「海程香川」
第133回「海程香川」句会(2022.10.15)
事前投句参加者の一句
黄のカンナ咲かせて鰥夫(やもお)源流に | 野田 信章 |
愛子ってぎゅっとレモンを搾ったの | 竹本 仰 |
母祖母にごめんねと今キリギリス | 野口思づゑ |
秋の日に人かぐわしく風化する | 山下 一夫 |
マントラは波の如くに虫の闇 | 榎本 祐子 |
卓袱台の稲埃拭き夕餉かな | 森本由美子 |
セイタカアワダチソウ「白髪増えたね」 | 佐孝 石画 |
雲低く動かず海鼠めく僕ら | 飯土井志乃 |
抜けそうな乳歯を触り秋思の子 | 松本美智子 |
草を刈る食はせる牛もゐねえのに | 亀山祐美子 |
独り居に僕も一人と小鳥来る | 藤田 乙女 |
迢空忌だんだん怖い葉っぱの面 | 三好つや子 |
うろこ雲ふらり風子も寅さんも | 島田 章平 |
曼珠沙華ひとりは寂しいなんて嘘 | 石井 はな |
只見線さざ波という銀やんま | 稲葉 千尋 |
コスモスや君の言葉の風に乗る | 中野 佑海 |
水澄めり吉野源流山又山 | 樽谷 宗寛 |
弔砲におびえる猫や秋暑し | 向井 桐華 |
十三夜靴がぱくりと僕見上げ | すずき穂波 |
瓶振れば音色親しき木の実かな | 大浦ともこ |
国宝にモノとコトかな雷落つる | 鈴木 幸江 |
傭兵にされし白鳥飛べず踊れず | 塩野 正春 |
タンクローリーに毒と一文字秋うらら | 大西 健司 |
<栗林トンネルを抜け「百舌坂」を行く> この坂に嬉々と百舌狩り菊池寛 |
野澤 隆夫 |
赤とんぼ焦げ臭き身を冷ましつつ | 増田 天志 |
あえいうえおあお木の実降る部室棟 | あずお玲子 |
半鐘がなっているのか冬の雲 | 中村 セミ |
湖に悲話ある山辺葛の花 | 寺町志津子 |
忘れるうれしさ野菊の道は濡れている | 若森 京子 |
山の田はたとえば浄土穂波立つ | 吉田 和恵 |
団栗につまづく意外な固さかな | 佐藤 稚鬼 |
妻が待つ家路を急ぐ秋の蛇 | 漆原 義典 |
うふふふと父の遺影とおはぎ食ぶ | 植松 まめ |
天上を流るる白き帆賢治の忌 | 銀 次 |
ステーキの鉄板広し夏休み | 疋田恵美子 |
月曜の河馬を見に行くしぐれかな | 重松 敬子 |
丸木展観て鯖雲の近づくよ | 新野 祐子 |
空っぽのガレージ並び秋の暮 | 稲 暁 |
秋分の日の暗闇に目を覚ます | 菅原香代子 |
風の強さが切り取る滝もう秋です | 十河 宣洋 |
野紺菊亡母が見つめてくれている | 山田 哲夫 |
まだ服ができぬ蓑虫セミヌード | 川崎千鶴子 |
藤袴しばし休めよ旅の蝶 | 田中 怜子 |
ぶきっちょに零余子ぽろぽろ集めをり | 佐藤 仁美 |
おちょぼくちなほもすぼめて瓢の笛 | 佳 凛 |
蟋蟀が愚痴の塊喰ってゐる | 柴田 清子 |
美しき嘘とは十月のきれいな顔 | 久保 智恵 |
どの紙面もさびしい鳥の羽音 | 三枝みずほ |
嘆いても届かぬ木霊月昇る | 小山やす子 |
雨音の寒き夜となり魚を食ふ | 高橋 晴子 |
クイーンにキングならべる良夜かな | 藤川 宏樹 |
いくさなどだれが征かすや鉦叩 | 福井 明子 |
大花野旅の一座のホバリング | 松本 勇二 |
ひとり来て白萩一人分こぼす | 津田 将也 |
団栗は坊っちゃんの山地主かな | 豊原 清明 |
花びらを漬け込むやうに新生姜 | 川本 一葉 |
小鳥来る上下入歯の微調整 | 山本 弥生 |
蛇穴に入る核のボタンを囲む | 淡路 放生 |
鰯雲背骨のごとく飛機の雲 | 三好三香穂 |
秋澄むやパスポート亡き避難民 | 菅原 春み |
虎刈りの頭なでなで秋の暮 | 田中アパート |
うすもみじ花屋のオジサンに嫁がきた | 伊藤 幸 |
さっとヤモリガラスの町を通り抜け | 滝澤 泰斗 |
酔芙蓉刹那に埋もれる認知症 | 増田 暁子 |
道変えてゆく山女に呼ばれぬため | 河田 清峰 |
円楽のにやり毒舌いわし雲 | 松岡 早苗 |
太陽に手足けばだたせて案山子 | 小西 瞬夏 |
母が綴る一文字一文字われもこう | 河野 志保 |
地球は青いんだってさモミジ | 谷 孝江 |
冷たい夏抱いてしまえば終わるのに | 桂 凜火 |
片足の飛蝗吹かるる錦帯橋 | 吉田亜紀子 |
無花果やときどき汽笛鳴らしてる | 高木 水志 |
読む本の重なりてまだ月とおく | 夏谷 胡桃 |
かまつかの爆発つむぐ身の軋み | 荒井まり子 |
風はきつかけ萩の意志もて揺るる | 風 子 |
人類に国境のあり鰯雲 | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 島田 章平
特選句「あえいうえおあお木の実降る部室棟」。放課後の放送部か合唱部の部室。 澄み切った声が秋空まで届く。懐かしい部活の風景。自句自解「秋夕焼キラキラネーム天志、幸」。キラキラネームの読み方。天志(えんじぇる)、幸(らっきー)です。
- 増田 天志
