2024年1月25日 (木)

第146回「海程香川」句会(2024.01.13)

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事前投句参加者の一句

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
深紅のドレス聖夜のアリア美(は)しき息 時田 幻椏
見慣れぬ漢寒灯の門叩く 樽谷 宗寛
青・色・信・号・点・滅・冬夕焼 藤川 宏樹
書き出しは船出のように初日記 津田 将也
空耳や絵本へ還る冬の蝶 大西 健司
冬眠の薄目喪中の寒オリオン すずき穂波
初春やぱちんと弾ける龍の玉 桂  凜火
独楽廻し競いし少年皆八十路 山本 弥生
壮年や海苔篊黒く林立す 野田 信章
雪だるま犬語の通訳ならできる 綾田 節子
反戦は普段の言葉ちゃんちゃんこ 岡田ミツヒロ
スクラムはこわれやすくて大旦 松本 勇二
きつと父三越からの蜜柑来る 川本 一葉
幼な子のブーツの中のでっかい宇宙 伊藤  幸
朝酒や髭も剃らずに去年今年 滝澤 泰斗
悴むや青空と語を見失ふ 佐藤 稚鬼
能登訛の初電話急 アメージング・グレース 塩野 正春
手袋の中の手汚れ思想なし 小西 瞬夏
寒月や離ればなれの鴉呼ぶ 高木 水志
おあとがよろしいようでと勝手に死んだ 田中アパート
初鏡問われる余生の交差点 増田 暁子
風花やたった二歳の猫(こ)を葬る 植松 まめ
ニュース聴く耳に重ねて夕時雨 石井 はな
山茶花も私の声も風のもの 河野 志保
朔の地震とともに戸締りす 中村 セミ
超美味の初夢獏にくれてやる 柾木はつ子
炎上の果てぬ地震国戦さなお 河田 清峰
初明り車窓の富士の太りたる     <あずお玲子改め> 和緒 玲子
逝くときは獣も冬の星を見る 小山やす子
冬ぬくし出窓のミケの大あくび 向井 桐華
うすらびに耳を澄ませば初声す 新野 祐子
空が青すぎて山茶花散り急ぐ 柴田 清子
元日の地震ブリキのバケツ打つ 荒井まり子
雪降ると言いて別れの手を握る 稲   暁
冬木立ベテルギウスの赫赫と 大浦ともこ
年明くる言葉浮かべてめしを食む 豊原 清明
冬ざるるコトデンの黄の遠きこと 銀   次
自分軸無いまま生きて冬薔薇 藤田 乙女
冬の波が運ぶ烈風鬼の家 菅原香代子
兆しあり冬木並んで突っ立つ意志 山田 哲夫
既読とはならぬ世へ打つ初LINE 藤野 安子
独り言己に聞かす初燈 飯土井志乃
ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志 島田 章平
朝焼けの冬連山や胸沸る 末澤  等
〆のシャンパンならぬ終活竜の玉 岡田 奈々
未来問う鍋を突いて突っついて 鈴木 幸江
青春切符駄々っ子天志身罷りぬ 田中 怜子
衣摺れの音折りたたみ納棺す 森本由美子
老年楽しどの本能もまだ少し 十河 宣洋
遠き日の石鹸カタリ冬銀河 松岡 早苗
寒雀東京はビル持て余し 菅原 春み
書置きのような聖地や寒卵 男波 弘志
四肢折れば木偶アンニュイな冬日向 若森 京子
コンビニの灯へなんとなく大晦日 重松 敬子
おとついの時雨のせいにする懈怠 三好つや子
愚痴なれど元日避けて欲しかった 野口思づゑ
始まりは麦の一粒シュトーレン 吉田 和恵
あきらめの今日布団の柄が派手すぎる 榎本 祐子
いそがしい落葉涙が間に合わない 竹本  仰
枯野刈りたればひよこりと萌芽 福井 明子
浦安舞ふ巫女のひとみに初日さす 漆原 義典
天城より 朝焼けの富士 年明くる 寺町志津子
ゆきあいのひととながむる初日の出 亀山祐美子
山茶花の白叱られて励まされ 薫   香
初日の出平穏なりしありがたし 三好三香穂
母眠る林檎の匂いがする雪です 佐孝 石画
大はしゃぎ永久凍土溶けだした 山下 一夫
干されたる産着は淑気纏いけり 松本美智子
くに言葉忘れさぬきのあん雑煮 佳   凛
狗日なり機体炎上死者五人 疋田恵美子
紙面繰るたび冬の日を傷つける 三枝みずほ
ペン買ひにゆかな明日は雪らしき 谷  孝江
たつたひとつの神獣鏡から風花 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「バスがくるおばばひとりと風邪の児と(谷 孝江)」。実景でもあり、民話の世界のようでもある。映画のワンシーンのように映像を見せながら、心情の説明がないので、読者は邪魔されずに余計に余韻に浸ることができた。「おばば」という言い方と、子どもが風邪をひいているという設定がよい。

松本 勇二

特選句「衣摺れの音折りたたみ納棺す」。納棺に幾度か臨場しましたが、衣摺れの音が妙に耳に残っています。そこを取り上げた作者の感覚の冴えを称えたいと思います。淋しい所作の中にある冷静な視線も光ります。

十河 宣洋

特選句「遠景に海苔篊老人たち歌う(野田信章)」。私は山国育ちなので海のことはよく知らない。ネットや写真でその雰囲気を見たりする。この句もそうである。海苔の養殖に精を出す人々。遠景の風景は懐かしくもあり、親しみを感じた作者である。老人たち歌うは、仕事をしながら歌うというより、その作業を見ながらの歌である。実際の歌というよりその歌声に込められた歴史性を感じる。

豊原 清明

問題句「たつたひとつの神獣鏡から風花」。よく書かれていて、幻想小説のような世界が好きなので、点を入れました。こういう俳句が好きなのです。特選句「冬ぬくし出窓のミケの大あくび」。ミケが大あくびしたとしか、書かれていないけど、その省略・凝縮が、魅力的。俳句が好きな理由です。

福井 明子

特選句「バス待ちのベンチ冷たし能登の地震(向井桐華)」。あの元旦の地震を、どう句にしたらいいのかと思いあぐねていた時、この一句にたどりつき、身の近いところからの思い、そう、この場所のこのベンチの冷たさから想いを馳せる具体の姿勢に共感しました。特選句「くに言葉忘れさぬきのあん雑煮」。さぬきのあん雑煮、その色彩の鮮やかさ、豊かな味の混ざり合いは絶妙だと思います。くに言葉を忘れてしまうほど、私もさぬきの地に住み古しました。さぬきは本当にいいところです。

藤川 宏樹

特選句「幼な子のブーツの中のでっかい宇宙」。幼なき日の長靴、新しい長靴はみんな大きくぶかぶか。足はあちこち自由に動き長靴の中は余裕の「宇宙」。やがて足が大きくなり窮屈に、いつの間にか長靴の「宇宙」がなくなってしまいました。

綾田 節子

特選句「手に触れるまでの旅です六花です(佐孝石画)」。北海道土産の六花亭のチョコが何故か浮かんできました。作者は北海道の方でしょうか、仰るとおり手に触れた途端に美しい六角形の結晶は消えてしまうのですね。特選句「母眠る林檎の臭いがする雪です」。作者は母上の眠る地からは離れていらっしゃるのでしょうか、無臭の雪から林檎の臭い、雪は作者の郷愁を誘ったのでした。問題句「おあとがよろしいようでと勝手に死んだ」。作者は、亡くなった方とは親しく、そして怒っているのですね。勝手が効いてます、好きな句です。どなたが亡くなられたのでしょうか。  ♡初参加させて頂く綾田と申します。母方は生粋の讃岐人でして、そのご縁で、お仲間入りさせて頂くことになりました。独りよがりの勝手な句が多く、なんだ?と思われる事も多々とは思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。

島田 章平

特選句「母眠る林檎の匂いがする雪です」。亡くなられた母への挽歌。「林檎の匂い」と言うフレーズに作者の母への恋慕の情が浮かぶ。

岡田 奈々

特選句「幼な子のブーツの中のでっかい宇宙」。クリスマスブーツは大人でも嬉し楽しで、子ならでは。あの頃が懐かしいな。父は必ずでかいのを枕元に置いといてくれた。特選句「あきらめの今日布団の柄が派手すぎる」。もう、死にそうな感じ。もしくは、結婚したく無い人と政略結婚。もう、自殺しようと煉炭に火を付けて、さあ寝ようという時のシチュエーション。など、面白過ぎて、妄想が膨らむ。「青・色・信・号・点・滅・冬夕焼」。青色信号って、点滅したっけ。あ、歩行者の方ね。私は絶対駆けていって、足躓くタイプ。「空耳や絵本へ還る冬の蝶」。冬の蝶が本の中に潜り込んで冬越ししているのが、素敵。「雪だるま犬語の通訳ならできる」。100歩譲って雪だるまが犬語の通訳出来るとしよう。貴方はどうやって、雪だるまと交信を?「葛湯吹く昨夜の嘘を吹くように(十河宣洋)」。寒い日の葛湯。旨いよね。お婆ちゃんが、せなかを丸めて、少し眼をしょぼつかせながら、嘘とも本当とも判らない話しをしてくれた後、皆で飲んだ葛湯。あの頃は何でも興味あったな。毎日お話しせがんでた。「おあとがよろしいようでと勝手に死んだ」。なんか、山形駅に来なかった。天志さんだ。「ポインセチア動脈硬化すすむ街」。ポインセチアの葉脈が立派過ぎて。街の幹線が詰まっている様子と重なる。「レのキイは枝に隠れた雪のよう(伊藤 幸)」。ドに隠れて少しはにかみ屋のレ。「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。紙を捲る度、冬の日は明るくなったり暗くなったり。まるで我が人生を一日ずつ繰っているようだ。楽しい日があったり、がっかりの時があったり。でも、また、新しい日がやって来る。

風   子

特選句「愚痴なれど元旦避けて欲しかった」。本当によりにもよって元旦の大地震。 日々寒さの中の被災地の様子にただ胸が痛いです。「書き出しは船出のように初日記」。私は日記を書かない。「過去のことは夢と同じ」と思っているからなんて、実はただのズボラ。それが証拠にメモもズボラで何時も「何時だった?何処だった?」と右往左往しています。日記を書かれる人は尊敬です。

柾木はつ子

特選句「たつたひとつの神獣鏡から風花」。いにしえの中国から渡ってきた銅鏡の一種と知りました。遙か古代のロマンが風花と共に現代に運ばれて来たような時空を超えた物語を紡いでくれるような作品だと思いました。特選句「元日の地震ブリキのバケツ打つ」。ブリキのバケツをけたたましく打ったような突然の衝撃!日本国民並べて同じような衝撃を受けたことでしょ う。正に当意即妙を得た作品だと思います。

大西 健司

特選句「元日の地震ブリキのバケツ打つ」。投句が遅かった人たちはこの元日の地震を重く受け止め、それぞれに書いている。ただ単なる傍観者である私たちはどう書けばいいのか悩ましい。そんな中掲句は「元日の地震」とたんたんとその事実を述べ、それ以上は何も思いは述べない。元日の地震という現実がそこにはあり、そして、それとは別に誰かが意思を持ってブリキのバケツを打つ。何のためかはわからない。ただ打つという行為。私はこの昭和感のあるバケツにこだわって特選にいただいた。

柴田 清子

特選句「母眠る林檎の匂いがする雪です」。深い眠りにつく母。母が雪か、雪が母か、美しい一句です。

田中 怜子

特選句「書き出しは船出のように初日記」。何故か5年日記を買おうかしらと、私はその船出ができなかったけど。特選句「くに言葉忘れさぬきのあん雑煮」。嫁いできて、日々忙しく生活しているうちにさぬきの人に。あん雑煮にもなじんできて。

男波 弘志

特選句「手袋の中の手汚れ思想なし」。多神教、八百万の神、神仏習合、何もかもを受け入れる思想は実は無宗教ではいかと感じています。つまり視点を縦横に移動できる、一つの教義に執着しない、この柔軟性がいま世界には必要なのだ。アメリカの民主主義も畢竟一神教の範疇にある。日本人が外国へ旅行していて「宗教をもっていないことが大変恥ずかしかった」と語った人が随分いるようですが、何故多神教の知恵が身の内に在ることに気が付かないのでしょうか?もし外国の人からそういうことをいわれたら「わたしは一つの宗教、一つの考えで生きているのではありません。日本にはたくさんの神や仏がいます。皆めいめいに生きたいように生きています。それで齟齬がおこらないのが日本という国の大いなる知恵なのです」と答えるでしょう。「おあとがよろしいようでと勝手に死んだ」。落語の神様、古今亭志ん生は破天荒な人だとよくいわれている。関東大震災のとき酒屋に飛び込んで勝手にウヰスキーを3本ラッパ飲みにしたそうだ。これで酒の飲み納めだと思ったそうだが。おかげで勘定をおかないで済んだとか、どうも勝手に死ぬわけにはいかなかったようだが。自分が死ぬときのはすーっと何かが解けるように逝きたいものである。

樽谷 宗寛

特選句「冬夕焼芭蕉兜太天志嗚呼残照(島田章平)」。天志様も他界なさいました。私は大阪句会や香川吟行でご一緒しました。嗚呼本当にもうお会いできないんだ。冬夕焼けに残照に出あうたびお作者のため息深まります。ちなみに喪中30通近く、来年から年賀状はやめにしました。天志様のご冥福をお祈り致します。

三枝みずほ

特選句「手に触れるまでの旅です六花です(佐孝石画)」。その手に触れたいと想いを巡らせる時間が旅だという把握に共鳴した。定住漂泊。特選句「あきらめの今日布団の柄が派手すぎる」。あきらめることを突きつけられた時、絶望とともにあるのは派手な布団の柄。〈絶望の虚妄なることまさに希望に相同じい〉ハンガリーの詩人の一行をふと思う。

鈴木 幸江

特選句「バスがくるおばばひとりと風邪の児と」。真の豊かさとは何だろうと考えねばならない今。この句に出会って、最初は辛さと不幸を想ったが、直ぐにこのふたりは幸せかもしれないと思った。何事も見方を変えれば正反対の感情が湧いてくる。その可能性を再認識させていただいた。特選句「こぞり立つ鋭き肺よ冬の芽よ(男波弘志)」。肺は外気と体内が交わる臓器である。そこでどんな出来事が起きているのか計り知れない。“こぞり立つ鋭き肺”を持つ作者の感性が感受した世界とは・・・・・。そして、その世界が“冬の芽”であるということは・・・・・。未来を洞察する力のあることが伝わってくる。

植松 まめ

特選句「逝くときは獣も冬の星を見る」。難病の猫の虎徹(こてつ)が逝ってしまいました。胸に刺さります。特選句「干されたる産着は淑気纏いけり」。玉のような赤ちゃん(古い言い方でしょうか?)の誕生おめでとうございます。本当に淑気纏いけりですね。問題句「手袋の中の手汚れ思想なし」。今の自民党の裏金問題渦中の議員の事でしょうか?思想なしでは政治家ではありません。

和緒 玲子

特選句「母眠る林檎の匂いがする雪です」。臥せっているのか亡くなってしまったのか。静かな午後を雪が降りだして、微かに林檎の匂いが混じる。少し甘く懐かしくもある匂い。母とのあれやこれやの思い出も押し寄せる。特選句「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。薄くか弱い冬の日差し。頁を捲るたび紙の角が日差しに切り傷をつけてしまう。繊細な感覚。

末澤  等

特選句「自分軸無いまま生きて冬薔薇」。調べてみますと、『冬薔薇』とは冬枯れの中にポツリと咲きだした花を指す言葉だそうです。このことを頭に入れてこの句を読むと、まさしく自分を言い当ててくれているようです。どうにかして早く自分軸を探り当てたいと思い、特選句に選ばさせて頂きました。♡初参加の弁。これまで俳句は、プレバトで見て楽しむ程度で、触れたこともなかったですが、70 歳の年にご縁があり、昨年 11 月の句会から参加させていただいております。句会の時間は、耳と頭がフル回転で非常に疲れますが、ボケる暇がありません。続けてゆくことができるか分かりませんが、頑張ってゆこうと思います。皆さん宜しくお願いします。

若森 京子

特選句「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」。この一句そのままの亡き天志さんへの追悼句として頂きます。特選句「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。平明な一行であるが、日常繰り返してきた重い意識が甦える。

山田 哲夫

特選句「四肢折れば木偶アンニュイな冬日向」。「四肢折れば」まで読んで、作者は骨折か?と思ったが、もしそうであったなら、痛い、痛いと、とてもアンニュイな状況に実を委ねている気持ちなどにはならないのではと、今一度読みなおしてみたら、この「折れば」には、作者の意思が働いていることに気がついた。自分の意志でわざわざ骨折する者はいないだろうから、作者は自分で手足を折り曲げて「このままの格好ではまるで木偶だな。まあいいか。」などと冬の日差しを浴びながら悦に入っているのだ。忙しい現代人の生活には、時にはこういうひとときこそ大切ではなかろうか。

すずき穂波

特選句「いそがしい落葉涙が間に合わない」。「涙が間に合わない」経験、誰しも身に覚えあるのではないだろうか?泣いているうちにいつの間にか気持ちが軽くなっていく。そんな「裏感情」のキメの細やかさ。特選句「ペン買ひにゆかな明日は雪らしき」。文体と感情の流れが、ゆるらかにくっつき合っていて心地いい。家居の作者、その存在がしんと浮かび上がり、ポッと(脳細胞が?)ひらく。

