第122回「海程香川」句会(2021.11.20)
事前投句参加者の一句
冬眠の耳朶すこし波音す | 小西 瞬夏 |
時という分別箱へ木の葉かな | 高木 水志 |
石積みの力学美しき鷹渡る | 重松 敬子 |
匿名のものいふやから初時雨 | 菅原 春み |
パンプキンスープ夜業の娘を待ちぬ | 植松 まめ |
猫の手のパフ少年に冬日向 | 竹本 仰 |
回廊やどこかに人の模様ある | 男波 弘志 |
人恋はばラーメン人を愛さば初時雨 | すずき穂波 |
悪妻も時に屈める泡立草 | 川崎千鶴子 |
茶の花や保ち続ける平常心 | 藤田 乙女 |
名月や老人と猫の密な時 | 田中 怜子 |
師の選の途絶えて淡き夜の窓 | 佐孝 石画 |
冬日和日展に魅かれ美を究む | 漆原 義典 |
冬近し太公望のニッキ飴 | 荒井まり子 |
秋桜愛されていて淋しそう | 稲 暁 |
老いの海私は何処を目指すのか | 石井 はな |
よく喋る母は傘寿の菊日和 | 松本美智子 |
木枯らしや熱きコロッケ抱きしめて | 銀 次 |
寂聴や美は乱調に秋の空 | 三好三香穂 |
眞人間芯から首の冷えてをり | 亀山祐美子 |
霜柱にはまだ遠いポッキーの日 | 山下 一夫 |
自覚なき生の根源息を吸う | 飯土井志乃 |
冬銀河泣かせる手紙くれた奴 | 島田 章平 |
半球の天もつ地平鳥渡る | 藤川 宏樹 |
妻を泣かせた今日消すように紅葉散る | 津田 将也 |
まだ出掛けるつもりの湯灌金木犀 | 稲葉 千尋 |
吉野源流秋蛍よろぼうて | 樽谷 宗寛 |
序破急のシナリオ焚べてしまい秋 | 福井 明子 |
星かがやく一滴の毒地にひらく | 十河 宣洋 |
ママ ぼくのウンチはどこへ行くの ねえ | 田中アパート |
ひとつ減るポスト先生冬ですよ | 松本 勇二 |
甘葛に余罪まだまだありそうな | 伊藤 幸 |
山羊座の人を銀河の駅で待ちにけり | 大西 健司 |
栗ご飯小回りの利く母が居た | 久保 智恵 |
星月夜何処かで超新星爆発 | 滝澤 泰斗 |
神とすれ違った気のする十一月 | 柴田 清子 |
とんぼうを追いかけてゐる鈍行車 | 野口思づゑ |
本能のひとつ忘るる暮の秋 | 河田 清峰 |
眠りの精海に来ていて雪しまく | 小山やす子 |
行く秋の誰が舌打ちぞ干潟照る | 野田 信章 |
木枯らしは探すどこにもいない人 | 河野 志保 |
制作の孤独と祈り息白し | 佐藤 仁美 |
露草の露はむかしの味がする | 榎本 祐子 |
森守る記事より読みぬ文化の日 | 新野 祐子 |
大根にかくし包丁とう無韻 | 森本由美子 |
おしまいのつづきは胡桃に入れたよ | 三枝みずほ |
桔梗の焚かんばかりに枯れ揃ふ | 高橋 晴子 |
われが見るまで待って息絶える蝶 | 兵頭 薔薇 |
月にいるふりして兎家出する | 寺町志津子 |
はにかみは最後の仕上げ実オリーヴ | 中野 佑海 |
文弱につき柿の朱を待つばかり | 谷 孝江 |
老画家に柚子を貰って別れけり | 田口 浩 |
賑はひの中心(なから)に老母秋桜 | 松岡 早苗 |
産声の私のアルバム金木犀 | 吉田亜紀子 |
象とならどこでも行くわ黄落期 | 吉田 和恵 |
熊穴に入る私小説書く掌の油 | 豊原 清明 |
補聴器に人語近づく紅葉狩 | 山本 弥生 |
処彼処ゴロリゴロリと青い石 | 中村 セミ |
こうのとり見しより鷺のこころ冴ゆ | 鈴木 幸江 |
結婚す林檎の蜜を分け合って | 月野ぽぽな |
木の実落つ森に声ありセピア色 | 佐藤 稚鬼 |
石蕗咲くや忘れたはずとまた思う | 増田 暁子 |
ボーボー語話す兄とゆく花野 | 桂 凜火 |
朱欒割るはるかトルコの野外劇場 | 若森 京子 |
浄土かな夕陽に枯葉よみがへる | 増田 天志 |
十年後を待ち合わせして薄原 | 伏 兎 |
目元はシヤネル大狐火の笑まふなり | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「十二月八日火の芯となる折鶴か(三枝みずほ)」。平和への願いの折鶴が、燃え盛る火の中心にあるという凄まじさと繊細さ。恐ろしさと美しさ。平和と戦争。相反するものがせめぎあう現実が赤い炎とともに描かれている。「か」という終助詞に複雑な思いがにじみ出る。
- 増田 天志
特選句「山羊座の人を銀河の駅で待ちにけり」。しなやかなタッチ。あざといほど、メルヘン調に仕上げている。
- 月野ぽぽな
特選句「好きなこと考える道稲実る(河野志保)」。「好きなこと考える」とは自分の頭を自分がいい気分になれるように使うこと。「幸せ」とは、こんなにシンプルなことなんだな、と思い出させてもらえる一句。この「道」は実際に歩く道でもあり、生き方としての「道」とも思えてきます。豊かに実る稲が、心の至福感を伝えています。英語の「Happiness is not a destination, it’s a way of life」、日本語にすると「幸せとは目的地ではなく生き方である」もしくは、「幸せは未来に定めるものではなく、日々の心のありようである」を思い出しました。
- すずき穂波
特選句「眞人間芯から首の冷えてをり」。眞人間の範疇が危うくなってしまった。けれど誰しも、自分は眞人間 だと思って生きているだろう。この作者は、しかし、考えている。自分は果たして、どうか…。「芯から」「冷えて」がその思考の深さを表現しているか。特選「本能のひとつ忘るる暮の秋」この作者の身体感覚の鋭さ、季語「暮の秋」の余韻が心に染み渡りくらくらとしてくる一句でした
- 高木 水志
特選句「露草の露はむかしの味がする」。小さくて、それでも生きている露草は、私たちに古来の日本の精神を教えてくれる。今は未来が続いてゆくと思えないのだが、露草のように今を懸命に生きてゆけば、おのずと未来が見えてくることを、この句から感じ取りました。
- 増田 暁子
特選句「吉野源流秋螢よろぼうて」。秋蛍の儚さが下5の”よろぼうて”わかります。吉野源流を想像しています。特選句「よもつひらさか曼珠沙華曼珠沙華(島田章平)」。曼珠沙華を繰り返し心に沁みます。よもつひらさかに咲いている曼珠沙華が、目に浮かびます。「時という分別箱へ木の葉かな」。分別箱へ入れるのは木の葉なのですね。分別は肯定か否定なのか。面白い発想です。「パンプキンスープ夜業の娘を俟ちぬ」。親の気持ちはよく解ります。「師の選の途絶えて淡き夜の窓」。本当に同じ気持ちです。あの声をもう一度・・と思う。「秋桜愛されていて淋しそう」。かわいくて淋しい花です。「ママチャリの前後に小さき冬帽子」。よく見る光景で冬帽子が良いですね。「ときめきも嫉妬も残し木の葉髪」。身につまされます。木の葉髪が秀逸。「文弱につき柿の朱を待つばかり」。中7下5が魅力的ですね。柿の朱はこころ満たします。「補聴器に人語近づく紅葉狩」。紅葉狩の時に補聴器のおしゃべりの声は避けたいと作者。
- 藤川 宏樹
「ふく汁と恋の火かげん水かげん(山下一夫)」。一昔前には寒くなると河豚中毒の死亡記事を目にしたものでした。河豚汁も恋も命懸け、どちらも大事なことは火かげん水かげん。つい皇女の恋物語にまで思いが及びました。
- 松本 勇二
特選句「栗ご飯小回りの利く母が居た」。「小回りの利く母」は多くの人が持している母親像。栗ご飯も手間をかける母を彷彿とさせて上手し。
- 十河 宣洋
特選句「山羊座の人を銀河の駅で待ちにけり」。分かったような分からんような作品だが、恋人に会いたい気分は出ている。こいうメルヘンチックな俳句も最近は減ってきた。銀河鉄道の夜の宮沢賢治もいいし、スリーナインの駅もいいなあと思う。無人駅かな?特選句「ときめきも嫉妬も残し木の葉髪(藤田乙女)」。類句類想がありそう。でもこいう句もあっていい。読み手を楽しませてくれる。問題句「つみちはやつみちはちみてつみちは冬(田中アパート)」。読むのに苦労した。それが付け目らしいがもっと分かりやすく。→ 「はちみつ」を言葉遊び風に作品化されたそうです。
- 小山やす子
特選句「結婚す林檎の蜜を分け合って」。羨ましい位の素敵な結婚。林檎の蜜がいいですね。
- 豊原 清明
特選句「名月や老人と猫の密な時」。老人の愛する猫との交流を見た人の視点から。問題句「終活を重荷にせぬ母爽やかに(吉田亜紀子)」母と子のささいな会話かと思った。
- 田口 浩
- 特選句「象とならどこでも行くわ黄落期」。作品の婆娑羅ぶりが何とも好ましい。「象」も「黄落期」も絢爛で艶があろう。―わたしでよければ是非露払いを命じて下さい。と言いたい心もちである。気持ちのいい句の出会いに酩酊している。「好きなこと考える道稲実る」。これはこれでいいのだが、「稲実る」が少し過ぎているかもしれない。「好きなこと考えている稲の道」同じことだが、この方がスッキリしていないだろうか。「よく喋る母は傘寿の菊日和」。「菊日和」でこの句は面目を保っている。「曼珠沙華昼の密度となりにけり」。一見なんでもないようだが、手練の作品である。曼珠沙華の生きざまを「昼の密度」とはなかなか言えない。夜は別の世界が現われるのである。詩人の眼を持つ人であろう。「秋歩くとなりに誰かゐるやうに」。秋を歩いていると、時々の顔が浮かんで来ることがある。老いるとなおさらである。
- 中村 セミ
特選句「墨壺の墨を打たれる秋の女体(田口 浩)」。晩秋の冷たくなっている気温の例えとして女体だろうか、秋の夜に書をしたためているのでしょう。秋に感じる肌の温度、少しずつ冷たくなる空気の層・空間、これを女体として書を書くのを打たれるかな。秋の女体がいいです。特選句「われが見るまで待って息絶える蝶」。この人は、蝶が「もうダメです静かに行きます。」という状態というのを観ている。観察力のある人おそらく長いカンサツを特技としている。面白い。
- 若森 京子
特選句「行く秋の誰が舌打ちぞ干潟照る」。舌打ちは思う様にならぬ残念な時、又、 いまいましい時と人間のマイナス面の瞬時の動作である。風景として、ゆく秋の淋しい海に瞬時に現われた干潟に陽が差していた。この人間と自然の呼応が一句の中に人生の断面として詩的に表現されている。特選句「熊穴に入る私小説書く掌の油」。私小説を書くエネルギーは油汗の出る程ではないかしらと思う。季語の「熊穴に入る」が肉体に脂肪を一杯溜めて冬眠に入る動物と、人間の私小説を書く時間の経過が何故か面白く交差している。一句にストーリーがある。
- 稲葉 千尋
特選句「立冬や重さ確かむ父の斧(松本勇二)」。斧で薪を割るのであろうか、父が使っていた斧の重さを確と感じる作者。
- 谷 孝江
特選句「好きなこと考える道稲実る」です。稔りの秋です。まもなく刈り田に変わります。今年の芥川も読み終えたし次は何を・・・と考えながら豊かな風景の中をゆく作者の姿が見えてきます。「おしまいのつづきは胡桃にいれたよ」も好きです。
- 中野 佑海
特選句「木枯らしや熱きコロッケ抱きしめて」。私の大好きな食べ物俳句。私が小学生の頃、塾の帰り道によくコロッケを買い食いしながら帰ったものです。コロッケの匂いは幸せの香りです。Give me a break! 特選句「おしまいのつづきは胡桃に入れたよ」。えっ、この中のどの胡桃かな?あっ!こらまて!そこの栗鼠に持ってかれちゃったじゃないか、日本沈没のシナリオ。「冬眠の耳朶すこし波音す」。この歳になるとどんなに若いつもりでも静かな所ほど、波音の様な耳鳴りがして、益々眠れなくなる。私の場合はすこしの波音なんて容易いものじゃなくて、バイクの音ですが何か?「匿名のものいふやから初時雨」。突然バタバタと、降ってくる時雨は雨宿りして空かすしかありません。そのうちに止むでしょう。「序破急のシナリオ焚べてしまい秋」。頭の中で描いた通りに物事進んでくれたら言う事は何もありません。人の頭で考えた事以上の事が起こるのが現実。だから、今を楽しもうよ。机上の空論は焚き火の中へ。「つつがなく首を載せては菊人形」。菊人形なら首はいくらでもすげ替えることが出来るけど、会社の人事はなかなかどうして思い描く様には参りません。「着陸する凩離陸する凩(月野ぽぽな)」。凩に離着陸があるなんて、考えたこと無かったです。管制塔はやはりあるのでしょうか?「ため息を折り込む小指秋深し」。そんな所で宜しく哀愁なんかしてないでほらほら美味しいもの食べに行こ。「露草の露はむかしの味がする」。古臭いですよね、露草って。小さい頃、この花を取って、潰して、シャツや手が紫色になったのを覚えています。「月にいるふりして兎家出する」。今日はほとんど皆既月食の日。兎の家出にはピッタリの日です。140年ぶりの月食だそう。良く見破りましたね!凄い。本当に香川句会の俳句は面白くて大好きです。
- 大西 健司
特選句「冬眠の耳朶すこし波音す」。五感すべてを閉ざしての冬眠中、耳朶だけが外に向いている。かすかな波音を捉える聴覚の繊細さが美しい。
- 榎本 祐子
特選句「朱欒割るはるかトルコの野外劇場」。朱欒を割る行為から、その断面からの意識の飛翔が素敵です。
- 山本 弥生
特選句「栗ご飯小回りの利く母が居た」。昭和の三十年代の頃を想い出します。栗ご飯を囲む三世代同居の家族を各々に気配りをしていつも動いていた母の姿が目に浮かびます。
- 柴田 清子
特選句「十二月八日火の芯となる折鶴か」。太平洋戦争開戦、パールハーバーへの奇襲攻撃を、平和の願の折鶴で詠っているところが心に響く。
- 鈴木 幸江
特選句評「くらがりの白萩という血がにじむ(佐孝石画)」。投句作品を一から読んでいてここで足が止まった。三つの句材がもつ対照的な黒、白、赤。これらの色のコンビネーションから生まれてくる異世界に惹かれるものがあった。闇の中に咲く白萩に純心で目立ちたがらぬ少女を思い浮かべ、そのような存在が血を滲ませているという暗喩としての一句に、そんな弱者が今もいるという強いメッセージを受け取った。問題句評「つみちはやつみちはちみてつみちは冬」。最初はマントラ(真言)かと思いインターネットでマントラの一覧を見たが該当するものはなかった。では、恣意的に音律を創作して何か意味が生まれてくるのを試そうとしているのだろうか、と思った。でも、“つみち”はどこか古代語のようでもあり、ひょっとしたら“積み地”のことかもしれない。面白いのだけれど、やはり何か解釈の手掛かりになるものが欲しかった。
- 福井 明子
特選句「時という分別箱へ木の葉かな」。最初分別(ふんべつ)と読みました。そして時をおくと、あっ「ぶんべつ」なのかなと思いました。いずれにせよ「時」というのは、容赦なくあまねく非情に過ぎてしまいます。そうしてひとつのかたちに納まってしまうのです。「分別箱」という言葉が胸に残ります。そうして偶然の如く、葉書のような木の葉が時々に言葉かけをしてゆきます。特選句「回廊やどこかに人の模様ある」。うす暗い回廊。そこは幾世も経た空間。今、目に見えていない、その時々の人の痕跡を感じます。「どこかに人の模様」とあらわされたことが、心に留まり離れません。特選句「神とすれ違った気のする十一月」。神無月、その十月を出雲だけは神在月と言うそうな。八百万の神々が出雲から、また大移動してそれぞれの國へ帰る。そんな現象を十一月に込めたおおらかな物語的な句心をいただきました。
- 津田 将也
