2023年2月6日 (月)

第135回「海程香川」句会(2023.01.21)

雪兎.jfif

事前投句参加者の一句

老鷹や陽のあたる朝の霧氷林 桂  凜火
この後もいくつ歳とる冬さうび 谷  孝江
月蝕の世は掻痒の暗さ冬 疋田恵美子
綿虫やボク嘘なんかついてない 松本美智子
時雨を行く淡いてにをは脱ぎ捨てて 佐孝 石画
がしょうぎに除夜の鐘突く漢未練 時田 幻椏
あち見こち見の雑魚寝の寒鯉 川崎千鶴子
喩へれば父松の内母日常 野口思づゑ
凍空や国境に武器ひしめきて 月野ぽぽな
身の内にサザンカの散るさようなら 榎本 祐子
たましいの薄化粧のよう風花す 増田 暁子
新年の心に掴む魚かな 高木 水志
ためらいもなく寒紅をひく十五歳 久保 智恵
新年や幸あれ江戸っ子さっちゃんに 島田 章平
初日の出ひと目見たくて足踏みで 薫   香
声だれにとどくのですか雪虫 三枝みずほ
讃岐人ほっこり餡餅雑煮かな 漆原 義典
この径を行こう冬虹消えぬ間に 寺町志津子
残らない詩歌つづって山眠る 夏谷 胡桃
駅頭に子を背負ふ母よ山眠る 銀   次
赤ん坊の軽さ重みを知る初湯 塩野 正春
狐の糞黒く光(て)りたり雨あがり 稲葉 千尋
山茶花や言祝ぐような終り方 福井 明子
テトラポットの遠き三角時雨けり 大西 健司
寒烏ひりひり痛む我が頭 豊原 清明
夜窓には魂だけがこちら見る 中村 セミ
山姥の棲み処の辺り雪折す 松本 勇二
「希望」とは父ちゃんの船初日の出 津田 将也
山裾の木を蹴り木の音里の音 十河 宣洋
寒波つんつん安静の母の息 吉田亜紀子
初春や大きな木にはたっぷり空 河野 志保
遠ざかる父のいつもの冬帽子 吉田 和恵
極限の大あくびして日向ぼこ 佳   凛
初日の出天動説を支持したし 滝澤 泰斗
廃船の骸を立ちあげ冬の月 佐藤 稚鬼
小さき鳥にならむと銀杏黄葉し始む 田中 怜子
虎落笛ジャム煮る如く発熱す 石井 はな
新宿の朝の芥を寒烏 大浦ともこ
地に還る熟柿や惨という勿れ 野田 信章
水仙花景色を洗ひたてにする 川本 一葉
履歴書を枯野明かりで書いている 山下 一夫
源流の小さな宇宙初明り 河田 清峰
初詣人間臭き仁王の眼 重松 敬子
窯に火を入れて三日目日脚伸ぶ 丸亀葉七子
寒月光からだ弾ける音がする 柴田 清子
数へ日の昼のたくあん塩むすび 亀山祐美子
アールグレイのぬるいは淫ら雪のひま すずき穂波
友情のよう堅く柔らか冬木の芽 竹本  仰
遅れます牛のお産で初句会 新野 祐子
木陰来る廊下の暗し寒鴉 高橋 晴子
氷塊の心を溶かす一句あり 藤田 乙女
木を囃す夢版権の盧溝橋 荒井まり子
賀状書く宛名の友はまだ五歳 菅原香代子
老い行くは未知なる調べ冬の空 小山やす子
津軽藩ねぶた村発冬林檎 樽谷 宗寛
外套のするめがごとし帰還兵 藤川 宏樹
白鷺が如来の直立貪瞋痴 山田 哲夫
方丈の夢想無辺に淑気かな 中野 佑海
かていりし しるたぎゆきて かむるとび 田中アパート
手鞠撞きわたしも唄う二度生きる 鈴木 幸江
日溜まりの橙いま頃わかったこと 男波 弘志
銀紙の板チョコぱりん冬日和 松岡 早苗
旧約聖書の空をふくろう急ぎけり 淡路 放生
禅寺の藩主の墓も冬ざるる 山本 弥生
究極の緑の温みブロッコリ 森本由美子
アマゾンの外箱大きお正月 菅原 春み
父の忌の机あかるしシクラメン 向井 桐華
枯野原少年白き函として 小西 瞬夏
春着の子袂を振りておしゃま言う 植松 まめ
追い葱をどつと凍夜の肉うどん あずお玲子 あずお玲子
着ぶくれて自由の女神つんのめる 三好つや子
柔らかく折れたい感情根深汁 若森 京子
水仙揺れるよ娘の娘と恋の話 伊藤  幸
初夢は千手観音ピアノ弾く 増田 天志
新海苔やおもひもかけずアマテラス 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「時雨を行く淡いてにをは脱ぎ捨てて」。脱ぎ捨てたのが「淡いてにをは」という感覚の冴え。

小西 瞬夏

特選句「新年の心に掴む魚かな」。「魚」が何を象徴しているのだろうか、と想像が膨らむ。きっと、飛魚のように力強く泳いだり飛んだりしている何かなのだろう。「心」がそのままなので、何か別の言葉で「心」を思わせる方法もあるかもしれない。

増田 天志

特選句「枯野原少年白き函として」。少年期の心理的危うさを、詠んでいるのだろう。想像の翼は、どこまでも広がり、少年兵の悲劇かとも、鑑賞出来る。

月野ぽぽな

特選句「山茶花や言祝ぐような終り方」。美しいままの花びらが散るさまは、まるでお祝いの言葉のようである。なんども味わううちに「言祝ぐような終り方」が人の一生について言っているように思えてくる。唯一無二の命を生き切ったことへの賛歌。山茶花が美しい。

