第93回「海程香川」句会(2019.03.16)
事前投句参加者の一句
充実の晩白柚(ばんぺいゆ)に自由あり | 鈴木 幸江 |
幼稚園児の「赤勝て白勝て」ひなあられ | 中野 佑海 |
水の過去点字で話すリュウグウ | 中村 セミ |
3・11ひとりになれば一行書く | 若森 京子 |
抽斗に春の記憶と合鍵と | 谷 孝江 |
もの思うとき陽炎は生まれます | 月野ぽぽな |
蛇穴を出で乳呑み児がのむひかり | 竹本 仰 |
亀蚯蚓鳴く世界なり我もいて | 寺町志津子 |
ふり返へるともうぶらんこ揺れている | 柴田 清子 |
花期ながき臘梅呵呵と師はありき | 野田 信章 |
あらまあ世界中がたんぽぽです | 伊藤 幸 |
虹の種ときに火の種保育園 | 三好つや子 |
売れて良し売れなくて良し婆に日永 | 小宮 豊和 |
河津桜大揺れこの身揺れてをり | 高橋 晴子 |
フクシマといい沖縄といい蓮根太る | 稲葉 千尋 |
水輝るやトトトトトトと春の音 | 藤川 宏樹 |
確かに猫は虹の根っこにつまずいた | 大西 健司 |
小鳥を埋葬スノードロップ開き始む | 新野 祐子 |
春のくさぐさの去来するくさぐさ | 田口 浩 |
春二番ケバブ屋台の列まばら | 高橋美弥子 |
囀りや「火の鳥」2巻返却す | 野澤 隆夫 |
鶯とポニーテールの間かな | 松本 勇二 |
満天の星空のもと被災地あり | 田中 怜子 |
春愁やビニール袋の1g | 銀 次 |
鳥曇り鎖のように背骨ある | 榎本 祐子 |
夫という特異な他人内裏雛 | 野口思づゑ |
佐保姫の鎖骨さらりとみせらるる | 河田 清峰 |
一本松光の海に向かい合う | 桂 凛火 |
鳥雲に約束ならば貝とした | 男波 弘志 |
ほんとうの居場所はいつも菫咲く | 河野 志保 |
集団の行動苦手菜の花黄 | 藤田 乙女 |
春立つやいのちの電話そっと受く | 吉田 和恵 |
アフリカの太鼓の音よ春の土 | 豊原 清明 |
たんぽぽの絮吹く歯舞色丹へ | 重松 敬子 |
佐保姫の裳裾を濡らす立ち尿 | 島田 章平 |
雛の首くるり百姓一揆かな | 増田 天志 |
吾子遊ぶ沖縄の浜雲低し | 佐藤 仁美 |
余生なお梅の薫りの只中に | 小山やす子 |
自画像はみな後向き月朧 | 菅原 春み |
絡みつく雄蕊の想い梅の花 | 高木 水志 |
陽炎にミモザの花の紙風船 | 漆原 義典 |
身をたたく雨だけを雨だとおもう | 三枝みずほ |
乙女らが酸葉噛んでるどっと水音 | 矢野千代子 |
菜の花や牛は鼻から近づきぬ | 亀山祐美子 |
あまねく光りよ弥生讃岐の糸車 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 中野 佑海
特選句「雛の首くるり百姓一揆かな」近日本の歴史をびっくりするくらい的確に十七音で言い得て妙です。阿波の人形浄瑠璃の頭を観ている様な臨場感すら覚えます。特選句「たんぽぽのぽたんぽぽぽた帰り道[藤田 乙女」ぽの字の 連続が足跡が道にずっと付いて残っているようで、自分の心残りも表して。また、明日も一緒に遊ぼうね!狸のぽんた!今月はとても盛り上がっていたようで、参加出来ず残念でした。
- 藤川 宏樹
特選句「蛇穴を出で乳呑み児がのむひかり」芯から光を発し透けるような乳呑み児。「のむひかり」が「蛇穴を出で」と響き合います。今月、高齢者仲間入りを果たした私に乳呑み児がいよいよまぶしく映ります。
- 増田 天志
特選句「鳥雲に約束ならば貝とした」貝は、正直。言葉うらはら、もう、こんなにも、目覚めているよ。