松岡 早苗

特選句「血管図真青に広げ山眠る(亀山祐美子)」。よく晴れた冬の日、葉を落とした裸木が青空に枝を広げている様子でしょうか。「血管図」という比喩が鮮烈でいただきました。特選句「ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志」。平仮名の羅列と「あ」音の繰り返しが、悲しさ切なさを倍増させているようです。冬の夕焼けのようにあっけなく逝ってしまわれた天志さんが悼まれます。

塩野 正春

特選句「既読とはならぬ世へ打つ初LINE」。悲しいかな現実にある話しですね。 ラインの相手が突然消え失せるとは。生命、特に我々人間の命と命をつなぐ現実の武器ラインが響きます。”俳句の空間とデジタル”を繋げた素晴らしい句ですね。 ラインが(虚)の空間まで繋げてくれれば、この世は素晴らしいことでしょう。私たちも生きる意義や夢があるということですね。特選句「干されたる産着は淑気纏いけり」。新春の淑気、これに勝る表現は見当たりません。 お寺、神社いろいろありますが、赤ちゃんの産着は素晴らし淑気です。 この世、乱れた世ではありますが、に生を受けた赤ちゃんに未来を託したいです。

河野 志保

特選句「逝くときは獣も冬の星を見る」。動物を看取った時のことだろうか。冬の星に帰る命との別れ。悲しみの瞬間が荘厳さを湛えた1句になった。「獣」とは人間も含めた生き物全てを言っているのかもしれない。

高木 水志

特選句「いそがしい落葉涙が間に合わない」。落葉が次々に落ちていく。身近な人が次々と亡くなっていく。涙も出ないくらい悲しんでいる作者の様子が浮かぶ。

三好つや子

特選句「反戦は普通の言葉ちゃんちゃんこ」。令和になり、砲弾のなか泣き叫ぶ子どもの姿が、日常的なニュースになる昨今。うかうか老いてるときじゃない、もっと反戦に向き合わなければ、と武者震いしている作者を想像し、心に響きました。特選句「老年楽しどの本能もまだ少し」。一読して、兜太先生の「酒止めようかどの本能と遊ぼうか」の句が浮かびます。豪快に俳句人生を全うされた兜太先生にはかなわないけれど、私なりに老いを楽しんでいますよ、先生。と、冬空に呼びかけているように感じられ、感動。「ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志」 「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」 増田天志さんが亡くなられ、海原の句会で追悼句をたくさん目にしました。この句もそうですが、天志さんの俳句を語るときの、青年のような一途な表情を思い出し、胸にジーンときました。

野口思づゑ

特選句「うすらびに耳を澄ませば初声す」。静かに年が明けた。静かに鳥の鳴き声が聞こえてくる。落ち着いた句です。特選句「ペン買いにゆかな明日は雪らしき」。雪のため外出ができなくなりそうだ、という事で買っておくべきがパンといった食料、必需品でなくペン、という事で書くことを大切にしている作者が偲ばれる。「初鏡問われる余生の交差点」。「余生の交差点」とは一体何なのか、どんな状態なのか興味をそそられる。

河田 清峰

特選句「未来問う鍋を突いて突っついて」。先行き不安な人生に鍋を突っついていくしかない未来がみえる。

中村 セミ

特選句「空耳や絵本へ還る冬の蝶」。冬の蝶の羽音を聞いたのだろか,絵本に蝶がいなくなり久しい、本当は、まだ帰ってないのだろと思う。そこに、不思議な感性を感じる。

吉田 和恵

特選句「老年楽しどの本能もまだ少し」。軽い飢餓感は老年も楽しくするのでしょうか。♡今、アラン編みに挑み頭と指の錆取りをしているところです。

榎本 祐子

特選句「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」。駄々っ子に親しみが込められていますね。青春切符に天志さんを感じます。

津田 将也

特選句「初春やぱちんと弾ける龍の玉」。庭や垣根ではよく見かける「龍の玉」。初夏のころは淡紫色の小花を咲かせ、花後、珠状の実をつける。これが冬とともに熟し碧い「龍の玉」になる。よく弾むので、子供たちが「弾み玉」とも呼び、いろんな遊びに使った。今ではもう見かけない「初春」の、俳句の中だけのものになりました。特選句「レのキイは枝に隠れた雪のよう(伊藤 幸)」。「中七」以下の措辞が格別です。定型句でのリズムが活かされており、これが読者の「読み」を肯定的にみちびきます。

増田 暁子

特選句「衣擦れの音折りたたみ納棺す」。納棺の場面の音、動作などリアルに思い出しました。辛いですが美しいですね。特選句「いそがしい落葉涙が間に合わない」。なんの涙なのか、落葉の速度は悲しみよりズンと早く余計辛いですね。一瞬の切り取りが詩になって情景が浮かびます。「母眠る林檎の匂いがする雪です」。甘酸っぱい母の匂いは最高だった。 

藤野 安子

特選句「見慣れぬ漢寒灯の門叩く」。この句の主人公は〝男〟ではなく‶漢〟。その漢が門を叩いている。そんな強い表現がなされているにもかかわらず、何故か現実離れした印象を受ける。〝見慣れぬ〟と云う言回しのせいかもしれない。そして、あまり使わない季語の‶寒灯〟が効果を上げている。一読し、急逝された天志さんが思い浮んだ。死後の世界に幾つかの門扉があるとしたなら、天志さんには極楽浄土への門が開かれたと固く信じている。

ご挨拶。初めまして、私は昨年十月、急逝された増田天志さん主宰の大津「まほろば句会」で四年間余りお世話になっていました。当「海程香川句会」の野﨑憲子さん岡田奈々さんからは「まほろば句会」へ毎月欠かさず投句をしていただいておりました。あの天志さんの自由奔放なキャラクターで進められる句座は本当に楽しく、また勉強もさせていただきました。そんな句座に香川からの投句は一層花を添えてくれました。本当にありがとうございました。年も押し迫った十二月二十六日。「天志さんを偲ぶまほろば句会」が開かれる運びとなり、急遽、香川から憲子さんが参加してくださり、しめやかでありつつも、和やかな追悼句会を催すことができました。「海程香川」の憲子さんとは、天志さんが繋げてくださった句縁だと感謝しております。今度、憲子さんからのお誘いもあり、「海程香川」の栄えある初句会へ拙句を投句させていただいた次第です。句縁とは異なもの。今後、益々の「海程香川句会」のご盛況を心から念じております。

伊藤  幸

特選句「書き出しは船出のように初日記」。はてさて今年はどんなことに出逢うだろうとワクワク。初日記はまさに船出のような気分です。作者にとって今年が佳き年となりますように。特選句「壮年や海苔篊黒く林立す」。手も足も悴む冬はアサクサノリの季節。黒く輝く海苔のびっしり生えた粗朶の林立する様を血気盛んな働き盛りの壮年と表現した見事な技に脱帽。

滝澤 泰斗

特選句「深紅のドレス聖夜のアリア美(は)しき息」。クリスマスの一部始終を切り取った感があるが、上、中、下が心地よく響き合っている。美しき息とあるから、教会によっては、教会を出て、教会に来れない方のお宅の玄関先でクリスマスキャロルを歌う事をするシーンを想像した。教会でのミサを上げた後、正装の深紅のドレスのまま出かけたことも連想される。深紅はまたクリスマスの花ポインセチアの深紅にも通じて結構でした。特選句「<句集『青草』佐孝石画へのオマージュとして>こぞり立つ鋭き肺よ冬の芽よ」。こぞり立つ冬の芽とは何だろうと想像した。冬の日の松の芽が一斉に上向きに立ち、まさに松が大いなる深呼吸をして緑の濃さを一層増すように賛美している。「書き出しは船出のように初日記」。大旦はどんな書き出しになったかはともかく、汽笛一声、徐に、大らかに大きな船が埠頭を離れる景。お正月に気持ちの良い句に出会った。「冬眠の薄目喪中の寒オリオン」。紅白歌合戦だ、年越しぞばだ、年賀状だ、孫がはるばるやってきて・・・などというなんだか慌ただしい正月もあれば、そんな時代はとうに過ぎ、昨年亡くなった身内のいない正月をじっと耐える正月もある。喪中の正月を詩情豊かに描いた。「衣摺れの音折りたたみ納棺す」。映画「おくりびと」のワンシーンのごとく・・・音折りたたみという表現に感服。「レのキイは枝に隠れた雪のよう」。音階のレをこういう風に詠まれると、途端にレが違う意味を持っていると錯覚しそうだ。着想の妙というか、面白い。私は半音のファとシが気になるが、隠れた雪という表現にはなかなか追いつけない。「書置きのような聖地や寒卵」。書置きの聖地とは・・・エルサレムにあるユダヤ人の聖地はかつての神殿の壁。その裏にイスラム教を唱えたムハンマドが昇天した岩のドームがある。そして、そこから、さほど遠くないキリストが昇天したゴルゴダの丘に建つ聖墳墓教会・・・どれもこれも書置きされたような場所にあるが、寒卵の季語が見事にフォローしている。

石井 はな

特選句「煩悩を幾つか減らし除夜の鐘(藤田乙女)」。毎年の除夜の鐘です。108の煩悩の幾つかが減っていると嬉しいです。減った分の音は違うのかしら?

稲   暁

特選句「自分軸無いまま生きて冬薔薇」。まるで私のことを言われているようだ。美しい冬薔薇との対比が印象的。

重松 敬子

特選句「初明り車窓の富士の太りたる」。年始めの期待感。一新したすがすがしさ、吸う空気さえ、新しい匂い、味がします。今年も良き年でありますように!

竹本  仰

特選句「空耳や絵本へ帰る冬の蝶」。生きるとは、生き延びること。生きるとは、抗うこと。何となく、そんな響きを背後に感じました。原色の原郷へ帰るこころみ、それは不可能なんだけれども、それが終の夢なんではなかろうか。そういえば小生にしてからが、年末から手塚治虫の『ふしぎな少年』を耽読し、「時間よ、とまれ!」と太田博之演じたTVドラマのあの叫びを、日本中の少年たちが人類全面核戦争寸前のキューバ危機の一九六二年に叫んでいたなんて、と何とも言えない感慨を覚えました。時間よ、とまれ!そして出来るなら、もう一度あそこへ。特選句「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」。青春十八きっぷ。増田天志さんと初対面の時、野﨑さんから彼はそうやって琵琶湖の国から来たんだというのを聞き、ああ、そうか、同じような時間旅行者がいるんだと、ぐいっと惹きつけられたのを覚えています。そのときは、どういう表情をして車窓にたたずんでいたんだろうな、という想像をふとしたのでした。私も若い頃は鈍行愛好者で、東京から大分まで乗り継ぎ二日間の旅をした記憶があります。そう、その時の感触からして、彼は時間を旅行していたのに違いないのです。わずか十七文字のため、否、わずか十七文字だからこそ遠路が要るのだ、と語っていたように勝手に解釈しました。あの駄々っ子の顔は紛れない時間旅行者の顔だったのだと、あらためて思い出しました。特選句「母眠る林檎の匂いがする雪です」。たしか宮沢賢治の詩に、「そこは林檎の匂いがして」というフレーズがあったような。うろ覚えで申し訳ありませんが、その賢治の詩と同じような匂いを思い出しました。多分、この母はもう年老いて昔の母ではない母なのかと思いますが、眠っている時だけはあの自分が感じた林檎の匂いがした母に戻っていると思えたのでしょう。多分、童話の原点というかふるさとは、こういう境地から来るのでしょうね。

増田天志さんの句、どなたか存じませんが、ありがとうございました。年始早々、激震の列島ですが、負けぬよう、野﨑さん、そしてメンバーのみなさん、本年もよろしくお願いします。

山本 弥生

特選句「くに言葉忘れさぬきのあん雑煮」。生国を出てさぬきに住んだ年月の方が長くなり故郷訛りで話す相手も無く、すっかりさぬき人となり、お正月の雑煮も讃岐の、餡雑煮で祝うようになった。

漆原 義典

特選句「青春切符駄々っ子天志身罷りぬ」。増田天志さんが、海程香川句会に参加されるため、大津から青春十八切符で高松に来られ、俳句に対する情熱を熱く語っておられた姿が思い出されます。中七の駄々っ子天志が良いですね。天志さんご指導ありがとうございました。

寺町志津子

特選句「書き出しは船出のように初日記」。これから始まる一年の期待と不安の交錯した気持ちが伝わります。「幼な子のブーツの中のでっかい宇宙」。成人した長男も、子どもの頃、靴の中に石ころ、だんご虫等を入れて帰っていました。「冬眠の薄眼喪中の寒オリオン」。(私には)解釈の難しい句。

桂  凜火

特選句「ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志」。ひらがな表記の工夫がうまく最後のああ天志は効果と感じました。天志さんのイメージと冬夕焼けはよくあっていて抒情的な美しさがかなしみをよく伝えています。

荒井まり子

特選句「ゆきあいにひととながむる初日の出」。スマホに往生している暮らしに元日の地震。報道で目にし、いたたまれない。上五の<ゆきあいのひと>に、しみじみと静かな時間を感じる。これでいい。

時田 幻椏

特選句「おとついの時雨のせいにする懈怠」。懈怠の言い訳に一昨日の時雨、同じ意味ながら音の近い倦怠と言うよりもアンニュイと言いたくなる気分を素直に感じます。「ふゆゆうやけあかあかあかやああ天志」。ふゆゆうやけあかあかあかやああと平仮名で詠み天志と造語で受ける危うさ、嗚呼天志か最後まで平仮名で詠み切って欲しかった、「てんし」とは言えないのでもう一工夫必要とは思うのですが。「レのキイは枝に隠れた雪のよう」。枝に隠れた雪のイメージが出来ず、枝に積もった雪、雪に隠れた枝の方が素直なのでは無いでしょうか。いや、この危うさがレのキイなのかも知れませんが。申し訳御座いません。

菅原 春み

特選句「逝くときは獣も冬の星を見る」。きっと獣も人も植物も冬の星を見て逝くような気がして、特選に。特選句「衣摺れの音折りたたみ納棺す」。衣摺れの音だけが響くという切り取りかたが秀逸です。

岡田ミツヒロ

特選句「マトリョーシカ閉じ込められしままの冬(榎本祐子)」。マトリョーシカのつぶらな瞳、それにはロシア国民の平和への願いが宿っているようだ。マトリョーシカの春の一日も早きことを。特選句「干されたる産着は淑気纏いけり」。赤ん坊の清浄無垢、それを包む産着は、淑気を呼び、まさに天使の衣、遙かなる我が聖なる時よ。

森本由美子

特選句「干されたる産着は淑気纏いけり」。心を洗い流してくれるような句です。産着は人間の未来への想いを仄かに象徴しているのかもしれません。

佐孝 石画

特選句「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。難解な句だ。しかし「分からない」ということは、その作品の魅力、広がりにも通じる。それらの部類でも概ね良句の場合、じわりじわりと作品世界が読み手の既視世界に浸透してきて、見過ごせないものとなって来る。「紙面繰る」という書籍を読み進める行為と、冬の日、そして「傷つける」という暗喩の関連性、響き合い。この句の幻想の中心、発火点となるのは、「傷つける」という、なかば自虐的、自傷的な行為。この行為の冥さが、主人公のキャラクターを燻り出し、その場の情念だけでなく、これまでの人生への悔悟までも想起させる。その冥さに対して、「冬の日」の眩しさ、明るさ、そして「紙面」の白さ、未来性。それらは哲学用語にある「タブラ・ラサ」を想起させる。乱暴に言えば、主人公は紙面を繰るたびに、新たな世界へ転生し、またあらためてかつての自分を回顧する。「冥」から「明」への無限ループ。そのフラッシュバックが「傷」につながるのだろう。この句からは、そのように輪廻転生めいた白日夢を見せられた感じがする。

新野 祐子

特選句「逝くときは獣も冬の星を見る」。うちの十九歳の犬が逝ったのは朝だったけれど、瞳に朝の星が映っているように見えました。生きもの、みんなそうやって、この世を去るのかな。詩的だな。特選句「書き出しは船出のように初日記」。こちらは、海が遠いので船を目にするのは一年で一回もないけれど、大海に出る船というのは憧れでもあります。初日記にはふさわしいな、と。♡昨日句会報届きました。天志さんへの皆さまの思い。胸に沁みました。余りにも早い、ご逝去、残念でなりません。あの吟行からちょうど一か月ですね。こちらは今日雪が降りあたりが白くなり、夜でも、ほの明るい感じです。寒くなってきますので、お身体に気を付けて過ごしましょうね。→ 十一月の〆句会の句会報到着後いただいたFAXです。ありがとうございました。       

  悼  天志さん    芭蕉考遺しひっそり銀漢へ     祐子

大浦ともこ

特選句「始まりは麦の一粒シュトーレン」。麦の実りから始まる17文字に自然の営みへの賛歌、丁寧な暮らしぶりが窺えて好もしく思います。特選句「枯野刈りたればひよこりと萌芽」。自然への愛着が素直に心に響きます。ひよこりというオノマトベも句の温かみと響きあっています。

