第159回「海程香川」句会(2025.03.08)
事前投句参加者の一句
球春や就職氷河期のバット | 藤川 宏樹 |
翁のかろみ私春愁ガム噛んで | すずき穂波 |
老化とも劣化ともなし花や散る | 各務 麗至 |
春草に物申したき人の影 | 津田 将也 |
咲きたての梅の固さよ懐紙折る | 和緒 玲子 |
流木や真白い雪の横たはる | 中村 セミ |
姥押す乳母車に着ぶくれの犬 | え い こ |
冬木の芽年齢不問の求人欄 | 伊藤 幸 |
猪の首ぬつと沼田に立ちにけり | 樽谷 宗寛 |
牡丹の芽命の色と思ひけり | 柴田 清子 |
にわとりのふわふわおしり春隣 | 植松 まめ |
菜の花に沈んでしばし菜の花に | 月野ぽぽな |
封緘に莟とありてあたたかし | 大浦ともこ |
侵されて標無き道春の泥 | 滝澤 泰斗 |
待受は我がふるさとや梅万朶 | 柾木はつ子 |
春近しイカナゴ待ちし瀬戸の海 | 漆原 義典 |
伊予訛り椿の名前子規と律 | 山本 弥生 |
生麩の気発して路地あり女正月 | 野田 信章 |
暖は蜜黄金の部屋の福寿草 | 時田 幻椏 |
二月の木洩れ日兜太最後の九句 | 綾田 節子 |
春泥を漆売り来る塗師の家 | 河田 清峰 |
たんぽぽを胸に玉虫色の影 | 荒井まり子 |
じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉 | 岡田ミツヒロ |
出遅れたポチのお散歩山笑う | 松岡 早苗 |
甘い毒気づかぬふりして夜の梅 | 田中アパート |
手の甲の血管こわい木の芽時 | 河野 志保 |
耳たぶを揃える音や春時雨 | 高木 水志 |
山笑う今日の笑いはラテン系 | 野口思づゑ |
きらいです貴方の笑顔薄氷 | 末澤 等 |
与太師匠お戻りくだされ花はすぐ | 塩野 正春 |
薄氷の明るいほうは消えるほう | 山下 一夫 |
亀鳴くや人はどこかで立ち止まる | 十河 宣洋 |
地震津波そして山火事神いずこ | 新野 祐子 |
星に戯れ星を回せよつばくらめ | 松本美智子 |
包丁を研いで玉巻くキャベツ待つ | 向井 桐華 |
税理士は禿頭野蒜にちょっと味噌 | 大西 健司 |
直に声聞きたし兜太氏よ 霾る日 | 田中 怜子 |
春愁の終りなくアラベスク弾く | 福井 明子 |
青饅(あおぬた)や余生というきれいな器 | 若森 京子 |
遠山に牛馬のたましい辛夷咲く | 松本 勇二 |
逃水や「船が出るよ」と母の声 | 増田 暁子 |
小生時雨に包まれて行きます故 | 佐孝 石画 |
梅二輪ほどの上書薬用酒 | 岡田 奈々 |
薄氷や工事現場に猫の朝 | 菅原 春み |
花冷えの尾骨シーソー動かざる | 小西 瞬夏 |
雪解水名もなき川の履歴です | 三好つや子 |
ペットボトルの白湯が売られている平和 | 河西 志帆 |
クロッカス明日は行こうロッテリア | 島田 章平 |
難民とう大河のうねり春北風 | 森本由美子 |
溶けてゆく中也の脳や梅つぼみ | 三好三香穂 |
マジシャンの指の先から春愁い | 重松 敬子 |
冬怒涛すり抜けていく怒りかな | 石井 はな |
紅い薔薇パタンと閉じる棺窓 | 吉田 和恵 |
梅仰ぐ佳人の細きうなじかな | 佳 凛 |
春立ちぬ陸にめざめしローレライ | 銀 次 |
渡されし春のレモンはプリズムに | 亀山祐美子 |
紫雲英のティアラ数多の王女駈けゆけり | 花舎 薫 |
ひかり多き春泥きっとはにかんだ | 竹本 仰 |
我が郷土神話の山の雪霏霏と | 疋田恵美子 |
鮮やかなるマフラー恋果てるとは | 三枝みずほ |
また父を死なせる忌日春障子 | 男波 弘志 |
酔いどれの森酔いどれの春の川 | 稲 暁 |
きさらぎの水の響きにある六腑 | 榎本 祐子 |
悲しみが哀しみになる春霞 | 遠藤 和代 |
青き踏む地球の青のひとかけら | 川本 一葉 |
荷を解く二月の花の明るさで | 桂 凜火 |
夕陽炎たつたひとつのさやうなら | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 松本 勇二
特選句「弥生野に産み落とされて米寿なり(若森京子)」。「産み落とされて」の自嘲気味な語り口に俳味がありました。弥生野が美しく広がります。
- 桂 凜火
特選句「花冷えの尾骨シーソー動かざる」。花見頃の尾骨は冷えますね。シーソー動かざるは実景でもあり、花冷えの中じっと何かを期待して待つ人の気持ちが読み取れます。リアルでありながら言外のものも想像できる深みを感じました。
- 大西 健司
特選句「にわとりのふわふわおしり春隣」。何とも愛らしい句をいただいた。この鶏はもちろん庭を自由に歩き回っているのだろう。春を待つ気分とともに幸せな光景が浮かぶ。
