2020年4月23日 (木)

第105回「海程香川」句会(2020.04.18)

チューリップ.png

事前投句参加者の一句

 
<追悼 志村けん>悪いけど犬を頼むよ春の雪 高橋美弥子
春眠の息ひとひらひとひら翼 月野ぽぽな
清明や瞼閉じたる野の猫よ 豊原 清明
コロナの禍もしやと思ふ春の風邪 野澤 隆夫
コロナ禍いはんや悪人花見かな 田中アパート
春暁や土の天使とワルツ舞ふ 漆原 義典
夕映えを雨滴に宿し葱坊主 新野 祐子
近づく日フォルモ蝶と渡りたし 若森 京子
膨らめる胸は洞ろかしゃぼん玉 石井 はな
都市封鎖蝶がいっぴき大通り 夏谷 胡桃
能面の裏は深夜の桜の木 伏   兎
万愚節返事は指を丸くする 河田 清峰
脆き星魔よけのごとく辛夷咲く 森本由美子
旗振山花粉流るを見ていたり 榎本 祐子
「もう」「もう」と牛さん返事に花曇 荒井まり子
すぐ白むわたしはそめいよしのです 男波 弘志
春はここからランドセル光る朝 松本美智子
盤寿(ばんじゅ)吾に二上山陵冬日照る 矢野千代子
男が産まれ女も産まれて春が来る 銀   次
ウイルスも人間も只生きて春宵 高橋 晴子
桜さくら一人痴呆が立ち尽くす 小宮 豊和
はさみはなす手はいちまいの花びら 三枝みずほ
春ひとり月に遊ぶの得意です 藤川 宏樹
唐突にトランペット恋の揚雲雀 中野 佑海
朧月黒猫走る押小路 田中 怜子
老い鶯火炎放射器の唇 中村 セミ
クレソンの朝右耳が淋しい 大西 健司
振り返る歳月溢れ雪柳 小山やす子
うかうかと生きて今年も花は葉に 寺町志津子
千年桜の一片であれわが喜劇 田口  浩
地球さわがし牛蛙がおんがおん 伊藤  幸
辛夷咲く辛いのならば傍らに 鈴木 幸江
山桜に頬骨がある囀りがある 久保 智恵
父母はまだ海市の中に住み古りて 増田 暁子
映画館の向こうはすすきだったのか 竹本  仰
春の夜森と呼吸をともにせり 菅原 春み
春愁というももいろのネックレス 谷  孝江
春泥に目玉むきたる牛の息 増田 天志
世界史に太字その直中にゐる 野口思づゑ
人見ればウイルスと思う街の春 稲   暁
表情という春コートの裾の揺れ 河野 志保
うぐいすの遠く近くや友の葬 重松 敬子
義歯洗う夜滝を覗き込むように 野田 信章
唇の厚さ噛み締め春のマスク 高木 水志
春満月牛を磨いて父が笑む 松本 勇二
連翹の花にはじかれさうな昼 柴田 清子
花の世のコロナばかりに過ぎゆく日 藤田 乙女
結界の解けてしまふ春の月 亀山祐美子
鴇色(ときいろ)の春があふれて持て余す 佐藤 仁美
吃音の果て流れゆく花筏 佐孝 石画
朧夜の言葉ひとつづつください 小西 瞬夏
坊主刈の我れに武器なし白マスク 稲葉 千尋
無理解の刃が開く白いシャツ 桂  凜火
大いなる妻の腰付き春の鯉 吉田 和恵
桜見ず籠りて「花は咲く」歌う 滝澤 泰斗
寒霞渓瑠璃光浄土春落葉 島田 章平
景ぬくし白鳥の声林立す 十河 宣洋
すみれよすみれお先にどうぞ 野﨑 憲子

句会の窓

大西 健司

特選句「朧夜の言葉ひとつづつください」静謐な時間の流れ。朧夜の言葉の美しさ。 大切な人の大切な言葉を思うとき、このひとつづつという思いが深く響いてくる。問題句「巣作りは仮縫のよう造型論(若森京子)」下五の「造形論」がよくわからない。唐突な感じがするのだがいかがなものか。「巣作りは仮縫いのよう」がいいだけに、その思いは強い。

小西 瞬夏

特選句「吃音の果て流れゆく花筏」途切れ途切れに出てきた言葉はなんだったのだろうか。言葉そのものよりも、その人との関係性を思う。緊張感のある関係性。そしてそのあと花筏が流れてゆく、というのは、その関係性に進展があったのか。終わっていくのか。どちらにしても、水の流れにしたがって、なるようになっていくのに身を任せているのだろう。

増田 天志

特選句「朧夜の言葉ひとつづつください」言葉の内容、情況が、脳裏に浮かばない。ただ、相手の言葉を、とても、大切に想っていることは、分かる。朧夜だから、漠然とした理解でも、許されるのだろう

榎本 祐子

特選句「映画館の向こうはすすきだったのか」映画という虚構の世界を通して何かを提示する場所。「その向こうはすすき」だと言う。すすきの形態に現実の頼りなさが投影され、虚構の中にある真実と、現実のあやふやさが見えて面白い。

豊原 清明

特選句「悪いけど犬を頼むよ春の雪」 庶民に愛される最後の芸人の志村けんの追悼句として、いま、最も新しく共鳴しやすい。問題句「コロナの禍もしやと思ふ春の風邪」 風邪を引くと危ないと感じる。いま風邪なので、痛く身に来る句。

藤川 宏樹

句会では三〇分、頭をフル回転の袋回しが楽しみですが、二ヶ月続く中止で私の俳句脳は鈍ってしまいました。いつコロナが終息し、皆さんと袋回しを楽しめるでしょうか?特選は「柳絮飛ぶ西太后の鼻の先(寺町志津子)」。希代の悪女西太后ですが、今ならどんなマスク姿を目にできたでしょう。「西太后」を習さんや小池さんら現代の権力者に置き換え、リアルイメージで楽しめました。

稲葉 千尋

特選句「悪いけど犬を頼むよ春の雪」志村けんの死はショックでした。そして、そして、面会もできない、死体にも会えない、こんな恐しいことを知った今、季語の「春の雪」ですくわれる。

田中 怜子

特選句「夕映えを雨滴に宿し葱坊主」ネギ坊主の初々しい若草色の芽一つ一つに雨粒が夕映えを映しこんでいる映像が浮かびます。一日が終わろうとしている穏やかな情景。特選句「盤壽(ばんじゅ)吾に二上山陵冬日照る」おめでとうございます。81歳の自分を褒めているような、二上山という歴史ある山に冬日が照る姿を我が身においておおらかに歌いあげている。万葉集の歌のようです。  

高木 水志

特選句「春ひとり月に遊ぶの得意です」春の月のイメージを生かして、話すような柔らかさを感じる。春の月の光を自分と重ねたことで深い意味が生まれる。

中野 佑海

特選句「千年桜の一片であれわが喜劇」壮大な千年桜。花びらの一片の様なわが人生。しかし、喜劇としてでも良い。誰かの記憶に留めて貰える様な関わりがあれば。生きてきた意味を感じる事が出来る。特選句「結界の解けてしまふ春の月」春は月。朧の掛かる辺り一面、昼とは全く違う世界が表出。金縛りに掛かったように、経済活動一辺倒のこの世の中。魔法を掛けたのは誰か知らないけど、緩い月の光が魔法を解いて行くようだ。並選:「春眠の息ひとひらひとひら翼」安らかな寝息が吸ったり吐いたりする度に翼となって夜の静寂を形づくる。「瀬戸内のばりっと見栄はる桜鯛(増田暁子)」見事に焼かれた桜鯛!ああ、お腹が鳴る。「見栄張る」がこの鯛の存在意義を示しちょっと哀しい。美味しい内にさあ食べよ!「草で編むふらここ子らの命かな(重松敬子)」草で出来たブランコ。ちょっと危うい。まるでここにいる子供達の未来まで象徴するような。「言の葉の飛び出す夜明けつくしんぼ」土筆の先の穂に入っているのは未来を予言する言葉。さあ、今は夜明け前。明るい未来を運んでおくれ!「桜さくら一人痴呆が立ち尽くす」これは桜フェチの私です。桜は逃しません。ただ「痴呆」ではなく「阿呆」にして欲しいけど、それだと絵にならないか?「老い鶯火炎放射器の唇」はい。深く反省しております。つい口が言わなくても良いことをクドクドと。また、一人落ち込ませてしまいました。「春の夜森と呼吸をともにせり」春になると、夜も何故か森が恐く無くなるって本当?「表情という春コートの裾の揺れ」春になると説の一つ。コートの裾が歌い出す。 以上です。 ☆コロナウィルス禍がひしひしと迫って来ているのでしょうか?何処も安全な場所は無いようです。うらうらと人のいない時間に人のいない場所を散歩出来るのは有難いです。外出禁止令がでたらは考えません。

若森 京子

特選句「草で編むふらここ子らの命かな」:「草で編むふらここ」の措辞に、メルヘン的な情感があるが、下句で危機迫る一句となる。子供達の命の尊厳の句である。特選句「盤壽(ばんじゅ)吾に二上山陵冬日照る」盤寿の由来も面白いが、八十一歳の祝いである。句の景も大きく美しく作者の来し方を思う品格のある一句となった。

月野ぽぽな

特選句「春愁というももいろのネックレス」ローズクォーツのネックレスが思い浮かんだ。やわらかい色とひんやりとした感覚。春の憂いには、その中に没入してしまうような深刻さではなく、それをいくらか傍観しその翳りを自ら愛おしむようなどこか甘く気だるいナルシシズムがありそう。掲句はそれを上手く形象化している。

島田 章平

特選句「はさみはなす手はいちまいの花びら」手のひらは心の花びら。閉じても開いてそれは私の心。開けば蝶、閉じれば桜貝。世界で一つだけの花・・。

三枝みずほ

特選句「唇の厚さ噛み締め春のマスク」言葉に出来ない、感情を押し殺す、不安等が唇を噛み締めるときの心情だろうか。不安定な精神状況下において、唇の厚さを実感する。唇の厚みは生存しているということのほのかな光のように思えた。皆さま、どうぞお身体ご自愛下さい。

鈴木 幸江

特選句評「『もう』『もう』と牛さん返事に花曇」「“もう、たくさん”“もう、たくさん”人間ばかり物を欲しがって、世界は、物で溢れ、地球を壊している」と狭い牛舎で牛さん    たちが絶唱している姿が浮かびます。それに応えるのは花曇の空のみ。この虚しさは本当に現実ですね。「すぐ白むわたしはそめいよしのです」“そめいよしの”のひらがな書きに思わず、染井吉野という和服姿の女性の姿が現れた。この不可解がとても快感で。よろしかった。“白む”には、くじけるとか、衰え弱まるという意味もある。実景(桜の木)が人の姿に化身し、わたしも、そうなのよ。あなたも、そうなの・・・。なんて共鳴させていただき、生き物と共存する喜びも味わった。問題句評「はさみはなす手はいちまいの花びら」手仕事に疲れたのか、鋏を思わず放したのだろう。鋏から解放された手は花びらとなった。美しい手の方なのだろう。本当に素敵な句だ。でも、何故か“花びら”が甘い。実感なのだろうが、その甘さが私を不安にさせたので、勝手に問題句にさせていただいた。入選句にはならなかったが、チェックした句「春眠の息ひとひらひとひら翼」「人を避けウイルスを避け灌仏会」「ウイルスも人間も只生きて春宵」「映画館の向こうはすすきだったのか」「世界史に太字その直中にゐる」「水瓶叩く悠久の睡蓮(中村セミ)」「無理解の刃が開く白いシャツ」「大いなる妻の腰付き春の鯉」 以上。

松本 勇二

特選句「義歯洗う夜滝を覗き込むように」夜の滝を覗き込むように、恐るおそる義歯を洗っている様子が哀感を纏いながら見えてくる。ウイルスにお気を付けて。

小山やす子

特選句「義歯洗う夜滝を覗き込むように」この心理よく理解出来ます。夜滝を覗くがよく効いていると思います。

夏谷 胡桃

特選句「能面の裏は深夜の桜の木」。能面の裏は暗闇です。神楽で面をつけて踊ったことがあります。1点の明かりしか見えない暗闇に放り出されて、とても怖い思いをします。相手の動きもよく見えないし、自分の手足も見えない。暗闇の中で踊るには相当の練習がないとできないとわかりました。だから、この句の「深夜」はわかる。「桜の木」はなにか。桜の木は神とわたしなのかもしれない。自分と神を一体にして信じて踊る。ぼわっと桜の木が浮かび上がってくるイメージができました。お見事な句です。問題句「春の霜大宇陀銘菓きみごろも(矢野千代子)」。これはお菓子屋のコピーではないか。美味しそうだな。「きみごろも」って? さっそくネットで調べました。無性に奈良に行って、このお菓子を食べたくなりました。宣伝成功です。

野澤 隆夫

コロナ禍の真っただ中、早く終結されんと願ってますが…。先の戦争中はこんな生活が数年続いたのですから…。考えると怖いことです。今月の投句はコロナ、パンデミックの句が相当数。22句数えました。特選句「コロナ禍いはんや悪人花見かな」興味深い言い回しです。小生も緊急事態宣言前に公渕公園へ家族で花見に。コロナどこ吹く風と弁当を食べワンも一緒に散策。「いはんや悪人花見かな」の一幕でした。いまでかけると石が飛んでくるのでは。特選句「世界史に太字その直中にゐる」3月から4月と私たちは「世界史」の真っただ中に生活してるのでしょうか。世界史の文章記述でコロナ、パンデミック、マスクはゴシック体で必ず表記されるかと。「コロナウイルスまだまだあくの強い親父」この句も面白い句でした。「あくの強い」がきいてます。