特選句「石積みの力学美しき鷹渡る」。石垣の加工法には、野面積(のづらづみ)・打込接(うちこみはぎ)・切込接(きりこみはぎ)の三つの工法がある。石垣が登場し始めた頃は、加工されていない自然石を積み上げてゆく野面積であった。石垣の表面が隙間だらけだと見栄えが悪いので間知石(まちいし)と呼ばれる小石を詰めた。裏側に当たるところでしっかりと石が組まれておれば、崩れないという力学的に最たる仕組みとなっている。織豊期に築かれた小谷城(滋賀県)・竹田城(兵庫県)などに美しき野面積を見ることができる。このような城跡の風景には、冬空を悠然と舞う大鷹の姿が相応しい。特選句「匿名のものいふやから初時雨」。匿名には、個人が保護されるという匿名性の利点を最大限に生かせる行為として、告発がある。匿名性が保証されたやり方で、権力者や企業の不正を暴露することができ、告発者が不当な弾圧や差別を受けることなく不正を公にすることができる。反面、この匿名性を利用して事実や虚偽を過大無責任に並べ立て、相手を傷つけたり、または自殺に追い込んだりして、逆に、己が犯罪者になる場合もある。昨今の眞子さん・小室 圭さんの結婚にいたるマスコミ等の報道には、その多くに目を覆う記事があった。「初時雨」は、その冬の初めての時雨。冬になったという侘しい気持ちが季語に込められいるので、事柄との取り合わせのよい本意を得た佳句となっている。
- 伏 兎
特選句「曼殊沙華昼の密度となりにけり(小西瞬夏)」。畦道などに群れて咲くこの花の描写もさることながら、昼の密度という表現が、コロナ禍の閉塞感をうまく捉えている。特選句「ボーボー語話す兄とゆく花野」。小川洋子の小説「ことり」の、自閉症の兄を見守る弟のようなまなざしを感受。哀しくて美しい句だ。「冬眠の耳朶すこし波音す」。海は生きとし生けるものの母郷。動物の体内に刻みこまれた海の記憶が、子守歌となって体内を巡るのだろう。「霜柱にはまだ遠いポッキーの日」。 11月11日はポッキーの日だとか。ウィスキーの水割りを手に、ポッキーをつまみながら、仕事や恋のことなど、友だちと喋っていた頃を思い出し、惹かれた。
- 樽谷 宗寛
特選句「朱欒割るはるかトルコの野外劇場」。今こうして朱欒を割つている。トルコの野外劇場でも朱欒を手にした遠き日懐かしんでのお姿が浮かびます。私が子供のころ九州から山口へ朱欒売りが来ておりましたよ。自句自解「午前二時ムカデが選ぶ妻の腿(もも)」。本当にあつたことです。咬まれました。パジャマのズボンのなかに4センチのムカデ居たのです。
- 石井 はな
特選句「石蕗咲くや忘れたはずとまた思う」。忘れたと思っていた事忘れたい事が、石蕗の黄色い花を見ると呼び醒まされてしまう。あぁまた思い出してしまったと、小さな刺が心を刺す。そんな気分に共感します。
- 伊藤 幸
特選句「墨壺の墨を打たれる秋の女体」。書道家がパフォーマンスとして広い紙の上 に太い筆で身体全体で表現する造形美術。正に漢字のその曲線は女体の美しさである。下語の秋の 女体に言い知れぬ艶が溢れ出ている。
- 滝澤 泰斗
今月は休み明けのせいだろうか、好句が多く、第一選で30句までとなり、10句まで絞るのにいつも以上に時間がかかった。そんな中、特選2句は家族の景から「立冬や重さ確かむ父の斧」。父親の跡を継がない私も父親の仕事で使っていた道具等で父親を偲ぶことがあった。季語の立冬が効果を発揮している。「パンプキンスープ夜業の娘を待ちぬ」。娘を待つ親の気持ちをパンプキンスープの匂いと温かみに託した上手な句。並選、家族の景の共鳴句「どこやらに母の気配や秋のくれ(銀 次)」。父、母を含め、家族は何かつけて脳裏を過ぎるが母の存在は秋、それも夕暮れ。景にはややマンネリ観があるものに、母親はなぜか秋の夕暮れに合っている。「双曲線なぞりし妻の冬に入る」。愛おしさを感じさせるとともに、エロスの匂いにノックアウト・・・仕事柄、旅の景も捨てがたしで「石積みの力学美しき鷹渡る」。古代ギリシャの、古代ローマの石積みの見事さ。アーチ構造にたどり着く人間の研ぎ澄まされた探求の目は美しい。そんな遺跡の空に悠久の自然が繰り返されている。「冬天へ月探査機や音も無く」。冬天の澄み切っているであろう大気圏の外。そこには探査機が音もなくひたすらに月に向ってゆく姿。「象とならどこでも行くわ黄落期 」。私も象の背なら、揺られながら黄泉も含めてどこにでも行ってもいいかと思うほど。「朱欒割るはるかトルコの野外劇場」。ザボンという存在感がトルコ、しかも、沢山あるヘレニズム遺跡の野外劇場にピッタリ合っている。ザボンをよく探したと喝采を送りたい。「寂聴や美は乱調に秋の空」。嗚呼、寂聴さんも百歳を待たずお亡くなりになった。その寂聴さんの文学に流れていた美の意外性を遠い秋の空に思う。・・・が、私は寂聴さんの反戦、反原発、反憲法改正に共感する。
- 河田 清峰
特選句「おしまいのつづきは胡桃に入れたよ」。死にも他界があるように終わるようで終わらないのが人生。胡桃に入れたよのフレーズが詩的である。
- 松岡 早苗
特選句「よもつひらさか曼珠沙華曼珠沙華」。呪文のようにも童謡のようにも聞こえ、耳に残った。此岸と彼岸の境にある異空間が一面の赤い色彩として立ち上がる。曼珠沙華の咲き満つ赤く茫洋とした空間の何処からか、童女の不思議な歌声が聞こえてくるようだ。特選句「はにかみは最後の仕上げ実オリーヴ」。おしゃれで素敵な句。オリーヴの実はまだ青いのかしら。小豆島からエーゲ海、そしてギリシャ神話の神々へと、時空を超えてフレッシュな恋のイメージが次々とふくらむ。
- 寺町志津子
特選句「石蕗咲くや忘れたはずとまた思う」。「忘れたはずとまた思う」が、まる で今の私の状況のようで、作者の美意識に感じ入りながら頂きました。私にも、もうとっくに忘れ 去っていたはずの昔のことですのに、ふっと「あの時はしまった!」の 思いと共に思い出す事柄が あります。揚句の、花のない季節に咲く葉も花も美しい石蕗の花との取り合わせに心惹かれました。 この句に出会い、私も 「あの時はしまった」とは思わず、ほろ苦いながら懐かしい思い出にしてい こう、と思えるようになれそうで感謝です。
- 久保 智恵
問題句「ママ ぼくのウンチはどこへ行くの ねぇ」。大変面白いとは思いますが、 私には難しい句でした。
- 竹本 仰
特選句「冬眠の耳朶すこし波音す」。いつも散歩する山道に不思議なのは、よく見か けた蛇や虫がどこへ行ったかということで、冬眠の姿気配を思う事で過ぎていく。しかしもう一歩 踏み込めば、こんな感じなのかな。その波音の中にこの足音も微かに混じっているのかもしれない。 今懐妊の赤ん坊にも、母親とその周囲をめぐる音が色んな波に聞こえているのかなとも思えた。特 選句「ひとつ減るポスト先生冬ですよ」。先生を勝手に兜太先生と感じて読んでしまった。海程各人 が持っていただろうポストがひとつ減った。しかしそのポストへ出さなくてもポストはある。でも 本当はポストの先にはいつも先生がいて、そう感じるとつい声を掛けずにいられなくなってしまう。 「さすらいに雪ふる二日入浴す」そんな風呂場のこだまが返しにぽつんと聞こえそうな。特選句「十 年後を待ち合わせして薄原」。薄原で待ち合わせ、ここに胸を打たれる。宮澤賢治「注文の多い料理 店」の序の、「ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わた くしはそのとおり書いたまでです」という一節を思い出す。たしかに無心になれば自然に聞こえて 来るもの、そんなものが感じられてならなかった。問題句「ママ ぼくのウンチはどこへ行くの ね え」。考えてみれば不思議なことが確かにある。処理水、ではないけれど、ウンチも処理しか考えら れなくなった我々に何か突きつけられるものがある。そういういい問いがあるとしてあげた問題 句。「大根にかくし包丁とう無韻」。かくし包丁は大根の中にあるもの?と思うと、面白さを感じた。 それも、音なしの構えで。と何やら革命的な句とも見え、司馬遷が『史記』の中で最も賢い商人は 愚かな顔つきである、といったのを思い出す。という見方自体がおかしいのか、ふと問いかけてみ たくてならない句であった。以上です。
読みをゆすぶられるような句、これも大事なんだなとそんな句に出会えたのが、うれしかった です。今、雨が降っています。そのあと、ぐっと寒くなるようです。みなさん、ご自愛くださいま せ。いつもありがとうございます。
- 野田 信章
特選句「冬銀河泣かせる手紙くれた奴」は、結句の「奴」の呼称に込められた親 愛の情をそれと決定付けている。「冬銀河」の配合に読み手としての響感を覚える。特選句「妻を泣 かせた今日消すように紅葉散る」は、中句以下に込められた、今日という一日の訪れそのものを否 定したいという妻への真情が「紅葉散る」の美しい景として定着している。
- 重松 敬子
特選句「時という分別箱へ木の葉かな」。良い句ですね。時は大方のものを解決し てくれます。この句は、木の葉をどう理解するかでしよう。私は日常の諸々のことも時が経てば、 木の葉程度の軽さなのだと受け取りました。
- 新野 祐子
特選句「十二月八日火の芯となる折鶴か」。折鶴を火の芯にするという斬新さにひ かれました。以下、入選句「石積みの力学美しき鷹渡る」。アフガンの水路でしょうか。中村哲さん が忍ばれます。「朱欒割るはるかトルコの野外劇場」トルコは演劇が盛んですぐれているそうですね。 「雪の轍」という映画を思い出しました。「十年後を待ち合わせして薄原」。四十年後に会う約束を したのに会えていない私を、呼びさましてくれました。
- 島田 章平
特選句「十二月八日火の芯となる折鶴か」。15年戦争の日本の運命を決めた最 後の5年間を17音で一気に詠み込んだ佳句。太平洋戦争の始まりである12月8日の攻撃、炎の 中の真珠湾。そして日本の敗戦を確定的にした8月6日の原爆投下。真っ赤に燃える広島。時空を 超えてこの二つの日付が、「火の芯」と言う言葉で結び合う。紙飛行機の様に真珠湾を飛ぶゼロ戦、 そして、被爆したサダコの「折鶴」。「折鶴」がまるで「火の鳥」の様に時空を飛ぶ。
- 野口思づゑ
特選句「好きなこと考える道稲実る」。そういう道を私も探したくなりました。 今は道の両端で稲が実っているのでしょうか。ますます楽しそうです。「この後もいくつ歳とる冬さ うび」。季語がとても効いています。「結婚す林檎の蜜を分け合って」。蜜がいいですね。仲の良さが 伝わって来ます。
- 田中アパート
特選句「象とならどこでも行くわ黄落期」。ETに会ったらよろしく伝えてください。 海程香川での吟行なくて少し淋しい。いつもなら年に一回、日本のどこかに連れてってもらえて楽しみにしていたが、新型コロナ禍でいたしかたないが、来年もつづくのでしょうか?→来年は吟行に行きたいですね! 具体的になったら句会報でまたお知らせします。
- 佐孝 石画
特選句「ひとつ減るポスト先生冬ですよ」。 毎月二十日の『海程』投句〆切。二百字詰めの原稿用紙に句を書き入れ、封をしてポストに投函する。先生への目に留まるようにと、できるだけできるだけ背伸びして練り上げた句を投函したあの頃の気持ちは、まさにラブレターの感覚だった。考えてみれば、健気に毎月、投句というラブレターを片思いの人へと送り続けていたのだ。師はいなくなり、また馴染みのポストも一つ減った。そんな淋しさの中、「冬ですよ」と先生に話しかけてみたくなったのだろう。
- 田中 怜子
特選句「寂聴や美は乱調に秋の空」。忖度せずものを言い、行動し、恋して書いて、贅沢もして太っ腹。惜しいお方を亡くしました。元気もらえる方でした。心の奥底は 別れた娘への思いを抱えながら生き抜いた、あっぱれな女性です。
- 野澤 隆夫
特選句「石積みの力学美しき鷹渡る」。鷹の渡りを何回か探鳥した経験があります。石積みの力学に、雄大な景色が目に浮かびます!特選句「月にいるふりして兎家出する」。こんなこと想像しての作句、相当のロマンチスト!昨晩の月食でも、家出したのでは?秀句。
- 佐藤 仁美
特選句「ママ ぼくのウンチはどこへ行くの ねぇ」。思わずふふっと笑いました!うちの子も「どちて、どちて?(なぜ?)」の質問攻めでした。ほのぼのしますね。特選句「コロナ禍や無駄話ししたいだけなのに(久保智恵)」。本当に日常の些細なことが、大事だったということを思い知らされた2年間でした!早く日常が取り戻せますように…。
- 吉田亜紀子
特選句「木枯らしや熱きコロッケ抱きしめて」。自分では実践できていないが、 俳句は「スッキリ」が大切だと考えている。この句の場合、「コロッケ」は熱々な食べ物という印象 があるので「熱き」という表現が必要ではないのではと最初は思いました。しかし、スーパーのコ ロッケはたいてい冷たい。もしくは冷凍だ。帰宅して温める必要がある。急ぐ必要も抱きしめる必 要もない。対して、お肉屋さんのコロッケは揚げたて、熱くて旨い。人間は温度が在るものに対し て敏感かつ機敏になる。例えば、アイスクリーム、子猫、薬缶といったもの。このコロッケもその 一つで、木枯らしの中の熱いコロッケ。きっと小走りに家へと急いだであろう。待ち人もいるかも しれない。愛情やスピード感も出る。したがって、「熱い」という表現は力を持ち、必要である。特 選句「老画家に柚子を貰って別れけり」これほどの悲しい「けり」は無いのではないか。この「け り」の存在が、もう二度と老画家に会えない寂しさや死を語り、素晴らしい柚子の絵を遺されたに 違いないと解釈をしました。
- 川崎千鶴子
特選句「時という分別箱へ木の葉かな」。「時」の分別箱って分かるようで分からないのですが空想の世界に誘われます。下五の「木の葉」は抜群で良く考えられたと。ここの「木の葉」は芽から葉そして果ては落葉に続くのでしょうか。哲学的です。「木枯らしや熱きコロッケ抱きしめて」。昔々のことを思いださせる暖かいお句です。「本能のひとつ忘るる暮れの秋」。どのような「本能」でしょう。あれこれ想像すると一時間は掛かりそうです。「結婚す林檎の蜜を分け合って」。ご結婚おめでとう御座います。「林檎の蜜」を分け合うとは意味深です。考えると非常に楽しく感嘆です。「妻を泣かせた今日消すように紅葉散る」。夫婦喧嘩でしょうか、作者は失敗したなあと思って居る時に「今日消す」ように紅葉がさらさら散っている。それはまた奥さんの泣いた姿で、消えないかも知れません。
- 菅原 春み
特選句「冬眠の耳朶すこし波音す」。耳朶が波音すとはどんな様子なのだろうか? 冬眠だから無音に近い波音なのか。おもしろい。特選句「半球の天もつ地平鳥渡る」。スケール感でいただいた。籠った暮らしのなかでも地平線を感じ、異国への思いもよぎる心理にひかれる。
- 吉田 和恵
特選句「甘葛に余罪まだまだありそうな」。そのゆるキャラについつい気を許して しまいますが、でも、でも、BUT 余罪はあるはず、油断めさるなと。
- 男波 弘志
「好きなこと考える道稲実る」。稲実る、は何他のことにも置き換わりそうだが、やはり作者の日常を大切にしたい。「石は根を抱き野鼠は藍はこぶ(若森京子)」。運んでいる藍は人間が残した業だろうか、そんなものが世界中に溢れている。「おしまいのつづきは胡桃に入れたよ」。入れたのは口伝の何かであろうか、これを割るのも人間だろう。全て秀作です。
- 三好三香穂
特選句「賑わひの中心(なから)に老母秋桜」。何かのお祝いの席か。そうでな くても、中心に老母。ゆかしい。そうありたい風景。孝行な家族。「金木犀宗家独演五番立」。漢字 だけで風景がよく見える。金木犀の香りがただよい、宗家のおごそかにして優美な能。続けて五番 も舞っていただいた。「ときめきも嫉妬も残し木の葉髪」。ときめきも嫉妬も色々あったけど。それ らはそのまま山に残してきた。木の葉髪になってしまった。あがいた印か。「免許捨てどこにも行け ぬ捨て案山子」。まさに捨てられた案山子の心地。免許返納で安心かも知れないが、何処にも行け ぬ不自由。老いの悲しみ。「月にいるふりして兎家出する」。私も一度兎になってそうしたい。「石蕗 咲くや忘れたはずとまた思う」。少し日影に今年も石蕗の黄色い花。変わらぬ咲き様に昔をふと思い 出す。思い人か出来事か忘れたはずなのによみがえって来る。
- 河野 志保
