2024年6月11日 (火)

第152回「海程香川」句会(2024.07.13)ご案内

紫陽花1.jpg

8日の六月句会にも、遠方から素敵な参加者があり、参加者は十三人。その鋭い鑑賞や作品に大きな刺激をいただきました。後半の袋回し句会も、とても楽しく豊かな時間を過すことができました。感謝です。月末頃には、<今月の作品集>にご紹介いたします。お楽しみに!

では、2024年7月句会のご案内を・・

日時
2024年07月13日(土)
場所
ふじかわ建築スタヂオ☆☆ 高松市番町2丁目5-5
時間
午後1時 ~ 午後5時

事前投句は、通信句会形式です。投句締切は、7月6日(土)(必着)です。ご参加楽しみに致しております。

事前投句作品
2句
会費
500円

連絡先:noriko_n11☆yahoo.co.jp(☆を@に変換してください)

句会当日は suncatwave☆ezweb.ne.jp (☆を@に変換してください)

へご連絡ください。

「海程香川」代表 野﨑憲子

2024年5月22日 (水)

第150回「海程香川」句会(2024.05.11)

芍薬.jpg

事前投句参加者の一句

蹲踞躊躇ひ蹴躓き白躑躅 藤川 宏樹
せんなしや急がば回れの蛇にあう 鈴木 幸江
憲法記念日俺は自由だ オーレ! 島田 章平
すこやかに揺れて金魚のみづ淫ら 和緒 玲子
木蓮のひとひらこれは風よりの 谷  孝江
白髪のばっさりショート聖母月 松岡 早苗
捨てられぬセピアの葉書花の雨 植松 まめ
街角は透明な蚊に刺されてる 中村 セミ
心電図因幡の白兎が小躍りす 十河 宣洋
朝靄に抱かれほっこり山笑う 末澤  等
積み上げし積木ぐらぐら昭和の日 岡田ミツヒロ
常備軍持たぬてふてふ共和国 河田 清峰
集まって空のお守や桐の花 高木 水志
軍港を増やして守るお国かな 稲   暁
取り繕う嘘を言いつつ四月馬鹿 滝澤 泰斗
箱庭のちひさな母につきあたる 小西 瞬夏
あどけなき手書きの地図や夏燕 大浦ともこ
表面は卯浪に任せ海深し 川本 一葉
時は去りゆたけき吾のルピナスよ 疋田恵美子
紅梅落花水面に寄せ来たる 佐藤 稚鬼
月朧柩に入れる眼鏡拭く 菅原 春み
鳥雲に入る海底は獣道 菅原香代子
化野や今日も濡れ咲く著莪の花 増田 暁子
春雷や忘れてた母だったこと 薫   香
黒揚羽昼の浮力と重力と 三好つや子
霾や爆音もなくしんしんと 森本由美子
曇天は心の重り春の山 石井はな
三盗を知り先ずは路傍の菫草 時田 幻椏
確かむる一芯ニ葉茶摘みの子 佳   凛
思うことわたしをはみ出して陽炎 月野ぽぽな
海の日のジャズ集団の静かな老い 重松 敬子
逃げ水を海岸通りで追いかけた 榎本 祐子
束の間をこぼれはじめし螢かな 男波 弘志
もう結構ってさくら日向の少女です 三枝みずほ
青鷺や震え一路の門超えて 豊原 清明
地に穀雨君の彈き語りのように 野田 信章
菜の花の真ん中はいつだって雨 柴田 清子
病室は人ゐて無言春の昼 柾木はつ子
婚活を拒否する息子夏みかん 藤田 乙女
春眠の乙女唇にピアスして 樽谷 宗寛
蜜蜂はチェロ弾くごとく分蜂す 松本 勇二
海のいろ脱いで上陸渡り蝶 津田 将也
鞦韆や子は説得を拒みおり 大西 健司
咲かぬ芍薬愛って誓うものなんだ 岡田 奈々
花筏君へ内緒の文託す 山本 弥生
立小便かわずさわがす色即是空 田中アパート
知らんぷりという思いやり躑躅に雨粒 伊藤  幸
鳥帰る戦無き国俯瞰して 塩野 正春
涅槃図の隠れ上手な濡れねずみ 荒井まり子
躓いて躓いて花びら流れ去る 山田 哲夫
脳外科手術ゴリゴリ蘖の音かしら 若森 京子
下ろし立てのサンダル生まれたてのつま先 花舎  薫
鯉のぼり空がとっても広いから 吉田 和恵
奥の間の暗がりに転がった紙風船 銀   次
花は葉に怒りが透けていくように 佐孝 石画
聖五月暴虐に抗する学生等 田中 怜子
雉鳴くや鎮守の森の影法師 漆原 義典
隊列はもう葬列に麦の秋 山下 一夫
草の花花小さくて花の色 福井 明子
鳩になり鷹になり汗だくのシャツ え い こ
ジャスミン茶ほわりほんわり蝶の昼 向井 桐華
強面の山羊うずくまる草いきれ 桂  凜火
人間に飽きてきてをりよなぐもり 亀山祐美子
青き踏む近江ふわふわしゃれこうべ 飯土井志乃
燃えかすは煩悩だろう啄木忌 新野 祐子
街角にジャズにレゲエ春の宵 三好三香穂
吾子の手と象舎の記憶若葉風 松本美智子
万緑の中にわれ在りわれ眠る 竹本  仰
櫻島薄暑ドーンと「俳句造型論」 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「海の日のジャズ集団の静かな老い」。港町のジャズバーだろうか。バンドのメンバーも年をかさねている。それでも静かにジャズを奏でている。その一人ひとりに醸し出されるそれぞれの物語。そんな老いの重さがジャズの演奏にのってずっしりと、でも軽やかに感じられる。

松本 勇二

特選句「下ろし立てのサンダル生まれたてのつま先」。新しいサンダルに足を入れた時の感覚をうまく言葉にあらわしています。

月野ぽぽな

特選句「月朧柩に入れる眼鏡拭く」。近しい人が他界されたのかもしれないが、一読、自分のメガネだと思った。いつか必ず来る日を静かに覚悟し、人生の大切な友であるメガネを磨く。一緒に連れて行くからね。この景色が月朧と出会い、情感と達観が浮かび上がってくる。

十河 宣洋

特選句「地に穀雨君の彈き語りのように」。春のしっとりとした時間。弾き語りのようにしみじみと心に響いてくる雨の音が心地いい。イルカの名残り雪が私には響いてくる。特選句「花は葉に怒りが透けていくように」。桜の少し喧騒が耳に付いた時期が終っていくような思いが込められている。

岡田 奈々

特選句「下ろし立てのサンダル生まれたてのつま先」。新しく買ったばかりのサンダル。もう直ぐ夏が来るウキウキとした気分が溢れてる。素足の輝きが若さを誇っている。特選句「憲法記念日俺は自由だ オーレ!」。この型破りの自由さと、駄洒落が素敵。「せんなしや急がば回れの蛇にあう」。どうしようもないよね。蛇がそこを通りたいって言うんだから。『演劇の「涙」がんばる豆の花(津田将也)』。劇の中涙出せるのは、並大抵の努力ではありません。「表面は卯浪に任せ海深し」。大したことない波だと思わせて、中は結構速く流れている。陰の努力が目覚ましいってか?「傷つけど傷つけど天へ雲雀よ(銀次)」。海だけじゃなく、空では一生懸命目立たない雲雀も頑張ってるんだ。でも、そろそろ頑張って傷つくなんて、非生産的なことやめて、楽しく生きようぜ。何も天使になる必要は無いんだもの。「青葉浴茶の湯の中に風の浴」。野点して、青葉の清しさ。風の心地良さ。このくらいゆったり風流に暮らしたいものです。「蜜蜂はチェロ弾くごとく分蜂す」。自然界は巣分かれするにも滑らかに踊るように楽しく。人も見習いたい。「蟇鳴くやほんに人の世可笑しかろ(岡田ミツヒロ)」。ほら、蛙にまで、笑われているじゃないか。反省反省。お金とか、物とか、義理人情とか、もっと拘束されない私はあるのかな?「街角にジャズにレゲエに春の宵」。はい。決まりました。結局、自然界から食べさせて頂き、歌と踊りと浮かれて暮らす。皆で踊ろ。難しいことは抜き。以上、今月も楽しくて為になる御句の数々。めちゃくちゃ面白かったです。香川句会最高。で、宜しくお願いします。

福井 明子

特選句「春墓所跳ねて歩いて鴉二羽(榎本祐子)」。昔は鴉といえば墓場、というイメージがありました。それも遠くなりました。今や、鴉はどこにでもいて、じっと上から見つめられているような気もいたします。春の墓参の折見かけた鴉の動きに、いずれ自身もたどるであろう行く末を思うまなざしがあります。眼前の二羽の鴉は、すべてわかっているのかも。

佐孝 石画

特選句「春雷や忘れてた母だったこと」。「母だった」という措辞には、作者の内面的な時空の奥行を感じさせる。現在も「母」であるはずだが、子育てに全てを捧げていたころの記憶がじんわりと蘇ってきたのだろう。パラノイアではないけれど、老いに従って、かつての自分と今日の自分が、ふと混在してくることが多々ある。それは何人もの過去の自分と共存していく、おぼろげな世界。そのおぼろげながら優しい瞬間が、「春雷」の一閃によってもたらされたのだろう。

豊原 清明

特選句「憲法記念日俺は自由だ オーレ!」。「オーレ!」は俺にかかっていますが、掛け声として響く。反体制。決まりからも自由だと、自らに、励ましているよう。問題句 「母親は印紙のような春キャベツ(中村セミ)」。母親の紹介句。手書きのこまめで雑ではなく、何でも印紙のようにこなす、しっかりした母とも思えるし、逆に、のっぺらぼうのような母さんとも読める。

樽谷 宗寛

特選句「せんなしや急がば回れの蛇にあう」。共鳴しました。上、下の句の取り合わせが良い。山川草木生きとし生きる物に教えられ気づかされることの多々ありましましたが、なかなか俳句は作れませんでした。

