しさを受け止めている。

野澤 隆夫

特選句「お守りの鈴生り鞄春近し」。朝のプードル🐩の散歩で、高松東高校の鈴生り鞄の生徒に会う!よほど何かに願を掛けてお守りをぶら下げてるのか!やがて春来るや。特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。春待つ気持ちにあふれてる句です。

田中 怜子

特選句「凍蝶や脳梗塞と告げられし」。インフォームドコンセントが大事だ、と言われているけ診断を宣告されたら、そうなのか、なんで自分がとか複雑な気持ち。固まってしまいますよね。凍蝶のごとくに固まってしまいます。淡々と受け止め、悲しみが伝わってきますね。 特選句「兜太の忌一客一亭自服して」。今日、20日は寒い日でした。兜太先生が亡くなった日も寒かったと思います。お年寄りは寒い日に亡くなるんですね。でも、一客一亭で静かにお茶をたてて静かにすすりたいですね。兜太先生を思いださせてくれた句でした。「生牡蠣を吸う塩っぱい望郷だ」。生牡蠣も吸うなんて、いいなと思いつつ。用心深い私は生は食べません。「迷いつつ春立ち義母の歳を越え」。も、嫁姑の間の果てしなきバトルがあった、義母が亡くなり、その年を超えてみて、生生しい感情も薄れて距離をもって義母をみれるようになった、という歴史が感じられます。

津田 将也

特選句「太郎冠者ハハ御ン前ニ春霞」。「太郎冠者」は、狂言における演目の一つである。主(あるじ)と冠者の太郎が掛け合う台詞、「春霞」の取り合わせが巧妙なので採らされた。もともと能・狂言の舞台は屋外に作られ演じられており、現在のように舞台と客席が一つの建物の中に入った「能楽堂」という形になったのは明治以降というから、「春霞」の所以にうなずける。特に名古屋は、東京や京都とともに狂言が盛んな土地柄で、能楽堂で演じられるだけでなく、野外の「辻狂言」が様々な形で今もって楽しまれている。太郎冠者のその役柄は、主(あるじ)の使い走りをする従僕である一方、主(あるじ)を向こうに回し才気煥発、酒好き、横着、悪戯心もいっぱいなので、この「春霞」は、太郎の性格をも表す季語となった。特選句「兜太の忌一客一亭自服して」。「一客一亭」とは、茶室に、たった一人の客を迎え亭主が茶をふるまう。人と人との最も親しい相であり、これ以上削ぎ落せない「茶の湯」の原点・究極である。「自服」とは、亭主が客に相伴して自分で点てた薄茶を飲むこと。気の許せる客なればこその、自服である。もしかして、この句の「一客」とは、天国の兜太でもあるのか。二月二十日は金子兜太の命日である。師への献茶をおえたあとの師に思いを致す亭主の自服である。

谷  孝江

特選句「落椿ひつそり残る野蛮の血」。まだ落ちたくないのに「落椿」と呼ばれなければならない運命、みたいなものが伝わってきます。どうして、どうして、私は鬼になっても生きる。あの紅色が決して失せることはない・・・。これは、人間にもある意味伝わって参ります。野蛮ではなく執念でしょうか。共感です。私もそうありたい。

男波 弘志

「冬の月わたしのからだ銀の膨らみ」。馥郁たる冬の月、冬の月光にこんな力があったとは。「やわらかき投函の音鳥雲に」。やわらかき日常がよく出ています。「句をつくる母は椿を揺らすほど」。鷹女のことをふと思ったが、日常の母のほうが一層凄みがある。「白梅の歌声にぶたれてかえる」。句意は鮮明だが、ぶつ、イメージが白梅には感じられない。肉感的なものがいるのだろう。自分は、木蓮、を思ったのだが。感性が横溢している。全て秀作です。よろしくお願いいたします。

