「海程香川」
第162回「海程香川」句会(2025.06.14)
事前投句参加者の一句
背をさするあなたの夏野呼び起こす | 三枝みずほ |
青蔦や萎みし尻の捨て台詞 | 荒井まり子 |
万緑に覆われ薄くなってゆく | 高木 水志 |
初鰹ゆらゆらゆがむ恋ばなし | 遠藤 和代 |
老人が夢見る胡瓜となっている | 竹本 仰 |
青簾なんにも言わずそこに居て | 綾田 節子 |
卯波立つ命の重さ等しかり | 石井 はな |
泡上りゆくグラス虹消える間を | 榎本 祐子 |
若蛍一校時目よ午後八時 | 漆原 義典 |
梅雨寒や緑葉ずしり樹が叫ぶ | 豊原 清明 |
言うことを聞かないわたし髪洗う | 男波 弘志 |
民草が民草訴え梅雨寒し | 新野 祐子 |
魚へんにブルーの味噌煮不滅の3 | 藤川 宏樹 |
紫陽花や純喫茶「彩」営業中 | 松本美智子 |
論争はどつちにしても新樹かな | 各務 麗至 |
摩天楼の海溝に夏下りてくる | 花舎 薫 |
狼の影絵ギコギコ入梅す | 松本 勇二 |
あんパンの餡に地の塩草田男忌 | 大浦ともこ |
睡蓮や水のまどろむ昼下り | 岡田ミツヒロ |
老鶯や少しゆがんだくじら尺 | 亀山祐美子 |
吊り上げる仁王の眉毛田水張る | 河田 清峰 |
晴嵐わたしの砂礫空のしずく | 末澤 等 |
雲雀笛つかれの癒える夜明け前 | え い こ |
衝突の好きな奴ゐてあめんぼう | 柾木はつ子 |
ひよめきを撫でさびしらや青葉風 | 桂 凜火 |
忘却はさるとりいばらの仮眠です | 吉田 和恵 |
くれてやるそれ喰えすずめ古古古米 | 田中アパート |
老嬢の日傘ゆつくりとごくゆつくりと回りをり | 銀 次 |
しもつけ挿す虫食いの葉もそれなりに | 菅原 春み |
妬むでないが番の鳩の強いこと | 田中 怜子 |
噴水の止んで残心あからさま | 山下 一夫 |
夏蝶や鬼伝説の島の道 | 稲 暁 |
六月や水筒歩くたびに波 | 和緒 玲子 |
麦の秋年老いてよく笑う父 | 薫 香 |
どの指ももの言いたそうさくらんぼ | 柴田 清子 |
五月雨にチェロ一挺のバッハかな | 向井 桐華 |
セブンイレブン立ち飲みの缶ビール | 島田 章平 |
取っ換え引っ換え選ぶ人生山法師 | 岡田 奈々 |
大夏野風神と舞ふ旅役者 | 樽谷 宗寛 |
息ころす線香花火ころさぬよう | 月野ぽぽな |
頬杖子規の根岸の庵だ 夏雲だ | 津田 将也 |
若すぎて支離滅裂な揚羽蝶 | 森本由美子 |
薄荷の匂い目礼の人通り過ぐ | 大西 健司 |
青春の蹉跌を想う青梅に疵 | 植松 まめ |
眠る子やこの青空の裏表 | 佐孝 石画 |
入梅や雨音フォルテにメゾピアノ | 佳 凛 |
男女共同参画男郎花女郎花 | 小西 瞬夏 |
敗戦を残った耳目で確かむる | 滝澤 泰斗 |
蛍と牛と旭志一夜の濃く過ぎぬ | 野田 信章 |
櫨(はぜ)の花 散りて雨音鳴り止まず | 時田 幻椏 |
夕焼みつめる少年鳥のかたちして | 増田 暁子 |
五月雨のために黙っている木立 | 河野 志保 |
コンクラーベ互いに祈りまた戦争 | 塩野 正春 |
星宿る植田は続く水の音 | 川本 一葉 |
友はもうあの夏空を忘れている | 重松 敬子 |
街へ熊さびしい目でかげろうで | 十河 宣洋 |
五月雨やどよんどよんと靴が鳴る | 伊藤 幸 |
咲かすコツ聞けば〝愛のみ〟 | 三好三香穂 |
出し物は子供の喧嘩卯の花腐し | 野口思づゑ |
咲く記憶たどってきたのねこぼれ種 | 福井 明子 |
逡巡が脱げないダボダボTシャツ | 三好つや子 |
口と口愚かをつくす七変化 | 疋田恵美子 |