十河 宣洋

特選句「讃岐人ほっこり餡餅雑煮かな」。餡餅の雑煮が懐かしくて頂いた。最近はたまにレシピを見ることもあるが、以前は気持ち悪いと一蹴されたこともある。食べてみなけりゃこの美味しさは分からない。特選句「友情のよう堅く柔らか冬木の芽」。納得する句。冬木の芽の堅さを上手く表現している。

島田 章平

特選句「水仙花景色を洗ひたてにする」。景色を洗ひたてにする、と言う感性が爽やか。新春にふさわしい佳句。

中野 佑海

特選句「時雨を行く淡いてにをは脱ぎ捨てて」。淡いてにをはが、自分の気持ちの移り変わり「どうして」「こんなことに」「僕を」「君は」などと嘆いてみても仕方なし。総てを諦めて、次行こう次。特選句「着ぶくれて自由の女神つんのめる」。摩天楼のニューヨークを睥睨するように立っている「自由の女神」が着膨れてつんのめるなんて、想像しただけで、笑える。「友ごとに遠島を見る霜の夜(山下一夫)」。年取るごとに友それぞれに色々な事情で縁が遠くなっていく。「月蝕の世は掻痒の暗さ冬」。年取るとだんだん皮膚が乾燥して冬は特に月の砂漠だね。「喩へれば父松の内母日常」。ちょっとしたことが、男には祭り、女には何なのそれくらいで騒いで。「身の内にサザンカの散るさようなら」。さよならの時は躰の中の深い所にあるものが、崩れてしまう。まるで、山茶花の散るように。山茶花がカタカナなのが、余計色を無くしたような、感情の冷めていく感じが、良く現わされている。「水仙花景色を洗ひたてにする」。花の清楚さ、香りの清々しさ。同感です。「数え日の昼のたくあん塩むすび」。これは鉄板でしょ。お母さん有難う。「落葉焚く日暮れの庭がわたし好き(吉田亜紀子)」。あの匂いは日本人の原点です。凄く素直が良い。「究極の緑の温みブロッコリー」。大賛成です。本当、ブロッコリーって扱いやすいし、食べ応えあるし、躰のパワーになる気がする。これ食べてれば大丈夫みたいな。今年はブロッコリー食べて頑張ります。どうぞよろしくお願いします。佑海

福井 明子

特選句「滞る流れに凧の鬼の面」。年が明けましたが、世の中何か得体の知れぬ、どよんとした空気が漂っています。そんな日々に、「滞る流れ」という上句に出合いハッとしました。「凧」「鬼の面」人の思いの及ばぬ彼方へ飛ばす「凧」、そこに超人としての「鬼」の睨みが効いています。句の中に呪術的な願いを感じます。

津田 将也

特選句「声だれにとどくのですか雪虫」。この句の「雪虫」は、冬の季語「綿虫」の子季語です。雪婆(ゆきばんば)とも呼ばれ、体長二ミリほどの小虫です。綿のような白い分泌物をつけて初冬の曇り日を飛びまわり、まるで雪が降っているみたい。この虫により、北国の人々は雪が近いことを知るのです。春の季語の「雪虫」は、北国の早春二月ごろ、雪の上に現れては動きまわる虫のこと。たとえば「川螻蛄(かわげら)」「揺蚊(ゆすりか)」「跳虫(とびむし)」などが羽化したもの.で、「雪解虫」「雪消し虫」とも呼ばれる別物です。特選句「アールグレイのぬるいは淫ら雪のひま」。「アールグレイ」は、紅茶の種類・淹れ方・アレンジによってストレート以外の様々な香りや味を楽しみます。たとえば、「ダージリン」にはベルガモット(柑橘類)のフレバーという風に・・・。結句に、「雪のひま」という春の季語を措いたことも、「アールグレイ」には合っています。降り積んだ雪が春になり、ところどころが溶けて消えた隙間には、もう芽吹き始めた「雪間草」が見えて、これを俳句では「雪のひま」と言います。まるで紅茶のアールグレイのようです。加えて「ぬるいは淫ら」という感覚的な言葉選びにも共感しています。

豊原 清明

特選句「がしょうぎに除夜の鐘突く漢未練」。男を思う女性の除夜の鐘突きかと思ったが、誤読かも知れない。誰かを思う鐘と受け取り。問題句「テトラポットの遠き三角時雨けり」。 テトラポットにだけ降る時雨という感覚になった。「三角時雨」が不思議な不可思議な読後感がありました。

夏谷 胡桃

特選句「雪うさぎ幼馴染の夫婦かな(野﨑憲子)」。ピアニストの小林愛実さんと反町恭平さんの結婚のことでしょうか。時事的な話題をほんわりまとめられました。微笑ましいです。

樽谷 宗寛

特選句「屠蘇祝う白寿の母は麻雀好き(増田天志)」。新年にふさわしい句、お元気な白寿のお母様、ご家族となごやかに麻雀をなさっている姿が浮かんできました。私の祖母も長寿で、歌留多や花札が大好きで、希望の持てる明るい人でした。お変わりなく、明るい一年をお過ごしのほど祈念致します。