亀山祐美子

特選句「あくびして嬰はオリオン呑み込んだ」。大物になる予感。頼もしいお子様を得て益々のご健吟を!よそ様の赤ん坊の様子だとしても見事な把握でとても楽しく大らかな気持ちにさせて頂きました。ありがとうございます。♡明るい句が多くて楽しい選句でした。ありがとうございました。皆様の句評が楽しみです。まだまだ寒さ厳しいおりご自愛下さいませ。

若森 京子

特選句「春の海人体漂流避けきれず」。海難事故で人が流されているのか、戦争で遺体として流れているのか色々な状況が想像出来るが自然には逆えない人間の弱さを思う。又春の自然界での日常の漂流感を隠喩している様にも思う。特選句「泣きやんだ人の容が末黒野に」。喜怒哀楽にもそれぞれの‶泣き‶がある。人間が思いっきり泣いた後の容はどんなのであろうか興味がある。丸い空洞の様であろうかなど想像する。これは当然、精神の容なのであろう。‶末黒野‶も効いている。

島田 章平

特選句「元日出産生まれたばかりの指うごく」。暗いニュースの多いこの頃。せめて俳句の世界だけは、明るく未来に向かって。「生まれたばかりの指動く」が絶妙。

伊藤  幸

特選句「冬の月わたしのからだ銀の膨らみ」。金ではなく銀、しかも冬の月。厳しい寒さの中壮絶とも言えるほどの美しさ。作者の決意とも・・。特選句「突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー」。前だけを見て突っ走った青春のあの頃。輝いていたあの頃。年を追うごとに手入れを欠かさず艶を増した皮ジャンを羽織っている作者の後ろ姿が目に浮かぶようだ。

飯土井志乃

特選句「灰色の原子炉を入れ初御空」。今様の話題の明け暮れへの作者からの静かな呈示かと・・。

吉田亜紀子

特選句「紅梅やメトロノームのかろやかさ」。「メトロノーム」は楽曲の演奏の拍子の速度をはかる機械のこと。楽譜には、速さを数値に変えて記載されている。それは作曲者の決めたもの。演者は記載された数値、記号により演奏を行う。よって、楽曲の再現性を高めることが出来るのである。時に演者は、バッハとなり、ショパンとなる。そして、その限定された範囲において演者は自分らしさを発見する。テンポには、ラルゴ、アダージョ、アレグロ、プレスティッシモなどの区分けがある。この句の場合は、「かろやかさ」という言葉から、アンダンテ、モデラートといったところだろう。そこを基点としメトロノームを動かしてみる。すると、「紅梅」は咲き始めている時期ではないかと考えられる。とても可愛い。真っ赤な梅が、ポン、ポンと順に咲く動画のようなものが「メトロノーム」によって表わされ、楽しい春の始まりを告げているかのようである。特選句「一本の針立春の光得し」。冬を越え、レースのカーテンに光が入る季節となった。繕っているのだろうか、刺繍だろうか。春の静かな部屋の真ん中に、ふとキラリと光るものがある。「光得し」。美しい。それは手にしている小さな針だ。私も同じ経験がある。その静かな美しさに心をギュッと奪われた。

河野 志保

特選句「水仙にひたと見られて蕎麦啜る」。 確かに水仙は、静かで強い視線を持っていそう。その視線を感じながら蕎麦を啜っている作者の、とぼけた感じがなんとも愉快。水仙の把握の新鮮さと句の展開の楽しさに惹かれた。

竹本  仰

特選句「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」。この句は女性の立場で詠んだものかと思いますが、遡れば子供でもあり大人でもあり、同じように見放されつつ人生かと思います。その辺の機微が、水仙によって一気に昇華されている、そこに感心しました。特選句「冬銀河あしたの米を研いでいる」。とても当たり前のことなんだけれど、当たり前のことなんてどこにもない。それが痛感される句です。昔読んだロシアの小説で、貧しい夫婦がふとしたはずみで、美術館で偶然、自分たちの貧しい家の絵を見て呆然自失に感動し、その奇蹟の光のような家にこれから帰ると思うと不思議な思いに包まれた、というのがありました。冬銀河の視点で見れば、明日が来るという奇蹟がここに描かれているようで。特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。棺に入った方はみな、おやすみの表情ですが、それを思い出しました。この句は死のイメージをそれほど感じさせませんが、それは生と死という二項対立の常識にはまっていないからかなと。むしろ、生の中に死はあり、死のなかに生はあるという、そういうセンスで書けているからか。とてもいい句ですね。大自然の前の匂いを感じました。以上です。何だか、今回は選句しにくかった。なぜか?自分の感覚に問題ありか、と反省。まあ、こういう人間にも俳句です。今後ともお付き合い、よろしくお願いいたします。

