第103回「海程香川」句会(2020.02.15)
事前投句参加者の一句
冬の山足音だけの私かな | 河野 志保 |
木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる | 田中 怜子 |
女教師が時にはりんごいじめっ子 | 竹本 仰 |
ヤンバルのみどりが鳴るよ踊りたい | 夏谷 胡桃 |
鮟鱇解く楸邨先生紙と筆 | 滝澤 泰斗 |
モノクロの夢のあわいの冬菜美し | 新野 祐子 |
鐡の蟻は土中からひょと現れ | 豊原 清明 |
黒猫が鳴く淋しい二月二十日 | 島田 章平 |
他界より荒凡夫の声や荒星 | 野口思づゑ |
初夢も身の丈となり猫と居る | 寺町志津子 |
鳥肌立つ原爆ドーム前冬夕焼け | 桂 凜火 |
裸木の骨格わたしには眩しい | 増田 天志 |
菜の花やもやっと背なに翅生るやう | 河田 清峰 |
思想などあくびと同じよ冬日向 | 銀 次 |
暗がりのポインセチアはサロメの血 | 月野ぽぽな |
余寒なほ内耳にジェラシーの微音 | 増田 暁子 |
職人の林檎の歯形荒々し | 小山やす子 |
岸辺には会釈の切れ端春を待つ | 高木 水志 |
ハムレットごっこの遊び春うれい | 重松 敬子 |
まわれ右バレンタインとスキップと | 荒井まり子 |
如月のしじまに陽気なバスが来る | 伊藤 幸 |
春隣 鬼隣 人隣 かな | 男波 弘志 |
姿見を出たがるしっぽ雛の夜 | 三好つや子 |
臘梅に白き陽があり風があり | 高橋 晴子 |
邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声 | 榎本 祐子 |
岩堅く粘土は嘘ばかりつく | 中村 セミ |
凍つる夜の羽音として終電車 | 三枝みずほ |
逡巡の恋アフリカマナティーの気泡 | 大西 健司 |
雪原を行くちちははに影がない | 小西 瞬夏 |
月は雲を雲母(きらら)のごとく凍らせて | 松本美智子 |
謡い初め仕出し弁当平らげて | 野澤 隆夫 |
草臥れてわたしもひとり春の蝿 | 鈴木 幸江 |
見馴れたる景色の中へ椿落つ | 谷 孝江 |
軽トラに屍となる春の鹿 | 菅原 春み |
寒木瓜やしりとりあそびすぐ終る | 矢野千代子 |
行き行きて行き行く心俳句馬鹿 | 稲 暁 |
発火せよわが爪先の冬椿 | 久保 智恵 |
ふくらむや冬芽のような女の子 | 小宮 豊和 |
佐保姫はまだか磐座火になれぬ | 亀山祐美子 |
ソウル梅林冬日に鮫の迷い入る | 田口 浩 |
水底に忘れ物したような二月 | 柴田 清子 |
舞い上がる恋の火の粉や牡丹の芽 | 藤田 乙女 |
僕の八朔水脈の先なる金星は | 中野 佑海 |
鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ | 藤川 宏樹 |
立春大吉免許証を返納す | 稲葉 千尋 |
冬すみれ君の言葉は絆創膏 | 石井 はな |
野を焼くや母の五体も天届く | 漆原 義典 |
さよならも言えず言わずに梅がさく | 田中アパート |
よく歩く祖母で相撲と黄粉餅 | 松本 勇二 |
あふあふ笑う人みな童顔川紅葉 | 野田 信章 |
かなしみはましかく春の星うるむ | 高橋美弥子 |
蛸干しや終生踊る形して | 吉田 和恵 |
着ぶくれて誕生に触れ死にふれて | 若森 京子 |
昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり」2月は兜太先生を思う月。原を「ウル」と読むのですか? ウルフ? どちらにしても、兜太先生のとてつもない大きさを思わせる。月と狼のことしか言っていないので余白が限りなく大きい。
- 豊原 清明
特選句「木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる」木枯らしが映像として見える所が良い。映像が浮かぶから、はっきり形がある。分かり良い。問題句「村中の老いを飲み込む枇杷の花(小山やす子)」村中の老いは社会問題かと思う。老人が増え続ける。お国は更に厳しくする。枇杷の花が美として浮かぶ。
- 田中 怜子
特選句「如月のしじまに陽気なバスが来る」新コロナウイルスでくさくさしている昨今、早く陽気なバスが来てほしいという願いで特選句にしました。問題句「女教師が時にはりんごいじめっ子」どういう意味でしょうか?