- 高橋美弥子
特選句「水輝るやトトトトトトと春の音」オノマトペが楽しい一句。あちこちで春が来たことを知らせてくれるようになりましたが、これは小川でしょうか。トトトトトトだけで春の楽しい気分や期待が伝わります。「と」の韻でより 楽しさがふくらみました。「水温む鎖骨は空を飛ぶかたち」こちらも好きな一句。確かに鎖骨ってそんなかたちをしています。問題句「確かに猫は虹の根っこにつまずいた」散文的にしたのは作者の意図であろうか。生きた猫とも死んだ猫と もとれる句。死んだ猫は虹の橋を渡って飼い主が来るのを待つとも言われている。無類の猫好きのわたしだが読みが幾通りも存在するなと思った。
- 島田 章平
特選句「春立つやいのちの電話そつと受く」立春とは寒中の厳しさの名残を充分感じつつ、意識を春へとゆっくり向けてゆく季語とある。青春と言う定まらぬ春。思い通りに行かぬもどかしさと膨らむ希望、その間で心は常に揺れる。 命と真剣に向かう最初の試練。おもわず手にする電話。掛け手の迷いを包み込む様にそっと受話器をとる手。迷う魂と救いたいと言う心が触れ合う一瞬。「命の電話」を「そつと受く」と言う表現で受け手の温かな心を表現した佳句。
- 若森 京子
特選句「亀蚯蚓鳴く世界なり我もいて」この世界は俳句界の事で有ろう。自分もこの粋な世界に身を置いている。一句自体が俳諧の世界である。特選句「虹の種ときに火の種保育園」泣き笑いの保育園の一日を表現しているのであろう 。〈虹の種〉と〈火の種〉の対比が面白い一句にしている。
- 稲葉 千尋
特選句「ふきのとうパンタグラフは火を放つ(増田天志)」パンタグラフの炎は青白いふきのとうとの取り合わせの良さと実感。
- 谷 孝江
特選句「3・11ひとりになれば一行書く」一度も戦争の無かった平成もあと僅か。でも決して忘れてはならない大変な事がいくつかありました。八年経っても十年経っても3・11は忘れられません。句の作者も、きっとひとりにな った時思いの行き着くのは3・11でしょう。日本人である限り誰もが同じです。日記の中の一行に書き留められたのでしょう。一行であればより思いが深まります。私もあの時刻には手を合せています。生き残った人たちもどうかお元気で との思いも込めて・・・・。
- 漆原 義典
特選句「夫という特異な他人内裏雛」は、老いも若きも夫婦という微妙な関係、信頼・愛情・感情の微妙なズレ、良き夫婦であるという隣人に対する装いなどいろいろな面を、「内裏雛」で良く表現していると思います。素晴らしい句 をありがとうございます。
- 佐藤 仁美
特選句「ふり返へるともうぶらんこ揺れている」この句を読んだ瞬間、空っぽのブランコが揺れている映像が頭に浮かび、春の風を感じました。特選句「菜の花や牛は鼻から近づきぬ」春ののどかな風景を、さらりと詠んでいるのに、 強烈に映像が出てきます。菜の花の黄色と牛の鼻の黒の対比、牛のゆっくりとした動き、鳴き声、暖かい温度、土の匂い…。私もいつか、このような句を詠みたいと思いました。
- 野澤 隆夫
特選句「春の雷結婚するって本当ですか(吉田和恵)」:「春の雷」。まさに結婚するんだ!という驚き!が目に見えます。結婚するんだと知った時の驚きと、ちくしょうと思う、うらやましさにあふれてます。特選句「アフリカの太 鼓の音よ春の土」:「春の土」に「アフリカの太鼓の音」を聞いたというスケールの大きさにビックリです。問題句「能書きを垂れぬデュシャンや春の水(藤川宏樹)」まずもって「デュシャン」が何かわからず?変わった飲み物かと思ったり して…。さっそくスマホで当たる。マルセール・デュシャン。フランスの芸術家だと。髭のあるモナリザ、自転車の車輪、便器も芸術作品になってる。どうも「能書き」を必要としない作品らしい。ビックリ!!した問題句。