小宮豊和さんのこと、残念です。一度だけ、高松での納涼会で、お話したことがありました。季語の話でしたが、既成概念を壊すくらいの季語の使い方がなぜ出来んのだろう、と言われていたのが、残っています。これが私の中で、いまだに響いています。後日、拙句「映画館の向こうはすすきだったのか」について、こういう季語の使い方は勉強になる、とコメントをくださったのが、とても嬉しかったのを思い出します。それから、小宮さんは「稲の花」という季語が好きだったようです。あんな素朴で健気なものはない、というようなコメントがあったのを覚えています。何処か合う波長のようなものがあるなあと思っていました。あの日の小宮さんがまた迫って感じられます。

菅原 春み

特選句「啓蟄の鏡の中を数えけり」。冬眠から覚めた虫たちが動き出す生命力溢れるときに作者は鏡のなかに何を数えたのでしょう。春の喜びというより憂いのよう な感覚が伝わ りました。特選句「母へ寒紅喪服の姉の揺れる指」。寒紅、喪服の姉、揺れる指、無駄なことばが一切ないだけに痛みが 響いてきます。静かな映像がくっきりと立ち現れてきます。

佐孝 石画

特選句「干鱈毟り少しも悪くないという」。「少しも悪く無い」という呟きが、他者に投げかけられたものなのか、自問自答のものなのかぼんやりする。このぼんやりとした「いいわけ」が、干鱈のものかもしれないと感じた時、自他を含め、生きとし生けるもの全てに向けられたやわらかな「贖罪」に見えてくる。上句と中下句の結び方のうまさに、脱帽。

久保 智恵

特選句「あくびして嬰はオリオンを飲み込んだ」。やさしさと美しさ。特選句「色違う雪片さがすよう生きのびる」。同感ですネ。問題句はなしです。

川崎千鶴子

特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅の美しさを大変感動されたのでしょう。それを「歌声にぶたれて」と表現された力に感嘆です。「末黒野や別れの訳の甦る」。末黒野を見ると友か恋人と「別れ」を思い出すのでしょうが、でもどうしてそが「別れの訳」に繋がるのか分かりませんが、なんだか私の心に響きます。

高木 水志

特選句「吼える裸木まつさらな闇が垂れ」。この句は、責める先がない自粛生活を表現しているのではないか。春になれば再び葉が生える裸木のように、私たちも力強く生きたい。

伏   兎

特選句「あくびして嬰はオリオン飲み込んだ」。赤ん坊の微笑ましいしぐさと春銀河の取り合わせに、未来感があふれ、ピュアな気持ちにさせてくれる。特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。永遠の眠りと別れが訪れるまで、おやすみとさよならを繰り返す私達。そんな無常を冬山が包み込んでいるようで惹かれた。「若き日のダッフルコート日和るなよ」。洋服ダンスの懐かしいコートが、老いて丸くなった自分に、喝を入れてくれるような気がしたのだろう。面白い。「退院の父の小さき荷春夕焼」。病院で亡くなった両親は、裏門からひっそりと退院した。作者のお父さんはきっと正門からの退院だったと、思いたい。