薫   香

特選句「レのキイは枝に隠れた雪のよう」。ドとミに挟まれたレは、きりっとしたはかなさを併せ持つ隠れた雪のようなんて素敵です。特選句「老年楽しどの本能もまだ少し」。まだ老年にはまだ少しありますが、未来がこんな風に思えるようになりたいなと選ばせていただきました。

野田 信章

特選句「冬ざるるコトデンの黄の遠きこと」。万物の枯れ極まった澄明感の中で、遠ざかりつゝも消えない「コトデンの黄」の一点の景が美しい、「コトデン」に寄せる作者の土着感の結実が伺える句である。

山下 一夫

特選句「ニュース聴く耳に重ねて夕時雨」。情景としては夕刻のテレビまたはラジオのニュース報道の音声ににわかに降ってきた雨の音が重なったというだけのことなのですが、荒涼とした寒々しさが無性に漂います。昨今の内外における痛ましい出来事の連続と時雨が見事に共鳴しています。特選句「想い出を積んで蜜柑のピラミッド(藤野安子)」。ひとりコタツのアンニュイな時間をそれだけはたくさんある蜜柑を積んで紛らしている人を思い浮かべます。想い出と蜜柑の比喩関係は甘酸っぱい、それぞれの実の中には多くの房があり、その房の中にはさらに果汁の入った袋(「砂じょう」というらしい)など。ピラミッドはある種の墓と考えると終わった恋が関係しているかなどと妄想が膨らみ楽しいです。問題句「鉄塔の亡夫よ冬の太陽よ(すずき穂波)」。鉄塔と亡夫の関係がわかりません。冬の太陽は冬至に近く生命の衰え(再生も含みますが)と関係するのでこれは亡夫と関係がありそうです。亡夫は鉄塔のように大きな存在であったが、亡くなってからは太陽を背にしての影のようにさらに巨大になっているということでしょうか。やっぱりわかりませんが、ただならぬ存在感です。 

松本美智子

特選句「紙面繰るたび冬の日を傷つける」。今回の地震は元旦に起こったこともあり衝撃的でしたし陳腐な言い方ですが自然の脅威に抗うことのできない人間の小ささに愕然とするしかなかったです。それを句にと考えましたが,対象が大きすぎて私にはできませんでした。この句は日常の生活にあって遠き被災地を悼む心をよく表しているなと思いました。

川本 一葉

特選句「空耳や絵本へ還る冬の蝶」。何という俳句でしょう。物語を秘めていて、淋しくて美しくて、胸が痛くなります。こういう句を私も作りたいです。特選句「既読とはならぬ世へ打つ初LINE」。とてもよくわかります。夫や祖母や、友だち。私もLINEを打ちたい。もう一度話したい。だから一期一会という言葉があるのでしょうか。 

向井 桐華

特選句「風花やたった二歳の猫を葬る」。しみじみと訴えかけてくる句です。猫を「こ」と読ませることには賛否分かれるかもしれませんが、我が家にも二歳の猫(こ)がおり、もしもこの子が死んでしまったら思うと、この句を特選に推したいと思いました。下五の字余りが効いているし、風花が哀しみを増す。

疋田恵美子

特選句「冬夕焼芭蕉兜太天志嗚呼残照」。お三人の俳人のお名前をあげ、功績と尊敬の念。特に嗚呼残照が良いと思います。特選句「天城より 朝焼けの富士 年明くる」。天城山から眺める朝焼けの富士山なんて幸いな事でしょう。爽やかな新年のスタート。

菅原香代子

特選句「バス待ちのベンチ冷し能登の地震」。道が崩れてバスは来ない、人もいない 、冷たさ、悲しみが伝わってきます。「超美味の初夢獏にくれてやる」。ユーモアに溢れる新春らしい句です。

佳   凛

特選句「既読とはならぬ世へ打つ初LINE」。あの世とは、楽しい所なのでしょうか?行ったきりで、便りも来ない。メールをしても既読にならないもどかしさ。とっても とっても良く解ります.切ないくらい伝わって来ます。でも元気を出して頑張りましょう。自分自身にも、言い聞かせています。ありがとう。

野﨑 憲子

特選句「ふゆゆふやけあかあかあかやああ天志」。美しい調べでありながら型破りな天志さん好みの追悼句です。昨年の〆句会の冒頭、ご参加の皆さまへ、天志さんの急逝を告げ、黙祷していると、高松の句会へ来てくださった折の色んな思い出が浮かんできて胸がいっぱいになりました。私は色の中で一番赤が好きですが、天志さんも、いつもどこかに、赤を感じる俳人でした。

今回、天志さんが主宰されていた「まほろば句会」の藤野安子さんがご参加くださいました。昨年末の大津での「追悼まほろば句会」は、悲しくも心温まる句会でした。もう十年近く前、崇徳上皇の御廟がある四国霊場第八十一番札所白峰寺へ行きたいと言われ、高松での句会の翌日に、ご案内しました。その車中で「句会の世話人は産婆さんだよ。句会で佳句が沢山生まれたら、それが何よりの世話人冥利だからね。」とお話でした。この言葉は、今も、私の中で大きく膨らんでいます。「溢るる愛語サンバ産婆よ風花(憲子)」どんなに煮詰まっている時も、皆さまからのご投句に大きな元気をいただいています。「海程香川」は、混迷の人類へ向けて、五七五の愛語の、奇跡みたいな作品を発信し続ける、とびっきり自由で楽しい場でありたいと切に願っています。 

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

風花
風花や男の業を癒すよに
銀   次
風花や波止場に移動図書館来
大浦ともこ
風花や落ちて来たのは誰かしら
薫   香
山風花上から下から登山道
末澤  等
日溜まりを風花が行くブラタモリ
藤川 宏樹
言ひ訳の途中まなじりを風花
和緒 玲子
お茶しませんか風花にかこつけて
和緒 玲子
風花を纏う少女よ素足なり
岡田 奈々
をととひ君は犀になつたと風花
野﨑 憲子
風花や天志は竜神になつた
野﨑 憲子
風花や父の匂ひのパチンコ屋
島田 章平
誉められる頭のかたち風の花
藤川 宏樹
初句会
菓子並べ色とりどりに初句会
銀   次
初句会というみかんの香に包まれる
三枝みずほ
初句会吾が句に諭されし輩
藤川 宏樹
手土産の酒は「凱陣(がいじん)」初句会
大浦ともこ
お日さまに逢いにきました初句会
野﨑 憲子
笑つて笑つて笑つて初句会
島田 章平
一月
一月の地平線非戦貫く
三枝みずほ
大阪に買ふ豚まんや一月尽
大浦ともこ
一月の三番館へ小津映画
藤川 宏樹
口数の少なき女よ一月の水
岡田 奈々
一月や母のブキウギもう聴けぬ
島田 章平
一月のジルバよ波音は紫
野﨑 憲子
一月の竜の落し子私の子
島田 章平
一月や悩みの種を放り投げ
末澤  等
水仙
純心の勁き刃や白水仙
銀   次
水仙のにほひ不埒であどけなし
大浦ともこ
凪ぎてみな海に傾く水仙花
大浦ともこ
喇叭水仙死んでも放しませんでした
藤川 宏樹
水仙のちかく心臓横たへる
和緒 玲子
愛語とは透きてゆくもの黄水仙
野﨑 憲子
水仙に埋もれて死んでいけたらば
薫   香
人去りてはや水仙の匂ふ家
和緒 玲子
餡子
ピーマン切って中を餡子にしてあげた
藤川 宏樹
餡子煮るすこし反省したあとの
三枝みずほ
餡蜜が冷たすぎたの別れたの
島田 章平
お多福の中はこしあん初句会
野﨑 憲子

【通信欄】&【句会メモ】

今年の元旦は、能登大地震から始まり、不穏な幕開けでしたが、初句会に、3名の初参加の方がいらして嬉しかったです。昨秋急逝された増田天志さんの追悼句が今回も沢山集まりました。兜太先生、たねをさん、天志さんと、他界が賑やかになるばかりで悔しいですが、この世も負けていられません。皆様と共に、ますます熱く渦巻く句会に進化してまいりたいと存じます。今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

13日の句会の2日後に、銀次さん(ミュージカル劇団「銀河鉄道」上村良介主宰)が、お部屋で倒れているところを劇団員の方が見つけ緊急入院しました。インフルエンザでした。快方に向かっているそうですが、他にも治療を要するところがあり一か月程入院されるので、残念ですが、「今月の誤読」は、お休みです。他にも、体調を崩し選句をお休みされている方がいらっしゃいます。一日も早いご全快を祈念いたしております。厳しい寒さが続いています。皆さま、御身くれぐれも大切にご自愛ください。

2023年11月29日 (水)

第145回「海程香川」句会(2023.11.11)

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事前投句参加者の一句

恋の句を詠みたき日なり冬薔薇 柾木はつ子
疎に密に語り来し日々そばの花 野田 信章
銀杏散る私を裁くのは私 柴田 清子
蕎麦咲いて白一面の昏さかな 三好つや子
御堂筋はトークの歩巾黄落期 重松 敬子
龍淵に潜むほっといてと言った 薫   香
立ちん坊にお告げのような流れ雲 榎本 祐子
思い切りここ叩いてよね月光 竹本  仰
消しゴムで消えそうな母 芒原 飯土井志乃
ぺちゃくちゃと四五羽の雀小六月 佳   凛
らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉 小山やす子
山の神にお祈りですか鵙の声 漆原 義典
提灯にむじなと書きし夜の果て 中村 セミ
青鷹大渦よりたつ潮煙 丸亀葉七子
もう一杯もう一杯と重ね重ねて志ん生忌 銀   次
渡り鳥隠し持つ海の道標 菅原香代子
もの言わぬ子に友ひとり帰り花 松本美智子
黄落を和解の色と思うかな 佐孝 石画
巧みなる夫の゛技です栗御飯 疋田恵美子
花芒 僕を分別して靡く 津田 将也
十三夜そんな華ある漢ゐて 鈴木 幸江
仏壇に位牌と並ぶ蝮酒 稲葉 千尋
綾取の川へ梯子へはうき星 あずお玲子
秋深むその周辺をおじいさん 松本 勇二
栗茹でる選に洩れたる句の数多 寺町志津子
ばつた跳ぶ鳥になる練習をする 川本 一葉
シャケ高菜ツナマヨおかか秋深し 田中アパート
君を追う急登錦秋地蔵岳 岡田 奈々
あたたかや方言混じるネット句座 塩野 正春
民が民憎みどうするましら酒 新野 祐子
君へ檸檬 発火しそうな放課後 松岡 早苗
菊の香や国境線無き島の国 野口思づゑ
ただ枯葉散らす風見てカフェテラス 風   子
絵も本もピアノも売りて日向ぼこ 大浦ともこ
金秋の頂き瓦礫心の臓 亀山祐美子
花野来ても逆さ世界あるらしや 福井 明子
柿明かり日暮れの街が消えかかる 十河 宣洋
山寺はこっちよこっち秋黄蝶 三好三香穂
白浪の海湧く日々だ冬炬燵 豊原 清明
秋深し すり寄る猫の痩せし背 植松 まめ
含羞も死語となり果て秋暑し 時田 幻椏
<江戸東京たてもの園にて>大樽や今年醤油の柄杓売り 森本由美子
孫を愛づ茂吉の髭が光る冬 田中 怜子
踏切によく日のあたる昭和かな 男波 弘志
秩父三日海馬にいつぴき秋蛍 若森 京子
古典より戦ひも解くカンナ燃ゆ 川崎千鶴子
一人旅秋の光に乗り換えて 河野 志保
積ん読に余生を照らし寒くなる 山下 一夫
深層心理ってマフラーに埋まる耳 三枝みずほ
この砂も地球のかけら星月夜 向井 桐華
人道回廊 秋風の民ゆく 島田 章平
秋の雨白湯の匂ひの豊かなり 石井 はな
冬霧のデモ熱くゲバラを語りし人 岡田ミツヒロ
枯木めぐりし眼底なぜか月に戻る 佐藤 稚鬼
金曜の夜長気がかりが深爪 藤川 宏樹
草城子の一句引き寄せ郁子の実や 大西 健司
捨て置けば死ぬ猫である娘の秋 淡路 放生
<悼む 竹内義聿氏>朝顔の裏路地愛す男かな 樽谷 宗寛
街角のたばこ屋閉店秋高し 山本 弥生
烏瓜ひたすら一隅照らす役 山田 哲夫
水を脱ぐ大白鳥の大志かな 小西 瞬夏
早慶の秋の陣過ぎひとりなる 滝澤 泰斗
非力憂えば濡れ縁にカメムシ 伊藤  幸
母の忌や集う兄妹みな熟柿 増田 暁子
山粧ふ蔵王県境枯損木 河田 清峰
長き夜の糸巻きからんと奥秩父 桂  凜火
大陸に国境多し鳥渡る 月野ぽぽな
スーパーの長きレシート冬支度 菅原 春み
錯覚の恋に浸って戻り花 藤田 乙女
秋晴れやぽっかり浮かぶ河馬の尻 稲   暁
秋天の喪の家蟹の横歩き 荒井まり子
旅立ちのおへそにしまう夜寒かな 高木 水志
五十年愛はなくとも小六月 吉田 和恵
冬のたんぽぽ明日は南へ飛ぶ構へ 谷  孝江
みんな星の子とほき渚のものがたり 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「踏切によく日のあたる昭和かな」。季語はありませんが、素晴らしい郷愁感を醸し出しています。昭和の時代は踏切にも詩がありました。

豊原 清明

特選句「らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉」。「つぎつぎ生まれくる言葉」の源泉は食べることです。らっきょうの力かと思う。問題句「孫を愛づ茂吉の髭が光る冬」。「髭が光る冬」が好きです。光ることが嬉しい。

小西 瞬夏

特選句「鉄条網から顔出して朝顔よ(月野ぽぽな)」。鉄条網がある景、基地か、国境か、向こうは見えるけれど、決していくことができない場所。そこから朝顔は、そんな人間の分断を気にすることなく越境してくるのだ。「よ」という呼びかけがしみじみと響く。

☆天志さんと、それほどたくさんお会いしたわけではありませんが、私の中での存在は大きい方でした。残念でしかたありません。ご冥福をお祈りするばかりです。

柴田 清子

特選句「消しゴムで消えそうな母 芒原」。母への思いの深い佳句と感じました。私もこんな母になりたい。特選句「踏切によく日のあたる昭和かな」。俳句の枠からとび出したような、やさしい言葉で、季語の有る無しを意識させないだけのものが、詰まっている昭和を、よく一句に。感心させられました。

風   子

特選句「菊の香や国境線なき島の国」。国境線がないことでかろうじて守られている平和。この恵みに甘んじていていいものか。「早慶の秋の陣過ぎひとりなる」。青春の真髄。過ぎ去ったあの頃。「錯覚の恋に浸って戻り花」。戻り花が面白い。どんなことなのか熱燗でも呑みながら聞かせてください。

鈴木 幸江

特選句評「もう一杯もう一杯と重ね重ねて志ん生忌」。”分かります。分かります。”多分私よりご高齢の方ではないでしょうか。(違っていたら凄い人!)私は、息子の志ん朝ですが、YouTubeで寝る前に、この頃よく聴いて心をリラックスさせたり、偲んだりしてます。父子とも酒をこよなく愛した、不世出の落語家でした。その創出する笑いは、奥深く、世俗を超えていました。嬉しくて特選にさせていただきました。

☆天志さんのこと、お知らせくださり有り難うございました。 お陰で、ご一緒に黙祷させていただきました。天志さんとは、あの絶妙な距離感が大好きでした。それをキープしたまま、今は夜空の星になってしまいました。 芭蕉さん好きの天志さんと、一茶好きの私ではちょっと距離があるのは当然ですが、添付ファイルで、送っていただいた資料を拝読し、禅の教えや、人生旅人の宇宙摂理を持っていらしたことに 私と「どこか、もっと共鳴し合えたのではないか?」の心残りと、大きな身体と静かに何かと闘っているような生き様は、人の温もりを私に残して逝かれました。 心よりご冥福をお祈りいたします。きっと、星となって私たちを見守ってくれていることと信じています。

津田 将也

まことに残念ですが、特選句はありません。

岡田 奈々

特選句「御堂筋はトークの歩巾黄落期」。賑やかな大阪の様子が良く分かる。トークにも歩巾があったんですね。特選句「余生かな一切れの苺ケーキ残る(桂 凜火)」。これからの老後にも苺ケーキ様のたのしみが。何が起こるかお楽しみ。「銀杏散る私を裁くのは私」。結局は自分の罪悪感が自分を一番虐めている。ぃっきに銀杏が散る様な残念感。「らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉」。俳句を作るものは言葉に飢えているので、らっきょう食べます。「幼子のどんぐり屋さん開店日」。こんな遊びをする子も少なくなってしまって、寂しくなった。また、孫と公園でごっこ遊びしたい。「巧みなる夫の技です栗御飯」。堅い殻など剥いてくれて有り難く美味しい栗飯頂きます。「絵も本もピアノも売りて日向ぼこ」。今流行りの全捨離。私もして、何もない部屋で清々しくお茶したい。「秩父三日海馬にいっぴき秋蛍」。秩父「海原」全国大会。皆と会い、話し、考え。記憶の海馬に少なからぬ火を灯せた。「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。マフラーで顔を隠し、目だけ出して、本当の私はマフラーの中。「旅立ちのおへそにしまう夜寒かな」。山形吟行に行く前に寒いよと聞かされて、それは、飲み込んで出掛けた。その不安がよく出てる。私はおへそでなく、トランクだけど。

