「海程香川」
第71回「海程」香川句会報(2017.03.18)
事前投句参加者の一句
古雛(ふるひいな)たたまぬままの華燭かな | 藤川 宏樹 |
父のジーンズ弟が穿く涅槃西風 | 伊藤 幸 |
リラ咲いて憂国というリラの冷え | 若森 京子 |
離れゆく手に自由あり赤風船 | 三枝みずほ |
お前には言えぬ人生春の蝿 | 鈴木 幸江 |
死は美なり切っ先の血よ野にすみれ | 銀 次 |
この家もいづれ空家か桃の花 | 菅原 春み |
かみあわぬ母との会話へそみかん | 三好つや子 |
一介の農夫でありたし若草や | 中西 裕子 |
玉霰喉(のんど)の荒れを洗わんと | 稲葉 千尋 |
鰆東風漁師褌締め直す | 漆原 義典 |
春光や三段組みの全集に | 寺町志津子 |
嫁となる女に古木の梅の花 | 古澤 真翠 |
囚われの一枚脱ぐや春顕(あらわ) | 中野 佑海 |
今年をも楤の芽食べて老元気 | 髙木 繁子 |
啓蟄や痒くてならぬ鼻の穴 | 島田 章平 |
囀や父の背中よ尊けれ | KIYOAKI FILM |
春の月少年昏き水を飲む | 小西 瞬夏 |
派手な鳥と地味な虫の真ん中辺 | 野口思づゑ |
ぶらんこになる鉄と武器になる鉄 | 月野ぽぽな |
自転車で暮鳥が行くよ花菜畑 | 小山やす子 |
犬つれてイーハトーブの春を聞く | 野澤 隆夫 |
雨傘や生きる真似だけする人の | 男波 弘志 |
たんぽぽや引っ越して行く靴屋さん | 重松 敬子 |
あなにやし醤の町の白寿雛 | 河田 清峰 |
妖精の舞ひ来る順に花モクレン | 増田 天志 |
会話にも校正したい春の雨 | 夏谷 胡桃 |
鐘つけば春は渦なす無限かな | 竹本 仰 |
犬ふぐり波打際はここですか | 河野 志保 |
三月の歩幅はこれでいいかしら | 柴田 清子 |
来し方も行く末もまた春愁 | 藤田 乙女 |
桃配山西へ抜けた歯を放る | 大西 健司 |
ふらここに子を失ひて揺れしまま | 山内 聡 |
二月野の水光(みでり)白秋のデスマスク | 野田 信章 |
粟立つ感情の曲線は末黒野 | 桂 凛火 |
畏まる茶釜の黒や桃の花 | 亀山祐美子 |
有明の午前六時の白木蓮 | 疋田恵美子 |
母をまた叱るつちふる澪標 | 矢野千代子 |
春泥というやさしくて厄介で | 谷 孝江 |
薄氷に草の乱打の抽象画 | 田中 怜子 |
囀や小さく小さくなつて石 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 増田 天志
特選句「死は美なり切っ先の血よ野にすみれ」満身にアドレナリンや月おぼろ:楽しい句会ですね。有り難うございました。
- 中野 佑海
特選句「海苔を干すたぶたぶの雲包まん(矢野千代子)」なんか、とってもおおらかで優しくて明るくて。良いです。何故か雲から豚まんがいっぱい降って くるところを想像して、豊かな心地になるのは私だけ?海の潮風に吹かれ、春を満喫。ついでにお腹も満腹。ご馳走様でした!!特選句「あなにやし醤の町の白寿雛 」私初めて「あなにやし」という言葉を見ました。とっても優雅で、古風で、醤の町と古いお雛様と醸し出す雰囲気の統一感抜群です。こんな俳句大好きです。こう 言う詩に出会うと、日本人で良かったなって思います。俳句最高!今回も増田天志様。小山やす子様。小西瞬夏様。と遠くからおいで下さり、為になる俳句のお話本 当に有難うございました。耳ばかり大きくなってしまいます。俳句が雨霰の様に降って来る、あっという間の4時間でした。
- 島田 章平
特選句「春泥というやさしくて厄介で」春泥を母親と見ると、この句が胸にストンと落ちます。問題句という訳ではありませんが、気になる句。「粟立つ感 情の曲線は末黒野」鳥肌になるような恐ろしいほどの激情。野火の様に心を焼き尽くした後の黒々と広がる焼野。理解し難いが心に燻り続ける句。