特選句「月曜の河馬を身に行くしぐれかな」。なぜ、月曜日なのか。観客の多い日曜日の翌日。河馬は、疲れているのか、元気なのか。自分の目で、確かめたい。河馬にとって、雨は濡れて気持が良いが、冷たい時雨は苦手かも。この作品は、鑑賞者の想像力を広げてくれる。
- 小西 瞬夏
特選句「迢空忌だんだん怖い葉っぱの面」。葉っぱの面に何か見えないものを見て怖くなってくるのは、日本人特有のアニミズムの感覚ではないだろうか。迢空忌が配合されることで、そのことがより立ち上がってくる。
- 十河 宣洋
特選句「忘れるうれしさ野菊の道は濡れている」。諧謔である。忘れる苦しさはある。最近の私は多くなった。忘れる嬉しさは楽しさでもある。野菊の道を歩きながら野菊の如き君なりきと言われた頃などを思い出している。楽しさ、寂しさ色々混じった野菊の道である。特選句「蛇穴に入る核のボタンを囲む」。風刺がきつい。核のボタンを囲む蛇のような目つきがぬめぬめと見えてくる。
- 豊原 清明
特選句「文化の日ちゃんちゃらおかし舌を出す(津田将也)」。「舌を出す」から国への訴えの一句。よく分かり、共鳴する。「あれこれ吹っ切ってママチャリは立秋」。問題はなくて、とてもさっぱりした味わい。読んで好きな一句。吹っ切ってが悟り?みたいに思いました。
- すずき穂波
特選句「どの紙面にもさびしい鳥の羽音」。新聞紙面、本当に暗い記事ばかりで読む者の心まで暗くなりそう。ページをめくる音の詩的表現に魅了されました。特選句「ひとり来て白萩一人分こぼす」。この「一人分こぼす」という確かな把握、映像化には参りました!
- 藤川 宏樹
特選句「あえいうえおあお木の実降る部室棟」。女生徒の艶やかな「あえいうえおあお」の唱和、通りに心地よく聞こえてきます。
- あずお玲子
特選句「ひとり来て白萩一人分こぼす」。萩の儚さを思いました。その萩を見ている「ひとり」も儚い存在。特選句 「花びらを漬け込むやうに新生姜」。甘酢の中で新生姜がほんのり色付き始めた日の嬉しさは、固い蕾が綻び始めた花を見るのと似ているのかも知れません。 丁寧な手仕事を思いました。
- 向井 桐華
特選句「セイタカアワダチソウ「白髪増えたね」」。口語調の句が、ちょっと皮肉な内容を面白くしている。新しい視点が良い。問題句「国葬や宿便どどっと野分かな(田中アパート)」。国葬と宿便、国葬と野分と着想は面白いと思うが、「国葬や」で切ってしまったため、意味がバラバラになってしまった。「や〜かな」の詠嘆は成功させるのが難しい。
- 松本美智子
特選句「風はきつかけ萩の意志もて揺るる」。「萩が揺れている」それは,揺らさせているのではない。意思をもって揺れている。ああ~,そうかもしれない。動きたくても話したくても・・○○したくてもそうしたくても,なかなかできない,もどかしい日常何かきっかけになることがあれば,ハードルはポーンと跳び越えられるのかもしれません。
- 若森 京子
特選句「秋の日に人かぐわしく風化する」。来世の人も現世の人も、秋の澄み切った空の中で人間は濾過され浄化されてゆくのであろう。白秋の深まりを感じる。特選句「読む本の重なりてまだ月とおく」。人間が本を読み知識を蓄積しているのは、ほんの僅かの時間に過ぎない。「まだ月とおく」の措辞から膨大な宇宙時間をふと思う。又月から色々なお伽噺にも発展してゆく。
- 稲葉 千尋
特選句「草を刈る食はせる牛もゐねえのに」。毎日、早朝から牛のために草を刈っていた父を想う。今は牛もいない父もいない。特選句「いくさなどだれが征かすや鉦叩」。どんなことがあっても子や孫を征かしたくない。親なら誰も思うこと。鉦叩が効いている。
- 夏谷 胡桃
特選句「水澄めり吉野源流山又山」。吉野をはじめ日本の山々の続くさまとその間を流れる水が目に浮かぶようでした。東北も「山又山」です。この表現が、簡潔でいいと思いました。
- 中野 佑海
特選句「あれこれ吹っ切ってママチャリは立秋(三枝みずほ)」。有無を言わせずママチャリの突っ走っていく様子がひと言で旨い。特選句「抜けそうな乳歯を触り秋思の子」。分かるわー!あの歯の気になる事ってないよね。他の事何も考えられないくらい。触ると痛いし。かといって常に気になるし。私の歯は主治医を見つけてようやく前進しております。乳歯と入れ歯では雲泥の差ですが…。「秋の日に人かぐわしく風化する」。人間も風化して、崩れていくのですね。せめて香しく最期は締めたいものです。「聞き返し聞き返し紅葉かつ散る(川崎千鶴子)」。人間も何度も人の言った事聞き返さないと理解出来なくなって、散ってしまうのね。「迢空忌だんだん怖い葉っぱの面」。今、NHKの100分で名著でやっている、折口信夫の古代研究。その通りだと思います。なかなか、現代人には理解し難いです。「只見線さざ波という銀やんま」。今日10月14日新聞の第一面にこの只見線復旧の話題が。乗ってみたい秘境線。「十月の歯磨き色の道歩む」。やっぱり落葉で埋まった里の小道。香しい秋を堪能。「団栗につまづく意外な固さかな」。団栗頭の子。子供と思って適当に相手してたら、足を掬われて一本。参りました。「秋夕焼キラキラネーム天志、幸」。まだ読めるだけ良いです。推察しないと読めない名も多々。「ひとり来て白萩一人分こぼす」。この妙に当たり前な所が、律儀さが素敵。