特選句「栗ご飯小回りの利く母が居た」。「小回りの利く」お母さんには「栗ご飯」がピッタリ。くるくると動く愛らしい姿が目に浮かんだ。的確な把握と母への愛に溢れた句だと思う。リズムの良さにも惹かれた。
- 桂 凜火
特選句「寂聴や美は乱調に秋の空」。瀬戸内さんの追悼句として素敵ですね。私はあまり読みませんでしたが、生き様にはほれぼれしています。美は乱調にのフレーズ好きです。特選句「大根にかくし包丁とう無韻」。隠し包丁という無韻というフレーズ素敵です。でもあの隠し包丁をいれるときの後ろめたさみたいなものと「無韻」は符合すると思いました。
- 山下 一夫
特選句「悪妻も時に屈める泡立草」。泡立草は帰化植物で旺盛な繁殖力で在来の草花を駆逐してしまう嫌われ者。傍若無人に天を指して伸びているのが忌々しい。それに比べると時々弱みを見せる悪妻はかわいいもの。男性からの視点と見ます。照れ隠しだとしてもいつも悪く言ってばかりなのは考えものです。時には正直に可愛いと口にしてみましょう。ちなみに背高泡立草はすっかり秋の景色の一部として定着しており「昭和の高度成長期の草」といった感じでもあり、個人的には好みです。特選句「秋桜愛されていて淋しそう」。コスモスについて抱いていたもののなかなか言葉にできなかったところをずばり代弁していただきました。単独や数本、群生でも可憐かつあでやかな花ですが、なぜか淋しそうなのです。花の大きさに比較して茎が長く細くそれ故に少しの風にもそよいでしまうあたりからくるものでしょうか。問題句「石積みの力学美しき鷹渡る」。「美(は)しき」が「石積みの力学」と「鷹渡る」の双方に掛かってしまうように見えます。意図されたのかもしれませんが、「は美し」「の美し」と切れをはっきりさせた方が、秋の空気の中の静と動に漂う緊張感をより明確にするように思うのですがいかがでしょう。「水のやう火のやうリンクのスケーター」。これからフィギュアスケートのシーズンですね。「水のよう」は当然として「火のよう」が秀逸です。「甘葛に余罪まだまだありそうな」。露見した一件の悪事には余罪や前駆的な行為がたくさんあります。業界人的な視点。「栗ご飯小回りの利く母が居た」。小柄だけど働き者でほっこり暖かい雰囲気をたたえた方だったのでしょうね。何だか懐かしいです。「ボーボー語話す兄とゆく花野」。「ボーボー語」が謎ですが、背が高く発声もジャイアント馬場のようなお兄さんを連想します。とてもメルヘンチック。
- 植松 まめ
特選句「冬銀河泣かせる手紙くれた奴」特選句「指切はあの日の痛み秋の蝶(大西健司)」。この歳になっても歌は演歌ではなくフォークソングが好きだ。冬銀河も、指切りも、なくした時代が甦る純粋だったあのころを。
- 銀 次
今月の誤読●「おしまいのつづきは胡桃に入れたよ」。ではその胡桃を割ってみましようか。ーーというわけで、桃太郎一行は金銀財宝を荷車に積んでうちへとかえりましたとさ。めでたしめでたし。はい、おしまい。の、つづき。桃太郎はいった。「さてイヌくん、サルくん、キジくん。ご苦労さん。これでミッションは終わりだ。さあ、ここで解散だ」。イヌがいった。「へえ、よござんす。でもこの金銀財宝はどうしやす?」「どうするって、そりゃまあ、村のインフラを整備したり学校をつくったり……」。サルが割り込んだ。「とぼけちゃいけませんや。うまいことをいって、独り占めにしようって魂胆がミエミエですぜ」「そんなことはしません、なにしろボクは正義の味方ですから」。キジがせせら笑って「信用できねえな。人間ってなあ、お宝を前にすると人が変わるっていいやすからね」「いいだろう、ではみんなにはボーナスとして金貨一枚、大粒の真珠を一個づつ進呈しよう」。イヌがいった。「へえ、ずいぶん安く見られたもんだな」。サルがいった。「そんなはした金で誤魔化そうったってそうはいくもんけえ」。キジがいった。「ここはいちばん、四等分ってえのがスジじゃねえんですかい」。と、障子がガラリと開いておじいさんがカマを片手に入ってきた。「じゃあワシらの立場はどうなるんだ。その子を育てたのはこのワシだ」。おばあさんが包丁を持って入ってきた。「だいたいそもそものはじまりはワシが桃を拾ってきたからじゃないか」。桃太郎はギラリと刀を抜いて身構えた。「ええい、うるさい。リーダーはこのボクだ。文句があるやつは片っ端から斬り殺してやるからかかってこい」。さあ、ここから阿鼻叫喚。ってトコへ表戸がひらいてスーツ姿の男が入ってきた。「あの、税務署の者ですが……」。全員が声を揃えて「やかましい! 引っ込んでろ!」。表がずいぶん騒がしい。覗いてみるとノボリを翻して大勢の人が口々になにやら叫んでいる。ノボリには「鬼差別反対協議会」と書かれていた。とまあ、<教訓>みなさん胡桃はそっとしておきましょうね。
- 荒井まり子
特選句「出掛けるつもりの湯灌金木犀」。久しぶりに驚いた。高齢化で色々取り沙汰されているが、この句の境涯淡々と憧れる。
- 漆原 義典
特選句「栗ご飯小回りの利く母が居た」。もうすぐ三回忌を迎える母を思い出します。中七の小回りの利くがうまくお母さまを表現していると思います。ほのぼのとした句をありがとうございます。
- 藤田 乙女
特選句「老いの海私は何処を目指すのか」。は、まさに今の私の心境そのものです。とても共感しました。特選句「時という分別箱へ木の葉かな」。 とても惹かれる句でした。しみじみと来し方を振り返りました。 「時という分別箱に収まらぬ身の内にある恋の残照」
- 三枝みずほ
特選句「木枯らしは探すどこにもいない人」。実景は木枯らししかないが、木枯らしに立ち尽くす一人の存在を感じさせる不思議な世界観に惹かれた。特選句「はにかみは最後の仕上げ実オリーヴ」。一読、はにかみを意図的にする男性の句かと思ったが、これは女性がはにかむ男性へ恋をした瞬間を読んだものかもしれない。「最後の仕上げ」のあいまいさが読みを広げ、面白かった。
- 亀山祐美子
特選句「ため息を折り込む小指秋深し(高木水志)」。自分の中の澱を吐き出す溜息。出そうと思って出すわけでは無い。むしろ意思に反して出てしまう。そのため息を両指を絡めた小さな空間に流し込む。折り畳めるものならば小さく小さく小さく小指で折り畳んで無いものにしてしまいたい杞憂秋愁。溜息は自己修復の第一歩なのかもしれない。
- 稲 暁
特選句「木枯しや亡き犬の小屋仕舞いけり(植松まめ)」。犬好きの私としては見逃せない一句。淋しさ哀しさがしみじみと伝わる。
- 松本美智子
特選句「茶の花や保ち続ける平常心」。茶の花を直接見たことはなかったので,調べてみました。清楚で可憐な白い花ですね。コロナの勢いはだんだんと収まってきていますが、まだまだ心の中に引っ掛かりをもったまま生活しています。平常心を保ちたいものだと思います。「茶の花」の雰囲気と「平常心」が響き合っている句だと思いました。
- 高橋 晴子
特選句「老画家に柚子を貰って別れけり」。老画家、柚子、別れ、それだけで絵になる。何も言ってないところが実に爽やかでいい。
- 野﨑 憲子
特選句「まだ出掛けるつもりの湯灌金木犀」。揚句の<まだ>に、他界された方の前向きな生き方が見えてまいります。金木犀が最高の供花ですね。因みに、今月の拙句「目元はシヤネル大狐火の笑まふなり」につきまして・・私の母、髙木繁子は、晩年パーキンソン病に苦しみ最期は病院のベッドの中で迎えました。その頃、学生時代の友からシャネル5番の入った乳液をもらいました。それを、お見舞いの度に母の顔に付けると奇跡のように嬉しそうな眼をしてくれました。お洒落な母でした。怒ると、とてもおっかない母でした。湯灌の折のお化粧の下地にもこのクリームを塗りますと弟が「そんなに塗ったら母さん、この世に未練ができて成仏しないよ」と苦笑しました。でも、今は生前のように、句会に一緒に来てくれていると強く感じています。
袋回し句会
膝小僧
- みかん剥く窓の鈍行膝小僧
- 藤川 宏樹
- 膝小僧またすりむいて冬に入る
- 野﨑 憲子
- 膝小僧にはいつも赤チン青みかん
- 中野 佑海
- 膝小僧抱いて月下の独房に
- 島田 章平
- 秋歌舞伎膝小僧で見えを切る
- 銀 次
- 冬眠もならずやひかりの膝小僧
- 野﨑 憲子
木の葉髪
- 怒髪天酒呑童子の木の葉髪
- 銀 次
- 木の葉髪怖いものもうなにもない
- 柴田 清子
- 木の葉髪女形は首をのばしけり
- 田口 浩
- つつがなく生きし二人か木の葉髪
- 植松 まめ
- 妻逝きて五年の床や木葉髪
- 島田 章平
- 言いたいことばかり浮かんで木の葉髪
- 野﨑 憲子
はにかみ
- 性格の真っ赤はにかむ赤蕪(かぶ)も
- 田口 浩
- ラ・フランス梔子の実のはにかみ
- 河田 清峰
- 背にギターはにかむ君や青レモン
- 植松 まめ
- はにかむや十一月の天邪鬼
- 野﨑 憲子
- はにかみのあとの大きなくしゃみかな
- 三枝みずほ
- ホームラン打ってはにかむ汗の顔
- 島田 章平
- はらはらと何をかにかむ紅落葉
- 銀 次
- 枯蟷螂だってはにかむ時がある
- 柴田 清子
ライトアップ
- ライトアップ青や赤の樹鬼潜む
- 三好三香穂
- 秋なすのライトアップはないものか
- 銀 次
- 百歳の母ライトアップの月下
- 島田 章平
- ライトアップ外れしままに枯蟷螂
- 田口 浩
尻
- 尻持ちの少年烏になって冬
- 田口 浩
- 火の鳥の羽音ばかりや冬の尻
- 野﨑 憲子
- 尻餅を無駄にはしない初笑い
- 中野 佑海
- 小六月天体ショーに尻向けて
- 河田 清峰
- 尻まろき女人の後の秋遍路
- 三好三香穂
- 確率論じ父の継子の尻拭
- 藤川 宏樹
自由題
- 臍の緒を切って二つの神無月
- 田口 浩
- 閉店の招き猫にもある秋思
- 島田 章平
- 狐火を八ツ従えヤツがくる
- 野﨑 憲子
- 虹が足だしおり瀬戸の海凪ぎる
- 佐藤 稚鬼
- 無花果に指柔らかくたてるかな
- 佐藤 稚鬼
- 月明やゆらいだ影の俺を踏む
- 藤川 宏樹
- 介護保険をお付けしましょう皇帝ダリヤ
- 中野 佑海
- 補聴器やしくしくと鳴る秋の風
- 島田 章平
- 木枯しの一撃一瞬にして老う
- 銀 次
【通信欄】&【句会メモ】
冬麗の一日、サンポートホール高松五階の円卓会議室での句会でした。参加者は11人。事前投句の合評の後、袋回しの開催は午後3時近くになりましたが、ご覧の通り色んな魅力いっぱいの作品が集まりました。生の句会でなければ味わえない合評の緊張感、そして笑顔笑顔。やはり句会は最高です! 次回のご参加を楽しみにいたしております。
先月刊行の『海程多摩』(安西 篤代表)第ニ十集記念号に、昨年上梓した「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』が紹介されました。その中で、「海程多摩」の竹田昭江さんが、参加者全員の各一句を見開き2頁に厳選し掲載してくださっています。11月句会報でも披露させていただきました。素敵な企画とご執筆に感謝です。
亀山祐美子さんのお母様のご逝去の訃報が届きました。翌日の句会の用意をされて独り暮らしの伊吹島のご自宅で倒れていらしたと聞きました。本会の吟行で幾度か伊吹島の民宿に泊り句会をしましたが、毎回、飛びっきりの笑顔でご参加くださったのが昨日の事のようです。二か月前に、「朝月の残る小島や連絡船(久保カズ子)」に出逢ったばかりで今も信じられない思いです。ご冥福をお祈り申し上げます。合掌。
Posted at 2021年12月1日 午後 02:26 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]
第121回「海程香川」句会(2021.09.18)
事前投句参加者の一句
列島はコロナ東雲(しののめ)に滾る蜻蛉(あきつ) | 若森 京子 |
夕菅に兄の隠した涙壺 | 伊藤 幸 |
首太き僧の早足いわし雲 | 飯土井志乃 |
服・リュック新し新秋のダンボール | 川崎千鶴子 |
星のごと花の散りぼふ廃教会 | 兵頭 薔薇 |
秋ついり中村哲の壁画消ゆ | 高橋美弥子 |
すこしあかりを落とす身中虫の声 | 竹本 仰 |
秋茜岩塩甘き婚記念 | 重松 敬子 |
健次の忌水に溺れる魚あり | 伏 兎 |
晩夏光波が綴じゆく砂の本 | 銀 次 |
人になる前の息遣う秋の蝶 | 桂 凜火 |
旅人は昼寝の村を通り過ぎ | 夏谷 胡桃 |
秋霖の森の人影プーシキンか | 田中 怜子 |
八月や騙されそうで笑っちゃう | 高木 水志 |
爽やかや孫投げしボール胸で受け | 漆原 義典 |
眼中に人工レンズ茱萸熟れる | 榎本 祐子 |
お代わりの梅干し茶漬け今朝の秋 | 荒井まり子 |
涼新た黒にゆきつく靴鞄 | 亀山祐美子 |
赤面症の葉っぱが二、三夏櫨に | 野田 信章 |
片腕のランナー傾ぐ秋暑し | 松本美智子 |
青柿に決断迫ることいくつ | 高橋 晴子 |
秋の音ゆるゆる老いる絹のつや | 森本由美子 |
歓声無くバックネットに蝉の殻 | 大西 健司 |
マンゲツノヨニフジヨウスル ヤマトヨリ | 島田 章平 |
打ち水や昭和の路地裏に私 | 中野 佑海 |
ラムネ飲む天の川を胸に入れ | 十河 宣洋 |
刈田跡の株断面の甘美かな | 稲葉 千尋 |
鱧好きの妻鱧の貌して眠りけり | 樽谷 宗寛 |
顔のない狐が笑う沼すすき | 久保 智恵 |
アフガンのニュース見終えて西瓜切る | 津田 将也 |
石段を一足下りる秋思かな | 小山やす子 |
旅先の古書店めぐり風の盆 | 田口 浩 |
暁闇の茸眼裏まで真白 | 福井 明子 |
夜の秋アクリル越しのきつねそば | 菅原 春み |
濡れている目玉のあとや空蝉よ | 増田 暁子 |
八十路なお父母を恋う秋思かな | 寺町志津子 |
炎天下大人の下の子の悲鳴 | 滝澤 泰斗 |
故郷へ足踏み込めぬ秋彼岸 | 山本 弥生 |
どう救う蝙蝠の子の地に落ちて | 新野 祐子 |
下駄ばきに来て流星群の廃校 | すずき穂波 |
マスクして美女も醜女もわかりません | 三好三香穂 |
暁を覚めている母蓮の実飛ぶ | 男波 弘志 |
湿原のような感情月あかり | 月野ぽぽな |
大谷く~ん君への想い緋のカンナ | 植松 まめ |
他所行きに袖通すはいつ山装う | 野口思づゑ |
思念とは濯ぐものですか驟雨 | 佐孝 石画 |
朝という月の眠りを待っている | 河野 志保 |
サヌカイトどこ叩いてももう秋か | 柴田 清子 |
夜汽車発つ林檎にナイフ入れしまま | 稲 暁 |
地図の道とぎれてからの花野道 | 山下 一夫 |
山寺の輪郭溶かし秋時雨 | 佐藤 仁美 |
草むらをほろほろと人虹の根へ | 三枝みずほ |
夕風に騒めく稲穂民の声 | 藤田 乙女 |
秋燕ゆくり光を浴び放題 | 豊原 清明 |
淡淡とビールの売り子段段を | 藤川 宏樹 |
用の無き部屋も灯され盂蘭盆会 | 吉田亜紀子 |
噴水に頂点のある旅ごころ | 佐藤 稚鬼 |
通いつめこの家のヒモとなりにけり | 田中アパート |
刈り入れや黄泉の家族が二三人 | 松本 勇二 |
チョイ悪の蜻蛉らしきよけふもくる | 谷 孝江 |
モデルナの接種一発昼花火 | 野澤 隆夫 |
羊雲どれも淋しい私です | 吉田 和恵 |
ことばとは言の葉つぱか栗の毬 | 鈴木 幸江 |
にさんかい頭をぶつけキリン鳴く | 中村 セミ |
秋暑しプリンの底の遠さかな | 松岡 早苗 |
ひまわりや無限に有るという負担 | 石井 はな |
毀れゆく人間ばかり鰯雲 | 河田 清峰 |
青鬼灯吸うや爪先立ちて少女 | 小西 瞬夏 |
瀬戸内の島は飛び石おにやんま | 増田 天志 |
ノンと言ふ少年が棲む曼珠沙華 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 月野ぽぽな