- 小山やす子
特選句「母をまた叱るつちふる澪標」少し認知症になりかけた母を想像しましたがその母を叱る自分に悲しくなる。つちふるで今までの慈しんでくれた母の 恩愛を感じました。
- 野澤 隆夫
特選句「自転車で暮鳥が行くよ花菜畑」野﨑さんの選句を聞いててああ、あの山村暮鳥かと、懐かしかったです。おーい雲よ/悠々と/馬鹿に呑気そうじゃ ないか/何処まで行くんだ/ずっと磐城平の方まで行くんか自転車で行くのんびり感がいいです。特選句「三月の歩幅はこれでいいかしら」重いコートを脱いで、さ ー暖かい春だ!という希望のあふれる句です。
- 小西 瞬夏
特選句「囀や小さく小さくなつて石」川を流れて、またはだれかに蹴られたり、風や雨に削られたりしながら、小さくなっていく石の存在。季節の巡りにあ わせて、また今年も鳴きはじめる鳥たちの存在。そんな小さないきものの命の循環のようなもの、いのちの存在そのもののようなものを感じました。問題句「春めく や足裏にやはらかき地球(谷 孝江)」:「やはらかき地球」という把握がしっかりとできているのに、「春めくや」とするのはおしいのでは? なにかもう少しぶ つけるものをもってきてほしい。
- 男波 弘志
特選句「母をまた叱るつちふる澪標」何度も読み返して、凄い一行詩だとわかりました。特選です。読めなくなった標。珍重。「里山を卒業子の声包みけり (髙木繁子)」:「里山を包みたる声卒業す」声そのものが、卒業する方がよいのでは。「髪を切ったの」君は唐突貂になる(大西健司):君は始めから、貂、であ った、とする手もある。「始めから貂だった君 髪を切る」「花吹雪座して見上げる友の頸(KIYOAKI FILM)」頸、にある、命の存在、もし顔、ならば 平凡である。見事。「母の顔わずかに揺れる水仙よ(河野志保)」水仙の清廉さ、ははそのもの、即物表現は俳句の花「玉霰喉の荒れを洗わんと」発想は抜群ですが 、そこまで言わんでも、「喉の荒れている夕べ」ぐらいで充分では。「風光れ喉がひゅんひゅん叫ぶから[伊藤 幸)」発想抜群、ただ、風光れ、は弱いかも、「鳥 雲に」または、「薄氷」ぐらいではどうですか。「派手な鳥と地味な虫の真ん中辺」対比が目立ちます。夜と朝、は対比ではない、つづいている、それが真理。「た だの虫」ぐらいでどうですか。「まだ白き椿ひろいて草に投ぐ(中西裕子)」春の懈怠さが、見事に表現されている。落ちても鮮烈なものへの苛立ち。「鐘つけば春 は渦なす無限かな」:「無限」言わずに顕わしたい。「涼しさや鐘をはなるる鐘の声 蕪村」無限感ありますね。「桃の日の梅も桜も娘へ頬へ(藤川宏樹)」好きな 句です。母性伝わりますが、主役が多いので、「桃の日」を、「風の日」にしてはどうか。「囀や小さく小さくなって石」春に浮かれていない、たしかな意思体、珍 重。「西行の桜に恋した義妹を焼く(若森京子)」もっと、決定的に表現したい、「桜になった義妹を焼く」「一つ一つ鳥を脱ぎ捨て鳥帰る」人間だけが無駄な衣を 着ている、擬人化、見事。「薄氷に草の乱打の抽象画」乱打は筆のタッチ、それが解れば鮮明、ルノアール、モネ、印象派のタッチ。
- 山内 聡
特選句「ため息を空に葬る白風船(三好つや子)」ため息は「はぁ…」と言っちゃうと気分が暗くなって、それを自覚するとそのため息をしたこと自体にま たため息をしたくなります。そこを「ふぅ~っ」と風船に吹き込んで発散するのは心理的にも良い効果がありそう。そしてその溜息を吹き込んだ風船を空に葬る。風 船の色は白。真っ白です。心をグレーからホワイトへと。もうすぐ花咲く時候、心浮き立ちますよね!
