2022年3月23日 (水)

第127回「海程香川」句会(2022.04.16)ご案内

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 3月になってもコロナ感染者の数は減りませんが、19日、10名の参加で句会が開催されました。全員マスク装着ながら熱く豊かな句座でした。今月は深刻なウクライナ情勢を反映しての力作がたくさん見られました。連日の露軍侵攻のテレビ報道に胸が痛いです。一日も早い平和的解決を祈念するばかりです。サンポートホール高松は4月から二年間リニューアルの為休館となり、その間、「ふじかわ建築スタヂオ」での開催となります。藤川さん、お世話になります。

では、4月句会のご案内を・・

日時
2022年4月16日(土)
場所
ふじかわ建築スタヂオ☆☆ 高松市番町2丁目5-5
時間
午後1時 ~ 午後5時

事前投句は、通信句会形式です。投句締切は、4月9日(土)(必着)です。ご参加楽しみに致しております。

事前投句作品
2句
会費
500円

4月からも、句会中のマスク着用とマイスリッパの持参をお忘れなく。ご参加楽しみにいたしております。※コロナ感染状況により高松での句会は中止の可能性もあります。その場合は、掲示板等で通知させていただきます。ご注意ください。

連絡先:noriko_n11☆yahoo.co.jp(☆を@に変換してください)

句会当日は suncatwave☆ezweb.ne.jp (☆を@に変換してください)

へご連絡ください。

「海程香川」代表 野﨑憲子

2022年3月1日 (火)

第125回「海程香川」句会(2022.02.19)

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事前投句参加者の一句

                        
太郎冠者ハハ御ン前ニ春霞 銀   次
ダイヤモンドダスト降らせる天の病む 新野 祐子
談春に女が潜む初高座 滝澤 泰斗
梅ふふむ空の青さの二進法 松岡 早苗
鶴唳を耳に胸の闇に寝る 十河 宣洋
冬の月わたしのからだ銀の膨らみ 久保 智恵
草萌の母と呼ぶ者地に根付く 豊原 清明
お守りの鈴生り鞄春近し 亀山祐美子
啓蟄の鏡の中を数えけり 伏   兎
球音響く軍神二十歳の冬森に 野田 信章
木守柿おしゃべり鳥のランチです 田中 怜子
兜太忌やデコポン食べる猪の峠 河田 清峰
やはらかき投函の音鳥雲に 大浦ともこ
なん百のけむりの声や春は来ぬ 稲葉 千尋
色が欲しくて影踏みをしています  男波 弘志
鳥雲にガリラヤ湖底より木舟 増田 天志
句をつくる母は椿を揺らすほど 河野 志保
この世とは素心蝋梅素心かな 福井 明子
紅梅やメトロノームのかろやかさ 重松 敬子
春の海人体漂流避けきれず 竹本  仰
もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり 榎本 祐子
嬰の尻のすとんと春がもうそこに 稲   暁
アスタリスク並んで三つ春立ちぬ 松本美智子
夢枕に諭す師の立つ二月なり 山下 一夫
おにさんになったのだれもいないふゆ 島田 章平
寒灯や終着駅で待つ老母 漆原 義典
元日出産生まれたばかりの指うごく 津田 将也
干鱈毟り少しも悪くないという  大西 健司
凍蝶や脳梗塞と告げられし 佐藤 稚鬼
若き日のダッフルコート日和るなよ 松本 勇二
日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き 谷  孝江
冬蝶の絡まりぬけぬ脚の赤 中村 セミ
父の血を継ぎていただく寒卵 兵頭 薔薇
探梅行ルビーの指環口笛で 野澤 隆夫
焼芋を「はい」と母持ち産見舞 植松 まめ
吼える裸木まつさらな闇が垂れ 小西 瞬夏
太陽の匂いほつこり蒲団敷く 野口思づゑ
ほないこか露の天神寒の雨 田中アパート
突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー  若森 京子
林檎割る家に籠りて流離めく 小山やす子
母へ寒紅喪服の姉の揺れる指 増田 暁子
凍滝に夕日わたくしにレモンティー 伊藤  幸
冬銀河あしたの米を研いでいる 夏谷 胡桃
ハンガーの骨折ばりばり霜柱 川崎千鶴子
忙し気な栗鼠と眼の合う春の窓 石井 はな
あのそのと名前出て来ぬ遅日かな 寺町志津子
「もういいかい」耕人影の薄きかな 荒井まり子
うさぎまっすぐわたしを抜けて雲 三枝みずほ
蒸し芋ガラクタ部屋の方代歌集 飯土井志乃
立春大吉とりあえず笑おうか 柴田 清子
魂は言葉の積み木冬ごもり 高木 水志
息白しウイルス飛沫のよく見ゆる 三好三香穂
おやすみとさよならは似て冬の嶺 佐孝 石画
一本の針立春の光得し 風   子
しゃぼん玉夢幻の恋の中にいる 藤田 乙女
笑ふほかなし我が字の見えぬ机上二月 高橋 晴子
梅つぼみ風に巻かれし縄暖簾 中野 佑海
生牡蠣を吸う塩っぱい望郷だ 淡路 放生
兜太の忌一客一亭自服して 樽谷 宗寛
賀状手に夫の饒舌久し振り 山本 弥生
逃げどきを思案している懐手 鈴木 幸江
水仙にひたと見られて蕎麦啜る 吉田亜紀子
色違う雪片さがすよう生きのびる 桂  凜火
死体役もいずれは笑う春隣り 塩野 正春
立春大吉やつと立つ児が打つピアノ 藤川 宏樹
退院の父の小さき荷春夕焼 菅原 春み
どこから来たの潦(にはたづみ)には夕陽炎 野﨑 憲子

句会の窓

増田 天志

特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。この感性、ポエジーが、好きだなあ。にんげんを、身体を、問題にしない内容は、まさに、悟りの境地。

福井 明子

特選句「鶴唳を耳に胸の闇に寝る」。胸の闇とは、読み手それぞれにひろがる言葉。私自身も、この句と出会い、はっと気づいたのです。鶴唳が、夜の覚醒に象徴的な響きを与えています。特選句「一本の針立春の光得し」。一本の針の、突き刺すような潔さが、光に向かわんとする「生」を湛えてゆくような。そんな、すがしい一句だとおもいました。

塩野 正春

特選句「うすれゆく欲望冬の木馬と激(たぎ)つ」。欲望が薄れるのに激しい句です。木馬に感情をぶつけているのか。なんで木馬なんだ?特選句「突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー」。革ジャンを着ると心のどこかが躍ります。自然といかり肩になるとか・・。

松本 勇二

特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅の歌声までは思いつくが、それにぶたれると書いて大いに斬新。

小西 瞬夏

特選句「啓蟄の鏡の中を数えけり」。鏡はいつでもあるものだが、啓蟄の鏡ということで、何かそこにうごめくものを感じてしまう。それを数えているという超現実の句である。

十河 宣洋

特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。夕日の中の凍った滝を前に私はレモンティーを頂いています。という情景だが、凍滝は夕日の美しさのなかに倖せを感じています。私はレモンティーに至福の時間を過ごしていますと取っていい。どちらも倖せの中にいる気分。特選句「魂は言葉の積み木冬ごもり」。言葉が積み重なって魂になるという捉えは面白い。積み木のように積まれた言葉から魂が生み出される。冬ごもりのなかのイメージが出てくる。

樽谷 宗寛

特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。句作りに熱中していらっしゃるお母様のお姿、椿を揺らすほどが効いています。私もそう言う人になりたいです。

中野 佑海

特選句「色が欲しくて影踏みをしています」。友達が欲しくて、色んなの趣味をしています。全て、下手の横好き。特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅のあの馨しさの中では、言葉は意味を成しません。唯々感服して佇み、帰るのみ。「梅ふふむ空の青さの二進法」。梅の蕾の膨らみと共に一気に空が青さを増してきます。もう、春はそこ。「あくびして嬰はオリオン飲み込んだ」。凄い迫力。今から末頼もしいです。「魑魅魍魎ともに呑もうぜ温め酒」。はいはい、皆さんよっといで。呑んどいで。酒が入れば、この世のものも、あの世のものも、皆仲間さ。「嬰の尻のすとんと春がもうそこに」。また、また、赤子のお通りでい。昼も夜も忙しい事です。お身体御自愛下さい。「春立つやぶっきらぼうの僕の島」。愛想の無い僕の所にも春は華やかさを漏れなく届けに来てくれるのです。「アスタリスク並んで三つ春立ちぬ」。アスタリスクを三個集めて老眼の目で見ると、春の字に見える。凄い。大発見。「桃源郷言葉を発してはならぬ」。人の言葉には魔力があって、夢は崩れ去って終うのかな。「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。おやすみもさよならも少し寂しい冬の山。今月も楽しく読ませて頂きました。有難うございます。

中村 セミ

特選句「守り石の淡き緋色や蕪洗う」。守り石と、蕪洗うが、よく重なっている。蕪洗うのはかなりしんどいらしい。また、蕪には雑草が茂るという意味もあるので、それを取り払い、淡き緋色にしたい、守り石がある。そんな表現かと思う。

大西 健司

特選句「おにさんになったのだれもいないふゆ」。何ともふわっとしていてつかみ所が無いのだが、とても切ない。鬼をひらがなで書いたことにより、泣き虫おにさんになったのだろうか。誰もいない冬の切なさ、淋しさがぶわっと広がってくる。なにがあったのだろう。 

増田 暁子

特選句「春立つやぶっきらぼうの僕の島」。春が来たのにぶっきら棒の青春最中の若者の表情を感じました。僕の島がとても良いです。特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。うさぎと雲とわたしを組み合わせてこんな詩情豊かな句になるとは。感激です。「梅ふふむ空の青さの二進法」。空の青さが二進法で替わるなんて新発見ですね。「色が欲しくて影踏みをしています」。句全体の雰囲気がとても好きです。影踏みが良いですね。「屠りたるナイフを雪でふり洗う」。雪の中の妖しい雰囲気に惹かれます。「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。希望なのか寂しさなのか。でも希望を持ちたい気持ちが滲んでいます。「吼える裸木まつさらな闇が垂れ」。冬の裸木の中に佇む時の感覚が伝わります。「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。前半と後半の対比が見事で、レモンテーがとても合ってます。「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。おやすみとさよならは確かに似てます。冬の嶺の季語で寂しさから救われた思いです。「逃げどきを思案している懐手」。中年の漢の思案が映像の様に見えて面白いです。