今月はイヤホーンをしてYoutubeを見過ぎてたら、とうとう耳鳴りにあたまを占拠されてしまいました。耳鼻科で漢方薬とビタミン剤B12、整骨院で首と背中を直し、寝るときに頭を氷で冷やし。一週間でなんとか寝られないほどの音から解放されました。スマホ、テレビはほどほどにとこれもまた、5歳から63年間殆ど毎日見ていた、テレビ観戦から、撤退いたしました。静けさ最高。
- 河野 志保
特選句「どの紙面もさびしい鳥の羽音」。具体的な内容は分からないが、鳥の羽音のような微かで確かな出来事だろうか。紙面を羽音と捉えた作者の感覚に惹かれた。
- 山田 哲夫
特選句「あえいうえおあお木の実降る部室棟」。高校生等の部活動風景だろうか。時や場所や人の状況などがきちんと想定されてきて、鮮やか。「あえいうえおあお」のオノマトペが効果的。特選句「大花野旅の一座のホバリング」。「ホバリング」は、鳥などがはばたきながら宙にとどまっている状態のこと。秋の大花野の見事さに浮かれ出た一団の秋を満喫する様子を効果的に形象化。旅の一座は、旅役者の一団でもいいが、Goto トラベルのキャンペーンに便乗した旅行者たちでもかまわない。むしろ、その方が時宜を得ているように私には思われる。「ホバリング」が、言い得て妙。
- 鈴木 幸江
特選句評「十三夜靴がぽくりと僕見上げ」。靴の先の底が剥がれたのだろうか。 私もあの残念感と驚きの経験は何度かある。“ぱくり”と口を開けているような状態から景がうまく伝わってくる。“僕見上げの修辞の身に付けていた物に対するアニミズムの自然発生の微笑ましさ。“十三夜”の少し欠けた月のよろしさを愛でる心と共鳴し合い作者はこの靴の状態に愛と哀れと自分自身を見ているのだろう。頑張ってきた作者にエールを送りたく、特選にした。
- 樽谷 宗寛
特選句「まだ服ができぬ蓑虫セミヌード」。全体の発想が面白いです。散歩で蓑虫に出会いましたか、まだ1・5センチ、服はこれからのようでした。
- 河田 清峰
特選句「十三夜靴がぱくりと僕見上げ」。靴が何て言ったか興味津々。十三夜が良かった。
- 風 子
特選句「自らの影は知らない秋の蝶(河野志保)」。知ってるか知らないか、蝶に聞いてみないと分からないけど、知らないと言い切られるとそうか、と思います。特選句「うろこ雲ふらり風子も寅さんも」。書道展の友人の書が気に入り譲ってもらいました。奥の細道の序文です。芭蕉は「片雲の風にさそはれ漂泊のおもひやます」「取るものゝ手につかすもも引の破れをつゝり笠の緒付けかへて三里の灸すうるより」いそいそと旅に出るのです。私もふらりと旅に出てみましょうか。
- 菅原香代子
特選句「稲妻や赤き巨岩(ウルル)の垂直に(松岡早苗)」。稲妻と赤い岩の取り合わせが素晴らしいと思いました。
- 大西 健司
特選句「無花果やときどき汽笛鳴らしてる」。どこからか聞こえてくる汽笛がなつかしい。それは無花果からかも知れない。時々鳴らしているのは無花果。そう思いたい。そう読みたい。それだけに上五の「や」が気にかかる。わがままな読み手は作者を無視して、「青無花果」として特選にいただいた。
- 重松 敬子
特選句「コスモスや君の言葉の風に乗る」。初秋の色のあふれた軽ろやかな景色が目に浮かびます。この感覚はいつまでももち続けたいと思う、好感度抜群の句。
- 小山やす子
特選句「蛇穴に入る核のボタンを囲む」。プーチンさんもう終わリにしようよ!と言いたいね。
- 滝澤 泰斗
3年ぶりの海外出張で選句一覧を受け取りました。いつものように選句を開始しましたが、何故か集中力が途切れコメントできません。今回は共鳴した句を順に記して選句といたします。「冷たい夏抱いてしまえば終わるのに」「天上を流るる白き帆賢治の忌」「傭兵にされし白鳥飛べず踊れず」「曼珠沙華ひとりは寂しいなんて嘘」「蛇穴に入る核のボタンを囲む」「母が綴る一文字一文字われもこう」「雲低く動かず海鼠めく僕ら」「閑として濾過されたような秋遍路」
- 増田 暁子
特選句「うすもみじ花屋のオジサンに嫁がきた」。平和の世の幸せの句。花屋のオジサンがとても良く幸せの象徴の様です。特選句「地球は青いんだってさモミジ」。見てないが、地球は青いらしいとモミジに言っている作者。”だってさモミジ”のぶっきら棒な切れがとても良い。 「朝の月市場の隅で売る文庫」。まだ朝の閑散とした市場にひっそり並ぶ本屋の風景が浮かびます。 「いくさなどだれが征かすや鉦叩」。親の気持ちは世界中同じ。中7の措辞が素晴らしい。
- 福井 明子
特選句「草紅葉木彫りの狗子の尻ぬくし(田中怜子)」。なんともかわいらしい狗子の尻のぬくさ。深まる秋にことさらほんわかと伝わります。特選句「どろだんご食べるふりして秋の空(松本美智子)」。おさながまるめたどろだんご。ちいさな手でさしだされて、「あぁ、おいしっ」というおばあちゃんのしぐさが秋の空を背景にしなやか。平和とは、そんな一コマなのだと思います。
- 佳 凛
