「海程香川」
第115回「海程香川」句会(2021.03.20)
事前投句参加者の一句
この10年桃買っただけフクシマ忌 | 野口思づゑ |
鳥籠の外混み合える枝垂梅 | 河田 清峰 |
陽炎へる安全神話の国境 | 荒井まり子 |
手のひらに林あるべき河川敷 | 葛城 広光 |
イマジンと裏返る声帯さくらんぼ | 若森 京子 |
三月十一日海辺にカラカラ風車 | 田中 怜子 |
メール打つ帰り来ぬ子へ春怒濤 | 新野 祐子 |
死者の声冬三ツ星に登りゆく | 菅原 春み |
小鳥のよう軽し赤子抱くぬくもり | 桂 凜火 |
啓蟄を昏くぬかるむ脇の下 | 月野ぽぽな |
春雷や眠りてゆるむ児の拳 | 稲 暁 |
アンバランスな顔面で受く春の風 | 榎本 祐子 |
贈られしまあるい気持ちと種袋 | 重松 敬子 |
しぶしぶと鼻の途中に嚔かな | 川崎千鶴子 |
陽炎や君と並んで薄い僕 | 高木 水志 |
紙風船誰だの魂入れやうか | 亀山祐美子 |
蜜蜂が野を剥き出しの昼にする | 三枝みずほ |
缶を蹴る春の始末をつけてから | 男波 弘志 |
海豚の赤い落書晴れていて寒い | 野田 信章 |
月面を歩けば清し春の泥 | 松本美智子 |
浮かれ猫蔵の天井突き破る | 漆原 義典 |
空咳を二つ三つして春の闇 | 高橋 晴子 |
自分軸ぶるぶる揺れて猫柳 | 藤田 乙女 |
梅咲けり青空になりたかったわけではない | 佐孝 石画 |
若草のモンゴル高原蜃気楼 | 小宮 豊和 |
どの木にも触れてみる春深めつつ | 柴田 清子 |
TSUNAMIの流れぬ十年鳥帰る | 藤川 宏樹 |
ふはふはと俺もおまへも牡丹雪 | 島田 章平 |
先生の丸き頷き木の芽風 | 小西 瞬夏 |
笑むことも自傷のひとつマスク美人 | 久保 智恵 |
弥陀の背に梅花の日差し兜太の忌 | 津田 将也 |
ラジオ体操朝の春月拭いをり | 稲葉 千尋 |
春の月首無し馬の噂はある | 田口 浩 |
覗きみる末黒野ガラスの反抗期 | 増田 暁子 |
毒物が発する味の春齢 | 中村 セミ |
野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう | すずき穂波 |
老体の動けば動く春の蝿 | 鈴木 幸江 |
冬枯れの政治風土に聖火来る | 滝澤 泰斗 |
日向ぼこ忘れることもラムネ菓子 | 吉田 和恵 |
百歳の母の含羞雪やなぎ | 松岡 早苗 |
しゃぼん玉ポルカのリズムで消えてゆく | 矢野千代子 |
紫木蓮さまざまの椅子置き去りに | 伊藤 幸 |
鍋八つ磨き春愁閉じ込める | 寺町志津子 |
春雨やくじ引くように人が死ぬ | 銀 次 |
春の雪瓦礫に見つけマトリョーシカ | 夏谷 胡桃 |
ロボットに読み取られたる春愁 | 森本由美子 |
日脚伸ぶ猫は堂々大あくび | 植松 まめ |
家族愛今宵は密に冬花火 | 小山やす子 |
春雷の海の深さの果てを蹴る | 豊原 清明 |
モナリサの頬にヒビあり沈丁花 | 三好三香穂 |
春の夢今度はどこで会うかしら | 河野 志保 |
言い聞かせ「私は私」さくら餅 | 佐藤 仁美 |
源平咲きの梅連れとジェットコースター | 中野 佑海 |
睾丸へ冷気絢爛と春日 | 十河 宣洋 |
折れ枯蓮源平の世の流れ矢か | 佐藤 稚鬼 |
げんげ田の冥き神話を俯瞰せり | 大西 健司 |
涅槃図をこよなく愛でてひとつ老ゆ | 谷 孝江 |
春色の最初のページ雨上がる | 石井 はな |
人工授精日かがめば匂う春の草 | 吉田亜紀子 |
春蝉のひゅるる混みあう耳のつぼ | 伏 兎 |
コビッド19春野を小人跳ね来しと | 野澤 隆夫 |
春雷や内科の医者は阿波の人 | 山本 弥生 |
「夜の街」雨ニモ負ケズデクノボウ | 田中アパート |
濃厚な香を放つ夜の白木蓮 | 高橋美弥子 |
シャッターを上げる背筋啓蟄だ | 松本 勇二 |
アンダンテで行こう紫木蓮の空 | 増田 天志 |
おぼろ夜の翁たちまち少年に | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 中野 佑海
特選句「野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう」野に咲く梅はその時その時好きなように生きて、黄昏れて、伸び放題枯れ放題。収支決算出来る日はくるのか?特選句「モナリザの頬にヒビあり沈丁花」モナリザの絵は500年生きて、まだ沈丁花の匂うがごとく、優美に微笑んでいる。もう、美魔女の域を超え、もう、妖怪と云えるのでは。絶対に頬のヒビは剥がしては成りませぬ。 並選「イマジンと裏返る声帯さくらんぼ」声を嗄らして体制に反対してみても虚しいだけ。昼カラオケでイマジンを歌ってみても、コロナになるだけ。それより、桜を植えて、さくらんぼを食べて、昼は昼寝、夜は早寝。お天道様と一緒に生きるのが一番だとおもう。分かっちゃいるけど、肉食いたし、旅行はしたし。思想通りには生きられない。これではコロナ流行るね。