「海程香川」
第139回「海程香川」句会(2023.05.13)
事前投句参加者の一句
追憶というもどかしい揺れ舟遊び | 若森 京子 |
藤の花未来手放す自由 ゆれる | 桂 凜火 |
憲法記念日光りいる砂無尽 | 河田 清峰 |
死んだのかみな車座で食む苺 | 竹本 仰 |
遠景に比叡言霊のよう初音 | 増田 暁子 |
弘前城さぞや満開花は葉に | 三好三香穂 |
砂利騒ぐ牡丹の黙人の黙 | 亀山祐美子 |
あの世までつけるナンバー鰯雲 | 飯土井志乃 |
薫風や横臥の釈迦のあしのうら | 大浦ともこ |
初夏の稲田の風や心呼吸 | 寺町志津子 |
寄り道は果てしなく桜蕊降る | 山下 一夫 |
ひまわりや世にある人のみな悲憤 | 疋田恵美子 |
こぽぽぽとそそぐアッサムみどりの日 | 向井 桐華 |
黄と緑失せざる童画戦禍の地 | 野田 信章 |
老幹のまだまだと言ふ柿若葉 | 柾木はつ子 |
旅の果て森閑とある蜃気楼 | 丸亀葉七子 |
緑蔭や中国家具の壺春堂 | 田中 怜子 |
戸籍簿の不条理藤の房のぼる | 大西 健司 |
妣が舞ふ螢舟からさぬきうた | 漆原 義典 |
合わぬ靴少し痛くて聖五月 | 上原 祥子 |
人は逝きみ吉野の山桜かな | 菅原香代子 |
早苗さはさはあれはわたしの影 | 島田 章平 |
観世音菩薩の思惟にいて涼し | 男波 弘志 |
初夏の風無常の中の命かな | 藤田 乙女 |
三界に帰る家あり野に遊ぶ | 谷 孝江 |
蛇苺世界大きく狂いけり | 津田 将也 |
ときには巻きつかれたい葛の蔓 | 稲葉 千尋 |
臥龍梅相好崩す古老たち | 樽谷 宗寛 |
牡丹桜観る紅顔の好々爺 | 山本 弥生 |
草矢射つ敵は無口な不発弾 | 十河 宣洋 |
新緑といふ贅尽くす街となる | 風 子 |
紙コップに昼が眠っている酒をつぐ | 中村 セミ |
予言者の蝶を音符のごとく吐く | 淡路 放生 |
つばめ来る百円古書のワゴン売り | 増田 天志 |
蒲公英の影を拾ってこぼれそう | 高木 水志 |
その芯に痛みの記憶夏薊 | 森本由美子 |
創業百年父祖に似て来し手にも汗 | 時田 幻椏 |
たんぽぽの強さあるのかおまえには | 薫 香 |
金雀枝とカーテン游び部屋が夏 | あずお玲子 |
■■■は■■■■■■■■■■■■■ | 田中アパート |
まわし締め頬っぺた豊か青蛙 | 豊原 清明 |
おぼろ夜の海綿体の湯の女 | 川崎千鶴子 |
癒えし朝山は若葉を積みかさね | 佳 凛 |
辛夷咲く家族ばかりの葬の坂 | 菅原 春み |
実桜や九十歳のクロゼット | 松岡 早苗 |
草引くは修行の心夏に入る | 石井 はな |
一群の喪服の裾に花みづき | 銀 次 |
九条が風の野を行く遊ぼうか | 三枝みずほ |
朧夜や忘れ形見の尾骶骨 | 荒井まり子 |
一人称単数わたしチューリップ | 吉田 和恵 |
Tシャツにゲバラは生きて若葉風 | 植松 まめ |
薔薇の一票百姓誇る母ちゃんに | 伊藤 幸 |
明易や久女評伝ますぐなる | 福井 明子 |
新緑の佳境なりけり札所道 | 川本 一葉 |
少年が少年いたわる花の昼 | 榎本 祐子 |
鮒鮨やとなりに光源氏いて | 重松 敬子 |
なんもいらんけん母の日の母小さくて | 松本美智子 |
春の雲「なぜ」と問わない人でした | 新野 祐子 |
河馬眠し桜は北へ駆け昇る | 稲 暁 |
青年の骨か思想か花水木 | 佐孝 石画 |
くノ一潜むや片栗の花揺れし | 塩野 正春 |
私から迎えに行きます時鳥 | 河野 志保 |
順調に遅れルールルみずすまし | 藤川 宏樹 |
スコーンに旅を練込め白木蓮 | 中野 佑海 |
シンカーの握りで父へ新玉ねぎ | 松本 勇二 |
白鷺のごとく突然居なくなる | 山田 哲夫 |
白混ぜて濁る絵具の悲しみよ | 鈴木 幸江 |
苺つぶす舌しまはれて中年期 | 小西 瞬夏 |
しっかりと影濃い二人夏野かな | 吉田亜紀子 |
蝶の昼モザイクかかる動画かな | 三好つや子 |
昭和の日みんな貧しく半笑い | 滝澤 泰斗 |
哀しみの短かきメール青ぶどう | 岡田ミツヒロ |
山は息大きく吐いて吐いて夏 | 柴田 清子 |
鯉幟神と慕ふや池の鯉 | 野口思づゑ |
海上はあぶくの世界夏来る | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「明易や久女評伝ますぐなる」。「ますぐなる」という措辞に、久女の生き方そのものが垣間見えるようだ。上五の季語もすぐ朝になってしまって一日が始まる焦燥感のようなものが久女にあっているのかもしれない。
- 増田 天志
特選句「昭和の日みんな貧しく半笑い」。半笑いを、どう鑑賞するかだ。焼け跡からの復興。そして、高度成長。昭和初期からの侵略戦争を考えると、選句出来ない。民衆も、加害者であり、被害者。貧しくても平等の毛沢東が、懐かしい。
- 福井 明子
特選句「白鷺のごとく突然居なくなる」。突然居なくなる、という不条理、そして必然。不意打ちを食らったような、こころの隙間に入り込まれたような一句でした。白鷺の、そこにいる、存在。そして飛び立った喪失。人との別れも、たぶん、そう、かもしれません。
- 松本 勇二
特選句「Tシャツにゲバラは生きて若葉風」。キューバ革命の指導者チェ・ゲバラはTシャツに生きていた。素晴らしい発見。
- 若森 京子