自分史の書けぬ一行五月闇 | 藤田 乙女 |
海よりまらうど梅の実がなつた | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 松本 勇二
特選句「五月雨やどよんどよんと靴が鳴る」。「どよんどよん」というオノマトペに感覚の冴えを感じます。
- 小西 瞬夏
特選句「六月や水筒歩くたびに波」。六月というそれほど大きな意味を持たない月が、よいバランスで上五で置かれている。だんだん暑くなるので水分が必要なのだ、というくらいの付き方。そして水筒のなかの見えない空間がまるで一つの海のように波を打つさま。それが作者の一歩一歩と連動しているという小さな発見が、この世界の象徴とも思えてくる。
- 豊原 清明
特選句「街へ熊さびしい目でかげろうで」。熊に対する憐れみ。「さびしい目」に、街に対する恐れが伝わる。問題句「雲雀笛つかれの癒える夜明け前」。夜明け前の作者の思いが伝わる。生物への親近感。優しさ。
- 佐孝 石画
特選句「まっすぐに言葉が通る麦の秋(重松敬子)」。眼前にひろがる黄金色の麦畑。ここは天上なのかと思い違いするほどの異世界感覚。その開放感に比して、佇む自分の逡巡に満ちた存在を思う。これまで、思いも言葉もまるで吃音のように自分という暗雲の周辺に漂ってきた。青空のもと、この麦畑のこの地平へなら「まっすぐに言葉が通る」気がしたのだ。いや、概念ではなく「言葉」という実体が確かに今、その麦畑を突っ切っていったのだ。
- 桂 凜火
特選句「麦の秋年老いてよく笑う父」。素朴な表現ですが、そういう父の姿が描かれることが、あまりないので逆に心に響きました。特選句「大夏野風神を舞う旅役者」。大仰な描写のようですが、17文字でよくここまで描かれたと感心しました。
- 岡田 奈々
特選句「背をさするあなたの夏野呼び起こす」。咽せた、泣いてる、色々なシチュエーションはありますが、背中を摩って貰うと、絶対気持ち良くなります。気の利く方有難いです。特選句「くれてやるそれ食えすずめ古古古米」。今話題の備蓄米。あろう事か只同然の値段で買ってときながら、人の足元みて、2000円という値段で、さも安いだろう、私は偉いでしょう風。いったい何様?すずめもご遠慮するかも。「青蔦や萎みし尻の捨て台詞」。威勢に負けて後すざりしながら声だけ吠えている。よくあります。「狼の影絵ギコギコ入梅す」。赤ずきんちゃんの影絵のお芝居ぎこちない狼さん。結局は石をお腹に入梅します。結構残酷。「老鶯や少しゆがんだくじら尺」。祖母や母が浴衣を縫ってくれていたときに使っていた、少しゆがんだ和服用の物差し。想い出です。懐かしさがあの頃の家の匂いが蘇ります。「吊り上げる仁王の眉毛田水張る」。水を張って代田掻きしている耕運機の後に出来る水の流れは仁王様の眉の様でした。「忘却はさるとりいばらの仮眠です」。仮眠ということは折に触れてまた、やおら動き出し悩まされるのでしょうか?「甘藍に言葉生まれて花咲けり(吉田和恵)」。お正月の生け花に葉ボタンを入れていたら、どんどん芯が伸びて花が出ました。どう表したらと思っていました。言葉生まれてって素敵。「古古古米ボケた頭でこけこっこ」。ついでにもうけっこう。「咲く記憶たどってきたのねこぼれ種」。こぼれ種は落ちこぼれ。でも、きちんと咲きます。育ちます。以上、宜しくお願いします。
- 樽谷 宗寛
特選句「蛍と牛と旭志一夜の濃く過ぎぬ」。沢山の濃い出会い、充実した一夜、想像できました。旭志は知りませんでした。
- 和緒 玲子
特選句「讃岐路の降り残されて蟻の道」。香川だけ雨の予報が外れるのはままある事。それを「降り残されて」と的確に言い表した。雨降り以外は共同体として一心に働く蟻を取り合わせ、大きな景から足元の小さな景へと無理なく繋げた。
