2017年11月8日 (水)

第77回「海程」香川句会(2017.10.21)

横峰寺・野紺菊.jpg

事前投句参加者の一句

 
露けしや針一本が足りなくて 小山やす子
秋涼や旅のこだまが身を揺する 疋田恵美子
水澄んでいちにち風を聴いている 月野ぽぽな
空ひらく鍵やはらかき渡り鳥 増田 天志
ふかし芋割ってちょうどいい関係 三枝みずほ
秋の聲おどけておどるひよっとこ 古澤 真翠
天の川ネットショップに寄り道す 重松 敬子
白鷺の影の流れのひやひやす 亀山祐美子
泣いている虫などなくて鳴いている 男波 弘志
おしゃべりのつづく月夜のきのこたち 柴田 清子
石人形の白首須磨の秋乾き 野田 信章
秋声の只中にある法隆寺 高橋 晴子
十六夜や島の飲み屋に蛸の這う 大西 健司
ぬしさんはへくそかづらでありんすか 田口  浩
大皿に梨栗林檎家族葬 菅原 春み
長き夜やらじる☆らじるで聴く漢詩  野澤 隆夫
刈田更け百鬼夜行の道が開く 松本 勇二
鶏頭の髄まで雨は直立す 竹本  仰
図書館の窓の大きく薄紅葉 山内  聡
虫すだく三半規管のような駅 三好つや子
排除とう風に寄り添う破芭蕉 河田 清峰
源平の戦遥かや須磨の秋 田中 怜子
その先は木犀だけが散る話 河野 志保
ペンを差す胸元漠と木の実雨 若森 京子
秋山に小さく灯す誰かの家 鈴木 幸江
石蕗の花落葉を受けてそっと咲く 漆原 義典
生協でサンマを5匹買う茶髪 中西 裕子
コスモスの花一輪とブルドーザ 銀   次
丸刈りの稲田へそよと青産毛 藤川 宏樹
沈黙のはじまり鹿がこちら見る 稲葉 千尋
腹立つと笑うも可なり捨案山子 中野 佑海
千枚田どこも刈田になりにけり 髙木 繁子
月の野へウツボカズラの匂ひ出す 島田 章平
鶏絞めて漢の仕切る秋まつり 谷  孝江
好敵手石榴笑むごと登場す  新野 祐子
物乞いを見過ごしたふり嘘寒や 野口思づゑ
夕時雨黒い牡牛の背(せな)に湯気 小宮 豊和
どんぐりころころ百歳で不良 伊藤  幸
地球の音聴く茸の耳つかむ 夏谷 胡桃
心にも窓あり柘榴爆ぜるかな 寺町志津子
覇者の果て逆さ海月は波任せ 桂  凛火
電線と唇濡らす秋時雨 藤田 乙女
流れ藻や耳を平らに音拾う 矢野千代子
釣瓶落し大笑面の限りなし 野﨑 憲子

句会の窓

増田 天志

特選句「鶏絞めて漢の仕切る秋まつり」生贄の風習は、神への感謝と同時に、にんげんの罪業を自覚する為に、必要であった。生贄の血を流し、生命を絶つことの意義を再認識したい。

島田 章平

特選句「一の谷は此処青かりんが鈍と落つ(矢野千代子)」。義経の「逆落し」の急襲で名高い一の谷。そして平敦盛の悲劇の海、須磨。時を経ても変わらぬ平家物語の世界。栄枯盛衰の世の倣い。熟す事無く落ちるいびつな形の 青いかりんの実。「鈍」と言う鈍い音。遠い世界と今の時代の時空の狭間に聞こえて来る叫びの声の様です

中野 佑海

特選句「桃握り潰す怒りの闇明かり(小山やす子)」:「桃」って邪気払いをする聖なる木。選りにも選ってそれを潰すとはかなりの強者。怒りで閻魔様の様になってるなんて一度見てみたい。もしかして貴方が女性なんてことは無 いですよね!?特選句「つゆくさは なみだあつめの めいじんだ(伊藤 幸)」と言われたら、妙に納得してしまうんです。葬式で泣いている泣女の腰巾着が露草と呼ばれているなんて思ってもみませんでした!?体調を崩したと言う大 義名分の下。一週間をのらりくらりと過ごしていたら、何と体脂肪率が3%も増えてしまったじゃないですか!やはり人間も動物。動いてなんぼですね。トホホ。