特選句「藤の花未来手放す自由 ゆれる」。満開の藤の風にゆれる姿を見て「未来手放す自由」の言葉を獲得。すなわち「永遠なる自由」にも通じ、この感性に惹かれた。最後の〝ゆれる‶が力強く一句を結んでいる。特選句「韃靼海峡全裸でわたる蝶がいる(津田将也)」。韃靼海峡はユーラシア大陸のサハリン北部と南は日本海に連接した大変厳しい海峡だが、そこを全裸で渡る蝶がクローズアップされ、全裸の措辞からいつの間にか人間世界の厳しさを我々に感じさせる一句だ。
- 稲葉 千尋
特選句「あの世までつけるナンバー鰯雲」。マイナンバーカードのことだろう。本当にプライバシーが守られるのか不安である。あの世までは辛い。特選句「その芯に痛みの記憶夏薊」。薊の芯に痛みの記憶があると云う。葉っぱとか茎に痛いところがあるが、芯に痛みの記憶は・・そうかも知れない。
- 柴田 清子
特選句「昭和の日みんな貧しく半笑い」。豊かさを求めている一方、大切な大きなものが失われている今の世。心の底から笑えないと言ふ。この句に共感を覚えると同時に、半笑いしてしまいました特選です。
- 豊原 清明
特選句「黄と緑失せざる童画戦禍の地」。色彩が描かれており、戦争の恐怖を感じる。問題句「蒲公英の影を拾ってこぼれそう」。「こぼれそう」に慌てている作者像があり、好きな一句。
- 中野 佑海
特選句「空豆やそろりとまくれ莢のそと(福井明子)」。空豆大好き。莢から外すとき力加減が難しい。強いと飛んでく。弱いと此方のつめをやられちゃう。子供も本当に親の力加減が難しい。特選句「麦の穂やつんと拗ねてるあまのじゃく(佳 凛)」。麦の穂は青い頃はしなやかなのに、実る程硬くつんと。人も若い頃は柔軟な頭でも、年とる毎に頑固になります。「追憶というもどかしい揺れ船遊び」。昔を思い出すと、後悔したり、ほくそ笑んでみたり。「青あらし道なき道を止めないで(伊藤 幸)」。5W1Hを告げよ。「死んだのかなみな車座で食む苺」。せっかく死んだ宴会なのに栗鼠のように苺だけ?「あの世までつけるナンバー鰯雲」。こんなにたくさんの分身に付けられる番号あるの?私は誰にでもなれます。「こぽぽぽとそそぐアッサムみどりの日」。アッサムティーの何気ない香りがみどりの日に合っている。こぽぽぽは意味深い。「戸籍簿の不条理藤の房のぼる」。戸籍簿別に無くても子は皆可愛い。「目が骨にカメレオンです目借時」。眠い時はカメレオンの様に躰動かさず、手に届く所に総て用意して。「遺伝子はピカソと同じハンゲショウ【川崎千鶴子)」。ピカソは植物かもしれない。色々な擬態も出来。俳句のことは考え無いようにしています。佑海
- 大西 健司
特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。伊予弁でいいのだろうか。やはりこの方言の働きが大きい。なんでもない句だがこの方言から母のやさしさがじんわりと伝わってくる。ところで「■■■は■■■■■■■■■■■■■」「■■■■も■■■■■□■■■■■(田中アパート)」だがもう論外だろう。ここまで読み手を無視するなら個人誌にでも並べて置けばと思う。やはり句会に出すならもう少し読み手を刺激するだけの仕掛けを工夫してほしい。毎回気にはしています。
- 田中 怜子
特選句「椎若葉もこもこ孫に子が産まれ(野田信章)」。新緑の季節、秋、冬にためこんだエネルギーが爆発するそのエネルギーと、我が家に待望の赤ん坊が生まれる。人生肯定の喜びがあふれていますね。特選句「つばめ来る百円古書のワゴン売り」。私が使う駅の軒を巣にしていたつばめがこのところ来てくれない。ここでは燕の切っ先や、のどかな古本ワゴンの売れても売れなくても気に留めない呑気な雰囲気が伝わって、こんな時間の運びの世の中がいいですね。
- 島田 章平
【評】まず、黒塗りの超問題句から。「■■■は■■■■■■■■■■■■■」。まるでブラックボックス。スターウオーズのダース・ベイダーみたい。(テーマ音楽スタート)。ひたすら暗黒面を歩いている。特選句は「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。会話がそのまま俳句になっている。さぬき弁があたたかい。私ごとになりますが一年間、会員の皆様のお名前を俳句に詠み込ませて頂きました。出来の悪い俳句ばかりですみませんでした。ご参加の方々に心よりお礼を申し上げます。また、お会いしましょうね。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・。
- 桂 凜火
特選句「老幹のまだまだと言う柿若葉」。まだまだという老幹に力を感じました。もういいわと思ってはいけないですね。諦めの悪さに共感しました。
- 藤川 宏樹
特選句「薫風や横臥の釈迦のあしのうら」。どうしたことか、大きな涅槃仏像の足の裏を眼前にしているようです。どうやら上五「薫風や」が効いたみたいです。
- 風 子
特選句「一人称単数わたしチューリップ」。若い力の強さと、無防備さと、潔よさを感じます。もしご高齢の方のお句でしたら感服。「地軸歪むときには亀の鳴いてみせ(大西健司)」。亀鳴く、の季語はとても面白い季語です。なんせ「無い」ことなのですから。それだけで面白い。「山は息大きく吐いて吐いて夏」。リフレインが効いてると思いました。最後の夏の季語がよりリフレインの効果を生かせていると。ゆっくり一句づつ何度も読みました。が、残念ながら溢れる思いは伝わりましたが全体に俳句として共感するには私はまだ未熟です。
- 津田 将也