- 小西 瞬夏
特選句「薄氷の明るいほうは消えるほう」。「薄氷」のありようを、やや抽象的ではあるが、独特の把握で描写した。氷が薄くなり、光を通して明るくかがやくさま、またそれが消えて水になってゆくさま。陽と陰が二項対立ではなく、裏表であるような自然界のありようが描かれている。
- 津田 将也
特選句「青饅や余生というきれいな器」。青饅とは、芥子菜を擂りつぶし、酒粕・味噌・酢を加えて擂り合わせ、魚貝や野菜を和えたもの。また、茹でた芥子菜や浅葱(あさつき)を和えたもの。早春の料理の一つである。この句の、「余生というきれいな器」がいい。
- 福井 明子
特選句「青饅(あおぬた)や余生というきれいな器」。きれいな器、ということばがこころに留まります。余生は、ものがたりではなく、器に盛られたもの。象徴的なイメージが季語の青饅と響き合い、すがしいものへの憧れに湛えられているようです。特選句「きさらぎの水の響きにある六腑」。まだ根雪は硬く凍っているが、耳を澄ますとその下には雪解け水が流れていく。その響きを聴いた時、五体じゅうに沁みこんでいく六腑の言葉が体感的です。
- 野口思づゑ
特選句「亀鳴くや人はどこかで立ち止まる」。歩いていたら亀が鳴いているような気がした。立ち止まった、の景が浮かぶのですが、人は必ず人生のどこかで立ち止まらなくてはならない時がある。それを有り得ない、亀鳴くの季語と上手く表している。特選句「青き踏む地球の青のひとかけら」。とても惹かれた句です。「青のひとかけら」が、じ〜んと心に響きました。
- 佐孝 石画
特選句「薄氷の明るいほうは消えるほう」。「明るい」のは陽が当たっているせいなのか、それとも氷が薄くなって透けているところなのか。いずれにせよ、この句を一読したときに共鳴したのは、「明るい」ほうから「消える」という法則。炎でも電球でも一般的には「暗いほう」から消えていく。しかし、「明るいから消える」という一見矛盾した根拠には、人間の悲哀を重ねてイメージしてしまうところがある。人は笑う、しかし人は弱い。そして哀しい。哀しさの裏側から時折笑顔が咲き(古代では笑と咲は同義語、笑うときに口がさけることから咲くを笑うの意として用いた)、また萎んでいく。また「明るい」と思われるのはあくまでも第三者からの視点であり、本人の内面を示すものではない。「あの人はいつも明るかったのに」、「あの時はとてもにこにこして楽しそうだったのに」、そんな印象も決して本質をつかんだものではなかったろう。薄い氷の下に揺蕩う暗く冷たい水には触れることは出来なかったのだから。日に照らされた氷のきらめきをはたから眺めていただけなのだから。人はいつも最後の炎の揺らめきとしてまわりに笑顔を見せ、また氷の下に戻っていくのだから。そのようにして我々人間は生き続けているのだから。そしてさまざまなものが明るいほうから消えていくのだろう。
- 樽谷 宗寛
特選句「溶けてゆく中也の脳や梅つぼみ」。梅つぼみの季語が効いている。溶けてゆく中也の脳の表現が素晴らしい。
- 岡田 奈々
特選句「じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉」。じいちゃんの嘘は嘘だと分かるけどそのままにしといてあげよう。優しさ故の嘘だから。しゃぼん玉のようにポンと上がったらクルクルと虹色になって、僕のこころで、優しく弾けるのさ。特選句「渡されし春のレモンはプリズムに」。春の華やかさと、裏腹の屈折感と春は一筋縄では始まりません。「牡丹の芽命の色と思いけり」。牡丹の芽の複雑さと花の色への期待感。芽は命そのもの。「待受は我がふるさとや梅万朶」。小さい頃から何時も目にした里山の梅。香りまで溢れてきそう。「春近しイカナゴ待ちし瀬戸の海」。美味しいよねイカナゴ。釘炊き、または釜揚げ。うー春だね。「脱皮せよシャボン玉も人類も」。シャボン玉を同類にみては、シャボン玉さんが怒るかもしれません。なにしろ、プーッと膨れたと思ったら直ぐに弾けて無かったことに。あら不思議。やっぱり同じ。「青饅や余生というきれいな器」。余生は何時から?青饅は何時食べると美味しい?きれいな器でいられるかな?「夫の煮るマーマレードや二月尽(植松まめ)」。二月に出回る酸っぱい柑橘類のマーマレードは大好き。皮の堅いのが難。夫よ。頑張ってくれ。「ペットボトルの白湯が売られている平和」。本当。水が売られているだけでも、凄いと思うのに白湯まで。何処まで人は我が儘に成れるのか。「荷を解く二月の花の明るさで」。二月は香りの良い花が沢山あります。荷物の中身の期待感が、半端ない。
- 野田 信章
特選句「梅二輪ほどの上書薬用酒」。一読、微笑をさそわれる句である。「梅二輪ほどの上書」には平明にして独特な修辞のはたらきがあり、春のさきがけとしての韻のひびきが込もる。その「薬用酒」を作った方への思慕の念があっての一句かとも思う。