「紙風船誰だの魂入れやうか」これは「誰かの」ではないのか?紙風船には気に入らない相手の魂入れて、叩いて、蹴って、吹き飛ばして、潰してって。現代のジョーク。「缶を蹴る春の始末をつけてから」いつ遊んでくれるんだい。始末が直ぐ着くくらいなら、もうとっくに決着はついているはず。「ためらいが許されている木蓮(河野志保)」あれこれ迷っても赦されるって何様。さっさと決めてよね。後が支えているんだから。木蓮の葉の独り言。「梅咲けり青空になりたかったわけではない」梅の咲く頃は、晴れの日が多いです。文句は言わず自分の役柄をこなしてね。「どの木にも触れてみる春深めつつ」春になると静かだった木々も途端に明るくなって。ついエネルギーを頂戴したくなります。木々と相互理解を深めます。「廃屋を抜けて群れたる土筆かな(佐藤仁美)」そうなんです。土筆は何故か思いがけない場所にひっそりと肩寄せ合って、わんさか出てくるのです。「紫木蓮さまざまの椅子置き去りに」大震災で皆が出て行ってしまった、校庭の紫木蓮。今年も変わらず、良い匂いで思い切り、上昇志向。以上。宜しくお願いします。やっと、暖かくなって過ごしやすいですが、コロナさんは相変わらず、一人意気軒昂。お身体大切に。
- 若森 京子
特選句「TSUNAMIの流れぬ十年鳥帰る」アルファベットで書かれた津波は特別に我々に刻印された忘れる事が出来ない十年間だった様に思う。その十年間の自然界は変わらず四季があり「鳥帰る」の季語が哀しく又美しく響く。特選句「老体の動けば動く春の蠅」春の蠅は老人の様に動作が鈍い。ふと兜太先生を思い。先生のアニミズムを思った。
- 松本 勇二
特選句「人工授精日かがめば匂う春の草」妊娠治療は日本にとってとても大切なこと。句全体に軽い憂いを漂わせて成功。
- 小西 瞬夏
特選句「啓蟄を昏くぬかるむ脇の下」脇の下という場所、ぬかるむという描写が、鬱々とした心象を身体感覚として表現されている。理屈ではなく、からだで納得することができる句。「ぬかるむ」と「昏く」はやや重なっているか?
- 稲葉 千尋
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」:「春の星こんなに人が死んだのか(照井翠)」を彷彿させる。「モナリサの顔にヒビあり沈丁花」モナリザと見た。「缶を蹴る春の始末をつけてから」:「缶蹴りや」の方が良いと思います。
- 田中 怜子
特選句「折れ枯蓮源平の世の流れ矢か」この光景は、冬の京都の寺の前にある蓮田が目に浮かびます。折れた茎が沼に突き刺さる 戦い終わった後の静けさも感じられます。歴史が身近な地域に住んでいて、兵士の無念を身近なものと感じる作者の思いが伝わります。特選句「膏薬と籠りの部屋のミモザ揺れ(荒井まり子)」随分エロティシズムが感じられます。薄暗い部屋の中で鼻腔に膏薬の匂い、そして春の訪れを現すミモザがたわわに揺れる、作者の内部から湧き上がる生のきらめきを感じます。
- 島田 章平
今回、特選はありません。毎年、二月は高橋たねをさんと金子兜太先生の句を作る事に決めています。私は高橋たねをさんを存じ上げませんが、野﨑さんのお話から私なりのイメージを持っていました。ちょっと古風な感じの紳士のイメージでした。「寒明の空の律調たねを忌よ」の【評】に「晩年の笠智衆」の言葉がありましたが、丁度そんなイメージでした。前回の選評にはたねをさんをご存知の方も知らない方もご自分のイメージで選評を頂いた事を大変嬉しく思います。高橋たねをさんと言う存在が、人と時代を超えて「海程香川」の世界で生き続いて行く事を信じます。
- 月野ぽぽな
特選句「ロボットに読み取られたる春愁」今や、AIは助けの必要な人のお世話をする重要な役割を果たしているようだ。AIの対応の仕方に「あ、春の愁を読み取ったのね」と感じたのだろうか。その人との関わりの深さいかんでは本当に人の感情を感受することもできるのかもしれない。人の思いは奇跡を起こすとも言われる。ピグマリオンの伝説にもあるように。
- 増田 天志
特選句「春雷の海の深さの果てを蹴る」春雷の音でも、光でも、良い。空に生まれ、海底を打つ。この事象を想い付くイマジネーション力の凄さに、感動する。ポエムだなあ。
- 寺町志津子
特選句「弥陀の背に梅花の日差し兜太の忌」極楽浄土を主宰している阿弥陀如来様の背中に花咲いた梅の日差しが降り注いでいる今日は、兜太先生の忌日。広く周知されている兜太先生の「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」を踏まえての兜太先生への深い敬愛の念が読み取れ、感動しました。「野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう」に共感。「紅梅に鼻くっつけて亡妻に笑われる」亡き奥様への深い愛情と哀惜の念に心打たれました。
- 豊原 清明
問題句「諦めとう美学もありて桜ちらほら(伊藤 幸)」境涯句かと思う。美学は徘徊して、桜をちらちら見ているのだろうか。特選句「この10年桃買っただけフクシマ忌」福島と漢字で書いた方が良いと思った。10年の苦しみの中で桃買っただけという、ぶっきらぼうが良いと思う。
