「海程香川」
第127回「海程香川」句会(2022.04.16)
事前投句参加者の一句
師に逢う春「俳句弾圧不忘の碑」 | 稲葉 千尋 |
あやふやな平和音もなく桜散る | 風 子 |
ねじるねじる体幹の春巻き戻す | 十河 宣洋 |
朝晩の薬ならべて蜆汁 | 増田 暁子 |
薄暮満開ふと白鯨に乗りて | 若森 京子 |
人のこと地のこと超えて鳥雲に | 松本 勇二 |
サファイア婚女房の独り言さくら降る | 滝澤 泰斗 |
ふらここの影フクシマの風尽きて | 小西 瞬夏 |
ウクライナ無力なるわれ鹿尾菜炊く | 森本由美子 |
花曼荼羅風曼荼羅潮満つる | 亀山祐美子 |
ちゅーりっぷ子牛はどこへ消えたのか | 植松 まめ |
どこまでも続く自由詩麦の秋 | 重松 敬子 |
惑う蛇に龍になれよと陰の声 | 伊藤 幸 |
ウクライナの少女に触れにゆく落花 | 男波 弘志 |
うすらいや今生きてをり奇跡なり | 野口思づゑ |
一行をはみ出すここからは燕 | 三枝みずほ |
鳥帰る砲火に捲かれ羽焼かれ | 川崎千鶴子 |
寝転べば空はわがもの紫雲英風 | 稲 暁 |
混葬や春とは言えぬ春の来る | 石井 はな |
竹の秋ぽつんと立ちし生家かな | 漆原 義典 |
まっさらな今日を燃やして夜の桜 | 佐孝 石画 |
引き攣(つ)る喉戦争ひとつとまらぬ櫻 | 高橋 晴子 |
小さき手で独りぼっちの戦士あり | 久保 智恵 |
焚火照り卒寿の背を裏がえす | 佐藤 稚鬼 |
つなぐ手の少女のしめり茅花径 | 津田 将也 |
スフィンクスのように笑まふ春の女 | 野澤 隆夫 |
退職を祝う花束ほどく夕 | 松本美智子 |
密室に存在のしかかる花盛り | 豊原 清明 |
鳥帰る妙に連なるいろはにほ | 樽谷 宗寛 |
竜宮の箱開けるごと包帯解く | 中村 セミ |
不滅なるペンの力よひさしの忌 | 新野 祐子 |
川向うも同じ町名花菜咲く | 谷 孝江 |
ジェンダーを見える化すれば朧月 | 塩野 正春 |
散る花の一息に触れまた明日 | 高木 水志 |
冗談の通じぬ犬よ存在者 | 鈴木 幸江 |
少年にあくびの声や夕桜 | 吉田亜紀子 |
夫が呼ぶ空耳隣家の桜かな | 小山やす子 |
桜蘂降るや懺悔の遠つこゑ | 松岡 早苗 |
囀やもう声のなき兵士たち | 菅原 春み |
風光る淡海はおれの産湯かな | 増田 天志 |
花莚鬼籍の人もちらほらと | 桂 凜火 |
掌を返すてのひら四月馬鹿 | 河田 清峰 |
春蟬と首吊りの木の睦みあう | 淡路 放生 |
私を背割する音春の雷 | 伏 兎 |
泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ | 竹本 仰 |
春の星かの地の修羅の泪かな | 田中 怜子 |
信長の見下ろす眼山桜 | 永野 和代 |
空の青たんぽぽの黄やウクライナ | 三好三香穂 |
我らみないつか立ち去る花明り | 河野 志保 |
月山へ道の栞は蕗の薹 | 菅原香代子 |
生きているくちびる粘り花の昼 | 月野ぽぽな |
祈つても祈つてもまたリラの雨 | 山下 一夫 |
母の日カーネーションまっ赤まっ赤まっ赤 | 飯土井志乃 |
おかあさんあれは紙だよ春の月 | 銀 次 |
老獪の膝行につくしんぼの風来 | すずき穂波 |
ウクライナ抗戦鳥鳴き草青むために | 野田 信章 |
よしなしの文の余白の暖かし | 大浦ともこ |
散るために桜は用意されている | 榎本 祐子 |
春泥の轍のにわか墓標かな | 荒井まり子 |
ふらここやいちばん星がのぼるまで | 夏谷 胡桃 |
ウクライナの瓦礫も照らす春の月 | 藤田 乙女 |
父の忌や故里遠し花はこべ | 山本 弥生 |
一生を幸福とよぶなキーウ春 | 田中アパート |
うそなきに亀鳴くポッと練りわさび | 藤川 宏樹 |
古池や蛙飛び込めロツクンロール | 島田 章平 |
奥羽林春胎動のくろきもの | 福井 明子 |
一隅のひと形海髪の匂いせる | 大西 健司 |
伝え無かった言の葉まびく豆の花 | 中野 佑海 |
泣いたって笑ったっていい桜どき | 柴田 清子 |
選ばれし神輿担ぎの紅一点 | 寺町志津子 |
初蝶来北に戦ふ山あれば | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 松本 勇二
特選句「白いガーゼ被せる傷跡春の雷(桂 凜火)」。時勢のせいかもしれませんが、白いガーゼを傷痕にあてることがとても輝いて感じられ、救われる一句でした。春雷もやさしさを加えています。
- 小西 瞬夏
特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。「立ち去る」にさまざまな思いが重なっている。桜のもとを去る、ふるさとを去る、この世を去る…。別れを肯定的に受け止める明るさが感じられて、心を強くする。
- 夏谷 胡桃
特選句「月山へ道の栞は蕗の薹」。ようやく山の家のまわりにも蕗の薹がでました。日当たりのいいところはのびていますので、山にはまだ開ききらない蕗の薹があるだろうと、登りながら蕗の薹をみつけ摘んでいました。その蕗の薹を山道の栞としたのは詩的で面白いと思いました。♡盛岡は桜が咲き始めましたが、遠野の家に来たらまた寒くなり、薪ストーブを焚いてセーターを着ています。春は一進一退です。
- 野口思づゑ
特選句「吉里吉里忌触れば爆発する地球(新野祐子)」。『吉里吉里人』の小説の内容は現在のウクライナを連想させる。世界のあちこちでまさに一触即発ともいえるほどの今の情勢を、キリキリの音と共に巧みに表現している。特選句「散るために桜は用意されている」。桜は美しく咲き美しく散る。つまり命あるものはいずれ散る、人間も死ぬために生かされている、なので生きている時は桜のように懸命に生きよ、と句に後押しされた。「用意されている」で創造主の意志を感じる。「夜桜やロシアにロシアンルーレット(竹本 仰)」。今の状況下で、とても説得力がある。ロシアンルーレットはロシアで生まれるようにできていたのだ、と納得させられる。上5の、夜桜をどう解釈したらいいものか、まだ思案中です。
- 増田 天志