十河 宣洋

特選句「兜太への道や無患子零れおり(大西健司)」。海原の大会で秩父の椋神社へ行った。境内には無患子の実が沢山落ちていた。その実を拾ったりしながら、ここは兜太へ続くところという感想を持った。秩父困民党がここから立ち上がった歴史的な処でもある。特選句「母の忌や集う兄妹みな熟柿」。お母さんを偲びながら、話題は色々ある。懐かしい話が多い。でもみんな年取ったねというところ。熟柿は笑いがある。楽しい法要になったようである。お母さんもそれを望んでいる。

桂  凜火

特選句「君へ檸檬 発火しそうな放課後」。檸檬とくれば梶井基次郎ですが、高校生らしい一途な感じがよかったですね。令和の恋ですね。

樽谷 宗寛

特選句「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。気持ちの良いお句。映像が浮かび、私も夢をいただき元気になりました。白鳥が好きだからかな。「母性とはタロイモ秋の土固し」。ハワイ旅行で食べたタロイモすごく美味しいかつた。お値段も高かったことが今も忘れられないでいる。母性とはが良い。

藤川 宏樹

特選句「そこここに谷内六郎秋夕日(三好つや子)」。週刊新潮の表紙を描き続けた谷内六郎。政界・芸能界の裏や男女絡みの話に興味が湧き、ついページを繰ったものだ。応接卓上に缶入りピースと灰皿、「週刊新潮」。そこここに昭和。私がようやく社会人になりしばらく、彼は急に世を去り平成に、そして令和に。・・・昭和は遠くなりにけり・・・

植松 まめ

特選句「ふんふんと亡犬来る気配月冴える(寺町志津子)」「捨て置けば死ぬ猫である娘の秋」。  今月は奇しくも犬と猫の句を特選にしました。今まで8匹の犬を飼いましたが、今年6月最後の飼犬を亡くしました。月を見ると犬たちを思い出します。また現在難病の猫の看病をしています、「捨て置けば死ぬ猫である……」わが家の猫もそうです。まだ2歳。?せ細りながらも彼は懸命に生きています。

あずお玲子

特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。埋めるんじゃなくて「埋まる」耳に納得。特選句「金曜の夜長気がかりが深爪 」。金曜の夜長、独りの時間をさぁ楽しみますよという時に深爪がしんしんと気になる。夜長の邪魔をする。この感じに共感。きっと足の小指に違いない。

☆増田天志さんの訃報に驚いて、とても残念です。勝手にまた話が聞けると思っていたので。  ご冥福をお祈りします。「笑って別れてあっけなく冬銀河(あずお玲子)」

月野ぽぽな

特選句「花芒 僕を分別して靡く」。内省的な世界の描写に惹かれた。分別する、と聞いてすぐ思い浮かんだのは「家庭ゴミを分別する」のように、種類によって分けること。意識を自分に向け、自分を、自分の中にある様々な部分に分けてみて、どれひとつとして排除することなく、受け入れ、労わり、励ますことを通して、新たな全き一つとしての自分に変容してゆく心の働きが見えてきた。それは瞑想そのもの。自分の慈愛を惜しみなく受けて自分は限りなく満たされ、陽を浴びる花薄のように光り輝く。慈愛、自愛の一句。憲子さん、みなさん、今年もご一緒できて幸せでした。どうぞご自愛され、良いお年をお迎えください。

☆天志さん、急逝の知らせに驚いています。2018年6月に二泊三日の花巻遠野吟行を天志さんとご一緒した時のことを今、思い出しています。背が高くハンサムな天志さん。二枚目かと思いきや、ユーモアたっぷりのお話で、天志さんの周りには笑顔が絶えませんでしたね。句会では、天志さんの作品や評、そして穏やかな語り口から滲み出る俳句に対する真摯な姿勢から、多くを学ばせていただきました。ありがとうございました。再会を約束して解散した時も、やはりあの優しい笑顔でいらっしゃいましたね。昨年、海原誌上で「にんげんとは何 ひまわりに砲弾」と、人間の現状を見、人間の本質を問うていた天志さん。先月、憲子さんが添付してくださった天志さんによる芭蕉のレポートの中で、山寺での「閑さや岩にしみ入る蝉の声 芭蕉」に梵我一如を見抜いた天志さん。心でいくたびも「芭蕉さん」と語り合われたのでしょうか。レポートを読むうちに、わたしには、天志さんが、芭蕉さんに導かれて悟りの境地の安らかさの中にいらっしゃるような気がしてきました。天上で芭蕉さんと、兜太先生と、句座を共にされているかもしれませんね。今生で天志さんと句座をご一緒できたことに心より感謝いたします。心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。ぽぽな

岡田ミツヒロ

特選句「らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉」。らっきょうを噛むバリバリと勢いのよい音とリズム感、さらに脳にまで沁みる酸味の刺激。弛緩した脳細胞も覚醒し新鮮な言葉を紡ぎ出してくれそうだ。特選句「みんな星の子とほき渚のものがたり」。天界より選ばれて人はそれぞれ水の星・地球へと送り出される。地球は渚、人は水と戯れ、水に翻弄されて時を過す。そしてみな渚のものがたりを残し、人それぞれの星、天界へと帰る。

石井 はな

特選句「錯覚の恋に浸って戻り花」。この歳になって昔を思うと、恋って錯覚なんだとつくづく思います。そんな錯覚に浸っていた若い自分が愛しいです。

川本 一葉

特選句「冬のたんぽぽ明日は南へ飛ぶ構へ」。明日のたんぽぽが目に浮かびます。飛ぶ構へという下五が生きていると思います。未来のことを言うのは楽しいです。

大西 健司

特選句「秋晴れやぽっかり浮かぶ河馬の尻」。殺伐としたなかこの長閑さが良い。特選句「シャケ高菜ツナマヨおかか秋深し」。問題句のほうが似合うのかも知れないが、コンビニに並ぶおにぎりの平和な装いが実に楽しい。

☆天志さんのことはあまりにもショックです。やはり同世代だけに急死は他人事では無い事態です。田舎だと同じ敷地内の離れに一人いたりしますが発見が遅くなるのはつらいです。いつ何事がおこるかもわかりません、お互いに健康第一でいきましょう。天志さんのご冥福をお祈りします。

♡ところで過日行われた東海地区現代俳句協会青年部主催の第6回ジャズ句会LIVEin名古屋へ行ってきました。やはり楽しいところには人は集まります。企画力が大事なんだと感じました。19歳から93歳まで30数人の参加があり熱気溢れるものでした。といっても俳人はお酒などを飲みながらですが。一流ミュージシャンの演奏は最高。一人一人の俳句に対し即興の演奏をするという無茶なお願いに見事に応えてくれました。過去の様子がユーチューブで見られるはずです。よければご覧下さい。辛い出来事に負けず頑張りましょう。

河田 清峰

特選句「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。この句を一読して、突然亡くなった増田天志さんの姿が浮かんできた。何もかも脱ぎ捨てて大きく羽ばたいて飛び立った白鳥そのものの天志さん。連句、書道など多芸多彩な人であった。惜しまれてならない‥

吉田 和恵

特選句「母の忌や集う兄妹みな熟柿」。とかく母を後盾として来た兄妹、年を経て母の忌に集えばみな枝にぶら下がる熟柿のようではないかと。ちょっと哀しく可笑しくも兄妹の絆を感じさせる一句です。

塩野 正春

特選句「大樽や今年醤油の柄杓売り」。なんか句の中から香りが漂うような、素晴らしい情景です。醤油作りのは知識のない私ですが大樽の中に出来上がった醤油の味は瓶詰めされ市販されるものとかなり違う気がします。数千年前から日本人の味を支え、湯浅醤油が発展させキッコーマンらによって今や世界中の調味料です。出来立ての一滴を柄杓で受け取るとはなんと贅沢なことでしょう。特選句「古典より戦ひも解くカンナ燃ゆ」。作者の意図とは違うかもしれませんがアメリカ南北戦争を生き抜いたスカーレットオハラを思い起こします。アトランタの荒野で、結局一人になったスカーレット、カンナだけが咲き誇ります。ちなみに”風と共に去りぬ”の映画、米国テク二カラー映画の最初で、ロシアのアグファカラーと国力をかけて戦ったようです。いい戦いでした。主役はリリアン・リーでしたかね。美しかった!これで今年は最後です。 いささか気が早いのですが健康で安泰な新年を祈ります。

稲葉 千尋

特選句「この砂も地球のかけら星月夜」。なんと美しい句。この美しい地球に戦の話し悲しい。星月夜が美しすぎる。  ?山形吟行、お疲れさまでした。楽しい旅行だったとおもいます。ますますのご健吟をお祈り申しあげます。今号はいっぱい好きな句がありました。採れなくて残念です。有難うございました。

新野 祐子

特選句「栗茹でる選に洩れたる句の数多」。「栗茹でる」の取り合せがユーモラスですね。選に洩れてもめげない作者。少々つらいことがあっても乗り越えていくパワフルな作者が見えます。『朝和む「もってのほか」てう菊の菜』。前の夜何か不穏なことがあったのでしょうか。香りよく彩のきれいな菊のおひたしを食べて和んだのですね。

♡十月二十九日から三十一日に山形吟行に来てくださった岡田奈々さん、亀山祐美子さん、河田清峰さん、島田章平さん、田中怜子さん、野﨑憲子さん、三好三香穂さん、ありがとうございました。本当に楽しい三日間で、この年のとっておきの思い出になりました。個性的かつ魅力的な方々とご一緒できたこと、大きな刺激になりました。増田天志さんが来られなかったことを心配していましたが、亡くなっていたなんて。皆さん、茫然自失のことと存じます。増田さんのご冥福を祈るばかりです。

 山形吟行では、ほんとうにお世話になりました。まさか新野さんが、マラソンランナーだったとは思いませんでした。フットワークの軽さに驚きました。お陰様で、とても充実した楽しい吟行になりました。ありがとうございました。天志さんの事は、未だに信じられない思いですが、きっと私たちと一緒に山寺やお釜や地蔵岳を吟行していらしたと、今は強く感じています。(憲)

山本 弥生

特選句「隠れ段畑老婆が短い人参掘る(津田将也)」。住み馴れた過疎地を老いても離れず無農薬の短い人参を段畑で一人収穫している姿が見えて来る。令和の時代である。

中村 セミ

特選句「踏切によく日のあたる昭和かな」。上手いと思う。何かの色々な感慨をかんじます。

松岡 早苗

特選句「一人旅秋の光に乗り換えて」。「秋の光に乗り換え」るという表現がとても素敵です。初めての土地で電車から降りると、キラキラした秋の日射しがいっぱい。電車を乗り継いで次はどこへ行こうか。気ままな一人旅の醍醐味を感じました。特選句「非力憂えば濡れ縁にカメムシ」。布団を干すにしてもちょっと物を動かすにしても、寄る年波には逆らえず、自分の非力を痛感させられるばかりです。濡れ縁のカメムシはちょっとやっかいですが、クスッと笑える光景でもあり、楽しく拝読いたしました。

野田 信章

特選句「草城子の一句引き寄せ郁子の実や」。森下草城子氏とは、「海程」の初期から中期にかけて活動された方で、濃尾平野の一角に腰を据え、その自然風土を踏まえての精神風土の形成を目指された先人である。この草城子氏との交流があり、いまも熱き想いを抱いている作者の述懐の念のこもった一句である。郁子の実との確かな出合いがあり、通草では、この句の軽妙さは出ない。私の感銘を覚える草城子俳句の二句を下記へ。「朝のガラスに富士がきており暗し(草城子)「月を見たし蜩聴きたし冬の山(草城子)

☆増田天志氏の訃報を受けて驚いているところである。初期作品の中に、<もみじ山おれは天動説でゆく><洗っても洗ってもこおろぎの貌>等の若作りではあるが諧謔味のある句が見受けられていたので、中年から老年にかけての厚みのある諧謔性のある本格俳句を期待するものがあった。それも今となってはかなわぬこととなった。故人となられた天志氏のご冥福を心から祈るばかりである。

増田 暁子

特選句「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」。蕎麦の花の白一面の中、周りや世の中は昏いと思う日々です。特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。深層心理ってほとんどの人々は耳を蓋して、本音を口にしない。マフラーに埋まって聞こえぬ気配です。いけないと思う時もありますが、本当にその心理は判ります。お上手な句ですね。

☆増田天志さまへ。謹んで哀悼の気持ちを込めてお悔やみ申し上げます。句会ではひょうきんで明るく、よくお話しましたね。名字が同じで、最初の頃紙面に並んで名前が出るので、ご自分から声を掛けていただきましたね。関東の句会にもたびたびお会いし、ニヤッとした笑顔が思い出されます。まだまだお若いのにと思うと、言葉になりません。心残りがいっぱいあるでしょうに、本当に残念ですが安らかにお眠りください。

山田 哲夫

特選句「秋晴れやぽっかり浮かぶ河馬の尻」。爽やかな秋空の元でのユーモラスな風景を鮮やかに映し出した。こういう句に出会うと心もかろやかになり、秋晴れのように晴れ晴れした気分になる

柾木はつ子

特選句「綾取の川へ梯子へはうき星」。発想がユニークですね。とても柔らかい感性をお持ちの方と思いました。特選句「大陸に国境多し鳥渡る」。日本は島国なので陸続きに国境のある生活というものが想像出来ませんが、どうしてもこのような地では紛争が起こりやすいのでしょうね。かと言って国境は不可欠だと思いますし…その点渡り鳥には自由があるけれど…

河野 志保

特選句「黄落を和解の色と思うかな」。「黄落を和解の色と思う」発想にひかれた。そして深く納得。あの静かでたくましい営みの前では、どんな諍いも消える気がする。作者は戦争が広がる世界も憂いているのかもしれない。

三好つや子

特選句「秋深むその周辺をおじいさん」。マラソンに出るかのような格好で走る老人もいれば、夕食のおかずを買っている背中が淋しそうな老人もいる。散歩の途中やスーパーマーケットでみかける姿を、優しいまなざしで捉えている作者に、共感が止まりません。特選句「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。春が来て大白鳥が北方へ帰っていくときの、水面から飛び立つ一瞬をみごとに詠んでいます。水を脱ぐという表現に、旅立ちの覚悟のようなものまで感じられ、注目しました。「三世代の看護師家系おみなえし」。微笑の似合う聡明な祖母と母と娘のありようを、清楚なおみなえしが語っているようです。「錯覚の恋に浸って戻り花」。照れくさそうにこちらを見ているあの人、ひょっとして私に気があるのかしら。そんな錯覚に弾けるひととき。戻り花は、帰り花でもよいと思います。

☆比叡山での勉強会や関西の定例句会でお会いし、俳句について熱く、楽しく語る天志さんが思い出されます。芭蕉の梵我一如、読んだばかりだったのに・・・とても淋しいです。ご冥福をお祈りします。

高木 水志

特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。音の響きが心地よい。深層心理の曖昧な感じを耳という小さくて柔らかな部分に喩えて、冬の空気感を感じさせたところがいいと思う。

野口思づゑ

今回は特選が選びきれませんでした。「恋の句を詠みたき日なり冬薔薇」。次の句会で、その句を披露して下さい。「あたたかや方言混じるネット句座」。私も同じ感想を持ちます。馴染みのない地方の言葉のアクセントなどに温かさを覚えます。「絵も本もピアノも売りて日向ぼこ」。断捨離をされたのでしょうか。今までの活動を整理して、日向ぼこでリラックス。理想的ですね。「踏切によく日の当たる昭和かな」。高架線もなく、建物も低かった昭和でしたら、スペースのある踏切の日当たりは良かったに違いありません。視点が面白い。

菅原香代子

特選句「君へ檸檬 発火しそうな放課後」。青春を檸檬と放課後で表現していて見事です。「野辺送り栗鼠は木の実を運びをり」。秋の野辺送りの寂しさと、栗鼠のほのぼのとした温かさの対比がすばらしいと思いました。

榎本 祐子

特選句「秋深むその周辺をおじいさん」。おじいさんは周辺をぶらぶら歩き回っている。特に目的はない。強いて言えばぶらぶらが目的。深む秋の中を放下している。

☆天志さんの事、ショックです。残念ですね。以前、三田句会で時々お会いしていました。高松での全国大会の帰りも、小豆島からご一緒して楽しくおしゃべりした事を思い出しています。いつも楽しくされていて、面白がらせてくださっていましたが、どこか痛々しくて繊細な人だなと感じていました。またお会い出来ると思っていましたので悲しいです。ご冥福をお祈りするばかりです。

重松 敬子

特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。深層心理って、本人も意識なく、面白く興味のわく分野である。作者の愛される性格なども垣間みえて微笑ましい一句。