特選句「シンカーの握りで父へ新玉ねぎ」。この句、措辞に惚れて採らされた。新玉ねぎは、温暖な地方では3~4月頃出荷される早取りの玉ねぎ。水分と甘味があり辛味が少ないのが特徴。この時期の玉はまん丸くて、メジャーリーグの公式球に見合っている大きさ。『シンカーの握りで父へ』のこのシーン。父への「投球」か、それとも「手渡し」か、については読み手に委ねられているわけだが、私は後者の「手渡し」がよいと思い、特選句にいただいた。
- 十河 宣洋
特選句「追憶というもどかしい揺れ舟遊び」。懐かしい記憶をたどることがある。どうしても思い出せない箇所が必ずある。人の名前だったり、場所や時間など。もどかしい揺れがその時の気持ちを表している。特選句「韃靼海峡全裸でわたる蝶がいる」。安西冬衛の「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」の詩のフレーズを意識した作品。冬衛の詩を読んではいないがパロディとして好作。問題句「■■■は■■■■■■■■■■■■■」「■■■■も■■■■■□■■■■■」。伝達性の問題をどう解決するか。あるいは伏字を多用した時代の諷刺かもしれないが、それが効いてこないように思う。
- 樽谷 宗寛
特選句「妣が舞ふ螢舟からさぬきうた」。うまいないいなと思いました。
- 野口思づゑ
特選句「蛇苺世界大きく狂いけり」。あまりにもシンプルで単刀直入なので戸惑ってしまうほど。句が発散するインパクトが強い。世界は人間には不味くても蛇は食べるかもしれない程度の苺に成り下がってしまったようだ。
- 山田 哲夫
特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。日常の中の何の飾り気もない母の一言がそのまま作者の心に母という存在を却って鮮やかに意識させたのだろう。「なんもいらんけん」この会話の一言だけでこの母の日を迎えた親子を取り巻く状況も心情も容易に想像されてきて、ほのぼのとした思いにさせられる。それに小さくなった母の姿を添えることで更に母の存在が確かなものに映る。
- 鈴木 幸江
特選句評「寄り道は果てしなく桜蕊降る」。私にとり、学問する楽しみは己が閃きを問うこと。問いを探究し、考えること。将に、寄り道をしている気分だ。その時、美しい桜蕊が果てしなく降ってくることもある。答えなき世界が<いのち>の自然であると。この句には、その世界観が表現されていて特選とした。
- 男波 弘志
「蒲公英の影を拾ってこぼれそう」。何がこぼれそうなのだろうか、何が影を拾ったのだろうか、蒲公英の影とは何の影だろうか、何、はもとより芭蕉のつぶやきだろう。 秀作。
- 上原 祥子
特選句「薔薇の一票百姓誇る母ちゃんに」。もう選挙で当選した時に付ける薔薇の花みたいに一票をお百姓であることにプライドを持っている「母ちゃん」に入れたいのだ。季節は五月、薔薇の咲き誇る季節の母の日に寿ぎたいのだ。「予想する本屋大賞春惜しむ(川本一葉)」。晩春に恒例の本屋大賞を予想している。思った本じゃなかったかもしれないけど、独特の高揚感がこの大賞にはある。本好きを通り越して、本に淫している人々には大変魅力的な季節。「遠景に比叡言霊のように初音」。遠くには比叡の山々を臨み、鶯やホトトギスの初鳴きの聲が言霊の様に響いてくる。嗚呼、春だなあという感慨というと陳腐だが、視覚から入って、音声に表現が移行し、初音の、鳥たちの鳴き声が辺りに誰かの言葉のごとく鳴り響いている、という極めてドラマティックでカメラのアングルから音声への移行というユニーク且つ独特の表現がなされている。「こぽぽぽとそそぐアッサムみどりの日」。連休真っ只中のみどりの日にアッサム紅茶をお気に入りの紅茶茶碗に注いでいる。「こぽぽぽ」という擬音が出色である。なぜなら「みどりの日」は自然に親しみ、その恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ日であるからだ。この擬音は平和で美しい季節を象徴しているかのようだ。「おねえちゃんになるの明日はこどもの日(松本美智子)」。「おねえちゃんになるの」という子どもの静かな同時に弾んだ喜びが伝わってくる句。明日はこどもの日。妹かな?弟かな?「初夏の風無常の中の命かな」。 昔、ちょっとだけ師事した方が突然亡くなられた。音信不通で三〇年近くお会いしていなかった。会っておけばよかったのかと思うことしきり、しかし世は無常である。心よりご冥福をお祈り致します。「まわし締め頬っぺた豊か青蛙」。恰幅の良い青蛙、丁度廻しを締めたように見える。そしてその頬っぺたを膨らましているのである。ドスコイ!体が緑と白のツートンカラーでこの季節らしい爽やかさも演出しているかのようだ。「麦秋やブレスレットに小さき錆(向井桐華)」。実った麦の一面の黄色に銀のブレスレットが映えている。その絶妙とも言える取り合わせの中、銀の中に小さな碧い錆が浮いているのである。完璧な取り合わせの中にひとつの翳りを作者は見出している。また錆は邪魔者ではなく、アクセントとして、一種の美を提供していると思う。「シンカーの握りで父へ新玉ねぎ」。「シンカー」または「スクリューボール」は野球における球種の一つで、投手の利き腕方向に曲がりながら落ちる球種である。台所で調理している父に「シンカーの握り」で新玉ねぎを投げて渡したのだ。気分はダルビッシュ有?「フラットな老いの午後です五月鯉(松岡早苗)」。平穏な老いの日々に於ける或る午後、ふと外を見ると鯉幟が五月の爽やかな空を泳いでいるのです。まだまだ、衰えてはいませんぞ、鯉幟が空を泳ぐごとく気分は上昇しているのです!問題句「■■■は■■■■■■■■■■■■■」。■の中にあるものを見てみたいです。「■■■■も■■■■■□■■■■■」も同様。