柴田 清子

特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。クリスタルガラスのよう水晶のような絵画的な俳句に仕上っていて気に入った句です。

河田 清峰

特選句「やはらかき投函の音鳥雲に」。去りゆくものへのやさしいひびきが聞こえるようで好きな句です。

鈴木 幸江

特選句評「色違う雪片さがすよう生きのびる」。今回は今だからこその新鮮な感性を感じる作品が多く楽しかった。特選句の“色違う雪片さがす”の具体的で体験的な表現に物語を超えた俳句の力を感じた。不可能とか不可解な現象を求める心に現代社会を生き延びる知恵への探究心を思った。

小宮豊和さん、昨年の12月にお亡くなりになったのですね。「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』掲載の「太平洋戦争幻視」拝読しました。「無言館あの世も修羅の巷なる」「無言館虚なりまた実なり」『少女らは「カナリア」うたいはてしとか』「十五日午後発進す単機なり」こういう重い句も好きです。心よりご冥福をお祈りいたします。阪神淡路大震災の体験者もいらっしゃるのですね。お声を聞けて勉強になりました。句評もそれぞれの生き様が伝わってくる熱いものばかりですね。

新野 祐子

特選句「退院の父の小さき荷春夕焼」。退院する父と迎えにゆく娘(どうしても息子とは思えないけれど)の姿が鮮やかに見えています。「小さき荷」と「春夕焼」の呼応が涙が出るほど美しい。幸せを共に感じさせてもらいました。

滝澤 泰斗

特選句「球音響く軍神二十歳の冬森に」。社会人になりたての頃、東京六大学野球部OB会の方々とヨーロッパを旅したことがあった。中には、神宮球場であの土砂降りの壮行会を経験された方もいて、多くの球友が戦争で散った話を聞いた。神宮でも会うことがあり、あいつも生きていればいくつになったと指を折るが、球友は二十歳のまま・・・その方も既に鬼籍に入っている。しみじみと、いただきました。特選句「死体役もいずれは笑う春隣り」。一読で、三島由紀夫の「芸とは、死をもって成就すること」や、笑わないラグビー選手、稲垣啓太氏が、結婚相手と破顔一笑している写真を思い出した。イソップ物語の太陽と北風の話の通り、春の温かさは花が綻ぶように微笑みを誘う。死体役からの発想が見事。「淡雪や仮名文字舞うよな書道展」。朝日新聞社の「現代書道二十人展」の出品書家のグループを台北の故宮に案内したことが縁で毎年正月はこの書道展に行くのが恒例行事になって久しい。「うまいなぁ・・・こういう句をつくりたいなぁ」と憧れました。何度も書道展に行っている割に、淡雪や、仮名文字まで発想が飛ばない。勉強になりました。「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。こちらも旅がらみ・・・第四次中東戦争以降、何度となくガリラヤ湖を訪れた。ガリラヤ湖は、湖はもとより、周辺の丘の山上の垂訓教会なども含め、聖書のエピソードに溢れている。掲句の木船伝説はイエスが弟子のペテロらを召命した湖で、彼らが魚を獲るのに使った舟が発見されたエピソードも枚挙に暇がないほどだ。ガリラヤの春は日本よりひと月ほど早く、これからが春本番と言ったところ。鳥雲の季語と聖書のエピソードの取り合わせがいい。「風だけが強情春になれずゐる」。立春が過ぎれど、風はまだまだ冷たい。強情としたところに共感。「寒灯や終着駅で待つ老母」。終着駅ではないが、その昔、都会に出た息子を裸電球の淋しい駅で母は待っていてくれた。「止めてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いているなんて」嘯きながら田舎を捨てた俺のホームシックを見透かすように、抱き留めたくれたかあちゃん・・・望郷が募る。「若き日のダッフルコート日和るなよ」。1970年、学生運動の最中、おおむね、ステンカラーの紺色か黒いコートが一般的だったが、田舎からポット出の兄ちゃんが、急に、しゃれっ気出して着てきたのが、ベージュのダッフルコート。そんな奴に当時大流行りの言葉、「日和るんじゃねえよ」とつぶやいた。苦い青春グラフィティーをいただきました。

石井 はな

特選句「お守りの鈴生り鞄春近し」。受験の合格祈願のお守りでしょうか、希望通りの春が来て欲しいです。

稲葉 千尋

特選句「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」。若い人か老人なのかわからないが「水仙咲きにけり」が心の若さを感じる。特選句「蒸し芋ガラクタ部屋方代歌集」。何か小生の部屋のよう。「方代歌集」確と本棚に納まっている。

桂  凜火

特選句「冬銀河あしたの米を研いでいる」。気負わず生きる姿勢に共感しました。特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。新鮮な発想だと思いました。メルヘンがあり、可愛く清々しいです。

夏谷 胡桃

特選句「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。宗教が重なるかの地。いちどは見てみたかったガリラヤ湖です。祈る思いで頂きました。特選「凍蝶や脳梗塞と告げられし」。倒れたのではなく告げられたのだから軽いのですね。凍蝶が胸の内を表している気がします。お大事に。

野口思づゑ

特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。下5の「籍を置き」に、ただ生きる、という生命活動だけではありません、公に正式に生きているのです、といった主張があり、作者の自信を頼もしく思う。日脚伸ぶ、の季語が明るく響く。特選句「色違う雪片さがすよう生きのびる」。雪片に雪色以外があるとはとても思えないので、まず色違いの雪片という発想に惹かれた。またそれを探すとなると奇跡を 求めている人生なのか、と最初は理解したのだが、生き「のびる」とあったので、第2、第3段階の人生で何かに挑戦しているのかもしれない。「雑踏の佐保姫の列右へ倣え」。 誰もが同じようなヘアースタイル、服装の10代からの女性達が都会で目に付くが、これをよく捉えられている。「賀状手に夫の饒舌久し振り」。久しぶりに色々な人からの消息を知り、喜んでいらっしゃる方の様子が目に浮かんでしまいました。

藤川 宏樹

特選句「守り石の淡き緋色や蕪洗う」。蕪を洗う水の冷たさに痺れ血色を失う手。やがてその冷たい白い手に血が通うと赤みが差し、指輪の「淡い緋色」と同調してきます。見慣れて見過ごしていたものが新鮮に見える瞬間ですね。素手で蕪を洗う情景が美しく語られています。

風   子

特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。夕日を受けた凍滝はさぞ美しいことだろう。が、一転、凍滝はわたくしになり、夕日はレモンティーとなる面白さ。♡初めて海程香川に参加させていただきました。とても楽しくいっぱいの刺激を受けました。代表の野﨑さん会員の皆様本当にありがとうございました。→ご参加とても嬉しいです。生の句会でも句座を囲めて楽しかったです。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

野田 信章

特選句「泣きやんだ人の容が末黒野に」。焼け残った草木などの景を通して視覚的に伝わってくるものは、涙も涸れ果てて立ち尽くす人の哀というものの深さである。同時に、末黒の芒や黒生(くろう)の芒に託された再生の兆しをも伺える句柄となっている。♡三回目のワクチン接種を終えて、近くの梅林を巡っています。「即興の句と共に、映像の句を」と言う兜太先生の発言とその態度の保持を一段と大切なことと思えています。「兜太句集」を中心に現場を踏まえた句の多いこととも併せて貴重な態度と思う。

小山やす子

特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。一番大切な人を亡くして今まで以上に命の尊さを知りましたが虚脱感と喪失感にさいなまれる今日この頃この句に出会って元気が出ました。

佐藤 稚鬼

特選句「逃げどきを思案している懐手」。色んな文句を言ったりうんざりしている。言わんでもいいのに・・・そういう思いが<懐手>に出ている。

榎本 祐子

特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。就寝前の挨拶の「おやすみ」。一日が終わり、眠りにつくのは一つの死のようなもの。明朝には新しく生き直す。決別があり再生する。冬の嶺はその当り前の厳しさを受け止めている。

野澤 隆夫

特選句「お守りの鈴生り鞄春近し」。朝のプードル🐩の散歩で、高松東高校の鈴生り鞄の生徒に会う!よほど何かに願を掛けてお守りをぶら下げてるのか!やがて春来るや。特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。春待つ気持ちにあふれてる句です。

田中 怜子

特選句「凍蝶や脳梗塞と告げられし」。インフォームドコンセントが大事だ、と言われているけ診断を宣告されたら、そうなのか、なんで自分がとか複雑な気持ち。固まってしまいますよね。凍蝶のごとくに固まってしまいます。淡々と受け止め、悲しみが伝わってきますね。 特選句「兜太の忌一客一亭自服して」。今日、20日は寒い日でした。兜太先生が亡くなった日も寒かったと思います。お年寄りは寒い日に亡くなるんですね。でも、一客一亭で静かにお茶をたてて静かにすすりたいですね。兜太先生を思いださせてくれた句でした。「生牡蠣を吸う塩っぱい望郷だ」。生牡蠣も吸うなんて、いいなと思いつつ。用心深い私は生は食べません。「迷いつつ春立ち義母の歳を越え」。も、嫁姑の間の果てしなきバトルがあった、義母が亡くなり、その年を超えてみて、生生しい感情も薄れて距離をもって義母をみれるようになった、という歴史が感じられます。

津田 将也

特選句「太郎冠者ハハ御ン前ニ春霞」。「太郎冠者」は、狂言における演目の一つである。主(あるじ)と冠者の太郎が掛け合う台詞、「春霞」の取り合わせが巧妙なので採らされた。もともと能・狂言の舞台は屋外に作られ演じられており、現在のように舞台と客席が一つの建物の中に入った「能楽堂」という形になったのは明治以降というから、「春霞」の所以にうなずける。特に名古屋は、東京や京都とともに狂言が盛んな土地柄で、能楽堂で演じられるだけでなく、野外の「辻狂言」が様々な形で今もって楽しまれている。太郎冠者のその役柄は、主(あるじ)の使い走りをする従僕である一方、主(あるじ)を向こうに回し才気煥発、酒好き、横着、悪戯心もいっぱいなので、この「春霞」は、太郎の性格をも表す季語となった。特選句「兜太の忌一客一亭自服して」。「一客一亭」とは、茶室に、たった一人の客を迎え亭主が茶をふるまう。人と人との最も親しい相であり、これ以上削ぎ落せない「茶の湯」の原点・究極である。「自服」とは、亭主が客に相伴して自分で点てた薄茶を飲むこと。気の許せる客なればこその、自服である。もしかして、この句の「一客」とは、天国の兜太でもあるのか。二月二十日は金子兜太の命日である。師への献茶をおえたあとの師に思いを致す亭主の自服である。

