2019年10月3日 (木)

第99回「海程香川」句会(2019.09.21)

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事前投句参加者の一句

        
散骨をした円い月が出て居る 島田 章平
猫脚のバスタブ晩夏の午前五時 大西 健司
母に少し少女の兆し刈田風 松本 勇二
無関心と闘っている羽抜鳥 三好つや子
無月かな自眼で自顔見るここち 鈴木 幸江
あご出汁のじゅんと厚揚げ獺祭忌 高橋美弥子
兜太にも子規にも会える夕花野 重松 敬子
大き旗靡かせ女神花野ゆく 桂  凜火
月あかり感情の鎖が重たい 月野ぽぽな
日記の母まるで別人虚無僧花 野口思づゑ
ひょんの笛かるいと言えばかるい喜寿 田口  浩
鰯雲抜手で今日を追い越して 榎本 祐子
浴槽の蜘蛛に親近感を抱く裸 豊原 清明
初秋の砂のこぼるる少女の手 三枝みずほ
老父(ちち)に炭都のさざめき金魚玉吊るし 野田 信章
深き夜のプレリュードかな蚯蚓鳴く 漆原 義典
近づいてまた遠くなる君と月 藤田 乙女
水音の蛍以前ほたる以後 小西 瞬夏
毒茸図鑑に載らず秋葉原 藤川 宏樹
生国を問はれ涼しさ言ひにけり  谷  孝江
今朝の吾はスイーツ男子小鳥来て 野澤 隆夫
追い分けの馬はむかしむかし蔓竜胆 吉田 和恵
補聴器の奥へ奥へと祭りの音 松本美智子
月光にかざす傷痕敵愛せよ 新野 祐子
薄羽蜉蛉はるか戦場の夜明け 若森 京子
目も口も閉じていましょう曼珠沙華 河野 志保
絞り出す誦経を受けしこぼれ萩 佐藤 仁美
送り火やひとはひとをゆきすぎる風 竹本  仰
秋涼や朱唇佛よりふと吐息 寺町志津子
<サンクトペテルブルグにて>秋霖の街ガイドはアフガン帰還兵 田中 怜子
洋上を来て万緑に投げ込まれ 小山やす子
ファスナーのごと阪神高速夏を脱ぐ 中野 佑海
ピアスの穴歩行は少し軋むかな 久保 智恵
読み差しの図鑑バッタの飛び込みぬ 菅原 春み
胸底にいつから踏絵夏送り 伊藤  幸
ビルという白き咽喉驟雨かな 佐孝 石画
涼新たクレオパトラの鼻づまり 増田 天志
雁渡し眠れぬ闇ゆく鈍行列車 増田 暁子
あとがきのように人来る狗尾草 河田 清峰
少しずつ歩めばいいよ小鳥来る 高木 水志
秋澄めり遠くの音の中に音 柴田 清子
あきのくさぼろんと生まれたではないか 男波 弘志
池へ出る萩のうねりの高さかな 亀山祐美子
さあお鳴き気を遣ふなよキリギリス 銀   次
子らのくれし絵やおてがみやハグも涼し 高橋 晴子
ランプが点く手紙の様な島にいる 中村 セミ
あれは帰燕小さき傷みの少年 稲葉 千尋
鰯雲欠けたピースはここにある 野﨑 憲子

句会の窓

大西 健司

特選句「月あかり感情の鎖が重たい」煌々と照る月の明かりは気持ちを昂ぶらせたりする。この句はそんな不安定な思いを、ぶっきらぼうに「感情の鎖が重たい」と吐露する。このぶっきらぼうさが良い。問題句「涼新たクレオパトラの鼻づまり」たぶん鼻がつまっているのは作者だろう。そんなときふっと頭を過ったのははクレオパトラの高い鼻。発想はおもしろい。ただ何で「涼新た」なのかと思う。もっとこの発想から飛躍してほしい。句会だからもっと面白がってもと、勝手なことを思う。特選句を見てて、「月にうさぎ」ではなどと、申し訳ない、人の句で遊んでしまう。もっと個性的になどと勝手なことを考えている。

中野 佑海

特選句「送り火やひとはひとをゆきすぎる風」色々な方と出会い分かれる。人生は一期一会。まるで風に吹かれるように時に熱く語り合い、野分のように喧嘩し分かれ。でも、その出会いによって私は作られてゆく。送り火を眺めながら、一時吾を薫らせてみる。特選句「涼新たクレオパトラの鼻づまり」最近やっと涼しくなったと思ったら朝晩の寒いこと。一気に夏のアイドルクレオパトラは鼻風邪を引いてしまいました。正しく、9月の句会の前の総会の準備会にみずほ嬢は鼻をグスグスいわせていました。作者は未来を予見出来るのですね!並選「叱られて癒されて海驢(あしか)のボール」この場合、海驢はやはりお母さん。「人脈は要らず青柿陽を浴びて」青柿よ。若者よ。人脈なんか頼らずに、太陽の様に熱く真っ直ぐに、まっしぐらに生きてくれたまえ!ワハハハ。「山査子や師の目は赤子水のやふ」金子先生!「石叩き影絵がふうと白くなる」これがセキレイの副業とはしりませんでした。「窓に混む夜の舌なり夏の雲」ロマンチックな月影に気もそぞろ。「月が揺れている言の葉は言の刃か」目が潤み貴方に放つ言葉が刃に!「コスモスになりきっている昼の顔」皆様の前に出るときは、出来るだけ、ニッコリと、印象良く、目立たぬ様に。外れないように。「鰯雲欠けたピースはここにある」私自身が鰯雲を仕上げる最後のピース。以上。いつも頓珍漢なコメントで句会を乗り切っている中野佑海でした。

島田 章平

特選句・・今回は佳句が多く絞り切れませんでした。句会で、色々な方の選も参考にさせて頂きました。その中で「送り火やひとはひとをゆきすぎる風」は印象に残りました。人は風、送る人も送られる人も、いずれは風になって消える。当たり前のことを、詩情を込めて表現した作者の力技に脱帽です。

若森 京子

特選句「ひょんの笛かるいと言えばかるい喜寿」喜寿になった感慨をひょんの笛に比 喩して絶妙にいなしている。七十七歳はなまなま重いけれど。特選句「深き夜のプレリュードかな 蚯蚓鳴く」プレリュードは前奏曲の事なので、‶蚯蚓鳴く“という季語独特の世界観とのギャップが 面白い。

佐孝 石画

特選句「はじめから泣きやんでいるいわし雲」遠く高い空の上でさざ波のように佇むいわし雲。あたかも我が身を空に透かすように、白と青を身の内に混ぜながら。その姿は作者のさまざまな追憶と重なりあう。感情の起伏、幾多のあやまち、少なからぬ後悔、そして去ることのできなかった別れ。空の上で穏やかに我が腹をさらす鰯雲を見て、「はじめから泣きやんでいる」と直感したのだ。はじめから泣いていないのではない、はじめから「泣きやんでいる」。その強さとせつなさはそのまま作者の理想の姿であったろう。いわし雲の話なのか、にんげんの話なのか読後多少迷いもあったが、それは下五の上で切れるかどうかによるだろう。私はこの句は断然一句一章、切れ無しに近いかたちで読みたいし、鰯雲の話として想像を巡らしたい方だが、泣きやんでいる作者といわし雲が対峙する風景もまた味わい深いものだろう。いずれにしても「はじめから」がこの句の肝であることは間違いない。→佐孝石画様、現代俳句協会「金子兜太新人賞」ご受章おめでとうございます。そして、初参加、とても嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。

小山やす子

特選句「追い分けの馬はむかしむかし蔓竜胆」清々しい追分けの声が聞こえて来そうです。蔓竜胆が効いています。

伊藤  幸

特選句「老父に炭都のさざめき金魚玉吊るし」老いて寡黙なる父の眼差しにかつて栄えた炭鉱のさざめきを垣間見た。その眼は少年であり青年でもあった。当時に還り興奮冷めやらず金魚玉吊るす父親の姿が見えてくるようだ。

吉田 和恵

特選句「生国を問はれ涼しさ言ひにけり」生国を思うと ふっと心の隙き間を風が過 る。これは心象。私の生国は山国。問われれば寒い所・・否、涼しい所と答える。こちらは現実。 問題句「すっぴんで鰯の頭を信心し(榎本祐子)」面白過ぎるのが問題。「すっぴん」を「厚化粧」「つけ睫毛」 「聖少女」色々差し替えてみると増々面白くなって、困ってしまう。*そろそろ稲刈り始めます。

佐藤 仁美

特選句「目も口も閉じていましょう曼珠沙華」色々あったけど、黙って肌で曼珠沙華 の季節を感じましょう、という潔よさを感じました。特選句「鰯雲欠けたピースはここにある」空 の鰯雲と大地に立つ自分とは、一体。いつか鰯雲の所へ行く「私」を予感しています。

稲葉 千尋

特選句「鰯雲欠けたピースはここにある」もうタバコのピースはなくなったのかな。 その欠けピースがあると云う。そんな時代もありました。

小西 瞬夏

特選句「ランプが点く手紙の様な島にいる」冨澤赤黄男のランプの連作を思い起こさ せる。ランプは希望のようなものの象徴として機能している。手紙を待っているのだろうか。書い ているのだろうか。それとも、島自体がだれかに何かを伝えようとしているのだろうか。ただなら ない比喩に想像力をかきたてられ、答のない問いを考え続ける快楽に浸る。

増田 天志

特選句「老父に炭都のさざめき金魚玉吊るし」時のうつろひを感じる。炭都も、金魚玉と、同じく、限定的なものだったのか。着想、予定調和でないスト―リ―展開に、感服

柴田 清子

特選句「散骨をした円い月が出て居る」仲秋の月の光りの中、ふっと口にした心の内 を、そのまま句に。自然体が、とってもいい。山頭火、放哉流の詠いっぷり。特選句「月あか り感情の鎖が重たい」生きて来た分だけ、身動き出来ない程に自分を縛っていると、月の光の中で、 気付かされることがある。特選句「送り火やひとはひとをゆきすぎる風」今すぐ風になりたい!た った十七音でこんなにも人としての思いの深い内容の句が詠えるのですね。季語が、とってもいい です。

野澤 隆夫

特選句「毒茸図鑑に載らず秋葉原」秋葉原で図簡に載らないキノコが…。それも、毒 キノコだと…。そんなこともありなん。高松でも中央通りで毒キノコ注意!の看板を見たことがあ ります。もう一句「秋霜の街ガイドはアフガン帰還兵」作者はサンクトペテルブルグでの作句。そ して秋霜の街に作者は居た。スケールが大きい。ガイドがアフガンの帰還兵もすごいですね。

鈴木 幸江

特選&問題句「動かない夏雲の翳空耳のカタチ(佐孝石画)」広辞苑によると、“翳”は物の後の暗い隠れた所。背面,後方の場所に多く使われる、言葉だそうだ。まず、この“翳”という漢字に注目した。夏雲が光をさえぎって落とす翳に覆われたところに、何か作者の隠された思いが潜んでいるようだ。“空耳”という現象にも、背景に隠された記憶や意識があるはずだ。幻聴、幻覚の構造は 複雑だ。少し暗い無意識の中にあった思い出が、動かぬ夏雲の翳を見たことで空耳の世界を想起させたのだろうか。作者の心の動きがよくわからないのだが、何故か惹かれるものがある。“空耳のカタチ”という措辞も挑戦的だ。聴覚(空耳)と視覚、触覚(カタチ)の組み合わせに作者の独自性が際立っている。その詩性を評価したい。不可解なものへの情念を感じる。以上。

