2017年9月28日 (木)

第76回「海程」香川句会(2017.09.16)

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事前投句参加者の一句

地図に無い駅から始まる新涼 中野 佑海
余熱で煮えるオクラのような片思い 新野 祐子
落研の部員はひとり文化祭 野澤 隆夫
孤独死も悪くはないか黄落期 重松 敬子
子午線に風秋蝶を手放して 三枝みずほ
新松子海がすぐそこ島がそこ 亀山祐美子
餡こ練って練っておばあさんと秋茜 伊藤  幸
我が家馴れイタリア人の夜は長し 鈴木 幸江
停戦は廃墟の街に鳥渡る 増田 天志
靴下をはく日はかぬ日秋桜 菅原 春み
宿題をする日なりとんぼ釣る日なり 河田 清峰
この街に新しき家百日紅 中西 裕子
かごめかごめ戦さにゆかぬ秋の鬼 桂  凛火
シューマンは秋声となりて漂えり 田中 怜子
つるべおとし逃げまわる子と石鹸 矢野千代子
子バッタや跳ばぬ勇気と跳ぶ勇気 藤田 乙女
赤トンボまた先生を泣かせたか 藤川 宏樹
秋の蛇ピアスの少女振り向けば 島田 章平
虫籠に虫の死戦争は知らない 小西 瞬夏
なずむ身を青葉の山に置きて去る 疋田恵美子
この町が好きみんみんがご近所に 谷  孝江
いま僕は月から風を受けている 山内  聡
路地ゆくや蟷螂われを睨みおり 髙木 繁子
草を抜く老母の尻やちちろ鳴く 漆原 義典
体内は秘密のすみか薄紅葉 竹本  仰
れもん踏むもはや不滅を語るまい 銀   次
わからないこともわかった気のする秋天 柴田 清子
青柿落つ いつまでにらみ合うのやら 古澤 真翠
いまは月あかりはあなたの声 月野ぽぽな
降る降らずさぬきの畑にオクラ立つ 鈴木 龍二
百日紅父母亡き家の屋敷神 稲葉 千尋
コオロギが一匹鳴いている奈落 田口  浩
家路かな月の匂いの頭陀袋 若森 京子
竜虎図やそこに大ぶりな無花果 大西 健司
行間をはみ出す叔母です秋暑し 寺町志津子
消印は遠い山国金魚死す 松本 勇二
人間を七十九年広島忌 小山やす子
最中ほどの父の針箱小鳥来る 三好つや子
渡り鳥かなしいか空翔けるのは 小宮 豊和
くさひばりここをとおればここきずつく 男波 弘志
朝のカフェカシミヤセーター同じ色 夏谷 胡桃
葛の花盲(めしい)鑑真渡りし海 高橋 晴子
姥百合や飯喰い男となり申す 野田 信章
あの雲が消えたら決める穴惑い 野口思づゑ
曼珠沙華雨の背中を観てゐたり 野﨑 憲子

句会の窓

島田 章平

特選句「赤トンボまた先生を泣かせたか」人生に必ずある師との出会い。楽しい出会いもあれば悲しい出会いもある。その時には分からない一期一会。また、必ずある別れ。その時に心は動く。はるか時が過ぎて突然に思い出す出 会いや別れ。気が付かなかった師の涙。突然に蘇る記憶。赤トンボが甘く悲しくせつない。昨日の、赤トンボをめぐっての論争楽しかったですね。今、句評を書きながら思い出してつい笑ってしまいました。素晴らしいと思いました。個性 が音を立ててぶつかり合う世界、これがまさに海程の世界なのでしょうね。

藤川 宏樹

特選句「つるべおとし逃げまわる子と石鹸」6・7・4と定型を外しても句調よろしく、「つるべおとし」と「逃げまわる」の動きあり。「つる」と「石鹸」が動きに呼応しています。「子と石鹸」の切れある締めも効いて映像明 快、勉強になります。句会場にて拙句「赤トンボまた先生を泣かせたか」について伺った皆様の意見交換、盛り上がり楽しかったです。句を手放すと読み手がそれぞれの解釈を持たれること、実感できました。句会参加を楽しみに月3句、 時には苦しいノルマを果たしています。今後ともよろしくお願いいたします。

