2020年2月27日 (木)

第103回「海程香川」句会(2020.02.15)

風船2.png

事前投句参加者の一句

          
冬の山足音だけの私かな 河野 志保
木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる 田中 怜子
女教師が時にはりんごいじめっ子 竹本  仰
ヤンバルのみどりが鳴るよ踊りたい 夏谷 胡桃
鮟鱇解く楸邨先生紙と筆 滝澤 泰斗
モノクロの夢のあわいの冬菜美し 新野 祐子
鐡の蟻は土中からひょと現れ 豊原 清明
黒猫が鳴く淋しい二月二十日 島田 章平
他界より荒凡夫の声や荒星 野口思づゑ
初夢も身の丈となり猫と居る 寺町志津子
鳥肌立つ原爆ドーム前冬夕焼け 桂  凜火
裸木の骨格わたしには眩しい 増田 天志
菜の花やもやっと背なに翅生るやう 河田 清峰
思想などあくびと同じよ冬日向 銀   次
暗がりのポインセチアはサロメの血 月野ぽぽな
余寒なほ内耳にジェラシーの微音 増田 暁子
職人の林檎の歯形荒々し 小山やす子
岸辺には会釈の切れ端春を待つ 高木 水志
ハムレットごっこの遊び春うれい 重松 敬子
まわれ右バレンタインとスキップと 荒井まり子
如月のしじまに陽気なバスが来る 伊藤  幸
春隣 鬼隣 人隣 かな 男波 弘志
姿見を出たがるしっぽ雛の夜 三好つや子
臘梅に白き陽があり風があり 高橋 晴子
邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声 榎本 祐子
岩堅く粘土は嘘ばかりつく 中村 セミ
凍つる夜の羽音として終電車 三枝みずほ
逡巡の恋アフリカマナティーの気泡 大西 健司
雪原を行くちちははに影がない 小西 瞬夏
月は雲を雲母(きらら)のごとく凍らせて 松本美智子
謡い初め仕出し弁当平らげて 野澤 隆夫
草臥れてわたしもひとり春の蝿 鈴木 幸江
見馴れたる景色の中へ椿落つ 谷  孝江
軽トラに屍となる春の鹿 菅原 春み
寒木瓜やしりとりあそびすぐ終る 矢野千代子
行き行きて行き行く心俳句馬鹿 稲   暁
発火せよわが爪先の冬椿 久保 智恵
ふくらむや冬芽のような女の子 小宮 豊和
佐保姫はまだか磐座火になれぬ 亀山祐美子
ソウル梅林冬日に鮫の迷い入る 田口  浩
水底に忘れ物したような二月 柴田 清子
舞い上がる恋の火の粉や牡丹の芽 藤田 乙女
僕の八朔水脈の先なる金星は 中野 佑海
鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ 藤川 宏樹
立春大吉免許証を返納す 稲葉 千尋
冬すみれ君の言葉は絆創膏 石井 はな
野を焼くや母の五体も天届く 漆原 義典
さよならも言えず言わずに梅がさく 田中アパート
よく歩く祖母で相撲と黄粉餅 松本 勇二
あふあふ笑う人みな童顔川紅葉 野田 信章
かなしみはましかく春の星うるむ 高橋美弥子
蛸干しや終生踊る形して 吉田 和恵
着ぶくれて誕生に触れ死にふれて 若森 京子
昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり」2月は兜太先生を思う月。原を「ウル」と読むのですか? ウルフ? どちらにしても、兜太先生のとてつもない大きさを思わせる。月と狼のことしか言っていないので余白が限りなく大きい。 

豊原 清明

特選句「木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる」木枯らしが映像として見える所が良い。映像が浮かぶから、はっきり形がある。分かり良い。問題句「村中の老いを飲み込む枇杷の花(小山やす子)」村中の老いは社会問題かと思う。老人が増え続ける。お国は更に厳しくする。枇杷の花が美として浮かぶ。

田中 怜子

特選句「如月のしじまに陽気なバスが来る」新コロナウイルスでくさくさしている昨今、早く陽気なバスが来てほしいという願いで特選句にしました。問題句「女教師が時にはりんごいじめっ子」どういう意味でしょうか? 

松本 勇二

特選句「水底に忘れ物したような二月」二月の形容に鮮度あり。

榎本 祐子

特選句「見慣れたる景色の中へ椿落つ」日々見慣れた何の変哲もない景色の中に椿が落ちる。小さなきっかけにくらりと世界が変わる。ズームアップの椿が鮮やか。

中野 佑海

特選句「はっか飴シーシーぎんねずひかる猫柳(増田暁子)」小さい頃よく買ってくれた、赤い缶に入ったフルーツ飴。白いのに甘い林檎味のと薄荷のとあって、最後に残るのがこの薄荷。でも、勿体なくて最後まで食べた。あの少し辛くて、スースーする。合わせてシーシー。絶妙な表現。拍手!それに合わせて、猫柳のあの開く前のあのなんとも言えないムズムズ感。ウー、薄荷飴。やっぱり年取っても辛い!特選句「神経衰弱指靴下五足(藤川宏樹)」指靴下を履く時、何故か指が違う所に入る。その足が百足のように五足もあったら、何処が一緒で何処が入って無いのか調べるだけで腹がつかえて、頭に血が昇ってどうしようも無いこと限り無し。このうわ~って言う感じを漢字九文字で表しているのがまるで絵のようだ。並選句「五七五季語がじゃまなの七五三(田中アパート)」季語がじゃまと言いつつ七五三と言う季語が。「思想などあくびと同じよ冬日向」高校時代はツァラトゥストラだのショーペンハウアーだのと知ったかぶりして小難しい本をよんだものだ。実は、稲さんに言われるまで、忘れていた。欠伸したら忘れるのは今の私だ。生温い日本に居て、こうやって句会に来られる。有難う我が子よ!「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」お雛様の夜には女達の百鬼夜行が?「邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声」鬼は外と放り出され、車に踏まれ鬼さんご苦労様。節分の次の日は立春です。「存在の耐えざる国の君いだく」世界には虐げる人と虐げられる人が。何方も心に闇が。その闇の心を儘に受け入れてあげられる人に私は成りたい。「冬すみれ君の言葉は絆創膏」心優しい人って凄いよね!言葉が絆創膏だもの。いつも尻尾出しまくりの私は反省しきり。「蛸干しや終生踊る形して」捕まったら最後干されて踊る格好のままずっと一生を終える。これって何の罰ゲーム?

島田 章平

「蛸干しや終生踊る形して」「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」二句とも生と死に触れた句。どこか可笑しくそして哀しい。『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の「遊びをせんとや生れけむ。戯れせんとや生れけん。遊ぶ子供の声聞けばわが身さへこそゆるがるれ」がふと浮かびました。生も死も所詮、夢の中。踊り戯れそして消える。終生踊る形をして・・・。

若森 京子

特選句「岸辺には会釈の切れ端春を待つ」映画のワンシーンの様な景が浮かび、春を待つ明るさがある。‶切れ端〟の措辞が心理的なものもあり上手いと思う。特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」一読して雛の夜の妖しさがうかがえる。作者にはどうしても姿見に映したくない‶しっぽ〟があったのであろう。それが出たがって仕方ない。ユーモラスな一句。

小山やす子

特選句「鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ」 子供の頃父から聞いた開戦の話を思いだし鴨の引く一直線の水脈と電文が重なり切なくなりました。

増田 天志

特選句「僕の八朔水脈の先なる金星は」舟を漕ぎ出し、海の果て、水平線より、天空へ渡る。銀河に、動く舟影が、見えたという。センター入試の漢文で、読んだことがある。ポエ厶だなあ。

寺町志津子

特選句「裸木の骨格わたしにはまぶしい」春には淡く、夏には濃く、緑の葉が茂り、秋には見事な紅葉に彩られて人目を引いていた木。冬に入り、すっかり葉を落とし、骨太の幹だけになった裸木を目にした作者。寒風の中に、虚飾なく毅然と立っている裸木に、日頃、世俗の概念に捕らわれて右往左往している我が身が、ふと恥ずかしくなり、素の裸木に眩しさを感じた作者。裸木に眩しさを感じ真摯な方に違いない。裸木が季語として良く利いていると思う。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」:「着ぶくれて」の季語から、作者はおそらく年配の方であろう。長く生きてきた歳月。たくさんの生き死にを経験し、人の命への感慨も一入。その境涯感に心打たれた。

 
野澤 隆夫

特選句「木枯らしに在原業平(なりひら)邸の角曲がる」木枯らしを避けて作者は急になりひら邸の角を曲がったのかと。屋敷町の広さと木枯らし。黒沢明の映画シーンが浮かびます。特選句「初夢も身の丈となり猫と居る」若かりし頃の初夢は突拍子もない夢だったのが、今はそれ相応の夢。それが現実と。猫が登場したのがいいです。特選句「職人の林檎の歯形荒々し」作者の視点の鋭さに感心。林檎を齧ったその歯形に注目して作句する人はあまりいないのでは…。

大西 健司

特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」何と繊細な感覚なんだろうと、その身体感覚の冴えにひかれた。特選句「よく歩く祖母で相撲と黄粉餅」素朴ながら味わい深い一句。ただ「祖母で」の「で」が不満。「祖母や」または「祖母は」ではどうだろう。あくまでも個人の好みの範疇だが。

