「海程香川」
第69回「海程」香川句会(2017.01.21)
事前投句参加者の一句
冬菫ここは玩具を診るお家(うち) | 三好つや子 |
戦後っ子われも老いたか風邪に臥せ | 稲葉 千尋 |
静さや母よ真面目よ磯千鳥 | KIYOAKI FILM |
小六月「もだえ神」となるもえにし | 疋田恵美子 |
日脚伸ぶちょっと悪い事してみたい | 夏谷 胡桃 |
木枯らしや体の中の狭い道 | 河野 志保 |
ひろしまに「第九」歌ふ日年惜しむ | 野澤 隆夫 |
脱稿のごと枯山に夕日の輪 | 若森 京子 |
研ぎ汁の明るさであり冬至空 | 月野ぽぽな |
雪の猪名野たんすながもち家紋浮き | 矢野千代子 |
寒晴るる野の果て五岳・象頭山 | 高橋 晴子 |
大向こう銀翼が切る残り柿 | 藤川 宏樹 |
本閉じてわたしに戻る石蕗の花 | 谷 孝江 |
風呂吹きの滑らか角なしほっこりと | 由 子 |
一頭の蝶一対の耳凍てる | 小西 瞬夏 |
月光や誰あれもいない冬座敷 | 髙木 繁子 |
踏まれるを待つていた音落葉かな | 山内 聡 |
寝正月長命遺伝子抱きしめて | 町川 悠水 |
かにかくの流れに鷺が淑気かな | 田中 怜子 |
初老だなんてぽっぽりんりん冬木の芽 | 伊藤 幸 |
虎落笛この身に緩むところ無し | 小山やす子 |
作麼生(そもさん)と皸みせて活断層 | 河田 清峰 |
まあいっか深読みしない日向ぼこ | 三枝みずほ |
外套の釦がちぎれそうな今 | 男波 弘志 |
胸騒ぎ 梅矯める手に一雫 | 古澤 真翠 |
柿熟すいつも正念場のわたし | 寺町志津子 |
雪中花あんたと分かるまで抱いて | 柴田 清子 |
大根洗ふ伊那の一天かき曇り | 菅原 春み |
生まれるも死ぬるも発光銀狐 | 桂 凛火 |
冬ざるる木の実の黒に行き着きし | 亀山祐美子 |
冬眠の惰眠の完眠お正月 | 中野 佑海 |
土竜塚より男這い出る開戦日 | 大西 健司 |
ばちばちと小倉生まれの喧嘩独楽 | 島田 章平 |
封印はあそこと決める遠花火 | 野口思づゑ |
後朝(きぬぎぬ)やオニオンスープを熱くして | 重松 敬子 |
雪しぐれ墓標に終る青春記 | 増田 天志 |
心に闇また一人寝の布団敷く | 鈴木 幸江 |
自転車に大根結わえ往診医 | 中西 裕子 |
般若心経青空の青冴えゆけり | 竹本 仰 |
冬眠や静けき卵抱きをり | 銀 次 |
晩冬や口なまなまと忌をつどい | 野田 信章 |
飾り焚きどんどどどんと天を突く | 漆原 義典 |
寒晴るる円周率の夫婦かな | 藤田 乙女 |
通りやんせ風の抜け道きつと雪 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 中野 佑海
特選句「冬菫ここは玩具を診るお家(うち)」子供たちの大切なおもちゃを治してくれる所があれば良いなと思っていました。そこは野原の端っこにちょっこりと店を出していま す。皆に良く分かる様にと菫の街灯を灯して、壊れたおもちゃたちを待っています。とてもメルヘンかつ郷愁をそそられます。特選句「研ぎ汁の明るさであり冬至空」手の切れそうな 冷たい水で研ぐ米。薄暗い廚に拡がる残照。もうすぐ家族が帰ります。早く夕餉を作らなくっちゃ!!大変だけどそわそわウキウキした気持ちが良くでています。ちょっと言えば、最後 の「空」は要らないかなと思います。「あり」で良いかと。以上、今年も楽しい奇抜な皆様の俳句を楽しみにしてます。俳句世界に身を入れて、やっと五年生。寒さにも負けず、目を 凝らして、知らずに今まで気が付かずになおざりにしていた事こそ大切に探検です。また、新しい世界を生きて行けます。どうぞ宜しくお願いいたします。
- 小西 瞬夏
特選句「木枯らしや体の中の狭い道」たしかに体の中にはいろいろな道がある。「狭い」と捉えたところに、なにか生きていくことに対する困難に立ち向かう作者の心象が重な る。それは「木枯らし」という季語の働きにもよるものだろう。そして、そんな中でも、「生き抜いてゆく」という強い意志を感じさせる。「道」は未来へ続くものとしても広がって ゆく。