- 河野 志保
特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。年を重ね小さくなっていく母。無償の愛を子に生涯注ぎ続ける。そんな母を思う作者の愛もまた美しく。「なんもいらんけん」の方言が温かく響く好句だと思う。
- 河田 清峰
特選句「鮒鮨やとなりに光源氏いて」。匂宮でなく光源氏が良かった。
- 松岡 早苗
特選句「癒えし朝山は若葉を積みかさね」。長い病が癒え、清々しい朝の空気を吸い込むときの幸福感。見慣れた山々も病明けの今朝は一段と美しく生命の息吹に溢れて見える。「若葉を積みかさね」るという表現がすてき。特選句「河馬眠し桜は北へ駆け昇る」。大きな口を開けてあくびをしている河馬。そののんびりした長閑さとあっという間に列島を北上した桜前線の性急さ。両者の取り合わせが絶妙。「昇る」の字を使っているのも印象的。
- 大浦ともこ
特選句「Tシャツにゲバラは生きて若葉風」。不思議と人気のあったチェ・ゲバラは亡くなっても存在感があります。若葉風とは合わないように思うがその合わない取り合わせが面白い。この不穏な時代とも軽やかに響きあうのでは・・・。特選句「少年が少年いたわる花の昼」。春頃は心身の調子を崩す子どもが結構います。季語の「花の昼」で少年特有の純粋な優しさが伝わってきます。
- 塩野 正春
特選句「追憶というもどかしい揺れ舟遊び」。船の揺れは漕ぎ手や船頭の腕にもよりますが不確定な動き、計算では出ない動きですね。ご自分の記憶が様々によみがえり、(もどかしい)の一語で表現されます。追憶がもどかしいのか、揺れがもどかしいのか、読み手に深い味を持たします。特選句「失語症の我を癒せよ鶯よ(新野祐子)」。私の町内に失語症の方がおられます。言葉の発生はもちろんの事手足も不自由なようですがよく買い物で見かけます。鶯の鳴き声はいつも聞きなれておられるのでしょうが、聞く度度に新しい声に聞こえるのでしょうか? 鶯の発声がうまく真似できたら失語症も治るのでは?と、なんか明るい希望を持たせる句と感じます。鶯だけでなくほかの鳥からも発声のヒントが得られそうです。
- 佳 凛
特選句「たんぽぽの強さあるのかおまえには」。強さあるのかと、聞かれるとどうだろうか、自分を振り返るとても良い機会でした。どんな苦難、環境にあっても、じっと耐え子孫に繋いで行く、そして楽しませるゆとりを持っている。今の世はせっかちで、人を非難しがちです。静かにじっと待つ忍耐強さを、持って欲しいものです。
- 淡路 放生
特選句「白鷺のごとく突然居なくなる」。不思議な句である。眼前(脳裏)に白鷺の姿はあった。しかし読み終ると白鷺が流れて消えてしまった。<突然>と言う語感のマジックがそうさすのだろう。スッキリした作品だけによけいにそう感じる。いい句だと思う。「創業百年父祖に似て来し手にも汗」。―<手にも汗>で句になっている。「実桜や九十歳のクロゼット」。―<九十歳のクロゼット>は、こうであろう。「眩しさにつのる淋しさ青き踏む」。―<眩しさ>と<青き踏む>が納得させてくれる。『春の雲「なぜ」と問わない人でした』。―<春の雲>で作品が深くなった。
- 谷 孝江
特選句「ときには巻きつかれたい葛の蔓」。ほんの少しのエロティシズムが良いですね。こんな葛があったなら、私もほんの少しだけ巻きつかれたいです。色々とあったね、と。二人だけの話がしたいです。特別な苦労もなく通り過ぎた年月です。けれど、やはり相棒がほしいです。気兼ねなく話が出来る、ちょっとの一言で通じ合える、そんな時間がある大切さを失くしてから知りました。時には強く時にはやはらかに受け留めてくれる人が居る幸せを年齢と共に身に沁みて感じることが多くなりました。
- 増田 暁子
特選句「つばめ来る百円古書のワゴン売り」。春の古書市の様子ですね。つばめと古書市の映像が目に浮かび、どこかで見た記憶の風景。特選句「シンカーの握りで父へ新玉ねぎ」。畑の風景ですか。親子の和やかな様子が目に浮かびます。シンカーが良いですね。
- 岡田ミツヒロ
特選句「九条が風の野を行く遊ぼうか」。憲法記念日、薫風に翻える九条の旗、戦争を防ぎ多くの人命の盾となってきた誇り高い旗。「遊ぼうか」が生命の讃歌のように晴れやかに響き渡る。特選句「昭和の日みんな貧しく半笑い」。戦争の惨禍を社会も人も癒しきれてない戦後昭和の時代、人々は笑うと、その傷跡が疼いた。そんな時代の様相を「半笑い」と見事な一語で言い留めた。
- 吉田 和恵
特選句「Tシャツにゲバラは生きて若葉風」。いつの世もゲバラは不滅です。
- あずお玲子
特選句「薫風や横臥の釈迦のあしのうら」。普段は見ることのないお釈迦様の足の裏。私たちと変わらぬ足の裏を惜しげもなく見せて、そこに薫風が吹いている。新樹の葉擦れの音まで聞こえてきそう。特選句「シンカーの握りで父へ新玉ねぎ」。動詞が無いにも拘らず動きや表情、関係性や前後の空気まで見える。母親とでは成立しない、程よい父子の距離感がとても心地よい。
- 伊藤 幸
特選句評「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。幼い頃あんなに大きく見えた母が今は年を取り小さくなって・・・。「母の日は何が欲しい?」「何もいらんよ」母を思う子、子を思う母、会話の景が見えてくるようだ。