松本 勇二

特選句「ひょんの笛かるいと言えばかるい喜寿」喜寿をこういう明るさで受け止めて いることに共感。それに付けた季語が明るさを増幅している。

三好つや子

特選句「水音の蛍以前ほたる以後」上五の蛍は「ほうたる」と読み、鑑賞。蛍が光 る頃の、ピュアできれいな水の趣が感じられ、心惹かれました。特選句「月が揺れている言の葉か 言の刃か(月野ぽぽな)」言の刃という表現に、作者のぬきさしならぬこころの状態が見え隠れし、不思議な昂り を覚えます。入選句「コスモスになりきっている昼の顔(藤田乙女)」空気を読まないと生きていけない社会の 中で、コスモスのような作り笑いをしている作者の健気さに共鳴。入選句「雨流行り茸子乱立子の 自立(中野佑海)」近頃の雨のニュースにうんざりしているのでしょうか・・・中七下五に瓢々感があり、面白 い。

藤川 宏樹

特選句「ファスナーのごと阪神高速夏を脱ぐ」句会で気になっていたところ翌日の所用で阪神高速走行中、この句を特選することに決めた。「夏を脱ぐ」はやや不満だが、車線を滑りビルに囲まれた視界が次々と展開する様をファスナーとした発想が素晴らしい。阪神高速を走るたびにファスナーを思い浮かべそうな気がしている。

亀山祐美子

特選句「階段を降りたら秋が待っていた(野口思づゑ)」白泉の「戦争が廊下の奥に立つてゐる」 を思い起こすが、それほど深刻ではない。朝起きて階段を降りる。一段降りるごとに立ち上る冷気 に驚いた。降り着いた足の裏の冷ややかな秋の気配を素直な表現で無駄なく伝える佳句。特選句「秋 澄めり遠くの音の中に音」遠くの電車の音車の音鳥の声や滝の音の中に微かな別の音、呼び声、気 配を感じる繊細さ。「秋澄めり」の季語が十二分に働いている佳句。 

谷  孝江

特選句「貝割菜かくもさやけき草の息(新野祐子」一読、さやけき草の息の中へ吸い込まれてゆく 様な思いがしました。あの緑美しい茎の中へ吸い込まれたとしたら、きっと私は生まれたままの姿 に戻れるのでは・・・。そんな気にさせてくれた句です。

田口  浩

特選句「無関心と闘っている羽抜鶏」句会当日、ざっと走り読みしてこの句に決めた。 句の内包する無骨な本心がたまらなく気にいったのである。―夏から秋にかけて全身の羽毛が抜け 換わるころ、鶏にはどこか滑稽がただようが、羽抜鶏となると、おかしみよりみすぼらしさが先に たつ。句の<無関心と闘っている>は、自身の矜持である。誇りとプライドをかけて、じっと耐え ている。<闘っている>鳥のいじらしさに無関心を持って来た感性にあらためて舌を巻く。

竹本  仰

特選句「月の出を待つは貴方と逢うに似て(柴田清子」月の出を待つ、それも何かを待つ、その時間の流れとゆらぎ。今、あなたは来ないのだけれど、来るような予感がして、来ればこう言い、私はこう答えるだろうとわかっている、わかっているというそんな幸福感。中也の「湖上」を連想する、あれは五木ひろしが唄っていた、あのしっとりとした声も連想させ。この句、色んな連想を起こさせる、そんな力を持つ句だと思います。たとえば、平安朝の女性に合わせたらだとか、或いは懐かしポプコン世代の女性シンガーに唄わせたらとか、額田王に勇壮に歌わせたらとか、そういう大きな月の出を待つ系譜のようなものを感じさせ、鳥肌が立つ級のものです。特選句「近づいてまた遠くなる君と月」恋愛の距離感を月の満ち欠けであらわしている面白さでしょうか。二人の関係が縮まりそうでそうならないもどかしさ。そのこそばゆさが伝わってきていいですね。要ったもの勝ちの風潮と対極にある、月に頼るしかない、月にこそ期待しようという、ある意味けなげな心情が魅力的です。この距離感がいい絵なんです。 特選句「ランプが点く手紙のような島にいる」どこの島?そんな島があったら行きたいと、現役の島住民が思いました。手紙に向かわせてくれる島、そんな島。旅先の一瞬の静謐でしょうか。自分の声がたしかめられる好機、又心をかすめる合う手にすなおに向かえるそんな時の到来。梶井基次郎『檸檬』の一節に、生活に倦んだ主人公がうらぶれた下町に立って、ああ、ここが仙台か長崎だったらと空想し、がらんとした旅館の一室、糊のよくきいたシーツと連想を続けるシーンがあります。あの連想にとらわれる心情、そんなものを感じさせた句です。そして、どこか片隅に倦んだ心もあるのかな?そんなところで共感いたしました。問題句「薄羽蜻蛉はるか戦場の夜明け」この連想力、よいと思いましたが、はるか、と、夜明け、のこの茫洋とした感じが、茫洋だからいいと感じるのか、茫洋だからもう一つ何か足りないと感じるのか、その辺がよくわからずに立ち止まりました。ただこの切りこみについては感心しました。以上です。

☆ 『金子兜太さんの最後の言葉』『天地悠々』のDVDを観て・・『最後の言葉』の方は、たいへん心に残りました。何というか、死も一つの道のりであるような。「流るるは求むるなりと悠う悠う」の「悠う悠う」というのが、すぐれた言葉です。自分のことなのにそれが教えとなっている。『天地悠々』で「水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る」が、「梅咲いて庭じゅうに青鮫が来ている」とこうつながっていくのかと、うかつにも私の見落としていたところで、思わず「はぁぁ」と唸りました。まあ、現にインタビューされている、先生の、あの間のある空気感が、何とも貴重なものでありました。

高橋美弥子

特選句「猫脚のバスタブ晩夏の午前五時」フランス映画の一瞬を切り取ったような味わいと猫脚のバスタブの感触がつわる。夏の終わりを全身で受け止めた作者の感性が素晴らしい。問題句「 子らのくれし絵やおてがみやハグも涼し」言いたいことはわかるが、少し盛り込み過ぎの感。「や」でつないでいるが、散文的かな。 

銀   次

今月の誤読●「秋桜鉦を鳴らして葬がゆく(稲葉千尋)」。ぼくはそのとき釣りをしていた。ちぇ、ちっともあたりがない。大きなあくびをした。そのとき聞いたのだ、鉦の音を。ふり返ると白装束の一団の人々が野道をこちらにやってくるのが見えた。ぼくは釣り竿をおいて、おそるおそるその一団に近づいた.白装束と白いのぼり、そして白い柩。ぼくに知識はなかったけれど、それは確かに葬列だった。その柩はとっても小さかった。葬列の先頭にはくたびれ果てたかのように中年の男女がいた。うなだれていた。そのうしろにぼくと同じ年頃の少年がいて、彼はキッと顔をあげていた。その胸元には、柩の主とおぼしき可愛らしい女の子の写真、黒いリボンをかけられた幼子の写真があった。少年とぼくの目が合った。彼は怒っているように見えた。それでもペコリとぼくにおじきした。ぼくも反射的におじきした。一団は去った。ぼくは呆然とコスモス畑に寝転んだ。眼前には果てしない秋の空が広がっていた。風がドッと吹いてコスモスが大きく揺れた。ぼくは少し泣いた。なぜ天よ、あんな幼子の命を召されたのか。あの少年と同じようにぼくも怒っていた。どれほど時間が経ったろう。ぼくは釣り竿を取りに川辺に戻った。それから数年経ってぼくは不条理という言葉を知った。その言葉の深い意味はわからなかったけど、そのとき一瞬、真っ白な小さな小さな柩と少年の怒りに満ちた目があたまをよぎった。

野口思づゑ

特選句「生国を問はれ涼しさ言ひにけり」北の地域で生まれ育った方なのでしょうか。ご出身は、で始まった会話が想像できるようです。句から涼しさが伝わってきます。特選句「ランプが点く手紙の様な島にいる」手紙の様な島、に惹かれました。文明社会から距離を置いた島なのでしょう。手書きの手紙が主流だった時代の趣が島中に残っている、島の様子を思わず手紙で知らせたくなる、この島で手紙を受け取ってゆっくり読みたい、そんなゆったりと懐かしくなる句でした。他に、「無関心と闘っている羽抜鳥」羽抜鳥の捉え方が面白い。

豊原 清明

特選句「あご出汁のじゅんと厚揚げ獺祭忌」選句表のなかで、この一句が印象に残る。 若いイメージ。問題句「壊れたピアノ一本指で弾く秋ぞ(増田暁子)」壊れたピアノに愛着を感じる。一本指が 響きが良い。問題句「日記の母まるで別人虚無僧花」面白いと思う。母の日記は興味深い。「まるで」が響きあり。

中村 セミ

特選句「窓に混む夜の舌なり夏の雲(佐孝石画」窓の中に、夏の雲が抽象的に混ざり合い、じっ と見いっていると、これは夜になり家族と話している時に何か隠し事があると舌がもつれてくるよ うな話し方をするとか、夜眠るときに何かブツブツ云ってやっと眠りにつけるとか、自身の内面を 見えるように窓の雲を見ていたのではないかと思えた。温度の限りない上り方をする近年の夏では、 ありそうな内容だ。面白いと思う。

野田 信章

特選句「ひょんの笛かるいと言えばかるい喜寿」この軽妙な口調が即一句の韻律とな って諧謔味を伝達させてくれる。単なるユーモアとは違う土俗の臭気―その精神の健やかさ。「ひ ょんの実(笛)」の効果。そこに自から、この作者ならではの「喜寿」を迎えての心情のおもたさが 在る。

重松 敬子

特選句「ランプが点く手紙のような島にいる」これは、赤毛のアンの世界なのですか。それとも作者の空想の世界なのですか。いずれにしても、私も行ってみたい。素敵です。

増田 暁子

特選句「生国を問はれ涼しさ言ひにけり」お国自慢ではなく、でも嬉しさも懐かしさも溢れ出る感がよく出ている。特選句「目も口も閉じていましょう曼珠沙華」曼珠沙華の形態からの作者の諧謔味が出てとても楽しい句。

高木 水志

特選句「あきのくさぽろんと生まれたではないか」秋の草は地味だけど趣がある。「ぽ ろん」という小さなものが生み出される様子を上手く表現している。道端を歩いていると秋草がた くさん繁っていて、作者自身が秋の草に励まされている。

新野 祐子

特選句「老父に炭都のさざめき金魚玉吊るし」炭鉱が隆盛を極めた頃働いていたお父 さんでしょうか。「金魚玉」を記したことで、しみじみとした詩情が生まれたと思います。特選句 「八十八の労苦眩しく稲穂垂る」こちらもお父さんのことを詠んだととらえていいでしょうか。「労 苦眩しく」が稲穂のように光っています。入選句「チーターの子の背に寝藁ひかる秋」:「寝藁」 だから動物園でしょうか。動物好きの私には何とも言えず愛らしい姿です。入選句「火の鳥の糞か も知れぬ煙茸」山道でしばしば目にする煙茸。火の鳥の糞かも、とか言われたら全然そうは思えな い。その突飛さをいただきました。

「天地悠々」のDVD観ました。兜太先生は、いつも、い つまでも、ここに居られますね。

漆原 義典

特選句「月の出を待つは貴方と逢うに似て」は、ほのぼのとした雰囲気が漂い、楽しい気持ちになります。優しい句をありがとうございます。

河田 清峰

特選句「火の鳥の糞かも知れぬ煙茸(三好つや子)」煙茸は馬糞茸とも言いでっかく火の鳥の糞との 取り合わせがよくわかる!蹴ればむくむくと煙があがり、火の鳥の不死鳥への思いが沸き上がる! 特選句「あきのくさぼろんと生まれたではないか」ぼろんとが気持ちいい句です!

