第122回「海程香川」句会(2021.11.20)
事前投句参加者の一句
冬眠の耳朶すこし波音す | 小西 瞬夏 |
時という分別箱へ木の葉かな | 高木 水志 |
石積みの力学美しき鷹渡る | 重松 敬子 |
匿名のものいふやから初時雨 | 菅原 春み |
パンプキンスープ夜業の娘を待ちぬ | 植松 まめ |
猫の手のパフ少年に冬日向 | 竹本 仰 |
回廊やどこかに人の模様ある | 男波 弘志 |
人恋はばラーメン人を愛さば初時雨 | すずき穂波 |
悪妻も時に屈める泡立草 | 川崎千鶴子 |
茶の花や保ち続ける平常心 | 藤田 乙女 |
名月や老人と猫の密な時 | 田中 怜子 |
師の選の途絶えて淡き夜の窓 | 佐孝 石画 |
冬日和日展に魅かれ美を究む | 漆原 義典 |
冬近し太公望のニッキ飴 | 荒井まり子 |
秋桜愛されていて淋しそう | 稲 暁 |
老いの海私は何処を目指すのか | 石井 はな |
よく喋る母は傘寿の菊日和 | 松本美智子 |
木枯らしや熱きコロッケ抱きしめて | 銀 次 |
寂聴や美は乱調に秋の空 | 三好三香穂 |
眞人間芯から首の冷えてをり | 亀山祐美子 |
霜柱にはまだ遠いポッキーの日 | 山下 一夫 |
自覚なき生の根源息を吸う | 飯土井志乃 |
冬銀河泣かせる手紙くれた奴 | 島田 章平 |
半球の天もつ地平鳥渡る | 藤川 宏樹 |
妻を泣かせた今日消すように紅葉散る | 津田 将也 |
まだ出掛けるつもりの湯灌金木犀 | 稲葉 千尋 |
吉野源流秋蛍よろぼうて | 樽谷 宗寛 |
序破急のシナリオ焚べてしまい秋 | 福井 明子 |
星かがやく一滴の毒地にひらく | 十河 宣洋 |
ママ ぼくのウンチはどこへ行くの ねえ | 田中アパート |
ひとつ減るポスト先生冬ですよ | 松本 勇二 |
甘葛に余罪まだまだありそうな | 伊藤 幸 |
山羊座の人を銀河の駅で待ちにけり | 大西 健司 |
栗ご飯小回りの利く母が居た | 久保 智恵 |
星月夜何処かで超新星爆発 | 滝澤 泰斗 |
神とすれ違った気のする十一月 | 柴田 清子 |
とんぼうを追いかけてゐる鈍行車 | 野口思づゑ |
本能のひとつ忘るる暮の秋 | 河田 清峰 |
眠りの精海に来ていて雪しまく | 小山やす子 |
行く秋の誰が舌打ちぞ干潟照る | 野田 信章 |
木枯らしは探すどこにもいない人 | 河野 志保 |
制作の孤独と祈り息白し | 佐藤 仁美 |
露草の露はむかしの味がする | 榎本 祐子 |
森守る記事より読みぬ文化の日 | 新野 祐子 |
大根にかくし包丁とう無韻 | 森本由美子 |
おしまいのつづきは胡桃に入れたよ | 三枝みずほ |
桔梗の焚かんばかりに枯れ揃ふ | 高橋 晴子 |
われが見るまで待って息絶える蝶 | 兵頭 薔薇 |
月にいるふりして兎家出する | 寺町志津子 |
はにかみは最後の仕上げ実オリーヴ | 中野 佑海 |
文弱につき柿の朱を待つばかり | 谷 孝江 |
老画家に柚子を貰って別れけり | 田口 浩 |
賑はひの中心(なから)に老母秋桜 | 松岡 早苗 |
産声の私のアルバム金木犀 | 吉田亜紀子 |
象とならどこでも行くわ黄落期 | 吉田 和恵 |
熊穴に入る私小説書く掌の油 | 豊原 清明 |
補聴器に人語近づく紅葉狩 | 山本 弥生 |
処彼処ゴロリゴロリと青い石 | 中村 セミ |
こうのとり見しより鷺のこころ冴ゆ | 鈴木 幸江 |
結婚す林檎の蜜を分け合って | 月野ぽぽな |
木の実落つ森に声ありセピア色 | 佐藤 稚鬼 |
石蕗咲くや忘れたはずとまた思う | 増田 暁子 |
ボーボー語話す兄とゆく花野 | 桂 凜火 |
朱欒割るはるかトルコの野外劇場 | 若森 京子 |
浄土かな夕陽に枯葉よみがへる | 増田 天志 |
十年後を待ち合わせして薄原 | 伏 兎 |
目元はシヤネル大狐火の笑まふなり | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「十二月八日火の芯となる折鶴か(三枝みずほ)」。平和への願いの折鶴が、燃え盛る火の中心にあるという凄まじさと繊細さ。恐ろしさと美しさ。平和と戦争。相反するものがせめぎあう現実が赤い炎とともに描かれている。「か」という終助詞に複雑な思いがにじみ出る。
- 増田 天志
特選句「山羊座の人を銀河の駅で待ちにけり」。しなやかなタッチ。あざといほど、メルヘン調に仕上げている。
- 月野ぽぽな
特選句「好きなこと考える道稲実る(河野志保)」。「好きなこと考える」とは自分の頭を自分がいい気分になれるように使うこと。「幸せ」とは、こんなにシンプルなことなんだな、と思い出させてもらえる一句。この「道」は実際に歩く道でもあり、生き方としての「道」とも思えてきます。豊かに実る稲が、心の至福感を伝えています。英語の「Happiness is not a destination, it’s a way of life」、日本語にすると「幸せとは目的地ではなく生き方である」もしくは、「幸せは未来に定めるものではなく、日々の心のありようである」を思い出しました。
- すずき穂波