伊藤  幸

特選句「凍つる夜の羽音として終電車」ポエムですね。宮沢賢治の世界です。何かしら人間の儚さ寂しさも感じ取られます。終電車が効いています。

夏谷 胡桃

特選句「野を焼くや母の五体も天届く」野を焼きながら天に昇っていった母を思い出しているのでしょうか。田舎の80代から上の方は、自然と共に生きハッとさせられる魂の美しさを持った方たちがいます。最近わたしは、原始仏教に興味をもちました。中村元先生の本など読んでいます。慈しみという言葉が好きになりました。この句は慈しみの心があると思います。特選句「さよならも言えず言わずに梅が咲く」仕事柄、大好きな人たちにサヨナラを言う暇もなくお別れすることが多いです。年末にひとりの男性が病気になりました。家族が東京なので、わたしが盛岡の病院へ連れて行き、家族の到着を待っていました。検査が長くて、ふたりでコンビニのサンドイッチを食べました。家族が来て引継ぎ、彼は入院になり、手を振って別れました。正月明けに家族から亡くなりましたと電話がありました。手を振ったのがサヨナラだったのか。彼の笑顔だけが残ります。この句を読んで、いろいろな人の顔が思い出が浮かんできました。問題句「軽トラに屍となる春の鹿」屍という言葉が強すぎると思いました。でも、わたしの住む地では当たり前の風景です。死んだ鹿をその場でさばいて、肉をくれたりします。鹿の肉は美味しいです。

藤川 宏樹

特選句「蛸干しや終生踊る形して」句会で多数の選が入ったとおり、滑稽にして悲しみある句。これぞ俳諧の味と言えるでしょう。「終生踊る」が効いて干し蛸をズバリ言い切っており、冷たい浜風と潮の香りが届いてくるようだ。

石井 はな

特選句「纏足を包むや冬のチューリップ(三好つや子)」昔纏足の方を見掛けた事が有ります。子供心にもその変形した足が恐ろしく、歩くのも儘ならない様子に心が痛みました。あの足をチューリップが優しく包んでくれたらと思います。問題句「冬紅葉日がな眺めつ酒五合」酒五合が気になりました。一人で五合なのですか。句の感じは一人酒ですが、香川の方は一人五合は普通に召し上がるのでしょうか?

  皆さんのびのびと句を作っておられる雰囲気がして、読んでいて楽しいです。私も皆さんを見習って、思い切り羽を伸ばした句を作りたいと思います。

稲葉 千尋

特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関(吉田和恵)」まいった、やられたという感じ。炎鵬の白い肉体と白い顔まるで寒卵、炎鵬がんばれ‼「美濃紙折り母の寝嵩を憶う冬」は、‶美濃和紙〟でいいのではと思います。

滝澤 泰斗

特選句「暗がりのポインセチアはサロメの血」一般的に、ポインセチアはクリスマスのシンボルとして鮮やかな赤と緑のコントラストを想起させるが、これが暗がりにあると確かに鮮やかな赤がやや毒々しい赤色を帯びる。それがサロメの血として見立てられて予定調和を裏切る。この血とは、父ヘロデが娘サロメに、望みがあれば、叶えてやろうと・・・サロメが所望したのは、イエスに洗礼を施したヨハネの首。そして、その首から流れる血で本来、喜ばしいクリスマスが悲しみの奈落へ。17音でありながら、ダイナミックな歴史を見事に切り取った。特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」内耳、ジェラシー、微音が奏でるデリカシーに感心しました。

鈴木 幸江

特選句評「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」人が体の芯に寒さを感じ重ね着をする時、意識するにせよ無意識にせよ己が命を守らんとしている自分がいる。着ぶくれるという人の所業に私も命を感じる。大切にしたい感性である。“誕生に触れ死にふれて”の措辞を私は三層に解釈した。一つは仏教的な世界。二つ目は細胞学的解釈。三つ目は哲学的解釈。一つ目、仏教の命を輪廻転生の中に置く一つの代表的な思想を思った。二つ目は、人の身体の中では細胞の誕生と死が同時に起きているという科学的な認識。三つ目は、哲学的に人に与えられている誕生と死を思った。今私は着ぶくれて、この三つの想いを、なんとか自分の中で消化して自分なりに吸収したいと足掻いている。問題句評「纏足を包むや冬のチューリップ」纏足は唐の時代から清の時代まで長きに渡って成された、女性の足の成長を包帯で縛って止めてしまい足の小ささとそれによる歩き方に美とエロスを感じたという奇習である。冬のチューリップも夏場低温処理をして早咲きをおこし、それを愛でるという一種の人工的な美の世界である。纏足とチューリップの形態的な類似性が鑑賞を深くしてくれる。私はこの句に身震いがした。人に潜む魔性と美意識が仲良くなりやすいことに。心に留めておきたい人の傾向として、問題句として、挙げさせていただいた。

田中アパート

田中アパートと申します。「海程香川」丸に乗船させていただきました。よろしくお願い申し上げます。尚、特選句&問題句はありません。ただしスカタン(アパート個人の選句名)党としまして、「鴨の引く水脈やニイタカヤマノボレ」を推します。

月野ぽぽな

特選句「逡巡の恋アフリカマナティーの気泡」マナティ自身の恋ではないと読みました。マナティーのむっくりした体やその動作のありようや気泡のたゆたいが恋を思わせたのと。ビリビリ切羽詰まったのではない、豊かな達観が立ち上ってきて趣がありました。

三好つや子

特選句「春隣 鬼隣 人隣かな」三段切れで句またがりにもかかわらず、リズム感があり、不思議な面白さを放っています。知らぬ間に感染しているかも知れない、コロナウイルスの恐怖も感じられ、注目。特選句「凍つる夜の羽音として終電車」コピーライターに憧れ、広告制作会社に入った私に待ち受けていたのは、深夜におよぶ残業と、終電車に遅れないよう全速力で走ること。そんな若い頃を思い出させてくれる作品です。入選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」小さなからだで大きな力士に立ち向かってゆく姿と、栄養の塊のような寒卵が重なり、惹かれました。入選句「門限に遅れし梟かもしれず」門限を守る梟=冒険をしない生き方って、つまらないと思いませんか?という作者の心の呟きが聞こえたので、共感。 

高木 水志

特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」余寒と微音の響きが似ているように感じる。耳の奥にある内耳にわずかなジェラシーを感じて、とても繊細な感覚だと思った。

柴田 清子

特選句「雪原を行くちちははに影がない」だんだん遠のいていく、父と母の死を雪原でもって、白一色でこんなに美しい旅立ちに。感じ入りました。

漆原 義典

特選句「蛸干しや終生踊る形して」蛸干しを見て、終世踊る形という表現は感性の鋭さゆえです。素晴らしい句をありがとうございました。

中村 セミ

特選句「蛸干しや終生踊る形して」最近、アカデミー賞で主演男優賞をとった、ジョカーという映画をDVDで見た。簡単に云うとジョカーは捨て子で、ある大富豪のメイドをしていた女に拾われ育てられるのだが、小さい時から何かにつけて、ヒヒヒヒと、怒った時でも悲しい時でも喧嘩を売られた時でも、その笑いが出る。一種の病気だった。母親も少し精神病があり、ジョカーに対して「実はお前は大富豪の子供なのだ」と嘘をつき、とどのつまり、大富豪に会って「お父さん」というところで、母親がおかしい人間だと初めて分り、精神病院に入っていた事もあり、そのカルテを見て、自分の生い立ち、母親の事が分った時、ジョカーがこのシーンでヒヒヒヒヒヒヒという笑い、顔はめちゃくちゃ悲しいのだけど笑う、笑いが止まらない。ここが圧巻!それからジョカーは悪になった。という映画と重なりました。

野田 信章

特選句「凍つる夜の羽音として終電車」の句は、裡にこもりがちな凍つる夜の終電車の単調な響きを夜空へ発ちゆく「羽音」として感受する。ポジティブな把握に明日へとつながる情感が伺える。特選句「冬すみれ君の言葉は絆創膏」の句は、たとえ「絆創膏」ていどだとしても君の発した言葉だと肯定的に受けとめるところが小さな命の「冬すみれ」とも響き合うようだ。特選句「水底に忘れ物したような二月」の句は、冬と春の間(あわい)の気分の表白というか、「何か忘れ物したような」と水底を覗き込むものは水温むころの気分の把握の確かさであろうか。

吉田 和恵

特選句「雪原を行くちちははに影がない」月の雪原を行く二人という叙情に下五‶影がない〟は、少し乱暴かも。しかし胸に迫るものを感じた。私の母は、九十一歳で健在。亡父の元に行く気があるのかどうかなんだか怪しい。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」生死を達観しているようにも、またその逆のようにも取れ、ざわつきを覚えた。

男波 弘志

「大水槽の鱏とまどいの愛深く(大西健司)」囚われの身であっての執着。火宅の中の火宅だろう。 「月桃の花なんて知らないことばかり」ここは琉球王朝、大陸からの文化の交差点。知らないとは、未知そのもの!「冬すみれ君の言葉は絆創膏」だいたい絆創膏など貼る傷は大した事はない。むしろ深手を負う何かを求めている。

高橋美弥子

特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」梅が咲く頃のうっすらとしたさみしさが一句に漂う。言おうとして言わないのか、言えないのか。「咲く」を「さく」とひらがな表記にしたところも良いなあと思います。問題句「女教師が時にはりんごいじめっ子」どう読めばよいのか迷いました。女教師が時にはりんご まで一気に読んで、だとしたらりんごといじめっ子の因果関係は何なのかわからず、句の裏側の物語にまで頭が及びませんでした。

河野 志保

特選句「職人の林檎の歯形荒々し」きっぱりと言い切って爽やかな読後感。健やかさも伝わる。「職人」の「林檎の歯形」が私には気持ち良く響いた。

田口  浩

特選句「霞の奥くれなゐの川ながれをり(野﨑憲子)」この作品を「座頭市」と言えば古いだろうか。つまり、いつ抜いたか、いつ斬ったか、と言うような事。句の意味など(あればの話だが)ポロポロのべるわけにはいかない。無粋である。その上で、春は<霞の奥>がいい。また<くれなゐの川>をヤボではあるが、ひとこと言えば「くれなゐ」は紅花の別称、そして、名香伽羅の一種とくれば、川の流れゆく先は、そう、美しくてイロッポイ。句稿中、「ペン先の走る速さよ雨水くる(重松敬子)」「くしゃみひとつそれでも空のあかるい日(三枝みずほ)」は、読んでいてうれしい句である。