高木 水志

特選句「人間に飽きてきてをりよなぐもり」。黄砂で視界を遮られ、何となく憂鬱な気持ちになっている。人間に飽きてきているといった作者の心情に霾晦があっている。

稲   暁

特選句「童心を灯せよ瓦に雨、雨、春(佐孝石画)」。童心は灯すべきもの、言われてみれば確かにそうだ!特選句「ジャスミン茶ほわりほんわり蝶の昼」。私はジャスミン茶は、あまり飲まないが、ほわりほんわりという表現にやられてしまった。

え い こ

特選句「一滴の響きわたるや山青葉(亀山祐美子)」。静かという 無のような空間に広がる空をかくすような森林 澄み渡る空気が感じられました。肺が浄化されたようです。特選句「海いろ脱いで上陸渡り蝶」。アフリカ?から 蝶々が飛んできた 強さ 美しさの表現が巧みですね。海にいろを脱ぐ いつかこのような表現ができるまで、勉強したいです。問題句「絵本読み母のふりして水中花」。問題というより、最後の水中花は松坂慶子さんの 愛の水中花 を聞かれているのでしょうか?勉強不足で理解できませんでした。ごめんなさい。♡みなさま、初めまして。同級生の野﨑さんの熱意と魅力に、軽装で小舟に乗って、俳句という海にでてしまいました。急いでいま、準備やら勉強しているところです。よろしくお願いします。

榎本 祐子

特選句「束の間をこぼれはじめし蛍かな」。蛍の命の時間は短い。その間に命を滴らす哀れと健気を思う。

島田 章平

特選句「鳥雲に入る海底は獣道」。空から海底を俯瞰した壮大な句。「海底は獣道」の発想が鋭い。

伊藤  幸

特選句「下ろし立てのサンダル生まれたてのつま先」。上語と下五のフレーズに初夏らしい清々しさが感じられる。現代俳句の忘れ掛けていた新しい感性を呼び覚ましてくれたような気がして嬉しい気分にさせてくれました。特選句「千年の山桜千年の孤独(菅原香代子)。掲句も又上語と下後のフレーズが調和していて落ち着いた雰囲気で魅力的に仕上がっている。宮崎の銘酒で「百年の孤独」という麦焼酎があるがそれとは別と考えたい。

河田 清峰

特選句「隊列はもう葬列に麦の秋」。富めるものは武器と救援物資を送り貧者の葬列は終わらない。

藤川 宏樹

特選句「街角は透明な蚊に刺されてる」。この「透明な蚊」とはブーンの羽音、街にたむろしているワル?それなら、刺され吸われているのは何?想いは膨らみ、わからないながら妙に惹かれるものがありました。

松岡 早苗

特選句「すこやかに揺れて金魚のみづ淫ら」。涼やかな金魚鉢に逆の「淫らさ」を発見されている佳句。なるほど、金魚の鮮やかな朱色、ふくよかな腹、泳ぐときの尾びれのヒラヒラと、人を魅了し幻惑するような淫らさがありますね。「みづ」と平仮名にされているところまで配慮がなされている。特選句「鳩になり鷹になり汗だくのシャツ」。時にはハト派、時にはタカ派になりしながら、人はその時どきを懸命に生きているのですね。ただ、そんな主義主張や処し方よりも、汗だくの身体に感じる素朴な充足感、人間くささこそ、生きている証だと教えられた気がします。

花舎  薫

特選句「鳩になり鷹になり汗だくのシャツ」。無害の優しい鳩になったり獲物を狙う対戦モードの鷹になったりと忙しい日はシャツも汗だくに。多分人間関係でも仕事関係でもそうなのだろう。少々振り回されてはいても、それなりに一生懸命な日々。発想が面白く新鮮でありながら理解し難い句とはなっていない。

野田 信章

特選句「海の日のジャズ集団の静かな老い」。一読後、<どれも口美し晩夏のジャズ一団/海峡痩せ楽器乱打の少年寝る(兜太句)>の海とジャズと青春の世界を想起させた。それは正に戦後処理を残しつつも、復興期にさしかかった昭和三十年代前期の高揚感とも重なるものがある。この前段を踏まえた上での掲句として読んだ。七月十五日の「海の日」のジャズ愛好者の集いとしての景が展く。しかも、「集団」としての「静かな老い」との情景の把握には来し方のさまざまな方の年輪の積み重なりの人生の豊穣さをも現出させている。「海の日」の一句として印象的な句である。

植松 まめ

特選句「積み上げし積木ぐらぐら昭和の日」。長々と政権の座に居座り続けてある政党。裏金問題をはじめとして様々な問題がここにきて噴き出してきた。経済の停滞は失われた三十年とも言われている。明日はもっと良くなると信じていた昭和の繁栄の時代が遠く遥かになってしまった。特選句「隊列はもう葬列に麦の秋」。美しい麦秋のなかを行く隊列それは軍隊かあるいは避難民なのか。その隊列が葬列に変わっているというこの句。ウクライナやガザの惨状と犠牲となる人々をおもい何も出来ない自分の無力を恥じる。

男波 弘志

『演劇の「涙」がんばる豆の花』 。一見どんな花でもいいようだが、豆の花のけなげさが相即であろう。演劇の深部が「がんばる」であるのか?そこにまだ幼年の、そして一行詩としての弱さがある。秀作。「街角は透明な蚊に刺されてる」。はたして刺すで金輪際だろうか?そこが腑に落ちればいいのだが、つまり「無心に十分に刺す」あの刺す、ではない別の次元があるのではないか、蚊そのものが別次元に「通っている」そういうことでも表現は成立するだろう。秀作。「箱庭のちひさな母につきあたる」。上から俯瞰している箱庭の母につきあたる、とはどういうことだろうか、それは作者がもう箱庭の中のひとりになっているのだろう。思い出を意のままに手中にしている、その執着こそが生そのものだろう。準特選。「春雷や忘れてた母だったこと」。親子の距離が離れていることがあたりまえの生活のなかで、鳴った「春雷」に呼び覚まされたのは、傘を持って娘を探しに家を飛び出したあの日だろうか。秀作。「思うことわたしをはみ出して陽炎」。内容は非常に豊満であろうが、陽炎は少し答えを出し過ぎていないだろうか、思いは見せつけるものではなかろう、つまりもっと暗喩が描けないだろうか、と思う。冷たい春の草、などを連想してみればまた別の乾坤がひらけるだろう。秀作。「白鉄線花の間中のうすみどり(佳凛)」。一行詩はこれでいいと思う、この覚悟が備わっているからこそものが見えるのであろう。子規の写生論には現在の時間軸しかないのだが、しかし時空を拡げて行くためには現在を見つめ、現在を知り得なければなるまい。秀作。

津田 将也

特選句「地に穀雨君の彈き語りのように」。「穀雨」は、四月二十日ごろに降る雨のこと。百穀をうるおす春雨のころ、という意味がある。雨は、ほんの三粒ほどを散らして止む雨から、土塊(つちくれ)を溶かしてしまうほどの大仰な雨まで、千差万別だ。そんな雨の様子を「君の彈き語りのように」と比喩している、この感性がよい。

桂  凜火

特選句「海のいろ脱いで上陸渡り蝶」。海を越えて渡ってくる蝶の力強い羽ばたきが見えるようです。本当にたくましい。海のいろを脱ぐという措辞が素敵でした。

山田 哲夫

特選句「表面は卯波に任せ海深し」。一読してこれは菩薩のような心境が読み込まれた句のように感じた。我々凡人は卯波のように揺れ動く日常の営みの中に身を置き、こころを悩ませてあくせくと生きている。悟りを開いた菩薩はそうした人間の姿に限りなき愛惜と憐憫を抱きながらも深い海のような静かな何者をも受け入れる広い心でじいっと見守ってくれている。そう思うと、日々の営みにも気持ちが楽になり、明日への希望も湧いてくる。作者は滔滔たる深い海の様子にそれを感じ取っているのだと思った。

岡田ミツヒロ

特選句「地に穀雨君の弾き語りのように」。生きていくことは心を潤すことであること、弾き語りのメロディーの中にやさしく響いてくる。「穀雨」が効果的。特選句「隊列はもう葬列に麦の秋」。ウクライナに現われた戦争という化物、生者の隊列は、ほどなく死者の葬列と化す。次々と人身御供の隊列。近い将来の日本の姿を暗示する様な昨今の不穏さ。

菅原香代子

「捨てられぬセピアの葉書花の雨」。上ー中句が見事です。セピア色としっとりとした柔らかい雨との組み合わせが絶妙です。「逃げ水を海岸通りで追いかけた」。子供のころの思いでしょうか。夏の暑さと子供の無邪気さを感じます。

和緒 玲子

特選句「箱庭のちひさな母につきあたる」。大人になって初めて自分が実は箱入り娘であったと気付いた時のことかと読んだ。家族に守られ大切に育てられての自分。そして母親もまた同じように大切に守られ育った人だったと。母親の深い愛情とそれを真っすぐに受け入れた作者。ポジティブに捉えたい。特選句「春雷や忘れてた母だったこと」。読みが違うかもしれないが、老いて子供に戻った母は雷をとても怖がった。そんな母を宥めながら、この人は私の母親なんだなと改めて思った。あれも確か春だった。こんな思い出をついだぶらせてしまった。

大西 健司

特選句「茅花流し帰りたいよお母さん(野﨑憲子)」。予選でいただいたが一度ははずした。魅力はあるが、この切ない呟きだけで一句が成立するのか迷ったため。ある種五月病の類いだろうか。そうでなくても母の胸に戻りたい思いはそれぞれにあるもの。危うさを覚えつつだが最後は是とした。