月野ぽぽな

特選句「ランプが点く手紙のような島にいる」手紙のような島、が素敵。瀬戸内海の島々を思いました。見るもの、歩みの感触、全てからメッセージが送られてくるのでしょう。海原の全国大会が近いこともあって思いが重なります。心よりご盛会をお祈りいたします。

榎本 祐子

特選句「水音の蛍以前ほたる以後」蛍以前ほたる以後と、水音だけの世界が書かれているにも拘わらず蛍が湧き出る様を幻視する。蛍、ほたるのリフレインが幻想世界を誘う。

男波 弘志

「窓に混む夜の舌なり夏の雲」何をしているのだろうか、血縁が僕を囲んでいる。見下ろしている。夜の雲が真っ昼間のようだ。「ぐっしょりと濡れて居る露草だ(島田章平)」ありのままが生、だ。居る、は、いる、としたほうが生身ではないか。「あとがきのように人来る狗尾草」詩情豊かな風景、狗尾草が金輪際か、まだわからぬけど?  以上、秀作です。 宜しくお願い致します。

田中 怜子

特選句「鰯雲抜手で今日を追い越して」暑くてぐったりしている中で、めずらしく空が高く鰯雲が浮いている。体を軽くして抜き手で空に駆け上れるような気持ちよさを感じます。

寺町志津子

特選句「母少し少女の兆し刈田風」幼い頃から成人に至っても、ずっと頼りにして きたやさしく行き届いた、素敵な母。その生き様をお手本のようにして来た絶対的存在であった母 に、この頃、とんちんかんな言動が出始め、時には、作者の手を煩わせることが多くなった状況に あるのかもしれない。そんな母を作者は決して厭わず、大らかに受容している気持ちを「母に少し 少女の兆し」としたフレーズは、実に美しく、言い得て妙。親子が逆になったよう状況を、自然な こととして決して厭わず、敬意の情を失わない作者の心情に、読み手も大らかでやさしい気持ちに なった。

菅原 春み

特選句「鰯雲抜手で今日を追い越して」抜き手で追い越すという発見。しかも今日を 追い越すとは新鮮です。

三枝みずほ

特選句「口髭も顎髭も秋霖に似る(柴田清子)」髭を生やす心理とは強さの象徴、コンプレック ス、ファッション、宗教など様々だろう。髭の濃さや形もさまざま。その混沌とした感じが、秋霖 と似るという点が興味深いし、みょうに納得してしまう。

河野 志保

特選句「瀬戸の島一つ一つに彼岸花(吉田和恵)」 一読して、穏やかな瀬戸の初秋を思った。島の一つ一つに彼岸花があると捉えたところがとても新鮮でダイナミック。静かな海と、季節を告げる鮮烈な花が、対比しながら調和しているようで心地良さも感じた。

桂  凜火

特選句「鰯雲抜手で今日を追い越して」鰯雲は加藤楸邨の句をどうしてもおもいだすのですがこれは本歌取りのようにあの句を思い出しつつも あの時の楸邨を超えるくらい作者はすごいスピードで何かに向かって走っているのだなと感じさせてもらいました。倒れるくらいかもしれませんが、頑張ってください。

高橋 晴子

特選句「日記の母まるで別人虚無僧花」面白い句で、この時の作者の驚きが感じられて共感する。虚無僧花というのがよくわからないが下手な意味付けをしないで、もっと誰にでもすぐわかる花で一工夫すると母上の内面も生きてもっと味のある愉快な句になると思います。特選句「あとがきのように人来る狗尾草」狗尾草が効いていて面白い。”あとがきのように人来る”次々と人がくるさまをこういう感じ方をした点、個性的で面白い。

藤田 乙女

特選句「産土に生き抜く風よ曼珠沙華(野﨑憲子)」生まれた地で先祖から受け継いだ命を大切に 生き抜いてきたという感慨と、これからも様々な困難を乗り越え、生きていこうとする覚悟が感じ られました。特選句「少しずつ歩めばいいよ小鳥来る」リハビリの方の介護をされながらの句でし ょうか?優しい思いが伝わってきます。あるいは自分自身を励ましている句でしょうか?「小鳥来 る」が効果的でさらに心が癒される感じがします。また、「人生を焦らず少しずつ歩めば」と他者 または自分に言っているようにも思え、素直な表現が心を打ちます。

松本美智子

特選句「かなかなと樹にひとつずつのエピローグ(竹本 仰)」ひぐらしの切ない鳴き声が聞こ えてきそうな一句だと思います。かなかなの最終章を見届けるのは一本の樹木。小さな物語を思い 描くかのような一句だと思いました。

野﨑 憲子

特選句「秋の旅星を愛する人と会う(河野志保」)星を愛する人がいっぱい増えると、この星も 住みやすくなる。みんな佳き旅をしたいのだから。問題句「ビルという白き咽喉驟雨かな」もう一 つの特選句。「咽喉」を昔人間の私は「のみど」と読みたい。しかし字足らずになる。繰り返し読 んでいると、ビルが生きものになり、夕立をごくごく呑み込んでいる映像が立ち上がってくる。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

濡れ縁に残る盃庵(いお)の月
佐藤 仁美
朝の月映画の半券ポケットに
中野 佑海
月の水まさに零れん十九夜
藤川 宏樹
玩具屋の浮き輪突き抜き月青し
藤川 宏樹
月からの唄ふりそそぐ砂漠かな
亀山祐美子
巨大なる月汝こそ天空の女王
銀   次
木の葉になつたり魚になつたり月夜川
野﨑 憲子
ぼろん
地下喫茶ウッドベースのぼろんかな
銀   次
ぼろんぼろぼろAIのスキップ
亀山祐美子
有精卵ぼろんと割りぬ朧月
藤川 宏樹
ドローンのぼろんと落とす秋思かな
鈴木 幸江
放哉の島にぼろんと大きな月
島田 章平
記憶のカケラぼろんとこぼれ秋の宵
佐藤 仁美
鴉はチョキ月夜の案山子ぼろんとパー
野﨑 憲子
AI
AIに脳乗っ取られ長き夜
佐藤 仁美
紙飛行機月へAI大将軍
亀山祐美子
こわもてのAI雇う無月かな
中野 佑海
AI掃除機子犬のやうになつかれて
銀   次
AIの知らない秋の衣替え
柴田 清子
尾花(芒)
俗謡はなべて芒の嘆きかな
銀   次
海底のかなたの芒揺れどほし
柴田 清子
芒原食わるるために食らふ牛
藤川 宏樹
薄野に果てはありけり海の音
島田 章平
糸芒揺れて空を分割す
佐藤 仁美
曼珠沙華
墓はいらぬ曼珠沙華の野に埋めてくれ
銀   次
曼珠沙華待たすのも待たされるのも厭
柴田 清子
出発の旗を立てたる曼珠沙華
亀山祐美子
曼珠沙華言の葉言霊幸(さきは)ふ国
鈴木 幸江
白曼珠沙華夫婦阿吽の畑遊び
中野 佑海
迷い来てつなぐ掌ひやり曼珠沙華
佐藤 仁美
水底の鐘が鳴ります曼珠沙華
野﨑 憲子

【通信欄】&【句会メモ】

【通信欄】10月12日から二泊三日で「海原」第一回全国大会in高松&小豆島が開催されます。12日は、午後2時からサンポートホール高松第2小ホールで公開講演会&句会が開かれます。演目は田中亜美さん(「海原」同人)の「若い世代に広がる俳句」続いて安西篤さん(「海原」代表)の「金子兜太という存在」です。入場無料です。興味のある方はどなたでも奮ってご参加ください。

【句会メモ】9月21日は、午前の全国大会の準備会に続き午後から通常の句会を開催しました。今回は、これまでで最高の144句が集まり、合評も熱を帯びた楽しい句会でした。続く<袋回し句会>も、ユニークな作品が続出し、あっという間の4時間でした。10月は大会月でお休みです。次回は11月。百回目の句会になります。ご参加楽しみにしています。

2019年8月28日 (水)

第98回「海程香川」句会(2019.08.17)

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事前投句参加者の一句

          
<長崎軍艦島にて>走馬灯廃墟の中に昭和見る 漆原 義典
風涼し昭和の我に令和の我 高橋 晴子
冷やしおしぼり次の展開犇めいて 中野 佑海
風蘭や他界中ですがと姉来る 稲葉 千尋
埒のあかぬ像鼻大きく振る 中村 セミ
遠雷や指の枝豆ピュッととぶ 増田 暁子
海睨む帰省子に生う無精ひげ 鈴木 幸江
花合歓の揺れに誘われ三井さん 松本 勇二
我が庭を王国とせし蝉しぐれ 野澤 隆夫
百年を振り返る少年のかき氷 桂  凜火
胸を打つ言葉は素朴草清水 新野 祐子
正座して鮎の骨取るいごっそう 寺町志津子
夏蝶行く光きわまる空かき分け 小宮 豊和
七月の象の哀しさキリンの無口 河田 清峰
夏空のどこかで鯨の授乳かな 三好つや子
軽々と子宮金魚は反転す 榎本 祐子
西瓜ガブリ父は逆立ち上手かった 伊藤  幸
空蝉のあつまるところ風立ちぬ 三枝みずほ
蝉時雨尻まるだしの神の牛 亀山祐美子
蝉の翅B面の音の輝る轍  藤川 宏樹
ひとにたちひとてま夕顔やさしかり 大西 健司
聖書から絵本に戻る葡萄の木 田口  浩
糸瓜ぶらりアメリカ生まれの嫁の靴 吉田 和恵
夏空は私の天井パン焦がす 小山やす子
日に三つほどものを捨てゐし鰯雲 菅原 春み
羽黒とんぼ小田急線の迷い客 田中 怜子
迎え火に来ているふいの重さかな 竹本  仰
自画像が擦り減るように半夏雨 高木 水志
桐一葉その日暮らしの天邪鬼 佐藤 仁美
蚊ほどの目メガネの奥でほくそ笑む 野口思づゑ
ちちははが碧くも黒くも匂う夏 男波 弘志
朝虹を指さした妻もういない 島田 章平
バッタになる肘も拳も巻きこんで 久保 智恵
ヒトやがて絶滅危惧種いなびかり 谷  孝江
ヒロシマ忌少女のままで漕ぎ疲れ 若森 京子
肥満児や爆心地にて夏の花 豊原 清明
魚の腹切り裂く遠き祭り笛 重松 敬子
マンモスの牙の響きや月涼し 増田 天志
青蜜柑一人芝居の独白かな 高橋美弥子
夜更かしの心臓なんとなく海月 月野ぽぽな
夕焼けは煮えたぎりつつ嵐待つ 銀   次
幾千の稲穂騒めく平和の日 藤田 乙女
束ねてありし霧の言魂花山葵 野田 信章
小首かしげて夕蜩へひゆう 野﨑 憲子

句会の窓

増田 天志

特選句「空蝉のあつまるところ風立ちぬ」肉体に脱ぎ捨てられた空蝉だが、魂が、宿っている。肉体の滅亡後に、魂が、舞い戻って来たのかも。いずれにしても、魂は、寂しがり屋で、集まり、風を引き起こす。