- 藤川 宏樹
句会で皆さんの評を伺うのが楽しく勉強になります。今月の選句は句会の後、かなり動きました。特選句は「ひなたぼこ来世魚か虫か禽(亀山祐美子)」です。ひなたの微睡み。来世からお迎 えの動物に見守られる涅槃図を想い浮かべました。十七音の極み、素晴らしいです。
- 月野ぽぽな
特選句「大根洗う伊那の一天かき曇り」沢庵漬けのための大根を天竜川に注ぐそれはそれは冷たい流れで洗うのはこの時期。伊那谷特有のどよんとした曇り空を一天と掴んだと ころもお見事。遠い故郷を思いました。地名で言えば、他に「ぱちぱちと小倉生まれの喧嘩独楽」もよく生きていると思いました。
- 増田 天志
特選句「冬菫ここは玩具を診るお家(うち)」虚に遊びたし、現実世界は、醜く歪む。
- 柴田 清子
特選句「ヒロシマに雪降るこれは事件です(谷 孝江)」:「ヒロシマ」「雪」「事件」どの言葉も非常に強い。この言葉でもって、このように言い切られると、身動き出来なくなる一句の 強さが魅力です。
- 野澤 隆夫
特選句「後朝やオニオンスープ熱くして」:〝後朝(きぬぎぬ)〟という言葉、実は知らなかったので直ぐ辞書で調べて納得。「明けゆけばおのが後朝なるぞ悲しき」。オニオ ンスープで別れの朝を迎えた。熱いスープをふーふー吹いてる沈黙の二人の景が浮かびます。特選句「自転車に大根結わえ往診医」ノスタルジックな、昭和の郷愁をそそる一句で す。 〝ALWAYAS 三丁目の夕日〟の小児科医・宅間先生が目に浮かびます。問題句「寒晴るる円周率の夫婦かな」厳しい寒気の晴天と3.145の夫婦。どんな夫婦なんだろうと… 。不可思議な夫婦であり俳句だと。面白い。敢えて問題句です。
- 山内 聡
特選句「本閉じてわたしに戻る石蕗の花」本を読む前に石蕗の花を賞でていて、さあ読書しよう。読書も小1時間ちょっと疲れてきて栞を挟んで本を閉じ、また庭の石蕗の花に 目が行き本の世界から我に帰る瞬間。次に問題句の「寒晴るる円周率の夫婦かな」僕の捉え方は超越数である円周率の小数点以下がずっと続く永遠を夫婦の永遠でいたい縁を表現した 句だと思いました。袋回し句会は「でたらめに風吹いている海鼠かな」海鼠ってでたらめみたいな生き物に感じるし、そこにでたらめの風が吹いている。詩情感じました。次に「鳴つ ている南天を見ず今日終わる」南天は鳴るはずのものではないですが、そこに句心が届かなかった今日一日のスランプみたいなものを詩情にしているところに感銘しました。「霰打つ 身の内にある蝶番い」心に蝶番。感服しました。霰でどの蝶番が動いたのか。そして蝶番というものはそこに固定されていて、それがぶれない心を表現しているのかな、なんて思いま した。と、袋回し句会で特にこの3点を頂いたのですが、どれも男波さん。句歴の長さから詩情が溢れているようで素晴らしいと思いました。☆初参加の山内聡です。句歴と言ってい いのかどうか分かりませんが、18年句を詠んでいます。さらに俳句が上達したいという思いで海程香川支部に参加させていただきました。やはり参加してよかったです。新たな感覚 を身につけたような気になりました。ステージ2.0といった感じです。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
- 若森 京子
特選句「恋歌留多やんちゃな亡父も加わりぬ(伊藤 幸)」お正月の恋歌留多の思い出と現実が重なって家族の嬉々とした声が聞える様だ。臨場感があって好きだ。恋の一字が入って一句に 艶がある。特選句「生まれるも死ぬるも発光銀狐」銀狐は白く光って他と違って少し上等な狐だが生まれる時も死ぬ時も発光する狐の一生を人間に置き替えてみても面白いが、生死の 瞬間を発光すると捉えた感覚がいい。
- 寺町志津子