- 十河 宣洋
特選句「夕焼みつめる少年鳥のかたちして」。どこかへ飛び立とうとするような少年の姿が見えてくる。夢を追う姿が夕焼の中に見えてくる。特選句「瑠璃蜥蜴木肌は甘酸っぱく乾ぶ(和緒玲子)」。甘酸っぱく乾く木肌を這いまわる蜥蜴がなんとなくさびしさを感じさせる
- 榎本 祐子
特選句「老人が夢見る胡瓜となっている」。老人は仙境に遊んでいるのだろうか。悠々たる境地。
- 柴田 清子
特選句「青簾なんにも言わずそこに居て」。季語としての青簾を人間に置き変えて自分に引きつけて詠っているところ佳句と思いました。
- 高木 水志
特選句「五月雨のために黙っている木立」。いろいろと想像がふくらんでいく。五月雨のしとしとと降り続く中で、木立がじっと黙ってそれを受け入れ佇んでいる。木立の五月雨に対する愛を感じる。
- 菅原 春み
特選句「狼の影絵ギコギコ入梅す」。インドネシアの影絵ワヤンでしょうか。入梅との取り合わせとオノマトペが妙にあっています。特選句「夕焼みつめる少年鳥のかたちして」。まるで少年が鳥になって飛び立ってしまいそうな景が映像として浮かびあがります。
- 漆原 義典
特選句「麦の秋年老いてよく笑う父」。優しい父を思い出しました。麦の秋と年老いて笑う父が、素晴らしいハーモニーを奏でています。
- 福井 明子
特選句「ひよめきを撫でさびしらや青葉風」。ひよめき、未知の言葉にふれ、その意味を知りました。生まれ来るいのちへのいつくしみと、あはれが込められていると思います。今、あまねく、いのちは、青葉風に吹かれている。そのひとときも通り過ぎてゆく。そんな感じがいたします。
- 塩野 正春
特選句「蛍と牛と旭志一夜の濃く過ぎぬ」。作者は旅に行かれたのですかね。一夜の濃く過ぎぬ・・・が響きます。特選句「出し物は子供の喧嘩卯の花腐し」。家族の喧嘩を出し物と呼ぶとは、何と余裕のご家庭でしょう。面白い!
- 花舎 薫
特選句「緋目高やライスパックを分ける老(菅原春み)」。腰の曲がった小さな老人が小さな目高に餌をやっている。気をつけなければ通り過ぎてしまうような小さな日常のシーン。喧騒から離れた静謐な情景である。ライスパックがいい。老人の暮らしぶりも想像できる。
- 若森 京子
特選句「背をさするあなたの夏野呼び起こす」。一句全体に優しさ、懐かしさの情が溢れている。あなたの背をさするのなら今の二人の幸せを思うが、自分の背を誰かにさすって貰うなら亡くなった相手と共に過ごした夏野を懐古している様に思う。特選句「逡巡が脱げないダボダボTシャツ」。決心が中々着かない心情を上手く表現している。ダボダボTシャツから人物の表情が見える様だ。
- 疋田恵美子
特選句「卯波立つ命の重さ等しかり」。命の大切を思う。戦争は悪。特選句「街へ熊さびしい目でかげろうで」。熊にも豊かな森を。熊も生きる為の行動です。
- 津田 将也
特選句「万緑に覆われ薄くなってゆく」。【行く】は「いく」とも「ゆく」とも読む。一般的に、「いく」は話し言葉や日常的な場面で使われる。明治以降は国定読本で「いく」が基準とされ、「いく」の使用が増え、現代ではより一般的になった。「ゆく」は、文章語や改まった場面、または詩的な表現で使われる。どちらも同じ意味だが、文脈によって使い分けられる。この句は、詩的表現での「ゆく」を使っていることがよかった。直に「薄くなってゆく」ものを感じながら、これらが「何であるのか!」を知っているのは・・・作者だ。
- 野口思づゑ
今回は特選はありません。「縮む日本縮む我が身や梅雨じめり」。日本が人口やいわゆる国力など縮んでいくのは嘆かわしいの感じていましたが、そういえば、自分自身も縮んでいるのだ、とハッとさせられました。「かなぶん飛んだ暗闇がくしゃみした」。暗闇のくしゃみが効いています。
