第115回「海程香川」句会(2021.03.20)
事前投句参加者の一句
この10年桃買っただけフクシマ忌 | 野口思づゑ |
鳥籠の外混み合える枝垂梅 | 河田 清峰 |
陽炎へる安全神話の国境 | 荒井まり子 |
手のひらに林あるべき河川敷 | 葛城 広光 |
イマジンと裏返る声帯さくらんぼ | 若森 京子 |
三月十一日海辺にカラカラ風車 | 田中 怜子 |
メール打つ帰り来ぬ子へ春怒濤 | 新野 祐子 |
死者の声冬三ツ星に登りゆく | 菅原 春み |
小鳥のよう軽し赤子抱くぬくもり | 桂 凜火 |
啓蟄を昏くぬかるむ脇の下 | 月野ぽぽな |
春雷や眠りてゆるむ児の拳 | 稲 暁 |
アンバランスな顔面で受く春の風 | 榎本 祐子 |
贈られしまあるい気持ちと種袋 | 重松 敬子 |
しぶしぶと鼻の途中に嚔かな | 川崎千鶴子 |
陽炎や君と並んで薄い僕 | 高木 水志 |
紙風船誰だの魂入れやうか | 亀山祐美子 |
蜜蜂が野を剥き出しの昼にする | 三枝みずほ |
缶を蹴る春の始末をつけてから | 男波 弘志 |
海豚の赤い落書晴れていて寒い | 野田 信章 |
月面を歩けば清し春の泥 | 松本美智子 |
浮かれ猫蔵の天井突き破る | 漆原 義典 |
空咳を二つ三つして春の闇 | 高橋 晴子 |
自分軸ぶるぶる揺れて猫柳 | 藤田 乙女 |
梅咲けり青空になりたかったわけではない | 佐孝 石画 |
若草のモンゴル高原蜃気楼 | 小宮 豊和 |
どの木にも触れてみる春深めつつ | 柴田 清子 |
TSUNAMIの流れぬ十年鳥帰る | 藤川 宏樹 |
ふはふはと俺もおまへも牡丹雪 | 島田 章平 |
先生の丸き頷き木の芽風 | 小西 瞬夏 |
笑むことも自傷のひとつマスク美人 | 久保 智恵 |
弥陀の背に梅花の日差し兜太の忌 | 津田 将也 |
ラジオ体操朝の春月拭いをり | 稲葉 千尋 |
春の月首無し馬の噂はある | 田口 浩 |
覗きみる末黒野ガラスの反抗期 | 増田 暁子 |
毒物が発する味の春齢 | 中村 セミ |
野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう | すずき穂波 |
老体の動けば動く春の蝿 | 鈴木 幸江 |
冬枯れの政治風土に聖火来る | 滝澤 泰斗 |
日向ぼこ忘れることもラムネ菓子 | 吉田 和恵 |
百歳の母の含羞雪やなぎ | 松岡 早苗 |
しゃぼん玉ポルカのリズムで消えてゆく | 矢野千代子 |
紫木蓮さまざまの椅子置き去りに | 伊藤 幸 |
鍋八つ磨き春愁閉じ込める | 寺町志津子 |
春雨やくじ引くように人が死ぬ | 銀 次 |
春の雪瓦礫に見つけマトリョーシカ | 夏谷 胡桃 |
ロボットに読み取られたる春愁 | 森本由美子 |
日脚伸ぶ猫は堂々大あくび | 植松 まめ |
家族愛今宵は密に冬花火 | 小山やす子 |
春雷の海の深さの果てを蹴る | 豊原 清明 |
モナリサの頬にヒビあり沈丁花 | 三好三香穂 |
春の夢今度はどこで会うかしら | 河野 志保 |
言い聞かせ「私は私」さくら餅 | 佐藤 仁美 |
源平咲きの梅連れとジェットコースター | 中野 佑海 |
睾丸へ冷気絢爛と春日 | 十河 宣洋 |
折れ枯蓮源平の世の流れ矢か | 佐藤 稚鬼 |
げんげ田の冥き神話を俯瞰せり | 大西 健司 |
涅槃図をこよなく愛でてひとつ老ゆ | 谷 孝江 |
春色の最初のページ雨上がる | 石井 はな |
人工授精日かがめば匂う春の草 | 吉田亜紀子 |
春蝉のひゅるる混みあう耳のつぼ | 伏 兎 |
コビッド19春野を小人跳ね来しと | 野澤 隆夫 |
春雷や内科の医者は阿波の人 | 山本 弥生 |
「夜の街」雨ニモ負ケズデクノボウ | 田中アパート |
濃厚な香を放つ夜の白木蓮 | 高橋美弥子 |
シャッターを上げる背筋啓蟄だ | 松本 勇二 |
アンダンテで行こう紫木蓮の空 | 増田 天志 |
おぼろ夜の翁たちまち少年に | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 中野 佑海
特選句「野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう」野に咲く梅はその時その時好きなように生きて、黄昏れて、伸び放題枯れ放題。収支決算出来る日はくるのか?特選句「モナリザの頬にヒビあり沈丁花」モナリザの絵は500年生きて、まだ沈丁花の匂うがごとく、優美に微笑んでいる。もう、美魔女の域を超え、もう、妖怪と云えるのでは。絶対に頬のヒビは剥がしては成りませぬ。 並選「イマジンと裏返る声帯さくらんぼ」声を嗄らして体制に反対してみても虚しいだけ。昼カラオケでイマジンを歌ってみても、コロナになるだけ。それより、桜を植えて、さくらんぼを食べて、昼は昼寝、夜は早寝。お天道様と一緒に生きるのが一番だとおもう。分かっちゃいるけど、肉食いたし、旅行はしたし。思想通りには生きられない。これではコロナ流行るね。「紙風船誰だの魂入れやうか」これは「誰かの」ではないのか?紙風船には気に入らない相手の魂入れて、叩いて、蹴って、吹き飛ばして、潰してって。現代のジョーク。「缶を蹴る春の始末をつけてから」いつ遊んでくれるんだい。始末が直ぐ着くくらいなら、もうとっくに決着はついているはず。「ためらいが許されている木蓮(河野志保)」あれこれ迷っても赦されるって何様。さっさと決めてよね。後が支えているんだから。木蓮の葉の独り言。「梅咲けり青空になりたかったわけではない」梅の咲く頃は、晴れの日が多いです。文句は言わず自分の役柄をこなしてね。「どの木にも触れてみる春深めつつ」春になると静かだった木々も途端に明るくなって。ついエネルギーを頂戴したくなります。木々と相互理解を深めます。「廃屋を抜けて群れたる土筆かな(佐藤仁美)」そうなんです。土筆は何故か思いがけない場所にひっそりと肩寄せ合って、わんさか出てくるのです。「紫木蓮さまざまの椅子置き去りに」大震災で皆が出て行ってしまった、校庭の紫木蓮。今年も変わらず、良い匂いで思い切り、上昇志向。以上。宜しくお願いします。やっと、暖かくなって過ごしやすいですが、コロナさんは相変わらず、一人意気軒昂。お身体大切に。
- 若森 京子
特選句「TSUNAMIの流れぬ十年鳥帰る」アルファベットで書かれた津波は特別に我々に刻印された忘れる事が出来ない十年間だった様に思う。その十年間の自然界は変わらず四季があり「鳥帰る」の季語が哀しく又美しく響く。特選句「老体の動けば動く春の蠅」春の蠅は老人の様に動作が鈍い。ふと兜太先生を思い。先生のアニミズムを思った。
- 松本 勇二
特選句「人工授精日かがめば匂う春の草」妊娠治療は日本にとってとても大切なこと。句全体に軽い憂いを漂わせて成功。
- 小西 瞬夏
特選句「啓蟄を昏くぬかるむ脇の下」脇の下という場所、ぬかるむという描写が、鬱々とした心象を身体感覚として表現されている。理屈ではなく、からだで納得することができる句。「ぬかるむ」と「昏く」はやや重なっているか?
- 稲葉 千尋
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」:「春の星こんなに人が死んだのか(照井翠)」を彷彿させる。「モナリサの顔にヒビあり沈丁花」モナリザと見た。「缶を蹴る春の始末をつけてから」:「缶蹴りや」の方が良いと思います。
- 田中 怜子
特選句「折れ枯蓮源平の世の流れ矢か」この光景は、冬の京都の寺の前にある蓮田が目に浮かびます。折れた茎が沼に突き刺さる 戦い終わった後の静けさも感じられます。歴史が身近な地域に住んでいて、兵士の無念を身近なものと感じる作者の思いが伝わります。特選句「膏薬と籠りの部屋のミモザ揺れ(荒井まり子)」随分エロティシズムが感じられます。薄暗い部屋の中で鼻腔に膏薬の匂い、そして春の訪れを現すミモザがたわわに揺れる、作者の内部から湧き上がる生のきらめきを感じます。
- 島田 章平
今回、特選はありません。毎年、二月は高橋たねをさんと金子兜太先生の句を作る事に決めています。私は高橋たねをさんを存じ上げませんが、野﨑さんのお話から私なりのイメージを持っていました。ちょっと古風な感じの紳士のイメージでした。「寒明の空の律調たねを忌よ」の【評】に「晩年の笠智衆」の言葉がありましたが、丁度そんなイメージでした。前回の選評にはたねをさんをご存知の方も知らない方もご自分のイメージで選評を頂いた事を大変嬉しく思います。高橋たねをさんと言う存在が、人と時代を超えて「海程香川」の世界で生き続いて行く事を信じます。
- 月野ぽぽな
特選句「ロボットに読み取られたる春愁」今や、AIは助けの必要な人のお世話をする重要な役割を果たしているようだ。AIの対応の仕方に「あ、春の愁を読み取ったのね」と感じたのだろうか。その人との関わりの深さいかんでは本当に人の感情を感受することもできるのかもしれない。人の思いは奇跡を起こすとも言われる。ピグマリオンの伝説にもあるように。
- 増田 天志
特選句「春雷の海の深さの果てを蹴る」春雷の音でも、光でも、良い。空に生まれ、海底を打つ。この事象を想い付くイマジネーション力の凄さに、感動する。ポエムだなあ。
- 寺町志津子
特選句「弥陀の背に梅花の日差し兜太の忌」極楽浄土を主宰している阿弥陀如来様の背中に花咲いた梅の日差しが降り注いでいる今日は、兜太先生の忌日。広く周知されている兜太先生の「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」を踏まえての兜太先生への深い敬愛の念が読み取れ、感動しました。「野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう」に共感。「紅梅に鼻くっつけて亡妻に笑われる」亡き奥様への深い愛情と哀惜の念に心打たれました。
- 豊原 清明
問題句「諦めとう美学もありて桜ちらほら(伊藤 幸)」境涯句かと思う。美学は徘徊して、桜をちらちら見ているのだろうか。特選句「この10年桃買っただけフクシマ忌」福島と漢字で書いた方が良いと思った。10年の苦しみの中で桃買っただけという、ぶっきらぼうが良いと思う。
- 夏谷 胡桃
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」この冬は、知っている人がポツポツ死んでいきました。同年代もいます。突然の病だったり事故だったり。わたしにも死が近づいている気がします。まさに「くじ引くように」と思いました。
- 藤川 宏樹
特選句「この10年桃買っただけフクシマ忌」大地震が東北を襲ったのは私が出張で福島を訪れた丁度一週間後でした。津波破壊、放射能汚染から10年。未だに帰れない人がいる非情な現実がありますが、福島の桃の購入からその現実をわが身へ取り込み、それでも埋めきれない心持ちが端的に表現できています。
- 三好三香穂
特選句「空咳を二つ三つして春の闇」なんだか、そうだよなと思ってしまった。コロナ禍の中でのやるせなさが、空咳になってしまっている。特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」これもまた、コロナ禍の句なのでしょうね。それと、去年は友人たちが入院したり、亡くなったり、さんざんでした。こんな暗い句ばかりを特選にするなんて、少し鬱になりかけているのかも。
- 矢野千代子
特選句「涅槃図をこよなく愛でてひとつ老ゆ」神社仏閣が好きで若い頃から涅槃図に親しんでいるのです。おばあちゃん子だったせいでしょうね。「ひとつ老ゆ」で。そうか、そうか。大いに納得しています。巧みな斡旋ですね。
- 増田 暁子
特選句「この10年桃買っただけフクシマ忌」この10年、喉元を過ぎれば、と忘れていたが他人事では決して無いと作者。桃買っただけ の比喩が素晴らしいです。特選句「春色の最初のページ雨上がる」若者へのエールのようで、もちろん老人にも。雨上がるがとても素晴らしい。「陽炎や君と並んで薄い僕」下5の薄い僕が解釈いろいろで 作者の意図を想像しています。「春の水汲めども尽きぬ方でした」読み手にとってはそれぞれの人が浮かびます。とても良い句で春の水が、ぴったりです。「春雨やくじ引くように人が死ぬ」コロナの関連死のことでしょう。本当にくじを引かされるように死者が出て本人も家族も無念のことだと思います。「ロボットに読み取られたる春愁」今、AIとかロボットに春愁までも読み取られる時代ですね。人間も感性を鋭くと自覚。「人工授精日かがめば匂う春の草」中7下5が切なく、作者の気持ちがわかるような気がします。
- 鈴木 幸江
特選句「おぼろ夜の翁たちまち少年に」夢の中では私もときどき少女になったりす る。自分の中に今も少女の私が居るのだろう。おぼろ夜なら出会えるものなら、可能ならば出会ってみたい。そして思いっきり一緒に遊びたいと思った。遊戯の境地を味わえる齢を予言しているようなこの作品にとても惹かれた。
- 河田 清峰
特選句「モナリサの頬にヒビあり沈丁花」頬から甘い香りが溢れそうです。
- 野口思づゑ
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」人の生死は、紙一重で決まっているのではと思ってしまう機会が折々あります。中七の、くじ引くよう、とはまさに言い得ていると感心しました。特選句「春の野良歴史を運びゐるは泥(すずき穂波)」名所旧跡などに立つ時、あぁ、何百年、何千年前にもここにこうして人は立っていたのだろう、とつくづく感じます。この方は、やっと野良作業が再開できた春、土に触れて実感したに違いありません。自分の生活に大きな歴史を重ね表現した良い句です。
- 葛城 広光
特選句「自分軸ぶるぶる揺れて猫柳」軸という抽象化に賛同。猫柳も可愛くて良心的。問題句「春の月首無し馬の噂はある」怖いのは苦手。春に何事もない平和を望んだほうが良い。
- 大西 健司
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」実に穏やかで温かい句だ。百歳になっても ときおり見せる羞じらいの愛しさよ。
- 小山やす子
特選句「花守の体の中の糸ひかる(男波弘志)」花守を表現するのにからだの中の糸とは凄い表現だと…感覚に脱帽です。
- 滝澤 泰斗
特選句『「夜の街」雨ニモ負ケズデクノボウ』昨年の春、小池都知事が言い出して妙に気になる「夜の街」。物事には建前と本音がある通り、まさしく、「夜の街」は建前で、社会のアンダーグラウンドの言及できない部分を言い当てている。その言葉を巧に使い、宮沢賢治風にカタカナ表記にして、なおかつ、「夜の街」を厄介者の役立たずだと・・・無季を気にしながらも新鮮な一句としていただいた。特選句「この10年桃買っただけフクシマ忌」東日本大震災をとり上げている句がたくさんあるが、10年の歳月の中、フクシマと関わりのあったことが唯一桃を買っただけというさっぱりした言い放ち方に好感。ともすると、お涙頂戴的な題材ながら事実としっかり距離を置いた中の自分のフクシマを捉えていて、いただいた。問題句「春泥を出でしころより耳ふたつ」感覚句なんだろうけど、下五の耳ふたつが読み取れない。以下、共鳴句「鳥籠の外混み合える枝垂梅」コロナ禍の風情が連想できた。「陽炎へる安全神話の国境」国境というと、すぐに、空港が過る。水際に強いはずの港湾や空港の検疫の脆弱な姿が浮き彫りになったこの頃。飛沫の影が陽炎っている。「陽炎や君と並んで薄い僕」薄い僕・・・存在が、体格が、頭の毛がなどといろんなことを想起させて面白い。昔の写真等を見て漏らす感想なのか、薄い僕がよかった。「梅咲けり青空になりたかったわけではない」青空を背景に見事な梅が咲いていると言ったら全くつまらないが、青空を否定しつつも青空であってよかったという強がりのようなところに共感。「弥陀の背に梅花の日差し兜太の忌」師の三回忌にふさわしい、やや出来過ぎの感が否めないが、気持ちの良い一句。共鳴しました。「鍋八つ磨き春愁閉じ込める」何か、振り切りたいが振り切れないことを、夢中になって鍋を洗い、磨きしているうちに、振り切れないどころか胸の内に沈んでゆく・・・共感しました。「春寒やさすらいの四肢ゆるく締め」予断を許されない季節の変わり目を、ともすると、油断しがちに緩む姿を上手に詠んだ。
- 福井 明子
特選句「母とゆく春心音の渚かな(竹本 仰)」心音という静かな響きが春と渚とに響き合い、恐らく高齢であられるお母さまへの心情が内包されていて心に残りました。特選句「紫木蓮さまざまの椅子置き去りに」コロナ禍の状況を言わずとも暗示させる一句。咲き急ぐかのような紫木蓮の下に、誰も座らない椅子。もっていきようのない痛々しい心情が、情景に込められているようです。
- 榎本 祐子
特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」:「やがて」で始まるゆるやかな時間。ひらがな表記も功を奏して、ナルシシスティックな世界。
- 柴田 清子
特選句「春雷や眠りてゆるむ児の拳」眠る児は育つを、春雷の季語を置いて一句にしている特選です。この児の、この親の、この幸を、いつまでも手放さないように祈りたいわ!