谷  孝江

特選句『「もういいよお」枝垂れ桜がゆれている(田口 浩)』希望に溢れた春のはずが今年は大変な事になっております。香川句会の句の中にも、たくさんのコロナウイルスの句が見られ、心が痛みます。怖くて切ない春なのですね。家の玄関先とリビングから見えるすぐ近くに枝垂れ桜が今、満開です。少しの風にでも揺れていて、例年でしたら優しくて、美しくてと眺めるのですけれど、今年の桜は「いや、いや」をしている様にも見えて淋しい花見になっています。外出禁止令が息子より出ていますので、本を読んだり、マスク作りをしたりの日々です。きっと明るく、元気で過ごせる日を信じていたいと前向きにいつも考えています。

野田 信章

特選句「坊主刈の我れに武器なし白マスク」は、先ず、コロナウイルス禍の二十五句中の一つとして読んだ。「坊主刈」とは、出家在家を問わずそれなりの決意を込めた表明の一つであろう。その我に「武器なし」とは、これまた信条の確かな言葉の響きがある。時節柄、コロナ禍を前にして、そのような我の生き様に自嘲を含みつつ、諧謔性のある一句かと読まされた。翻って 、この句は、この時節に限定せずとも、一般性をもって読めるところに強みがあるかとも思う。

佐孝 石画

特選句「山桜に頬骨がある囀りがある」山桜はひっそりと咲く。そして遠くに咲く。そこには漂泊感をともなった強さがある。遠くにひとり咲く山桜に視線をズームアップしていくと、こちらの日常と遠くの山桜との間に時空の歪みのようなものを感じてくる。山の一部にひそやかに笑う山桜の仄白い容貌。そこに縄文時代以前のにんげん達の貌がゆっくりと重なってくる。頬骨の張った、強くやわらかな古代人の豊かな貌とそのオーラ。そのような幻想に憑かれて呆然としていると、どこからか鳥の囀りが聞こえてくる。古代への幻想とこちらの日常を繋ぐこの囀りは、また我々が今までもこれからも「にんげん」を継続していくのだという天啓めいた思念を置き去って行ったのだ。特選句「義歯洗う夜滝を覗き込むように」:「夜滝を覗き込むように」という措辞に痺れてしまった。圧倒的俯瞰。覗き込むという行為は視覚に頼る動作ではあるのだが、光のない夜にはその視覚は無効化し、かえって聴覚ばかりを増幅させることになる。闇の中、消失点も見えない奔流する水の行方。暴力的な水流の束は、轟音の中で幻視化し、捩れ悶えながら闇の中で投身を続ける。「義歯」という不思議な体の一部。いつものように口中から外した義歯を洗おうと、洗面台にコツンと置き、ちょっとした違和感を引きずりながら、蛇口をひねり、体の一部(であったはず)の義歯を水流にあてる。作者は自分で自分の体の一部を外し洗うというこの行為の中で、「わたし」という闇をふと実感したのだろう。

桂  凜火

特選句「義歯洗う夜滝を覗き込むように」義歯を洗うことを滝を覗き込むようにという比喩は離れているが昼間の自分を仕舞うことからの飛躍としてとても面白いと思いました。この比喩で句の世界のぐっと視界が開けます。芥川の羅生門の下人が覗き込む闇をふと思い出しましたがそれとは違う明るさや活力が感じられる。ここからなにか始まると感じられます。そこに心惹かれました。

河田 清峰

特選句「旗振山花花粉流るを見ていたり」かって旗を振って伝達していた山、そこから流れる杉花粉のおぞましさとの取り合わせが見ていたりでよくわかる。もうひとつの特選句「盤壽(ばんじゅ)吾に二上山陵冬日照る」八十一歳おめでとうと言いたい句。

河野 志保

特選句「山桜に頬骨がある囀りがある」強引な解釈かもしれないが、非常に感覚的な句として捉えた。花の白さと頬骨の透明感、花の揺れる様と囀りの軽やかさ、それぞれが通じ合うような新しい視点を感じた。または山桜を見ている誰かの姿や声を句にしたのかもしれない。

伊藤  幸

特選句「大いなる妻の腰付き春の鯉」鯉は逞しく長寿と聞く。長年連れ添った我妻をその鯉に喩え、大いなる腰付きとユーモアたっぷり称えた措辞に深い愛が感じられる。

田中アパート

特選句「クレソンの朝右耳が淋しい」右耳がよろしい。「左耳」でなく。

柴田 清子

特選句「映画館の向こうはすすきだったのか」:「映画館の向こう」を、私なりに、『スクリーンの裏』と解釈しての「すすきだったのか」に、異作を感じました。最後の『のか』が、特選にする大きな要因でもある。特選句「春の夜森と呼吸をともにせり」この句にある世界には、人間はもう戻れないところに来ている。内容が特選です。特選句「表情という春のコートの裾の揺れ」表情というこの言葉の使い方が、実にうまいなぁと・・・・。感心して特選にとらせてもらいました。

中村 セミ

特選句「図書館に雲の遺書あり 潦(にわたずみ)(佐孝石画)」 まづ、遺書を考えてみると、家の主人が死んで、遺書があれば財産分与が書かれているとか、俺の骨は粉にして海に撒け等書かれていると思う。では雲の財産って何だろう。それは空気中、もしくは水が溜っている池とか湖とか川も海も含めての水の流れ、つまり水の一生。水は水蒸気となり空に昇り雲となる、雲は気温によっては、あらゆる気象となり、雨・雪・雹 等々となり、地上に降りてくる。雲の財産は大自然の水の流の一部というより再生させる命のようなものだろう。なので、水の一生と考える。では、潦(にわたずみ)は、雨が降って地上にたまったり流れたりする水とあるので、分与の一部となる。この句は壮大な自然を詠んでいる上に、それが図書館にあるとまるでサスペンス映画の謎解きの様にあるところがいいし、僕はこういった句が面白いし好きだ。当然、図書館にあるのは、ヒッチコックの北北東に針路を取れ(台風の歴史)である。

石井 はな

特選句「悪いけど犬を頼むよ春の雪」志村けんさんの口調が思い出されました。春の雪の季語も、あっという間に逝ってしまったけんさんの様です。特選句「世界史に太字その直中にゐる」今のこの毎日が何年か後の歴史の教科書等では、太字で書かれる様なエポックな出来事になっているのを想像するのは、何だか空恐ろしいです。

竹本  仰

特選句「膨らめる胸は洞ろかしゃぼん玉」四月となれば、どこの職場にも学校にも、春男さん、春子さんという人がいます。スタートダッシュの勢いの良さで、そしてそれだけで終わる四月と心中する方たちのことです。それに引き続く五月病のセットの方も。これはそれを我が身に置いて考えられる方の句でしょう。この視線に何か小さくて大きい人間愛のようなものを感じました。特選句「クレソンの朝右耳が淋しい」右耳が淋しいのはなぜか?そういう入口を用意してくれた句で、その入り口に楽しませてもらいました。そして、小生なりに、それは人がいないからだ、又はほんとうのことばが無いからだと、勝手にとりました。何かを求めている朝なんだろうと。昔、如月小春さんの舞台で『おいしい水』だったか、そんな名の舞台があり、色んな悩みがありながら、朝、洗面器に顔を洗い続けて止まないという不思議なラストシーンでした。それにつづいたシーンのように見てしまいました。特選句「吃音の果て流れゆく花筏」何かほろりと来るような切なさのある句でした。ぶつかってぶつかって、色んなぶつかりの人生、ああ、それでもあの花筏なのか私。というように。かなり昔の戦前の映画で『残菊物語』というスーパーセンチメンタルな映画があり、一人の役者を育てるために身をぼろぼろにして死んでいく日蔭の女のお話でした。最後は一流の歌舞伎役者として屋形船でお披露目をしている男の晴れ姿の傍ら、身を隠し結核で死に臨みながら微笑する女。と、妙にセンチメンタルな心象をくすぐる句でした。特選句「坊主刈りの我れに武器なし白マスク」少し前は香港から、そして近くは新型コロナ禍まで、武器無しにマスクという光景を見ましたが、ああいつもそうなんだ我々は、と思わせる句でした。どう頑張って声高に繁栄を叫んでも、そういう脆い繁栄のすぐ裏に立ちつくすのは、このナマな人々なんですね。白マスクひとつが支え、いま、そういう原点を見つめる機会が訪れているのか。「汝自身を知れ」、デルフォイの神殿でご宣託を受けたかのギリシャの賢人の前に、またしても戻るほかないのか、と、思う次第です。  ☆また、句座が延ばされ、香川の方々、さびしい春でしょうね。こうやって毎回通信で句会に参加している小生にしても、その核心の炎みたいなものが少し小さくなるのは心傷むことです。ほんの時々にしか出られない小生ですが、再会の日を心待ちにしています。再見!

吉田 和恵

特選句「亡父の歩きしている春様サイレント(竹本 仰)」麗しい父と子(娘?)との関係がしっとりと偲ばれます。

松本美智子

特選句「うぐいすの遠く近くや友の葬」景色が思い浮かぶ句です。寂しさもあるが、うぐいすののどかな鳴き声に少しの希望をみいだす。友との思い出も色鮮やかによみがえってきそうです。☆感染対策でいろいろと大変な折り、お世話ありがとうございます。……近々、笑い声が響くような句会が開かれますことを祈っています。

矢野千代子

特選句「朧月黒猫走る押小路」本来地名が好きですが、<押小路>は、みごとな斡旋です。地名が際立って(私には)文句ナシの特選句。 ☆参加者がふえて大変でしょうが、よろしくお願い申します。ありがとうございます。

田口  浩

特選句「山桜に頬骨がある囀りがある」樹齢千年と言われる桜なら幾つか知っている。が「頬骨がある」この山桜は、そういう類いのものではあるまい。「囀りがある」と重ねられて、徳島の藤井寺かえあ焼山寺に向う途中に出会った、山桜がそれに近いと思った。山風に吹かれて、深い谷に散りこむ花弁が、地形の関係か、途中から又舞い上がって、向こうの山に渡るのである。この山桜には、揚句のような風情があったように思う。―実から発して虚にいたるーつまり、山桜から頬骨にいたって、囀りの世界に遊ぶ。この作品の持つ発想の力は見事であろう。「映画館の向こうはすすきだったのか」「前方を古墳とするや鸚鵡貝(伏兎)」「吃音の果て流れゆく花筏」「朧夜の言葉ひとつづつください」この四句、どれも、私の琴線にふれる。特に、「映画館」の句は中学時代の境遇が見えて懐かしい。

久保 智恵

特選句「坊主刈の我れに武器なし白マスク」時事を素直な句に。

伏   兎(三好つや子)

二十数年前、はじめて参加した句会の気持ちに戻りたく、そのときの俳号に改めました。よろしくお願いします。特選句「春眠の息ひとひらひとひら翼」寒からず暑からずという頃の快い眠りでの寝息が、咲きはじめの花のように、また鳥の翼のようにも感じられる表現が見事。特選句「都市封鎖蝶がいっぴき大通り」緊急事態宣言による街の不気味な静けさと、人の居ない通りをゆうゆうと過ぎる蝶との対比が面白い。入選句「草で編むふらここ子らの命かな」草遊びのほのぼのとした世界の向こうにある、ライフラインの滞りがちな環境で生きている子どもたちが目に浮かび、共感。入選句「春の夜森と呼吸をともにせり」蠱惑的な春の夜と、神秘的な春の森との一体感が、心をざわざわとさせ、惹かれた。

野口思づゑ

特選句「はさみはなす手はいちまいの花びら」鋏を使った、ただそれだけなのにその手の動きに注意を向け句にするという感性に感心しました。

佐藤 仁美

特選句「言の葉の飛び出す夜明けつくしんぼ(高木水志)」人がまだ来ない夜明けに、つくし達が目覚めて、おしゃべりを始めてる…。メルヘンを感じました。

十河 宣洋

特選句「春眠の息ひとひらひとひら翼」心地いい春の朝である。気持よく寝ている。熟睡しているというより、半睡状態。息を吐きながら蝶か鳥になったような気分。どこかへ飛んで行きたい気分である。特選句「義歯洗う夜滝を覗き込むように」丁寧に入れ歯を洗っている。何度も何度も汚れを落としている。少し屈んだ姿勢まで見えてくる。俳味を感じる。

寺町志津子

特選句「世界史に太字その真中にゐる」。言わずもがなの世界中のコロナ禍。その惨状は、当然、世界史に深く刻まれ、時は流れゆくが、今、まさしくその惨状の中に生きている現実の実感を大きく捉えている作者に同感しました。コロナ禍の一日も早い終結を心底から祈りながら・・・。

増田 暁子

特選句「春愁というももいろのネックレス」中7下5の発想は初めです。首の周り、身体にまとわりつく春愁。今年の春の特別な春感覚ですね。特選句「鴇色の春があふれて持て余す」     鴇色の春を持て余しているこの現実にピッタリです。