野澤 隆夫

特選句「西瓜ガブリ父は逆立ち上手かった」西瓜と逆立ち、取り合わせが面白いです。縁側で西瓜を食べてる作者、もちろん種をプイと庭に飛ばすのでしょうか。父を回想してます。特選句「正座して鮎の骨取るいごっそう」気骨あふれるいごっそう。あぐらを組んだりしません。正座をしてる姿は渡辺 謙みたいな感の人か?問題句「青鷺の囮捜査や貝釦(藤川宏樹)」ついにサスペンスの世界にアオサギが登場したかと…。囮捜査、貝釦。シャーロックの推理は…?謎です。

中野 佑海

特選句「風蘭や他界中ですがと姉来る」風欄のはかなげな様子が、亡くなった優しい姉の面影を、彷彿と蘇らせる。それでいて、哀しみよりも、可笑しみを感じさせて作者の人間性の温かさとお姉さんと仲良しだったんだろうな。何でも話し合って笑っていたんだろうな。という二人の関係の深さまで感じる。特選句「ひとにたちひとてま夕顔やさしかり」源氏物語の夕顔のように優しくよく気が付く。そんな女に私は成りたい。今からでもまだ間に合うかしら?「青鷺の囮捜査や貝釦」何の為に青鷺がホームズになったのか?これは問題だね!「葦刈小舟うかうかと文字を刈る」この蒸し暑さ、ルパン君も少々手元が狂ったのかね。「遠雷や指の枝豆ピュッととぶ」えらいこっちゃ!チョークの替わりに枝豆が飛んできたで。「夏空のどこかで鯨の授乳かな」空に浮かぶ雲は鯨の授乳室だったんですね!「ひらがなの夕べをながす晩夏光」晩夏の気怠さ。見るもの総てがゆらゆらら。「夏空は私の天井パン焦がす」在るもの全てを圧倒する威力業務妨害的夏空。何故パンは焦げる?「日に三つほどものを捨てゐし鰯雲」涼しくなったら少しづつでも終活、終活。「自画像が擦り減るように半夏雨」近頃、豪雨が続きます。お身体御自愛ください。以上。今月は句会に参加できず。いささか不燃性気味。クーラーで乾かした洗濯物の様な中野佑海。

島田 章平

特選句「七月の象の哀しさキリンの無口」。つかみどころのない句。しかし、何故か哀しく切ない。地球上、もっとも危険な人類という生き物が檻に飼われていたら、どうなのだろう。檻の中の世界の哀しさ。

大西 健司

特選句「ヒトやがて絶滅危惧種いなびかり」少し上五が窮屈な感じがする。助詞を入れてもいいように思う。たしかに驕れる人間は自滅の道をたどるのかも知れない。いろいろと考えさせてくれる一句に共感。問題句「テープとってんちゃうのんて文月闇(藤川宏樹)」ちょっと面白すぎる。「文月闇」で無理矢理俳句っぽく見せてはいるがそぐわない。時事俳句として最後まで面白がってほしかった。

田中 怜子

特選句「花合歓の揺れに誘われ三井さん」三井さんが亡くなられたことを、花合歓のゆれに託して悼む気持ちに思いを託しました。少女のような、デリケートな花が三井さんにぴったりですね。

小山やす子

特選句「ひとにたちひとてま夕顔やさしかり」ほのぼのとした夕刻の主婦の立ち居振舞いが浮かびます。夕顔の包み込むような優しい花が効いています。

伊藤  幸

特選句「束ねてありし霧の言霊花山葵」全体的に美しいですね。私にはとても出来ない句です。上語中語の発想が素晴らしい。締めの花山葵も効いています。脱帽!

藤川 宏樹

特選句「風蘭や他界中ですがと姉来る」お姉さんの初盆でしょうか?「他界中ですが」と一言、やって来るのがいい。「他界ですが」なら出てきそうですが、そこに「中」をあえて加える字余りにはとても思い及びません。いずれ私もこんな風に軽快に訪れたいものとあの世に束の間、希望を持てました。「風蘭」も的確な季語選択、やさしく句を包んでくれています。

三好つや子

特選句「聖書から絵本に戻る葡萄の木」味と香りで人を幸せにする葡萄。それが聖書では重い役割を担う果物だということを知りませんでした。深遠な世界をさらりと語れるのは、俳句だからこそ可能なのかも知れません。不思議な魅力に満ちた作品。特選句「ちちははが碧くも黒くも匂う夏」 夏は暑くて、感情的になりやすく、父性とか母性にも綻びが生じ、派手な親子喧嘩をすることも。両親がこの世を去り、時が経つにつれ、そんな諍いを懐かしく思い出す夏。碧くも黒くも匂うという独特の表現に共感しました。入選句「蝉時雨地熱木の熱水の熱」昼下がり、懸命に鳴き続ける蝉を通して、空気まで沸騰しそうな酷暑の様子が、リアルに伝わってきます。

高木 水志

特選句「夏空のどこかで鯨の授乳かな」太平洋の物凄く広い海のどこかで鯨の子育てが繰り広げられている。夏の清々しい空に雄大な鯨を取り合わせたところが良い。

若森 京子

特選句「聖書から絵本に戻る葡萄の木」:「聖書から絵本に戻る」の措辞は、宗教的な生活感情から生きる事に苦の多い無常の世に戻ると云う意味だと思う。紀元前二五〇〇年のエジプトの壁画に葡萄の木は画かれており季語として使われている「葡萄の木」はぴったりだと思う。特選句「夜更かしの心臓なんとなく海月」この句は、「心臓」と「海月」の妙であろう。「夜更かし」だから余計に効いている。

稲葉 千尋

特選句「西瓜ガブリ父は逆立ち上手かった」何とも楽しい取り合わせ。父は元気な人だったのだ。特選句「往復はがきマルして返す広島忌(田口 浩)」返信に〇して返す。同窓会かなにか、そして広島忌。日本の大事な日に〇する大事な返信。諾うのみ。 好きな句が多くて選に困りました。

菅原 春み

特選句「ヒロシマ忌少女のままで漕ぎ疲れ」なんともいえない疲労感を実感したものでしか味わえない句。特選句「マンモスの牙の響きや月涼し」大きい句で感動。

中村 セミ

特選句「日に三つほどものを捨てゐし鰯雲」雲を見つめていて分かれゆく様をよんだのか、鰯雲が三つ何かを捨てたのか。どちらでもいいが、ずうっと というか鰯雲の発生していた時間帯、低気圧の現れる前の時間とあります。が、見続けていたのかな、とも思い、鰯雲が捨てた三つのものは、おそらくご自分の何かが綺麗に漂よう雲々の中で、何かがはじけたような気持になったんではないかと勝手に推察致しました。

鈴木 幸江

特選句「葦刈小舟うかうかと文字を刈る(若森京子)」琵琶湖では、水質保全のため葦を刈る。 また、むかしから簾や民家の屋根にも使われていた。人が葦を刈ることの目的は違っていても現代でも生活の中にある営為だ。さて、“うかうかと文字を刈る”の暗喩として“葦刈小舟”をどう解釈するか。独断的になるが批判性の強い思いを感じ特選とした。“うかうか”には、メディア時代、受け身で文字や文章に対処している自分への強い反省の姿が見える。文字や文章には批判的に向かう態度、リテラシーが欲しい現代である。問題句「聖書から絵本に戻る葡萄の木」とても惹かれた句なのに、作者がなにを言いたいのかよく分からずそれが気になり問題句とした。旧約聖書は、今でも人間の生き方の本質を読み解く書物として受け継がれている。絵本は、大人が失ってしまっている想像力と無垢な心が織りなす世界だ。聖書の中の葡萄は倫理としての象徴性が高い。絵本の中の葡萄は子供の発想で、どんなのものとして登場してくるのだろうか。作者は大人の世界から、     自由にしてあげたいと思っているのか。それとも、聖書も絵本も共通する世界をもっていることを暗に伝えたいのか。勝手に、迷ってしまって問題句とした。

野田 信章

特選句「自画像が擦り減るように半夏雨」は、裡なる自己堅持の確かな句である。激しき「半夏雨」に即して、その「自画像」を「擦り減るように」と自虐的に書き切っているところに、自意識豊かな現代人に対しての諧謔性も読み取れるようだ。

月野ぽぽな

特選句「胸を打つ言葉は素朴草清水」頭からではなく心からの言葉は純粋で直接心に届くのですよね。草清水の素朴さと透明さがとてのよく効いています。

寺町志津子

特選句「束ねてありし霧の言霊花山葵」一読、訳もなく心惹かれた。理に合おうが 合わなかろうが、字余りだろうがどうだろうが、理屈を通り越して好きな句である。目に浮かんだ のは奥伊豆の山葵田。緑したたる山間の清流に群生している山葵の白い花。あたり一面に漂ってい る霧。その霧の言霊が束ねてあるという。それが妙に実感となって心に響き、詩情をそそられた次 第である。

佐藤 仁美

特選句「胸を打つ言葉は素朴草清水」心からの言葉は素朴です。草清水の清らかさが、またいいですね。特選句「朝虹を指さした妻もういない」人生の儚さを感じました。朝虹の透明感のある季語と、指さしたという妻の動作。日常が無くなった悲しみが伝わります。いつ、死が来るかわからない、ちゃんと生きないと…と改めて思いました。

松本美智子

皆さんの句を評価するほどの力はありませんが、家に帰って見直して、気になる句を選びましたので。思い付くままに………選「七月の象の哀しさキリンの無口」不思議な趣のする句だとおもいました。何度も心の中で復唱すると、暑いサバンナを象とキリンが(どちらもキングオブザ・草食動物)悠久の時間をゆったりと歩んでいく様子がうかんできました。選「ヒロシマ忌少女のままで漕ぎ疲れ」原爆投下のその日の様子がうかんできます。戦火に焼かれた子供達のなんと哀れでなんと悔しいことでしょう。「ままで」は散文的?助詞の使い方は難しいですね。「ままに」?がいいのか?まだ判断がつきません。勉強します‼「見学と袋句会の感想」単純に楽しかったです。夏の高校野球、真っ盛りだったので、「甲子園」のお題を提案させてもらうと採用されて………ありがとうございました。息子が野球人生をまだ歩んでいますので、野球にまつわるエトセトラが多くあります。それを詠んだ句をたくさんの方が評価してくださりうれしかったです。ビギナーズらっくにならないように勉強したいです。また、機会があれば参加したいです。よろしくお願いいたします。