特選句「サヌカイトどこ叩いてももう秋か」。香川産の素晴らしい石。心地よい音は自然の神秘ですね。サヌカイトを叩いて季節の移ろいを感じているところがいいです。そして空気の澄み切った秋にこそ、サヌカイトの音が最も美しく響き渡るのでしょう。
- 増田 天志
特選句「にさんかい頭をぶつけキリン鳴く」。いさぎよし。俳句とは、何か、自分で、決めれば良い。俳句の可能性を展くのは、君の感性だよ。頑張れ。
- 小西 瞬夏
特選句「健次の忌水に溺れる魚あり」。健次の「水の女」を思い出した。健次と水はなぜかしっくりくる。雨の描写も多かった。魚が水に溺れるという、健次もそんな生き方だったかもしれない。そんな生き様を肯定していうようにも感じられる。
- 島田 章平
特選句「チョイ悪の蜻蛉らしきよけふもくる」。いでたちは、トンボ眼鏡に、ステテコに腹巻。名前は「トンボの寅」。
- 若森 京子
特選句「すこしあかりを落とす身中虫の声」。自分自身、日によって又、季節によって体内のエネルギーは違う。夏から秋にかけては少しメンタルの面でも低くなっていく様に思う。その表現を詩的に「すこしあかりを落とす」。と云ったこの一行。静寂の中に虫の声がひびいている。特選句「思念とは濯ぐものですか驟雨」。急に雨が激しく降り、すぐに止む。思考と云うものは、その中で洗われたり濯がれたり又乾く、の繰り返しの様に思う。この比喩が美しく詠われている。
- 十河 宣洋
特選句「下駄ばきに来て流星群の廃校」。流星の観測などという大げさではない。話題づくりに外へ出てみた。近くの廃校のグランドへ来たのである。懐かしく見慣れた校舎と流星もいいと思う。特選句「夜汽車発つ林檎にナイフ入れしまま」。何となく既視感があるのだが、それが俳句だったのか推理小説だったのか、それとも夢だったか分からない。林檎のナイフの残る慌しさが不安感を残す。読後の気分はハイカラ。
- 中野 佑海
特選句「ラムネ飲む天の川を胸に入れ」。ラムネのあの清涼感を天の川を胸に入れたとは、素敵な表現です。こんな詩を作ってみたいです。特選句「薊の棘冷たくショットバーは閑」。いつもの会社帰りに立ち寄るあの店、寡黙なバーテンダーの居る店、誰にでもお気に入りの店はあるはず。なのに緊急事態宣言下では足は遠のくばかり。なんか益々みんな寡黙に成っちゃうね。「首太き僧の早足いわし雲」。いつもはちょっと態度のでかいあの坊さん何をそんなに急いでいるんだい。いわし雲の隙間から落っこちちゃうよ。「種間寺はたねまじとよむ踊りかな」。久しぶりに八十八か所の遍路思い出しました。安産祈願の底の抜けた柄杓は今でも覚えています。考え様によっては、歩き遍路は踊り?「秋ついり中村哲の壁画消ゆ」。一番に中村哲さんの絵が消されるとは。やはり、中村哲さんを殺害したのは「タリバン」だったのですね。「青柿に決断迫ることいくつ」。若者に寄るな、歌うな、騒ぐな、暴れるな、マスク付けろと言っても無駄。「マンゲツノヨニフジヨウスル ヤマトヨリ」。戦艦大和よ、蘇れ。「旅先の古書店めぐり風の盆」。越中おわら風の盆。一度行って観たかったな。旅先でゆっくり古書店もめぐってみたいな。と私の望みを思い出しました。何時叶うのか。「山寺の輪郭溶かし秋時雨」。私の散歩道に大きな屋根のお寺がある。それが溶けてしまいそうな程の雨。あっいけない。私の足が溶けちゃった。ほんと、足だけでなく、心も腐るよね、この長雨。「淡淡とビールの売り子段段を」。あのアルプススタンドを呼ばれるままに、辺りに気を遣いながら、「タッタッ」と凄いです。私はいっぺんでビールぶちまけています。以上。宜しくお願いします。
- 松本 勇二
特選句「すこしあかりを落とす身中虫の声」。身体の中に灯っている灯りの照度を少し下げると書く感性や凄し。季語、虫の声も上手い。秋を迎えた安堵感が句全体に漂っている。
- 稲葉 千尋
特選句「首太き僧の早足いわし雲」。西行か一遍か親鸞かと色々思う楽しみがあり、いわし雲は効いている。特選句「サヌカイトどこ叩いてももう秋か」。石の名前を持ってきた手柄、きっと良い音でしょう。
- 久保 智恵
特選句「夕菅に兄の隠した涙壺」。文句なしに好きです。特選句「人になる前の息遣う秋の蝶」感覚が好き。問題句「羊雲どれも淋しい私です」。淋しすぎます。同感ですが・・。
- 小山やす子
特選句「夜汽車発つ林檎にナイフ入れしまま」。何か不安なことがあって夜汽車で発つもまぎらわす様に林檎にナイフを入れしままがいいです。
- 豊原 清明
特選句「爽やかや孫投げしボール胸で受け」。孫と遊べて嬉しい気持ち。孫のボールを胸で受け止めて痛かったかな?痛くても耐えてボールを投げる。ボールを受け止めたよろこびか。問題句「八十路なお父母を恋う秋思かな」。八十になって、父母を恋う人。人の心理の一つだと思う。歳を取れば余計に思うのかも知れない。
- 夏谷 胡桃
特選句「ラムネ飲む天の川を胸に入れ」。はじめ天の川に胸までつかったのか、涼しそうなイメージを持ちました。カン違い。天の川を胸にいれたのですね。身体も弱る夏の暑さでしたが、過ぎてしまえば懐かしい。その夏の思い出のような俳句だと思いました。
- 藤川 宏樹
特選句「アフガンのニュース見終えて西瓜切る」。アフガン駐留米軍の撤退とそれに伴う混乱が報道される中、9.11から20年目の夏が終わった。まるで蜘蛛の糸に群がり垂れる群衆のように米軍機にすがりつくアフガンの人々。それを日常の画面のひとつとして見ている我々。その現実の対比が「西瓜切る」に見事に表現されていると感じ入りました。
- 佐藤 仁美
特選句「首太き僧の早足いわし雲」。知識だけでなく、修行で身体も鍛えた僧が、秋の日に早足でお勤めに励んでいる様子が目に浮かびました。骨身を惜しんだら、いけないなぁと 改めて思いました。特選句「顔のない狐が笑う沼すすき」。ススキを「顔のない狐」と現したのが素敵です。
- 大西 健司
特選句「健次の忌水に溺れる魚あり」。芥川賞作家で、熊野大学を立ち上げた中上健次のことだろう。「水に溺れる魚」は社会に抗い、埋没していく自分。もがけばもがくほどどうしょうもない日々。若くして亡くなった健次への思いを深めながらの感慨。
- 寺町志津子
特選句「延命処置否と言う母つくつくし(増田暁子)」。一読、亡母の終末を思い出しました。生への執着と人間の尊厳とのせめぎ合い、あるいは、母には看病する者への配慮もあったかも知れず、残される者にも辛い決断で、兎にも角にも奇跡が起こらないか、念じ、祈ったことも思い出しました。人生最大と思われるほどの複雑な寂寥感。下五つくつくしに余韻が残りました。
- 谷 孝江
特選句「刈り入れや黄泉の家族がニ三人」。機械化の進んだ最近の農作業では田植えも刈り入れも人手をあまり必要としなくなったでしょうがやはり刈り入れどきは忙しく嬉しくてという季節でしょうね。黄泉からも手伝ってくださる家族がいらっしゃるなんで何とお幸せでしょう。
- 亀山祐美子
特選句「毀(こわ)れゆく人間ばかり鰯雲」。コロナ禍の渦中出口の見えない閉塞感は集団生活を阻害された大多数の人間の精神を徐々に蝕み・毀す(こわす)予兆。しかも動植物や自然さえ例外ではない何か大きなものに巻き込まれゆく不安定感を「鰯雲」の集団的な季語を据え訴える。特選句「瀬戸内の島は飛び石おにやんま」。多島美を讃えコロナ禍のなか前進しかしない蜻蛉しかも勇ましい「鬼やんま」に不退転の決意を表明する佳句と評価するのは穿ち過ぎだろうか。
- 中村 セミ
特選句「人になる前の息遣う秋の蝶」。おそらく、この蝶は、死んでいき、人に生まれ変わるのだろう の様な弱った蝶を、見た作者の気持ちがどんなものだろうか、気になった。
- 福井 明子
特選句「すこしあかりを落とす身中虫の声」。身中にも「あかり」があるのですね。その光度を落とす、夜のしじま。虫の声があまねく沁みとおります。特選句「地図の道とぎれてからの花野道」。未知なるものへ向かう終章への花野道に心が留まります。調べの自然さが、無辺の彼方へ抱かれる大いなるものを感じさせてくれます。
- 三好三香穂
特選句「晩夏光波が綴じゆく砂の本」。波によって綴じられる本のように見えた砂浜。とらえ方が、新鮮です。はっとした1句です。「ラムネ飲む天の川を胸に入れ」。ラムネのしゅわしゅわが、天の川。身体が宇宙になった瞬間。「八十路なお父母を恋ふ秋思かな」。人として当たり前のこと。
- 津田 将也
特選句「晩夏光波が綴じゆく砂の本」。夏の終わりが近くなると、しだいに影もながくなり、空の色・雲の形などに秋の気配が感じられるようになる。この時季の光のことを「晩夏光」と言い、季語である。海波がつくり出す浜砂の造形物。繰り返す営みの中には美しいポエトリーがあり、誰もが感じることができる。その造形物の一つが「砂の本」なのである。特選句「赤面症の葉っぱが二、三夏櫨に」。夏櫨(ナツハゼ)は、美しい花と黒い実をつける落葉低木の植物、ブルベリーの仲間だ。[ヤマナスビ]とも呼ばれ、食せば、甘酸っぱい。秋でなく、春から初夏にかけて紅葉するので、この時季の庭木の鑑賞用や生け花として人気がある。この句、「赤面症の・・・」という比喩的表現が成功して、紅葉の「走り」を巧く描写し得ている。余談だが、「櫨紅葉」は晩秋の季語。別の名は「琉球櫨(リュウキュウハゼ)」と呼ばれ、江戸時代にはこの実が和蝋燭の原料になり多くで栽培された。一方、木枝は天皇の位当色である黄櫨染(こうろぜん)の染めに使用された。
- 野口思づゑ
特選句「星のごと花の散りぼふ廃教会」。過疎地などで、使われる事のなくなってしまった教会を見ると、何年か前はきっと多くの信者が集まり礼拝の後は皆で語らった大切な場所だったに違いないと寂しさを感じます。その廃教会を明るく「星」「花」で表現されて句にされている作者に感心いたしました。「樹木葬きっと小鳥も来るだろう」。樹木葬に憧れているので、小鳥に是非行ってもらいたい。「カーナビに吾の家なし虫時雨」。運転者には不便かもしれませんが、視点を変えれば恵まれた所にお住まいだと思います。
- 樽谷 宗寛
特選句「健次の忌水に溺れる魚あり」。8月12日は忌日と思い出しました。作家であり釣りびと。生存なさっていたら、溺れる魚に手をすぐ様差しのべたに違いない。大きな健次像が浮かび上がってきました。
- 田中アパート
特選句「マンゲツノヨニフジョウスル ヤマトヨリ」。山本五十六宛でしょうか。特選句「瀬戸内の島は飛び石おにやんま」。昔、ドロメンを糸にくくりつけて空に飛ばしていると、おにやんまがめちゃくちゃとれたもんです。昆虫たちもスケベいや好色なんですかな。問題句「マスクして美女も醜女もわかりません」。なんていうことをぬかしてけつかるんでございますか。ごめんなさい。「旅先の古書店めぐり風の盆」。古書店めぐりは優雅ですね。八尾風の盆は昼間は退屈・暇です。八尾の風の盆でいそがしい時宮田旅館では女優の柴田理恵はお手伝いをしていたらしいです。(学生時代)親類らしいですな。
- 川崎千鶴子
特選句「秋の音ゆるゆる老いる絹のつや」。老いは着実にゆるやかにやって来ます。特に秋には熟々感じます。この句の素晴らしさは見事なのは「絹のつや」と思います。なんとなく老女の照りがみえてきます。素晴らしいです。「夜の秋アクリル越しのきつねそば」。外食の「きつねそばと」「夜の秋」とてもが響き合っています。「アクリル越し」が昨今の情勢を表して感嘆です。「しなやかに起ち上がる夜の芋虫」。芋虫がしなやかに起ちあがるとはなんとも素敵です。 どう言うことかと考えると少し艶めいてくるので、これ以上は沈黙です。
- 高木 水志
特選句「思念とは濯ぐものですか驟雨」。思念という言葉は抽象的なものだが、驟雨という季語と取り合わせることで、具体的な形が見えてくる。心の叫びがひしひしと伝わってくる。
- 田中 怜子
特選句「秋ついり中村哲の壁画見ゆ」。中村哲さんが殺され、あっというまに米軍が逃げ混沌の状況のアフガン、ため息です。「瀬戸内の島は飛び石おにやんま」。列車で岡山から香川に行ったとき、鈍色の海面に島がぽこぽこ浮いていて、それを思い出しました。ダイナミックに飛び石ですか。それこそ筋斗雲のごとく瀬戸内を駆け回りたいですね。オリンピックもパラリンッピックもよくみてないのですが、片腕のランナー傾ぐとは本当にそうだ、と思いました。車椅子やブレードですか、本当に機械の力を借りて、筋斗雲のごとくすっ飛びますね。
- 鈴木 幸江
特選句評「どう救う蝙蝠の子の地に落ちて」。新型コロナウイルスは、蝙蝠が原因だろうと言われている。人と野生動物との暮らしの接近が原因の感染症の発生が近年多いと学んだ。しかし、蝙蝠に罪はない。この事実を大きな問題点として倫理観を込めてこの句は提示している。これからの,我々の生き方に係る大切なテーマとして共鳴した。
- 男波 弘志
「晩夏光波が綴じがゆく砂の本」。壮大な物語が横たわっている,嘗て波打ち際をどれだけの人が歩いただろうか、どれだけの人が砂に足跡を残しただろうか。そして、どれだけの足跡が洗われたであろうか。即物に徹するなら「晩夏光波が綴じゆく本砂に」であろう。功罪相半ばではある。「縦笛の小指二学期始まりぬ」。縦笛と子供の取り合わせがよく効いています。日常、ここを抑えていなければ精神の風景は決して育たない。「どう救う蝙蝠の子の地に落ちて」造化に従い造化に還る、蝙蝠の親に戻す以外術はあるまい。刹那の戸惑い、これも人間の業、兵器を作るのも人間、落っこちた鳥を救うのも人間、救いようがないのは人間。「用の無き部屋も灯され盂蘭盆会」。日常にある不思議、その日ばかりは家中が灯籠のように灯されている。全て秀作です。
- 増田 暁子
特選句「虫しぐれ星座は神の透かし彫り(増田天志)」。神の透かし彫りの言葉に共鳴しています。星座の表現が素晴らしい。特選句「夜汽車発つ林檎にナイフ入れしまま」。心残りの出発でしょうか。林檎にナイフを入れたまま の下句が何とも胸を打つ。上手い表現ですね。「人になる前の息遣う秋の蝶」。感性に感心します。小さき者への慈しみですね。「もうずっと少女のままよ秋の蝶」。生命の終わりへの惜別を感じます。「夜の秋アクリル越しのきつねそば」。よくある光景ですが、アクリル越しが良いですね。「車椅子は筋斗雲(きんとうん)か露万朶」。車椅子が好きな時に空を跳べたらと思う気持ちが胸に沁み入ります。「刈り入れや黄泉の家族がニ三人」。気づくと手伝いの家族が増えているような。忙しい時は猫だけではなくて。「瀬戸内の島は飛び石おにやんま」。瀬戸内の島々の美しさには感激です。おにやんまがピッタリです。
- すずき穂波
特選句「トンネルの昏きひかりを草笛吹く」。過疎の、廃線の、夏草に覆われ、朽ちかけているトンネル、その入口。涼風が気持ちいいが、通り抜けるには、ちょっと心細い?「草笛吹く」がその微妙な心情を表している~と共鳴。特選句「サヌカイトどこ叩いてももう秋か」サヌカイトは讃岐岩(かんかん石、聲石)の名、スマートで聴き心地よい何と素敵な名前の石でしょう。叩けば秋天高く響くのでしょうね、シンプルに素直に秋は今年も到着したようです‼
- 三枝みずほ
特選句「八月や騙されそうで笑っちゃう」。八月という季語の斡旋により平和や社会への不安が感じ取れる。誰に騙されるのか、戦前にもあった報道による思考の統一化とともに民の分断を思う。この句は理屈っぽく重くなりがちなテーマを軽いタッチで描きつつ、真理をついているのではないか。根底にある作者の静かな怒りがみえる。
☆海程香川句会は、多様性に富んでいるから句稿を拝見するのが楽しいです。今回の特選句のような社会性を帯びた句もあれば、伝統的な作風や混沌とした不思議な作品もある。本当にいいものはこういう土壌からなると思いました。切磋琢磨していきたいですね。→ まったく同感です!