- 高木 水志
特選句「あの世までつけるナンバー鰯雲」。最近は国民一人一人に番号をつけて様々な手続きが簡単にできる時代だが、鰯雲の形が数字に見えて、数え切れない亡くなった人達につけた番号に見えた。
- 三枝みずほ
特選句「金雀枝とカーテン游び部屋が夏」。幼少期に風のカーテンでよく遊んだ。それは、波、雲、秘密基地など想像は無限に広がる。初夏の独特の空気感をカーテン游びが捉えた実感の一句。
- 川崎千鶴子
特選句「追憶というもどかしい揺れ船遊び」。この追憶はあまり愉快な者でなく後悔や不幸を滲ませた者なのでしょう。それを「もどかしい揺れ船遊び」で表現しているのでしょう。見事です。「藤の花未来手放す自由 ゆれる」。「未来手放す自由」とは本当は不本意ながらという真意が、「ゆれる」に表現されている。
- 中村 セミ
特選句「白混ぜて濁る絵の具の悲しみよ」。白が何であるのか、壁のような世間,会社なのか、それに従う赤や青の絵の具のかなしみなのか。そうも思ったが、もっと深いものもあるように思い特選とした。
- 柾木はつ子
特選句「新緑といふ贅尽くす街となる」。生命の息吹を感じさせる新緑の季節がやって来ました。どんな意匠よりも贅沢に街を彩って…正しくその通りだと思います。特選句「しっかりと影濃い二人夏野かな」。夏は影がくっきりと現れますね。まるで影だけが独立して命を持っているような気さえする事があります。掲句の二人は手をつないでいるのかな?いろいろ想像が広がります。
- 薫 香
特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。私の母も今年92歳になりますが認知症も進み、何を聞いても「いらん」と言います。そして年々小さくなっていく気がします。特選句「白鷺のごとく突然居なくなる」。今日選句をしている最中に。知人の訃報が入る。まさしく突然いなくなりました。明日お別れの会に行ってきます。
- 佐孝 石画
特選句『春の雲「なぜ」と問わない人でした』。理由を問わず受け入れてくれる優しさ、広さ。作者が空を見上げる仕草が重なり、春雲の柔らかい微笑が見えてくる。「でした」とあることで、その人への喪失感が余韻としてまた空に響いていく。
- 榎本 祐子
特選句「追憶というもどかしい揺れ舟遊び」。取り返すことのできない過去の揺曳。この舟遊びは時間という過ぎて行く流れの中で、ひと時を戯れる人生のようにも感じさせる。
- 寺町志津子
※心に響く内容の御句が多く、迷い、迷いの選句でした。「少年が少年いたわる花の昼」。光景を思い感動。「花の昼」が、少年のいたわりによく利いていると思います。「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。「なんもいらんけん」の語は、郷里の広島弁でもあり、亡き母を思い、しんみりしました。「薫風や素人農夫の頬撫でる」。素人農婦をしておりますが、鍬を持っての農作業に風は何よりで、実景を詠んで頂いたようで楽しく思いました。問題句「■■■は■■■■■■■■■■■■■」「■■■■も■■■■■□■■■■■」。■、□には、どのような語が入り、どのような御句なのか(■と□は語が違うのではと想像しながら)、興味津々です。
- 山本 弥生
特選句「新緑といふ贅尽くす街となる」。コロナ感染対策も手放しと云うわけには行かぬ迄も街には日常を取り戻しつゝあり、少し落付いた気分で街に出た。新緑がこんなにも美しいと感じたのは最高の贅沢だと思えた事に共感しきり。
- 三好つや子
特選句「おぼろ夜の海綿体の湯の女」。温泉につかりながら寛いでいる女は、ひょっとしたら妖かしの世界を生きる女かも知れない。朧夜がこうした幻想を抱かせ、興味のつきない句です。特選句「青年の骨か思想か花水木」。この句から、自らの正義を貫き、戦場で命を失った兵士の叫びを感じました。骨か思想かという強い言い回しに、ウクライナとロシアの戦争の終結への祈りが込められていると思います。「昭和の日みんな貧しく半笑い」。世界の情報が手に入り、物にあふれるこの時代と較べて、いつも何かが足りないと思われた昭和が懐かしいです。「半笑い」の着地がすごい。「遺伝子のリレー若鮎ひろがる川」。さまざまな命のバトンをつなぐ、夏の川のきらきらした光景に魅せられました。
- 森本由美子
特選句「実桜や九十歳のクロゼット」。花が見事に咲いていた証として、小さな赤黒い種のようなものがひっそり実を結ぶ。人生の結末ってそんなものかもしれない。年月を経たクロゼット(またはクロゼットの持ち主)との取り合わせが、しっくりしていて知性を感じさせる。
- 竹本 仰