中西 裕子

特選句「行間をはみ出す叔母です秋暑し」行間をはみ出すというのびのびとした型にとらわれないおばさん、そのエネルギッシュな感じと秋暑しが合っていて、小太りであろう叔母さんのイメージが浮かびます。こんな叔母さんが いれば楽しくもあり、困惑もし、でしょうか。問題句「姥百合や飯喰い男となり申す」姥百合やの句で、難解でした、どういう意味か情景かわからず、解説いただくと、芭蕉の句に飯食い男なんたらという句があるそうなので調べてみよう と思いました。おそらく一年ぶりに参加、緊張もあり勉強になりました。

増田 天志

特選句「曼珠沙華雨の背中を観てゐたり」雨そのものの背中なのか、雨に濡れる曼殊沙華の背中なのか、それとも、雨に濡れる君の背中なのか。絶望的な愛を感じるのは、季語の効用か。

小西 瞬夏

特選句「聖書読むように泉を見つめている(月野ぽぽな)」この散文的な書き方。「聖書読むやうに見つむる泉かな」と俳句的はせず、字余りを選択。それが、なんとなくぼんやりとした空気を醸し出している。しかも、そのぼんやりは、ただの ぼんやりではなく、宗教的思索なのである。その精神性と空気感に共鳴した。

中野 佑海

特選句「魂の修羅しゅら燃ゆる芒原(疋田恵美子)」常に何かに闘いを挑み、欲望を削ぎおとし、まるで鬼に取り憑かれたように、しゃ嗄れていく。芒が原の荒涼感と魂の寂寥感がとてもマッチし過ぎて切ないくらいです。ちょっともう少し肩の 力脱いだ方が良いんじゃない!? 特選句「つるべおとし逃げまわる子と石鹸」どれもツルツルと両方の手からいとも簡単にくるくると抜けて行く。今年ももう秋、孫もあっという間に小学校へ行って、普段は婆は必要無し。石鹸まで此方をバカにするようにツルリと溝に落 ちて行く。もっとよく廻るのは我が口(愚痴)ばかりなり!!一つ言えば、「石鹸と」にした方が、リズムは良いと思います。孫にかまけて、毎日があっという間の六十代です。今月も楽しい俳句を有難うございました。

三枝みずほ

特選句「靴下をはく日はかぬ日秋桜」素足でいると自然の呼吸や人の体温や何か伝わってくるものがある。少し肌寒くなるとその感覚はよりダイレクトに鋭敏になる。靴下をはいて自分を守りたい日、裸足で自分を開放したい日、 そんな両方の感覚を秋桜が受けとめてくれているように感じた。

山内  聡

特選句「銀座にて落款を択る良夜かな(重松敬子)」銀座を筆頭におしゃれな言葉がずらりと整然とポエムになっている。多分、鳩居堂での詠句。「銀座」で俳句を詠んだことがないものですから僕も今度銀座に行った時は「銀座」を一句に詠 みこみたい、と思わされる一句になっています。とにかく「銀座」が効いているし「落款を択る」もお洒落ですしそこに「良夜」とこれまた季語の中でも僕がとても大好きな季語をチョイスされていて素敵な句になっています。おしゃれだ けではなく結局選ばれた落款はどのようなものを選ばれたのか?その落款をどこに使われるのか?そして多分落款を作者が手彫りされる様子など想像できてメチャメチャいいです。とにかく銀座と落款と良夜の組み合わせが最高です。あり がとうございました。

若森 京子

特選句「さりげないきつねのかみそりは恋だ(田口 浩)」さりげなく毒性のある「きつねのかみそり」に「恋」をぶつけた俳諧味のある一句に惹かれた。特選句「流れ星俗に感謝のしっぽかな」宇宙の流れ星に幸運を祈る人間。犬は㐂こぶと しっぽを振るが、日常において人間にも見えない感謝のしっぽがある。「俗に」の措辞により人間臭い本能を思う。流れ星で始まる独自な感覚の洒落た一句。