特選句「眞人間芯から首の冷えてをり」。眞人間の範疇が危うくなってしまった。けれど誰しも、自分は眞人間 だと思って生きているだろう。この作者は、しかし、考えている。自分は果たして、どうか…。「芯から」「冷えて」がその思考の深さを表現しているか。特選「本能のひとつ忘るる暮の秋」この作者の身体感覚の鋭さ、季語「暮の秋」の余韻が心に染み渡りくらくらとしてくる一句でした
- 高木 水志
特選句「露草の露はむかしの味がする」。小さくて、それでも生きている露草は、私たちに古来の日本の精神を教えてくれる。今は未来が続いてゆくと思えないのだが、露草のように今を懸命に生きてゆけば、おのずと未来が見えてくることを、この句から感じ取りました。
- 増田 暁子
特選句「吉野源流秋螢よろぼうて」。秋蛍の儚さが下5の”よろぼうて”わかります。吉野源流を想像しています。特選句「よもつひらさか曼珠沙華曼珠沙華(島田章平)」。曼珠沙華を繰り返し心に沁みます。よもつひらさかに咲いている曼珠沙華が、目に浮かびます。「時という分別箱へ木の葉かな」。分別箱へ入れるのは木の葉なのですね。分別は肯定か否定なのか。面白い発想です。「パンプキンスープ夜業の娘を俟ちぬ」。親の気持ちはよく解ります。「師の選の途絶えて淡き夜の窓」。本当に同じ気持ちです。あの声をもう一度・・と思う。「秋桜愛されていて淋しそう」。かわいくて淋しい花です。「ママチャリの前後に小さき冬帽子」。よく見る光景で冬帽子が良いですね。「ときめきも嫉妬も残し木の葉髪」。身につまされます。木の葉髪が秀逸。「文弱につき柿の朱を待つばかり」。中7下5が魅力的ですね。柿の朱はこころ満たします。「補聴器に人語近づく紅葉狩」。紅葉狩の時に補聴器のおしゃべりの声は避けたいと作者。
- 藤川 宏樹
「ふく汁と恋の火かげん水かげん(山下一夫)」。一昔前には寒くなると河豚中毒の死亡記事を目にしたものでした。河豚汁も恋も命懸け、どちらも大事なことは火かげん水かげん。つい皇女の恋物語にまで思いが及びました。
- 松本 勇二
特選句「栗ご飯小回りの利く母が居た」。「小回りの利く母」は多くの人が持している母親像。栗ご飯も手間をかける母を彷彿とさせて上手し。
- 十河 宣洋
特選句「山羊座の人を銀河の駅で待ちにけり」。分かったような分からんような作品だが、恋人に会いたい気分は出ている。こいうメルヘンチックな俳句も最近は減ってきた。銀河鉄道の夜の宮沢賢治もいいし、スリーナインの駅もいいなあと思う。無人駅かな?特選句「ときめきも嫉妬も残し木の葉髪(藤田乙女)」。類句類想がありそう。でもこいう句もあっていい。読み手を楽しませてくれる。問題句「つみちはやつみちはちみてつみちは冬(田中アパート)」。読むのに苦労した。それが付け目らしいがもっと分かりやすく。→ 「はちみつ」を言葉遊び風に作品化されたそうです。
- 小山やす子
特選句「結婚す林檎の蜜を分け合って」。羨ましい位の素敵な結婚。林檎の蜜がいいですね。
- 豊原 清明
特選句「名月や老人と猫の密な時」。老人の愛する猫との交流を見た人の視点から。問題句「終活を重荷にせぬ母爽やかに(吉田亜紀子)」母と子のささいな会話かと思った。
- 田口 浩
- 特選句「象とならどこでも行くわ黄落期」。作品の婆娑羅ぶりが何とも好ましい。「象」も「黄落期」も絢爛で艶があろう。―わたしでよければ是非露払いを命じて下さい。と言いたい心もちである。気持ちのいい句の出会いに酩酊している。「好きなこと考える道稲実る」。これはこれでいいのだが、「稲実る」が少し過ぎているかもしれない。「好きなこと考えている稲の道」同じことだが、この方がスッキリしていないだろうか。「よく喋る母は傘寿の菊日和」。「菊日和」でこの句は面目を保っている。「曼珠沙華昼の密度となりにけり」。一見なんでもないようだが、手練の作品である。曼珠沙華の生きざまを「昼の密度」とはなかなか言えない。夜は別の世界が現われるのである。詩人の眼を持つ人であろう。「秋歩くとなりに誰かゐるやうに」。秋を歩いていると、時々の顔が浮かんで来ることがある。老いるとなおさらである。
- 中村 セミ
特選句「墨壺の墨を打たれる秋の女体(田口 浩)」。晩秋の冷たくなっている気温の例えとして女体だろうか、秋の夜に書をしたためているのでしょう。秋に感じる肌の温度、少しずつ冷たくなる空気の層・空間、これを女体として書を書くのを打たれるかな。秋の女体がいいです。特選句「われが見るまで待って息絶える蝶」。この人は、蝶が「もうダメです静かに行きます。」という状態というのを観ている。観察力のある人おそらく長いカンサツを特技としている。面白い。
- 若森 京子
特選句「行く秋の誰が舌打ちぞ干潟照る」。舌打ちは思う様にならぬ残念な時、又、 いまいましい時と人間のマイナス面の瞬時の動作である。風景として、ゆく秋の淋しい海に瞬時に現われた干潟に陽が差していた。この人間と自然の呼応が一句の中に人生の断面として詩的に表現されている。特選句「熊穴に入る私小説書く掌の油」。私小説を書くエネルギーは油汗の出る程ではないかしらと思う。季語の「熊穴に入る」が肉体に脂肪を一杯溜めて冬眠に入る動物と、人間の私小説を書く時間の経過が何故か面白く交差している。一句にストーリーがある。
- 稲葉 千尋
特選句「立冬や重さ確かむ父の斧(松本勇二)」。斧で薪を割るのであろうか、父が使っていた斧の重さを確と感じる作者。
- 谷 孝江
特選句「好きなこと考える道稲実る」です。稔りの秋です。まもなく刈り田に変わります。今年の芥川も読み終えたし次は何を・・・と考えながら豊かな風景の中をゆく作者の姿が見えてきます。「おしまいのつづきは胡桃にいれたよ」も好きです。