特選句「癒えし朝山は若葉を積みかさね」選評:十年ほど前、手術を終えて南の窓に山が見えていた入院中の事を思い出しました。右胸の縫合部がうまくつながれば退院と言われていたので、毎朝日々みずみずしくなる眉山を見ながら、退院の日はあそこへと決め、その通りに迎えの妻の車に乗せてもらいその頂上へ行きました。そう、食欲が戻ったように、若葉がじつに飢えを満たすように目に痛く感じました。と、実体験に近づけすぎる偏った鑑賞になりましたが、実感がとてもよくあらわれた句に見えました。特選句「一群の喪服の裾に花みづき」選評:お葬式の時は、みなさん何処を見ているのでしょうか。とふと思わせられた句です。そうか、足元を見るか、と。何となく書き方が、一人のライターが外にいるような感じで、そこが面白いです。僧侶と言えど一群に含まれており、遺族も、また参列者もそうです。そういう何というか、抗しがたい運命に引っ張られつつ通り過ぎるその時の一群は、なおかつ或る時代の一群であり…と読めるところが良いなあと思います。ということは、落語家のあの衣装自体が、多面的に人物や時代を想像させるように、喪服もまた永遠なものを思わせる、そんな効果もあるのだなと思いました。特選句「朧夜や忘れ形見の尾骶骨」選評:私たちが、自分をホモサピエンスだと思い出すのは、大概何だか行き詰ったり、訳のわからない不安に直面したりの時ではないでしょうか。ふいに思うたかだか百年くらいのご先祖さまではなく、ホモサピエンスの出現までさかのぼってしまう、そういう物思いになることってありませんか。養老孟司さんが言っていましたが、都心の高層マンションの何もかも便利で快適な一室に住もうと一日中あくせく働く生きものはニンゲンくらいだ、というのはウソではない事。TVで紹介される「誰もが羨む〇〇〇の方」という、みんなそんなの羨むべきなの?と突っ込みたくなる見方。これはしかし詰まらない事なのだろうか。むしろ、尾てい骨にこだわる派の方々にこそ、愛おしみを感じます。以上です。
夏風邪になりました。気温の変化が激しく、まだ四月の初めくらいの体感でいたところ、内外のバランスが崩れたのでしょう、何となく置き去りにされたからだが、ちょい休めのサインを出しているようです。こういう病になる直前は湧いたように読書欲に取りつかれ、積載オーバーの車輌が転んでいくように、いつの間にか横になっています。でもこうやって一度ページをめくっておくと、後日健康になったある日、また読み出すことが結構あるので、これはこれで大事にしています。回復の予感があり、今からやっと五月が来る感じです。気持ちの方はもう六月の峠にたどり着こうとしているのですが。みなさん、くれぐれもご自愛ください。
- 菅原 春み
特選句「初夏の海にさらわれ砂の舟(桂 凜火)」。初夏の情景が潮の香りとともに浮かび上がってくる。砂の舟がいいです。特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。小さくなった無欲な母の姿がなんとも愛しく胸を打ちます。方言がまたリアリティを出しています。
- 時田 幻椏
特選句「あどけなく横たふ妊婦緑の夜(大浦ともこ)」。若い新婚の孕女、何もかも初体験の希望と身体的倦怠、この微妙な危うさを素直に読み取れます。特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。「なんもいらんけん」御母堂様の素朴な語りに母の有難さを思い、末永い御健勝を祈るばかりです。
- 重松 敬子
特選句「つばめ来る百円古書のワゴン売り」。古書街の見慣れた風景。コロナ禍でここ何年も出掛けていない。初夏の懐かしい街角へ誘われた句。
- 山下 一夫
特選句「死んだのかみな車座で食む苺」。「死んだのか」というのは、車座の皆なのか、それ以外の何者なのか、はたまた情景を読んでる人の感慨なのか。ともかく皆が車座になって苺を食んでいるのは尋常な情景ではありません。儀式性を感じますが、苺や唇や苺の汁がついている口元の赤色がやけに毒々しく浮かび、不気味さが濃厚になってきます。ひょっとして生成AI?とも思いつつ、シュールな謎をいただきます。特選句「実桜や九十歳のクロゼット」。九十歳ともなるとその方のクローゼットは、さぞや鈴生りのサクランボの木のように賑やかなことと思います。失礼かもしれませんが、高齢となられるにしたがって身の丈や心持ちが愛らしくなっていかれること、素敵な結実を迎えられていることなどから「実桜」の形容はぴたりであり、祝福したいです。問題句「戸籍簿の不条理藤の房のぼる」。遺産相続などの関係で遡って戸籍謄本を集めていくと、例えば自身を起点にすると、戸籍謄本や親族の数が逆三角形をなすように増えていきます。各戸籍毎に何人かの親族が記載されているのも藤の花付きを思わせます。その意味で「藤の房のぼる」は言い得ていると思われます。しかし「不条理」がわかり難いです。戸籍簿そのものは法律に従って国籍や身分(親族)関係を表示している道具に過ぎません(ちなみに役場に申請して取得するのはその謄本等です)。不条理をいうとすれば、制度としての戸籍や相続に対してと思われ、字数も考慮すると「相続の~」の方が紛れがないかと思われます。それは含み省略もきかせて敢えて「戸籍簿」を斡旋されているとすれば、すみません。
- 植松 まめ
特選句「あの世までつけるナンバー鰯雲」。この2~3年国はマイナンバーの押売り状態であった。お得、お得と言われ登録した人も多い。何もかも紐付けして大変便利になるらしい。やがて死んでもマイナンバーがついてくるかも。このシステムあまり信用してないので私はまだ登録していない。特選句「薫風や素人農夫の頬撫でる(漆原義典)」。この物価高に夫は一念発起して家庭菜園に力をいれている。食べる物を作っていれば餓死することはないだろうが持論である。夫は今この句の状態である。爽やかで生活感があって良い句だ。
- 疋田恵美子
特選句「創業百年父祖に似て来し手にも汗」。事業を興して百年という長い年月、代々守り続け受け継ぐ自分自ずと気合が入る。特選句「実桜や九十歳のクロゼット」。夏には九十歳となりました。人生これからと元気溌溂。選り取りのクロゼット。
- 滝澤 泰斗