岡田ミツヒロ

特選句「赤ん坊の軽さ重みを知る初湯」。丸裸の赤ん坊は、まさに命そのもの。その重さに思わずたじろぐ。特選句「一月のぼむぼむ凡夫爆ぜなさい(佐孝石画)」。中島京子「小さいおうち」を彷彿した。市民的幸せが奪い取られそうな時代風潮への反発、またそれに流される人々への警鐘。「ぼむぼむ凡夫」の妙。

佐孝 石画

特選句「初春や大きな木にはたっぷり空」。冬木を見上げると、その開放感にめまいのような安堵を覚える。指、腕を広げて、空と融け合おうとする冬木の姿。葉が生い茂った頃にはなかっただろう、空への絶対的諦念。この空との融合、浸透への憧れ。いろんなことを脱ぎ捨て、投げ出すことで、空と融け合うことが許される。そしてはじめて空を「たっぷりと」内包することが出来る。この発見には実感がこもっている。これこそ金子先生の言う「感の昂揚」の作用した結果と言えよう。

伊藤  幸

特選句『「戦争」と「平和」を見遣り年暮るる(藤川宏樹)』。正に昨年は戦争と平和を目の当たりにし、平和に酔いしれる私達が如何に無力であるか痛感させられた年でした。今年は「平和への願い」「戦争が早く終わりますよう」等、漠然とした願いだけではなく自分に何かできる事はないか考えねばならぬところまで来ているのではなかろうかと思う。

藤川 宏樹

特選句「着ぶくれて自由の女神つんのめる」。トーチを高く掲げた自由の女神。ニューヨークの厳しい寒さに着膨れ、つんのめるという展開が予想外。今日の厳しい世界情勢を暗示しているようでもあり、楽しめました。

塩野 正春

特選句「舌足らずのインコと二歳児四方の春(増田暁子)」。家庭内での瞬間をとらえた明るい、笑える話題に拍手。 インコもまだ十分に発声できない幼稚さと二歳児の片言の言葉の組み合わせが絶妙。これから大きくなって世を背負うであろう子供、これから大きくなって楽しませてくれるインコ、まさに春の情景。 俳句は簡単な表現で奥深い情景を醸し出してくれる。 特選句「初夢は先手観音ピアノ弾く」。作者はピアノ弾かれるのでしょうか? そんなことは問題ではない。ピアノを弾く手の動きをみると、また自分でもピアノを弾くと鍵盤のあちこちに手が行き、しかも足までも動きを感じる。先手観音であればどんな曲が弾けるのだろう。鍵盤は横一列じゃなく縦横斜めか?想像するのが楽しい。こんな思いが初夢になったようだ。自句自解「あめゆじゅの味遥かなり喜寿すぎて」。宮沢賢治の詩に「あめゆじゅとてちでけんじゃ」があります。妹さんの死の間際にお願いされたことですが何回読んでも涙が出ます。 私の生誕地米沢でもおやつ代わりに霙に砂糖を少しまぶして食べました。のちにアイスキャンデーが市販されるようになりました。今になってあの頃、あの味が妙に懐かしくなります。「赤ん坊の軽さ重みを知る初湯」。初湯で赤ちゃんを浮かせて湯に入れていた情景です。まずおしりを抱えることを妻に教わり、上手に浮かせて喜んだものです。将来日本を背負うであろう赤ん坊は決して軽々しいものではありません。大事に育ててあげましょう。

若森 京子

特選句「舌足らずのインコと二歳児四方の春」。舌足らずの日本語を喋るインコと片言を喋り始めた二歳児が一つの部屋に居ることを想像するだけでほほえましい会話の流れが聞こえるようだ。〝四方の春〟の季語が良く効いている。特選句「枯野原少年白き函として」。枯野原に立つ少年を白い函だと比喩している。白い函は青春 清潔 純情 そしてこれからどのような色に染まってゆくのかの期待もある。枯野原に浮かび上がる 白い函 はその中身にも興味が広がってゆく美しい一句だ。

山田 哲夫

特選句評「父の忌の机あかるしシクラメン」。(亡くなった父の忌日がやってきた。父の使っていた机が今日は妙にあかるい。この明るさは、飾られたシクラメンのせいだろうか、いや、それだけではなさそうだ。時を経ていつの間にか当時の悲しみは乗り越える事が出来て、心の内に諦観のような感情をもって父の死を見つめる自分を意識出来るようになったせいもあるのだろう。この明るさはきっとそのせいなのだろう。)私には、このような作者の心の動きが想像されて、しみじみとした詩情に感銘した。

三好つや子

特選句「アールグレイのぬるいは淫ら雪のひま」。雪が降り、どこにも行けない退屈を、もて余している午後だろうか。けだるさの漂う言葉の紡ぎ方が巧みで、印象的。特選句「旧約聖書の空をふくろう急ぎけり」。終わらないウクライナの戦争。止まらないコロナの感染。浮き足だつ不穏な社会は、まさに旧約聖書の世界観に通じるものがあると思う。解決の糸口となる英知が、急がれる。「一月のぼむぼむ凡夫爆ぜなさい」。積極性を失くした自らを叱咤激励しているのかも知れない。ぼむぼむというオノマトペが見事。「枯野原少年白き函として」。未来に満ちた少年を白い函と捉えた感性がすごい。老いと若さの心象対比が、詩情豊かに成功している。