 
竹本  仰

特選句「聖書読むように泉を見つめている」なるほど、聖書を読む時の眼というのは、そんな様子なのかも知れないなと思いました。日により時により変化絶え間ない水であるが故の思念、瞑想、観想と、汲んでも汲んでも汲み切 れない、不可思議な源が感じられますものね。聖書と水というつながりに興を覚えました。そういえば、この間、仏事に出ていた牧師さんをお見掛けしましたが、そうなんですね、その方の眼はそのようであり、一人静かに黙念しておられ ました、ちょうどこの句のように。特選句「曼珠沙華雨の背中を観てゐたり」雨の背中、魅力的な表現を持ってきましたね。誰の背中かという連想も大事ですが、むしろ雨そのものの背中とみると、泣きの本然、泣きの源泉みたいなものが 見えてきて、そこが魅力の句だと思います。源へさかのぼる、その訴求力、想像力に一本やられたというところです、しかも異様に甘いムードで迫って来る、この一本は映画一本に匹敵するなあと感心です。特選句「なずむ身を青葉の山に 置きて去る」青春との訣別でしょうか。だが、青春を去ること自体も青春のなせるポーズだと見え、そこも含めての魅力をいただきました。兜太師の「水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る」も、もう一度帰って来るよという誓いの「置きて 去る」だと思いましたが、この句も同じ心なのだと深読みいたしました。「置きて去る」には或る戸惑いと割愛の嗟嘆かと感じられ、青春の魅力ありありとしています。問題句「ゴキブリの神経細胞街明かり(小山やす子)」 この句は、天才の作かと思い、しかし、そういう誤読の自身をたしなめるため、あえてそんなワタクシ事で、問題句にシフトさせていただきました。昔観ました竹内銃一郎の芝居で「月ノ光」という舞台がありました。プラハかどこかが舞 台で、猟奇連続殺人のなか、主人公の佐野史郎が叫んだセリフに、ああ、この町はぼくの脳細胞の中にあるんだ、というのがあって、今も頭にこびりついて離れないのですが、それがこの句と二物衝撃を起こしたということです。そうなん です、街はゴキブリの神経細胞になぞって作られていた、そういう解釈にしびれるのです。私ども人間の浅慮は、そうまでして尽くす奴隷状態を選んでいたのだとも思え、人間の自由というやつを大いにちくりとさせる名作だと、誤読士を しびれさせました。以上です。今回は字数多いです、いい作品多いです。みなさん、本当に毎回作品を読ませていただき、ありがとうございます。あらためて、感謝です。いつも、ありがとうございます。

矢野千代子

特選句「青柿落つ いつまでにらみ合うのやら」青柿がおちる。その予想外の響きにもにらみ合いは続く。さ~て、行司が必要かな? 特選句「くさひばりここをとおればここきずつく」:「ここきずつく」は言い得ての巧さ。シ ャープな感性がひらがな表記によって、より素直に伝わる。

月野ぽぽな

特選句「孤独死もわるくはないか黄落期」一つの、でも大きな達観・諦念。外から見て孤独と見えても孤独ではなく、孤独でなく見えても孤独であることもありうるでしょう。ありのままの自分を貫いていて生きてきたのならば、 どんな最後も最高のかたち。黄葉が喝采のようにきらきらと美しいです。

男波 弘志

「さりげないきつねのかみそりは恋だ」ずっとこの句のことを考えていた、何故上5が腑に落ちないのか、ふと「昼過ぎのきつねのかみそりは恋だ」そう呟いた。さりげない、が実は、さりげなくない、感情を一切言わないことで 恋の原始感が生まれるのでは。「落し文佛にもあるふたごころ」先ず。佛の文字のつくり、これは非ず、人に在らざる者、ふたごころ、その一端に過ぎない。ある時は悪をなさしめ、考えさせるのも佛、大乗の佛はうようよしている。「子 午線に風秋蝶を手放して」蝶が風を離れて飛翔することなどあり得ない。手放す、のは作者の精神世界、大乗虚空への飛翔。「寝る前にペンをもつ鶴のまばたき」端正な石田波郷の横顔、「吹きおこる秋風鶴を歩ましむ」この一行詩を思え ば、それでいい。「かごめかごめ戦さにゆかぬ秋の鬼」戦の鬼は武器を手にしている、野の鬼は赤い花をゆらゆらさせてい る。「虫籠に虫の死戦争は知らない」囚われの虫の死、(誰がつくったの、その死?)はまだ知らぬ戦争よりもリアルであろう。「いま僕は月より風を受けている」月光そのものが風に変容している。もしかしたら体中切られているかもしれ ない。「木の実落つ少女は持たぬ腕時計(三枝みずほ)」木の実、以外でも一句の姿は創れたはずだが、木の実のエロスと少女の素手、自分には少女の臍まで観えている。「消印は遠い山国金魚死す」手紙が届かない時間軸のなかで、死んだ金魚、赤の鮮 烈さをうしなった文字なのかもしれない。「あの雲が消えたら決める穴惑い」娑婆を去るには、去るだけの理由がいる。自分には娑婆に居るほんとうの意味がまだ解っていない。だから、去るだけの意味もわからない。風景なのか、心象な のか、ことばなのか、声なのか、それもよく解らない。個であるとき存在はなくなるのかもしれない。