特選句「ちゅーりっぷ子牛はどこへ消えたのか」。まさか、チューリップの中に、子牛は、隠れているのか。メルヘンの世界を構想できる感性に、乾杯。
- 津田 将也
特選句「一行をはみ出すここからは燕」。指定のフォーマットからはみ出した、その一行の、もうそこは、燕の飛び交う宙世界。措辞「ここからは燕」からは、この人の物事への微妙な感じをさとる心の動きが見える。特選句「奥羽林春胎動のくろきもの」。北国にへとやってきた春の気配を「くろきもの」と重厚に捉え、その特別な風土性をも切り取った一句・・・。
- 塩野 正春
今回も残念ながらウクライナ情勢に重きを置いた選句になりました。早く平和が戻ることを祈っています。特選句「小さき手で一人ぼっちの戦士あり」。悲惨な光景が目に浮かびます。恐らく家族が離れ離れになったか殺されたか。この小さな戦士の行く末を追ってみたい気がする。この侵略戦争は永遠に語り継ぐ必要があります。もう一つの特選句は「鳥帰る砲火に捲かれ羽焼かれ」。それでも鳥は帰ろうとする。いつものルートで。ふらここの句を2点、採らせて頂きましたが「ふらここの影フクシマに風尽きて」「ふらここやいちばん星がのぼるまで」。昔、遊びの手段が余り無かった時代のふらここ、最近の津波に流されたもしくは残ったふらここです。「ウクライナの瓦礫も照らす春の月」。は「戦場のピアニスト」を思い起こします。 問題句「吉里吉里忌触れば爆発する地球」と「不滅なるペンの力よひさしの忌」。一句目の元となる吉里吉里人はもっとユーモアにあふれた世界を描いたものと理解します。私自身もそのあたりの生まれ(米沢付近)で方言が余りに近いのにびっくりした記憶があります。後者のペンの力は今回の戦争では無力でした。僭越ですが私の感想です。
- すずき穂波
特選句「快晴の菜花畑は痛くなる」。自身が幸福であればあるほど、他者の痛みが反比例して解る作者なのでしょう。一面の黄色が目に眩しすぎる、あの映画「ひまわり」は自身の悲しみを投影してるヒマワリだけど、この俳句作品の方が、より人間の複雑な心理を表しているかも…との思いで頂きました。特選句「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。全く散文ですが完璧な定型での映像化。登場人物、部屋の様子、声音まで伝わってきて、即決 いただきました。
- 中野 佑海
特選句「老獪の膝行につくしんぼの風来」。世の浮き沈みに合わせ逆らわず、上下左右抜かりなくへつらいて、生きていこうか。それとも、エイ儘よと、風の吹くまま、吹かれる儘。折れたら、胞子となって、増えてゆく。どちらの生き方も一理ありますが、程々にてお願いします。 特選句「うそなきに亀鳴くポッと練りわさび」。どうしてもこの場面泣かなくてはならぬ。亀の鳴くかの如く、練りわさびをチュッと出し、泣いて見せられるのか、見えぬのか。この、小細工のぬけぬけしいところが、また図太い年増なり。「ねじるねじる体幹の春巻き戻す」。春が来て、薄物に手を通したら、ヤバイ事に。捻って、3㎏痩せれたら、こんな簡単な事は無いのですが。「夜桜やロシアにロシアンルーレット」プーチンプーさんに蜂蜜壷を渡しに行く人だあれ。「鳥帰る妙に連なるいろはにほ」。V字型に雁が帰って行くその列が、所々乱れたり。「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。はい、泣くほど美味しい岩手の冷麺。初めて食べたときは、感激しました。「桜とは矢吹丈なのだな明日へ」色んな苦難が明日への自分を育ててくれる。「あしたのジョー」「巨人の星」などスポーツ根性漫画は読んだ事がありません。人生生きる事は試練。確かに花見は試練?「古池や蛙飛び込め、ロックンロール」良いですね。私もご一緒して、外れたギターを啼かしましょう。「青鷺の抜き足差し足西日なか(佐藤稚鬼)」夕日の水田を、堂々と青鷺がゆっくりあるく。一瞬見惚れてしまいます。:「選ばれし神輿担ぎの紅一点」神輿も最近は女性が担げるようになったんですね。今月も力作ぞろい。楽しく読ませて頂きました。有難うございます。
- 若森 京子
特選句「老獪の膝行につくしんぼの風来」。上句と下句の斡旋が妙。人生を長く歩んで来た老練な風貌が見える。特選句「春泥の轍のにわか墓標かな」。この最短詩型に、現在のウクライナの映像が浮かぶ戦車の轍がそのまま墓標になっていた。
- 稲葉 千尋
特選句「四月日々世界が聞く名ゼレンスキー(野口思づゑ)」。本当に毎日聞く声、顔に勇気をいただくとともにわれの無力さも思う。「桜蕊降るや懺悔の遠つこゑ」。の<や>がどうかなと気になる句。
- 淡路 放生
特選句「古池や蛙飛び込めロックンロール」。芭蕉さんの「古池や」は共感しないが、この句はうれしい。「ロックンロール」と言う音楽を知らないし、一度も聴いたこともないのだが、「ロックンロール」この語感が実に気持ちよい、「蛙飛び込む」を、ポンと蹴飛ばして、「蛙飛び込め」は、正に現代俳句だろう。ここまで書いて、近年亡くなった、キキキリンの、クスッと笑う顔を思い出した。いい句だと思うし、好きな作品です。
- 重松 敬子
特選句「絵の中の秘密を探すミツバチよ(河野志保)」。後世に残る絵画は、いろいろな物語を秘めているらしい。興味があって少し調べてみたことがありその絵にまつわる歴史を知ると尚いっそう楽しさが増す気がする。ミツバチを知の象徴としたのも良い。
- 樽谷 宗寛
特選句「ねじるねじる体幹の春巻き戻す」。この俳句まさに今の私です。第3回フアイザーの注射で副作用があり3週間あまり調子が悪い中ねじたりまげたりを頼りに、やっと春、元気になりました。ねじるねじるねじる体幹の春がいいです。
- 藤川 宏樹
特選句「青蛙あをのとびつく錆鎖(小西瞬夏)」。船を止める錆びた巨大な鎖に小さな蛙が飛びつき着地。そんな様子がまざまざと浮かびました。赤の重量感と青の軽快さの対比が鮮やかです。
- 福井 明子
特選句『師に逢う春「俳句弾圧不忘の碑」』。戦争体験をしたあの時代の禍根を改めて今、問い直さねばなりません。「不忘」を刻む象徴的な一句だと思います。
- 河田 清峰
特選句「薄暮満開ふと白鯨に乗りて」。季語以上に思いを込めて満開の桜のままに白鯨を思い浮かべ乗りてとは。破調なれどちゃんまとめた素晴らしさ。私も白鯨に乗って飛んで行きたい!
