第136回「海程香川」句会(2023.02.18)
事前投句参加者の一句
冬旱 ペキペキ剥がれくる絆 | 飯土井志乃 |
春愁や人間よりも猫が好き | 丸亀葉七子 |
春あさく心に色をつけてみる | 上原 祥子 |
天動説でええやん春キャベツの芯 | 増田 天志 |
三月の空を歩いてきた鸚鵡 | 三好つや子 |
星狩りに倦みて大樹は芽吹き初む | 森本由美子 |
大根雪花炊く夜はきつと風が吹く | 柾木はつ子 |
姿見に晴天氷紋に上着 | 十河 宣洋 |
極光に海蛇座の尾昇り行く | 滝澤 泰斗 |
待春や卒寿の母は幼子に | 薫 香 |
落椿ホッと息吐き死んじゃった | 銀 次 |
たくあんのしつぽ五センチ竜天に | 亀山祐美子 |
女医の診る心音足首大寒波 | 高橋 晴子 |
アールグレーの過去の語り部埋火よ | 中野 佑海 |
冬の夜話聞いてる2本の蛍光灯 | 小山やす子 |
目かくしをされし感触兜太の忌 | 津田 将也 |
遠野火や龍のあぎとの目覚めおり | 大西 健司 |
竈猫避妊手術日決められて | 樽谷 宗寛 |
大霜や青人草のしなり立ち | 福井 明子 |
水澄むや楷書のごとしわが生活(くらし) | 佐藤 稚鬼 |
書き癖になじみて万年筆ぬくし | 大浦ともこ |
暫くは見上ぐるままに春の虹 | 川本 一葉 |
ビー玉や数多の色の淑気吐く | 鈴木 幸江 |
老境や水美しき寒の鯉 | 岡田ミツヒロ |
成人式の晴着束の間の邂逅 | 疋田恵美子 |
鳥交る柱時計の狂ひチチ | 小西 瞬夏 |
春立つやなるべく笑って生きようね | 三好三香穂 |
6F023 9011939 0445A | 田中アパート |
身罷れるまでは反戦葱きざむ | 若森 京子 |
良く眠る春の兜太の書は兜太 | 時田 幻椏 |
壁叩く白波の音冬繕う | 中村 セミ |
豆を撒く二つの影が離れない | 河田 清峰 |
白梅や兜太の揮毫脈を打つ | 月野ぽぽな |
つぶさないから酒房なのです春の月 | 淡路 放生 |
その先に海が光りぬ兜太の忌 | 重松 敬子 |
雪降るや故郷の時刻表をもつ | 高木 水志 |
生醤油(きじょうゆ)のつんと釜揚うどんかな | 松岡 早苗 |
笑ったら笑った分だけ春になる | 柴田 清子 |
吊り革の揺れいっせいに春隣 | 稲 暁 |
雪間より椿の紅が生き延びよ | 田中 怜子 |
白みそに餡餅とろり雑煮喰う | 菅原香代子 |
ダイヤモンドダストを纏いダイイン | 新野 祐子 |
ネモフィラは恣咲け赦さない | 山下 一夫 |
薄氷をしんと護りし手水鉢 | 佐藤 仁美 |
あんぱんは二つ遺影に春の風 | 竹本 仰 |
銃身に蔓巻きつける野は春へ | 三枝みずほ |
命つなぐ瓦礫二月の赤ん坊 | 藤田 乙女 |
寒明くる水平線は銀の馭者 | 男波 弘志 |
おくないさま雪の向こうに鈴の音 | 夏谷 胡桃 |
人生の味 古漬けの野澤菜は | 島田 章平 |
ダサく野暮自己流俺らバレンタイン | 藤川 宏樹 |
初釜や妻の着物の薄緑 | 漆原 義典 |
子は帰らず蟹を食いけり小正月 | 植松 まめ |
百罪を熊に負わせて撃ち果たす | 吉田亜紀子 |
筋力がすぐ膝を着くなずな粥 | 川崎千鶴子 |
転生は寒満月の裏側で | 松本 勇二 |
冬赤芽四つならんだ手術痕 | 稲葉 千尋 |
拗ねる子も泣く子もいい子春を待つ | 松本美智子 |
黄水仙寄り道ばかり楽しくて | 山田 哲夫 |
一期一会あとの寂しらはだら雪 | 増田 暁子 |
春深し野良猫と添い寝をしたき日々 | 豊原 清明 |
姑に仕えし頃の遍路旅 | 山本 弥生 |
卓囲み家族で句座や日脚伸ぶ | 寺町志津子 |
春の夜の枕に深き海ありぬ | 谷 孝江 |
谷間谷間にまんさく咲いて兜太亡し | 吉田 和恵 |
栞紐に沈む頁や春の雪 | あずお玲子 |
恐竜の卵ありそう春泥よ | 久保 智恵 |
梅干飾る手相見の眠り癖 | 荒井まり子 |
日脚伸ぶリードの太き秋田犬 | 菅原 春み |
水っ洟も戦果堂々ガキ大将 | 伊藤 幸 |
雪解や日々胎動の昂まり来 | 佳 凛 |
君の窓青き空あり霧氷あり | 桂 凜火 |
鬱の字の二十九画春寒し | 向井 桐華 |
木の芽時再生医療を心にも | 塩野 正春 |
失明の匂いでしょうか冬林檎 | 佐孝 石画 |
赤い目は嘘つきだって雪うさぎ | 石井 はな |
春です。コロナです。石ころのごと飴 | 榎本 祐子 |
霙降る違う匂いのまま夫婦 | 河野 志保 |
ペチカのお部屋より世界に散らす狂気 | 野口思づゑ |
野は冬の水照りウクライナ耐えてあり | 野田 信章 |
水になれただ早春の水になれ | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 増田 天志
特選句「恐竜の卵ありそう春泥よ」。マグマより泥になるまでの時間と、ジュラ紀。春泥に隠れたる時間の奈落。連想の詩的センスに、感動。
- 小西 瞬夏
特選句「栞紐に沈む頁や春の雪」。「沈む」ととらえた情景描写。まるで白いページが雪のようでもある。すぐ溶けてしまうはかない春の雪のような、繊細な内容が書かれてあるのかとその本の内容を想像させる。
- 松本 勇二
特選句「星狩りに倦みて大樹は芽吹き初む」。大景を見事に把握して壮大な句になっています。読むものを溌溂とさせます。
- 福井 暁子
特選句「おくないさま雪の向こうに鈴の音」。雪の夜のあたたかな灯。その先に消え入りそうな鈴の音。耳をさとくして、からだいっぱいで感じる一句。おくないさまは目にはみえないけれど、きっといるんですね。
- 月野ぽぽな
特選句「谷間谷間にまんさく咲いて兜太亡し」。秩父の春の自然の息吹と兜太師の生(なま)の存在が溶け合う代表作、「谷間谷間に万作が咲く荒凡夫 兜太」の本歌取りとして、また師への追悼句として優れていると思います。
- 稲葉 千尋