- 藤川 宏樹
特選句「摩天楼の海溝に夏下りてくる」。40年前に訪ねた私のニューヨーク。トランプは名うてのプレーボーイ、不動産王。五番街独特の喧騒。夏の日は摩天楼の反射を繰り返しまさに海溝に下りてくるのだ。東京なんてホント田舎と感じた。
- 石井 はな
特選句『友の訃や「またね」と別れた夏祭り(綾田節子)』。歳を重ねると友人の訃報に接する機会が増えていきます。この前元気そうなあの人が、お見舞いに行こうと思っていたあの人がと、後悔が重なります。一期一会を肝に命じて、丁寧に生きていきたいと思います。
- 吉田 和恵
特選句「ひよめきを撫でさびしらや青葉風」。「ひよめき」を広辞苑で引くと、ひよひよと動く意とあります。たとえば孵化したばかりの雛を想像します。両掌にそっとくるんでみる。その淋しさが伝わってくるようです。ひよめきに青葉風が呼応していますね。
- 野田 信章
特選句「背をさするあなたの夏野呼び起こす」。坦々とした平明な叙述の中に込められた日常の濃密な一コマを見るおもいである。「背をさする」行為の中に会話があるのか、ないのかわからぬが、ここには二人の濃密な「夏野」の時間と空間の体感の共有が在る。そのことを「呼び起こす」行為そのものが限りなく美しいのである。
- 重松 敬子
特選句「心にもないこと言えりアマリリス(柴田清子)」。心にもないことを言ってしまった後の複雑な気持ち、よくわかります。アマリリスの明るさで思い切り笑ってしまいましょう。
- 各務 麗至
特選句「大夏野風神と舞ふ旅役者」。大時代的な言葉や情景に思えたりもするが、見えてくるのは現在のそれこそ都会ではないだろう生活風景。が、神聖と捉えての野(大ビル街も)と風と人、と、とれば鑑賞は無限。特選句「逡巡が脱げないダボダボTシャツ」。何だか不便も不自由もどこ吹く風にした、青春青年時代のそんなジレンマが見えてくる。
- 田中 怜子
特選句「蛍と牛と旭志一夜の濃く過ぎぬ」。 故郷を厚く思う心情、景色とともに牛や螢・・・朗々と歌われている。映像が気持ちいい。
- 男波 弘志
「借りっぱなしの三角定規鳥雲に」。小学校の頃まで遡る記憶であろう。返しそびれたものはそれだけではあるまい。成就叶わぬ初恋やも知れぬ。秀作
- 植松 まめ
特選句『紫陽花や純喫茶「彩」営業中』。フォークソングに出てきそうな昭和の匂いのする喫茶店には紫陽花がよく似合う。特選句「老鶯や少しゆがんだくじら尺」。夫亡きあと和裁の腕だけで3人の子を育てた義母の傍らには鋏とくじら尺があった。少しゆがんだくじら尺が切ない。「 魚へんにブルーの味噌煮不滅の3」。鯖のことを魚へんにブルーとは洒落た表現だ。それを言ったのは不滅の3の長嶋とは。
- 向井 桐華
特選句「しもつけ挿す虫食いの葉もそれなりに」。作者の花を挿す手の優しさや心までが読み取れる一句。問題句「パスワード******に伏してyuhu-nagi(大浦ともこ)」。視点は面白いなと思いました。ただし下五は夕凪、もしくは夕なぎにしたほうか、面白さが際立つ気がしました。
- 佳 凛
特選句「衝突の好きな奴ゐてあめんぼう」。あめんぼうの言葉でしよぅか?ご自分の言葉でしょうか?確かに衝突する度にに、分かり合える言葉があり、教えられる事もあり、もっと良い意見が、得られるかも知れません。衝突 大賛成です。
- 大西 健司
特選句「青簾なんにも言わずそこに居て」。どこか意味深だが、清々しい青簾の趣がこの句を心地良いものにしている。
- 伊藤 幸