- 大西 健司
特選句「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。一読問題句の範疇と理解。しかしあらためて読み直すとこの句のもつ奥深さに思いをはせることが出来た。俳句というよりただのつぶやきのようだが、しみじみとした哀しみが伝わってくる。男と男の友情か、妙にリアリティがある。冷し中華を前にしてわざとおどけて見せる男の優しさがいい。こんな句があってもいいと思う。おなじように「桜とは矢吹丈なのだな明日へ(佐孝石画)」。問題句であるが、特選の句にくらべ作り物めいて消化不良。桜とは矢吹 丈それで十分のように思える。あしたのジョーの世界観がもう少し書けたらと思うが、あと一歩か。
- 寺町志津子
特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。誰にも何れ来る逝去と花明かりとの対比。当たり前の真実を、静かに、気負わず詠まれていることに好感。 ♡ ご多忙の中、毎号、行き届いたお世話をありがとうございます。毎月、バラエティーに富んだ句に刺激を頂きながら、楽しく拝読いたしております。今号も、「なるほど!」「あるある」「お上手だなあ」とか「えー、そうなのか」等刺激を受けながら日本の平和な春の朝夕、その風情、日々の移り変わりの感触に頷き、感謝し、選句させていただきました。ウクライナの一日も早い平安を心から祈りつつ・・・。
- 島田 章平
特選句「月山へ道の栞は蕗の薹」。「月山へ」という上の句が旅情を誘う。蕗の薹の栞に誘われて行ってみたいなあ。
- 中村 セミ
特選句「根開きや雲よりひかり深き盆(福井明子)」。おそらく、里帰りでもしているのでしょう。故郷で、春先に、木の根本だけ、雪が溶けているのを見てた、この人は雲の隙間から光りまで、差し込んでいる。この地を離れ幾十年となるけれど、この地は私を今でも、知っているのだ。それにしても、「盆」がわからない。わからないままに魅かれる句。
作者の福井明子さんより→拙句に心を留めていただきうれしく存じます。三 月二十四日、母の住む秋田市自宅からタクシーで秋田空港に向かう道すがら、杉林の根開きを見ました。早春の山の樹々は、樹木の根元からまるく雪を融かしてゆきます。「あ、根開きだ」。思わず心が弾みました。それは、樹木の温度。樹温の現象だと思います。北国の春は、陽の光はわずかしか望めないのです。ほとんど毎日曇天です。 束の間雲から光が差した時、樹木はまるで「入れ物がない両手で受ける」そんな切実さで、手の平のくぼみを深くして その温度を受けるのだと思いました。 そのひかりを、私の中では、樹木自体が両腕を高くかざして賜る「嵩のあるお盆」かなと思いました。樹木はまだ雪の中で佇みながらも、円形に解けた根元は眠っていた土をしだいに呼び覚まして行きます。 以前、母が教えてくれた季語「根開き」で一句作ってみようとおもいました。・・・ 実はこの句、「根開きや雲よりひかり深き盆」を母に送ると、「根開きや深き器に光あり」と手を入れ返信がありました。なるほど。そうかな。と自分が「深き盆」としたことは 陳腐であったかな、と思い、母の直した句に心が傾きました。ありがとうございます。
- 十河 宣洋
特選句「私を背割りにする音春の雷」。思わせぶりな表現が作者の得意になっている気分が見える。魚じゃあるまいと思って読むとやはり魚じゃないし女性でもない。春の雷に驚いた様子は出ている。特選句「古池や蛙飛び込めロックンロール」。芭蕉さんをもじったというより、兜太さんの古池についての高校生の作品を取り上げたときの内容をもじった。ロックンロールが楽しい。骨折やおばけよりいいと思うが。
- 柴田 清子
特選句「薄暮満開ふと白鯨に乗りて」。夕暮時のさくらに、すっかり陶酔している作者からの発想の「白鯨に乗りて」が、とってもいい。特選句「うすらいや今生きてをり奇跡なり」。人間の生死が奇跡と言う。それを「うすらい」の季語が、動かぬものにしています。特選句「春蟬と首吊りの木の睦みあう」。この句の裏には感情に動かされることのない作者が見える。魅力ある句です。
- 男波 弘志
「朝晩の薬ならべて蜆汁」。まるで献立のひとつになっているように並べられた薬、日常こそがいのちだと教えられる。「ためらいを水に浸して桜かな」。なにかの物に託したのがためらいだろう。厨の皿かもしれない、てのひらそのものかも知れない。水の底までもさくらが咲き満ちている。「きのう死ぬ人あり春キャベツ齧る」。訣別の音が、音声が拡がっている。日常そこから詩を見出したいと誓願する。「青蛙あをのとびつく錆鎖」。ゴツゴツした鎖の輪、それも錆びた鎖の輪、そこに飛びついてしまった青蛙、そこが可笑しい、すこぶる可笑しい、居心地の悪さを満喫している、そこがいよいよ可笑しい。全て秀作です。よろしくお願いいたします。
- 鈴木 幸江
特選句評「鳥帰る妙に連なるいろはにほ」。今回は、自ずから噴き出す情念の世界の佳作が多く、それは言葉以前の世界でもあり読み手によって、異なる世界像が出現することだろう。“いろはにほ”は鳥の渡りの姿を描写したのかもしれないが、そう感受した作者には言語を持つそれぞれの民族の悲しみが修辞に含蓄されているのだと思った。人間の苦しみを何か引きずっている渡り鳥の姿が思い浮かばれ現実の世界で起きている悲劇が対峙的に伝わってくる。
- 永野 和代