特選句「本閉じてわたしに戻る石蕗の花」閉じた本はどのような内容だったのでしょうか?夢のような恋愛小説?未知の世界を描く科学小説?ハラハラドキドキの推理小説?古 今東西、いずこの国かの古典?いずれにしろ、一心に読み耽り、すっかりその物語のヒロインになり切っていた「わたし」。一段落して本を閉じた目の先に「石蕗の花」が・・・。非 日常からいつもの日常に戻った「わたし」の心の動きに、深緑色の葉の中から花茎をのばして咲いている「石蕗の花」が実によく利いていて好きな句であった。
- 伊藤 幸
特選句「地震の果て更地の上の御慶かな(野田信章)」熊本は復興の真っ只中。あちこちで解体改築修復とそれでも手が付けられない状態のところも珍しくない。更地も又同じである。どう であれ新年はやって来るのだ。被害大の方々を思うと胸が痛む。特選句「如月の遅れ毛さくっと薪を割る」前回「白菜をバサッと裂いただけのこと」という句を特選としたが今回もよ く似た句ではあったが如月の遅れ毛というフレーズが好きで特選とした。上語と下語がマッチして佳句を成していると思う。
- 古澤 真翠
特選句「 地震の果て更地の上の御慶かな」熊本の方でしょうか…。想像を絶するようなご体験の中 新しい年をご無事に迎えられましたことに感慨も一入です。「更地の上の御 慶かな」清々しくも力強い一歩を踏み出された句に エネルギーが伝わってきます。陰ながら応援していますよ。
- 三枝みずほ
今回も刺激的な作品が多くて、大変勉強になりました。よろしくお願い致します。特選句「初老だなんてぽっぽりんりん冬木の芽」あたたかそうで、弾んでいて、まだまだ元気 そうで、面白い響きに共感しました。冬木の芽も効いていました。「戦後っ子われも老いたか風邪に臥せ」戦後の混乱に生まれ、変動激しき中に青春時代、バブル高度成長期に働き、 デジタル時代に高齢期を迎え、まさに大変化怒涛の一生。そんな戦後っ子もここらでちょっと休んでもいいかも。
- 稲葉 千尋
特選句「冬菫ここは玩具を診るお家(うち)」玩具を診るお家と冬菫ばっちり。特選句「十七音冷たき器透きとほる」十七音の俳句その厳さを「冷たき器」とは素晴しい。問題句 「土竜塚より男這い出る開戦日」〝より〟はいらないのでは?
- 疋田美恵子
特選句「冬菫ここは玩具を診るお家」傷んだ玩具を大切な宝のように持って、にこやかに立つ男の子の姿が見えて良い。特選句「氷踏む子等の歓声朝の道(藤田乙女)」かん高い子供の声に 氷の割れるバリバリ音、懐かしい風景です。
- 竹本 仰
特選句「初老だなんてぽっぽりんりん冬木の芽」古今亭志ん生師匠の落語のテープの中に出てきた「出るものはしょうがないじゃないか」という声を思い出しました。「初老」 という言葉とのずれ、或いは言葉を笑うというスタンスが面白いです。うちのお寺にあった御齢三百歳(昨年倒壊の危険性につき引退願った)のもちの木が、時々、そんな表情だった のを思い出します。この「なんて」にある、独特の恥じらいというか何というか微妙な笑顔というか、くすぐってくれますね。特選句「雪しぐれ墓標に終る青春記」よくあるようなセ ンチメンタリズムを見事に表していることに一票。岸上大作の墓(行ったことはないけれど、あくまで想像上なんですが)に来たような。すると、その墓参りに来たもう一人が福島泰 樹だったような、そんな風景の中で「岸上、一杯、やろう」と、一升瓶の栓を抜き、懐に温めた湯呑を取りだし、とくとくと……にごり酒の表をみぞれが消えてゆき。とてもしみるも のがありますね。特選句「如月の遅れ毛さくっと薪を割る(桂 凛火)」:「後れ毛」ならぬ「遅れ毛」にわざがあると思います。何でしょう、ここに口惜しさがひしと感じられます。可能性を生き 切ることを青春というのなら、生き切れなかった可能性を身に引き受けるのも青春かなあ。というような感慨を起こさせるんですね。七年ほど前、姫路文学館で岸上大作没後50年展 がありまして、その時、一隅にあった落書きコーナーの片隅に秋田明大と名のある数行がありました。(この方、知ってますかね、若い方は。どこかで調べると、すぐ出てきます。) 姫路の郊外でお仕事されているようで、出てきたんだと思いますが。その数行に、強烈な忸怩たる思いがしんしんとあり、そうですね、ウナセラディ東京のような余韻が来ました。そ れをメモにとったのですが、見当たらないものの、我々は何がわかったというのだ、みたいなことだったでしょうか。この数行の感じ、ふと思い出しました。以上です。寒い毎日です が、やっと激務、先が見えて来ました。恐ろしいことに、元旦に来た年賀状のお礼もまだ書けていず、寒中見舞いに邁進することに。四月まで、書けるかどうか。また、皆さま、本年 もよろしくお願いいたします。
