第125回「海程香川」句会(2022.02.19)
事前投句参加者の一句
太郎冠者ハハ御ン前ニ春霞 | 銀 次 |
ダイヤモンドダスト降らせる天の病む | 新野 祐子 |
談春に女が潜む初高座 | 滝澤 泰斗 |
梅ふふむ空の青さの二進法 | 松岡 早苗 |
鶴唳を耳に胸の闇に寝る | 十河 宣洋 |
冬の月わたしのからだ銀の膨らみ | 久保 智恵 |
草萌の母と呼ぶ者地に根付く | 豊原 清明 |
お守りの鈴生り鞄春近し | 亀山祐美子 |
啓蟄の鏡の中を数えけり | 伏 兎 |
球音響く軍神二十歳の冬森に | 野田 信章 |
木守柿おしゃべり鳥のランチです | 田中 怜子 |
兜太忌やデコポン食べる猪の峠 | 河田 清峰 |
やはらかき投函の音鳥雲に | 大浦ともこ |
なん百のけむりの声や春は来ぬ | 稲葉 千尋 |
色が欲しくて影踏みをしています | 男波 弘志 |
鳥雲にガリラヤ湖底より木舟 | 増田 天志 |
句をつくる母は椿を揺らすほど | 河野 志保 |
この世とは素心蝋梅素心かな | 福井 明子 |
紅梅やメトロノームのかろやかさ | 重松 敬子 |
春の海人体漂流避けきれず | 竹本 仰 |
もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり | 榎本 祐子 |
嬰の尻のすとんと春がもうそこに | 稲 暁 |
アスタリスク並んで三つ春立ちぬ | 松本美智子 |
夢枕に諭す師の立つ二月なり | 山下 一夫 |
おにさんになったのだれもいないふゆ | 島田 章平 |
寒灯や終着駅で待つ老母 | 漆原 義典 |
元日出産生まれたばかりの指うごく | 津田 将也 |
干鱈毟り少しも悪くないという | 大西 健司 |
凍蝶や脳梗塞と告げられし | 佐藤 稚鬼 |
若き日のダッフルコート日和るなよ | 松本 勇二 |
日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き | 谷 孝江 |
冬蝶の絡まりぬけぬ脚の赤 | 中村 セミ |
父の血を継ぎていただく寒卵 | 兵頭 薔薇 |
探梅行ルビーの指環口笛で | 野澤 隆夫 |
焼芋を「はい」と母持ち産見舞 | 植松 まめ |
吼える裸木まつさらな闇が垂れ | 小西 瞬夏 |
太陽の匂いほつこり蒲団敷く | 野口思づゑ |
ほないこか露の天神寒の雨 | 田中アパート |
突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー | 若森 京子 |
林檎割る家に籠りて流離めく | 小山やす子 |
母へ寒紅喪服の姉の揺れる指 | 増田 暁子 |
凍滝に夕日わたくしにレモンティー | 伊藤 幸 |
冬銀河あしたの米を研いでいる | 夏谷 胡桃 |
ハンガーの骨折ばりばり霜柱 | 川崎千鶴子 |
忙し気な栗鼠と眼の合う春の窓 | 石井 はな |
あのそのと名前出て来ぬ遅日かな | 寺町志津子 |
「もういいかい」耕人影の薄きかな | 荒井まり子 |
うさぎまっすぐわたしを抜けて雲 | 三枝みずほ |
蒸し芋ガラクタ部屋の方代歌集 | 飯土井志乃 |
立春大吉とりあえず笑おうか | 柴田 清子 |
魂は言葉の積み木冬ごもり | 高木 水志 |
息白しウイルス飛沫のよく見ゆる | 三好三香穂 |
おやすみとさよならは似て冬の嶺 | 佐孝 石画 |
一本の針立春の光得し | 風 子 |
しゃぼん玉夢幻の恋の中にいる | 藤田 乙女 |
笑ふほかなし我が字の見えぬ机上二月 | 高橋 晴子 |
梅つぼみ風に巻かれし縄暖簾 | 中野 佑海 |
生牡蠣を吸う塩っぱい望郷だ | 淡路 放生 |
兜太の忌一客一亭自服して | 樽谷 宗寛 |
賀状手に夫の饒舌久し振り | 山本 弥生 |
逃げどきを思案している懐手 | 鈴木 幸江 |
水仙にひたと見られて蕎麦啜る | 吉田亜紀子 |
色違う雪片さがすよう生きのびる | 桂 凜火 |
死体役もいずれは笑う春隣り | 塩野 正春 |
立春大吉やつと立つ児が打つピアノ | 藤川 宏樹 |
退院の父の小さき荷春夕焼 | 菅原 春み |
どこから来たの潦(にはたづみ)には夕陽炎 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 増田 天志
特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。この感性、ポエジーが、好きだなあ。にんげんを、身体を、問題にしない内容は、まさに、悟りの境地。
- 福井 明子
特選句「鶴唳を耳に胸の闇に寝る」。胸の闇とは、読み手それぞれにひろがる言葉。私自身も、この句と出会い、はっと気づいたのです。鶴唳が、夜の覚醒に象徴的な響きを与えています。特選句「一本の針立春の光得し」。一本の針の、突き刺すような潔さが、光に向かわんとする「生」を湛えてゆくような。そんな、すがしい一句だとおもいました。
- 塩野 正春
特選句「うすれゆく欲望冬の木馬と激(たぎ)つ」。欲望が薄れるのに激しい句です。木馬に感情をぶつけているのか。なんで木馬なんだ?特選句「突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー」。革ジャンを着ると心のどこかが躍ります。自然といかり肩になるとか・・。