小西 瞬夏

特選句「ドッペルゲンガ 芒より窺いぬ」:「ドッペルゲンガ」を俳句として一つの作品にした手柄。一字あけは演出としてありえる。「芒」という具象の存在感。その危うさとしなやかさ。「窺いぬ」という動詞も、実景に暗喩を 重ねている。言葉の強度が大きい。

小山やす子

特選句「覇者の果て逆さ海月は波任せ」海月じゃ波任せが効いていると思います。「石人形の白首須磨の秋乾き」凄まじさを感じます。

疋田恵美子

特選句「ふかし芋割ってちょうどいい関係」夫婦であり、親子であり理想的な関係ですね。皆さんの憧れです。特選句「鶏絞めて漢の仕切る秋まつり」子供の頃父の姿を懐かしく思いました。

男波 弘志

「抱かれねば忘れ去られし月の裏側(中野佑海)」男女何れかの受け身、はエロスの本体にあらず。抱き合わねば、では。「露けしや針一本が足りなくて」誰かが、踏む、不安、そして、諦め、流転の理法に適っている。「水澄ん でいちにち風を聴いている」色なき風、それよりも澄んだ、風、への驚嘆。「白鷺の影の流れのひやひやす」白鷺、そのものが、無化している。「逃水やときどき人が現れる」ふと、天竺を目指した、玄奘三蔵を思う。因みに、三蔵法師は 位の尊称であり、玄奘その人ではない。「大皿に梨栗林檎家族葬」俳諧、庶民性、死への祝祭。珍重也。「鶏頭の髄まで雨の直立す」徹底した写実表現。僕の髄まで泣いている。「桃啜る真昼の空を広くして(月野ぽぽな)」出来れば、意 思を外したいが、でも、巨大な虚空観がある。「千枚田どこも刈田になりにけり」俳句表現を突き詰めると、説明はなくなる。「蚯蚓鳴くきのふのすこしづつ遠し」かなかな、でも、郭公、でもない、それが俳諧の背骨、見事。「秋雨やこ の町もはや地図になし(銀次)」もはや、強すぎでは、いつか地図になし、ぐらいでは。「流れ藻や耳を平らに音拾う」不思議な風景、音拾う、は必然か?

竹本  仰

特選句「泣いている虫などなくて鳴いている」仏像の顔もそうですね、例外はたまにありますが、泣いている仏さまはまず見ないものです。病んだ人は、虫の音をそう聞くかもしれませんが、またそういう句も多いのですが、それ は投影というものです。わりと思いこみを俳句に押しつける、おいおいそんな俳句をいじめるなという風情もある中、こういうきちんと耳を澄ました句はいいなあと思いました。特選句「丸刈りの稲田へそよと青産毛」何となく、何か変に 懐かしいなあと思いましたが、宮澤賢治さんの「高原」という詩を思い出したからでしょうか。「海だべがど おら おもたれば/やつぱり光る山だたぢやい/ホゥ/髪毛 風吹けば/鹿踊りだぢやい」。この詩と似た風が吹いたようにも 。「青産毛」って何でしょうかね。馬だろうか、赤ちゃんだろうか、そのわからなさも魅力あるんですね。その風は、明日への扉ですよというか、そんな感じがいいですね。特選句「腹立つと笑うも可なり捨案山子」本当は相当に腹が立っ てる感じがしました。人間はわからなさが頂点までいくと、泣くか笑うかしかなくなるんではと時々そう思ったりしますが、ただここはその限界まで来ている自分に気づいたから、そんな選択肢も降りてきたんでしょうね。斉藤斎藤さんの 歌「雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁」というのを思いました。こういう踏み込んだ句、いいと思いました。その中で、銀次さんの銀河鉄道の夜のミュージカルですか、どんなだったんでしょう。賢治の作 品の舞台って、どれもこれも多様性があって、いつも気になります。神戸にいる知人も舞台の演出やっていて、唐版・風の又三郎観ましたが、こちらは前衛ノリノリのお芝居、よく高校演劇でも賢治作品にちなんだものが上演され、これは そうだな、いやいやそれは賢治じゃないでしょ、とかその全集愛読者だった私は、好んで観たものです。でも、盛岡の知り合いの方によれば、生前、地元花巻では変人、奇人の類で有名だったとか、どうも学校の先生には向かなかった天性 の何か不可思議なものを持っていた人のようですね。地元の人は面白いもので、賢治文学館に行ったとき、展示の書簡を目にして、「へえー、あっこの爺さん、賢治と知り合いだったんだ」とか洩らしていたり、まだ賢治はご近所さんで通 っているようですね。おしゃべり長くなりました。今後ともよろしくお願いいたします。