古澤 真翠

特選句「いま僕は月から風を受けている」素直な表現でありながら、勇壮な景色が浮かび上がる句に、暫し心を奪われました。

稲葉 千尋

特選句「新松子海がすぐそこ島がそこ」まさに実景であろう。私は尾道がすぐ頭に浮かび、五、六回言った尾道を想っている。特選句「体内は秘密のすみか薄紅葉」人間の体は不思議なものである。本当に秘密の棲である。誰もそ うであるが、何処かわからない事が良く起る。〝薄紅葉〟よし。  

鈴木 幸江

特選句「余熱で煮えるオクラのような片思い」よく考えると片思いというのは、自分の安全を守るタイプの恋だと私には反省される。それは、あんまりに過ぎてはいけないオクラのようで、余熱で煮るのがベストなのだ。言葉では 伝えられないような意味深なことを表現している句だと感心した。問題句「ゴキブリの神経細胞街明かり」この句を、私は、科学句と命名したい。科学的な気付きを課題としたところに注目した。こういう句もあってもいい。夜行性のゴキ ブリの神経細胞に街明かりは、どんな刺激を与えているのだろうか。そして、どんな反応を起こしているのだろう。人間にだって異変が起きていることだろう。進化論的にちゃんと考えて置きたい課題提議の一句だ。今回は、将かの夫の初 参加。一度行ってみたいと思っていた松山の子規記念博物館で子規の生き様に感銘し、刺激を受けた所為か。その結果の作句挑戦である。載せていただきありがたい。皆さま読んでくださり本当に有難うございます。

伊藤  幸

特選句「姥百合や飯喰い男となり申す」諧謔の中にも何と侘しい句であろう。男がリタイアした後の情けない現実、社会現象となっている。趣味でも持っている人は未だ良いが、家でゴロゴロしている人も多いと聞く。「俳句でも 如何?」とお勧めしたいところだ。

亀山祐美子

「センチメンタル」論争面白かった~特選句『蜂歩く二百十日の皿の縁(三好つや子)』「蜂」は春の季語だが「二百十日の蜂」なので問題はない。「皿の縁をただ蜂が歩いている」だけなのに、緊張感があるのは季語の斡旋が良いからに他なら ない。うまい一句。特選句『そばにゐて風になりたいすすきかな(野﨑憲子)』誰のそばにいるのか。「それぞれの大切な人」へ想像が膨らむ。「風」以外のひらがな表記の柔らかさがより一層「風」を際立たせる。「すすき」のなびく草原の広がりを 感じさせてくれる好きな一句。ただ、気になるのが「なりたい」の「たい」が希望の意を現す助動詞なら文語体では「たし」の連体形「たき」になるのではなかろうか。「そばにゐる」の「ゐる」が文語体なので気になる。一句に混在は避 けたい。どちらかに統一したい。私は文法が苦手なので、いつも不安だ。間違ってたらごめんなさい。どなたか教えて下さい。読みを「ひらがな」にする時も確認必須で、文法は本当に苦手。いつも辞書と首っ引き。知らないことが多過ぎ る…ではまた。句会報楽しみに致しております。

大西 健司

特選句「家路かな月の匂いの頭陀袋」どこか負のイメージがある頭陀袋。そんな頭陀袋が月の匂いがするという。家路をたどりながら、どこかほっこりする気持でいるのだろう。やさしい気持にさせてくれる句だ。