新野 祐子

特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」小柄で機敏に動く炎鵬関、初場所を大いに沸かせました。寒卵という比喩、抜群です。入選句「幕尻が勝つことだって大試験」この句も初場所のこと。徳勝龍関の健闘、素晴らしかったですね。あの勝利はけっしてまぐれではないでしょう。気迫と日々の努力の賜物、大試験といえますね。入選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」服を着るのは人間だけ。でも生まれた時は裸、死ぬ時はそれに近い。「着ぶくれて」との対比がおもしろい。問題句「冬の山足音だけの私かな」情景も心情もよく見えてきます。ただ、「私」の後の「かな」という詠嘆はどうかなと思いました。   昨日は、曇空の中、あちらこちらでノスリを四羽も見ました。銀色に近い羽がきれいでした。兜太先生の命日でしたね。兜太先生が飛ばしているように思えたものです。

増田 暁子

特選句「モノクロの夢のあわいの冬菜美し」冬の寒さに育ったモノクロの冬菜が夢のあわいのようだ、との作者の感性にびっくりです。特選句「寒木瓜やしりとりあそびすぐ終る」季語と中七下五の素晴らしい調和がなんとも言えず心に沁みます。

谷  孝江

特選句「ふくらむや冬芽のような女の子」一読、やさしくて、愛が溢れていて良い句だなと思いました。来年も又、次の年もふっくらと育ってゆく女の子の姿が見えてきます。どうか素敵な大人になって頂きたいですね。日本がずっとずっと平和である様に願うばかりです。

銀   次

今月の誤読●「軽トラに屍となる春の鹿」。若者は軽トラに乗っている。荷台には買ったばかりのダイニングテーブルを積んでいる。彼女と同棲してから今日で一年目だ。今夜は極上のステーキ肉を食べよう。若者は左の胸にポンと触れた。手応えがあった。少々ムリをして買ったリングだ。彼は今日、正式にプロポーズをしようと思っている。ラジオからは古いロックが流れている。子鹿はクウと大きく首を伸ばして空を見上げた。大きく息を吸い込んで満足げに吐いた。あたりを見まわした。春なのだ。好物の新芽がいたるところにある。なんていい日だろう。まるでごちそうの山だ。子鹿は新芽を食べながら生きていることを実感した。若者は近道をしようと山道に入った。国道を行ってもいいのだが、少しでも早くうちに帰りたかったのだ。えーと、と考えた。肉料理に合うのは赤ワインだっけ白ワインだっけ。ま、いいか、お店で聞けばいいものな。でもそういうのもこれから勉強しなきゃな。子鹿はアゴを大きく振った。アブが耳元にブンブンと迫ってきたからだ。アブは去っていき、森の静寂がもどってきた。世界は静かだ。若者は思った。いよいよ家庭を持つんだ。赤ん坊も生まれる。カメラを買おう。子鹿はちょっとしたまどろみから目覚めると、鼻先に蝶々がいた。急に愉快になった。子鹿は蝶々を追って駆けだした。若者は彼女と会うのが待ちきれず、アクセルをグッと踏み込んだ。子鹿は蝶々を追うのに夢中になって、山道に飛び出した。

桂  凜火

特選句「寒卵割って出たかの炎鵬関」炎鵬の活躍はいつも気持ちいいですが その炎鵬を寒卵破って出たとは楽しい発想です 絵画的な活写が素敵だと感心しました。

稲    暁

特選句「余寒なほ内耳にジェラシーの微音」耳の奥にわずかに残るジェラシーの余韻。季語「余寒」と感覚的に、かつシュールにつながっている。問題句「霰の電車ぱらりぱらりと細胞よ(久保智恵)」:「細胞よ」が分からない。ゆえにとても気になる。霰、電車、細胞。三つの素材の関連性やいかに。

菅原 春み

特選句「湯豆腐の白い四角を掬う明かり(田口 浩)」まさに湯豆腐の真髄。おいしそうです。特選句「あふあふ笑う人みな童顔川紅葉」オノマトペがいいです。季語もいいですね。

藤田 乙女

特選句「吊し雛縫込められし母の恋(石井はな)」母の凝縮された濃厚な恋の感情が伝わってきました。特選句「くしゃみひとつそれでも空のあかるい日(三枝みずほ)」マスクの高騰、咳トラブル、コロナ感染患者に対応した医療者への不当な扱いなど人間の在り方についていろいろ考えさせられたり、これからの感染の蔓延に不安になったりしますが、この句を読んで明るい気持ちになり、希望を持って毎日を過ごしたいと思いました。

竹本 仰

特選句「邪鬼いつも踏まれて洩らす春の声」豆まきの邪鬼でしょうか、たしかにどんな声を出すのか、その着想面白いですね。われわれの本音にごく近い生々しいものではないか。その生々しい弱さ、それを春の声ととらえる、この辺もいいものがあります。春の声がきれいではなく、けっこう濁った微生物たっぷりなうごめく感じ、いいのではないでしょうか。会津八一に「まがつみはいまのうつつにありこせどふみしほとけのゆくへしらずも」の歌がありました。寺は燃えて仏はその度にいなくなるが、その仏に踏みつけられていたあの醜い邪鬼だけは必ず残っていく皮肉。われわれ人世の真相を痛く衝くようですね。特選句「行き行きて行き行く心俳句馬鹿」小生が海程に入ったその時の動機を言い当てられたような句です。昨年の高松での全国大会でもその感じがありありと感じられました。奥の細道の最後の曾良の句「行き行きて倒れ伏すとも萩の原」に通じる風狂の句、つねにかくありたいと感じる句です。特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」死別には梅が合う、そんな実感を持つことが多いです。この句にもそんな匂いを感じました。桜ほど感情移入をさせない、いつの間にか咲き、いつの間にか散り、その清冽さがいいのか。いいですね。 特選句「かなしみはましかく春の星うるむ」たしかに、かなしみはましかく、です。かなしいほどましかくですね。実感を強く感じさせる句だと思います。なぜ、人間はかなしみをましかくにしか感じられないか?とも、喚起させる、詩的喚起力にみちみちた句だと感心しました。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」年を取るということは、どういうことかな、という詩情でしょうか。答えは言わないけれど、問うことで成り立つ、いい詩だなあと思います。※拙句「女教師が時にはりんごいじめっ子」について、これは昔、中学生の頃、女子のテニス部の顧問の女性の先生から、かなり不当なお仕置きをされ、長年、そのことが疑問であったのですが、ふと、一度だけ或る公式戦で、この先生から悲鳴のような声援を受けた記憶がよみがえり……何というんでしょうか、このどちらも「ああ、やっちゃった」感があり、後から思うと、この先生、けっこう不用意で野性だったと気づかされ、あのナマな感じがこんな句になったかなと思います。すごく個人的で、人間臭い話で、恐縮ですが。

三枝みずほ

特選句「逡巡の恋アフリカマナティの気泡」恋も気泡も儚いが、生きているからこそのもの。アフリカマナティの存在感、ゆったりと泳ぐ様、アフリカという地名に独特の世界観と生命力がある。「僕の八朔水脈の先なる金星は」手のひらにあるものは八朔、だが雄大な自然、宇宙との繋がりを感じた。 

矢野千代子

特選句「見馴れたる景色の中へ椿落つ」落花一輪―音まで感じられます。我家にもおとめつばきが一本ありますが、散るというより悲しいほどいさぎよく落ちる花ですね。

野口思づゑ

特選句「職人の林檎の歯形荒々し」屋外で体を張って仕事をしている職人を想像。仕事が一息ついて、林檎を大胆に齧る。「歯形荒々し」でその豪快な食べっぷりが見えるよう。その他「生きること連なることや冬の家」生きることを、連なる、の言葉に捉えた感覚に共感しました。下5の季語もしみじみと効いている。

河田 清峰

特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」鏡の中に何かいそうな雛の夜とは?雛の夜だからあり得る。特選句「水底に忘れ物したような二月」忘れ物が二月に効いている好きな句です。

高橋 晴子

特選句「さよならも言えず言わずに梅がさく」その心情に開く梅の情緒を感じさせて佳句。特選句「着ぶくれて誕生に触れ死にふれて」着ぶくれてに只今の感情が出ていて切ない。問題にもならない句「五七五季語がじゃまなの七五三」ぺらぺら俳句で遊ぶな‼言葉にはその人の全身の重みがある。口先だけなら俳句でなくていいと思うよ。

亀山祐美子

特選句「姿見を出たがるしっぽ雛の夜」雛祭りのために装おう。普段は上手く抑え込んでいるしっぽ(自我)が気を緩めると、出てしまう。白酒には注意しなければ…。狐か狸か、女と一言も言わずに女の一面を捉えた面白い自戒の一句。愉快な佳句。特選句「蛸干しや終生躍る形して」風に吹かれ乾いてゆく蛸の姿干し。ただそれだけなのに、誹諧味のある切ない一句になっているのは、写生の確かさからくるものだろう。絵の後ろにある人生観の伝わる秀句。 私の理解力不足か意味不明の句が多い。俳句として新しい表現だと手放しでは喜べない、詩か散文に近く俳句と呼ぶには余りな一行詩が並ぶ。心を引っ搔くものの、底まで届かない安易さが惜しい。骨太な一句に仕立て上げる技術力不なのか、観察不足なのか、念力(想い)不足なのか。己の作句に対する自戒としたい。

松本美智子

特選句「見馴れたる景色の中へ椿落つ」このような感覚に陥る瞬間は日々の生活のなかで「あるある!」と思います。いつもの風景にいつもないものが美しく存在するだけで、何気無い景色がひかりだすようです。