- 三好つや子
特選句「難民とう大河のうねり春北風」。紛争や迫害により故国を追われた人々は、日本の人口をとっくに超えています。この句は、解決の糸口が見つけられず、傍観せざるを得ない私たちに向けられているのではないでしょうか。特選句「また父を死なせる忌日春障子」。生前の父を偲んで涙を流す日があれば、命日をうっかり忘れてしまうことも。春の光に包まれた障子の部屋で、父の遺影が「それでいいんだ」とほほ笑んでいる気がして、心に刺さりました。「二月の木漏れ日兜太最後の九句」。私はとりわけ「陽の柔わら歩ききれない遠い家」が好きです。「遠山に牛馬のたましい辛夷咲く」。一読し東北の大地が浮かびました。自然と生きる暮らしを支えてくれる牛馬への感謝と祈りの句に、辛夷の花がいい雰囲気を醸しだしています。
- 柴田 清子
「亀鳴くや人はどこかで立ち止まる」。人として生きてゆくのに、「立ち止まる」事の大切さを「亀鳴く」の季語での一句納得させられました。特選です。
- 男波 弘志
「薄氷の明るいほうは消えるほう」。 この消えるは無くなるの意味ではなく、むしろ水と一如となって流れ出す、その迸りを顕わしている。この肉声を使っての、ほう、の繰り返しが斬新であろう、もし「明るいほうは水になる」だったら、凡庸な写生句に終っていただろう。ことばとは誠に不思議な代物である、秀作。
- 藤川 宏樹
特選句「じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉」。ご機嫌をとるのに長けたばあちゃんを尻目に、実直なじいちゃんは「ふうわり」嘘をついているのが健気だ。「しゃぼん玉」がこの軽妙な気配を言い当てている。
- 大浦ともこ
特選句「じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉」。罪のない噓、優しい嘘、暖かい嘘、悲しい嘘・・季語の『しゃぼん玉』がとても合っています。特選句「紫雲英のティアラ数多の王女駆けゆけり」平和で可愛い景が比喩から伝わってきます。自分にも娘たちにもこんな日々があったと懐かしい気持ちになりました。自句自解「封緘に莟とありてあたたかし」。もらった手紙の封緘に〆の代わりに莟とありました。そのことと手紙の内容がとても合っていたので句にしました。
- 若森 京子
特選句「翁のかろみ私春愁ガム噛んで」。翁と敬語から始まり、一句全体が俳諧的にかるくて、人生を達観している様な俳味があり、下五の、ガム噛んでが、通俗的な実があり好きな一句です。特選句「与太師匠お戻りくだされ花はすぐ」。兜太先生が亡くなって八年目になるが、このおどけた一句に、呼応して下さり、そっと戻って来られる様なきがしてならない。懐かしい一句。
- 十河 宣洋
特選句「水替えてザックリかます大蜆(森本由美子)」。ザックリかますが面白い。こう表現されるとああそうだよなあと思う。「かます」は東北地方の方言だが私のところも子供頃使っていた。
- 伊藤 幸
特選句「翁のかろみ私春愁ガム噛んで」。老人の平淡できらきら生き生きと今を楽しんでいる様に、自分は春だというに憂鬱で気だるくガムなんぞ噛んで。そうですよね。最近の高齢者は皆さん元気ですよね。若者(作者?)負けるな頑張れ!特選句「料峭の凭れ合うよう父母の杖(綾田節子)」。長年連れ添った歴史を語るように父母の杖が仲良く並んでいる。いいですね。上語の「料峭」が効いています。
- 塩野 正春
特選句「青饅や余生というきれいな器」。青ぬた、酢味噌和えは酒のつまみに最高。でも作者は余生というきれいな器に盛られていると言う。余生なるもの、私の実感ではうら寂しい感じだけが残る。こんな世に長く生きていていいのかとか考える。だが作者は余生を美しく希望に満ちた時間と感じておられる。私もそう感じるようになりたい。特選句「評価得て句に血が通う初句会(滝澤泰斗)」。初句会の緊張感は私も経験する。こんな句ではだめなのかどうなのかと感情が先走り、句作の努力も忘れてしまう。が、一旦評を得てみるとそれが良かれ悪しかれ安堵の気持ちが満ちる。まさに血が通うの表現ピタリだ。ここで「冴え返る黙殺という俳句の死」。の出句がありました。この句は血が通うの逆を行く微妙な冷感を表わしているが俳句に対する熱い思いは同じと考える。問題句「弥生野に産み落とされて米寿なり」。別に悪い意味で問題句にしたわけでないが、兜太師匠の「長寿の母うんこのようにわれを産みぬ」を思い出させる。私も五人兄弟の末っ子なので、産み落とされたのかな?なんて考える。♡今回の句会、考えさせられる句がたくさんあって書ききれません。俳句は楽しく辛いです。
- 植松 まめ
特選句「渡されし春のレモンはプリズムに」。智恵子抄を思い出した。ガブリと噛んだレモンその雫がプリズムとなったのか。特選句「また父を死なせる忌日春障子」。私の父も春亡くなった。また父を死なせる忌日と春障子が胸に迫る。