- 大西 健司
特選句「雪中花あんたと分かるまで抱いて」特選句というか、まあ問題句というか微妙なところでいただいた。松方弘樹さんが亡くなったが、この句からは任侠映画の一場面が 思われる。出所してきた男に縋りつく女といったところか。久々の逢瀬の場面だろう。妙に気になった一句。耐える女のいじらしさ、しみるなぁ。ところで拙句「陰陽師」この句の「 ごんぼ」が句会で問題になったとのことだが、作者としてはたんに牛蒡のことである。十二月の斎宮歴史体験館での「追儺のまつり」の一応吟行句だ。陰陽師が鬼を追い払う祭文を読 み、まつりは始まる。そこでふと陰陽師はごんぼのなれのはてだと感じたまで。「陰陽師痩身追儺の列動く」特に陰陽師に扮した方がそうだと思ったのではないことを付記します。お 騒がせしました。→句会での問いかけにお答えくださりありがとうございました。因みに「外套は擦り切れ税吏ルシコフよ」の「ルシコフ」に付いての質問には、作者の増田天志さん から「ルシコフは、架空の人物名で、勝手に、名付けました。」と返信が有りました。
- 鈴木 幸江
特選句「雪中花あんたと分かるまで抱いて」雪中に埋もれている花を女性に見立てての句として鑑賞した。雪をも溶かす情熱を欲する人、それに応えようとする人。その情熱と 真摯な愛を失いつつある現代人への警句として頂いた。特選句「晩冬や口なまなまと忌をつどい」寒い時期の葬儀か法事だろうか。縁ある人々の精進落としだろう。生きている者と亡 くなった者との違いが、くどくどと説明はしていないが深く深く伝わってくる。生きている者は、悲しみの中にも食べることを受け入れてゆくのだ。問題句「小六月『もだえ神』とな るもえにし」まず、「もだえ神」が分からなかったが、その人生を運命を受け入れようとする姿勢に学ぶところがあった。句会にて、「もだえ神」が水俣病を患った方の本にある言葉 と知り、その受容の態に生命力の漲りみたいなものさえ感じ感動した。
- 町川 悠水
今月は佳句が多く絞り込みに苦労しました。そこで、視点を少しずらしながら選んでみました。特選句「日脚伸ぶちょっと悪いことしてみたい」は、昔誰かが“不良老人の勧め ”とか言ったのを思い出し、面白い句にしたなと感じました。メディアでは凶悪犯罪が日常的に報道されるのですが、そうした人にこうした句の心得があればセーブも出来たのでしょ うが、人の業の深さはマグマさえ掘り当ててしまうのですね。特選句「晩冬や口なまなまと忌をつどい」は異色の句ですが、人生たるものその特異なひとコマを見事に掬い取っている と感心しました。そのほか、特選にはしなかったものの「冬の雲匍匐前進日本へ」は秀句、「雪の猪名野たんすながもち家紋浮き」も地名が生きていて同列に置きました。ただし、「 浮き」は浮いた感じになっており、惜しいと思いました。
- 男波 弘志
「凍蝶の舌の伸びゆく疲れかな」永遠の疲れ、死を平易に表現することで、生から死への有様が見える。「静さや母よ真面目よ磯千鳥」よ、の繰り返しで母の佇まいが見える。 「木枯らしや体の中の狭い道」人体の穴から木枯しが吹きこむ、リアルさ。体の中の、は、中を、のほうが更にリアル。「初弥撒や遠き街より明けはじむ」初彌撒、で類型を免れてい る。風景の見える句。「初老だなんてぽっぽりんりん冬木の芽」オノマトペの軽快さ、だれもいっていない音楽性。「柿熟すいつも正念場のわたし」熟す、で正念場に雑念が入る。「 柿一つ」でそれが消える。「冬ざるる木の実の黒に行き着きし」滅びの色は同時に再生の色でもある。「サルビアまで歩いた街の若さかな(河野志保)」サルビア、の明るさ、前向きさ、この町は 誰の故郷でもある。「晩冬や口なまなまと忌をつどい」生者の業、口は物を。命を喰らう口でもある。俳句はこのごろ体そのものになってきていますが、ときどき体を離れてしまうこ とばは、畢竟、嘘だと感じております。僕の嘘を見付けたら叱咤して下さい。不尽