滝澤 泰斗

特選句「唐突にトランペット恋の揚雲雀」二匹の揚げ雲雀が突然けたたましく上下に乱舞している映像が見えました。トランペットが良かった。これが、ピッコロのような楽器ではマンネリに堕して取れなかったと思うが・・・。問題句「霾るや元寇の世に徳政令(河田清峰)」問題句というほどの事もありませんが、今度のウィルス禍から一連の政府の動きまでかつての歴史に被せたとしたら、なかなかの出来ではないかと思えました。問題句「架空のそら架空のウイルス統計表(森本由美子)」上五の架空のそらが疑問。架空のウィルス統計表はその通り。懐疑の余地なしだが・・・ ☆コロナ禍で、お世話になった皆様の顔が、だんだん見えなくなってきた時に、ドイツ・メリケル首相の国民向け演説に触発されました。少しでも旅への憧れを持っていただければとの思いで、15年ぶりにブログを書き始めました。お読みいただければ幸いです。        

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菅原 春み

特選句「朧月黒猫走る押小路」映像のように景が見え、動きがあります。特選句「春満月牛を磨いて父が笑む」こんな時期だからこそ父の笑む姿にほっとします。牛を磨くというのも圧巻。

森本由美子

特選句「世界史に太字その真中にゐる」まさにそのとおりの毎日。次の世代は?未来は?という問いかけが背後に感じられます。

新野 祐子

特選句「振り返る歳月溢れ雪柳」雪柳を眺めていると、何か言い知れぬ感情が湧き上がってきます。この句を読んで、それがこれまでの人生のこもごもが雪柳の花ひとつひとつとなって目の前に現れたからなのだと納得させられました。入選句「義歯洗う夜滝を覗き込むように」ユーモラスな観察眼ですね。「夜滝」に感心しました。入選句「つちふるや光射し込む莫高窟」:「つちふる」と「光射し込む」は相反する現象ですけれど、「莫高窟」により不思議な調和が生まれていると思いました。  

今日は、木の芽雨が降っています。暖冬だったけれど、このところの肌寒さで山の木々の芽吹きが遅れています。今月もよろしくお願いします。

小宮 豊和

「映画館の向こうはすすきだったのか」ちょっと不思議な感覚をもたらす句である。原因のひとつは季語「すすき」であろう。普通四月に八月頃の植物をもってくることはまず無い。次は映画館という夢のある場所が荒れたすすき原にあるという違和感である。しかし我々は句作に関して要素を頭の中で分解し組み立てなおしている。そんなことにこだわるより良い句にすることが肝要である。作者氏は良いお手本を提出してくれたと私は考える。

高橋 晴子

特選句「能面の裏は深夜の桜の木」:「深夜の桜の木」で象徴される作者の内面、能面の裏という具体的な場所、時間の特定に、恐らく能を演じている最中だろう。華やかでいてしんとした内面に共感出来て景が見えてくるようだ。特選句「地球さわがし牛蛙がおんがおん」新型コロナウイルスでこの句が一番共鳴出来た。「がおんがおん」の擬音語が少しオーバーで冷静に今の騒ぎを感じている作者を思う。問題句「コロナ禍いはんや悪人花見かな」の「いはんや悪人」の使い方は、中途半端。花見をした位で悪人よばわりは片腹痛い。親鸞の言葉を使うのなら、その元の意味をきちんととらえていなければ全く意味をなさなくなる。

亀山祐美子

特選句「連翹の花にはじかれさうな昼」連翹の花をコロナに見立てたとすれば(コロナとは限らない何かに)『昼=日常』が脅かされる不安感恐怖感を煽ることに成功している。コロナ禍の入口時の「はじかれさうな」思いを日々深刻化する今ならどう吟むのか興味深い一句だ。今回は時節柄武漢肺炎、コロナ禍の句が暗喩を含め三十句近くある。それぞれに工夫を凝らしてはいたが報告・感想に終わり一読恐怖に打ち震えたり、膝を叩く処までにはいかない。一週前の締切なので緊迫感の欠如はいかんともし難い。時事俳句の難しい所以であろう、だから私は滅多に手を出さない。支離滅裂な駄文お許し下さい。一日も早い終息を祈るばかりです。皆様ご慈愛くださいませ。

男波 弘志

「悪いけど犬を頼むよ春の雪」肉声、日常、犬が座っている。これだけで詩になっている。「男が生まれ女が産まれて春が来る」人は夜寝るとき死に、朝起きるとき生まれる。「心配になったり陽炎になったり(月野ぽぽな)」現代詩の方向性が観える。昨日の我に飽きる。そこに今が在る。

藤田 乙女

特選句「振り返る歳月溢れ雪柳」自分の来し方への様々な思い出と溢れる想い、そして溢れるように咲き乱れる雪柳の姿とがあいまって哀感を伴いながらしみじみとした想いを感じさせられる句です。特選句「地球さわがし牛蛙がおんがおん」人間の脆弱さや愚かさ、利己主義などコロナによってあらわにされてきたものを牛蛙の視点で見ている発想と「 牛蛙がおんがおん」がコロナ拡大の大変不安な状況下で一息つかせてくれるようなユーモアも感じさせ、とても惹かれました。

漆原 義典

特選句「悪いけど犬を頼むよ春の雪」を特選とします。コロナで亡くなった志村けんの心を、下五の春の雪が物語っています。新型コロナの早期の収束を願っています。よろしくお願いします!

高橋美弥子

特選句「春の夢とろりと明日へ明け渡す(谷 孝江)」:「あ」の韻が、春の明るさを押し出す。 コロナコロナで鬱屈した心と身体に、ほんわかした風が吹きました。全体を通して、明るい句に惹かれました。問題句「無理解の刃が開く白いシャツ」:「無理解の刃」は比喩なのだと思うのですが、白いシャツとの関係性がいまひとつわかりませんでした。 

重松 敬子

特選句「春愁というももいろのネックレス」春愁のもつ艶やかさを、ずばり表現した秀句。女性の憂い顔が浮かびます。ももいろのネックレスがいい感じです。

荒井まり子

特選句『桜見ず籠りて「花は咲く」歌う』日本中が外出自粛、戦後の世代は初めての経験。東日本大震災と今回のコロナ、人の世は儚い。素直に共感。問題句「春愁というももいろのネックレス」優しい、綺麗と思ったが、意外と作者の意図は怖いかも。「地球さわがし牛蛙がおんがおん」籠りの毎日、つけっぱなしのテレビ 実感。「パーカーのフードを充つる春思かな」日常の暮しの中にふと過る思い。「パンデミックおろおろおろか戒厳令」日本中の緊急事態宣言いつまで。「山桜に頬骨がある囀りがある」頬骨を感じた事はなかった。面白い。「霾るや元寇の世に徳政令」徳政令は給付金?武漢発だものね。「春満月牛を磨いて父が笑む」日本中が浮足立っている今、ホッとする。

銀   次

今月の誤読●「亡父の歩きしている春雨サイレント」。夢の話である。わたしは映画館にいる。わたし以外は誰も居ない。それを不思議だとは思わないのはやっぱり夢だからだ。上映されている映画はずいぶん古いもので、フィルムも傷だらけだ。むかしはその傷を「銀幕の雨」だなんて呼んで、それも風情のうちに数えたものだ。観てると画面の右手から羽織袴にステッキをついた男が歩いて登場した。「あっ」と思った。それはわたしの父さんだったからだ。父さんは悠々と歩いている。カメラがそれを追いかける。父さんが中央に達したとき、やおらわたしを指さして、クイックイッと手招きした。わたしは吸い込まれるように画面のなかにいた。父さんはわたしをじっと見て、うんうんとうなずいた。わたしには話したいことがいっぱいあって、あれこれ話そうとするのだが、声が届かない。「あっ、そうか」と思った、これはサイレント映画なのだ。だがそれゆえにこそ、父さんと歩いている実感と親しみが湧くのだ。こうしてわたしは父さんと歩くことになった。するとだんだん父さんが大きくなっていくのだ。いや待てよ。これは父さんが大きくなっているのではなく、わたしが小さくなっているのだ。服装も背広からセーター、シャツに変わってる。そして最後には半ズボンのライドセルを背負った小学生のわたしになった。父さんはかがんで、わたしに一言話しかけた。父さん、なにいってるのかわからないよ! 父さんはわたしを立たせて、トンと背中をおした。わたしはスクリーンの左手にたたらを踏んで画面から消えた。……わたしは映画館にいる。……だがそれは夢だ。……もう少しその夢のなかをたゆたっていよう。銀幕の雨を見つめて。  

稲   暁

特選句「朧夜の言葉ひとつづつください」心静かに、豊かにあるべじ朧月夜。会話も一語一語しっかりと交したいという思いに共感する。問題句「人を避けウィルスを避け灌仏会(松本勇二)」人と人を遠ざけてしまう新型ウィルス。厳しい時が続いている。

野﨑 憲子

野﨑 憲子◆特選句「近づく日フォルモ蝶と渡りたし」モルフォ蝶と同種の大きな青い羽根を持つ美しい蝶とおもう。ふっと折笠美秋の「ひかり野へ君なら蝶に乗れるだろう」が浮かんだ。きっとフォルモ蝶が迎えに来ると感じてしまう一句である。特選句「ウイルスも人間も只生きて春宵」命を落とすかも知れない新型コロナウイルスは危険な存在であるが、細菌も、人も、大いなるいのちの中に生かされているものであることには変わりないのだ。新型ウイルスの出現は、争いの絶えない人間社会への「人類よ目覚めよ!」という、大宇宙からの警鐘のように思えてならない。問題句「男が産まれ女も産まれて春が来る」輪廻転生を想起させる作品である。現世では、どんな物語になるか、新しいドラマに「春が来る」。「男が産まれ女も産まれて」の表記が強烈で、限りなく特選に近い問題句としていただいた。今回も佳句満載でした。皆様、大きな刺激を感謝です!

(一部省略、原文通り)

【通信欄】

『沢木耕太郎セッションズ<訊いて聞く>Ⅱ  青春の言葉たち』3月10日発売。岩波書店刊 に、本句会の仲間である銀次さんこと上村良介さんと、沢木耕太郎さんの対談が収録されています。ミュージカル劇団『銀河鉄道』の主宰として四十年の長きにわたり劇団を牽引してきた銀次さんの青春を垣間見られる魅力あふれる一冊です。他に、武田鉄矢さん、立松和平さん、吉永小百合さん、尾崎豊さん。周防正行さん、大沢たかおさん等との対談も同時掲載されています。皆様も是非ご覧下さい。

「句会の窓」で紹介された滝澤泰斗さんのブログにメリケル独首相のメッセージの抜粋があり興味深いので以下に引用させていただきます。 ・・・何百万人という方々が出勤できず、子供たちは学校あるいはまた保育所に行けず、劇場や映画館やお店は閉まっています。そして、何よりも困難なことはおそらく、いつもなら当たり前の触れ合いがなくなっているということでしょう・・・・中略・・・  私たちは皆、好意と友情を示す別の方法を見つけなければなりません。スカイプや電話、Eメール、あるいはまた手紙を書くなど。郵便は配達されるのですから。自分で買い物に行けないお年寄りのための近所の助け合いの素晴らしいれ例も今話題になっています。まだまだ多くの可能性があると私は確信しています。私たちがお互いに一人にさせないことを社会として示すことになるでしょう。

非常事態宣言が全国的に発令され、今回のサンポートホール高松での句会も、やむなくお休みさせていただきました。残念です。今後、新型コロナウイルスの感染者がどのくらいになるか予測が付きませんが、終息は必ずまいります。それまで、皆様、くれぐれもお気を付けてお凌ぎください。お元気を!!