- 松本 勇二
特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅の歌声までは思いつくが、それにぶたれると書いて大いに斬新。
- 小西 瞬夏
特選句「啓蟄の鏡の中を数えけり」。鏡はいつでもあるものだが、啓蟄の鏡ということで、何かそこにうごめくものを感じてしまう。それを数えているという超現実の句である。
- 十河 宣洋
特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。夕日の中の凍った滝を前に私はレモンティーを頂いています。という情景だが、凍滝は夕日の美しさのなかに倖せを感じています。私はレモンティーに至福の時間を過ごしていますと取っていい。どちらも倖せの中にいる気分。特選句「魂は言葉の積み木冬ごもり」。言葉が積み重なって魂になるという捉えは面白い。積み木のように積まれた言葉から魂が生み出される。冬ごもりのなかのイメージが出てくる。
- 樽谷 宗寛
特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。句作りに熱中していらっしゃるお母様のお姿、椿を揺らすほどが効いています。私もそう言う人になりたいです。
- 中野 佑海
特選句「色が欲しくて影踏みをしています」。友達が欲しくて、色んなの趣味をしています。全て、下手の横好き。特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅のあの馨しさの中では、言葉は意味を成しません。唯々感服して佇み、帰るのみ。「梅ふふむ空の青さの二進法」。梅の蕾の膨らみと共に一気に空が青さを増してきます。もう、春はそこ。「あくびして嬰はオリオン飲み込んだ」。凄い迫力。今から末頼もしいです。「魑魅魍魎ともに呑もうぜ温め酒」。はいはい、皆さんよっといで。呑んどいで。酒が入れば、この世のものも、あの世のものも、皆仲間さ。「嬰の尻のすとんと春がもうそこに」。また、また、赤子のお通りでい。昼も夜も忙しい事です。お身体御自愛下さい。「春立つやぶっきらぼうの僕の島」。愛想の無い僕の所にも春は華やかさを漏れなく届けに来てくれるのです。「アスタリスク並んで三つ春立ちぬ」。アスタリスクを三個集めて老眼の目で見ると、春の字に見える。凄い。大発見。「桃源郷言葉を発してはならぬ」。人の言葉には魔力があって、夢は崩れ去って終うのかな。「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。おやすみもさよならも少し寂しい冬の山。今月も楽しく読ませて頂きました。有難うございます。
- 中村 セミ
特選句「守り石の淡き緋色や蕪洗う」。守り石と、蕪洗うが、よく重なっている。蕪洗うのはかなりしんどいらしい。また、蕪には雑草が茂るという意味もあるので、それを取り払い、淡き緋色にしたい、守り石がある。そんな表現かと思う。
- 大西 健司
特選句「おにさんになったのだれもいないふゆ」。何ともふわっとしていてつかみ所が無いのだが、とても切ない。鬼をひらがなで書いたことにより、泣き虫おにさんになったのだろうか。誰もいない冬の切なさ、淋しさがぶわっと広がってくる。なにがあったのだろう。
- 増田 暁子
特選句「春立つやぶっきらぼうの僕の島」。春が来たのにぶっきら棒の青春最中の若者の表情を感じました。僕の島がとても良いです。特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。うさぎと雲とわたしを組み合わせてこんな詩情豊かな句になるとは。感激です。「梅ふふむ空の青さの二進法」。空の青さが二進法で替わるなんて新発見ですね。「色が欲しくて影踏みをしています」。句全体の雰囲気がとても好きです。影踏みが良いですね。「屠りたるナイフを雪でふり洗う」。雪の中の妖しい雰囲気に惹かれます。「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。希望なのか寂しさなのか。でも希望を持ちたい気持ちが滲んでいます。「吼える裸木まつさらな闇が垂れ」。冬の裸木の中に佇む時の感覚が伝わります。「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。前半と後半の対比が見事で、レモンテーがとても合ってます。「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。おやすみとさよならは確かに似てます。冬の嶺の季語で寂しさから救われた思いです。「逃げどきを思案している懐手」。中年の漢の思案が映像の様に見えて面白いです。
- 柴田 清子
特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。クリスタルガラスのよう水晶のような絵画的な俳句に仕上っていて気に入った句です。
- 河田 清峰
特選句「やはらかき投函の音鳥雲に」。去りゆくものへのやさしいひびきが聞こえるようで好きな句です。
- 鈴木 幸江