- 矢野千代子
特選句「リラ咲いて憂国というリラの冷え」色も香も上品なリラの花を、上五で咲かせ坐五ではさりげなくリラ冷えを伝える。この巧者ぶりは、「憂国とい う」フレーズによって一層活かされているようだ。
- 大西 健司
特選句「粟立つ感情の曲線は末黒野」末黒野を詠んで秀逸。ただ惜しむらくは、切れがないこと。たとえば、「粟立つ感情その曲線は末黒野」とかではだめ なのだろうか。もう一工夫あれば文句なし。でもそうしたくないんだろうな。「犬ふぐり波打際はここですか」「三月の歩幅はこれでいいかしら」口語を生かした心 地よい俳句。これらも同じく、いかにも俳句という、そんなふうなものを拒絶しているのだろう。
- 伊藤 幸
特選句「母をまた叱るつちふる澪標」母が年老いて少々認知が入ってきた。かつては澪標の語源となったように自分を身を尽くして育ててくれたのだが。 叱りつつも母であるが故に自責の念に駆られる。またという措辞に言い知れぬ寂しさが漂っている。 特選句「妖精の舞ひ来る順に花もくれん」春ですね。久 々に忘れかけていた優しさを思い出しました。明日は妖精の気分になって義母を訪ねましょう。花もくれんが効いています。
- 藤川 宏樹
特選句「かみあわぬ母との会話へそみかん」テーブルを挟む母との空間。卓上のみかんが色と香りを放ちイメージを鮮やかにしてくれます。「かみあわぬ」 と「へそみかん」。「母との会話」を間にはさみ、うまく噛み合っています。
- 夏谷 胡桃
特選句「蒲公英の絮眠剤の効きはじめ(小西瞬夏)」蒲公英の絮と眠剤の効きはじめる感じが、何気なくあっていると思いました(眠剤飲んだことないので すが)。ただ、「蒲公英の絮」で切れると思うので、中七を少し動かしたい感じもしました。特選句「梅林に直球君が逝くとかや」思い出の中の大事な人が先に逝っ たという感慨が伝わってきました。野球仲間だったのでしょうか。星飛雄馬の顔が浮かんでしまいました。
- KIYOAKI FILM
特選句「父のジーンズ弟が穿く涅槃西風」 個人的に書きたい素材でもあり、のんびりとした世界と感じたので、特選にしました。好い父ではないか、面白い 弟だと思いました。問題句「真っ赤ないちご更地また増え猫様通る[伊藤 幸)」: 「猫様通る」から猫好きの作者かと思った。面白い一句。「真っ赤ないちご」と 「更地」を結び付けたところに、詩風があり、好きな句であります。
- 若森 京子
特選句「囚われの一枚脱ぐや春顕(あらわ)」〈囚われの一枚〉のメタファーがすばらしい。心の中に澱み束縛されていた意識を、剥がした瞬間の心が晴れた であろう事。〈春顕〉の下五がよく効いている。特選句「ぶらんこになる鉄と武器になる鉄」余りにも散文的で惜しい。〈鉄塊やぶらんこにもなり武器にもなる〉ぐ らいに俳句的に・・・。
- 三好つや子
特選句「囀りや小さく小さくなって石」平成の世の中の隅っこで、新しい価値観や人生観に戸惑い、抗いながら生きている作者に共感。季語の選び方が素晴 らしい。特選句「派手な鳥と地味な虫の真ん中辺」春の空をかっこよく飛ぶ鳥と、地面近くを這いつくばっている春の虫。そんな対比を通して、社会へ飛びだした新 人たちのさまざまな生き方が見えてました。入選句「手短に済ませたること落椿」真剣に向き合えば、泥沼化しそうな問題なので、他人事のように対処したけれど、 すっきりしないなあ・・・作者の心の声が聞こえてくるようで、興味深い。