- 野口思づゑ
「戦後っ子われも老いたか風邪に臥せ」戦後っ子といわれた世代も今や中高年。以前だったらたかが風邪。それがこのごろはその風邪に「臥せる」ようになってしまった。加齢 への嘆きが明るく伝わってくる。「セロリ抱く少女白鷺寒き朝」セロリの透明感と少女の組み合わせ、白鷺の白と寒い朝が加わり痛々しい程の冷たさが感じられる。「日脚伸ぶちょっ と悪い事してみたい」本格的な夜遊びまでには時間があるし、という訳でそんな事はしない。で、どんな悪い事を考えているのやら、私もやってみたい。「地震の果て更地の御慶かな 」地震による更地。そこに御慶を見る明るさが嬉しい。「外套は擦り切れ税吏ルシコフよ」税吏ルシコフとは、小説か映画の登場人物なのだろうか。刑事コロンボ風のヨレヨレの、オ ーバーというより外套という方がふさわしいコートを着た冴えない中年の税務署の役人像が浮かび、寒いロシアで何をしたのだ、と興味をそそられる。「寒春るる円周率の夫婦かな」 どこまでもスパッと交わらないのか、でも寒くても晴れるので困難を乗り越えつつ、どこまでも続く夫婦なのでしょう。:シドニーは昨日今日と30度以下なので、楽勝!と気が大きい のですが、油断大敵、まだまだ予報ではこれから30度ぐんと越える日もありそうなのです。。
- 野田 信章
特選句「脱稿のごと枯山に夕日の輪」は、孤影に傾き過ぎず個の情景として美しく自立し得ているのは「脱稿のごと」という喩の力―物書きとしての苦心の果ての体感の支えあ ってのことと思う。「研ぎ汁の明るさであり冬至空」は冬至湯など習俗の情緒に頼らず時空そのものに向けた視点の簡潔さがある。日々のいとなみの米を研ぎ流す、その明度を通して 、冬至という日の極まりとそこからの再生へと暮らしの中の希求も含まれている。「虎落笛この身に緩むところ無し」は三通りの解が成り立つが、自分の時間さえ無きと言える、その 生き様の中での虎落笛との出合い、響感の一句として頂いた。
- 重松 敬子
特選句「冬眠や静けき卵抱きをり」将来を期して、雌伏の時を耐えている。しかし静けき卵で熱き物は失われていないことを感じさせる。なかなか、格調の高い句である。
- KIYOAKI FILM
問題句「ヒロシマに雪降るこれは事件です」一句読んで無学な僕は分かりにくかったです。原爆ドームには約三回行って、父とおおあせ掻いて見ました。一回目は子供です。二 回目三回目は真剣は真剣に見た。しかし詳しくわからない。これを問題句にするのが問題かもしれない。下五の「これは事件です」に感じて。特選句「まるでもう赤い海鼠になった気 分」一句読んで痛快に面白かったです。「気分」がちょっと気になりました。ても面白い俳句です。特選句「ひろしまに「第九」歌ふ夕日の輪」:「第九」「年惜しむ」気になりました 。でも「第九」を歌うのがいいと思ったのです。
- 三好つや子
特選句「冬眠の惰眠の完眠お正月」生命の営みにかかわる三つの眠り。正月は神さまからのお年玉なんだから、と惰眠をむさぼっている作者が目に浮かびそう。魅力的な句です 。特選句「寒満月狼になる人になる」厳冬のなか狼という[野生]と、人という[理性]に、月がそれぞれ光を与え、歩むべき道を照らしている・・・。そんなアニミズムの世界を感じま した。「陰陽師どこかごんぼのなれのはて」土まみれの木の根っこにしか見えないゴボウだけれど、味わい深く、食物繊維が豊富で、煎じると喉の炎症を鎮めるといスグレモノ野菜。 「陰陽師」との取り合わせに技あり。
- 中西 裕子
特選句「初老だなんてぽっぽりんりん冬木の芽」の初老だなんての句のぽっぽりんりんが熱を感じてげんきをもらえるような感じでした。一月はインフルエンザと、普通の風邪 で2回も寝込んでしまいました、「戦後っ子われも老いたか風邪に臥せ」のわれも老いたかが、共感でした。元気な春を迎えたいと思います。→お大事に!