- 中野 佑海
特選句「木枯らしや熱きコロッケ抱きしめて」。私の大好きな食べ物俳句。私が小学生の頃、塾の帰り道によくコロッケを買い食いしながら帰ったものです。コロッケの匂いは幸せの香りです。Give me a break! 特選句「おしまいのつづきは胡桃に入れたよ」。えっ、この中のどの胡桃かな?あっ!こらまて!そこの栗鼠に持ってかれちゃったじゃないか、日本沈没のシナリオ。「冬眠の耳朶すこし波音す」。この歳になるとどんなに若いつもりでも静かな所ほど、波音の様な耳鳴りがして、益々眠れなくなる。私の場合はすこしの波音なんて容易いものじゃなくて、バイクの音ですが何か?「匿名のものいふやから初時雨」。突然バタバタと、降ってくる時雨は雨宿りして空かすしかありません。そのうちに止むでしょう。「序破急のシナリオ焚べてしまい秋」。頭の中で描いた通りに物事進んでくれたら言う事は何もありません。人の頭で考えた事以上の事が起こるのが現実。だから、今を楽しもうよ。机上の空論は焚き火の中へ。「つつがなく首を載せては菊人形」。菊人形なら首はいくらでもすげ替えることが出来るけど、会社の人事はなかなかどうして思い描く様には参りません。「着陸する凩離陸する凩(月野ぽぽな)」。凩に離着陸があるなんて、考えたこと無かったです。管制塔はやはりあるのでしょうか?「ため息を折り込む小指秋深し」。そんな所で宜しく哀愁なんかしてないでほらほら美味しいもの食べに行こ。「露草の露はむかしの味がする」。古臭いですよね、露草って。小さい頃、この花を取って、潰して、シャツや手が紫色になったのを覚えています。「月にいるふりして兎家出する」。今日はほとんど皆既月食の日。兎の家出にはピッタリの日です。140年ぶりの月食だそう。良く見破りましたね!凄い。本当に香川句会の俳句は面白くて大好きです。
- 大西 健司
特選句「冬眠の耳朶すこし波音す」。五感すべてを閉ざしての冬眠中、耳朶だけが外に向いている。かすかな波音を捉える聴覚の繊細さが美しい。
- 榎本 祐子
特選句「朱欒割るはるかトルコの野外劇場」。朱欒を割る行為から、その断面からの意識の飛翔が素敵です。
- 山本 弥生
特選句「栗ご飯小回りの利く母が居た」。昭和の三十年代の頃を想い出します。栗ご飯を囲む三世代同居の家族を各々に気配りをしていつも動いていた母の姿が目に浮かびます。
- 柴田 清子
特選句「十二月八日火の芯となる折鶴か」。太平洋戦争開戦、パールハーバーへの奇襲攻撃を、平和の願の折鶴で詠っているところが心に響く。
- 鈴木 幸江
特選句評「くらがりの白萩という血がにじむ(佐孝石画)」。投句作品を一から読んでいてここで足が止まった。三つの句材がもつ対照的な黒、白、赤。これらの色のコンビネーションから生まれてくる異世界に惹かれるものがあった。闇の中に咲く白萩に純心で目立ちたがらぬ少女を思い浮かべ、そのような存在が血を滲ませているという暗喩としての一句に、そんな弱者が今もいるという強いメッセージを受け取った。問題句評「つみちはやつみちはちみてつみちは冬」。最初はマントラ(真言)かと思いインターネットでマントラの一覧を見たが該当するものはなかった。では、恣意的に音律を創作して何か意味が生まれてくるのを試そうとしているのだろうか、と思った。でも、“つみち”はどこか古代語のようでもあり、ひょっとしたら“積み地”のことかもしれない。面白いのだけれど、やはり何か解釈の手掛かりになるものが欲しかった。
- 福井 明子
特選句「時という分別箱へ木の葉かな」。最初分別(ふんべつ)と読みました。そして時をおくと、あっ「ぶんべつ」なのかなと思いました。いずれにせよ「時」というのは、容赦なくあまねく非情に過ぎてしまいます。そうしてひとつのかたちに納まってしまうのです。「分別箱」という言葉が胸に残ります。そうして偶然の如く、葉書のような木の葉が時々に言葉かけをしてゆきます。特選句「回廊やどこかに人の模様ある」。うす暗い回廊。そこは幾世も経た空間。今、目に見えていない、その時々の人の痕跡を感じます。「どこかに人の模様」とあらわされたことが、心に留まり離れません。特選句「神とすれ違った気のする十一月」。神無月、その十月を出雲だけは神在月と言うそうな。八百万の神々が出雲から、また大移動してそれぞれの國へ帰る。そんな現象を十一月に込めたおおらかな物語的な句心をいただきました。
- 津田 将也
特選句「石積みの力学美しき鷹渡る」。石垣の加工法には、野面積(のづらづみ)・打込接(うちこみはぎ)・切込接(きりこみはぎ)の三つの工法がある。石垣が登場し始めた頃は、加工されていない自然石を積み上げてゆく野面積であった。石垣の表面が隙間だらけだと見栄えが悪いので間知石(まちいし)と呼ばれる小石を詰めた。裏側に当たるところでしっかりと石が組まれておれば、崩れないという力学的に最たる仕組みとなっている。織豊期に築かれた小谷城(滋賀県)・竹田城(兵庫県)などに美しき野面積を見ることができる。このような城跡の風景には、冬空を悠然と舞う大鷹の姿が相応しい。特選句「匿名のものいふやから初時雨」。匿名には、個人が保護されるという匿名性の利点を最大限に生かせる行為として、告発がある。匿名性が保証されたやり方で、権力者や企業の不正を暴露することができ、告発者が不当な弾圧や差別を受けることなく不正を公にすることができる。反面、この匿名性を利用して事実や虚偽を過大無責任に並べ立て、相手を傷つけたり、または自殺に追い込んだりして、逆に、己が犯罪者になる場合もある。昨今の眞子さん・小室 圭さんの結婚にいたるマスコミ等の報道には、その多くに目を覆う記事があった。「初時雨」は、その冬の初めての時雨。冬になったという侘しい気持ちが季語に込められいるので、事柄との取り合わせのよい本意を得た佳句となっている。