- 夏谷 胡桃
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」この冬は、知っている人がポツポツ死んでいきました。同年代もいます。突然の病だったり事故だったり。わたしにも死が近づいている気がします。まさに「くじ引くように」と思いました。
- 藤川 宏樹
特選句「この10年桃買っただけフクシマ忌」大地震が東北を襲ったのは私が出張で福島を訪れた丁度一週間後でした。津波破壊、放射能汚染から10年。未だに帰れない人がいる非情な現実がありますが、福島の桃の購入からその現実をわが身へ取り込み、それでも埋めきれない心持ちが端的に表現できています。
- 三好三香穂
特選句「空咳を二つ三つして春の闇」なんだか、そうだよなと思ってしまった。コロナ禍の中でのやるせなさが、空咳になってしまっている。特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」これもまた、コロナ禍の句なのでしょうね。それと、去年は友人たちが入院したり、亡くなったり、さんざんでした。こんな暗い句ばかりを特選にするなんて、少し鬱になりかけているのかも。
- 矢野千代子
特選句「涅槃図をこよなく愛でてひとつ老ゆ」神社仏閣が好きで若い頃から涅槃図に親しんでいるのです。おばあちゃん子だったせいでしょうね。「ひとつ老ゆ」で。そうか、そうか。大いに納得しています。巧みな斡旋ですね。
- 増田 暁子
特選句「この10年桃買っただけフクシマ忌」この10年、喉元を過ぎれば、と忘れていたが他人事では決して無いと作者。桃買っただけ の比喩が素晴らしいです。特選句「春色の最初のページ雨上がる」若者へのエールのようで、もちろん老人にも。雨上がるがとても素晴らしい。「陽炎や君と並んで薄い僕」下5の薄い僕が解釈いろいろで 作者の意図を想像しています。「春の水汲めども尽きぬ方でした」読み手にとってはそれぞれの人が浮かびます。とても良い句で春の水が、ぴったりです。「春雨やくじ引くように人が死ぬ」コロナの関連死のことでしょう。本当にくじを引かされるように死者が出て本人も家族も無念のことだと思います。「ロボットに読み取られたる春愁」今、AIとかロボットに春愁までも読み取られる時代ですね。人間も感性を鋭くと自覚。「人工授精日かがめば匂う春の草」中7下5が切なく、作者の気持ちがわかるような気がします。
- 鈴木 幸江
特選句「おぼろ夜の翁たちまち少年に」夢の中では私もときどき少女になったりす る。自分の中に今も少女の私が居るのだろう。おぼろ夜なら出会えるものなら、可能ならば出会ってみたい。そして思いっきり一緒に遊びたいと思った。遊戯の境地を味わえる齢を予言しているようなこの作品にとても惹かれた。
- 河田 清峰
特選句「モナリサの頬にヒビあり沈丁花」頬から甘い香りが溢れそうです。
- 野口思づゑ
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」人の生死は、紙一重で決まっているのではと思ってしまう機会が折々あります。中七の、くじ引くよう、とはまさに言い得ていると感心しました。特選句「春の野良歴史を運びゐるは泥(すずき穂波)」名所旧跡などに立つ時、あぁ、何百年、何千年前にもここにこうして人は立っていたのだろう、とつくづく感じます。この方は、やっと野良作業が再開できた春、土に触れて実感したに違いありません。自分の生活に大きな歴史を重ね表現した良い句です。
- 葛城 広光
特選句「自分軸ぶるぶる揺れて猫柳」軸という抽象化に賛同。猫柳も可愛くて良心的。問題句「春の月首無し馬の噂はある」怖いのは苦手。春に何事もない平和を望んだほうが良い。
- 大西 健司
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」実に穏やかで温かい句だ。百歳になっても ときおり見せる羞じらいの愛しさよ。
- 小山やす子
特選句「花守の体の中の糸ひかる(男波弘志)」花守を表現するのにからだの中の糸とは凄い表現だと…感覚に脱帽です。
- 滝澤 泰斗
特選句『「夜の街」雨ニモ負ケズデクノボウ』昨年の春、小池都知事が言い出して妙に気になる「夜の街」。物事には建前と本音がある通り、まさしく、「夜の街」は建前で、社会のアンダーグラウンドの言及できない部分を言い当てている。その言葉を巧に使い、宮沢賢治風にカタカナ表記にして、なおかつ、「夜の街」を厄介者の役立たずだと・・・無季を気にしながらも新鮮な一句としていただいた。特選句「この10年桃買っただけフクシマ忌」東日本大震災をとり上げている句がたくさんあるが、10年の歳月の中、フクシマと関わりのあったことが唯一桃を買っただけというさっぱりした言い放ち方に好感。ともすると、お涙頂戴的な題材ながら事実としっかり距離を置いた中の自分のフクシマを捉えていて、いただいた。問題句「春泥を出でしころより耳ふたつ」感覚句なんだろうけど、下五の耳ふたつが読み取れない。