柴田 清子

特選句「春雷や忘れてた母だったこと」。一瞬の春の雷に、呼び覚まされた母との事。一つや二つ読み手に、思い出させる母恋ひの春雷の季語の置き方に感心させられました。

三好つや子

特選句「川風や女神輿はひとやすみ(重松敬子)」。男たちが担ぐものとされていた神輿に、鉢巻きをいなせにねじる女の担ぎ手も、ちらほら見かけるようになった現代。女だけで担ぐ神輿もあると思います。川風がみやびな趣を広げ、この句に彩を添えています。特選句「青き踏む近江ふわふわしゃれこうべ」。淡いみどりに包まれた近江の春を楽しんでいるのでしょう。しかし、その 一方で、地中に横たわる歴史の闇に、作者は思いを馳せているのかも知れません。「蹲踞躊躇ひ蹴躓き白躑躅」。画数が多く、凸凹した語感が、句意に合っていて、面白い。「終業のいびきや蘖出てくるぞ(三枝みずほ)」。肉体労働を終えたあとの、地響きのような大きないびき。好感度の高い骨太の句です。

新野 祐子

特選句『櫻島薄暑ドーンと「俳句造型論」』。「俳句造型論」をダイナミックな櫻島に見立てたのがおもしろい!薄暑というのも合ってますね。盛夏とかではなくて。

吉田 和恵

特選句「燃えかすは煩悩だろう啄木忌」。啄木に煩悩とはショック。それが燃え尽きて燃えかすとは言い得てもっとショック。

川本 一葉

特選句「知らんぷりという思いやり躑躅に雨粒」。とてもよくわかります。失敗したときすぐに突っ込まれたくない、というの。破調もあまり気になりませんでした。

薫   香

特選句「下ろしたてのサンダル生まれたてのつま先」。夏を前に新しいサンダルに足を滑り込ませた時に、見えるつま先が生まれたてだという表現に心掴まれました。特選句「千年の山桜千年の孤独」。見事な桜が目に浮かびます。ただ千年生きてきたという事は、周りに誰も居なくなるという事で、それはそれでとてつもなく長い孤独が待っているという事なのですね。♡今月の句会では、私のつたない句に皆さんがいろいろな解釈をして下さり、とても面白い体験をさせて頂きました。俳句の面白さの一面を見たような気がします。ありがとうございました。

竹本  仰

特選句「すこやかに揺れて金魚のみづ淫ら」:すこやかと淫ら、一見反対に見える両者だが、これは生きものの両面ではないだろうか。金魚の水、あれは金魚が作り出したものではないか。だから、水ではなく「みづ」なのではないか。みづからみづみづしく揺れる原形のような動きが感じられて、これこそ写生ではないか。特選句「月朧柩に入れる眼鏡拭く」:柩に入れるものって、本当に様々です。ユニークなのでは、お酒を注いだり、ボートレース券や馬券だったり。ここでは、故人によく見えるように、眼鏡を拭いてあげているのですね。そうしていると、死って何?生って何?という感じにとらわれたのでしょうか。でも、きれいにして、いい所に行ってほしいという願いからなんでしょうね。というか、ここに若干の好奇心が働いているのが感じられるところが面白いです。特選句「菜の花の真ん中にいつだって雨」:菜の花というと、どうしても背景に、青い海、晴れた空、と想像してしまいがちです。がここでは、菜の花の中心はいつでも雨なのだと言っています。個人的には、それは実は涙なんでは、と思っています。菜の花が泣いている?これは楽しい想像です。「ママ、何で菜の花は泣いてるの?」なんて言われたら、どうします?絵本の世界がふいに現れてくるようなワクワク感、いいなあと思いました。♡久々のリアル香川句会、何年ぶりでしょうか。わたくし初の香川句会には、天志さんがいましたね。今回は、藤川さん高校時代の「真善美」の書、彫刻、絵画など拝見でき、いい少年の息吹と出会った感じがしました。「真善美」、その筆勢は少年剣士の心意気のような、なまな叫びがあり、青葉の季節にぴったりの感ありました。いいものを、ありがとうございました。もちろん、句会も面白く、昔よりパワーアップしていて、何より、みなさんの流れ、溌溂として躍動していました。ここが香川句会の源なんだと確かめた次第です。行けて、良かった、高松はいいなあ、満喫です。これからも、よろしくお願いします。→ 淡路島からのご参加有難うございました。久々に句座をご一緒できて嬉しかったです!

荒井まり子

特選句「白髪のばっさりショート聖母月」。実感と共感。髪は女の命と昔は言われたが段々と億劫になる。母の眼差しがいい。

菅原 春み

特選句「積み上げし積木ぐらぐら昭和の日」。まさに積み木がぐらぐらしています。昭和の日に改めて気づかれたのですね。特選句「鳥帰る戦無き国俯瞰して」。一見平和に見える戦の無い日本をも鳥は俯瞰しているのでしょうか?季語が効いています。

中村 セミ

特選句「奥の間の暗がりに転がった紙風船」。紙風船が私とすれば、男でも、おんなでも、夫婦のあいて方の家で、同居すれば、家のなかの暗がりに転がっていく時もあろう,かと思う作品かなと思う。私は、そう、鑑賞させていただきました。

山本 弥生

特選句「つばくらめ天寿十年延びて古稀(新野祐子)」。令和の現代、古稀はまだまだ現役です、世の為人の為にお役に立ちたき事は沢山有ります。増々元気が湧いて来ます。

三枝みずほ

特選句「春雷や忘れてた母だったこと」。自身の中の母という存在を呼び起こすのに春雷は必然だろう。母子の楽しかった記憶だけではなく母であるがゆえの苦しい時期もあったのではないか。喜びと苦しみの間のこの葛藤が人間を悩ますが、生命の謳歌とも捉えられるのは春雷だからこそ。

漆原 義典

特選句「白髪のばっさりショート聖母月」。聖母月と白髪のショートヘアピッタリ合いますね。爽やかな句をありがとうございます。

鈴木 幸江

特選句評「あどけなき手書きの地図や夏燕」。何てったって、〝手書きの地図〟がいい。今時、手書きの地図に出会うと幸せを感じてしまう。それがまた“あどけない”ときたら、その姿の可愛らしい。スマホ頼りの自分がなんか情けなくなってくる。亡父も夫も地図を巧みに描く。そのことを人に頼りにもされていた。地図を描くこの子の瑞々しい才能は、将に海を渡ってくる燕の如しである。特選句評「菜の花の真ん中はいつだって雨」このユニークな残念感はどこか幸せだ。残念にも、ちょっと幸せがあるなんて、素晴らしい発見。正直、どんな状況に作者がいるのかは、よく分からない。一面の菜の花畑の真ん中で雨に打たれているかのようなちょっと残念な日常生活を送っているのだろう。天気雨のようでいて妙に湿気っぽいところがよい。さては、涙雨か。

三好三香穂

「木蓮のひとひらこれは風よりの」。便りとか、贈り物とか、次に来る言葉を思い巡らせる楽しさがあります。連歌なら、次の7、7をどう表現しましょうか?

末澤  等

特選句「捨てられぬセピアの葉書花の雨」。年度変わりの春の雨の日に、年賀状や挨拶状を整理していた際に昔の思い出の詰まった葉書が出てきた時の情景、心情を上手く表していますね。私も実体験しました。特選句「春雷や忘れてた母だったこと」。母親の介護の真っ只中で、普段は忘れていた昔のお母さんの姿が、春雷によってハッと思い出さされた情景、心情がリアルに浮かんできました。

佳   凛

特選句「燃えかすは煩悩だろう啄木忌」。毎年除夜の鐘で、消した煩悩も一夜明ければ、新たな悩み 苦しみを作り出してる自分、反面煩悩が自分をつくり、生きる糧とも言えるのだと思います。再び啄木の生き様を、読んでみたくおもいました。

滝澤 泰斗

「常備軍持たぬてふてふ共和国」「軍港を増やして守るお国かな」「鳥帰る戦無き国俯瞰して」。掲句の三句はミクロに、マクロにニッポンをシニカルに活写していると思った。大きな拍手を送りたい。「聖五月暴虐に抗する学生等」「隊列はもう葬列に麦の秋」。そして、批判精神は遠くアメリカ、ヨーロッパに飛ぶ。海程の後継、ここにありと言った感が強い。他に共鳴した句は「霾や爆音もなくしんしんと」。しんしんという言い方が少し気になるが、爆音もない不気味さを上手く掬った。「海の日のジャズ集団の静かな老い」。私も二つの合唱団に所属して大声を張り上げているが・・・みんな歳をとった感が日に日に増している・・・。「海のいろ脱いで上陸渡り蝶」。何とも・・・うまいなぁ。どれも特選に推したいが、甲乙つけがたし。

田中 怜子

特選句「若葉風演劇部室 あえいうえおあお(植松まめ)」。5月にはいり、学校にも慣れてくる頃。演劇部の少女たちが発声練習と発音練習している。あえいうえおあお と。少女らのはつらつさや笑い声までも伝わってくるようだ。そこに気持ちの良い若葉風が樹木をざわめかしてふいてくる。今の子は、こんなにのびのび楽しんでいるかしら。特選句「川風や女神輿はひとやすみ」。これも神輿を担いで一休み、笑い転げている元気な女性たちの火照った顔に川風がすーっと気持ちよい一時。

時田 幻椏

特選句「黒揚羽昼の浮力と重力と」。蝶の危うい飛翔を見ながらも、黒揚羽ならではの存在の確かさを表現するために浮力と重力と言う漢字術語を二つ斡旋する妙。注目句(問題句)「夢幻泡影青岬の考よ(樽谷宗寛)」「蹲踞躊躇ひ蹴躓き白躑躅」「一切合切腹は決まらず春霞(末澤 等)」。漢字を遊ぶ、私も好きな手法なので楽しく拝読。宜しくお願い致します。♡自句自解「三盗を知り先ずは路傍の菫草」。SNSの検索では、野球の三塁盗塁までですから、我が三盗はポピュラーでは無いのかもしれませんが、昔から花・本・女 女性を盗む事を三盗と呼んで、前の持ち主よりも愛で大切にするならば盗む事も許される、と言われています。先ずは謙虚に、路傍の荒草の花から、と言う程の句です。いつか美しき女性を盗んでみたいものです。