- 伏 兎
特選句「曼殊沙華昼の密度となりにけり(小西瞬夏)」。畦道などに群れて咲くこの花の描写もさることながら、昼の密度という表現が、コロナ禍の閉塞感をうまく捉えている。特選句「ボーボー語話す兄とゆく花野」。小川洋子の小説「ことり」の、自閉症の兄を見守る弟のようなまなざしを感受。哀しくて美しい句だ。「冬眠の耳朶すこし波音す」。海は生きとし生けるものの母郷。動物の体内に刻みこまれた海の記憶が、子守歌となって体内を巡るのだろう。「霜柱にはまだ遠いポッキーの日」。 11月11日はポッキーの日だとか。ウィスキーの水割りを手に、ポッキーをつまみながら、仕事や恋のことなど、友だちと喋っていた頃を思い出し、惹かれた。
- 樽谷 宗寛
特選句「朱欒割るはるかトルコの野外劇場」。今こうして朱欒を割つている。トルコの野外劇場でも朱欒を手にした遠き日懐かしんでのお姿が浮かびます。私が子供のころ九州から山口へ朱欒売りが来ておりましたよ。自句自解「午前二時ムカデが選ぶ妻の腿(もも)」。本当にあつたことです。咬まれました。パジャマのズボンのなかに4センチのムカデ居たのです。
- 石井 はな
特選句「石蕗咲くや忘れたはずとまた思う」。忘れたと思っていた事忘れたい事が、石蕗の黄色い花を見ると呼び醒まされてしまう。あぁまた思い出してしまったと、小さな刺が心を刺す。そんな気分に共感します。
- 伊藤 幸
特選句「墨壺の墨を打たれる秋の女体」。書道家がパフォーマンスとして広い紙の上 に太い筆で身体全体で表現する造形美術。正に漢字のその曲線は女体の美しさである。下語の秋の 女体に言い知れぬ艶が溢れ出ている。
- 滝澤 泰斗
今月は休み明けのせいだろうか、好句が多く、第一選で30句までとなり、10句まで絞るのにいつも以上に時間がかかった。そんな中、特選2句は家族の景から「立冬や重さ確かむ父の斧」。父親の跡を継がない私も父親の仕事で使っていた道具等で父親を偲ぶことがあった。季語の立冬が効果を発揮している。「パンプキンスープ夜業の娘を待ちぬ」。娘を待つ親の気持ちをパンプキンスープの匂いと温かみに託した上手な句。並選、家族の景の共鳴句「どこやらに母の気配や秋のくれ(銀 次)」。父、母を含め、家族は何かつけて脳裏を過ぎるが母の存在は秋、それも夕暮れ。景にはややマンネリ観があるものに、母親はなぜか秋の夕暮れに合っている。「双曲線なぞりし妻の冬に入る」。愛おしさを感じさせるとともに、エロスの匂いにノックアウト・・・仕事柄、旅の景も捨てがたしで「石積みの力学美しき鷹渡る」。古代ギリシャの、古代ローマの石積みの見事さ。アーチ構造にたどり着く人間の研ぎ澄まされた探求の目は美しい。そんな遺跡の空に悠久の自然が繰り返されている。「冬天へ月探査機や音も無く」。冬天の澄み切っているであろう大気圏の外。そこには探査機が音もなくひたすらに月に向ってゆく姿。「象とならどこでも行くわ黄落期 」。私も象の背なら、揺られながら黄泉も含めてどこにでも行ってもいいかと思うほど。「朱欒割るはるかトルコの野外劇場」。ザボンという存在感がトルコ、しかも、沢山あるヘレニズム遺跡の野外劇場にピッタリ合っている。ザボンをよく探したと喝采を送りたい。「寂聴や美は乱調に秋の空」。嗚呼、寂聴さんも百歳を待たずお亡くなりになった。その寂聴さんの文学に流れていた美の意外性を遠い秋の空に思う。・・・が、私は寂聴さんの反戦、反原発、反憲法改正に共感する。
- 河田 清峰
特選句「おしまいのつづきは胡桃に入れたよ」。死にも他界があるように終わるようで終わらないのが人生。胡桃に入れたよのフレーズが詩的である。
- 松岡 早苗
特選句「よもつひらさか曼珠沙華曼珠沙華」。呪文のようにも童謡のようにも聞こえ、耳に残った。此岸と彼岸の境にある異空間が一面の赤い色彩として立ち上がる。曼珠沙華の咲き満つ赤く茫洋とした空間の何処からか、童女の不思議な歌声が聞こえてくるようだ。特選句「はにかみは最後の仕上げ実オリーヴ」。おしゃれで素敵な句。オリーヴの実はまだ青いのかしら。小豆島からエーゲ海、そしてギリシャ神話の神々へと、時空を超えてフレッシュな恋のイメージが次々とふくらむ。
- 寺町志津子
特選句「石蕗咲くや忘れたはずとまた思う」。「忘れたはずとまた思う」が、まる で今の私の状況のようで、作者の美意識に感じ入りながら頂きました。私にも、もうとっくに忘れ 去っていたはずの昔のことですのに、ふっと「あの時はしまった!」の 思いと共に思い出す事柄が あります。揚句の、花のない季節に咲く葉も花も美しい石蕗の花との取り合わせに心惹かれました。 この句に出会い、私も 「あの時はしまった」とは思わず、ほろ苦いながら懐かしい思い出にしてい こう、と思えるようになれそうで感謝です。
- 久保 智恵
問題句「ママ ぼくのウンチはどこへ行くの ねぇ」。大変面白いとは思いますが、 私には難しい句でした。
- 竹本 仰