中西 裕子

特選句「飲み込んで満月蛇の脱皮せり(野﨑憲子)」は、蛇が満月を飲み込めばつるりと脱皮がらくでしょうと、なにか可笑しさがあります。「桃握り潰す怒りの闇明かり」の激しさに圧倒されました。「点滴の痛ましき痣吾亦紅 (菅原春み)」は、「点滴の痛ましき痣」が吾亦紅のようなかたちなのでしょうか、不運の中に詩情があります。「手ぶらでは戻らぬ伯母ぞあぶら茸(三好つや子)」は、先月のはみ出す伯母、を思い出して面白い伯母シリーズみたいです 。いつも楽しい句をありがとうございます。

矢野千代子

特選句「十六夜や島の飲み屋に蛸の這う」明石の魚の棚商店街でも、かっては道路へ逃げ出す蛸をみかけたが、こちらは飲み屋。「十六夜」効果かな。特選句「つゆくさは なみだあつめの めいじんだ」ひらがな表記と内容に注 目。この句、漢字で書かれるとあっさり通りすぎるかも――。

稲葉 千尋

特選句「排除とう風に寄り添う破芭蕉」まさに今回の選挙を左右する「言葉」を見事に句になされた力に脱帽。特選句「戦後の眼のキラキラはどこ蜻蛉とぶ(野田信章)」戦後っ子の私が思うあの「目」はどこへ行ったか、「幸せ はおいらの願い・・・・・・・」の歌を思い出す。

寺町志津子

特選句「水澄んでいちにち風を聴いている」好きな句である。誰にでも分かりやすく、アッと驚く仕掛けもなく、あるいは類句があるかもしれないとも思いつつ、晴れ渡った秋天。川や湖の澄み切った美しい水。その水を眺めなが ら、終日、一人で静かに風の音だけを聴いている作者。「聞いている」のではなく、「聴いている」のである。この静謐感、透明感の虜になった。一日を「いちにち」とした効果も逃せない。

夏谷 胡桃

特選句「大皿に梨栗林檎家族葬」。こんな家族葬いいなと思いました。葬儀屋さんが用意した供物ではなく、季節の物をわたしが好きだった皿にわんさかもって、みんなで機嫌よくお酒を飲んでもらいたいです。特選句「難聴の傾 く角度や式部の実」。難聴の方が耳を傾ける角度ってあるある。そして大きな声で話すほうも相手の角度に合わせて、声を出す。式部の実も良いと思いました。問題句「長き夜やらじる☆らしるで聴く漢詩」。句としてはとらない句だけど 、わたしも聴いていたのでとりました。普通にラジオの電波が届かない山の中なので、らじる☆らじるにお世話になっています。

古澤 真翠

特選句「鳥渡る在来線の一人旅(小宮豊和)」わかりやすい言葉で、情景を鮮やかに表現して自然と人生との融合が感じらる壮大な句だと感服いたしました。

山内  聡

特選句「コスモスの花一輪とブルドーザ」多分作業員のいないブルドーザなどの重機が殺伐と並んでいるその片隅に、一輪の花を見つけた。それもコスモス。作業員がもしかしたらその一輪のコスモスに気がついていないかもしれ ない。でも、自然の女神が一輪挿しのようにコスモスを活けて作業員をねぎらっている風な感傷を得ました。ブルドーザのような言葉が一句に据えられている驚きとコスモスとの調和。

若森 京子

特選句「石人形の白首須磨の秋乾き」須磨という土地柄、石人形の白首が生々しく伝わってくる。「秋乾き」の措辞で歴史的背景の乾きを感じる。特選句「流れ藻や耳を平らに音拾う」流れ藻の生体と人間の難聴による現象がうま く一句に詠まれているのに惹かれた。

藤川 宏樹

特選句「好敵手石榴笑むごと登場す」石榴は子供の頃以来、実物を目にしていない。赤いつぶつぶの不思議な様相の果実、どう食したか記憶は定かでない。そんな私にも「石榴笑むごと」の喩えが憎悪むき出しの好敵手登場を的確 に表現していると伝わりました。「あっぱれ」です。