- 野澤 隆夫
特選句「マンゲツノヨニフジヨウスル ヤマトヨリ」。「宇宙戦艦ヤマト」の指令が入るファンタジー性がカタカナで書かれ、面白い!こういった俳句もできるのですね。もう一つの特選句「チョイ悪の蜻蛉らしきよけふもくる」。蜻蛉にもチョイ悪のがいるのかと。そんな悪が今日もきたのに感動しての作句。感性がいいです。
- 石井 はな
特選句「通いつめこの家のヒモとなりにけり」。どんな経緯なのでしょうか?ぬけぬけと言っているのが、ほのぼのと愛情を感じます。
- 重松 敬子
特選句「晩夏光波が綴じゆく砂の本」。夏の終わりには,一抹の寂しさを感じる。子供の頃も今も変わらない。波が消し行く思い出を,平易な言葉で情感豊かに表現できていると思います。
- 竹本 仰
特選句「ノンと言ふ少年が棲む曼珠沙華」。雨あがりの曼珠沙華ならこんな感じかと思う。みずみずしく濡れた花びらの赤い反り、あれはたしかに「ノン」と言っている。曼殊沙華のかつてのイメージからすると、異色の絵が出てきたという感じである。しかも、その「ノン」は軽く、かえって人を爽やかにする「ノン」だろう。あの整然としているようで実は乱雑な咲き方、その辺の呼吸も見事に生かされているのではないかと思った。特選句「地図の道とぎれてからの花野道」。安部公房『砂の女』では、ハンミョウ(みちおしえ)が地図から外れるガイドとして登場する。普通の話は、そこで失踪した、ということで終わるのだが、そこからの話だから値打ちがあったのだと思う。それは『罪と罰』も然り。殺人からスタートする話なんてありえなかったからだ。そこから先には何があるの?与謝野晶子なら「なにとなくきみに待たるるここちして」と素敵な恋を待っていたのだろうが、この句のこの先には何が待っていたのだろうかと思うと、少しミステリーな味わいがあり、何も見えないという魅力があるところもいいと思った。特選句「青鬼灯吸うや爪立ちて少女」。鬼灯の笛をつくるため、精一杯に背伸びしている。この背伸びが自分だったのだという回顧の句かと見た。一句に凝縮された人生の句なんだろうなと感心した。と同時に、獰猛な純粋性とでもいうべきものが感じられた。問題句「暁闇の茸眼裏まで真白」。この茸、ひょっとして夢に出たもの?茸好きな人なら、そういう夢に陶酔して、その匂いを吸い込んでいたということもあるだろう。それは往々にして、覚醒ののち、色彩に転化される。というようなことかなと。本当に謎を感じた句である。
毎回、ありがとうございます。台風一過、ちょうど神戸のある病院に検査入院していて、看護師の方、清掃の方から、淡路島に帰れる?と声を掛けられ、そうなんですか?と、いたってのんびりした本人でした。無事に帰られて、爽やかな夕刻の散歩を楽しんでいます。いい季節です。小豆島がまた情緒たっぷりな夕景色を楽しませてくれます。みなさん、また、よろしくお願いいたします。
- 桂 凜火
特選句「夕風に騒めく稲穂民の声」。民の声が届いて欲しいですね。とても共感しました。騒めく稲穂は控えめでいいですね。
- 吉田 和恵
特選句「夕菅に兄の隠した涙壺」。我慢強いお兄さんの涙を「夕菅の涙壺」と過剰とも思えるウエットな言葉で表わされています。お兄さんに対する想いが伝わってくるようです。
- 伊藤 幸
特選句「列島はコロナ東雲(しののめ)に滾る蜻蛉(あきつ)」。文句なし佳句。コロナコロナと大騒ぎしている人間たちを他所に見て、蜻蛉は今年も元気に生まれ飛び回っている。長命であるが故の人間のなんと悲しい性。
- 滝澤 泰斗
特選句「晩夏光波が綴じゆく砂の本」。一読して、パット・ブーンの「砂に書いたラブレター」あるいは、「想い出のサントロペ」のメロディーが過った。ひと夏の出来事が淋しく時の彼方に沈んでゆく様が描けた。特選句「歓声無くバックネットに蝉の殻」。オリ・パラも含め、何もかもコロナで無観客が続いた2021年の夏を象徴する時事俳句と受け取った。メダリストはもとより競技者はⅠOCや政府の目くらまし使われたような感覚はまさしく蝉の殻かと・・・。以下、共鳴句「アフガンのニュース見終えて西瓜切る」。シルクロード上の国で行きそびれたアフガンには40年来の思いがあり、アメリカの撤退は歓迎すべきことだが、イスラム原理主義の傍若無人ぶりのタリバンを支持できない。大国の覇権主義の狭間で喘ぐアフガンで中村哲さんが敷いた灌漑水路の先で豊かに実った瓜をみんなが笑って食む日が一日も早く来る日を祈る。「夏の夜の問解くが如星座降る」。一つの問いに数多の解がある・・・夏の夜、星座となるとマンネリになりがちなところを振り向かせてくれた。「虫しぐれ星座は神の透かし彫り」。「夏の夜の問解くが如星座降る」の星座をこちらは透かし彫りにしてふりむかせてくれた。「夜汽車発つ林檎にナイフ入れしまま」。様々なドラマにワンシーンを想起させてくれ楽しい一句。十七文字に無限の広がりをかんじさせてくれた。
- 松岡 早苗
特選句「夜の縁の玻璃の向こうに秋の雨(佐孝石画)」。硝子を濡らす冷たい秋の雨。雨音を聞きながら夜の深い淵に沈潜していくような感覚。透明感もあってとても素敵です特選句「濡れている目玉のあとや空蝉よ」。抜け殻の目玉の跡が濡れているところに、蝉の羽化時のすさまじいエネルギーの残滓を見て取り、鮮烈な感動を覚えているのでしょうか。下五の「空蝉よ」は、空蝉への呼びかけとも自分自身への詠嘆とも取れ、対象に深く没入してこそ生まれる佳句と感服いたしました。
- 吉田亜紀子
特選句「ノンと言ふ少年が棲む曼珠沙華」。 「ノン」と「曼珠沙華」。この組み合わせが面白い。「ノン」という言葉から外国の少年だろうかと推測される。そこに、日本や中国に多いという、「曼珠沙華」。お洒落でもあるなぁと思いました。特選句「チョイ悪の蜻蛉らしきよけふもくる」。この句も面白い。「チョイ悪」と「蜻蛉」。今回は、言葉の組み合わせが面白いなと感じながら拝見しました。
- 野田 信章
特選句「列島はコロナ東雲(しののめ)に滾る蜻蛉(あきつ)」。の「列島はコロナ」とはいつ終熄するともわからぬ現実の哀切感がある。その中においても季節の移ろいの何と正確なことかと驚かされることもある。東の空がほのかに白んでくるころのたなびく雲の設定が美しい。そこに「滾る蜻蛉」の群れとは滾々(こんこん)の音感を呼び覚ましてくれる生命力の漲りがある。実際にこのような夜明けの景に出合うときはわがいのちのよみがえりを覚えるときでもある。
- 柴田 清子
特選句「健次の忌水に溺れる魚あり」。水に溺れる魚そのものに特選を与えたいです。迷はず特選としました。この句の深い部分、核心に触れる能力感覚はないけれど。特選句「通いつめこの家のヒモとなりにけり」。こんな句に出逢うなんて。内容が強烈、季語がすっとんだのかなあ。それでも、魅力ある特選句とさせてもらった。
- 田口 浩
特選句「通いつめこの家のヒモとなりにけり」。―このヒモ存外役に立つ。便利な男かも知れない。「通いつめ」巧いです。「健次の忌水に溺れる魚あり」。―中上健次と言えば和歌山熊野を思う。「水に溺れる魚あり」とは、彼の近代差別との闘いかも知れない。この句とは関係ないのだが、四方田犬彦の『貴種と転生・中上健次』をしきりに読みたいと思う。「暁を覚めている母蓮の実飛ぶ」―この句、聖も感じるが妖もあろう。「暁を覚めている」のあかつきをそう読みたい。「蓮の実飛ぶ」がその感じをもたらして深い。「向日葵は皆後ろ向きうふふふふっ」―笑っている何かが、向日葵にいまにも悪さをしそうな気配。向日葵の正面でなく、スキだらけの背後を捕らえておもしろい。「延命処置否と言う母つくつくし」。―「つくつくし」でも一句であるが、淋しさが勝ちすぎないか?ここは逆にパッと明るいものを置いたほうが、母の気質が表れよう。勿論これはこれでいいのだが・・・・。
- 菅原 春み
特選句「健次の忌水に溺れる魚あり」。いかにも健次にふさわしい瑣事だ。魚が水に溺れるなどの発想が驚きです。特選句「草むらをほろほろと人虹の根へ」。ほろほろと人がいい。虹の根はいく人たちはいったいどこへいくのか? 黄泉の国?