特選句「冬眠の耳朶すこし波音す」。いつも散歩する山道に不思議なのは、よく見か けた蛇や虫がどこへ行ったかということで、冬眠の姿気配を思う事で過ぎていく。しかしもう一歩 踏み込めば、こんな感じなのかな。その波音の中にこの足音も微かに混じっているのかもしれない。 今懐妊の赤ん坊にも、母親とその周囲をめぐる音が色んな波に聞こえているのかなとも思えた。特 選句「ひとつ減るポスト先生冬ですよ」。先生を勝手に兜太先生と感じて読んでしまった。海程各人 が持っていただろうポストがひとつ減った。しかしそのポストへ出さなくてもポストはある。でも 本当はポストの先にはいつも先生がいて、そう感じるとつい声を掛けずにいられなくなってしまう。 「さすらいに雪ふる二日入浴す」そんな風呂場のこだまが返しにぽつんと聞こえそうな。特選句「十 年後を待ち合わせして薄原」。薄原で待ち合わせ、ここに胸を打たれる。宮澤賢治「注文の多い料理 店」の序の、「ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたないということを、わた くしはそのとおり書いたまでです」という一節を思い出す。たしかに無心になれば自然に聞こえて 来るもの、そんなものが感じられてならなかった。問題句「ママ ぼくのウンチはどこへ行くの ね え」。考えてみれば不思議なことが確かにある。処理水、ではないけれど、ウンチも処理しか考えら れなくなった我々に何か突きつけられるものがある。そういういい問いがあるとしてあげた問題 句。「大根にかくし包丁とう無韻」。かくし包丁は大根の中にあるもの?と思うと、面白さを感じた。 それも、音なしの構えで。と何やら革命的な句とも見え、司馬遷が『史記』の中で最も賢い商人は 愚かな顔つきである、といったのを思い出す。という見方自体がおかしいのか、ふと問いかけてみ たくてならない句であった。以上です。
読みをゆすぶられるような句、これも大事なんだなとそんな句に出会えたのが、うれしかった です。今、雨が降っています。そのあと、ぐっと寒くなるようです。みなさん、ご自愛くださいま せ。いつもありがとうございます。
- 野田 信章
特選句「冬銀河泣かせる手紙くれた奴」は、結句の「奴」の呼称に込められた親 愛の情をそれと決定付けている。「冬銀河」の配合に読み手としての響感を覚える。特選句「妻を泣 かせた今日消すように紅葉散る」は、中句以下に込められた、今日という一日の訪れそのものを否 定したいという妻への真情が「紅葉散る」の美しい景として定着している。
- 重松 敬子
特選句「時という分別箱へ木の葉かな」。良い句ですね。時は大方のものを解決し てくれます。この句は、木の葉をどう理解するかでしよう。私は日常の諸々のことも時が経てば、 木の葉程度の軽さなのだと受け取りました。
- 新野 祐子
特選句「十二月八日火の芯となる折鶴か」。折鶴を火の芯にするという斬新さにひ かれました。以下、入選句「石積みの力学美しき鷹渡る」。アフガンの水路でしょうか。中村哲さん が忍ばれます。「朱欒割るはるかトルコの野外劇場」トルコは演劇が盛んですぐれているそうですね。 「雪の轍」という映画を思い出しました。「十年後を待ち合わせして薄原」。四十年後に会う約束を したのに会えていない私を、呼びさましてくれました。
- 島田 章平
特選句「十二月八日火の芯となる折鶴か」。15年戦争の日本の運命を決めた最 後の5年間を17音で一気に詠み込んだ佳句。太平洋戦争の始まりである12月8日の攻撃、炎の 中の真珠湾。そして日本の敗戦を確定的にした8月6日の原爆投下。真っ赤に燃える広島。時空を 超えてこの二つの日付が、「火の芯」と言う言葉で結び合う。紙飛行機の様に真珠湾を飛ぶゼロ戦、 そして、被爆したサダコの「折鶴」。「折鶴」がまるで「火の鳥」の様に時空を飛ぶ。
- 野口思づゑ
特選句「好きなこと考える道稲実る」。そういう道を私も探したくなりました。 今は道の両端で稲が実っているのでしょうか。ますます楽しそうです。「この後もいくつ歳とる冬さ うび」。季語がとても効いています。「結婚す林檎の蜜を分け合って」。蜜がいいですね。仲の良さが 伝わって来ます。
- 田中アパート
特選句「象とならどこでも行くわ黄落期」。ETに会ったらよろしく伝えてください。 海程香川での吟行なくて少し淋しい。いつもなら年に一回、日本のどこかに連れてってもらえて楽しみにしていたが、新型コロナ禍でいたしかたないが、来年もつづくのでしょうか?→来年は吟行に行きたいですね! 具体的になったら句会報でまたお知らせします。
- 佐孝 石画
特選句「ひとつ減るポスト先生冬ですよ」。 毎月二十日の『海程』投句〆切。二百字詰めの原稿用紙に句を書き入れ、封をしてポストに投函する。先生への目に留まるようにと、できるだけできるだけ背伸びして練り上げた句を投函したあの頃の気持ちは、まさにラブレターの感覚だった。考えてみれば、健気に毎月、投句というラブレターを片思いの人へと送り続けていたのだ。師はいなくなり、また馴染みのポストも一つ減った。そんな淋しさの中、「冬ですよ」と先生に話しかけてみたくなったのだろう。
- 田中 怜子
特選句「寂聴や美は乱調に秋の空」。忖度せずものを言い、行動し、恋して書いて、贅沢もして太っ腹。惜しいお方を亡くしました。元気もらえる方でした。心の奥底は 別れた娘への思いを抱えながら生き抜いた、あっぱれな女性です。