そして、こういう時だからこそ詠まずにはいられない作品が必ずあると強く感じます。次回のご参加を楽しみにいたしております。

2020年3月27日 (金)

第104回「海程香川」句会(2020.03.14)

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事前投句参加者の一句

   
人間(じんかん)の正体暴く春コロナ 藤田 乙女
草青むかすかな罠であるように 男波 弘志
老いたる愚遊ばす冬の噴井かな 野田 信章
踏青す祈りのように歩を数え 榎本 祐子
たんぽぽのしとねに午睡寝過ごした 小宮 豊和
ふわふわと鳥には翼死を悼む 桂  凜火
草の芽や上手に嘘をつく装置 河田 清峰
目瞑れば撓む内臓ヒヤシンス 高木 水志
沖見尽くして二月のきれいな顔 三枝みずほ
暖かや欠伸大きな魚売女 亀山祐美子
出番来て地球ひと蹴り初蛙 漆原 義典
春寒き悪霊船を見に行かむ 稲   暁
<東日本大震災を思って>もう9年椿の花が咲きだした 田中 怜子
水面打つトライアングル粒の春 藤川 宏樹
煮凝りの闇熱飯を輝かす 稲葉 千尋
ふんぎゃああ あれがタマなの猫の恋 島田 章平
ためいきのパプリカ春の星ひずむ 大西 健司
黒猫へ戻つてゆきし春の闇 小西 瞬夏
木の芽時我見えなくなる夜 豊原 清明
君とテニス一・四(いちよん)で春は飛んで来る 中野 佑海
万両の実くしゃみぽとんと乙訓(おとくに)へ 矢野千代子
いちめんのなのはなばたけなり命 田口  浩
午後雨にギターとれもろ春の夢 田中アパート
雨垂れは空の恋文桜餅 石井 はな
朦朧の民へそろそろ春の雷 松本 勇二
龍になること怠るなつくしんぼ 増田 天志
ふらここを揺らしまだある反抗期 谷  孝江
少女に出来立ての耳初蝶にマリンバ 伊藤  幸
感情に分度器あてる紫木蓮 三好つや子
二歳とは言葉あふれて雛祭 寺町志津子
中年や嗚咽のように白梅 佐孝 石画
足首を波が擽る修司の忌 重松 敬子
土佐文旦ごろり今生ぶらりふらり 十河 宣洋
猫好きの同志残して2月逝く 夏谷 胡桃
旅も良し日常も良し春うらら 野口思づゑ
思い出が思い出せないつくしんぼ 竹本  仰
抽斗にはしたの切手黄水仙 菅原 春み
蕗の薹夫の背丸く針仕事 鈴木 幸江
三角の角(スミ)に棲みつく距離遥か 中村 セミ
蝶生まる話に口を挟む時 柴田 清子
弥生朔日話上手の唇薄き 荒井まり子
瞼腫れお玉杓子になりました 高橋 晴子
降りしきるコード進行春の星 佐藤 仁美
風邪ひいているしゃぼん玉あるかしら 月野ぽぽな
うつらうつら春はあけぼのうつら鬱 滝澤 泰斗
鋤鍬鎌自然体あり農具市 森本由美子
目に見えぬものに怯えて椿落つ 松本美智子
手相見の運命論聞くあとは雪 増田 暁子
立ち食いのまあるい空間春の臓(わた) 久保 智恵
落ち椿昨日無くした影法師 小山やす子
塾再開大試験まであと三日 野澤 隆夫
白鳥の引きし水際のなまなまし 若森 京子
猫柳校長せんせの燕尾服 吉田 和恵
疫病列島孵化したばかりの朧月 銀   次
春ショールきっとアルトでおおらかで 新野 祐子
ちちははのひかりはそこに名草の芽 高橋美弥子
夜の奥見つめていよう沈丁花 河野 志保
弥生のカイト日輪の貌充満す 野﨑 憲子

句会の窓

十河 宣洋

特選句「少女に出来立ての耳初蝶にマリンバ」やわらかな感性が感じられる。出来立ての耳は、ふっと我に還ったとき、周りの音を拾った時の感じ。初蝶にマリンバも新鮮である。特選句「風邪ひいているしゃぼん玉あるかしら」しゃぼん玉あるかしらのとぼけた味がいい。これくらい余裕があると、風邪の治りも速い。

海程香川に入会させていただきました。北と南と距離は遠いですが、香川は十河家の祖の地です。昨年の海原の大会の折、帰りに十河城の址を訪ねて来れたのがいい思い出になりました。今後ともよろしくお願いします。

小西 瞬夏

特選句「目瞑れば撓む内臓ヒヤシンス」:「目を瞑る」ことで、意識を内側にむけると、人間の原初の感覚である「内臓感覚」がクリアになってくるのかもしれない。その内臓とヒヤシンスの取り合わせに劇的な反応が起こっている。内臓感覚からは程遠いように思える片仮名表記のヒヤシンス。だからこそ、人体の生々しさのようなものが際立ってくる。

藤川 宏樹

特選句「養花天四角四面の過疎の町(田中怜子)」香川県三豊市の花絶景の名所、紫雲出山は四角四面の入山禁止措置で、見てもらえぬ残念な桜になりました。「四角四面の過疎の町」に夕張が思い浮かびました。北海道の養花天はまだまだ先ですが、それまでに前夕張市長若き道知事の手綱捌きでコロナが治まり、大勢に見守られた花盛りになるよう願います。

榎本 祐子

特選句「百一回突入ただの揚雲雀(田口 浩)」百回でなく、百一回がいいですね。意味のない繰り返しなのか、がむしゃらに頑張っているのか、可笑しいような、悲しいような・・・

増田 天志

特選句「目瞑れば撓む内臓ヒヤシンス」水栽培を連想する。因果関係を考えると、この句の罠にどんどん陥る。

小山やす子

特選句「疫病列島孵化したばかりの朧月」世界中を巻き込んだウイルス騒動。混沌とした現状を孵化したばかりの朧月とは上手い表現だなと感動致しました。

若森 京子

特選句「老いたる愚遊ばす冬の噴井かな」冬枯れの中の噴井に心遊ばす老いの心境が上手に書かれている愚の骨頂と知りながら。老いの侘しさをしみじみと。特選句「万両の実くしゃみぽとんと乙訓(おとくに)へ」万両の赤い実がくしゃみをして、京都府南部の乙訓に落ちた。童話の様なこの一句に作者自身のくしゃみとして、乙訓の固有名詞がよく効いている。

佐孝 石画

特選句「少女に出来立ての耳初蝶にマリンバ」難解な句だ。「少女に出来立ての耳」はまだ分かる。しかし「初蝶」にマリンバとは何だ。「マリンバ」の木管楽器特有の、硬質ではじけるような音感と楽器そのものの素材感。ふわりと空を漂う生まれたての蝶の内部に、この硬質な生命の響きを重ねたのだろう。少女の耳も出来立てのようにコリッと硬質で、あたかも窯出し直後のピリピリとした白磁気のような脆さを伴う。生のみずみずしさと、硬質で脆弱な未来への予感を映像化した実験的俳句である。特選句「沖見尽くして二月のきれいな顔」沖を見ているのは誰なのだろう。「見尽くす」という執念めいたものと、その果ての諦観。見尽くした後に残る「きれいな顔」とは日常の果ての遠い理想郷を見つめるせつない自画像とも見える。僕が住む福井の越前海岸には、二月ごろ岬いちめんに水仙が咲き乱れる。水仙たちは暗く厳しい冬の日本海を見つめ続けた末、堰を切ったように花を咲かせる。この句を読んで、その水仙畑のイメージを思い浮かべた。

田中 怜子

特選句「奪われし三月学び舎の静けさよ(松本美智子)」東日本大震災で閖上地区に行った時、誰もいない校舎の静けさを思い出します。特選句「二歳とは言葉あふれて雛祭」二歳とは、ぴちゃびちゃとわかったようなわからないようなさえずりをしている幼児の可愛さが表現されてます。

中村 セミ

特選句「人間(じんかん)の正体暴く春コロナ」時節柄とは云わないが、コロナウィルスの事を描写したこの句がいいと思った。情報の多すぎる現代では、もしかして、コロナより人間の暗部がさらけ出される事の方が、ずうっと恐いと詠んでいる様に思える。コロナに感染されれば静かに治療を受けて再び生活に戻りたいだけである。そこにデマ、罵詈雑言、ありとあらゆる嘘が入ると、もういても立ってもいられなくなる。その基が人間の正体と云う。そうではない部分の方が、ずっと多いと思うが、社会ではそちらがまるで優先されるところがある。人間の正体は除夜の鐘ほどあるのだろう。

佐藤 仁美

特選句「黒猫へ戻って行きし春の闇」不思議な光景が頭に浮かび、江戸川乱歩の世界を感じました。惹かれました。

野田 信章

特選句「草青むかすかな罠であるように」:「草青む」に「罠」とはーかなしき現代の句作りではある。私もこのように現(うつつ)に目を見開いて誤魔化さずに句作をすすめたいと思うのみである。特選句「目瞑れば撓む内臓ヒヤシンス」:「風信子」の名を諾わせる句柄。その香を取り込んで「撓む内臓」と肉体化した発想の若さを想う。

月野ぽぽな

特選句「目瞑れば撓む内臓ヒヤシンス」マインドフルネス瞑想が世界的に有名になってから久しい。元は釈迦が説いた涅槃への道、八正道にある。彼の智慧は2500年もの時間を超えて生き続け、その恩恵を現代人も受けている。目を瞑り頭の中の饒舌を沈めると、体はリラックスし心身ともにクリアになり本来の自分に近づいてゆく。ヒヤシンスのありようが清々しい。

稲葉 千尋

特選句「黒文字の黄の人反核貫きし(野田信章)」理屈はいらない。黒文字の黄の華と反核を貫く人の取り合わせ。特選句「造船の鉄の匂いやつばめ来る(男波弘志)」?鉄の匂いや〟が好き、春の匂いも。問題句「鋤鍬鎌自然体あり農具市」?自然体あり〟の「あり」が気になる。「なり」ではいけないのか!

鈴木 幸江

選句評「誰からも離れた顔よ春隣(河野志保)」平明で、かつ深いこんな作品を大切にしたい。その時代、その社会の中で味わい(解釈)が変化する、その柔軟性が古典となる要素ではないかと考えている。現代社会の中では人間関係から逃れては生きていけないことは分かっていても自分を喪失しつつ再生しながらの生は疲れる。疲れたのだろう。人から離れ己になった人の顔が浮かぶ。そして、春は隣にいてくれる。春と存在者の関係になった人の姿と解釈したら救われた。問題句評「目瞑れば撓む内臓ヒヤシンス」ヒヤシンスの香りが漂う空間での出来事だろうか。この身体の反応に、訳の分からぬ不安と怖れを感じる。ただ、私には未だ経験したことのない感応であり、かつ、そこに惹かれ、自分の解釈に自信がなく問題句とさせていただいた。私には、作品の中に何か老いの真実が隠されているようで、よく感受できなかったことが残念な芸術作品を見た気分でいる。「三角の角(スミ)に棲みつく距離遥か」哲学的、数学的に難解句である。不条理の存在を提言している作品と受け取めれば分からぬことはないが。三角形の角は、一点である。距離は二点か、一点と平面の間に存在するのであるから、一点に遥かな距離があるというのは、まるで、道元の一瞬に永遠があるという思想を思わずにはいられない。それで、いいのだろうか?三角形をわざわざ登場させた意図は、非ユークリッド幾何学の世界も射程に入っているのだろうか?分からないけど異次元感が楽しかった。以上。

2句になり、作品が充実した感があります。入選作品には、入りませんでしたが。他にも惹かれる句が沢山ありました。「踏青す祈りのように歩を数え」「たんぽぽのしとねに午睡寝過ごした」「三人寄れば三人に春の色(柴田清子)」「ふわふわと鳥には翼死を悼む」「弥生朔日話上手の唇薄き」「ピラカンサスの実なりわが棲家(矢野千代子)」「風邪ひいているしゃぼん玉あるかしら」「手相見の運命論聞くあとは雪(増田暁子)」「立ち食いのまあるい空間春の臓(わた)」「落ち椿昨日無くした影法師」「雲雀東風笑いの種を売る男」

矢野千代子

特選句「うつらうつら春はあけぼのうつら鬱」ことばあそびでしょうが、やっぱりたのしいです。作者と共にあそんでみました。

重松 敬子

特選句「春ショールきっとアルトでおおらかで」春が来て、街には色があふれています。重いコートを脱ぎ、お気に入りのショールで闊歩している様が浮かびます。おおらかに人生を楽しんでいる笑い声も聞こえてきます。

高木 水志

特選句「草の芽や上手に嘘をつく装置」なるほどなあと思った。社会を生きていく中でついてもいい嘘があると、この句を読んで思った。草の芽の生命力をより響かせている。俳句ならではの世界観である。問題句「やれ狂え3・11げに遊べ(田中アパート)」どう捉えればいいのか悩んだ。 

柴田 清子

特選句「沖見尽くして二月のきれいな顔」二月の海と作者が一体になった時かと思う。海に近い所に住んでいる私には胸に響いた句です。

漆原 義典

特選句「暖かや欠伸の大きな魚売女」欠伸大きな魚売女が高松の春の訪れをうまく表わしています。昭和の高松が懐かしいです。

豊原 清明

特選句「人間(じんかん)の正体暴く春コロナ」選句稿から一句が飛び込んできた。今後、コロナの句が増えると思う。一句、よしと思い。問題句 「もう9年椿の花が咲きだした」椿の花が咲きだした。今年の東日本大震災忌、コロナの騒ぎに霞んでいたが、やはり、3・11以後、世の中の流れが変わったと思え、この一句、心に留まる。

吉田 和恵

特選句「足首を波が擽る修司の忌」旅立ちを促されているような、そんな気持ちが伝わってくる。問題句「人妻の黒髪匂う恋地獄(稲 暁)」官能を否定するわけではないが、人妻・黒髪・恋地獄。三文判をおしたような語句と思った。

亀山祐美子

特選句「春の陽を抱きつ眠ってゐるピアノ(高橋美弥子)」「抽斗にはしたの切手黄水仙」手触りのある句を頂きました。武漢肺炎の句が散見。表現に無理があり素直に感動できませんでした。  句会がないと退屈でごろごろしています。三寒四温、少し暖かくなりました。次回句座を囲めますこと願っております。

大西 健司

特選句「黒猫へ戻つてゆきし春の闇」春の闇に溶け込んでいる黒猫の存在が濃密。「黒猫へ戻ってゆく」とは悩ましい。問題句「もう9年椿の花が咲きだした」思いは伝わるが少し散文的。私的には「咲きました」としたい。

寺町志津子

特選句「春浅し会えると思う日々残し(夏谷胡桃)」老境にお入りの方の句でしょうか。勝手な解釈ですが、冬が過ぎて春の兆しに触れ、来し方行く末に思いを馳せていると、今生に、まだ、親しい友人あるいは知人の方にお会いできる日は残されていると感じた境涯感。残された日々を大切に生きたいと思う気持ちも伝わり、季語の「春浅し」がよく響き合い、好きな句です。