- 野田 信章
「水温む鎖骨は空を飛ぶかたち」の句は、鎖骨二本の物象感を把えて、「飛ぶかたち」と言い切る気力に早春の大気の漲りを覚える。そこに句の若さがある。☆すでによく出来た句を認めつつ、そこに作者の素顔がうかがえる句に鮮度 を覚えつつ選句しました。春本番。26日は、桜の山の吟行会。先ずは、市内の江津湖や、水辺、動植物園の吟行会で素材を求めて即興・即吟・即物を試行したいと計画中です。
- 大西 健司
特選句「フクシマといい沖縄といい蓮根太る」フクシマそして沖縄問題。様々に作者は憂慮し、もどかしさを覚えているのだろう。泥深く太る蓮根に生命の逞しさを思いつつ、再生への思いを深めているのだろう。そんな思いの深さに 共鳴する。
- 柴田 清子
特選句「3・11ひとりになれば一行書く」たった十七音に、遠くはなれている私には、思いめぐらすことの出来ない海より深い、今も続く思いが、この最後の『一行書く』で言い表せていると思ったりした。忘れてはならない3・1 1、永久保存短詩特選です。
- 田口 浩
特選句「春陰や壁の中何人かいる(柴田清子)」一読、ポーの「黒猫」を思った。上五が、「春陰の」ではなく、切れ字「や」が句をより深くした。陰惨にしたと言ってよい。壁の中に塗り込められた何人かのゾンビが見えてくる。春 陰の怪奇を詠み切っていよう。特選句「たんぽぽの絮吹く歯舞色丹へ」四島返還は内意に止めて、昔流行した「アリュシャン小唄」の一節を懐しむ。〝海を離れた歯舞にゃ、死んだ親爺の墓がある〟歯舞、色丹、美しい名前である。そこに日 本人の墓がある。春、たんぽぽの穂絮が飛んで行く。☆今年は桜が早いそうですね。平成が終ります。私はテレビはあまり見ないのですが、皇室番組は好きで時々見ることがあります。今上天皇や、美智子妃殿下の、お顔を見ていると、ガサ ツなココロがヤスラぎます。ご自愛ください。
- 中村 セミ
特選句「鳥曇り鎖のように背骨ある」季語の〈鳥曇り〉は秋冬を過ごした鳥達が帰ってゆく春の曇り空を示しているが、真に寒いところで生き、寒いところに帰る時も、空は鎖のような背骨を見せる。鳥達がとんでゆく光景か、寒い場 所へ大自然が見送るのかは分らないが、厳しいものを読んでいるこの句は好きだ。
- 高木 水志
特選句「売れて良し売れなくて良し婆に日永」年金暮らしのお婆さんが人と関わるために商売をしている姿を連想させる。日永との取り合わせが良い。
特選句「あまねく光よ弥生讃岐の糸車」なんと心地よい俳句でしょうか!たったの五・七・五、されど五・七・五から生み出される実に美しく豊かな詩情。上五の「あまねく光よ」によるスケールの大きさ。季節は弥生。今正にその光 を浴びている讃岐の糸車。そのピンポイント的表現により景が鮮やかに浮かび、作者の讃岐の糸車への愛着心もひしと感じた。句全体から生ずる宇宙一体となった伸びやかさ、大らかさ、明るさ。作者ご自身も、きっと懐深く大らかで、明る く、感性豊かな方に違いない。誠に魅力ある大好きな句である。
- 田中 怜子
特選句「蛇穴を出て乳呑み児がのむひかり」乳呑み児が口をあけて、ひかりが皮膚をとおって光るようなすがすがしさとかわ いらしさが希望を与えてくれるような、映像が浮かぶ句です。「帰る家ありさくら咲く並木あり」も、一市 井人のつつましい生活安堵感、喜びが出ていると思います。