吉田 和恵

特選句「新海苔やおもひもかけずアマテラス」。天鈿女命にも匹敵する新海苔の力とは ふ ふ ふ 。

松岡 早苗

特選句「寒月光からだ弾ける音がする」。「からだ弾ける音」ってどんな音なのでしょうか。乾いたパーンと鋭い音なのでしょうか。「寒月光」との取り合わせが新鮮でイメージがふくらみました。特選句「敵味方の鍵こじあけよ初景色(福井明子)」。ささやかな日常を大切に生きていたはずの人間同士が、戦争によって敵味方に別れ互いに殺し合う。こんな愚かな戦争が一刻も早く終わるように、神々しい初景色に向かって祈らずにはいられません。「鍵こじあけよ」に作者の切なる願いが詰まっているように感じました。

滝澤 泰斗

特選句「赤ん坊の軽さ重みを知る初湯」。正月に一つのシーン・・・娘か息子が里帰りをして、孫を連れてきた。子煩悩なオヤジがどれどれと孫を小さな盥に入れる。四十年ほど前のわが子の入浴の感覚を取り戻しながら・・・幼子への命の尊厳が感じられ、良い正月になった。特選句『「希望」とは父ちゃんの船初日の出』。「希望」と、カギカッコを付けてあるから親父の船の号は「希望」ともとれるが、自分の希望、家族の希望のシンボルが親父の船とも取れ、正月から日の出の沖に向かう情景は、希望そのもの。古い歌だが、好きな歌を思いだした、・・・希望と言う名のあなたを訪ねて遠い国へとまた旅に出る・・・希望を失いつつある日本の応援句。いい句に出会えました。『「戦争」と「平和」を見遣り年暮るる』。朝鮮動乱の年に生まれて以来、10年単位で歴史を振り返っても大きな戦乱は枚挙に暇がない。大きくは、ベトナム戦争、湾岸戦争、そして、東欧の分裂と再建、中東の混乱、アフリカの民族問題・・・ そして、去年のプーチン・ロシアのウクライナ侵攻。国連の常任理事国が直接武器を取る戦争は核の脅威を助長している。その意味で掲句はマンネリかもしれないが、反戦をマンネリにしてはならない。「寒烏ひりひり痛む我が頭」。昨年末は歯痛から三叉神経痛を引き起こし、挙句、頭に帯状疱疹が出てひどい目に合った。まさに掲句の状態ではあった。「廃船の骸を立ちあげ冬の月」。何と、遠くアラル海の満月が浮き彫りにした廃船を思い出した。アラル海は消滅の危機に瀕している。廃船はまさに骸そのもの。「遅れます牛のお産で初句会」。動物の世話が盆も正月もない。日常の一コマを上手に切り取った。「氷塊の心を溶かす一句あり」。掲句の様な一句を求め、掲句の様な一句をものにしたいと日々思うが・・・。「津軽藩ねぶた村発冬林檎」。オールドファッション青森万歳。「外套のするめがごとし帰還兵」。戦争は銃器だけが戦争ではない。南洋の孤島、中国満州、インドシナ戦線では餓死者が絶えなかったと・・・するめがごとき姿が目に浮かぶ。「雪がときに羽根ひろげては降ってくる(中村セミ)」。雪国にゆかなければ、掲句の情景に会うこともないが、大雪に見舞われたときの表現としてはまさに、大鳥が暗黒に翼を広げたような雪が降る。 

山本 弥生

特選句「落葉焚く日暮れの庭がわたし好き」。住み馴れた田舎の広い屋敷の庭の落葉を集め、今日一日が無事に過せた幸福を想い、親族や知人の顔を想い浮かべ乍ら落葉を焚いている刻の庭が何より至福の刻である。

森本由美子

特選句「ゴミだして淑気の中を帰り来ん(重松敬子)」。深く息を吸い、背筋を伸ばし、新しい気に全身を晒しながらゆっくり家へ戻る。いつものゴミ出しとは大違い。淑気に濃度を感じます。特選句「柔らかく折れたい感情根深汁」。自分自身を労りコントロールしようとする内面が見事に描き出されています。根深汁との取り合わせも見事です。

寺町志津子

好きな句「遠ざかる父のいつもの冬帽子」。学生時代、女子大の寮に入寮していた私を、父が尋ねてきてくれたことがあります。愛用の帽子を手に持っていました。帰り際、その帽子をかぶり、いささか緊張した面持ちの父の面影が鮮やかに蘇り、当時を懐かしく思い出すと同時に、実は少し涙が出ました。「氷魂の心を溶かす一句あり」。このような句を詠みたい思いになりました。「禅寺の藩主の墓も冬ざるる」。実感です。我が家も禅宗で、備後地方の小さな藩の藩主であった由。帰郷の祭は、先祖を忍びつつお参りしておりますが冬の風の中での暮参は、お盆とは少し違う言い知れぬ感慨があります。

時田 幻椏

特選句「線状降雪帯空の青海の青連れて(新野祐子)」。大きな世界に鮮やかな白と青、成る程、と頂きました。問題句「一月のぼむぼむ凡夫爆ぜなさい」。凡夫を自認すればこそ爆ぜたいものですが・・。♡俳句から遠く居たのですが、野﨑憲子さんにお誘いを受け参加させて頂きました。今後とも宜しく御願い申し上げます。→ 兜太先生を通じての俳縁です。ご参加とても嬉しいです! 