三好つや子

特選句「餡こ練って練っておばあさんと秋茜」おはぎの餡をつくる母にくっつき、味見をねだった子どもの頃を思い出しました。日本人のDNAをくすぐる郷愁感に満ちた句です。特選句「かごめかごめ戦さにゆかぬ秋の鬼」不可 解な歌詞ゆえに、怖い都市伝説を生んでいる童謡「かごめかごめ」と、秋の鬼との取り合わせに、作者の深い思いがありそうで、惹かれました。入選句「曼珠沙華雨の背中を観てゐたり」ひと雨ごとに夏が遠のいていく詩情を、雨の背中と いう言葉でうまく表現。曼珠沙華がさりげなく効いています。

野澤 隆夫

特選句「行間をはみ出す叔母です秋暑し」:「行間を読む」は「表面に出ない真意をくみとる」こと。その「行間」をはみ出すとんでも叔母さんに、何とも言えない面白みがあります。叔父さんではだめです。問題句「棒アイス陰 の高架に火消し立つ」棒アイス、高架、火消し。何か謎めいてます。ミステリアスな感じがして不気味です。今回の選句、135句を3回声に出して丁寧に読みました。これはという言葉は電子辞書、スマホをひきつつ。皆さんどの句もよ く練られていると、感心させられました。ちなみに調べた季語、語彙を列挙してみます。 オクラ、慟哭、通草、黄落期、聚楽第、プレリュード、子午線、逃げ水、収斂、秋燕忌、ひとかど、いっぱし、地殻、草庵、秋声、処暑、なずむ、 茸、微温 、太陽フレア、頭陀袋、施餓鬼、青僧、髻、頤

 
夏谷 胡桃

特選句「餡こ練って練っておばあさんと秋茜」。絵本のばばばあちゃんが餡こを練っている絵が浮かびました。お彼岸です。夫の母が山ほどのお萩を作っていたのも思いだしました。わかりやすく躍動感あるいい句だと思います。 こういう句を作りたいです。

谷  孝江

特選句「あおむけのままで眠っていて花野(月野ぽぽな)」この句の中の、大らかさが好きです。雲の流れも草の穂の揺れも自由に身ほとりを通りすぎてゆきます。恋も悔いも不平不満もあったでしょうが、すべてが良しと思っていらっしゃるの でしょうか。先日も、かかりつけの医師より、人の最期の仕舞い方で、その人のこれまでの人生が分かります。大切な事ですよ、と教えられてまいりました。全くその通りだと感じています。感謝感謝の毎日でいようと心に決めています。

野田 信章

特選句「秋の蛇ピアスの少女振り向けば」句の主体は少女である。ピアスの少女との一瞬の出会いが呼び込んだ「秋の蛇」との感応は多分に生理的であり、上句に配置することで「秋の蛇」の暗喩力が作用して、ピアスの少女の存 在感を陽のぬめりと共に際立たせている。特選句「子規にふれ蓑虫にふれ国家論(若森京子)」:「子規にふれ」さらに「蓑虫にふれ」としたことで、この渾沌の世に大言壮語すべき国家論ではない視点を持つ作者の立ち位置の明確な句として読めた。

疋田恵美子

特選句「この町が好きみんみんがご近所に」都会から地方へいらしたお方でしょうか。みんみんがご近所とは素敵。特選句「何もかも捨てて蓮の実ぽんと飛ぶ(重松敬子)」この年代になりますと同感。ぽんと飛ぶが、爽やかに力強く生きる姿 が見えて良い。

柴田 清子

特選句「いま僕は月より風を受けている」月の光ではなくて風。この風に酔はされました今年の中秋の名月にはきっとこの句口にしている特選です。特選句「そばにゐて風になりたいすすきかな」言葉は易く、思いは深い。この内 容を支えている「すすき」が、とってもいい。秋思である。ひとりごと・・・五十年も一緒にいる、もう風になってくれてもいいし、風になりたい。

桂  凛火

特選句「さりげないきつねのかみそりは恋だ」:「さりげないきつねのかみそり」ってなんだろう。たぶんこれは虚構だと思うのだけれど、「さりげない」の措辞にこころをつかまれた感じだ。「恋」を定義するのにさりげないと狐 と剃刀は道具立てとしておもしろい。恋はいつのまにか始まる。きつねのようにだましだまされるスリルがある。時には己に向かう刃物ともなる。そんな3要素をくっけた俳句と思ったら楽しい。恋だの断定も潔くてよいと思いました。