特選句「うふふふと父の遺影とおはぎ食ぶ」。慌ただしい毎日、ゆっくりと、仏様にお参りする時間を、持てる心のゆとりが、嬉しく思いました。 ♡参加の言葉。日々の暮らしでは、語彙が減る一方、少しでも心豊かに過ごしたく、参加させて頂きます。宜しくお願いします。→ こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
- 津田 将也
特選句「抜けそうな乳歯を触り秋思の子」。乳歯は二歳半~三歳くらいまでに、全て生えそろう。その後、五歳半~六歳ごろには永久歯への生えかわりがスタートする。掲句は、この時期の子供の所作のひとつ。「秋思」との、取り合わせがよい。特選句「人声の高き時あり芙蓉咲く(高橋晴子)」掲句も、「芙蓉」との取り合わせで採った。特に「酔芙蓉」は、花の色が朝は白、午後は淡紅、夕方からは紅色と変わり、翌朝に萎む。「人声」に同じ。
- 山本 弥生
特選句「草を刈る食はせる牛もゐねえのに」。昭和の農家は農耕用に牛を飼っていた。農家の子供は親の手助けをして牛に食べさす草を刈っていた。現在は機械化されて牛は用済みとなったが、残暑も続き毎年草は刈らなくてはいけない。
- 川崎千鶴子
特選句「秋の日に人かぐわしく風化する」。天国から地獄に落とされる内容です。「かぐわしく」と「風化」は老いのなれの果てと思いました。残酷で涙です。素晴らしい。「抜けそうな乳歯を触り秋思の子」。人って考えている時は気になる部分を触ったり、さすったりしているのではと納得しました。観察眼の素晴らしさに感服です。
- 桂 凜火
特選句「蟋蟀が愚痴の塊喰ってゐる」。蟋蟀は貪欲な顔ですね。愚痴は食べてなさそうですが、やはり絵として面白い。ペーソスが効いていて愚痴のたまった国民としては、クスリと笑えました。
- 松岡 早苗
特選句「十三夜靴がぱくりと僕見上げ」。風情のある「十三夜」と破れた古靴の取り合わせが面白い。完璧ではないからこその、もののあわれや味わい、そうしたものをしみじみと愛おしんでおられるようです。特選句「るりるりとひと日終わりて銀木犀(伊藤 幸)」。「るりるりと」の音の響きに惹かれた。「瑠璃」の連想も相まって、透明感のある秋のひと日が思い浮かんだ。夕暮れのほっと息つく「銀木犀」への着地も素敵。
- 吉田 早苗
特選句「黄のカンナ咲かせて鰥夫(やもお)源流に」。「鰥夫」を辞書で調べて・・。黄のカンナが言い得て妙。勉強にもなりました。特選句「目薬のような夕星(ゆうづつ)秋の畑(稲葉千尋)」。秋の釣瓶落し。気が付けば空の星が目に浸みる、目薬のようにと。うーん納得。稲架を架け終え一番星を仰ぎながら家路を急いだ事を思い起します。 ♡山路で帽子をかぶった団栗を拾うとつるりと帽子が脱げとっさにまた被せました。
- 松本 勇二
特選句「蟋蟀が愚痴の塊喰ってゐる」。コオロギは何でも齧りそうだが、愚痴を齧らせて成功。
- 伊藤 幸
特選句「只見線さざ波という銀やんま」。固有名詞只見線(福島から新潟を走る線路名称)と河谷の小動物の取合せ、更に中七のフレーズが秋の風景を美しく描いている。素晴らしい技法に脱帽。
- 疋田恵美子
特選句「飯噛んで姥百合の谷恋う今も(野田信章)」。生れ育った平和で楽しいかった集落の消滅がおもわれる。ダム湖の底に消えたのでしようか!地味な姥百合がぴったりいいですね。
- 吉田亜紀子
特選句「いくさなどだれが征かすや鉦叩」。季語「鉦叩」は、一センチほどのコオロギ科の昆虫。鉦を叩くようにかすかな美しい澄んだ声で鳴く。しかし、この句の場合は、違うのかもしれない。「鉦叩」という季語に仕掛けを施しているのではないか。と、私は感じた。「鉦叩」。辞書を引くと、虫のほかに、「かねをたたくこと」、「かねをたたく道具」、「かねをたたき経などを読んで回る人」。と、記載がある。季語「鉦叩」を「かねをたたき経などを読んで回る人」。というように、重ねて鑑賞をするのも興味深い。そこから、私の鑑賞は、裁判や議会における、ガベル、すなわち木槌を連想した。「いくさなどだれが征かすや」。この言葉が、議決や判決のように強い拘束力を持っているような感覚になる。そうすると、この句における、怒りの果てが、するりと納得出来るのである。表現方法に感服すると共に、作者の真っ直ぐな怒りに感動した一句だ。特選句「文化の日ちゃんちゃらおかし舌を出す」。カレンダーを捲ると十一月三日は日本国旗のイラストと共に「祝日」と記載がある。「文化の日」だ。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことが趣旨の国民の祝日。文化勲章の授賞式があり、文化芸術に関するイベントも多数開催される。そして、晴天の日が多い気象上の特異日だ。これだけの情報が、カレンダーを眺めるだけで、頭の中に一気に流れ、スッと背筋が伸びる。伸びてしまう。それが、「文化の日」だ。そして、この何行かの文字の多さにもみられるように、「文化の日」。そう聞くだけで気負ってしまう方も多いのではないだろうか。「ちゃんちゃらおかし」。この句は、そこの隙間を見事に突いている。そして、非常に新しい。「文化の日」という季語に対して、真正面からではなく、今までには無い、全く新しい方向からの構成となっている。なのに、「文化の日」は消えない。「舌を出す」という言葉で、アルベルト・アインシュタインや不二家のマスコットのペコちゃんを連想する。それは、愛すべき私たちの記憶、歴史だ。それに加えて、晴天の特異日に呼応するように、「ちゃんちゃらおかし」が、明るく響く。爽やかだ。これぞ、秋の芸術ではないか。と、唸る一句である。