鈴木 幸江

特選句評「時雨を行く淡いてにをは脱ぎ捨てて」。時雨忌は芭蕉の忌日。時雨に対する想いはきっと十人十色であろう。マイナスがプラスとなってゆく日本人の美への意識の象徴的現象だと思う。捨てることで生まれる世界があるように、時雨の中を歩きつつ“淡いてにをは”を捨てて、言葉と言葉を対決させる状況から生まれる世界に期待する想いを抱く作者の姿に共鳴した。特選句「極限の大あくびして日向ぼこ」。極限状態まで何かをすることには、私にはできぬことだが、修行僧の姿が重なり憧れがある。そこから見える世界への興味である。しかし、この句はそれが“大あくび”なのだから楽しい。この日常性がありがたい。“日向ぼこ”も気が抜けてしまう。でも、日常の中の非日常が捉えられていてお見事だと思った。p・S どなたかは、存じませんが、私へのエールのお句を頂きました。「新年や幸あれ江戸っ子さっちゃんに」。癌になって死ぬかと慌てたコロナ禍もなんとか生き延びられそうで、どなたか、嬉しいお句をありがとう。✧♡

あずお玲子

特選句「初春や大きな木にはたっぷり空」。楠でしょうか。周りの木々より頭一つも二つも大きな木には充分な空が広がっているのでしょう。たっぷりという言葉選びによって、豊かに澄み渡る青空と大木の景がいかにも初春らしく気持ちの良い句です。特選句「落葉焚く日暮れの庭がわたし好き」。手離した実家の庭を思い出しました。さほど広くはない庭に面した縁側で母と私と外飼いの犬でよく日向ぼっこをしていました。何が楽しかったのかもう思い出せませんが、不思議なもので庭と聞くとあの実家の庭での日向ぼっこを思い出します。飾り気のない呟きのような語り口が柔らかで、好感の持てる句です。

大西 健司

特選句「追い葱をどつと凍夜の肉うどん」。とりあえず旨そうだし、あたたまりそう。問題句「遅れます牛のお産で初句会」。いい句なんだが、どこかすっきりしない。何とかなりませんか もう一工夫を。

榎本 祐子

特選句「遠ざかる父のいつもの冬帽子」。現実的な父との距離感のようにも、記憶の中の薄れゆく景のようにも見える。モノクロームな冬に、父だと分かる帽子の後ろ姿がゆらゆらと遠ざかる。

新野 祐子

特選句「その頃のその俤へ年賀状」。何十年も会っていない友人たち、さぞかし年取ったんだろうなんて考えないで、共に青春を過ごしたあの人たち、いつまでも、あのままで、私の胸の中で輝いています。「履歴書を枯野明かりで書いている」。どこに出すどんな中味の履歴書なんでしょう。興味がそそられてなりません。「凍空や国境に武器ひしめきて」。本当にその通りですね。一刻も早く戦争はやめてほしい!問題句「山姥の棲み処の辺り雪折す」。私なら「雪折れせず」としたいです、断然。山姥を崇拝する者にとっては。

男波 弘志

「狐の糞黒く光りたり雨あがり」。狐がどこまで効いているか、そこが微妙ではあるが生きていることが躍動している。「長寿の母うんこのようにわれを産みぬ(金子兜太)」。「枯野原少年白き函として」。比喩としては解りにくいが、空の函とすれば少年の心理状態が読めるだろう。

河田 清峰

特選句「窯に火を入れて三日目日脚伸ぶ」。(窯に火を入れて)がゆっくりと温まっていくようで気持ちよく日脚伸ぶにつながっていると思う。

丸亀葉七子

特選句「水仙花景色を洗ひたてにする」。冬の寒さに咲き、ほっと心を癒される花。つんつん上へ向くこともなく、静かに凛と横向きに咲く。新しく心に期すものが生まれた。余分の無い言葉で一気に読みあげた句。特選句「父の忌の机明るしシクラメン」。父の部屋を開けた。大きな父の姿が見えた。窓から射す光はやさしく、おお、お茶か、、、と父の声がしたような、、、父恋の句。ひとりよがりの句は、読むのも苦手。良い発想を生かしきれない句を見かけることもある。 唯我独尊、拙い句評を、、、あしからず。 ♡選句の難しいこと。5歳の童に解るような作句を心がけているけれど自己満足に陥り読み手には、只の月並み、新しい発見も無い句でしかなかった。俳句とおさらばをしたつもりだったけれど、一年近く俳句の無い生活をしたが。野﨑さんが夢で手招きをしてくださった。老脳に鞭を打ち、初心に帰り俳句を楽しみたいと思います。

河野 志保

特選句「山茶花や言祝ぐような終わり方」。散り敷く花の最期は哀しくも鮮やかな、まさにお祝い。「言祝ぐような終わり方」の把握に惹かれた。山茶花の懸命さがいじらしい。

稲葉 千尋

特選句「初夢は千手観音ピアノ弾く」。歌にもあったが「もしもピアノが弾けたら」小生もピアノが弾けたらと思うことあり、千手観音が良い、華麗なる観音の指を思う。

川崎千鶴子

特選句「たましいの薄化粧のよう風花す」。「たましいの薄化粧」素晴らしい表現です。そこへ「風花」と結びつけるお力感服です。「木の葉散る足の立たない深さまで」。「足の立たない深さまで」に痺れました。この表現で深い山か森を想い描けます。素晴らしいです。

柴田 清子

特選句「初春や大きな木にはたっぷり空」。新しい年を迎えるにあたっての喜び、希望が、この「たっぷりの空」に、言いあらわされていて、清清しい気持にしてくれる新春の一句と思った。

疋田恵美子

特選句「白ナイル青ナイル春光老身を射ぬく(すずき穂波)」。長寿への感謝と、新春の喜びをおもう。特選句「屠蘇祝ふ白寿の母は麻雀好き」。高齢者の麻雀教室は多く、惚け防止に良いと聞きます。白寿の母上さまに乾杯。