竹本  仰

特選句「胸を打つ言葉は素朴草清水」昔、三島由紀夫の『美徳のよろめき』だったか、不倫する女性が男からの言葉に、しみいるように素朴な言葉が一番だと思うくだりがあり、まるで二日酔いの後の一杯の水と同じ観想がありました。また、マラソンの故円谷選手の遺書のなかにも、「ありがとうございました」「おいしゅうございました」など最も素朴な言葉に人を震わす何かがありました。ここには、清水に至るまで草の中を多少とも生きてきた、そんな軌跡なしにはたどり着かないものがあります。そういう草清水に出会うこと、何となく痛く自戒の意味を汲み取った小生の読みでありました。特選句「ひらがなの夕べをながす晩夏光(男波弘志)」この句の大胆さは、夏はひらがな、ととらえたところでしょうか。そして、その夏の季節の推移を晩夏光という、いわば夏の自浄作用であらわしたところでしょうか。夏は夏のなかに夏をながしてゆくものがあるんだという。夕べの打ち水でしょうか、そこにあらたな夏の一面を発見したのでは、と、想像しました。特選句「蝉の翅B面の音の輝る轍」それぞれの蝉に、だれからも知られがたいそれぞれの楽想が物語ががあり、ふとそんなものが見えてくる瞬間があったのかな、と思いました。そういう蝉の一個の内面の音に、さりげなく自分のストーリーを重ね合わせているところがいいなあと、感心いたしました。特選句「ヒロシマ忌少女のままで漕ぎ疲れ」昔、NHKの土曜の夜のテレビドラマで、唐十郎が少女のかっこうで土砂降りの中を自転車を懸命に漕ぐという、かなりシュールなシーンがあって、そんなものを唐突に思い出しました。この句の場合の漕ぐは、そうではなく精霊流しからイメージされたものかもしれませんが、舟であっても自転車であっても、少女は一心に七十四年間を漕ぎ続けてきたんだという、そういう思いがぐっと伝わってきますね。しかも、少女はいまだたくましく健在である。私的には、漕いでいるのは自転車であり、六千度の陽ざしの中を、ロック鮮度で、そして、いつの間にか、戦後の喧騒の土砂降りの中を、漕ぎつづけ、なおかつ笑っている、そんなヒロシマ版「雨にも負けず」というような舞台があったらなあと、演劇的な面白さで思い描いて読みました。以上です。上記の他、十句ほど俎上にのぼりましたが、いつも通り独りよがりな選になりました。残りの句も、また、句会の窓、句会報で楽しみたいと思います。その割に、返信がおそい?いつもいつも、失礼ばかりですが、お許しください。

みなさん、全国大会で、また、お会いしましたら、よろしくお願いいたします。野崎さん、中野さん、海程香川の方々、再会を楽しみにしています。

高橋美弥子

特選句「ドラマーの腕の血管熱帯夜(伊藤 幸)」野外フェスの熱気が伝わる一句。中七に焦点がしぼられ、フェスの熱気と盛り上がり、汗がほとばしる景が描かれていて好きな句です。 問題句 「雨脚にふかぶか沈む晩夏の蝶(男波弘志)」描こうとしている光景は、実景ではなく心象風景だったのでしょうか。せつない句ですね。「雨脚」がすこしわかりませんでした。

銀   次

今月の誤読●「毒茸のピンク時々寂しい」。深く静かな森。聞こえるものはチチという小鳥の鳴き声と風のそよぐかすかな音。ポコ。そんなところにアタマを出したのがあたいだ。ふーー、あたいは大きく息を吸った。ようやく世界とふれあった。そしてあたいはあたい自身の身なりに目をやった。やったあ。あたいショッキングピンクのかわいいドレスに身を包んでいた。これじゃあ、あたいはこの森のプリンセス。なんてステキで、なんと愛らしいあたいなんだろう。数日が過ぎ、とってもたくましいハンサムな鹿さんがあたいの目の前に立った。「鹿さん、鹿さん。あたいってとってもイケてるでしょ?」。鹿さんはクンクンあたいを嗅いで、ブルルルと首を振って走り去った。次にやってきたのはリスさんだった。背丈も同じくらいだったし、あたいと同じファンシー系。ぜったいボーイフレンドになってくれる。でもリスさんもあたいのまわりをクルリと一周しただけでどこかに消えた。そのあとも、イノシシさんだの、アライグマさんだの、ハリネズミさんも来た。でもみんなあたいにかまってはくれなかった。なんで、なんで、なんで? こんなにキレイなドレスを着て、いつも微笑んでるあたいなのに、なんでみんな無視するの? ……ある日のこと。目が覚めると四歳か五歳かそれっくらいの女の子がじっとあたいのこと見てた。あたいはとびきりの笑顔を見せて、その子と仲良しになろうとした。女の子もあたいを気にいってくれたのか、笑顔を浮かべた。……そして、あたいを摘んで篭に入れた。

榎本 祐子

特選句「家裁裏空き缶拾ふ残暑かな(菅原春み)」家裁という、家庭内のいざこざに決着をつけてくれる場所。その裏で拾う空っぽの缶。人は、無意味と思える行為にふと自分の居場所を見つけたりする。

田口  浩

特選句「迎え火に来ているふいの重さかな」一読この句のよろしさは<ふいの重さ>にあるように思える。祖霊を門火に迎えて実に達者である。しかしそうであろうか?。この句を秀句にしているのは<迎え火>であろう。迎え火は歳時記の行事の欄にある歴史的ことばである。作品の中で発する力はどすんと大きい。

吉田 和恵

特選句「夕顔や陰(ほと)うすれゆく朝月(若森京子)」究極のエロス。言葉はありません。問題句「テープとってんちゃうのんて文月闇」想像力をかき立てられますが。「テープとってん・・・」は、やや陳腐。

男波 弘志

特選句「空蟬のあつまるところ風立ちぬ」詩情豊か、まだ何か腑に落ちぬ、つまり理屈を省きたい。特選句「聖書から絵本に戻る葡萄の木」不思議な絵本、なぜ葡萄の木、なのか、血そのものだろうか。

松本 勇二

特選句「夜更かしの心臓なんとなく海月」言い切らない方法もあうということがよく理解できる作品。夜更かしの心臓という把握も上手い。

増田 暁子

特選句「短夜の舌のごときを食虫花(三好つや子)」句全体的に漂う濃艶な空気感が素晴らしい。 特選句「蝉時雨尻まるだしの神の牛」お祭りの神の牛の景が一瞬切り取られ、ユーモアも。蟬時雨が良いですね。問題句「ひとにたちひとてま夕顔やさしかり」ひらかな表記がわかりにくい、夕顔との取り合わせも。

新野 祐子

特選句「蝉時雨地熱木の熱水の熱」この暑さ、何とかしてよと喚きたかった今夏。掲句にまず共感。酷暑をこのような詩にできるなんて、すごい。入選句「家中に雨音山盛りの胡瓜膾」懐かしい情景。家中に漂う胡瓜の匂いが伝わってきます。「入道雲指でたどってあたらしい自分」夏空に圧倒的存在感のある入道雲と「あたらしい自分」というフレーズが好きです。「西瓜ガブリ父は逆立ち上手かった」夏休みの子どもを見守るお茶目な父。やさしさに包まれた思い出ですね。「夏空のどこかで鯨の授乳かな」雲が何に見えるか、よく見上げたもの。そんな余裕もない日常を反省させられます。  昨日は処暑でしたね。今朝、久しぶりで山の方に行ってきました。金水引、葛、釣船草などが咲いていて、もう秋の風情です。今回もよろしくお願いします。

三枝みずほ

特選句「深呼吸して深呼吸して泉(月野ぽぽな)」深呼吸は精神を落ち着かせるだけでなく、体内機能の浄化、循環にも良いと聞く。深呼吸してゆきつくところが泉であり、自らの再生を感じる。「しぼり出す声しぼり出す敗戦日(松本勇二)」戦中派が高齢化している昨今。反戦の思いから、戦争体験を伝えて下さっている語り部の方々の声。まさにしぼり出す声であろう。「しぼり出す敗戦日」に、平和ということをもっと意識的に感じなければならない切迫感がある。

漆原 義典

特選句「朝顔や仄めく紺の闇静か(佐藤仁美)」は、朝顔を見て、紺の闇を連想する作者の感性に感動しました。素晴らしい句をありがとうございました。

野口思づゑ

特選句「遠雷や指の枝豆ピュッととぶ」弾ける枝豆と遠雷のタイミングが良い。特選句「朝顔や仄めく紺の闇静か」紺色の朝顔の表情が見えてくるよう。

河田 清峰

特選句「長兄の肩越しに透け蝉の羽化(松本勇二)」蝉の羽化する頃亡くなった兄への思いがよくわかる「肩越しに透け」に象徴される句。

桂  凜火

特選句「自画像が擦り減るように半夏雨」半夏雨という言葉を初めて知りました。いいことばですね。半夏はとても寂しい感じの言葉ですが「雨」なるとまたさらに寂しいしかもそれは自画像がすり減るように降るという。作者の心象風景とも取れますが、モノクロの素敵な風景とも詠めて、この場合直喩であることがかえってすっきりとして、いい雰囲気の句だと思いました。

小宮 豊和

入選句「稲の花ひそかに誘うあなたが好き」稲の花は自己主張の弱い花である。多くの人々はその開花に気付かずにすごす。しかしある条件が満たされると印象的な自己主張に逢うことができる。例えば、静かなこと、あたる光が弱いこと、また俳人が心あらたまる思いでいるときなどである。畏敬と感謝の念もなくてはならないだろう。掲句は季語として稲の花を選んだ。この選択は抜群と思う。秘めた恋に似合う花である。「あなたが好き」の「好き」はやめて別のフレーズを期待。

亀山祐美子

特選句『往復はがきマルして返す広島忌』同窓会か何か往復はがきに出欠のマルを付けて出した日が広島忌だった。八月六日の広島忌。八月九日の長崎忌。日本人として心に留め生きねばならぬ特別な日にも日常は重なる。重なるからこそ平和の有り難さ大切さを噛み締める。キナ臭さを増しつつある今日、一日でも長く長く平和が続きますようにと祈る。特選句『魚の腹切り裂く遠き祭り笛』「魚の腹切り裂く」とショッキングな措辞に「遠き祭り笛」を合わせる手練れの句。無駄がない。衝撃の後に祭りの膳の準備への安堵と納得。ハレの日の期待と華やぎを押し出しながらも何故か「魚の腹切り裂く」不安感へと押し戻される。生きるために殺す。弱肉強食が存在する日常。だからこその感謝。特選二句は対になり警鐘を鳴らす。

高橋 晴子

特選句「夏空のどこかで鯨の授乳かな」空想のだろうが、何かおおらかな気分になる。夏空がいいし、どこかでがいい。ジュゴンの死を何頭も知らされて、この句を読むとホッとする、作者の心が暖かいからこういう句が詠めるのだろう。問題句「テープとってんちゃうのんて文月闇」問題句以前のどうしようもない句。時事を扱う時は、本気で本人も怒らなければ話にもならない。それがどうしたといわれたらおしまい。

藤田 乙女

特選句「夏空は私の天井パン焦がす」の言葉に若さと希望が溢れ、「パン焦がす」が日常の現実感があり二つの取り合わせがとても効果的で爽やかな素敵な句だと思いました。特選句「蝉時雨地熱木の熱水の熱(亀山祐美子)」炎暑、酷暑、猛暑、極暑、この夏の暑さがこの句からよく伝わってきます。体の暑さと熱さ、その感覚の中に聞こえてくるのはひっきりなしの蝉の声だけでした。

豊原 清明

特選句「走馬灯廃墟の中に昭和見る」静かな反戦句と思った。落ち着いた、静かな気配がする。今、見る昭和とは。問題句「風蘭や他界中ですがと姉来る」姉が他界から帰って来たのかと読んだ。心象に現れる、在りし日の家族の風景。