特選句「 (2025・ミナマタ)風評今に夏柑じーんと海に垂れ(野田信章)」。いわずと知れた「水俣病」。今なお水俣は風評被害に悩まされていると聞く。ご当地特産物は魚介類をはじめ農産物も甘味豊富で新玉葱「サラ玉ちゃん」や柑橘類は有無を言わせないほど。又、水俣で発見された「タツノオトシゴ」等、掲句の作者に代わって「きてみなっせ」とお誘いしたくなる。「じーんと」の擬態語が必至で耐える地元民を思わせエールを送りたくなる句だ。特選句「 魚へんにブルーの味噌煮不滅の3」。世紀のスターが又一人逝き掲句を何度か読んでいるうちに鯖の味噌煮が食べたくなってきた。庶民のスターは永遠に不滅です。「魚へんにブルー」、ユニークな表現に拍手。
- 三好つや子
特選句「背をさするあなたの夏野呼び起こす」。頑丈ながたいが自慢で、夏野という四、五十代を生きてきた夫の老いを、ふと背中に感じたのでしょうか。弱気な夫を労りながら、励ます妻の姿が目に浮かびます。特選句「眠る子やこの青空の裏表」。青々とした夏の空の下、すくすくと育つ子どもたち。一方、爆撃機が飛びかい、逃げ惑う子どもがいる。紛争の絶えない国に生まれ、平和な空を知らない子らへの思いが句にあふれ、共感。「忘却はさるとりいばらの仮眠です」。柏餅の葉っぱにも使われ、秋になる赤くて小さな実は猿の好物だとか。絵本のような不思議な言葉づかいが、サルトリイバラの雰囲気にぴったり。「あの角は曲がらなかった時鳥」。あのときあの角を曲がらなくてよかったのか、別の選択があったのでは、と揺れ動くこころが投影され、惹かれました。
- 岡田ミツヒロ
特選句「敗戦を残った耳目で確かむる」。殺戮と破壊のゲームが終った。残された累々たる屍と瓦礫、それを眺むる不揃いな肢体とガラス玉のような眼。戦争のリアリティー。特選句「友はもうあの夏空を忘れている」。青春の日、夏空の輝きに無限の未来を感受し胸を熱くした。それが夢想であったとしても、あの時のあの夏空は、時折り、わが脳裡に帰ってくる。
- 柾木はつ子
特選句「麦の秋年老いてよく笑う父」。一家の大黒柱として働いて来られたお父様にとっては、その重責から退かれて、先ずは安泰の今が一番幸せと感じておられるのではないでしょうか?人は心の満ち足りている時には自然と笑みが零れて来るのでしょうね。晩年はこうありたいですね。特選句「あの角は曲がらなかった時鳥(松本勇二)」。謎解きのような句。「あの角」とは一体何を指すのでしょうか?曲がらなかったから結果は吉と出たのか、それとも凶?いろいろ想像させられる掲句でした。
- 河野 志保
特選句「眠る子やこの青空の裏表」。子供の明るい未来と平和を願う句と受け取った。「青空の裏表」には、作者の穏やかな日常と戦争の続く世界の現実が見える。
- 山下 一夫
特選句「背をさするあなたの夏野呼び起こす」。背をさするという行為は、慰めや励まし、愛情表現等、ポジティブなエネルギーを注入する意味合いがあることは一般的な連想のところ、それが相手の夏野を喚起すると見たところに慧眼があり、新鮮です。特選句「青蔦や萎みし尻の捨て台詞」。上五と中七の対比は青年と老年の対比かと。そうすると座五はボヤキまたは毒づき、捨て屁の可能性も。中七以降により青蔦の毒々しいまでの生命力の横溢が際立つようで、秀逸です。問題句「魚へんにブルーの味噌煮不滅の3」。ありふれた鯖の味噌煮、鯖のつくりがブルーで縦書きの俳句にアラビア数字の3というミスマッチもいわゆるひとつの長嶋表現であるならばバシッと決まっています。哀悼ミスター。
- 新野 祐子
特選句「くれてやるそれ喰えすずめ古古古米」「田水張る売るほど貰つてるけれど(藤川宏樹)」。今月は笑える句にしました。同じ作者なのかな?腹立つこと、嫌なことは笑い飛ばしてしまいましょう。けれど昨今、憎しみ合い、殺し合いが増えている。とても笑えません。私たちはどうしたらいい?