- 河野 志保
特選句「外套の」 ギリギリの状態をズバリ切り取った簡潔さに感銘。それと同時に軽い余韻も感じて心に残った。
- 夏谷 胡桃
特選句「冬菫ここは玩具を診るお家」。かわい過ぎる。それで特選はやめたほうがいいかなと逡巡したうえで一番に。冬菫が私の中でこだましてしまったのです。特選句「小六 月「もだえ神」となるもえにし」。句としていいのかどうかという悩みが。「えにし」が伝わってこない気がします。でもちょうど、石牟礼道子の『なきなが原』を読んでいるところ でした。不条理ばかりの世の中で、何もできないもだえ苦しむ神となるしかない、という叫びが聞こえてきますね。それで頂きました。この句はもう少し工夫するとわかりやすくなる と思います。問題句「寒椿手首の中の手が捥げる」がわかりませんでした。手首の中に手のような骨があるのだろうかと、想像はめぐり答えがでませんでした。
- 島田 章平
特選句「寒晴るる野の果て五岳・象頭山」寒晴れの讃岐平野。緑の薄れた平野に潮風の匂い。野の果てに象頭山が神々しく聳えます。遠くから「金毘羅ふねふね」が聞こえて来 そうです。
- 亀山祐美子
特選句『小六月「もだえ神」となるもえにし』句会当日の選句では落としていた。「もだえ神」がよくわからなかった。野崎さんから水俣病患者の石牟礼道子さんの「苦海浄土 」の話を聞いた。作者自身が「もだえ神」に匹敵するような病を患っているが「となるもえにし」とその運命を受け入れ、今は穏やかな「小六月」の中に居る。冬へ向かう暖かさの中 にいる自覚の切なさが苦しい。問題句としては「ちよつと悪い事してみたいと」「まあいっか深読みしない」「いつも正念場のわたし」「生まれるも死ぬるも」「いつだつていまがい ちばん」等の慣用句じみた言葉使いは如何なものか。たった十七文字しかないのに、自分の思いをこんな雑な使い方で楽をしては勿体ない。伝えたい事は自分の言葉で伝えなければ意 味がない。これは、自分を戒める言葉でもある。句会で、句会報で新しい知識を得るのは、自分の頑固さを知るのはとても愉しい。また参加させて頂きます。今年もよろしくお願いい たします。寒さ厳しきおり、皆様御自愛下さいませ。
- 漆原 義典
特選句「白衣脱ぎ全ての紙燃やし雪(夏谷胡桃)」脱ぐ、燃やすという内面に宿る複雑な心情と、白と赤の色彩の対比が妙に寂しく感じられ、冬の季節感をうまく表現されているなぁと感動 し特選とさせていただきました。
- 小山やす子
特選句「一頭の蝶一対の耳凍てる」毅然とした作者の生きざまが見えていて好感が持てました。
- 桂 凛火
特選句「鶏冠われに初夢はナポレオン」初夢がナポレオンだなんて素敵です。ナポレオンは英雄ですが一方で名声ばかりではない。そんな人を夢に見るなんていい夢なのかどう かと思う隙を与えないつまり、「鶏冠われに」からして理詰めの句だと思うのですが、その勢いがまた魅力でもある。勢いと気負いの有るところが好きです。年頭の句として面白く交 好感がもてました。
- 菅原 春み
特選句「脱稿のごと故山の夕日の輪」この比喩が個性的でおもしろい。特選句「自転車に大根結わえ往診医」形式がくっきり見える。一昔前の医師の姿のように懐かしい。「冬 菫ここは玩具を診るお家」季語がとてもあう。取り合わせの妙。「セロリ抱く少女白鷺寒き朝」不思議な句。「亡国や氷の剣振り回す」日本かアメリカか。「白梅や母の遺歌集未完な り」白梅が未完の切なさをあらわしている。
- 河田 清峰