特選句評「色違う雪片さがすよう生きのびる」。今回は今だからこその新鮮な感性を感じる作品が多く楽しかった。特選句の“色違う雪片さがす”の具体的で体験的な表現に物語を超えた俳句の力を感じた。不可能とか不可解な現象を求める心に現代社会を生き延びる知恵への探究心を思った。
小宮豊和さん、昨年の12月にお亡くなりになったのですね。「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』掲載の「太平洋戦争幻視」拝読しました。「無言館あの世も修羅の巷なる」「無言館虚なりまた実なり」『少女らは「カナリア」うたいはてしとか』「十五日午後発進す単機なり」こういう重い句も好きです。心よりご冥福をお祈りいたします。阪神淡路大震災の体験者もいらっしゃるのですね。お声を聞けて勉強になりました。句評もそれぞれの生き様が伝わってくる熱いものばかりですね。
- 新野 祐子
特選句「退院の父の小さき荷春夕焼」。退院する父と迎えにゆく娘(どうしても息子とは思えないけれど)の姿が鮮やかに見えています。「小さき荷」と「春夕焼」の呼応が涙が出るほど美しい。幸せを共に感じさせてもらいました。
- 滝澤 泰斗
特選句「球音響く軍神二十歳の冬森に」。社会人になりたての頃、東京六大学野球部OB会の方々とヨーロッパを旅したことがあった。中には、神宮球場であの土砂降りの壮行会を経験された方もいて、多くの球友が戦争で散った話を聞いた。神宮でも会うことがあり、あいつも生きていればいくつになったと指を折るが、球友は二十歳のまま・・・その方も既に鬼籍に入っている。しみじみと、いただきました。特選句「死体役もいずれは笑う春隣り」。一読で、三島由紀夫の「芸とは、死をもって成就すること」や、笑わないラグビー選手、稲垣啓太氏が、結婚相手と破顔一笑している写真を思い出した。イソップ物語の太陽と北風の話の通り、春の温かさは花が綻ぶように微笑みを誘う。死体役からの発想が見事。「淡雪や仮名文字舞うよな書道展」。朝日新聞社の「現代書道二十人展」の出品書家のグループを台北の故宮に案内したことが縁で毎年正月はこの書道展に行くのが恒例行事になって久しい。「うまいなぁ・・・こういう句をつくりたいなぁ」と憧れました。何度も書道展に行っている割に、淡雪や、仮名文字まで発想が飛ばない。勉強になりました。「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。こちらも旅がらみ・・・第四次中東戦争以降、何度となくガリラヤ湖を訪れた。ガリラヤ湖は、湖はもとより、周辺の丘の山上の垂訓教会なども含め、聖書のエピソードに溢れている。掲句の木船伝説はイエスが弟子のペテロらを召命した湖で、彼らが魚を獲るのに使った舟が発見されたエピソードも枚挙に暇がないほどだ。ガリラヤの春は日本よりひと月ほど早く、これからが春本番と言ったところ。鳥雲の季語と聖書のエピソードの取り合わせがいい。「風だけが強情春になれずゐる」。立春が過ぎれど、風はまだまだ冷たい。強情としたところに共感。「寒灯や終着駅で待つ老母」。終着駅ではないが、その昔、都会に出た息子を裸電球の淋しい駅で母は待っていてくれた。「止めてくれるなおっかさん、背中の銀杏が泣いているなんて」嘯きながら田舎を捨てた俺のホームシックを見透かすように、抱き留めたくれたかあちゃん・・・望郷が募る。「若き日のダッフルコート日和るなよ」。1970年、学生運動の最中、おおむね、ステンカラーの紺色か黒いコートが一般的だったが、田舎からポット出の兄ちゃんが、急に、しゃれっ気出して着てきたのが、ベージュのダッフルコート。そんな奴に当時大流行りの言葉、「日和るんじゃねえよ」とつぶやいた。苦い青春グラフィティーをいただきました。
- 石井 はな
特選句「お守りの鈴生り鞄春近し」。受験の合格祈願のお守りでしょうか、希望通りの春が来て欲しいです。
- 稲葉 千尋
特選句「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」。若い人か老人なのかわからないが「水仙咲きにけり」が心の若さを感じる。特選句「蒸し芋ガラクタ部屋方代歌集」。何か小生の部屋のよう。「方代歌集」確と本棚に納まっている。
- 桂 凜火
特選句「冬銀河あしたの米を研いでいる」。気負わず生きる姿勢に共感しました。特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。新鮮な発想だと思いました。メルヘンがあり、可愛く清々しいです。
- 夏谷 胡桃
特選句「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。宗教が重なるかの地。いちどは見てみたかったガリラヤ湖です。祈る思いで頂きました。特選「凍蝶や脳梗塞と告げられし」。倒れたのではなく告げられたのだから軽いのですね。凍蝶が胸の内を表している気がします。お大事に。
- 野口思づゑ