- 松本 勇二
特選句「水底に忘れ物したような二月」二月の形容に鮮度あり。
- 榎本 祐子
特選句「見慣れたる景色の中へ椿落つ」日々見慣れた何の変哲もない景色の中に椿が落ちる。小さなきっかけにくらりと世界が変わる。ズームアップの椿が鮮やか。
- 中野 佑海
特選句「はっか飴シーシーぎんねずひかる猫柳(増田暁子)」小さい頃よく買ってくれた、赤い缶に入ったフルーツ飴。白いのに甘い林檎味のと薄荷のとあって、最後に残るのがこの薄荷。でも、勿体なくて最後まで食べた。あの少し辛くて、スースーする。合わせてシーシー。絶妙な表現。拍手!それに合わせて、猫柳のあの開く前のあのなんとも言えないムズムズ感。ウー、薄荷飴。やっぱり年取っても辛い!特選句「神経衰弱指靴下五足(藤川宏樹)」指靴下を履く時、何故か指が違う所に入る。その足が百足のように五足もあったら、何処が一緒で何処が入って無いのか調べるだけで腹がつかえて、頭に血が昇ってどうしようも無いこと限り無し。このうわ~って言う感じを漢字九文字で表しているのがまるで絵のようだ。並選句「五七五季語がじゃまなの七五三(田中アパート)」季語がじゃまと言いつつ七五三と言う季語が。「思想などあくびと同じよ冬日向」高校時代はツァラトゥストラだのショーペンハウアーだのと知ったかぶりして小難しい本をよんだものだ。実は、稲さんに言われるまで、忘れていた。欠伸したら忘れるのは今の私だ。生温い日本に居て、こうやって句会に来られる。有難う我が子よ!「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」お雛様の夜には女達の百鬼夜行が?「邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声」鬼は外と放り出され、車に踏まれ鬼さんご苦労様。節分の次の日は立春です。「存在の耐えざる国の君いだく」世界には虐げる人と虐げられる人が。何方も心に闇が。その闇の心を儘に受け入れてあげられる人に私は成りたい。「冬すみれ君の言葉は絆創膏」心優しい人って凄いよね!言葉が絆創膏だもの。いつも尻尾出しまくりの私は反省しきり。「蛸干しや終生踊る形して」捕まったら最後干されて踊る格好のままずっと一生を終える。これって何の罰ゲーム?
- 島田 章平
「蛸干しや終生踊る形して」「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」二句とも生と死に触れた句。どこか可笑しくそして哀しい。『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の「遊びをせんとや生れけむ。戯れせんとや生れけん。遊ぶ子供の声聞けばわが身さへこそゆるがるれ」がふと浮かびました。生も死も所詮、夢の中。踊り戯れそして消える。終生踊る形をして・・・。
- 若森 京子
特選句「岸辺には会釈の切れ端春を待つ」映画のワンシーンの様な景が浮かび、春を待つ明るさがある。‶切れ端〟の措辞が心理的なものもあり上手いと思う。特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」一読して雛の夜の妖しさがうかがえる。作者にはどうしても姿見に映したくない‶しっぽ〟があったのであろう。それが出たがって仕方ない。ユーモラスな一句。
- 小山やす子
特選句「鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ」 子供の頃父から聞いた開戦の話を思いだし鴨の引く一直線の水脈と電文が重なり切なくなりました。
- 増田 天志
特選句「僕の八朔水脈の先なる金星は」舟を漕ぎ出し、海の果て、水平線より、天空へ渡る。銀河に、動く舟影が、見えたという。センター入試の漢文で、読んだことがある。ポエ厶だなあ。
- 寺町志津子