野口思づゑ

今回は特選を絞りきれませんでした。「白ナイル青ナイル春光老身を射ぬく」。ナイルの大きさ、想像以上のスケールだと思います。そこでの春光に若ければ包まれる感触かもしれませんが、年配者には射ぬかれるような迫力なのでしょうか。「殺された方も殺している月下」。「戦争」などとオブラートに包まず、実態を伝える「相互殺人」と呼ぶべきだとつくづく思います。『根の国に別の「第九」の響けり』。キーウの地下避難場所でしょうか。早く地上で同じ第九が響きますように。「雪まろげ老人力に利子ついて」。プラス思考でいいですね。

中村 セミ

特選句「枯野原少年白き函として」。枯れ野原のような人間関係が、あるいみ、カラカラか、ドロドロかわからないが、そこへ、仕事をしにゆく、少年にバリアとして,持たされているものが、もし、あったとすれば、沈黙という白い函かもしれない。そうよみました。

川本 一葉

特選句「小さき鳥にならむと銀杏黄葉し始む」。素晴らしい表現だと思いました。まだ緑かかっている葉がやがて黄色の頂点に達すると、鳥になって羽ばたくつもりで。この続きのお話待っております。

野田 信章

特選句「履歴書を枯野明かりで書いている」。何かの節目に書く紋切型の履歴書ながら、「枯野あかりで」書くという口語調の修辞によって、この作者なりの心情を込めた明度のある句が生れていると読んだ。

三枝みずほ

特選句「初夢は千手観音ピアノ弾く」。千手観音の弾くピアノはどんな音色だろうか。このダイナミックさ、飛躍に、新しい年のはじまりが慈悲の心に満ちたものであるよう祈りを込めた渾身の一句。

田中 怜子

特選句「遅れます牛のお産で初句会」。大地に根を下ろした仕事を済ませ、手洗いして句会にはせ参じる。いいですね。なんか、荒々しい匂いもしてくるような。特選句「賀状書く宛名の友はまだ五歳」。なんか書く本人も照れているのでは。可愛いと思っている作者のほほ笑みまで見えるようです。

高木 水志

特選句「寒波つんつん安静の母の息」。「つんつん」という寒波の表現に魅力を感じた。作者のお母さんの息遣いと寒波という厳しさとの取り合わせが、空間的な広がりを見事に描いていると思う。

植松 まめ

特選句「氷塊の心を溶かす一句あり」。そのような句に巡り会いたいしそのような句を一句でも詠みたいです。特選句「父の忌の机あかるしシクラメン」。父親への愛の溢れる句。私も父が大好きだった。(反抗期の時は別だが)

太 郎

特選句「月蝕の世は掻痒の暗さ冬」。壮大な宇宙のショーに我慢出来ないやっかいな痒さ、明暗を持たせた所が一瞬のモノクロに、面白い飛躍。

吉田亜紀子

特選句「外套のするめがごとし帰還兵」。帰還兵のコートを「するめ」と表現している点が見事だと思う。「するめ」の色、質感、形。戦争に翻弄された精神状態まで感じることが出来る。特選句「手鞠撞きわたしも唄う二度生きる」。季語「手鞠つく」。新年の季語は、どこか厳かで清らかであると私は思う。そしてこの句は、人間味に溢れている。手鞠を撞く。その行動の最中に、「わたしも唄う」。ここで、スッと立ち上がるような人間の気配を感じる。そして、唄に加わる。けれどもそれは、力強いとか、逞しいという、頑強なものではない。繊細で、真っ直ぐ強く、美しい眼差しだ。

竹本  仰

特選句「殺された方も殺している月下(男波弘志)」。無限花序という言葉があります。花の咲く先にまた花がついてゆく、永遠を目指すがごときある種の花のつき方ですが、花でない生きものの私たちには生殺与奪があります。宮沢賢治「よだかの星」はそんな嘆きを基にした童話です。やはり何かを殺していなければ生きていけない我々の延長にまた戦争もあるのかと思い、あれも人間の生理と何ら変わらぬ事柄なのかも知れないとふと思います。そして小川国夫に「エリコヘ下る道」なる名作のあったことも思い出します。戦争と平和、という語順は意味深い。戦争があっての平和であり、その語順は崩れない。そんなことを様々思わせる作品です。特選句「源流の小さな宇宙初明り」。宇宙の始まりは芥子粒よりもずっと小さく、それは大きさとも言えない、たとえれば一瞬のひらめきなのかも知れないとはよく思うことですが、そういう始まりの始まりをストレートに出され、ちょっと慌てさせられたような句です。それでこういう視点は幼子の感性のものなのかなと、その純粋な感覚を羨ましく思いました。こんな小さなひらめきのために、生きてて、俳句などやってるのかなとも。サリンジャー「ライムギ畑でつかまえて」のあのホールデン少年の眼って、こんなのじゃなかったろうかと思いました。特選句「枯野原少年白き函として」。レマルク「西部戦線異状なし」は少年ゆえ何の価値観も持てないまま戦争だけを知っているという悲劇を語っていました。その中で、何の訓練も受けないに等しい少年兵はうろうろするだけで足手まといであり、ただ死ぬために来たようなものだ、とありました。この「白き函」はそのお骨の帰還だろうか。あるいは、めでたい出征の背後にちらっと見えた少年そのものの姿、つまり自分の「白き函」を抱えている様なのか。どちらとも受け取れ、枯野を白梅がよぎるが如き、鮮烈な印象を受けました。