以下、共鳴句「鳥籠の外混み合える枝垂梅」コロナ禍の風情が連想できた。「陽炎へる安全神話の国境」国境というと、すぐに、空港が過る。水際に強いはずの港湾や空港の検疫の脆弱な姿が浮き彫りになったこの頃。飛沫の影が陽炎っている。「陽炎や君と並んで薄い僕」薄い僕・・・存在が、体格が、頭の毛がなどといろんなことを想起させて面白い。昔の写真等を見て漏らす感想なのか、薄い僕がよかった。「梅咲けり青空になりたかったわけではない」青空を背景に見事な梅が咲いていると言ったら全くつまらないが、青空を否定しつつも青空であってよかったという強がりのようなところに共感。「弥陀の背に梅花の日差し兜太の忌」師の三回忌にふさわしい、やや出来過ぎの感が否めないが、気持ちの良い一句。共鳴しました。「鍋八つ磨き春愁閉じ込める」何か、振り切りたいが振り切れないことを、夢中になって鍋を洗い、磨きしているうちに、振り切れないどころか胸の内に沈んでゆく・・・共感しました。「春寒やさすらいの四肢ゆるく締め」予断を許されない季節の変わり目を、ともすると、油断しがちに緩む姿を上手に詠んだ。
- 福井 明子
特選句「母とゆく春心音の渚かな(竹本 仰)」心音という静かな響きが春と渚とに響き合い、恐らく高齢であられるお母さまへの心情が内包されていて心に残りました。特選句「紫木蓮さまざまの椅子置き去りに」コロナ禍の状況を言わずとも暗示させる一句。咲き急ぐかのような紫木蓮の下に、誰も座らない椅子。もっていきようのない痛々しい心情が、情景に込められているようです。
- 榎本 祐子
特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」:「やがて」で始まるゆるやかな時間。ひらがな表記も功を奏して、ナルシシスティックな世界。
- 柴田 清子
特選句「春雷や眠りてゆるむ児の拳」眠る児は育つを、春雷の季語を置いて一句にしている特選です。この児の、この親の、この幸を、いつまでも手放さないように祈りたいわ!
- 田口 浩
特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」おうー凄いと思った。アニミズムと読めばいいのだが、偏屈だから野性ムンムンの男に、とろける身体がジンジンしたのだろう。その甘美を「やがてさくらとわからぬように」つごうよく交わったと言うのか、今は令和三年三月。中世ではない。男とのまぐわいを夜の桜とのことにしてしまうとは、女は狡猾である。そんな事は出来ませんよね。出来はしないが、さくらでこんな句を詠むのは、もっと難しいと思う。句は読者が名句にするのであれば、私は、この作品をそのように覚えておきたい。「缶を蹴る春の始末をつけてから」:「缶を蹴る」とは子供のころの鬼ごっこのような遊びである。仲間のいる遊び場に行くのに、「春の始末をつけてから」と言うのであるが、これがなかなかおもしろい。親の命令か、自分で決めたことか、と考えるが浮かんでこない。が、新生春の始末とはそうたいしたことではあるまい。ならば肩肘をはらずに、さあ少年よ缶蹴りに走りなさい。「春の草たやすく抜けて身ごもれり」「春雨やくじ引くように人が死ぬ」:「たやすく抜けて」「くじ引くように」この二句は、さらっと出来て何の苦労も無いように見えるが、そうだろうか、何年も、何十年も書きためてきた蓄積があるように思う。そうでなければ、こんなスッキリした上手い句は作れないだろう。「人工授精日かがめば匂う春の草」気持ちの深いところを詠んだ句であろう。作者は今後、「人工授精日」も「匂う春の草」も、二つ離して忘れてしまうことはないように思う。人間生きて、人生の何かを蓄積すると言うことは、こういうことを言うのではないか。
- すずき穂波
特選句「蜜蜂が野を剥き出しの昼にする」季が生命体を動かし、生命体が季をはがしてゆく。「剥き出しの昼」は全き春の出現をいうか。春を細密化、且つ鷲掴みしていて大きな句だ。特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」死んだら木になりたいと思う。私は水楢がいい。この作者は桜樹なんだろう…。他界の我をもこんな風に身体化できる俳句の凄さ。
- 稲 暁
特選句「どの木にも触れてみる春深めつつ」春を深めているのは作者自身、そこが印象的。問題句「自分軸ぶるぶる揺れて猫柳」:「自分軸」というユニークな表現に注目したが、ヤヤ強引すぎるかな?とも思った。難しいところ。
- 桂 凜火
特選句「陽炎へる安産神話の国境」季語の使い方に新しさを感じました。内容にも共感します。特選句「人工授精日かがめば匂う春の草」不安と期待の入り混じる切なさにあふれ、屈む作者の姿がよく見えるようで心に響きました。
- 野澤 隆夫
特選句「陽炎や君と並んで薄い僕」昨晩NHK土曜ドラマで「きよしこ」(重松清の感動作)を見て今朝の選句。ドラマとだぶりました。輝く君と薄い僕が陽炎のごと揺らめいてる。この対比が面白い!特選句「浮かれ猫蔵の天井突き破る」思わず吹き出しました!突き破った猫のその後は…?