三枝みずほ

特選句「空ひらく鍵やはらかき渡り鳥」渡り鳥が秋の空を開く鍵だという把握が的確で、風を感じさせられる。心まで解放されてゆくような雄大な景に感銘を受けた。

三好つや子

特選句「大皿に梨栗林檎家族葬」隣家にも伝えず、家族のみで行うお葬式が一般化し、私も句にしようと頑張りましたが、このような意表をつく言い回しには至りませんでした。脱帽です。特選句「地球の音聴く茸の耳つかむ」地 表に群がり、地球という生命体の内側から発せられる音をじっと聞いている茸たちの、神秘的な生態が目に浮かびます。入選句「間違えて大人になった南瓜かな(河野志保)」振り返ることすら恐い、恥多き人生。飄々としながらも、自虐 的な語り口に共感。

田口  浩

特選句「秋山に小さく灯す誰かの家」一読、<秋山に>のストレートぶりに、<誰かの家>の字余りが、広がりを見せておもしろい。<小さく>は、消した方が、いいかもと読んだが・・・・。そうではなかった。<小さく>を入れること によって、<誰かの家>の人物像がしぼられて愉しい。特選句「一の谷は此処青かりんが鈍と落つ」見落していた句である。読み返えして見ると、なかなかどうして不明が恥ずかしい。<青かりんが鈍と落つ>このリアリズムが、「一谷嫩軍旗 」の熊谷直実、平敦盛を、此処に再現せしめた。〈青かりん>がいい。〈鈍と落つ>の音が腸に響く。

柴田 清子

特選句「水澄んでいちにち風を聴いている」いつになったら、こんな心境になれるのかしら。ボタン一つで何でも思いが叶ふような暮しそれでいて、何かが足りない。自然に生かされていることさえ忘れてしまっている。季節くの ある日の風からの声、メッセージにいちにち中耳を傾ける日を持ちたいわ! 

野田 信章

特選句「沈黙のはじまり鹿がこちら見る」の句。生きもの同士の視線の交感がある。「沈黙のはじまり」の把握には、そこに自と二つの生命のおもたさが宿っている。特選句「流れ藻や耳を平らに音拾う」の句。一読、爽気を覚え るところから初秋の頃の視覚と聴覚のバランスのとれた句として読んだ。「流れ藻や」の効果とも。私にとっては、二句共に、即刻の見というか、出合いの直感は時間が短いほど鋭くはたらくものと示唆してくれる例句である。

月野ぽぽな

特選句「電線と唇濡らす秋時雨」雨に物が濡れるのはそのままなのだが、「電線」と「唇」を取り込んだところが面白い。ある心情を持ったその刹那に感知したからこそ立ち上がる即興感がある。モノクロの景色に静かな情念が程 よくオーバーラップしてきて、読者の想像力を刺激してくれる。今月は、いつもに増して面白かったです。よろしくお願いします。

野澤隆夫

今月もお世話になりました。あわせて今月も楽しい句会でした。特選句一つ目「蜂蜜のかたくなる朝のブラームス(夏谷胡桃)」朝はパン食のやや多い小生。蜂蜜の堅い日もありますね。ヨーグルトになかなか流れてくれなかった りして。作者はブラームスの〝バイオリン協奏曲〟ではなく宗教曲〝アベマリア〟が流れているのでは。特選句二つ目「世の中をツルリと忘れマスカット」こんな思いのする時、確かにありますね。わずらわしい、何かに決着をつけて〝エ エイ!まーいいか〟と。カタカナ表記の〝ツルリ〟と〝マスカット〟がいいです。問題句「ぬしさんはへくそかづらでありんすか(田口 浩)」ひらがな表記のセリフが面白い。今月は久しぶりの歌仙。天志さんの捌きで「萩こぼれ」の巻 。皆で和気あいあいとできるのも天志さんの人徳。出来上がった〝初折の表と裏・18句〟を通して読むと、何とも面白いです。ありがとうございました。

伊藤  幸

特選句「かにかくに人恋いて寄る獺祭忌(高橋晴子)」子規の居、獺祭書屋、多くの人が子規を慕い集まったと聞く。秋の夜は人恋しくなるものだ。円座して秋の夜長、心温め合いつつ気の合ったもの同士句会を催している様子が 手に取るように窺える。読み手までもがほのぼのとした気分にさせられる句だ。