- 植松 まめ
特選句「晩夏光波が綴じゆく砂の本」。とても詩的で好きです。晩夏は物悲しくもあり人を詩人にします。トワ・エ・モワの「誰もいない海」を聞きたくなりました。特選句「星のごと花の散りぼふ廃教会」。も美しい詩のようです。そうでした俳句はいちばん短い詩だったのですね。
- 銀 次
今月の誤読●「首太き僧の早足いわし雲」。ボクたちはその人のことを「おしさん」と呼んでいた。おそらく村人の呼ぶ和尚さんがナマってそうなったのだろう。短躯で目鼻立ちの大きい、快活な人だった。ボクたちが登下校で歩いていると、うしろからやってきて、追い抜きざまアタマをポンポンと撫でてゆくのが常だった。「痛えなあ、なにすんだよ」と文句をいってもおしさんは「仏さまのおすそ分け」と笑って早足でいってしまう。ある日のことボクたちは仕返しをしようと企んで、おしさんを草原に潜んで待ち伏せた。おしさんがやってきた。ボクたちはワッと飛び出し、口々に「仏さまのおすそ分け!」と叫んで、青く剃った彼との頭部を飛び上がるようにして叩いた。逃げようとしたら、うしろからおしさんの大声で笑う声がした。振り返ると、真顔になったおしさんが両手を合わせて「ありがたや」とつぶやいているのが聞こえた。なんだか肩透かしにあったようで、ボクたちは妙にガッカリした気分になった。夏休みはおしさんのお寺の本堂で勉強会をするのが習わしだった。そんなとき、おしさんは「ちょっと休もう」と言い出した。そして「聴いてみるか?」と黒いLP盤を取り出しプレイヤーにセットした。聴いたことのない音楽だった。「なんだコレ?」と見交わすボクらに、おしさんが「コルトレーンという人の『至上の愛』という曲だ」といった。ボクはそのワケのわからない曲に耳を傾けながら、寝転んだ。ご本尊さまと風に揺れる天蓋、そしてジャズ。いまから思えばなんとゴージャスな夏だったろう。おしさんの訃報を聞いたのはボクが東京の大学に通っているときだ。なんでも脳梗塞で亡くなられたそうだ。ボクはCDラックからコルトレーンを取り出し、久しぶりに「至上の愛」を聴いた。カーテンを開けると、秋空をせかせかと足早にいくおしさんのうしろ姿が見える。もういいのに。そんなに急がなくても、行くところは決まってるのに。
- 山下 一夫
特選句「嗅ぎて放る檸檬眼球揺れしまま(小西瞬夏)」。眼球が揺れるほど鮮烈な檸檬の香が伝わってくるようです。臭覚色覚、放るという動作と身体感覚が詰め込まれていて、とても生々しくダイナミックな句です。特選句「草むらをほろほろと人虹の根に」。「ほろほろと」を「ぱらぱらと」と解しました。なぜ人がそのように草むらをゆくのか。「虹の根」から、幸を求めてなのかもしれませんが、情景からは身に染みるようなさみしさが伝わってきます。大変に心情の喚起力が強い佳句と思います。問題句「鱧好きの妻鱧の貌して眠りけり」。そうそうとは思うものの、やはり口外してしまってはいけないのでは?相手も「酒くらい夫信楽焼の狸のよう」とか思っているかも。「健次の忌水に溺れる魚あり」。賢治の間違いかと思うも中上健次と了解。いろいろな含みを連想する。「青柿に決断迫ることいくつ」。時熟が肝要。あるいは「青柿」は「青ガキ」か。「いなびかりできることならほめてほし」。親や目上がやたら威張っていたのはどの辺の世代まででしょうか。
- 河野 志保
- 特選句「噴水に頂点のある旅ごころ」。噴水を眺めるゆるやかな時間にふと湧いた旅ごころ。コロナ禍の今だからこその感情か。さりげない発見が魅力的な句。
- 山本 弥生
特選句「用の無き部屋も灯され盂蘭盆会」。長引くコロナ禍にて今年のお盆にも孫達も帰れず空部屋のままであるが、仏様へのご供養に全部の部屋に電気をつけて明るくして皆が居るような気持になり無事を祈った。
- 新野 祐子
特選句「健次の忌水に溺れる魚あり」。九二年八月に急逝した中上健次さんでしょうね。作者は中上さんの愛読者なのでしょう。全作品を読み通して(?)なぜ「水に溺れる魚」という措辞を用いたか、ぜひお聞きしたいものです。「故郷へ足踏み込めぬ秋彼岸」フクシマを思い浮かべますが、他にも豪雨や地震によって多くの方々が故郷へ帰れない、この災害多発の現在。何とか、これ以上の気候変動を押さえることはできないでしょうか。切実さが伝わります。
- 伏 兎
特選句「虫しぐれ星座は神の透かし彫り」。満天の星と、虫の声が響く山の夜を想像。とりわけ神の透かし彫りという表現が美しく、鳥肌が立った。特選句「瀬戸内の島は飛び石おにやんま」。瀬戸内海の島々を遠くに、蜻蛉の群れる秋の野原が目に浮かぶ。ノスタルジー感が止まらない句だ。「湿原のような感情月あかり」。蒼い月の光が照らしだす湿原に込められた、作者の心象がミステリアスで、惹かれる。「夜汽車発つ林檎にナイフ入れしまま」。誰かを傷つけてまでも、夢を追いかけてゆく気持ちなのかも知れない。シュルレアリズムの絵画のようで、共感。 ☆自句自解「健次の忌水に溺れる魚あり」。以前、新聞で中上健次のことを熱く語る記事があり、興味を持ちました。まっとうに暮らしている人には決して理解できない、あえて不幸を招くような生き方をする登場人物たち…私には水に溺れる魚のように感じられました。
- 藤田 乙女
特選句「ラムネ飲む天の川を胸に入れ」。ラムネと天の川の取り合わせがいいなあと思いました。天の川を胸に入れるという表現が凄いと感じました。特選句「大谷く~ん君への想い緋のカンナ」。私も大谷選手のファンで毎日試合結果をチェックしています。その想いは緋のカンナというのがぴったり当てはまります。他のいろいろな花を当てはめてみましたがしっくりきません。まさしく緋のカンナです。
- 森本由美子
特選句「サヌカイトどこ叩いてももう秋か」。万物は秋に浸る。サヌカイトのマジカルな響きに反応するように。下五に愁いが。問題句「いなびかりできることならほめてほし」。上五と中七・下五の響きあいが感じとれません。
- 榎本 祐子
特選句「夕菅に兄の隠した涙壺」。夕菅の花は涙を溜めるには良い形をしている。誰にも見つけられないように、群生するそのどこかに隠すのにも適している。こっそりと涙を流す兄という立場も切ない。
- 漆原 義典
特選句「マスクして美女も醜女もわかりません」。全く同感です。目は口ほどにものを言うとよく言いますが、笑みを浮かべた口元がいいですね。コロナ時代をよく表現した句だと思います。
- 高橋 晴子
特選句「暁を覚めている母蓮の実飛ぶ」。覚めている母を感じ思いやっている作者の心を感じる。蓮の実飛ぶは着きすぎだが想像力のたまものとして可とする。
- 河田 清峰
特選句「夜汽車発つ林檎にナイフ入れしまま」。なぜか哀しい別れのようで好きな句です。
- 松本美智子
特選句「黒猫の大きなあくび秋暑し(高橋美弥子)」。のんびりとした光景が想像できる句です。黒猫の黒がまだ暑い残暑をよりいっそう、暑くしていると思います。
- 高橋美弥子
特選句「夜の秋アクリル越しのきつねそば」。コロナ禍の食事の場面も様変わりしました。この句は、夜の秋に対して「きつねそば」を持ってきたところがいいと思いました。問題句「樹木葬きっと小鳥も来るだろう(若森京子)」。季語「小鳥来る」の本意とはほんの少しかけ離れた使い方のような気がしたが何故か気になる句です。
- 稲 暁
特選句「地図の道とぎれてからの花野道」。地図にはない小道に秋の草花が咲き溢れている。楽しさが目に浮かぶ。
- 野﨑 憲子
特選句「銀河ふるふる足の無いダンサーに(高木水志)」。「東京パラリンピック2020」の開会式に光る義足で踊ったプロダンサー 大前光市さんの事。感動の演技だった。<銀河ふるふる>の措辞が素晴らしい。問題句「炎天下大人の下の子の悲鳴」。とても惹かれた作品。コロナ禍の中も絶えることない無差別テロ。負傷した子供に大人が覆いかぶさる景に胸が張り裂けそうになる。「銀河ふるふる」の世界も、「炎天下」の世界も、青い水惑星<地球>の上の出来事なのだ。戦の火種の縄張りは生きものの悲しい性。しかし愛の風はいつもいつでも世界の隅々まで吹き渡っている。
袋回し句会
栗
- にしひがし青栗吹かれぽつぽつり
- 三好三香穂
- 栗羊羹どうせ冴えない街を出る
- 藤川 宏樹
- モンブランちょっと考え甘くない
- 中野 佑海
- 傘寿におなりか振り向くと栗の毬(いが)
- 田口 浩
- 堂々と文字をまちがう栗の毬
- 三枝みずほ
- 父さんはイラチで早起き栗ご飯
- 野﨑 憲子
引き算
- 晩年の引き算の憂愁秋深し
- 銀 次
- 濃紺のリボンや清し女高生
- 銀 次
- 引き算の引くが身に入む齢かな
- 柴田 清子
- 余白の美引き算の妙桐一葉
- 三好三香穂
- 引き算の引き算の果て 鈴虫
- 野﨑 憲子
- 秋蝶や引き算の果て消えちゃった
- 三枝みずほ
- 引き算は糸瓜の水を採る以前
- 田口 浩
リボン
- 小鳥来る赤いリボンのある窓辺
- 柴田 清子
- リボンてふ雑誌楽しみ遠き秋
- 三好三香穂
- リボンほどけゆくよう空耳の昼
- 三枝みずほ
- ついと結ばれて秋のリボンの嘶く
- 野﨑 憲子
- 靴のリボンの解けし秘書来曼珠沙華
- 中野 佑海
秋刀魚
- 晩秋や身に引くもののなかりけり
- 柴田 清子
- をかしみは我らの根っこ秋刀魚燃ゆ
- 三枝みずほ
- 二輪足す五輪七輪秋刀魚の目
- 藤川 宏樹
- 路地裏の秋刀魚が逃げてゆくところ
- 柴田 清子
- 秋刀魚焼く汝れも身を処す陽だまりか
- 田口 浩
- 大漁旗なびかせし夢秋刀魚船
- 野﨑 憲子
自由題
- のっそり渡る猫に釘付け朝の露
- 中野 佑海
- 水澄むと命洗はれゐたりけり
- 柴田 清子
- わが老いに金粉を播く秋の天
- 田口 浩
- 生かされて釣瓶落しの真ん中に
- 野﨑 憲子
- 片陰り五剣山は半裸かな
- 佐藤 稚鬼
- 塗下駄をきしらせ水打つひとの妻
- 佐藤 稚鬼
- ここは天国かい狐の剃刀
- 藤川 宏樹
【通信欄】&【句会メモ】
コロナ感染者が少なくなり2か月ぶりに高松での句会ができました。生の句会はこの時期リスクもありますが、緊張感も増し、とても充実した楽しい句会になりました。サンポートホール高松七階の和室の窓際には薄紫の藪蘭が風に揺れとても爽やかな半日でした。
句会は年11回の開催で、次回は11月20日に開催します。今から楽しみです。
Posted at 2021年10月2日 午後 06:01 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]
第120回「海程香川」句会(2021.08.21)
事前投句参加者の一句
明かり消す蝉声ひとすじ射しこむかに | 田中 怜子 |
凌霄の残像として妣ありぬ | 新野 祐子 |
かなかなや菅義偉の三白眼 | 高橋美弥子 |
油滴天目手の平の晩夏光 | 荒井まり子 |
ジンクスの右足から履く溽暑かな | 中野 佑海 |
鯨鳴き夜が潮に挟まれゆく | 中村 セミ |
氷カリンッ冷めやらぬ日韓戦 | 藤川 宏樹 |
銀漢や一億人が欠けて往く | 豊原 清明 |
夕蝉や猫背におどろく己が影 | 佐藤 稚鬼 |
与太殿やハエが手をするはげ頭 | 田中アパート |
須磨浦に風の散骨晩夏光 | 樽谷 宗寛 |
蝉の殻老いて人間くさく生き | 久保 智恵 |
炎天や母の日傘に影ふたつ | 銀 次 |
斑猫と屋島古道を探鳥す | 野澤 隆夫 |
夏の帯ざらついている恋心 | 石井 はな |
赤黒のクレヨンえがく原爆忌 | 増田 天志 |
カーブミラーの奥の青さよ芒原 | 松本 勇二 |
生キルノカ終ワレナイノカ蟬生まる | 桂 凜火 |
義母逝きて最期の教え「死を想え」 | 滝澤 泰斗 |
蛍の夜を茫茫と籠に飼ふ | 小西 瞬夏 |
かばかりと成らぬばかりの蚊の痒さ | 鈴木 幸江 |
指先の痛みを試す合歓の花 | 河野 志保 |
平べったい老身ですが熱帯魚 | すずき穂波 |
ささやかにつなぐ家系や胡瓜揉み | 植松 まめ |
空蝉を集めた指の匂い嗅ぐ | 榎本 祐子 |
油蝉最終章も近くなり | 漆原 義典 |
ブロンズの肉の林に歩み入る | 兵頭 薔薇 |
風を褒める巡礼青田波立てり | 竹本 仰 |
体内を野生馬過ぎる晩夏光 | 重松 敬子 |
八月を抱き分けあわん鐘の音に | 松本美智子 |
棒アイス猫のくしゃみしほどの旅 | 夏谷 胡桃 |
ダルマさん転んだ先のあきあかね | 十河 宣洋 |
梅花藻や夜をゆるやかにひらきをり | 三枝みずほ |
青柿に真紅の車還り来る | 高橋 晴子 |
髪洗ふ光の下に立ちたくて | 亀山祐美子 |
シートベルトに括られ西瓜熟れけり | 河田 清峰 |
天吼えて雨水平に野分かな | 三好三香穂 |
武州南風(みなみ)土偶の乳房尖りたる | 矢野千代子 |
みーんみんみんヒロシマかなかなかな | 島田 章平 |
露草の色満つところ微笑仏 | 津田 将也 |
母の遺影を掛け直しおり夏座敷 | 大西 健司 |
龍神の祠つくつく法師かな | 福井 明子 |
もろこしにも味噌っ歯ありて笑ってる | 稲葉 千尋 |
頂に立つと重なる夏の山 | 吉田亜紀子 |
虹消えてひとまず老いに戻りけり | 田口 浩 |
夏の我が俳句2Bのごとくかな | 寺町志津子 |
瑠璃蜥蜴ガサッと私は未亡人 | 若森 京子 |
病養う葉月朝星葉虫居て | 野田 信章 |
白さるすべり近くて遠い母の駅 | 吉田 和恵 |
狗尾草束ね信心厚からず | 谷 孝江 |
蝉しぐれ一歩届かずバス発車 | 山本 弥生 |
逆上がり一生出来ず虹の反り | 小山やす子 |
目に見えぬ遺伝子きょうも冷奴 | 伊藤 幸 |
頬杖という舟あり夜を濾す途中 | 佐孝 石画 |
冬瓜のスープ煮なんだか妙心寺 | 伏 兎 |
ひまわり咲く体外受精児の父となり | 増田 暁子 |
深草の百夜(ももよ)通ひや秋の蝶 | 松岡 早苗 |
とうすみの身体を抜けて風になる | 高木 水志 |
パンの耳切り落としたる敗戦日 | 菅原 春み |
霧立ちし山の覚醒鳥兜 | 飯土井志乃 |
厨から蛍袋へ逃げましょう | 川崎千鶴子 |
炎帝の深部体温上昇中 | 野口思づゑ |
朝焼や潮水かけて船浄め | 森本由美子 |
親許は全部遺品に蝉の殻 | 山下 一夫 |
父の忌の蝉の中から水こぼれ | 男波 弘志 |
今日も雨後の衣を更へにけり | 柴田 清子 |
ゆらゆらと母の胎内天の川 | 藤田 乙女 |
法師蝉直線で啼き点で消ゆ | 佐藤 仁美 |
ねむたげなほうのほたるがわたしです | 月野ぽぽな |
あやかしのパラダイスなり天の川 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「パンの耳切り落としたる敗戦日」。「パンの耳」を「切り落とし」という行為は日常のありふれたものであるが、「敗戦日」とあわされたとたん、なにか不穏な残酷な空気を醸し出す。日常と非日常の混沌が表現された。
- 松本 勇二
特選句「ささやかにつなぐ家系や胡瓜揉み」家系を繋いでいくことの大切さ深さを思う。お盆の月なればこその思い。季語「胡瓜揉み」により油っ気のないさらっとした句に仕上がった。作者の静かな暮らしぶりも見えてくる。
- 福井 明子
特選句「ささやかにつなぐ家系や胡瓜揉み」胡瓜揉みを食卓にのせる。ささやかな夏の夕暮れの暮らしの一場面から、人が生きつないでゆかねばならぬ息遣いがあります。特選句「滴りのリズム山河は生きている(増田天志)」山河は生きている、と一気に言い切ったところがさわやかであり、そこに今、「生かされている」という感慨が伝わります。
- 津田 将也
特選句「武州南風(みなみ)土偶の乳房尖りたる」。「武州」は現在の東京都、埼玉県のほとんどの地域、神奈川県の川崎市、横浜市の大部分の地域をさす。正しくは「武蔵の国」と称され、武州はその異称である。季語「南風(みなみ」、俳句では陰鬱な雨がちの梅雨に吹く南風を「黒南風(くろはえ)」、梅雨明け後の盛夏の南東季節風を「白南風(しろはえ)」と言う。三夏の季語である。また「まぜ」「まじ」とも詠まれる。縄文時代の「乳房土偶」の国宝は六体あるが、そのうち五体はどれも豊満な肉体と乳房を誇る立体的土偶だが、もう一つは、さいたま市「真福寺」で出土した円板を貼り付けて造形したような平たい土偶である。顔や目と口、乳首などが円板状に表現されユーモラス的にかわいい。盛夏の武州、心地のよい乾いた季節風にいじられ、土偶の乳首も尖って見えてくる。特選句「とうすみの身体を抜けて風になる」。「とうすみ」は糸蜻蛉のこと。「豆娘」と字をあてることもあるが、俳句ではあまり見ない。灯油を浸して火を点す細い灯芯に似ているところから、「灯芯蜻蛉(とうしんとんぼ)」「とうすみ(=灯心のこと)」とも詠まれている。「身体を抜けて風になる」の繊細な比喩的表現により、佳句になった。平易な表現がよく、これぞ俳句の感がある。
- 若森 京子
特選句「石畳鎖骨に響く巴里祭(菅原春み)」まず、石畳の多いパリーの風景を浮かべたが日本でも最近の都会は土が少なくなっている。そこで多勢の人間が動いている。巴里祭を又違った角度から視て面白い。特選句「滴りのリズム山河は生きている」。「滴りのリズム」で自然界の命を思う。そこから宇宙へと拡がり「山河は生きている」の力強い発語となったのであろう。
- 増田 天志
特選句「鯨鳴き夜が潮に挟まれゆく」ポエムだなあ。なるほど、鯨の潮吹きは、絵によると、Y字形。夜の闇は、挟まれる。句意は、生きることの悲哀。孤立無援。
- 島田 章平
特選句「梅花藻や夜をゆるやかにひらきをり」。「梅花藻」の見頃は7月下旬(梅雨明け頃)〜8月下旬。梅の花に似た小さな花をつける。澄み切った水面に、月光を浴びて優しく揺れる梅花藻。コロナ禍の中で傷つけられた心や体が梅花藻の戦ぎの中に癒される。
- 稲葉 千尋
特選句「凌霄花美男のままで出棺す(若森京子)」季語と中七下五のギャップ良し。特選句「冬瓜のスープ煮なんだか妙心寺」禅宗妙心寺派の本山と冬瓜のスープの取り合せの妙、見事。
- 小山やす子
特選句「体内を野生馬過ぎる晩夏光」夏が過ぎても未だ身内にたぎる力を感じている…。それを野生馬過ぎると表現されているのは素敵です。
- 豊原 清明
特選句「夕蝉や猫背におどろく己が影」瞬間、じっとしている定位置のイメージ。いい句。問題句「秋立ちぬ感染リスクという妖怪(森本由美子)」現在の状況を「妖怪」と捉えた一句。感染リスク、人間皆のテーマか。
- 男波 弘志