小宮 豊和

特選句「冬の山足音だけの私かな」昔よく唄われた歌に「雪の降る町を」というのがあった。知人に新潟の古町を飲み歩いていた男が居たのでうっすらと覚えているのだが、雪の降る町を「思い出だけが通りすぎてゆく」「思い出だけが追いかけてくる」などの歌詞があったように思う。これらのフレーズはやや締めがあまく、決着がゆるく一歩踏みこんだ着地にはなっていないと私はおもうのだが、先に掲げた特選句とは外観はやや似るものの中味は本質的に異る。掲句は厳しく自己を見つめ、自分の足音が無くなったら自己は消滅するのではないかと考えるのではないだろうか、こういう句を読ませてもらうと、読者は「食い足りる」のだ。

荒井まり子

問題句「神経衰弱指靴下五足」今、流行っているプチうつ等と神経衰弱とはだいぶ違うが、中七下五が身の内の揺れの姿、形かと面白い句と問題句と微妙です。宜しくお願いします。

野﨑 憲子

特選句「ヤンバルのみどりが鳴るよ踊りたい」山原(やんばる)は、沖縄本島北部の、山や森林など自然が多く残っている地域。常夏の緑の中精霊と共に踊りたい!私も、この作品を読み猛烈にヤンバルへ行ってみたくなった。‶鳴るよ〟が抜群に効いている。特選句「ソウル梅林冬日に鮫の迷い入る」‶ソウル梅林〟の響きに圧倒された。ソウルは、大韓民国の首都ソウル特別市であると思うが、‶ソウル〟で‶魂〟を想起し且つ師の「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」と通底していると強く感じた。問題句「岩堅く粘土は嘘ばかりつく」典拠があるとおもうのだが、とても気になる作品。木思石語の世界を見事に表現している。魅力溢れる、‶嘘ばかりつく粘土〟を、今ひとつ飛躍させて欲しい。          

「昇る三日月原(ウル)狼の忌なりけり(野﨑憲子)」今年の金子兜太先生のご命日の二月二十日は、三日月の頃でした。先生は原(ウル)という言葉を好まれたと記憶しています。私にとりまして先生のイメージは精霊の王のような‶原狼〟であります。その想いから生まれた句であります。「海程香川」句会も、原「海程」を目指し、ますます熱く渦巻いてまいりたいと存じます。俳句は、世界最短定型詩。短いからこそ表現できる世界を混迷する世界へ!天然自然の内なる声を五七五で発信して行けたらと念じております。削ることにより、ますます多様性を帯びた風が生れてまいります。次回からの皆様の作品を心待ちにいたしております。私たちの心底から噴き上げる熱い言の葉が、地球を包み込む愛の風になりますように切に祈念いたしております。今後とも宜しくお願い申し上げます。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

コーヒー
冬の容積空缶転げまくる
中村 セミ
激論の後のコーヒー風信子
島田 章平
啓蟄やコーヒー缶を蹴りとばせ
松本美智子
鳥雲に入る珈琲はブラックで
柴田 清子
缶コーヒー滅法熱し冬の駅
稲    暁
百年の梅干祖母の味がして
島田 章平
文鳥逝く梅と云ふ名のお人好し
鈴木 幸江
千万の梅につつまれ空へ空へ
銀   次
白梅は空に紅梅は土に色をつけ
松本美智子
三つ子
三つ子の風カナリア色の鰭を持つ
野﨑 憲子
春泥を跳ぶお腹には三つ子
柴田 清子
体力測定
言葉の体力測定認知症
中村 セミ
体力測定何周すれば春隣
中野 佑海
日向ぼこ体力測定パスをして
島田 章平
白線の反復横跳び余寒あり
松本美智子
薄氷を踏むやうに体重測定
柴田 清子
兜太・たねを
詩削るとうたとたねを山笑ふ
亀山祐美子
たね芋の芋の子芋の子ころころと
島田 章平
逢えるならトラック島の金子兜太
柴田 清子
とうたの選変てこな句の多かりき
稲    暁
風船
舟の尾をついてくるかや紙風船
銀   次
あの日から無口になつた風船売
野﨑 憲子
飛んでつた風船は赤靴は黒
亀山祐美子
破れたる紙風船に風送る
松本美智子
湯船につかる赤青の風船
中村 セミ
風船を明日(あす)の空へと放しけり
柴田 清子
風船を放つや青き空の芯
稲    暁
自由題
北風を真っ向に受け吾は獣
銀   次
砂浜に「負けるな」の文字春動く
島田 章平
鳥が水叩いて春が動き出す
柴田 清子
嘔吐する泥の冬蝶
中村 セミ

【句会メモ】

今回、新たに3人の方が加わり、投句数も162句とこれまでの最多となりました。作品も、お陰様でますます多様性に富んでまいりました。世話人冥利に尽きます。そこで、ご参加の方々のリクエストにお答えし、今回から、袋回し句会は、お題が4題、プラス1題は自由題とし、総投句数は各自5句までと制限を設けてみました。1句1句を各自が吟味して提出し鑑賞してみようと考えた次第です。そして、次回からは、事前投句の出句数も3句から2句へ、締切日も、第3週から第2週へと変わります。ご参加の方々の声を大切にこれからも進化して行きたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

2020年1月30日 (木)

第102回「海程香川」句会(2020.01.18)

雪ダルマ.png

事前投句参加者の一句

 
冷まじやアフガンに逝く中村哲 稲葉 千尋
玉霰プラットホームにごつごつん 豊原 清明
紙の音詳しく聞けば隅にゆく 中村 セミ
睦月海の碧さよ島は眠りの中 伊藤  幸
鰭酒やマッチを擦れば父の声 松本 勇二
とうーんと猟銃わたしの羽根が落ちる 田口  浩
寒月や右の奥歯を削られて 高橋美弥子
受験子にアレクサ届くサンタから 野澤 隆夫
捨てられてなお立ち上がる夜の葱 新野 祐子
兜太渋面何をか言わん初句会 滝澤 泰斗
かすむ詩嚢父が愛したチャップリン 若森 京子
肝試し十年日記買うか否 野口思づゑ
冬の河馬自由な夢が見られない 稲   暁
キリトリセンヨリキリトル冬ノ空 小西 瞬夏
冬霞内耳の迷路に居るような 増田 暁子
ひなたぼこ背中のねぢをまきもどす 亀山祐美子
立冬やつまらぬものは風に捨て 銀   次
路地裏は荒星落とす遊びして 榎本 祐子
金糸魚(いとより)の鱗の睨みマジョリティー 久保 智恵
雪こんこん童話の森をさまよいて 重松 敬子
三日はや発ちゆく孫の背にシリウス 野田 信章
黒豆煮えた現状維持でいいやんか 三好つや子
昴に告ぐ十本の指を束ねます 男波 弘志
凍土(いてつち)のざらりと蒼し朝まだき 佐藤 仁美
川に鴨十日戎の男たち 高橋 晴子
冬の木はそこに震災二十五年 三枝みずほ
短日や力を込めて言う別れ 河野 志保
お見合いするってやっと本気の白椿 中野 佑海
大根の穴の向かうのサンパウロ 島田 章平
今生にすこしはみ出て餅を焼く 谷  孝江
○□△皆老い春炬燵 寺町志津子
天と地はきらり時雨に繋がれる 増田 天志
冬雀百円投貨精米所 松本美智子
白狐にもらったままの試金石 桂  凜火
三日ゆえ線香花火のごと朝陽 鈴木 幸江
種袋はらからの呼吸(いき)やわらかに 矢野千代子
雪女♯MeTooデモの後に付け 吉田 和恵
冬三日月密かな水脈に耳澄ませ 田中 怜子
山じゅうがじっと耳すます虎落笛 夏谷 胡桃
打ち明ける真白き太き大根に 菅原 春み
さみしさの白息を育てています 月野ぽぽな
訪ねたき君の消息冬銀河 藤田 乙女
雛あられ銀河に撒きて母を呼ぶ 小山やす子
表札へ班長くはへ〆飾り 藤川 宏樹
旧かなの街よおとうとは雪虫 大西 健司
忘己利他白紙の賀状もらいたる 河田 清峰
一時しのぎに生きております布団干し 竹本  仰
何処までも僕の肉体冬の空 高木 水志
嘘泣きをしたり狐になつたりす 柴田 清子
嫁が君風の宮からやつてきた 野﨑 憲子

句会の窓

豊原 清明

特選句「とうーんと猟銃わたしの羽根が落ちる」とうーんがいいのでは。猟銃を感じさせる。問題句「かすむ詩嚢父が愛したチャップリン」チャップリンは白黒なのに、この一句に色を感じる。

寺町志津子

特選句「立冬やつまらぬものは風に捨て」目下、終活目指して断捨離中であるが、どうして、どうしてなかなか進まない。衣服等は割合早く見切れるのだが、課題は,折々の写真や記録、記念の品等々。人様から見れば、単なるゴミくずに過ぎない物ばかり。さあ、今日こそ見切ろう、と取りかかるのであるが、手に取ると「これはあの時の・・・」「この方も懐かしい・・・」と、結局,なかなか捨てきれないでいる昨今。そんな折に出会った揚句。「つまらぬものは風に捨てる」潔い作者に敬服。風がどうにかしてくれるのだ。「風に捨てる」に大いに刺激された。さあ、心新たに断捨離するぞ!の力を頂き、特選とさせていただいた次第である。

大西 健司

特選句「嘘泣きをしたり狐になったりす」特選句であり、ある意味問題句。「なったりす」では不満。「す」では気抜けをしてしまう。たとえば「冬」というふうにピシッと締めてほしい。女心の揺らぎだろうか何とも悩ましい。