野﨑 憲子

問題句「埒のあかぬ像鼻大きく振る」:「象」ではなくて「像」なのだ。動くはずのない像が鼻を大きく振るのである。まさに、埒のあかない、ナンノコッチャの「像」さんなのだ。でも、どこかユーモラスで面白い。こんな実験句いいなぁ。特選句「冷しおしぼり次の展開犇めいて」冷水でぎゅっと絞ったおしぼりが出てくると思わずホッとする。猛暑の中、エネルギッシュに仕事をこなしている人の背中が見えてくる。特選句「花合歓の揺れに誘われ三井さん」三井さんとは、七月に他界した「海原」の先輩三井絹枝さんのことである。団塊の世代のお生まれの三井さんだが、若狭の比丘尼のように年齢不詳の美少女だった。拙句「小首かしげて夕蜩へひゆう」は彼女への追悼句。その可憐な容姿と作風に憧れている人がたくさんいた。もちろん、私も、その一人である。合歓の花は、三井さんに、とてもよく似合う。作者も、きっとそう思ったに違いない。

三井絹枝さんは、「海程香川」の方ではありませんが、初代代表の高橋たねをさんの大切にされた素晴しい作家でした。「海程」全国大会の後、プラスワンの吟行旅行(「ぱるぱる吟行」)の、お世話をしてくださっていました。当時は、ご参加の先輩方もお若く、たねをさんが計画をして、電車や路線バスを利用することが多かったです。会計は数字に明るい三井さんがなさっていました。電車やバスの中も句会の連続でした。色んな句が飛び出してきて、一同笑い転げたり、大納得したり、とても豊かな夢のような句会でした。先に他界された谷佳紀さんと共に素晴らしい先輩でした。三井さんの作品をご紹介し、ご冥福を祈りたいと存じます。合掌。

二〇〇六年に編まれた三井絹枝句集『狐に礼』より自選一〇句

 小春日が流れてきます汲んでおこう

 月光と降る羽衣よわたしはだか

 蚊に刺され小さな水黽(あめんぼ)できました

 泪のよう大切にされ糸とんぼ

 すまないなあ冬菜のような涙出る

 あきらめのひゅう葡萄の木の匂う

 この川や夜の牡丹雪釣れます

 蝶老ゆるようすべらかな抱擁

 寒沢川(さぶさわがわ)夏一番星みつけた

 狐に礼しみじみ顔のゆがみけり

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

ひぐらしや雲をひたすら追ふ目玉
増田 天志
蜩の杜の大きくかたぶきぬ
亀山祐美子
かなかなの声のあふれる空家かな
島田 章平
ひぐらしやなかねば母がいってしまう
三枝みずほ
蜩や風縫ひ込んで縫ひ込んで
野﨑 憲子
蜩ひゅう鏡の中に消えちゃった
野﨑 憲子
蜩や反故の約束森へ消ゆ
佐藤 仁美
猛暑
一歩づつめり込む大地猛暑かな
亀山祐美子
猛暑日や個展やってるパン屋さん
野澤 隆夫
この猛暑人間の皮脱いで干す
島田 章平
ゆるキャラを脱ぎ公務員汗しとど
増田 天志
バーベキュー
バーベキュー金庫の奥に遺言状
増田 天志
腹巻に覗く札束バーベキュー
増田 天志
本音ふとバーベキューの火を起こす
三枝みずほ
バーベキュー南瓜は黒く残りおり
佐藤 仁美
満月
ググーポッポ満月かついで来る少女
野﨑 憲子
満月や馬肉百合根の付き合わせ
藤川 宏樹
満月のううさぎを見てよ芙蓉閉づ
河田 清峰
詩仙集ひて酒酌み交す満月楼
銀   次
満月を刺して鯱(しゃちほこ)黒光り
松本美智子
あの時は満月あの人は三日月
鈴木 幸江
岩礁に難破船あり月涼し
増田 天志
満月にだらりと垂れる蛇の皮
野澤 隆夫
大の字が登れば比叡に満月
島田 章平
満月の爪に食ひ込む原爆忌
亀山祐美子
鷹の爪だんだん貌が見えてくる
野﨑 憲子
爪切って悲しみひとつ引き受ける
三枝みずほ
文鳥の爪伸び放題娘責む
鈴木 幸江
ひまはりは地軸の傾ぎ爪を切る
増田 天志
菊一文字総司の爪の清らかさ
銀   次
甲子園
ラーメン喰ふ遠き喇叭の甲子園
銀   次
一輪の薔薇持つ少女甲子園
増田 天志
暑き日やチアリーダーの泣き黒子(ほくろ)
松本美智子
背番号洗って母の夏終わる
松本美智子
甲子園の青蔦ぼくは地を走る
三枝みずほ

【通信欄】&【句会メモ】

【句会メモ】8月句会には、大津市から増田天志さんが参加され、見学者の方も<袋回し句会>に参加し、とても楽しく豊かな句会になりました。先月は増田暁子さん、今月からは久保智恵さんと「海原」の仲間が事前投句に参加され、作品がますます多様性を帯びてまいりました。これからがますます楽しみです。

【通信欄】

第一回「海原」全国大会まで、二か月を切ってしまいました。9月2日が申込締切日です。年に一度の俳句のお祭りでもあります。少しでも多くの方のご参加を願っています。9月21日午前10時からサンポートホール高松第65会議室に於いて2回目の準備会を開きます。 全国大会のサポートをしてくださる方は、奮ってご参加ください。冒頭の写真は、小豆島の夕日です。

2019年7月31日 (水)

第97回「海程香川」句会(2019.07.20)

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事前投句参加者の一句

                           
寂寞に無言の響き青葉木菟 野口思づゑ
糸どのと呼ばせておくれ軒しずく 銀   次
賽の目の一の連続熱帯夜 鈴木 幸江
蟻の列浮世絵展に続きをり 菅原 春み
万緑や橋の長さの旅心 小山やす子
被爆土のささめく夜明け枇杷は実に 野田 信章
べたべたと七月に寄りかかられる 柴田 清子
小豆炊く母吾へ父を混ぜて血を 藤川 宏樹
温かい尿我に親しい羽抜鳥 豊原 清明
妻の大きな乳房で塞ぐ扇風機 稲葉 千尋
夏蝶を放ちつづけている胸か 男波 弘志
銀河鉄道のきっぷあります星まつり 吉田 和恵
河童の子ひよひよと鳴く梅雨入りかな 松本 勇二
労いのどんがらどんがら草の蛇 桂  凜火
街路樹の空蝉ひとつ落ちる音 佐藤 仁美
秒針の描く孤の美(は)し星月夜 高橋美弥子
青田無限雨ふる日には雨のうた 竹本  仰
髪洗う浅学じくじく滴れて 増田 暁子
グラジオラスさしちがう純情 河田 清峰
空蝉や自分のことは語らない 河野 志保
梅雨深し八角堂を固く閉じ 榎本 祐子
見えていて見えない息子昼花火 三好つや子
青水無月人は四角い時計かな 高木 水志
あたりまえと見える風景四葩かな 漆原 義典
黒南風や母の矜持が崩れる日 藤田 乙女
毒蛇はゆっくり愉快に業を呑む 重松 敬子
指貫や梅雨は緩めにステッチす 中野 佑海
振り返ると母が消えていた 金魚 島田 章平
噴水は飛びたい水のこころです 新野 祐子
まだ星の匂いの残る草を引く 月野ぽぽな
また八月がくる耳打ちのごと波の如 若森 京子
雷を混ぜ炎のパスタ茹で上がる 伊藤  幸
万緑の中美山の里に小雨降り 田中 怜子
清書する手紙青葉の手ざわりの 三枝みずほ
蝶とんぼ鍬形虫(くわがた)いまも山住い 小宮 豊和
楸邨忌紅き実椿空を映す 高橋 晴子
真言の一つ覚えや花蘇鉄 亀山祐美子
端居という箱音だけが滅びる 中村 セミ
水引草いつしか小さき我が影よ 寺町志津子
野ねずみが虹の根齧りをるさうな 谷  孝江
送り仮名正しく正しく青ぶだう 田口  浩
とても躑躅な木造駅舎待ちぼうけ 大西 健司
兜太書の筆致雄勁夏の空 野澤 隆夫
水底の戦艦へ夕焼ける梵鐘 増田 天志
海霧の奥ただカミのみぞゐたりけり 野﨑 憲子

句会の窓

中野 佑海

特選句「賽の目の一の連続熱帯夜」眠れない暑い夏の夜。あっちへゴロゴロ。こっちへコ ロコロ。まるでサイコロの様に。だけど、お布団はすぐ暖まって、また一からやり直し。この熱帯夜の 葛藤をこんなにも鮮やかに12文字で表せるなんて、感動です、特選句「端居という箱音だけが滅びる」 夏の昼下がり。縁側で涼を求めゆったりとした時を感じている私という世界観。箱はわたしの感覚の届 く範囲。あの夏のジリジリした空気。蝉の姦しさ。そういった音が消え、まるで無音の箱の中。上下左 右がなくなって、私は自然の中に馴染んで溶けて。私という個別感までなくなる。夏の昼下がりのアン ニュイさも含みつつ。「少女すぐ輪になるサマードレスかな」輪になる少女たちとサマードレスの裾の 拡がりと賑やかな笑い声がまるでラナンキュラスの花の様に、明るさが幾重にも。「べたべたと七月に 寄りかかられる」7月の蒸し暑さ、汗臭さ、忙しさ。皆私に寄って来ないで!「蛍火の縺れあうとき闇 匂う」蛍がこんなにも妖艶とは気付きませんでした。「黒南風や母の矜持が崩れる日」どんなにキリッ とした母さんも梅雨は暑い。物は腐る。髪は膨れる。「蝶が去る空は地球の出入り口」蝶は地球外生 物だったんですね!こんな所にちゃんと出入口が!「北斎漫画の耳やら目やら梅雨きのこ」デフォルメ された北斎の頭の脳の中には梅雨きのこがびっしりと!「羽蟻湧く静かな家を沸かすごと」羽蟻って家 の土台の木がスカスカになる。それを沸くと表現。素晴らしい。「ママの手は放してしまうジキタリス」 大人になった途端、一人で何もかも出来てるつもり。以上。今月も皆でヤイノヤイノといいつつ、人が 書いた俳句に勝手に意味付け。こんなに面白い会はなかなかありません。

松本 勇二

特選句「見えていて見えない息子昼花火」子育て中の親御さんの心理描写が巧みです。 昼の花火には賛否があるでしょうが多としました。問題句「青バナナかなしい顔が港出る(新野祐子)」詩的で素晴 らしい映像性を持つ作品です。「港出る」を「出航す」とすればすっきりとした発語になるのではと思 います。

榎本 祐子

特選句「河童の子ひよひよと鳴く梅雨入りかな」ひよひよのオノマトペが効果的。鳴き声 だけではなく河童の子の柔らかさまで感じさせられ、皮膚感覚を刺激される。

増田 天志

特選句「端居という箱音だけが滅びる」にんげんという実在は、影にだけ、有ったのか。 端と箱は、非中心的存在。実有は、歴史に貫通するのかも。

小山やす子

特選句「髪洗う浅学じくじく滴れて」何となく好感が持てます。

柴田 清子

特選句「噴水は飛びたい水のこころです」人間と同じように、水にもこころのある・・・ と気付かされました。「春の水」「夏の水」「秋の水」「真冬の水」それぞれその時の水に心が。時は 真夏、真っ青な空に、真っ白な雲 ふれたいのは、謳歌したいのは、私達だけではない。噴水だって! 「まだ星の匂いの残る草を引く」特選です。朝の白いテーブルの上のクリスタルグラスのような俳句で すね。

藤川 宏樹

特選句「とても躑躅な木造駅舎待ちぼうけ」:「とても躑躅な」の物言いには引っかかるが新鮮で可能性を感じます。彩色鮮やかなアニメ動画、駅で待ち合わせる若い二人がまざまざと目に浮かびます。勉強になります。