「生キルノカ終ワレナイノカ蝉生まる」いつ終わってもいい、そういいきれる瞬間に違う何かが降りてくる。対立概念からの脱却が許されない矛盾。そこにこそ、存在そのものが在るのかもしれない。蝉生まる、が生そのもなので少し損をしている。生と死の狭間にある何かを据えるべきだろう。秀作。「ブロンズの肉の林に歩み入る」肉そのもののブロンズ、精悍なる騎士だろうか、裸婦だろうか、敢えて無季にしたところに妙味がある。秀作。「虹消えてひとまず老いに戻りけり」華やぎに溺れない確かな美意識が老いの真骨頂だろうか。虹、それ以上の何かと交歓している。世阿弥のいう 老いの花 だろうか。秀作。「瑠璃蜥蜴ガサッとわたしは未亡人」何故ルリトカゲなのだろうか、この華やぎはなんであろうか、青楼の女、それとは違う、ふてぶてしいまでの存在感がある。瑠璃色がガッサと落ちてきてしまった、もうそこに居るしかない。秀作。
- 大西 健司
特選句「風を褒める巡礼青田波立てり」山中そして海辺の径を経巡る巡礼の、青田を前にした安堵感が胸に沁みる。思わず風を褒めたのだろう。
- 桂 凜火
特選句「眠い日の向日葵ちぐはぐ時計です(高木水志)」辛すぎると眠くなるように思う。ちぐはぐさは、今の世情をよくつかんでいると思いました。特選句「武州南風(みなみ)土偶の乳房尖りたる」土着的でエロスが感じられました。
- 伏 兎
特選句「ジンクスの右足から履く溽暑かな」ムシムシとした暑さのせいで、朝から嫌な予感にとらわれているのかも知れない。靴の履き方にも神経を尖らせている様子が目に浮かび、共感。特選句「平べったい老身ですが熱帯魚」若々しく肉感的な金魚にくらべ、華奢なからだの熱帯魚。キラキラしながらも、どこか淋しいこの魚に、老人の矜持みたいなものが投影され、惹かれた。入選句「ひまわりはゴッホの先生種搾る」向日葵といえばゴッホという、マンネリ感を逆手に取った目からウロコの面白さ。入選句「眠い日の向日葵ちぐはぐ時計です」体内時計がすこし狂っていそうな、夏の終わりの疲労感。太陽の下たっぷり遊んだ充実感も息づいている。
- 中野 佑海
特選句「油滴天目手の平の晩夏光」国宝級の油滴天目茶碗でなくても模倣品でも吸い込まれる様な小宇宙。ずっと観ていたいです。そこから、放たれる光は爛熟の極み晩夏の光。もう、秋が来るのかな。特選句「棒アイス猫のくしゃみほどの旅」中に小豆餡の入ったミルクアイス。大好きでめっちゃ大事に食べてるのに何故かあっと言う間終わってしまう。楽しい時間て猫のくしゃみほどのの長さなんですね。「鬼 水になるべく午睡せり」何時までも鬼でいるのはくたびれる。昼寝をして元の人間に戻れるのなら、どんなに嬉しいか。それが叶わないならせめて、水になって、無かったことにならないものか。「蝉の殻老いて人間くさく生き」だんだん年を取って行くにつれ、柵みばかりをかぶって、考え方が硬くなる。せめて、蝉の殻を脱ぐようにもっと柔らかく自由に人間らしく生きて行きたいもんだね。「カーブミラーの奥の青さよ芒原」ふっと曲がったら反対側は夏草の原っぱ。風に吹かれて自由に生きている芒。私は原っぱとは反対側に生きている。「かばかりと成らぬばかりの蚊の痒さ」こんなにも痒いなんて、もう、我慢できない。「秘められし大地の滾り彼岸花(飯土井志乃)」本当は大地は煮えたぎっているんだ。そのうめきが彼岸花。納得。「露草の色満つところ微笑仏」ふと見つけた道端の露草。花のなかから出ているおしべとめしべ。まるで微笑仏の様な愛らしさ。「あやかしのパラダイスなり天の川」天の川は本当は百鬼夜行のカーニバル。「雷雨来る魂どもる斜陽館(夏谷胡桃)」私が斜陽館に行ったときも土砂降りの雨の夕方。太宰治の感性を「魂どもる」とは、その通りと思いました。
- 十河 宣洋
特選句「鬼 水になるべく午睡せり(田口 浩)」鬼の採り様によってさまざまな読みができる。かくれんぼの鬼ならかわいい子供。鬼婆なら、寝ているときの安らかな顔が見える。この人にもこんな安らかな顔があるんだという想い。他にもあるが他は省略。特選句「目が合って少しバタバタする噴水(河野志保)」公園の噴水が風で揺れる様子が楽しい。
- 三枝みずほ
特選句「みーんみんみんヒロシマかなかなかな」反戦反核の強い思い。戦争に限らず、私たちは「みーんみんみん」の只中にいる時、声の大きさによって自分の意思を決めていないだろうか。情報操作されていないか、「かなかな」が事後のものにならぬよう考えなければならない。特選句「狗尾草束ね信心厚からず」信心が"厚くない"と言えるのは、信心があるからこそだ。素朴なものを想う心に溢れている。
- 谷 孝江
特選句「吾を包み籠むおととしの揚花火」。「おととしの」で少しばかり切なさを感じました。昨年も今年も地味な揚花火で夏が終りました。五つ六つばかり見えたでしょうか。夜空を焦がすような花火にもう一度出合いたいものです。
- 藤川 宏樹
特選句「逆上がり一生出来ず虹の反り」逆上がりは出来たけど蹴上がりには苦労し、暗くまで練習したことを思い出しました。マラソン、トライアスロンにもかつて挑みましたが、一生無縁と思ってた俳句に今頃になって夢中になるとは・・・。作者は「逆上がり」に「虹の反り」を付ける素敵な方、諦めないで。きっと出来るようになりますよ。
- 夏谷 胡桃
特選句「髪洗う光の下に立ちたくて」光の下に立ちたいなぁ。まわりが暗くくらく沈んでいくような鬱な気分です。髪洗ってシャキッと外に出たい。いつかいい知らせを待つ気持ち。特選句「パンの耳切り落としたる敗戦日」日本が戦争に負けて正式に第2次世界大戦が終わったのは、9月2日の降伏文書に日本が調印した日。各国では9月が戦勝記念日とのこと。戦争は終わった終戦記念日もいいけれど、敗戦日も覚えておきたいですね。パンの耳がいい。切り落としたパンの耳が美味しくて、台所に立ってパンの耳を齧りながら敗戦日を思う。
去年から地元の「草笛」という俳句超結社の会員になりました。この夏の大会で、評論賞をいただきました。「飯島晴子論 ひとりぼっちょの楽しみ」というのを冬に書いていて応募したのです。 まずは嬉しかったです。
- 田中 怜子
特選句「もろこしにも味噌っ歯ありて笑ってる」粒がそろってないということは自分が育てたのか(都会なら貸農園)。一寸育ちが今一かなと、まあまあかなと言いつつ、がぶっと噛むと、しぶきが飛びちる。みずみずしい、といいながら食べている姿が目に浮かびます。特選句「シートベルトに括られ西瓜熟れけり」たぶん冷房がない、もしくはつけてない古い車に大きな西瓜がでんと。しかもシートベルトで抑えている。車内の熱気と黒光りする、または縞柄の西瓜が目に浮かびます。
- 川崎千鶴子
特選句「ひまわり咲く体外受精の父となり」季語が清潔で明るく、「体外受精」と言う難しい言葉を昇華させています。本当に本当におめでとう御座います。こころよりお祝い申し上げます。特選句「体内を野生馬過ぎる晩夏光」奔放な血が体中をめぐる老いた晩夏のある日の事でしょうか。若い方でしたら御免なさい。
- 高木 水志
特選句「みーんみんみんヒロシマかなかなかな」日本の夏の原風景と、人類が忘れてはならないヒロシマの記憶。後世に伝えていかなければならない原爆の恐ろしさ。
- 樽谷 宗寛
特選句「龍神の祠つくつく法師かな」龍神の祠で修行僧が読経をしているのでしようか?妙なる響きさえ感じました。
香川句会の皆様こんにちは。皆様には、香川句会の吟行や総会でお世話になりました。大阪句会在籍の、樽谷寛子(俳号宗寛)です。皆様の力作『青むまで』拝読させていただきました。わたくしは、三方を葛城金剛、和泉連山に囲まれ高野山への、かつての宿場、三日市町の近くに住まいしております。雉や蛙が鳴き先日松の木に、カラスが子を生みました。只今四方八方から、蝉時雨が家の中を突き抜けている状態です。そのような中で、散策や7月から村人達の菜園に参加している専業主婦であります。先日、野﨑様と短い会話の途中[俳句の神様が句会にはいらっしゃる]とおっしゃり、その言霊が入会させていただくきっかけとなりました。[ゆっくりと進歩]を願う私くし。俳句を通し皆様との繋がりを深めてゆきたいと思っております。よろしくお願い申し上げます。
- 佐藤 仁美
特選句「ささやかにつなぐ家系や胡瓜揉み」 ごく日常の料理の味が、祖母から、母へ、そして子どもへと、受け継がれていく。それを「ささやかに」と表現したのがバチンと心に届きました。この日常の、何と有り難いことでしょうか!コロナ禍でつくづく感じます。特選句「ねむたげなほうのほたるがわたしです」全部ひらがなで、「ねむたげなわたし」が、可愛くてほっこりしました。
- 河野 志保
特選句「ダルマさん転んだ先のあきあかね」 リズミカルでコミカル。心地よい句。すってんころりん、ばったり出会ったあきあかね。こんなふうに秋を見つける作者に思わずにっこり。
- 野澤 隆夫
特選句「かなかなや菅義偉の三白眼」。「すが」とスマホに入れたら「菅義偉」が出てきて驚いた!ヒグラシの鳴き声の儚い感じがぴったり。もう一つの特選句。「炎天や母の日傘に影ふたつ(銀次)」なんかドラマチックで物語性があります。さて、どんな進展があるのだろう!
- すずき穂波
特選句「瑠璃蜥蜴ガサッと私は未亡人」衝撃的な句でした。直球で投げて来られ、心に響き渡る句。茂みから出し抜けに出て来た「瑠璃蜥蜴」は、寡婦でなく後家でなく「未亡人」という何だか美化された象徴そのもの。このきらきらした象徴が彼女の悲嘆をギリギリのところで支えてくれているのかも……、などと思いを馳せました。特選句「厨から蛍袋へ逃げましょう」なんと可愛いらしい逃げ方ですこと‼家族間のちょっとしたトラブルでしょうか?円満解決には、もってこいの賢い方法ですね。見習いたいと思いました。
- 漆原 義典
特選句は「母の遺影を掛け直しおり夏座敷」です。盆に亡母を迎える心境です。私も母の遺影にそっと触れました。素晴らしい句をありがとうございました。
- 新野 祐子
特選句「遺影そこへ戻す戦死の伯父若し(大西健司)」伯父さんの遺影をいつ、どこへ、どんな理由で移したのでしょう。そして「そこへ戻す」の『そこ』とは、どんなところ?小説の一場面のようで、あれこれ想像してみます。入選句「夕蝉や猫背におどろく己が影」疲れていたのか、打ちひしがれたのか、はやまた年取ったのか。胸張って生きているつもりなのにー。「銀漢や一億人が欠けて往く」むごいコロナ。無辜なる人々に感染し時に命を奪います。今だからこその句と。
- 増田 暁子
特選句「平べったい老身ですが熱帯魚」熱帯魚が素晴らしいです。老いてもまだまだ他の人を楽しませて、自分もまた輝くつもりだと。特選句「頬杖という舟あり夜を濾す途中」うとうとしながら船を漕ぎ、夜明けになったを「夜を濾す途中」と言う表現に感心しました。「ひまわりはゴッホの先生種搾る」発想が素敵ですね。「逆上がり一生出来ず虹の反り」私も出来ないですが、虹の反りの比喩が抜群にすばらしいです。「とうすみの身体を抜けて風になる」身体を抜けて風の表現がとうすみ蜻蛉とぴったりです。「ドン・ジョヴァンニの序曲始まる紅葉山(重松敬子)」比喩の紅葉山が素晴らしいです。
- 野田 信章
好作二題。「子に遺すものなし鉄砲百合の花」の句は鉄砲百合の質感を通して、素直な境涯の述懐も清夏の一句として読めるところがよい。遺されるべきものとは何かとしずかに問いかけてくるものがある。「父の忌の蝉の中から水こぼれ」の句は、父情に満ちてたおやかな句調ではあるが、蝉の体内から直に発せられた生理的な「水こぼれ」と即物的に感受することで、忌日の父への想念にも新たなものが加味されてくるのかもと読んでいるところである。 今回は特選はありませんでしたが、好作七句の中から二句について書きました。
- 鈴木 幸江
特選句評「生キルノカ終ワレナイノカ蟬生まる」表記(カタカナ、平仮名、漢字)の使い分けが良く効いている。蝉の生態には学ぶこと多しと幼いころから思っていたのだが未だ学びきれていない。多分一生学びきれないで終わりそうだ。地下生活を三年から十七年もし地上では一か月足らずの命。老年を眼前にして蝉のごとくガラスのような美しい翅をもち、死ぬ直前までミンミンと鳴いたり、バタバタできたらそれもよい死に様と何故かこの頃は思える。この句に蝉に共鳴して鳴く作者を見た。特選句評「空蝉を集めた指の匂い嗅ぐ」些細なことに好奇心が動いた作者。何を思って指の匂いを嗅ごうとしたのだろうか。人間だって年齢により、性により、風土により匂いは違うだろう。万物に些細な差のあることの大事さを感じたのだろうか。コロナ禍の今、私に目覚めと欲しい感性だ。
- 中村 セミ
特選句「体内を野生馬過ぎる晩夏光」夏の終わりだが、まだ衰えぬ暑光が、物憂い感覚で身体で感じる中、いつまでも走り続ける野生馬のように、どこまで、この、倦怠感は続くのだろうか、と、勝手に読ませていただきました。もしかすれば、真反対の意味かもしれませんが、と、お断りしておき、特選です。
- 吉田 和恵
特選句「ひまわり咲く体外受精児の父となり」子を産めば間違いなく母となりますが、父とは認知のプロセスを経てのことですから、ブラックな面もあると言えなくもないですが、体外受精児となるとそこはクリアーして、ひまわり咲く感じなのでしょうか。しかし、それはそれで、ブラックな点もあるかも。よくわかりませんが。
- 石井 はな
特選句「ひまわり咲く体外受精児の父となり」 熱望していた子供を授かった喜びと、子供をいとおしく思う気持ちが伝わります。おめでとうと言いたくなりました。 そのお子さんが分かるようになったら、この句を詠んであげて下さい。ご両親の深い愛情が伝わると思います。 俳句はこんな力も有るのですね。
- 月野ぽぽな
特選句「怒りとは光なりけり夏燕(佐孝石画)」。「なりけり」としっかりと断定された、一見正反対のように思える「怒りとは光」。何度となく口ずさむうちに、自分の感情(怒り)を偽らずに受け入れることが、より深い自分(光)と繋がる大切な過程なのだな、と腑に落ちた気がした。IKARIと (ℍ)IKARI の音の相似による韻律が言葉にエネルギーを与え、夏燕がそのエネルギーを受け止めている。 東京四季出版『俳句四季』9月号(8月20日発売)の「俳句と短歌の10作題詠・九月を詠む」へ寄稿しました。もしも機会がありましたらご覧いただけたら嬉しいです。
- 滝澤 泰斗
特選句「須磨浦に風の散骨晩夏光」海のない信州に生まれ墓は上田にあるが、死んだら生まれ故郷の山にでも散骨をと思っていたが、この句を詠んで、気持ちが揺らいだ・・・特選句「蜘蛛ひそかに見ている逆さ原爆忌(竹本 仰)」八月という月の句に一句は戦争と平和に関する句を選びたいと・・・原爆忌に関する三句ほどの中から最終的に、見たてがユニークなこの句にしました。共鳴句選句は以下の四句。「枇杷は黄に姿見の水脈(みお)ゆたかなり(矢野千代子)」海程長崎大会で豊かに実った鮮やかな枇杷を思い出しながら、詠ませていただいた。姿見に映し出された生命観の豊かさと枇杷の黄が響き合って素晴らしい。「風を褒める巡礼青田波立てり」まなかいに浮かぶ明確な情景にこちらも風を褒めその景色を心ゆくまで味わうことができた。見事。「病養う葉月朝星葉虫居て」病には自然界に自ずから備わっている治癒力を信じて治す。取り合わせに感心した。「ひまわり咲く体外受精児の父となり」新しいテーマに果敢に挑んだ句。私には書けない句と認識しながらも惹かれました。
- 高橋美弥子
特選句「髪洗ふ光の下に立ちたくて」美しい月の夜に髪を洗う女性を想いました。やさしい香りの漂う一句です。共鳴しました。問題句 「摩訶不思議父母遠ざかる八月(十河宣洋)」父母遠ざかる八月の措辞がとてもよいのだが、それに対して摩訶不思議という上五がもったいない気がしました。
- 松岡 早苗
特選句は「みーんみんみんヒロシマかなかなかな」ヒロシマの悲劇を、蝉の声だけで強烈に訴えかけてきます。夏から初秋へと音色を変えつつ続く蝉声は、愚かな戦争を繰り返す人類への警鐘とも、悲惨な最期を遂げられた方々への哀切極まりないレクイエムとも聞こえてきます。特選句「厨から蛍袋へ逃げましょう」暗い厨に蛍が紛れ込んでいたのでしょうか。蛍袋の中でぽうっと光る様が想像され、やわらかく幻想的な風情に惹かれました。また、主婦としての日常から逃れ、ゆっくりと王朝文学の世界にでも浸ってみたいような気分にもなりました。
- 榎本 祐子
特選句「冬瓜のスープ煮なんだか妙心寺」冬瓜のスープから禅寺の妙心寺への飛躍が面白い。「なんだか」という道筋も読者を無理なく導いてくれる。「なんだか妙~」の字面には遊び心も潜んでいるようで楽しい。
- 竹本 仰
特選句「鬼 水になるべく午睡せり」選評:『伊勢物語』第六段の芥川伝説に、男が苦労して盗んだ少女を鬼に食べられてしまうという話があった。安吾が『文学のふるさと』で絶賛した話である。で、ここでは男の純情と、少女の純粋さが語りつくされているのだが、さて、鬼は?ということになると、どうなのかと、小生は大いなる疑問を持ち、かつて〈ティンカーベルは死せず鬼澄む芒かな〉という奇体な句を作ったことがある。その鬼とこの鬼が酷似している気がした。パクッと食べた少女がまだ夢の中に住んで、澄んでいるのだ。つまり、芥川伝説を逆さまにしたのであるが、鬼は少年に帰ろうと夢の中では試みていたのでは?と、わけのわからぬ鑑賞をして、楽しんでいたのである。特選句「白さるすべり近くて遠い母の駅」選評:母という謎。もっとも近い所にこそ深い謎がある。そういうことではないのか。しかし、そういう作者もまた、深い謎だと思われているのかもしれない。というか、われわれ一人一人がそれぞれに十分深い謎なんだろうなとも思う。と、奇妙な或る思いに誘ってくれた句でありました。特選句「目に見えぬ遺伝子きょうも冷奴」選評:鷗外『舞姫』では、少女エリスを裏切っていく豊太郎が自分を振り返るのに、自分ならぬ自分に苦しめられる。その自分ならぬ自分とは、恐らく日本人の同族意識のようなものだったのだろうが、日本人をピンポイントで突いた設定だったように思う。解けないXがある。Xを求めよという問題と同時に、Xには解がないことを証明せよという困った問題も思い出す。その解がない日常の一景を出せと言われれば、こんな句なのかなあ、と感心した。
みなさん、お変わりありませんか?非常事態宣言出ました。出たら、淡路島にどっと観光客がふえる仕組みです。このジンクスは今回も破られず、商売繁盛のもようですが、今回はこの狭い島に毎日十人以上の感染者がずっとこの一週間継続中。人口十万ちょっとの田舎でこの増え方は、どうなんでしょね。非常識事態宣言発令中、というところ。まあ、人間のやることです、コロナになめられても仕方ないのかな。いま、淡路島では、コロナよりも人間を怖れる事態が続いています。いつもありがとうございます。みなさん、お元気で。また。次回!