☆天志さんの訃報。まだお若いのに残念です。句友が減ってゆくのは寂しい限りです。

滝澤 泰斗

今月の選句はまさに「選苦」・・・十句を選ぶのに苦労した。特選並選つけ難く異例ではありますが、甲乙なしで選をしました。「恋の句を詠みたき日なり冬薔薇」。確かに、冬の薔薇はそんな気にさせる狂おしさがある。「疎に密に語り来し日々そばの花」。特段の日が毎日あるわけではない。地味なそばの花の様な淡々とした日常が続いてゆく。「銀杏散る私を裁くのは私」。自分にけりを付けて行くのはもちろん自分だが、その心情を句にしたことに感心した。「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」。白一面の昏さと見た眼力。「御堂筋はトークの歩巾黄落期」。銀杏を眺めながらか、落ち葉を踏みながらか、その風情が、トークを、歩みを緩やかにして詩情を醸し出してくれる。「ただ枯葉散らす風見てカフェテラス」。こちらは、東京丸の内当たりの秋の風情。気分のいい句。「柿明かり日暮れの街が消えかかる」。一際赤い柿が夕暮れに映えていたが、黄昏は短く町に帳が落ちて行く・・・たまらない寂寥感。「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。一読して、なるほどねと妙に納得した一句。「草城子の一句引き寄せ郁子の実や」。伊勢志摩の海程全国大会でお話を伺う機会があったった草城子さん。作者はどんな一句を引き寄せたか。懐かしさいっぱい。「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。白鳥が水面から立ち上がる時の水の形状がまさしく水を脱ぐように見える観察眼の確かさ。以上、十句以外に次ぎの句もきになったので、記しておきます。「ぺちゃくちゃと四五羽の雀小六月 」「栗茹でる選に洩れたる句の数多」「ばつた跳ぶ鳥になる練習をする」「冬霧のデモ熱くゲバラを語りし人」 

☆後に、野﨑さんからのお知らせで知った増田天志さんの逝去の報。香川での「海原」全国大会でお世話になったかと思いますが、どうしても顔が浮かんできません。海程創刊五十周年アンソロジーの増田さんの情報によれば、私より若かった。自分より若い人の死は重く、つらい。お名前の通り「天使」になった増田さんの天国の平安をお祈り申し上げます。

伊藤  幸

特選句『日曜日「つぎ木犀の町停ります(あずお玲子)』。「銀河鉄道の夜」を思い出しました。メルヘンですね。休日はバスにでも揺られつつ心豊かに過ごしたいものです。

☆追悼 増田天志さん。「海程香川」花巻遠野吟行の際お話しして何故か気が合い、以来ラインでメールを交わすようになりました。既にご存知の方も多いと思いますが天志さんは多才な方で俳句はもとより絵画や彫刻と展覧会によく出品されておられました。そしてその画像が何度か送られてきました。九月、「『海程香川句会』に参加し温かく迎えて頂いた。作句は続けたい。」と嬉しそうなメールが届き、最近では「肥後の志士「宮部鼎蔵」のことが知りたいから近々熊本へ行きたい。」というメールも届いたばかりでした。残念です。折につけ俳句もやり取りしていましたので天志さんの遺句を数句挙げさせて頂きます。「父の出るまでトランプめくる晩夏」「まず音符こぼれ睡蓮ひらくかな」「どこまでが星雲の渦かたつむり」「龍鱗の乾き雲海に首のぞく」「蒼き眠りは幻想の大なまず」「薔薇の死はブルースざらつく喉元」「雲龍の目の蒼穹や芭蕉祭」

菅原 春み

特選句「大樽や今年醤油の柄杓売り」。スケールが大きく年末に締める句としてもとても好ましい。特選句「長き夜の糸巻きからんと奥秩父」。奥秩父の昔ながらの機織りの景。糸巻きだけを切り取ったろころが映像に。

男波 弘志

「野辺送り栗鼠は木の実を運びをり」。二つの出来事に抑々関係性がある訳ではないが、こうして一行詩になってみると如何にも何かがありそうではある。生と死の対比、それは全く表層のことに過ぎない。野辺送り、木の実を運ぶ、その営みが事も無げに持続していること、人間の暮らしの中にある血液の流れ、そういうものを感じればよい。秀作。「絵も本もピアノも売りて日向ぼこ」。一見この人は全てを手放しているようだが、そうではない。むしろ手放したことによって、それは心の中に何度も蘇ってくるのであろう。シャガールの青、怒涛のバッハ、ブッダの知恵、いま人類は危機的状況にある。人間が生み出した叡智、文明はもはや負の遺産でしかない。人間が文明だと思っていたものをいつ放擲するのだろうか?人間自身を消し去らなければこの状況は変えられないであろう。誠に残念だが世界の人々が冬の日溜りでうとうとする日は来ないであろう。秀作

薫   香

特選句「消しゴムで消えそうな母 芒原」。認知症になった母は何を聞いても、「うん」としか言わず、腰も曲がりいつもうつむいて座っている。生命力を失ったかのように、今にも消えそうな母を思い出しました。特選句「もの言わぬ子に友ひとり帰り花」。先日11月だというのに暖かな日が続いたせいか桜がいくつか咲いており、何だか嬉しくなりました。友達が一人いてくれるのは母にとって一輪の桜のように嬉しい。

佐孝 石画

特選句「踏切によく日のあたる昭和かな」。「踏切」はときおり、異界との境界を思わせる。待つという行為、渡るのをためらう緩やかな逡巡。この世あの世、現在過去。時空の歪み弛みを感じつつ、眼前の遮断器の、蜂の腹のような、色褪せた黄黒の遮断棒、そして眼下には錆びた鉄路と朽ちた枕木。無季であろうが、「日のあたる」という措辞が、小春日の実景を想起させ、また、過ぎ去った自らの昭和時代の思い出が、眩惑を伴い重なってくる。「踏切」という語の、季語に匹敵するイメージの蓄積率を再認識しつつ、五感を増幅させる「日のあたる」という語を加えた、作者のインスピレーションに脱帽する。

田中 怜子

特選句「柿明かり日暮れの街が消えかかる」。映像がきれい、穏やかな日本の風景 いつまでもそのままであってほしい。特選句「君を追う急登錦秋地蔵岳」。吟行を思い出します。大きなお尻が目の前に、そして中七下五で一気に登りつめる勢いが感じられるともに、ふーふー登った記憶が蘇ります。

疋田恵美子

特選句「十三夜そんな華ある漢ゐて」。私の知るとこらでも、数少ないですが確かに素敵なお方おいでますね。特選句「君へ檸檬 発火しそうな放課後」。今話題の大谷選手のような若者を想像しました。

☆増田天志さん、香川全国大会では、赤い運動靴を履き皆さんのお世話をされていたお方ですよね!まだまだお若い方でしたのに残念なことですね。お悔やみ申し上げます。       合掌

森本由美子

特選句「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」。白一面という視覚的表現に昏さというキャラクターを加えて作者の内面を伝えようとしている。詠み手はその世界を共有することが可能と思う。

松本美智子

特選句「花芒 僕を分別して靡く」。人間はいろいろな便宜上,分けられる事があります。「男」「女」,「○○人」「■■人」,「キリスト教徒」「イスラム教徒」そして「必要」「不必要」・・・分別による差別,分断や憎しみ,悩み・・・そのような世界からは遠いところに身を置きたいと考えています。祈りをこめて・・・句を選びました。

大浦ともこ

特選句「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」”白一面の昏さ”という表現に惹かれました。明るさの中にある昏さ、でしょうか・・。特選句「なびくねえあれが風だよねコスモス(竹本 仰)」飄々とした語り口調の句の中にあたたかさが伝わってきます。風に靡きながらも強靭なコスモスと響きあっています。

川崎千鶴子

特選句「旅立ちのおへそにしまう夜寒かな」。「夜寒」をおへそにしまうとはお洒落な表現で、素晴らしいです。私もあやかりたいです。

時田 幻椏

特選句「疎に蜜に語り来し日々そばの花」。現在主催している建築交流展のテーマが「ナラティヴ」、この語をキーワードに10ヶ月程思考して参りましたので、その勢いで。特選句「彼岸花凡句と言へど彼我に柄(藤川宏樹)」。その通り、良し悪しを越えて句は詠み手その人のものです。彼岸と彼我、気恥ずかしい語の選択ですが。問題句「在りし父母の駆け落ちほろん菊膾(伊藤 幸)」。ほろんはホロンですか?。私は秀句と思うのですが、如何でしょう。宜しくお願い致します。

飯土井志乃

特選句「旅のように晩秋絹の雲刷いて(榎本祐子)」。予測正しい日本の四季の味わいは何処へ行ったのでしょう。予測もつかぬ日々の明け暮れを重ね一足飛びに訪れた今年の秋は、まるで晩秋の貴婦人の様、納得の一句に仕上り美しい。

☆突然の、増田天志様の訃報、声も出ませんでした。思い返せば、「海程」第一回比叡山勉強会。矢野千代子様を中心に大津にて開催の折、故金子兜太先生を筆頭に海程の名だたる方々のご参加に、スタッフ一同緊張で張りつめておりました。その時、怖気ず、応対案内をした青年が、増田天志さんでした。金子先生も、気さくにお声をかけられ、楽しんでいらっしゃるご様子に、一同胸を撫で下ろし、会を終えた事が懐かしく思い出されます。それからの天志さんのご活躍は、皆様ご承知の通りです。兜太先生も黄泉の方となられ、此の度は又天志さんをお見送りする。身ほとりが淋しくなりました。俳句から遠ざかりがちな私にも句会の誘い水で今日まで止まらせていただき長きに渡る、ご厚情に深い感謝をしております。ありがとうございました。安らかな永遠を祈りつつ 合掌。

漆原 義典

特選句「母の忌や集う兄妹みな熟柿」。下五の熟柿がいいですね。この情景は、長男の私の家の座敷の仏壇の前に集まる情景そのものです。姉2人と、古希を迎えた私、そして弟の4人兄弟も、みんな年取りました。年老いた兄弟が会って仲良く話をすることはいいことですね。心が温かくなる句をありがとうございました。

稲   暁

特選句「銀杏散る私を裁くのは私」。自分の失敗が原因でうつ病になった経験がある私には「私を裁くのは私」のフレーズが心に沁みました。

佳   凛

特選句「らっきょう食ぶつぎつぎ生まれくる言葉」。らっきょうが脳を刺激するのでしょうか?羨ましい限りです。今日の晩御飯に試してみようかなぁ。

銀   次

今月の誤読●「もの言わぬ子に友ひとり帰り花」。小さいころからおとなしい子だった。病弱だったせいがあるのかもしれないが、学齢に達しても寡黙であることに変わりはなかった。ふつう女の子というのはおしゃべりだという思い込みがある。それに比べてうちの子は、と思うのは母親としては当然のことだろう。育て方が悪かったのかしら、と振り返ることもしばしばある。ただ笑うときには笑う、泣くときには泣く、病弱だったカラダもいまは見違えるほど元気だ。その点では安心しているが、相変わらずあまりしゃべらない子であることには違いない。そんな子が高校に入って、はじめて友だちをうちに連れてくるようになった。同級生ということだった。その子もやはり控えめな女の子だった。挨拶もつつましく、いつもそそくさと娘の部屋にあがるのが常だった。とたん部屋のなかからキャッキャと笑い声があがる。なにを言ってるのかわからないが、楽しげな話し声が聞こえる。それはもう、わたしまでもが愉快になるような明るい声だ。その声を聞くのは、わたしにとって涙がでるほど嬉しい時間だった。ある日のこと、いつものように紅茶とケーキを持って娘の部屋に入ったとき、ドアを開けるとうちの子と同級生が親しげに指を絡ませているのを見た。ふたりはパッと離れたが、その離れ方がどこか不自然で、三人とも固まったようになった。しばしのときが流れ、ようやく合点のいったわたしは慌てて部屋をでた。ふたりは恋をしている。そう思うと胸がドキドキするとともに、来し方のあれこれにようやく納得した。夕飯のときになり、食卓に坐る娘にわたしは言った。「安心しなさい。わたしはあんたたちの味方だから」。娘はコクリとうなずき、皿のハンバーグに箸を伸ばした。その瞬間、わたしと娘はまぎれもないほんとうの母子となった。

荒井まり子

特選句「水を脱ぐ大白鳥の大志かな」。上五の「水を脱ぐ」に脱帽。いつもそれぞれの鳥が水面より飛び立つのを見て素晴らしいと感心していました。ピッタリの表現ですね。   

☆突然の訃報に大変驚いております。こちらに引っ越し、暫くしてたねをさんに、兵庫・三田句会に声を掛けて頂き、それから天志さんとも、ご一緒に。滋賀・大津の句会にも参加。通り道だからと、JR大津駅より車に乗せて頂きました。10分位の話しに、香川句会の様子、憲子さん達とのやりとり、おうどんの美味しさ、本当に楽しそうに話されていました。山形吟行にも、ご一緒の予定だったとか、とても楽しみにされていたと思います。今はただ、ご冥福を祈るばかりです。

亀山祐美子

特選句「山粧ふ蔵王県境枯損木」。陸奥の旅のロウプーウェーからの雲海と紅葉と枯損木の景が忘れられない現場に行ったからこそ共感できる景の大きさがよい。

☆増田天志さんの訃報心が痛みます。初めてお会いした栗林公園の緑の濃さ松の豊かさが忘れられません。いずれまた句座を囲めるとは存じますが、そのときはよろしくお願いいたします。

三枝みずほ

特選句「絵も本もピアノも売りて日向ぼこ」。感性豊かにと子どもへ託した想いは子の心にしっかりと根付いている。何十年とかけてそのことに気づいたとき、全てを手放すことが出来たのであろう。時空を越えて子と過ごした時間に思いを馳せる嬉しさと哀愁が日向ぼこにはある。

☆増田天志さんご逝去とのこと、さみしくなります。0点句だと自分の表現の未熟さに反省すると私が言うと、「気にしたらあかんあかん。わかってたまるか!!って思ってつくらな!」といつもの優しい口調で叱咤激励してくださったのが九月。天志さんの鮮烈な言葉たちが心のなかにずっと響いているのです。他界されたのが今でも信じられません。海程香川句会で初めてお目にかかったときのこと、全国大会、思い返してもやはり強烈な個性の俳人ですね。ぽっかりと冬の空です。ご冥福をお祈りいたします。

竹本  仰

特選句「もの言わぬ子に友ひとり帰り花」:もの言わぬ子に、もの言わぬ友。だが会話は十分成り立っている。これまで何度か見たような光景でもあり、またその中にいたような気もする。価値判断というものでは測りきれない存在価値というものがあり、人間を人間として生かしておくものの存在に気づいた時、言葉では表しえない或る表現の貴さに気づく。〈はたはらに秋草の花語るらくほろびしものはなつかしきかな〉という牧水の歌に近いものを感じました。特選句「枯れ蟷螂自分の影に鎌広げ(松本美智子)」:枯れ蟷螂。もはや死に後れた蟷螂は最後の闘いを挑んでいるのか、地面に伸びた自身の影に重い鎌を持ち上げる。闘わねば生きていけないと宿命づけられた生き物の成れの果てに、ロートルの拳闘選手のような悲哀はあり、哀しくはあるものの、そういう姿に心惹かれるものも感じました。特選句「秋晴れやぽっかり浮かぶ河馬の尻」:何のことはないものに、ふと自分を感じる。そんなことでしょうか。この河馬の尻は実景でないもののように感じます。動かそうとして動かせず、さりとてそんな自分にあくせくしていたその末に、いつまでもカッコ悪く浮かんでいる何とも始末に負えない自分。同情を禁じ得ない句でありました。以上です。 

☆増田天志さんの訃報、ありがとうございました。初めてリアルの香川句会におじゃました時、俳句バトルのトーナメントがあり、その一回戦の相手が天志さんでした。老いたお母さんを詠んだ句を出して、しみじみとした子ども心を歌ったものでした。そう、秋の夜長に隣の部屋にいる母を思いやるような雰囲気のものでした。自句のプレゼンテーションに、そんな熱い思いを語る姿に圧倒されましたが、あれは天志さんの中でも異例の事だったんじゃないかと、思い出しました。もちろん、いつも俳句への思いは熱く、最後もそんな風に芭蕉を述べられていたように思いますが、何かの折に「もっと自由であるべき」といったひとことが耳に残っています。そういえば、淡路島吟行に来られた時、軽やかな雰囲気に、「なんかとても若く見えますね」というと、「僕、今、ダンスやってるから」とさりげなく嬉しそうに答えていたのでした。芭蕉の墓所である義仲寺で連句の句会をよくやっているとのことで、「いつでもどうぞ」と勧められたのでしたが。今度、義仲寺に行ったら、またあの面影追いかけるんだろうなとふと思います。ああ、残念、のひとことです。ありがとうございました。野﨑さん、そしてメンバーのみなさん、来年もよろしくお願いします。