小山やす子

特選句「昴に告ぐ十本の指を束ねます」十本の指を束ねのフレーズに何か強い意志と決心を感じます。

稲葉 千尋

特選句「嫁が君風の宮からやつてきた」風の宮は伊勢神宮のなかの一社と思う。そこから「嫁が君」がやって来たという。来てもらえば嬉しい。

中野 佑海

特選句「またたきの獏を裏の木に残す(大西健司)」獏の皮をしいて寝ると悪夢を食べると言う。この僕を裏の木に残すってか?いったい君は何様なんだ?良いよ。もうどうなっても知らない。好きな様に今年を生きてくれ!特選句「今生に少しはみ出て餅を焼く」私の父は鏡割りの餅を焼いて、ぜんざいにしたのが大好物だった。勿論私も。そのぜんざいを誤飲し死んでしまった。きっと今年も1月11日は餅を焼いてぜんざいにしたのを食べに来たはず。今年も頑張って作ったよ、ぜんざい。並選句「昨日とう過去に半身埋めて冬(谷 孝江)」我が歯の痛みに今までの歯磨きせずに食べて直ぐ寝た毎日を後悔しきり。我が歯に何時春はやって来るのか!「寒月や右の奥歯を削られて」右の奥歯正しく毎日痛みます。どうしたら歯の心配から逃れられるのか?「キリトリセンヨリキリトル冬ノ空」キリトリ線から切り取る様にすっぱり歯は直らぬものか?「路地裏は荒星落とす遊びして」荒星落とすくらいの荒療治が必要ってこれ以上苛めないで下さい。何々、全て私の責任と。仰っしゃる通り、面目次第もありません。「打ち明ける真白き太き大根に」大根を切りながら、大根に文句言える立場じゃないか。「珈琲淹れる木の幹を抱きしめるよう」珈琲一つ淹れるにもこの丁寧さ。もっと自分にも、人にも丁寧に接して生きていくべきなんだよね。佑海反省しています。「狐火のコンセンサスは檜風呂(久保智恵)」反省したところで、ここはいっちょう皆で風呂に入るのが心身共に回復するよね!やっぱり檜の香は癒やされる。「ポインセチアが強く波打っている」この花は私の大好きなクリスマスを運んでくれる。「遠火事のたとえば外反母趾にかな(三好つや子)」私も頑張ってお遍路して、大分左足の親指が内側に寄ってしまっている。靴を履かなければなんともない。火事も遠くにある分にはなんともない。人間てなんと我が儘な生き物なのか。あ~それにしても、何時まで歯に苦しむのか。もっとも食べなければなんともない。皆様の俳句で、私を楽しんでみました。お付き合い頂き有難うございました。拙句ではなかなか楽しめるほどの深みはありません。来月も皆様の興味深い俳句を楽しみに致しております。

若森 京子

特選句「別の世の音まぎれこむ書斎冬」冬の書斎は静かで重々しい雰囲気がある。‶別の世の音〟の措辞から色々な音を想像出来る。私には書斎にある色々の本からの主人公の過去の声や音が聞こえる様な気がする。特選句「一時しのぎに生きております布団干し」軽く諧謔的に書いているが何か人生の重みを感じる。‶布団干し〟の季語がよく効いている。

小西 瞬夏

特選句「初雪のふと遠い人と重なる(三枝みずほ)」さらっと書かれているが、心に残った句。遠い人とは亡くなった人か、遠くに行って会えない人か。どちらにしても、その人を思う気持ちの強さが、「雪と重なる」という描写によって、かたちを持った。

夏谷 胡桃

特選句「鰭酒やマッチを擦れば父の声」。わかりやすくていい句だと思いました。燐の匂いが好きです。だから俳句を読むだけで燐の匂いが漂い亡き父を懐かしむ気持ちが伝わりました。特選句「雪女♯Mee Tooデモの後に付け」。いまどき、雪女にもいろいろ訴えたいことがあるのかもしれません。「こんな白い衣装は嫌だ。おしゃれしたい」とか、妖怪界での男女差別とか。面白さで特選にしました。

島田 章平

特選句「雪こんこん童話の森をさまよいて」いいね!白雪姫がいる。あれ、向こうには雪の女王とアナ。赤ずきんちゃんもいる。今日は童話の森に泊まります。特選句「種袋はらからの呼吸やわらかに」種袋の中の種ってどんな夢を見ているのかな、桃栗三年柿八年、柚子は? 童心っていいですね。 

鈴木 幸江

特選句「またたきの獏を裏の木に残す」“またたきの獏”を最初は、少し興奮している状態の獏と思ってしまったが、悪夢を食う想像上の動物と捉えれば、これは、夢を見ているレム睡眠の状態なのだろう。そうイメージすると、とてもすっきりした。主体的に“残す”という行為には、想いが深い。一緒に連れては行かないということだ。薄れてゆく悪夢のような思い出を、忘れはしないが、自分の外に置いておくという、まるで心理療法の一つのようで、哀しいが癒される。問題句「聖夜産院地図燃え尽きるまで待て(竹本 仰)」いわいる難解句であるが、惹かれるものがある。まず、問題は一行詩のようであること。いいのかな?と今も私には問題である。リズムは7,9,2と切って読んだがなんか物足りない。内容は2句構成。サスペンスの雰囲気の中で、新たなキリストが誕生するドラマを見ているようだ。“地図燃え尽きるまで待て”では、はっきり言い過ぎてしまって俳句の叙情的効果があまり出ず残念。でも、行き先を人に知らせぬためと、解釈するととても含蓄のあるいい句だ。以上。

松本 勇二

特選句「今生にすこしはみ出て餅を焼く」餅を焼くときにふとよぎった作者固有の感覚を上手く掬い上げた。

伊藤  幸

「冬の木はそこに震災二十五年」阪神大震災より25年、難を逃れた木は今年も 冬木の芽をつけ人々を見守り続けているが「そこに」という措辞によりまだまだ拭い切れていない悲しみが伝わってくる。

増田 天志

特選句「昴に告ぐ十本の指を束ねます」詩的世界に溺れゆく。社会性俳句を志向しつつも。

田中 怜子

冬霞内耳の迷路に居るような」霞にまかれると、こんな気持ちになります。特選句「万歳のふっくら土偶初明り(菅原春み)」土偶のおおらかさ、可愛さが表現されていますね。

藤川 宏樹

特選句「〇□△皆老い春炬燵」:「〇□△」、ん? ひととき置いて「春炬燵」で状況把握。途端に〇□△が人の顔に見え、五輪の塔に見え、熱々のおでんにも見えてきます。想像力全開に楽しませていただきました。  さて新年早々の袋回し。意表を突こうとお題に「モンロー」を出したのですが佳句良句見事になされ、あらためて皆さんに恐れ入りました。ということで、今年もよろしくお願いします。   

高木 水志

特選句「旧かなの街よおとうとは雪虫」人の温かさが残る街に、雪虫のような弟がのんびり暮らしている景が見えて、情を忘れずに生きたいなあと思った。

三好つや子

特選句「白狐にもらったままの試金石」 何もかも目まぐるしく変わる現代社会のなかで、絶対変わらないものを見つめ、変えてはいけないものを探ろうとする作者の矜持が感じ られ、共鳴。特選句「いきはいてすうてにっぽん寒の入り(田口 浩)」 経済、温暖化、年金などの問題に直面し、あたふたしている一日本人として、この句に惹かれました。まずは呼吸を整え、これらの問題と向き合いたいです。入選句「グレタさんを日本へつつーと鶺鴒(稲葉千尋)」自然環境の悪化するこの星でひたむきに生きている野鳥に、人間のことばが話せたらどんなことを発するのだろう?花も鳥も風も月も、むかしとどこか違うのに、今までとおなじ感覚で詠んでいていいのだろうか?グレタさんのような人が増えてほしいと願わずにはいられません。

田口  浩

特選句「旧かなの街よおとうとは雪虫」<旧かなの街>は現実にあってもなくてもよい。出来れば作者の造語であればうれしい。私は外国の寒い地方都市を想像した。<おとうと>は、その街で何故か雪虫に変身して・・・。そんなピアノ曲をきいたような気がしてくる。句に感性が密着していてブレがない。おもしろい作品である。

柴田 清子

特選句「キリトリセンヨリキリトル冬ノ空」大胆なカタカナ表記、リズムをとりながら冬の空へと。『冬の空』が、上五・中七を邪魔していない。理解に苦しむ人をみるような句、いつまでも頭の奥の方に入ってとどまってしまいそうな句、特選句です。

高橋 晴子

特選句「いきはいてすうてにつぽん寒の入り」ひらがな書きに、何か、にっぽんが ‶いきはいてすうて〟と生きている不思議な感がする。日本が生きて呼吸をして寒の中に入っていく、このリズム感がそういう感をもたらすのだろう。お見事!!