- 菅原 春み
特選句「母とゆく春心音の渚かな」こころなごむ句です。心象風景としての渚でしょうか、心音が効いています。特選句「先生の丸き頷き木の芽風」これは兜太先生に違いない。あの頷きを丸きとしたところ、萌黄色、浅緑色、緑色、濃緑色などさまざまな木の芽の風を季語に配置したところが心憎い。
- 中村 セミ
特選句「睾丸へ冷気絢爛と春日」おそらくコーガンという言葉は俳句ではほぼ使われていない。金玉はかなりある。この句はおそらく一度大病か何かで死ぬような思いをした方が書いたと思われる。そういう人は死を垣間見ていると思う。だから死は怖くない。見ろよ!睾丸に冷気を感じるが、それは俺がこれから絢爛と生きていく証だ!といっているような気がしました。「息をするものや初蝶粉散らす(小西瞬夏)」息をするものやと初蝶が粉散らすの重なりがいい。生きるものの哀切というか、仕方なさというか表しているように思えて、特選。
- 吉田 和恵
特選句「野梅黄昏晩節はもう当てずっぽう」当てずっぽうという、開き直ったかの言葉の裏に様々な思いが感じられます。問題句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」むむむ・・・・。
では、一句 いみじくもさくらと知りつつ抱く夜かな 吉田和恵
- 男波 弘志
特選句「春の草たやすく抜けて身ごもれず(吉田亜紀子)」生そのものは、哀しさを知ることから一切を知ることになる。「啓蟄を昏くぬかるむ脇の下」肉体が感じている、春の懈怠さ、エロスが充満している。「春の月首無し馬の噂はある」首は何処かへすっ飛んで行ったか、遍路道では歩く以外の奇跡はないのだが、この世が四次元と決まった訳ではない。5次元、6次元の世界が跳梁している。「春雨やくじ引くように人が死ぬ」必然に依って一切が動いている。引き当てるのは吉ばかりではない。最高の生の中に死はある。
- 十河 宣洋
特選句「遙けきは東京ローズそのカチューシャ(銀 次)」東京ローズを知っている人は年配者でも少ない。日本軍が第二次世界大戦中におこなった連合国側向け放送の女性アナウンサーに、 アメリカ軍将兵がつけた愛称。米兵の心をかく乱するための放送だったが、米兵に愛称を付けられるくらいファンがいたと聞いたことがある。彼女がカチューシャをしていたかどうかは知らないが日系アメリカ女性である。他にも何人かいたが名乗り出たのは彼女一人だけだったという話である。
- 新野 祐子
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」コロナ禍の今の時代を見事に言い当てているのではないでしょうか。入選句「蜜蜂が野を?き出しの昼にする」「蛇穴を出て大日輪の指輪飲む」自然界の神秘がシュールな映像となって立ち現れます。
- 伏 兎
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」一世紀を生きぬいた人のはにかみが放つ、スピリュアルな輝き。白く小さな花を噴水のように咲かせる、雪柳との取り合わせが絶妙。特選「冬枯れの政治風土に聖火来る」後手に回る新型コロナウイルス対策。結論を先送りする東京五輪。政治への失望感が止まらない句の、とりわけ下五の「聖火来る」に惹かれた。入選句「花守のからだの中の糸ひかる」桜を一本一本診て歩き、あれこれ策を講じている姿が浮かび上がる。「糸ひかる」の表現が印象深い。入選句「人工授精日かがめば匂う春の草」草が萌え、花が咲く一方で、不妊治療のもどかしい現実を巧みに捉えていると思う。
- 植松 まめ
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」こんな風に歳を重ねたいものです。美しい句ですね。特選句「春雷の海の深さの果てを蹴る」海の底深くのポセイドンが活動を始めたのか、やたらと地震が多くなりました。スケールの大きな句です。
- 松岡 早苗
特選句「蜜蜂が野を剥き出しの昼にする」何気なく通り過ぎる春の野。だがそこに、忙しく働いている蜜蜂の姿を目にすると、生命の営みのけなげさにはっとさせられる。同時に、のどかな春の野にも様々な生き物の労苦の営みがあるであろうことに思い至らされる。「剥き出しの昼」という巧みな措辞のイメージの広がりに惹かれた。特選句「蛇穴を出て大日輪の指輪飲む」 穴から出た蛇が、大きな口を開け、獲物を丸呑みにするかのように日輪を飲み干す。するとたちまち蛇の長い躯が春色に染まり光を放ち始める。そんな再生の瞬間を目の当たりにさせられた。「花守のからだの中の糸ひかる」桜の季節、開花のエネルギーに共鳴するかのように、我々の細胞も活性化する。大切に花を守ってきた者にとって最も心躍るときだろう。花守の身体の奥で多数のミトコンドリアがいっせいに美しい光を放つにちがいない。
- 竹本 仰