- 月野ぽぽな
特選句「二月の木洩れ日兜太最後の九句」。兜太先生のご永眠された月に、先生の最後の9句を思っている、または読んでいるのだろうか。木洩れ日がいい。9句の中から言葉をもらって面影として一句をなすもの良いかも良いかもしれないが、掲句のように、そっくりそのまま兜太最後の九句を一句に包み込んでしまうのもいい。すでに覚えている人はそれを心に反芻し、まだの人は句集を再び開き、今も無心の旅に住む師に出会うのだ。
- 重松 敬子
特選句「クロッカス明日は行こうロッテリア」。うれしくなりました。今の私の気持!明日はぜひ行ってきます。
- 三枝みずほ
特選句「小生時雨に包まれて行きます故」。包まれるという措辞に作者の時雨に対する深い想い入れを感じる。一行の勢い、不思議が、この句を何回も読者に読ませる。思い煩うものもろともに、一人でもう行きたいのだ。今回の特選句、すごく気になりました。どなたの句か今から楽しみにしております。
- 豊原 清明
特選句「<横尾忠則氏語る>もりもりの上腕に絆創膏 憂国の士(田中怜子)」。現代の国への激しい危機感。現代への否としての一句と思い、共感。傷した腕の絆創膏はもりもりしてパワフル。エネルギー。特選句「たんぽぽを胸に玉虫色の影」。一句読み、ときめきを覚える。春への期待がある。問題句「にわとりのふわふわおしり春隣」。生々しくて、臀部の呼び方について考えさせられる。→ 豊原さん、お休みの中ご選評をありがとうございました。次回のご参加楽しみにしています。
- 各務 麗至
「じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉」。嘘か本当かそれこそわからないから嘘に思ってしまいそうで、言い得て妙もあって長い人生経験者の言葉にはあって・・・・というところが、ふうわりとしゃぼん玉に籠っていそうで特選。「夕陽炎たつたひとつのさやうなら」。さようなら、は、やはりたった一つ限り、それもその時その時の大切な一つずつということに気付かされました。夕陽炎が哀惜をさそいます。特選。
- 森本由美子
特選句「紫雲英のティアラ数多の王女駆けゆけり」。昔イギリスの美術館で見た金の麦の穂で編んだテイアラを思い出す。シンプルで美しく、一体どこの国のどんな王女のために作られたのかと、今でも記憶に焼き付いている。田舎暮らしの少女時代よく紫雲英で冠を編んだ。被るたびになにかしら誇らしく気持ちの高揚を覚えた。わたしも駆けゆく王女たちの群れの一人だったのだろうか。麦の穂のティアラの王女も長いドレスの裾を捲り上げて一緒に駆けていくイリュージョンに捉われる。
- 榎本 祐子
特選句「また父を死なせる忌日春障子」。父を懐かしむと共に、父の死に向かい合う忌日。非情な書き方のなかに哀惜の念が見え、春障子の温かい情も利いています。
- すずき穂波
特選句「水替えてザックリかます大蜆」。水を吸わすというところを「かます」とし、貝の殻の開き具合を強調した点が新鮮。貝殻の擦音に触発されての「ザックリ」の語感にも音が伴い、蜆の大きさが伝わってくる。季節が春へと大きく動き出したのだ。特選句「花冷えの尾骨シーソー動かざる」。体重が軽すぎると上にあがったシーソーが下に降りないという景を見たことがあるが、この句は公園で一人、シーソーに跨がってみたのだろう。「花冷え」の季語は、そんな静かな時間を思わせる。硬い板に「尾骨」を感じ、己の老いをも感じとっているか。
- 島田 章平
特選句「亀鳴くや人はどこかで立ち止まる」。人間は迷いながら生きる動物。立ち止まり、立ち止まり、思い出の一里塚を一歩一歩歩いてゆくのかもしれません。
- 田中 怜子
特選句「にわとりのふわふわおしり春隣」。鶏の汚れてない白いお尻、尾をあげてちょこちょこ動き回っている姿が春陽をあびている光景が浮かんできます。日本画家の絵筆の冴えさえ感じます。特選句「地震津波そして山火事神いずこ」。本当に日本は災害が多い、世界のプレートがぶつかるところ、そして火山が多い。体力ない県や人々に多大な苦しみを与えている。気持ちがくじけないような対応を願いたいです。
- 河田 清峰
特選句「難民とう大河のうねり春北風」。新しい土地もなくさ迷う難民に吹く北西風が哀しい。
- 松岡 早苗
特選句「薄氷の明るいほうは消えるほう」。はっとさせられました。太陽が当たりキラキラ輝いている方は先に溶けて無くなってしまう。薄暗い日陰の氷が確かに長く残る。パラドックスというか二律背反というか…。無常観まで匂わせながら、再度読み直してみると、今度は不思議に春の明るい足音が際だち心をときめかせてくれる。そんな素敵な御句でした。特選句「荷を解く二月の花の明るさで」。「二月の花」は、青空に映える梅でしょうか。少しずつ日が長くなり、春の訪れを感じはじめる二月。新生活への期待感や荷を解く時のわくわく感が伝わり、私も明るい気分になり元気をいただくことができました。