特選句「生醤油(きじょうゆ)のつんと釜揚うどんかな」。釜揚うどんを食べている情景が「つんと」で見えてくる作者の至福の顔。
- 十河 宣洋
特選句「枕木に雪積む夜の別れかな(稲暁)」。北海道なら枕木の雪は、冬は当たり前だが、四国地方なら多分大雪の時だろうと思う。雪の夜の逢瀬である。二人の時間を甘く過ごした後の大雪。名残り惜しいような別れである。特選句「つぶさないから酒房なのです春の月」。つぶれるのではなく、つぶさない心意気を感じる。コロナ騒動で多くの酒房などが無くなった。さてと出かけたらシャッターが冷たく下りていたという話は多い。この酒房の主に乾杯。問題句「6F023 9011939 0445A」「6F023 1941128 1220P」。問題句になるのを楽しんでいる句。
- 豊原 清明
問題句「霜の声<殺めて何の躾ぞや>(野田信章)」。虐待ニュースについて、何か作品として書こうとしては言葉にならなかったので、この霜の声に同感。特選句「幕下りて鬼女(きじょ)も醜女(しこめ)も福は内(伊藤 幸)」。福は内の行事と思い、中7が面白い。やや川柳的かと思い、上5で俳句。
- 高木 水志
特選句「吊り革の揺れいっせいに春隣」。きっと吊り革の揺れ方は普段でも同じように揺れているのだろうが、もうすぐ春が来るという気持ちが吊り革のいっせいに揺れる様子に重なってくる。
- 藤川 宏樹
特選句「たくあんのしつぽ五センチ竜天に」。沢庵の切れ端が天に上る竜のしっぽという、俳句ならではの見立てがおかしみとなってお見事です。その発想力に感服いたしました。
- 川本 一葉
特選句「目かくしをされし感触兜太の忌」。すごい表現です。気配は感じるのに自分が見えないだけなのか、目かくしはいつまでされているのか、悲しいだけでない親しさともどかしさを切なく現しているとおもいました。もう一つの特選句は「水になれただ早春の水になれ」。ひょっとしたら誰かがお亡くなりになったのかもしれない。冬のものたちが春へと進みゆく早春の祈りのような。春や秋を惜しむ言葉はありますが冬を惜しむ言葉は知りません。この句は冬を惜しみつつも春に託す諸々の希望を感じさせてくれます。水は季節を飲み込んでいます。
- 若森 京子
特選句「目かくしをされし感触兜太の忌」。今の世界情勢を思う時、いつも、もし兜太先生が生きておられたら、どう云われるかしらと常に思う。その心情を〝目かくしされた感触〟と上手に表現している。特選句「銃身に蔓巻きつける野は春へ」。どの戦場にも必ず春がやってくる。「銃身に蔓巻きつける」の言葉に小さな抵抗と希望を含んで好きな一句です。
- 津田 将也
特選句「水に還ります薄氷も母も(月野ぽぽな)」。万物はいつも流転し、変化・消滅がたえない。是、諸行無常なり。「母も」に感慨が及ぶ。
- 伊藤 幸
特選句「その先に海が光りぬ兜太の忌」。二月二十日は兜太忌です。当日は海が光り輝くのではないでしょうか。「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」私は一日中梅を見ていたいと思っています。
- 山田 哲夫
特選句「春近しシーツの皺というオブジエ」。春の到来を感慨深く感じ取っている作者。「シーツの皺」からいずれの感覚器官を働かせて感じ取ったかは書かれていないが、このオブジエから感受出来る作者の感性の新鮮さと鋭さに脱帽する。
- 中野 佑海
特選句「天動説でええやん春キャベツの芯」。天が動こうが地が動こうが、春キャベツの芯にとってはどちらでも良いこと。頭も春キャベツのように柔らかくね。特選句「たくあんのしつぽ五センチ竜天に」。しわしわのたくあんのそれもしっぽでも、一念を込めて何かをなせば、一角のものになれる。頑張れ私の俳句。「冬旱ペキペキ剥がれくる絆」。コロナのマスクで人の絆がだんだん薄くなっている。心も涸れてきている。「春あさく心に色をつけてみる」。春は自分の心を弾ませるところから始まる。「星狩りに倦みて大樹は芽吹き染む」。裸木で星ばかり見ていては寂しいです。心に色を付けましょう。「水澄むや楷書のごとしわが生活」。澄んだ水のごとき清楚な、余計なものの全く無い生活。憧れる。物を買うのは楽しいけれど、そこかしこから、溢れて、取り留め無い我が家を何とかしたい。お片付けの本も溢れています。「水になれただ早春の水になれ」。そうですね。水の流れるごとく。清楚になれたらな。「春立つやなるべく笑って生きようね」。やっぱり人生これが鉄板(「鉄板」は俗語で、定番、間違いないこと)。でしょ。「吊り革の揺れいっせいに春隣」。つり革の皆同じ方に動いているのが、草木皆春を待っている気持とシンクロしている。「動けないのだ根雪の隅っこネグレクト」。親から見放された子の春はいつ来るの?結局、笑って生きるしかない。佑海
- 河野 志保
特選句「谷間谷間にまんさく咲いて兜太亡し」。先生が愛した秩父の早春を思った。「谷間谷間にまんさく」のダイナミックな情景が先生の人柄の大きさとも重なってみえた。亡き師への思慕が切々と伝わる素敵な句。特選句「目かくしをされし感触兜太の忌」。「目かくしをされし感触」という表現にひかれた。師亡き今の作者の心の在りようがみえる。また戦争が続く世界情勢を考えれば、俳句と平和を発信し続けた師の不在を改めて感じているのではないだろうか。
- 三枝みずほ
特選句「拗ねる子も泣く子もいい子春を待つ」。拗ねたり泣いたり、一度始まると長い。早く切り替えてほしい親、とにかくそうしていたい子。解決策を言ってみたり、突き放してみたり、抱きしめてみたりと、どれが正解なのかわからないが、そうやって春を待ちたい。この作者の眼差しに感銘を受けた。
- 鈴木 幸江
特選句評「失明の匂いでしょうか冬林檎」。この作品は、さりげなく想像することによって起きる、様々な気付きと感情の大切さを教えてくれている。例えば、失明するとはどういうことだろうか、とか。②その時、聴覚ではなく嗅覚がより敏感となってゆく可能性があることを気付かせてくれた。?それが冬林檎。少し季節外れだが香り豊かな日常生活に馴染んでいる果物。きっと平凡で当たり前であったことに視力が失われてゆく過程で、その存在の有難さに改めて気が付いてゆくのだろう。生きものの生命力にある本来性の様々が伝わってくるいい作品だ。