特選句「裸木の骨格わたしにはまぶしい」春には淡く、夏には濃く、緑の葉が茂り、秋には見事な紅葉に彩られて人目を引いていた木。冬に入り、すっかり葉を落とし、骨太の幹だけになった裸木を目にした作者。寒風の中に、虚飾なく毅然と立っている裸木に、日頃、世俗の概念に捕らわれて右往左往している我が身が、ふと恥ずかしくなり、素の裸木に眩しさを感じた作者。裸木に眩しさを感じ真摯な方に違いない。裸木が季語として良く利いていると思う。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」:「着ぶくれて」の季語から、作者はおそらく年配の方であろう。長く生きてきた歳月。たくさんの生き死にを経験し、人の命への感慨も一入。その境涯感に心打たれた。
- 野澤 隆夫
特選句「木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる」木枯らしを避けて作者は急になりひら邸の角を曲がったのかと。屋敷町の広さと木枯らし。黒沢明の映画シーンが浮かびます。特選句「初夢も身の丈となり猫と居る」若かりし頃の初夢は突拍子もない夢だったのが、今はそれ相応の夢。それが現実と。猫が登場したのがいいです。特選句「職人の林檎の歯形荒々し」作者の視点の鋭さに感心。林檎を齧ったその歯形に注目して作句する人はあまりいないのでは…。
- 大西 健司
特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」何と繊細な感覚なんだろうと、その身体感覚の冴えにひかれた。特選句「よく歩く祖母で相撲と黄粉餅」素朴ながら味わい深い一句。ただ「祖母で」の「で」が不満。「祖母や」または「祖母は」ではどうだろう。あくまでも個人の好みの範疇だが。
- 伊藤 幸
特選句「凍つる夜の羽音として終電車」ポエムですね。宮沢賢治の世界です。何かしら人間の儚さ寂しさも感じ取られます。終電車が効いています。
- 夏谷 胡桃
特選句「野を焼くや母の五体も天届く」野を焼きながら天に昇っていった母を思い出しているのでしょうか。田舎の80代から上の方は、自然と共に生きハッとさせられる魂の美しさを持った方たちがいます。最近わたしは、原始仏教に興味をもちました。中村元先生の本など読んでいます。慈しみという言葉が好きになりました。この句は慈しみの心があると思います。特選句「さよならも言えず言わずに梅が咲く」仕事柄、大好きな人たちにサヨナラを言う暇もなくお別れすることが多いです。年末にひとりの男性が病気になりました。家族が東京なので、わたしが盛岡の病院へ連れて行き、家族の到着を待っていました。検査が長くて、ふたりでコンビニのサンドイッチを食べました。家族が来て引継ぎ、彼は入院になり、手を振って別れました。正月明けに家族から亡くなりましたと電話がありました。手を振ったのがサヨナラだったのか。彼の笑顔だけが残ります。この句を読んで、いろいろな人の顔が思い出が浮かんできました。問題句「軽トラに屍となる春の鹿」屍という言葉が強すぎると思いました。でも、わたしの住む地では当たり前の風景です。死んだ鹿をその場でさばいて、肉をくれたりします。鹿の肉は美味しいです。
- 藤川 宏樹
特選句「蛸干しや終生踊る形して」句会で多数の選が入ったとおり、滑稽にして悲しみある句。これぞ俳諧の味と言えるでしょう。「終生踊る」が効いて干し蛸をズバリ言い切っており、冷たい浜風と潮の香りが届いてくるようだ。
- 石井 はな
特選句「纏足を包むや冬のチューリップ(三好つや子)」昔纏足の方を見掛けた事が有ります。子供心にもその変形した足が恐ろしく、歩くのも儘ならない様子に心が痛みました。あの足をチューリップが優しく包んでくれたらと思います。問題句「冬紅葉日がな眺めつ酒五合」酒五合が気になりました。一人で五合なのですか。句の感じは一人酒ですが、香川の方は一人五合は普通に召し上がるのでしょうか?