石井 はな

特選句「月朧柩に入れる眼鏡拭く」。大切な身近な方が亡くなられたのだとお察しします。向こうでも困らない様に必需品の眼鏡を丁寧に拭いている姿に、悲しみと寂しさが深く感じられます。

向井 桐華

特選句「化野や今日も濡れ咲く著莪の花」。景がよく見える。説明的でなくそこにある景色を描いているところが良いなと思いました。著莪の花は好きな花です。

銀   次

今月の誤読●「麦秋や綺麗なままの体操着(松岡早苗)」。体育の時間。クラスのみんなはドッジボールに興じている。あちこちで歓声があがり、笑い声が飛び交っている。そのかたわらに少女がいる。ただひとり、膝をかかえて坐っている。彼女はぜん息持ちで、仲間に加われないでいるのだ。いつもの光景だ。生徒たちが騒がしくボールのやりとりをしているとき、少女のまわりだけは、あたかもバリアーにつつまれたように静寂が支配している。そのとき突然、ピカッと稲光が走る。次いでゴロゴロと不気味な音が鳴り、バンとさほど遠くないところに落雷した。一気に空は青黒い雲におおわれ、滝のような雨がザッと降ってきた。先生はピーッとホイッスルを鳴らし「避難しろ!」と命じた。生徒たちは我先にと校舎の軒先に駆け込んだ。ただ少女はひとり、ギュッと膝をかかえ込んだまま動かない。雷はだんだん近づいてくる。先生は大声で少女の名前を呼んだ。生徒たちも口々に少女の名前を呼んだ。だが彼女は動かない。雨が彼女を打ちつけた。すさまじい雨である。一気に髪はビショビショに濡れそぼり、体操着はカラダに張りついた。とたん雷は少女の背後に落ち、その姿はまるでブロンズ像のように浮かび上がった。生徒たちは悲鳴をあげた。だが少女は平然と髪をかきあげ、顔をあげ、気持ちよさそうに雨に打たれていた。少女の顔に笑みが浮かんでいた。

増田 暁子

特選句「地に穀雨君の弾き語りのように」。静かで穏やかな弾き語りのような穀雨。しみじみと心に染み入ります。特選句「知らんぷりという思いやり躑躅に雨粒」。ありがたい思いやり。季語の躑躅の雨粒もさりげなく素敵です。

大浦ともこ

特選句「月朧柩に入れる眼鏡拭く」。近しい方がなくなった時のしみじみと悲しい気持ちが静かに伝わってきます。特選句「草の花花小さくて花の色」。わずか11文字のシンプルな字面の中に〝花〟という文字が3つありそこにまず心惹かれます。ささやかな草の花をじっとみている作者の視線が優しいです。

柾木はつ子

特選句「下ろし立てのサンダル生まれたてのつま先」。「生まれたてのつま先」がいいですね。なんとも可愛らしいつま先が浮かんでまいります。同時に待ちに待った解放の夏がやってきたというワクワク感も感じられて素晴らしいと思いました。特選句「人間に飽きてきてをりよなぐもり」。私が人間でいることに飽きてきているのか、それとも社会の中の人間どもに飽きてきているのか、どちらなのでしようか?どちらとも言えるし、或いは両方かも知れませんね。掲句の作者はたぶん疲れていらっしゃるのでは?あらゆることに…「よなぐもり」が頷けます。

山下 一夫

特選句「春眠の乙女唇にピアスして」。「春」と「乙女」には佐保姫やフローラなどの女神、「眠」には白雪姫やいばら姫を連想します。それが唇ピアスの口を大きくあけて(たぶん)居眠りしている。神話やメルヘンのイメージに現代や現実の対比が面白いです。特選句「空に浮く磨かぬ鏡余寒かよ(島田章平)」。上五中七が「余寒」の形容として秀逸でそこまでで完結してもよいほどなのですが、語尾に謎の「かよ」です。俳句的には詠嘆の「かな」でしょうが、突っ込みや不平の物言いで用いられる若者言葉をあえて持ってきた果敢さをいただきます。やや品が不足する感は否めないもののこちらの方ががぜん面白いです。問題句『櫻島薄暑ドーンと「俳句造型論」』。「黒い桜島折れた銃床海を走り 兜太」が意識されていると受け止めました。戦後俳句界でいろいろあって兜太師が「俳句造型論」を提唱した頃に詠まれたもののようです。掲句は桜島の存在感と兜太師やその業績は互角としているようで納得。ただ、季語「薄暑」はなくてもよいかと。兜太師の主張には俳枕的な地名は季語に匹敵するというのもあります。

松本美智子

特選句「黒揚羽昼の浮力と重力と」。一物仕立ての俳句として、黒揚羽の様子がよく分かる俳句だと思います。紋白蝶でもなく蜆蝶でもなく、堂々とした黒揚羽の悠然としたとび方を想像させる秀句だと思いました。

亀山祐美子

特選句「病室は人ゐて無言春の昼」。当たり前といえば当たり前の情景。親しい者同士の間合い。無言の平安。気の置けなさを「春の昼」という希望に満ちた季語が支える佳句。

藤田 乙女

特選句「傷つけど傷つけど天へ雲雀よ(銀次)」。傷ついても傷ついてもひたむきに進もうとする姿に共感し、励まされました。特選句「千年の山桜千年の孤独」。 千年の山桜は千年の間に生まれてはまた滅びゆく多くの生きとし生けるものを見続けてきたのでしょう。山桜の思いが胸に迫りました。

野﨑 憲子

特選句「もう結構ってさくら日向の少女です」。お日さまを総身に浴び溌溂とした少女が見える。「いい加減ほっといてよ!」と、構ってくる仲間や家族に言っているのか。<さくら日向>の華のある風情に引き込まれた。特選句「吾子の手と象舎の記憶若葉風」。一読、今はない栗林動物園を思った。今は、栗林公園の正面玄関横の駐車場あたりに在った動物園。爽やかな季節に、幼い手を引いて象さんに会いに行ったのが昨日のことのように思われる。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

烏賊墨
蛍烏賊食し心も青光る
末澤  等
身を切って逃るる烏賊よ生きのびよ
銀   次
烏賊すみ好きの妻はおはぐろ可愛かり
樽谷 宗寛
烏賊墨が自慢白南風のキッチンカー
和緒 玲子
半夏生の手土産にしようイカスミを
柴田 清子
いかすみで誘ふデートやパリー祭
島田 章平
烏賊の墨自慢でないという自慢
藤川 宏樹
烏賊墨吐いてふるさとを出て立夏
三枝みずほ
虎杖
虎杖に待ち伏せられてゐる日昏
柴田 清子
酸模グツグツ母の料理は魔女のごと
岡田 奈々
ひざ小僧の傷のなごりよ虎杖の花
銀   次
虎杖や踏みこめぬまま話終ふ
和緒 玲子
虎杖の折れ口きらりあとは空
野﨑 憲子
虎杖齧り頂き目差す風の衆
野﨑 憲子
いたどりや祖母・母・子・孫土佐に生る
大浦ともこ
母の背負籠朝採りの虎杖
樽谷 宗寛
虎杖の花彼女には隠し事
島田 章平
優しさは夕焼のこす小豆島
竹本  仰
夕凪に馴染みて島の人となる
大浦ともこ
豊島美術館で水が生まれた夏
薫   香
夏の空棚田の島の等高線
藤川 宏樹
島めしはガパオライスよ青嵐
岡田 奈々
バナナ
夫婦の間sweet spot!と置くバナナ
竹本  仰
バナナ出してそれでおさまる口げんか
島田 章平
バナナケーキを焼く思い出ぽろぽろ
薫   香
生れてきた意味はいづこぞバナナ食む
野﨑 憲子
バナナ売り切れ寅さんいたらいいのになあ
樽谷 宗寛
母のいない夏休みなりバナナなり
岡田 奈々
正座して老女の咲かすあやとりの花
銀   次
老いたのし愛語ひとひら又ひとひら
野﨑 憲子
老僧の八重歯ハニカム梅桃(ユスラウメ)
大浦ともこ
老い二人五月の石に腰かけて
野﨑 憲子
老いるってどらやきの中のあんこ
三枝みずほ
老いてこそ深まる魅力山粧う
末澤  等
長寿大学美少年老い易く
藤川 宏樹
「俳句造型論」老境に曝書かな
樽谷 宗寛
老眼を花眼と呼びぬ蝉時雨
和緒 玲子
チョイワルは老いてももてる村芝居
島田 章平
涼しさのようにゆっくり老いてゆく
柴田 清子
渋い顔すんなバナナ一本やる
三枝みずほ

【通信欄】&【句会メモ】

平成22年11月に始まった本会も、お陰様で、150回を迎えました。これからも、作品第一で、多様性に満ちた句会を目指して参りたいと存じます。今後ともよろしくお願いいたします。

今回は、河内長野市から樽谷宗寛さん、淡路市から竹本 仰さんがご参加くださり、いつにも増して熱く楽しい句会になりました。

2024年4月25日 (木)

第149回「海程香川」句会(2024.04.13)