特選句「どこまでも続く自由詩麦の秋」。心は何者にも捕らえられない。詩と麦の秋との、豊穣なもの。♡俳句を始めて四年余り。俳句とは何?といつも自問しておりました。「海程香川」の句会報を読んでその答えがわかりました。俳句とは、わたくしそのものなのだと。とにかく浅学な私はたくさん作るしかないと思っております。
- 河野 志保
特選句「囀やもう声のない兵士たち」。囀になって届く声のない命。戦さ続く現代の哀しい春を思う。そして今までの全ての戦さに思いは広がる。余韻を持つ句だと思う。
- 伊藤 幸
特選句「ウクライナ抗戦鳥鳴き草青むために」。祖国を守る為降伏に応じないと最後まで戦う姿勢のウクライナ。エールを送ることくらいしかできぬ自分の無力。何かできる事はないかと思案中。
- 野澤 隆夫
ロシアはウクライナ兵に“投降要求”と今朝の新聞。ますますの戦争激化!今回も戦争句が多数あり、小生も同感です。特選句「ウクライナ無力なるわれ鹿尾菜炊く」。鹿尾菜。「ひじき」と読むのですね。戦争と平和の意外性‼特選句「サファイア婚女房の独り言さくら降る」。サファイアの青のように澄んで落ち着いた45周年祝すとか。ああ、そうだったのかと、奥さんの独り言!外にはうっすらと桜蘂が…。
- 飯土井 志乃
特選句「我らみないつか立ち去る花明り」「生きているくちびる粘り花の昼」。コロナに始まり、ウクライナ戦争といふ人の生死が人に依って大量に奪われる現実を身近にし、その動揺が各句の中に窺われ、直視するか、客観性の中にどう詠み込むか「自分の俳句」そのものを再考されたことと存じます。選句の折にはそのことに心を寄せました。特選二句には未熟のまま年を重ねた現在の私の気持に添う各二句でしたので特選とさせていただきました。
- 菅原 春み
特選句「ためらいを水に浸して桜かな(高木水志)」。ためらいを水に浸すということばの鮮度のよさでおもわずいただきました。特選句「春泥の轍のにわか墓標かな」。にわか墓標だけで痛ましい映像が立ち上ってきます。どことも誰ともいわない分こころが折れそうになります。
- 森本由美子
特選句「生きているくちびる粘り花の昼」。混沌とした今の世に人間として生まれ、存在し続けている生身を“くちびる粘り”から感じます。“花の昼”からは疎ましさと倦怠感がわずかに滲み出ています。特選句「うそなきに亀鳴くポッと練りわさび」。ウイットのある言葉遊び、つい乗せられて、つい読み返してしまいます。
- 風 子
特選句「おどしたりささやいたり野の蜂は(三枝みずほ)」。野に遊ぶ蜂は人恋しいのかも知れません。野に遊ぶ人は一人が好きなのかも知れません。「伝え無かった言の葉まびく豆の花」。伝え無かった言葉は消えていません。もし伝えてたらとっくに消えていたでしょうに。
- 榎本 祐子
特選句「一行をはみ出すここからは燕」。日常の中の捩れや裂け目を感じる句。
- 増田 暁子
特選句「ジェンダーを見える化すれば朧月」。そうですね。見える化すると朧月とは凄い発想、抜群です。特選句「ウクライナの瓦礫も照らす春の月」。春の月はそのうちには笑顔も照らしてほしい。「薄暮満開ふと白鯨に乗りて」。白鯨に乗るが素敵ですね。「ためらいを水に浸して桜かな」。ためらいは桜の花びらの様に流れていくのです。「鶯のアリア頭上に一等席」。我が家も一等席です。「冬の蝶優しい祖母(おばあちゃん)になりたがる」。わかります。優しいおばあちゃん。「夫が呼ぶ空耳隣家の桜かな」。桜が呼んでるのです、きっと。「花筵鬼籍の人もちらほらと」。 身内や親しい人もきっと座っているのだと、作者の優しさ。
- 三枝みずほ
特選句「不滅なるペンの力よひさしの忌」。ペンの力は果たしてあるのかと考えさせられる昨今だが、井上ひさしやその時代に生きた文筆家の文章には圧倒的な熱量、気迫が感じられる。憲法や戦争、戦争責任に真正面から言及する井上ひさしのペンには覚悟がある。それをペンの力というのだろう。
- 高木 水志
特選句「引き攣る喉戦争ひとつとまらぬ櫻」。戦争という抽象的に捉えがちなことを、自分の身体や桜を描写することで、作者なりに捉えようとしていて、葛藤の様子が見られて良いと思った。
- 石井 はな
特選句「げんげ田は少女の夢を生むところ(藤田乙女)」。こんな時代だからこそ沢山の夢を紡いで欲しいです。
- 田中アパート
特選句「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。ウチのカミさんの作ったのは、冷えた中華(インスタントラーメンにモヤシ少々)、涙がこぼれないように、上を向いて喰った。時々涙が口に入ってしょっぱかった。他人はいりむこは、つらいもんだと言うた。問題句「冗談の通じぬ犬よ存在者」。我が家のポチは、犬とも思っとらん。多分、主人はオレだと。何の芸もないのに、あまえ上手で、ウチのカミさんと二人でいつも、うまいもんを喰っていやがる。それも、カミさんのひざのうえで。ケシカラン。
- 菅原香代子
特選句「花冷の朝珈琲とエアメール(風子)」。寒の戻りの朝暖かい珈琲のほっとした雰囲気とそれを飲みながら外国から来た手紙を読むその組み合わせが素晴らしいと思いました。
- 銀 次