皆さんのびのびと句を作っておられる雰囲気がして、読んでいて楽しいです。私も皆さんを見習って、思い切り羽を伸ばした句を作りたいと思います。
- 稲葉 千尋
特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関(吉田和恵)」まいった、やられたという感じ。炎鵬の白い肉体と白い顔まるで寒卵、炎鵬がんばれ‼「美濃紙折り母の寝嵩を憶う冬」は、‶美濃和紙〟でいいのではと思います。
- 滝澤 泰斗
特選句「暗がりのポインセチアはサロメの血」一般的に、ポインセチアはクリスマスのシンボルとして鮮やかな赤と緑のコントラストを想起させるが、これが暗がりにあると確かに鮮やかな赤がやや毒々しい赤色を帯びる。それがサロメの血として見立てられて予定調和を裏切る。この血とは、父ヘロデが娘サロメに、望みがあれば、叶えてやろうと・・・サロメが所望したのは、イエスに洗礼を施したヨハネの首。そして、その首から流れる血で本来、喜ばしいクリスマスが悲しみの奈落へ。17音でありながら、ダイナミックな歴史を見事に切り取った。特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」内耳、ジェラシー、微音が奏でるデリカシーに感心しました。
- 鈴木 幸江
特選句評「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」人が体の芯に寒さを感じ重ね着をする時、意識するにせよ無意識にせよ己が命を守らんとしている自分がいる。着ぶくれるという人の所業に私も命を感じる。大切にしたい感性である。“誕生に触れ死にふれて”の措辞を私は三層に解釈した。一つは仏教的な世界。二つ目は細胞学的解釈。三つ目は哲学的解釈。一つ目、仏教の命を輪廻転生の中に置く一つの代表的な思想を思った。二つ目は、人の身体の中では細胞の誕生と死が同時に起きているという科学的な認識。三つ目は、哲学的に人に与えられている誕生と死を思った。今私は着ぶくれて、この三つの想いを、なんとか自分の中で消化して自分なりに吸収したいと足掻いている。問題句評「纏足を包むや冬のチューリップ」纏足は唐の時代から清の時代まで長きに渡って成された、女性の足の成長を包帯で縛って止めてしまい足の小ささとそれによる歩き方に美とエロスを感じたという奇習である。冬のチューリップも夏場低温処理をして早咲きをおこし、それを愛でるという一種の人工的な美の世界である。纏足とチューリップの形態的な類似性が鑑賞を深くしてくれる。私はこの句に身震いがした。人に潜む魔性と美意識が仲良くなりやすいことに。心に留めておきたい人の傾向として、問題句として、挙げさせていただいた。
- 田中アパート
田中アパートと申します。「海程香川」丸に乗船させていただきました。よろしくお願い申し上げます。尚、特選句&問題句はありません。ただしスカタン(アパート個人の選句名)党としまして、「鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ」を推します。
- 月野ぽぽな
特選句「逡巡の恋アフリカマナティーの気泡」マナティ自身の恋ではないと読みました。マナティーのむっくりした体やその動作のありようや気泡のたゆたいが恋を思わせたのと。ビリビリ切羽詰まったのではない、豊かな達観が立ち上ってきて趣がありました。
- 三好つや子
特選句「春隣 鬼隣 人隣かな」三段切れで句またがりにもかかわらず、リズム感があり、不思議な面白さを放っています。知らぬ間に感染しているかも知れない、コロナウイルスの恐怖も感じられ、注目。特選句「凍つる夜の羽音として終電車」コピーライターに憧れ、広告制作会社に入った私に待ち受けていたのは、深夜におよぶ残業と、終電車に遅れないよう全速力で走ること。そんな若い頃を思い出させてくれる作品です。入選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」小さなからだで大きな力士に立ち向かってゆく姿と、栄養の塊のような寒卵が重なり、惹かれました。入選句「門限に遅れし梟かもしれず」門限を守る梟=冒険をしない生き方って、つまらないと思いませんか?という作者の心の呟きが聞こえたので、共感。
- 高木 水志
特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」余寒と微音の響きが似ているように感じる。耳の奥にある内耳にわずかなジェラシーを感じて、とても繊細な感覚だと思った。
- 柴田 清子
特選句「雪原を行くちちははに影がない」だんだん遠のいていく、父と母の死を雪原でもって、白一色でこんなに美しい旅立ちに。感じ入りました。
- 漆原 義典