大浦ともこ

特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。お母様の句をつくる真摯な姿が目に浮かび心打たれました。 特選句「落椿ひつそり残る野蛮の血」。「落椿」と「野蛮の血」の取り合わせが新鮮で、「野蛮の血」とはどのようなものなのか想像するのも楽しいです。♡自己紹介。香川の地に根を下ろして四十年、琴平在住の大浦朋子と申します。五年ほど前から友人と小さな句会を楽しんでいます。句集『青むまで』にとても感銘を受けて「海程香川」に参加させていただきたいと思いました。どうぞよろしくお願い致します。♡「海程香川」発足十周年記念アンソロジーをご覧くださり嬉しいです。こちらこそ、これからどうぞ宜しくお願い申し上げます。

寺町志津子

特選句「夢枕に諭す師の立つ二月かな」。兜太師のご逝去された二月。皆が皆、兜太師への深い敬愛と惜別の思いを抱いているものの、夢枕に立たれてご指導までして下さったとは‼本当に良かったですね。そして、この「海程香川」そのものを見守って下さっているに違いないとも思え、嬉しく読みました。

豊原 清明

特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅を見に行った作者が鳥の歌声にぶたれて帰ったのだと読んだ。白梅の寒き春を告げる植物の、厳しい感じ。また、神経に刺さるような、生活者をおそう寒さをも感じる。問題句「 あくびして嬰はオリオンを飲み込んだ」。夜かな?まだ寝る前のあくびで、嬰は眠たくなったのだ。眠気が起こった。まだ起きる時間の親は優しく寝かす、その生活がうかがえて、微笑ましい。「淡雪や仮名文字舞うよな書道展」。この句は好きである。書道展の墨の匂いとか。「色が欲しくて影踏みをしています」。この句は秀逸のタイプかなと思った。分からない。

三枝みずほ

特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。命を燃やしながら激しい感情が渦巻いている。母の、決して外には出さない身の内の葛藤、想いが強くて傷む。

漆原 義典

特選句「夢枕に諭す師の立つ二月かな」。私は師匠が2人います。ひとりは書道の師匠で、もうひとりは俳句の野﨑憲子さんです。書道展の作品提出が近くなるとき、投句の期限が近くなると同じように夢に出てきます。師匠の言葉は素晴らしくいつも心に響きます。できの悪い弟子をいつもあたたかく見守ってくれる師匠に感謝しています。素晴らしい作品をありがとうございます。

松岡 早苗

特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。「おやすみとさよならは似て」というソフトなフレーズに心引かれました。厳冬の山で春を待ちながら眠っているものたちへのエールでしょうか。あるいは、冬山で亡くなった人々へのレクイエムでしょうか。心に染み入ります。特選句「逃げどきを思案している懐手」。この和服姿の男性、何から逃げようとしているのでしょうか。妻の愚痴から? ややこしい近所の揉め事から? いろいろと想像が膨らみます。漱石にも懐手をして机の前に座っている写真があったように思います。「懐手」のちょっとしただらしなさがいいですね。

稲   暁

特選句「一本の針立春の光得し」。一本の針が捉えた立春の光。句自体も輝いている。

淡路 放生

特選句「色が欲しくて影踏みをしています」。「色が欲しくて」の色はどう思いを廻らしても、色恋の色であろう。とすればこの欲するは、手放しっであり叫びである。句は、へんにもじもじしてないところがいい。精神的にも肉体的にもパッと吐き出したところが気持よい。その上で「影踏みをしています」は泣かせます。「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」「嬰の尻のすとんと春がもうそこに」「立春の卵を立てる論理かな」「桃源郷言葉を発してはならぬ」。この四句、それぞれに、早春の味わいがあろう。いい俳句だと思う。

山本 弥生

特選句『焼き芋を「はい」と母持ち産見舞』。娘の安産を御神仏様に祈り乍ら待っていた母親へ吉報が届いた。精一杯の気持で焼芋を産見舞に持って来てくれた母、「はい」に全てが込められ幸福な時間である。

荒井まり子

特選句「桃源郷言葉を発してはならぬ」。桃源郷とくれば後は不老不死。人類は文字と言葉を会得、究極の進化だと思ったが。信長は五十年、現代は百年。ITの進化の果てに何が待っているのか。そう言葉を発してはならぬのだ。  宜しくお願い致します。