☆3月19日に、興福寺中金堂落慶記念 東京特別公演に行きました。テーマは「天平文化空間の再構成」です。ロバート・キャンベル氏は「奈良と興福寺に関して」、多川俊映興福寺貫首の「天平文化空間の再構成」です。ここでは、キ ャンベル氏の話の中で興福寺のことは省略して面白いと思ったことを書いてみました。日本は1300年を超える文学の歴史、文字をもっての記録、心の記録は世界にはない(例えば中国では時代が変わると焚書ということがありますから)。 また、それを伝えるために写したり(写経では、書き写す専門官がいて、一字でも間違えるとえらいことだったそうです)また木版技術も精巧になったことで今まで伝わってきたのです。私も木版刷りの本を見たことあるし、持ってもいまし た。キャンベル氏は19世紀、文化文政期の前から幕末の初期までの日本文学を研究している方です。木版刷り、和綴じの本を読みこんでいます。当時の日本の知識人は、万葉集や古事記、源氏物語等の古典学を学び、長崎等から大陸やヨー ロッパの知識を取り入れていました。教養として知識を積み重ねたのですね、座学ですが。伊勢松坂生まれの本居宣長は、名文家として名高く、江戸時代の人は彼の本をすでに読んでいた状況だったそうです。そして弟子3,4人を連れて伊 勢松坂から奈良のほうまで旅をした行程を「菅笠日記」としてまとめました。宣長の時代には、女性も旅行するなど流行っていたそうですが、やはり旅は危険です。弟子の出身地の有力者に手紙を書いていろいろと案配をしてもらって旅をし ました。有力者のところで1,2日いて、すでに宣長の本を読んでいる村人たちに講義し、村人も宣長の謦咳に接して喜んだことでしょう。そしていくらかの謝金を貰いながら旅を続ける。彼は常に嗅覚を働かせ、村の人々と交流し、踏査し 、感覚器官をフルに使って、経験、体験を擬古文としてまとめあげたのが「菅笠日記」です。宣長は音に敏感で鐘の音のことなど書いてあるそうです。吟行も、あれやこれやの知識がある上で、その地に足を踏み入れ、その体験を五感を通し て得たものを句の形にする、俳句と文の違いはあっても似ているなと思った次第です。
- 銀 次
今月の誤読●「風を呼び沖へ沖へと二つ蝶(野﨑憲子)」。雄蝶と雌蝶がいた。二羽の蝶は恋仲だった。その蝶らは島の花畑で暮らしていた。日はさんさんと降り注ぎ、風穏やかで、蜜はたっぷりあった。なに不自由ない暮らしだった 。ただ雄蝶はときどき花に羽を休め、ふうとため息をつくことがあった。雌蝶はそれを慰めようとあれやこれやと技巧をこらした蝶の舞を舞った。だがあるとき雄蝶は決心したように「オレはここを出る」といった。「でもどこへ? ここは 島なのよ」と雌蝶はいった。雄蝶の答はこうだった。「ここではないどこかだ。ここではない他の場所だ」。と言いざま雄蝶は海へと飛び立った。「待って」、と雌蝶もあとを追った。最初は穏やかだった波も沖へ沖へと出るうちに、うねり を増していった。風も強くなった。雌蝶がいった「もう帰りましょう。もとの楽園に」。だが雄蝶は無言のままに先に進んだ。夜になった。月光が海を照らしている。だがどこにも陸地は見えなかった。二羽の蝶は疲れ切っていた。雌蝶は羽 をひと掻きしたままヒラリヒラリと海に落ちていった。雄蝶はそれを助けようと雌蝶を抱いて羽ばたこうとした。だがそれは無理だった。二羽の蝶は浮つ沈みつしながら海面へと落ちていった。物音ひとつしなかった。月光は鱗粉の小さなき らめきをうつしただけだった。それはだれも知らない、知るよしもない線香花火だ。あとにはなにも残らない。
- 鈴木 幸江
特選句「夫という特異な他人内裏雛」同性愛婚も認める国も増えている。夫婦の在り方にも多様性の認識が広がっている。作者は、夫という存在に“特異な他人”という認識を抱いているのだ。他人という言葉に温みがあるのは”内裏 雛“という季語の持つ歴史性の働きだろうか。現代における夫婦の関係を模索している姿にエールを送りたい。