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事前投句参加者の一句

さくら咲くことばが文字になるように 佐孝 石画
嘘つきは馬鹿正直に四月馬鹿 野口思づゑ
涅槃西風積木組んではまた崩す 榎本 祐子
母遠忌貝母すくっと自然かな 樽谷 宗寛
きのうまで建ってた病院霾ぐもり 新野 祐子
ふらここを揺らし涙が止まらない 重松 敬子
夕桜あなたのいない十年目 藤田 乙女
蘖も傷も抱えし樹齢百 川本 一葉
山羊の眼の冷徹春田打つ時も 松本 勇二
青き踏むたび蹉跌それも故郷 山下 一夫
夏の日に「いわざらこざら」口が開く 中村 セミ
ここででももととるおととしじみ汁 藤川 宏樹
藪椿せめぎ合わねば淋しくて 津田 将也
逝く逝った逝ってしまった雨の慕情 田中アパート
桜咲く自由な空に見守られ 末澤  等
ムスカリやパーマし染めて九十の母 岡田 奈々
新宿二丁目原色にて朧 大浦ともこ
己が座の何処とかまわず仏の座 時田 幻椏
この国に来やんせ大和の花回廊 塩野 正春
春昼の快楽孤島のベンチャーズ 十河 宣洋
野球部の陣どる廊下春の雨 松岡 早苗
手をふれば母は辞儀せり花朧 花舎  薫
岐阜蝶の孵化のただ中われ老いる 若森 京子
さっぱりと生きて菫の傍にいる 高木 水志
MRI不意に食べたき蓬餅 佳   凛
チューリップ散る日めくりのように散る 吉田 和恵
九重斑雪野含羞むような日差しかな 野田 信章
雪柳縺れてとけず戦長引く 森本由美子
冨士に桜裾野に戦車の這いずりぬ 滝澤 泰斗
ひらがなの囀りヒーローの食いしん坊 荒井まり子
歌舞の音曲谺す花の象頭山 丸亀葉七子
蝶の昼ふっと忘れる現住所 三好つや子
春風と張り合ふ突っ走る鼻面 すずき穂波
蓬摘んでてのひらまでをあるきおり 男波 弘志
甘え捨て白湯の甘さよ梅一輪 薫   香
拘りは冷凍保存春の雷 石井 はな
桜を嫌う桜もあらん花の冷え 竹本  仰
樹の渦をひらく五月の鳥たちよ 三枝みずほ
暮れなずむ花はだんだん雲になり 三好三香穂
魂を浮かべて遊ぶ鞦韆に 松本美智子
鶏鳴やたちまち冥き紅椿 亀山祐美子
花の雨彼岸の友と酒を酌む 銀   次
さくらさくらくらくらさくら花見山 桂  凜火
眉墨のポキリ折れたり花の冷え 向井 桐華
春昼の乳房とりあう子豚たち 月野ぽぽな
水飲む手さくら受くる手祈りの手 和緒 玲子
人が群れ山がもぞもぞ花の昼 山田 哲夫
日は昇るいま結界として桜 大西 健司
飛花落花お国訛りの長電話 山本 弥生
蛇穴を出づ愛犬鼻を逆立てる 疋田恵美子
春風や一期一会と鳴る雨戸 鈴木 幸江
四月馬鹿みんなで言おう「ばかやろう」 島田 章平
春陰や墓石の銘に「愛」の文字 植松 まめ
一語一語泡立つやうに豆の花 小西 瞬夏
チューリップたがいちがいの掌を合わせ 福井 明子
恋歌の包みに花の菜ひとつ 河田 清峰
すみれすみれレコード盤が捨てられぬ 伊藤  幸
春の暮ささやかな父情綴る 豊原 清明
麦刈って遠い明日へ向くをとこ 谷  孝江
フィナーレの手を振るさくらまたさくら 岡田ミツヒロ
葱坊主なにも言うなと眼がうごく 増田 暁子
このままで何も言わずにゐて桜 柴田 清子
目を覚ませ夫よ雲雀の高鳴ける 柾木はつ子
鳥曇りガザの幼子等飛んで来よ 田中 怜子
人生まあこんなもんよと亀鳴けり 綾田 節子
花筏出発時間はいつですか 漆原 義典
ガザ飢えて我の無力を我怒る 稲   暁
迷い猫探すチラシや春愁 菅原 春み
犬ふぐり猫の体操すごいだろう 河野 志保
えつ今日ですか?百千鳥の真言 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「春昼の乳房とりあう子豚たち」。命の塊のような子豚たちの映像がはっきりと浮かび上がる。乳房をとりあうことが「今」を生きることである。圧倒的な映像の力で、小さな悩みなどを吹き飛ばすように、読者に活力を与えてくれる一句。

松本 勇二

特選句「MRI不意に食べたき蓬餅」。MRI検査を受けられたのでしょうか。何とも言えない音響の中で、ふいに頭をよぎったのが蓬餅です。この大いなる展開に意表をつかれました。

岡田 奈々

特選句「花筏出発時間はいつですか」。花筏にもタイムテーブルがあったんですね。私も乗り遅れ無いよう。遅くも早くも無く、この世を楽しかったと思い残す事無く、あの世への筏に飛び乗れますように。特選句「魂を浮かべて遊ぶ鞦韆に」。ぶらんこの浮遊感は大好きです。見たら必ず乗ります。「さくら咲くことばが文字になるように」。桜って本当に喋る必要無いくらい多弁です。「藪椿せめぎ合わねば淋しくて」。なんだかんだいちゃもん付けて対抗してたのは淋しかったからなのね。「あきまへんヴギウギロスや弥生尽(島田章平)」。趣里のいかにもな大阪弁と派手な百面相が毎日のお楽しみやったのに。また、とても上手な(笠置シヅ子より)歌と踊りは毎週の楽しみでした。ハァアア!「おしゃべりと時間のあわいを木の芽風」。女三人寄って、主人の事など好き勝手言ってる井戸端会議。ここにも季節は確実にやって来る。「手をふれば母は辞儀せり花朧」。桜の花の下に大好きな母が立っていて、私が手を振れば何故かお辞儀してくれるけど、私って判ってない?もしくはもう母はこの世の人では無い。桜はこの世とあの世を近づける。「MRI不意に食べたき蓬餅」。分かるわー。私も先日、あのめちゃくちゃうるさい機械の中に30分。もう絶対入りたくないと思って、本当疲れてしまいました。蓬餅のあの強烈な香りと苦みと甘さ。そのくらいでないと、桜餅では対抗できません。「暮れなずむ花はだんだん雲になり」。桜か雲か、雲か桜か。最期は溶けて分からなくなりそう。「一語一語泡立つやうに豆の花」。豆は花まで素敵です。

福井 明子

特選句「魂を浮かべて遊ぶ鞦韆に」。人ひとりの内部の、どこに魂というものがあるかは分からない。が、「魂」は確かにあって、鞦韆の揺れ、そのたわみに自在に浮かべて遊ぶという。春の風にひろがる幻想的で魅力的な空間。魅かれました。

十河 宣洋

特選句「甘え捨て白湯の甘さよ梅一輪」。達観した人生である。白湯の暖かさと梅の香りがさらに豊かな時間を作ってくれる。特選句「人が群れ山がもぞもぞ花の昼」。花見の客をもぞもぞは好い。落着かない花見の頃の様子。山どころか日本中がもぞもぞである。旭川は桜の開花予報は連休になりそうである。もぞもぞがやがやである。

三枝みずほ

特選句「少女だった頃の匂いの養花天(榎本祐子)」。春の気候は変わりやすい。冷える日、暑い日、長雨…この繰り返しで花が咲くという。桜が咲く頃の混沌とした匂いの中に、あの日の少女の憂鬱と不安それでも生きていこうとする明るさが混在している。

津田 将也

特選句「一語一語泡立つやうに豆の花」。豆の花(春の季語)には、「そら豆の花」「豌豆の花」があるが、この句は前者であろう。花は一様に蝶形で、「そら豆の花」には、白または薄紫があり、翼弁に黒い斑点がある。一読して「比喩」が巧みで、つぎつぎと咲き誇る花の様子をドラマ的にも・映像的にもしている。

松岡 早苗

特選句「涅槃西風積木組んではまた崩す」。私の人生も振り返ってみれば、積み木崩しのようなものであったのかも知れないと、妙に納得させられ心に残る御句でした。特選句「手をふれば母は辞儀せり花朧」。遠く霞む満開の花の下、手を振る私に対して他人行儀にお辞儀する母。もしかしてお母様は認知症を患っていらっしゃるのでしょうか。若く美しかった人もいずれは老いる世の定め。自分の母親であれば老いの現実はなおさら切ないですね。小町の「花の色は移りにけりないたづらに・・・」の歌なども浮かびました。何気ない一場面を的確に切り取り、言外に「もののあはれ」をにじませた佳句だと思いました。

鈴木 幸江

特選句評「山羊の眼の冷徹春田打つ時も」。ちょっと前までは、日本のあちらこちらで牛や馬が田植え前の田んぼを耕していたことだろう。今は、耕運機だろうが。山羊は、そんな人と家畜か機械の作業を冷徹な眼で見ていると作者は言う。心には別の次元で生きている生きものとしての人間の自己を重ねているのだろう。その想いに自己というものの本質を感受しているとして特選とした。特選句「新宿二丁目原色にて朧」。若かった頃(40年以上前)、夫の高校時代の友人が新宿二丁目で洗濯屋さんをしていた。言わずもがなのゲイバーのメッカであった。注文はドレスばかりとのこと。さて、今はどんな変身を遂げているのだろうかと、「原色にて朧」の措辞により勝手に想いを巡らした。すると、なんと平安時代の王朝文化の香りとの景色がちょっとだけ覗けた。とても、愉快で新鮮であった。

月野ぽぽな

特選句「春風や一期一会と鳴る雨戸」。春の強風に雨戸が鳴っている光景だ。往々にして人との出会い、更には人と風景との出会いについて言われる「一期一会」を、春風と雨戸の出会いについて言ったこと、それを「一期一会と鳴る雨戸」と表現したことに感覚の冴えがあり、俳諧味もある。春の訪れを喜び、同じようで二度と同じではない季節の巡りを愛おしむ心が伝わる。

桂  凜火

特選句「さっぱりと生きて菫のそばにいる」。この心境はうらやましい限りです。 まだまださっぱりとはいかないので理想的です。特選句「麦刈って遠い明日へと向くをとこ」。男の本質を表しているような句です。明日へと向くがいいですね。男もがんばれ。

綾田 節子

特選句「犬ふぐり猫の体操すごいだろう」。猫は飼っていないので、どんな体操か分からないのですが、想像しただけで可笑しく、犬ふぐりの上で暴れてるような?楽しい俳句これからもよろしく。