田口  浩

特選句「半月や東半分西半分(山内 聡)」句に解釈は無用である。ザックリと半月を詠んで上々。巷間、〈月は東に日は西に〉〈駅に西口東口〉等があるが、この作品の魅力は見えていない半月にも意(こころ)を動かしているところである。 俳諧不思議であろう。特選句「くさひばりここをとおればここきずつく」こう言った作品に理屈をならべるのは野暮であろう。〈ここをとおればここきずつく〉か?傷つくのである。そう肯定できる人が、繊細な草雲雀のフイリリ、フイリ リと鳴く音色に爽やかな秋を身体で体験できるのである。句はそのことだけを詠している。

松本 勇二

特選句「最中ほどの父の針箱小鳥来る」:「最中ほど」という喩一発の作品。季語も相俟って父上の清新な生活が見えてきます。問題句「わからないこともわかった気のする秋天」閃きに冴えがあります。「わからないことも」の「 も」を取ればもっと冴えてくると思います。

小山やす子

特選句「流れ星俗に感謝のしっぽかな(竹本 仰)」成る程なぁと素直に響きました。

寺町志津子

特選句「最中ほどの父の針箱小鳥来る」句の主人公の「父」は、とうに妻に先立たれた独り身に違いない。妻に先立たれ、言い知れぬ孤独感、寂しさに耐えながら暮らしてきた父を、子である作者は、何かにつけて手助けしたいと 思っているのに、子に面倒を掛けないように、例えば釦付けなどは、慣れぬ手つきながら自分で処理するような父である。その父の針箱は、最中ほどの小さな箱。針箱を見つけた作者は、寡夫となった父を大変いとおしく思いながら、時間 の経過とともに自立していく父に、軽い安ど感を得た。「小鳥来る」の季語の温かさが、それをよく象徴しており、母を先に亡くした私は、寡夫となった亡父の底なしの寂しさ、健気な生きざまを思い出し、感動しました。

重松 敬子

特選句「竜虎図やそこに大ぶりな無花果」もう少し整理ができたらと思いますが、この作意を感じさせない表現が、魅力なのかも知れません。無花果を持ってきたのは、お手柄でしょう。

河田 清峰

特選句「蜂歩く二百十日の皿の縁」迷い入り来た蜂が逃げもせず歩くそれも欠けやすい縁を…二百十日と響きあう句だと思う。

新野 祐子

特選句「葛の花盲鑑真渡りし海」昔から人の暮らしに活用されてきた葛は、生命力の旺盛さにおいては他のつる性植物を凌駕します。その花は秋の七草とされているように風情があり、よい匂いもします。日本の文化に大きな影響 を与えた中国の高僧鑑真は、悪天候のなかの渡航により盲目となります。このドラマチックな光景が「葛の花」により読む者の脳裏に鮮明に刻まれます。特選句「わからないこともわかった気のする秋天」秋の空を仰いでいる心境は、この 句にぴったり。晴れやかですね。疑問や矛盾をいっぱい抱えている日常、顔を上げて空を眺めましょう。入選句「あの雲が消えたら決める穴惑い」どちらかというと嫌われ者の蛇だけれど、よく見ると一重瞼の目がかわいらしい。ひとり静 かに雲を見て秋を惜しんでいるのですね。

銀   次

今月の誤読●「草いきれ鼻の奥にロバがいて(夏谷胡桃)」。なんともシュールな句である。「草いきれ」というのだから、たぶん場所は田園か草原であろう。時期的には熱気に包まれた夏の盛りと思われる。そんななかで作者は「鼻の奥に」 「ロバ」がいるのに気づいたというのがこの句である。さて、まずどうして気づいたのかという問題がある。鳴いたのか。ロバがどんな鳴き声をあげるのかしらないが、(たとえば)ブヒッと鳴いたとたん、おっロバだ、とわかったとすれ ば作者はなかなかロバに精通していると思われる。もしかしたら飼っているのか? いやまあ、それはいい。最大の謎はそのロバがどうして、(あるいは)どのようにして「鼻の奥」などに入ったかという点である。大小の比較ひとつとっ てみても、人間の鼻にはロバは入らない。北島三郎の鼻でもムリである。比喩的な表現として「目に入れても痛くない」というのがあるが、あいにく無学なわたしは「鼻に入れても痛くない」という言葉はしらない。いやいやいやいや、痛 いだろう。ロバだよロバ。ふつう死にません? それともクシャミしたとたん、鼻の奥からロバが出てきて「なんでもいい。みっつの願いを叶えましょう」とでもいったのだろうか。アラビアンナイトでは王さまの機嫌をとるために、千夜 一夜、さまざまな奇譚を話して聞かせたという。その類いなのかとも思う。だとすれば語り手のシェエラザードはその場でクビを刎ねられていただろう。いずれにしろ、この句は、カフカさえしのぐ不可思議に満ちている。希代の奇句にし て、近代文学の最前衛に位置する作品と思われる。傑作だ。