三好つや子

特選句「モーツァルトをつまんでしまう春の空(高木水志)」モーツァルトの曲をひょいとつまんで鳥にしたり、蝶にしたり。この句から、神の手による手品の帽子のような春空を感受。特選句「うつらうつら春はあけぼのうつら鬱」草木が芽吹き、虫たちも這いだす春。生命活動の盛んになる一方で、眠くてけだるい気分に陥りやすい頃を、うつら鬱という表現で捉えた句に、感動が止まりません。入選句「疫病列島孵化したばかりの朧月」新型コロナウイルスのせいで、外出もままにならない私たち。社会全体に閉塞感が高まるなかでも、春を愛でる気持ちは失いたくないものです。

新野 祐子

特選句「老いたる愚遊ばす冬の噴井かな」ちょっと自嘲しつつも、自分の老いをこれまでの人生をしかと肯定している。そんな人の姿が見えてきます。「冬の噴井」が何とも清々しく引かれました。入選句「疫病列島孵化したばかりの朧月」新型コロナにおびえ他の事象がことごとく輪郭のぼんやりしたものになっている今の日本。この句は、それをよくとらえていると思います。入選句「草青むかすかな罠であるように」かすかな罠とは、どんなものなんだろうと、想像力をかきたてられます。

増田 暁子

特選句「草青むかすかな罠であるように」青い色は罠なのか。人生の青い時は続くように思うが罠があるかもね、と作者。柔らかい言い方で、油断を戒めている。ドッキとして、なるほどと納得。特選句「老いたる愚遊ばす冬の噴井かな」自戒の句でしょうか。私も老いたる愚であり、公園の噴水のそばで時間を過ごして居る自分が見えます。

松本美智子

特選句「感情に分度器あてる紫木蓮」感情の起伏………喜怒哀楽に角度があるなら計ってみたいです。今日の角度は何度だろう?紫色の美しい木蓮が輝いて、私たちを優しく見守ってくれているようです。

河野 志保

特選句「中年や嗚咽のように白梅」白梅が嗚咽のようとは、最初よく分からなかった。しかし、冷たい空気のなかで小さく花開く姿に、泣きながら咲いている感じもすると思えてきた。同時にそれには、中年のやるせなさや愛しさが重なった。中年限定の共感かもしれないが、「嗚咽のように」という表現がすごいと思う。

野澤 隆夫

特選句「君とテニス一・四(いち・よん)春は飛んでくる」春を喜ぶ気持ちがあふれています。「一・四」で勝ったのか、負けたのか?「一・四」が決まってます。特選句「ふらここを揺らしまだある反抗期」ブランコにぶら下がっても、いまだに反抗期を卒業してない中三男子を想像します。今日は公立高校合格発表。反抗期の行方は…?この句もよかったです。「春ショールきっとアルトでおおらかで」ユーミンの「はーるよ…」が自然にでてきました。アルト&おおらかを結んだところも気持ちいいです。

中野 佑海

特選句「龍になること怠るなつくしんぼ」ちょっと苦くてお日様の様な味わいの土筆。小さい方が断然美味しいけど、頑張って捉えられない様に大きくなったら強くなれる?土筆ってあの穂の形まではよく見るが、そのあとはどうなってスギナになるの?変身の途中を見たことが無い。あの穂は龍になったのかな。不思議な生き物だ。「怠るな」が、胸に沁みる。特選句「瞼腫れお玉杓子になりました」寝過ぎた後のあの目の見えにくさ。あれって瞼がお玉杓子に変わっていたんですね!ぶさ可愛い所がとっても素敵!並選句「踏青す祈りのように歩を数え」祈りのようにが胸を突く。「煮凝りの闇熱飯を輝かす」魚の煮凝りは本当にまいう!日本まいう!「万両の実くしゃみぽとんと乙訓へ」まるで童話の世界。そしてサントリーのウィスキー山崎はまいう!「球根植うひらがなかたかな植うるごと」球根に着いている花の名前の名札。此が無いと、何を植えたか分からない。名前は大切。「雨垂れは空の恋文桜餅」桜餅は雨も優しくしてくれる。「感情に分度器あてる紫木蓮」はい、そこ。人の感情に水を注さないよ。黙って聴いてあげようね私!「思い出が思い出せないつくしんぼ」龍になろうと頑張り過ぎたんだわ。「知性かりっと終日椅子に雪地獄(十河宣洋)」雪地獄よりも、その考えが怖い。以上です。

夏谷 胡桃

特選句「ゆるぎない文旦パンデミックの世に(高橋晴子)」北国に住んでいるので柑橘系の実が生っている風景は憧れです。たしかな存在感があるのでしょう。救いになるような黄色を感じられました。特選句「蠢く地私の細胞減るばかり)(若森京子)」人間が滅亡しようが、放射能におかされようが植物は春が来れば芽吹きます。人間より強い。今住む場所も古代からの森を切り開いた地です。あと少しで森に戻るかもしれません。

銀   次

今月の誤読●「たんぽぽのしとねに午睡寝過ごした」。プルッと震えて目を覚ました。半身を起こしてみると、だいぶ日は西に傾いているようだ。両手を伸ばしてアクビした。目の前には幅だけは広いが情けないほど水の少ない河が流れている。懐かしい風景だ。中学時代は何かといえばこの河原にきたものだ。そう、今日は十年ぶりの中学の同窓会なのだ。それもいまや廃校となった旧校舎を借りての同窓会だ。朝のうちは教室を掃除して、女子はそれぞれおでんや鍋物の買い出しに行った。わたしは「ちょっと休んでくる」と言い置いてここに来た。寝転んで島崎藤村の詩集を読んでいるうちに寝入ってしまったのだ。山下さんが土手を駆け上がってきた。ハアハア息を切らしながら「もう始まっちゃうわよ、同窓会」。彼女は人妻だ。すっかり貫禄がついて、今回の同窓会でも幹事を務めている。「ああ」と生返事をすると、山下さんはわたしの横に坐った。彼女はことさら明るい声で「ここで二人一緒によく遊んだわね」と言い出した。わたしはうろたえて「そうかなあ」とつぶやいた。しばらく沈黙があって、山下さんは「わたしのこと、好きだった?」と訊いた。わたしは年甲斐もなく頬のほてりを感じた。そして声にならないような小声で「……別に」と答えた。しばらく沈黙がつづいた。山下さんは突然、ガハハと豪快に笑った。「そっか」と彼女は答えつつ、「さ、行こ」とわたしの手を引いて同窓会場に向かった。藤村の詩集はやがてたんぽぽが埋めてくれるだろう。……まだあげ初めし前髪の林檎のもとに見えしとき……。

久保 智恵

特選句「中年や嗚咽のように白梅」グサリと胸に刺さったのが年のせいですかね。会度に香川句会がたのしくて! 

島田 章平

特選句「地球脱出思案中です猫柳(森本由美子)」塚本邦雄の代表作に「日本脱出したし皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも」がありますが、掲句は正にその宇宙版。銀河系のどこかで猫柳が一面に茂っている緑豊かな宇宙もいいかもね。

田口  浩

特選句「モーツァルトをつまんでしまう春の空」新型コロナウイルスに地球がすっかり汚染されてしまった。住みにくいので、老人は銀河鉄道の旅に出ることにした。宇宙ステーションは牟礼町の小高い岡の上の図書館の一角にある。乗客は老人一人。快適。窓から外を見ていると、<特選句>があった。野にピアノを置いて夢中で仕事をしているモーツァルトを、もしくはその曲を、春の空がひょいとつまむ。春の悪戯である。笑ってしまう。「踏青す祈りのように歩を数え」「黒猫へ戻ってゆきし春の闇」「龍になること怠るなつくしんぼ」「抽斗にはしたの切手黄水仙」「春を待つ包帯ゆるく巻きしまま(小西瞬夏)」―銀河鉄道の車窓はいろいろな春を見せてくれるが、<黄水仙>の句や<包帯ゆるく>は、うまいなあと思う。当分宇宙の旅を楽しもう。

松本 勇二

特選句「目瞑れば撓む内臓ヒヤシンス」体内の暗い有り様から明るい季語への展開が見事。

荒井まり子

特選句「土佐文旦ごろり今生ぶらりふらり」鹿児島でも熊本でもない、土佐の文旦で決まり。形状も早世の苦味も龍馬を彷彿させて楽しい。問題句「いちめんのなのはなばたけなり命」平仮名の表記に意気込みを感じる。司馬遼太郎さんが好きだった菜の花。まるで極楽浄土の様。大好きです。

滝澤 泰斗

特選句「モーツァルトをつまんでしまう春の空」多分作者の思いとはかけ離れているかもしれないと思いつつ特選にしました。天才モーツアルトをつまみ上げてしまう春の空ってどんな空・・・と考えつつも、人智を越える自然の力の凄さ、大きさ、計り知れない深淵さを感じさせる。モーツアルトが効いている。特選句「春を待つ包帯ゆるく巻きしまま」春の句が二つ続きました。今年の春は、人類が初めて経験している異常な春。その春にあって、傷が癒えてか、包帯をゆるく巻いて春を待つ心情に希望を感じさせる。掲句に問題句はありませんが、今回は私の想像を超える句が多かったように思います。「水面打つトライアングル粒の春」粒の春とは?「蠢く地私の細胞減るばかり」「少女に出来立ての耳初蝶にマリンバ」この二句は意味を考えてはいけないのでしょう。感覚的なところを伺えればと思いました。

男波 弘志

「思い出が思い出せないつくしんぼ」正気の呆け、とは恐ろしい。「雪原の同一性として蒼い列車」現代の風俗をこそ読みたい。この列車に終点はなさそうだ。

石井 はな

特選句「感情に分度器あてる紫木蓮」感情に分度器をあてて計るなんて、素敵な発想です。今嬉しさ60度、今悔しさ30度なんて、嬉しさは倍になって悔しさは冷静になって減っていく様な気がします。特選句「中年や嗚咽のように白梅」白梅が嗚咽のように思えるのは、中年以降でないと感じられない思いだと思います。読んでしみじみ実感しました。以上です。皆さん素敵な句ばかりで、毎日の鬱陶しさが晴れる思いです。ありがとうございます。

稲    暁

特選句「少女に出来立ての耳初蝶にマリンバ」素材の選択が新鮮で詩情豊かな作品となっていると思う。少女と初蝶、耳とマリンバの類語関係も成功している。問題句「コンビニはオアシスめいて春の闇(石井はな)」実感としてはよく分かるのだが、表現が淡白すぎるような気もする。好きな句で捨て難いのだが・・・。

竹本  仰

特選句「草青むかすかな罠であるように」選評:なんの罠であるのか?そういう□をさがす楽しみがある。この世に生まれて善と悪とがあるなら、その二つは不可分に結びついており、悪もまた避けがたい、ならばそれを覚悟して生きよう、そんな世界観が見えているように思う。そんなすぐれた感覚を感じた。特選句「三角の角に棲みつく距離遥か」選評:ナゾなんだけれども、つき合いたいナゾというのがある。そういう誘惑を感じさせる。アリスの世界でいうなら、初めに出会うチョッキを着たウサギだ。この一行の中にある展開に魅力を感じる。ひきこもりに向かう詩情、そんなものか?梶井基次郎が檸檬を見つけた、あのひなびてはなやかな果物屋のような。特選句「造船の鉄の匂いやつばめ来る」選評:このツバメはオスだろう、いやいや、そう決めつけるのはどうなのか、とそんなところから入った。造船所が好きなツバメがいるんだろうな。そういえば、昔、手術前日のヒマを持て余し、何となく或る無人駅に座っていると、ツバメの両親がしきりに子ツバメを面倒見ている片隅があった。そうか、毎年、ここに来ているんだと妙に和んだ。鉄の男たちにもそれはあるだろうが、それよりもツバメがこの男たちの優しさに気づいていると思わせる所が実にいい。特選句「白鳥の引きし水際のなまなまし」選評:朝の干潟というのに思わず見とれたことがある。何というのか、絵ではなく音楽が満ち満ちていた。否、音楽を超越した生きものたちの何かがあった。朝のわずかな半時間で、もう一日を生きたより濃い風景があった。ああ、いいなあと言うしかない。そのリアルな感覚を思い出した。特選句「ちちははのひかりはそこに名草の芽」選評:はじめ「名草の芽」という季語がわからず、どう読むか戸惑っていましたが、名のある花についての芽、ものの芽の花版ということがわかり、この句がいっそう味わい深くなりました。私事で恐縮でありますが、お経の中に「仁王護国経」というのがあり、ほとけの光が黄金であり、悟りの瞬間に花が開くのとその光がさすのが同時であるのを、読む中で体感することができます。この句にもそれがあります。同じ光がさしているなあ、というのが極私的な鑑賞でありますが、ありがたいひかり、ありがたき人生というのを体感できる句であるように思いました。

藤田 乙女

特選句「雨垂れは空の恋文桜餅」 日々コロナ肺炎のニュースで気が滅入る中、この句を読むと明るい気持ちになり、春の訪れを心底楽しみたくなりました。恋文と桜餅の取り合わせがとてもいいなあと思います。特選句「ちちははのひかりはそこに名草の芽」永遠無きものの中に愛によって命が繋がれていくという小さな命への慈しみを感じた句でした。

高橋美弥子

特選句「造船の鉄の匂いやつばめ来る」今治の造船所を思いました。景がぱっと立上ります。鉄の匂いとつばめの取り合わせが新鮮に感じました。問題句「舌鮃白き肉解す人の闇(桂 凜火)」舌鮃白き、まで一気に読むのでしょうか?「切れ」で悩みました。