- 田口 浩
特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」おうー凄いと思った。アニミズムと読めばいいのだが、偏屈だから野性ムンムンの男に、とろける身体がジンジンしたのだろう。その甘美を「やがてさくらとわからぬように」つごうよく交わったと言うのか、今は令和三年三月。中世ではない。男とのまぐわいを夜の桜とのことにしてしまうとは、女は狡猾である。そんな事は出来ませんよね。出来はしないが、さくらでこんな句を詠むのは、もっと難しいと思う。句は読者が名句にするのであれば、私は、この作品をそのように覚えておきたい。「缶を蹴る春の始末をつけてから」:「缶を蹴る」とは子供のころの鬼ごっこのような遊びである。仲間のいる遊び場に行くのに、「春の始末をつけてから」と言うのであるが、これがなかなかおもしろい。親の命令か、自分で決めたことか、と考えるが浮かんでこない。が、新生春の始末とはそうたいしたことではあるまい。ならば肩肘をはらずに、さあ少年よ缶蹴りに走りなさい。「春の草たやすく抜けて身ごもれり」「春雨やくじ引くように人が死ぬ」:「たやすく抜けて」「くじ引くように」この二句は、さらっと出来て何の苦労も無いように見えるが、そうだろうか、何年も、何十年も書きためてきた蓄積があるように思う。そうでなければ、こんなスッキリした上手い句は作れないだろう。「人工授精日かがめば匂う春の草」気持ちの深いところを詠んだ句であろう。作者は今後、「人工授精日」も「匂う春の草」も、二つ離して忘れてしまうことはないように思う。人間生きて、人生の何かを蓄積すると言うことは、こういうことを言うのではないか。
- すずき穂波
特選句「蜜蜂が野を剥き出しの昼にする」季が生命体を動かし、生命体が季をはがしてゆく。「剥き出しの昼」は全き春の出現をいうか。春を細密化、且つ鷲掴みしていて大きな句だ。特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」死んだら木になりたいと思う。私は水楢がいい。この作者は桜樹なんだろう…。他界の我をもこんな風に身体化できる俳句の凄さ。
- 稲 暁
特選句「どの木にも触れてみる春深めつつ」春を深めているのは作者自身、そこが印象的。問題句「自分軸ぶるぶる揺れて猫柳」:「自分軸」というユニークな表現に注目したが、ヤヤ強引すぎるかな?とも思った。難しいところ。
- 桂 凜火
特選句「陽炎へる安産神話の国境」季語の使い方に新しさを感じました。内容にも共感します。特選句「人工授精日かがめば匂う春の草」不安と期待の入り混じる切なさにあふれ、屈む作者の姿がよく見えるようで心に響きました。
- 野澤 隆夫
特選句「陽炎や君と並んで薄い僕」昨晩NHK土曜ドラマで「きよしこ」(重松清の感動作)を見て今朝の選句。ドラマとだぶりました。輝く君と薄い僕が陽炎のごと揺らめいてる。この対比が面白い!特選句「浮かれ猫蔵の天井突き破る」思わず吹き出しました!突き破った猫のその後は…?
- 菅原 春み
特選句「母とゆく春心音の渚かな」こころなごむ句です。心象風景としての渚でしょうか、心音が効いています。特選句「先生の丸き頷き木の芽風」これは兜太先生に違いない。あの頷きを丸きとしたところ、萌黄色、浅緑色、緑色、濃緑色などさまざまな木の芽の風を季語に配置したところが心憎い。
- 中村 セミ
特選句「睾丸へ冷気絢爛と春日」おそらくコーガンという言葉は俳句ではほぼ使われていない。金玉はかなりある。この句はおそらく一度大病か何かで死ぬような思いをした方が書いたと思われる。そういう人は死を垣間見ていると思う。だから死は怖くない。見ろよ!睾丸に冷気を感じるが、それは俺がこれから絢爛と生きていく証だ!といっているような気がしました。「息をするものや初蝶粉散らす(小西瞬夏)」息をするものやと初蝶が粉散らすの重なりがいい。生きるものの哀切というか、仕方なさというか表しているように思えて、特選。
- 吉田 和恵
特選句「野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう」当てずっぽうという、開き直ったかの言葉の裏に様々な思いが感じられます。問題句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」むむむ・・・・。
では、一句 いみじくもさくらと知りつつ抱く夜かな 吉田和恵
- 男波 弘志
特選句「春の草たやすく抜けて身ごもれず(吉田亜紀子)」生そのものは、哀しさを知ることから一切を知ることになる。「啓蟄を昏くぬかるむ脇の下」肉体が感じている、春の懈怠さ、エロスが充満している。「春の月首無し馬の噂はある」首は何処かへすっ飛んで行ったか、遍路道では歩く以外の奇跡はないのだが、この世が四次元と決まった訳ではない。5次元、6次元の世界が跳梁している。「春雨やくじ引くように人が死ぬ」必然に依って一切が動いている。引き当てるのは吉ばかりではない。最高の生の中に死はある。
- 十河 宣洋
特選句「遙けきは東京ローズそのカチューシャ(銀 次)」東京ローズを知っている人は年配者でも少ない。日本軍が第二次世界大戦中におこなった連合国側向け放送の女性アナウンサーに、 アメリカ軍将兵がつけた愛称。米兵の心をかく乱するための放送だったが、米兵に愛称を付けられるくらいファンがいたと聞いたことがある。彼女がカチューシャをしていたかどうかは知らないが日系アメリカ女性である。他にも何人かいたが名乗り出たのは彼女一人だけだったという話である。
- 新野 祐子
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」コロナ禍の今の時代を見事に言い当てているのではないでしょうか。入選句「蜜蜂が野を?き出しの昼にする」「蛇穴を出て大日輪の指輪飲む」自然界の神秘がシュールな映像となって立ち現れます。
- 伏 兎
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」一世紀を生きぬいた人のはにかみが放つ、スピリュアルな輝き。白く小さな花を噴水のように咲かせる、雪柳との取り合わせが絶妙。特選「冬枯れの政治風土に聖火来る」後手に回る新型コロナウイルス対策。結論を先送りする東京五輪。政治への失望感が止まらない句の、とりわけ下五の「聖火来る」に惹かれた。入選句「花守のからだの中の糸ひかる」桜を一本一本診て歩き、あれこれ策を講じている姿が浮かび上がる。「糸ひかる」の表現が印象深い。入選句「人工授精日かがめば匂う春の草」草が萌え、花が咲く一方で、不妊治療のもどかしい現実を巧みに捉えていると思う。
- 植松 まめ
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」こんな風に歳を重ねたいものです。美しい句ですね。特選句「春雷の海の深さの果てを蹴る」海の底深くのポセイドンが活動を始めたのか、やたらと地震が多くなりました。スケールの大きな句です。
- 松岡 早苗
特選句「蜜蜂が野を剥き出しの昼にする」何気なく通り過ぎる春の野。だがそこに、忙しく働いている蜜蜂の姿を目にすると、生命の営みのけなげさにはっとさせられる。同時に、のどかな春の野にも様々な生き物の労苦の営みがあるであろうことに思い至らされる。「剥き出しの昼」という巧みな措辞のイメージの広がりに惹かれた。特選句「蛇穴を出て大日輪の指輪飲む」 穴から出た蛇が、大きな口を開け、獲物を丸呑みにするかのように日輪を飲み干す。するとたちまち蛇の長い躯が春色に染まり光を放ち始める。そんな再生の瞬間を目の当たりにさせられた。「花守のからだの中の糸ひかる」桜の季節、開花のエネルギーに共鳴するかのように、我々の細胞も活性化する。大切に花を守ってきた者にとって最も心躍るときだろう。花守の身体の奥で多数のミトコンドリアがいっせいに美しい光を放つにちがいない。
- 竹本 仰
特選句「春雷や眠りてゆるむ児の拳」劇的な匂いがします。「拳」というところから、何か強烈な不可解な理由から泣きじゃくっていたような緊張ある前景を想像させますし、「春雷」にはいきなりの恵みのを暗示する神のはからいを感じます。単なる子育ての中での一景でない、大きな交響楽のようなものが思われました。特選句「眠れない獏しなやかな春の闇(大西健司)」夢を食っていたはずの獏が眠れない、そういう困った情景をとらえたところの面白さでしょうか。なぜ、眠れないのか?想像力豊かな獏というものがいたら、期待のために眠れないのだろうし、食べてしまった夢の中身にいつまでも余韻をあるいはこだわりを抱いて、であるのかも知れませんね。ま、要するに、獏も悩ましいのだ、という空想。そういう絵本があれば見てみたい。そんな誘惑を覚えました。特選句「春泥を出でしころより耳ふたつ」たとえば、春の野山など歩きながら、けものたちはどうやって生き方を学んでいるのだろうと思うと、彼らもやはり失敗や挫折を通してであろうと予想できます。そういう風景の中で、この句を見ました。嫌に物事を見通してしまう耳なるものも、実はいくつかの体験の中に研ぎ澄まされたものであろう、そんな一個の生き物の中にある時間、そんな時間がここにあるのではと思いました。 「俳句王国が行く」、あれが最終回だったんですね。田口さんの句〈中卒の浅利が潮を吹き黙る〉。圧倒されました。そういえば、淡路島吟行でパルシェに泊まった時、エレベーターの中で昔詠んだという、田口さんの親へ捧げたという川柳の句を聞かされ、たいへん面白かったのを思い出しました。味のある方だなあ、と強烈に印象に残りましたが、あの句も同じ印象でした。吟行の二日目の朝、6時ころだったか、宿泊棟から少し離れたベンチで、しばらく話し込んだことも。だから、あの声が印象に残っています。ああ、田口さんだと、声を懐かしく思い出しました。三枝さんの方は〈痺れるまで手を振っている春の川〉がよかったです。先日、裏山を歩いていましたら、小鳥の一群がさあっと、山道をよぎっていくのでしたが、ああ、これも、三枝さんのいう「春の川」かなと思い出しました。あの後、NHKの俳句全国大会もあり、あまりTVを見ない私にとって、たいへん贅沢な、俳句番組を二本、見させていただきました。 ああ、春が来たと、よく降った雨あがりの朝に、新鮮な気持ちで春の句群を通り抜けた、というところです。みなさん、ありがとうございます。この句の群れの凹凸の自由を思うと、いかに贅沢な時間なんだと、満足させられます。
- 佐藤 仁美
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」本当に、こんな事態になると、思わなかったです。「くじ引くように」がやるせないです。特選句「鍋八つ磨き春愁閉じ込める」愁いを閉じ込めるのに、8つも磨かないといけなかったのですね。鍋が輝いたことに、愁いは表に出ないはずだと、自分に言い聞かせているようです。
- 佐孝 石画
特選句「笑むことも自傷のひとつマスク美人」つくり笑い。人と話すとき、つい愛想笑いをしてしまう。ほんとうは笑いたくないのに。笑みを作る自分から幽体離脱して、その卑屈な笑顔を俯瞰してみる。こんな笑みを日々いくたびも拵えて日常を泳いでいる。店頭で出会った女性のマスク越しの微笑みに、この方もまた、笑みという自傷を繰り返して泳ぎ続けているのだろうと作者の共感は及ぶ。「父偲ぶ白梅ぬっと頬に触れ」白梅には得も言われぬ生命感がある。閉ざされたモノクロームの冬を引き裂くように、白梅のその眩しい色と香りは、周りの風景を一瞬にしてホワイトアウトさせる。「ぬっと頬に触れ」とあるが、実際には触れているわけではないだろう。白梅のたましいが何者かに憑依し、作者の面前に人影がふいに「ぬっと」現れたにちがいない。人影はしばらくして梅の白さの向こうに消えていったが、後になってあの人影は「父」だと気付く。金子先生の「青鮫が来ている」という幻想も、白梅にこの「魂呼び」の力をみたのではないか。
- 津田 将也
特選句「TSUNAMIの流れぬ十年鳥帰る」:「流れぬ十年」が、句のねらいとするところ。今もって消えない人々の悲しい記憶・復興のままなぬ現実が、ここに込めれらた。「鳥帰る」の季語も動かぬ。特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」メルヘンチックに描かれたことにより、主人公が神秘的に立ちあがる。この愛の終幕をも内に予見され魅惑的一句となっている。
- 山本 弥生
特選句「啓蟄と言へども人類まだ蟄居(三好三香穂)」長引くコロナ禍の自粛生活も何時になったら終わるのであろうか。
- 吉田亜紀子
特選句「春雷の立て髪下る置き土産(豊原清明)」春雷が来て、きちんとセットした髪がびしょ濡れ。その様子が「立て髪下る」。そしてその様は「春雷の置き土産」。表現がカッコいい。私もこんな表現が出来るようになりたいです。特選句「日脚伸ぶ猫は堂々大あくび」猫が堂々と大あくびをしている。句が動いている。映画に出てきそうな温かいシーンだなと思いました。問題句「イマジンと裏返る声帯さくらんぼ」とても面白い句です。「イマジン」、「声帯」、「さくらんぼ」。「イマジン」は、1971年にジョン・レノンが作詞作曲した平和を願う歌。その歌を皆愛を込めて歌う。喉がさくらんぼみたいに赤くなってしまうまで。この句は、ドキュメンタリーのような句だと私は解釈しました。ただ、「裏返る」を違う表現にしても良いかなぁと感じました。そうすれば、目に入ったとき、すんなりと読めるし、スッキリとすると思いました。何度も何度も読み上げたくなる句です。
- 河野 志保
特選句「鍋八つ磨き春愁閉じ込める」鍋を八つも磨いて、やっと閉じ込めた春愁。実感が伝わり、日常から離れない好句だと思う。
- 川崎千鶴子
特選句「人工授精日かがめば匂う春の草」:「人工授精」という言葉に衝撃ああ今正に生きていらっしゃるのだと感激です。「春の草」がとても効いています。成功をお祈りします。「陽炎や君と並んで薄い僕」:「好き」度がお相手より作者の方が高いのでしょうか?それで何処か気が引け「薄い僕」と表現したのでしょう。巧く成就できたらと思います。「春雨やくじ引くように人が死ぬ」:「くじ引くように人が死ぬ」とは驚きました。死はそんなものかと妙に納得させられました。季語も的確で素晴らしいです。「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」幻想的でひとつの物語を読んでいるようです。雪女もきっとそうですね。「里山の唄ひはじむるいぬふぐり」犬ふぐりが咲くと楽しくなります。ピカピカの一年生の目でぱっちりして、その様子を巧みに捉えています。
- 三枝みずほ
特選句「梅咲けり青空になりたかったわけではない」梅が咲いた。青空がそこに在る。それだけでいいという達観もしくは諦観が深い一行となっている。問題句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」?やがて〟が意味を意図的に拒否しているように感じ、入りきれない。「さくらと」から始まればそこに不思議が生まれるのではないか。どちらにしても、この世界へ引き込む力強さとしなやかさが混在する魅力的な句。
- 高木 水志
特選句「覗きみる末黒野ガラスの反抗期」焼けて焦げた匂いがする末黒野がガラスで囲まれた人間社会の行き止まり感をガラスの反抗期の言葉で連想した。末黒野の大きさを感じて、このまま突き進んでいいのかと考えた。
- 石井 はな