特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。下5の「籍を置き」に、ただ生きる、という生命活動だけではありません、公に正式に生きているのです、といった主張があり、作者の自信を頼もしく思う。日脚伸ぶ、の季語が明るく響く。特選句「色違う雪片さがすよう生きのびる」。雪片に雪色以外があるとはとても思えないので、まず色違いの雪片という発想に惹かれた。またそれを探すとなると奇跡を 求めている人生なのか、と最初は理解したのだが、生き「のびる」とあったので、第2、第3段階の人生で何かに挑戦しているのかもしれない。「雑踏の佐保姫の列右へ倣え」。 誰もが同じようなヘアースタイル、服装の10代からの女性達が都会で目に付くが、これをよく捉えられている。「賀状手に夫の饒舌久し振り」。久しぶりに色々な人からの消息を知り、喜んでいらっしゃる方の様子が目に浮かんでしまいました。
- 藤川 宏樹
特選句「守り石の淡き緋色や蕪洗う」。蕪を洗う水の冷たさに痺れ血色を失う手。やがてその冷たい白い手に血が通うと赤みが差し、指輪の「淡い緋色」と同調してきます。見慣れて見過ごしていたものが新鮮に見える瞬間ですね。素手で蕪を洗う情景が美しく語られています。
- 風 子
特選句「凍滝に夕日わたくしにレモンティー」。夕日を受けた凍滝はさぞ美しいことだろう。が、一転、凍滝はわたくしになり、夕日はレモンティーとなる面白さ。♡初めて海程香川に参加させていただきました。とても楽しくいっぱいの刺激を受けました。代表の野﨑さん会員の皆様本当にありがとうございました。→ご参加とても嬉しいです。生の句会でも句座を囲めて楽しかったです。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。
- 野田 信章
特選句「泣きやんだ人の容が末黒野に」。焼け残った草木などの景を通して視覚的に伝わってくるものは、涙も涸れ果てて立ち尽くす人の哀というものの深さである。同時に、末黒の芒や黒生(くろう)の芒に託された再生の兆しをも伺える句柄となっている。♡三回目のワクチン接種を終えて、近くの梅林を巡っています。「即興の句と共に、映像の句を」と言う兜太先生の発言とその態度の保持を一段と大切なことと思えています。「兜太句集」を中心に現場を踏まえた句の多いこととも併せて貴重な態度と思う。
- 小山やす子
特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。一番大切な人を亡くして今まで以上に命の尊さを知りましたが虚脱感と喪失感にさいなまれる今日この頃この句に出会って元気が出ました。
- 佐藤 稚鬼
特選句「逃げどきを思案している懐手」。色んな文句を言ったりうんざりしている。言わんでもいいのに・・・そういう思いが<懐手>に出ている。
- 榎本 祐子
特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。就寝前の挨拶の「おやすみ」。一日が終わり、眠りにつくのは一つの死のようなもの。明朝には新しく生き直す。決別があり再生する。冬の嶺はその当り前の厳しさを受け止めている。
- 野澤 隆夫
特選句「お守りの鈴生り鞄春近し」。朝のプードル🐩の散歩で、高松東高校の鈴生り鞄の生徒に会う!よほど何かに願を掛けてお守りをぶら下げてるのか!やがて春来るや。特選句「日脚伸ぶ明日もこの世に籍を置き」。春待つ気持ちにあふれてる句です。
- 田中 怜子
特選句「凍蝶や脳梗塞と告げられし」。インフォームドコンセントが大事だ、と言われているけ診断を宣告されたら、そうなのか、なんで自分がとか複雑な気持ち。固まってしまいますよね。凍蝶のごとくに固まってしまいます。淡々と受け止め、悲しみが伝わってきますね。 特選句「兜太の忌一客一亭自服して」。今日、20日は寒い日でした。兜太先生が亡くなった日も寒かったと思います。お年寄りは寒い日に亡くなるんですね。でも、一客一亭で静かにお茶をたてて静かにすすりたいですね。兜太先生を思いださせてくれた句でした。「生牡蠣を吸う塩っぱい望郷だ」。生牡蠣も吸うなんて、いいなと思いつつ。用心深い私は生は食べません。「迷いつつ春立ち義母の歳を越え」。も、嫁姑の間の果てしなきバトルがあった、義母が亡くなり、その年を超えてみて、生生しい感情も薄れて距離をもって義母をみれるようになった、という歴史が感じられます。
- 津田 将也
特選句「太郎冠者ハハ御ン前ニ春霞」。「太郎冠者」は、狂言における演目の一つである。主(あるじ)と冠者の太郎が掛け合う台詞、「春霞」の取り合わせが巧妙なので採らされた。もともと能・狂言の舞台は屋外に作られ演じられており、現在のように舞台と客席が一つの建物の中に入った「能楽堂」という形になったのは明治以降というから、「春霞」の所以にうなずける。特に名古屋は、東京や京都とともに狂言が盛んな土地柄で、能楽堂で演じられるだけでなく、野外の「辻狂言」が様々な形で今もって楽しまれている。太郎冠者のその役柄は、主(あるじ)の使い走りをする従僕である一方、主(あるじ)を向こうに回し才気煥発、酒好き、横着、悪戯心もいっぱいなので、この「春霞」は、太郎の性格をも表す季語となった。特選句「兜太の忌一客一亭自服して」。「一客一亭」とは、茶室に、たった一人の客を迎え亭主が茶をふるまう。人と人との最も親しい相であり、これ以上削ぎ落せない「茶の湯」の原点・究極である。「自服」とは、亭主が客に相伴して自分で点てた薄茶を飲むこと。気の許せる客なればこその、自服である。もしかして、この句の「一客」とは、天国の兜太でもあるのか。二月二十日は金子兜太の命日である。師への献茶をおえたあとの師に思いを致す亭主の自服である。