今月の誤読●「退職やいつもの夫の手酌酒」。結婚早々のことだ。夫が晩酌の座についたとき、気を利かせてお酌をしようとしたらこう言われた。「すまない勝手にやらせてもらえないだろうか。酒だけはわがままに飲みたいんだ」。わたしは虚をつかれたようにポカンとした。それから少しだけ腹が立った。なに他人行儀なことを言ってるの。せっかくの甘い新婚生活が台無しじゃない。その腹立ちを察したのか、夫は正座して頭を下げた。「判ってくれ。ほかにはなにもない。これだけはオレの流儀を通させてくれ」。そのときからしばらくしてわたしの母方の法事があった。夫はじつに如才なく対応をしてみせた。遠縁なのに酒は注いでまわるし、杯のやりとりもちゃんとこなした。「いい旦那さんね」母はそう言ったが、わたしは内心、ふん外面だけはいいんだから、と夫を軽蔑した。いい旦那さん、か。たしかにそうだった。浮気やギャンブルに溺れるでなく、そのうえ仕事熱心で家事もよく手伝ってくれた。子どもが生まれてからはまさに模範的な主夫ぶりを発揮した。会社でも順当に出世していった。わたしは人並み以上に幸せを感じていた。だが夫の一人酒のクセは常についてまわった。それだけが不満だった。いつもお銚子一本。それを大事そうに啜りながら小一時間ほど宙を見つめ「うんうん」とうなずく。その日課だけはかわらない。そして「よし」と小声で言って、寝室に去る。それが毎日つづく。たまったもんじゃない。退職の日がきた。会社では退職祝いでさんざん飲んできただろうに、帰ってきたとたん「いつもの」と言って酒を催促した。わたしはお銚子をつけ、さあ今日こそはと夫の前に坐った。「ねえ今夜だけは注がせて」と言ったが「それはダメだ」と断られた。わたしは少し意地になった。台所に立って自分用にと酒を燗して、再び夫の前に坐った。夫は心底びっくりしたように「おまえ飲むのか」と言った。ええ、ただし手酌でね。ねえあなたふたりなのに黙ったまんま飲むの? 「そうだ」と答えが返ってきた。ねえねえ、ほんとのほんとを教えて。それで楽しい? 「ああ、もちろんだとも」。そして秘密を明かすようにこう言った。「オレはね、日記をつけてるのさ、頭のなかでね。酒はそのインクなんだ」。判ったようで判らない。けどまあいいでしょ。これから先も長いんだもの、わたしもお酒をおぼえて、この人と一緒に日記を書くんだ。
- 伏 兎
特選句「春蟬と首吊りの木の睦みあう」。一読して、寺山修司の「首吊りの木」の歌詞を思った。忌まわしい木と脆弱な声の春蝉とが、物哀しく響き合い心に沁みる。特選句「一行をはみ出すここからは燕」。燕の来る季節は、鳥も虫も花も緑も競い合って、生命を謳歌する。一行をはみ出すという表現にインパクトがあり、魅力的だ。「吉里吉里忌触れば爆発する地球」。井上ひさしの忌日「吉里吉里忌」をモチーフにして、ロシアの侵略を止めることのできない不条理な現状を詠んでいるように思う。「ふらここの影フクシマの風尽きて」。原発問題の深刻さがリアルに伝わり、上五に心揺さぶられた。
- 新野 祐子
特選句「祈っても祈ってもまたリラの雨」。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻はいつまで続くのか、泥沼化してしまうのでしょうか。毎日の報道にいたたまれない思いです。この句は作者の深い悲しみがこれ以上ないほどに表現されていて読む者の胸を打ちます。
- 山本 弥生
特選句「げんげ田は少女の夢を生むところ」。敗戦後の農村地帯には、げんげ田は一面に展け私達の遊び場であった。戦後の貧しい時代乍ら夢を語り合った日の事がとても懐かしく甦り老いの身に明日への希望も湧いて来ました。
- 豊原 清明
特選句「春泥や暗き目のアフガン帰還兵(へい)何処に(田中怜子)」。映画の「ランボーシリーズ」はベトナム帰還兵のランボーが戦争の後遺症の衝動に突き動かされ、戦争が、老後にまでつきまとう映画で、この一句を読み、ランボー最終章のスタローンの呆然とした表情を思い出す。戦争体験はないが、親や知り合いの記憶が内在している。まさに暗き目。問題句「師に逢う春『俳句弾圧不忘の碑』」。魂の句と思う。俳句弾圧、あらゆる弾圧を記憶したい。戦争は嫌なものだ。
- 田中 怜子
特選句「風光る淡海はおれの産湯かな」。淡海が春風を受けてきらきら光っている。気持ちがいいですね。そのような淡海が自分の産湯だなんて、大げさだ、とも言えるが、故郷愛、淡海愛がひしひし伝わるとともに、さまざまな葛藤を経て、そんな心境になってきたんだなという感じがする。私にとり多摩川が身近なのですが(産土とはいえないなー)淡海のように朗々と歌えないな、と思いました。
- 吉田亜紀子
特選句「囀やもう声のなき兵士たち」。「兵士」という言葉から、ロシア・ウクライナ戦争と解する。さらに、「囀」とは、歳時記『角川学芸出版編 俳句歳時記 第4版』によると、「繁殖期の鳥の雄の縄張り宣言と雌への呼びかけを兼ねた鳴き声をさし、地鳴きとは区別して用いる。」とある。これらの言葉を携えて、改めて鑑賞をしてみると、本当に残酷だ。人間にも、人間本来の生き方、暮らしがある。それが「囀」だ。それが全く出来ていない。また、「もう声のなき」の「もう」によって、救いようの無い深い嘆き、苦しみが、見事に表現されている。特選句「散る花の一息に触れまた明日」。この句は温かく優しい句だ。散る花に呼吸があるという。作者は、そんな花びらを優しくやわらかに感じている。そして、「また来年」ではなく、「また明日」とある。遠い未来の希望ではなく、すぐそこにある明日に光を持ち、丁寧に暮らしていこうという作者の暮らしぶりがとても美しい。
- 竹本 仰