高木 水志

特選句「まだ星の匂いの残る草を引く」星の匂いはきっといい匂いで、朝早く草むしりを していたら未知の匂いがして、それを作者は星の匂いと思ったのだろう。空間の広がりが感じられてい い。いろんな匂いがあって、ひとつひとつの香りが共存している。

若森 京子

特選句「古戦場のマネキン青い服を着て(大西健司)」無季の句だが、‶青い服‶の措辞で何となく夏を 思わせる、静止したマネキンが戦死者の様に思えて過去の戦場と現在の時帯が一致した錯覚をおぼえ青 い服がもの悲しく眼に入る不思議な一句。

稲葉 千尋

特選句「被爆土のささめく夜明け枇杷は実に」今なお去らぬ放射能がささめく夜明け。何 時までつづく。それでも枇杷は実に!問題句「かつて戦争立ちし廊下の赤目高(松本勇二)」わたしには「赤目高」 がわからない。ここがわかれば秀句。

寺町志津子

「青田無限雨ふる日には雨のうた」一読、心惹かれた。というか、妙な言い方か もしれないが、言い知れぬ安らぎ、言い知れぬ大らかさに包まれ、嬉しさがこみあげてきた。日本の静 かな田園風景を詠みながらも、無限に広がる青田は、人の人生かもしれぬ。折しも降り注ぐ雨。人生に おける雨の降る日も、青田が受け入れているように、穏やかに、むしろ前向きにルンルンと受け入れれ ばいいのだ、と思わせてくれる句。拝読して嬉しくなった所以である。

豊原 清明

問題句「鉤裂きのズボンビーカーに赤い薔薇(大西健司)」一気に書いた印象。生活が染み付いている。作者のズボンの親しみの艶やかさ。特選句「被爆土のささめく夜明け枇杷は実に」:「ささめく」が良かった。「実に」に納得。

鈴木 幸江

特選句「温かい尿我に親しい羽抜鶏」兜太の好きな句に荒木田守武の「佐保姫の春立ちながら尿をして」(犬筑波集)がある。氏は自称スカトロジー(糞尿愛好家)と言って憚らない。私にはまだまだ感受力が足らず、その良さが十分わからず悔しい思いをしてきた。そこにこの特選句の登場、挑戦心に火が付いた。この作品からは、妙に生々しくも切ない開放感を感受できたのだ。温かい尿と羽抜鶏の憐れに解放感を愉しめたことが嬉しい。問題句「端居という箱音だけが滅びる」今回の句会では、解釈は創作であるという兜太氏の言葉にあらためて出会った。私は、“箱”“端居”“滅びる”という言葉に引っ掛かり、そこから連想し独断的な解釈をした。“箱”は常套的な“端居”という季語の持つ世界を伝えようとしているのだと思った。“音だけが滅びる”を“端居”を絶滅季語と捉えていて、その行為そのものは別の言葉で現代社会の中で生まれ変わることを示唆しているのだと解釈したが、自信がないので問題句。そこに中野さんの素敵な解釈を聞き、俳句は抒情詩であることを思いださせていただいた。 正しく覚えているか自信はないが、“端居”という行為により生まれてくる音のない世界を深く感受しているのだと感心した。

河野 志保

特選句「万緑や橋の長さの旅心」 一読して心地よさを感じた句。展けた景色と作者の旅情がストレートに伝わった。「橋の長さの旅心」がとてもリズミカルだと思う。

三好つや子

特選句「赤蟻の触覚立ち上がる付箋(高木水志」付箋をつける箇所は、言葉だったり、数字だったり、人さまざま。こうした付箋をつける行為を、蟻が触覚を動かす感覚として捉えている作品に、衝撃を覚えました。面白いです。特選句「青水無月人は四角い時計かな」丸い時計はどんな場所にもなじみやすいけれど、四角い時計はコーディネイトがむずかしい。人間もまた然りで、角張ったまま老いてしまい、周囲から理解されにくい自らを嘆いてそうな、作者の心に共鳴。入選句「いろいろに家を叩いて六月は」 昨今の雨の降り方にうんざりしながら、家のあちこちを補強し、修繕している作者の様子が目に浮かびます。住み慣れた家への愛着も感じられ、惹かれました。

野澤 隆夫

特選句「何言ふか朱夏の生水飲む咽喉(豊原清明)」何があったのか?「朱夏の生水」を勢いよく「咽 喉」に流し込んでる作者。怒りに迫力があり、作者の様子が浮かびます。特選句「蝶とんぼ鍬形虫いま も山住い」喧騒と多忙な時代に山住住まいできる作者。そしてそこに幸せと喜びを見出してる作者。問 題句「ケリ探し暮れるる夢殿古日記(桂 凜火)」ケリは「鳧」かと。小生も何年か前に三豊干拓地に「鳧」を探鳥 したことがある。「田鳧(たげり)」はみることあるのだが…。作者は斑鳩の里で探鳥したのか?古い 日記にこのことをしたためたのか?ちょっと謎の感じがして、問題句。

島田 章平

特選句「水底の戦艦へ夕焼ける梵鐘」戦争中、人も物も全て徴用され、梵鐘もまた溶かさ れて兵器と化した。水底に沈む戦艦もまた梵鐘の化身。夕焼ける梵鐘にあの戦争の虚しさが響く。

吉田 和恵

特選句「空蝉や自分のことは語らない」腹でなく背を割る空蝉。腹を割って語っても、そ れが本当の事とは限らない。本当は、自分を語りたいと思う空蝉なのです。特選句「見えていて見えな い息子昼花火」マグマを抱え何も語らぬ息子。何を考えているのか、ピリピリした感覚。昼花火は言い 得て妙と思います。 銀次さまへ・・拙句「いもうとの水玉跳ねてワンピース」を取り上げて下さりありがとうございまし た。水玉模様のワンピースを着た妹が飛び跳ねている様を思い描いて書きました。がまんばかりしている姉の奔放な妹へのジェラシー。銀次さんの洞察には感じ入りました。長じて妹は姉へのコンプレックスに苛まれたと言います。そしてこともあろうにその妹に娘がそっくりなのです。 顔姿所作まで叔母似金魚玉(和恵)  ではまた、さようなら。

野田 信章

特選句「楸邨忌紅き実椿空を映す」の句は椿の実の陶質感を通して盛夏の大気の漲りの把 握がある。そこに自と楸邨その人なりの存在感が重なる。七月三日の楸邨忌を迎えての作者の素朴な気 息の込もった句である。

伊藤  幸

特選句「てのひらは光の器夏の海(三枝みずほ)」てのひらと海の対比、しかも果てしなく青く広がる夏の 海。光の器の措辞にもポジティブな姿勢が窺えて意気込みを感じる。

竹本  仰

特選句「青簾箱あける彼の赤い月(中村セミ)」彼の赤い月、に不思議な魅力がありました。それは同時 に、青簾 箱に或る深みを与えていて、何か見てはいけないものに立ち向かう、純粋さと切迫感があっ て、それは、彼が少年である(もしくは少年であった)ことに対決しているように見えます。少年の好奇心 の裏おもてが、描けているのでは、と思います。特選句「空蝉や自分のことは語らない」空蝉という季 語の厄介さは、いわく語りにくいというところではないか、と思う。そういう語りにくい、つまり語っ てくれないという本質をずばっと示された感じがあり、大いに納得しました。わたしを見たとき、あな たは自身ばかりを大いに語るけれども、そんなあなたが空なのだ、と、これって般若心経?という、空 蝉とのクライマックスが活写されているような、すぐれた句だと思いました。特選句「振り返ると母が 消えていた 金魚」母を喪失した感じがとてもリアルに出ている句だと感心しました。半ば静物、半ば 生物のような、調度品にも似た金魚の目と口が、母の存在感と喪失感を瞬時にスパークさせてしまった のだろうか、喪失感ってこんなのだという、日常の感じの生なましさでしょうか。特選句「手を離され た 母よ 夏空よ(島田章平)」何となく出棺のシーンを思い出させますね。みんな、棺の蓋がしまる前に、ありが とうとか、いいところに行ってねとか、口々に言いますが、実際にはついていけない孤独を痛切に語っ いるのでしょうね。それはまた、愛欲というものの本質も感じさせます。しかし、別の見方としては、 ここでは母は死んでいないのかも知れない、しかし人間の社会との絆をいま母は失くしてしまい、どこ か果てしないところへといくのかも知れません。そういう、後悔と喪失感のせめぎあう、夏空のとらえ 方に、何か純粋な境地を見たように思いました。問題句「師の頭脳いまもいきいき夏の山(若森京子)」なぜ、頭脳、 としたのだろうか?ここは、煩悩、とすべきではないのだろうか?少なくとも小生は、そちらの方に師 の教えの説得力を感じるのだが、どうだろう?以上です。 本格的な、というより、いきなりの猛暑が来ました。みなさん、お元気ですか。かくいう小生は、 真っ先にへばる方の先鋒です。あ~、いやだなと思いつつ今朝も目覚めました。「夏の猫ごぼろごぼろと鳴き歩く」兜太師のそんな句の団扇で、一あおぎ、そして、手を合わせ、がんばります。いつもありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

大西 健司

特選句「磯野家の低き卓袱台豆の飯」世の中は令和となり、卓袱台を知らない世代が増えたことだろう。「磯野家の謎」なる本が話題になったこともあるが、こんなさりげないサザエさん俳句もいいものだ。低い卓袱台の豆ご飯が味わい深い。

新野 祐子

特選句「兜太書の筆致雄勁夏の空」四年前、戦争法案に反対し各地で兜太書の「アベ政治 を許さない」が掲げられました。自民党の強行採決で通ってしまいましたが、今回の参院選、山形は野 党統一候補が当選しました。草の根の勝利です。私たちの熱い思い、あの夏の空と重なります。入選句 「べたべたと七月に寄りかかられる」「河童の子ひよひよと鳴く梅雨入りかな」「髪洗う浅学じくじく 滴れて」理屈っぽくなりたくない夏は、こんなオノマトペ、面白いと思いました。もちろん内容も。

中村 セミ

特選句「青水無月人は四角い時計かな」人は時計が出来てからはその秒針に刺されるよう に従属され四角にも三角にもなっているようにも思う。

田中 怜子

特選句「炎昼をゆく人々の草書めく」暑くて熱気のゆらめきに草書のごとくゆらゆらして いる人物のまいった姿が映像として見えます。問題句「青簾箱あける彼の赤い月」「合歓の花暗渠に帰 る子供たち(田口 浩)」は、意味がよくわからなかった。

谷  孝江

特選句「また八月がくる耳打ちのごと波の如」八月という言葉の意味深さを分かっていらっ しゃる人たちが年々少なくなっている事、淋しくて哀しいです。八月がまた巡って参りました。常の日 とは何の変りも無い日が過ぎてゆくのでしょうけれど或る年齢の方々にとっては決して忘れてはならな い八月なのです。それなのに「耳打ちのごと波の如」と密やかに自分の中だけで思い募らせてゆかなけ ればいけないのか、と辛くなります。若い者たちの前では戦前、戦中、戦後の話は禁句です。誰も聞い てくれません。ひとり「語り部」をやっております。石川県に住んでおりましたから、空襲も、食糧難 にも、ぎりぎり逃れては来ましたが八月には私なりの思いがいっぱい詰まった特別な月なのです。

高橋美弥子

特選句「真言の一つ覚えや花蘇鉄」どっかりとたくましい蘇鉄。強風に揺られる蘇鉄の 姿はそんぞょそこらのたくましさとは違います。力強いです。この句からは、歩き遍路さんを思いまし た。きっと歩きながら雄々しい蘇鉄を見たのでしょう。もしかしたら雄花かもしれない……すっと伸び たその姿はどこか灯明にも似ている。一心に真言、たとえ一つ覚えであっても唱える人の姿が立ち上が ってくるようです。問題句「兜太遺せし団扇に夏の猫が鳴く)(竹本 仰)」作者には宝物ののような団扇なのでしょ う。夏の猫鳴けりと強く着地してみてはいかがかなと思いました。「に」「が」など助詞の使い方も疑 問が。

月野ぽぽな

特選句「清書する手紙青葉の手触りの」心を伝えるために念入りに下書きをした後、さ あ清書。その便箋が青葉の感触だという。宛てた相手への清い気持ちが見えてくる。

桂  凜火

特選句「故郷は水音ばかり夏の月(小山やす子)」何もないだれもいない、けれど懐かしい故郷、「水音ばかり」の措辞ですべてが伝わるようです。夏の月の中に立つ作者の姿がみえるようですね。哀しいけれど素敵でした。

田口  浩

特選句「この場所で死ぬひとたちに通り雨(男波弘志)」<この場所>とはどんなところ。<死ぬひと たち>とはどんな人。想像しても何も見えてこない。しかし<通り雨>と置かれると浮きあがって来るも のがある。場所と死ぬ人たちに、祈りのような清浄感さえ立ちあがる。特選句「とても躑躅な木造駅舎 待ちぼうけ」私のような老年になると、このような駅を心の中に、いくつかは持っているものである。 その上で<とても躑躅な>と言った発想は詩的である。童心。純。といっていい。ただし、<待ちぼう け>は少々安易ではなかったか?