- 谷 孝江
特選句「落椿ひつそり残る野蛮の血」。まだ落ちたくないのに「落椿」と呼ばれなければならない運命、みたいなものが伝わってきます。どうして、どうして、私は鬼になっても生きる。あの紅色が決して失せることはない・・・。これは、人間にもある意味伝わって参ります。野蛮ではなく執念でしょうか。共感です。私もそうありたい。
- 男波 弘志
「冬の月わたしのからだ銀の膨らみ」。馥郁たる冬の月、冬の月光にこんな力があったとは。「やわらかき投函の音鳥雲に」。やわらかき日常がよく出ています。「句をつくる母は椿を揺らすほど」。鷹女のことをふと思ったが、日常の母のほうが一層凄みがある。「白梅の歌声にぶたれてかえる」。句意は鮮明だが、ぶつ、イメージが白梅には感じられない。肉感的なものがいるのだろう。自分は、木蓮、を思ったのだが。感性が横溢している。全て秀作です。よろしくお願いいたします。
- 亀山祐美子
特選句「あくびして嬰はオリオン呑み込んだ」。大物になる予感。頼もしいお子様を得て益々のご健吟を!よそ様の赤ん坊の様子だとしても見事な把握でとても楽しく大らかな気持ちにさせて頂きました。ありがとうございます。♡明るい句が多くて楽しい選句でした。ありがとうございました。皆様の句評が楽しみです。まだまだ寒さ厳しいおりご自愛下さいませ。
- 若森 京子
特選句「春の海人体漂流避けきれず」。海難事故で人が流されているのか、戦争で遺体として流れているのか色々な状況が想像出来るが自然には逆えない人間の弱さを思う。又春の自然界での日常の漂流感を隠喩している様にも思う。特選句「泣きやんだ人の容が末黒野に」。喜怒哀楽にもそれぞれの‶泣き‶がある。人間が思いっきり泣いた後の容はどんなのであろうか興味がある。丸い空洞の様であろうかなど想像する。これは当然、精神の容なのであろう。‶末黒野‶も効いている。
- 島田 章平
特選句「元日出産生まれたばかりの指うごく」。暗いニュースの多いこの頃。せめて俳句の世界だけは、明るく未来に向かって。「生まれたばかりの指動く」が絶妙。
- 伊藤 幸
特選句「冬の月わたしのからだ銀の膨らみ」。金ではなく銀、しかも冬の月。厳しい寒さの中壮絶とも言えるほどの美しさ。作者の決意とも・・。特選句「突き上げるもの確(しか)とあり皮ジャンパー」。前だけを見て突っ走った青春のあの頃。輝いていたあの頃。年を追うごとに手入れを欠かさず艶を増した皮ジャンを羽織っている作者の後ろ姿が目に浮かぶようだ。
- 飯土井志乃
特選句「灰色の原子炉を入れ初御空」。今様の話題の明け暮れへの作者からの静かな呈示かと・・。
- 吉田亜紀子
特選句「紅梅やメトロノームのかろやかさ」。「メトロノーム」は楽曲の演奏の拍子の速度をはかる機械のこと。楽譜には、速さを数値に変えて記載されている。それは作曲者の決めたもの。演者は記載された数値、記号により演奏を行う。よって、楽曲の再現性を高めることが出来るのである。時に演者は、バッハとなり、ショパンとなる。そして、その限定された範囲において演者は自分らしさを発見する。テンポには、ラルゴ、アダージョ、アレグロ、プレスティッシモなどの区分けがある。この句の場合は、「かろやかさ」という言葉から、アンダンテ、モデラートといったところだろう。そこを基点としメトロノームを動かしてみる。すると、「紅梅」は咲き始めている時期ではないかと考えられる。とても可愛い。真っ赤な梅が、ポン、ポンと順に咲く動画のようなものが「メトロノーム」によって表わされ、楽しい春の始まりを告げているかのようである。特選句「一本の針立春の光得し」。冬を越え、レースのカーテンに光が入る季節となった。繕っているのだろうか、刺繍だろうか。春の静かな部屋の真ん中に、ふとキラリと光るものがある。「光得し」。美しい。それは手にしている小さな針だ。私も同じ経験がある。その静かな美しさに心をギュッと奪われた。
- 河野 志保
特選句「水仙にひたと見られて蕎麦啜る」。 確かに水仙は、静かで強い視線を持っていそう。その視線を感じながら蕎麦を啜っている作者の、とぼけた感じがなんとも愉快。水仙の把握の新鮮さと句の展開の楽しさに惹かれた。
- 竹本 仰
特選句「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」。この句は女性の立場で詠んだものかと思いますが、遡れば子供でもあり大人でもあり、同じように見放されつつ人生かと思います。その辺の機微が、水仙によって一気に昇華されている、そこに感心しました。特選句「冬銀河あしたの米を研いでいる」。とても当たり前のことなんだけれど、当たり前のことなんてどこにもない。それが痛感される句です。昔読んだロシアの小説で、貧しい夫婦がふとしたはずみで、美術館で偶然、自分たちの貧しい家の絵を見て呆然自失に感動し、その奇蹟の光のような家にこれから帰ると思うと不思議な思いに包まれた、というのがありました。冬銀河の視点で見れば、明日が来るという奇蹟がここに描かれているようで。特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。棺に入った方はみな、おやすみの表情ですが、それを思い出しました。この句は死のイメージをそれほど感じさせませんが、それは生と死という二項対立の常識にはまっていないからかなと。むしろ、生の中に死はあり、死のなかに生はあるという、そういうセンスで書けているからか。とてもいい句ですね。大自然の前の匂いを感じました。以上です。何だか、今回は選句しにくかった。なぜか?自分の感覚に問題ありか、と反省。まあ、こういう人間にも俳句です。今後ともお付き合い、よろしくお願いいたします。