特選句「寝転べば空はわがもの紫雲英風」選評:啄木の〈不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心〉を思い出しました。もう帰ることのできない少年の夢想の世界というか、でも実際に不来方城で寝転んでみると、旧盛岡中学からお城まで授業を抜け出して来た啄木の町を歩く当時の道のり、なかなか大胆な奴だなあと呆れるばかり。この句にもそういう懐かしの風景の匂いがふんだんにあって、昔に帰ったような夢想を感じさせます。「わがもの」が感じられにくい世の中だからかえって空や風によってリアルなものが感じられました。特選句「おかあさんあれは紙だよ春の月」選評:時々老人ホームで、紙おむつを食べてしまって喉で膨張し窒息してしまうことがあるそうです。そんなことを思いつつ、老いた母親なのかと描いて読みました。ここでは春の月とでも思い、手を合わせているんでしょうか。とりとめもない春の月の情感、とりとめもない母と子の関係、そんなものがやんわりとあるところがいいなと思います。特選句「よしなしの文の余白の暖かし」選評:徒然草の序段で、兼好法師は何を言いたかったのか。「つれづれなるままに、日暮し硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくれば、あやしうこそ物狂ほしけれ」。世の中、ナゾだらけ、ますますナゾは深まるということでしょうか。ところでタテ方向に深まらず、ふいにヨコへ向くと、まあヘンテコね、なにあなたは?どこに行くの?というような声が聞こえそうで、『不思議の国のアリス』のあのアリスの独り言の世界に通じる、本当は世界が不思議なんじゃなくて、アリスが不思議なんだという、その原点に戻ったようなおもしろさというか。「余白」に或る力を感じました。以上です。♡ ウクライナのニュースに接するたびに、ああ、われわれは戦争を知らない人間なんだと痛感します。プーチンがナチスを知らない程度には知らずに来たのでしょうね。先日、お寺で或る方にお弁当を出したところ、弁当に包みが丁寧にされていて、非常に激怒されました。こちらでそうしたわけではないのですが、弁当屋さんがお持ち帰りだと思ってしっかりくくったんでしょうね。何だ、この寺は!食うなということか!ヘンな話ですが、片や戦争があり、片や出たお弁当で怒る。という妙な対照を感じていました。そんな毎日を当然としてペコペコしてされて、そんな環境でウクライナとの距離の遠さは測り知れないんだろうな。ヘンな話で申し訳ありません。
いつも或る知人と「二人句会」というのをやっており、先月句はそのままそこからの句でした。この句会、毎月一回で、もう41回になりましたが、「海程香川」句会登場は初です。自句自解、こんなでした。「夜桜やロシアにロシアンルーレット ウクライナ侵攻を機にロシアという暗い情念をふと考えた。プーチンならずとも、ああいう暗い情熱の人間はロシアにごまんと居るだろう。ラスコーリニコフ、『桜の園』のロパーヒン、イワン・デビーソニッチ…。チェーホフ『シベリア紀行』冒頭、「親爺、シベリアはどうしてこう寒いのかね」「へえ、こいつあ、神の思し召しでさあ」とがたくり馬車の馭者がいう…。ちなみにロシアの桜はどす黒くじめじめしていたと宇野重吉が書いていた。日本人には理解しかねる風景だそうだ。 泣くほどのことかよ冷し中華だぜ 昔、無一文近くになったことがあった。大卒後三か月位だったろうか、手持ち二百五円、通帳五十六円。勇気を出し、大学七年の逆瀬川にいた極左文学青年の知人に電話し出かけた。八鹿出身の彼は図体が大きく口より先に手が出るタイプで親分肌だった。アパートで差しだされたコップ一杯の水道水がうまかった。千円札一枚をくれた。おまえ、教員にでもなったら?実はこの一言が行方を決めた。その時のやりとりの雰囲気がそのままこの句になった。後日、彼は奇しくも青雲の講師を受け、私が通り彼は落ちた。あの風貌ではなあ。とんだ恩返しになった。何となく、雰囲気は、そんなところです。なんかい句会、ににん句会、二人句会と、マンツーマンの句会を毎月三つやっており、その延長で、今回に至る、でした。
- 松岡 早苗
特選句「薄暮満開ふと白鯨に乗りて」。薄暮の頃、満開の桜に包まれていると、自分がふわっと白い異世界へワープしたかのような錯覚を覚えるときがあります。そんな一瞬を詠んだのでしょうか。「白鯨に乗りて」という表現が素晴らしすぎて脱帽するしかありません。特選句「寝転べば空はわがもの紫雲英風」。心地よい春風の中、紫雲英田に寝転んで遮るもののない大空を見上げる。ちっぽけな自分が解き放たれていくようです。
- 野田 信章
特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。中句にかけての透徹した視点の中に点る「花明り」には「遊べや遊べ」と人生を肯定する眼差しのやさしさが満ちている。特選句「焚火照り卒寿の背を裏がえす」。焚火を囲んでのさりげない一景ながら、ここには「卒寿」という自身の存在そのものへの労りの自愛の念が裏打ちされているとおもう。「いのち・よわい・いわう」という意のこもる「寿」とは美しい語である。これらの句を拝読しているとこの短詩型は老齢期の文芸かと思いを新たにするときがある。人生経験の裏打ちと感性を大切にして俳句と付き合いたいと思う。
- 谷 孝江
特選句「泣くほどのことかよ冷やし中華だぜ」。なんて素敵なお友だちでしょう。羨ましい限りです。どんな言葉より冷やし中華が良いですね。ちょっとしたことでも泣きたいことがいっぱいです。そんな時に冷やし中華が何と嬉しいことでしょう。めそめそするな、元気を出せの声掛けより胸の中に沁みてきます。
- 山下 一夫