山下 一夫

特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。真正面から私に飛び込んできて突き抜けていったうさぎはもちろん幻影。ただし、ふり向いたかなたには見える雲はつかみどころはないものの実体。ドラマティックな動きを伴った詩情にしびれました。特選句「しゃぼん玉夢幻の恋の中にいる」。しゃぼん玉表面の虹に似たような発色は光の干渉という物理現象の由。色彩の千変万 化はまさに恋の夢幻。永らえることなくはじけてしまうところも。問題句「恋猫をまね舐めてみる右の足 (藤川宏樹)」。舐めてみるのが左の足ではなく右の足というのは定型に収めたいが故と理解。ところで足のどの辺を舐めるというのであろうか。脚ではないので膝より下のイメージで、自分のものだとするとかなり無理な態勢を強いられる。季語から相手の足の可能性もあり、そうなると私には刺激的に過ぎるのです。「ダイヤモンドダスト降らせる天の病む」。雪も結晶しないほどの寒雲の陰鬱。ホレのおばさんに毒づきたくもなります。「やはらかき投函の音鳥雲に」。投函されるものは音信なわけで、季語が嵌ります。「春の海人体漂流避けきれず」。三・一一を連想してしまいます。合掌。「風光る私の前に誰もいない」。爽やかな春の日にもふと侘しさがよぎることがあります。

植松 まめ

特選句「夢枕に諭す師の立つ二月なり」。夢枕に立つ師が菩薩のようにも思われます。二月二十日は金子兜太の命日。特選句「母へ寒紅喪服の姉の揺れる指」。寒紅に込めた母への愛に感動しました。

銀   次

今月の誤読●「この紅は鬼を呼び出す落ち椿」。森を歩いていた。と、真っ赤な椿が一輪頭上から落ちてきた。なにげなく拾おうとすると、枯れ葉がモコモコと盛り上がり、一匹の赤鬼が地面から出てきた。おやおや何事。赤鬼がいった。「その椿はワシのものだ。よこせ」。「そうかい」とわたしは赤鬼に投げた。彼は椿を一瞥するとムシャムシャと食べ出した。「驚いたなあ、そんなものが旨いのかい?」「ワシはなんだって食べる。なんならおまえも食ってやろうか」「ほう、わたしが食べたいのかい?」。赤鬼はわたしのまわりを品定めするようにジロジロと見てまわった。「骨と皮ばかりだな。いかにも不味そうだ」「まあ年寄りだからな」。ふん、と鼻をならして赤鬼がいった。「おまえの血はさっきの椿のように赤いか?」「どうだろう、たぶんどす黒く濁っているだろうな」「そうか。人間ってのは薄汚い生き物のようだな」。わたしは軽く笑って、「たぶんな。どうする、わたしを食べるかね?」。赤鬼はじっと考えて、「いや、よそう。食あたりでもするとつまらん」「だったら、もう行っていいかね」「ああ、行け。行ってせいぜい長生きしろ」。そこでわたしは立ち去った。

松本美智子

特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。うさぎと雪の対比がよく効いていて身体を抜けてふわっと雪になった様子が思い浮かびます。

三好三香穂

「梅ふふむ空の青さの二進法」。二進法の表現が面白い。探梅を味覚、視覚、聴覚リズムで捉えている。「やはらかき投函の音鳥雲に」。やはらかきがなんとも良い。何の投函か解りませんが、投句か恋文、はたまた受験申込申請だったりして、想像を膨らせてしまいます。いずれにしても、未来に明るい希望のあるほのとしたものが、やはらかきに込められています。「なん百のけむりの声や春は来ぬ」。古希を過ぎ、身近な人を何人も見送ってきました。昨年は同級生も何人も。人や先、我や先のはかなき状況です。先に逝った、彼ら、彼女ら、天からどう言ってくれるか、天の声を聞いてみたい。永らえてまた春を迎えてしまった。しみじみと共感できました。