吉田 和恵

特選句「ぴよぴよぴよぴよ白フクロウの灯が点る(野﨑憲子)」森の哲学者白フクロウが無心に灯す姿をイメージした。特選句「嘘泣きをしたり狐になつたりす」見憶えのあるような一句。でもおかしくて面白い。私、兜太先生にお目にかかることは叶わなかったけれど、もし先生に叱られたら嘘泣きしたかも知れない。

松本美智子

特選句「胸中の蛇の蕩ける冬日向(田口 浩)」冬の日の日向ぼこに当たると抱いていた恨み辛みの気持ちも蕩けていくような気分になるものです。それを(蛇の)と表現したところが素晴らしいと思いました。 私の句について、少しアドバイスをいただきたいです。「冬雀百円投貨精米所」の句は悩みました。漢字ばかりで良いかどうか!上の句を「小春日や………」としようか迷いました。アドバイスをおねがいします。すいません、まだまだ勉強不足なもので、皆さんの意見が参考になります。→ 初句会に遠路ご参加くださりありがとうございました。私は、貴句は、<冬雀>だからこそ映像化に成功していると思います。漢字ばかりの句も、とても魅力的です。

河野 志保

特選句「とうーんと猟銃わたしの羽根が落ちる」晩秋から冬の静かな山を思い出した。静寂を破る「とうーんと」が物悲しい。「羽根」は作者の心にある大切な何かなのだろう。締め付けられるような喪失感が余韻となっていつまでも消えなかった。

竹本  仰

まずはじめに選句とは何かと病院の待合室で考えました。よい句を選ぶこと。よい句とは何か?自分が俳句を探し求めるにあたって道しるべとなるような句。昔、旅の友というふりかけのヒット商品がありましたが、そういう俳句探しの旅の友とでも言えばよいか。特選句「天と地はきらり時雨に繋がれる」まず、時雨に「きらり」が新しい。時雨のあとの夕日のひとさしの、きらりではないか。まるで涙のあとのきらりのような。しかし、と、思う。そんな時雨のあとに天と地がつながって見えるようなところはどこか?経験的には琵琶湖?してみると、時雨でつながる芭蕉と義仲のような不思議なきらりを連想してしまう。と、まあ、そういう勝手な連想で楽しめた句でありました。特選句「打ち明ける真白き太き大根に」真情をうちあける相手とすれば、なるほど抜きたてでひと洗いした大きな大根は信じるに足る「安心(あんじん)」の相手である。大根は真実である最高の聞き手。自己主張を呑み込み、真情を抱きとめてくれると納得できる。特選句「旧かなの街よおとうとは雪虫」弟よ、おまえは、旧かなを守るしかない古い町で、雪虫になってまで頑張って生きているのか、という姉の愛か。カフカの『変身』は、グレゴールが毒虫になり最愛の妹から決定的な裏切りをこうむるという話だったと記憶するが、それとは真逆で、『紫式部日記』で大晦日宮中に出没したひとりの賊を捕まえさせ手柄を立てさせようと、検非違使のおとうとをまっ先に呼びにやる姉・式部の愛を思い出した。古典的な姉のいる愛、おとうとよ、がんばれ。特選句「何処までも僕の肉体冬の空」いま、オリオン座の左手、われわれから700光年の近さのベテルギウスが爆発するか、もうしたか、という話があり、これには私たちは全く手が出せない傍観者でいるよりほかはないのですが、この傍観者でいるよりほかはないという感覚と、どこまでも「僕の肉体」というこの句の感覚に妙に響きあうものを感じました。無関係ではないのだが、でも、どうにも出来ない、でも、どうしても関わりがあるのだ、もどかしいそんな愛、そんなリアリズムを感じました。以上です。

いつもなぜか、選句は通院の病院の待合室でしています。たまたま時期がそうなるのと、なぜかそんな場所が意外と選句に合っているという不思議なコラボを楽しんでいます。そうそう、「海原」を読むのにもこの待合室がベストなんです。だから、通院の楽しみの一つは、ここなんですね。みなさま、いつもありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

稲   暁

特選句「冬の木はそこに震災二十五年」今なお作者の脳裏に焼き付いているあの日の光景。それを一本の冬木に集約して悲しみを新たにしている。

月野ぽぽな

特選句「別の世の音まぎれこむ書斎冬」書斎は心を研ぎ澄ませ想像/創造する空間。融通無碍の境地に到達すれば、過去も未来も自在にその空間を行き来することでしょう。今という永遠の豊かさ。心の内の充実には冬が最適ですね。

新野 祐子

特選句「キリトリセンヨリキリトル冬ノ空」類句類想がないですよね。表記の仕方も。冬の空の感じが出ています。大変ひかれました。入選句「冬青草兜太芭蕉の旅寝論(矢野千代子)」」冬青草が、中七下五を生き生きとさせていると思いました。入選句「ヘリ騒音普天間思う年始かな(滝澤泰斗)」本土に住む私たちにとっても切実な問題です。入選句「万歳のふっくら土偶初明り」初明りの中、戦争がなかったという縄文時代に想いを馳せているのでしょう。

桂  凜火

特選句「種袋はらからの呼吸(いき)やわらかに」はらからの呼吸やわらかにのフレーズのえもいわれぬ魅力にとても心惹かれました。はらからの平仮名表記も効果的だと思います。 どこかしら艶かしさもあり不思議な句です。種袋との取り合えあわせでリアリティが出ていると思います。

中村 セミ

特選句「水の闇寒鯉ぬるっと交差する(桂 凜火)」ぬるっとが、この句の要と思う。冬の池の中の鯉、水も冷たいと思う。物理で粘性係数という言葉があり、温度が低い程粘りが出てくるというもので、流体(水・空気)が管渠の中を流れる時に、温度が低いほど、粘性係数は大きくなるという事で、流体の流れは温度が高い時と低い時では、早い、遅い、という事に物理的にはなっている。これは勝手な解釈であるが、ぬるっとが面白かった。水の闇もよく効いている。

谷  孝江

特選句「とうーんと猟銃わたしの羽根が落ちる」もう何年前になるでしょうか、湖のほとりの温泉宿での事です。朝、日の出と共にあちらこちらと銃の音が聞えてきました。ああ今日からは狩猟解禁日なのだな、と思いました。解禁初日は鴨がよく捕れるのだと聞いたのを思い出し、鳥たちが可哀想だな、と心が痛んだ事でした。「わたしの羽根が落ちる」思いをしました。世界のどこからも銃の音が聞こえなくなるようにと願うことしきりです。

高橋美弥子

特選句「キリトリセンヨリキリトル冬ノ空」うまいなあと思いました。カタカナ表記が、冬の冷たい空を象徴しているかのよう。これは季語が動かないですね。脱帽です!!問題句 「三日ゆえ線香花火のごと朝陽」線香花火は朝陽の比喩だとはわかりますが、三日だから朝陽が線香花火のようだというところが今ひとつ理解できませんでした。ごめんなさい。

榎本 祐子

特選句「今生にすこしはみ出て餅を焼く」作者の立ち位置や、心情が見える「すこしはみ出て」が淋しい。生きる糧として餅を焼くことも少し悲しい。

重松 敬子

特選句「種袋はらからの呼吸(いき)やわらかに」待春のエネルギーに満ちた躍動を感じます。四つの季節があるというのは何と素晴らしいことでしょう。正に俳句の心髄。

小宮 豊和

特選句「天と地はきらり時雨に繋がれる」この「繋」の使い方はすばらしい。ふつうは繋留などのように多くの場合、繋の一方は大きくしっかりしたものである。この句の場合は無限大と言ってさしつかえない天と地と、細い時雨の軌跡が繋ぐというのだ。壮大な概念の飛躍である。

増田 暁子

特選句「捨てられてなお立ち上がる夜の葱」元気をもらう句ですね。ほんとに葱は枯れそうになっても首をあげますから。作者の魂を感じます。特選句「種袋はらからの呼吸やわらかに」優しい句です。はらからとは生き物にも通じますから、同じ地球に住んでいる者同士いたわりあいたいと作者は感じておられると思い共鳴しました。

野澤 隆夫

特選句「睦月海の蒼さよ島は眠りの中」1月の海。そして島。小生の50年以上前、小豆島に住んだことを思い出しました。その年に東京オリンピックがありました。カラーテレビが出てきました。島の子ども、人たちと多くの交流がありました。特選句「大根の穴の向かうのサンパウロ」今年は暖冬で大根が大きくなり過ぎ、市場に出せず引き抜いてる農家の写真をみました。大根を引き抜いた穴の向こうはサンパウロなんだと。妙に納得!!「ストーブの消えてアラビア海想ふ」この句もスケール大きく、面白い句だと感心しました。

菅原 春み

特選句「訪ねたき君の消息冬銀河」初恋の人か懐かしいひとか、このごろになってやけに相手のことが思い出される。冬銀河との取り合わせがいい。特選句「少しずつ遺品となりて年明くる(松本勇二)」去年亡くなられた身内の方だろうか。とても一気に遺品整理などできない。少しずつというところ、年の明けるまでの季語ともに切なさと、相手への深い情愛を感じる。

三枝みずほ

特選問題句「別の世の音まぎれこむ書斎冬」冬の書斎にある本の匂い、灯り、ひやっとした空気感と本の世界。「まぎれこむ」によって、現実との境界線が曖昧になってきている感じが伝わる。ただ、声に出して一句を読んでみると、「書斎冬」の語感にどこか違和感。でもこの句は冬だからいい!迷うところだ。

滝澤 泰斗

特選句「ひなたぼこ背中のねぢをまきもどす」ワオキツネザルは陽を両手で受け止め体温維持するが人間は背中で陽を背負い日向ぼこを楽しながら・・・思索したり、ただぼーっとしたり。だが、作者の日向ぼこはエネルギーチャージだと・・・秋の午後の傾いた陽にそんな力を感じる。問題句「亡己利他白紙の賀状もらいたる」幼馴染が後年仏門に入り、年賀状にこの亡己利他の文字を揮毫して送ってくれる。しかし、白紙ではない。冒頭の亡己利他と中七の白紙の関係がもう一つ見えない。しかし、何か、この上と中七に妙な因果を感じさせてスーッと看過できないでいる。

藤田 乙女

特選句「初雪のふと遠い人と重なる」初雪に急に昔を思い出したり懐かしさを感じたりして、関わりをもちながら今は遠い存在となってしまった人を思い浮かべる、そのような感覚は自分にもあり、とても共感しました。特選句「冬三日月密かな水脈に耳澄ませ」透き通るような感性と研ぎ澄まされた美しさを感じました。