塩野 正春

特選句「MRI不意に食べたき蓬餅」。この句にすごく同感します。MRIの検査を受けられた気持を代弁しています。かなり心配な状態であの暗い洞窟に、半ば強制的に入れられた時、たとえ悪いが棺桶に入る気持ちです。トン トン トン、別れのミュージックが聞こえます。生きているか? それとも死ぬか?そんな時不意に思い浮かべる蓬餅。MRI検査を無事通過した時のうれしさを想像させてくれます。特選句「春昼の乳房取り合う子豚たち」。この句の素晴らしいところは、子豚たちのたくましい生命力もさることながら、人間の世界に食い込んだ(豚)の存在です。何故豚とヒトが共存することになったか、私には定かでないが、その動物の存在に敬意を払わざるを得ないからです。長生きをすれば代替の臓器が欲しい!そんな勝手な欲望を満たしてくれる可能性があります。私の身近にも心臓の弁を豚のそれで生きながらえた人が居ます。元気な子豚たちに拍手します。ある上級職の人が、牛や豚を飼う人たちより君たちは素晴らしい・・・と訓示したと報道されていますが、この方が豚以下の知識しかないと断言できます。

松本美智子

特選句は「水飲む手さくら受くる手祈りの手」。でお願いします。今年はさくらの開花がいつもより遅れてたからか「さくら」「桜」「花万朶」「花筏」などの句が多かったです。どの句も心動かされましたが、この句はとても秀逸だと思いました。さくらの美しさと手を対比し、日常の生活における「手」に焦点をあて非日常にある争いに思いを寄せる気持ちをうまく昇華していると思いました。これは余分のコメントですが・・・今回松本が投句した「三角に吹いても丸くしゃぼん玉」も世の中 すべてしゃぼん玉のように「丸くなあれ」と祈りを込めたつもりですが・・・なかなかうまくいきません。この句のように美しく作れたらいいのに・・・と思います。

野田 信章

特選句「岐阜蝶の孵化のただ中われ老いる」。春の女神とも愛称される「ギフチョウ」の孵化を見守る心音の込もった句である。生きもの同士の交感を通して見詰められているわがいのちの一態ー自愛の念が美しい。多様な老い様のある中で、この句にはこの句なりの結実ありと読んだ。映像で見ると黒地に白のすじ模様のある美しいアゲハチョウである。九州ではお目にかかれない。ぜひ拝見したいものである。

三好つや子

特選句「樹の渦をひらく五月の鳥たちよ」。小鳥たちの囀りに呼応するかのように、五月の空へ葉や枝をひろげる樹が、まるで一つの森のような姿に感じられました。生命の鼓動を紡いだ詩情が素晴らしい。特選句「えっ今日ですか?百千鳥の真言」。四方八方から聞こえてくる鳥の声に、ふと今日死ぬのかも、と思ったのではないでしょうか。そんな予言に慌てず、騒がず受け入れようとする、飄々とした心境に、興味がつきません。「涅槃西風積木組んではまた崩す」。一読して、穂積隆信の体験記「積木くずし」が浮かび、親子関係のむずかしさに共感。「麦刈って遠い明日へ向くをとこ」。明日に向かって一歩一歩歩んでほしい。被災地の人々への直球のエールに惹かれました。

花舎  薫

特選句「一人来て夫に土産や花のこと(佳凛)」。一人来て、とあるので、お墓参りでしょうか。違っていたら、ごめんなさい。ご主人を勝手に殺して?しまって。衒いなくシンプルな表現で感情を読み込んだこの句に惹かれました。何の目的でどこに来ていて何をしているのか書かれていない。省略の美ですね。夫を失ったことにもう自分の中でけりをつけられた頃なのでしょう。日常の些細なことを静かに語りかけている。そこに生前の愛情も窺える。ちょっと寂しくて穏やかな春の日です。「チューリップ散る日めくりのように散る」。チューリップの最後は大きな花びらが透き通って紙のように薄くなり、はらりと落ちます。暦との組み合わせがいいですね。「拘りは冷凍保存春の雷」。春の雷が不安感を呼び起こすのでしょうか?冷凍保存と季語の組み合わせの意外性。「水飲む手さくら受くる手祈りの手」。モンタージュスタイルの綺麗な句。「遅ザクラどちらかと言えば不幸です」。若い作者なら御愁傷様。桜のカタカナ表記が嘆きの表現に一役。意図してのことか、中七の字余りでさえはっきりしない気持ち(性格?)が出ている。幸せになってね。         ♡初参加の弁:この度、香川句会に参加させていただきとても感謝しています。私の俳句は英語で言うところのWIP(Work In Progress)。進行中や作業中とも訳せますが、私の場合は模索中と言った方がいいかもしれません。他の学びと同様に完成することはないですが、そのプロセスを楽しみたいです。今後ともよろしくお願いします。 

若森 京子

特選句「西行の花を尋ねて逝きし母(増田暁子)」。「願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」と有名だが,吉野の西行庵を思う時、桜の好きだった母の死は、きっとそこへ尋ねて行ったのであろう、と母への美しい追悼の句としている。この感性が好きだ。特選句「蝶の昼ふっと忘れる現住所」突然に襲って来る認知症、最近私の周りに余りにも多く、自分にもとの恐怖さえ持っている。その心情を直に一句にしている。

山田 哲夫

特選句「さくら咲くことばが文字になるように」。「さくら咲く」という単純なことが、比喩ひとつでこんなに詩的な言語空間を創出できるのかと、思わず頷いてしまった。「ことばが文字になる」ときは、一つのことばから様々な要因が働いて多くのことばが爆発的に派生してくることは、漢字の例をとってみても容易に想像出来る。満開のさくらを見ながら、ことばと文字との有り様を想像できる作者の思考の柔軟さと自由さに感心した。

島田 章平

特選句「春昼の乳房とりあう子豚たち」。改めて掲載句を読んでみると、土の匂いのする句が少ない。どうしても観念的な句が多い。掲句は、そのような句の中で、唯一土の匂い、命の匂いがする。母豚と子豚、まさに命の原点を技巧なく描いた秀句。

増田 暁子

特選句「さくら咲くことばが文字になるように」。次々咲くさくらを愛でる言葉ができるとき、桜を待ち侘びる日本人の美しい文字ができるように感じました。特選句「富士に桜裾野に戦車の這いずりぬ」。長い間守ってきた平和をどうしようとしているのか。どうしたら良いのかもっと相談して欲しい。「フィナーレの手を振るさくらまたさくら」。散る桜の様子が見える。中ほどのさくらまたさくらがとても良く、情景が溢れている。

樽谷 宗寛

特選句「蝶の昼ふつと忘れる現住所」。ありますあります。切ないことですが経験しました。昼の蝶が私を優しく救ってくれました。

植松 まめ

特選句「さくら咲くことばが文字になるように」。しっとりと美しい句、ことばが文字になるように咲くさくら、それを文字にするのはむつかしい。特選句「春の暮ささやかな父情綴る」。ささやかな父情に惹かれた。母性、父性はよく聞くが父情とは辞書で探しても出て来ない。飯田龍太に「冬ふかむ父情の深みゆくごとく」父親の愛は静かで深い。気になる句「いぬふぐり猫の体操すごいだろう」。この猫は多分雄猫。漫画『じゃりン子チエ』でチエちゃんが飼っている小鉄のような猫か?滅茶苦茶強くてそう言えばよく体操もしていた。(わが愛猫もあやかって小鉄と名をつけた)

大西 健司

特選句「涅槃西風積木組んではまた崩す」。この風が吹くと寒さがまた戻ると言われている。そんな季節のように積木を組んではまた崩す。そんな来し方をふと思い起こしているのだろう。

榎本 祐子

特選句「さくら咲くことばが文字になるように」。桜の開花と、思いが形象化されてゆく事とを重ねて美しい。

新野 祐子

特選句「ガザ飢えて我の無力を我怒る」。凄惨を極めるガザ攻撃は民族浄化に他なりません。心穏やかに俳句を作る心境になれない日々を送っているのは、皆様ご同様のことと。この句、無季ですが、まっすぐに胸に響いてきました。問題句「迷い猫探すチラシや春愁」。はじめ入選句にしたのですが、このことって「春愁」なんて生やさしいことではありませんよね。私にとっては危機です。全身全霊で探します。

藤川 宏樹

特選句「野球部の陣どる廊下春の雨」。廊下の奥に立ってゐる戦争より、春雨で野球部が陣どりざわつく廊下の方がずっと良い。

野口思づゑ

特選句「さくら咲くことばが文字になるように」。そういえば満開の桜の下にいると言葉が聞こえてくるような感覚にもなります。素晴らしい感性です。特選句「桜を嫌う桜もあらん花の冷え」。桜は誰もが好きで歓迎し喜ぶと、はなから思い込んでいました。「桜を嫌う」上5がまずとても新鮮。そして嫌うのが桜となれば、自身が嫌なのか、身内を嫌うのか、仲間を嫌うのか、など人間や人間関係の複雑な思いが句に込められています。

稲   暁

特選句「逝く逝った逝ってしまった雨の慕情」。思いがけず逝ってしまった八代亜紀を追悼する一句。亜紀さんは優れた歌手であるだけでなく、気さくな人でボランティア活動などにも熱心に取り組んでいたと聞く。惜しい人を亡くしたものだ。

和緒 玲子

特選句「爪切りのあと啓蟄の爪匂う(月野ぽぽな)」。確かに爪を切ったその瞬間から爪は伸び始める。啓蟄という季語との取り合わせによって対比が生まれ、その対比のなんと楽しいことか。むくむくと伸びている、切りそろえた爪(たぶん足?)を匂うと表現されたこと。愉快です。特選句「笑えればいいよと春の空家かな(松本勇二)」。財布と家は春に買うに限る、というのは冗談ですが、穏やかに笑って暮らせればそれだけで充分といった心持ちでしょうか。身につまされる思いがします。こんな春の捉え方もあるのだな。