特選句「蛸干しや終生踊る形して」蛸干しを見て、終世踊る形という表現は感性の鋭さゆえです。素晴らしい句をありがとうございました。
- 中村 セミ
特選句「蛸干しや終生踊る形して」最近、アカデミー賞で主演男優賞をとった、ジョカーという映画をDVDで見た。簡単に云うとジョカーは捨て子で、ある大富豪のメイドをしていた女に拾われ育てられるのだが、小さい時から何かにつけて、ヒヒヒヒと、怒った時でも悲しい時でも喧嘩を売られた時でも、その笑いが出る。一種の病気だった。母親も少し精神病があり、ジョカーに対して「実はお前は大富豪の子供なのだ」と嘘をつき、とどのつまり、大富豪に会って「お父さん」というところで、母親がおかしい人間だと初めて分り、精神病院に入っていた事もあり、そのカルテを見て、自分の生い立ち、母親の事が分った時、ジョカーがこのシーンでヒヒヒヒヒヒヒという笑い、顔はめちゃくちゃ悲しいのだけど笑う、笑いが止まらない。ここが圧巻!それからジョカーは悪になった。という映画と重なりました。
- 野田 信章
特選句「凍つる夜の羽音として終電車」の句は、裡にこもりがちな凍つる夜の終電車の単調な響きを夜空へ発ちゆく「羽音」として感受する。ポジティブな把握に明日へとつながる情感が伺える。特選句「冬すみれ君の言葉は絆創膏」の句は、たとえ「絆創膏」ていどだとしても君の発した言葉だと肯定的に受けとめるところが小さな命の「冬すみれ」とも響き合うようだ。特選句「水底に忘れ物したような二月」の句は、冬と春の間(あわい)の気分の表白というか、「何か忘れ物したような」と水底を覗き込むものは水温むころの気分の把握の確かさであろうか。
- 吉田 和恵
特選句「雪原を行くちちははに影がない」月の雪原を行く二人という叙情に下五‶影がない〟は、少し乱暴かも。しかし胸に迫るものを感じた。私の母は、九十一歳で健在。亡父の元に行く気があるのかどうかなんだか怪しい。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」生死を達観しているようにも、またその逆のようにも取れ、ざわつきを覚えた。
- 男波 弘志
「大水槽の鱏とまどいの愛深く(大西健司)」囚われの身であっての執着。火宅の中の火宅だろう。 「月桃の花なんて知らないことばかり」ここは琉球王朝、大陸からの文化の交差点。知らないとは、未知そのもの!「冬すみれ君の言葉は絆創膏」だいたい絆創膏など貼る傷は大した事はない。むしろ深手を負う何かを求めている。
- 高橋美弥子
特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」梅が咲く頃のうっすらとしたさみしさが一句に漂う。言おうとして言わないのか、言えないのか。「咲く」を「さく」とひらがな表記にしたところも良いなあと思います。問題句「女教師が時にはりんごいじめっ子」どう読めばよいのか迷いました。女教師が時にはりんご まで一気に読んで、だとしたらりんごといじめっ子の因果関係は何なのかわからず、句の裏側の物語にまで頭が及びませんでした。
- 河野 志保
特選句「職人の林檎の歯形荒々し」きっぱりと言い切って爽やかな読後感。健やかさも伝わる。「職人」の「林檎の歯形」が私には気持ち良く響いた。
- 田口 浩
特選句「霞の奥くれなゐの川ながれをり(野﨑憲子)」この作品を「座頭市」と言えば古いだろうか。つまり、いつ抜いたか、いつ斬ったか、と言うような事。句の意味など(あればの話だが)ポロポロのべるわけにはいかない。無粋である。その上で、春は<霞の奥>がいい。また<くれなゐの川>をヤボではあるが、ひとこと言えば「くれなゐ」は紅花の別称、そして、名香伽羅の一種とくれば、川の流れゆく先は、そう、美しくてイロッポイ。句稿中、「ペン先の走る速さよ雨水くる(重松敬子)」「くしゃみひとつそれでも空のあかるい日(三枝みずほ)」は、読んでいてうれしい句である。
- 新野 祐子
特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」小柄で機敏に動く炎鵬関、初場所を大いに沸かせました。寒卵という比喩、抜群です。入選句「幕尻が勝つことだって大試験」この句も初場所のこと。徳勝龍関の健闘、素晴らしかったですね。あの勝利はけっしてまぐれではないでしょう。気迫と日々の努力の賜物、大試験といえますね。入選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」服を着るのは人間だけ。でも生まれた時は裸、死ぬ時はそれに近い。「着ぶくれて」との対比がおもしろい。問題句「冬の山足音だけの私かな」情景も心情もよく見えてきます。ただ、「私」の後の「かな」という詠嘆はどうかなと思いました。 昨日は、曇空の中、あちらこちらでノスリを四羽も見ました。銀色に近い羽がきれいでした。兜太先生の命日でしたね。兜太先生が飛ばしているように思えたものです。