- 佐孝 石画
「忘れるうれしさ野菊の道は濡れている」。「忘れるうれしさ」とは一見わかりやすそうだが、その解釈に迫ろうと思うと複雑で難解。思い出や感情などが自分の中から剥がれ落ちてしまう、時間的空間的な喪失感覚。多くの人が人生で味わうだろう、その感覚の多くは、取り戻せないものに対する切なさ哀しさで括られることが常。忘れる「うれしさ」とは、単純に、忘れ去りたい嫌な記憶が失われることに対する安堵なのだろうか。その回答は、その後に続く「野菊の道は濡れている」から汲み取るしかない。野菊の道は雨上がりに「濡れて」、輝いている。そのまばゆい光こそが、作者を包み込んだ恍惚感覚の象徴なのだろう。かけがえのない良い思い出も、時を重ねればやはり、それを思い出すこと自体が、喪失感をともなう切ないものへと変容していく。思い出したいけれど切ない、そんなアンビバレンツな感情を「忘れ」は霧散させてくれる。そんな忘却の心地良い余韻を映像化したものが、濡れて光にまみれた「野菊の道」であったのだろう。
- 榎本 祐子
特選句「ひとり来て白萩一人分こぼす」。孤独感の中、白萩と関わる時間と空間が優しい。
- 三好つや子
特選句「蟋蟀が愚痴の塊喰っている」。淋しい心に寄り添うようにコロコロリーンとか、リリリッと鳴く蟋蟀。聞いている人のマイナーな心を喰ってしまうので、あんなに物哀しい色をしているのだ、と納得。特選句「どの紙面もさびしい鳥の羽音」。 近頃、ページ数が少なくなり、コロナ禍、ウクライナの戦争、経済や環境問題など暗い記事が目立つ新聞に、嘆いている作者の声が聞こえてきそうだ。さびしい鳥の羽音という表現が抒情的で、深い。入選句「あれこれ吹っ切ってママチャリは立秋」 ぐずぐず悩んでなんかいられないほど、多忙な子育て主婦の日常が、いきいきと伝わってくる。入選句「太陽に手足けば立たせて案山子」。この句から、明日香村(稲渕地区)の美しい棚田にある案山子ロードが目に浮かんだ。工夫を凝らした、まさに毛羽立っていそうな案山子たちが想像でき、面白い。
- 田中アパート
特選句「どろだんご食べるふりして秋の空」。子供は天才です。びっくりするほど美しいどろだんごを作りますな。もちろん、食べるなんてもってのほかです。一生かざっておきたいぐらいです。
- 佐藤 仁美
特選句「曼珠沙華ひとりは寂しいなんて嘘」。2人でいても、1人より寂しく思う時もあります。孤独とどう付き合うかが、大切だと思います。でも、この「嘘」と言ってるのは、強がりかもしれません。揺れ動く心が、紅い曼珠沙華と重なります。
- 淡路 放生
特選句「美しき嘘とは十月のきれいな顔」。―美しい嘘とは人を愉しくさせてくれる。まして「十月のきれいな顔」いいなぁ、いいなぁである。好きな十月がひろがってくれる。句会でこういう作品に出会うとホッとする。
- 柴田 清子
特選句「どの紙面もさびしい鳥の羽音」。自分だけが感じ取っている秋深を鳥の羽音で、省略限界の言葉で、鋭利な刃物のような、一句に仕上っていると思った。
- 田中 怜子
特選句「丸木展観て鯖雲の近づくよ」。原爆の惨状を描いた絵を見て、暗澹たる気持ちや争いの絶えない、現にウクライナにおいて戦争が起きている状況を思いながら暗い館を出る。空を見上げると、悠々たる空に鯖雲、その流れが近づいてくるようなダイナミックな世界は、宇宙の中にいる芥子粒のような存在を実感するようだ。特選句「旅芸の一座がありてすすきかな(銀次)」。昔、長時間にわたるギリシャ映画があった。世の中の動きに取り残されていく一座、家族間の関係性等もいろいろあるけれど、すすきの平原の中に静物画のように取り残されている情景が浮かんでくる。
- 野口思づゑ
今回はいただきたい句がとても多く、また特選句、絞ることができませんでした。 「曼珠沙華ひとりは寂しいなんて嘘」。理想的な一人暮らしをされている方なのでしょうか。ポジテイブな生き方を尊敬します。「人類に国境のあり鰯雲」。極めて当然な事実をそのまま表した句なのですが、あまりに当然過ぎてかえって惹かれます。下5の鰯雲がもやもやとした、つまり紛争の種になりそうな曖昧な境界線を表し、鰯の旁の「弱」が人類を象徴しているようです。「忘れるうれしさ野菊の道は濡れている」。「忘れる」はほとんどの場合否定的なのですが、うれしさと捉えているところに嬉しくなりました。「小鳥来る上下入歯の微調整」。入れ歯を調整するときの歯を合わせる音が想像できます。小鳥来る、の上5で可愛い音、作者の余裕のある気持ちが思い浮かぶ明るい句になっていて好感がもてました。「うすもみじ花屋のオジサンに嫁がきた」。薄紅葉、オジサン、で颯爽としたイケメンから程遠い男性像が浮かんだのですが、嫁が来たそうなので、よかったわね、と安心しました。