- 田中 怜子
特選句「鐘つけば春は渦なす無限かな」読んで面白い感覚をもちました。ごーーーん 水紋のような渦巻きが無限に広がるような特選句「二月野の水光白秋 のデスマスク」二月野、白秋、と水光が、あいまって不思議な感じ。「白秋の」の「の」はいらないのではないか、リズムがよくないので。
- 鈴木 幸江
特選句「残念なことに椿は咲くのです(男波弘志)」訳もなく気が滅入ってしまうことが人にはあるものだ。この頃のわたしに共鳴して、今年は、もう咲か ないで欲しいと椿に思っても、自然と共に素直に生きる椿は、“咲くのです”。それを見て作者は残念だと思った。なんだかそこに、ちょっとユーモアがあり、元気 があり、救われた。いい気分になった。特選句「病気粥お湯の音だけさせて家(夏谷胡桃)」ここに描かれている景が好きだ。病気だが、その病人も看護をする人も 今は安全なのがしみじみと伝わって来る。寂しいかもしれないが、この平和をきちんと感受している作者に感心をした。問題句「福祉という髪切虫を飼う私(若森京 子)」“髪切虫”をどう解釈してよいのかとても悩んだ。何か今の日本の福祉の在り方について批判的な気持ちを抱いているご様子なのだが、それが何なのかよくわ からない。私の乏しい社会知識では、多分外れだろうが、財政難から要介護認定の基準が厳しくなり、必要な介護を受けれていないが、福祉のお世話になっていると いうことか、それとも福祉のお仕事をしている方のお気持ちだろうか。
- 寺町志津子
特選句「雛飾りしてわたくしを置くところ」:「わたくし」をいわゆる旧家の長男に嫁した妻と見立てた。この家は夫の祖父母、夫の両親、夫と「わたくし」 と子どもの大家族。また、この家には、時代物の貴重な雛人形があり、それを飾るのは、長男の妻である「わたくし」の役目。桃の節句には、他家に嫁いでいる義姉 や義妹が、子どもたちを連れて里帰りしてくる。雛段を組み立て、雛人形を置きながら、はて、「わたくし」の立ち位置は?との思いが逡巡している「わたくし」・ ・・これは、ありきたりの発想だなあと思いつつ、雛飾りに託した「わたくし」の複雑な思いが伝わってきて頂いた。また、頂きつつ、前述とは逆に、しっかりと自 分の立ち位置を主張できる「わたくし」と取ることもできるのではないか。と、思いがいろいろに広がる句であることも面白い。
- 河田 清峰
特選句「あえかなる野梅一樹の白さ言ふ(稲葉千尋)」好きな句である!野梅一樹の濁音の連なりが梅の白の拡がりを感じさせて気持ちいい句である
- 柴田 清子
特選句「派手な鳥と地味な虫の真ん中辺」作者がこの句をもって、何を言わんとしているか理解出来ない。また、わかりたいとも思はないが、俳句と言ふ枠 からはみだしたような、不可思議な句が、読めば、読む程に魅力。どうしょうもない作者がいる。特選句「たんぽぽや引っ越して行く靴屋さん」季語がとってもいい 。いつまでも側に置いていたい一冊の絵本のようである。『山内さんの手作りの伊予柑のチョコレート菓子』も特選でした。ありがとう!また食べたい!