谷  孝江

特選句「落椿ひつそり残る野蛮の血」。まだ落ちたくないのに「落椿」と呼ばれなければならない運命、みたいなものが伝わってきます。どうして、どうして、私は鬼になっても生きる。あの紅色が決して失せることはない・・・。これは、人間にもある意味伝わって参ります。野蛮ではなく執念でしょうか。共感です。私もそうありたい。

男波 弘志

「冬の月わたしのからだ銀の膨らみ」。馥郁たる冬の月、冬の月光にこんな力があったとは。「やわらかき投函の音鳥雲に」。やわらかき日常がよく出ています。「句をつくる母は椿を揺らすほど」。鷹女のことをふと思ったが、日常の母のほうが一層凄みがある。「白梅の歌声にぶたれてかえる」。句意は鮮明だが、ぶつ、イメージが白梅には感じられない。肉感的なものがいるのだろう。自分は、木蓮、を思ったのだが。感性が横溢している。全て秀作です。よろしくお願いいたします。

亀山祐美子

特選句「あくびして嬰はオリオン呑み込んだ」。大物になる予感。頼もしいお子様を得て益々のご健吟を!よそ様の赤ん坊の様子だとしても見事な把握でとても楽しく大らかな気持ちにさせて頂きました。ありがとうございます。♡明るい句が多くて楽しい選句でした。ありがとうございました。皆様の句評が楽しみです。まだまだ寒さ厳しいおりご自愛下さいませ。

若森 京子

特選句「春の海人体漂流避けきれず」。海難事故で人が流されているのか、戦争で遺体として流れているのか色々な状況が想像出来るが自然には逆えない人間の弱さを思う。又春の自然界での日常の漂流感を隠喩している様にも思う。特選句「泣きやんだ人の容が末黒野に」。喜怒哀楽にもそれぞれの‶泣き‶がある。人間が思いっきり泣いた後の容はどんなのであろうか興味がある。丸い空洞の様であろうかなど想像する。これは当然、精神の容なのであろう。‶末黒野‶も効いている。

島田 章平

特選句「元日出産生まれたばかりの指うごく」。暗いニュースの多いこの頃。せめて俳句の世界だけは、明るく未来に向かって。「生まれたばかりの指動く」が絶妙。

伊藤  幸

特選句「冬の月わたしのからだ銀の膨らみ」。金ではなく銀、しかも冬の月。厳しい寒さの中壮絶とも言えるほどの美しさ。作者の決意とも・・。特選句「突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー」。前だけを見て突っ走った青春のあの頃。輝いていたあの頃。年を追うごとに手入れを欠かさず艶を増した皮ジャンを羽織っている作者の後ろ姿が目に浮かぶようだ。

飯土井志乃

特選句「灰色の原子炉を入れ初御空」。今様の話題の明け暮れへの作者からの静かな呈示かと・・。

吉田亜紀子

特選句「紅梅やメトロノームのかろやかさ」。「メトロノーム」は楽曲の演奏の拍子の速度をはかる機械のこと。楽譜には、速さを数値に変えて記載されている。それは作曲者の決めたもの。演者は記載された数値、記号により演奏を行う。よって、楽曲の再現性を高めることが出来るのである。時に演者は、バッハとなり、ショパンとなる。そして、その限定された範囲において演者は自分らしさを発見する。テンポには、ラルゴ、アダージョ、アレグロ、プレスティッシモなどの区分けがある。この句の場合は、「かろやかさ」という言葉から、アンダンテ、モデラートといったところだろう。そこを基点としメトロノームを動かしてみる。すると、「紅梅」は咲き始めている時期ではないかと考えられる。とても可愛い。真っ赤な梅が、ポン、ポンと順に咲く動画のようなものが「メトロノーム」によって表わされ、楽しい春の始まりを告げているかのようである。特選句「一本の針立春の光得し」。冬を越え、レースのカーテンに光が入る季節となった。繕っているのだろうか、刺繍だろうか。春の静かな部屋の真ん中に、ふとキラリと光るものがある。「光得し」。美しい。それは手にしている小さな針だ。私も同じ経験がある。その静かな美しさに心をギュッと奪われた。

河野 志保

特選句「水仙にひたと見られて蕎麦啜る」。 確かに水仙は、静かで強い視線を持っていそう。その視線を感じながら蕎麦を啜っている作者の、とぼけた感じがなんとも愉快。水仙の把握の新鮮さと句の展開の楽しさに惹かれた。

竹本  仰

特選句「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」。この句は女性の立場で詠んだものかと思いますが、遡れば子供でもあり大人でもあり、同じように見放されつつ人生かと思います。その辺の機微が、水仙によって一気に昇華されている、そこに感心しました。特選句「冬銀河あしたの米を研いでいる」。とても当たり前のことなんだけれど、当たり前のことなんてどこにもない。それが痛感される句です。昔読んだロシアの小説で、貧しい夫婦がふとしたはずみで、美術館で偶然、自分たちの貧しい家の絵を見て呆然自失に感動し、その奇蹟の光のような家にこれから帰ると思うと不思議な思いに包まれた、というのがありました。冬銀河の視点で見れば、明日が来るという奇蹟がここに描かれているようで。特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。棺に入った方はみな、おやすみの表情ですが、それを思い出しました。この句は死のイメージをそれほど感じさせませんが、それは生と死という二項対立の常識にはまっていないからかなと。むしろ、生の中に死はあり、死のなかに生はあるという、そういうセンスで書けているからか。とてもいい句ですね。大自然の前の匂いを感じました。以上です。何だか、今回は選句しにくかった。なぜか?自分の感覚に問題ありか、と反省。まあ、こういう人間にも俳句です。今後ともお付き合い、よろしくお願いいたします。

小宮豊和さんのこと、残念です。一度だけ、高松での納涼会で、お話したことがありました。季語の話でしたが、既成概念を壊すくらいの季語の使い方がなぜ出来んのだろう、と言われていたのが、残っています。これが私の中で、いまだに響いています。後日、拙句「映画館の向こうはすすきだったのか」について、こういう季語の使い方は勉強になる、とコメントをくださったのが、とても嬉しかったのを思い出します。それから、小宮さんは「稲の花」という季語が好きだったようです。あんな素朴で健気なものはない、というようなコメントがあったのを覚えています。何処か合う波長のようなものがあるなあと思っていました。あの日の小宮さんがまた迫って感じられます。

菅原 春み

特選句「啓蟄の鏡の中を数えけり」。冬眠から覚めた虫たちが動き出す生命力溢れるときに作者は鏡のなかに何を数えたのでしょう。春の喜びというより憂いのよう な感覚が伝わ りました。特選句「母へ寒紅喪服の姉の揺れる指」。寒紅、喪服の姉、揺れる指、無駄なことばが一切ないだけに痛みが 響いてきます。静かな映像がくっきりと立ち現れてきます。

佐孝 石画

特選句「干鱈毟り少しも悪くないという」。「少しも悪く無い」という呟きが、他者に投げかけられたものなのか、自問自答のものなのかぼんやりする。このぼんやりとした「いいわけ」が、干鱈のものかもしれないと感じた時、自他を含め、生きとし生けるもの全てに向けられたやわらかな「贖罪」に見えてくる。上句と中下句の結び方のうまさに、脱帽。

久保 智恵

特選句「あくびして嬰はオリオンを飲み込んだ」。やさしさと美しさ。特選句「色違う雪片さがすよう生きのびる」。同感ですネ。問題句はなしです。

川崎千鶴子

特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅の美しさを大変感動されたのでしょう。それを「歌声にぶたれて」と表現された力に感嘆です。「末黒野や別れの訳の甦る」。末黒野を見ると友か恋人と「別れ」を思い出すのでしょうが、でもどうしてそが「別れの訳」に繋がるのか分かりませんが、なんだか私の心に響きます。

高木 水志

特選句「吼える裸木まつさらな闇が垂れ」。この句は、責める先がない自粛生活を表現しているのではないか。春になれば再び葉が生える裸木のように、私たちも力強く生きたい。

伏   兎

特選句「あくびして嬰はオリオン飲み込んだ」。赤ん坊の微笑ましいしぐさと春銀河の取り合わせに、未来感があふれ、ピュアな気持ちにさせてくれる。特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。永遠の眠りと別れが訪れるまで、おやすみとさよならを繰り返す私達。そんな無常を冬山が包み込んでいるようで惹かれた。「若き日のダッフルコート日和るなよ」。洋服ダンスの懐かしいコートが、老いて丸くなった自分に、喝を入れてくれるような気がしたのだろう。面白い。「退院の父の小さき荷春夕焼」。病院で亡くなった両親は、裏門からひっそりと退院した。作者のお父さんはきっと正門からの退院だったと、思いたい。

大浦ともこ

特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。お母様の句をつくる真摯な姿が目に浮かび心打たれました。 特選句「落椿ひつそり残る野蛮の血」。「落椿」と「野蛮の血」の取り合わせが新鮮で、「野蛮の血」とはどのようなものなのか想像するのも楽しいです。♡自己紹介。香川の地に根を下ろして四十年、琴平在住の大浦朋子と申します。五年ほど前から友人と小さな句会を楽しんでいます。句集『青むまで』にとても感銘を受けて「海程香川」に参加させていただきたいと思いました。どうぞよろしくお願い致します。♡「海程香川」発足十周年記念アンソロジーをご覧くださり嬉しいです。こちらこそ、これからどうぞ宜しくお願い申し上げます。