特選句『小六月「もだえ神」となるもえにし』:「もだえ神」を知った時!小六月の季語を感じた時!冬に向かう時の一息!優しさ!哀しさを感じました!いつも冬を忘れて春 ばかり生きてきたことを恥じる思いです!これからの一歩として活きます。
- 藤田 乙女
特選句「冬眠や静けき卵抱きをり」しんしんと雪降るその大地の下に次に生まれ出る命の輝きの神秘や偉大さを感じるような句です。雄大さと繊細さをあわせもった句ですね。
- 野﨑 憲子
特選句「般若心経青空の青冴えゆけり」私は、二十年来、祖母を真似て朝夕、太陽を拝しながら般若心経を唱えることを日課としています。読経のお仕舞の「・・般若心経」そ して沈黙の後、目をひらくと景色が透けて行き、独特のリズムが、力が、足の裏から這い上がってくるような感覚を覚えることがあります。まさに「青空の青冴えゆけり」の世界。平 明な句の中に、真実が宿る、です。問題句「凍蝶の舌の伸びゆく疲れかな」この季節になると高橋たねをさんの「海程」香川句会最後の句「一文(いちもん)字(じ)蝶(せせり)にぎりし めたい夜泣石」を思い出します。揚句は、感覚の効いた優れた作品。只、「疲れかな」は、少し饒舌過ぎるように思います。
袋回し句会
トランプ
- セーターの胸に編み込む?(ハート)のA
- 柴田 清子
- トランプを引く手も凍る太平洋
- 中野 佑海
- トランプのぎっしりつまる冬銀河
- 野﨑 憲子
初場所
- 初場所やひたすら歩く影法師
- 野﨑 憲子
- 初場所やたすきかえしはイナバウアー
- 漆原 義典
- 正月の椅子が足りない尻相撲
- 亀山祐美子
- 初場所や芸妓の目線どこにある
- 山内 聡
- 初場所や一茶も鳥もとく俵
- 男波 弘志
風
- 退屈がひとり居るかな冬の風
- 藤川 宏樹
- 寒鴉ぶっちゃけ話に風嗤う
- 野﨑 憲子
- でたらめに風吹いている海鼠かな
- 男波 弘志
- 北風の空にずどんと鉄砲玉
- 野澤 隆夫
箱
- 箱の中に箱があること春隣り
- 柴田 清子
- 人脈や私の箱に冬日向
- 山内 聡
- 諦めぬ老いの箱にや蕗の薹
- 中野 佑海
- みかん箱夕餉囲んだころのこと
- 藤川 宏樹
雑煮
- あん雑煮ついつい笑つてしまひけり
- 柴田 清子
- 深刻に考え過ぎだ雑煮食へ
- 藤川 宏樹
- 故郷(くに)捨ててあん餅雑煮好きになり
- 山内 聡
南天
- 南天飴なめなめ登る初金毘羅
- 野澤 隆夫
- 南天の実は情熱の赤ですよ
- 漆原 義典
- 鳴っている南天を見ず今日終る
- 男波 弘志
- 南天や時間通りに事を成す
- 柴田 清子
- 南天や墓となる山ならぬ山
- 鈴木 幸江
霰
- 霰来るコップに落とす指輪かな
- 亀山祐美子
- セーターの袖綻びし初霰
- 中野 佑海
- 初あらればりばり踏みてシェフと犬
- 野澤 隆夫
- はらはらと犬は糞する霰降る
- 鈴木 幸江
大寒
- 大寒や理由(わけ)のない反抗してみる
- 柴田 清子
- 大寒の金子兜太の体かな
- 男波 弘志
- 大寒やいぼの大きくなりにけり
- 山内 聡
- 大寒の奥歯の痛み眼のかゆみ
- 亀山祐美子
句会メモ
初句会に、柴田清子さん、中野佑海さんが、艶やかな和服姿で登場し、句会が華やぎました。 今回は、4か月前に香川に引っ越していらした「海程」の男波弘志さんと句歴18年の山 内聡さんの初参加があり熱い初句会になりました。作品も、ますます多様化してまいりました。お陰さまで、これからが楽しみです。
Posted at 2017年2月4日 午前 02:08 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]