- 三好つや子
特選句「水輝るやトトトトトトと春の音」春の雨粒をこぼさぬよう、受けとめている若葉のしなやかな動きが目に浮かび、いつしかそれが音に変わってゆく・・・。不思議な魅力に満ちた作品。特選句「父という箱舟揺れる桜貝(桂凛 火)」頼りきっていたものを一瞬にして失う恐怖。東日本大震災で親とはぐれた幼子の姿を思い出し、心が痛みました。入選句「春愁の積もる眼の底覗かれる(榎本祐子)」年を重ねるにつれ増えてくる目のトラブル。精密検査を受けた挙句、 医師から「加齢ですね」と告げられたときの淋しさに共感。
こんにちは。いつもお世話になります。三月十七日放送の、『高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある?』ー「壺春堂金子医院」の「蔵」の番組で、兜太先生の生家を拝見しました。甥御さんが先生そっくりで、懐かしかったです。田中 亜美さん、想像してたより、気さくな人ですね。先生の功績を風化させないためにも、記念館は、ぜひ実現してほしい。そして、現代俳句の中での兜太先生の役割を、自分なりに勉強しようと思いました。
- 矢野千代子
特選句「余生なお梅の薫りの只中に」馥郁と香る春の便りー梅の花もその香も大好きです。「余生」がいきいきと迫ってきますよ。いいなあーこんな余生はー。
- 桂 凛火
特選句「夫という特異な他人内裏雛」夫婦というのは不思議な他人であるというのは言い得て妙ですね。しかも明るく笑える所があるので心惹かれました。当たり前のようだけれど、新鮮な把握の仕方だと思いました。
- 竹本 仰
特選句「鳥曇り鎖のように背骨ある」:「鎖のように」に、共につながっている連帯のようなものを感じました。それは、あるいは枷ともなるものかも知れないが、お互いを結びつけるもの、いわば共有する価値観というものでしょう か。鳥の列の背後に見える、そういう価値観は、われわれ人間から見れば、骨肉の価値観と呼べるものかも知れませんが、我々が見失いかけた大事なものでしょう。一時、小劇場ブームにはまって足繁く、狭い劇場空間に向かわせたもの、あ の時も、あの犇めいた暗闇に、何か、みんな、絆のようなものを求めていたように、思い出しました。特選句「一本松光の海に向かい合う」:「向かい合う」として、主語が明示されないことで、多くの対照が想像されてくるのが、この句の 優れたところでしょう。たとえば、生者と死者とか、平和と災厄とか、被災者と一般人とか。シンプルな語の選択が、ふくみやふくらみを持たせているなあと、感心しました。特選句「兜太忌へ二月至純の熊の爪(野田信章)」つやつやとひか る熊の爪が、森の、雪の、中にあり、冬眠の熊のその深い眠りの息が、よみがえりを待つ、そんな息に変わってゆく。片や、深い眠りにある師の息と、自然の息とが、復活と再会を約し、呼応している。そんな大きな句として、とらえました 。特選句「身をたたく雨だけを雨だとおもう」自分の体験したものだけが確かなものに感じられる、それは当たり前のことなんだけれども、幼少期の体験が人生全体に占めるウエイトには、感歎をもって振り返るほかはないでしょう。たとえ ば、季語というものがあり、それは、他の季節との、横の位置関係をあらわすものの他に、過去に遡り、未来へのまなざしともなるべき縦の位置関係をあらわすこともあります。そういう垂直方向への、時間というのでしょうか、そういう匂 いの感じられた句です。何でしょうか、ふいに、季語なるものを考えさせられた、そんな句です。「読み」というのは、読みすすめる、ということでありますが、読みとどまる、読みとどめる、というニュアンスもあるんではないかなと、そ んなことも、連想いたしました。