特選句「ねじるねじる体幹の春巻き戻す」。一句の意味が分かり切れてはいないのですが、「ねじるねじる」にネジバナやそういえば春にはその系統を感じる草花が多いことなどを連想しつつ、中七以下に体幹を鍛えたりしながら若返りを試みている中高年者の姿を思い浮かべ、滑稽を感じ、新鮮味を感じます。特選句「一行をはみ出すここからは燕」。「一行」というのは俳句に違いなかろうと独断。上手く詠めても詠めなくても、溢れる想いはそこに収まり切れるわけもなく飛び立っていきます。燕の軽快なスピード感が素晴らしく若々しさを感じます。そのような作者には到底及ばぬながら、感化されて気分爽快になります。問題句「食べて寝る吾に螻蛄鳴く一歩前」。 中七以下はヒロスエの「マジで恋する5秒前」の俳句バージョンかと思われ斬新。それだけに上五がもう少し何とかならなかったかと…でも一本取られたと思っています。「ウクライナ無力なるわれ鹿尾菜炊く」。なぜか座五に深刻な状況は知りつつも日常に留まっていることのやるせなさがよく滲んでいます。「つなぐ手の少女のしめり茅花径」。中七が色っぽい。ちょっと危ない世界かも。「私を背割する音春の雷」。「背割」が効いてます。「我らみないつか立ち去る花明り」。兜太師の「海とどまりわれら流れてゆきしかな」を連想。ちょっとさみしいかも。「うそなきに亀鳴くポッと練りわさび」。わさびが効いていてユーモラスです。
- 大浦ともこ
特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。無常観、無常感を淡々と詠まれていて心に響きました。花明りという季語も生を優しく照らすようで優しい。特選句「祈っても祈ってもまたリラの雨」。”祈る”というストレートな表現に嘆きが強く伝わってきます。”また”にも”リラの雨”にも静かな悲しみがこめられています。
- 川崎千鶴子
特選句「きのう死ぬ人あり春キャベツ囓る(菅原春み)」。「きのう死ぬ人あり」と驚く言葉に、「春キャベツ囓る」との繋がりに違和感が有りながらこのマッチングに感嘆してしまいました。素晴らしいです。特選句「どこまでも続く自由詩麦の秋」。「どこまで続く」の後にどのようなフレーズが来るかわくわくしますと、「自由詩」の言葉にため息が出ました。そして「麦の秋」と素晴らしい季語がダメ押し的に「麦畑」には脱帽です。この感性が欲しいです。
- 漆原 義典
特選句「どこまでも続く自由詩麦の秋」。中七の自由詩が、麦秋と重なり、爽やかさが伝わってきます。ありがとうございます。
- 稲 暁
特選句「祈っても祈ってもまたリラの雨」。現代の状況に対して作者の心を充たしている空しさ悲しさが、豊かな詩情とともに表現されていると思われて共感した。
- 亀山祐美子
特選句「掌を返すてのひら四月馬鹿」。別れの挨拶だろうか。裏切りだろうか。どちらにしても「四月馬鹿」が効いている。日常に潜むサスペンス。深読みすればするほど妄想が膨らむ。「桜咲き重たき腕と脚二本」。桜咲く頃の季節感、倦怠感が十二分に伝わる。「巣燕や嘴の他やわらかし」。命の柔らかさ巣の柔らかさに対する嘴の生命力の強さしたたかさが伝わる。「他」も平仮名表記にすればより巣燕の嘴が映えると思う。「つなぐ手の少女のしめり茅花径」。「手」「少女」「茅花径」の漢字表記が緊張感を産み「茅花径」が少女のしめりを増幅させる。面白い構成だ。作者は嫌がるかもしれないが「手をつなぐ少女のしめり茅花経」と置くとサスペンス感が増すように思う。面白い句が多かった。多かったが言葉に寄りかかったものや何処かで見たもの、気に入らないフレーズを含むものを省くと四句になった。簡潔で想いの深い句に共鳴した。皆様の句評楽しみにしております。
- 月野ぽぽな
特選句「空の青たんぽぽの黄やウクライナ」。ウクライナの国旗の青と黄色が鮮明です。切れ字の力を実感します。自分も同じ発想を持ったこともあり、平和を祈る心に共感です。
- 桂 凜火
特選句「夫が呼ぶ空耳隣家の桜かな」。とても臨場感があります。隣家の桜の距離感がいいですね。特選句「我らみないつか立ち去る花明り」。ほんとうにそうだとしみじみ思うこの頃で共感しました。
- 滝澤 泰斗
特選句「朝晩の薬ならべて蜆汁」。血圧降下剤から始まり、尿酸値に痛風の薬にたまに歯痛止めが加わるのが日課となって久しいが、何といっても健康維持に一番良さそうなのが蜆汁。この蜆汁持ってきたところがお手柄。特選句「ふらここの影フクシマの風尽きて」。大震災以来何年かに一度の割で誰もいない村を定期的に訪ねている。ブランコも揺れず、風まで死んだフクシマの不気味な影がそこにある。「桜前線リハビリの指すりぬける」。心身共に健康であれば、春を象徴する桜を一身に受け止めるところだろうが・・・今年は、リハビリの特別な年。気もそぞろの中、春はいつの間にか、指をすり抜けるように過ぎ去ってしまった。「大いなる尻を浮かべて河馬の春」。 ケニアのマラ川の支流の河馬の保護区に行くほどの河馬好きに、この種の句に見境がなくなります。どうしてあんなに愛嬌のある顔になってしまったんだろう。尻尾で糞を飛ばしながら、縄張りを張り合う習性。そして、掲句の大いなる尻はウクライナや、嫌なことを忘れさせる。「鳥帰る砲火に捲かれ羽焼かれ」「空の青たんぽぽの黄やウクライナ」「春泥の轍のにわか墓標かな」。朝日俳壇、東京新聞俳壇に思いのほか、ウクライナを詠んだ句は少ないところが気になっているが、「海程香川」は今月もウクライナの句の投句が多くなぜかそれだけで共鳴感が深い。とりわけ、以上の三句に共鳴。「空の青たんぽぽの黄やウクライナ」。はウクライナの国旗を連想させるが、タンポポより麦の方が臨場感があった。
- 荒井まり子
特選句「一行をはみ出すここからは燕」。毎日の映像にもどかしい思いが重なる。やるせなさを胸に大空へ向かって羽ばたきたい。共感。