♡天志さんの芭蕉の句の解釈、興味深く読みました。私のミスリーディングでは、芭蕉は蝉になり切ってしまったんではないか、と思えましたが、それが天志さんの言う梵我一如のことかなと。時々、俳諧七部集を読みますが、芭蕉の句境は融通無碍そのもの。たとえば、『冬の日』「つつみかねて」の歌仙には、前句「まがきまで津浪の水にくづれ行」に対し、「佛喰たる魚解きけり」なんていう付けをしていますが、魚の腹をかっさばいて佛をみつけるなんて、佛が仏像なのか死人なのか、どちらの取りようにしてもぎょっとしてしまうものがあります。芭蕉には何だか人間の業を読み解こうとする眼がつねにあり、そんな背景で見ると、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」も並じゃない、業深きがゆえに蝉もまたおのれもまた…という深い吐息、それが閑さやの正体ではなかったか。相変わらずのミスリーディングですいません。あと、最近の島田さん、飛んでいますね、うらやましいです。きっと何か、このあと、来るんだろうなと、測候所の人のように見ています。朝日俳壇で目にした白泉さんとの対話の句も気に入りましたが、とても注目しています、陰ながら。 天志さんの「芭蕉さんアラカルト」、古典の授業のノートの一画みたいで、その人柄、面白く垣間見たような楽しさがあります。だいぶ前に読んだ安東次男の本で、「旅に病で」の句は辞世の句としては不出来、のようなくだりがあったのを思い出しました。「木曽殿と塚をならべて」という「たはふれ」のつぶやきの方に、心惹かれるものがある。いわば、横死の者の見果てぬ夢、お前たちはどう思う?そんな問いかけの方にむしろ句以上にリアルな心情を感じるというのです。こんな芭蕉劇場を見ていると、稀代の演出家であった芭蕉の内情もなかなか面白そうで。そういえば、淡路島吟行の泊後、食堂で朝ビールを注いでくれたのは天志さんでしたね。義仲寺での句会の話などしてた記憶があります。「いつでもどうぞ」と誘ったひとこと。このノートもおんなじ匂いがしました。

丸亀葉七子

特選句「十字軍の踏んだ跡かも蓼の花(重松敬子)」。素直な句が好き。ロシアは 早くウクライナ侵攻を止めてほしい。道端に咲く野の花「蓼」からの発想に惹かれた。特選句「長き夜の糸巻きからんと奥秩父」。目を閉じると景が浮かぶ。奥秩父が生きている。糸巻く音がからん、からんと聞こえてくる。

若森 京子

特選句「君へ檸檬 発火しそうな放課後」。檸檬からくるイメージは、新鮮、夢、エネルギーであるものを君へ上げよう。下句の〝発火しそう?の措辞には緊張感と恐怖、この二つのフレーズがこの短詩型の中で化学反応を起こそ色々なストーリーが生まれる。一句にエネルギーを感じる。特選句「深層心理ってマフラーに埋まる耳」。自他共に深層心理って解からない。ストレスが溜まるのも関係するらしい。温かいマフラーで何も聞かない様に耳を埋めたい気持ちは高まる。

☆天志さんを偲んで。二十年程前の、若い天志さんは、高橋たねを氏を慕い毎月三田句会に出席し、湯川れい子、田中貴美子さん達と句会の後、喫茶店で楽しい会話の時間を持って帰られました。知識と語彙が豊富で色々と冒険をし、彼独自の面白い作品を書いていましたが、それが成功して誉めると何とも云えぬ嬉しそうな素直な人懐っこい表情が忘れられません。コロナ前は、ひょっこり現われて待合室で一人でおにぎりを頬張っていた姿が目に浮かびます。句会後、私は主人の介護もあり、ゆっくり前のようにコーヒーを飲む時間も無く、遠い大津から来て貰ったのに悪いなーと思って帰りました。この三年間は「海程香川」でのお付き合いのみでした。最近、天志さんが又三田に行くと云ってたよ。と聞き楽しみに待っておりましたのに。亡くなった後、大勢の人に優しい言葉を掛け、あの風来坊の天志さんを皆さんが愛していた事が分かりました。残り時間の短い私には、六十九歳で逝った天志さんに惜しい悔しいと云う言葉しかありません。 ご冥福をお祈りするばかりです。  

追悼二句  「片羽根の天使は逝った秋の空」「早世の君の言の葉ペガサス座」               合掌。

向井 桐華

特選句「秋の雨白湯の匂ひの豊かなり」。文字通り日常の「豊かさ」についてハッとさせられた句。

三好三香穂

「蕎麦咲いて白一面の昏さかな」。蕎麦の花は赤も白もあるが、だいたいは白。小花で地味である。一面白くなるが、なぜか華やかさや明るさはない。それをクラサと捉えたところが、秀逸である。

山下 一夫

特選句「綾取の川へ梯子へほうき星」。綾取の川や梯子に、図鑑や星座表において星々を直線でつないで示されていた各星座を、ほうき星にその背景となっている満天の星空を想います。抽象と具体のバランス、どこかノスタルジックな雰囲気が秀逸です。特選句「今ここで返事しなくていい野菊(柴田清子)」。返事を求められている対象は限定されていないのですが、いろいろに考えてみることができて愉しいです。当方的には「野菊の墓」の民子。世代的には山口百恵か松田聖子で、映画時点の素朴さでは後者に軍配を挙げます。問題句「ばつた跳ぶ鳥になる練習をする」。発想に妙があり、自嘲的なペーソスも漂っていていい感じなのですが、ばったの跳躍には、大量発生してアフリカからインドとかまで移動しながら深刻な災害(蝗害:こうがいと言うらしいです)を招くもののイメージもあって、鳥以上の場合もあるとの突っ込みも思い浮かびます。「鳥よりすごい奴もいる」といったところでしょうか。                               

☆増田天志さんの突然のご訃報、先にお送りいただいた海程香川句会でのお話のレジュメを拝見してご健在を確認していただけにショックです。天志さんとは比叡山句会や海程全国大会、小豆島で開催された海原全国大会の折などにお会いしておりました。あらたまってお話したことはなかったと思いますが、いつかの全体句会での鑑賞において、フロアーの議論が対象句の用字用語等形式的な側面に集中していたところ、そんなことより一句に詠われている詩情が肝心なのだと熱くコメントされ、はっとさせられたことを鮮明に記憶しております。心よりご冥福をお祈りいたします。

野﨑 憲子

特選句「仏壇に位牌と並ぶ蝮酒」。仏壇に蝮酒とは、山霊も祀っているのだ。どんなご先祖なんだろう。想像の膨らむ作品。特選句「捨て置けば死ぬ猫である娘の秋」。捨て猫を拾ってきて慈しんいる我が娘への限りない愛情が作品から漲っている。「娘の秋」に黄金の輝きあり。特選句「一人旅秋の光に乗り換えて」。新たなる旅立ちをする作者に、幸多かれと、渾身のエールを贈りたい。「朝寝して白波の夢ひとり旅(兜太)」<朝寝>は春の季語なのに、なぜか秋の句群の中に入っている師らしい名品。 「どんな時でも人生を楽しめ!」と。           善哉。

(一部省略、原文通り)

「海程香川」山形吟行(二〇二三年十月二十九日~三十一日)

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参加者の一句
白鷹人形蚕の繭の重みかな
岡田 奈々
無月かな蔵王温泉朱鳥居
亀山祐美子
東北の空より碧きお釜冷え         
河田 清峰
喜寿にして登る人生翁の忌
島田 章平
小さき字に挿絵の手帖少年茂吉
田中 怜子
懸崖菊誰をも受け入れ五大堂
新野 祐子
赤い山雁戸山(がんどさん)やがて黒き影 
三好三香穂
アオゲラのこつん茂吉の窓ガラス
野﨑 憲子
山二.png

上、蔵王連峰に抱かれた五色沼(お釜)。下、宿舎のホテルヴァルトベルク前にて。

袋回し句会

追悼、増田天志さん(天)
芭蕉も兜太も天志もゐるよ鰯雲
野﨑 憲子
次郎笈(きゅう)心ときめく天の河
末澤  等  
天の子の大いなる孤独冬に逝く
銀   次
わかってたまるか現代俳句天高し
三枝みずほ
天志さんみんなの声届いていますか
柴田 清子
エンジェルに励まされしあの日を思う
薫   香
群青の翼は天へ秋夕焼
野﨑 憲子
妻知らぬ夜長天志の武勇伝
藤川 宏樹
天志は星に既成破りの楕円形
岡田 奈々
なぜに君駅通り抜け秋天へ
野﨑 憲子
痛恨の友の旅立ち天高し
島田 章平
エンジェルに冬の翼をください
島田 章平
効き耳も効き目もひだり白鳥来
あずお玲子
さざ波に渡り鳥何を見て来たのか
薫   香
降りぬ遮断機という機微小鳥来る
藤川 宏樹
口あけて鼻ひん曲げて鳥渡る
野﨑 憲子
命とは永遠に病むもの鳥兜
島田 章平
立冬
君達は包囲されてる核の冬
島田 章平
しなしなのポテト塩っぽい今朝の冬
あずお玲子
誰もゐない二階から冬降りてくる
柴田 清子
冬に吾を生んだ母強き人なり
薫   香
青信号灯す再エネ冬夕焼
藤川 宏樹
金曜日
金曜夜長ユ―ミンが声白し
藤川 宏樹
金曜の雪虫に懐かれてゐる
あずお玲子
はしご酒もう何軒目だ金曜日
銀   次
立冬句新気一転大奮起
末澤  等
新築の隣りの家も冬に入る
柴田 清子
新しい雑巾真白新学期
藤川 宏樹
とんちんかんってなんか楽しい新走り
野﨑 憲子
人生は甘くはねえよ新小豆
島田 章平
激論の中に笑ひも新走り
島田 章平

【通信欄】&【句会メモ】

先月、先々月と、大津から高松の句会にご参加くださった増田天志さんが十月末、大津市のご自宅で他界されました。晴天の霹靂のような知らせに、11月句会は深い悲しみに包まれました。本会の初めの頃から、天志さんは、よく大津から青春18切符でおいでくださいました。高橋たねをさん急逝後の数年、高松句会の参加者は悲しいほどに少なく、どれほど有難かったか知れません。私と同い歳で、来月古希になられるはずでした。これからが人生の本番と存じますのに残念で悔しいです。本会のブログ告知後、ご選評と共に、追悼文がたくさん寄せられましたので、「句会の窓」へ、☆印を付けて掲載させていただきました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

稲葉千尋さんと、淡路放生さんが、ご体調の都合により退会されます。稲葉千尋さんは「海程」時代からの大先輩で、一度、高松の句会へ来てくださったことがありました。「海程」比叡山勉強会や全国大会もよくご一緒させていただきました。アンソロジー『青むまで』を編む時も、的確なアドバイスを賜りました。淡路放生さんは、令和三年二月、「俳句王国」の最終回。「俳句王」に輝きその時の放生さんの「中卒の浅利(あさり)が潮を吹き黙る」の句の沈黙の重さに、深く感動いたしました。放生さんの作品や高松句会での鋭いご鑑賞に、多くのことを学ばせていただきました。 千尋さんと、放生さんが、これからも、俳句を心の杖として幸多き日々を歩まれます事をお祈りいたします。ご回復されたら帰って来てください。いつでも大歓迎です。ありがとうございました。

12月の句会はお休みです。来年の初句会から、生きもの感覚漲る俳句新時代を目指し、より自由で熱く渦巻く句会へと進化して参りたいと存じます。今後ともよろしくお願いいたします。

2023年10月25日 (水)

第144回「海程香川」句会(2023.10.14)

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事前投句参加者の一句

選ばなかったオムレツの味人の秋 岡田 奈々
うなだれし喪服の姉や萩の雨 菅原 春み
唇は新酒の雫追ひかける 川本 一葉
そぞろ寒つい軽い嘘のつもりって何 桂  凜火
秋高し供華満載の島渡船 河田 清峰
コスモスや国境といふ導火線 岡田ミツヒロ
食細き猫の瞳や秋淋し 植松 まめ
星月夜プァオーと一声終電車 吉田 和恵
ぽぽと打ちぽぽと山彦をみなへし 佳   凛
曼珠沙華負けず遅れず彼岸花 時田 幻椏
別れ道鰯雲にも夜が来て 河野 志保
千々灯は宇宙の流灯紅葉す 十河 宣洋
針一本の乱れなき今日の月 川崎千鶴子
月もまた人に踏まれり吞んで寝る 銀   次
自分より飛び出す他人流れ星 野口思づゑ
敗戦と父言わざりきその墓洗う 野田 信章
地球時計屋なら虹のふもとだよ 三枝みずほ
化粧水しんなりなじむ今朝の秋 丸亀葉七子
雁渡る日やいつになく朦朧体 若森 京子
亀虫とわたし深夜のエレヴェーター 重松 敬子
青春の「あとがき」ばかり辿る秋 山下 一夫
探しものの途中かりがねに夢中 榎本 祐子
古バナナ父の父の父破れ襖 豊原 清明
<天龍寺にて>火の玉が飛び交わすかに秋あかね 田中 怜子
虫時雨足から石になりにけり 亀山祐美子
空よりも大地の好きな小鳥来る 藤田 乙女
いつのまに振り向くならい小鳥来る 新野 祐子
ほーほっほほー夜長のコタンコロカムイ 島田 章平
供物桃「海軍二等軍楽兵」 藤川 宏樹
さまざまな死因へそっと月が出る 松本 勇二
ためらいはいちじくの青妬心なお 大西 健司
深酒をして虫売りの鼾かな 津田 将也
満月の老斑ならむうさぎ逃ぐ 鈴木 幸江
みんな善人毬栗のとげとげにぶつかる すずき穂波
秋光やいつも前から来るチャンス 山田 哲夫
栗飯炊く調整終えし入歯かな 山本 弥生
鉄橋に焔の記憶まんじゆしやげ あずお玲子
さりげないピアスの奥の大花野 伊藤  幸
花なるや草にすがれる空蝉は 疋田恵美子
名月や白くなりいて西に去ぬ 三好三香穂
街角の黒板アート小鳥来る 柾木はつ子
整然と棚田にモザイク青田風 佐藤 稚鬼
霧の彫刻空へ緑へ土へ 薫   香
鶏頭に飛びつく光濡れていた 高木 水志
またや見んつまづかぬやう大花野 荒井まり子
間違ってゐるならごめん吾亦紅 柴田 清子
敗戦を終戦とうそぶく「神の国」 田中アパート
寝違えた梟そういえば居る 三好つや子
月白やひとに水面のありにけり 佐孝 石画
秋の夜の画集に蒼き馬眠る 稲   暁
侵略や見渡す限りカンナ燃ゆ 石井 はな
茄子の馬鏡に近くなりにけり 男波 弘志
にんげんは二度死ぬらしい秋薔薇 向井 桐華
八月の空や舞い散る願い事 小山やす子
実を地中に隠す忍術落花生 漆原 義典
肌寒し影とぶつかる叫びかな 竹本  仰
座禅組む先ずどくだみの近づきぬ 飯土井志乃
秋の朝城主に三毛を迎えをり 佐藤 仁美
プロポーズ成功しそうスーパームーン 松本美智子
今もゲルニカ愚かな戰の牛馬の叫び 増田 暁子
青滲む異国の切手小鳥来る 大浦ともこ
たまねぎや死は終わりじゃない周作忌 福井 明子
あのチーム蝉の権化の18年 塩野 正春
草を刈る無冠の力ありにけり 稲葉 千尋
赤とんぼ父の遺品にハーモニカ 増田 天志
綿菓子の雲繋がりし秋の暮 中村 セミ
十月ノフリコメサギノデンワキレ 淡路 放生
夕映えや溶け合うように河鹿鳴く 樽谷 宗寛
トルーマンのサル呼ばわりニッポンそぞろ寒 滝澤 泰斗
白湯飲んで体すみずみ月あかり 月野ぽぽな
繊月やデートリッヒの残像か 森本由美子
アトリエに転ぶ檸檬の青き影 風   子
十月や森の匂ひの頁閉づ 松岡 早苗
秋昼の木を積む遊び果てしなく 小西 瞬夏
釣瓶落し海を呑み干す赤ん坊 野﨑 憲子

句会の窓

増田 天志

特選句「肌寒し影とぶつかる叫びかな」。説明的な句には、詩情が、乏しい。この句には、意外性が、ある。読者も、想像力を働かせ、参加したいのだ。

小西 瞬夏

特選句「十月や森の匂ひの頁閉づ」。十月のある一日、森で読書をしたのだろうか。それとも家にいても、その本を閉じるとき森を感じたのだろうか。どんな本なのか、今の心の内はどうなのだろうかなど、想像が膨らみ、この一句の世界に浸っていた。

松本 勇二

特選句「秋光やいつも前から来るチャンス」。チャンスの来る方向を言い定めて皆を納得させた。真っ向からくるチャンスを受け止める人の幸と、見送る人のゆるやかな人生を思わせる。特選句「秋桜日にち薬は空から来(すずき穂波)」。日にち薬はどこから来るのか。思いも寄らぬところからやってきた。季語も良い。

風   子

特選句「秋光やいつも前から来るチャンス」。そうか、チャンスは前から来るのか。前を見て逃さぬように、と思うけどぼんやりの私には無理か。「コスモスや国境といふ導火線」。本当に国境が難しい。「秋の日の青年櫂に雲を掬ふ」。青年だから雲を掬う。若さだなぁ。

十河 宣洋

特選句「雁渡る日やいつになく朦朧体」。いつもと違う自分を感じている。晩秋の寂しいような気分が自分にも空の雁にも感じている。特選句「プロポーズ成功しそうスーパームーン」。スーパームーンに出合った。その気分のいい時間。これは今日のプロポーズが上手くいきそう。心弾むときである。結果を知りたい。問題句「トルーマンのサル呼ばわりニッポンそぞろ寒」。問題句ではないが問題。まだこのことを知っている人がいたかと思った。すべての始まりはこの思想の底にあるものから始まった。