- 末澤 等
特選句「封緘に莟とありてあたたかし」。最初は、「莟」が読めませんでしたが、調べてみれば「つぼみ」と読むことが分かり、それを見て暖かいと表現しているところに、面白さ。
- 河野 志保
特選句「侵されて標無き道春の泥」。日々映像に見る戦場の道。和平への道も不確かなまま春が巡って来ようとしている。春泥に込めた悲しみが伝わる。
- 山下 一夫
特選句「山笑う今日の笑いはラテン系」。笑う春の山も天気や気温、見る者の心持ち等によってさまざまに笑うと思われ納得。さて、それはどんな表情なのか考えるだけで陽気な気分になってきます。特選句「きらいです貴方の笑顔薄氷」。表明された好悪感情の裏には必ず相反する感情があると言われています。99対1のきらいもあれば51対49も。この場合は季語のイメージで後者に近そうです。上五の軽いインパクトと季語もいいバランスです。問題句「揺れているものの芽ものの怪独り者(十河宣洋)」。中七以下の三つの名詞に共通項はないはずですが、「もの」三連ちゃんで括られて「揺れている」と言われると何となく意味が醸し出されてくるのが不思議です。
- 綾田 節子
特選句「小生時雨に包まれて行きます故」。下五が字余りなので、慌て者はコと読んで問題句にしようと思いました。とても好きな句です。作者は明るい方ですね、死ぬ事に夢を抱かされてくれます。さて私は何に。
- 高木 水志
特選句「青饅や余生というきれいな器」。春になっていろんな緑が出てくる中で、青饅という料理は緑を楽しむ料理だ。青饅のぴりっとした辛味に余生という言葉の力が響き合っていいと思う。
- 和緒 玲子
特選句「薄氷の明るいほうは消えるほう」。薄氷に朝日が当たりだしたのだろう。その朝日に薄氷が少しずつ溶けていく。普通明るいという言葉は光や希望といった方向に傾きがちだが、この句は逆の消えてなくなってしまうことを指している。詩でありながら実に観察の行き届いた句である。
- 岡田ミツヒロ
特選句「また父を死なせる忌日春障子」。父の忌日、それは故人を懐旧しつつ喪失感、寂寥感に佇む日。「また父を死なせる」の表現に深く共感。春障子が何とも切ない。特選句「荷を解く二月の花の明るさで」。想像力を刺激する楽しくも悩ましい一句。何の荷物だろうとあれこれ想像して眠れなくなる。「二月」の季語が句全体に浸透している。
- 佳 凛
特選句「いにしえの壁画に戦士月おぼろ(月野ぽぽな)」。戦う事は人間の業なのでしょうか?安らぎを求めての戦でしょうか?物欲も混じり未だに戦は、地球のあちらこちらで、終わりみせません。そのエネルギーを、平和に役立てて欲しいものです。
- 疋田恵美子
特選句「梅仰ぐ佳人の細きうなじかな」。成人して間もない、美しい女性を思いました。特選句「荷を解く二月の花の明るさで」。届いた荷物、旅行帰りの荷物、どちらでも、満足感が嬉しい。
- 河西 志帆
特選句「青き踏む地球の青のひとかけら」。青い地球を自分の目で見えたらいいですね。でもこの一行で見えた気がしたとしたら素敵じゃないですか。特選句「料峭の凭れ合うよう父母の杖」。おふたりも、杖も、凭れあっているんだ〜支え合っているんですね。私達も遠くない年齢になってきました。「冬木の芽年齢不問の求人欄」。何歳でもいいって、不安ですよね。この世知辛い世間が見えてくるような気がします。「白蝶を放つ大地にいくさを許し(小西瞬夏)」。ジョーン・バエズ、ボブ・ディランの時代でした。ベトナムの尼僧の焼身自殺が忘れられない。「じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉」。そのじいちゃんって、私の年代かもしれないね。どんな嘘も、もういいよね。「亀鳴くや人はどこかで立ち止まる」。鳴いても泣かなくてもね。歩くのを止めてみるのも、これから歩くためなんだと思う。「紅い薔薇パタンと閉じる棺窓」。本当にそんな感じだったように思います。もう一度って開けて貰って、その後はあまり覚えていないんです。あの窓の外も。
- 漆原 義典
特選句「咲さきたての梅の固さよ懐紙折る」。お茶会の雰囲気が良くでています。中七の梅の固さと、下五の懐紙折るのハーモニーが素晴らしいです。
- 増田 暁子
特選句「弥生野に産み落とされて米寿なり」。芽生えの春に生を受け、米寿までの長い人生ご苦労様でした。おめでとうございます。お元気でこれからもご活躍を。特選句「料峭の凭れ合うよう父母の杖」。中7、下5の措辞に心震えます。実家の玄関の景色でした。
- 中村 セミ
特選句「薄氷の明るいほうは消えるほう」。薄い氷がきえるの信号ですね。薄ければ薄いほど吐息のようなものも感じます。
- 吉田 和恵