- 増田 暁子
特選句「モノクロの夢のあわいの冬菜美し」冬の寒さに育ったモノクロの冬菜が夢のあわいのようだ、との作者の感性にびっくりです。特選句「寒木瓜やしりとりあそびすぐ終る」季語と中七下五の素晴らしい調和がなんとも言えず心に沁みます。
- 谷 孝江
特選句「ふくらむや冬芽のような女の子」一読、やさしくて、愛が溢れていて良い句だなと思いました。来年も又、次の年もふっくらと育ってゆく女の子の姿が見えてきます。どうか素敵な大人になって頂きたいですね。日本がずっとずっと平和である様に願うばかりです。
- 銀 次
今月の誤読●「軽トラに屍となる春の鹿」。若者は軽トラに乗っている。荷台には買ったばかりのダイニングテーブルを積んでいる。彼女と同棲してから今日で一年目だ。今夜は極上のステーキ肉を食べよう。若者は左の胸にポンと触れた。手応えがあった。少々ムリをして買ったリングだ。彼は今日、正式にプロポーズをしようと思っている。ラジオからは古いロックが流れている。子鹿はクウと大きく首を伸ばして空を見上げた。大きく息を吸い込んで満足げに吐いた。あたりを見まわした。春なのだ。好物の新芽がいたるところにある。なんていい日だろう。まるでごちそうの山だ。子鹿は新芽を食べながら生きていることを実感した。若者は近道をしようと山道に入った。国道を行ってもいいのだが、少しでも早くうちに帰りたかったのだ。えーと、と考えた。肉料理に合うのは赤ワインだっけ白ワインだっけ。ま、いいか、お店で聞けばいいものな。でもそういうのもこれから勉強しなきゃな。子鹿はアゴを大きく振った。アブが耳元にブンブンと迫ってきたからだ。アブは去っていき、森の静寂がもどってきた。世界は静かだ。若者は思った。いよいよ家庭を持つんだ。赤ん坊も生まれる。カメラを買おう。子鹿はちょっとしたまどろみから目覚めると、鼻先に蝶々がいた。急に愉快になった。子鹿は蝶々を追って駆けだした。若者は彼女と会うのが待ちきれず、アクセルをグッと踏み込んだ。子鹿は蝶々を追うのに夢中になって、山道に飛び出した。
- 桂 凜火
特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」炎鵬の活躍はいつも気持ちいいですが その炎鵬を寒卵破って出たとは楽しい発想です 絵画的な活写が素敵だと感心しました。
- 稲 暁
特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」耳の奥にわずかに残るジェラシーの余韻。季語「余寒」と感覚的に、かつシュールにつながっている。問題句「霰の電車ぱらりぱらりと細胞よ(久保智恵)」:「細胞よ」が分からない。ゆえにとても気になる。霰、電車、細胞。三つの素材の関連性やいかに。
- 菅原 春み
特選句「湯豆腐の白い四角を掬う明かり(田口 浩)」まさに湯豆腐の真髄。おいしそうです。特選句「あふあふ笑う人みな童顔川紅葉」オノマトペがいいです。季語もいいですね。
- 藤田 乙女
特選句「吊し雛縫込められし母の恋(石井はな)」母の凝縮された濃厚な恋の感情が伝わってきました。特選句「くしゃみひとつそれでも空のあかるい日(三枝みずほ)」マスクの高騰、咳トラブル、コロナ感染患者に対応した医療者への不当な扱いなど人間の在り方についていろいろ考えさせられたり、これからの感染の蔓延に不安になったりしますが、この句を読んで明るい気持ちになり、希望を持って毎日を過ごしたいと思いました。
- 竹本 仰
特選句「邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声」豆まきの邪鬼でしょうか、たしかにどんな声を出すのか、その着想面白いですね。われわれの本音にごく近い生々しいものではないか。その生々しい弱さ、それを春の声ととらえる、この辺もいいものがあります。春の声がきれいではなく、けっこう濁った微生物たっぷりなうごめく感じ、いいのではないでしょうか。会津八一に「まがつみはいまのうつつにありこせどふみしほとけのゆくへしらずも」の歌がありました。寺は燃えて仏はその度にいなくなるが、その仏に踏みつけられていたあの醜い邪鬼だけは必ず残っていく皮肉。われわれ人世の真相を痛く衝くようですね。特選句「行き行きて行き行く心俳句馬鹿」小生が海程に入ったその時の動機を言い当てられたような句です。昨年の高松での全国大会でもその感じがありありと感じられました。奥の細道の最後の曾良の句「行き行きて倒れ伏すとも萩の原」に通じる風狂の句、つねにかくありたいと感じる句です。特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」死別には梅が合う、そんな実感を持つことが多いです。