亀山祐美子

特選句「川に鴨十日戎の男達」鴨の生存のための群れと男達の商売繁盛祈願の群れ。おもしろ取り合わせだと思う。「十日戎の男達」か「十日戎に男達」とするのか。この句の助詞の選択だが、「の」とすると絵としては完成されるが動きが無く、面白みに欠ける。「に」としたほうが、「に集まる」「に寄る」「に~」とする動詞の省略に想像の余地があり一句が脹らむ気がする。また、「川に鴨十日戎に男達」と「に」「に」と畳かけた方がリズミカルだと思う。特選句「キリトリセンヨリキリトル冬の空」見渡す限り寒晴の真っ青な冬空。裸木の下に入った瞬間空にキリトリ線が出来た。見事な把握。そのキリトリ線に沿い少し、ポケットに入る位で良いから持ち帰りたい願望に同感し、脱帽する。「線」をカタカタ表記にし「から」ではなく「ヨリ」を選択したセンスの良さで「キリ」「トリ」「ヨリ」「キリ」の「リ」の小波の繰り返しと「キリトリセン」「キリトル」の大波の二重構造でリズム感を増し、冬木の枝のボギーボギ感まで表現した。冬空でなければ出ない発想。お見事。問題句「雛あられ銀河に撒きて母を呼ぶ」雛あられが大好きだったお母さんだとしても、これは無い。まるで米を撒いて雀をおびき寄せるようで気に入らない。物で釣られる母なのか。そんな母が好きなのか。人間性を疑う。しかも「銀河」は夏の季語。何でも有りの句会でも、此は酷い。まだ無季のほうが良い。蛇足ながら、「表札へ班長くはへ〆飾り」の「くはへ」の同音異義語に悩んだ私のような粗忽者には「加へ」と限定した漢字表記が有り難い。

明けましておめでとうございます。寒中お見舞い申し上げます。初句会初っぱなから迷子になりご心配ご迷惑おかけいたしました。無事帰れました。今年もよろしくお願いいたします。

久保 智恵

特選句「肝試し十年日記買うか否」十年日記帰ればネ。心を込めて作者の心情、短い中に別れの心情!!心の底に沁みる日常の私でした。

河田 清峰

特選句「三日はや発ちゆく孫の背にシリウス」我が家でも二日と三日に帰っていきました。それもシリウスの出てくる真夜中に…共感する句です。特選句「風花や臆病なわたしを知りたい」好きな句です。

男波 弘志

「玉霰プラットフォームにごつんごつん」とにかくリアルです。「川に鴨十日戎の男たち」春が来ている。「お見合いするってやっと本気の白椿」椿はぽたぽた落ちました。「胸中の蛇の蕩ける冬日向」蛇をも、5体に同化させる日向、バイローチャーナ讃。

野口思づゑ

特選句「キリトリセンヨリキリトル冬ノ空」白い紙をまず思い浮かべたのでカラッと晴れた青い冬空というより、どんよりと重い空をイメージした。大きく広がる空、というよりは切り取られたような自分の頭上の小さな範囲の空の印象でしょうか。特選句「意に沿わぬ人にも母あり九年母(寺町志津子)」作者は九年母のよう、良き香りで人を幸せにしていれるようなお母さまをお持ちだったのでしょう。自分とは到底相入れない人であっても誰かの子供であったのだから寛容に受け入れなくては、という気持ちが伝わってくる。

佐藤 仁美

特選句「キリトリセンヨリキリトル冬ノ空」カタカナの効果があり、「切り取り線」と言う発想が、素晴らしいです。冬の空にも色々あると思いますが、私には、雲が暗いのと明るい層にくっきりと分かれている様を表しているように思えました。特選句「黒豆煮えた現状維持でいいやんか」黒豆と現状維持と言う、取り合わせの妙、「いいやんか」の、とぼけた感じが好きです。「色々あったけど、これでよし。」と、お正月を迎えようとしている様子が、自分と重なりました。

野﨑 憲子

特選句「さみしさの白息を育てています」<白息を育てています>このやわらかなフレーズの中に、エッシェンシャル一本槍な生き方が見えてくるようだ。この<さみしさの白息>は、きっと作者の心の糧になっているのに違いないと思った。問題句「○□△皆老い春炬燵」この作品は、句会の合評でも大いに話題になった。「○□△」の表記にびっくり。きっとおでん鍋を囲んでいて、天ぷらや蒟蒻、卵の形ではないかとか、いやいや集まった人たちの姿だとか、五輪塔では?と言った高尚な把握もあった。「春炬燵」が良い。老年に入った仲間達が集まってワイワイガヤガヤ楽しいお喋りが聞こえてくるようだ。表記もとても新鮮!「○△□」「△□○」何通りも楽しめる。限りなく特選句に近い問題句である。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

モンロー20.jpg
モンロー
初時雨モンローの睫毛は上向きに
松本美智子
湯婆もモンローも同じ抱きごごち
柴田 清子
モンローが好きな一羽の百合鷗
田口  浩
初明りモンローよりもいいをんな
鈴木 幸江
冬すみれ
冬すみれ伸びて縮んで影法師
野﨑 憲子
冬すみれ四時には四時の色になる
田口  浩
お題より着る物選ぶ冬菫
中野 佑海
ひとり寝にシャネルの五番冬菫
藤川 宏樹
思い出は別れが多し冬すみれ
稲   暁
冬菫やさしくされるのが嫌い
柴田 清子
新玉葱
新玉葱齧り女の話など
亀山祐美子
新玉葱育休始める環境相
藤川 宏樹
一皮剥けば人間新たまねぎ
島田 章平
櫛切り新玉ネギや初笑
松本美智子
初鏡
初鏡嘘を吐かないから嫌ひ
島田 章平
百年が揺れて百個の初鏡
田口  浩
アモーレとルカは言うのか初鏡
鈴木 幸江
幼な日の指切りげんまん雪明かり
稲   暁
雪明り深みに入る逢瀬道
中野 佑海
そう言う事かと降る雪が止んでいる
田口  浩
なあになあに雪が空から降つてくる
野﨑 憲子
霜焼
霜焼やつくづく用の無くなれり
柴田 清子
霜焼るされど待ち人あらわれぬ
藤川 宏樹
霜焼や自分をほめて生きていく
松本美智子

【通信欄】&【句会メモ】

【通信欄】本句会の仲間、滝澤泰斗さんのプロデュースで、『金子兜太先生の軌跡を旧トラック島に訪ねて』の吟行旅行が開催されることになりました。滝澤さんは、朝日新聞社系列の旅行会社に勤務され朝日俳壇の選句会へ先生を訪ねよくお話をしていらしたと聞いております。現在も、旅行会社でご活躍中です。☆旅行期間は本年四月十九日(日)~二十四日(金)です。募集人数は十五名、実施最低人数は十名です。私も参加の予定です。詳細を知りたい方は私宛にお問い合わせください。 noriko_n11☆yahoo.co.jp(☆を@に変換してください) 新型肺炎の流行が一日も早く終息するようにと祈るばかりです。

【句会メモ】令和初句会は、「ふじかわ建築スタヂオ」での開催でした。柴田清子さん、中野佑海さんが着物姿で句座に加わり会場がとても賑わいました。坂出の松本美智子さん、観音寺の亀山祐美子さんも参加され嬉しかったです。句会場には、藤川さんが描かれたマリリンモンローの素敵な肖像画がありましたので、藤川さんにお許しを得て<袋回し句会>に掲載させていただきました。一部、作者の意向で掲載しない句もありますが、とても面白い作品がたくさん集まりました。次回が、今から楽しみです。

2019年12月26日 (木)

第101回「海程香川」句会(2019.12.21)

南天ネズミ.jpg

事前投句参加者の一句

       
ため池やとんぼ最後の生き残り 銀   次
夫の影農夫となりて日短し 鈴木 幸江
空に湧く海賊の歌冬来たる 稲   暁
臘月の無調音 来し方思ふ 田中 怜子
冬天へ合掌アフガンに水流れる 三枝みずほ
楽屋裏こちらから月が見えます 桂  凜火
ついてくる影を捨てたる紅葉山 榎本 祐子
音楽に別れを告げて月のぼる 河野 志保
この道を独りで歩む冬銀河 藤田 乙女
三越の袋の中が十二月 柴田 清子
五七五とふ括り自在に鳥渡る 藤川 宏樹
錦秋の寒霞渓風の笑い声 島田 章平
土の人で在りたし葱の真青なる 稲葉 千尋
貌のないマネキン雪の降り出すか 小西 瞬夏
人類のゆりかご大根煮がうまい 増田 天志
綿虫の紙漉く村と知らず舞う 田口  浩
生涯を牝の海鼠で押し通す 谷  孝江
うずくまる埴輪空虚に詩を吐けり 大西 健司
あの店は畳みましたよ冬の虹 高橋美弥子
初霰怠い肉体をぶらぶらん 豊原 清明
新生児天使と悪魔の秋同居 滝澤 泰斗
弟は銀杏の実よ婚急げ 小山やす子
ふっと魚影の蒼さ晩秋の一路照り 野田 信章
父は父を全うしたか湯たんぽよ 三好つや子
雪虫や寂しさのまだ序の口 野口思づゑ
壊れるかも知れぬ微笑み冬薔薇 河田 清峰
白菜の翼をひとつずつ外す 月野ぽぽな
身辺を行き来する影十二月 小宮 豊和
君はもう羽ばたいている冬苺 高木 水志
黄落の銀杏ま中に生きてをり 高橋 晴子
鉛筆の炭素が燃える秋の雲 中村 セミ
老残に光を色鳥に賞杯を 久保 智恵
冬鴉鉄塔占拠三百羽 野澤 隆夫
格闘技はきらい葱煮て寝てしまう 新野 祐子
強く握るコインの表裏クリスマス 男波 弘志
なりふりない母のなさけよ石蕗の黄よ 増田 暁子
白菜を割って寂しい顔ふたつ 松本 勇二
孫の絵の大きいどんぐり落ちる音 重松 敬子
真夜中の救急サイレンクリスマス 菅原 春み
君の眼の星に気づく夜冬の水 竹本  仰
レノン忌や市民に向かう催涙弾 夏谷 胡桃
短日や施設の母と五分会う 漆原 義典
赤よ赤冬枯れにマフラーひとつ 佐藤 仁美
蟻になり水になりつつ年果つる 亀山祐美子
我が影もオシャレをしたき黄葉紅葉 中野 佑海
<追悼 中村医師>アフガンの流れは澄んで青く青くかな 吉田 和恵
蜜柑入れ今朝の弁当完成す 松本美智子
少年の自死白鳥は雫となり 若森 京子
声張り上げて今年も零余子生れけり 伊藤  幸
手袋が落ちてる家庭裁判所 寺町志津子
二上山(ふたかみ)の鞍部に白菜そっと置く 矢野千代子
冬のひらがな光は愛をつたへたい 野﨑 憲子