寺町志津子

特選句「夢枕に諭す師の立つ二月かな」。兜太師のご逝去された二月。皆が皆、兜太師への深い敬愛と惜別の思いを抱いているものの、夢枕に立たれてご指導までして下さったとは‼本当に良かったですね。そして、この「海程香川」そのものを見守って下さっているに違いないとも思え、嬉しく読みました。

豊原 清明

特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅を見に行った作者が鳥の歌声にぶたれて帰ったのだと読んだ。白梅の寒き春を告げる植物の、厳しい感じ。また、神経に刺さるような、生活者をおそう寒さをも感じる。問題句「 あくびして嬰はオリオンを飲み込んだ」。夜かな?まだ寝る前のあくびで、嬰は眠たくなったのだ。眠気が起こった。まだ起きる時間の親は優しく寝かす、その生活がうかがえて、微笑ましい。「淡雪や仮名文字舞うよな書道展」。この句は好きである。書道展の墨の匂いとか。「色が欲しくて影踏みをしています」。この句は秀逸のタイプかなと思った。分からない。

三枝みずほ

特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。命を燃やしながら激しい感情が渦巻いている。母の、決して外には出さない身の内の葛藤、想いが強くて傷む。

漆原 義典

特選句「夢枕に諭す師の立つ二月かな」。私は師匠が2人います。ひとりは書道の師匠で、もうひとりは俳句の野﨑憲子さんです。書道展の作品提出が近くなるとき、投句の期限が近くなると同じように夢に出てきます。師匠の言葉は素晴らしくいつも心に響きます。できの悪い弟子をいつもあたたかく見守ってくれる師匠に感謝しています。素晴らしい作品をありがとうございます。

松岡 早苗

特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。「おやすみとさよならは似て」というソフトなフレーズに心引かれました。厳冬の山で春を待ちながら眠っているものたちへのエールでしょうか。あるいは、冬山で亡くなった人々へのレクイエムでしょうか。心に染み入ります。特選句「逃げどきを思案している懐手」。この和服姿の男性、何から逃げようとしているのでしょうか。妻の愚痴から? ややこしい近所の揉め事から? いろいろと想像が膨らみます。漱石にも懐手をして机の前に座っている写真があったように思います。「懐手」のちょっとしただらしなさがいいですね。

稲   暁

特選句「一本の針立春の光得し」。一本の針が捉えた立春の光。句自体も輝いている。

淡路 放生

特選句「色が欲しくて影踏みをしています」。「色が欲しくて」の色はどう思いを廻らしても、色恋の色であろう。とすればこの欲するは、手放しっであり叫びである。句は、へんにもじもじしてないところがいい。精神的にも肉体的にもパッと吐き出したところが気持よい。その上で「影踏みをしています」は泣かせます。「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」「嬰の尻のすとんと春がもうそこに」「立春の卵を立てる論理かな」「桃源郷言葉を発してはならぬ」。この四句、それぞれに、早春の味わいがあろう。いい俳句だと思う。

山本 弥生

特選句『焼き芋を「はい」と母持ち産見舞』。娘の安産を御神仏様に祈り乍ら待っていた母親へ吉報が届いた。精一杯の気持で焼芋を産見舞に持って来てくれた母、「はい」に全てが込められ幸福な時間である。

荒井まり子

特選句「桃源郷言葉を発してはならぬ」。桃源郷とくれば後は不老不死。人類は文字と言葉を会得、究極の進化だと思ったが。信長は五十年、現代は百年。ITの進化の果てに何が待っているのか。そう言葉を発してはならぬのだ。  宜しくお願い致します。

山下 一夫

特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。真正面から私に飛び込んできて突き抜けていったうさぎはもちろん幻影。ただし、ふり向いたかなたには見える雲はつかみどころはないものの実体。ドラマティックな動きを伴った詩情にしびれました。特選句「しゃぼん玉夢幻の恋の中にいる」。しゃぼん玉表面の虹に似たような発色は光の干渉という物理現象の由。色彩の千変万 化はまさに恋の夢幻。永らえることなくはじけてしまうところも。問題句「恋猫をまね舐めてみる右の足 (藤川宏樹)」。舐めてみるのが左の足ではなく右の足というのは定型に収めたいが故と理解。ところで足のどの辺を舐めるというのであろうか。脚ではないので膝より下のイメージで、自分のものだとするとかなり無理な態勢を強いられる。季語から相手の足の可能性もあり、そうなると私には刺激的に過ぎるのです。「ダイヤモンドダスト降らせる天の病む」。雪も結晶しないほどの寒雲の陰鬱。ホレのおばさんに毒づきたくもなります。「やはらかき投函の音鳥雲に」。投函されるものは音信なわけで、季語が嵌ります。「春の海人体漂流避けきれず」。三・一一を連想してしまいます。合掌。「風光る私の前に誰もいない」。爽やかな春の日にもふと侘しさがよぎることがあります。

植松 まめ

特選句「夢枕に諭す師の立つ二月なり」。夢枕に立つ師が菩薩のようにも思われます。二月二十日は金子兜太の命日。特選句「母へ寒紅喪服の姉の揺れる指」。寒紅に込めた母への愛に感動しました。

銀   次

今月の誤読●「この紅は鬼を呼び出す落ち椿」。森を歩いていた。と、真っ赤な椿が一輪頭上から落ちてきた。なにげなく拾おうとすると、枯れ葉がモコモコと盛り上がり、一匹の赤鬼が地面から出てきた。おやおや何事。赤鬼がいった。「その椿はワシのものだ。よこせ」。「そうかい」とわたしは赤鬼に投げた。彼は椿を一瞥するとムシャムシャと食べ出した。「驚いたなあ、そんなものが旨いのかい?」「ワシはなんだって食べる。なんならおまえも食ってやろうか」「ほう、わたしが食べたいのかい?」。赤鬼はわたしのまわりを品定めするようにジロジロと見てまわった。「骨と皮ばかりだな。いかにも不味そうだ」「まあ年寄りだからな」。ふん、と鼻をならして赤鬼がいった。「おまえの血はさっきの椿のように赤いか?」「どうだろう、たぶんどす黒く濁っているだろうな」「そうか。人間ってのは薄汚い生き物のようだな」。わたしは軽く笑って、「たぶんな。どうする、わたしを食べるかね?」。赤鬼はじっと考えて、「いや、よそう。食あたりでもするとつまらん」「だったら、もう行っていいかね」「ああ、行け。行ってせいぜい長生きしろ」。そこでわたしは立ち去った。

松本美智子

特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。うさぎと雪の対比がよく効いていて身体を抜けてふわっと雪になった様子が思い浮かびます。

三好三香穂

「梅ふふむ空の青さの二進法」。二進法の表現が面白い。探梅を味覚、視覚、聴覚リズムで捉えている。「やはらかき投函の音鳥雲に」。やはらかきがなんとも良い。何の投函か解りませんが、投句か恋文、はたまた受験申込申請だったりして、想像を膨らせてしまいます。いずれにしても、未来に明るい希望のあるほのとしたものが、やはらかきに込められています。「なん百のけむりの声や春は来ぬ」。古希を過ぎ、身近な人を何人も見送ってきました。昨年は同級生も何人も。人や先、我や先のはかなき状況です。先に逝った、彼ら、彼女ら、天からどう言ってくれるか、天の声を聞いてみたい。永らえてまた春を迎えてしまった。しみじみと共感できました。

高橋 晴子

特選句「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。イスラエル北部のイエスの活動の中心地であるガリラヤでヨルダン川中流にある湖。湖底より木舟が出た。イエスの活動を思い、二千年に及ぶ歴史の深さを思う。鳥雲に、の季語がこれを支えて生き生きと胸に迫る大きな句。季語の感じ方もいい。しっかりした句である。

野﨑 憲子

特選句「球音響く軍神二十歳の冬森に」。二十歳で戦死し英霊として祀られている青年は野球が好きだったのだろう。<冬森>の中の軍神よ、これだけ文明が発達しても武器を持ち戦で世界を治めようとする為政者が絶えない。人類丸ごとの精神の進化は不可能なのか。 特選句「ご機嫌なあぶくがパチン早春よ(河野志保)」。こんな何気ないウキウキする作品に癒される幸せを思う。問題句「兜太忌やデコポン食べる猪の峠」。今年で師が他界されて早や四年目となる。私には、これまで「囀りの中に他界のありにけり」の句しか浮かばなかった。掲句は、「猪がきて空気を食べる春の峠(金子兜太)」に因んだ佳句である。師の名を冠した追悼句を羨ましくも感じ、今回の<袋回し句会>のお題に出たので挑戦してみたが、どこか違和感を感じる。師も、たねをさんも、いつも近くにいらっしゃると確信している私である。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

兜太
枯鰹節削って削って兜太の忌
中野 佑海
胸倉を突く風兜太大笑す
三枝みずほ
兜太の忌うんちのやうに生まれけり
三好三香穂
千匹の魚が棲むなり兜太の忌
野﨑 憲子
兜太とうた呼べば心があたたけし
島田 章平
たねを
ものの芽のつなぐ命やたねをの忌
島田 章平
何処かで又ちひさな渦巻たねをの忌
野﨑 憲子
うさぎ
うさぎ抱き白雪姫になつてをり
風   子
うさぎが舐める壱円切手の夜
中村 セミ
抱いて下さい今夜だけうさぎです
柴田 清子
雪うさぎ日に愛されて雲になる
島田 章平
嫌い
春は春嫌いは自由好きは不自由
銀   次
百千鳥おいてきぼりは嫌いです
野﨑 憲子
フーガは嫌い春の波溢れ
野﨑 憲子
日光浴嫌いし母の認知症
中村 セミ
学校ギライ尻尾大事にとつてをり
三枝みずほ
好きだから嫌いにもなるヒヤシンス
柴田 清子
バレンタイン/愛・鳥雲に?
初恋は夫ですバレンタインの日
風   子
愛の日や赤児のやうに君と会う
藤川 宏樹
バレンタインアリスとなりて行く迷路
中野 佑海
時間潰しチョコ売場見廻っただけ
柴田 清子
二月
なりゆきで二月になれば次は三月
銀   次
二ン月の風吹き抜ける句会場
島田 章平
二月好きなんてちょつと渋好み
風   子 
二ン月の海へ飛び込め馬鹿者よ
野﨑 憲子
自由題
蜥蜴去り岩本来の景なるや
佐藤 稚鬼
早春の松明がゆく俳句新時代
野﨑 憲子
くわりんの実歪にころがる無心かな
佐藤 稚鬼
右の手の冷たさ左手へ移す
柴田 清子