- 樽谷 宗寛
特選句『春ここから「海程香川」のウインドウ(岡田ミツヒロ)』。素晴らしい、お句に実感しました。野﨑様の変わらぬ笑顔と生きいきした句会、まさにここから春を発信。ウィンドウがよい。質問です。春ここからは、春はここから?楽しい選句ありがとうございました。野﨑様と句友に感謝致します。くる者こばまずのウィンドウに拍手です。
- 植松 まめ
特選句「寒明くる水平線は銀の馭者」。春の予感を水平線は銀の馭者と詠まれた表現力に脱帽です。特選句「大根雪花炊く夜はきつと風が吹く」。冬の寒い夜母も雪花という豆腐を入れた煮物を作ってくれた。必ずしも母との関係は物の考え方の違いからギクシャクしたこともあったが、やはり母は母である。雪花炊く夜はきっと風が吹く 母を想う冬の夜である。 本文
- 松本美智子
特選句「木の芽時再生医療を心にも」。科学の進歩によりいろいろな疾病も難病も解明され治療の道が示されつつあるようですが、人類の努力と英知をもってしてもなかなか人の心については厄介で一筋縄でいかないものです。「木の芽時」の季語も12音のフレーズによくあって取り合わせとして成功していると思います。
- 榎本 祐子
特選句「老境や水美しき寒の鯉」。寒の内の透き通った水の底に鯉の姿が見えている。肌の滑りを感じさせる紡錘形で、静かにとどまっている。それは老境の艶のようでもある。
- 川崎千鶴子
特選句「冬木星しずかに赤子伸びあがる(津田将也)」。「冬木星」は「冬木の星」と解釈しました。枯木の間から星がピカピカ輝き、その様子を春の目覚めのように、赤子がゆっくり伸びあがっているのが見てとれます。素晴らしいです。「吊り革の揺れいっせいに春隣」。草の芽、木の芽の春のざわざわ感と鳥や動物の春の喜びがつたわって来ます。春への躍動感が「吊り革の揺れ」で斬新に切り取られています。素晴らしいです。
- 桂 凜火
特選句「雪間より椿の紅が生き延びよ」。椿の紅が鮮明で、せつないです。エールとして美しく力強い感じが伝わります。
- 田中 怜子
特選句「命つなぐ瓦礫二月の赤ん坊」。驚きましたね。胎盤がつながったまま生き延びた赤ちゃんの生命力の強さ。希望の命ですね。現状は誘拐する人たちがいるとか、欲のからんだ動きもあるようですが。また、シリアの反政府地区の赤ちゃんですから、運命はいかに。特選句「竈猫避妊手術日決められて」。飼い主に生殺与奪握られている猫ちゃん、あなたのあずかり知らないところで、こんなことが決められているんですよ。かわいそうではあるけれど・・・・
- 森本由美子
特選句「天動説でええやん春キャベツの芯」。世の中ショッキングなことだらけ。ついこんな言葉も口をついて出る。<春キャベツの芯>が定型ハズレを支え、作者の心境を代弁している様に思われる。特選句「野は冬の水照りウクライナ耐えてあり」。今回ウクライナに関しての句は2句。両国の死者の数を考えると、人間の業をどう考えれば良いのか。考えることに疲れている人もいる。
- 中村 セミ
特選句「失明の匂いでしょうか冬林檎」。失明に匂いがあるのなら、冬林檎のような甘く漂う女性にセンチメンタルをかんじてしまう。それから、僕は何かに、失明を,覚えてしまう。柔らかな感性の,中学生の男の子の、ように。とってなかったが、「春の夜の枕に深き海ありぬ」。もよかった。睡眠を司る枕によって海の色がちがうなら、7つ、枕を,揃えよう。夜は深い海で何かを探査してゆくのだろう。限られている時間そうありたい。「6F023 9011939 0445A」。の暗号を,僕は知っている。あれは、たくさんの薬に付けられた番号で0445Aは,総角19なので、死を意味する薬最後に,飲みなさいということを、いっている。作者すらこのことは、しらないのだ。
- 野田 信章
特選句「悴んで見知らぬ猫と目を合わす(夏谷胡桃)」。寒の朝の野良猫か、出合いの一瞬の切り取り方が簡潔で、生きもの同士の交感を宿す句柄となっている。特選句「泣いたことある人ばかり草の餅(男波弘志)」。境涯というそれぞれの立場で生き抜いてきた人たちの来し方の厚みのある句柄である。所謂、境涯詠にありがちな重っ苦しさがない。ここに在るのは一つつまんでみたくなる草餅そのものである。二句ともに土着感のある句である。
- 三好つや子
特選句「群衆の中で海鼠という進化」。この句から、得体が知れないものへ変化していく現代人を感受。「群衆の中で」という言葉が、作者の思いにインパクトを与え、興味がつきない。特選句「冬木星しずかに赤子伸びあがる」。一生分の力がぎゅっと詰まった若い生命体が、ゆっくりと芽吹いていく様子を、詩情豊かに詠んでいる。「谷間谷間にまんさく咲いて兜太亡し」。まんさくの花のまばゆい光に、兜太先生をしのぶ作者に共感。「帳面を合わせ二月の寿老人」。シリウスに次いで明るい星、カープスは中国では老人星とも呼ばれ、好運を授けてくれるとか。たぶん兜太先生は星となって私たちを見守っている、そんな気にさせる句だ。「冬赤芽四つならんだ手術痕」。大変な手術だったんでしょうね。冬赤芽の季語が、そのことを生々しく語っていると思う。
- 時田 幻椏
特選1「春近しシーツの皺と言うオブジェ(森本由美子)」。目覚め蠢き出し、動き出す春。シーツの皺をオブジェと即物化するエロティシズムを頂く。特選2「拗ねる子も泣く子もいい子春を待つ」。優しく跳ねる韻、童謡の宜しさ。特選3「冬の夜話聞いている二本の蛍光灯」。貧しき日常の二本の蛍光灯が冬の夜話を聞いている、極めてリアルな情況描写。問題句、三句。「群がる蠅情報と言う人の糞山田哲夫)」。仰る通り。「水っ洟も戦果堂々ガキ大将」。大仰な言い様楽し。「赤い目は嘘つきだって雪うさぎ」。雪兎はどんな嘘をつくのだろう、ついたのだろう?