- 三好三香穂
「独り居に僕も一人と小鳥来る」。独り居間に居るとき、よく小鳥が庭のハナミズキの実を目当てにやって来る。たいていはヒヨドリ。僕も独りだよ、とささやいているかに。なるべく気配を消すようにしているが、少しでも動くと、すぐにさよならになってしまう。「自らの影は知らない秋の蝶」。自分のことは、自分が一番知らない。秋のチョウになっても。「いくさなどだれが征かすや鉦叩」。共鳴する反戦句。早く終わって欲しい戦争です。
- 野田 信章
特選句「丸木展観て鯖雲の近づくよ」は、丸木位里、俊夫妻の共同制作による「原爆の図」を見終っての作。そこに意志あるもののごとく頭上にひろがる「鯖雲の近づくよ」の景の展開が何とも肉感的である。この対照によってあらためて「原爆の図」を直視して、そこに込められた丸木夫妻の希求してやまないものに触れ得た一句として読めるものがある。
- 三枝みずほ
特選句「忘れるうれしさ野菊の道は濡れている」。この句は忘れることを肯定している。そして野菊の道は人を包みこむ慈悲の心なのだろう。
- 植松 まめ
特選句「草を刈る食はせる牛もゐねえのに」。酷暑だった今年の夏草刈りは重労働だったことだろう。ぶっきらぼうな詠みがかえって気持ちが込もっている。特選句「あえいうえおあお木の実降る部室棟」。高校時代に演劇部に所属していた。毎日大した用も無くても部室に顔を出していた。そうこんな感じの部室だった。懐かしいわが青春だ。
- 石井 はな
特選句「あれこれ吹っ切ってママチャリは立秋」。頑張っているママにエールを送りたいです。
- 塩野 正春
特選句「迢空忌だんだん怖い葉っぱの面」。何気ない葉の表面に自分の感情が映っていろんな形になり得る。作者の意図は深くは読むめないがおそらく哲学的な感覚から書かれたものでしょうか?となると葉っぱの面もそれなりに重みを増しいろんな形相に変化する。この稀有な季語と釈迢空の俳句、私なりに少し勉強したくなります。特選句「あれこれ吹っ切ってママチャリは立秋」。 前の特選に挙げた句とは違った感覚で少し楽しく少し大変さを感じる句です。 子育て世代の辛さを抱えながらママチャリを飛ばして突き進む作者に感動します。こうして育てられた子供たちがやがてこの国を支えてくれる大人になることに期待します。“ママチャリ”には不思議な感覚がありますね。自句自解「真葛原螺旋に詰まる生の標」。螺旋の遺伝子が全ての生物の行く末を解く標(しるべ)となること、不思議です。運命の八~九割方遺伝子に左右されている事実を認めざるを得ません。「傭兵にされし白鳥飛べず踊れず」。戦争続いてますね。兵の数を維持するために他国の兵を雇うなどもってのほかです。訓練も受けさせずただ死に行かせるとは。
- 川本 一葉
特選句「水澄めり吉野源流山又山」。今年は何度か吉野川の源流近く入ったこともあり、本当にそうだと思いました。山又山、がもうそのまんまなんです。又源流辺りへ行きたくなりました。
- 竹本 仰
特選句「月曜の河馬を見に行くしぐれかな」。もし勤めているのなら月曜が定休日の方でしょうか。土日の熱気が去った動物園に、ただでさえ人気のない河馬がいっそう憂うつそうにしているのを、淋しい私が見に行こうとして。しかも折からのしぐれ。池の中で濡れそぼっている河馬と柵の外で濡れる私。芭蕉の「初時雨猿も小蓑を欲しげなり」と似たような状況、そして身を持て余した河馬がいっそう自意識を大きく掻き立てるようにたたずむ様は私と見事に呼応して…、と現代的なリリシズムをくすぐります。何となくビットリオ・デ・シーカの名作『自転車泥棒』のラストシーンの、あのずぶ濡れの父と子をほうふつとさせるような句だと思いました。特選句「大花野旅の一座のホバリング」。旅の一座は何でしょうか。単純にサーカスと思ってしまいましたが、ホバリングというのだから、一座もお客さんも宙に浮遊してその絶頂、一瞬ストップモーションしているようすでしょうか。得てして好天好日のその三番目くらいの、何気ないそんな日にこそ、大きなドラマが待っているもの。観客も一座も予期しない世紀の好演技が飛び出して、お互いにあっとする一幕のいま真っ最中、時間が止まったとはこの瞬間のことか、というところではないでしょうか。特選句「母が綴る一文字一文字われもこう」。選評:どんな文字を書く母か、われもこうでわかりますね。一文字ずつに色があって愛嬌があって丁寧で。きれいに茶碗や皿を一個ずつ洗うようにキュッキュッと音が聞こえるように母の字から聞こえてくる何か。まさにそれが母だというような母そのもののオーラ。で、われもこう…私もおんなじ事しているよお母さん、とふいに気づいたのでしょうね。幾代か、母と子の歴史も脈々と見えてくるようで…いい句ですね。問題句「蛇穴に入る核のボタンを囲む」。蛇穴に入る、と、核のボタン、とを取り合わせるというのは面白い着眼だと思います。でもこのままだと蛇が核のボタンを囲むとなり、それはそのままでも面白くはありますが、もう一つ何か足りないように思えるのです。ならば蛇の営為と人間の行為が対比できるような形にした方がいいのではと思いました。