岡田 奈々

特選句「釣瓶落し海を飲み干す赤ん坊」。スケールでか。こんな子供待っています。 特選句「さりげないピアスの奥の大花野」。ピアスの穴は花野のメビウスの輪の一部。ピアスの穴の中を覗いてみたい。「そぞろ寒つい軽い嘘のつもりって何」。嘘に軽い重いはありません。「つい」が余計腹が立つ。ぷんぷん。人を馬鹿にして。「月光や河原の石が語り出す」。月の灯りは全ての物に妖しく不可思議な力を授けるのです。「針一本の乱れなき今日の月」。本当に綺麗な仲秋の名月。「自分より飛び出す他人流れ星」。私と関わっている人は私の中を流れ彷徨う星のよう。回って来たと思うと去っていく。「釣瓶落し静かに響く地球かな(漆原義典)」。釣瓶落としは耳に聞こえ無いけれど、私達の心に感動という波動を伝えているのですね?「月白やひとに水面のありにけり」。白く輝く月光は間違いなく人の感銘という鏡に水を湛えます。「芒野や相思相愛というまぼろし」。相思相愛なんて、描いた餅。机上の空論。「白湯飲んで体すみずみ月あかり」。白湯は体に凄く良いと聞いています。月の女神の化身とか。以上。

樽谷 宗寛

特選句「コスモスや国境といふ導火線」。止まない戦。国境といい導火線が心に刺さります。コスモスが色を添え、安らぎを頂けました。コスモスのような世界がはやく天地に訪れますように。

塩野 正春

特選句「コスモスや国境といふ導火線」。人間の性か神の仕業か戦争が頻繁に起こっていますね。しかもその多くが国境をめぐっての争い。目には見えない国境もあり、国民を守るようでいて攻撃の対象にもなる。国が変われば言葉もかわる、文化も変わる。宗教も。それらがいずれも紛争の導火線とは・・コスモスよこの素晴らしい地球を守り給え。特選句「空よりも大地の好きな小鳥来る」。 私たち人間から見れば煩雑な地上よりも広大な空にあこがれます。ところが小鳥たちにはそうでない。空は単なる通行の手段で、エサが多い、人間が多い地上がいいらしい。戦争も気象変動もなんのその、電線に停まってピーチクパーチクしゃべりあってる。ほんとの平和を感じさせる。

月野ぽぽな

特選句「さまざまな死因へそっと月が出る」。生きとし生けるものに必ず訪れる死。死に目を向けることはつまり生に目を向けることになります。死、というだけでは見えず、死因、ということでその生の姿が想像できることに気づかされました。一読、人間を思いますが、読むうちに、犬や猫や馬や牛、鳥や魚や虫、といった動物の姿も見えてきます。そっと月が出る、の表現から、どのような道を生きるどんな命にも注がれている大いなる慈悲、宇宙の摂理を感じました。

三枝みずほ

特選句「白湯飲んで体すみずみ月あかり」。月あかりが浸透していく体へ白湯が心をほぐしてゆくのだろう。そして月は傷を癒し命を繋いでいる。

豊原 清明

特選句「ぽぽと打ちぽぽと山彦をみなへし」。二枚の句会の原稿を読み、今月はこれが良いと思います。分かりやすくていいなと思わされます。問題句「夕映えや溶け合うように河鹿鳴く」。夕焼けではなくて、「夕映えや」が印象に、残りました。河鹿の声が聞いたことがない、物知らずの我を恥じる。

疋田恵美子

特選句「さりげないピアスの奥の大花野(伊藤 幸)」。奥の大花野、成る程登山者はこの景に出会うことで山の虜になります。「にっぽん百名山」を楽しみにみています。若者のさりげないピアスいいですね。特選句「愚も鈍も隔世遺伝もみじもみじ」。隔世遺伝が良い。娘の子供の頃と、息子の孫がそっくり内心とても嬉しいです。

藤川 宏樹

特選句「プロポーズ成功しそうスーパームーン」。プロポーズ、確かに成功しそうですね。・・・来世は告るスーパームーンの下・・・羨望のマドンナゲットに挑みましょう、次の世で。

柴田 清子

特選句「ためらいはいちじくの青妬心なお」。心中のどうしょうもない迷いを、無花果の青をもって一句にしている所、特選です。特選句「寝違えた梟そういえば居る」。この梟今一つ理解に苦しんだが、特選を外すわけにはいかない。私には、魅力ある一句です。梟です。

川本 一葉

特選句『青春の「あとがき」ばかり辿る秋』。秋という季節と、青春が遠い現在、あとがきと辿るという表現に膝を打ちました。年取ると答え合わせのように解決できたりできなかったり。時間はとても優しいものです。反省とも後悔とも違うこの微妙な感情。とても素敵な句です。ありがとうございました、と思わず言ってしまいます。

若森 京子

特選句「草を刈る無冠の力ありにけり」。長い人生において無冠の力が99%だと思う。草を刈る行為を無冠の力と表現した上手さに感心した。特選句「繊月やデートリッヒの残像か」。繊月の繊細な少しエキセントリックな光と形象を懐かしい女優デートリッヒとした喩の感性に惹かれた。

滝澤 泰斗

特選句「釣瓶落し海を呑み干す赤ん坊」。海なし県で生まれ育った私が始めた見た海に沈む夕陽は新潟県の鯨波・・・それ以降、海に沈む夕景が好きになり、折々にその夕景の中に身を沈めた。夕景の句は数多あるが海を呑み干す赤ん坊とは、斬新。特選句『青春の「あとがき」ばかり辿る秋』。古稀を越え、7回目の干支を過ぎると、若いころ、ちょうど、学校を卒業したあたりの事がしきりに思い出される・・・秋はまたそんな思いに添うにはピッタリの季節。私の「あとがき」は、後悔しきりな話と若気の至りの恥ずかしい思いばかりだが、新鮮に受け止められた。「コスモスや国境といふ導火線」「鉄橋に焔の記憶まんじゆしやげ」。仕事柄、イスラエルやウクライナを旅してきた。有刺鉄線の軍事境界線に平行して造られた哨戒道路の一触即発の緊張。ヨルダンとイスラエルの国境のアレンビーブリッジは侵入を防ぐためのアップダウンにうねる道の高台で銃眼がこちらを狙っている恐怖を味わいながら・・・そんな道すがらに野のユリは何もなかったように風に戦いでいる。「今もゲルニカ愚かな戰の牛馬の叫び」。東京駅丸の内側北口のOAZO(オアゾ)に原寸の「ゲルニカ」がある。その向かいのスタバは家路につく前のクーリングダウンの場所だ。しばし、お茶を飲みながら思うのは、戦乱止まない愚かな人間の営み・・・戦争。「アトリエに転ぶ檸檬の青き影」。今月は句に即発された思い出が蘇った句が多かった。南フランスのエクサン・プロヴァンスには、セザンヌのアトリエがある。宗左近氏の名著「私の西欧美術ガイド」に詳しくそのアトリエの事が詳しく載っているが、訪れる前の宗氏の解説は何を言っているか全くわからない状態だった。しかし、行ってみて、再読して、漸く、セザンヌの凄さが分かったことを掲句で思い出した。作者の言うアトリエとは違うかもしれないが、ガラス窓を透す光と静物の影、そよぐ窓の外の木々の空気感そのもの・・・旅情を味わいました。

松岡 早苗

特選句「ほーほっほほー夜長のコタンコロカムイ」。「ほーほっほほー」の擬音、「コタンコロカムイ」の「こ」の音の重なりが心地よいリズムを生み、秋の夜の静けさを際立たせているようです。今夜も神様は高い木の上から、シマフクロウの姿で見守ってくださっているのでしょうね。特選句「鉄橋に焔の記憶まんじゆしやげ」。戦火によって焼けただれ湾曲した鉄橋でしょうか。平仮名の「まんじゆしやげ」からは、犠牲になった幼い子どもたちの姿も想起されます。あかあかと立つ曼珠沙華が切ないです。

大西 健司

特選句「敗戦と父言わざりきその墓洗う」。戦前戦後をひたすらに生きて来た、その父の生きざまを作者は重く受け止めているのだろう。噛み締めるように墓を洗う行為が沁みてくる。ただ下五の「その墓洗う」の座りがあまりに悪いのが気にかかる。もう一手間かけても良いのでは。問題句「十月ノフリコメサギノデンワキレ」。カタカナ表記が効果的で好きな句です。ただ上五が気にかかる。十月のじゃないだろう。ここは「や」としたい。「や」が嫌なら「神在月」とか「神無月」ではと思わないでも無い。同じく「秋の夜の画集に蒼き馬眠る」。も「秋の夜や」としたい。それから「少年になりたい少女林檎噛む」。「林檎噛む」じゃなく「齧る」ではなどいろいろとうるさく言いたくなるのは秋のせいだろうか、困ったものだ。

津田 将也

特選句「秋扇また声掛かる退職後(野口思づゑ)」。私の妻は国の役所に勤め、定年を全うして退職しました。その後は、前職業務の「重ねる問い合わせ」「業務に関連する支援」「各種行事への参加」など、頼られる日々が多く、妻に退職者としての「余裕ある生活」が訪れるようになったのは、4~5年もの後のことでした。特選句「十月ノフリコメサギノデンワキレ」。ほんに怖い世の中になりましたな。昨今では、メールやファックスなども頻繁に届きます。

福井 明子

特選句『供物桃「海軍二等軍楽兵」』。霊力を持つという桃を供える、その墓碑には、海軍の等級が刻まれてある。戦時中でなければ、音楽に心を添わせ一生を終えたかもしれぬ。漢字連なりの一句の中に、軍楽兵という文字が、ことさら、人のこころのしなやかさへの束縛を表して、胸に刻まれました。

男波 弘志

「間違ってゐるならごめん吾亦紅」 秀作。今、世界の指導者に必要なことは政治を動かすことではない。ささやかな花の揺れに耳を澄ますことだろう。花鳥風月に心を解き放つことの意味を噛みしめている。人は人間だけに執着すれば必ず行き詰まり、誰かを憎み、そして民族同士の軋轢に発展する。この不完全な人間の所業だけを信じていれば不完全な思考に振り回されることになる。だからこそ、花鳥風月有難きかな。

あずお玲子

特選句「深酒をして虫売りの鼾かな」。思わず笑ってしまいました。この虫売りは如何ほどに大きな鼾をかくのでしょう。虫もさぞびっくりでしょうね。俳諧味溢れる一句。特選句「寝違えた梟そういえば居る」。夜明け前に動かない首を動かそうとしている作者。それを窓越しに見つめる梟。静かな闇に気配を感じ、梟と目の合う作者。梟は何してんの?とまん丸の目で問うているかもしれません。

河野 志保

特選句「月白やひとに水面のありにけり」。ひとに水面があるというのはどういう事だろうか。いろいろ考えたが、動かない水面を想像し表情の静けさと受け取った。そしてこれは作者自身のことではないかと思った。月で白んでいく空を見る時間、作者の心は整い澄んでいくのだろう。

山田 哲夫

特選句「コスモスや国境という導火線」。作者の、国境が「導火線」だという比喩による認識をすばらしいと思う。ウクライナもパレスチナもミャンマーもその他の国々の様々な紛争も多くはこの「導火線」に関わるところから発生し、当事国だけでなく、地球全体の平安を揺るがす事態が生じている。国境を隔てなく咲き誇るコスモスを想うとき、人間の営為の愚かさが気付かされてくる。特選句「さまざまな死因へそっと月が出る」。「死因」という言葉が気になってどんな死因があるだろうかと類語辞典を開いてみたら何十もの死因が出ているので呆れて途中で数えるのを止めてしまったが、何とも様々な死因があるものだと感心すると同時に「生死はなはだ尽き難し」の念いが湧いてきて愕然とさせられた。生きとし生けるものの何れは直面せざるを得ない死という現実に対して、自然は冷淡なほどに淡々として存在し、どんな死因も受け入れられて自然の中へ回帰されてゆく。「そっと月が出る」とは、なんとやさしい同情的な素敵な受け取り方だと作者の心根に同感すること頻りである。

桂  凜火

特選句「白湯飲んで体すみずみ月あかり」。白湯ってこんな感じがする飲み物だとしみじみ実感しました。さりげなさに好感がもてました 月あかりもいいですね。

野口思づゑ

特選句「コスモスや国境という導火線」。下5 の導火線がとても巧みです。導火線が点火され紛争があちこちで起こっている現状を冷静に句にされている。

森本由美子

特選句「さまざまな死因へそっと月が出る」。太古より人間が月に寄せてきた思いは計り知れない。無機質な岩と土らしきものから成り立っている映像を見せつけられても、人間の月に対する思いは変わるまい。また月の人間に対する思いにも言い知れないものがある。死に関わる思いやりを含めて。

中村 セミ

特選句「さまざまな死因へそっと月がでる」。月も人の死に方に心を寄せてくれているのだろうか。月は喋りもしないし地球から近いといっても、遠い。月は海の満干をつかい、人を死に導くこともあるだろう。とにかく人が死ぬ時は,ある意味微力ながら、月は手伝っているのだ。物理的に。そう勝手に読みました。

稲葉 千尋

特選句「秋の夜の画集に蒼き馬眠る」。画集に描かれた「蒼き馬」どこの馬だろうか想像させる。そして、それが駆け出すのが見える。夢のある句。

伊藤  

特選句「秘密基地に飛べ母の一機空高し(竹本 仰)」。お母様は亡くなられたのであろうか。在りし日に作られた紙飛行機がテーブルの上で「飛びたいよ」と叫んでいる。お母様しか知らないお母様の秘密基地。「さあ飛びなさい」と優しい息子(娘)は秋の空に向かって思い切り飛ばしてあげるのだ。

増田 暁子

特選句「月白やひとに水面のありにけり」。人には水面がそれぞれにあるのか。その通りで納得しました。特選句「白湯飲んで体すみずみ月あかり」。中7下5の透けるような感覚。心身に突き刺さる月あかり。感激です。

河田 清峰

特選句「たまねぎや死は終わりじゃない周作忌」。そうでありたいと願うばかり。

鈴木 幸江

特選句「秋深し土瓶の蓋の穴から湯気(山田哲夫)」。つい最近までは、庶民の家に土瓶が必ずあったものだ。いつの間にやら日本茶等を飲むことが少なくなった我が家からも消えてしまった。土瓶には市井の人の逞しさが宿っていた。今は松茸の土瓶蒸しぐらいだろうか。民族の生活の変化と共に失われてゆく道具は文化も連れて行ってしまう。作者は悲しくて怒っているのか。穴から吹き出る“湯気”に共鳴している姿が、なんともユーモラスでとても味わい深く伝わってくる。私も土瓶が欲しくなった。

漆原 義典

特選句「曼珠沙華よりはじまる吾の記憶かな(銀次)」。曼珠沙華と記憶がよく響き合っています。曼珠沙華は彼岸花とも言い、遠い昔を思い出させてくれます。素晴らしい句をありがとうございます。

佳   凛

特選句「鉄橋に焔の記憶まんじゅしゃげ」。二次大戦の折の広島を詠んでおられるのでしょうか?嬉しい記憶は時には、忘れる事があるが、悲しい記憶は忘れる事は難しいと思います。その記憶に咲くまんじゅしゃげの色も、又悲しみを増幅させる事でしょう。とても切ないです。特選句「間違つてゐるならごめん吾亦紅」。人は自分が間違っている事に、気付いてもなかなか謝れません。この句のように、素直になる事が、平和への第一歩かも知れません。とても、難しいですが。私も、素直になります。

淡路 放生

特選句「地球時計屋なら虹のふもとだよ(三枝みずほ)」。この句、時計屋がいい。精密機械のチクタクで地球のおもしろさが感じられる。虹のふもとが妙になつかしい。思いきった発想が生き生きと読む者につたわる。

川崎千鶴子

特選句「そぞろ寒つい軽い嘘のつもりって何」。相当いらだっているのが伺われます。これからドンパチか、怒って席を立つか。 臨場感あふれる場面が浮かびます。「何」が利いて素晴らしいです。『青春の「あとがき」ばかり辿る秋』。青春の思い出を言われているのでしょうか。文学的表現で奥が深いです。「コスモスや国境といふ導火線」。コスモスと導火線の斡旋が見事です。もしかしたら国境もコスモス的かもと。

田中 怜子

特選句「敗戦と父言わざりきその墓洗う」。父親が学んできた考え、自負心等と、父親と話をできなかった悔いと。ざっくばらんに喧々諤々話し合えない日本人の心性。変えたいですね。特選句「十月や森の匂ひの頁閉づ」。森の針葉樹や湿気を帯びた菌類の匂いが感じられた、清潔感とこの方の生活の在り方がにじみ出る様です。

吉田 和恵

特選句「ほーほっほほー夜長のコタンコロカムイ」。アイヌの神が夜通し歓談している情景が眼裏に浮かびます。ところで、山の奥深くまで重機が入る昨今、山の神様達はいかにおわすことでしょうね。特選句「あちかじぬたてぃば ふぃちゅいにぬすらに<和訳:秋風の立てば 一人寝の旅の空>(島田章平)」。高らかに方言の復活を!