田舎のお葬式、都会のお葬式、と連日、多忙な毎日が続き、やっと自分の時間が持てました。本日も、朝、これから、夜の十時まで、予定びっしりです、せめて、夜の十二時までには仕事を終わらせたい、そんな願いも、何日間かかなえら れず、今、こうして、早朝にメールできるのが至福の時です。みなさん、お元気で、よい一日をお迎えください。それでは、今後ともよろしくお願いいたします。
- 松本 勇二
特選句「乙女らが酸葉噛んでるどっと水音」酸葉という懐かしい葉っぱを乙女に噛ませて郷愁を誘います。そのあとに置いた、どっと水音、に勢いがあり元気をもらいました。
- 伊藤 幸
特選句「花期ながき蠟梅呵呵と師はありき」兜太先生が逝かれて一年。未だに信じられません。先生のあの豪快な姿、存在の大きさは千年語り継がれることでしょう。
BS放送「蔵の中には何がある」を見ました。そして、懐かしさと共に大きな感動と驚異を頂きました。兜太先生の遺句(短冊)や日記にも・・・。私達の知る先生と全く違った一面が次々と・・・。先生も俳句が出来ないと悩まれた時期 があったこと、若い頃の文字があの太い男らしい文字と全く違う優しい文字であったこと等。「金子兜太記念館」が楽しみです。
- 男波 弘志
特選句「蛇穴を出で乳呑み児がのむひかり」赤ん坊の無意識、それが蛇のひかりを呑むのだろう。無意識相にあるエロスを知覚すればよい。人間の感情が移入される、以前のエロス、無始のエロス、そう言ってもよろしい。「フクシマ といい沖縄といい蓮根太る」僕らが、死んだ、とか思っていること、宇宙の視野からすれば、そうではない。大銀河では死滅することはない、そこにあるのは明滅感だけだ。
- 吉田 和恵
特選句「あまねく光よ弥生讃岐の糸車」希望の光に満ちた弥生の讃岐。十月の大会の成功を暗示しているかのようです。 先日は、突然の参加にも拘らず温かく迎えて下さり感激しました。「海程香川」のスターの面々を知り、選句、 題詠みで頭の体操をして、ほっこりと帰路に着きました。新見からは、要所々々に温度表示があるのですが、一度づつ下がり家に着く頃には〇度になっていました。でも、温い余韻の中、ぐっすりと眠りました。本当にありがとうございまし た。会場では、選句に十分な時間がなかったのでインスピレーションだけでしたが、吟味の末、かなり異なった結果となってしまいました。
初めての句会に弥生の瀬戸渡る 和恵
- 小宮 豊和
「集団の行動苦手菜の花黄」ずばり本音を言った良い句だと思います。集団の行動に何の抵抗もなく同調していけるなどという方が薄気味悪いし、実際にはそんな人はほとんど居ないのではないかと思います。個性が強いほど妥協がむ づかしく、ストレスを感じる。しかし決して悪い状態では無い。そしてここから先をどう認識し、どう対処するかが人生の知恵だと思います。良い展開を期待したいと思います。原句に戻ると、上五、中七は動かず、下五について、いろいろ な才能や能力や技能が自他に貢献していけるよう、そんな下五を見付けたいものです。「ヒヤシンス」「朴の花」「牡(おす)の鹿」「猪(しし)の牡」・・・・。作者も読者も、季語一発にたどりついたらご披露下さい。
- 藤田 乙女
特選句「アフリカの太鼓の音よ春の土」アフリカのリズミカルで力強い太鼓の音が人間の命の躍動感や生命力と重なり、春の大地をたくましく生きるものの圧倒的な力を感じました。