- 久保 智恵
特選句「黄のカンナ咲かせて鰥夫(やもお)源流に」特選句「酔芙蓉刹那に埋もれる認知症」。身につまされる私です。「草を刈る食はせる牛もゐねえのに」。心が清々しくなる。
- 新野 祐子
特選句「目薬のような夕星秋の畑」。「目薬のような」がいい。暮早い秋の畑で働く人たちの心身を癒してくれる夕星。共感だなぁ。特選句「蛇穴に入る核のボタンを囲む」。権力を手にした人間の愚かさを改めて思う。
- 高木 水志
特選句「あえいうえおあお木の実降る部室棟」。部活で滑舌を良くする練習をしている風景が木の実の乾いた感じとよく響き合っている。
- 飯土井志乃
特選句「秋の日に人かぐわしく風化する」。秋夜長の楽しみは「百五十句」選句のお散歩。掲句一句目素通り、二巡目、中七下五の言葉にひかれ「いいなぁ・・」。三巡目「秋の日」が光を帯びて「人」が私の中で歩き始めたのです。文字が俳句になった瞬間を見た様に思います。
- 漆原 義典
特選句「卓袱台の稲埃拭き夕餉かな」。昭和が感じられとても懐かしくなり嬉しくなりました。卓袱台の稲埃拭き、いいですね私の少年時代そのものです。昭和28年生まれの私は今年古希を迎えましたが、昭和を生きて良かったといつも思っています。たいへん良い句ありがとうございます。
- 中村 セミ
特選句「雨音の寒き夜となり魚を食ふ」。生活を描写している中に、普遍的なものを、かんじて、ただ、切れ味だけの物を追求しょうとするものとは、一線を画するような、古典的であるとは思うが、生活の中で感じる、どうにもならぬもの、抗えぬものをかんじて、特選としたい。また「この坂に嬉々と百舌狩り菊池寛」の句は、南側から、栗林トンネルを、くぐり,百舌坂へでている、説明文があるので、書かせてもらうと、1970年に、栗林トンネルができ、それから、23年に渡り、この坂に、名前もつくこともなく、1993年、百舌鳥とついた。ちょうど、自分の長男が亡くなった年だった。そんな事を、思い出させてくれました。この句に、感謝します。ありがとうございました。
- 銀 次
今月の誤読●「月曜の河馬を見に行くしぐれかな」。ただいま失業中。昨今のこの不景気である。わたしもその波をもろに受けリストラの憂き目にあった。以来、毎日が日曜日。とにかくヒマである。することがない。それよりなにより妻の目が耐えがたい。口には出さないが、内心「よくまあ毎日ゴロゴロと」と思っているのが手に取るようにわかる。いたたまれない。自然と外に出るようになる。といって行くところもなし。時間つぶしのために動物園に行くのが日課になった。わたしのお気に入りは河馬である。その悠々たる姿は、他人の目を気にする人間などとはほど遠く、じつに気ままに見える。あるがままに生きる。その自然体がわたしを魅了する。それはある種の「達観」を思わせる。そのじつ河馬は、ライオンやトラなど足下に寄せつけぬほど強いらしい。その強さは世界の動物界でも三指に入るほどであるらしい。河馬のゆったりとしたさま、その俗事とはかけ離れた生きざまは、実力に裏打ちされているのだ。わたしは憧れる。こんなふうに生きていけたらなあ、と。そんなことを思いながら河馬を見ていると、どこからか「代わってやろうか?」という声が聞こえた。わたしはキョロキョロとあたりを見まわした。だれもいない。「おれだよ、おれ」とまた声がした。わたしはハッとして河馬を見た。河馬もまっすぐこちらを見返している。河馬の声なのか? 「どうだ、そんなにおれのように生きたいのなら、代わってやろうか?」。やっぱりそうだ。河馬がわたしに語りかけているのだ。「毎日食べて寝て、クソしてりゃいいんだ、それでもだれにもなんも言われない。おまえはそんなふうに生きたいんだろう」。河馬は三度いった。「代わってやろうか?」。わたしは二歩、三歩後ずさった。わたしは一瞬、河馬の目になって、わたしを見た。そこにはうろたえて、目を見開いた、哀れな男がいた。わたしはわたしをせせら笑った。即座のことだった。われに返ったわたしは、呆然としながら檻の前に立っていた。河馬は大きくあくびした。わたしはその河馬を背にトボトボと帰路についた。妻が待っている。
- 寺町志津子
特選句「曼珠沙華ひとりは寂しいなんて嘘」。思い切りのよい句ですね(^_^)全く同感の思いになる時がしばしばあります。自分一人で思いのまま時間が使えた時の充実感!大勢の寄り合いも好きですが・・・?句「ふろしきに首と手が出るハローウイン(重松敬子)」。何だか楽しそうな句ですが、「風呂敷」に、首が出る、とは?想像力が鈍くてすみません。 毎号、「香川句会」の知的で大きな包容力に楽しさをいただいており感謝申し上げます。
- 森本由美子
特選句「ステーキの鉄板広し夏休み」。久しぶりに開放感のある気持ちの良い句に出会ったような気がいたします。マスクなしの時代に戻れるような予感も。「ひとり来て白萩一人分こぼす」。美しい句と思う。心の中の乱れを、または底に秘めた証を白萩に託しているのかもしれない。