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」百歳を迎えたお母様の羞いが、雪やなぎの様に暖かくて穏やかで、しみじみ幸せを感じます。
- 高橋美弥子
特選句「花馬酔木かなしきまでに盛りあがる(佐藤稚鬼)」馬酔木が咲くさまを「かなしきまでに盛り上がる」と捉えた句は見た事がないように思う。花の地味さから作者はそのように捉えたのかもしれない。共感をおぼえました。問題句「この10年桃買っただけフクシマ忌」どのように読めばよいか迷った。「フクシマ忌」というのが個人的にスッと入ってこない。意味としてはわかるのだが震災はまだ終わっていないことを考えると、問題提起になる一句。
- 銀 次
今月の誤読●「分身として朧夜の声ひとつ」私は夜の庭に出てふうと背伸びした。あらかた家事が終わってほっとひと息ついたのだ。「ねえ」という声がした。ふり返ってみたが誰もいない。「誰?」私はいった。「私よ私」と声がいった。まぎれもなくそれは私の声だった。人影は見えない。「なんの用?」と私はいった。「私ね、近ごろ面白くないの」もうひとりの私がいった。「あらそう。私は面白いわよ」「食事をつくって、掃除をして、洗濯をして、そんなことの繰り返し。面白くないわ」「たまには温泉にも行くし、美味しいものも食べに行く、どこが不満なの」「でも面白くないの」「身勝手ね」私がいった。「そう身勝手になりたいの」私がいった。「それぞれが自分の役目をはたして分相応に生きていく、それが暮らしってものなの」私がいった。「つまんない。もっと違う人生もあるはずよ」私がいった。しばらく沈黙がつづいた。「私、出て行こうかしら」私がいった。また沈黙がつづいた。なんだかイライラしてきた。「好きにすれば」私がいった。「ええ、そうする」私がいって、それきり声は聞こえなくなった。「なによ、バカバカしい!」きびすを返して私は家に入った。私の体重は1gほど減っていた。
- 荒井まり子
特選句「缶を蹴る春の始末をつけてから」自粛疲れの一年余。作者のエネルギーの強さの音まで伝わります。
- 佐藤 稚鬼
特選句「三月十一日海辺にカラカラ風車」大津浪に海辺にだれのものか打上げられ残りし風車。無人の景の寂寥。風車の動きの乾いたカラカラに尚増す無常感。
- 森本由美子
特選句「手のひらに林あるべき河川敷」あるべき自然の姿が無残に毀された痛々しさ、手のひらの林から透明なイリュージョンがたちのぼります。
- 小宮 豊和
特選句「春の夢今度はどこで会うかしら」について、いろいろな読みとりかたが考えられるが、どうとっても詩になっていると思う。そのひとつ、あのすばらしい春の夢に会えるのは、今度はいつどこになるのだろう。まさに春の夢だ。前回との続き具合は、展開は、どんなすばらしい場所で、などの空想が先へ進む。夢という制約の中での自由である。
- 亀山祐美子
特選句はありません。謎めいた句が多くすとんと胸に響く句を選びました。全体的に不安感を掻き立てるものが多く喜びを伝える句が少ないようです。伝える努力は感じるのですが感動が伝わりません。引き籠もりで私の感性が鈍っているのでしょう。なるべく外へ出ようと反省しました。皆様の句評を楽しみにしております。
- 野田 信章
「紫木蓮さまざまな椅子置き去りに」「ためらいが許されている木蓮よ」『木蓮や「待つ」と言う声置いてきた』「アンダンテで行こう紫木蓮の空」春到来の句の多い中でもこれらの「木蓮」を題材にしたものに注目した。一句目の、現代社会のある断面図を覗るおもいの句。二句目の、私的な屈折感と木蓮の独断的ともおもえる配合。三句目の日常詠の一コマながら、中句の「声」に作用する「木蓮」の暗喩のはたらき。四句目の、行動を伴う明快な一句。句の若さがある。これらの句に共通するものは、よくその物象感を生かして、個々の心情のこもった作句活動がすすめられていること。伝達性についても安易なところで妥協することなく攻める姿勢が伺えること。このことは自身の変化の相を含めて流行の相を踏まえての自覚あってのことかと参考になるところである。
- 高橋 晴子
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」百歳にして含羞、いいね。雪やなぎの趣、ぴったりで、こんな年寄り、いや人物になりたいね。
- 漆原 義典
特選句「濃厚な香を放つ夜の白木蓮」私は女性の胸を連想させる花びらを持つ白木蓮が好きです。濃厚な香もいいですね。作者の繊細な感覚を尊敬します。素晴らしい句をありがとうございます。
- 藤田 乙女
特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」満開の桜と桜の精のような美しい女人の心象風景が広がり、心がときめきました。特選句『言い聞かせ「私は私」さくら餅』 来し方を振り返り、様々に心が揺れがちな最近、私も「私は私」と自分に言い聞かせています。とても共感できました。
- 松本美智子
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」コロナ禍の不安な情勢を良く表わせている句だと思いました。
- 田中アパート
特選句「手のひらに林あるべき河川敷」みょうに気になる俳句。特選句「睾丸へ冷気絢爛と春日」キンタマは冷すべし。チンポコと頭は生きているうちに使うべし。
- 野﨑 憲子
特選句「しゃぼん玉ポルカのリズムで消えてゆく」軽快なポルカのリズムに乗って消えてゆくシャボン玉。虹色の世界が広がります。軽いタッチはまさに芸術。問題句「弥陀の背に梅花の日差し兜太の忌」師の逝去された二月二十日は梅花の季節、見事な供句であります。ただ、私には、師は今も生きている思いが強くあり忌日の句は創れずに居ます。称賛の思いを籠めて。
袋回し句会
桜
- 桜木が一緒に飛んできた
- 中村 セミ
- さくらさくら煙のように現世かな
- 三枝みずほ
- 一日の遠く見てゐるさくらかな
- 柴田 清子
- 商店街の散らぬさくらのふてぶてし
- 銀 次
- 櫻くれなゐ大滝よりの便りかな
- 野﨑 憲子
朧
- 緑青の龍生む鐘か月おぼろ
- 田口 浩
- 朧景や筆洗するにカップ麺
- 藤川 宏樹
- 池の端を人みなおぼろに歩きけり
- 銀 次
卒業
- 缶コーヒ呑みほすように卒業す
- 柴田 清子
- 手のひらに雨粒のあり卒業す
- 三枝みずほ
- 卒寿なりロッククライム卒業か
- 佐藤 稚鬼
- 卒業式の日に結婚申し込む
- 中村 セミ
- 狐百匹みな眷属(けんぞく)ぞ夕ざくら
- 田口 浩
指輪
- 春泥に落とせし指輪という別離
- 銀 次
- みつめいる指と指輪を農婦かな
- 佐藤 稚鬼
- 指輪が洗濯機の中で溺れている
- 中村 セミ
- 陽炎の外した指輪からUFO
- 野﨑 憲子
- ゲルニカの絵にころがっている指輪
- 田口 浩
自由題
- 捨てられた人形のやうにゐる暮春
- 柴田 清子
- 沈丁の香に誘われてひとを訪ふ
- 佐藤 稚鬼
- 妻子とは別の世にいる夕へんろ
- 田口 浩
- チューリップぐんぐん空へ膨らむよ
- 野﨑 憲子
- もうひとつもうひとつふだけ春よ吹け
- 銀 次
- かまどパイぱりん春の潮かな
- 野﨑 憲子
【通信欄】&【句会メモ】
今日は、3月29日。桜の満開の時を迎えています。今年の、桜の開花は高松での観測が始まった昭和28年以来最も早かったそうです。来年は気楽に花見に出掛けたいと思いました。
3月句会は、香川でも、コロナ感染者が増え続ける中、見学の方も含め9名の方のご参加で熱く豊かな時間を過ごすことができました。来月は四月。次回はどんな句会になるか今から楽しみです。
Posted at 2021年3月29日 午後 02:40 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]
第114回「海程香川」句会(2021.02.20)
事前投句参加者の一句
枯れ蓮やヒエログリフ(象形文字)は何語る | 佐藤 稚鬼 |
自由の碑わだつみの声冴え返る | 滝澤 泰斗 |
ひびあかぎれ母の昭和の幸不幸 | 植松 まめ |
新しき日常レタス剥がしをリ | 高橋美弥子 |
風花や触ってみたき馬の腹 | 榎本 祐子 |
雪ですか雪でしょうね友逝けり | 伊藤 幸 |
春の虹おむすび山も転げ出す | 漆原 義典 |
陽をふふみ蠟梅まさに開かんと | 田中 怜子 |
尻振りて鴨のお散歩三四羽 | 三好三香穂 |
風光る草食系のふくらはぎ | 伏 兎 |
今の世に麒麟は来るか椿落つ | 松本美智子 |
逡巡の一歩や少年ホトケノザ | 福井 明子 |
春ですねこんなに青が美しい | 重松 敬子 |
剪定のパチンと鳴りて午後静か | 佐藤 仁美 |
真夜の香はやわらかき牙ヒヤシンス | 月野ぽぽな |
おずおずと一輪の梅咲きはじむ | 藤田 乙女 |
やわらかい土を分け合う菫かな | 河野 志保 |
風ぐるま指で回せし一周忌 | 銀 次 |
兜太忌や明るく太く野を歩く | 夏谷 胡桃 |
寒明の空の律調たねを忌よ | 島田 章平 |
寒の空カタカナあふれ帰れない | 中野 佑海 |
風呂吹や昭和の家族十一人 | 稲葉 千尋 |
実の裏を洗う事の大切さ | 葛城 広光 |
みづなめて舌のざらつく蝶の昼 | 小西 瞬夏 |
あの ほら 言葉になる前冬木の芽 | 吉田 和恵 |
寒月のかけら掴まえ恋ふふふ | 増田 暁子 |
鉢木を今朝もうなりて寒ざらひ | 野澤 隆夫 |
暗き頭を爪立て洗う春の馬 | 豊原 清明 |
陽炎やぎよろ目の土偶掘り出しぬ | 菅原 春み |
スティGOスティ枯野の我らポチ | 野口思づゑ |
非正規のにべもなき鍋つつく犬 | 鈴木 幸江 |
新月の白狼森をうろつくよ | 桂 凜火 |
奥の間に招き入れたしぼたん雪 | 森本由美子 |
光年やいまさらさらと春のからだ | 若森 京子 |
話したいこといっぱいあった窓に雪 | 佐孝 石画 |
春祭自粛警察紛れいる | 荒井まり子 |
陽の風の宴荻葭枯れつくし | 野田 信章 |
釈迦の手へ冬どんぐりの犇めきぬ | 川崎千鶴子 |
パンジーの寝言はきっとありがとう | 高木 水志 |
約束の一つもなくて日永なる | 柴田 清子 |
春の暮水飴のよう都市国家 | 三枝みずほ |
シャーペンの折れし芯先春日影 | 松岡 早苗 |
紅梅に息深くして佇めり | 高橋 晴子 |
雪女立ち往生の車列より | 新野 祐子 |
存分に背中を掻いて冬日の犬 | 稲 暁 |
笑む犬と春笑む獣医学教授 | 藤川 宏樹 |
頬杖はつかない神戸震災忌 | 大西 健司 |
春は神代の水瓶の水どぶろくに | 田口 浩 |
二つの肺の黒くなる世界地図 | 中村 セミ |
グッバイ・コロナ私の冬の恋もです | 吉田亜紀子 |
寒の雨手紙の束を握りしめ | 亀山祐美子 |
立春や若き母来て起こされる | 松本 勇二 |
打音の森近くに父が棲みついて | 十河 宣洋 |
どの木にも春が棲みつきそうな日よ | 谷 孝江 |
いまいちどそっと抱きよせて雪女 | 田中アパート |
砥部焼きの皿に白魚母の忌近し | 山本 弥生 |
しぐるるや傷跡なぞるレコード針 | 増田 天志 |
新コロナをシルクロードという幻聴 | 久保 智恵 |
水仙のまはり透明死にとうなか | すずき穂波 |
日脚伸ぶ地蔵の顔ののつぺりと | 石井 はな |
不意の客去りて夜目にも梅明かり | 小山やす子 |
詩集栞は神籤の「大吉」みすゞの町 | 津田 将也 |
立春大吉坐禅の僧のシンメトリー | 河田 清峰 |
棒っ切れで水を叩いている恋で | 男波 弘志 |
冬うらら凡庸という安堵かな | 寺町志津子 |
うろうろと母の抜けがら春を行く | 小宮 豊和 |
末黒野にキリンの義足鳴る夜かな | 竹本 仰 |
野火と野火出逢はないではゐられない | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 大西 健司
特選句「話したいこといっぱいあった窓に雪」突然の別れから少し時を経てのつぶやきだろう。さりげない句だが心に沁みてくる。
- 小西 瞬夏
特選句「寒明の空の調律たねを忌よ」たねをさんとはお会いしたことがないのに私にとって存在感が大きい。「空の調律」という措辞に、目に見えないおおきな存在に対する繊細な感情を感じた。
- 増田天志
特選句「棒っ切れで水を叩いている恋で」虚しい恋は、形容矛盾。惨めな奴だなあ。マグマの恋をしてみろよ。
- 小山やす子
特選句「枯れ蓮やヒエログリフは何語る」お洒落な感覚の句に目が止まりました。枯れ蓮が効いていると思います。
- 葛城 広光
特選句「陽炎やぎよろ目の土偶掘り出しぬ」気分を具体的な物語にしている事が楽しめた。土偶にも愛嬌があるようで。
- すずき穂波
特選句「野火と野火出逢はないではゐられない」野暮な選評はよしておきます。 この句で小一時間は話せそうですね。
- 増田 暁子
特選句「おとこおみな綺麗な骨だ軒氷柱」軒氷柱が人間の骨に見えたなんて嬉しい性善説ですね。特選句「笑む犬と春笑む獣医学教授」楽しく、面白い比較が抜群です。「カリカリの堪忍袋連れて春」待っていた春への思い。
- 島田 章平
特選句「雪ですか雪でしょうね友逝けり」さりげない日常会話。その後に「友逝けり」と言う大きな展開。調べが美しいだけに悲しさの余韻がいつまでも残る。追悼句の秀句。
- 若森 京子
特選句「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」最近やたらに、あの、ほら、が、多くなり言葉にならない。それでの相手に通じるのが不思議。〝冬木の芽?の季語が嘲笑っている様でもあり励まされている様でもある。特選句「五分後の記憶うたたね花大根(伏兎)」五分後になると又同じ事を繰り返し云う人を知っているが、?うたたね?と表現し?花大根?と明るい季語で救われた気持。本当は深刻な問題なのである。
- 十河 宣洋
特選句「どの木にも春が棲みつきそうな日よ」雪解けのころの森や林の風景。多分雪のない地方も明るい日差しに春を感じるのだろうと思う。春が棲みつきそうというよりすでに棲み始めているのである。
- 中野 佑海
特選句「ステイGOステイ枯野の我らポチ」自粛、Go to travel、自粛。それも誰もいない何も楽しいことの無い枯野で居ろって。僕らは捨て犬以下です。捨て犬なら犬らしく自由くらいは謳歌しなくてはって言うか、自由ってなんだ?ダメダメ。また、話長ーいって駄目出しが。特選句「存分に背中を掻いて冬日の犬」詰まる所、カウチポテトで自分の背中を掻くくらいの自由しか無いのか。もしくはこれが究極の幸せ!並選「新しき日常レタス剥がしおり」ほら、何気ないレタス剥がしが、人生楽しんでる事になってきたよ。これで良いのか?「春の虹おむすび山も転げ出す」幸せボケでとうとひうおむすび山も笑い転げています。香川に住んで東北大震災を真剣に考えられません。みんな香川に来ませんか?みんなで住みやすい所に転がり込みましょう。但し、辛い事のない分、感動もおむすび山が転がるくらいです。「軋轢が詩を孕ませて芽吹くかな」ほら、詩を感動を紡ぐには軋轢が必要なんですね。私の様なチキンには芽は出ないのです。「剪定のパチンと鳴りて午後静か」樹の剪定などというのは専門家にお任せ。私は静かにお昼寝タイム。「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」はい、私達夫婦のお決まり会話。あれをあれして。そう言えばあれはどうなった。大丈夫あれは終わった。後は息子よ任せたぞ。「存分に梅を見てきし日の手相」商店街には夜になると、飲み客相手の手相見さんが机を出しています。私も30年くらい前、是非ともと言われて見て貰った事があります。今から大変な事が起こります。回避したければ、詳しくお教えします。とのこと。勿論、眉に唾を付けてお断り致しました。若さに大変は付きもの。梅に香りは付きもの。「雪女郎美人の定義なけれども」女は色が白くて柳腰なれば、男次第で、美人にもブスにも成れます。これってセクハラ発言?「詩集栞は神籤の「大吉」みすゞの町」金子みすゞは苦労多い人生を生きて、詩を残してくれた。その詩集に「大吉」のお神籤はいかにも重たく有りませんか? お手軽人生たのしんでる 中野佑海 昨日今日と寒の戻り。これも楽しく、俳句も温く。お身体大切に。