- 野澤 隆夫
特選句「石積みの力学美しき鷹渡る」。鷹の渡りを何回か探鳥した経験があります。石積みの力学に、雄大な景色が目に浮かびます!特選句「月にいるふりして兎家出する」。こんなこと想像しての作句、相当のロマンチスト!昨晩の月食でも、家出したのでは?秀句。
- 佐藤 仁美
特選句「ママ ぼくのウンチはどこへ行くの ねぇ」。思わずふふっと笑いました!うちの子も「どちて、どちて?(なぜ?)」の質問攻めでした。ほのぼのしますね。特選句「コロナ禍や無駄話ししたいだけなのに(久保智恵)」。本当に日常の些細なことが、大事だったということを思い知らされた2年間でした!早く日常が取り戻せますように…。
- 吉田亜紀子
特選句「木枯らしや熱きコロッケ抱きしめて」。自分では実践できていないが、 俳句は「スッキリ」が大切だと考えている。この句の場合、「コロッケ」は熱々な食べ物という印象 があるので「熱き」という表現が必要ではないのではと最初は思いました。しかし、スーパーのコ ロッケはたいてい冷たい。もしくは冷凍だ。帰宅して温める必要がある。急ぐ必要も抱きしめる必 要もない。対して、お肉屋さんのコロッケは揚げたて、熱くて旨い。人間は温度が在るものに対し て敏感かつ機敏になる。例えば、アイスクリーム、子猫、薬缶といったもの。このコロッケもその 一つで、木枯らしの中の熱いコロッケ。きっと小走りに家へと急いだであろう。待ち人もいるかも しれない。愛情やスピード感も出る。したがって、「熱い」という表現は力を持ち、必要である。特 選句「老画家に柚子を貰って別れけり」これほどの悲しい「けり」は無いのではないか。この「け り」の存在が、もう二度と老画家に会えない寂しさや死を語り、素晴らしい柚子の絵を遺されたに 違いないと解釈をしました。
- 川崎千鶴子
特選句「時という分別箱へ木の葉かな」。「時」の分別箱って分かるようで分からないのですが空想の世界に誘われます。下五の「木の葉」は抜群で良く考えられたと。ここの「木の葉」は芽から葉そして果ては落葉に続くのでしょうか。哲学的です。「木枯らしや熱きコロッケ抱きしめて」。昔々のことを思いださせる暖かいお句です。「本能のひとつ忘るる暮れの秋」。どのような「本能」でしょう。あれこれ想像すると一時間は掛かりそうです。「結婚す林檎の蜜を分け合って」。ご結婚おめでとう御座います。「林檎の蜜」を分け合うとは意味深です。考えると非常に楽しく感嘆です。「妻を泣かせた今日消すように紅葉散る」。夫婦喧嘩でしょうか、作者は失敗したなあと思って居る時に「今日消す」ように紅葉がさらさら散っている。それはまた奥さんの泣いた姿で、消えないかも知れません。
- 菅原 春み
特選句「冬眠の耳朶すこし波音す」。耳朶が波音すとはどんな様子なのだろうか? 冬眠だから無音に近い波音なのか。おもしろい。特選句「半球の天もつ地平鳥渡る」。スケール感でいただいた。籠った暮らしのなかでも地平線を感じ、異国への思いもよぎる心理にひかれる。
- 吉田 和恵
特選句「甘葛に余罪まだまだありそうな」。そのゆるキャラについつい気を許して しまいますが、でも、でも、BUT 余罪はあるはず、油断めさるなと。
- 男波 弘志
「好きなこと考える道稲実る」。稲実る、は何他のことにも置き換わりそうだが、やはり作者の日常を大切にしたい。「石は根を抱き野鼠は藍はこぶ(若森京子)」。運んでいる藍は人間が残した業だろうか、そんなものが世界中に溢れている。「おしまいのつづきは胡桃に入れたよ」。入れたのは口伝の何かであろうか、これを割るのも人間だろう。全て秀作です。
- 三好三香穂
特選句「賑わひの中心(なから)に老母秋桜」。何かのお祝いの席か。そうでな くても、中心に老母。ゆかしい。そうありたい風景。孝行な家族。「金木犀宗家独演五番立」。漢字 だけで風景がよく見える。金木犀の香りがただよい、宗家のおごそかにして優美な能。続けて五番 も舞っていただいた。「ときめきも嫉妬も残し木の葉髪」。ときめきも嫉妬も色々あったけど。それ らはそのまま山に残してきた。木の葉髪になってしまった。あがいた印か。「免許捨てどこにも行け ぬ捨て案山子」。まさに捨てられた案山子の心地。免許返納で安心かも知れないが、何処にも行け ぬ不自由。老いの悲しみ。「月にいるふりして兎家出する」。私も一度兎になってそうしたい。「石蕗 咲くや忘れたはずとまた思う」。少し日影に今年も石蕗の黄色い花。変わらぬ咲き様に昔をふと思い 出す。思い人か出来事か忘れたはずなのによみがえって来る。
- 河野 志保
特選句「栗ご飯小回りの利く母が居た」。「小回りの利く」お母さんには「栗ご飯」がピッタリ。くるくると動く愛らしい姿が目に浮かんだ。的確な把握と母への愛に溢れた句だと思う。リズムの良さにも惹かれた。
- 桂 凜火
特選句「寂聴や美は乱調に秋の空」。瀬戸内さんの追悼句として素敵ですね。私はあまり読みませんでしたが、生き様にはほれぼれしています。美は乱調にのフレーズ好きです。特選句「大根にかくし包丁とう無韻」。隠し包丁という無韻というフレーズ素敵です。でもあの隠し包丁をいれるときの後ろめたさみたいなものと「無韻」は符合すると思いました。
- 山下 一夫