- 漆原 義典
特選句「春めくや足裏にやはらかき地球」は、句跨りで、中7下5となってはいませんが、ずれているからこそ待ちに待った春がやっと来たという喜びが伝 わってきます。やわらかき地球という温かな言葉が好きです。
- 菅原春み
特選句「会話にも校正したい春の雨」知り合いの敏腕の編集者がよく、人の会話を鉛筆で佼成していたのを思い出し、思わす共感。特選句「母をまた叱るつ ちふる澪標」つちふる澪標がにくいほどじょうずだ。介護実感を伴う日常を詩的に発火させている。ふだんは身を尽くして介護しているからこそ。 選「春光や三段 組みの全集に」三段組がいいですね。「犬つれてイーハト―ブの春を聞く」理想郷だからこそ、春がきけるのだ。「春野から戻ってこない歩き神」美しそうにみえて 、切ない句。「ため息を空に葬る白風船」ため息も詩にしてしまうみごとさ。「鳥雲に架空名義の貸金庫(増田天志)」なにやら怪しく、季語が効いている。「大き な字それだけで良し鴎忌(夏谷胡桃)」すっとこころの中に入ってきた。「亀鳴かす闇に体温奪はれる(柴田清子)」 思わず笑わせていただきました。
- 月野ぽぽな
特選句「春の月少年昏き水を飲む」:「昏き水」が眼目。思春期の甘さと危うさがただよいます。
- 竹本 仰
特選句「「離れゆく手に自由あり赤風船」自由もまた、失う時にその実在が確かめられるもの。そういう逆説としてとりました。ちなみに「赤」という色、 童謡に「赤い靴」がありますね。かつて私、或る交際にピリオドを打ち、東京から帰る新幹線の中、幼い子が唄う「赤い靴」に強烈に揺すぶられた経験があり、「赤 」という色、何でしょうか、切ない一途さのようなある思いを想起させます。特選句「春光や三段組みの全集に」三段組みというのを、ページの中の三段組と理解し たのですが、どうでしょうか。それも、外国文学では?読みづらい三段組みの全集のページも、かつては、その中から春光を寄こしていた、その春光に年を経た今、 また巡り合えたというのでしょうか。三橋敏雄の「かもめ来よ天金の書をひらくたび」、あの句を思い出しました。特選句「会話にも校正したい春の雨」会話を校正 したくなる、それだけ今目の前にある時間がヴィヴィッドに感じられる。うらやましいですね。それとも、目の前のその人に、こちらの思いが溢れて、自分の言葉に も校正したくなる?とにかく、目の前の会話に赤ペンを握りしめている、生命感ある或る日常の一コマが、わかりやすく表現されていると感心しました。何だか、最 近、この選句の時がちょうど両手がふさがった状態の時にあります。したがって、ニ三日にわたり、選句の時間があり、書きたいのに書けない、そういうやや贅沢な 選句の時間を経験しております。これも、またいいものだと思います。自分の読みを、三回くらいひっくり返すのですから。そして、句会報で、四度目、ひっくり返 して……。みなさんは、どうなんでしょうか?こんな選句の仕方、あまりないかも、ですね。今後とも、よろしくお願いいたします。
- 重松敬子
特選句『「髪を切ったの」君は唐突貂になる』女性が髪を切った時の諸々の感情を上手く表現。ばっさりショートヘアにしてしまったようだ。黄鼬(てん) になって、自分の思い通りの人生を突っ走ってください。羨ましい!