- 植松 まめ
特選句「白さるすべり近くて遠い母の駅」母と娘は永遠のテーマだろう。私も価値観の違いから母を疎ましく思ったこともあった。白さるすべりが美し過ぎる。特選句「霧立ちし山の覚醒鳥兜」かって行った上高地を思い出した。綺麗でも鳥兜の花を摘まないようにと係りの人が言っていた。
- 久保 智恵
特選句「子に遺すものなし鉄砲百合の花」私も何も遺すものはなし。鉄砲百合が目に焼きつきます。特選句「摩訶不思議父母遠ざかる八月」お盆の感覚が私と重なります。
- 伊藤 幸
特選句「蜘蛛ひそかに見ている逆さ原爆忌」戦争を始めたのも惨事を繰り広げたのも悼んでいるのも人間。その人間を見ている冷ややかな蜘蛛の眼差し。アイロニーとも。
- 菅原 春み
特選句「蛍の夜を茫茫と籠に飼ふ」とりとめもなく蛍の夜を飼ふという措辞に魅了された。しかも籠に飼うふとは。特選句「ゆらゆらと母の胎内天の川」最も明るくて美しい天の川の時期、幸せなゆったりとした胎児の将来までも明るく晴れやかな予感。
- 野口思づゑ
「夏の月禍・祭典分けており」禍と祭典の間の・必要性がよくわかりませんが「分けており」が効いていると思います。「夕蝉や猫背におどろく己が影」ショーウィンドーに映った自分の姿とか、同じような経験よくします。単に蝉でなく夕蝉が現実感を出しています。今回は特選句は特に選びませんでした。
シドニーはロックダウンが延長され、9月末までになってしまいました。また私の住んでいる地域は、近所は問題がないのですが地区の端っこに感染者が多いため、地区全体が夜間外出禁止になってしまいました。とはいっても、別に夜出歩く事は全くなかったのですが。5キロ圏内の生活にかなり飽きてしまいました。香川県も、早く収束するといいですね。
- 亀山祐美子
特選句『親許は全部遺品に蝉の殻』「全部遺品に」の「に」が総てを語っています。この捉え方は今までにもあったかもしれませんし、「蝉の殻」が付き過ぎと言えるくらい付き過ぎです。しかし、こう並ぶと「蝉の殻」が総てを包み込み作者の落胆慟哭敬愛を余すことなく伝える。合掌。
- 吉田亜紀子
特選句「須磨浦に風の散骨晩夏光」故人の供養には様々な方法がある。海洋散骨だろうか、私はまだ出会った事がないので経験がない。だけれど、この句は、光景が見えた気がするのである。「風」から、清々しい気持ちいい風。遺族の優しい気持ち。「晩夏光」から、キラキラと骨が舞う美しい光景。故人の強い生きざま。願いと光景と俳句が一体となった素晴らしい作品だと思いました。特選句「夏山を幾重越えれば故郷や(樽谷宗寛)」切に故郷を想う。「幾重」という言葉から故郷への強い想いが分かる。また、「夏山」が加わって、力強く、ダイナミックにこの句を感じました。
- 佐孝 石画
特選句「指先の痛みを試す合歓の花」緑中にぼんやりと灯るように咲く合歓の花。その朦朧とした花合歓のオーラに「痛み」を見た作者の詩性に大いに共感する。繊細な花蕊たちは風に揺れながら、何か身体の奥に潜む感情を必死に解放しようとしていうように見える。その疼きのような花合歓の揺れに作者はすうっと染み込んでいき、瞬間的に自身の指先の痛みの感覚の記憶と重なり合っていく。合歓自身、はじめて花という「指先」を得た歓喜のような躁状態で、なかば自傷的に痛みを「試す」に至ったのだろう。そんな花合歓のトランス状態を、視覚から痛覚へと導きながら紐解いた作者の感性に脱帽する。
- 重松 敬子
特選句「赤黒のクレヨンえがく原爆忌」胸に迫る一句です。もう、あってはならないこと。赤と黒の対比がその悲惨さを表現しています。戦争反対を言うだけではなく、我々にでも出来ることがあるのでは・・・・・。
- 荒井まり子
特選句「冬瓜のスープ煮なんだか妙心寺」突然の妙心寺が面白い。きっと澄んだ精神世界でしょう。
- 山本 弥生
特選句「親許は全部遺品に蝉の殻」故郷を離れて都会に住み親も亡くなり空家になった生家は全てが遺品になってしまった。遺愛の庭樹の蝉の殻さえも遺品の一つである。
- 飯土井志乃
特選句「瑠璃蜥蜴ガサッと私は未亡人」何気ない日常とその喪失を描く。地を這う蜥蜴に己を託し、ふり返りし日々は瑠璃色に光る、その喪失は「ガサッ」と跡形もなく崩れて後「私は未亡人」と自己を突き離す強さ、この一句を私は忘れないだろうと大切な一句になりました。
- 三好三香穂
「油滴天目手の平の晩夏光」天目茶碗の光は宇宙のようである。手に取りじっくり鑑賞している様子。そこに晩夏光、手の平の宇宙はまた違う輝きを放つ。「石畳鎖骨に輝く巴里祭」ヨーロッパの街並は石畳。歩くとガタガタして、コツコツと硬く体に響く。それを鎖骨で受け止めた所が面白い。さて、今年の巴里祭はいかがでしたでしょう。パリの空も遠くなってしまった。「夏の帯ざらついている恋心」麻の帯だろうか。恋心は芽生えたのだが、何故かざらついている。若い頃のような一途な恋はもうない。様々な感情が混沌と、打算も含んでザワザワしている。「もろこしにも味噌っ歯ありて笑ってる」店頭にあるトウモロコシはきれいに歯が揃っているが、畑で採れたものは様々。黒い歯もあり笑っている様に見える。ほのぼのとしている。
- 銀 次
今月の誤読●「ジンクスの右足から履く溽暑かな」。いつもは右足から靴を履くのに、その日に限って左足から履いてしまった。ドアの前に行って気づいたが、履き替えるのがめんどうでそのまま外に出た。とたんムッとする熱風が頬を打った。街に出るとビール箱の上で老人がしきりになにかを叫んでいる。「コロナによって世界は浄化され、正しき者のみ生き延びるだろう」というようなことを言っている。オレは50セントコインをやつの足下に投げた。するとやつはそれを投げ返してきて「わたしは乞食ではない」と言った。「へえ、それじゃ何者だい?」「予言者だ」「ふーん、それじゃ明日の天気を教えてくれ」。やつはギラギラした目でオレをにらみつけた。にらみ返してやろうかと思ったがめんどうなのでやめた。しばらく行くと四十過ぎのストリートミュージシャンが「未来のわたしを信じたい」と歌っていた。うんざりだ。おめえに未来なんざあるもんか、と思いつつ先ほどの50セント玉をギターケースに入れてやった。暑い。なんだかクラクラする。目の前にあったドラッグストアに入り、ビタミン剤とコーラを買った。早速ビタミン剤を四、五十粒ほど手のひらに取り出し、コーラでそれをあおった。あとはゴミ箱に捨てた。ドラッグストアを出て十歩ほど歩くと、これまでに経験したことがないほどのめまいに襲われ、スローモーションのようにオレは倒れた。これが熱中症というやつか。オレの目の前を人々の足が行き過ぎる。だれも助けてくれようとはしない。薄れていく意識のなかで、オレはもがいていた。右足と左足の靴を履き替えようと。
- 寺町志津子
特選句「虹消えてひとまず老いに戻りけり」七色の虹に、ふと若き日がよみがえり、気分まで若返ったのもつかの間、虹が消えると本来の年を実感。微妙な感覚を実に巧みに詠まれたと思います。「油滴天目手の平の晩夏光」油滴天目茶碗とそれを持っている手の平に差し込む晩夏光。お茶室のなんと言えぬ静寂さも伝わって好きな句です。「蝉の殻老いて人間くさく生き」老いて人間くさく生きに共鳴。私自身のことを言われている様で苦笑しました。蝉の殻の季語も働いていると思います。「逆上がり一生できず虹の反り」私そのままのようで、頂きました。「法師蝉直線で啼き点で消ゆ」法師蝉の鳴き方は言われてみれば、御句のとおりですね。
- 高橋 晴子
特選句「赤黒のクレヨンえがく原爆忌」赤黒のみの強調で原爆への効果は充分。クレヨンが勝手に描いたような表現で人間のしてしまった行動を訴えている。
- 松本美智子
特選句「とうすみの身体を抜けて風になる」俳句初者ですので季語を調べました。それで,なるほど・・・・・「風を抜けて」という表現がぴったりです。颯爽と秋風の中を飛んでいる様子が思い浮かびます。
- 矢野千代子
特選句「冬瓜のスープ煮なんだか妙心寺」はっきり説明出来ないのですが、「なんだか妙心寺」で、これは頂かなくては!という妙な心境です。妙心寺の字もいいのですが、はっきり説明出来ないところが又良いのですね。久しぶりに妙心寺を訪ねたくなりました。
- 田口 浩
特選句「パンの耳切り落したる敗戦日」この句<パンの耳切る終戦日>と軽く日常を詠みながしたものではない。作者はその日の思いをしっかりと<耳切り落したる敗戦日>と受けとめている。<切り落したる>には精神のゆれがあるし、また<終戦日>ではなく<敗戦日>に戦争は二度とごめんという覚悟が感じられる。「狗尾草束ね信心厚からず」<狗尾草>が活きているし<厚からず>巧妙である。「ひまわり咲く体外受精の父となり」<ひまわり咲く>は父の愛。「ささやかにつなぐ家系や胡瓜揉み」「ダルマさん転んだ先のあきあかね」わたしは本来、小さな詩に魅了されることが多い。
- 山下 一夫
特選句「目が合つて少しバタバタする噴水」噴水の前で切れていると読解。思い募る人と目が合ってしまったときのドギマギがユーモラスに描かれており楽しい。問題句「終戦日猫の爪詰むぱちんばちん(高橋美弥子)」猫は飼ったことないのですが、お互いの怪我や屋内の損傷を避けるためにぜひ必要な措置のようです。そのことと終戦日の対応に含み(例えば、猫が戦前の日本で、詰んでいるのが連合国とか)がありそうですが、「ぱちんぱちん」でちょっと分からなくなります。でも気にかかる句です。「ささやかにつなぐ家系や胡瓜揉み」ややつき過ぎにも見えますが、謙遜を裏打ちしている自信も感じられて味わい深い。「空蝉を集めた指の匂い嗅ぐ」そういえば空蝉にはフライビーンズ(花豆、油豆とも)感があります。こんがりした匂いがしそうです。「秘められし大地の滾り彼岸花」。「滾り」というのがスケールが大きくていい感じです。群生をそんな目で見てみたいと思います。「本当の自分と出会うサングラス」匿名の状況で自分の本性を確認したということでしょうか。SNSでのバッシングなども連想します。「瑠璃蜥蜴ガサッと私は未亡人」亡き夫の存在を直感した、それとも自身の性を意識する相手に出会ったか。ドラマ性を感じます。
- 河田 清峰
特選句「銀漢や一億人が欠けて往く」日本人が皆天の川の星になったようで淋しい。もう1つ特選句「冬瓜のスープ煮なんだか妙心寺」禅宗寺の妙心寺で食した精進料理が思い出される。
- 野﨑 憲子
特選句「青柿に真紅の車還り来る」かつて柿の木は、嫁ぐ折に新婦が持参し、その柿の木と共に生涯を過す習わしがあったとか・・。車は真っ赤なポルシェか、はたまたエスティマか、この作品の奥に、晩夏のロマンを感じます。
【通信欄】
今年の「海原金子兜太賞」奨励賞に本句会の仲間である河田清峰さんと伏兎(三好つや子)さんが選ばれました。おめでとうございました。詳しくは、リンクから「海原」のウエブサイトをご覧ください。https://kaigen.art/news/
8月句会は、香川県がまん延防止等重点措置対象地域になった為高松での句会は中止し事前投句による通信句会のみの開催といたしました。猛暑の中繰り広げられているパラリンピックの選手の方々の雄姿に深く感動するこの頃です。闇が深ければ深いほど立ち上がった時の光は遍く一切を照らすということを強く感じております。皆様、時節柄、御身くれぐれもご自愛ください。
Posted at 2021年8月31日 午前 06:10 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]