【通信欄】&【句会メモ】

2月19日の句会は、香川県下のコロナ感染者激増中にも関わらず11名の方が集まりました。しかも初参加の方もいらして午後1時からの四時間、存分に句座を楽しむ事が出来ました。袋回し句会は一部ご本人からの申し出で作品カットしているのが少し淋しいですが、それは句座の連衆のみぞ知るです。(^_-)-☆ 次回が今から待ち遠しいです。

昨年、「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』を「俳句」編集部へお送りした縁で、「俳句」3月号<クローズアップ欄>に登場させていただきました。ご参加各位のお陰さまです。ありがとうございました。タイトルは「海程香川」発!俳句新時代、です。これからも一回一回の句会を大切に熱く楽しく渦巻いてまいりたいと思います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

2022年1月26日 (水)

第124回「海程香川」句会(2022.01.15)

1月.jpg

事前投句参加者の一句

                        
狼ト娘スクラムスクランブル 藤川 宏樹
轍残る秩父往還寒の雨 大西 健司
十六夜や君の横顔美しと見し 佐藤 稚鬼
夕霙まだ伸びしろのあったはず 松本 勇二
春風や檻に千里の虎の夢 松岡 早苗
コロナ禍の風に飽いたり初着物 中野 佑海
お正月俺はイヌだと悩む犬 鈴木 幸江
ガス燈に雪舞ふ影は待ちぼうけ 増田 天志
雪庇父の書架には父の跡 福井 明子
身の内の轍は消えず阪神忌 若森 京子
哀愁の昭和ブルース冬銀河 植松 まめ
懐かしき赤い鳥なる女の子 中村 セミ
娘の添いて父の髭剃る漱石忌 吉田亜紀子
惚というまぶしき一語鳥渡る 野田 信章
「ひとりはいい」嘯く母の雪催い 滝澤 泰斗
白南天この世のものとして産湯 伏   兎
冬晴れや笑顔のままのデスマスク 小山やす子
私から私を引いて冬夕焼け 野口思づゑ
冬の芽のとっぺん吾は鬼っ子 伊藤  幸
限りなくプアよ自由よ寒鴉 豊原 清明
気立てという美しき言の葉冬日向 新野 祐子
補聴器の調整室や街師走 山本 弥生
新年の設計図焼くオミクロン 川崎千鶴子
画用紙に太き直線年始め 重松 敬子
石臼の番して永遠越冬者亡母 すずき穂波
二杯目の珈琲冬を深めけり 柴田 清子
朝の雪音を吸ひ込み蒼きまま 佐藤 仁美
散骨の海辺遠くに焚火ある 榎本 祐子
寒茜人恋しさの引火点 山下 一夫
廃船の朽ちゆく運河冬の雨 稲   暁
家重くなり底冷えの掃除機 久保 智恵
廃仏毀釈のおしくらまんじゅう 荒井まり子
言の葉の雫あつめて初茜 三好三香穂
梅固しサッカー少年走る奔る 高橋 晴子
母の歳二十も超えて日向ぼこ 寺町志津子
古本に赤線多ししずり雪 飯土井志乃
八頭未来のわたし座してをり 稲葉 千尋
比叡に飛雪迦陵頻伽の声がする 樽谷 宗寛
雪女おまえ薄情で美しい 島田 章平
木を抱いて欝の冬本に抱かれけり 淡路 放生
濡れてゐる白き兎を森に返す 小西 瞬夏
円空仏の微笑をもらう雪道来て 津田 将也
いもやしもやけやきいもかゆい 田中アパート
おばあちゃんになっちゃってまあ冬の滝 桂  凜火
回文を唱へて眠る二日かな 野澤 隆夫
向き合うて今年はじまる遺影かな 谷  孝江
いい人と言われて日暮や藪柑子 増田 暁子
束の間の陽にさんざめく寒雀 田中 怜子
雪を踏むわたしの中の子どもたち 夏谷 胡桃
取説を読まぬ女の年新た 塩野 正春
ドレス焼く少女せつせつと脱皮する 十河 宣洋
風花やわが存在の頼りなさ 銀   次
蜜柑剥く重要なのは車坐です 河田 清峰
母に逢う七種粥の明るさの 月野ぽぽな
初雪や人のつくりし魔よけ札 菅原 春み
行進曲の手拍子そろう明の春 松本美智子
折紙でつくれぬものに秋の風 男波 弘志
忘れない冬の菫と生きた人 河野 志保
冬木洩れ日の紙飛行機に母がいた 竹本  仰
凍蝶や曲がりくねった国境 石井 はな
人待ちの冷たき石を離れをり 亀山祐美子
木枯しが呼び捨てにする影の僕 高木 水志
鬼遊び冬木は息を継ぐところ 三枝みずほ
女郎蜘蛛にゆくてはばまれつつあるく  兵頭 薔薇
玄白の腑分けのように冬の虹 佐孝 石画
寒晴れや家族の中にいる孤独 藤田 乙女
餡雑煮讃岐に生きし日本史  漆原 義典
オリオンの終着駅から赤ん坊 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「母に逢う七草粥の明るさの」。七種粥に明るさを見た感覚の冴えや凄し。倒置法も決まっている。

小西 瞬夏

特選句「画用紙に太き直線年始め」。シンプルであるゆえの力強さ。これから何かが始まる予感。ミニマルアートのようで、ここから読者の創造力が無限に広がります。

増田 天志

特選句「濡れてゐる白き兎を森に返す」。 哀切の情あふれ抱き締める因幡の素兎。ボエジ―だなあ。

福井 明子

特選句「散骨の海辺遠くに焚火ある」。生き死にの目線が熱く深いです。彼方へのまなざしに祈りと願いを感じます。特選句「ショパニスト反田の髭や漱石忌(吉田亜紀子)」。ショパンコンクール2位の、あの若き反田恭平さんの容貌が目に浮かびます。そしてなぜか、漱石忌がしっくり馴染んでいます。

塩野 正春

特選句(特選中の特選)「折紙でつくれぬものに秋の風」。秋風は気持ちいいですね。一度折ってみたい気持ちよくわかります。特選句「ドレス焼く少女せつせつと脱皮する」。ドレスの着替えで脱皮を表現するのは初めて見ました。ただ女性向きの句かな? 男性の脱皮は有るのかな?問題句「散骨の海辺遠くに焚火ある」。散骨の風景、ちょっと寂しいし寒い海。そこに焚火があると温もりが伝わります。この風景どこかで見たような、見ないような。散骨されたのはご自身でしょうか?

正月に久保智恵さんと若森京子先生宅に伺ったところ、三人で俳句をしようということになりました。面白いですね。しかも師匠が一緒ですから勉強になります。そこで野﨑様が代表をされている「海程香川」を紹介されました。野﨑さんのお名前は三田の句会で存じ上げていましたので親近感があり、しかも香川県の句会ということで即入会を決意しました。香川県はうどんだけでなく、おそらく藩の移動(国替え)とかで東北とも交流があって、武士の奥様達、女房たちが味を伝えた・・と聞いています。懐かしい味が残っています。そんなわけで、俳句もさることながら機会を見つけて訪れたいと思っています。 

若森 京子

特選句「廃仏毀釈のおしくらまんじゅう」。明治初年の仏像排撃運動とおしくらまんじゅうとのからみ合いが上手い。字足らずの流れもこの最短詩の中に人間同志の複雑怪奇なからみを見る。特選句「ドレス焼く少女せつせつと脱皮する」。蝶の脱皮の様に見事に美しく成長する少女。しかしそれ迄の過程として「ドレス焼く」の措辞が色々な想像をかきたてる、「せつせつ」も効いている。

稲葉 千尋

特選句「身の内の轍は消えず阪神気忌」。あれから何年たつのだろう小生の胸も覚えているあの揺れ、轍は消えません。特選句「冬晴れや笑顔のままのデスマスク」。私の見たデスマスクは憲兵に拷問されて死んだ人の写真でした。笑顔のデスマスクが見たいです。♡オミクロン株凄い勢いですね、又句会が中止に!あきらめですね。寒さに負けずカラ元気で行きましょう。

小山やす子

特選句「向き合うて今年はじまる遺影かな」。私の夫もさよならも言えず12月に他界しました。この句に出会って遺影であることの悔しさが身にしみました。→ 心からご冥福をお祈り申し上げます。コロナが収まり暖かくなったらまた徳島から句会においでください。お待ちしています。

田中 怜子

特選句「比叡に飛雪迦陵頻伽の声がする」。あの比叡延暦寺は雪に包まれ人気がない。耳をすますと雪の精のごとく迦陵頻伽の声が。美しいですね。そのような世界に身を浸したいですね。普段でも、意識的に耳を澄ますとひそやかな生き物の声が聞こえてきますね。

樽谷 宗寛

特選句「身の内の轍は消えず阪神気忌」。忘れることの出来ない阪神忌。主人の実家の家が倒壊しました。現地に行くと微震が続き無表情の人達、いまも脳裏にこびりついています。お作者の思いがひしひしと伝わってきました。

夏谷 胡桃

特選句「コロナ禍の風に飽いたり初着物」。本当ですね。おしゃれしてお出かけしたいです。風がまた強くなってきました。風はコロナと世間の風潮を表しているのでしょうか。特選「補聴器の調整室や街師走」。聞えないというのは孤独になります。だんだん耳が遠くなり、家族の会話にも入れない。町の喧騒も聞こえない。心の中でお喋りしているようです。

鈴木 幸江

特選句評「娘の添いて父の髭剃る漱石忌」。句に漱石が登場すれば子規との出会いを思わずにはいられない。この頃人生誰と出会うかが、勝負だとよく思う。そして、漱石にはなぜか、鏡の裏側のようだが家族の温みがよく似合う。私も入院中のまるで子どものようになった父の髭を剃ったことがある。漱石の髭が父親の象徴のように目に浮かんだ。