佐藤 仁美

特選句「みんな善人毬栗のとげとげにぶつかる」。善人と思いたいけど、気が付けばトゲに刺されることがあります。中の栗の実は美味しいのに・・・。このトゲは自分が持っているのかもしれません。特選句「星流る点滴という宇宙食(三好つや子)」。点滴が宇宙食と例えるとは!闘病にユーモアが寄り添ってます。

松本美智子

特選句「唇は新酒の雫追いかける」。我が家にもお酒が大好きな人がいますが・・・酒飲みの「新酒を一滴も逃すまい」とする様子が伝わってきます。おいしい新酒を呑みたくなりました。選句しませんでしたが「十月ノフリコメサギノデンワキレ」。が気になりました。実は実家にも詐欺電話かかってきて母がだまされました。それが十月でした。この句は季語がなぜ十月なのか、他の月でもいいのではないか?いわゆる「季語が動く」問題があると思います。十月に詐欺が多いわけではないでしょうが、私も母の詐欺について句を詠もうとして断念した記憶があり今度挑戦してみたいと思います。季語は何がいいのか・・・難しいなあ。

野田 信章

特選句「いつのまに振り向くならい小鳥来る」。中句にかけてのさりげない修辞の表白と「小鳥来る」との配合が美しい。初老の自覚かと思える。このことを受け入れて生きている自己客観の視点の確かさが「小鳥来る」との出合いかと読んだ。

榎本 祐子

特選句「ぽぽと打ちぽぽと山彦をみなへし」。鳴り物をぽぽと打つと、山彦もぽぽと応える。自然の霊との交歓。「おみなへし」もさりげない風情で素敵です。

重松 敬子

特選句「十月や珈琲豆の爆ぜる音(向井桐華)」。暑さもやわらぎ、食卓にもほっと感がよみがえりました。我が家でも幸せなひとときです。特選句「秋光やいつも前から来るチャンス」。作者の明るさにエール!!

高木 水志

特選句「ためらいはいちじくの青妬心なお」。いちじくの甘酸っぱい味や独特の食感は妬心に通じるという発見がおもしろいと思った。

新野 祐子

特選句「みんな善人毬栗のとげとげにぶつかる」。「みんな善人」がおもしろい。毬栗にとげとげがあるのは当然ですが、この世の中みんながみんな善人とは言えませんから。「敗戦と父言わざりきその墓洗う」。生前のお父さんの姿が見えてきます。そのお父さんに反発しつつも尊敬していた息子(娘ではないですよね)も。

岡田ミツヒロ

特選句「プロポーズ成功しそうスーパームーン」。やった!プロポーズ成功だ。心は躍り、天にも昇る。夜空のスーパームーンが煌々たる光でやさしく全身を包み込む。遠い日の感動が思わず蘇った。

石井 はな

特選句「八月の空や舞い散る願い事」。八月は重い月です。平和の願いも舞い散らせてしまう不安を感じます。

植松 まめ

特選句「侵略や見渡す限りカンナ燃ゆ」。パレスチナの争いの事か?緋色のカンナが戦火の拡がりを暗示しているようだ。特選句「月光の海断崖のトランペット(岡田ミツヒロ)」。映画の一シーンのような句。美しい。

柾木はつ子

特選句「ぽぽと打ちぽぽと山彦をみなへし」。とてもリズミカルで思わず暗誦したくなる句です。特選句「少年になりたい少女林檎噛む(月野ぽぽな)」。この少女の気持ち分かります。また少女になりたい少年もいるのでは・・・どちらの数が多いか興味のあるところではあります。

竹本  仰

特選句「少年になりたい少女林檎嚙む」。中学生になった時、制服で男子と女子が遠く隔てられた、あの時の感じを思い出した。それは生き方を指示されたくらい重要なことだったと思う。そういうことに強烈な違和感を思い、その背景にはたらく力を感じた時、「なぜ」と思ったことがある。そういう矛盾の原点を衝いた句だと思った。昨日のジャンヌ・ダルクはいつだっている。聖書の中のアダムとイヴじゃないけれど、誘わずに林檎をがぶっとやっちゃうイヴだっていていいのだ。特選句「秋の夜の画集に蒼き馬眠る」。誰の画集だろうか。昔、友人の下宿を訪れた時、キャンバスがあり、ゴッホの「夜のカフェテラス」を描いている最中だった。絵を始めたという事だった。その時に感じたのを言葉にすると、まさに「蒼き馬眠る」だったろう。夜の彼の背中を感じてしまった。痛々しくもまっすぐな何か。有島武郎の『生れいづる悩み』を連想する。青春、その何かに縋りつきたい匂いがするのだ。特選句「十月や森の匂いの頁閉づ」。読書の楽しみの一つは、そういう嗅覚なんだと思う。嗅ぐというのが五感の中で一番鋭い。そういう匂いに引き寄せられて、肉体として感じてしまう読書。内田樹さんは、カミュを原語で読むと、肉感がいきかえるという。つまり、ページを越えて引き寄せ肉体をよみがえらせるものがあるという。そう感じた時、引き返せないくらいの濃い対話があることに気づいたりする。そう、何度でもそこへ帰りたい森の匂いがあるのだ。ところで、この句、読んだ後のことを言うのか、読んでいる途中のことを言っているのか。多分途中の事なのでは、と思う。引き返せないくらいの濃い出会い、しばらくページを閉じて味わっていたいのだ。以上です。♡先日、偶然時間が出来て、カカオ句会からお知らせのあった新大阪でのリアル句会に出ました。そのとき、「選句がいちばん楽しい」という言葉がいつまでも耳に残りました。私にとって、どうだったか?みなさんは、どうです?たしかにとてもありがたい機会に恵まれているんだなあと、振り返りました。俳句の中身ではないこんな周辺の声から、妙にぞわぞわと鳥肌が立ちました。時々、選句しながら、こちらのツボを痛く刺激するものに出あうと、大変楽しくなります。感謝、感謝です。野﨑さん、そしてメンバーのみなさん、あらためてよろしくお願いします。

飯土井志乃

特選句「花なるや草にすがれる空蝉は」。しっとりした秋の風情の中で、いのち果てしものに再びの美を感じとる一句かと思います。大好きです。

向井 桐華

特選句「コスモスや国境といふ導火線」。ウクライナ情勢やガザの子どもたちが重なった。コスモスというたおやかな、優しさの象徴である花から、導火線へと持って行くところが見事だと思いました。問題句「古バナナ父の父の父破れ襖」。古い記憶のことなのか熟し切ったバナナを前にして詠んだ句なのか、ちょっとわかりにくい。

三好つや子

特選句「コスモスや国境といふ導火線」。日ごと激化するイスラエルとハマスの戦況に思いを馳せました。破壊される街のなか、追い込まれていくガザの人々の姿が浮かびます。事態の沈静化を祈らざるにはおられません。特選句「にんげんは二度死ぬらしい秋薔薇」。人が死に、その人がいつしか忘れ去られることを、二度目の死という。エッセイやラジオのDJなどで目や耳にするこの言葉が、少し翳りのある秋の薔薇の風情と重なり、心に沁みました。「ほーほっほほー夜長のコタンコロカムイ」。村の守り神が降臨する夜、焚火を囲み、飲んだり踊ったりしている村人たち。遠い時代の光景にほっこりとしたアニミズムを感受。「白湯飲んで体すみずみ月あかり」。透明感があり、かつ誰かをさりげなく誘っている雰囲気も。そんな蠱惑的な詩情に惹かれました。

時田 幻椏

特選句「ためらいはいちじくの青妬心なお」「秋風の猫と丸まっても傷む(三枝みずほ)」。言い様の無い心模様の朦朧とした気分、なのでしょうか?『ゐのこづち「遊びませふ」と戦ぎをり』「ぽぽと打ちぽぽと山彦おみなえし」。ゐのこづち と おみなえし 草の選択の妙。

山本 弥生

特選句「深酒をして虫売りの鼾かな」。酒好きの初老の虫売りが、今日は虫がよく売れたので屋台で深酒をしてつい寝てしまった。大きな鼾をかいているが周囲の人も皆そっとしておいてあげている姿が目に浮かぶ。

荒井まり子

特選句「今もゲルニカ愚かな戰の牛馬の叫び」。覚束ない記憶だか兜太先生は「社会性とは態度の問題」と、どこかで話されたと思う。長引くウクライナ。今のイスラエルとパレスチナ、先の見えない今、情報も操作されている現在。平和という言葉が虚しい。今も戦時中だと思うと、人類の進化がどうなるのか。せめて眼を逸らさない事しか出来ない。「今もゲルニカ」と「牛馬の叫び」が欠片となり痛々しい。

稲   暁

特選句「鉄橋に焔の記憶まんじゆしやげ」。誤読かも知れないが、焔の記憶とは戦災の記憶だと読んだ。人は忘れても鉄橋は今も忘れていない記憶があるのだ。特選句「侵略や見渡す限りカンナ燃ゆ」。 ウクライナの野一面にカンナが咲いている光景を詠んだのだろう。侵略の2文字に満腔の怒りを込めて。

大浦ともこ

特選句「白湯飲んで体すみずみ月あかり」。白湯の語感と中七下五の「体すみずみ月あかり」が豊かな詩情を伴って実感として伝わってきます。特選句「秋昼の木を積む遊び果てしなく」。幼い子供の遊びは実に果てしなく、そして可愛いです。優しいまなざしが感じられて好きです。

銀   次

今月の誤読●「秋風の猫と丸まっても傷む」。秋の日が暮れかかろうとしている。そろそろ夕飯の支度にかからなければならない。だがわたしは立つことができず、ひたすら横になって眠りと目覚めのあいだをたゆたっている。抱いている猫がニャーと弱々しく鳴く。そうだね、おまえもお腹が空いたんだね。でももう少し、もう少しだけこのままでいさせておくれ。すきま風がどこからか入ってくる。背中がひんやりとしてくる。抱いた猫の温かみがほんのりとお腹のあたりにひろがる。「あのこと」があって以来、わたしはずっとこんな調子だ。悲劇は人を強くする、なんてことをいう。そうかもしれない。だがそれはもともと強い人のことだ。わたしはそうではない。人一倍弱く、女々しい人間だ。はじめっからそうだった。それを思い知らされたのが「あのこと」だった。そのときわたしは打ちのめされた。そののちしばらくは泣き暮らした。それからまたしばらくして「あのこと」を糸をたぐるように反芻するようになった。そのたびにつらさがよみがえり、胸のあたりをナイフでえぐられるような感じがした。忘れようとしたができなかった。そしてある日のこと、ふいに思い至った。わたしはこうしてつらさのなかにいることが、好きなのではないかと。それは恐ろしい気づきだった。だがこころのうちをまさぐっていくと、確かに悲哀のなかに甘やかな感情が流れている。猫が引っ掻いた傷をなめて甘いと感じるような感覚だ。だからといって、そこから抜け出せたのではない。抜け出すにはあまりにも心地いい陶酔感がわたしを支配しているからだ。こうして今日もまた「あのこと」を取り出してはそっと撫で、甘美な悦楽の闇のなかに身を横たえる。猫とともに。

菅原 春み

特選句「コスモスや国境という導火線」。いいえて妙な現在の状況を無駄なことばを一切使わず、言い切っている潔さ。季語に密かな希望を託しているのだろうか?特選句「少年になりたい少女林檎噛む」。林檎噛むところがなんとも爽やか。あまり考えすぎずに男の子より活発で元気な少女を想像した。

亀山祐美子

特選句「青滲む異国の切手小鳥来る」。エアメールが届く。印刷が悪いのかはたまたポストまでの途中で雨に会ったのか切手の青が滲んでいる。「小鳥来る」の季語が付き過ぎのような気もするが、懐かしさをより増幅させ「青滲む」の不安感を期待感に変える働きを見過ごせない。余計な感情を持ち込まない分小さな「青滲む異国の切手」が読者の想像力をかき立てる秀句。

丸亀葉七子

一読をし、たくさん良い句があるのですが、集中力が無くて選べませんでした。発見があるのに季語がう~ん。言葉が饒舌だったり。次は元気になって本腰を入れて選句をさせていただきます。

山下 一夫

特選句「少年になりたい少女林檎噛む」。中七まではありがちかも知れませんが、季語がアダムとイブを連想させるところやその甘酸っぱさが効いて、シンプルで印象的です。ところで少年と少女の順序は昭和半ばの生まれとしては違和感はありませんが、令和の世では逆でも十分説得力がありますね。特選句「整然と棚田にモザイク青田風」。青々とした棚田に風が吹き、稲穂がそよいで色合いが変わった一瞬を映像のモザイク処理に見立てられたと受け止めました。清々しい動きのある伝統的な風景が現代的なテイストで処理されていろところがまた清々しい。問題句「ぽぽと打ちぽぽと山彦をみなえし」。メルヘンチックな「ぽぽ」のリフレインが「山彦」や「をみなえし」と良いアンサンブルをなしていて好きな世界です。しかし「ぽぽ」は、例えばパソコン等のキーボード打音のようなあえかな音かと思われるだけに「山彦」では大げさに過ぎるかとも。だからと言って「反響」や「返答」では台無しなので悩ましかったです。

藤田 乙女

特選句『青春の「あとがき」ばかり辿る秋』。自分の今の心境そのもので、とても共感しました。同じ思いの方がいらっしゃることに友を得たような感覚でした。特選句「いまぼくがここに居ること林檎食む(野﨑憲子)」。青春の輝きと息づかい、希望を感じるような素敵な句でした。

薫   香

特選句「月光の海断崖のトランペット」。月光に照らされて一人海に向かってトランペットを吹く、映画のワンシーンのようで素敵です。特選句「アトリエに転ぶ檸檬の青き影」。どんな絵を描こうとしているのか、想像が膨らみアトリエと作者が目に浮かびます。

野﨑 憲子

特選句「千々灯は宇宙の流灯紅葉す」。<千々>とは、数が非常に多いこと。変化に富んだ人類の灯が<宇宙の流灯>へと昇華されてゆく。旭川に住む作者は、秋の早い地で紅葉の中掲句の世界を幻視されたのではないだろうか。ふっとジョンレノンの言葉を思い出した。「今までに読んだ詩の形態の中で俳句は一番美しいものだ。だから、これから書く作品は、より短く、より簡潔に、俳句的になっていくだろう」。長引く戦争は、飛び火している。今こそ、宇宙の中に生かされている人類(宇宙人)として、世界へ向かって、ここ「海程香川」から、言霊の幸ふ日本の愛語の俳句を、熱く、そして、猛烈に発信して行かねばならないのではないだろうか。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

言の葉が遊びたがつて秋の皿
野﨑 憲子
一枚を割って雨月の皿屋敷
島田 章平
八冠に王手皿に栗羊羹
島田 章平
デルフトの皿の生成りに柿の朱
大浦ともこ
ナオミ手を皿に林檎を四等分
あずお玲子
澄む
空澄むや寝ころんでいる羅漢さま
増田 天志
梟と目の合ふ森の星澄める
あずお玲子
水澄む世界で私はどうかしら
薫   香
沈下橋あまたある街水澄めり
大浦ともこ
空澄むや大観覧車にてデート
増田 天志
水澄めり水切り石のつーつーと
柴田 清子
ああ掻き回したし澄むや水
銀   次
「実はね」に興味なさそな月澄みて
岡田 奈々
水澄むやぼくらはみんな宇宙の子
野﨑 憲子
水澄むや乱世に祈る世界地図
増田 天志
水澄んで独りの夜の皿洗ふ
島田 章平
別れとはたとへば水の澄み始め
島田 章平
鉄塔は無敵に闊歩まんじゅしゃげ
増田 天志
サヨナラは野辺一叢の曼珠沙華
大浦ともこ
秋遍路
足早の秋の遍路となりにけり
柴田 清子
米粒に目鼻書かむや秋遍路
増田 天志
秋へんろ土蔵の窓は高きかな
増田 天志
強力な晴れ女いて秋遍路
岡田 奈々
讃岐路に天志ありけり秋遍路
野﨑 憲子
大津から阿波へとひとり秋遍路
野﨑 憲子
影を連れ足の重たき秋遍路
島田 章平
果てしなき戦の報や秋遍路
増田 天志
彼岸花
人柄の凡句に出でり彼岸花
藤川 宏樹
一輪だけの彼岸花私ここに
薫   香
曼珠沙華まつげエクステしてみたり
岡田 奈々
草影に沈み名残りの曼珠沙華
柴田 清子
渦の果て無一文なる曼珠沙華
増田 天志
ちょっと待てそこから先は彼岸花
島田 章平
世界地図燃え上がる報まんじゅしゃげ
増田 天志
花嫁の打ち掛けの裾に赤き蟹
銀   次
生身魂真っ赤に生きて真っ直ぐに
島田 章平
彼岸花真っ赤芸術は爆発だ
島田 章平
縁側に足踏みミシン赤とんぼ
増田 天志
おにぎり全部夫に食べられ赤まんま
岡田 奈々
赤こんにゃくあの少年はどこに居る
野﨑 憲子
赤坂も赤羽も好き赤とんぼ
大浦ともこ
その案山子わたしと同じ赤ジャージ
あずお玲子

【句会メモ】&【通信欄】

今月も、大津から、増田天志さんが「鉄道開業150年記念切符」でご来高。事前投句の合評と袋回し句会の合間に、今月末の「海程香川」山形吟行に因んだ「芭蕉翁の梵我一如」の続編の熱弁で句会を大いに盛り上げてくださいました。天志さん、遠路、ありがとうございました。

コロナ禍のようやく緩む中、今月二十八日からの「海原」全国大会参加の後、久し振りの「海程香川」吟行です。念願の山形へ! 少人数ながら山形の新野祐子さんと、ご参加の方々と共に存分に楽しんでまいります。

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