- 時田 幻椏
特選句「あんパンの餡に地の塩草田男忌」。草田男の句、厚餡と地の塩を想起させて頂きながら、今流行のアンパンを詠み込む手練れ。私には出来ない詠み振り、です。問題句「老嬢の日傘ゆっくりとごくゆっくりと回りをり」。5・8+7・5 中15の破調、とても宜しいのですが、問題句として注目致しました。問題句「パスワード******に伏してuhu-nagi」。アスタリクスというルビ、前書きを付けての句に吃驚、問題句として注目致しました。
- 綾田 節子
特選句「男女共同参画男郎花女郎花」。確かにですね。面白い発見ちょっと微妙。「彼奴はきっと帰ってくるよ豆ご飯」。食い意地のはった私みたいな彼奴ですね。
- 松岡 早苗
特選句「夕焼みつめる少年鳥のかたちして」。一日の終わりの光でもある夕焼は、ちょっと切ないイメージもあります。夕焼を見つめる少年のシルエットの寂しさと、「鳥のかたちして」の未来への夢やロマンが合わさって、一句に陰影や遠近感を生んでいると思いました。特選句「瑠璃蜥蜴木肌は甘酸っぱく乾ぶ(和緒玲子)」。「甘酸っぱく乾ぶ」という表現に引かれました。木肌からまさに夏の匂いが立ち上ってくるようです。瑠璃蜥蜴の鮮やかに煌めく肌も夏の光の明暗を感じさせ、とても素敵です。
- 滝澤 泰斗
特選二句「背をさするあなたの夏野呼び起こす」「聖ヨハネの日夫の手術の無事あらん(向井桐華)」。妻が夫を案ずる景の二句が並んだ。若い夫婦には決してない、年輪が刻んだ夫婦ならでは二句。俳句に勤しんできてよかったと思える一句に出会った思いだ。共鳴句「摩天楼の海溝に夏下りてくる」。東京に林立する高層ビルを深海に見立てた着想がいい。「衝突の好きな奴ゐてあめんぼう」。実際のあめんぼうを見ながら読んだか、あるいは、人間界の生態から発想を飛ばしたか・・・いるいるこういう奴・・・ユーモアがいい。「アンネの薔薇つぶやき零しては百年」。国立に居を据える人から、国立の平和都市宣言の記念樹は「アンネのバラ」だと聞いたことを思い出した。アンネの迫害死から百年かと思い、アンネ・フランクについてググったら、百年に四年足りなかったが、あの忌まわしい収容所の出来事から百年経った・・・しかし、百年は立場を逆転してユダヤ人がパレスチナ人を虐殺している。アンネのつぶやきは何を語っているか。
- 三枝みずほ
特選句「セブンイレブン立ち飲みの缶ビール」。バーでも立ち飲み屋でもなくコンビニ前で一杯というのは、日本独特の景ではないだろうか。現代人の孤独。シンプルな書きっぷりが、読み手の想像力を掻き立てる。
- 増田 暁子
特選句「衣がえそんな自分が嫌でした(竹本 仰)」。自分の嫌なところは自分が一番知っている。衣更がピッタリです。特選句「五月雨にチェロ一挺のバッハかな」。なんと素敵な例えでしょう。しとしと降る雨とバッハのチェロがよく合います。「コンクラーベ互いに祈りまた戦争」。祈りでは戦が止められないのか? さみしい限りです。
- 河田 清峰
特選句「六月や水筒歩くたびに波」。腰を痛めて歩けない私に早く聞きたい水筒の波の音。
- 森本由美子
特選句「かなぶんがとんだ暗闇がくしゃみした(三好つや子 」。情景だけを思い浮かべれは、ウイットのある素敵な句であるが、カナブンの金属的で複雑な色合いや、昆虫の中でも油断のならない害虫的な生態を思うと、カナブンが暗闇に挑戦するごとくアタックを繰り返している景も想像させる。
- 末澤 等
特選句「友はもうあの夏空を忘れている」。「友」とは「逝った友」なのか?「忘れている」とは「本当に友が忘れていると思っている」のか?いやそうではなくて「友は忘れていないだろうと思っている」のか?また、「あの夏空」とは「どういう夏空」なのか?多くの疑問を掻き立てられ、魅力を感じる句です。
- 竹本 仰