特選句「悪妻も時に屈める泡立草」。泡立草は帰化植物で旺盛な繁殖力で在来の草花を駆逐してしまう嫌われ者。傍若無人に天を指して伸びているのが忌々しい。それに比べると時々弱みを見せる悪妻はかわいいもの。男性からの視点と見ます。照れ隠しだとしてもいつも悪く言ってばかりなのは考えものです。時には正直に可愛いと口にしてみましょう。ちなみに背高泡立草はすっかり秋の景色の一部として定着しており「昭和の高度成長期の草」といった感じでもあり、個人的には好みです。特選句「秋桜愛されていて淋しそう」。コスモスについて抱いていたもののなかなか言葉にできなかったところをずばり代弁していただきました。単独や数本、群生でも可憐かつあでやかな花ですが、なぜか淋しそうなのです。花の大きさに比較して茎が長く細くそれ故に少しの風にもそよいでしまうあたりからくるものでしょうか。問題句「石積みの力学美しき鷹渡る」。「美(は)しき」が「石積みの力学」と「鷹渡る」の双方に掛かってしまうように見えます。意図されたのかもしれませんが、「は美し」「の美し」と切れをはっきりさせた方が、秋の空気の中の静と動に漂う緊張感をより明確にするように思うのですがいかがでしょう。「水のやう火のやうリンクのスケーター」。これからフィギュアスケートのシーズンですね。「水のよう」は当然として「火のよう」が秀逸です。「甘葛に余罪まだまだありそうな」。露見した一件の悪事には余罪や前駆的な行為がたくさんあります。業界人的な視点。「栗ご飯小回りの利く母が居た」。小柄だけど働き者でほっこり暖かい雰囲気をたたえた方だったのでしょうね。何だか懐かしいです。「ボーボー語話す兄とゆく花野」。「ボーボー語」が謎ですが、背が高く発声もジャイアント馬場のようなお兄さんを連想します。とてもメルヘンチック。
- 植松 まめ
特選句「冬銀河泣かせる手紙くれた奴」特選句「指切はあの日の痛み秋の蝶(大西健司)」。この歳になっても歌は演歌ではなくフォークソングが好きだ。冬銀河も、指切りも、なくした時代が甦る純粋だったあのころを。
- 銀 次
今月の誤読●「おしまいのつづきは胡桃に入れたよ」。ではその胡桃を割ってみましようか。ーーというわけで、桃太郎一行は金銀財宝を荷車に積んでうちへとかえりましたとさ。めでたしめでたし。はい、おしまい。の、つづき。桃太郎はいった。「さてイヌくん、サルくん、キジくん。ご苦労さん。これでミッションは終わりだ。さあ、ここで解散だ」。イヌがいった。「へえ、よござんす。でもこの金銀財宝はどうしやす?」「どうするって、そりゃまあ、村のインフラを整備したり学校をつくったり……」。サルが割り込んだ。「とぼけちゃいけませんや。うまいことをいって、独り占めにしようって魂胆がミエミエですぜ」「そんなことはしません、なにしろボクは正義の味方ですから」。キジがせせら笑って「信用できねえな。人間ってなあ、お宝を前にすると人が変わるっていいやすからね」「いいだろう、ではみんなにはボーナスとして金貨一枚、大粒の真珠を一個づつ進呈しよう」。イヌがいった。「へえ、ずいぶん安く見られたもんだな」。サルがいった。「そんなはした金で誤魔化そうったってそうはいくもんけえ」。キジがいった。「ここはいちばん、四等分ってえのがスジじゃねえんですかい」。と、障子がガラリと開いておじいさんがカマを片手に入ってきた。「じゃあワシらの立場はどうなるんだ。その子を育てたのはこのワシだ」。おばあさんが包丁を持って入ってきた。「だいたいそもそものはじまりはワシが桃を拾ってきたからじゃないか」。桃太郎はギラリと刀を抜いて身構えた。「ええい、うるさい。リーダーはこのボクだ。文句があるやつは片っ端から斬り殺してやるからかかってこい」。さあ、ここから阿鼻叫喚。ってトコへ表戸がひらいてスーツ姿の男が入ってきた。「あの、税務署の者ですが……」。全員が声を揃えて「やかましい! 引っ込んでろ!」。表がずいぶん騒がしい。覗いてみるとノボリを翻して大勢の人が口々になにやら叫んでいる。ノボリには「鬼差別反対協議会」と書かれていた。とまあ、<教訓>みなさん胡桃はそっとしておきましょうね。
- 荒井まり子
特選句「出掛けるつもりの湯灌金木犀」。久しぶりに驚いた。高齢化で色々取り沙汰されているが、この句の境涯淡々と憧れる。
- 漆原 義典
特選句「栗ご飯小回りの利く母が居た」。もうすぐ三回忌を迎える母を思い出します。中七の小回りの利くがうまくお母さまを表現していると思います。ほのぼのとした句をありがとうございます。
- 藤田 乙女
特選句「老いの海私は何処を目指すのか」。は、まさに今の私の心境そのものです。とても共感しました。特選句「時という分別箱へ木の葉かな」。 とても惹かれる句でした。しみじみと来し方を振り返りました。 「時という分別箱に収まらぬ身の内にある恋の残照」
- 三枝みずほ
特選句「木枯らしは探すどこにもいない人」。実景は木枯らししかないが、木枯らしに立ち尽くす一人の存在を感じさせる不思議な世界観に惹かれた。特選句「はにかみは最後の仕上げ実オリーヴ」。一読、はにかみを意図的にする男性の句かと思ったが、これは女性がはにかむ男性へ恋をした瞬間を読んだものかもしれない。「最後の仕上げ」のあいまいさが読みを広げ、面白かった。
- 亀山祐美子
特選句「ため息を折り込む小指秋深し(高木水志)」。自分の中の澱を吐き出す溜息。出そうと思って出すわけでは無い。むしろ意思に反して出てしまう。そのため息を両指を絡めた小さな空間に流し込む。折り畳めるものならば小さく小さく小さく小指で折り畳んで無いものにしてしまいたい杞憂秋愁。溜息は自己修復の第一歩なのかもしれない。