小宮豊和さんのこと、残念です。一度だけ、高松での納涼会で、お話したことがありました。季語の話でしたが、既成概念を壊すくらいの季語の使い方がなぜ出来んのだろう、と言われていたのが、残っています。これが私の中で、いまだに響いています。後日、拙句「映画館の向こうはすすきだったのか」について、こういう季語の使い方は勉強になる、とコメントをくださったのが、とても嬉しかったのを思い出します。それから、小宮さんは「稲の花」という季語が好きだったようです。あんな素朴で健気なものはない、というようなコメントがあったのを覚えています。何処か合う波長のようなものがあるなあと思っていました。あの日の小宮さんがまた迫って感じられます。
- 菅原 春み
特選句「啓蟄の鏡の中を数えけり」。冬眠から覚めた虫たちが動き出す生命力溢れるときに作者は鏡のなかに何を数えたのでしょう。春の喜びというより憂いのよう な感覚が伝わ りました。特選句「母へ寒紅喪服の姉の揺れる指」。寒紅、喪服の姉、揺れる指、無駄なことばが一切ないだけに痛みが 響いてきます。静かな映像がくっきりと立ち現れてきます。
- 佐孝 石画
特選句「干鱈毟り少しも悪くないという」。「少しも悪く無い」という呟きが、他者に投げかけられたものなのか、自問自答のものなのかぼんやりする。このぼんやりとした「いいわけ」が、干鱈のものかもしれないと感じた時、自他を含め、生きとし生けるもの全てに向けられたやわらかな「贖罪」に見えてくる。上句と中下句の結び方のうまさに、脱帽。
- 久保 智恵
特選句「あくびして嬰はオリオンを飲み込んだ」。やさしさと美しさ。特選句「色違う雪片さがすよう生きのびる」。同感ですネ。問題句はなしです。
- 川崎千鶴子
特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅の美しさを大変感動されたのでしょう。それを「歌声にぶたれて」と表現された力に感嘆です。「末黒野や別れの訳の甦る」。末黒野を見ると友か恋人と「別れ」を思い出すのでしょうが、でもどうしてそが「別れの訳」に繋がるのか分かりませんが、なんだか私の心に響きます。
- 高木 水志
特選句「吼える裸木まつさらな闇が垂れ」。この句は、責める先がない自粛生活を表現しているのではないか。春になれば再び葉が生える裸木のように、私たちも力強く生きたい。
- 伏 兎
特選句「あくびして嬰はオリオン飲み込んだ」。赤ん坊の微笑ましいしぐさと春銀河の取り合わせに、未来感があふれ、ピュアな気持ちにさせてくれる。特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。永遠の眠りと別れが訪れるまで、おやすみとさよならを繰り返す私達。そんな無常を冬山が包み込んでいるようで惹かれた。「若き日のダッフルコート日和るなよ」。洋服ダンスの懐かしいコートが、老いて丸くなった自分に、喝を入れてくれるような気がしたのだろう。面白い。「退院の父の小さき荷春夕焼」。病院で亡くなった両親は、裏門からひっそりと退院した。作者のお父さんはきっと正門からの退院だったと、思いたい。
- 大浦ともこ
特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。お母様の句をつくる真摯な姿が目に浮かび心打たれました。 特選句「落椿ひつそり残る野蛮の血」。「落椿」と「野蛮の血」の取り合わせが新鮮で、「野蛮の血」とはどのようなものなのか想像するのも楽しいです。♡自己紹介。香川の地に根を下ろして四十年、琴平在住の大浦朋子と申します。五年ほど前から友人と小さな句会を楽しんでいます。句集『青むまで』にとても感銘を受けて「海程香川」に参加させていただきたいと思いました。どうぞよろしくお願い致します。♡「海程香川」発足十周年記念アンソロジーをご覧くださり嬉しいです。こちらこそ、これからどうぞ宜しくお願い申し上げます。
- 寺町志津子
特選句「夢枕に諭す師の立つ二月かな」。兜太師のご逝去された二月。皆が皆、兜太師への深い敬愛と惜別の思いを抱いているものの、夢枕に立たれてご指導までして下さったとは‼本当に良かったですね。そして、この「海程香川」そのものを見守って下さっているに違いないとも思え、嬉しく読みました。
- 豊原 清明
特選句「白梅の歌声にぶたれて帰る」。白梅を見に行った作者が鳥の歌声にぶたれて帰ったのだと読んだ。白梅の寒き春を告げる植物の、厳しい感じ。また、神経に刺さるような、生活者をおそう寒さをも感じる。問題句「 あくびして嬰はオリオンを飲み込んだ」。夜かな?まだ寝る前のあくびで、嬰は眠たくなったのだ。眠気が起こった。まだ起きる時間の親は優しく寝かす、その生活がうかがえて、微笑ましい。「淡雪や仮名文字舞うよな書道展」。この句は好きである。書道展の墨の匂いとか。「色が欲しくて影踏みをしています」。この句は秀逸のタイプかなと思った。分からない。