河野 志保

特選句「桜咲く自由な空に見守られ」。「自由な空に見守られ」た桜の愛らしさよ。同時に平和への願いも感じられる句。作者は世界の戦火に思いを巡らせているのではないだろうか。

滝澤 泰斗

春のお彼岸、また、今年はいつもより早いイースターだったせいか、人を悼む句が目についた。その中の次の二句を特選にしました。特選句「鶏鳴やたちまち冥き紅椿」。鶏鳴やで、イエスが弟子のペトロに言った言葉を想起させ、ゲッセマネの園で捕らえられた一夜の出来事を思い出させてくれたような一句。特選句「目を覚ませ夫よ雲雀の高鳴ける」。こちらは雲雀・・・慟哭が切ない。「さくら咲くことばが文字になるように」。美しい桜がいっせいの咲き、感嘆の言葉が文字になるようにあふれ出てくる感じを上手く掬った。「山羊の眼の冷徹春田打つ時も」。確かに、山羊の目は、いつも冷徹に見える。気づきの一句。「青き踏むたび蹉跌それも故郷」。十八の春にふるさとを飛び出した。その思いとは裏腹に、ゴールデンウィークに襲われた望郷の念は、幾星霜を経てもふるさとへ向かう・・・。「どこへ行こうか春の小川に紙の舟」。とても気持ちのいい一句。いただきました。ふるさとの千曲川に注がれる小さきせせらぎの記憶・・・。「飛花落花お国訛りの長電話」。望郷の思いを募らす句が追い打ちを掛ける。母が健在な頃になると、季節の花の便りを電話で聞いたものだ。

田中 怜子

特選句「母遠忌貝母すくっと自然かな」。ふたりの間にいろいろあったかもしれないが、うつむく地味な貝母に母をたくして懐かしむ。静かな懐古。「野球部の陣どる廊下春の雨」。今大谷選手のでる試合でTVは占拠されていて、かたや大国に虐められている国があるので忌々しい感じがするが。この句は若者が狭いところで仮に雨宿りしていて、若者の汗やおしゃべりなど熱気がむんむんしてくるような廊下が目に浮かぶ。「春昼の乳房とりあう子豚たち」。すさまじい取り合い、乳を吸う音や、母豚の満足そうな顔も目に浮かぶけど、何か月か経って人間の胃に…残酷だ!

三好三香穂

「花月夜終の住処のビルの街」。昨今は、高松市街地に、やたらとマンションが建つ。年老いれば、バリアフリーで便利な市街で過ごす選択も、あるでしょう。終の住処と読んでいるので、そのような方と、お見受けします。世相句とでも申しましょうか?「手をふれば母は辞儀せり花朧」。生きている母、たぶん施設に見舞って、帰りがけ。では、また、と、手を振ると、丁寧なお辞儀で返してくれた。私のことをよくは理解していないのかしら?淋しい。「雪柳縺れてとけず戦長引く」。終わりの見えない戦争、よく言い表しています。「眉墨のぽきり折れたり花の冷え」。花の冷えと眉墨の折れる動作がよくあっていると、思います。あるある日常を、うまく切り取っていると思います。

豊原 清明

特選句「さくらさくらくらくらさくら花見山」。同じような手法の中ではこの句が一番、胸に来ました。ひらがなは柔らかい。好き。問題句 「さっぱりと生きて菫の傍にいる」。「さっぱりと生きて」に作者の元気さが伝わり、いいなと思います。

疋田恵美子

特選句「蘖も傷も抱えし樹齢百」。古木に蘖、登山の際に見かける景色ですがなかなかの風情です。特選句「花会式ちんたらちんたら西の京(樽谷宗寛)」。前のことですが京都に桜見物に行った時のこと、華道家元池坊の看板を目にして懐かしく思いました。

山本 弥生

特選句「眉墨のポキリ折れたり花の冷え」。花冷えの朝、老いたりと云えども、少しお洒落をして出かけようと思い、眉墨を濃い目に引こうとしたら折れてしまった。逆に吉兆の知らせだと思い直して念入りに眉を引いた。

河田 清峰

特選句「己が座の何処とかまわず仏の座」。最後は仏の座の花にまみれていたいとの思いがよく分かる。

吉田 和恵

特選句「思考朦朧歯痛の叫びムンクの春(滝澤泰斗)」。ムンクの「叫び」は、人の心の奥深くにある不安や怖れを暗示しているようで魅かれるのですが、それ程の歯痛とは、お気の毒です。ちなみに私は目下歯痛より腰痛に泣いてます。

石井 はな

特選句「ふらここを揺らし涙が止まらない」。ブランコに乗りながら何に思いを馳せているのでしょう。ブランコって不思議と子供の頃や心の奥に連れて行ってくれるし、あの揺れは心のリハビリですね。

男波 弘志

「さくら咲くことばが文字になるように」。四季の巡りが順調であり、齟齬のないことは誠に麗しいことだ。秀作。「水飲む手さくら受くる手祈りの手」。このままでも十分に詩芯が伝わってくるが、さくら受く、を概念から具象にする手もある。この一行詩はどう映像化するか、そうできたか、そこに一切がある。これは決して写生の問題ではなく、過去から現在、現在から未来へ時空を貫く映像美が創れるか、だと思う。子規が唱えた写生論には現在しか含まれていない。だからこれは方法論の一つに過ぎない。芭蕉の発句を精読すればそのことは明瞭である。「水飲む手 落花受くる手祈りの手」これで時間軸が過去から未来へ貫かれたのではないか、静謐さでは原句が勝っているようだが、何を捨て、何を拾うか、あとは覚悟の問題であろう。一応、功罪相半ばだと付け加えておく。準特選。

伊藤  幸

特選句「岐阜蝶の孵化のただ中われ老いる」。岐阜蝶という固有名詞が生きています。これから光の世界に生まれ出ようとする生命と朽ちてゆく生命との対比がさみしさを募らせます。特選句「水飲む手さくら受くる手祈りの手」。人間の手が如何に大事を担っているか再認識させられる一句です。当たり前のように使っている我が手につい感謝してしまいました。

 
漆原 義典

特選句「さくら咲くことばが文字になるように」。ことばによる会話が、文字となり文章となる過程を、さくら咲くことと重ねていることに感動しました。

荒井まり子

特選句「新宿二丁目原色にて朧」。若い頃、三十年ばかり東京に住んだが、皆急ぎ足で、新宿のみならず、喧噪の中、得体の知れない街に思え、居場所はなかった。正に二丁目は映像どおり原色にて朧。私にはいつまでも遠い街。

岡田ミツヒロ

特選句「逝く逝った逝ってしまった雨の慕情」。もう十分生きたのだろう。椿が落ちるように逝ってしまった。多くの人の心にその歌声を残し。「逝く」からの畳かけごとに哀惜の奥へ奥へと引き込まれる。特選句「手をふれば母は辞儀せり花朧」。一つの光景が即座に眼前に現われた。母は私の幼時から挨拶を繰り返し教えた。そして成人した私を遠くから真っ直ぐに見て会釈した。その懐しい光景がいま鮮明に蘇った。

佳   凛

特選句「歌舞の音曲谺す花の象頭山」。長い間、閉まって居た金丸座に、華やかな桜と一緒に、歌舞伎も再開され、讃岐にも、観光客が戻りウキウキワクワクする人達が増えそうです。

丸亀葉七子

特選句「藪椿せめぎ合わねば淋しくて」。肩を触れ合って何か囁きあっている椿の姿が見える。特選句「新宿二丁目原色にて朧」。新宿二丁目が生き生きと喧騒していて眩しいネオンの街。だけれどかすみを喰って朧おぼろとしている住民たち。

薫   香

特選句「さっぱりと生きて菫の傍にいる」。生きていると悲しい事や辛い事、苦しい事もあるからこそさっぱりと生きていきたいという私の理想です。ただ美しいものの傍に居たいという思いは忘れずに。特選句「水飲む手さくら受くる手祈りの手」。いろいろな動作の中からこの三つを選択したことと、最後に祈りを持ってきたことに心掴まれました。思わず自分の手を見つめてしまいました。

竹本  仰

特選句「青き踏むたび蹉跌それも故郷」:故郷とは何か、それを問い詰めたものでしょうか。坂口安吾は「文学のふるさと」で、故郷は振り返るものだが、帰るところではない、と言っていました。自己に甘んじるな、ということでしょうか。挫折こそが原点。寺山修司〈ラグビーの頬傷は野で癒ゆるべしすでに自由を怖じぬわれらに〉。自由とは傷ついてこそ得られるものなのかとも思えます。特選句「水飲む手さくら受くる手祈りの手」:〈袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風や解くらむ 貫之〉と、水によって四季のめぐりをあらわしたように、この句は手によって春をあらわしているように思えたのと、生きている実感が端的に手で表現できているところに、感心しました。特選句「花万朶前世でお会いしましたね(花舎 薫)」:満開の桜の恐ろしさといえば、「櫻の樹の下には」とか「桜の森の満開の下」でしょうか。桜の魔力というのは、死を幻想させるか、狂気に駆り立てるか。そういえば、『櫻の園』でも死んだ子供が見えたとか見えなかったとか、ロシアの夜桜の陰鬱なところが出てきます。そういう延長線上に、この句もあるかなと思いました。見える筈もない前世の記憶がよみがえるなんて、でも桜の下でなら・・・と思わせるところがあり、面白いと思いました。以上です。今年は当たり年で、「長」と名の付くものが四つほど四月から出来て、会議のつづく毎日です。したがって、仕事とダブって、四苦八苦。これから一年間の長いトンネル、通り抜けを祈って、忍の一字です。みなさん、お元気ですか。よろしくお願いします。