- 稲 暁
特選句「木枯しや亡き犬の小屋仕舞いけり(植松まめ)」。犬好きの私としては見逃せない一句。淋しさ哀しさがしみじみと伝わる。
- 松本美智子
特選句「茶の花や保ち続ける平常心」。茶の花を直接見たことはなかったので,調べてみました。清楚で可憐な白い花ですね。コロナの勢いはだんだんと収まってきていますが、まだまだ心の中に引っ掛かりをもったまま生活しています。平常心を保ちたいものだと思います。「茶の花」の雰囲気と「平常心」が響き合っている句だと思いました。
- 高橋 晴子
特選句「老画家に柚子を貰って別れけり」。老画家、柚子、別れ、それだけで絵になる。何も言ってないところが実に爽やかでいい。
- 野﨑 憲子
特選句「まだ出掛けるつもりの湯灌金木犀」。揚句の<まだ>に、他界された方の前向きな生き方が見えてまいります。金木犀が最高の供花ですね。因みに、今月の拙句「目元はシヤネル大狐火の笑まふなり」につきまして・・私の母、髙木繁子は、晩年パーキンソン病に苦しみ最期は病院のベッドの中で迎えました。その頃、学生時代の友からシャネル5番の入った乳液をもらいました。それを、お見舞いの度に母の顔に付けると奇跡のように嬉しそうな眼をしてくれました。お洒落な母でした。怒ると、とてもおっかない母でした。湯灌の折のお化粧の下地にもこのクリームを塗りますと弟が「そんなに塗ったら母さん、この世に未練ができて成仏しないよ」と苦笑しました。でも、今は生前のように、句会に一緒に来てくれていると強く感じています。
袋回し句会
膝小僧
- みかん剥く窓の鈍行膝小僧
- 藤川 宏樹
- 膝小僧またすりむいて冬に入る
- 野﨑 憲子
- 膝小僧にはいつも赤チン青みかん
- 中野 佑海
- 膝小僧抱いて月下の独房に
- 島田 章平
- 秋歌舞伎膝小僧で見えを切る
- 銀 次
- 冬眠もならずやひかりの膝小僧
- 野﨑 憲子
木の葉髪
- 怒髪天酒呑童子の木の葉髪
- 銀 次
- 木の葉髪怖いものもうなにもない
- 柴田 清子
- 木の葉髪女形は首をのばしけり
- 田口 浩
- つつがなく生きし二人か木の葉髪
- 植松 まめ
- 妻逝きて五年の床や木葉髪
- 島田 章平
- 言いたいことばかり浮かんで木の葉髪
- 野﨑 憲子
はにかみ
- 性格の真っ赤はにかむ赤蕪(かぶ)も
- 田口 浩
- ラ・フランス梔子の実のはにかみ
- 河田 清峰
- 背にギターはにかむ君や青レモン
- 植松 まめ
- はにかむや十一月の天邪鬼
- 野﨑 憲子
- はにかみのあとの大きなくしゃみかな
- 三枝みずほ
- ホームラン打ってはにかむ汗の顔
- 島田 章平
- はらはらと何をかにかむ紅落葉
- 銀 次
- 枯蟷螂だってはにかむ時がある
- 柴田 清子
ライトアップ
- ライトアップ青や赤の樹鬼潜む
- 三好三香穂
- 秋なすのライトアップはないものか
- 銀 次
- 百歳の母ライトアップの月下
- 島田 章平
- ライトアップ外れしままに枯蟷螂
- 田口 浩
尻
- 尻持ちの少年烏になって冬
- 田口 浩
- 火の鳥の羽音ばかりや冬の尻
- 野﨑 憲子
- 尻餅を無駄にはしない初笑い
- 中野 佑海
- 小六月天体ショーに尻向けて
- 河田 清峰
- 尻まろき女人の後の秋遍路
- 三好三香穂
- 確率論じ父の継子の尻拭
- 藤川 宏樹
自由題
- 臍の緒を切って二つの神無月
- 田口 浩
- 閉店の招き猫にもある秋思
- 島田 章平
- 狐火を八ツ従えヤツがくる
- 野﨑 憲子
- 虹が足だしおり瀬戸の海凪ぎる
- 佐藤 稚鬼
- 無花果に指柔らかくたてるかな
- 佐藤 稚鬼
- 月明やゆらいだ影の俺を踏む
- 藤川 宏樹
- 介護保険をお付けしましょう皇帝ダリヤ
- 中野 佑海
- 補聴器やしくしくと鳴る秋の風
- 島田 章平
- 木枯しの一撃一瞬にして老う
- 銀 次
【通信欄】&【句会メモ】
冬麗の一日、サンポートホール高松五階の円卓会議室での句会でした。参加者は11人。事前投句の合評の後、袋回しの開催は午後3時近くになりましたが、ご覧の通り色んな魅力いっぱいの作品が集まりました。生の句会でなければ味わえない合評の緊張感、そして笑顔笑顔。やはり句会は最高です! 次回のご参加を楽しみにいたしております。
先月刊行の『海程多摩』(安西 篤代表)第ニ十集記念号に、昨年上梓した「海程香川」発足10周年記念アンソロジー『青むまで』が紹介されました。その中で、「海程多摩」の竹田昭江さんが、参加者全員の各一句を見開き2頁に厳選し掲載してくださっています。11月句会報でも披露させていただきました。素敵な企画とご執筆に感謝です。
亀山祐美子さんのお母様のご逝去の訃報が届きました。翌日の句会の用意をされて独り暮らしの伊吹島のご自宅で倒れていらしたと聞きました。本会の吟行で幾度か伊吹島の民宿に泊り句会をしましたが、毎回、飛びっきりの笑顔でご参加くださったのが昨日の事のようです。二か月前に、「朝月の残る小島や連絡船(久保カズ子)」に出逢ったばかりで今も信じられない思いです。ご冥福をお祈り申し上げます。合掌。
Posted at 2021年12月1日 午後 02:26 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]