特選句「春雷や眠りてゆるむ児の拳」劇的な匂いがします。「拳」というところから、何か強烈な不可解な理由から泣きじゃくっていたような緊張ある前景を想像させますし、「春雷」にはいきなりの恵みのを暗示する神のはからいを感じます。単なる子育ての中での一景でない、大きな交響楽のようなものが思われました。特選句「眠れない獏しなやかな春の闇(大西健司)」夢を食っていたはずの獏が眠れない、そういう困った情景をとらえたところの面白さでしょうか。なぜ、眠れないのか?想像力豊かな獏というものがいたら、期待のために眠れないのだろうし、食べてしまった夢の中身にいつまでも余韻をあるいはこだわりを抱いて、であるのかも知れませんね。ま、要するに、獏も悩ましいのだ、という空想。そういう絵本があれば見てみたい。そんな誘惑を覚えました。特選句「春泥を出でしころより耳ふたつ」たとえば、春の野山など歩きながら、けものたちはどうやって生き方を学んでいるのだろうと思うと、彼らもやはり失敗や挫折を通してであろうと予想できます。そういう風景の中で、この句を見ました。嫌に物事を見通してしまう耳なるものも、実はいくつかの体験の中に研ぎ澄まされたものであろう、そんな一個の生き物の中にある時間、そんな時間がここにあるのではと思いました。 「俳句王国が行く」、あれが最終回だったんですね。田口さんの句〈中卒の浅利が潮を吹き黙る〉。圧倒されました。そういえば、淡路島吟行でパルシェに泊まった時、エレベーターの中で昔詠んだという、田口さんの親へ捧げたという川柳の句を聞かされ、たいへん面白かったのを思い出しました。味のある方だなあ、と強烈に印象に残りましたが、あの句も同じ印象でした。吟行の二日目の朝、6時ころだったか、宿泊棟から少し離れたベンチで、しばらく話し込んだことも。だから、あの声が印象に残っています。ああ、田口さんだと、声を懐かしく思い出しました。三枝さんの方は〈痺れるまで手を振っている春の川〉がよかったです。先日、裏山を歩いていましたら、小鳥の一群がさあっと、山道をよぎっていくのでしたが、ああ、これも、三枝さんのいう「春の川」かなと思い出しました。あの後、NHKの俳句全国大会もあり、あまりTVを見ない私にとって、たいへん贅沢な、俳句番組を二本、見させていただきました。 ああ、春が来たと、よく降った雨あがりの朝に、新鮮な気持ちで春の句群を通り抜けた、というところです。みなさん、ありがとうございます。この句の群れの凹凸の自由を思うと、いかに贅沢な時間なんだと、満足させられます。
- 佐藤 仁美
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」本当に、こんな事態になると、思わなかったです。「くじ引くように」がやるせないです。特選句「鍋八つ磨き春愁閉じ込める」愁いを閉じ込めるのに、8つも磨かないといけなかったのですね。鍋が輝いたことに、愁いは表に出ないはずだと、自分に言い聞かせているようです。
- 佐孝 石画
特選句「笑むことも自傷のひとつマスク美人」つくり笑い。人と話すとき、つい愛想笑いをしてしまう。ほんとうは笑いたくないのに。笑みを作る自分から幽体離脱して、その卑屈な笑顔を俯瞰してみる。こんな笑みを日々いくたびも拵えて日常を泳いでいる。店頭で出会った女性のマスク越しの微笑みに、この方もまた、笑みという自傷を繰り返して泳ぎ続けているのだろうと作者の共感は及ぶ。「父偲ぶ白梅ぬっと頬に触れ」白梅には得も言われぬ生命感がある。閉ざされたモノクロームの冬を引き裂くように、白梅のその眩しい色と香りは、周りの風景を一瞬にしてホワイトアウトさせる。「ぬっと頬に触れ」とあるが、実際には触れているわけではないだろう。白梅のたましいが何者かに憑依し、作者の面前に人影がふいに「ぬっと」現れたにちがいない。人影はしばらくして梅の白さの向こうに消えていったが、後になってあの人影は「父」だと気付く。金子先生の「青鮫が来ている」という幻想も、白梅にこの「魂呼び」の力をみたのではないか。
- 津田 将也
特選句「TSUNAMIの流れぬ十年鳥帰る」:「流れぬ十年」が、句のねらいとするところ。今もって消えない人々の悲しい記憶・復興のままなぬ現実が、ここに込めれらた。「鳥帰る」の季語も動かぬ。特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」メルヘンチックに描かれたことにより、主人公が神秘的に立ちあがる。この愛の終幕をも内に予見され魅惑的一句となっている。
- 山本 弥生
特選句「啓蟄と言へども人類まだ蟄居(三好三香穂)」長引くコロナ禍の自粛生活も何時になったら終わるのであろうか。
- 吉田亜紀子
特選句「春雷の立て髪下る置き土産(豊原清明)」春雷が来て、きちんとセットした髪がびしょ濡れ。その様子が「立て髪下る」。そしてその様は「春雷の置き土産」。表現がカッコいい。私もこんな表現が出来るようになりたいです。特選句「日脚伸ぶ猫は堂々大あくび」猫が堂々と大あくびをしている。句が動いている。映画に出てきそうな温かいシーンだなと思いました。問題句「イマジンと裏返る声帯さくらんぼ」とても面白い句です。「イマジン」、「声帯」、「さくらんぼ」。「イマジン」は、1971年にジョン・レノンが作詞作曲した平和を願う歌。その歌を皆愛を込めて歌う。喉がさくらんぼみたいに赤くなってしまうまで。この句は、ドキュメンタリーのような句だと私は解釈しました。ただ、「裏返る」を違う表現にしても良いかなぁと感じました。そうすれば、目に入ったとき、すんなりと読めるし、スッキリとすると思いました。何度も何度も読み上げたくなる句です。