この句にもそんな匂いを感じました。桜ほど感情移入をさせない、いつの間にか咲き、いつの間にか散り、その清冽さがいいのか。いいですね。 特選句「かなしみはましかく春の星うるむ」たしかに、かなしみはましかく、です。かなしいほどましかくですね。実感を強く感じさせる句だと思います。なぜ、人間はかなしみをましかくにしか感じられないか?とも、喚起させる、詩的喚起力にみちみちた句だと感心しました。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」年を取るということは、どういうことかな、という詩情でしょうか。答えは言わないけれど、問うことで成り立つ、いい詩だなあと思います。※拙句「女教師が時にはりんごいじめっ子」について、これは昔、中学生の頃、女子のテニス部の顧問の女性の先生から、かなり不当なお仕置きをされ、長年、そのことが疑問であったのですが、ふと、一度だけ或る公式戦で、この先生から悲鳴のような声援を受けた記憶がよみがえり……何というんでしょうか、このどちらも「ああ、やっちゃった」感があり、後から思うと、この先生、けっこう不用意で野性だったと気づかされ、あのナマな感じがこんな句になったかなと思います。すごく個人的で、人間臭い話で、恐縮ですが。
- 三枝みずほ
特選句「逡巡の恋アフリカマナティの気泡」恋も気泡も儚いが、生きているからこそのもの。アフリカマナティの存在感、ゆったりと泳ぐ様、アフリカという地名に独特の世界観と生命力がある。「僕の八朔水脈の先なる金星は」手のひらにあるものは八朔、だが雄大な自然、宇宙との繋がりを感じた。
- 矢野千代子
特選句「見馴れたる景色の中へ椿落つ」落花一輪―音まで感じられます。我家にもおとめつばきが一本ありますが、散るというより悲しいほどいさぎよく落ちる花ですね。
- 野口思づゑ
特選句「職人の林檎の歯形荒々し」屋外で体を張って仕事をしている職人を想像。仕事が一息ついて、林檎を大胆に齧る。「歯形荒々し」でその豪快な食べっぷりが見えるよう。その他「生きること連なることや冬の家」生きることを、連なる、の言葉に捉えた感覚に共感しました。下5の季語もしみじみと効いている。
- 河田 清峰
特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」鏡の中に何かいそうな雛の夜とは?雛の夜だからあり得る。特選句「水底に忘れ物したような二月」忘れ物が二月に効いている好きな句です。
- 高橋 晴子
特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」その心情に開く梅の情緒を感じさせて佳句。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」着ぶくれてに只今の感情が出ていて切ない。問題にもならない句「五七五季語がじゃまなの七五三」ぺらぺら俳句で遊ぶな‼言葉にはその人の全身の重みがある。口先だけなら俳句でなくていいと思うよ。
- 亀山祐美子
特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」雛祭りのために装おう。普段は上手く抑え込んでいるしっぽ(自我)が気を緩めると、出てしまう。白酒には注意しなければ…。狐か狸か、女と一言も言わずに女の一面を捉えた面白い自戒の一句。愉快な佳句。特選句「蛸干しや終生躍る形して」風に吹かれ乾いてゆく蛸の姿干し。ただそれだけなのに、誹諧味のある切ない一句になっているのは、写生の確かさからくるものだろう。絵の後ろにある人生観の伝わる秀句。 私の理解力不足か意味不明の句が多い。俳句として新しい表現だと手放しでは喜べない、詩か散文に近く俳句と呼ぶには余りな一行詩が並ぶ。心を引っ搔くものの、底まで届かない安易さが惜しい。骨太な一句に仕立て上げる技術力不なのか、観察不足なのか、念力(想い)不足なのか。己の作句に対する自戒としたい。
- 松本美智子
特選句「見馴れたる景色の中へ椿落つ」このような感覚に陥る瞬間は日々の生活のなかで「あるある!」と思います。いつもの風景にいつもないものが美しく存在するだけで、何気無い景色がひかりだすようです。
- 小宮 豊和
特選句「冬の山足音だけの私かな」昔よく唄われた歌に「雪の降る町を」というのがあった。知人に新潟の古町を飲み歩いていた男が居たのでうっすらと覚えているのだが、雪の降る町を「思い出だけが通りすぎてゆく」「思い出だけが追いかけてくる」などの歌詞があったように思う。これらのフレーズはやや締めがあまく、決着がゆるく一歩踏みこんだ着地にはなっていないと私はおもうのだが、先に掲げた特選句とは外観はやや似るものの中味は本質的に異る。掲句は厳しく自己を見つめ、自分の足音が無くなったら自己は消滅するのではないかと考えるのではないだろうか、こういう句を読ませてもらうと、読者は「食い足りる」のだ。