特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。母親像とは掲句そのもの。文句なしに・・・。特選句「山は息大きく吐いて吐いて夏」。スケール大きな山、スケールの大きな夏が描けた。「黄を消してまた黄を消して菜の花」「白混ぜて濁る絵具の悲しみよ」。黄色一色の世界は消しても消しても消し切れない。それに比べ、一つの色に白を足すのに濁るのは如何に・・・禅問答風だが、色を認識している世界は不思議さに彩られる・・・そんな掲句二句から深い人間の感応の力に驚いた。「韃靼海峡全裸でわたる蝶がいる」。てふてふが一匹の既視感と相まって・・・「そうか、あの蝶は全裸だった」と…連句の妙を感じた。「黄と緑失せざる童画戦禍の地」。子供の絵からウクライナを象徴する青い空と小麦畑の黄色が消えた・・・それはとりもなおさずウクライナの国旗がプーチンロシアのどす黒い血によって黒ずむばかりだ。「初夏の稲田の風や心呼吸」。実にすがすがしい好句。「観世音菩薩の思惟にいて涼し」。久しく感じられない光景だが、実感句。「春眠にしがみつかれて一日中」。この黄金週間はまさにこの感強しだった。
- 荒井まり子
特選句「戸籍簿の不条理藤の房のぼる」。ジェンダーも含まれるか。色々な場面でのカミングアウト、レインボーカラーも違和感もない。不条理を生命力のある藤に期待。毎年励まされてうれしい。
- 三好三香穂
「早苗さはさはあれはわたしの影」。田植えの季節です。水を張った田に映る自らの影、爽やかな風が渡っている。とても気持ちのいい句です。「台湾の高温多湿の中立論(滝澤泰斗)」。台湾情勢は昨今とても気になります。中国とアメリカの綱引きを高温多湿としたところが面白い。「ひたすらに愛が欲しいと蛙鳴く(藤田乙女)」。もうすぐ蛙の合唱の季節。すべては求愛の唄。人間の求愛は、鳴くとか、踊るとかでなく、何なんでしょうか?「昭和の日みんな貧しく半笑い」。懐かしい昭和。子供の頃の写真を、古いアルバムをめくってみると、貧しくも楽しい思い出がよみがえります。
- 菅原香代子
特選句『春の雲「なぜ」と問わない人でした』。亡き人に対する深い愛情が感じられます。春と流れゆく雲との組み合わせに、いっそうの深い思慕を感じます。「そら豆やそろりとまくれ莢のそと」。そら豆と、そろりの組み合わせが、いかにも春らしくてほのぼのとしていいなと思いました。
- 野田 信章
特選句「遠景に比叡言霊のよう初音」。ここには、実景としての比叡の山容と共に、言霊そのものとして感受された比叡の遠景がある。まだ整わぬ今年はじめて聞く鴬の初音に喚起されてくるのは若き日の最澄の入山による求道の思索と行動の日々の苦難と充実感でもある。比叡山は仏教以前から山岳信仰の地でもあった。そのことを包含した上での言霊である。
- 新野 祐子
特選句「憲法記念日光りいる砂無尽」。平和憲法が踏みにじられようとしている今ほど日本国憲法の果たしてきた役割の大きさ、重さを実感する時はありません。「砂無尽」とは見る角度によって多様な解釈ができるでしょう。巧妙な措辞だとおもいます。それも「光りいる」ですから。「ちんとんしゃん野崎参りは五月晴」。この「野崎」は「野﨑」さんのことですよね。「ちんとんしゃん」「五月晴」、こちらも明るく大らかな憲子さんにぴったり!とっても素敵な句です。♡
- 稲 暁
特選句「蛇苺世界大きく狂いけり」。確かに、ロシアのウクライナ侵略以後世界は大きく狂い始めたような気がする。日本も軍事費を倍増して何をしようとしているのだろうか?
- 松本美智子
特選句「地軸歪むときには亀の鳴いてみせ(大西健司)」。昨今の日本列島の地震は、本当に不安になりますね。「亀鳴く」という季語は「春ののどかな昼」に亀が鳴くように聞こえることから・・とありますがのどかな春に亀は地震に驚いて鳴くかもしれません。
♡♡今回、「なんもいらんけん母の日の母小さくて」で句会始まっていらいの最高点句だった松本さんに感想をお聞きしました。→ びっくりするぐらいの方々が特選句に選んでいただいて驚いています。えっつ、何かの間違いでは・・・と思ったぐらいです。皆さんの共感の土台にたった句だからだと思います。まさに、母との会話からできた句ですし、あんなに「偉大でたくましく、ちょっと鬱陶しいくらい世話焼き」の母でしたが度重なる怪我で心身ともに「小さく」なったような気がします。ありがとうございました。励みになります。因みに「おねえちゃんになるの明日は子どもの日」の句も実体験で長男の所に次子が誕生しました。長子は女の子ですので「おねえちゃんになるんやね」・・・と実感しました。この土曜日に退院してミルクをあげたり、一緒に布団に入ったりしている動画が送られてきました。世界中の子どもたちの未来が平和で幸多いものになるように祈りをこめて・・・「明日は・・」の言葉を選びました。(両方とも話し言葉をいれて安易かな・・と自信なかったです)これを機にもうちょっと俳句にかける時間を増やして比重をかけてがんばってみようかなと思います。ありがとうございました。
- 田中アパート
特選句「遠景に比叡言霊のよう初音」。初音を言霊のように聴くとはやさしいんだね。特選句「犬が来て春の焚火の輪が満ちぬ(稲 暁)」。人間と犬とが同等なんだ。やわらかい心。「韃靼海峡全裸でわたる蝶がいる」。昔も韃靼海峡をわたる蝶がいました。全裸で泳ぐ蝶。もちろんバタフライで。♡チャットGPTなどのAIで俳句を作る時代がもうすぐそこに。人間の作ったものよりも傑作が、俳句では作れるでしょう。その後の俳句の世界はどうなると思います。ゴリラ、トラ、ライオン、ネコ、犬、ネズミ、シラミでも作るかも。おもしろい時代になります。ゴリラが作った句集がノーベル賞なんてしゃれにもなりませんな。