- 河野 志保
特選句「鍋八つ磨き春愁閉じ込める」鍋を八つも磨いて、やっと閉じ込めた春愁。実感が伝わり、日常から離れない好句だと思う。
- 川崎千鶴子
特選句「人工授精日かがめば匂う春の草」:「人工授精」という言葉に衝撃ああ今正に生きていらっしゃるのだと感激です。「春の草」がとても効いています。成功をお祈りします。「陽炎や君と並んで薄い僕」:「好き」度がお相手より作者の方が高いのでしょうか?それで何処か気が引け「薄い僕」と表現したのでしょう。巧く成就できたらと思います。「春雨やくじ引くように人が死ぬ」:「くじ引くように人が死ぬ」とは驚きました。死はそんなものかと妙に納得させられました。季語も的確で素晴らしいです。「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」幻想的でひとつの物語を読んでいるようです。雪女もきっとそうですね。「里山の唄ひはじむるいぬふぐり」犬ふぐりが咲くと楽しくなります。ピカピカの一年生の目でぱっちりして、その様子を巧みに捉えています。
- 三枝みずほ
特選句「梅咲けり青空になりたかったわけではない」梅が咲いた。青空がそこに在る。それだけでいいという達観もしくは諦観が深い一行となっている。問題句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」?やがて〟が意味を意図的に拒否しているように感じ、入りきれない。「さくらと」から始まればそこに不思議が生まれるのではないか。どちらにしても、この世界へ引き込む力強さとしなやかさが混在する魅力的な句。
- 高木 水志
特選句「覗きみる末黒野ガラスの反抗期」焼けて焦げた匂いがする末黒野がガラスで囲まれた人間社会の行き止まり感をガラスの反抗期の言葉で連想した。末黒野の大きさを感じて、このまま突き進んでいいのかと考えた。
- 石井 はな
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」百歳を迎えたお母様の羞いが、雪やなぎの様に暖かくて穏やかで、しみじみ幸せを感じます。
- 高橋美弥子
特選句「花馬酔木かなしきまでに盛りあがる(佐藤稚鬼)」馬酔木が咲くさまを「かなしきまでに盛り上がる」と捉えた句は見た事がないように思う。花の地味さから作者はそのように捉えたのかもしれない。共感をおぼえました。問題句「この10年桃買っただけフクシマ忌」どのように読めばよいか迷った。「フクシマ忌」というのが個人的にスッと入ってこない。意味としてはわかるのだが震災はまだ終わっていないことを考えると、問題提起になる一句。
- 銀 次
今月の誤読●「分身として朧夜の声ひとつ」私は夜の庭に出てふうと背伸びした。あらかた家事が終わってほっとひと息ついたのだ。「ねえ」という声がした。ふり返ってみたが誰もいない。「誰?」私はいった。「私よ私」と声がいった。まぎれもなくそれは私の声だった。人影は見えない。「なんの用?」と私はいった。「私ね、近ごろ面白くないの」もうひとりの私がいった。「あらそう。私は面白いわよ」「食事をつくって、掃除をして、洗濯をして、そんなことの繰り返し。面白くないわ」「たまには温泉にも行くし、美味しいものも食べに行く、どこが不満なの」「でも面白くないの」「身勝手ね」私がいった。「そう身勝手になりたいの」私がいった。「それぞれが自分の役目をはたして分相応に生きていく、それが暮らしってものなの」私がいった。「つまんない。もっと違う人生もあるはずよ」私がいった。しばらく沈黙がつづいた。「私、出て行こうかしら」私がいった。また沈黙がつづいた。なんだかイライラしてきた。「好きにすれば」私がいった。「ええ、そうする」私がいって、それきり声は聞こえなくなった。「なによ、バカバカしい!」きびすを返して私は家に入った。私の体重は1gほど減っていた。
- 荒井まり子
特選句「缶を蹴る春の始末をつけてから」自粛疲れの一年余。作者のエネルギーの強さの音まで伝わります。
- 佐藤 稚鬼
特選句「三月十一日海辺にカラカラ風車」大津浪に海辺にだれのものか打上げられ残りし風車。無人の景の寂寥。風車の動きの乾いたカラカラに尚増す無常感。
- 森本由美子
特選句「手のひらに林あるべき河川敷」あるべき自然の姿が無残に毀された痛々しさ、手のひらの林から透明なイリュージョンがたちのぼります。
- 小宮 豊和