谷  孝江

「どんぐりころころ百歳で不良」良いですね。いい年だからって妙に好々爺ぶっている人なんて嫌いです。好きな様に自由に生きれば好いのです。わたしも鬼ババアで不良と思っています。可愛い不良でいたいものですね。特選句 「かにかくに人恋いて寄る獺祭忌」子規の居、獺祭書屋、多くの人が子規を慕い集まったと聞く。秋の夜は人恋しくなるものだ。円座して秋の夜長、心温め合いつつ気の合ったもの同士句会を催している様子が手に取るように窺える。読み 手までもがほのぼのとした気分にさせられる句だ。

松本 勇二

特選句「わたくしの中へもこぼれくる零余子(谷 孝江)」一句一章により、零余子がこぼれるスピード感が伝わってきます。「も」がこぼれる量の多さを物語っています。問題句「ドッペルゲンガー芒より窺いぬ」ドッペルゲン ガーを上五とし、中七を「芒原より」などと七文字にするとリズムが良くなり、シュールで存在感のある句になると思います。

野口思づゑ

特選句「空ひらく鍵やはらかき渡り鳥」鳥が鍵に見えたことはありませんが、この句を思い浮かべながら秋の空を見てみたいと思わせた句です。問題句「長き夜やらじる☆らじるで聴く漢詩」中7が意味不明、でも感覚がわかるよ うな不思議な句です。もどかしい分惹かれる。

鈴木 幸江

特選句「ぬしさんはへくそかづらでありんすか」まず、文語口語の句であることが面白かった。そして、臭い匂いがするへくそかづらと美しい遊女と思われる女性の取り合わせがまた面白い。句そのままの光景を想像しても微笑ま しいが、遊女だって人間だ、そんなことを言いたくなる客も、いただろうにと無神経な想像をしたが、つい笑ってしまった。「世の中をツルリと忘れマスカット(河野志保)」私の気分で特選にさせていただいいてもいいのかなあ?と思い つつも、いいのだとし特選にした。自分の感受性を信じ大切にすることも現代俳句には意味のあることだ。それは、選句においても同じである。この句は、考えることを止めた時、見えてくる景色に真実があることを暗示している。開放感 が気持ち良かった。問題句評「漱石と蟋蟀の髭国荒れて」私は、漱石は東洋文化と西洋文化の統合に苦しんだ人物だと思っている。 そして、蟋蟀の髭は自然物のアンテナの象徴と思った。国荒れては今の国際情勢ことだ。三物衝撃により 、何かを警告しているのだが、何を警告しているのかよく分からなかった。

桂  凛火

特選句「夕時雨黒い牡牛の背(せな)に湯気」牡牛の存在感が抜群ですね。背に湯気にリアリティを感じました。力強い生命感といのちの息吹のようなものに共感しました。夕時雨も冷たい雨の中になおかつ湯気をたてる背が見える ようで、場面設定としてとてもよかったと思います

河田 清峰

特選句「石人形の白首須磨の秋乾き」須磨と謂えば平家物語と源氏物語を思い浮かべるがここは源氏物語であろう!石人形の白首はやはり女性であると思う…紫式部の石山寺を…そして須磨の巻を…下五の秋乾きが実に深く感じる 句である!

銀  次

今月の誤読●「沈黙のはじまり鹿がこちら見る」。ネッドは人差し指をペロリとなめて、その指で散弾銃の銃身をそっと撫でた。それはただの習慣のようでもあり、まじないのようでもあった。あの大鹿を追ってもう一週間になる 。もうすぐ日暮れだ。今日もダメか。気の早い一番星がすでにかすかな光芒を放っている。それは永遠を意味し、反対に銃は生死を一瞬に分かつつかの間を意味する。そのときだった崖のうえにあの大鹿がヌウと現れた。ネッドはふいをつ かれたかのように凍りついた。風下だ。気づかれることはあるまい。それでも動けなかった。金星はさらに光を増し、その真下に大鹿は立っていた。それは大いなる威厳に満ちた彫像だ。それは題名のない壮大な絵画だ。ネッドは目覚めた ように散弾銃を肩に押し当て、その彫像に狙いを定めた。「鹿がこちらを見る」。逃げるそぶりはまったく見せない。ネッドは立ち上がった。そうすることが大鹿に対する儀礼であると思ったからだ。「沈黙のはじまり」。大鹿はかすかに 笑っているようだった。それは神々しい神の笑みだった。ネッドはトリガーに指をかけ、ゆっくりと引き絞った。だがすんでのところで銃を下ろした。それを見届けたかのように大鹿は背を向け、ふいに消えた。気がつくとネッドは泣いて いた。なぜかはわからぬままに、苦笑しながら涙を流した。見るべきものは見た。ネッドはその日山を下りた。以来、ネッドが銃を持つことは二度となかった。