- 荒井まり子
問題句「神経衰弱指靴下五足」今、流行っているプチうつ等と神経衰弱とはだいぶ違うが、中七下五が身の内の揺れの姿、形かと面白い句と問題句と微妙です。宜しくお願いします。
- 野﨑 憲子
特選句「ヤンバルのみどりが鳴るよ踊りたい」山原(やんばる)は、沖縄本島北部の、山や森林など自然が多く残っている地域。常夏の緑の中精霊と共に踊りたい!私も、この作品を読み猛烈にヤンバルへ行ってみたくなった。‶鳴るよ〟が抜群に効いている。特選句「ソウル梅林冬日に鮫の迷い入る」‶ソウル梅林〟の響きに圧倒された。ソウルは、大韓民国の首都ソウル特別市であると思うが、‶ソウル〟で‶魂〟を想起し且つ師の「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」と通底していると強く感じた。問題句「岩堅く粘土は嘘ばかりつく」典拠があるとおもうのだが、とても気になる作品。木思石語の世界を見事に表現している。魅力溢れる、‶嘘ばかりつく粘土〟を、今ひとつ飛躍させて欲しい。
「昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり(野﨑憲子)」今年の金子兜太先生のご命日の二月二十日は、三日月の頃でした。先生は原(ウル)という言葉を好まれたと記憶しています。私にとりまして先生のイメージは精霊の王のような‶原狼〟であります。その想いから生まれた句であります。「海程香川」句会も、原「海程」を目指し、ますます熱く渦巻いてまいりたいと存じます。俳句は、世界最短定型詩。短いからこそ表現できる世界を混迷する世界へ!天然自然の内なる声を五七五で発信して行けたらと念じております。削ることにより、ますます多様性を帯びた風が生れてまいります。次回からの皆様の作品を心待ちにいたしております。私たちの心底から噴き上げる熱い言の葉が、地球を包み込む愛の風になりますように切に祈念いたしております。今後とも宜しくお願い申し上げます。
袋回し句会
コーヒー
- 冬の容積空缶転げまくる
- 中村 セミ
- 激論の後のコーヒー風信子
- 島田 章平
- 啓蟄やコーヒー缶を蹴りとばせ
- 松本美智子
- 鳥雲に入る珈琲はブラックで
- 柴田 清子
- 缶コーヒー滅法熱し冬の駅
- 稲 暁
梅
- 百年の梅干祖母の味がして
- 島田 章平
- 文鳥逝く梅と云ふ名のお人好し
- 鈴木 幸江
- 千万の梅につつまれ空へ空へ
- 銀 次
- 白梅は空に紅梅は土に色をつけ
- 松本美智子
三つ子
- 三つ子の風カナリア色の鰭を持つ
- 野﨑 憲子
- 春泥を跳ぶお腹には三つ子
- 柴田 清子
体力測定
- 言葉の体力測定認知症
- 中村 セミ
- 体力測定何周すれば春隣
- 中野 佑海
- 日向ぼこ体力測定パスをして
- 島田 章平
- 白線の反復横跳び余寒あり
- 松本美智子
- 薄氷を踏むやうに体重測定
- 柴田 清子
兜太・たねを
- 詩削るとうたとたねを山笑ふ
- 亀山祐美子
- たね芋の芋の子芋の子ころころと
- 島田 章平
- 逢えるならトラック島の金子兜太
- 柴田 清子
- とうたの選変てこな句の多かりき
- 稲 暁
風船
- 舟の尾をついてくるかや紙風船
- 銀 次
- あの日から無口になつた風船売
- 野﨑 憲子
- 飛んでつた風船は赤靴は黒
- 亀山祐美子
- 破れたる紙風船に風送る
- 松本美智子
- 湯船につかる赤青の風船
- 中村 セミ
- 風船を明日(あす)の空へと放しけり
- 柴田 清子
- 風船を放つや青き空の芯
- 稲 暁
自由題
- 北風を真っ向に受け吾は獣
- 銀 次
- 砂浜に「負けるな」の文字春動く
- 島田 章平
- 鳥が水叩いて春が動き出す
- 柴田 清子
- 嘔吐する泥の冬蝶
- 中村 セミ
【句会メモ】
今回、新たに3人の方が加わり、投句数も162句とこれまでの最多となりました。作品も、お陰様でますます多様性に富んでまいりました。世話人冥利に尽きます。そこで、ご参加の方々のリクエストにお答えし、今回から、袋回し句会は、お題が4題、プラス1題は自由題とし、総投句数は各自5句までと制限を設けてみました。1句1句を各自が吟味して提出し鑑賞してみようと考えた次第です。そして、次回からは、事前投句の出句数も3句から2句へ、締切日も、第3週から第2週へと変わります。ご参加の方々の声を大切にこれからも進化して行きたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
Posted at 2020年2月27日 午後 03:14 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]