桂  凜火

特選句「雲雀東風笑いの種を売る男(三好つや子)」うっとおしい今の世の中、笑いの種を売る男は大歓迎です。しかし、笑いを売ることを商いとしている人にとっては、売る場所も今は限られていることとお察しします。早くこの疫病も落ち着くといいですね。雲雀東風という季語も新鮮でした。

小宮 豊和

「いちめんのなのはなばたけなり命」句意はよく伝わる。感動もそこそこ伝わる。しかし兜太先生のよく使った表現、もう少しパンチがほしい。私は原因は句の形態がひとつ考えられると思う。この句でいえば一字流れからはずした「命」である。こういう表現で感動を呼んだ句は少ないように思う。「命」を句の中に取り込んで少しでも新鮮な表現をさがすのが正当な方法であろう、例えば、出来不出来は別として、「ひしめくや菜畑いちめん黄の命」などのたぐいである。

谷  孝江

特選句「沖見尽くして二月のきれいな顔」長い北陸暮らしの者にとって、二月は何とうれしい月でした。もう確かに春が近づいて来ているのです。日によっては一尺近い雪が積もる日もありますが、立春過ぎればそれは、春の雪なのです。一日、一日、三月が近づいているという嬉しさは今も忘れられません。作者は、暖かい所にお住まいかも知れませんけれど、春を待つ思いは一緒だと思います。二月のきれいな顔で私の思いの中にすっきりと入り込んできました。やさしくて佳い句です。

野口思づゑ

特選句「清(すが)し苦し水琴窟の梅の響(おと)(久保智恵)」美しい情景の句のなかに「苦し」が加えられている。これは個人的心情なのか、それとも現在の世界的世情の反映なのか分かりませんが、句に深まりが出て光景と心が良く伝わってきました。その他「人間の正体暴く春コロナ」その通りだと共感します。人間、人間の延長であるそれぞれの国の事情も見えてきました。「暖かや欠伸大きな魚売女」海に生きている女性のおおらかさが伝わってきました。「奪われし三月学び舎の静けさよ」: 「奪われし」まさにその通りです。

本当にコロナウイルスにはうんざりですね。あれよあれよという間に世界に広がっていて それだけ現在はグローバル化が進んでいたという事のようですね。句会もキャンセルで残念ですね。 オーストラリアでは、室内では一人当たり4平米距離を取らなくてはいけないという事になりました。また国際便もほとんど飛ばない状態ですので、普段でしたらそろそろ5?6月頃の日本行きを計画するのですが、今年はこの時期は予測がつきません。とはいえ、そういったコロナの影響にあまり惑わされず普段の生活で行きたいと思っています。句会報、楽しみにしています。

田中アパート

特選句「モーツァルトをつまんでしまう春の空」ダダ。ダリ。

三枝みずほ

特選句「瞼腫れお玉杓子になりました」過労、睡眠不足、病、外傷、涙など瞼が腫れる経緯は様々。精神的に辛い。それなら、いっそのことおたまじゃくしへ!ヒトの進化を逆行し、生命体そのものに近づいてゆく。軽くて面白い発想だった。

森本由美子

特選句「黒猫へ戻って行きし春の闇」黒猫にひっそりとスプレーされた春の闇。夜の深まりとともに黒猫はそのしなやかな体に闇を吸い込いこんでゆく。溶け合うために。ちょっとした仕掛けがポエテイックなイメージを掻き立てます。「モーツアルトをつまんでしまう春の空」「立ち食いのまあるい空間春の臓」問題句ではありませんが、作者の方からお好きなように解釈して楽しんでくださいと渡されたような気分です。楽しませていただいています。

海程香川句会に参加させていただき嬉しさと緊張を感じております。70歳で偶然俳句と出会い、無知ゆえの怖いもの知らずで作ってきましたが、いまだに自分らしさを表現できず、心にもっと風穴を開けなくてはと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。→ぽぽなさんの「星の島句会」のお仲間ですね。ご参加、とても嬉しいです。こちらこそ、宜しくお願い申し上げます。

河田 清峰

特選句「万両の実くしゃみぽとんと乙訓へ」ぽとんと乙訓へが古事記の世界へ案内してくれるよう、池の辺りの万両の実ががよく景色が見えてくる。もうひとつ「草青むかすかな罠であるように」も好きな句である。

高橋 晴子

特選句「二歳とは言葉あふれて雛祭」女の子は二歳ともなるとおしゃべりが上手になる。「言葉あふれて」がうまい。「とは」に感情が出ている。問題句「目に見えぬものに怯えて椿落つ」:「目に」は不用。?見えぬもの〟を感じる心は大事だが、?怯えて〟椿落つ と、因果関係にしない方がよい。多分、?怯えて〟が、言い過ぎなのでしょう。?感じて〟位にしたら、面白い。

 一週間程前、兵庫県立美術館でゴッホ展を見てきました。ゴッホの画業はたった十年なんですね。それも世に残る糸杉だの麦畑だの明るい絵は最後の2年だけ。(37歳で自殺してる)「星月夜」を期待していったのだけどありませんでした。一枚だけ糸杉がありましたは、あの筆致に圧倒された。あれが内面を表すのでしょう。いい空でした。

野﨑 憲子

特選句「水面打つトライアングル粒の春」水面を打つ一滴の光をトライアングルと捉えた作者の慧眼に脱帽。その一瞬をスローモーションで観るようだ。問題句「春寒き悪霊船を見に行かむ」新型コロナウイルスの集団感染が確認されたクルーズ船を詠んでいると思い惹かれた。人類の未曾有の危機を照らす真言のような一句を、悪霊も創造主も待ちかねているのかも知れない。

(一部省略、原文通り)

【句会メモ】

新たに、旭川の十河宣洋さん、ニューヨークの森本由美子さん、そして久々に福井の佐孝石画さんもご参加くださり、ますます層の厚い魅力あふれる句会になってまいりました。これからが楽しみです❕

今回は、コロナウイルス感染回避の為、高松での句会は中止にさせていただきました。なので<袋回し句会>もお休みです。やはり、句会が無いのは淋しい限りです。4月句会は、いつもの18人収容の67会議室から38人収容の窓のある55会議室に変更し、何とか開催したいと念じています。コロナウイルスの一日も早い終息を祈るばかりです。皆様もくれぐれもご用心ください。

冒頭の写真は、海女の玉取伝説の真珠島(今は埋立られて陸続きになっています)の山櫻です。櫻には、コロナウィルスは無縁のようで、今年も可憐な姿を見せてくれています。

2020年2月27日 (木)

第103回「海程香川」句会(2020.02.15)

風船2.png

事前投句参加者の一句

          
冬の山足音だけの私かな 河野 志保
木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる 田中 怜子
女教師が時にはりんごいじめっ子 竹本  仰
ヤンバルのみどりが鳴るよ踊りたい 夏谷 胡桃
鮟鱇解く楸邨先生紙と筆 滝澤 泰斗
モノクロの夢のあわいの冬菜美し 新野 祐子
鐡の蟻は土中からひょと現れ 豊原 清明
黒猫が鳴く淋しい二月二十日 島田 章平
他界より荒凡夫の声や荒星 野口思づゑ
初夢も身の丈となり猫と居る 寺町志津子
鳥肌立つ原爆ドーム前冬夕焼け 桂  凜火
裸木の骨格わたしには眩しい 増田 天志
菜の花やもやっと背なに翅生るやう 河田 清峰
思想などあくびと同じよ冬日向 銀   次
暗がりのポインセチアはサロメの血 月野ぽぽな
余寒なほ内耳にジェラシーの微音 増田 暁子
職人の林檎の歯形荒々し 小山やす子
岸辺には会釈の切れ端春を待つ 高木 水志
ハムレットごっこの遊び春うれい 重松 敬子
まわれ右バレンタインとスキップと 荒井まり子
如月のしじまに陽気なバスが来る 伊藤  幸
春隣 鬼隣 人隣 かな 男波 弘志
姿見を出たがるしっぽ雛の夜 三好つや子
臘梅に白き陽があり風があり 高橋 晴子
邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声 榎本 祐子
岩堅く粘土は嘘ばかりつく 中村 セミ
凍つる夜の羽音として終電車 三枝みずほ
逡巡の恋アフリカマナティーの気泡 大西 健司
雪原を行くちちははに影がない 小西 瞬夏
月は雲を雲母(きらら)のごとく凍らせて 松本美智子
謡い初め仕出し弁当平らげて 野澤 隆夫
草臥れてわたしもひとり春の蝿 鈴木 幸江
見馴れたる景色の中へ椿落つ 谷  孝江
軽トラに屍となる春の鹿 菅原 春み
寒木瓜やしりとりあそびすぐ終る 矢野千代子
行き行きて行き行く心俳句馬鹿 稲   暁
発火せよわが爪先の冬椿 久保 智恵
ふくらむや冬芽のような女の子 小宮 豊和
佐保姫はまだか磐座火になれぬ 亀山祐美子
ソウル梅林冬日に鮫の迷い入る 田口  浩
水底に忘れ物したような二月 柴田 清子
舞い上がる恋の火の粉や牡丹の芽 藤田 乙女
僕の八朔水脈の先なる金星は 中野 佑海
鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ 藤川 宏樹
立春大吉免許証を返納す 稲葉 千尋
冬すみれ君の言葉は絆創膏 石井 はな
野を焼くや母の五体も天届く 漆原 義典
さよならも言えず言わずに梅がさく 田中アパート
よく歩く祖母で相撲と黄粉餅 松本 勇二
あふあふ笑う人みな童顔川紅葉 野田 信章
かなしみはましかく春の星うるむ 高橋美弥子
蛸干しや終生踊る形して 吉田 和恵
着ぶくれて誕生に触れ死にふれて 若森 京子
昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり」2月は兜太先生を思う月。原を「ウル」と読むのですか? ウルフ? どちらにしても、兜太先生のとてつもない大きさを思わせる。月と狼のことしか言っていないので余白が限りなく大きい。 

豊原 清明

特選句「木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる」木枯らしが映像として見える所が良い。映像が浮かぶから、はっきり形がある。分かり良い。問題句「村中の老いを飲み込む枇杷の花(小山やす子)」村中の老いは社会問題かと思う。老人が増え続ける。お国は更に厳しくする。枇杷の花が美として浮かぶ。

田中 怜子

特選句「如月のしじまに陽気なバスが来る」新コロナウイルスでくさくさしている昨今、早く陽気なバスが来てほしいという願いで特選句にしました。問題句「女教師が時にはりんごいじめっ子」どういう意味でしょうか? 

松本 勇二

特選句「水底に忘れ物したような二月」二月の形容に鮮度あり。

榎本 祐子

特選句「見慣れたる景色の中へ椿落つ」日々見慣れた何の変哲もない景色の中に椿が落ちる。小さなきっかけにくらりと世界が変わる。ズームアップの椿が鮮やか。

中野 佑海

特選句「はっか飴シーシーぎんねずひかる猫柳(増田暁子)」小さい頃よく買ってくれた、赤い缶に入ったフルーツ飴。白いのに甘い林檎味のと薄荷のとあって、最後に残るのがこの薄荷。でも、勿体なくて最後まで食べた。あの少し辛くて、スースーする。合わせてシーシー。絶妙な表現。拍手!それに合わせて、猫柳のあの開く前のあのなんとも言えないムズムズ感。ウー、薄荷飴。やっぱり年取っても辛い!特選句「神経衰弱指靴下五足(藤川宏樹)」指靴下を履く時、何故か指が違う所に入る。その足が百足のように五足もあったら、何処が一緒で何処が入って無いのか調べるだけで腹がつかえて、頭に血が昇ってどうしようも無いこと限り無し。このうわ~って言う感じを漢字九文字で表しているのがまるで絵のようだ。並選句「五七五季語がじゃまなの七五三(田中アパート)」季語がじゃまと言いつつ七五三と言う季語が。「思想などあくびと同じよ冬日向」高校時代はツァラトゥストラだのショーペンハウアーだのと知ったかぶりして小難しい本をよんだものだ。実は、稲さんに言われるまで、忘れていた。欠伸したら忘れるのは今の私だ。生温い日本に居て、こうやって句会に来られる。有難う我が子よ!「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」お雛様の夜には女達の百鬼夜行が?「邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声」鬼は外と放り出され、車に踏まれ鬼さんご苦労様。節分の次の日は立春です。「存在の耐えざる国の君いだく」世界には虐げる人と虐げられる人が。何方も心に闇が。その闇の心を儘に受け入れてあげられる人に私は成りたい。「冬すみれ君の言葉は絆創膏」心優しい人って凄いよね!言葉が絆創膏だもの。いつも尻尾出しまくりの私は反省しきり。「蛸干しや終生踊る形して」捕まったら最後干されて踊る格好のままずっと一生を終える。これって何の罰ゲーム?