- 河田 清峰
特選句「白梅や兜太の揮毫脈を打つ」。真似の出来ない力強さがまさに脈を打つようです。
- 野口思づゑ
特選句「身罷れるまでは反戦葱きざむ」。単に一生とせず、身罷れるまで、と自分が生きている限りとの強い意志が感じられる。葱を刻むのは地味な作業であるが刻み葱は大切な薬味。作者は、命ある限り淡々と気負わず反戦の態度を貫かれる事でしょう。特選句「水に還ります薄氷も母も」。「水澄むや楷書のごとしわが生活」。見習いたいです。「姑に仕えし頃の遍路旅」。ご苦労されたのだろうかとしみじみ思います。「卓囲み家族で句座や日脚伸ぶ」。微笑ましいご家族です。
- 大西 健司
特選句「薄氷を指でなぞりつ師に会いたい(佐孝石画)」。薄氷を指でなぞる行為はどういうことだろうと疑問に思いつつ、「師に会いたい」という独白が心にしみてくる。その隣の「その先に海が光りぬ兜太の忌」この句との相乗効果も多分にあるのだろう。
- 寺町志津子
特選句「その先に海が光りぬ兜太の忌」。兜太師への敬愛の念は、師の没後もお姿は見えねども渾然とした光となって心に宿り、一層の敬愛の念を抱いておられる作者のお心。きっと、句作に一層のお力を注がれることと思います。心から共感致しました。「暫くは見上ぐるままに春の虹」。実感です。先年、伊豆の小さな峠で春の虹を見ました。惹き付けられて目が離せませんでした。その感激が蘇ってきました。「一期一会あとの寂しさはだら雪」。生涯にただ一度限りまみえた寂しさをはだら雪と取り合わせた詩的の妙に感銘しました。
- 柴田 清子
特選句「水になれただ早春の水になれ」。早春の水だけに焦点を合はす。跳ねるような喜びであったり、深い愁ひであったり、早春の水音が、読み手に語りかけて来る。
- 塩野 正春
特選句「身罷れるまでは反戦葱刻む」。葱をひたすら刻み、時に涙して葱のせいにして今逝こうとしている人を慈しむ。思い出は数々、中でも戦後の修羅場をかいくぐり生き抜いて反戦を誓い合った、が、ウクライナの戦禍を目の当たりにして反戦のみの心が徐々に薄らぎ、何かあったら守るために立ちあがらねばという思いが湧く。葱を刻む。悲しみの中に強さを見せる句と思う。特選句「命つなぐ瓦礫二月の赤ん坊」。作者はこの2月14日のトルコ・シリア大地震を予感されていたのでしょうか? この地震は今や4万人以上の死者を数え、被災者は数千万人にも上るといわれる。72時間過ぎた瓦礫の中から一人の子供が助け出され、救助隊員は諦めることなく、一人、また一人と助け出している。 助け出された人たち、助けた人たち、その刹那に生まれた赤ちゃんが次の世を繋ぐ。 地球は美しい。守らねばならない。戦争に命を費やしている場合ではない。問題句:今回の投句でアルファベット+数列の羅列がありましたが作者はどんな思いを伝えたかったのか是非知りたくなりました。じっと数字を見ていると確かに瞼に浮かぶものがあります、が、具象的でないイメージです。前衛的絵画、筆跡があるように、俳句にもありと思いますしヌーベルバーグ的な盛り上がりに発展する可能性があります。これは俳句という概念から離れた“前衛“哲学になってしまい、美しい日本語(あるいはその他の言語)から離れてしまいます。 私が仮に投句するとしたら、終わりのない無理数とか寿限無寿限無などでイメージを伝えます。更に文字でない写真、絵画、三次元立体像、動画などとてつもない広がりを見せます。A4一枚二枚に描けるものでなくなります。こんなことを考えると俳句にも明確な定義とルールがあればと願っています。
- 佐孝 石画
「星狩りに倦みて大樹は芽吹き初む」。冬の間、大樹は星を狩っているという幻想は、大いに惹かれるところである。「星狩り」という大胆な言葉詰めも切れ味抜群。ただ、芽吹き初むの「初む」に蛇足感、説明感が伴う。上五中七の密度に対し、下五は芽吹くかなくらいで余白を残した方が句のスケールが広がったのではないかと惜しまれる。好きな世界だけに、作者の脚色を抑えて、風を通して欲しかったところ。「泣いたことある人ばかり草の餅」。泣いたことぐらいみんなある。しかし、作者はここにいる人達は「泣いたことある」と実感するのだ。自分と同じいたみ、かなしみを共有すると。その直感、実感に妙な説得力があった。下五の「草の餅」という即物感が、上と中の句のモノローグに輪郭を与えている気がする。人間の五感を呼び覚ます季語の力ここにありという感じか。「霙降る違う匂いのまま夫婦」。違う匂いのまま夫婦となんて優しい関係なんだろうと思う。
- 夏谷 胡桃
特選句「竈猫避妊手術日決められて」。野良猫を拾ってきたのでしょうか。飼うためには避妊手術をしなくてはいけません。それはペットを飼うもののつとめなのですが、動物の本能を取ってしまう横暴な人間たちなのでした。特選句「日脚伸ぶリードの太き秋田犬」。小学生の頃、なぜか放し飼いにされていた秋田犬がいました。大きくて優しい犬で、子どもたちが学校に行くのを校門まで送ってくれました。帰りも待っていました。いまでは信じられない田舎の風景です。この句の犬は太いリードでつながれ、散歩を喜々と喜んで尻尾をあげているでしょう。日脚が伸びれば散歩の時間が長くなるかもしれません。犬だって春の兆しがうれしい。秋田犬はストレスがなければ、ほんとうに穏やかでお利口さんです。
- 岡田ミツヒロ
特選句「銃身に蔓巻きつける野は春へ」。武器は捨てて陽春の野山へおいでよ、自然の声を感取した一句。特選句「寒明くる水平線は銀の馭者」。「銀の馭者」がメルヘン風で楽しい。水平線の後から春の色んな顔が馬車に乗ってやってくる様が見えるようだ。→岡田さんの作品『春ここから「海程香川」のウインドウ』に<色とりどりの「海程香川」の俳句はまさに春のショーウインドウ>の添え書きがありました。至言です。大きなエールをありがとうございました。
- あずお玲子
特選句「百罪を熊に負わせて撃ち果たす」 。人を襲う熊であれば撃ち殺すこと致し方なし。道具を持ってしまったヒトの所業をこうも端的に表現出来ることに驚くばかりです。特選「霙降る違う匂いのまま夫婦」。一時「卒婚」という言葉が巷に賑わったことを思い出しました。二人が全く同じ方向を向いている必要はなく、それでもそれなりに上手く続いている夫婦は沢山いるなと。雨でも雪でもなく霙が効果的に響いていて、中下のリズムのあるフレーズに惹かれます。