特選句「春の夢今度はどこで会うかしら」について、いろいろな読みとりかたが考えられるが、どうとっても詩になっていると思う。そのひとつ、あのすばらしい春の夢に会えるのは、今度はいつどこになるのだろう。まさに春の夢だ。前回との続き具合は、展開は、どんなすばらしい場所で、などの空想が先へ進む。夢という制約の中での自由である。
- 亀山祐美子
特選句はありません。謎めいた句が多くすとんと胸に響く句を選びました。全体的に不安感を掻き立てるものが多く喜びを伝える句が少ないようです。伝える努力は感じるのですが感動が伝わりません。引き籠もりで私の感性が鈍っているのでしょう。なるべく外へ出ようと反省しました。皆様の句評を楽しみにしております。
- 野田 信章
「紫木蓮さまざまな椅子置き去りに」「ためらいが許されている木蓮よ」『木蓮や「待つ」と言う声置いてきた』「アンダンテで行こう紫木蓮の空」春到来の句の多い中でもこれらの「木蓮」を題材にしたものに注目した。一句目の、現代社会のある断面図を覗るおもいの句。二句目の、私的な屈折感と木蓮の独断的ともおもえる配合。三句目の日常詠の一コマながら、中句の「声」に作用する「木蓮」の暗喩のはたらき。四句目の、行動を伴う明快な一句。句の若さがある。これらの句に共通するものは、よくその物象感を生かして、個々の心情のこもった作句活動がすすめられていること。伝達性についても安易なところで妥協することなく攻める姿勢が伺えること。このことは自身の変化の相を含めて流行の相を踏まえての自覚あってのことかと参考になるところである。
- 高橋 晴子
特選句「百歳の母の含羞雪やなぎ」百歳にして含羞、いいね。雪やなぎの趣、ぴったりで、こんな年寄り、いや人物になりたいね。
- 漆原 義典
特選句「濃厚な香を放つ夜の白木蓮」私は女性の胸を連想させる花びらを持つ白木蓮が好きです。濃厚な香もいいですね。作者の繊細な感覚を尊敬します。素晴らしい句をありがとうございます。
- 藤田 乙女
特選句「やがてさくらとわからぬように抱かれる夜」満開の桜と桜の精のような美しい女人の心象風景が広がり、心がときめきました。特選句『言い聞かせ「私は私」さくら餅』 来し方を振り返り、様々に心が揺れがちな最近、私も「私は私」と自分に言い聞かせています。とても共感できました。
- 松本美智子
特選句「春雨やくじ引くように人が死ぬ」コロナ禍の不安な情勢を良く表わせている句だと思いました。
- 田中アパート
特選句「手のひらに林あるべき河川敷」みょうに気になる俳句。特選句「睾丸へ冷気絢爛と春日」キンタマは冷すべし。チンポコと頭は生きているうちに使うべし。
- 野﨑 憲子
特選句「しゃぼん玉ポルカのリズムで消えてゆく」軽快なポルカのリズムに乗って消えてゆくシャボン玉。虹色の世界が広がります。軽いタッチはまさに芸術。問題句「弥陀の背に梅花の日差し兜太の忌」師の逝去された二月二十日は梅花の季節、見事な供句であります。ただ、私には、師は今も生きている思いが強くあり忌日の句は創れずに居ます。称賛の思いを籠めて。
袋回し句会
桜
- 桜木が一緒に飛んできた
- 中村 セミ
- さくらさくら煙のように現世かな
- 三枝みずほ
- 一日の遠く見てゐるさくらかな
- 柴田 清子
- 商店街の散らぬさくらのふてぶてし
- 銀 次
- 櫻くれなゐ大滝よりの便りかな
- 野﨑 憲子
朧
- 緑青の龍生む鐘か月おぼろ
- 田口 浩
- 朧景や筆洗するにカップ麺
- 藤川 宏樹
- 池の端を人みなおぼろに歩きけり
- 銀 次
卒業
- 缶コーヒ呑みほすように卒業す
- 柴田 清子
- 手のひらに雨粒のあり卒業す
- 三枝みずほ
- 卒寿なりロッククライム卒業か
- 佐藤 稚鬼
- 卒業式の日に結婚申し込む
- 中村 セミ
- 狐百匹みな眷属(けんぞく)ぞ夕ざくら
- 田口 浩
指輪
- 春泥に落とせし指輪という別離
- 銀 次
- みつめいる指と指輪を農婦かな
- 佐藤 稚鬼
- 指輪が洗濯機の中で溺れている
- 中村 セミ
- 陽炎の外した指輪からUFO
- 野﨑 憲子
- ゲルニカの絵にころがっている指輪
- 田口 浩
自由題
- 捨てられた人形のやうにゐる暮春
- 柴田 清子
- 沈丁の香に誘われてひとを訪ふ
- 佐藤 稚鬼
- 妻子とは別の世にいる夕へんろ
- 田口 浩
- チューリップぐんぐん空へ膨らむよ
- 野﨑 憲子
- もうひとつもうひとつふだけ春よ吹け
- 銀 次
- かまどパイぱりん春の潮かな
- 野﨑 憲子
【通信欄】&【句会メモ】
今日は、3月29日。桜の満開の時を迎えています。今年の、桜の開花は高松での観測が始まった昭和28年以来最も早かったそうです。来年は気楽に花見に出掛けたいと思いました。
3月句会は、香川でも、コロナ感染者が増え続ける中、見学の方も含め9名の方のご参加で熱く豊かな時間を過ごすことができました。来月は四月。次回はどんな句会になるか今から楽しみです。
Posted at 2021年3月29日 午後 02:40 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]