島田 章平

「蛸干しや終生踊る形して」「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」二句とも生と死に触れた句。どこか可笑しくそして哀しい。『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の「遊びをせんとや生れけむ。戯れせんとや生れけん。遊ぶ子供の声聞けばわが身さへこそゆるがるれ」がふと浮かびました。生も死も所詮、夢の中。踊り戯れそして消える。終生踊る形をして・・・。

若森 京子

特選句「岸辺には会釈の切れ端春を待つ」映画のワンシーンの様な景が浮かび、春を待つ明るさがある。‶切れ端〟の措辞が心理的なものもあり上手いと思う。特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」一読して雛の夜の妖しさがうかがえる。作者にはどうしても姿見に映したくない‶しっぽ〟があったのであろう。それが出たがって仕方ない。ユーモラスな一句。

小山やす子

特選句「鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ」 子供の頃父から聞いた開戦の話を思いだし鴨の引く一直線の水脈と電文が重なり切なくなりました。

増田 天志

特選句「僕の八朔水脈の先なる金星は」舟を漕ぎ出し、海の果て、水平線より、天空へ渡る。銀河に、動く舟影が、見えたという。センター入試の漢文で、読んだことがある。ポエ厶だなあ。

寺町志津子

特選句「裸木の骨格わたしにはまぶしい」春には淡く、夏には濃く、緑の葉が茂り、秋には見事な紅葉に彩られて人目を引いていた木。冬に入り、すっかり葉を落とし、骨太の幹だけになった裸木を目にした作者。寒風の中に、虚飾なく毅然と立っている裸木に、日頃、世俗の概念に捕らわれて右往左往している我が身が、ふと恥ずかしくなり、素の裸木に眩しさを感じた作者。裸木に眩しさを感じ真摯な方に違いない。裸木が季語として良く利いていると思う。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」:「着ぶくれて」の季語から、作者はおそらく年配の方であろう。長く生きてきた歳月。たくさんの生き死にを経験し、人の命への感慨も一入。その境涯感に心打たれた。

 
野澤 隆夫

特選句「木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる」木枯らしを避けて作者は急になりひら邸の角を曲がったのかと。屋敷町の広さと木枯らし。黒沢明の映画シーンが浮かびます。特選句「初夢も身の丈となり猫と居る」若かりし頃の初夢は突拍子もない夢だったのが、今はそれ相応の夢。それが現実と。猫が登場したのがいいです。特選句「職人の林檎の歯形荒々し」作者の視点の鋭さに感心。林檎を齧ったその歯形に注目して作句する人はあまりいないのでは…。

大西 健司

特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」何と繊細な感覚なんだろうと、その身体感覚の冴えにひかれた。特選句「よく歩く祖母で相撲と黄粉餅」素朴ながら味わい深い一句。ただ「祖母で」の「で」が不満。「祖母や」または「祖母は」ではどうだろう。あくまでも個人の好みの範疇だが。

伊藤  幸

特選句「凍つる夜の羽音として終電車」ポエムですね。宮沢賢治の世界です。何かしら人間の儚さ寂しさも感じ取られます。終電車が効いています。

夏谷 胡桃

特選句「野を焼くや母の五体も天届く」野を焼きながら天に昇っていった母を思い出しているのでしょうか。田舎の80代から上の方は、自然と共に生きハッとさせられる魂の美しさを持った方たちがいます。最近わたしは、原始仏教に興味をもちました。中村元先生の本など読んでいます。慈しみという言葉が好きになりました。この句は慈しみの心があると思います。特選句「さよならも言えず言わずに梅が咲く」仕事柄、大好きな人たちにサヨナラを言う暇もなくお別れすることが多いです。年末にひとりの男性が病気になりました。家族が東京なので、わたしが盛岡の病院へ連れて行き、家族の到着を待っていました。検査が長くて、ふたりでコンビニのサンドイッチを食べました。家族が来て引継ぎ、彼は入院になり、手を振って別れました。正月明けに家族から亡くなりましたと電話がありました。手を振ったのがサヨナラだったのか。彼の笑顔だけが残ります。この句を読んで、いろいろな人の顔が思い出が浮かんできました。問題句「軽トラに屍となる春の鹿」屍という言葉が強すぎると思いました。でも、わたしの住む地では当たり前の風景です。死んだ鹿をその場でさばいて、肉をくれたりします。鹿の肉は美味しいです。

藤川 宏樹

特選句「蛸干しや終生踊る形して」句会で多数の選が入ったとおり、滑稽にして悲しみある句。これぞ俳諧の味と言えるでしょう。「終生踊る」が効いて干し蛸をズバリ言い切っており、冷たい浜風と潮の香りが届いてくるようだ。

石井 はな

特選句「纏足を包むや冬のチューリップ(三好つや子)」昔纏足の方を見掛けた事が有ります。子供心にもその変形した足が恐ろしく、歩くのも儘ならない様子に心が痛みました。あの足をチューリップが優しく包んでくれたらと思います。問題句「冬紅葉日がな眺めつ酒五合」酒五合が気になりました。一人で五合なのですか。句の感じは一人酒ですが、香川の方は一人五合は普通に召し上がるのでしょうか?

  皆さんのびのびと句を作っておられる雰囲気がして、読んでいて楽しいです。私も皆さんを見習って、思い切り羽を伸ばした句を作りたいと思います。

稲葉 千尋

特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関(吉田和恵)」まいった、やられたという感じ。炎鵬の白い肉体と白い顔まるで寒卵、炎鵬がんばれ‼「美濃紙折り母の寝嵩を憶う冬」は、‶美濃和紙〟でいいのではと思います。

滝澤 泰斗

特選句「暗がりのポインセチアはサロメの血」一般的に、ポインセチアはクリスマスのシンボルとして鮮やかな赤と緑のコントラストを想起させるが、これが暗がりにあると確かに鮮やかな赤がやや毒々しい赤色を帯びる。それがサロメの血として見立てられて予定調和を裏切る。この血とは、父ヘロデが娘サロメに、望みがあれば、叶えてやろうと・・・サロメが所望したのは、イエスに洗礼を施したヨハネの首。そして、その首から流れる血で本来、喜ばしいクリスマスが悲しみの奈落へ。17音でありながら、ダイナミックな歴史を見事に切り取った。特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」内耳、ジェラシー、微音が奏でるデリカシーに感心しました。

鈴木 幸江

特選句評「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」人が体の芯に寒さを感じ重ね着をする時、意識するにせよ無意識にせよ己が命を守らんとしている自分がいる。着ぶくれるという人の所業に私も命を感じる。大切にしたい感性である。“誕生に触れ死にふれて”の措辞を私は三層に解釈した。一つは仏教的な世界。二つ目は細胞学的解釈。三つ目は哲学的解釈。一つ目、仏教の命を輪廻転生の中に置く一つの代表的な思想を思った。二つ目は、人の身体の中では細胞の誕生と死が同時に起きているという科学的な認識。三つ目は、哲学的に人に与えられている誕生と死を思った。今私は着ぶくれて、この三つの想いを、なんとか自分の中で消化して自分なりに吸収したいと足掻いている。問題句評「纏足を包むや冬のチューリップ」纏足は唐の時代から清の時代まで長きに渡って成された、女性の足の成長を包帯で縛って止めてしまい足の小ささとそれによる歩き方に美とエロスを感じたという奇習である。冬のチューリップも夏場低温処理をして早咲きをおこし、それを愛でるという一種の人工的な美の世界である。纏足とチューリップの形態的な類似性が鑑賞を深くしてくれる。私はこの句に身震いがした。人に潜む魔性と美意識が仲良くなりやすいことに。心に留めておきたい人の傾向として、問題句として、挙げさせていただいた。

田中アパート

田中アパートと申します。「海程香川」丸に乗船させていただきました。よろしくお願い申し上げます。尚、特選句&問題句はありません。ただしスカタン(アパート個人の選句名)党としまして、「鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ」を推します。

月野ぽぽな

特選句「逡巡の恋アフリカマナティーの気泡」マナティ自身の恋ではないと読みました。マナティーのむっくりした体やその動作のありようや気泡のたゆたいが恋を思わせたのと。ビリビリ切羽詰まったのではない、豊かな達観が立ち上ってきて趣がありました。

三好つや子

特選句「春隣 鬼隣 人隣かな」三段切れで句またがりにもかかわらず、リズム感があり、不思議な面白さを放っています。知らぬ間に感染しているかも知れない、コロナウイルスの恐怖も感じられ、注目。特選句「凍つる夜の羽音として終電車」コピーライターに憧れ、広告制作会社に入った私に待ち受けていたのは、深夜におよぶ残業と、終電車に遅れないよう全速力で走ること。そんな若い頃を思い出させてくれる作品です。入選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」小さなからだで大きな力士に立ち向かってゆく姿と、栄養の塊のような寒卵が重なり、惹かれました。入選句「門限に遅れし梟かもしれず」門限を守る梟=冒険をしない生き方って、つまらないと思いませんか?という作者の心の呟きが聞こえたので、共感。 

高木 水志

特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」余寒と微音の響きが似ているように感じる。耳の奥にある内耳にわずかなジェラシーを感じて、とても繊細な感覚だと思った。

柴田 清子

特選句「雪原を行くちちははに影がない」だんだん遠のいていく、父と母の死を雪原でもって、白一色でこんなに美しい旅立ちに。感じ入りました。

漆原 義典

特選句「蛸干しや終生踊る形して」蛸干しを見て、終世踊る形という表現は感性の鋭さゆえです。素晴らしい句をありがとうございました。

中村 セミ

特選句「蛸干しや終生踊る形して」最近、アカデミー賞で主演男優賞をとった、ジョカーという映画をDVDで見た。簡単に云うとジョカーは捨て子で、ある大富豪のメイドをしていた女に拾われ育てられるのだが、小さい時から何かにつけて、ヒヒヒヒと、怒った時でも悲しい時でも喧嘩を売られた時でも、その笑いが出る。一種の病気だった。母親も少し精神病があり、ジョカーに対して「実はお前は大富豪の子供なのだ」と嘘をつき、とどのつまり、大富豪に会って「お父さん」というところで、母親がおかしい人間だと初めて分り、精神病院に入っていた事もあり、そのカルテを見て、自分の生い立ち、母親の事が分った時、ジョカーがこのシーンでヒヒヒヒヒヒヒという笑い、顔はめちゃくちゃ悲しいのだけど笑う、笑いが止まらない。ここが圧巻!それからジョカーは悪になった。という映画と重なりました。

野田 信章

特選句「凍つる夜の羽音として終電車」の句は、裡にこもりがちな凍つる夜の終電車の単調な響きを夜空へ発ちゆく「羽音」として感受する。ポジティブな把握に明日へとつながる情感が伺える。特選句「冬すみれ君の言葉は絆創膏」の句は、たとえ「絆創膏」ていどだとしても君の発した言葉だと肯定的に受けとめるところが小さな命の「冬すみれ」とも響き合うようだ。特選句「水底に忘れ物したような二月」の句は、冬と春の間(あわい)の気分の表白というか、「何か忘れ物したような」と水底を覗き込むものは水温むころの気分の把握の確かさであろうか。

吉田 和恵

特選句「雪原を行くちちははに影がない」月の雪原を行く二人という叙情に下五‶影がない〟は、少し乱暴かも。しかし胸に迫るものを感じた。私の母は、九十一歳で健在。亡父の元に行く気があるのかどうかなんだか怪しい。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」生死を達観しているようにも、またその逆のようにも取れ、ざわつきを覚えた。

男波 弘志

「大水槽の鱏とまどいの愛深く(大西健司)」囚われの身であっての執着。火宅の中の火宅だろう。 「月桃の花なんて知らないことばかり」ここは琉球王朝、大陸からの文化の交差点。知らないとは、未知そのもの!「冬すみれ君の言葉は絆創膏」だいたい絆創膏など貼る傷は大した事はない。むしろ深手を負う何かを求めている。

高橋美弥子

特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」梅が咲く頃のうっすらとしたさみしさが一句に漂う。言おうとして言わないのか、言えないのか。「咲く」を「さく」とひらがな表記にしたところも良いなあと思います。問題句「女教師が時にはりんごいじめっ子」どう読めばよいのか迷いました。女教師が時にはりんご まで一気に読んで、だとしたらりんごといじめっ子の因果関係は何なのかわからず、句の裏側の物語にまで頭が及びませんでした。

河野 志保

特選句「職人の林檎の歯形荒々し」きっぱりと言い切って爽やかな読後感。健やかさも伝わる。「職人」の「林檎の歯形」が私には気持ち良く響いた。

田口  浩

特選句「霞の奥くれなゐの川ながれをり(野﨑憲子)」この作品を「座頭市」と言えば古いだろうか。つまり、いつ抜いたか、いつ斬ったか、と言うような事。句の意味など(あればの話だが)ポロポロのべるわけにはいかない。無粋である。その上で、春は<霞の奥>がいい。また<くれなゐの川>をヤボではあるが、ひとこと言えば「くれなゐ」は紅花の別称、そして、名香伽羅の一種とくれば、川の流れゆく先は、そう、美しくてイロッポイ。句稿中、「ペン先の走る速さよ雨水くる(重松敬子)」「くしゃみひとつそれでも空のあかるい日(三枝みずほ)」は、読んでいてうれしい句である。

新野 祐子

特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」小柄で機敏に動く炎鵬関、初場所を大いに沸かせました。寒卵という比喩、抜群です。入選句「幕尻が勝つことだって大試験」この句も初場所のこと。徳勝龍関の健闘、素晴らしかったですね。あの勝利はけっしてまぐれではないでしょう。気迫と日々の努力の賜物、大試験といえますね。入選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」服を着るのは人間だけ。でも生まれた時は裸、死ぬ時はそれに近い。「着ぶくれて」との対比がおもしろい。問題句「冬の山足音だけの私かな」情景も心情もよく見えてきます。ただ、「私」の後の「かな」という詠嘆はどうかなと思いました。   昨日は、曇空の中、あちらこちらでノスリを四羽も見ました。銀色に近い羽がきれいでした。兜太先生の命日でしたね。兜太先生が飛ばしているように思えたものです。