佐孝 石画

特選句「私から私を引いて冬夕焼け」。「私から私を引くと」いうこの発想と表現は初見だ。茫然自失という言葉はあるが、私からわたしを引いて残るものは「無」。冬夕焼けの美しさに打ちのめされ、胸奥に潜む様々な面影が霧消していく。冬夕焼けに包まれ同化していく「放心」の風景を、実に柔らかくポップに仕上げた名句だと思う。

津田 将也

特選句「夕霙まだ伸びしろのあったはず」。霙は、雪が空中でとけて半ば雨のようになって降る状態のもの。特に夕べの降霙(こうえい)は、この地域が限定的だ。霙が降ったことを持ち出し、話題にしても、時には否定されることがある。主眼は、この霙の様子を見るにつけ「まだ伸びしろがあったはず」などと、作者が、「伸びしろ」に着目したことだ。特選句「八頭未来のわたし座してをり」。八頭(やつがしら)は、里芋のこと。茎の地中部が肥大して塊茎(かいけい)となり、これを掘り上げ煮て食べる。作者は、たぶん女性であろう。、肥満化した自分の先の姿を八頭に見越し見ているのだ。余計だが、茎も食べられるが、昔は、芋茎(ずいき)と呼ばれ廓(くるわ)の性具としても重宝された。特に、肥後芋茎が有名だ。

菅原 春み

特選句「新藁へ横たひ逝けり被曝牛(稲葉千尋)」。痛ましい句。せめても最後に新藁へ横たわれたことが救いなのでしょうか? これも人の作ったもので被曝した健気な牛の句です。特選句「白南天この世のものとして産湯」。この世に生まれてはじめて体感する産湯。白南天の白が活きています。無垢で清楚な命。

中野 佑海

特選句『「ひとりはいい」嘯く母の雪催い』。一人は寂しい。だけど、一人は自由で気楽。本音を言ってしまえない母の心模様。特選句「朝の雪音を吸い込み蒼きまま」。雪が蒼いのは地面に捨てられた音達の鎮魂歌だつたんですね。「断腸の海より一転の初日」。いったいどんな悲しい事があったのですか?年が変わって良い一年になってくれることを海よ叶えておくれ。「絞首刑いい湯極楽北一輝」。毎夜のいい湯は本当に極楽。ただ楽しみも過ぎると一変桑原桑原。「夕霙まだ伸びしろのあったはず」。夕方の霙には遭いたくございません。まだ、諦めないで踏ん張って。「白南天この世のものとして産湯」。この世のものとなるために産湯を使っているのですね。聖なる冠とるために。「火の鳥の匂いの夕日紙風船」。夕日は実は火の鳥に拾われた可哀相な紙風船だったんですか。「私から私を引いて冬夕焼け」。私の抜け殻を探しています。「自らを厚く纏ってクリスマス」。かと思ったら今度は色んな自分を拾って来て忙しい事だね。脱いだり着たり。「二杯目の珈琲冬を深めけり」。珈琲を二杯飲んだら、やっと人心地がついて、本当の自分に戻れたよ。♡今月も面白いけど難しさも抜群。

大西 健司

特選句「寒晴や家族の中にいる孤独」。家族の関係が希薄になりつつあるこの頃、家庭でも孤独を覚える。ましてやコロナ禍のいまは特に深刻である。晴れたわたる空が限りなく冷たい。

月野ぽぽな

特選句「木枯しが呼び捨てにする影の僕」。「木枯しが呼び捨てにする」の詩的表現が、木枯しとの豊かな関係・・・厳しくも親しい関係・・・を示唆すると共に「影の僕」は「光の僕」を予感させ、木枯しの持つ巨大なエネルギーも手伝って、大きな根元的な場所へ向かう内面からの強い力・・生命を感じます。♡新年のお慶びを申し上げます。海程香川新句会、読み応えのある句が満載でとても楽しかったです。いつもありがとうございます。2022年が憲子さんそしてご参加の皆様にとって健やかで幸せな年になりますようお祈りいたします。→ありがとうございます。ぽぽなさんにとりましても、幸せの光に包まれた一年になりますように心からお祈り申し上げます。

淡路 放生

特選句「向き合うて今年はじまる遺影かな」。うっかりすると読み落してしまいそうだが、しみじみいい句だと思う。「向き合って」と言う動作から一気に、遺影と作者を淑気にまで持っていった。新年のことほぎを感じられる。「ひいらぎの花や宅急便に印」。「宅急便」に印を押す日常が「ひいらぎの花」によって、さり気ないときめきのようなものも句に表現されている。「娘の添いて父の髭剃る漱石忌」。昭和の家庭の一場面であろう。「漱石忌」がいい。有名な漱石の写真が目に浮かぶ。インテリで頑固で優しくて・・・。娘と父だけでなくそれを見守る私(妻)までキチンと詠まれている。「二杯目の珈琲冬を深めけり」。「二杯目の」この一語によってコーヒーの黒くて深い味わいと、しずかに立ち上る湯気に音楽を聴いているような至福を感じる。そう思わすのは、「冬」であろう。「鬼遊び冬木は息を継ぐところ」。「鬼遊び」が一瞬「冬木の息を継ぐところ」を納得させてくれる。幼児の遊びでもいいし、男女のイタヅラでもいい。

すずき穂波

特選句「寒茜人恋しさの引火点」。寒茜、人恋、引火点と、絵柄的、心理的にどちらもぴしっと決まっている句で頂きました。ちょっと決まり過ぎ?予定調和?という声も聞こえそうですが・・・礼儀正しい句も拝見したく特選です。

柴田 清子

特選句「初日待つようにわたしの日も来るか(淡路放生)」。今年一年、神頼みではなく、自分らしくいる事が出来るか、どうかくり返し問い迷う作者に、ほんの少しの初日が差すことを願いたくなる。自分に読み手に語りかけるような、呟きのような淡い佳句である。特選句「雪を踏むわたしの中の子どもたち」。雪踏みの雪遊びの子供達の存在の表わし方が特異であることに、魅せられました。「わたしの中の子どもたち」が、読み手の心の中で生々としています。

十河 宣洋

特選句「雪女おまえ薄情で美しい」。北海道は雪女の出るかもしれないシーズン。こういう女性は魅力的である。一夜の出会いならという気分がある。特選句「鬼遊び冬木は息を継ぐところ」。 鬼ごっことは限らないが、鬼遊びの途中の一息。追いかけられている者、追う者の目の中にある一つのポイントである。メルヘンの気分があり楽しい。

川崎千鶴子

特選句「木を抱いて欝の冬木に抱かれけり」。もしかしたら亡くなられたらリュウジさんのお句かと思いました。間違いでしたらお許し下さい。つくづく凍り付く内容だと思います。「初春寄席のビラがはためく枯野駅」。初春寄席のビラがはためく枯野は荒寥感に満ちている。素晴らしいです。

佐藤 稚鬼

特選句「画用紙に太き直線年始め」。これは好きですね。単純明快だけど、年始めの新たな気持をシンプルな直線が言い切っている。

藤川 宏樹

特選句「玄白の腑分けのように冬の虹」。一読で「玄白の腑分け」に掴まれた、腑分けのような虹って?そして玄は黒、「玄白」は言わば「黒白」。腑分けの肉の鮮やかな赤と抜ける冬空の虹。天上の虹の軽さと腑分けの肉の重量感とは決して似つかわしくないが、それだけによけい印象的な句になった。

男波 弘志

「惚というまぶしき一語鳥渡る」。おおらかなエロスが飛翔している。人間はもっと正直にならねがならない。正直さとは社会性以前の自己存在の謂いである。「濡れている白き兎を森に返す」。   手に負えぬものは全て造花に委ねるべきであろう。兎にエロスがあるとは誰も気が付いていないことだろう。そこに新しみの花がある。「忘れない冬の菫と生きた人」。冬、そこに一切が包蔵されている。一点の灯り、それを頼りに誰もが生きている。もうここには居ない人なのだろう。冬の菫になってしまったのか。いづれも秀作です。宜しくお願い致します。

松岡 早苗

特選句「冬の芽のとっぺん吾は鬼っ子」。冬木の芽は黙って寒さに耐え、来たるべき春の芽吹きや若葉の茂りのためのエネルギーをしっかり蓄えている。ありのままの自分を受け止めてもらえず叱られてばかりの子どもは、自分は鬼っ子かと時に悲しくもなるが、冬木の芽のように自分らしさを着実に蓄え、やがてみごとな花を咲かせるのだろう。理解してもらえない孤独の中にも成長や希望を感じさせる「冬の芽」の好配がしみじみと心にしみる。特選句「鬼遊び冬木は息を継ぐところ」。冬でも元気に走り回っていた子どもの頃を思い出した。はあはあ息を吐きながら冬木にタッチして、その表面の冷たさも、内側の温もりも瞬時に吸収していたような気がする。寒さの中、冬木の瑞々しい生命や温かさが伝わってきて好きな句。

寺町志津子

特選句「轍残る秩父往還寒の雨」。一読、兜太師への思いがふつふつと蘇りました。兜太師が歩まれた俳句道。兜太師の力強い背も見えるようで、その轍を真摯にたどっていかなければと、決意を新にさせられる句です。

桂  凜火

特選句「火の鳥の匂いの夕日紙風船(十河宣洋)」。すこし怖いような 不吉なような「火の鳥の匂いのする」美しい風景の毒に紙風船の頼りなさがよくあっていて心惹かれました。

高木 水志

特選句「白南天この世のものとして産湯」。生まれたばかりの赤ちゃんの表情が仏様のように感じる。白南天を取り合わせたことで、赤ちゃんの周りにたくさんの人も愛しく思えて大きな愛を感じた。