- 銀 次
今月の誤読●「春の夜の枕に深き海ありぬ」。わたしの枕は海である。これは決して比喩ではなく、ほんとうに海なのだ。穏やかな水のたゆたいが枕の形に盛り上がり、下のほうでは海藻がゆらめき、なかには小魚や貝などが行ったり来たりしている。こんなものがいつからあるのか知らない。たぶんだれかからの贈り物だと思うが、古い話なので忘れた。わたしはこの枕が大のお気に入りで、もう何十年も使っている。なにしろ快適このうえないのだ。夏はひんやりとして心地よく、冬でさえ生暖かくちょうどいい温もりを保っている。わたしは毎夜、ころあいが来ると頭をその枕に休めて、両手をその下に組んで、もの思いにふける。外の世界は夜のとばりに包まれている。だがわたしの頭上には満天の星空が広がり、月の光に満たされている。耳には波の行き交う音が静かに、そして規則正しく聞こえている。こんな極上の眠りがほかにあるだろうか。だが海だ。ときにはシケることもある。荒波が押し寄せ、わたしの頭を大きく揺さぶり、眠りをさまたげる。そんなとき、わたしは枕をギュッと抱いて、口のなかで「大丈夫、大丈夫だよ」といってやる。枕は苦しそうに激しく身悶えし、フウフウと荒々しい息を吐く。わたしはまるで泣き止まぬ赤子をあやすように、トントンと枕の背を叩いてやる。もうひとりのわたしがいう。「もういいだろ。そんな枕ほうっておけばいいじゃないか。明日も仕事だ。眠るほうが先だろ!」。わたしは答える。「ねえごらん、黒雲の向こうにほんの小さな青い空が見えるだろう。いまはあそこを目指してるんだ。わたしにはわかっている。おさまらない嵐はないんだ。それまではこうして一緒にいてあげなきゃね。だってわたしは舟なんだから」。
- 山本 弥生
特選句「春立つやなるべく笑って生きようね」。八十路の私共には一日に十回くらい笑うのが健康法と諭されても、なか?実行出来ない。今年は春を迎えて少しでも笑って生きたいものだ。
- 佐藤 仁美
特選句「拗ねる子も泣く子もいい子春を待つ」。みんないいこなんです。大人の都合で、悪い子と決めないで!特選句「黄水仙寄り道ばかり楽しくて」。寄り道に新しい発見や、出会いあり。回り道にもです。人生に無駄はないですね。
- 大浦ともこ
特選句「大根雪花炊く夜はきっと風が吹く」。寒い夜にいただく大根雪花は格別に美味しいし、そんな夜はきっと風が吹くに違いないと思える。一句のなかに雪、花、風が含まれているのも楽しいです。特選句「待春の炒り玉子入れキンパ巻く(松本美智子)」。炒り玉子の優しい黄色が待春という季語と響き合っていて、美味しそうなキンパの映像がぱっと浮かびます。キンパの文字も新鮮です。
- 淡路 放生
特選句「失明の匂いでしょうか冬林檎」。「キャベツの芯」と「冬林檎」。特選をこの二句から取ることにした。どちらもいい作品だが療養の身の、今日はこの句を選んだ。作品の奥行から鋭さとしっとりしたものを感じられるし、巧さに意表をつかれた。「天動説でええやん春キャベツの芯」。春キャベツの「芯」までいいきって、「天動説でええやん」が新鮮である。方言が生き生きと響いてこないか・・・・。「泣いたことある人ばかり草の餅」。人間の弱さと、草餅の香りと甘さの対称を直に感じる。「吊り革の揺れいっせいに春隣」。省略の巧みさ、春の明るさ・・・・。「春近しシーツの皺というオブジェ」。「シーツの皺」と「オブジェ」の組合せがまさに「春近し」である。こう詠まれると季語の中の寒さが身体に感じられる。
- 疋田恵美子
特選句「ダサく野暮自己流俺らバレンタイン」。仲間先輩に感謝をこめて、日頃口に出せないことも、この時ばかりは気持ち満杯。特選句「拗ねる子も泣く子もいい子春を待つ」。拗ねたり、泣いたり、笑ったり、子供は、とても可愛い。
- 谷 孝江
特選句「泣いたことある人ばかり草の餅」。この句に説明なんかいりません。嬉しかったこと、辛かったこと、口先だけで言い表されない様々な思いが、思い入れが人生の出合いが一杯に詰まっています。下五の「草の餅」がすべてを語ってくれています。戦前、戦中、戦後と生きて来た私には我身のこととして受け取れます。佳いお句拝見させていただきありがとうございます。
- 男波 弘志
特選句「豆を撒く二つの影が離れない」。この句を採れるか採れないかは、二つの影をどう読むかにかかっている。豆撒きをしていた兄弟、親子、そうではあるまい。子供のころ野遊びをしていて還ってこなかったあの日の影法師、二つのうちどちらが自分の影法師だろうか、間違えれば二度とは戻ってこない影法師。謎解きは永遠に続いている。「とてもいい問である風水仙に(竹本 仰)」。風が何処まで効いているか、そこがまだわからないが、問いを句に仕立てた手腕は見事である。「水になれただ早春の水になれ」。薄氷が水にかわってゆくこと、そして水が水になる早春。生きることに没入している。
- 薫 香
特選句「薄氷をしんと護りし手水鉢」。薄氷を手水鉢のがっしりとした石が護っているとの感覚が素敵だと思いました。そんな風に眺めたことが無かったので新鮮でした。特選句「栞紐に沈む頁や春の雪」。栞紐を挟んだページで止まっている物語。読もうかどうしようか迷いあぐねていると、春の雪が降ってきた。そんな感じでしょうか?私の横には積読の本がミルフィーユの層のごとく積みあがっています。
- 滝澤 泰斗