特選句「きさらぎの水の響きにある六腑」。二月は冬から春に向かってポテンシャルは最高潮です。その二月の水を全身で受け止めるという、春への期待感がよく表れています。
- え い こ
特選句「耳たぶを揃える音や春時雨」。耳たぶを揃える音がどんなものなのか あとの春時雨をみて、そういう音なのか、私も耳たぶをそろえて見ようと思いました。特選句「いにしえの壁画に戦士月おぼろ」。 古代からいくさはあって、どんな気持ちでその戦士はたたかい、描いた人はどんな気持ちか、想像して月のなみだでみているのかなと思いました。
- 竹本 仰
特選句「菜の花に沈んでしばし菜の花に」:菜の花が咲き始めると、あの独特な自然の黄はいやでも心を浮きだたせるものがあります。どちらかというと厚かましいくらいに。そんなお節介な親切をややもすれば忘れがちな毎日。でも、生きるとはそんなこんなの繋がりに他ならないのだから、思い切ってその中に身を置いてみるのもいいものではないか。「しばし」というところに何とはなしにセンスを感じます。特選句「冬の蘭の孤独鉄塔は静か」:冬の蘭と鉄塔、この相容れぬ二つの語感が釣り合っているというのが何とも面白くまた羨ましくも思えました。蘭は咲いているのではなく、蘭を演じている?と思えた処にこの句は成立しているのかな。そう、舞台役者がひとり、鏡の前で化粧を落としている場面に遭遇したような驚きとでも言うのでしょうか。そう思わすような存在感を感じました。特選句「夕陽炎たつたひとつのさやうなら」:たった一つのさようならだったら、挽歌かな。一つの死を信じられないと感じる日常の感覚から、死という論理がはっきり見える時の死生観にめざめる瞬間へ。ああ、終わったんだという感じでしょうか。そんな時に何とはなしに聞こえてくる音楽をそっと掬い取ったのだろうか。その瞬間にしかできないショットを感じます。以上です。♡東日本大震災の日が終わりました。わが亡父は仙台出身でしたが、子供の頃から津波が来たら裏の竹やぶに逃げるんだと常々教えられてきたそうです。それだけ恐いものなんだと身に付いたようです。で一回だけ本当に逃げたことがあったそうで、裸足で逃げたとか聞きました。たしかにマスコミに取り上げられる声も大事ですが、そうやっておばんつぁんの肉声で入ったものは一生忘れられなかったようです。そんな亡父の声もありあり思い出しました。庭の白梅も散り、今はしだれ梅が大いにその色を匂わせながら散り始めました。すっかり春です。みなさん、来月もよろしくお願いします。
- 荒井まり子
特選句「雪の果て笑いの果てのありにけり(佐孝石画)」。先月は最強、最長寒波といふ耳慣れない言葉が映像にのった。日本中が大変な思い、自然災害の前に生活者はなす術もない。果ての笑いか。
- 菅原 春み
特選句「猪の首ぬっと沼田に立ちにけり」。いかにも猪らしい景です。以前住んでいたところではまさにこんな景色が。兜太先生をも思い出します。特選句「遠山に牛馬のたましい辛夷咲く」。遠山とはどこでしょうか。戦のあった土地ではないかと。季語がなんとも詩情をかもしだしています。
- 薫 香
特選句「花冷えの尾骨シーソー動かざる」。一人で乗っているだろうシーソーは悲しい。特選句「渡されし春のレモンはプリズムに」。春らしい黄色がプリズムになっていく発想が素敵です。
- 滝澤 泰斗
特選二句「二月の木洩れ日兜太最後の九句」。元気だった人の死に・・・「人は本当に死ぬんだ」と思うことが良くある。先生の死も全くその感慨が強かった。どうも先生の体調が優れないようだという噂をよそに、「おう。まだおきてるぞ」と言いながら、やや掠れた声で現れそうだ、という感覚を今でも持っている。でも、最後の九句は、芭蕉のように、先生もさすらいの中にいた。「白蝶を放つ大地にいくさを許し(小西瞬夏)」。人間と言うのはしょうがない生き物だと思う昨今、何を守ろうとして戦をするのか。人殺しをするほどの重大な事とは何?見事な一句。以下、共鳴の三句「雪の果て笑いの果てのありにけり」。眉間に刻まれた深い皺・・・かつて優れたコメディアンだった大統領の面影はないゼレンスキー氏を思った。はたまた、能登の人々をも。『円舞曲「無駄死」北の春の雪』。どんな会話があって北朝鮮の人が遠いウクライナに傭兵として出かけ死んでゆく。中世じゃあるまいし・・・八〇年前の特攻で散った我が先祖に繋がった。「ペットボトルの白湯が売られている平和」。そして、私も掲句の平和の中にどっぷりつかっている。
- 新野 祐子
特選句「二月の木洩れ日兜太最後の九句」。立春が過ぎても厳しい寒波に襲われることの多い二月。それでも陽が射せばほっとするひとときに兜太先生の『百年』を開いてみたいですね。ご命日でもありますし。「河より掛け声さすらいの終るその日」「陽の柔わら歩ききれない遠い家」。安らかに他界された先生を私も偲びました。
- 時田 幻椏