- 古澤 真翠
特選句「 鰆東風漁師褌締め直す」:「鰆」と「東風」の季重なりかとも思いましたが、生き生きとしたリズム感が 春の息吹と仕事への意欲をかきたてられる ような元気の出る句に こちらも元気をいただきました。問題句「一介の農夫でありたし若草や」:「若草や」の部分が 惜しいと感じます。作者の凛とした気概が伝 わってくる句であるだけに勿体無いと思うのです。
- 銀 次
今月の誤読「嫁となる女に古木の梅の花」
昭和歌謡「行っちまうんだね」
妹みたいなおまえだったが
「嫁となる」んだあいつの
おまえが「女に」なるなんて
気づきもしなかった
「古」い「木」は燃やして
新しい芽を育てるんだ
だがもしも もしものことだが
うまくいかなかったら
いつでも帰るんだぜ
一緒に遊んだ
この この「梅の花」の下へ
このおれの胸に (二番、三番略)
- 三枝みずほ
特選句「恐竜跳ぶかたち夕焼け前の雲(野口思づゑ)」夕焼け前のグラデーションの空、いびつな雲。完全に夕焼ける前の雲を恐竜と表現した点に共感しま した。跳ぶもいいけど音が聞こえてきそうだから飛ぶもいいかなあと。この感性素敵です。問題句「囀や小さく小さくなつて石」祈ることしかできない時、その姿は 丸く固く石のように。そんな時に囀が聞こえてくると少し救われるかもしれない。人間の祈る姿と希望のように受けとりました。問題句としたのは、こんな風に勝手 に解釈したかったからです。とても気になる句でした。
- 野口思づゑ
「この家もいづれ空家か桃の花」空き家が増えていく町なのか、過疎が進む村なのか、少子化、高齢化の悲哀がしみじみ伝わる。「芽吹きよったかこの忠義 めが(増田天志)」そうなんですよね。植物って季節が来ると必ず動き出す。自然の技は律儀。共鳴句です。「母の顔わずかに揺れる水仙よ」普段はほとんど無表情 なのに、お母様が水仙の花を見て反応を示された。場面が浮かんでくる。「会話にも校正したい春の雨」会話の内容なのか、言葉遣いなのかわからないが話し言葉に 校正の発想が面白い。「母をまた叱るつちふる澪標」母をもう叱るまい、と何回も頭では思っているし、母の気持ちもわかる。けれどもまた叱ってしまった、その感 情がつちふるによく表されているし「澪標」が意味を深めている。
- 野田 信章
特選句「リラ咲いて憂国というリラの冷え」の句には憂国の士や憂国忌という益荒男ぶりを払拭、反転させるものがある。リラの開花、その冷えの配語によ って芯のある粘り腰の嫋やかさを現出して、衆庶の肌身に透徹してくるこの憂国の情は限りなく美しい。「玉霰喉の荒れを洗わんと」「囀や父の背中よ尊けれ」の二 句共に「玉霰」、「囀や」の季語の選択が一句の内容をよく燃焼させるものとして働いている。片や「自愛」、片や「父性」の情感に傾き過ぎないところがよ い。/P>
- 河野 志保
特選句「雨傘や生きる真似だけする人の」一読してドキリ。頑張っている気でいるが、甘くいい加減な我が人生。「生きる真似」なのかもと気付かされた。 無季で攻めるインパクトに惹かれた。
- 中西 裕子
特選句「啓蟄や痒くてならぬ鼻の穴」虫が出てくる日ははなの穴もむずむずするかと面白くていただきました。「お前には言えぬ人生春の蠅」春の蝿も、た くましい蝿なのか弱々しい蝿なのかなにか意味深な句で引かれました。「春野から戻ってこない歩き神」春野からの句も、世界が広がるような自由さを感じて好きで す。新年度もよろしくお願いします。
- 亀山祐美子