- 月野ぽぽな
特選句「鳥曇り鎖のように背骨のある」背骨に感じる、重い違和感。それを中七・下五のように形象化された。身体的な苦痛なのかもしれないし、外界の事象に対する心的な反応なのかもしれないが、季語の働きによって春という季節 の持つ気怠さと響きあい読み手に分厚く伝わって来る。
- 重松 敬子
今月も良い句が多く感動しております。特選句「水輝るやトトトトトトと春の音」この擬音は、生活の中での身近な水の音を感じさせ効果的である。そう、私達はまず身近なことで、春の訪れを感じます。俳句の題材は、身の回りにい っぱいあるのだと、気付かされました。
- 新野祐子
特選句「花期ながき臘梅呵呵と師はありき」兜太先生のことですよね。呵呵がいいです。臘梅の質感も先生のイメージに合っていると思います。三月十七日の朝日新聞文化欄に、「金子兜太さん60年の日記」刊行の紹介記事が載って いました。多くの方、ご覧になったことと。「豪放磊落なイメージがあった金子さんが、実は内に繊細さを抱え込んでいたことがよくわかる」と、長谷川櫂さんが解説していました。呵呵と繊細さが同居する先生でしたのでしょう。入選句「 春愁の積もる眼の底覗かれる」眼底検査のあのルソーの絵のような色彩のはっきりとした図が浮かんできました。春愁って積もるものなんですね、それも眼底に。そう言われればそんな気がしてきます。入選句「吾が魂の腐水に流る梅一輪(銀 次)」腐水って何でしょう。自虐的?自己卑下?梅の鮮やかさが際立ちます。
- 菅原 春み
特選句「春二番ケバブ屋台の列まばら」季語がいい。春一番でないとことが。目に見える景色がいい。特選句「手の平に包む山繭魂のよう(稲葉千尋)」ぼのぼのとするような神秘的な山繭の存在。魂といいきったところに潔い。
- 豊原 清明
特選句「あらまあ世界中がたんぽぽです」 個人的に大好きな山頭火や放哉と似た、おとぼけぶりが良い。たんぽぽはいまはフクシマの震災のイメージ。5・7・5からやや外れるのも好き。問題句「小鳥を埋葬スノードロップ開き始 む」 景色が浮かぶ。やや説明的。「小鳥を埋葬」が良い。
- 野口思づゑ
野口思づゑ◆今回は選んだ句はどれも同等の好感度なので、特選句はありません。「舟となり柩旅立つ梅の朝」実際に棺が流れて行くかのように自然に移動したのでしょう。大往生だったのか明るい旅立ちだったに違いないと感じさせてくれ る句。「アフリカの太鼓の音よ春の土」アフリカの太鼓の土に響くアフリカの太鼓の音が聞こえてきた。「余生なお梅の薫りの只中に」幸せな余生のようで、こちらも嬉しくなります。「菜の花や牛は鼻から近づきぬ」鼻から近づく。本当に そうだと思います。
- 河野 志保
特選句「コンプレックスの息で風船ふくらます(榎本祐子)」リズムに危うさがあるかもしれないが、新鮮さを感じ惹かれた。風船をふくらませている顔や仕草は誰しも少し滑稽。それは劣等感を抱えて生きる人間の懸命さも感じさせ る。実感の巧みな表現に伝達力光る。
- 小山やす子
特選句「3・11ひとりになれば一行書く」3・11のあの難に遭遇した人の生きざまが一行書くでひしひしと感じられる名句と思います。
- 河田 清峰
特選句「ひだり手はつかわない手で鳥雲に(男波弘志)」つかわない手と謂われると不思議なおもいにさせられ鳥雲にの季語に響いてくる!好きな句です!よろしくお願いいたします~
- 三枝みずほ
特選句「フクシマといい沖縄といい蓮根太る」蓮根太るを生命力だと肯定的に捉えていたが、ふと今の状況を考えると、太った蓮根の穴が塞がっていくような閉塞感を感じた。泥水に沈まぬうちに。見通しが真っ暗にならぬうちに。考 えさせられる作品だった。