野口思づゑ

特選句「初雪や人のつくりし魔よけ札」。そういえばその通りです。でも神様から授かったように大切にするのは、幸いな事なのでしょう。

滝澤 泰斗

特選句(二句)「新藁へ横たひ逝けり被曝牛」。戦争を体験した人達がどんどん減って行く。実際の戦争を体験した人の言葉ほど説得力があるものはないが・・・その人たちが消えてゆく。ならば、戦争を知らない第二次世代は、戦争を体験した人達が語った言葉をどのように残し伝えてゆくか。掲句はその状況にあった人の句として受け取るが、仮にそうではなくても、こういう句は貴重な句として注目する想いで特選とした。「身の内の轍は消えず阪神忌」。あの時の地震が起きてから27年目の1月17日が来る。災害を詠った作品もしっかり残し、後世に伝えてゆくべきものと思う。共鳴句「冬山の箴言白く白く遠く」。冬山に限らず、夏山もたくさんの言葉を示唆してくれますが冬山の厳しさには敵わない。遭難した、植村直己さん、森田勝さん、長谷川恒男さん、そして、近くは、2018年35歳で亡くなった栗城史多(くりきのぶかず)さん等が遺した言葉はまさに箴言だが・・・遠い遠い冬山の雪面に無垢な言葉で残っている。「ドレス焼く少女せつせつと脱皮する」。成長過程の表現はいろいろあると思うが、ドレス焼くは新鮮。「正論は未だ苦手雪国に雪ふる」。勝手な解釈だが、何かの事情で雪国へ赴任したか、転勤してきたか、はたまた結婚したか・・・しかし、なかなか雪国の正論とやらに慣れないでいる。様々な物語が想起でき楽しい一句ながら、その陰もまた・・・。「引き留める阿修羅の目線雪が降る」。こんな感覚、阿修羅の目線に確かにあるなと・・・引き止められたり、押されたり。「寒晴れや家族の中にいる孤独」。人間はなかなか厄介な生き物。世界が広くなるほどに孤独を意識するものだが、人間関係の最小単位「家族」にあっても、「自分」という本質的な孤独を感じる事はままある。

野田 信章

特選句「木を抱いて欝の冬木に抱かれけり」。「木を抱いて」には人と木との相性の然らしめる親近感がある。そこのところを軽く反転させて見せる手際のよさに現代的な諧謔性を覚える。人としてのわが内なる鬱との交感あっての一句として読める。なお、句の底には生気を秘めた樹霊の本姿が踏まえられている一句として読みたい。

三枝みずほ

特選句「母に逢う七種粥の明るさの」。七種粥の明るさの中に母への想いがあふれている。普段無意識な感情や想いが何かのきっかけで浮かび上がる。その瞬間を捉えており共鳴した。問題句「木を抱いて欝の冬木に抱かれけり」。例えば、この句にゴッホの≪刈り込んだ柳のある道≫の世界観を感じるのだが、鬱をことばにしてしまうと単語で終わってしまわないだろうか。その内実に迫っているか、大いに考えさせられた魅力的な一句。

野澤 隆夫

特選句「限りなくプアよ自由よ寒鴉」。鴉への作者の賛辞、オマージュかと。プアではあるが自由だと!面白いです。特選句「玄白の腑分けのように冬の虹」。岩波文庫の短編、菊池寛の「蘭学事始」を思い出しました。冬の虹に肺だ、脾臓だ、五臓六腑だと指し示す作者が絵になります!

飯土井志乃

特選句『「ひとりはいい」嘯く母の雪催い』。人生の表裏をそれなりに経験されて来られたであろう母上の言葉の裏に感応し嘯く母を感じられた作者のそこはかとない淋しさを背景の雪催いが包み込む。

吉田亜紀子

特選句「雪庇父の書架には父の跡」。「雪庇」とは、雪の積もった屋根から雪がせり出したもの、または、山の急な傾斜面にできる雪の庇のことを指す。私は雪国出身ではないので、誤りがあるかもしれないが、この句の「雪庇」は、今はもう家主のいない家の屋根ではないかと感じた。この「雪庇」は、除雪をしなければ、どんどんと大きくなってしまうとか。危なくて暗い。そんな雪が積もった家に入ると、父の書斎がある。父の書架がある。それはとても確実で、父好みの本がきっちりと並べられている。父の気配も空気もまざまざと感じる。しかしながら、入院などされ別のところで暮らされているのであろう。「雪庇」という言葉で少し暗さを感じ、「父の跡」で、その場所にいない父の存在の大きさを私は感じました。特選句「新年の設計図焼くオミクロン」。変異ウイルスオミクロン株への嘆きや怒りがスッキリと表現されている。「設計図」は、土木・建築・工事・機械製作などの計画にとどまらない。生活の設計図もある。旅行や行事などといったあらゆるものが、この変異ウイルスによって振り回されている。「焼く」と表現されたところに強い怒りが一気に噴き出されており、清々しさも感じられた一句でした。

久保 智恵

特選句「忘れない冬の菫と生きた人」「玄白の腑分けのように冬の虹」。二句共に、心の底に沁みた句です。好きな句です。

伏   兎

特選句「おばあちゃんになっちゃってまあ冬の滝」。水が涸れ、岩が顕になった寒々しい滝に、自らを投影しているのかも知れない。シリアスな内容だけれど、口語体にしているところが救い。特選句「取説を読まぬ女の年新た」。文章がやたらと長く、おまけに文字が小さい。そんな説明書を無視し、自分流に家電を使い、ボヤいている姿が浮かび、共感。入選句「私から私を引いて冬夕焼け」。 言葉のひねりが若々しい、魅力的な境涯句。入選句「八頭未来のわたし座してをり」。子孫繁栄の願いが込められた正月野菜、八頭をうまく表現している。

山本 弥生

特選句「木枯しが呼び捨てにする影の僕」。自分の名前を呼び捨てにしてくれた親族や幼友達も鬼籍の人となり変って木枯しが影の自分を身内の如く呼び捨てにして励ましてくれた。

豊原 清明

特選句「<細谷喨喨氏の誕生日に>良き女友達のいて出羽人よ淑気かな(田中怜子)」。今、個人的に女友達を求めていることもあり、女友達の淑気に惹かれました。個人的寂しい孤島から一票。問題句「気立てという美しき言の葉冬日向」。「気立てという美しき言の葉」に惹かれました。言葉は女性的?ことばは女性的?どっちかな?漢字なのか?ひらがなか?言の葉だから、どっちもこの作者にとっては気立ての良い女性なのだろうと読む。

石井 はな

特選句「身の内の轍は消えず阪神忌」。消えない心の傷とか思いとかは、ふとした時に顕わになる事が有ります。この方は阪神大震災で辛い思いをなさったのでしょうか。

植松 まめ

特選句「補聴器の調整室や街師走」。耳の不自由だった義母も補聴器の不具合で雑音が入るとよくお店に行った。この句雑音が溢れる師走の街と補聴器の調整をする室、いい題材と思う私にとっては苦労の多かったであろう姑を思い出させる句だ。特選句「寒晴れや家族の中にいる孤独」。 この歳になるとこの気持ちが分かる。家族が居ても仲が善くても、ふと感じる孤独。若い頃にはなかった感情だ。季語の寒晴れが効いている。

漆原 義典

特選句『「ひとりはいい」嘯く母の雪催い』。私の母は1月16日が命日で、三回忌を執り行い母を偲びました。私は母の句が好きでよく詠みます。ひとりはいい、いつも強がりを言っていた母と重なりました。心にしみる句をありがとうございます。

伊藤  幸

特選句「白南天この世のものとして産湯」。新春早々とこの世に生を受けた赤子を詠った句であろうか。新型コロナ等々数々の問題を抱えたままの令和四年ではあるが、寅年の強い生命をフルに発揮して新しい未来に大きく羽ばたいて欲しいと心から願う。縁起が良く薬用としても用いられる白南天のみずみずしさが掲句を引き立てている。特選句「餡雑煮讃岐に生きし日本史」。吾が郷土では雑煮は醤油仕立てであるが餡雑煮も悪くない、雑煮を食しつつわずかながらも日本の歴史の一ページを創っているのだという実感、作者の自負そして郷土人としての誇りが伝わってくる。絶えず努力を惜しまず日々を懸命に生きている作者だからこそできる句であろう。

新野 祐子

特選句「木を抱いて欝の冬木に抱かれけり」。抱いて、そして抱かれる、それも欝の木に。今まで感じたことのない不可思議な境地にいざなわれました。入選句「円空仏の微笑をもらう雪道来て」。「雪道来て」が決まっています。問題句「ショパニスト反田の髭や漱石忌」。一月四日の朝日新聞に、反田恭平さんのインタビュー記事が載り、大変興味深く読みました。そして反田さんに魅かれました。作者に、なぜ漱石さんなのか、お聞きしたいです。

作者の吉田亜紀子さんから・・質問を頂けるとは嬉しいです。句の理由の件ですが、夏目漱石の髭が気になって、調べておりました。たまたま、ショパニストの反田恭平さんのピアノがテレビで流れていて、艶っぽいなぁと手を止めて聞き惚れていました。反田さんも、髭を生やしています。漱石とは違う髭です。カイゼル髭は、漱石の時代に流行りました。反田さんの髭も、カイゼル髭とまでの目立つ特徴のある髭ではないですが、今の時代に似合う髭で、小説と音楽との違いはあれど、どちらも艶があり、魅力的だなぁと感嘆し、この句となりました。

増田 暁子

特選句「円空仏の微笑をもらう雪道来て」。雪道での円空仏の微笑み 厳しさの中に出逢う微笑みに感動しました。特選句「裸木に聞かされている物語(柴田清子)」。裸木が語るのは若芽からの物語なのか、木の周りの人間の物語なのか。実は裸木は老いた人間なのか、思い巡らす句ですね。「凍蝶乾く太陽は低きまま」。下5の低きままが凍蝶に戻りますね。「夕霙まだ伸びしろのあったはず」。中7下5の伸びしろのあったはずで、霙の雨でも雪でもない状態がぴったりです。『「ひとりはいい」嘯く母の雪催い』。寂しさ、いたわりが伝わります。「濡れてゐる白き兎を森に返す」。句の情景が浮かび、童話の世界のようで好きです。「指添わす父のぐい呑み闇深雪」。お父さんのぐい飲みで飲んでいる作者。父恋いの思いが伝わります。「木枯しが呼び捨てにする影の僕」。僕の影に惹かれます。僕では無いのですね。