特選句はありません。今月も、感情的で、詰め込みほうばった句が多かった。 逆選句『風光れ喉がひゅんひゅん叫ぶから』「風光れ」は自分の願望、感情であり季語ではない。「風光る喉がひゅんひゅん叫びをり」なら頂いた。逆選句『ぶらん こになる鉄と武器になる鉄』趣旨は理解できる。反戦歌だとも思う。しかし、俳句としては消化しきれず、昇華できていない。散文のままだ。発想は良いので、なん とか俳句にしていただきたい。この二句が「海程らしい」のなら、私には違和感しかない。ついでに言うと、『春めくや足裏にやはらかき地球』は、「青き踏む」「 草萌える」等の季語で事足りる。わざわざ季語の説明をしてはいけない。さらに加えると、常套句、慣用句をなぜ嫌うかと言えば、月並みな俳句しかできないからだ 。磨き上げられ、使い古され、共通認識が出来上がった、便利な言葉をいくら駆使しても、感動は伝わらない。自分自身の言葉で語らなければ類句類想句の海に溺れ てしまう。瞬時に生まれ出る俳句など、年に二、三句あれば良いほうだ。どこをどういじくっても俳句にならない句が山ほどある。さっさと捨てればいいものを、如 何せんすけべェ根性が大きくて、捨て損ねた、こましな三句を毎月提出するので、とてもとても偉そうなことは言えないのだが、誉められるのは無論大好きだが、こ き下ろすのも大好きなので、私の句もどんどんこき下ろしてやって頂ければければ幸いです。
- 稲葉 千尋
特選句「桃配山西へ抜けた歯を放る」関ヶ原合戦地にある小さな山の名である。中七下五に意味はないが抜けた歯を放る作者の立つ位置が明確である。特選 句「この家もいづれ空家か桃の花」身につまされる。いずれ我が家かと思う。桃の花が余計に明るく桃色が際立つ。淋しさもある。問題句「畏まる茶釜の黒や桃の花 」畏まるまで言わなくても良いと思う。茶釜の黒があるだけで良いと思う。
- 藤田 乙女
特選句「鐘つけば春は渦なす無限かな」鐘をつく寺から見渡す草花や木々の芽吹き、そして開花、開花、自然や生きとし生けるものの躍動やそれらをあまね く照らす春光の輝きまでが目に映ります。素敵な句だと思いました。特選句「ポジティブに行けよと耳に木の芽風(漆原義典)」ネガティブになりがちな私への応援 歌のような句で、励まされました。
- 野﨑 憲子
特選句「犬ふぐり波打際はここですか」それは、可憐な花の名にしては、あまりにも俳諧味たっぷり・・「犬ふぐり」。毎年、陽光の中で、その花の群生を 見つけると異空間に入り込んだような不思議な気持ちになり、私の春は動き出します。きっと作者も立ち止まった風から「波打際はここですか」と聞かれたのでは? と、思いましだ。見事な一行詩です。問題句「残念なことに椿は咲くのです」一読、非常にインパクトのある作品ですが、「残念なことに」の言葉が苦手な私は、惹 かれつつも、問題句にしました。
「海程らしい」・・という言葉が今回の「句会の窓」に出て参りました。よく言われている「海程調」のことかと思います。金子兜太先生は、常に、「海程調という ことは存在しない」と、きっぱりと話されています。敢えて言うなら、多様性に富んだ、自由な、混沌の渦巻のような作品を「海程らしい」「海程調」と言うのだと 思います。
『俳句』編集部編『金子兜太の世界』の中で、ある短歌結社の講演会で、先生が、芭蕉の〈古池や蛙飛び込む水のをと〉に言及した話を、歌人の方が綴っていました 。「皆さん、蛙は古池に飛び込んだんじゃありませんよ。『や』の切れ字があるのだから、『古池』で切れるんです。古池と『水のをと』は別物です。これは蛙一匹 じゃないの。複数の蛙なんだ。フロッグズなんだな。発情期の蛙どもが、じゃぼん、じゃぼんと隅田川に次々に飛び込むのを詠んだんだと、言われて呆気にとられま したが、いまだに忘れられません。」これが、金子兜太先生です。芭蕉の侘び寂びの世界の底を抜き、新しい最短定型詩の世界を構築した記念碑のようなお話です。 金子先生の創刊された『海程』は、地球の至宝だと思います。その飛び火のような「海程」香川句会を、この香川の地に在って、守り育てて行きたいと念じています 。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
袋回し句会
山笑う
- オムライスカツンコツンと山笑ふ
- 山内 聡
- 諍ふは生きてる証(あかし)山笑ふ