- 三枝みずほ
特選句「句をつくる母は椿を揺らすほど」。命を燃やしながら激しい感情が渦巻いている。母の、決して外には出さない身の内の葛藤、想いが強くて傷む。
- 漆原 義典
特選句「夢枕に諭す師の立つ二月かな」。私は師匠が2人います。ひとりは書道の師匠で、もうひとりは俳句の野﨑憲子さんです。書道展の作品提出が近くなるとき、投句の期限が近くなると同じように夢に出てきます。師匠の言葉は素晴らしくいつも心に響きます。できの悪い弟子をいつもあたたかく見守ってくれる師匠に感謝しています。素晴らしい作品をありがとうございます。
- 松岡 早苗
特選句「おやすみとさよならは似て冬の嶺」。「おやすみとさよならは似て」というソフトなフレーズに心引かれました。厳冬の山で春を待ちながら眠っているものたちへのエールでしょうか。あるいは、冬山で亡くなった人々へのレクイエムでしょうか。心に染み入ります。特選句「逃げどきを思案している懐手」。この和服姿の男性、何から逃げようとしているのでしょうか。妻の愚痴から? ややこしい近所の揉め事から? いろいろと想像が膨らみます。漱石にも懐手をして机の前に座っている写真があったように思います。「懐手」のちょっとしただらしなさがいいですね。
- 稲 暁
特選句「一本の針立春の光得し」。一本の針が捉えた立春の光。句自体も輝いている。
- 淡路 放生
特選句「色が欲しくて影踏みをしています」。「色が欲しくて」の色はどう思いを廻らしても、色恋の色であろう。とすればこの欲するは、手放しっであり叫びである。句は、へんにもじもじしてないところがいい。精神的にも肉体的にもパッと吐き出したところが気持よい。その上で「影踏みをしています」は泣かせます。「もう抱かれぬ躰水仙咲きにけり」「嬰の尻のすとんと春がもうそこに」「立春の卵を立てる論理かな」「桃源郷言葉を発してはならぬ」。この四句、それぞれに、早春の味わいがあろう。いい俳句だと思う。
- 山本 弥生
特選句『焼き芋を「はい」と母持ち産見舞』。娘の安産を御神仏様に祈り乍ら待っていた母親へ吉報が届いた。精一杯の気持で焼芋を産見舞に持って来てくれた母、「はい」に全てが込められ幸福な時間である。
- 荒井まり子
特選句「桃源郷言葉を発してはならぬ」。桃源郷とくれば後は不老不死。人類は文字と言葉を会得、究極の進化だと思ったが。信長は五十年、現代は百年。ITの進化の果てに何が待っているのか。そう言葉を発してはならぬのだ。 宜しくお願い致します。
- 山下 一夫
特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。真正面から私に飛び込んできて突き抜けていったうさぎはもちろん幻影。ただし、ふり向いたかなたには見える雲はつかみどころはないものの実体。ドラマティックな動きを伴った詩情にしびれました。特選句「しゃぼん玉夢幻の恋の中にいる」。しゃぼん玉表面の虹に似たような発色は光の干渉という物理現象の由。色彩の千変万 化はまさに恋の夢幻。永らえることなくはじけてしまうところも。問題句「恋猫をまね舐めてみる右の足 (藤川宏樹)」。舐めてみるのが左の足ではなく右の足というのは定型に収めたいが故と理解。ところで足のどの辺を舐めるというのであろうか。脚ではないので膝より下のイメージで、自分のものだとするとかなり無理な態勢を強いられる。季語から相手の足の可能性もあり、そうなると私には刺激的に過ぎるのです。「ダイヤモンドダスト降らせる天の病む」。雪も結晶しないほどの寒雲の陰鬱。ホレのおばさんに毒づきたくもなります。「やはらかき投函の音鳥雲に」。投函されるものは音信なわけで、季語が嵌ります。「春の海人体漂流避けきれず」。三・一一を連想してしまいます。合掌。「風光る私の前に誰もいない」。爽やかな春の日にもふと侘しさがよぎることがあります。
- 植松 まめ
特選句「夢枕に諭す師の立つ二月なり」。夢枕に立つ師が菩薩のようにも思われます。二月二十日は金子兜太の命日。特選句「母へ寒紅喪服の姉の揺れる指」。寒紅に込めた母への愛に感動しました。
- 銀 次
今月の誤読●「この紅は鬼を呼び出す落ち椿」。森を歩いていた。と、真っ赤な椿が一輪頭上から落ちてきた。なにげなく拾おうとすると、枯れ葉がモコモコと盛り上がり、一匹の赤鬼が地面から出てきた。おやおや何事。赤鬼がいった。「その椿はワシのものだ。よこせ」。「そうかい」とわたしは赤鬼に投げた。彼は椿を一瞥するとムシャムシャと食べ出した。「驚いたなあ、そんなものが旨いのかい?」「ワシはなんだって食べる。なんならおまえも食ってやろうか」「ほう、わたしが食べたいのかい?」。赤鬼はわたしのまわりを品定めするようにジロジロと見てまわった。「骨と皮ばかりだな。いかにも不味そうだ」「まあ年寄りだからな」。ふん、と鼻をならして赤鬼がいった。「おまえの血はさっきの椿のように赤いか?」「どうだろう、たぶんどす黒く濁っているだろうな」「そうか。人間ってのは薄汚い生き物のようだな」。わたしは軽く笑って、「たぶんな。どうする、わたしを食べるかね?」。赤鬼はじっと考えて、「いや、よそう。食あたりでもするとつまらん」「だったら、もう行っていいかね」「ああ、行け。行ってせいぜい長生きしろ」。そこでわたしは立ち去った。