増田 暁子

特選句「モノクロの夢のあわいの冬菜美し」冬の寒さに育ったモノクロの冬菜が夢のあわいのようだ、との作者の感性にびっくりです。特選句「寒木瓜やしりとりあそびすぐ終る」季語と中七下五の素晴らしい調和がなんとも言えず心に沁みます。

谷  孝江

特選句「ふくらむや冬芽のような女の子」一読、やさしくて、愛が溢れていて良い句だなと思いました。来年も又、次の年もふっくらと育ってゆく女の子の姿が見えてきます。どうか素敵な大人になって頂きたいですね。日本がずっとずっと平和である様に願うばかりです。

銀   次

今月の誤読●「軽トラに屍となる春の鹿」。若者は軽トラに乗っている。荷台には買ったばかりのダイニングテーブルを積んでいる。彼女と同棲してから今日で一年目だ。今夜は極上のステーキ肉を食べよう。若者は左の胸にポンと触れた。手応えがあった。少々ムリをして買ったリングだ。彼は今日、正式にプロポーズをしようと思っている。ラジオからは古いロックが流れている。子鹿はクウと大きく首を伸ばして空を見上げた。大きく息を吸い込んで満足げに吐いた。あたりを見まわした。春なのだ。好物の新芽がいたるところにある。なんていい日だろう。まるでごちそうの山だ。子鹿は新芽を食べながら生きていることを実感した。若者は近道をしようと山道に入った。国道を行ってもいいのだが、少しでも早くうちに帰りたかったのだ。えーと、と考えた。肉料理に合うのは赤ワインだっけ白ワインだっけ。ま、いいか、お店で聞けばいいものな。でもそういうのもこれから勉強しなきゃな。子鹿はアゴを大きく振った。アブが耳元にブンブンと迫ってきたからだ。アブは去っていき、森の静寂がもどってきた。世界は静かだ。若者は思った。いよいよ家庭を持つんだ。赤ん坊も生まれる。カメラを買おう。子鹿はちょっとしたまどろみから目覚めると、鼻先に蝶々がいた。急に愉快になった。子鹿は蝶々を追って駆けだした。若者は彼女と会うのが待ちきれず、アクセルをグッと踏み込んだ。子鹿は蝶々を追うのに夢中になって、山道に飛び出した。

桂  凜火

特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」炎鵬の活躍はいつも気持ちいいですが その炎鵬を寒卵破って出たとは楽しい発想です 絵画的な活写が素敵だと感心しました。

稲    暁

特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」耳の奥にわずかに残るジェラシーの余韻。季語「余寒」と感覚的に、かつシュールにつながっている。問題句「霰の電車ぱらりぱらりと細胞よ(久保智恵)」:「細胞よ」が分からない。ゆえにとても気になる。霰、電車、細胞。三つの素材の関連性やいかに。

菅原 春み

特選句「湯豆腐の白い四角を掬う明かり(田口 浩)」まさに湯豆腐の真髄。おいしそうです。特選句「あふあふ笑う人みな童顔川紅葉」オノマトペがいいです。季語もいいですね。

藤田 乙女

特選句「吊し雛縫込められし母の恋(石井はな)」母の凝縮された濃厚な恋の感情が伝わってきました。特選句「くしゃみひとつそれでも空のあかるい日(三枝みずほ)」マスクの高騰、咳トラブル、コロナ感染患者に対応した医療者への不当な扱いなど人間の在り方についていろいろ考えさせられたり、これからの感染の蔓延に不安になったりしますが、この句を読んで明るい気持ちになり、希望を持って毎日を過ごしたいと思いました。

竹本 仰

特選句「邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声」豆まきの邪鬼でしょうか、たしかにどんな声を出すのか、その着想面白いですね。われわれの本音にごく近い生々しいものではないか。その生々しい弱さ、それを春の声ととらえる、この辺もいいものがあります。春の声がきれいではなく、けっこう濁った微生物たっぷりなうごめく感じ、いいのではないでしょうか。会津八一に「まがつみはいまのうつつにありこせどふみしほとけのゆくへしらずも」の歌がありました。寺は燃えて仏はその度にいなくなるが、その仏に踏みつけられていたあの醜い邪鬼だけは必ず残っていく皮肉。われわれ人世の真相を痛く衝くようですね。特選句「行き行きて行き行く心俳句馬鹿」小生が海程に入ったその時の動機を言い当てられたような句です。昨年の高松での全国大会でもその感じがありありと感じられました。奥の細道の最後の曾良の句「行き行きて倒れ伏すとも萩の原」に通じる風狂の句、つねにかくありたいと感じる句です。特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」死別には梅が合う、そんな実感を持つことが多いです。この句にもそんな匂いを感じました。桜ほど感情移入をさせない、いつの間にか咲き、いつの間にか散り、その清冽さがいいのか。いいですね。 特選句「かなしみはましかく春の星うるむ」たしかに、かなしみはましかく、です。かなしいほどましかくですね。実感を強く感じさせる句だと思います。なぜ、人間はかなしみをましかくにしか感じられないか?とも、喚起させる、詩的喚起力にみちみちた句だと感心しました。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」年を取るということは、どういうことかな、という詩情でしょうか。答えは言わないけれど、問うことで成り立つ、いい詩だなあと思います。※拙句「女教師が時にはりんごいじめっ子」について、これは昔、中学生の頃、女子のテニス部の顧問の女性の先生から、かなり不当なお仕置きをされ、長年、そのことが疑問であったのですが、ふと、一度だけ或る公式戦で、この先生から悲鳴のような声援を受けた記憶がよみがえり……何というんでしょうか、このどちらも「ああ、やっちゃった」感があり、後から思うと、この先生、けっこう不用意で野性だったと気づかされ、あのナマな感じがこんな句になったかなと思います。すごく個人的で、人間臭い話で、恐縮ですが。

三枝みずほ

特選句「逡巡の恋アフリカマナティの気泡」恋も気泡も儚いが、生きているからこそのもの。アフリカマナティの存在感、ゆったりと泳ぐ様、アフリカという地名に独特の世界観と生命力がある。「僕の八朔水脈の先なる金星は」手のひらにあるものは八朔、だが雄大な自然、宇宙との繋がりを感じた。 

矢野千代子

特選句「見馴れたる景色の中へ椿落つ」落花一輪―音まで感じられます。我家にもおとめつばきが一本ありますが、散るというより悲しいほどいさぎよく落ちる花ですね。

野口思づゑ

特選句「職人の林檎の歯形荒々し」屋外で体を張って仕事をしている職人を想像。仕事が一息ついて、林檎を大胆に齧る。「歯形荒々し」でその豪快な食べっぷりが見えるよう。その他「生きること連なることや冬の家」生きることを、連なる、の言葉に捉えた感覚に共感しました。下5の季語もしみじみと効いている。

河田 清峰

特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」鏡の中に何かいそうな雛の夜とは?雛の夜だからあり得る。特選句「水底に忘れ物したような二月」忘れ物が二月に効いている好きな句です。

高橋 晴子

特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」その心情に開く梅の情緒を感じさせて佳句。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」着ぶくれてに只今の感情が出ていて切ない。問題にもならない句「五七五季語がじゃまなの七五三」ぺらぺら俳句で遊ぶな‼言葉にはその人の全身の重みがある。口先だけなら俳句でなくていいと思うよ。

亀山祐美子

特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」雛祭りのために装おう。普段は上手く抑え込んでいるしっぽ(自我)が気を緩めると、出てしまう。白酒には注意しなければ…。狐か狸か、女と一言も言わずに女の一面を捉えた面白い自戒の一句。愉快な佳句。特選句「蛸干しや終生躍る形して」風に吹かれ乾いてゆく蛸の姿干し。ただそれだけなのに、誹諧味のある切ない一句になっているのは、写生の確かさからくるものだろう。絵の後ろにある人生観の伝わる秀句。 私の理解力不足か意味不明の句が多い。俳句として新しい表現だと手放しでは喜べない、詩か散文に近く俳句と呼ぶには余りな一行詩が並ぶ。心を引っ搔くものの、底まで届かない安易さが惜しい。骨太な一句に仕立て上げる技術力不なのか、観察不足なのか、念力(想い)不足なのか。己の作句に対する自戒としたい。

松本美智子

特選句「見馴れたる景色の中へ椿落つ」このような感覚に陥る瞬間は日々の生活のなかで「あるある!」と思います。いつもの風景にいつもないものが美しく存在するだけで、何気無い景色がひかりだすようです。

小宮 豊和

特選句「冬の山足音だけの私かな」昔よく唄われた歌に「雪の降る町を」というのがあった。知人に新潟の古町を飲み歩いていた男が居たのでうっすらと覚えているのだが、雪の降る町を「思い出だけが通りすぎてゆく」「思い出だけが追いかけてくる」などの歌詞があったように思う。これらのフレーズはやや締めがあまく、決着がゆるく一歩踏みこんだ着地にはなっていないと私はおもうのだが、先に掲げた特選句とは外観はやや似るものの中味は本質的に異る。掲句は厳しく自己を見つめ、自分の足音が無くなったら自己は消滅するのではないかと考えるのではないだろうか、こういう句を読ませてもらうと、読者は「食い足りる」のだ。

荒井まり子

問題句「神経衰弱指靴下五足」今、流行っているプチうつ等と神経衰弱とはだいぶ違うが、中七下五が身の内の揺れの姿、形かと面白い句と問題句と微妙です。宜しくお願いします。

野﨑 憲子

特選句「ヤンバルのみどりが鳴るよ踊りたい」山原(やんばる)は、沖縄本島北部の、山や森林など自然が多く残っている地域。常夏の緑の中精霊と共に踊りたい!私も、この作品を読み猛烈にヤンバルへ行ってみたくなった。‶鳴るよ〟が抜群に効いている。特選句「ソウル梅林冬日に鮫の迷い入る」‶ソウル梅林〟の響きに圧倒された。ソウルは、大韓民国の首都ソウル特別市であると思うが、‶ソウル〟で‶魂〟を想起し且つ師の「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」と通底していると強く感じた。問題句「岩堅く粘土は嘘ばかりつく」典拠があるとおもうのだが、とても気になる作品。木思石語の世界を見事に表現している。魅力溢れる、‶嘘ばかりつく粘土〟を、今ひとつ飛躍させて欲しい。          

「昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり(野﨑憲子)」今年の金子兜太先生のご命日の二月二十日は、三日月の頃でした。先生は原(ウル)という言葉を好まれたと記憶しています。私にとりまして先生のイメージは精霊の王のような‶原狼〟であります。その想いから生まれた句であります。「海程香川」句会も、原「海程」を目指し、ますます熱く渦巻いてまいりたいと存じます。俳句は、世界最短定型詩。短いからこそ表現できる世界を混迷する世界へ!天然自然の内なる声を五七五で発信して行けたらと念じております。削ることにより、ますます多様性を帯びた風が生れてまいります。次回からの皆様の作品を心待ちにいたしております。私たちの心底から噴き上げる熱い言の葉が、地球を包み込む愛の風になりますように切に祈念いたしております。今後とも宜しくお願い申し上げます。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

コーヒー
冬の容積空缶転げまくる
中村 セミ
激論の後のコーヒー風信子
島田 章平
啓蟄やコーヒー缶を蹴りとばせ
松本美智子
鳥雲に入る珈琲はブラックで
柴田 清子
缶コーヒー滅法熱し冬の駅
稲    暁
百年の梅干祖母の味がして
島田 章平
文鳥逝く梅と云ふ名のお人好し
鈴木 幸江
千万の梅につつまれ空へ空へ
銀   次
白梅は空に紅梅は土に色をつけ
松本美智子
三つ子
三つ子の風カナリア色の鰭を持つ
野﨑 憲子
春泥を跳ぶお腹には三つ子
柴田 清子
体力測定
言葉の体力測定認知症
中村 セミ
体力測定何周すれば春隣
中野 佑海
日向ぼこ体力測定パスをして
島田 章平
白線の反復横跳び余寒あり
松本美智子
薄氷を踏むやうに体重測定
柴田 清子
兜太・たねを
詩削るとうたとたねを山笑ふ
亀山祐美子
たね芋の芋の子芋の子ころころと
島田 章平
逢えるならトラック島の金子兜太
柴田 清子
とうたの選変てこな句の多かりき
稲    暁
風船
舟の尾をついてくるかや紙風船
銀   次
あの日から無口になつた風船売
野﨑 憲子
飛んでつた風船は赤靴は黒
亀山祐美子
破れたる紙風船に風送る
松本美智子
湯船につかる赤青の風船
中村 セミ
風船を明日(あす)の空へと放しけり
柴田 清子
風船を放つや青き空の芯
稲    暁
自由題
北風を真っ向に受け吾は獣
銀   次
砂浜に「負けるな」の文字春動く
島田 章平
鳥が水叩いて春が動き出す
柴田 清子
嘔吐する泥の冬蝶
中村 セミ

【句会メモ】

今回、新たに3人の方が加わり、投句数も162句とこれまでの最多となりました。作品も、お陰様でますます多様性に富んでまいりました。世話人冥利に尽きます。そこで、ご参加の方々のリクエストにお答えし、今回から、袋回し句会は、お題が4題、プラス1題は自由題とし、総投句数は各自5句までと制限を設けてみました。1句1句を各自が吟味して提出し鑑賞してみようと考えた次第です。そして、次回からは、事前投句の出句数も3句から2句へ、締切日も、第3週から第2週へと変わります。ご参加の方々の声を大切にこれからも進化して行きたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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