- 野澤 隆夫
- 山笑う思いのとおりやるだけよ
- 藤川 宏樹
- 穏やかな男の苦言山笑う
- 小山やす子
- 懐の小さき闇よ山笑う
- 中野 佑海
- 山笑ふ雅語も俗語もなかりけり
- 河田 清峰
たんぽぽ
- たんぽぽやすべてのものに価値あらむ
- 山内 聡
- たんぽぽや顔を真っ赤に泣き相撲
- 島田 章平
- 連れ添ひて不協和音の冬たんぽぽ
- 小山やす子
- たんぽぽや魔女ッ鼻の風が好き
- 野﨑 憲子
- たんぽぽの花を小さな靴が踏む
- 島田 章平
- たんぽぽや風が脱皮をしてゐたり
- 野﨑 憲子
- 3・11タンポポの首長し
- 中野 佑海
ミモザ
- 犬病んで祈りのかたちミモザ咲く
- 鈴木 幸江
- 鎌倉の路地の古着屋花ミモザ
- 島田 章平
- ミモザゆれ風あるを知る車窓かな
- 山内 聡
- 初対面のきれいなおじぎ花ミモザ
- 三枝みずほ
花衣
- 海老天を野暮に食らふや花衣
- 藤川 宏樹
- 花衣悪い奴ほど高枕
- 野澤 隆夫
- 挽き立てのお茶の苦さや花衣
- 中野 佑海
- 悦楽は橋渡り来る花衣
- 増田 天志
- あやかしの小面清し花衣
- 河田 清峰
- 俎の乾きやすさよ花衣
- 男波 弘志
春
- 会話もう途切れて春のイヤリング
- 三枝みずほ
- 一日に一つ事して春の暮
- 中野 佑海
- 瀬戸内や盛り塩ほどの春小島
- 増田 天志
- 春昼や男の中へ割り込んで
- 柴田 清子
- うつむいて春風を食む鴉かな
- 野﨑 憲子
- モナリザの未完の春の濁るなり
- 男波 弘志
茎立ち
- 古稀という現世の身の茎立ちぬ
- 島田 章平
- 茎立ちや作句に疲れひとねむり
- 野澤 隆夫
- 茎立ちや島の小洞に隠し舟
- 増田 天志
- 裏返す新聞紙の音茎立ちぬ
- 鈴木 幸江
- 茎立ちや天狗のくっしゃみ又くしゃみ
- 野﨑 憲子
渦潮
- 渦潮や鰭のあたりの鯛の鯛
- 男波 弘志
- 消ゆるべく渦潮の渦激しおり
- 小山やす子
- 回天や抽象絵画めく潮の渦
- 増田 天志
- 渦潮や見ざる言わざる思わざる
- 鈴木 幸江
- 渦潮や水平線から白馬来
- 野﨑 憲子
- 机の上なにやかや置きもう渦潮
- 柴田 清子
三月
- 三月や自画像にまた筆を入れ
- 男波 弘志
- 三月を渡り切れない橋が赤い
- 柴田 清子
- 三月は火と化す狼煙よもつくに
- 増田 天志
- 三月の風に吹かれて別れあり
- 山内 聡
おたまじゃくし
- 鬱の日はおたまじゃくしを見て過ごす
- 鈴木 幸江
- 放漫はおたまじゃくしの次男坊
- 増田 天志
- おたまじゃくし右も左も味方ばかり
- 三枝みずほ
- 棒きれと遊んでおたまじゃくしのよう
- 小山やす子
- 生きることおたまじゃくしのひれ動く
- 山内 聡
- 出てきたる足の差ありておたまじゃくし
- 中野 佑海
スキップ
- スキップが柳腰なりジャポニズム
- 藤川 宏樹
- カーソルをスキップスキップ朧の夜
- 島田 章平
- スキップや春風になるロングヘヤー
- 中野 佑海
- チョコレートもらってスキップしたくなる
- 柴田 清子
- スキップしここでいいやと受験の子
- 野澤 隆夫
- スキップでにやりと笑うチューリップ
- 小山やす子
句会メモ
春爛漫の連休の中、今回も14名のご参加があり、お陰さまで大盛会でした。海を渡って大津から増田天志さん、岡山の小西瞬夏さん、そして徳島の小山やす子 さんもいらっしゃいました。事前投句の合評も、<袋回し句会>も、新鮮な作品と鑑賞に、窓のない句会場ながら、14の光の窓が開いたようでした。あっという間 の4時間。パワフルな句会に大きな元気をいただきました。
Posted at 2017年3月29日 午前 03:15 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]