桂  凜火

特選句「浦安舞ふ巫女のひとみや初日影(漆原義典)」。新春らしいすがすがしい句ですね。巫女のひとみと初日影の取り合わせに心惹かれました。

菅原 春み

特選句「綿虫やボク嘘なんかついてない」。綿虫という季語を得てアバンギャルドの句に昇華したような。特選句「声だれにとどくのですか雪虫」。声がだれにも届かないとはなんとも悲しい。雪が降る前に飛ぶ雪虫がいい。

薫   香

特選句「たましいの薄化粧のよう風花す」。ちらちらと降る雪は温かい場所で暮らす私にとって、なにか特別なもののように思えて清らかで、尊いように思えることさえあります。それがこの句で言い表されているように思いました。特選句「銀紙の板チョコぱりん冬日和」。冬の音ぱりんで思い浮かぶのは薄氷ですが、板チョコも寒い時期はぱりんと音がしますね。座布団一枚。その上銀紙がなんとも郷愁を誘います。

重松 敬子

特選句「わが家にも初日届けりこともなく(大西健司)」。下五が余分かなと思いますが良い句だと思います。世界中のどの家庭も幸せな一年であってほしい。

漆原 義典

「遅れます牛のお産で初句会」を特選とさせていただきます。中七 <牛のお産>と、下五<初句会>の調和が面白く、作者の日常が垣間見えてクスッと笑える楽しい句です。ありがとうございます!

石井 はな

特選句「身の内にサザンカの散るさようなら」。本当にサザンカの散り様は静かな別れの様だと思います。読んでいてはっとしました。

田中アパート

特選句「一月のぼむぼむ凡夫爆ぜなさい」。おもしろい。特選句「追い葱をどつと凍夜の肉うどん」。肉うどんね、ぜいたくな。「新宿の朝の芥を寒烏」。新宿ね。銀座の烏がまわったか。

松本美智子

特選句「旧約聖書の空をふくろう急ぎけり」。幸せの象徴である「ふくろう」が時空を超えて旧約聖書の時代に迷い込み,人類の過去から未来を見つめて「急がないと,大変だよ」とつぶやきながら飛ぶ姿を思い浮かべます。キリスト教もイスラム教もユダヤ教も仏教も・・・どんな宗教も乗り越えて人類は幸せを希求する希望を捨ててはいけないのだと思います。急げフクロウ・・・♡句会で話題にあがっていた句「アールグレイのぬるいは淫ら雪のひま」。選びませんでしたが,とてもオリジナリティのある魅力的な句だと思います。でも,「淫ら(みだら)」の字ずらがあまりにも鮮烈でエロティックなのでこの句の前で一歩立ち止まってしまいました。作者の言いたいことは分かるのだけど・・(私も甘い紅茶オーレなどのぬるいものはこのような感覚がするので分かります。)私なら「ぬるいはたるい」ぐらいの感覚かな・・・雪がとけて土がところどころ見えている感じもなんだか「たるい」です。でも,とても面白い句でした。

向井 桐華

特選句「水仙花景色を洗ひたてにする」。水仙の白で埋め尽くされた双海町の丘が浮かびました。「洗ひたて」の措辞がとてもいいなと思いました。

佳   凛

特選句「凍空や国境に武器ひしめきて」。あってはいけない戦争が未だ終わらず、しかも凍て空に武器が犇めいている。悲しい限りです.日本の平和のみを願ってはいけないのでしょうか?胸が痛くなります。早く終わる事を祈るのみです。

増田 暁子

特選句「地に還る熟柿や惨という勿れ」。命の輪廻が有るとしたら熟柿も他の命も傪では無い、と思いたい。現実は一生を全うした命とそうで無い場合の違いはあるが。特選句「雪うさぎという幸せをたなごころ」。ほのぼのとした良い句ですね。この平和が世界中にと願います。

山下 一夫

特選句「虎落笛ジャム煮る如く発熱す」。 ジャムを作るときの煮立った汁は確実に水の沸点を超えていて相当に熱いはずです。発熱はそれほどに深刻なのでしょう。虎落笛がそのただならぬ様や不安を醸しています。ジャムという素材の斡旋から、高熱を発した我が子を看ている母親の実感と見え、リアリティーを感じます。特選句「木を囃す夢半券の盧溝橋」。木を囃すというのは成木責のことで、果樹を責めてその年の多収を祈るまじない。妙な風習です。ところでこの句、季語で切れるのか、「木を囃す夢」で切れる二句一章なのか、ちょっと迷います。普通に読めば前者なのでしょうが、文字面が修飾語に見えて後者にも見えてしまいます。半券は美術館や観光地の乗り物の切符についてくるあれ、図柄は日中戦争の発端となった事件が起こった盧溝橋ということでしょうか。正直なところわかり切らないのですが、夢半券としても木を囃す夢としても「夢」が効いています。それぞれの語句に含みやそれを介しての繋がりがありそう、でも、わからないというところは夢の実態そのものと言え巧みと思います。ちなみに「版権」でもいただいていました。問題句「夜窓には魂だけがこちら見る」。無季句。「夜窓から」ならややスリラーながらわかりやすいが「には」で難題に。夜窓そのものに魂だけがいて、こちらを見ているというのだから、それは夜窓に映った自身の姿に違いない。それが魂というのであれば、こちらで見ている自身は何なのであろうか。かなりスリラーな句なのかもしれない。