- 松本 勇二
特選句「風光る草食系のふくらはぎ」草食系のふくらはぎが発見。風光ると相俟って明るい一句となった。
- 寺町志津子
特選句「頬杖はつかない神戸震災記」一読後、はっとしました。一九九五年の阪神・淡路大震災。作者は、実際に遭遇された方ではないでしょうか?想像を絶する悲惨な被害に、「ああでもない」「こうでもない」と思案投げ首で頬杖をつくような悠長なことでは無く、如何に対処し、如何に生きていくか、切実な現実への対処を詠まれたともとれましたし、一方、毎年巡り来る神戸震災忌には、頬杖をついての回想ではなく、真からの追悼とともに、これからも力強く生きていこうの思いを強くもたれている作者が想像され、「頬杖はつかない」の語の持つ大きな意味合いに心動かされました。なお、「生きるとは老いて知るなり雪の夜」に、全く同感です。
- 豊原 清明
特選句「陽をふふみ?梅まさに開かんと」開花を待つ人の気持ちが伝わる。陽を感じているか。春を待ちわびている人の気持ち。問題句「老犬チバ今際冬蠅打ち守りぬ(野田信章)」:「老犬チバ」の響きが好いような。老い犬の哀愁。冬蝿が老い犬を立たせる。
- 夏谷 胡桃
特選句「宇宙は昏し冴え返る無言館(増田天志)」2年前にひとりで無言館はじめ長野へ旅をしました。いまの国のやり方を見ていると、「無言館」のような貴重な場所が蔑ろにされそうで心配です。「宇宙昏し」は悲観的すぎますが、地球も宇宙ですから地球がどうなるか悲観的になるのも当然です。宇宙から自然から人間からあらゆるモノから奪い、役に立たなければ捨てる。生き残る人はいるでしょう。自分は生き残る者だとどこかで思っているのかもしれません。幻想の中で生きているような気もします。作者の思いと違うかもしれませんが、このような俳句が作りたいと思いました。
- 桂 凜火
特選句「スティGOスティ枯野のわれらポチ」コロナ禍の棄民のような感慨でしょうか。われらポチで共同体としての不安やまた絆も感じられてよかったです。特選句「光年やいまさらさらと春のからだ」年月を経てさらさらになった体をいとおしむよう。こころもさらさらなのだろうか。光年やの上5に力があると思いました。
- 藤川 宏樹
特選句「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」:「あの ほら」が言葉が出そうで出てこない、あのもどかしい間合いを的確に捉えています。「冬木の芽」の選択もピッタリ、口調も整っており素晴らしいです。
- 月野ぽぽな
特選句「新コロナをシルクロードという幻聴」一行が新しい地平を見せてくれて印象的だった。SHInKOROna とSHIruKuROodo 意味でなく音として味わうと似ていることに着眼いや着耳(?)されたところに冴えが極まる。時に耳は口や目ほどにものを言うものだ。思考の世界では否定的意味合いが定着している「新コロナ」への新しい解釈の仕方が、聴覚という感覚を信じる態度によって示唆されている。例えば、全てのことを導き、恵みと捉えるということ。兜太師は生前、ある例会にて「思想の輪郭を語らない」というようなことをおっしゃっていた。その後味は直線的、平面的になりがちなのだ。感覚を研ぎ澄ませ、そこでつかんだものを表現すること。それが、読者にそれぞれの解釈を許し、芳醇な享受を可能にする、こんなことを思い起こさせてくれた。感謝。
- 田口 浩
特選句「水仙のまわり透明死にとうなか」この句「推敲句のまわり透明死にとうない」であれば見過ごしたかもしれない。「死にとうなか」と「死にとうない」たった一字の違いで句は位を得た。「水仙のまわり透明」この花はもともとそう言うものを持っているのだが、「死にとうなか」の方言によって、水仙は清冽を深くした。風格のある一句である。「風光る草食系のふくらはぎ」巧い。楽しい。「寒明の空の律調たねを忌よ」たねをさんは野﨑さんと「海程香川」を立ち上げた人だと訊いている。寒明けの空に雅楽の流れるような人だったのだろう。故人を思って心象風景がひろがる。「春の暮水飴のよう都市国家」:「都市国家」を古代、中世の自由都市ではなく、地球が滅亡したあとの惑星に存在する、超近代国家を連想した。そこに鼈甲色した、水飴のような春の暮が見えるのである。この句には春の郷愁があろう。「棒っ切れで水を叩いている恋で」叩け、叩け、バシャバシャ叩け、こう言った質の恋は、年齢に関係なくあるものだ、時は春・・・叩け叩け叩けー。
- 河田 清峰
特選句「麦青む石子詰てふ停留所(重松敬子)」石子詰という地名は知らないが麦踏みの哀しさが響いてくる句である。停留所もいいですね。
- 福井 明子
特選句「風ぐるま指で回せし一周忌」下北半島の霊場恐山宇曾利湖のほとりの幾本も並んだ風車は、風を受けて、からからと回り続けています。まるで亡き人の心に触れるようで去りがたいのです。掲句は、風ぐるまを指で回す、のですね。受け入れがたい一周忌までのおこころが込められています。どうかそのお気持ちを、風に天に、おゆだねになられますようにと願います。特選句「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」冬木の芽とは、言葉になる以前のためらいにもつながりますね。空白の二文字分は、音符の休符のようなリズムを持ってはずんでいます。
- 榎本 祐子
特選句「野火と野火出逢はないではゐられない」芽吹きを促すための野火。その野火が意思をもって逢い合おうとする。火の属性としてのエロスを感じさせる。
- 伊藤 幸
特選句「新しき日常レタス剥がしをリ」年初における作者なりのポジティブな姿勢が窺える。それは抱負であり覚悟とも。特選句「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」なかなか即言葉が出てこない歳になりましたが冬木の芽、マダマダ大丈夫。頑張りましょう。一拍の字明け二箇所が諧謔性を増し共感を呼ぶ。
- 高木 水志
特選句「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」俳句を作るときに自分の感覚を言葉にする過程を冬木の芽に例えたところがなるほどなあと思って特選に選びました。
- 谷 孝江
特選句「頬杖はつかない神戸震災記」当時の事を忘れてはいませんが段々と記憶が遠のいて来ます。その頃関西方面には知人が数人いましたので無事を確認するまでは心が休まりませんでした。何年経過しようが忘れることの無い震災忌です。「頬杖をついて」思い出すことなど決してありません。
- 滝澤 泰斗
特選句「雪ですか雪でしょうね友逝けり」通夜で焼香を待っている友二人・・・友の死が一層寒さを際立たせている・・・案の定、雨とも雪ともつかぬものが降ってきた。その何気ない会話が醸す友への惜辞に魅かれました。特選句「寒明の空の律調たねを忌よ」2010年でしたか、大阪に単身赴任していた時に若森さんから矢野さんの大阪句会を紹介され、一度だけ高橋たねをさんと句会でご一緒しました。高橋さんは晩年の笠智衆さんに似ている印象で背筋がきりっと伸びて中七のイメージそのもの。心に刻まれた一句になりました。「ひびあかぎれ母の昭和の幸不幸」私の母もこの句に代表される人でした。昭和の前半はまさに戦争の世紀・・・そこに幸せも不幸せも凝縮していた世代であったことは間違えない。あかぎれに味噌擦り込む母を抱きしめたい。「軋轢が詩を孕ませて芽吹くかな(川崎千鶴子)」軋轢による仲違いがどんな詩を想起させたのか詩を孕ませは読み手に多彩なイメージに誘い込む・・・やや弁証法的な理屈っぽさを感じさせるが芽吹くことで合一が生まれたとするなら、感服せざるを得ない。 「明晰の空簡潔の冬木立(稲暁)」冬日和の真っ青な空に葉を落とし切った木立が黙って屹立する。明晰、簡潔・・・言うことなし。「みづなめて舌のざらつく蝶の昼 」蝶々をこんな風に観察して一句にまとめた力に感心していただきました。「日脚伸ぶ日和見主義に生きてきて」ややもすると、日和見の危うさに飲み込まれないよう抵抗を試みるが・・・楽に生きる知恵みたいなものが日和見にあり、なぜか惹かれました。「新コロナをシルクロードという幻聴」素晴らしいところに気が付かれた・・・お手柄に魅かれました。
- 河野 志保
特選句「水仙のまはり透明死にとうなか」:「水仙のまはり透明」は作者の心象風景か。限られた人にしか見えないもののような気がする。鋭敏な感覚と悲壮な展開に胸が締め付けられる。
- 佐藤 稚鬼
特選句「立春大吉座禅の僧のシンメトリー」立春大吉。寒さが極まって春の気が兆す時に参禅の墨染のモノトーンの整然たる姿のシンメトリー。一切皆空の時間と空間共有の景は共感できます。
- 伏 兎
特選句「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」やがて花や葉になる冬木の芽を通して、脳から言葉を絞りだし、紡いでいる作者が目に浮かび、感銘。特選句「冬の橋何か奪はれつつ渡る」何かを得るということは何かを失うこと。そんな人生観が込められ共鳴。あえて冬の橋を渡る、前向きな生き方にエールを送りたい。入選句「ダイヤモンダストとおくに救急車(新野祐子)」耀うスピリチュアルな世界と、不穏な音との対比に注目。印象深い句に仕上がっている。入選句「話したいこといっぱいあった窓に雪」友人や仕事仲間との永遠の別れだろうか。真っ直ぐな表現が心に刺さった。
- 田中 怜子
特選句「枯れ蓮やヒエログリフは何語る」枯蓮の情景が鮮やかに浮かびました。特選句「日輪の重さと思ふしやぼん玉(野﨑憲子)」これも状況が目の前に浮かびました。大き目のしゃぼん玉が虹色に光りながら時にいびつになってゆらゆらしている姿を。「末黒野にキリンの義足鳴る夜かな」確か、キリンの子どもが足が不自由で補装具をつけながら歩いているニュースを見たことがあります。
- 吉田 和恵
特選句「自由の碑わだつみの声冴え返る」あの戦争の大義って何だったのでしょう。戦死した伯父の墓石には享年二十才と刻まれています。特選句「水仙のまはり透明死にとうなか」水仙をとり囲む気が迫ってきます。ん・ん。死にとうはなかばい。問題句「ふたりで見たといふから火事はねたましく」やや!八百屋お七ついに登場か!火事なぞに当るのは止して自分を信じてあげませう。(説教婆か) 自句「をとこおみな綺麗な骨だ軒氷柱」の表記に付いて・・・「をとこ」は只の「おとこ」より存在感があるかなーと思ってそうしました。一方対する女は「をんな」かなとは一瞬思いましたが、まあこちらは普通の「おんな」でいいかと・・・、古人・現代人まあ、あいまいは私ですから、このままで・・・。けしからんという人には へへへ・・・。
- 佐藤 仁美
特選句「おずおずと一輪の梅咲きはじむ」:「もう、咲いてもいいのかなぁ?」と聞こえてきそうです。特選句「立春や若き母来て起こされる」夢の中に出てきてくれた母は、記憶の中で輝いていた頃のお母様なのでしょう。懐かしさと切なさが、入り混じります。
- 竹本 仰
特選句「真夜の香はやわらかき牙ヒヤシンス」選評:ヒヤシンスの香りのなかに或る痛みを感じた、微かな毒性ゆえの美しさというのか、そういうものがよく捉えられていると思いました。虚子の〈白牡丹といふといへども紅ほのか〉に似たもの、でも、美に流されず「やわらかき牙」と美の逆説がしっかり語られているところが心にくいです。虚子の臈たけた見方に対し、青春のいきいきした感性を感じます。特選句「みづなめて舌のざらつく蝶の昼」選評:想像の中の真実味でしょうか、奇麗で儚い蝶の外見をひっくり返したリアルな表現に魅力を感じました。「水」ではなく「みづ」、それが「ざらつく」、濁音の繰り返しが受け入れにくさ、生きにくさを、的確に描いています。一言でいえば、退屈の中にある真実が見事に浮き彫りにされています。これを生活感とでもいうのでしょうか。母音でいえば、五七五の頭のi音のつながりが、長く続く単調さのやりきれなさを思わせてもいます。特選句「春の風吸って吐いて吸って吐いて臭い(銀次)」選評:春というものの生臭さを感じ、その感覚に共感しました。下萌えという季語でも、ちょっと緑がという感覚でとらえがちですが、実はそうではなく、見た目とは裏腹に一気にすべて勃発、という面があります。そういう風に、春風のどこが爽やかなんだ、あれは生臭いんだという面をきちんと表しているようです。ニーチェ先生は、青春とは不愉快なものだよというようなことを仰っていましたが、そういうくもりのない目を感じました。問題句「寒の雨手紙の束を握りしめ」選評:この句の後に?のようなスペースがあるようなヘンな感覚を味わいました。置かれていた手袋のような、この中途感。連句の中の一片が来て、あなた、続けなさいよと言われたような。この言わない感ってどうなんだろう、ありなんだろうか、と妙にもどかしく。町でこんな人を見かけたら、気になって話題になってしまいますが。皆さんは、どう受け取りました? すっかり春めいてきました。淡路島には、非常事態宣言にいっさいかかわりない方が、外出規制を知らないのでしょう、大挙をなして県外ナンバー車が乗り込んできています。実は、コロナ後、ずっとなんですが。ところが、時々コロナの方も来ていたようで。国民の皆さんは本当に我慢を…という傍らで、これがまあ或る地方のいつわらざる実態で。本当に帰りたい子や孫は言いつけ通り帰って来ず、外出を見合わせる地元の住民も多い中で、見も知らない方々がどさっと。うーん、でも、コロナが終息したら、この島にはまた誰も来なくなるとも。ちょうどいいヒマな時の遊び相手になる女の子のような。まあ、淡路島における地方人の感性は、そんなところでしょうか。みなさん、気を付けてください。今後ともよろしくお願いいたします。→ こちらこそ、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
- 高橋美弥子
特選句「紅梅に息深くして佇めり」紅梅の濃香を深く感じながら、しばしその美しさに佇んでいる作者の姿が見える。「息深くして」がよかった。問題句「末黒野にキリンの義足鳴る夜かな」義足のキリンがいることはニュースで見た事がある。義足が鳴るってどう言うことだろう。季語の末黒野と相まって深く味わってみたい句です。
- 野田 信章
特選句「釈迦の手へ冬どんぐりの犇めきぬ」は、三音節で読み下しながらも「冬」で半拍休止して、冬そのものの到来をはっきりと印象付けたい。その上で櫟、楢、柏など山野そのものの結実感の「犇めきぬ」という生気ある把握が一句の内容を豊かにふくらましていると読みたい。そこに自と、秋から冬へ向かうその山野を逍遥し思索する若き日の仏陀ゴータマの人間像をも現出されてくるかと想うところである。新たな視点で仏教への関心を呼び覚ましてくれるのも原始仏教の魅力かと考察するところである。