特選句「冬旱 ペキペキ剥がれくる絆」。一読して、感覚的に胸に落ちたので特選としました。大切にと思っていた絆も時を経て、まさに、干からびた虚飾ともとれる外観が剥がれて行く・・・季語も生きた。特選句「身罷れるまでは反戦葱きざむ」。何はともあれ、一生をかけて反戦を心に刻む。日常に埋もれまいとする明確な意思を感じた。「枕木に雪積む夜の別れかな」。こんな別れもあった・・・わたしにも。『柊を挿す「戦禍の中の俳句」』金子先生が生きた戦禍に、どんな思いで句を作っていらしたか、もっと直に伺いたかった。「星狩りに倦みて大樹は芽吹き初む」。大自然の切り取り方に感心を寄せました。「待春や卒寿の母は幼子に」。私の母もそうだった。私もそうなって行くのだろうか。身につまされた。「凍蝶やエゴン・シーレの世紀末」。若いころ、ウィーンでこの作家の絵を見て以来、ウィーンといえば、シーレとクリムトとボシュ。『春泥に「ウ軍」の轍幾条も』単純な比較はできないが、地球儀を回してロシアとウクライナを見る。大国ロシアのエゴむき出しにNATOが助太刀の図ではあるが、誰もこのエゴを止められない・・・国連の常任理事国が表に出てきてやる戦争は厄介だ。まさに、身罷れるまで反戦を言うしか手立てがない。「春の夜の枕に深き海ありぬ」。出張から戻り、体調を崩していた。熱にうなされ何度も夢に深淵な海が出てきた。「鬱の字の二十九画春寒し」。まさに、うすら寒さを具体的に示した着眼点がお手柄。
- 菅原 春み
特選句「芽起こしの雨や蛸壺動くかに(河田清峰)」。情景がありありと浮き上がってくるようです。春の訪れで明るくなっていくような。特選句「野は冬の水照りウクライナ耐えてあり」。耐えているウクライナに 冬の水照りがなんともあっています。はやく平和が訪れますよう。
- 漆原 義典
特選句「風花やすべってころんで目に花火(新野祐子)」。風花と、目に火花、の取り合わせがおもしろいです。私の住んでいる香川県のように、雪がほとんど降らない地域の人々の、雪に対する思いですね。くすっと笑うおもしろい句をありがとうございました。
- 松岡 早苗
特選句「銃身に蔓巻きつける野は春へ」。反戦の句でありながら、「蔓巻きつける」という生命のやわらかさや、「野は春へ」という明るい息吹が表現されていて、好きな句です。特選句「栞紐に沈む頁や春の雪」。作者はきっと読書好きの方なのでしょう。本を閉じたときの余韻や、読後に自分の中で静かに思いめぐらす時間が、「春の雪」を美しく豊かに輝かせているようです。
- 佳 凛
特選句「白梅や兜太の揮毫脈を打つ」。白梅の凛として人を寄せつけない気高さ、それにも増して兜太の墨痕鮮やかで人を圧倒する迫力、作者の心に今も影響を与え続けている。羨しい限りです。
- 竹本 仰
特選句「水になれただ早春の水になれ」。いいですね、このリフレイン。多分、自分に言い聞かせているのだと思いますが、それにしてもこう爽快に来られると、爽快にいかなくちゃ、という気分にさせられる。これこそが早春だ。すごいミスマッチの感覚かもしれませんが、ランボーの「谷間に眠るもの」という詩を思い出しました。特選句「おくないさま雪の向こうに鈴の音」。四年前だったか、岩手県の知り合いの方に昔の民家に案内していただいた時、床の間の一角を指して、多分ここにオクナイサマなどが祀られていたんでしょう、という言葉が思い出されます。民間にずっと伝えられてきた神様のようで、『遠野物語』にもあったなあと気づきました。厄除けなどしてくれる家の守り神で、それとははっきり分らぬものの、ああ、あれはオクナイサマの行いだったのかと後からわかるような目立たぬ神様のようで、ごく自然に家にいたようです。本当にそれとなく春の足音をオクナイサマのいる感じの向こうに感じたのだと思います。本当にかすかな有るか無きかくらいの鈴の音だと思いますが、たしかな気配です。特選句「一期一会あとの寂しらはだら雪」。この一期一会は、死別があってのことばなんだろうなと思いました。たまたま昨年の十一月の終わりに十年ぶりの同窓会がありましたが、さすがにこの十年の間、何人か亡くなり、特にその一人は小さい創作研究会という同好会で一緒に遊んだ仲だったので、その時初めて知りぐっと来るものがありました。東京のテレビ局で活躍していたのは知っていましたが、かなり闘病生活が辛かったという話も聞き。あの、お互いにわけのわからないショートショートなど書きなぐっていた、あれが一期一会というやつかと茫洋した気持ちになりました。そのことを思い出し、読んでいました。 ?まだまだ寒い日があります。みなさん、くれぐれもご自愛ください。今後ともよろしくお願いします。
- 吉田亜紀子
特選句「竃猫避妊手術日決められて」。この句に登場してくる猫を「竃猫」と表現していることで、どれほど愛されている猫か、スルリと解った。下五にある「決められて」という言葉によって、少し、ドキッとさせられる。そしてそれは、人間側と猫側の心情を、ありのままに表現した、素直な句の結果なのである。特選句「霙降る違う匂いのまま夫婦」。人は、暮らし方、生き方によって、個性とも思える「匂い」、香りを一人一人持つ。そして、「匂い」は、「嗅覚」ともいい、それは、匂いの刺激によって起こる感覚でもある。この句は、夫婦の形を嗅覚という感覚で表現した句だ。夫婦とは、それぞれの「匂い」を持ちながら、愛し合い、「匂い」を混じらせる。ある時には、それぞれの生活の中で、相手の「匂い」に安堵したり、憂慮したりすることもある。そして、「匂い」は、次第に、夫婦という関係を経て、変わってゆく。その感覚的な経緯を、「霙」という季語によって、視覚もプラスして、表現している。雨と雪が混じり合いながら降っている。夫婦というその存在を、繊細かつポエジ性高く表現している一句だ。
- 重松 敬子
特選句「老境や水美しき寒の鯉」。良い歳を取られているのでしょうね。理想です。なかなかこうはいきません。
- 山下 一夫