- 松本美智子
特選句「ふらここの影フクシマの風尽きて」。風に揺れていたブランコがふと止まった瞬間物悲しい思いを「フクシマ」とだぶらせてうまく表現されていると思います。ブランコの影,ぎーぎーと軋む音、春の風(決してあたたかな春風だけではなく春一番かもしれない激しい風)ブランコに乗っていた小さな少年?少女?その子の過去,未来いろいろなことを想像させる一句だと思います。
- 高橋 晴子
特選句「冬の蝶優しい祖母(おばああちゃん)になりたがる(久保智恵)」。祖母におばあちゃんのふりがなはダメ。自分からみた孫に対する態度が見えて年取ったなという感覚が感じられ、それはそれで面白い。
- 三好三香穂
「春の星かの地の修羅の泪かな」。戦争を修羅と捉えたところに眼目あり。現代の武器の威力は凄まじく、一瞬にして破壊。日々の報道に心が痛い。本来なら、光溢れる美しい春の街が、かくも無残な灰色になるものか。もとの姿にするには10年以上、怨嗟は100年以上続く。
- 植松 まめ
特選句「どこまでも続く自由詩麦の秋」。この句から風の谷のナウシカの最終章と今のウクライナの戦争とがだぶって見えた。青い衣をまとった救い主が現れますようにと祈ることしか出来ない。特選句「月山へ道の栞は蕗の薹」。こころが洗われるような句です。月山登ってみたい。変な評ですみません。
- 野﨑 憲子
特選句「まっさらな今日を燃やして夜の桜」。日本には「花(櫻)時」という言葉がある。初桜から二週間あまり、余白のような時間だ。「まっさらな今日を燃やして」は、「あしたのジョー」にも通じる。矢吹丈の「まっ白な灰になるまで・・やらせてくれ」の言葉が浮かんでくる。篝火の下の夜桜。百年、千年と続てきた魂の祭。きっと他界の人たちも来ていることだろう。 問題句「離すまい東風吹けタンポポ国境へ(田中アパート)」。この奇妙なパンチのあるリズムに魅かれる。しかし詰め込み過ぎてもたつく。「東風」と「蒲公英」の季重なりも気になる。でも、蒲公英が国境を越え世界中に愛の使者のように吹き渡ってゆく映像が見えて来る。「舌頭千転」して欲しい。「信長の見下ろす眼山桜」も、何故に信長かと思ったが、崖っぷちにいる人類に必要なのは、視点の違った新しくも強烈な愛の風であると思う。
袋回し句会
黙
- 黙祷のかうべ降り積む桜蕊
- 大浦ともこ
- 二十円の消印の黙十九春
- 藤川 宏樹
朧
- マリリンモンロ真正面にゐて朧
- 柴田 清子
- おぼろなる春を横切る下駄の音
- 銀 次
- 空っぽの鳥籠揺るる朧月
- 大浦ともこ
- 過去よりも今が朧と思ふ時
- 風 子
電
- 電力事情は振子の先に花の冷え
- 中野 佑海
- 元妻の電話短かし花の下
- 淡路 放生
- ぬぬっと青鬼花菜畑で感電す
- 野﨑 憲子
桜
- 生も死も居住まい正しき桜散る
- 中野 佑海
- 武器といふ武器花咲か爺さん花にせよ
- 野﨑 憲子
- 死刑囚と執行人曲がる桜さくら
- 淡路 放生
- さくら道雲にひかれてレストラン
- 藤川 宏樹
- 駆ける子のまたかけ戻る花の道
- 風 子
- 夕暮の花となるまで踊りけり
- 三枝みずほ
- 桜満つ国戦火なす国のあり
- 風 子
- もう少し親身になって花は葉に
- 柴田 清子
麦
- 麦秋や帰りはまっすぐ行けばよい
- 三枝みずほ
- 此の風にも次の風にも麦匂ふ
- 大浦ともこ
- 汝は子を捨てる気で産む麦畑
- 淡路 放生
- 青き麦横断歩道は手を上げて
- 中野 佑海
- 麦秋の向こう笠智衆と原節子
- 柴田 清子
自由題
- 一点へ急げ立夏の太陽と
- 三枝みずほ
- この町を出る春風の停留所
- 柴田 清子
- 千年の片恋それは光の巣
- 野﨑 憲子
- 人生に次あるごとき四月馬鹿
- 藤川 宏樹
- 俳号に蝶のおもいのなくはなし
- 淡路 放生
- どこにゐるの?霞のここよ、あなたは?
- 野﨑 憲子
【句会メモ】&【通信欄】
今月から2年間、「ふじかわ建築スタヂオ」での句会になります。会場には、藤川宏樹さんの絵や彫刻も飾られ芸術的雰囲気に溢れています。句会時間も、これまでは午後5時までに終了しなければならなかったのですが、時間延長も快諾してくださいました。快適な空間をご用意してくださったスタヂオ主の藤川さんのご厚意に感謝感謝です。どうぞ宜しくお願い申し上げます。
「海原」4・5・6月号の同人秀句鑑賞を担当させていただきました。4月号では百歳の丹羽美智子さんの「ゆっくりと昔をほどく大焚火」という句に出逢いました。彼女は、この作品を投函後に他界されたとのことでした。百歳の命終まで素晴らしい作品を創り続けられたことに深く感動いたしました。そして、個性あふれる同人諸兄の作品を拝読し鑑賞文を書きながら、何度も、「いのちの空間」という師のお言葉が浮かんできました。僭越な物言いですが、芭蕉、一茶、正岡子規、高浜虚子から現代に繋がる俳句の潮流の底に、兜太、楸邨、芭蕉、空海、と繋がる、「いのちの空間」の世界があるように感じています。そこには、他界も現世も別なく、生きとし生けるものの声が満ち溢れています。その声を世界最短定型詩に聞き留めて発信してゆくことが、世界平和への小さな渦巻きとなり人類の大いなる喜びに繋がる事を、この秀句鑑賞でなお一層強く感じました。(野﨑憲子記)
Posted at 2022年4月28日 午後 04:06 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]