高橋 晴子

特選句「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。イスラエル北部のイエスの活動の中心地であるガリラヤでヨルダン川中流にある湖。湖底より木舟が出た。イエスの活動を思い、二千年に及ぶ歴史の深さを思う。鳥雲に、の季語がこれを支えて生き生きと胸に迫る大きな句。季語の感じ方もいい。しっかりした句である。

野﨑 憲子

特選句「球音響く軍神二十歳の冬森に」。二十歳で戦死し英霊として祀られている青年は野球が好きだったのだろう。<冬森>の中の軍神よ、これだけ文明が発達しても武器を持ち戦で世界を治めようとする為政者が絶えない。人類丸ごとの精神の進化は不可能なのか。 特選句「ご機嫌なあぶくがパチン早春よ(河野志保)」。こんな何気ないウキウキする作品に癒される幸せを思う。問題句「兜太忌やデコポン食べる猪の峠」。今年で師が他界されて早や四年目となる。私には、これまで「囀りの中に他界のありにけり」の句しか浮かばなかった。掲句は、「猪がきて空気を食べる春の峠(金子兜太)」に因んだ佳句である。師の名を冠した追悼句を羨ましくも感じ、今回の<袋回し句会>のお題に出たので挑戦してみたが、どこか違和感を感じる。師も、たねをさんも、いつも近くにいらっしゃると確信している私である。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

兜太
枯鰹節削って削って兜太の忌
中野 佑海
胸倉を突く風兜太大笑す
三枝みずほ
兜太の忌うんちのやうに生まれけり
三好三香穂
千匹の魚が棲むなり兜太の忌
野﨑 憲子
兜太とうた呼べば心があたたけし
島田 章平
たねを
ものの芽のつなぐ命やたねをの忌
島田 章平
何処かで又ちひさな渦巻たねをの忌
野﨑 憲子
うさぎ
うさぎ抱き白雪姫になつてをり
風   子
うさぎが舐める壱円切手の夜
中村 セミ
抱いて下さい今夜だけうさぎです
柴田 清子
雪うさぎ日に愛されて雲になる
島田 章平
嫌い
春は春嫌いは自由好きは不自由
銀   次
百千鳥おいてきぼりは嫌いです
野﨑 憲子
フーガは嫌い春の波溢れ
野﨑 憲子
日光浴嫌いし母の認知症
中村 セミ
学校ギライ尻尾大事にとつてをり
三枝みずほ
好きだから嫌いにもなるヒヤシンス
柴田 清子
バレンタイン/愛・鳥雲に?
初恋は夫ですバレンタインの日
風   子
愛の日や赤児のやうに君と会う
藤川 宏樹
バレンタインアリスとなりて行く迷路
中野 佑海
時間潰しチョコ売場見廻っただけ
柴田 清子
二月
なりゆきで二月になれば次は三月
銀   次
二ン月の風吹き抜ける句会場
島田 章平
二月好きなんてちょつと渋好み
風   子 
二ン月の海へ飛び込め馬鹿者よ
野﨑 憲子
自由題
蜥蜴去り岩本来の景なるや
佐藤 稚鬼
早春の松明がゆく俳句新時代
野﨑 憲子
くわりんの実歪にころがる無心かな
佐藤 稚鬼
右の手の冷たさ左手へ移す
柴田 清子

【通信欄】&【句会メモ】

2月19日の句会は、香川県下のコロナ感染者激増中にも関わらず11名の方が集まりました。しかも初参加の方もいらして午後1時からの四時間、存分に句座を楽しむ事が出来ました。袋回し句会は一部ご本人からの申し出で作品カットしているのが少し淋しいですが、それは句座の連衆のみぞ知るです。(^_-)-☆ 次回が今から待ち遠しいです。

昨年、「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』を「俳句」編集部へお送りした縁で、「俳句」3月号<クローズアップ欄>に登場させていただきました。ご参加各位のお陰さまです。ありがとうございました。タイトルは「海程香川」発!俳句新時代、です。これからも一回一回の句会を大切に熱く楽しく渦巻いてまいりたいと思います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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