- 松本美智子
特選句「うさぎまっすぐわたしを抜けて雲」。うさぎと雪の対比がよく効いていて身体を抜けてふわっと雪になった様子が思い浮かびます。
- 三好三香穂
「梅ふふむ空の青さの二進法」。二進法の表現が面白い。探梅を味覚、視覚、聴覚リズムで捉えている。「やはらかき投函の音鳥雲に」。やはらかきがなんとも良い。何の投函か解りませんが、投句か恋文、はたまた受験申込申請だったりして、想像を膨らせてしまいます。いずれにしても、未来に明るい希望のあるほのとしたものが、やはらかきに込められています。「なん百のけむりの声や春は来ぬ」。古希を過ぎ、身近な人を何人も見送ってきました。昨年は同級生も何人も。人や先、我や先のはかなき状況です。先に逝った、彼ら、彼女ら、天からどう言ってくれるか、天の声を聞いてみたい。永らえてまた春を迎えてしまった。しみじみと共感できました。
- 高橋 晴子
特選句「鳥雲にガリラヤ湖底より木舟」。イスラエル北部のイエスの活動の中心地であるガリラヤでヨルダン川中流にある湖。湖底より木舟が出た。イエスの活動を思い、二千年に及ぶ歴史の深さを思う。鳥雲に、の季語がこれを支えて生き生きと胸に迫る大きな句。季語の感じ方もいい。しっかりした句である。
- 野﨑 憲子
特選句「球音響く軍神二十歳の冬森に」。二十歳で戦死し英霊として祀られている青年は野球が好きだったのだろう。<冬森>の中の軍神よ、これだけ文明が発達しても武器を持ち戦で世界を治めようとする為政者が絶えない。人類丸ごとの精神の進化は不可能なのか。 特選句「ご機嫌なあぶくがパチン早春よ(河野志保)」。こんな何気ないウキウキする作品に癒される幸せを思う。問題句「兜太忌やデコポン食べる猪の峠」。今年で師が他界されて早や四年目となる。私には、これまで「囀りの中に他界のありにけり」の句しか浮かばなかった。掲句は、「猪がきて空気を食べる春の峠(金子兜太)」に因んだ佳句である。師の名を冠した追悼句を羨ましくも感じ、今回の<袋回し句会>のお題に出たので挑戦してみたが、どこか違和感を感じる。師も、たねをさんも、いつも近くにいらっしゃると確信している私である。
袋回し句会
兜太
- 枯鰹節削って削って兜太の忌
- 中野 佑海
- 胸倉を突く風兜太大笑す
- 三枝みずほ
- 兜太の忌うんちのやうに生まれけり
- 三好三香穂
- 千匹の魚が棲むなり兜太の忌
- 野﨑 憲子
- 兜太とうた呼べば心があたたけし
- 島田 章平
たねを
- ものの芽のつなぐ命やたねをの忌
- 島田 章平
- 何処かで又ちひさな渦巻たねをの忌
- 野﨑 憲子
うさぎ
- うさぎ抱き白雪姫になつてをり
- 風 子
- うさぎが舐める壱円切手の夜
- 中村 セミ
- 抱いて下さい今夜だけうさぎです
- 柴田 清子
- 雪うさぎ日に愛されて雲になる
- 島田 章平
嫌い
- 春は春嫌いは自由好きは不自由
- 銀 次
- 百千鳥おいてきぼりは嫌いです
- 野﨑 憲子
- フーガは嫌い春の波溢れ
- 野﨑 憲子
- 日光浴嫌いし母の認知症
- 中村 セミ
- 学校ギライ尻尾大事にとつてをり
- 三枝みずほ
- 好きだから嫌いにもなるヒヤシンス
- 柴田 清子
バレンタイン/愛・鳥雲に?
- 初恋は夫ですバレンタインの日
- 風 子
- 愛の日や赤児のやうに君と会う
- 藤川 宏樹
- バレンタインアリスとなりて行く迷路
- 中野 佑海
- 時間潰しチョコ売場見廻っただけ
- 柴田 清子
二月
- なりゆきで二月になれば次は三月
- 銀 次
- 二ン月の風吹き抜ける句会場
- 島田 章平
- 二月好きなんてちょつと渋好み
- 風 子
- 二ン月の海へ飛び込め馬鹿者よ
- 野﨑 憲子
自由題
- 蜥蜴去り岩本来の景なるや
- 佐藤 稚鬼
- 早春の松明がゆく俳句新時代
- 野﨑 憲子
- くわりんの実歪にころがる無心かな
- 佐藤 稚鬼
- 右の手の冷たさ左手へ移す
- 柴田 清子
【通信欄】&【句会メモ】
2月19日の句会は、香川県下のコロナ感染者激増中にも関わらず11名の方が集まりました。しかも初参加の方もいらして午後1時からの四時間、存分に句座を楽しむ事が出来ました。袋回し句会は一部ご本人からの申し出で作品カットしているのが少し淋しいですが、それは句座の連衆のみぞ知るです。(^_-)-☆ 次回が今から待ち遠しいです。
昨年、「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』を「俳句」編集部へお送りした縁で、「俳句」3月号<クローズアップ欄>に登場させていただきました。ご参加各位のお陰さまです。ありがとうございました。タイトルは「海程香川」発!俳句新時代、です。これからも一回一回の句会を大切に熱く楽しく渦巻いてまいりたいと思います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
Posted at 2022年3月1日 午後 05:14 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]