新野 祐子

特選句「その先は木犀だけが散る話」読者の心を掻き乱す小説のエピローグのようです。木犀「だけ」が散るのですから。「その先は」という使い方からも、作者の力量は相当なものだと思います。特選句「ペンを差す胸元漠と木 の実雨」こちらは映画のワンシーンのよう。『百年の散歩』(多和田葉子著)に「まわりの視線がいっせいに集まってくるのを感じ、あわててメモ帳を閉じて、何気ない顔をして歩き始めた。路上で携帯メールを打っていても誰も不思議が らないのに、メモ帳と鉛筆というのはどうやら不審と不安をかきたてるようだった」という一文があります。この句からも、異国にいて(かどうかわからないけれど)漠然とした不安に駆られている作者が、映像として見えてきます。問題 句「つゆくさは なみだあつめの めいじんだ」内容はとても素敵です。なにゆえ分かち書きにする必要があったのでしょうか。

田中 怜子

特選句「刈田更け百鬼夜行の道が開く」こんな体験を子どもの頃したことある。怖くもあり、草叢から何かが出て来てくるような。特選句「秋雨やこの町もはや地図になし」さーっと白い雨がけぶり、いつもの町が見えなくなって しまった。そんな情景が目に浮かびました。それを地図になし、と。

大西 健司

特選句「虫すだく三半規管のような駅」三半規管をどう捉えるか難しいところだが、どこか迷路のような、それでいてひなびた駅が思われる。少し書き方が素っ気ない感じもするが特選にいただいた。問題句「ぬしさんはへくそか ずらでありんすか」こちらは文句なくおもしろい。ただ作者のしてやったり感が半端ないので問題作とした。へくそかずらはつらいよなあといったところ。

河野 志保

特選句「空ひらく鍵やはらかき渡り鳥」簡潔で大きな句姿にひかれた。「空ひらく鍵」が渡り鳥にぴったり。そこはかとない愁いが漂って余韻も豊か。

菅原 春み

特選句「虫すだく三半規管のような駅」三半規管とは良く見つけたと感動。特選句「流れ藻や耳を平らに音拾う」流れ喪と耳の平らの取り合わせがなんともいい。「露けしや針一本が足りなくて」いい味です。「空ひらく鍵やはら かき渡り鳥」やわらかい鍵が眼目か。「真葛原亡母(はは)に詫びたきこと一つ(寺町志津子)」共感します。季語がいい。「十六夜や島の飲み屋に蛸の這う」景色が見える。「鶏頭の髄まで雨は直立す」直立するとは見事。「ひだる神背負 いて下る紅葉山(松本勇二)」ひだる神も紅葉山も映像化できそう。「冬の雷袋の口が開かない(重松敬子)」なんだかおもしろい。

高橋 晴子

特選句「好敵手石榴笑むごと登場す」小気味よい感覚で好きな句。「石榴笑むごと」の具象化がよく効いていて、人物が見えてくる。私もこういう人物になりたいものだ。問題句「ドッペルゲンガー芒より窺いぬ」〝ドッペルゲン ガー〟が何なのかわからなくて辞書を引く。分身とか、自分の姿を自分で眼にする幻覚現象とある。で、面白いと思ったのだが、やはりドッペルゲンガーが一般的に知られていない言葉で、少し無理があるかなあ、それとも、この句が成功 しているとすれば、ドッペルゲンガーが普及する力を見る。いづれにしても面白い句。