- 高橋 晴子
特選句「菜の花や牛は鼻から近づきぬ」当り前の景だがこういわれてみると面白い。菜の花の明るさに牛の顔がよく見える。特選句「兜太忌へ二月至純の熊の爪」〝至純の熊の爪〟は、兜太氏の存在全体の在りようを言っているのだろ う。純粋で暖かい人だった。
- 亀山祐美子
特選句「砂をかむ靴を逆さに鳥曇に(柴田清子)」海辺を歩き靴に入り込んだ砂を、立ち止まり「靴を逆さに」して取り除く作者と空と波音と。景がよく見える。省略がよく効いている。「ひだり手はつかわない手で鳥曇に」も面白い と思った。そう言われればそうだなぁと納得させられた。「竜天に北斎享年九十五」も好きだが合い過ぎかなとも思う。皆様の句評楽しみにしております。一日の寒暖の激しいおり、ご自愛くださいませ。
- 野﨑 憲子
特選句「ほんとうの居場所はいつも菫咲く」そこに立てば、ずっと昔に居たことがあると感じる場所がある。私には、俳句道場のあった養浩亭から荒川岸に降りた所。そこにはいつも、スミレの花が咲いていた。菫は不思議な花である 。問題句「鳥雲に約束ならば貝とした」:「芸術とは呪縛である」とは、岡本太郎の言。そんな力強さがこの句にはある。「鳥雲に」が少し予定調和と思うが、魅力の作品である。
袋回し句会
しゃぼん玉
- ぶつかつてひとりになつてしやぼん玉
- 野﨑 憲子
- しゃぼん玉大きくなあれ春月に
- 銀 次
- 摺り足の靴下に穴シャボン玉
- 藤川 宏樹
- あくびして天までとどけしゃぼん玉
- 野澤 隆夫
- 当り前などど言う奴しゃぼん玉
- 鈴木 幸江
- しゃぼん玉退路を断ちて眺めおる
- 佐藤 仁美
闇
- ラジカセに謡(うたい)の流る春の闇
- 野澤 隆夫
- 君との闇梅の香りのやわらかし
- 吉田 和恵
- 春の闇女詐欺師に片えくぼ
- 藤川 宏樹
- 月朧薄闇に向かひ舟を出す
- 銀 次
十戒
- 秘密だよ十戒と居る春の月
- 佐藤 仁美
- 「十戒」を踏めば西からどつと蝶
- 野﨑 憲子
- 十戒に触るミッツの素足かな
- 藤川 宏樹
- 春泥にまみれし十戒酒あおる
- 銀 次
葱みそ
- 祖母ありしねぎ味噌入れておまんじゅう
- 吉田 和恵
- もてなしの葱に味噌付く囲炉裏端
- 藤川 宏樹
- 葱みそや妻の実家に義兄(あに)独り
- 島田 章平
- のどけき日ねぎみそなめるトイプードル
- 野澤 隆夫
- 葱みそと人肌の燗春の宵
- 佐藤 仁美
わからない
- 蛇出ずるわからぬままに行き先の
- 吉田 和恵
- 大試験「わかりません」と返答す
- 野澤 隆夫
- わからない汚れ目見せて山笑ふ
- 野﨑 憲子
- わからないどちらでもない葱坊主
- 島田 章平
- 宇宙に死分らないたら分らない
- 鈴木 幸江
【句会メモ】
16日の句会に、新見市から吉田和恵さんが初参加され、句会がとても賑わい嬉しかったです。17日には、先生の甥御である金子医院長桃刀様のご案内で、壺春堂の母屋と蔵がテレビに紹介されました。金子先生が軍事郵便で父伊昔紅氏 へ送った手紙に俳句作品も掲載されていました。その中には、先生の代表作の一つである「魚雷の丸胴蜥蜴這い回りて去りぬ」も有りました。入営前の先生の髪も見つかったそうです。9月の先生の生誕百年を記念しての記念館開館が、今から楽しみです。
冒頭の絵は。讃岐富士といわれる飯野山の桃畑のスケッチで、藤川宏樹さんの作品です。
Posted at 2019年3月28日 午後 04:09 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]