菅原 春み

特選句「地図に無い駅から始まる新涼」季語の取り合わせが新鮮。特選句「発音のきれいなロボット望の月(伊藤 幸)」ロボットにすべて奪われそうな人間と季語が妙にあう。

漆原 義典

特選句「コオロギが一匹鳴いている奈落」秋の静けさ、もの悲しさをコオロギ一匹鳴くがよく表現されていると思います。また奈落がいいです。

野口思づゑ

特選句「この街に新しき家百日紅」もしかしたら人口が減ってきている街なのでしょうか。そこに将来を見ている家が建築された、百日ずっと紅というサルスベリの漢字を下5に持って来た明るい句です。問題句「余熱で煮えるオ クラのような片思い」面白い発想だとは思うのですが、その程度なら波風もたたず軽い片思いなんだろうと思ってしまった。

藤田 乙女

特選句「何もかも捨てて蓮の実ぽんと飛ぶ」いろいろな煩悩に苛まれ、執着心から抜け出せない日々、このような境地になりたいとおもいました。特選句「しなやかに肌すべらせて秋の蛇(島田章平)」蛇という文字さえも嫌いな私ですが、こ の句には大変惹かれました。

小宮 豊和

特選句「落し文佛にもあるふたごころ(谷 孝江)」ふたごころとは、普通、二人の異性を同時に愛することや、味方や主君にそむく心を言うが、広く解釈すれば、白も黒もとか、相反する事実をそれぞれ、それなりに理解するとか、社会現象 にもあてはまると考える。作者は、ふたごころが佛にもあるという。佛智あるいは神智を人智をもって推定し、ずばり断定したわけである。ここがおもしろい。ほんとうにそうであるかそうでないかは、俳句では関係ない。作者がそのよう に確信し、読者がそれなりに納得する。それでいいのだと思う。

田中 怜子

特選句「行間をはみ出す叔母です秋暑し」この叔母さんはどういう人なのか、興味深々。特選句「朝のカフェカシミヤセーター同じ色」一寸気取って、こんな朝もいいですね。多分、1人で来たのかきちんとした日常を大事にする 人の生活。

高橋 晴子

特選句「最中ほどの父の針箱小鳥来る」父上の性格や親子関係に好感がもて、表現が適切でうまい。問題句「人信じねば生きられずコオロギよ(谷 孝江)」言葉だけに終って具象化が欲しい。「コオロギよ」も、今ひとつ、上五、中七に対し て感覚が冴えないような気がする。

野﨑 憲子

特選句「いまは月あかりはあなたの声」真清水の滴りのような、清新な風の囁きのような一句に立ち止まった。作者は、人間を超越しているのかも知れないと、おもった。破調の調べの見事さ。大いなるいのちの、荘厳なシンフォ ニーがこの句から流れてくる。問題句「草いきれ鼻の奥にロバがいて」とても惹かれた句である。ロバの、蒸した麦藁のような鼻息が、行間から伝わってくる。一読、「鼻の奥にロバ??」この意外性が、素晴らしい。どちらも、創作意欲 を喚起してくれる作品である。拙句「そばにゐて風になりたいすすきかな」の表記に付いて、文語表記にするなら「なりたい」は「なりたき」であるべきだというご指摘を受けた。まったくその通りなのだが、今回は、敢えて混雑のまま出 させていただいた。こういう作品も可とする句会でありたい。日本語もまた、生きものであるとおもうのだが、如何?