特選句「星に戯れ星を回せよつばくらめ」。燕の闊達・曲芸的な飛行。燕からの視覚、見えている世界を思うと「星を回せよ」に実感。特選句「青饅や余生というきれいな器」。初見ではパスして居たのですが、何故か時を置いて後 間違わずに復唱出来た句でした。記憶に残る句とは、何か力が有るのでしょうね。問題句「肉食うと腰痛くなるしゃぼん玉(河西志帆)」。句を読めない私ですが、読みの手掛かりも無いままに放り出された意味不明の句。宜しくお願い致します。♡作者の河西さんに、お尋ねしました。「ごめんなさい。実は肉が苦手で子供の頃からずっと食べられずにいました。たまに薬と思って食べると、なぜか、腰痛になるんです。私だけの事なんですが、それをこんな風に書いたから、びっくりされたんでしょうね。しゃぼん玉をつけて、ケセラセラと軽く終えてみましたが、どうぞ、よろしく伝えてくださいね(河西志帆)」志帆さん、ご返信ありがとうございます。
- 石井 はな
特選句「菜の花に沈んでしばし菜の花に」。菜の花畑の真ん中でむせるような香りの中、菜の花と一体になってしばし現実を忘れている。私も菜の花になりたいなぁ。
- 花舎 薫
特選句「青き踏む地球の青のひとかけら」。踏みしめる春草のクローズアップから、ぐっと退いて地球を眺める宇宙からの俯瞰のショット。その視点の移行が面白い。草は小さくても青い惑星の一部、自分という小さい存在と大きな宇宙とのつながりを詠んだ春らしく明るさを感じる句。
- 山本 弥生
特選句「じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉」。じいちゃんが一生懸命考えて自分を守る為の嘘を吐いているが、まるでしゃぼん玉のように、ふうわりと消えてすぐに分るのを信じているかのように、やさしい孫達が見守っている幸福な姿が浮びます。
- 三好三香穂
「山笑ふかたち書店の絵本かな(三枝みずほ)」。難しい題名の背表紙のならんだ書店の中で、絵本のコーナーは、確かに笑っていますよね。本のお山の山笑う。「山笑う今日の笑いはラテン系」。ラテン系の笑いってどんなのかしら?底抜けの笑い、快晴☀️で青空。笑い声が山にあたってこだましています!「母や伯母叔母三様のひな祭り」。三姉妹の真ん中の母。それぞれのおひな祭りには何度もおよばれに預かったことでしょうね。それぞれのちょっとした違いも楽しめたことでしょう。最近、三男の子供が三姉妹になり、将来はこうなる。同じ句の詠み手は、うーん、曾孫になるのだ。「虚ろから閃輝暗点しゃぼん玉」。突然、ギザギザの輪が現れ、それがシャボン玉のように七色に光っているのです。私も、一度経験しました。改めて調べてみると、後頭葉の血流が悪くなるとおきるらしい。脳外科と眼科でのチェックが必要らしい。急いで行こうと思います。思い出させていただきありがとうございます!
- 松本美智子
特選句「薄氷の明るいほうは消えるほう」。薄氷のはかなさをよく観察して表現した秀句だと思います。
- 柾木はつ子
特選句「にわとりのふわふわおしり春隣」。上五、中七のかな表記がなんとも言えず微笑ましい感じが致します。間違いなく春はすぐそこにやって来ているようですね。特選句「難民とう大河のうねり春北風」。この地球のどこかで、今地獄そのものを生きている人々がいる。私達の想像の埒外で生きている人々…また、人為的にだけでなく自然の脅威に晒されている人々も。もしかしたら明日は我が身かもしれない。
- 遠藤 和代
問題句「どうどど どどうあしたてんきになあれ(田中アパート)」。どうどど どどう は宮沢賢治の「風の又三郎」を連想させますが、季語がない。季語に疎くてよくわからないのですが、てんきだけで季語になる?♡初参加の弁:俳句は人生最後に残しておこうと若いころから考えていましたが、いざ足を踏み入れてみてそんな甘いものじゃないことがよくわかりました。もっと早くから学べばよかったと今は後悔しています。末長くよろしくお願いいたします。
- 銀 次
今月の誤読●「じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉」。おれたち兄弟の母方の祖父は根っからの嘘つきだった。その嘘でいちばん遠い記憶は、夏休み、母の実家に行ったときのことだ。祖父が畑仕事から帰ってきて、脚を洗いながらおれたちにこう言ったのだ。「裏山にリンゴの木がある。いま見たらいっぱい実をつけていた。早い者勝ちだ、おまえらも行って採ってこい」。おれと弟は急いでサンダルをはいて裏山を目指した。むろん嘘も嘘、大嘘だ。だいたい季節も夏だし、こんな南国に野生のリンゴの木などあるはずがない。なんてことはいまだから言えることで、年端のいかない子どもには通用しない。すっかり本気にして、裏山を駆けずり回り、汗だくになって帰ってきたものだ。じいちゃんはヒザを打って大笑いした。