- 三枝みずほ
特選句「棒っ切れで水を叩いている恋で」地を叩くと棒の反発、土埃、手の痛みを感じるところだが、この作者は水を叩く。水は全てを受け止め、流してゆく。行きどころのない想いを水を叩くことによって納得させようとしている葛藤がある。特選句「末黒野にキリンの義足鳴る夜かな」麒麟が義足であるという非現実が逆に神話や物語で終わらせないリアリティを生み、現代社会の問題に切り込んでいる。いずれにしても麒麟は来た。ここに光を感じたい。
- 野澤 隆夫
特選句「バレンタイン十二個の手にジャンプ傘(藤川宏樹)」幸せ絶頂の作者。「ジャンプ傘」が効いてます。それにしても12個はすごい!もう一句。「春の水寛の戯曲の愁歎場(福井明子)」菊池寛『父帰る』!小生も寛で何句か作句するもイマイチ。春の水を季語に選び、感涙の場面が浮かびます! 秀句。
- 久保 智恵
特選句「今の世に麒麟は来るか椿落つ」とてもきれいな句です。一番好きです。
- 野口思づゑ
特選句「話したいこといっぱいあった窓に雪」何かの事情でもう話す機会が無くなってしまった方と過ごしたお部屋の窓から雪が見えたのかもしれませんね。しみじみとした句です。特選句「立春大吉坐禅の僧のシンメトリー」名僧の坐禅姿は、優れた舞踏家のポーズのように美しいと感じます。「立春大吉」でその姿を讃え、シンメトリーの語感からは静寂な空気が伝わってきます。
- 中村 セミ
特選句「末黒野にキリンの義足鳴る夜かな」野焼きの跡の黒い野にキリンの義足鳴るのだろうかとは思ったが不思議な心象風景だろうと思った。木々等も燃え残って黒くなっているだろうから、それをキリンの義足としたのかもしれないし、春の風に揺れてギシギシと夜に鳴っているのかもしれない。特選とします。
- 石井 はな
特選句「春ですねこんなに青が美しい」この句を読んで、やっぱり春は青だと思いました。どんよりとした空が、真っ青な空になり空気は軽く暖かくなって、季節は青春を迎えているって実感します。/P>
- 稲葉 千尋
特選句「剪定のパチンと鳴りて午後静か」梨畑の剪定音を想像している。園にこもる音。特選句「をとこおみな綺麗な骨だ軒氷柱(吉田和恵)」軒氷柱を男と女の骨とは、この飛躍良し。
- 男波 弘志
特選句「やわらかい土を分け合う菫かな」人間が忘れているもの。対立概念からの脱出。「雪ですか雪でしょうね友逝けり」友との対話が雪の息そのものに。
- 川崎千鶴子
特選句「夜の向こうに失言のように雪(佐孝石画)」雪が降って嬉しいのはほんの少しの雪と幼い頃で、大人になれば、寒くて、生活しにくくなるのを「失言のよう」と表現したのが素晴らしく、失言は後々まで後悔します。「風光る草食系のふくらはぎ」たおやかな女性の丁度良い白いふくらはぎが浮かびます。 綺麗な女性なのでしょう。「野火と野火出逢はないではゐられない」激しい情熱を感じます。「竹藪に身長伸びる薬ある(葛城広光)」:「身長伸びる薬」は巧みだなあと感動です。「末黒野にキリンの義足鳴る夜かな」キリンに義足を付けた話を見たが、末黒野にこれから若葉が芽生える時に「キリンの義足」がもしかしたら真実の足が生えるのかもと思わせる素晴らしさ。
- 新野 祐子
特選句「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」斬新ですね。類想がないのでは。冬木の芽との取り合わせが抜群です。特選句「冬の橋何か奪はれつつ渡る」雪解川ほどではないにしても冬の川を見下ろすと水嵩も多く恐ろしい。橋を渡る時の緊張感みたいなものを「何か奪われる」と捕らえたのにとても共感しました。入選句「野火と野火出逢はないではゐられない」「竹藪に身長伸びる薬ある」どちらも独自の視点でおもしろい。
- 植松 まめ
特選句「話したいこといっぱいあった窓に雪」理屈なしでこの句大好きです。話したかったのは誰でしょうか?私は母です。自分の口下手を悔やんでいます。特選句「シベリアや凍てつく月を踏み砕く(夏谷胡桃)」シベリアの句は戦争を体験された方かと思いました。気になる句「人体のごとく冬薔薇点検す」冬はわが家では薔薇の剪定と言う大仕事があります。 その時根元にカミキリ虫の幼虫に食害されていないか気をつけて見ます。健康診断みたいです。以上ですよろしくお願いします。
- 三好三香穂
特選句「しぐるるや傷跡なぞるレコード針」私の青春時代は、まだLP版のレコード゛さして音楽好きでなくとも、家には何十枚かのLP版があり、何回も聞いて擦り切れそうものもあり、時々ノイズがはいる。そんな青春の甘酸っぱく、ほろ苦い思い出を蘇らてくれました。「兜太忌や明るく太く野を歩く」文字通り、兜太師の明るく元気な様を受け継いで、歩んでいきましょう。1点の曇りもなく、明るい句調に励まされる1句てす。
- 銀 次
今月の誤読●「冬の橋なにか奪われつつ渡る(すずき穂波)」彼は橋の中途まできたとき、傍らに彼女がいないのを知った。ふり返ると彼女は橋のたもとでじっと足もとを見たまんま佇んでいる。「なんや?」彼が聞いた。彼女はしばらく黙ったのち、ほんの小さな声で「うち、行かれへん」とつぶやいた。「なんでや急に。一緒に行こうて言うてくれたやないか」。またしばらく沈黙がつづいたのち「この橋渡ったらもう帰られへんのやろ」と彼女が言った。「そうや。その覚悟や。もうこんなとこに未練はない」。「そやけど」。「そやけど、なんや」彼の言葉にはわずかに怒気が感じられた。「なんもかも捨てるなんて、うちようしやへん」。「捨てなあかんねん。そうせなわてらの未来はあれへんねん」。「お守り、忘れてきた」唐突に彼女が言った。「そんなもん、どっちゃでもええ」。「ようない!」小さな悲鳴のようであった。ふたりはじっと見つめ合った。吹き出すように彼女の涙がどっとあふれた。橋の下の小川の水だけが聞こえていた。「わしは行くで」と彼は歩き出した。彼は渡りきったところで、もう一度ふり返った。ちょうど橋をはさんでシンメトリーのようにふたりは立っていた。長い時間であった。彼はなにかを振り切るようにきびすを返して歩き去った。彼女は川のせせらぎのなかに、なにかプツンという音を聞いたように思った。
- 重松 敬子
特選句「風花や触ってみたき馬の腹」素直に、自分の気持ちを一句に。風花が効果的で成功していると思います。作者の無邪気な好奇心が読む者を楽しくさせます。
- 森本由美子
特選句「新しき日常レタス剥がしをり」ニューノーマルとやらに生活体系を日々切り替えるしんどさ。まじめにレタスでも剥がしていれば未来がみえてくるのか。レタスの新鮮さが大きな救い。特選句「野火と野火出逢わないではゐられない」走り寄る野火の美しさの背景に、避けられぬ宿命が見事に詠み込まれていると感じます。
- 松岡 早苗
特選句「末黒野にキリンの義足鳴る夜かな」テレビで見たキリンの「はぐみ」のことを思い浮かべました。後ろ足が曲がった状態で生まれた「はぐみ」は、最初は立ち上がることもできなかっ たけれど、義肢のおかげで今では走ることもできるまでに成長しています。しんとした夜の末黒野に生命の蹄の響きを聞いたような気がしました。
- 山本 弥生
特選句「雪女郎美人の定義なけれども(寺町志津子)」雪女郎は美人だと想定するが、八頭身美人かマスク美人か定義は無く色々と想いを楽しんでいるところが面白い。 初参加の山本弥生です。愛媛県松山市に生まれ育ち結婚、平成二十四年埼玉県転居、現在に至る。どうぞよろしくお願い致します。
- 佐孝 石画
「寒明の空の律調たねを忌よ」瞼を閉じたままの世界。黒い雪雲が低く空を押し下げる北陸の冬。人々は己の内側への旅をはじめるモノクロームの季節。太平洋側の「寒明けの空」は突き抜けるような青空だったろう。空に吸い込まれるように色という色はホワイトアウトして、内なる風景は視覚から聴覚へとその共振装置は移行していく。そんな内なる光芒には会いたい人も尋ねてくる。「たねを忌」。会いたい。話したい。年賀状にはいつも、僕の句を一句挙げて、心震えるような評を書いてくれた。みんなに書いていたんだろう。嬉しかった。海程の大会ではいつも声を掛けてくれた。酒宴でも世間話しなど一切無く、ずばり俳句の話に切り込んでくる。富山の全国大会が初めての出会いだったろう。風呂場で話しかけられた。あなたが佐孝さんか。作品のイメージとまったく違ったと。その時の僕は戸惑っていた。でも今は分かる。それぞれの作品を読み込んでいたからこそ、現実世界とのギャップが生まれていたのだろうと。そしてその差異も楽しんでいたんだろうと。香川句会にはたねをさんがいたと聞いた。この句を見て今もここにいると感じた。たねをさんのように僕は俳句を楽しんでいるだろうか。愛しているだろうか。またたねをさんの背中が見えて来た
- 菅原 春み
特選句「風花や触ってみたき馬の腹」共感する句です。まさにこんな日に優しい目をした馬の腹を触ってみたいような。寒さとぬくもりを感じます。特選句「やわらかい土を分け合う菫かな」なんでもない句のようでいて、土を分け合うといところがアニミズムかと。菫もやわらかい土に喜んでいる。こんな時世だからこそほっとするひとときをいただきました。
- 漆原 義典
特選は「ひひあかぎれ母の昭和の幸不幸」です。ひびあかぎれは、昭和から平成令和と流れもう古き懐かしい言葉に近くなりました。前期高齢者の仲間入りした私にはジンと心に響きます。母への愛情が深く感じられる句をありがとうございました。
- 小宮 豊和
特選句「打音の森近くに父が棲みついて」この父はこの世の人ではないと思われる。野球かゴルフの森林中の練習風景が心に浮かぶ。作者がもし男性であれば男の父恋というめずらしい組合せが成立する。
- 吉田亜紀子
特選句「尻振りて鴨のお散歩三四羽」鴨の親子だろうか。一生懸命歩いている様子が可愛らしい。「尻振りて」という言葉に躍動感を感じた。思わず応援したくなる俳句です。特選句「存分に梅を見てきし日の手相(谷 孝江)」「存分に」という言葉で、十分に思うがままに堪能してきましたよ、という爽快感がある。私も同じような行動をとる。帰りの電車で楽しかったなぁ、はしゃぎすぎて疲れたなぁ、というその瞬間に何故か微笑みながら両手を広げるのである。とても清々しい気持ちの良い俳句です。問題句「山茶花の花びら国語の本の5ページに(松本美智子)」国語の本を開くと昨年だろうか、拾った山茶花の花びらが挟まっていて、その時期は5ページのところ。記憶をたどり、こんな事があったなぁ、と思い出してまた閉じる。その光景が見えてきたので、素敵な句だなぁと思いました。ただ、少し長いかなと感じました。
- 藤田 乙女
特選句「新しき日常レタス剥がしをり」: 「新しい日常」と「レタス剥がし」の取り合わせがとてもぴったりしていて斬新な句に感じます。特選句「あの ほら 言葉になる前冬木の芽」: 「あの ほら」の呼び掛けや空白の部分に自ずと共感したり想像力をうんと膨らませたりする句です。とても惹かれます。
- 田中アパート
特選句「日脚伸ぶ日和見主義に生きてきて(植松まめ)」後期高齢者の生き方の見本ですな。毎日、いいウンコがでるでしょう。入選句「存分に背中を掻いて冬日の犬」ののちゃんちのポチみたいですな、いいね。
- 亀山祐美子
特選句はありません。饒舌な句が多いように思います。想像の余地が無く作者の感情の押し付けがましさが目につきます。私は感情は物で語らせよと教わりましたので寡黙な句が好きです。今回の選句は特に疲れました。皆様もコロナ疲れでしょうか暗い感じの句柄が多いように見受けられます。一日も早く終息して穏やかな日常が取り戻せますよう祈るばかりです。
- 稲 暁
特選句「二つの肺の黒くなる世界地図」作者は世界地図の中に二つの黒い肺を幻視している、と解釈した。それが何を暗示しているのか、様々に想像される。問題句「真夜の香はやわらかき牙とヒヤシンス」:「やわらかき牙」という意外性のある表現に注目したが、今ひとつしっくり来ない。私の感覚に問題があるのかも知れない。
- 松本美智子
特選句「寒月のかけら掴まえ恋ふふふ」:「寒月のかけら」・・・と取り合わせた「恋」と「ふふふ」というオノマトペが意外性がありかわいらしい句だと思いました。私がいつもこの時期に月の句を作ろうとしたときには,凛と冴え返る冷たい月しか思い浮かべる事しかなかったのですが,このようなかわいい句もいいものだなあと感じました。
- 荒井まり子
特選句「春ですねこんなに青が美しい」自粛自粛のこの一年マスクが日常になりもうコロナ以前には戻れない。優しい句にホットします。いつまでのコロナ。アフターコロナが心配です。
- 柴田 清子
特選句「どの木にも春が棲みつきそうな日よ」いよいよ春!山が笑い出す頃の木々の様子を、うまく言い表している。作者自身春のど真ん中に。
- 高橋 晴子
特選句「日輪の重さと思ふしやぼん玉」そういわれれば不思議な感覚でそんな気がするから面白い、空を渡る日輪が軽くも感じられる。特選句「冬の橋何か奪はれつつ渡る」橋を渡る感覚にはいろいろな思いがあると思うが、作者は〝何か奪はれつつ?と詠む。なるほど此岸から彼岸へ、あるいは空間的な不安感、あるいは・・とにかく何かである。今まで自分が感じたことのない感情で面白かった。
- 野﨑 憲子
特選句「春の暮水飴のよう都市国家」掲句の中七<水飴のよう>の措辞に鳥肌が立った。一見、駘蕩とした晩春の風情を詠んでいるようだがそうではあるまい。溶けて混じり合い一つに固まろうとしている都市国家・・。近未来の姿にならないように俳句で出来ることは何かと強く思った。問題句「をとこおみな綺麗な骨だ軒氷柱」文語口語チャンポン表記なので一瞬誤記かと思った。しかし、何度も読んでいると軒氷柱に見立てた<をとこ><おみな>が、古い漢と現代女性のように見えてこのままでなければならないように感じた。<綺麗な骨>とは、優れた表現だと思う。
袋回し句会
二ン月
- 二ン月の墨書のゆらぎ銀屏風
- 野﨑 憲子
- 恋文を丁寧に折る二月かな
- 藤川 宏樹
- 二ン月の逃げるを追いて引き戻し
- 三好三香穂
ホワイトデー
- ホワイトデーブラックマンデーさようなら
- 三好三香穂
- ホワイトデー今さら何にも言えないわ
- 柴田 清子
- テアトロン広場ホワイトデーの夕日かな
- 野﨑 憲子
風光る
- アールデコ調感染グラフ風光る
- 藤川 宏樹
- 標本の蝶の風呼ぶ光けり
- 田口 浩
- 声かける言葉が光る風光る
- 柴田 清子
- 頬杖の女の黒髪風光る
- 野﨑 憲子
亀鳴く
- 亀鳴くや闇に体温奪はれる
- 柴田 清子
自由題
- ヒマラヤの大気はシルクの雲まとひ
- 佐藤 稚鬼
- バラ園の老いのしくじり続きもある
- 田口 浩
- タンポポのやうなこどもとすれちがふ
- 柴田 清子
- 闇の底焚火の裏にて人を許す
- 佐藤 稚鬼
- 昨日わたしは風花になつたと 鬼
- 野﨑 憲子
【通信欄】&【句会メモ】
コロナ禍の中、藤川宏樹さんのご厚意で「ふじかわ建築スタヂオ」で句会を開くことが出来ました。参加者は6名でしたが、充実した楽しい句会でした。藤川さん有難うございました。また宜しくお願い申し上げます。
2月28日放映の「俳句王国が行く」最終回がさぬき市音楽ホールでありました。NNK松山放送局から香川の若手俳人をと松本勇二さんに出演者の依頼があり、松本さんが三枝みずほさんを推挙してくださいました。みずほさんは爽やかに凛然と見事に大役を果たしてくださいました。観覧者参加の最後の俳句バトルで本会の田口 浩さんが俳句王に選ばれたのにも感激しました。お二人共おめでとうございました!