熊谷市のデパートで、創業記念企画展「金子兜太と金子家の俳人たち」がありました。企画プロデュースは、時田幻椏さんと言う金子先生の母校熊谷高校の後輩の俳人です。「海程」には属さず金子先生に師事し、独自の発想での展示 がとても新鮮でした。時田さんが送って下さった企画展の映像アドレスです。 https://youtu.be/3S3u1yCmOcM  ご覧ください。見所満載で、中でも、先生の近影と、横書きの色紙の「ありがとう」の文字が圧巻でした。「海程」香川句会も 、一回一回の句会を大切に、ますます多様性を帯び、熱く渦巻いて参りたいです。ご参加の皆様、今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

朝顔
朝顔の紺にこと寄せ娑婆を去る
男波 弘志
朝顔や江戸っ子三代無一文
島田 章平
日輪に海が従う朝顔も
田口  浩
朝顔や音楽室に温度計
藤川 宏樹
黒猫の消えた窓より月の指
島田 章平
星月夜人も来ぬのに粧ふて
中西 裕子
笹持ちて月を仰ぎて詠み狂ふ
山内  聡
ロッジまで月白に入る食足りて
河田 清峰
アスファルト道路へ寝っ転がって三日月
野﨑 憲子
月入れて鏡合せることすなる
柴田 清子
釣瓶落し
鴉の群れ北へと釣瓶落しかな
山内  聡
ジャズ始まりて異人坂の釣瓶落し
三枝みずほ
人生も釣瓶落しとなり嗚呼
鈴木 幸江
山中の迷子に釣瓶落しかな
小宮 豊和
無患子
先生はメモ魔わたしは無患子に書く
野﨑 憲子
ずぶ濡れで膝を抱えてむぐげの実
銀   次
無患子や風の弔ふ小町塚
島田 章平
無患子や海が見たいと叫ぶ人
鈴木 幸江
無患子の実や絶食は辛かろう
田口  浩
無患子やあたたかそうに数珠置かれ
男波 弘志
バッタ
来生はバッタのごとくはねて生く
中西 裕子
レットイットビー思い切り遠くへバッタ
柴田 清子
いちにちの出来事話すバッタかな
三枝みずほ
はたはたや航空路避け着地せる
河田 清峰
解のなき犬とバッタの関係式
鈴木 幸江
曼珠沙華
曼珠沙華融通の利かぬ私です
藤川 宏樹
山姥に誑かされし曼珠沙華
河田 清峰
師はいつも風を観てゐる曼珠沙華
野﨑 憲子
唐突に地より湧きけり曼珠沙華
小宮 豊和
曼珠沙華長寿眉が邪魔なのだ
田口  浩
曼珠沙華詩の行間のこわれそう
男波 弘志
球根をいただき白の曼珠沙華
山内  聡
曼珠沙華空中都市の道の端に
銀   次
返り花
帰り花裏木戸に陽の差して
柴田 清子
返り花手紙を書いて又出さぬ
中西 裕子
後から時間が迫まる返り花
田口  浩
返り花ならんと小さく喘ぐ花
鈴木 幸江
返り花夢のなごりは水の中
三枝みずほ

【通信欄】&【句会メモ】

本句会の仲間、月野ぽぽなさんの『人のかたち』が今年の角川俳句賞を受賞しました。おめでとうございます!「海程」終刊へ向けて大きな華が開きました。ニューヨークから世界最短定型詩の女神としてますますのご健吟とご活躍を祈念いたします。

安西 篤さんからのお葉書から~このところ多忙と夏バテが重なり、どうにも頭が働きませんが、香川句会報に励まされる思いで選だけしてみます。【☆】男滝女滝内ポケットに知らない鍵(伊藤 幸)」虹は空の美しいかすり傷です (月野ぽぽな)」「難聴や玉音はもう玉虫の羽音(若森京子」【◎】「地にしみる朝蟬シリアの子の黒眼(野田信章)」「銀蝿唸る忠治の役者眉太し」「原液はあまりに素直秋の蛇(野﨑憲子)」【○】「蜘蛛ずもう集金鞄抱いて見る(三 好つや子)」「青榠樝若き空海立つごとし(高橋晴子)」

台風接近中の雨の中、会場、ほぼ満杯のご参加で句会は始まりました。事前投句の合評では、「赤トンボまた先生を泣かせたか」の句に、会場に居た作者もびっくりするような様々な鑑賞や、論争が展開し、句会の醍醐味を満喫しまし た。続く<袋回し句会>も、緊張の中に笑い声の爆発する充実した楽しい句会となりました。<袋回し句会>は、掲載の快諾を戴いた方のみの作品です。

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