増田 暁子

特選句「とても躑躅な木造駅舎待ちぼうけ」上5中7で景がパッと広がる 素晴らしい。特選句「万緑や橋の長さの旅心」旅心を橋の長さで表現したのが斬新です。並選句「温かい尿我に親しい羽抜鳥」師の姿なく羽抜鳥の心境に。「青田無限雨ふる日には雨の歌」心の景色が胸に響きます。問題句「青水無月人は四角い時計かな」面白いですが四角は田圃の形でしょうか?まだまだ選びたい句があり、皆様素晴らしいですね。本当に勉強になりました。

三枝みずほ

特選句「夏蝶を放ちつづけている胸か」夏蝶は力強く美しい。夏蝶が去りだんだんと軽 くなっていく胸。最後の夏蝶を手放す時、何を思うのか。そんな境地に辿り着きたいものだ。特選句「賽 の目の一の連続熱帯夜」ジャンケンで勝ち続けたり、ババ抜きでいつもババを引いたり、何かの連続は 一種の恐怖だ。一が出続ける偶然性がだんだんと怖くなる。熱帯夜がこの世界観へと導いていく点が興 味深かった。

佐藤 仁美

特選句「梅雨深し八角堂を固く閉じ」人の気配もしない、深い雨の境内の様子が目に浮かびました。昼間でも孤独を感じます。特選句「まだ星の匂いの残る草を引く」暑さを避けて、明け方に草取りをしているのでしょう。現実の草取りの作業と、「星の匂いの残る…」と言う詩的な表現の取り合わせに惹かれました。

重松 敬子

特選句「少女すぐ輪になるサマードレスかな」成長期の微妙な少女像。直ぐ輪になるが、個性が目覚める前のなんとなく群れていたい少女と受け取りました。そうすると、サマードレスの色や柄まで想像出来ますそうで面白い。

男波 弘志

特選句「清書する手紙青葉のてざわりの」作者の佇まい、その清廉さが鮮やかに見えている。

野口思づゑ

特選句「銀河鉄道のきっぷあります星まつり」いいですねぇ。その切符ください、買います、と手をあげたくなりました。特選句「まだ星の匂いの残る草を引く」早朝から草むしりなのでしょうか。ほとんどの人にとって草むしりなど大好きな仕事では無いと思うのですが、こんな気持ちで雑草を取る作者の感性に惹かれます。「べたべたと七月に寄りかかられる」大変共鳴いたしました。「見えていて見えない息子昼花火」私には息子はいませんが、なるほどそんな感じなのか、と想像できました。

藤田 乙女

特選句「てのひらは光の器夏の海」夏の海の中に、広げた手のひらを光の器と表現し、素敵だと思いました。どこまでも青い海の中に目映い夏の光を享受し、一体化している姿が目に浮かびます。若さと生気と明るさを感じ、元気をもらえる俳句です。特選句「見えていてみえない息子昼花火」 わかっているようでわからない息子、やっぱり血のつながりがあると感じる時もあればまるで他人のように思えることもある。親子といえども人を理解するのは難しい。昼花火との取り合わせがとてもいいと思いました。共感できる句でした。

河田 清峰

特選句「真言の一つ覚えや花蘇鉄」蘇鉄の雄花のどっしりと天を突く姿をみていると「一 つ覚え」がよくわかる!真言の語彙で咲く場所も有り様もみえてくる好きな句である!

亀山祐美子

特選句『まだ星の匂いの残る草を引く』何も難しい言葉がない。朝、坦々と草を抜く人が見える。「まだ星の匂いの残る草」という時間設定と状況設定が秀逸。夜と朝との間。土が夜露に濡れ草が抜き易い事実と「星の匂いが残る草」というメルヘン・虚構との対比してる。「草を抜く」という実情・動作。日常の揺るぎなさ。「草を抜く」日常の中の修練。一途になれる貴重な時間。好きな一途。

銀   次

今月の誤読●「ふり向けば鬼女になるかも青葉闇」。その女はいつも穏やかだった。だれに接するときも柔和なほほえみを浮かべ、立ち居ふるまいはつつましく、言葉を荒げることなどついぞなかった。美しく、いっそ可憐とさえ思える女だった。家庭でも同じだった。良妻賢母という言葉があるが、彼女ほどそれにふさわしい女はいなかった。よき親に育てられ、つりあいの取れた男性と見合い結婚をし、一男を授かり、暖かい家庭を守った。彼女が三十歳の半ばを過ぎたころだった。ある日ふと、まさしくふいに、女は自分に問いかけた。「これで満足なのか?」と。そして「わたしは幸せなのか?」と。その問いかけに答は見つからなかった。何度自問しても、こころの裡からの答はなかった。なに不自由のない暮らし、波ひとつ立たない人生。それが幸福を保証するものなのか、彼女のこころにふいに疑念がわいた。わたしはほんとうに生きてるのだろうか? その日、女は夕飯の天麩羅を揚げていた。少しボッとしていたのだろう。鍋にコンロの火が移り、弾けるように炎が舞いあがった。女は慌てるでもなく、消そうともせず、その炎にじっと見入った。火炎は換気扇にまで届き、周囲を焦がした。女の髪はチリチリと焼け、顔も一気に火傷を負った。それでも女は動かなかった。夫が飛んできて消さなければ火事になっていたかもしれない。夫は女を叱りつけた。「なにをしてるんだ!」。女はゆっくりとふり返った、そこには火ぶくれした顔があった……。そしてニヤと笑った。

高橋 晴子

特選句「炎昼をゆく人々の草書めく(月野ぽぽな)」日頃、書に親しんでいる人だろう。炎昼の人の姿態を草書めくと把握して面白い。問題句「沖縄の孕む紅色八月の色(増田暁子」すぐ紅型の紅がうかんだが、八月の色とくどくどいわないで、びしっと決めたら、沖縄の歴史も、風土も背後から浮きでてくる。八月の色では説明にしかすぎない。

漆原 義典

特選句「遠くより読経響くや蝉の穴(増田天志)」蝉の声を、「読経響くや」、と表現する詠み人の心境に、古き良き昭和の時代をたいへん懐かしく思い出しました。素晴らしい句をありがとうございました。

野﨑 憲子

問題句「小豆炊く母吾へ父を混ぜて血を」上半分は「A」音、下半分は「I」音で調べを整えている。何か祝い事があるのか小豆を炊いている母。小豆は血にも通じる。その母を見ている作者の思いが伝わってくる。言葉を構築して見事に一句にしている。少し難解なので敢えて問題句にしたが、もうひとつの特選句でもある。特選句「雷を混ぜ炎のパスタ茹で上がる」こんな猛烈なパスタを食べたら夏バテも一気に回復するだろう。ムム・・拙句以外百花繚乱の感。「雷のパスタ」いただきます!

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

夏場所
夏場所や月面着陸の一歩
島田 章平
落ちてくる力士夏場所砂被り
亀山祐美子
夏場所や阿修羅のごとく炎鵬舞う
鈴木 幸江
夏場所やいのちの泉湧くところ
野﨑 憲子
七月
七月の朝焼け色の色鉛筆
藤川 宏樹
七月の恋立ち上る登山道
中野 佑海
七月や散歩の犬がたたら踏む
野澤 隆夫
雲海の下に七月地球かな
野﨑 憲子
七月の風の真中に龍の爪
亀山祐美子
四月馬鹿七月尽に解ける謎
鈴木 幸江
桐下駄
桐下駄を揃えて入道雲に乗る
野﨑 憲子
思い出と歩く桐下駄揚花火
中野 佑海
牡丹灯籠カラコロと円朝の桐の下駄
銀   次
かまきり生れ桐下駄に穴三つ
島田 章平
下駄は桐その角に浴衣の君が
柴田 清子
七月の風はピリカよ馬笑ふ
野﨑 憲子
稚児神馬入道雲が追ひかける
亀山祐美子
馬越(まごえ)過ぎ南郷庵(みなんごあん)へ島遍路
野澤 隆夫
夏空や馬のタテガミ欲しくなり
河田 清峰
黒き馬向日葵畑に消えゆきぬ
銀   次
草原の星美しや冷し馬
島田 章平
雲海につながれてゐる神の馬
柴田 清子
箱眼鏡見て繰る海女の命綱
島田 章平
古女房に小箱開かば若牛蒡
藤川 宏樹
七月の箱庭あをのあふれをり
亀山祐美子
草むしり我が箱庭のよみがへる
野澤 隆夫
秘密の箱あとの箱には死んでから
鈴木 幸江
耳元へ新たな神話夏の箱
野﨑 憲子
氷菓子もっと甘えてみたかった
中野 佑海
てのひらから河童になりぬかき氷
野﨑 憲子 
青空へ五体投げ出す氷菓かな
亀山祐美子
舌の色くちびるまでも氷菓食ぶ
河田 清峰
氷屋さんいつも見ていた女の子
鈴木 幸江
氷屋さんお盆特別セールです
野﨑 憲子
人生の無口一刻かき氷
島田 章平

【通信欄】&【句会メモ】

7月句会の参加者は11名でした。事前投句の合評は、高点句と共に、句会場に来ている方々の作品を中心に行っています。私は、司会者の特権で作者名がわかっていますので、合評している句の作者の方に、時折感想を求めます。作品の生まれる過程を知り、納得したり、驚いたり、することもしばしばです。句会って、面白いですね!

8月後半から、10月の「海原」全国大会in高松&小豆島の準備を本格的に始めます。準備も、存分に楽しんで行っていきたいと願っています。皆様のご参加を楽しみにいたしております。

冒頭の写真は、北海道弟子屈(てしかが)町にある第四紀火山アトサヌプリ(通称:硫黄山)の噴火口のひとつです。標高は512mとそんなに高くないのですが、山肌のあちこちから噴煙があがっていて、近くまで行くことができます。

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