- 向井 桐華
特選句「蛇苺世界大きく狂いけり」。今般の世界は戦争や地域温暖化が招いた災害など狂っている。蛇苺を人間は食さない。蛇が食べそうなところに生えるから蛇苺というのは俗説だそうだが、この世界は蛇も食わないような渾沌たるもの。季語のもって行き方がうまいと思った。問題句「死んだのかなみな車座で食む苺」。体言止めで最後は苺に焦点が合うのだが、死んだのかなをどう読むかで賛否が分かれそう。
- 銀 次
今月の誤読●「おかつぱのあの子どこの子桐の花(柾木はつ子)」。少年はいつもその子のことが気になっていた。美しいというのではない。可愛いらしいというのもちょっと違う。むしろどこといって取り柄のないごく普通の子どもだった。ただいつも笑っているのと、そのとき大きな目がクルクルまわるのがなんとも愛くるしく、少年のこころを波立たせるのだった。学年はその子のほうがひとつ下だし、むろん学校で出会うことは少なかった。ただ登下校の際にはしばしば同じ道を通ることになる。そのとき遠巻きにその子を見て満足をするのがせいぜいだった。ある日のこと、少年は意を決して、あたかも忘れ物をしたふうをよそおい、その子の反対側から歩き、すれ違いざま写真を撮った。それは恐ろしい罪だった。盗撮という言葉が頭をよぎった。胸が苦しくなった。だがそれ以上にその子の写真を手に入れたことになんともいいようのない喜びを感じた。少年はその写真を額に入れ机に立てた。ときには写真にリボンをかけ、ときには花を飾ったりして、写真を愛でた。少年にとってその写真はなにものにも代えがたい大切なものだった。やがて時が経った。その写真がセピア色になるころ、少年はその子と結婚するのだが、それはまた別の物語だ。だが男はその写真を手放さなかった。小物入れに入れ、屋根裏に隠した。そしてときおり屋根裏に足を運び、その写真を飽かず眺めるのが男の密かな楽しみになった。妻はそのことを死ぬまで知らなかった。
- 亀山祐美子
特選句「なんにもいらんけん母の日の母小さくて」。作者が母の日に何が欲しいかを尋ねた返事。互いの年齢が高くなればなるほど物欲は消え親として子として只そこに居てくれさえすれば満足安心する存在。一日でも息災ならむことを祈ります。
- 丸亀葉七子
特選句「薫風や横臥の釈迦の足のうら」。仏生山の大きな寝釈迦さまが目の裏に。薫風が足の裏をくすぐっていった。面白い句。発想に、俳人の面目躍如を見てとれた。周囲を囲む仏さまや獣たちよ!気が付いたならどうにかして差し上げて。特選句「なにもいらんけん母の日の母小さくて」。母を思う句には逆らえぬ。俳句の技術などは、必要が無いと思っている。心がこもった一句だ。亡き母を思いだして涙が出そうになった。
- 野﨑 憲子
特選句「予言者の蝶を音符のごとく吐く」。六波羅蜜寺の空也像の口から出ている六体の阿弥陀仏が浮かんできた。混迷の人類を平和へ導く予言の蝶達よ現れよ。特選句「私から迎えに行きます時鳥」。この一句に胸がときめいた。<私から>という言葉に何かが始まる、理屈ではない熱い世界を感じる。時鳥も同じ気持ちだと思う。
袋回し句会
青嵐
- 青嵐身体のぜんまい切れていく
- 中野 佑海
- よく笑う少年だつた青嵐
- 野﨑 憲子
- ロケ班の遅刻の理由青嵐
- あずお玲子
- 青嵐頭ごなしに叱られて
- 柴田 清子
- 青嵐風の電話は通話中
- 島田 章平
母
- 母の日や包みの皺を手でのばし
- 中野 佑海
- 母似です薔薇の香りの京マチ子
- あずお玲子
- 母の字に乳首が二つ母の日よ
- 島田 章平
- 母であって子どもであって母の日よ
- 柴田 清子
- 蜜豆の蜜のようだった母なりし
- 柴田 清子
- 雨の桟橋五月の影と母さんと
- 野﨑 憲子
- 見えなくてもいるんだ母の日の母
- 島田 章平
- こだまでしょうか母の日の母の声
- 島田 章平
薔薇
- こんな世に アンネの薔薇が二輪咲く
- 島田 章平
- 黄バラは真っ赤なバラ妬みます
- 柴田 清子
- トゥシューズのリボンひらひら木香薔薇
- あずお玲子
向日葵
- コミュニティーバス向日葵畑で乗りし影
- 中野 佑海
- 向日葵を買います午後は休みます
- あずお玲子
- 源内の消えし校歌よ大向日葵
- 野﨑 憲子
こどもの日
- 子どもの日父のせなかの刀傷
- 藤川 宏樹
- 太ペンのキャップどこかへせいくらべ
- 藤川 宏樹
- てのひらに千のひよこや子どもの日
- 野﨑 憲子
- パパもママもボクも甘党子供の日
- 柴田 清子
- 湖に風生む鯉や子どもの日
- 野﨑 憲子
- こどもの日兜をかぶるショータイム
- 島田 章平
【通信欄】&【句会メモ】
今回から第二土曜日の開催となった句会。外は雨、参加者は七名でしたが、句座は楽しく熱くあっという間の四時間でした。袋回し句会はカット作品もあり全句掲載できないのが残念です。
藤川さんのスタヂオのホワイトボードには三歳のお孫さんが描かれた家族スケッチが残されていて、その表情の豊かさに感動しました。
『俳壇』六月号プレミアシート(183頁)に拙文が掲載されました。お気が向けばご笑覧ください。
Posted at 2023年5月25日 午後 05:30 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]