Posted at 2021年3月2日 午後 01:15 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]
第113回「海程香川」句会(2021.01.16)
事前投句参加者の一句
初夢に蝶飛ぶ人の幸(さち)思ふ | 鈴木 幸江 |
コロナ舞うシャドーダンスやスナフキン | 田中アパート |
子授け星なら爪先こちらイヴの街 | 吉田亜紀子 |
極道の家の餡餅雑煮に座る | 田口 浩 |
青天の霹靂のまま去年今年 | 野口思づゑ |
土手改修土嚢105個年を越す | 野澤 隆夫 |
森閑と朽葉の色をまといて鳥 | 福井 明子 |
しなかやにストッキングの裂け聖夜 | 高橋美弥子 |
竜宮の奥ぷわっと人情の湯があり | 久保 智恵 |
人日やカレーうどんの鉢の底 | 松本美智子 |
迷宮に描くグリフォン冬の星 | 松岡 早苗 |
夫婦とう小舟浮かばせお元日 | 伊藤 幸 |
白雲に繭の明るさ寒波来る | 河田 清峰 |
ひとむらの寒梅白い母とゐる | 小西 瞬夏 |
つぶやきの欠片おとして女正月 | 三好三香穂 |
煮凝りが平ら鍋にはイマジンが | 竹本 仰 |
ふはふはと咳き込みながら根深汁 | 田中 怜子 |
晴れなれどこの溜め息の雪女郎 | 豊原 清明 |
柊やたくさん捨てて聖になる | 夏谷 胡桃 |
手が触れてほっぺ真っ赤やカルタ取り | 漆原 義典 |
老いるとは許し合うことですか雪 | 佐孝 石画 |
越前の朱塗り淑気の立ち昇る | 寺町志津子 |
一葉忌大根の葉のわさわさと | 石井 はな |
極月やカマボコ板が飛んでいる | 榎本 祐子 |
初鶏や若冲の赤際立ちて | 佐藤 仁美 |
姫始アラビアンナイトの木馬 | 川崎千鶴子 |
初夢の寄り添ひ囲む食卓よ | 菅原 春み |
焚火臭一すじ父存命の初山河 | 野田 信章 |
耄碌も三昧にあり年の暮 | 小宮 豊和 |
雪割草小さき告白銛のごと | 中野 佑海 |
甘酒は河童の流れるような夢 | 葛城 広光 |
埋め火のやうな乳房と生きてをる | 谷 孝江 |
裸木に星咲き漁夫らの白い墓 | 津田 将也 |
雪だるま悪いこともうせえへんから | 増田 天志 |
雪解道うじうじぐずぐず生きて行こう | 小山やす子 |
行間や蛇も目瞑ることをする | 男波 弘志 |
冬銀河旗幟鮮明の和巳居り | 滝澤 泰斗 |
雪の声過去たちが来て立ち往生 | 増田 暁子 |
爪を切る冬の銀河に手は届く | 植松 まめ |
寒月光ガラスの街を司る | 月野ぽぽな |
モノクロのくしゃみ三丁目に消えた | 高木 水志 |
冬木一本おずおず空に話しかけ | 森本由美子 |
仏壇のお飾り百均のゆるびかな | 荒井まり子 |
寒月光近い昔と遠い今 | 柴田 清子 |
廃村に墓標のありて寒椿 | 銀 次 |
自動ドアの無音におびえ雪女 | 新野 祐子 |
冬のアンニュイ頭に瘤のある金魚 | 伏 兎 |
水・酸素・Amazon遠き枯野かな | 三枝みずほ |
睡眠を生きがいとして駄犬かな | 稲 暁 |
白梅や内なる扉開く気配 | 重松 敬子 |
林檎見つつ赤くなる我 外は雪 | 高橋 晴子 |
やまと餅花あの日の餅花震災忌 | 若森 京子 |
初雪はむかし語りのプロローグ | 吉田 和恵 |
初御空ひなの如くに殻破る | 藤田 乙女 |
空知らぬ鳥の形よ氷張る | 河野 志保 |
昼風呂の乳房の重し久女の忌 | 亀山祐美子 |
ネイリストしもやけググる指づかい | 藤川 宏樹 |
石蕗の黄や人影しるき狼煙台 | 大西 健司 |
疾走の鼬曲がれず来世まで | 松本 勇二 |
煮凝は昭和のかたち朝ごはん | 稲葉 千尋 |
思い出すふわっと膨れる餅の皮 | 中村 セミ |
顔入れてセーターの中わが宇宙 | 十河 宣洋 |
連れ合ひの股引を干し対峙せり | すずき穂波 |
磨硝子の古沼を縫いゆく穴惑 | 佐藤 稚鬼 |
兜太逝きて三年白梅青し | 島田 章平 |
白鳥来ビールの泡の消えた街 | 桂 凜火 |
ものすごく冬晴れ君とリンゴのシエイク | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 松本 勇二
特選句「夫婦とう小舟浮かばせお元日」喩えが絶妙。明るい正月が見えてきます。
- 十河 宣洋
特選句「極道の家の餡餅雑煮に座る」特選というより、私の思い出。祖先が讃岐ということもあって、私は餡餅の雑煮が好きだった。それを友人に話しても信じてもらえなかった。特に女性は気持ち悪いと言っていた。でも私はこの雑煮は好きである。いまでも。よって特選。特選句「埋め火のやうな乳房と生きてをる」埋め火のような乳房。古いというのかそれともまだまだ火が熾きるというのか不明だが。私は後者の意味で頂いた。これからの人生を楽しもうという感じである。
- 小西 瞬夏
特選句「焚火臭 一すじ父存命の初山河」上五の字余り。ここに思いの丈が詰め込まれている。ややしつこいが強烈だ。父の存在感が「初山河」という雄大な景に託されて迫ってくるようだ。
- 小山やす子
特選句「顔入れてセーターの中わが宇宙」ほんの一瞬だけどセーターをかぶった時に感じる暖かくて暗い瞬間を自分の宇宙と表現した人間性を頂きました。
- 野澤 隆夫
令和3年!時間が早いです!特選句「三四郎それから門へ月ふたつ(田中アパート)」酔っぱらった漱石。三四郎池を巡り東大赤門から出てくると,夢十夜!月が二つ出てた。もう一つ「杣の手業の手籠は雪の明かりで編む」も。散文調ですが、雪国の生活が目に浮かびます。ノスタルジー感満載。のどかで幸せな風景。
- 桂 凜火
特選句「林檎ひとつ刻に杭打つごとく置く(高橋晴子)」時を止めることはできないけれど、ふとこのままがずっと続いてくれたらと思うことがあります。「林檎ひとつ」は映像がはっきりしていて印象深い句でした。
- 藤川 宏樹
特選句「極道の家の餡餅雑煮に座る」我が家の正月も餡餅雑煮、味噌に溶ける餡と餅の取り合わせが絶妙。それを極道の家で座して食するその味は・・・。すでに人生の過半を過ごしてしまったが、その味を一度経験できていたら良かったかも知れないなぁ。
- 若森 京子
特選句「モノクロのくしゃみ三丁目に消えた」くしゃみで人間の存在を表現し、まるでモノクロ映画の、下町風景の映像が浮かぶ、ストーリーが浮かぶ、面白い一行。特選句「寒月光近い昔と遠い今」人間老いてくると昔の事が鮮明に、記憶がよみがえるのに、現在今の生活で忘れる事が多くなる。季語〝寒月光?が人間の性(さが)によく効いている。
- 河野 志保
特選句「雪だるま悪いこともうせえへんから」こんなふうに雪だるまは溶けていくなあと思った。可愛いやら可笑しいやら。関西弁の響きが効いている。好き嫌いの分かれる句かもしれない。
- 増田 天志
特選句「林檎ひとつ刻に杭打つごとく置く」林檎の圧倒的存在感を示したいのであろう。刻に杭打つとは、時の流れを止めるという意味の強調。この句の巧みさは、林檎を、打つ杭と、見立てていること。どんと、置かれたのである。
- 久保 智恵
特選句「雪が降る家族が透明になる頃(佐孝石画)」平凡ですが<家族が透明になる頃>は、美しい表現だと思いました。
- すずき穂波
特選句「ものすごく冬晴れ君とリンゴのシェイク」君と林檎をシェイクする、全く変ちょこな妄想?でもその妄想に浸っている嬉嬉感の何と真っ直ぐなこと?特選「埋め火のやうな乳房と生きてをる」老いに向かう女の句。「乳房と」「わたくし」を突き放し関係性を持たせている点、新鮮。問題句「冬銀河旗幟鮮明の和巳居り」小説『悲の器』の高橋和巳かと思う。特選にしたいところなのに最後に外した。「旗幟鮮明」に少し「言葉酔い」というか頼り過ぎなところが見えるかな…と。それともこの熟語がこの句の命なのだろうか?というので問題句。
初参加のひと言「海程香川」さんのブログは以前より時々拝読、「句会の窓」の鋭さにドキドキですが、どうぞ宜しくお願いいたします。
- 葛城 広光
はじめまして。葛城広光です。粕汁とお茶漬けとオレンジジュースが好きです。大阪市生まれ箕面市在住です。よろしくお願いします。
特選句「極月やカマボコ板が飛んでいる」寒い中かまぼこ板は誰が飛ばしたのだろう?ひとりでに飛んだ風で楽しい。特選句「自動ドアの無音におびえ雪女」雪女はおびえがちで気が弱いのか?コンビニとかに用事を思い出して雪女が面白さ。問題句「一円玉ざくざく光るコロナ菌(小山やす子)」コロナが増える現実をみたくないものだ。夢の句であってほしい。
- 大西 健司
特選句「城門の乳鋲さびたる雪しぐれ(増田天志)」なかなか渋い句だがしっかりと書けている。問題句「雪だるま悪いこともうせえへんから」「白髪に君タンポポをあげましょう(榎本祐子)」おもしろい句だがどこか物足りない。
- 寺町志津子
特選句「愛を飢え独り聴くなり除夜の鐘(島田章平)」普通のいい方は、「愛に飢え」と思いますが、「愛を飢え」とされたところに、未だ一度も愛の交錯が無かった方ではなく、かつて相思相愛の方がいらした作者と思いました。おそらく、その方を亡くされて、独り聴く除夜の鐘。作者の底知れぬ寂寥感が伝わってきて頂きました。なお、「老いるとは許し合うことですか雪」「耄碌も三昧にあり年の暮」、「老い」を詠み込んだ作者の自己心情、自己観察(おそらく)に、我が身を振り返り、納得、共鳴しました。
- 中野 佑海
特選句「竜宮の奥ぷわっと人情の湯があり」私今入浴剤に凝っていて、必ず入れて入ります。毎日のお風呂が楽しみで。竜宮城ってお高くって肩凝るかと思っていたけど、結構おばさん連中なのね!特選句「ものすごく冬晴れ君とリンゴのシェイク」冬晴れはとても素敵。あの切れ者の魅惑に負けて、白雪姫と王子は甘いリンゴのシェイクにされちまったよ。さて、私はこれを飲んで、若返るとしようかね。美魔女の継母より。並選句「初夢に蝶飛ぶ人の幸思う」とても暖かい心の方だなって。人の幸せを祈れる寛容さが欲しい。「コロナ舞うシャドーダンスやスナフキン」みんなコロナに惑わされて右往左往。スナフキンのように一人気儘に旅をするのが、良いのさ。「極道の家の餡餅雑煮に座る」これはもう無謀以外の何物でもありません。取り敢えず食べて無かった事に。「柊やたくさん捨てて聖になる」:「ひいらぎ」が「ひじり」になるのか?まあ成らない事も無いか。昨年の12月伊勢に行って、どうしても欲しいと思っていた「蘇民将来」の御札の付いた注連縄を買って来ました。それには柊の葉が沢山付いていて触ると痛いこと、痛いこと。しかし、多分コロナウィルという吸血鬼には絶対勝てると思う私でした。「林檎ひとつ刻に杭打つごとく置く」林檎どうよ。お尻から腐るよ。どうぞ、そんなに怒らないでお手柔らかに。「樹の根っこ踏み踏みつ下る冬遍路」懐かしいな。遍路は夏より断然冬の方が快適。夏は直ぐ熱中症だけど、雪が降っても冬の方が楽だった。南予は直ぐ雪が積もる。足元だけはお気を付けて下さい。「雪の声過去たちが来て立ち往生」美空ひばりの歌が聞こえて来そうです。こんなに行き詰まったら、ドミノ倒しです。「モノクロのくしゃみ三丁目に消えた」映画「AIways三丁目の夕日」にどうして「小雪」がキャスティングされていたのか今でも不思議です。
昨年の力みは何処へやら。コロナウィルスにかこつけ休業中の中野佑海
- 銀 次
今月の誤読●「初雪はむかし語りのプロローグ」おんや、ちらほらしだしたようだの。今年はちいと早えかの。明日は積もっぞ。これから雪掻きが大変だべし。おめえも手伝わなきゃなんねえぞ。酔うたついでだ、おめえにわしとおばあの話をしてやっか。だが内緒だぞ。だれにもいうんじゃねえぞ。わしとおばあはじつは駆け落ちもんでの。むかしゃあ縁談は家と家で話し合いでとったりやったりしてたもんじゃ。じゃがわしらは好きおうて好きおうて、どうしても一緒になりたかった。じゃで示しあわせての、初雪の降った夜に逃げようと約束したのよ。ほら雪が積もれば足跡が残るまいが。ふたりとも風呂敷一つずつ背負うての、何日も歩いての、汽車に乗っての、この町さきただ。わしゃ漁師になっただ。おばあは漁場で働いただ。ふたりとも慣れねえ仕事での、わしゃ何度も殴られた。おばあもあかぎれいっぱいつくっての、あんなに辛かったのははじめてだった。じゃがの、一つ布団に身体寄せればよ、辛えこともふっとんでよ、天国よ。二年してようやく慣れたころに、おめえのおどが生まれたじゃ。その日も初雪での。それから初雪の降るときはええことが重なってよ、おめえが……、コラ、どこさ行くだ。ここからがええとこだってのによ。えっ、何度も聞いた? おども知ってる? 内緒だってのにだれさ喋っただ。わし? わしが喋るわけえねえずら。おばあもなに顔を赤くして笑ってるずら。
- 田中 怜子
特選句「日脚伸ぶ句帳をこぼれる鳥の声(重松敬子)」こんな優しい穏やかな陽だまりで句帳をひろげるなんて、うらやましい。特選句「裸木に星咲き漁夫らの白い墓」とても気持ち良い風景、映像が浮かびます。何があろうと宇宙、地球の営みは美しい。
- 佐藤 仁美