河田 清峰

特選句「八頭未来のわたし坐してをり」。八頭に自分の姿をみているのが面白い。

河野 志保

特選句「折紙でつくれぬものに秋の風」。独特の視点に引き込まれ納得。「秋の風」だからこその一句だと思う。

谷  孝江

今月の特選句は、「私から私を引いて冬夕焼け」です。一読どきりとさせられました。齢を重ねる度引き算ばかりが多くなりました。作者はまだ「冬夕焼」という美しいものをお持ちです。羨ましいです。だれしもが一つづつ齢を重ねてゆくのです。恥ずかしい事ではないのです。身の回りの美しいものを見付けて楽しく生きてゆくことは大切なことと教えて頂きました。ありがとうございます。

竹本  仰

特選句「私から私を引いて冬夕焼け」。私って何だろう?そこから発した句であろうか。私がこの世からいなくなって、どうなんだろう?という問い。「〽アカシアの雨がやむ時…」的な。そんなことは縁起でもない?葛原妙子に〈他界より眺めてあらばしづかなる的となるべきゆふぐれの水〉という名歌があります。これと近い所に立ったものかと思います。もしこの世から私がいなくなったとしたら、その後には夕焼けはもっと奇麗なんではなかろうか?〈見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ〉きっといい夕焼けなんでしょうね。その心根が憎いと思わせる句でありました。特選句「向き合うて今年はじまる遺影かな」。何かとてもうらやましい。そこまで対話ができるということが。常々思うことだが、遺影は変化する。それはない、という方は、大きな見落としがある。日々変化する私たちに見られる遺影が変化しないはずはない。そのあたりをきちんととらえられている方ではなかろうか。古代ギリシャには2つの時間のとらえ方があったという。単純にすすむ戻らない時間クロノスとピンポイントで何度も帰ることのできる時間カイロスと。この句はカイロスの句かと思う。こうありたいものだと思った。特選句「鬼遊び冬木は息を継ぐところ」。冬木の役割を遺憾なくとらえている。この鬼ごっこでは、鬼となっても、鬼に追われるものとなっても、冬木のもとでなら、素顔との接点を持てる。これは、冬木なら風よけともなり、つねに安らぐことのできるはぐくみの場であり、けものがけものとしての存在を獲得できる場であるからだ。そういうところが見事に見出されている。何なんだろう、この接点は。とても面白い句であると思った。以上です。

このところ、とても忙しく、とうとう今年は年賀状の返信を見送ることになりそうです。もし、該当の方がおられましたら、申し訳ありません。あー、生きるってめんどくせー、というような自分がいますが、まあ、そんな自分とうまく付き合うしかないのでしょう。どうか、本年もよろしくお願いいたします。

藤田 乙女

特選句「抱きしめてほしいみつめる冬の鹿(夏谷胡桃)」。孤独な魂と温もりを求める心の叫びがひしひし伝わってくる句でした。とても共感しました。

重松 敬子

特選句「気立てという美しき言の葉冬日向」。その通りですね。褒め言葉として余りつかわれなくなりましたが、時代が変化しても、人の本質はあまり変わらない。気持ちのいい句だと思います。

荒井まり子

特選句「いもやしもやけやきいもかゆい」。二物衝撃の面白さと、表記の楽しさ。

山下 一夫

特選句「一汁一菜キラキラと冬の肉体(若森京子)」。粗食である一汁一菜からの飛躍が心地よいです。いろいろに読み様があるでしょうが、年配者が若い人の体を賛美している構図が浮かびます。特選句「裸木に聞かされている物語」。裸木に人格を感じるのは類型的かと思いますが、聞かされていると踏み込んでこられているところに新鮮味を感じました。ちょっと耳が痛いところのある物語なのかな どと想像が膨らみます。問題句「正論は未だ苦手雪国に雪降る(伊藤 幸)」。後句は前句の実例でウイットやイロニーが効いていて好きです。ただ二十音でリズムに難があるのが惜しい気がします。正論は苦手なり雪国に雪、というのは・・言わずもがなの正論ですか。「家重くなり底冷えの掃除機」。底冷えの日は床に粘りついているような寒気を掃除機で吸い取ってしまいたくなります。「梅固しサッカー少年走る奔る」。上五はまだ固い梅のつぼみということでしょうか。サッカーボールとシンクロし、エネルギー無限将来性無限の少年の暗喩とも。

亀山祐美子

より心情的なものが横たわる一句を選びました。内省的で静かなマグマを憤りを感じました。特選句「梅固しサッカー少年走る奔る」。には未来を感じました。梅の固さとサッカー少年の情熱の呼応を勢い付ける「走る」「奔る」の漢字の使い分け上手い一句です。 皆様の句評楽しみにしております。

中村 セミ

特選句「濡れている白き兎を森に返す」。僕がこんな詩を、書くとしたら、ひとつの何か大事な事が終わった時、したかった仕事をやめざるを得なくなった時、こう言う事を心の整理のひとつとして、書くように思う。もう森に返してやろうと、それでいいんだ。そう言うように強く切なく思うだろう。

佐藤 仁美

特選句「寒空にイルカ跳ねたりみな笑う(野田信章)」。寒空の中、演技させられているイルカ。その演技を見て、喜ぶ私達。私も楽しんでいる側でした。ドキッとしました。特選句「気立てという美しき言の葉冬日向」。「気立て」という言葉を久しぶりに見ました。私達は、美しい言葉をたくさん持っていますね。美しい言葉、美しい心、時々は触れたいものです。

榎本 祐子

特選句「白南天この世のものとして産湯」。誕生とともに世界を賜る赤子。生まれ落ちた宿命をも感じさせる。白南天の白と産湯が響き合い、無垢な命を寿いでいる。

田中アパート

特選句「家重くなり底冷えの掃除機」。情に訴えることなく即物表現。問題句「雪女おまえ薄情で美しい」。雪女は薄情なのか。雪女を抱きよせたのか。雪女と共に死ぬもよろしいかと。

高橋 晴子

特選句「オリオンの終着駅から赤ん坊」。オリオン、執着駅、赤ん坊、何か今から始まるものを予感させ面白い発想。

稲   暁

特選句「お正月俺はイヌだと悩む犬」。そんな事もあるかも知れないと思わせるユーモラスな一句。不思議な可笑しさに強く惹かれた。

松本美智子

特選句「木枯しが呼び捨てにする影の僕」。木枯らしの吹きすさぶ音の激しさを「呼び捨てにする」としたところがおもしろいと思いました。「影の僕」と木枯らしやそこにあるだろう枯れ木などと対比されて心細さを表現されていると感じました。

三好三香穂

特選句「断腸の海より一転の初日(島田章平)」。昨年は何かあって、マイナスの決断をした。さあ、心機一転、初日を拝み、新たな年へと突入。ダイナミックにして潔い句。

野﨑 憲子

特選句「舞い降りて生きよ生きよと冬の蝶(小山やす子)」。まるで亡き人が冬蝶になって、現世の恋人の前に現れたような一句。兜太先生は、他界と現世は繋がっている、魂は死なない。と話されていました。恋人の分も逞しく生きて行ってください。特選句「忘れない冬の菫と生きた人」。淡々と書かれているが、「冬の菫」が眼目。「冬すみれ」には、一面の枯野のなかで健気に咲き、宇宙と交信しているような不思議な雰囲気がある。「生きた人」にリアリティ有り。冬菫のような佳人が見えて来る。。問題句「いもやしもやけやきいもかゆい」。平仮名表記で余計に痒そうに見える。面白すぎて気になる作品。♡ コロナ第六波襲来で、感染者が激増し、遠出のままならない生活が続いています。厳しい寒さの中、体調不良の方が何人かいらっしゃいます。皆様、御身くれぐれも大切にご自愛ください。♡ 庭の梅の花も一輪一輪と花を咲かせています。春は、そこまで来ています。句会は、言の葉の「お祭り」です。皆様の毎月のご投句を糧に、一回一回の句会を大切に、より熱くふかく渦巻いてまいります。♡「たかが句会、されど句会!」最小単位の句会だからこそできる大いなる何かがあると強く感じています。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。皆さま、ますますのお元気を‼  

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

ゲーム
火葬場の時わかち合うゲームなり
淡路 放生
かたちよきをのこ火をとこ福笑ひ
藤川 宏樹
紅白
紅白にマツケンサンバ強炭酸
藤川 宏樹
紅白の餅色ものより食いにけり
佐藤 稚鬼
地軸
マスク下げ思い切り吸う地軸
藤川 宏樹
火の鳥や地軸の傾きで笑ふ
野﨑 憲子
春よ来い地軸伸び切ったところから
柴田 清子
物干しに鮫京に爆弾低気圧
藤川 宏樹
七階の畳の部屋に鮫待たす
柴田 清子
星の眼のらんらんとあり鮫泳ぐ
野﨑 憲子
補陀落渡海に鮫いる冬スミレ
淡路 放生
小正月
小正月昭和一桁生まれです
柴田 清子
どん底を蹴飛ばしてゆく小正月
野﨑 憲子
女正月漬物石を両手で持つ
淡路 放生
自由題
言の葉は神の手のひら初句会
野﨑 憲子
風花を踊って渡る河口の橋
淡路 放生
どこに居るんだあの寒雷の赤き眼の
野﨑 憲子
水鳥は水の都合を熟知して
柴田 清子

【通信欄】&【句会メモ】

◆訃報◆本会のメンバーだった小宮豊和さんが、かねてより病気療養中のところ、昨年12月28日、82歳で永眠されました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。一昨年、「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』の企画にご参加くださり、「太平洋戦争幻視」の名吟を発表してくださったのが昨日のことのようです。あの時も、ご自身の俳句への熱き想い、そして拘りに、深く敬服し憧れました。群馬県在住だった小宮さんとは「海程」秩父俳句道場でよくお目にかかっていました。ご子息様一家と生活する為に高松へ転居され、2017年4月第72回句会より高松での句会にご参加くださっていました。これからは、金子兜太先生のお傍で、他界句会のメンバーとして活躍されると存じます。「海程香川」も他界句会に負けないよう頑張ります。    合掌

再びのコロナ感染者急増の中、サンポートホール高松へ猛者7名が集い句会を開催しました。直前までうなぎ登りの感染者数を睨み開催の有無を思案していました。事前投句の合評も、袋回し句会も熱く楽しい時間でした。因みに、袋回し句会に関しましては作者の意向で不掲載の句が多々あります。句会の連衆のみぞ知る・・です。(^_-)-☆  次回が、今から楽しみです。

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