特選句「どの指ももの言いたそうさくらんぼ」:この指は多分、子供の指なのでしょうね。子供がさくらんぼを食べるのを見ていると、さくらんぼにも適齢期があるようで、子供の指とは対話しているように見えます。我々は食べ物とどう対話して来たのでしょうか。そんな対話を横から眺めているような趣きがあり、そこに惹かれます。E.T.と触れ合っているようなこの言い方、面白いです。特選句「友はもうあの夏空を忘れている」:私にもこう一言いいたいような記憶があります。中二のとき、田舎で廃品回収をしていたことがあります。とっても腹ペコで、チカちゃんという子が遠くにいたお母さんに手を振りながら「あんぱん買って」と叫ぶのです。それだけが妙に記憶に残り…チカちゃんはもう二十年前亡くなり、あの夏空も共に語る人はいないのですが、でも私は生きている限り決して忘れない、という叫びにみちびくものが、この句の背後にはあると思いました。特選句「自分史の書けぬ一行五月闇」:誰しも書けぬ一行があると思います。あえて黙殺しつつ日常を生きていても、対面せねばならない一行がある。自分にとっての負の部分だろうが、そんな負があるからこそ人は人たり得るのではないか。哲学なるものも、その時代の負が出発点だったのではないか。そこなんだというそこ、自分の尻尾か…この句は、そんな負を実は肯定しているのがわかる。以上です。 ♡みなさん、この猛暑、どう過ごされてますか。頑張るのもほどほどに、頑張りましょう。来月もどうかよろしくお願いします。
- 三好三香穂
「古刹のこみち喝!喝!喝!と竹の秋」。竹林の中、喝!喝!喝!と歩く清々しさが伝わる。「借りっぱなしの三角定規鳥雲に」。あるある話、何かあるのか、心の隅が痛みます。「六月や水筒歩くたびに波」。6月の雨、外も雨。水筒の中は、ぽちゃぽちゃの波。捉え方が、ユーモラス。「新緑の揺り籠ゆっくり遊ばせる」。気持ちのよい新緑の中、ゆっくり、ゆったり遊ばせる。空間のひろごりが気持ちよい。気持ちも伸びやか。「めだかめだか小さきいのちの我が家族」。犬猫が飼えないマンションでも、めだかは飼える。命は小さくても、大切な家族。泳ぐ姿に元気をもらっています!
- 稲 暁
特選句「睡蓮や水のまどろむ昼下り」。睡蓮に「水のまどろむ」という表現はぴったりだと思います。作者は、相当のテクニシャンだと思われます。
- 川本 一葉
特選句「咲く記憶たどってきたのねこぼれ種」。優しい呼びかけの中にこぼれ種への深い愛情と驚きをも。よくあることをこう慈しむ気持ちを込めている作者の人柄が伺えます。
- 遠藤 和代
特選句『友の訃や「またね」と別れた夏まつり』。生きていれば誰もが遭遇しそうな光景が胸にしみます。
- 銀 次
今月の誤読●「言うことを聞かないわたし髪洗う」。反抗期であることは自分でもわかってる。親の言うことも先生の言うことも、なにもかもが気に食わないのだ。とにかく大人たちは命令したがる。学校に行きなさいだの勉強しなさいだの、そんなの言われなくったってわかってる。だからことごとく反対のことをやってしまう。おかげで成績はダダ下がりだ。まあ受験にはまだ時間があるしなんとかなると思っているが、パパやママが模試の結果を見るときの暗い表情を見るとザマアミロと思ってしまう。いまのわたしの髪が長いのは、ママに「髪を切りなさい」と言われたことに対する反抗だ。ほんとうはわたしだって髪を短くしたいのだ。でもママが言うから切らない。今夜のことだ。わたしが髪を洗っていると、頭の両サイドにコツンと指に触れるものがある。わたしはおそるおそる髪をかき分けその部分を見てみた。するとそこがこんもりと盛り上がっているのだ。二カ所とも同じだ。つついてみるとすっごく固い。わたしは直感した。これは角だ! わたしは鬼か獣か、なにか人間とは別の生き物になろうとしている。わたしは驚きもしなかった。むしろ冷静で「ふーん」と口に出して言ってみた。そうか、とうとう行きつくトコまで行ってしまったか。それは諦めでもあったが、快感でもあった。わたしはわたしでない何者かに変身しようとしている。さて、いまは深夜だ。わたしは自分の部屋を出て、キッチンから包丁を持ち出して帰ってきた。二三度その包丁をササッと振ってみる。ベッドサイドに坐り込み、お腹のあたりに包丁をかまえ、何事かを待っている。それがなんなのかはわからない。だがそれはとてもいいことにしか思えない何事かだ。