特選句「昼風呂の乳房の重し久女の忌」暗くなりがちな女の性を、「昼風呂」と言う明るさの中に表現した所が見事だと思いました。特選句「廃村に墓標のありて寒椿」誰も居なくなった村の古びた墓標と、寒椿の鮮やかな紅の対比で、なお寂しさが深まります。
- 植松 まめ
特選句「自動ドアの無音におびえ雪女」の自動ドアと雪女の取合せが面白い。わが家が自動ドアを生業としているので特にひかれた。特選句「デッサンの女足組む寒の入り(谷 孝江)」の句も美しいモデルがポーズをとっているアトリエをそっと覗いてみているようで。
今月も素敵な句が沢山あり選句に悩みました。難しい言葉は辞書とスマホで検索して調べました。勉強になります。
- 津田 将也
特選句「あなたは杖をステッキと言う春野(三枝みずほ)」さしずめ、俳人である私に「杖」と聞いて想像する人物は?と質問されたら、「杖」の芭蕉の旅姿だ。もし「杖」に剣の仕込みがあるなら、勝新の「座頭市」と言ったところ。反対に「ステッキ」だと、おどけたマイムのチャップリンだ。本来の「杖」の目的は、人の歩行を助ける補助具なのだが、この目的以外でも利用される場面は多く、昭和初期ごろまで見かけられた。例えば、掲句の「あなた」のように、ファッション性を際立てる小道具として愛用する紳士諸氏もいたわけだ。時には「ステッキ」が重荷となり、置き忘れてくることも屡々だ。惚れた弱みで「あなた」の妻、つまりこの作者は、「あなた」のために足早に「春野」へと取って返す。情景が「春野」であったからこその、こんな楽しい想像を可能とする俳句となった。特選句「ものすごく冬晴れ君とリンゴのシェイク」:「ものすごく」とは、ある程度の基準を超越して凄い、凄ましいということ。従ってこの空は、雲一つ無い、まったく晴れわたった冬の青空であるのだ。「リンゴシェイク」は、細かく切ったリンゴに牛乳とハチミツを入れミキサーに入れてつくるが、これがまた冬空の雲とは相似の色合であり、両方のコントラストがおもしろい俳句となった。
- 伊藤 幸
特選句「林檎ひとつ刻に杭打つごとく置く」テーブルに置かれた林檎ひとつの存在感の何と大きい事か。人類の招いたパンデミックコロナ禍、果たして人類は如何締め括るつもりであろうか。作者ならずも杭を打ちたい気分である。
- 男波 弘志
特選句「寒鮒の飴炊きとやら恋とやら(田口 浩)」鮒の泥、それを連想すれば恋の深さが観える。今回は特選一句のみです。
- 福井 明子
特選句「連れ合ひの股引を干し対峙せり」:「連れ合ひの股引」を「干す」のは、倣いとなっている、わたくしの役目。日常のくたびれた関係性が、寒風になびいています。対立や排除、嫌悪、というのではなく、今、何に対峙するのかー。「精神のありか」が立ち上がってくる一句です。特選句「デッサンの女足組む寒の入り」モデルの女の、足を組む下肢の長さが、眼前に伸びてきます。デッサンですから線描でしょうか。「肉」ではなく、「骨格」のようなイメージ。「女足組む」、ということばの意志的な姿勢が、寒の入りの季語と呼応しながら、象徴的な句になっていると思います。
- 竹本 仰
特選句「爪を切る冬の銀河に手は届く」選評:銀河は天上にあるのではなく、ここも銀河だという趣きかと取りました。爪を切るときって、どういう時なのかというと、ふいに自分のスペースを見つけた時ですよね。それこそありきたりなスペースかもしれないけれど、手触りな時間ですね。このスペースに銀河が近づいてきた、そしてそこにいる銀河人発見の瞬間であるというか、それが無理なく伝わってくるところがよいと思いました。特選句「雪が降る家族が透明になる頃」選評:なぜだか、ザ・ピーナッツ「ウナセラディ東京」の岩谷時子さんの歌詞?街はいつでもうしろ姿の幸せばかり…というのを思い出しました。家族が透明になるって、どういうことなんだろう?これが核心ですが、家族の原点というか、なぜこの家族ができたんだろう?というような幼いころから何度かよぎった問いがふいに鋭く来たというところでしょうか。クリスマスソングの、或る裏面がぬっと出て来た感じがしました。特選句「あやふきに遊ぶが楽し冬北斗(野﨑憲子)」選評:いまどきこんな句を見ると、どきっとしますが、これはいまどきではない話でしょう。表現する者にとってのメタフィジックな内容かと思いました。芭蕉をはじめ、連句の宗匠などは常にこの心がけだったのでしょうね、のるかそるか。芥川龍之介の俳諧鑑賞によると、芭蕉はけっこう魑魅魍魎など怪奇趣味があったのではとありましたが、たしかに紀貫之が仮名序で「鬼拉の体(きらつのてい)」のようなことを言っているのも、もともと芸術とはそんな「あやふき」ところまで行かなきゃダ メだよと言っていたのかも。などなど、思いました。以上です。
コロナ禍、コロナ禍と聞きつつ、自分の身にあるこの禍は何だろうと、そんなところで生きています。しかし、医療現場の方たちは、もっと凄いんでしょうね。そちらとこちらのラインはごく薄いんだろうなと思います。そういう身の回りの現実感があり、でも生きるとは常にそうであったらしいとも思え、今朝も気合でいきます。みなさん、本年もよろしくお願いします。
- 増田 暁子
特選句「寒月光ガラスの街を司る」寒月がビル街のガラス窓に差し込み、反射しているのが、街を支配し管理している様です。情景が目に浮かび作者の感覚鋭く、感激です。特選句「 寒月光近い昔と遠い今」老いて社会から離れると昔は近く、今は遠いです。少し寂しいがそれも昔の経験者の役目かな。はっとして目が醒めた思いです。並選句「老いるとは許し合うことですか雪」そうかも知れないですね。我が家も近辺も。「林檎ひとつ刻に杭打つごとく置く」に杭打つが臨場感を感じます。「寒鮒の飴炊きとやら恋とやら」中7下5の軽快な音がとても面白い。「初雪はむかし語りのプロローグ」自分史を語る序曲ですね。
- 河田 清峰
特選句「やまと餅花あの日の餅花震災忌」二十六年経っても忘れられない一月十七日の餅花が哀しい。
- 榎本 祐子
特選句「耄碌も三昧にあり年の暮」境に入れば耄碌も素晴らしい。自在の境地。年の暮も重層性があり納得。
- 滝澤 泰斗
特選二句「煮凝りが平ら鍋にはイマジンが」たいら鍋に煮凝りなら前夜は家族か友達ともつ鍋でもしたか・・・そして、イマジンなら、異邦人も一緒にいる景が見えた。イマジンの歌詞のように想像してみました。中村哲さんが言う、みんな食べられる世界。貴重な句として記憶にとどめたい。「水・酸素・Amazon遠き枯野かな」圧倒的な水量と豊富な酸素量を持つアマゾン。そのアマゾンが現代文明のITの旗手Amazonに象徴される「現代」に侵されているような一句としていただきました。「ひとむらの寒梅白い母とゐる」白い母はいくつになるだろう。ひとむらの寒梅との取り合わせが好感。「補聴器にころころ産声冬木の芽」補聴器を通して聴く孫の産声。それはころころとした赤子そのもの・・・冬木の芽の季語に合っている。「喋る口喰ふ口マスク齧りかけ(すずき穂波)」滑稽なるかな人間、そんな人間模様をシニカルにとらえて面白し。「寒月光近い昔と遠い今」鮮明な記憶、おぼろげな記憶が遠近感の中に月の光に蘇る様をうまく表現した。「冬のアンニュイ頭に瘤のある金魚」頭に瘤がある金魚はらんちゅうとかいうらしい。冬のアンニュイな感覚をらんちゅうと捉えたところに共感。
- 吉田 和恵
特選句「ひとむらの寒梅白い母とゐる」母もただの女という現と永遠の母という幻の間の抒情かも知れないと思いました。特選句「杣の手業の手籠は雪の明かりで編む(津田将也)」雪深い村・寡黙な杣人が夜なべて籠を編んでいる静かな情景が目に浮ぶようです。今回は、抒情の句に惹かれま した。問題句「雪だるま悪いこともうせえへんから」穿った見方をすれば、ブラック・ユーモアにも取れますが、「よい子はみんななかよしこよし」はなんだか怪しい。そんな感じ。本文
- 島田 章平
特選句「散り敷きし山茶花の意地華の土」椿はポトリと落ち花の姿を留める。山茶花は一枚一枚の花弁が舞い散り、花の形を留めない。桜も然り。そこに滅びの美学の様なものを作者は見たのだろうか。「華の土」に作者の美意識が見える。本文
- 松岡 早苗
特選句「雪の五線譜ピロロン奏でてみましょうか(伊藤 幸)」:「ピロロン」という擬音語が何ともいえずよい。軽やかにきらきらと舞い落ちる雪に、思わず両手を差し出したくなる。特選句「冬のアンニュイ頭に瘤のある金魚」冬の句に夏の象徴のような金魚。その取り合わせに一瞬ぎょっとしながらも、鮮烈で挑戦的なこの句の魅力に引き込まれた。冬日の射す薄暗い部屋に置かれた金魚鉢。グロテスクな瘤をもつ真っ赤な冬の金魚に、作者の物憂いこころは何を重ね見ているのだろうか。
- 豊原 清明
特選句「コロナ舞うシャドーダンスやスナフキン」二つのイメージ、正確には三つのキーワードから、動きの映像が見えるよう。問題句「しなやかにストッキングの裂け聖夜」語の面白さで勝負の句。ストッキングの女性の姿が、ドキッとする。
- 重松 敬子
特選句「雪解道うじうじぐずぐず生きて行こう」人生の達人の詠まれた句でしょう。思わず笑ってしまいました。まるで私のことを言われているようです。今年も元気で頑張ります。
年明け早々個性的な多くの句に出会え、今年も楽しみです。一年間勉強をさせていただきますのでよろしくお願いいたします。
- 三枝みずほ
特選句「爪を切る冬の銀河に手は届く」爪を切った手をかざすと冬銀河という生命体、宇宙がある。手は届くと言い切ったことで精神的な吹っ切れ、清々しさを感じた。
- 高木 水志
特選句「ものすごく冬晴れ君とリンゴのシエイク」甘酸っぱい林檎のシェイクが冬晴れと響き合っていて清々しい。
- 森本由美子
特選句「水・酸素・Amazon遠き枯野かな」機知にとんだ句。<遠き枯野かな>が人間としての感性をしっかり支えています。個人的なつぶやきですが、<水.酸素>が少し重く感じるので<気体.液体>くらいにしてはどうかと思いました。問題句「煮凝りが平ら鍋にはイマジンが」<鍋の中(または底)にはイマージン>のほうが読みやすいように思いました。
- 亀山祐美子
特選句はありません。問題句『杣の手業の手籠は雪の明かりで編む 』よく分かる説明文。散文。俳句だと云われると首を傾げる他ない。全二十文字。三つの「の」が間延びしている。「手籠は」の「は」が説明的。「杣」「手業」「手籠」「雪」「明かり」「編む」後二文字。外せないのは「手籠は雪の明かりで編む」だろう。<杣手業雪の明かりで編む手籠> <手籠編む杣の手業へ雪明かり><雪明かり掬ひ編み込む杣手籠> 段々作者の意図から離れてゆくようでウンザリするが十七文字に収める工夫は必要だと思う。
「海程香川」句会では感情移入感情優先の作品が目に付く。同感はするが感動はしない。無機質な物に語らせた想像の余地のある寡黙な作品に惹かれる。またそのような俳句を成したいと願い日々精進している。今年も拙い俳句を撒き散らしますが皆様お見捨て無きようよろしくお願い申し上げします。皆様の句評楽しみに致しております。益々寒くなりますご自愛下さいませ。
- 田口 浩
特選句「連れ合ひの股引を干し対峙せり」似たもの夫婦の間にも、それはそれ、これはこれと言う問題がたまに起こるものである。「連れ合ひ」熟年夫婦であろう。「股引を干す」日常に即してすることはします。「対峙」とは相対してそばたつと言うことらしい。ここは毅然として一歩も譲れないところ。昭和のホームドラマには、こんな役をこなすうまい役者がいたなあと思ったりもする。「股引」が圧巻。「林檎ひとつ刻に杭打つごとく置く」:「林檎」はエロス。「刻」は一瞬。「杭」は間髪を入れず胸に打ちこむ、ドスンと強烈である。「ごとく」は個人的に好きな措辞ではないが、この「杭打つごとく」は見事であろう。林檎がよく利いてる。おもしろい。「ものすごく冬晴れ君とリンゴのシェイク」:「ものすごく」この鈍くさいもの言いが、「冬晴れ」を眼前に表出してくれる。「君とリンゴのシェイク」シェカーはふりすぎてはいけない、氷が溶けて水っぽくなる。素早く、若者たちの愛は爽やかである。「爪を切る冬の銀河に手が届く」立て膝に足の爪を切っているところである。ここからの空想がそれぞれであろう。「昼風呂の乳房の重し久女の忌」:「ホトトギス」を除名になった久女は、精神を病んで入院したといわれている。「昼風呂の乳房は重し」これだけで複雑な女の性を充分に詠んでいよう。
- 夏谷 胡桃
特選句「初夢の寄り添ひ囲む食卓よ」家族や友達と食卓を囲めるのはいつのことになるでしょうか。遠くにいる子らとも会えず、息子が結婚しましたが会うこともできない。みんなが集まる食卓。富士山より縁起がいい初夢です。
- 柴田 清子
特選句「極月やカマボコ板が飛んでいる」年の瀬の慌ただしさ、しかも活気を帯びてゐる師走。極月をカマボコ板で言い得ている。思はず笑ってしまった。納得も感心もした。特選とした。
- 漆原 義典
特選句は「雪が降る家族が透明になる頃」です。今年は寒波が厳しく豪雪で苦労されている北国にお住まいの方々にお見舞い申し上げます。私は香川在住で雪はあまり降らず雪にロマンを感じます。雪が降るのを見て、家族が透明になると感じる作者の感性に感動しました。素晴らしい句をありがとうございました。
- 谷 孝江