あの夏はなんど祖父に騙されたことか。猿が戸を叩いているから開けてみろだの、浜辺に鯨が打ち上がっているから見てこいだの。もっとも最初のうちは騙されたが、さすがに度重なるとおれたちも嘘だと気づいて、それでも騙されたふりをして祖父を喜ばせてやった。むろん祖父もおれたちが騙された「ふり」をしてることは知っていて、さらに嘘をつくという、ちょいとしたゲームになっていた。やがておれたち兄弟のなかでも「じいちゃん語」というのがある種の慣用句になった。「つまらない嘘」という意味だ。それとともに「楽しい嘘」という意味もあった。それから何十年か経って、祖父に臨終のときが訪れた。死の床。祖父はおれたち兄弟を枕元に呼んで、ニヤといたずらっぽく笑って「裏山にな」と切り出した。「うん、うん」と耳を寄せるおれたち。「裏山にな。金が埋めてある」。おれたちは顔を見合わせた。「先祖代々伝わるものでな。おまえらにやる」と言い残した。それからあっけなく死んだ。弟がおれに言った。「どうせ、じいちゃん語だものな」「うん。でもなあ」「でもなんだよ?」「最後に言い残した言葉だろ」「うん」「臨終の言葉だぜ。それがじいちゃん語?」。おれたちは外に出て裏山を見上げた。どちらから言うともなくつぶやいた。「筋金入りってやつだな・・・・・・」。
- 向井 桐華
特選句「牡丹の芽命の色と思ひけり」。牡丹の芽を「命の色」とした発想が素晴らしいと思いました。問題句「脱皮せよシヤボン玉も人類も(野﨑憲子)」。強いメッセージのある句。「シャボン玉の脱皮」を最後まで考えさせられました。
- 野﨑 憲子
特選句『円舞曲「無駄死」北の春の雪(すずき穂波)』。いつ果てるとも知れない戦争を、俯瞰してみたような一句。春雪は降り止まず。誰も益するもののない死のワルツもこのままではエンドレスなのだ。「無駄死」とは、生だが、唯一無二の表現。人類はどこから来てどこへ行くのだろうか。 特選句「鮮やかなるマフラー恋果てるとは」。まさかこの恋に終りが来るとは思いもしなかった。今も、一目一目思いを籠めて編んだマフラーの色が眼底にある。<恋果てるとは>の結語の余韻に魅せられた。青春の勲章のような作品である。
袋回し句会
花(さくら)
- 焦げ臭き少年今も花の闇
- 野﨑 憲子
- 金色の鬣ゆらり飛花落花
- 野﨑 憲子
- 花の舟に一滴の酒垂らしおり
- 銀 次
- 花冷や胸章どうやっても歪む
- 和緒 玲子
- さくら舞う歩道信号・青・青・青
- 藤川 宏樹
- どの風に乗つてゆこうかさくらさくら
- 野﨑 憲子
- 泣いたのは私さくらに吹雪かれて
- 柴田 清子
ミモザ
- 私です知ったかぶりの花ミモザ
- 末澤 等
- ミモザ咲くほどほどの正しさなんて
- 薫 香
- チェリストの指のしなりや花ミモザ
- 和緒 玲子
- 謝恩会に不参加の訳ミモザ咲く
- 藤川 宏樹
- 白熱のどうぶつ会議花ミモザ
- 野﨑 憲子
- 展望バー夕陽をミモザカクテルに
- 岡田 奈々
魚
- 魚島や漁師は父の代までに
- 島田 章平
- そんなに私見つめないで 白魚よ
- 岡田 奈々
- 鶯や水平線より眞魚がくる
- 野﨑 憲子
- 日曜日鰆に味噌をまぶす役
- 和緒 玲子
- 氷(ひ)に上る魚 戦やまぬパレスチナ
- 島田 章平
- 煮凝りの濃ゆき味わい温め酒
- 三好三香穂
鶯
- 袋回しの袋の中のホーホケキョ
- 柴田 清子
- 戦あるな鶯の声限りなし
- 野﨑 憲子
- 老鶯や目ばかり出でて集合写真
- 藤川 宏樹
- 春の闇鶯谷の駅灯
- 島田 章平
春
- 悲しむは後春鮒釣に行こう
- 柴田 清子
- 立ち止まり止まりて春を淡くゐる
- 柴田 清子
- ジョーカーかハートのエースか春一番
- 野﨑 憲子
- 春北風のばあちゃん殊に前屈み
- 和緒 玲子
- 天を突くラヂオ体操春あした
- 島田 章平
- 春一番拡ごるスカート飛ぶ帽子
- 三好三香穂
- 嬰児の初めて笑ふ春一番
- 三好三香穂
- 春うらら吾の音色はどんな色
- 薫 香
- 忘れてた球根に歯が春よ来い
- 薫 香
- 泣きがほのチェリスト春の夜を弾く
- 和緒 玲子
【通信欄】&【句会メモ】
3月句会は、11名の連衆で句座を囲み、いつものように事前投句の合評や、袋回し句会に、楽しく豊かな時間を過しました。合評では、「じいちゃんの嘘はふうわりしゃぼん玉」が一番人気で、色んな評が飛び交い沸き立ちました。
3月29日から二泊三日で第3回「兜太祭」があります。金子先生ご夫妻のお墓参りや、壺春堂記念館(金子医院)などへの吟行もあります。昨年は、桜の季節に少し早かったのですが、今年は如何に。
Posted at 2025年3月21日 午前 05:45 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]