向井 桐華

特選句「春昼の乳房とりあう子豚たち」。実景がしっかり見える句だと思います。ひしめき合うように子豚たちがお母さんの乳房をとりあう姿はとても微笑ましい。能登の大地震では、ミルクを破棄せざるを得なくなった哀しいニュースがあったが、このような句に出会うととてもほっとします。問題句「穴という穴のひらきて夕櫻(野﨑憲子)」。読みに迷いました。美しい夕桜に作者の毛穴すべてが開いたのか、桜の開くさまを穴という穴という措辞を使ったのかがわかりませんでした。→昔、天保山の夕暮れ、初桜寸前の櫻樹の幹々や枝々が真紅に染まっているのをみたことがありました。拙句は、櫻樹の開花の様を表現しました。

中村 セミ

特選句「さくら咲くことばが文字になるように」。感性の瑞々しさをかんじる。桜咲く言葉ってなんだろうと思ってしまう。こんないい俳句にまた、あいたいです。

柾木はつ子

特選句「富士に桜裾野に戦車の這いずりぬ」。まさに『戦争と平和』の象徴のような光景。しかもうっかりするとその不気味ささえもつい忘れてしまいそうな自然さ・・・これが日本の現実なのですね。特選句「一語一語泡立つやうに豆の花」。豆の花の咲き様を見事に表現されていて素晴らしいと思いました。

銀   次

今月の誤読●「このままで何も言わずにゐて桜」。わたしは両親とともにクルマでお花見に出かけた。といっても近場の公園や河川敷ではなく、着いたところはわたしのおうちからうんと離れた場所だった。海に面した切り立った断崖。その崖の突端に確かに一本の桜があった。お花見といえばそういえなくもないが、それにしてもヘンな場所を選んだものだ。父はクルマからレジャーシートを持ち出し、もくもくとそれを広げはじめた。母は水筒とバスケットから出したお弁当を、シートの上に丁寧に並べていく。両親は(クルマのなかでもそうだったように)一言も喋らない。黙っているのはわたしも同様で、あたかもだれかに命じられたかのようにただクチをつぐんでいた。「空気を読む」とでもいうか、いまは沈黙すべきときだというのが幼いわたしにもわかっていた。母が弁当のふたを取り、「さあ、お食べ」とわたしにいった。小ぶりのおにぎり、半分に切ったゆで卵、串に刺したプチトマト、タコの形に細工したウィンナとから揚げ、なにもかもが祭壇にまつる供物のように華やいで見えた。そのときわたしは思った、子どもごころにも「これが最後の食事」になることを。父のハアハアという荒い息、母はブルブルと震え、目にいっぱい涙を浮かべている。父は母をジッと見つめ、母は時折コクンコクンとうなずいた。わたしたちの頭上には満開の桜があり、それをすかして真っ青な空が広がっている。くまのぬいぐるみのような雲。そして崖下から聞こえてくる穏やかな波の音。そのすべてが禍々しかった。どれくらい時間が経っただろう。父は突然「ワッ」と叫び、お弁当をシートごと引きずっていき、崖から投げ落とした。わたしはおそるおそる、四つんばいになって崖っぷちに近づき、下をのぞき込んだ。そして見たのだ。一瞬だがほんとうに見たのだ。岩の上にわら人形のように横たわっているわたしたち三人の死体を。だがまばたきもしない間にその幻影は消えた。父は「やめた!」と大声を出した。母はわたしを力いっぱい抱きしめ、「帰ろ」といいつつ大泣きに泣いた。そしてわたしは両親と一緒におうちに帰った。クルマの車窓から振り返ると、一陣の突風が吹き、桜がザッと散った。

森本由美子

特選句「開花宣言今年も初めての老後(若森京子)」。日本人にとって桜は心張り棒のようなもの。齢80を過ぎ、今年も天気予報と開花宣言情報に一喜一憂し、思う存分桜を楽しむことが出来た。気持ちを新たにして、来年の花時までまた歩みを続けてみよう。そんな心情が伝わってくる。

大浦ともこ

特選句「手をふれば母は辞儀せり花朧」。親しみを込めて手を振る”わたし”に丁寧にお辞儀をする母・・どういう情景なのか想像をして、それから少し寂しさが伝わってきます。季語の花朧がしっくりときます。特選句「水飲む手さくら受くる手祈りの手」。上五中七下五の”手”にそれぞれの役目を担わせ読むものを納得させる強さがあります。季語も効果的に使われていてリズムも気持ちが良い。

重松 敬子

特選句「フィナーレの手を振るさくらまたさくら」。フィナーレの華やぎが心に浮かびます。無駄な言葉なく、さくらを上手につかった秀句。

時田 幻椏

特選句「嘘つきは馬鹿正直に四月馬鹿」。「水飲む手さくら受くる手祈りの手」。両句とも心地良いリフレインを頂きました。

高木 水志

特選句「チューリップたがいちがいの掌を合わせ」。チューリップの色とりどりに咲く景色を想像して、人々の願いが届けられることを連想しました。

山下 一夫

特選句「笑えればいいよと春の空家かな」。誰かが言った「笑えればいいよ」との少し諦めや虚ろさの伴う受容を漂わせるフレーズを「春の空家」に例えていると受け止めました。やや難解ですがじわじわきます。特選句「水飲む手さくら受くる手祈りの手」。上五に飢餓に追い込まれている人々の手、中七に幸せを享受する又は繊細な感受性を備えた人々の手、下五は上五に対する中七の人々の思いと理解しました。昨今の悲惨な情勢への血の通った思いが伝わってきます。問題句「落花静かテーブルにある小指かな(竹本 仰)」。静かに花散るひととき、テーブル上の手の小指をしみじみと見ていると読め、事情は不明ながら魅力的。しかし、どうしても切断された小指も連想してしまい不気味なテイストを感じてしまいます。「ある」は「見る」の方がよいかなどと思います。

菅原 春み

特選句「新宿二丁目原色にて朧」。原色にて朧という発想に新鮮な驚きを。特選句「手をふれば母は辞儀せり花朧」。朧の状態になっても尚、丁寧にお辞儀するご母堂。なんとも哀しいが、花朧に救いが。母娘(子)のほのぼの感がいいです。

末澤  等

特選句「さくら咲くことばが文字になるように」。私にとって、桜が少しずつ咲いてゆく様子が、俳句作りの際に頭の中で言葉になってゆく状況がピッタリ表わされていると思いました。

野﨑 憲子

特選句「春風と張り合ふ突っ走る鼻面」。一読後、この鼻面が夢にまで出て来た。得体の知れない、この何かの鼻面が春風と競い合っている。春風と鼻面。せめぎ合う破調の中句。昔の友の記憶を辿れば一番に浮かんで来るのが鼻面である。頑張れ!と思わず叫んでしまった。特選句「菜の花のルールきみには届かない(高木水志)」。<菜の花のルール>を、私は草木の正しさと取りたい。戦争の映像を見ていると、野のあちこちに地雷が埋め込まれ、いつ爆発するかも知れない。被害を受けるのは無辜の人類だけではない。生きとし生けるもの全てに被害が及ぶ。大自然のルールを詩に表現したらどうなるか?今、世界最短定型詩に、もっとも求められているものではないだろうか。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

雨しとど車を飾る花吹雪
三好三香穂
つなぐ手の疼きわづかに花の冷え
和緒 玲子
花ひとひらふたひら三つの月が舞い降りる
野﨑 憲子
盗掘のヒエログリフや花の冷え
藤川 宏樹
花散れば水底の少女よみがえる
銀   次
世の中を空けたるごとく開く桜
藤川 宏樹
花筏押してバタ足いかがです?
薫   香
仏飯の少し乾きて花曇
大浦ともこ
身のうちのはためきやまず花の山
野﨑 憲子
仏壇の黒ひかりして花万朶
大浦ともこ
冬山に出づる夕月道しるべ
末澤  等
おじ様の穴出ず桜日和かな
岡田 奈々
出港の出船入船椿咲く
島田 章平
陽炎の奥から出づる黒猫よ
野﨑 憲子
四月
四月来る子の捨てられるランドセル
島田 章平
あくびしてくしゃみをしたらもう四月
薫   香
舌下錠ざらり四月の社員寮
和緒 玲子
四月のZZZことばになんかできないよ
野﨑 憲子
水はねて川横ぎって来る四月
銀   次
放鳩の四月一粒万倍日
大浦ともこ
四ン月や山むくむくと千の彩(いろ)
三好三香穂
硝子
ピーマン切って中を硝子にしてあげた
藤川 宏樹
硝子戸に映る真実四月馬鹿
島田 章平
コーラーの瓶より花瓶沖縄忌
島田 章平
硝子玉弾けるように咲く牡丹
岡田 奈々
Z
Zの子会社やめるってよ黒南風
和緒 玲子
春キャベツ捲く新聞やXYZ
藤川 宏樹
Xの投句炎上四月馬鹿
島田 章平
Z世代の春眠あわてふためかず
岡田 奈々
 
躑躅
ポッとつつじが進路指導の高低差
岡田 奈々
朝市のおばあ早起きつつじ咲く
島田 章平
躑躅燃ゆスマホ忘れてしまつたの
野﨑 憲子
春つつじ麗らかすぎて思案する
末澤  等
自尊心賭けたる戦白躑躅
藤川 宏樹
つつじが昇華して福耳にピアス
和緒 玲子

【通信欄】&【句会メモ】

今回の高松での句会は14名の参加。午後1時から午後6時過ぎまで、事前投句の合評と、袋回し句会を楽しみました。もう少し、前半の事前投句の合評を圧縮してはとの意見と、勉強になるからこのままでの意見に分かれています。一応、終了時間は午後5時に決めていますが、会場主の藤川宏樹さんのご厚意に甘えて時間延長させていただいております。ご参加の皆さんと話し合いながら、より実りある楽しい句会への道を探っていきたいと存じます。今後ともよろしくお願いいたします。

あと少しで五月。お正月を過ぎたばかりと思ったら、もう、一年の半分近くが経っていました。次回は、150回の句会になります。一回一回を大切に多様性に富んたもっともっと熱い句会へと進化させていきたいと存じます。今後ともよろしくお願いいたします。

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