特選句「新しい場所へ急ごう冬夕焼(河野志保)」昨年から今年へとウイルスに振り回された一年でした。でも新しい年は確実にやってきます。ぐずぐずと同じ所に佇ち止まること等はせず、前を見て歩き出したいです。元気をもらえる句です。今年もよろしく。
- 野田 信章
特選句「一葉忌大根の葉のわさわさと」の句は、古語の「わさわさと」の起用が何とも鮮やかで、引き立ての大根の生気がある。これと明治中期を駆け抜けて短命に燃焼した一葉その人との響感を呼び起こしてくれる句である。<太テエ女ト言ハレタ書イタ一葉忌(田中久美子)>の忌日は十一月十三日である。特選句「「空知らぬ鳥の形よ氷張る」の句には初氷との出合いのことかとおもわせる初々しさがある。まだ飛び立てないとの鳥の形状の把握がおもしろい。即物描写の基本の確かさあっての一句かと感銘を覚えた。
- 伏 兎
特選句「寒月光ガラスの街を司る」コロナ禍によって表出した現代社会の脆弱さと、寒の月との対比が見事に決まり、心をざわざわさせる。特選句「やまと餅花あの日の餅花震災忌」正月気分の抜けない頃に起きた大惨事は、二十六年経った今でも忘れることはできない。美しい餅花を見るたびによみがえる、作者の心の痛みに共感。入選句「水・酸素・Amazon遠き枯野かな」 空気や水のような感覚で、暮らしに欠かせなくなっているネット通販。その便利さと引き換えに、自然がどんどん遠のいてゆく気がする。句全体に喪失感が漂い、惹かれた。入選句「冬木一本おずおずと空に話しかけ」誰からも好かれる風情の木もあれば、無愛想で不器用な木もあり、なんだか人間みたい、と思うことがある。そんな木の一つが、冬の星々に自らの来し方を語っているのだ。おずおずという表現がユニーク。
- 新野 祐子
特選句「裸木に星咲き漁夫らの白い墓」物語性を感じます。美しくも哀しい一枚の絵が物語の最後のページに。入選句「土手改修土嚢105個年を越す」昨年は災害につぐ災害。被災地に住む方々のご苦労が偲ばれます。今年は穏やかな天候に恵まれますように。問題句「姫始アラビアンナイトの木馬」ある歳時記には「太陽はアラビヤあたりひめ始」がありますね。掲句は、木馬という硬質な触感が読者の期待を裏切るようでいいかな、と。
- 野口思づゑ
特選句「寒月光近い昔と遠い今」その通りで昔のことは鮮明に覚えていますが、今は、やったばかりの事ですら覚えていない状態。そんな同年代同士で交わすぼやきを、上5の寒月光で見事に俳句に仕上げておられ感心いたしました。特選句「兜太逝きて三年白梅青し」金子先生のお宅にあったという白梅、先生の句にある白梅、そして香川句会のアンソロジーのタイトルの「「青」を、先生の忌に合わせ、私たちも枯野が青むまで俳句に精進します、とのメッセージを先生に送っているようです。問題句「水・酸素・Amazon遠き枯野かな」枯野には、生命に不可欠の水や酸素、現代生活に入り込んでしまったAmazonが得難い、という事なのでしょうか。いや、水や酸素はありそうだけど、などと思ったりして楽しい句です。
- 月野ぽぽな
特選句「白梅や内なる扉開く気配」白梅の白には、静かにしかし強く内面に語りかけてくる力がありますね。忘れていた場所に通じる扉を開け、もしくは眠りから覚めて、本当の自分に近付いていけそうです。
- 荒井まり子
特選句「人日やカレーうどんの鉢の底」特13大晦日、元旦、三が日、松の内。漸くの人日。冷凍のうどんとレトルトのカレーだろうか?国民食のカレーが〆で一丁上がり。しみじみ共感。いつもありがとうございます。
- 石井 はな
特選句「初御空ひなの如くに殻破る」ひなの様に少しずつ殻を破れば良いのかと力づけられます。無理して一気に結果を出そうとさずに、ちょっとずつでも変わっていけば良いんですね。
- 高橋美弥子
特選句「人日やカレーうどんの鉢の底」人日という季語に引っ張られ過ぎずにカレーうどんのその「鉢」に最後おさめた所がいいなと思いました。問題句「ネイリストしもやけググる指づかい」若いネイリストはしもやけをググるということでしょうか。語順を整えれば面白い句になりそうです。
- 菅原 春み
特選句「透明な壁が林立聖夜かな(十河宣洋)」去年の聖夜だけであればいいが、透明な壁の林立が鮮やかで美しく悲しい。今年の聖夜をきたいするが。お見事です。特選句「冬木一本おずおず空に話しかけ」おずおずと話しかける、しかも空に、その主役は冬木とは。景が目に見えて寒さが身に沁みる。
- 田中アパート
特選句「極月やカマボコ板が飛んでいる」なんでや、なんで飛ぶねん。問題句「睡眠を生きがいとして駄犬かな」なんで駄犬や、立派な犬やで、私もこんな犬のような人生を送りたい。
- 佐孝 石画
今回も並選のみです。「寒月光近い昔と遠い今」:「近い昔」は分かるが、「遠い今」とは何だ。齢を重ねるにつれ、過ぎ去った時は胸の内に積み重なっていく。「今」を「昔」が侵食していく。それは諦念に近い恍惚感覚。「遠い今」があやういがうえにこの句の魅力となっている。寒月光に照らされ、時空に揉まれながら呆然としている作者が見えてくる。「擦硝子の古沼を縫いゆく穴惑」:「擦硝子」という明瞭に見えない世界。見えないがゆえに、視線はより内面世界へと向かう。そこにおぼろげに現れてくるのは、記憶という古い沼たち。色も匂いも手触りもおぼろげに融解し、堆積していった胸の内の仄暗い「沼」。記憶の水を湛えたさまざまな窪みを「縫いゆく」のは、いまだ惑い続ける作者の漂泊感覚であろう。僕もかつて「白鳥来るいろんな沼を縫い合わせ」という句を作ったが、それも自分の「沼」を「縫いゆく」世界だったのかも知れない。
- 三好三香穂
特選句「白梅や内なる扉開く気配」白梅のほころびを"内なる扉開く" と捉えたところに深い詩情を感じる。なるほど、花の精が1枚1枚そおっと扉を開いているのかも。「青天の霹靂のまま去年今年」おそらくコロナ禍のことと思うが、ほかにも大きな出来事があったかも知れません。なんだか、もどかしいまま迎える今年。来年の去年今年が明るいことを祈ろう?「煮凝りが平ら鍋にはイマジンが」釣り好きの亡父の釣果で夕食のごちそうが並んでいた。亡母が上手に捌いて、刺身に煮魚、焼き魚、アラは吸い物に。煮魚の翌朝には鍋にゼリー状の煮凝りが固まっている。それを熱い白米の上に乗せて溶かしていただくのが、習慣。その煮凝りに作者はどんなイマジンをしたのだろうか。イメージすることのなんと人間的なことか。鍋の中にイマジンを持ってきたのに、新しさがある。「寒月光近い昔と遠い今」年を取ると昔のことは鮮明な記憶あり。たった今のことは、短期記憶なし。あれ、何だっけ。月の光が寒い。晩年の感慨。共鳴句。「顔入れてセーターの中わが宇宙」セーターを着る時、頭を突っ込みその瞬間、私だけに見えるセーターの中の世界、それをわが宇宙と捉えたのが面白い。赤い、青い、ピンクや緑、黄色や黒のそれぞれのセーターは外光と混じり合ったそれぞれの宇宙がある。
- 吉田亜紀子
特選句「補聴器にころころ産声冬木の芽(増田暁子)」:「ころころ」といった表現がたまらなく可愛い。作者の状況や想いが、すっきりとまとまっていて、微笑ましく拝見しました。特選句「顔入れてセーターの中わが宇宙」このような発想が私も出来たら良いなと思いました。普段の生活から俳句が出来るのだと改めて痛感致しました。問題句「白髪の君タンポポをあげましょう」好きな句です。「白髪」と「タンポポ」。恋物語のよう微笑ましいエピソードがあるに違いないのですが、何故、タンポポをあげるのか理由をもう少し知りたいと思いました。
初めまして、俳句を始めて数年です。この度、貴重な縁に恵まれ、参加させて頂く事になりました。感謝と共に、皆さま、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
- 川崎千鶴子
特選句「ふわふわと咳き込みながら根深汁」熱い汁物を食べると何故か軽く咳くが、その咳を「ふわふわ」とで表した素晴らしさ。見事です。「コロナ禍の初春鼻がいじけてる」初春には特別綺麗に化粧をして人前に出るが、マスクで鼻は隠れてしまう。そこで鼻がいじけているのです。「鼻がいじける」とは感嘆です。「日脚伸句帳をこぼれる鳥の声」少しづつ陽が伸びた地で、句帳を取り出し詠みだすと小鳥の鳴き声が降って来る。それを「句帳こぼれる」と表現したすばらしさ。「雪解道うじうじぐずぐず生きて行こう」いつもラジオ体操のように張り切って生きていけないが、元気の無いときは「うじうじぐずぐず生きて行こう」と居直っている力に賛成。
- 佐藤 稚鬼
特選句「冬木一本おずおず空に話しかけ」冬木一本の寂寥と?おずおず?の擬人化は良。
- 松本美智子
特選句「寒月光ガラスの街を司る」冷たい冬の月を見ていると吸い込まれていくような気がします。人間界の良きも悪しきも見通しているかのような佇まい。厳しいながらも凛とした美しさの中に背筋の伸びる思いを何度したことでしょう。
- 中村 セミ
特選句「行間や蛇も目瞑ることをする」本を読んでいる時、行間の白さを感じたのだろう。蛇が冬眠するような、そこに、只透明感、白い空間を感じた。その本はもしかして句集かもしれない。面白いと感じた。
- 稲 暁
特選句「透明な壁が林立聖夜かな」実景とも幻視とも受け取れる「透明な壁」が「「聖夜」の情感を確かなものにしている。美しいイメージに惹かれる。問題句「気圧喰う潜水艦の耳が鳴る」意味的についていけないところがあるが、イメージとしての面白さには惹かれる。
- 藤田 乙女
特選句「雪の声過去たちが来て立ち往生」降る雪に次々と過去の出来事が想起される状況にとても共感できます。「過去たちが来て」や「立ち往生」の表現がユーモラスで明るさが感じられ惹かれます。特選句「空知らぬ鳥の形よ氷張る」空知らぬ鳥と氷との取り合わせがよく効いていて、氷の張っている様子が鮮明に浮かびます。
- 小宮 豊和
「海程香川」百十三回について「青天の霹靂のまま去年今年」「コロナ禍の句会中止の寝正月」「寄り添って温め合って待つ初日」「石蕗の黄や人影しるき狼煙台」「寒月光近い昔と遠い今」 多様な句の多様な局面への反応はそれぞれ健全である。
- 野﨑 憲子
特選句「老いるとは許し合うことですか雪」一句丸ごと雪のひとひらひとひらに見えてくる不思議な作品です。読むほどに、ゆったりとした時の流れの中にいるようで温かな気持ちになれます。「杣の手業の手籠は雪の明かりで編む」たっぷりとした字余り、<手業の手籠の>の調べが慎ましくもゆかしい山の民の暮しを活写しています。<雪の明かりで編む>の措辞が圧巻です。問題句「白髪の君タンポポをあげましょう」どなたかへの挨拶句ですね。優しくて素敵な作品です。私も、昨年から髪染めをやめました。私的には、白髪でなく「銀髪の君へ」がいい。
袋回し句会
女正月
- 女正月鼈(すっぽん)の血は祖母が抜く
- 田口 浩
- 遮断機の降りた正月アクリル板
- 藤川 宏樹
- 女正月の肴は亭主般若湯
- 三好三香穂
- 山脈(やまなみ)は鼾のかたち女正月
- 野﨑 憲子
風花
- 風花や仙人降りる銀閣寺
- 藤川 宏樹
- 昨日わたしは風花になったと 鬼
- 野﨑 憲子
雪催
- 波打際の猪の骸や雪催
- 野﨑 憲子
- 雪催ひ家路は西に青空に
- 三好三香穂
- 雪催ひ京へ爆弾低気圧
- 藤川 宏樹
扉
- 青い扉の沖に明日の雀踊(こをどり)す
- 野﨑 憲子
- 扉開けて文旦の尻を撫でる
- 田口 浩
- 扉あけ朝日浴びたし冬長し
- 三好三香穂
- 扉開ける手に青い静電気
- 三枝みずほ
自由題
- モンローの我を見つめし初句会
- 三好三香穂
- 地球離れる水栽培のヒヤシンス
- 田口 浩
- まほろばはコロナの奥に冬の耳
- 野﨑 憲子
- 充電器買って枯野を過ぎゆけり
- 三枝みずほ
- 飛行機雲ふくれゆくまま蓑虫たれ
- 佐藤 稚鬼
- 野晒の六密地蔵に赤マスク
- 佐藤 稚鬼
【通信欄】&【句会メモ】
2月28日(日)午後2時30分~3時13分放送予定のNHKEテレ「俳句王国がゆく」(全国放送)に三枝みずほさんが出演なさいました。録画は、1月23日に、さぬき市志度音楽ホールでありました。今回は、コロナ禍の中、入場数の制限があり、私は、テレビで案内の観覧者募集に応募葉書を出し落選してしました。幸い、出演者枠の観覧券で拝見させてもらうことができました。三枝さんは、俳句バトルも堂々としていて爽やかで素晴らしかったです。番組の中の、最終バトルをお見逃しなく! 今回が「俳句王国が行く」の最終回とか、三枝さんを推挙してくださった松本勇二さんに心よりお礼申し上げます。香川限定の特別番組も2月19日(金)午後7時30分からNHK総合であります。お楽しみに!
コロナ感染拡大の中、藤川宏樹さんのご厚意で「ふじかわ建築スタヂオ」に於いて初句会を開くことが出来ました。今回は時間を短縮して<袋回し句会>のみの開催でしたが、やはり生の句会は顔を見て話しあえるので最高です。マスクを取って、もっと近づいての句会が出来る日を心待ちにしています。
Posted at 2021年1月29日 午後 04:05 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]