- 薫 香
特選句「泡上がりゆくグラス虹消える間を」。一枚の絵が浮かびました。特選句「息ころす線香花火ころさぬよう」。一心に眺めていたことを思い出しました。
- え い こ
特選は暑さがとびそうなので、「セブンイレブン立ち飲みの缶ビール」。にいたします。いま、さまざまなニュースを聞いて「縮む日本縮む我が身や梅雨じめり(増田暁子)」。も特選に選ばせてください。政治、プロの政治家にしっかりお願いしたいと願うばかりです。雨は降らないですが、この蒸し暑さは心がじめります。共感を覚えます。
- 松本美智子
特選句「星宿る植田は続く水の音」。田植えの終わった美しい田園の夜の風景を「水の音」と聴覚でしめて、昼の景を思いえがかせる巧みな句だと思いました。
- 野﨑 憲子
特選句「アンネの薔薇つぶやき零しては百年」。アンネの薔薇は、ユダヤ人強制収容所で亡くなった「アンネの日記」を書いた少女アンネフランクを偲んで作られた薔薇だ。アンネが生まれてからもうぐ百年。民族間の戦争は今も続く。私も、この薔薇の呟きを聞いてみたい。
袋回し句会
汗
- 汗の香や風を乗り継ぎゴールイン
- 末澤 等
- 汗光る少女の鎖骨影は鍵
- 大浦ともこ
- 化けるつて難しいよね汗しとど
- 野﨑 憲子
- 泣き疲れ黙る赤子の汗ばみて
- 銀 次
口
- 口先は別の人ですアマリリス
- 末澤 等
- 口紅が濃くなりすぎたのね梅雨入
- 柴田 清子
- 田水張る一口かじるロバのパン
- 藤川 宏樹
- 口福は泡こまやかな発泡酒
- 大浦ともこ
- (言霊として)イマジン口遊む朱夏
- 大浦ともこ
- 西口の真夜うつとりと蛾の屍
- 和緒 玲子
- 口中に氷ころがしはひふへほ
- 三好三香穂
- 麦の秋寅が口笛吹きそうな
- 島田 章平
- 泡盛やありんくりんの口を切る
- 島田 章平
- 一本の薔薇の線上にある君
- 柴田 清子
燕
- 燕の子青空の青に育つのよ
- 柴田 清子
- 自転車を押して鶴橋夏つばめ
- 大浦ともこ
- ツバメ飛ぶ空にかすかな傷残し
- 末澤 等
- 夕つばめ学校へ来い勉強しに
- 野﨑 憲子
- 海の色ひらりと纏う夏燕
- 三好三香穂
冷蔵庫
- 恐ろしや三年(みとせ)開けざる冷蔵庫
- 銀 次
- 冷蔵庫狭き階段登り来る
- 大浦ともこ
- 独り居の気儘を並べ冷蔵庫
- 和緒 玲子
- 冷蔵庫どんと構える妻の留守
- 藤川 宏樹
- ランポ―の詩集読んでる冷蔵庫
- 島田 章平
薔薇
- 薔薇咲いて「背番号3」もういない
- 島田 章平
- 薔薇崩る部屋の密なる息遣ひ
- 和緒 玲子
- 自分史に薔薇とラムネと一行詩
- 和緒 玲子
- ぐるるぐるるるくれなゐの薔薇の記憶
- 野﨑 憲子
【通信欄】&【句会メモ】
今年は、夏至を過ぎて間もなくの梅雨明けとなり、猛暑の夏がやってきました。句会当日の6月14日は雨模様でしたが、10人の連衆が集まり、今回も、楽しく熱い句会になりました。
袋回しのお題も直ぐに決まり、事前投句とはまた違った色合いの面白い作品が集まりました。次回が、待ち遠しいです。
Posted at 2025年6月29日 午前 03:26 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]