藤田 乙女

特選句「身の内にサザンカの散るさようなら」。「さようなら」の言葉が言霊のように心に強く哀しく迫ってきました。「身の内に散るサザンカ」」との相乗効果でしょうか?喪失した愛の別れの決意のように感じました。『「希望」とは父ちゃんの船初日の出』。家族の温かさに気持ちがほっこりする句です。「希望」が父ちゃんの船の名前というだけでなく、舵を取る父ちゃんの船に家族みんなの希望が溢れているように感じられました。

稲   暁

特選句「凍空や国境に武器ひしめきて」。いつ終わるとも知れぬロシアのウクライナ侵略。悲しみも憤りも情況を変えることはできない。

管原香代子

「Amazonの箱を仮寝の兎かな」。Amazonと兎の組み合わせがおもしろいと思いました。「歳晩やオリオンの立つ海の空」。雄大な景色が目に浮かびます。

銀   次

今月の誤読●「夜窓には魂だけがこちら見る」。真夜中、わたしはふと目覚める。なにかの気配を感じたからだ。半身を起こして寝室を見まわす。もちろんだれもいない。モノの動いた様子もない。念のためにとカーテンを開けてみる。シーンとした闇のなかに、音もなく雪が落ちている。なんだこれのせいか。それにしてもこれしきのことで目が覚めるとは。わたしときたらよほど神経質にできてるようだ。苦笑し、再びベッドに横たわり、目を閉じる。と、そのとき、かすかな、それこそあるかなしかの声で「ごめんなさい」と言うのが聞こえた。だれ? わたしは横になったまま口のなかで言ってみる。しばらく沈黙がつづいたのち、またもや、ささやくような声が「あたし」と応える。妹の声だ。わたしは小動物を安心させるかのように、微笑みを声ににじませながら「どうしてあやまるの?」と訊いた。「だって、にいさんを残してあたしだけ先に……」「しょうがないよ、短命の家系なんだから」「そうね」「そっちはどうだい?」「大丈夫、とうさんもかあさんもいるから」「じゃ安心だ」「ええ」。そんな会話をしながら、わたしはいつの間にか、ベッドに腰掛け、カーテンを開け、雪を見ているのだった。妹が死んでまだ一ヶ月にも満たない。雪と雪がふれあい、こすれあい、妹の声となって、わたしにささやきかけているのだ。愛おしくてたまらない。こころのなかで、なにかがはじけたようだ。わたしは窓を開け放ち、妹を抱いてやろうと、身を乗り出す。

高橋 晴子

特選句『「希望」とは父ちゃんの船初日の出』。父ちゃんの船が「希望」というのだね。いいね。

大浦ともこ

特選句「選句集の薄く小さし冬すみれ」。他の人には取るに足らないものでも、自分には掌の冬すみれのように愛しいものってあるなぁと思う、そんな気持ちが伝わってきました。特選句「雪うさぎという幸せをたなごころ」。雪うさぎという幸せをという表現とたなごころという優しい言葉が響き合って温かい気持ちになります。”を”も効いています。

野﨑 憲子

特選句「山茶花や言祝ぐような終り方」。長引くロシアのウクライナ侵攻からもうすぐ一年。今年こそ平和的な解決を願うばかり。そういう思いをこの作品から痛烈に感じた。散りながら咲き続ける冬の華の斡旋が見事。自句自解「雪うさぎ幼馴染の夫婦(めをと)かな」。新年早々、夫の親友の奥様が胸の大動脈乖離で急逝された。古澤眞翠さん。「海程香川」に参加し、何度か吟行にもご一緒した。ご主人とは、小学校の級長と副級長時代からのお付き合いという。    合掌。 

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

にらめっこマスクをとらぬ君の嘘
藤川 宏樹
嘘ばかりつく優しいこ冬苺
大浦ともこ
酔えば窓はみ出してゆく嘘ひとつ
三枝みずほ
貴方の嘘に遅刻する土瓶蒸し
中村 セミ
嘘ふたつ重ねてまこと春近し
銀   次
初恋はくれなゐの羽根って嘘ピョン
野﨑 憲子
パン捏ねる背ナに嘘なき小春の日
中野 佑海
風花
人かばううそや少女は風花す
三枝みずほ
風花す鏡の奥のさらに奥
柴田 清子
風花や一瞬の痛み水のあと
銀   次
風花を追いかけ鬼ごっこの途中
松本美智子
空は深海サクラダファミリアの風花
野﨑 憲子
爪切って祖母の数える日向ぼこ
中野 佑海
バーガーの歯形深爪冬の果
藤川 宏樹
千の爪も風花も呑み込んで鬼
野﨑 憲子
朝刊に父の爪摘む小六月
大浦ともこ
二月
ニン月の鳶が笛吹く雨くるぞ
野﨑 憲子
十五歳チョコの苦きを知る二月
大浦ともこ
ハミングのほどけ二月のうさぎかな
三枝みずほ
ニン月の波は光よひかりは波よ
野﨑 憲子
冬深し
みどりこのひとりねがへる春となり
大浦ともこ
冬深しねじ巻き時計の色変わり
中村 セミ
残照のなかの潮騒冬の果
野﨑 憲子

【通信欄】&【句会メモ】

令和5年初句会の作品集を紹介させていただきます。今回も、多様性に満ちた魅力あふれる作品がたくさん集まりました。ご参加各位と共に、本年も、ますます自由に熱く渦巻いてまいりたいです。どうぞよろしくお願いいたします。

21日の高松での句会は、気が付けば終了時間の午後5時を一時間近く過ぎるほど盛会でした。会場主の藤川宏樹さんのご厚意に感謝感謝です。それから、コールサック社から董振華編『兜太を語る』が上梓され、私も寄稿いたしました。ご一読いただけたら幸いです。

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