小宮 豊和

今月は心ひかれる句が多かったが、ちょっと言いたいことのある句もあった。いただいた句の中から失礼とは思いつつ読み手の気持ちをお伝えしたい。「わたくしの中へもこぼれくる零余子」中七「中へも」の「も」は不要と思う のです。「中へこぼれてくる」などとした場合どう変わるかですが。「どんぐりころころ百歳で不良」百歳が老いすぎの感。兜太師も不良は卒業したようです。百歳以下を「不良現役七十五(歳〉)」としたら生々しすぎるでしょうか。「 芋喰らう夫婦というは修行かな(鈴木幸江)」下五「かな」は、「なり」などの方が良いと感じる。「かな」と置くとしたら「夫婦なること」などと、体言が必要だと思います。このようなことを思いつつそれでもいただいたのは一重に良 い感性、良い題材を取り上げられたことのすばらしさです。

漆原 義典

特選句「ふかし芋割ってちょうどいい関係」の、ほのぼのした雰囲気が伝わってくるのがうれしく特選とさせていただきました。ありがとうございます。

亀山祐美子

特選句『鶏絞めて漢の仕切る秋まつり』「鶏を締める」動作と「漢の仕切る秋まつり」のシンプルな事実の二物衝突の見事さ。めでたさ。収穫の喜びの拡がりを過不足なく表現する力強さと共に、農耕民族、狩猟民族としての集団 の規律、歴史さえ垣間見える。どっしりとした青空の見える五臓六腑に染み渡る一句。 久々の天志さんの裁きの連句も楽しい時間でした。ありがとうございました。

野﨑 憲子

特選句「大袈裟に見まわして恋赤のまま」これは初恋の景と直感した。たぶん、少女の。恋しい人を待つ川岸。風に揺れる赤まんまに焦点を合わせたその風情に惹かれた。「大袈裟に見まわして恋」のダイナミックな句跨りから、 胸の高鳴りがこちらにまで伝わってくる。問題句「かちりんと銀河つめたき骨である(増田天志)」この作品も、特に惹かれた句のひとつである。今回も、頂きたかった作品がほんとうに多かった。「銀河つめたき骨である」の把握に、驚 き、不思議に納得させられた。只「かちりんと」の「と」に引っかかり問題句とさせていただいた。

(一部省略、原文通り)

半歌仙<萩こぼれ」の巻

半歌仙「萩こぼれ」の巻
萩こぼれ宮人の舟漕ぎ出さむ
天志
  海濡らしをり瀬戸内の月
瞬夏
しらしらと朝を迎える花野にて
清子
  ひょいと振り向く崖の白馬
憲子
万緑に輝く命満ちてをり
  自転車飛ばす麦わらの女子
たかお
曾祖母の異国に遊ぶこともなく
幸江
  耳の恋しき舌の恋しき
ゆみこ
接吻のあとの名残りの紅残る
章平
  標本箱に羽ばたくかたち
瞬夏
はごろもの風の青さに乗るうすさ
ゆみこ
  からから笑ひ団子食ふ子ら
宏樹
冬の月天の高さの途中なり
  指笛鳴らし梟を呼ぶ
瞬夏
書に耽る師の顔蒼し夜明け前
憲子
  スターバックス我には苦し
たかお
酒に酔ひ男に酔つて花に酔ふ
清子
  遠く近くに陽炎の立つ
憲子

【通信欄】&【句会メモ】

安西 篤さんからのお葉書から~海程終刊も北朝鮮問題も関係のない香川句会の充実ぶりに鼓舞される思いで選を(三段階評価で)。【☆】「子規にふれ蓑虫にふれ国家論(若森京子)」「兄へ白秋桂馬のように飛んでいるか(松本勇 二)」「つるべおとし逃げまわる子と石鹸(矢野千代子)」【◎】「百日紅父母亡き家の屋敷神(稲葉千尋)」「行間をはみ出す叔母です秋暑し(寺町志津子)」「聖書読むように泉を見つめている(月野ぽぽな)」【○】「竜虎図やそこ に大ぶりな無花果(大西健司)」「蜂歩く二百十日の皿の縁(三好つや子)」「停戦は廃墟の街に鳥渡る(増田天志)」「姥百合や飯喰い男となり申す(野田信章)」「そばにゐて風になりたいすすきかな(野﨑憲子)」

10月の、高松での句会では、大津より参加された増田天志さんの捌きで、一年ぶりに半歌仙を巻きました。連句の、後戻りしないで、参加者全員で、先へ先へと巻いて行く作り方や、ベテランも、俳句初学の方も、同じ舞台に立つの が、さながら人生絵巻のようで、とても興味深かったです。また、いつか挑戦してみたいです。

写真は、島田章平さん撮影の横峰寺の野紺菊です。

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