- 荒井まり子
特選句「山の田はたとえば浄土穂波立つ」。棚田など営々と繋がる人々の思いと願い。その美しい光景に言葉がない。極楽へと繋がる熱い思い伝えたい。
- 山下 一夫
特選句「どろだんご食べるふりして秋の空」。子どもからもらったどろだんごをおいしそうに食べる真似をしながら空を見上げると抜けるような青空。幼い自分の頭上にもあった。今はどろだんごと知ってて食べてみせる。変わりやすい秋空のように歳月は流れた。特選句「どの紙面もさびしい鳥の羽音」。新聞を開いたときの紙ずれの音の形容と読解。その音には乾いた晩秋の季感が確かに伴っています。問題句「忘れるうれしさ野菊の道は濡れている」。忘却という作用によろこびを見出し、それは後半であることを直感したと読め、魅力的なのですが、長すぎるのが惜しい気がします。最後を「濡れ」で止めて十七字に収めると少し電撃感が出るのではないでしょうか。
- 高橋 晴子
特選句「人類に国境のあり鰯雲」。人類はひとつなのに小さな国できられている。国境なんてなければ平和なのにね。
- 稲 暁
特選句「曼珠沙華身のうちそとの水揺れて(佐孝石画)」。季節感と身体感覚がうまく同調してユニークな作品になっていると思う。
- 大浦ともこ
特選句「抜けそうな乳歯を触り秋思の子」。子どもには子どものきがかりがある、ということを思い出して懐かしく面白く読ませて頂きました。特選句「月曜の河馬を見に行くしぐれかな」。動物園が一番空いていそうな月曜日、さらに時雨。そんな日に河馬を見に行くというユーモラスな孤独に心惹かれました。
- 野﨑 憲子
特選句「いくさなどだれが征かすや鉦叩」。「鉦叩」は秋の虫なのだが、私には、六波羅密寺の、摺鉦を首から提げ撞木を手に念仏を吐く空也上人の像が頭に浮かぶ。空也は十世紀の僧。その当時の民衆の思いも掲句と同じだった。今は、核保有国が増え、核戦争が起これば地球上のあらゆる生命が死滅しかねない状態になっている。霊長類の頂点に立つ人類だからこそ、縄張りも国境もない世界を、戦のない世界を作らなければならないのではないだろうか。領土が、領有権が・・などど言っている時ではない。それは大いなる母の願い。大地の、空海の、そして世界中の母の願いなのだ。
袋回し句会
芒
- 曇天や牛のっそりと芒原
- 銀 次
- はるかなる水平線よ穂すすきよ
- 柴田 清子
- 芒原他界の君も芒原
- 野﨑 憲子
- 誘われて鬼女と一夜や芒原
- 島田 章平
- せやろ・・でもなんだか芒なの
- 野﨑 憲子
- われも狡童なりしよ芒原ざくざく
- 野﨑 憲子
- 一叢の薄そこだけ黄金色
- 大浦ともこ
- 芒原三点倒立し他界
- 藤川 宏樹
金木犀
- 処方箋受付ます金木犀
- 柴田 清子
- 金木犀画家の名前が浮かばない
- 藤川 宏樹
- こぼさぬやうにころばぬやうに金木犀
- 野﨑 憲子
- 空っぽの俳句手帖や金木犀
- 野﨑 憲子
- 廃屋に古い話す金木犀
- 淡路 放生
- あめあめあめあめ金木犀に雨
- 島田 章平
林檎
- 林檎剥く君の不器用僕の嘘
- 大浦ともこ
- 喉仏ガブリガブリと林檎喰う
- 三好三香穂
- 林檎の芯大樹夢みる子の埋めし
- 中野 佑海
- 店先の林檎に声をかけられる
- 柴田 清子
- ふぞろいな林檎の照れや岡山弁
- 藤川 宏樹
- 妻逝きて夜の林檎に刃を入れる
- 柴田 清子
雨
- 雨粒を集めてぽとり大泪
- 三好三香穂
- ふんどしで時雨の中や山頭火
- 島田 章平
- 秋の雨ギィと椅子鳴る街中華
- 大浦ともこ
- 雨ニモマケズ銀河鉄道敷設
- 島田 章平
- 燈台が遠くなってく秋の雨
- 銀 次
- 秋霖や知らない景色の中をゆく
- 野﨑 憲子
露
- 一言が欲しかったのに露時雨
- 柴田 清子
- 露草や単身赴任二十年
- 中野 佑海
- あの人はいまなにしてる露万朶
- 野﨑 憲子
- 蓮葉露ころりころりと零れけり
- 三好三香穂
- 露の世や三遊亭円楽が好き
- 島田 章平
- 文の反故に煙草の匂ひ窓の露
- 大浦ともこ
【通信欄】&【句会メモ】
今年も早や十月。コロナ感染者数は以前高止まりの中、今回の事前投句の参加者は76名。お陰様で、ますます多様性に満ちた句会になってきました。高松での句会参加者は10名。袋回し句会はブログ不掲載の方もありましたが、30分のタイムリミットの中、佳句がゾクゾク誕生し、大盛会でした。句会終了は午後5時と決めていますが、いつも30分前後延長しています。会場主の藤川宏樹さんに感謝感謝です。
冒頭の写真は、あずお玲子さん撮影の鳥取の秋の二重虹です。パワフルですね。玲子さんありがとうございました。「海程香川」句会は年11回の開催。今年は12月をお休み月とさせていただきました。次回が今年の〆句会。今から楽しみにいたしております。
Posted at 2022年10月28日 午後 03:33 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]