特選句「大根雪花炊く夜はきつと風が吹く」。調べてみると大根の雪花煮は香川県の郷土料理とのこと。薄く切った大根をだし汁で煮て仕上げに崩した豆腐を乗せるシンプルな料理、彩として千切りにした人参を加えることもあるそう。実は、当地山口県の郷土料理にも似たものがありますが、香川県では大根を短冊に切るところ、当地ではいちょう切りで醤油やみりんも加え ます。その名は「けんちょう」と野暮ったい。香川県の方の形容は何と優雅なことでしょうか。掲句は、全体にすっきりとした美しい言葉遣い、風土と対になった季節感が印象的です。特選句「冬の夜話聞いている2本の蛍光灯」。静かな冬の夜、談話の合間の沈黙毎に、蛍光灯が発するジーという耳鳴りのような音が聞こえるということでしょうか。切れかけてちらちらしているわけではない と思われます。「聞いている」と擬人的に扱ったことで、話者を取り巻く静謐さや隔絶感が一層際立ったようです。蛍光灯は白熱灯に比べて無機質な印象を持っていましたが、瞬時に点いて音もなく瞬きもしないLEDに比べるとずいぶんアナログで人間味さえ感じると気付かせていただきました。 問題句「まめ撒けば転ぶ人生足元に」。「まめ撒けば転ぶ」で切れるかとも思いましたが、そうすると二句目がわからない感じなので、やはり「人生」に掛かるのでしょうね。そこまでは、厄払いをしてもそのことで転んでしまう人生というような嘆きとして理解できます。しかし「足元に」がわかりません。「まめ」に転ぶとして、それは「足元に」あるはずなので、意味は通るのですが、どうも繋がりが悪い感じです。「足元に」あるということは、福は内と言って屋内に撒いた豆かとも思われ、それに転んでしまうというのだとすれば、ウイットやペーソスが醸されるのですが・・いっそ「石のごと」とするのはどうでしょう。ライク・ア・ローリングストーンです。
- 田中アパート
特選句「春立つやなるべく笑って生きようね」。へへら、へへらと、かかりつけ医師のツラみて笑って坐っていたら、頭ナデナデしてくれて、胃薬くれた。名医だ。特選句「笑ったら笑った分だけ春になる」。かかりつけ医師のツラみて、だまって坐っていたら、精神科にまわされた。名医だ。(ダマツテ坐レバ、ピタリトアタル)「値段見て置き直しをり春いちご」。イチゴなど食わぬことだ。見るだけ見るだけ。
- 稲 暁
特選句「鬱の字の二十九画春寒し」。私は一年あまり前から精神科の世話になり抗うつ剤を飲み続けているので、この作品の言わんとするところがよく分かるような気がします。作者はうつ病の経験者がよき理解者だと思います。
- 新野 祐子
特選句「目かくしをされし感触兜太の忌」。小さい頃、目かくしをしたりされたりして遊んだことがあるけれど、せつなかったなぁ、私には。作者はどう?兜太師と取り合わせているけれど?一番引っかかった句でした。「パンジーの一日がある日蔭かな」。いとけなき生きものの一日ひいては一生を愛惜の目で詠んでいるのに感銘を受けました。「野は冬の水照りウクライナ耐えてあり」。湿地の広がるウクライナ。冬はさぞ光に満ちていることでしょう。戦下にある厳しさ、悲しさがいやというほど伝わってきます。
- 亀山祐美子
「過去帳に見知らぬ名前鬼やらひ」。色々妄想を巡らせ楽しませて頂きましたが「過去帳」「鬼やらひ」が付き過ぎて特選にはできませんでした。問題句「6F02390119390445A」「6F02319411281220P」は俳句ではありません。ひらがな書きの時は「もこもこ」「ころころ」「がちゃがちゃどんどん」「もけらもけら」などで有名な元永定正の絵本を思い出しそれなりに楽しめたが今回の判じ物は俳句ではありません。クイズです。
- 藤田 乙女
特選句「その先に海が光りぬ兜太の忌」。日輪に照らされたどこまでも広がる広大な海、師を慕う多くの人たちの深い思いと句を追求する方々の限りない希望を感じる句でした。特選句「君の窓青き空あり霧氷あり」。青春のような希望や透明感、純真な思いが伝わってきて、とても清々しさを感じる句でした。
- 三好三香穂
「水になれただ早春の水になれ」。万物の源は何でしょう?地球という星は水の星。空から山にポツリ、それがやがて川になり海に注ぐ。早春の水は清らか。そんなニュートラルな存在でありたい。「身罷れるまでは反戦葱きざむ」。反戦を生涯貫く。しかし、独裁者が一旦始めてしまった戦争には、世界中の人がそう思っていても、声を上げても、国連も機能しなく、無力です。葱を刻むに象徴されています。しかし、意思は反戦。「笑ったら笑った分だけ春になる」。実は私、笑いヨガのリーダーです。ワハハと笑い飛ばせば、免疫力アップ!病気なんか吹っ飛んで、梅は咲いたか、桜はまだかいな。「春近しシーツの皺というオブジェ」。縮こまって寝ていた冬。暖かくなると、夜の寝返りも、ダイナミック。かくて、オブジェのようなシーツが生まれるのです。シーツ芸術なる分野ができるかも。
- 石井 はな
特選句「待春や卒寿の母は幼子に」。卒寿を迎えたお母さんが幼子のようになってしまった。悲しい気持ちも悔しい気持ちも有ると思いますが、しみじみとお母さんへの労りと愛が伝わります。
- 小山やす子
特選句「水澄むや楷書のごとしわが生活(くらし)」。今の自分の日常にぴったりのようで共感いたしました。
- 荒井まり子
特選句「ペチカのお部屋より世界に散らす狂気」。お部屋の「お」が強烈な憤りを感じる。もう一年になって終りが見えない。権威主義に囲まれる島国日本。不安だ。
- 吉田 和恵
特選句「ダイヤモンドダストを纏いダイイン」。怖く、未知の死を美しくきっぱりと言い切ってあるのが良いです。私ならどの道ぐずぐずと様にならないはずとは思いますが、最後はホッと息吐いて、別れができれば本望です。『最後の息決めをく「ほ」と思ふ(筑紫磐井)』
- 向井 桐華
特選句「白梅や兜太の揮毫脈を打つ」。自宅近くに金子兜太先生の「アベ政治を許さない」の文字を掲示した場所がありました。安倍氏が亡くなった後はその掲示はなくなりましたが、あの力強く勢いのある文字は忘れられません。白梅は紅梅より遅れて満開を迎えます。その季節に旅立たれた先生の意思が、しっかりと後の世まで受け継がれていく事を願ってやみません。問題句「6F023 1941128 1220P 」。作者の意図があって詠まれたものと思いますが、「6F023 9011939 0445A」の句もそうであるようにこれを俳句として読み下す事が自分には困難です。
- 丸亀葉七子
特選句「谷間谷間にまんさく咲いて兜太亡し」。多分、兜太師のお国は、山のように大きくまんさくの花のように一隅を照らす明るい場所だと思う。お国のような強く、そして優しいお人柄の師を偲ぶ一句だ。特選句「水になれただ早春の水になれ」。寒が明け大地を潤す水。清らかに鈴の音のような流れの音。幼い日々の小川の景が甦ってきた。「鳥交る柱時計の狂ひチチ」。 良い句で選に入れました。ただ私には「チチ」が気になりました。カタカナ表記でなければ駄目なのでしょうか。
- 柾木はつ子
特選句「まめ撒けば転ぶ人生足元に(島田章平)」。なぜか、青島幸男の「意地悪ばあさん」を思い出しました。「ほらほら転ぶよ」とほくそ笑みながら豆を撒いているおばあさん。この句私にとってはまこと身に沁みる一句です。特選句「命つなぐ瓦礫二月の赤ん坊」。生きようとする赤ん坊の執念!なのでしょうか?神々しささえ覚えます。問題句は鑑賞力がまだまだ未熟なので分かりません。
初参加の言葉。楽しい句、しんみりした句、怒りの句、いろいろな句の出会いを楽しみながら学んで行きたく参加しました。宜しくお願い致します。
- 増田 暁子
特選句「雪降るや故郷の時刻表をもつ」。望郷の思いが身に染みます。雪深い故郷の時刻表を持っているなんて。帰りたいのでしょうね。特選句「寒明くる水平線は銀の馭者」。中7、下5に詩情があふれ、景が大きくて素敵です。銀の馭者が素晴らしい。
- 上原 祥子
特選句「天動説でええやん春キャベツの芯」。天動説は地球中心、つまり自己中心的で何事もええやんと春キャベツの芯をおそらく齧りながら作者は独り言ちたのである。ドライな春愁を感じる句。問題句「とてもいい問いである風水仙に」。水仙にとって、風は本当にとてもいい問いであるのだろうか?ただ、単に迷惑なだけだったりして。「極光に海蛇座の尾昇り行く」。オーロラに海蛇座の細長い姿が見える、春はまだ半ば。ちょっと季節を先取りしているような、でも美しい句。「竈猫も見守る妣もセピア色」。竈かコタツに潜っている猫を見守っていた亡き妣の思い出も既にセピア色である。でも作者の愛惜の念は色褪せていないのだ。「暫くは見上ぐるままに春の虹」。 暫く見上げるままになるほど、春の虹は素晴らしかったのである。春の虹は希望の象徴でもあり、作者の高揚した気持ちも伝わってくる。「水になれただ早春の水になれ」。永い冬が過ぎ、春の水のようになりなさいよと天からのメッセージのようだ。ただ早春の水になれというリフレインが祝祭的な気分を高揚させる。「白梅や兜太の揮毫脈を打つ」。「白梅や老子無心の旅に住む」という句だったと思いますが、兜太先生、俳句デビューの句です。これを思い出しました。白梅やで2月のこの時期と白梅の清潔さと爽やかさ、兜太先生の力強い脈打つような揮毫を連想しました。「雪間より椿の紅が生き延びよ」。銀世界に椿の花の紅が鮮やかでそのコントラストが美しい。ありがちかもしれないが、生き延びよの措辞に希望を感じる。「恐竜の卵ありそう春泥よ」。春泥から何が出てくる?恐竜の卵かな?それとも?「君の窓青き空あり霧氷あり」。君の窓は美しい青空もあり、また霧氷が満ちてもいるのだ。希望ある前途多難か。その他 採りたかった句「水澄むや楷書のごとし我が生活(くらし)」「書き癖になじみて万年筆ぬくし」「ビー玉や数多の色の淑気吐く」「凍て星や後ろ向きでも犀は犀」「抽斗のとりどりの糸雪女郎」「値段見て置き直しをり春いちご」「ダサく野暮自己流俺らバレンタイン」「冬木星しずかに赤子伸びあがる」
初参加のご挨拶。「俳諧自由」という兜太師の言葉を胸に皆様について参りたいと思います。 「百代の過客しんがりに猫の子も(楸邨)」
- 野﨑 憲子
特選句「薄氷を指でなぞりつ師に会いたい」「白梅や兜太の揮毫脈を打つ」。今回は、師の忌日を詠んだ佳句がたくさん寄せられた。私は、師がいつも近くにいらっしゃると思っているからか、今も、出来ないでいる。一句目の素直な表現、二句目の<眼>の鋭さに惹かれた。
袋回し句会
兜太
- 北窓を開くと兜太逢えるかも
- 柴田 清子
- ナンバーキー端から合わす兜太の忌
- 藤川 宏樹
- 冬日温し塩江の碑に兜太の句
- 三好三香穂
- らふそくのゆらぎの奥の兜太かな
- 野﨑 憲子
- 兜太なら如何に詠むらむ戦の句
- 島田 章平
麦
- 麦青むテイクアウトはカツ丼よ
- 柴田 清子
- 青麦や移動図書館ララ号来
- 中野 佑海
- 麦踏やどこから来たの?烏さん
- 野﨑 憲子
青鮫
- 青鮫は銀河鉄道の運転手
- 柴田 清子
- 蒲の穂をかついで渡る鮫の端
- 三好三香穂
- 大日や天鈿女(あめのうずめ)も青鮫も
- 野﨑 憲子
- 青鮫の鮨で一杯兜太の忌
- 島田 章平
- 砂時計三度壊して青鮫に
- 中野 佑海
- 青鮫や何か才能ないかしら
- 藤川 宏樹
アンパン
- アンパンをかじるモンロー春はやち
- 島田 章平
- アンパンを食ふ桜花弁唇に
- 三好三香穂
- 焼きたてのアンパン割って春野かな
- 中野 佑海
- 蟻にアンパン戦車に紙飛行機
- 藤川 宏樹
- アンパンマンほっぺをあげるよ孫の春
- 三好三香穂
- 月の夜を転がり消えしどうせあんぱん
- 銀 次
- 風光る中をアンパン買いに行く
- 柴田 清子
雛/たねを
- この潮風が好き如月のおひなさま
- 野﨑 憲子
- 相性の合はぬ夫婦やひなたぼこ
- 島田 章平
- とりあえず点呼から雛まつり
- 銀 次
- 一粒ずつが涙の鈴に雛あられ
- 中野 佑海
- 八人の句会の温したねをの忌
- 島田 章平
- アンパンをいつも鞄にたねをさん
- 野﨑 憲子
【句会メモ】&【通信欄】
2月12日は高橋たねをさんの、そして2月20日は金子兜太先生のご命日でした。お二人共、今も、句会に来てくださっていると毎回強く感じています。袋回し句会のお題にも、お二人が登場しています。ご笑覧ください。
2月18日の句会参加者は9名。後半の袋回し句会は8名で行いました。何句か掲載が叶わなかったですが、今回も30分間で各々5句前後を創り合評も盛会でした。今回も時間オーバーしてしまいましたが、藤川さんのご厚意で時間を気にすることなく句会を楽しめました。感謝です。
董振華編コールサック社刊『兜太を語る』第10章野﨑憲子を担当させていただきました。興味のある方はお読みくだされば幸いです。
Posted at 2023年3月5日 午後 07:45 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]