句会の窓

島田 章平

特選句「父は父を全うしたか湯たんぽよ」「木守柿母の矜持といふのなら」。父と母を描いた好対照の二句。自信のなさそうな父。湯たんぽに聞いてどうする。日本の父親の姿そのまま。それに比べて母を詠った句の凛々しい事。女は弱し、されど母は強し。昭和、平成、令和・・母はぶれずに強く生きているのです。

増田 天志

特選句「刃物屋の前をコートの衿立てて」刃物という抜き身の怖さに対して、コ―トの衿立て。まさに、対照的表現。補完的というか、巧く付いている。

中野 佑海

特選句「冬のひらがな光は愛をつたへたい」冬の煖炉の柔らかな光の中。子供を膝に乗せて絵本を読み聞かせる。こんな至福の時は無い。平仮名という優しい文字は愛を載せて世界を駆け巡る。俳句も!特選句「鯨相手に箸拳しゆう男波某(田口 浩)」男波さ~ん、悠長に鯨相手に箸拳ですか?何時になったら讃岐に帰ってくるんですか?皆待ってま~す。「臘月の無調音 来し方思ふ」あれもこれもとしなきゃいけない事ばかり。思うばかりで何も手に付かぬ。あ~今迄何してたんだ私。「貌のないマネキン雪の降り出すか」このどうしようもなさ。その上雪催い。不貞るしかない。「生涯を牝の海鼠で押し通す」私にどうしろと、掴み所の無いあなた。「うずくまる埴輪空虚に詩を吐けり」一見がらんどうの埴輪。甘く見てはいけないよ!私にだって思うことはあるんだ。「次男には次男の母で霜の夜」長男には長男の、次男には次男の其れ其れに対する母の貌は違うんです。「壊れるかも知れぬ微笑み冬薔薇」ちょっときつい言葉で直ぐに壊れるかもしれぬ人間関係の危うさ。「スコップを投げ出し子らは雪を追う」雪かきなんてやってらんない。遊べや、潜れ。「止まるごといただく冬日和各駅停車」一口に冬日和と言ったって、町ごとに趣が!以上。 今月は難しかったです。来年も宜しくお願いします。

稲葉 千尋

特選句「人類のゆりかご大根煮がうまい」今も、大根煮を作りました。自分で、これは旨い。ゆりかごにゆられている感じ。

小山やす子

特選句「黄落の銀杏ま中に生きてをり」黄落の銀杏の明るさに対比して未来に向かって生きて行く覚悟が感じられて勇気をもらいました。

矢野千代子

特選句「短日や施設の母と五分会う」:「短日」「五分」には、さまざまな思いがあふれています。うまい時間設定に感心しました。

一年間ほんとうにお世話になりました。感謝いっぱい!そして来年もよろしくおねがい申します。良いお年を!

松本 勇二

特選句「孫の絵の大きいどんぐり落ちる音」実景から虚構へすとんと移行させて秀抜。

久保 智恵

特選句「冬天へ合掌アフガンに水流れる」アフガンの医師に黙祷。特選句「なりふりない母のなさけよ石蕗の黄よ」この年になっても母の有難さが沁みます。

榎本 祐子

特選句「冬蝶の内がわ限りなく奈落」奈落はどん底のことだが、「限りなく」で、どこまでも続く深い闇にゆらゆらと落ちてゆく景が見える。それは冬蝶の内面世界であるというところが幻想的。

小西 瞬夏

特選句「赤よ赤冬枯れにマフラーひとつ」:「赤よ赤」と畳みかけるように赤。それが意味ではなく、感覚に訴えてくる。赤いマフラーに心象をすべて語らせている。「三越の袋の中が十二月」さりげなく12月らしい。しかもとても具体的(三越・袋)であり抽象的(12月)という両面のバランス。問題「ふっと魚影の蒼さ晩秋の一路照り」密度濃く、しっかりかけているだけに、ややくどい。作為を強く感じてしまう。とても印象に残ったのに、とれなかった。「強く握るコインの表裏クリスマス」何か賭けをしているのか、それともクリスマスなのにコインしかポケットにないのか。どちらにしても、クリスマスとの新鮮な取り合わせ方。「年越や金魚のいない金魚鉢」こんななんでもないところに、行く年来る年を感じている俳味。「手袋が落ちている家庭裁判所」この持ち主を想像させる。ものに語らせるテクニックと、場所の設定の巧みさ。

田中 怜子

特選句「白菜を割って寂しい顔ふたつ」私の生活では、4分の1サイズの白菜を買うので、一株をざっと切り分けることはないのですが。割って新鮮な白菜の匂いと縦線の葉重ねを寂しい顔と表現したのが面白い。こんなことにも面白さを見つける生活はいいですね。「アフガンの流れは澄んで青く青くかな」の、流れは住んで青く青くかな 下5が重なっているのがどうなんだろう。映像で見た中村さんたちが故郷の山田堰を模した堰が、この句から思い出されました。地上の戦乱とは離れて、大地を悠々たる流れが横たわっている、夜の景色のように思われます。早く静かな生活を取り戻してほしいです。

若森 京子

特選句「冬天へ合掌アフガンに水流れる」医師の仕事よりもまず水をとアフガンに水路を造るために自ら土地を掘り起こす中村医師の姿が眼に焼き付いている。中村医師に哀悼の合掌をする時、水の流れる音が聞えてくる様だ。最近一番胸の痛む事件でした。特選句「君の眼の星に気づく夜冬の水」発想の若々しさ純粋さに惹かれ一瞬青春がよみがえりました。好きな句です。

河田 清峰

特選句「綿虫の紙漉く村と知らず舞う」紙漉きの時透き通るような青い色があたかも綿虫のように見えるのを「知らず舞う」と言いえたのが良かった。もう一つ好きな句「和妙の月に土偶の合掌す(大西健司)」柔らかい月と土偶の取り合わせが気持ちいい句です。

夏谷 胡桃

特選句「夫の影農夫となりて日短し」。夫は定年後に農業をはじめたのでしょうか。日が暮れかかっている畑で作業する夫の影。農夫も板についてきたなと思う妻。特選句「手袋が落ちている家庭裁判所」。ウクライナ民話では落ちた手袋に動物たちが住み着きはじめました。道路によく落ちている軍手はトラックのキャップに被せていたものという話があります。家庭裁判所に落ちている手袋にもドラマがありそう。メロドラマか、サスペンスか、家庭裁判所を持ってきたのが味噌ですね。問題句「人類のゆりかご大根煮がうまい」。今年、わたしは大根が上手につくれました。まいにち大根煮でも飽きない。この句も特選にしたいくらいなのですが、「人類のゆりかご」が、どうしても納得いかないというかわからない。もう少し身近な取り合わせで、「大根煮がうまい」と叫んでほしかったように思います。

 俳句をお休みしていましたが、野崎さんのお誘いで復活しました。どこにも属していませんが、締め切りがないと俳句をつくらないので、またお世話になります。よろしくお願いいたします。

鈴木 幸江

問題句「臘月の無調音 来し方思ふ」手強い作品であったが、人生の暗部が魅惑的に伝わってきて、解釈の挑戦をしたくなった。まず、“臘月”が分からなかった。“臘”とは古代中国の神や先祖の霊に狩猟の獲物を捧げる祭のことだそうだ。殺生をせねば生きてゆけぬ人の罪の意識と生き物への感謝が込められた季語なのだ。次に“無調音”は子音を外した音組織のことだそうだ。すなわち母音のことだろうか?良くわからなかったが、無という文字から無常観と生きるための暗部が感受され惹かれた。難解な措辞から、制御できない人生を受け止めようとする意志も感じられ、良くわからないがそのまま受け止めたいと思った。問題句「新生児天使と悪魔の秋同居」神は何故、この世に天使と悪魔を創造したのか?これはキリスト教の解釈書によく登場する問いである。天使と悪魔の存在する世に無垢な新生児は生まれ落とされた。“秋同居”は造語だろうか?“秋”で切るのだろうか?良く分からない。でも、実りの秋からパワーを是非貰って欲しいと思った。以上。

大西 健司

特選句「壊れるかも知れぬ微笑み冬薔薇」実に繊細な感覚。いつ破綻するかも知れない日常の脆さが読み手に重く響いてくる。

寺町志津子

特選句「アフガンの流れは澄んで青く青くかな」十二月四日、日本中の人々が、アフガニスタンの人々が、そして、世界中の心ある人々が、言いようのない悲嘆にくれた中村哲医師の銃撃死。中村医師は、長年、アフガニスタンで、単に医療行為のみならず、戦乱と干ばつで酷く荒れていた地の緑化事業、灌漑事業に取組み、農業用水路を作り、実りの畑にされていたことは知ってはいたものの、中村医師襲撃死ニュースの映像で見た見事な緑に言葉を失った。未だその余韻が消えないでいる今、中村医師への追悼句である揚句に出会い、一読、清冽で美しい透明感に心惹かれた。句の構成は五・七・八となっているが、下句の「青く」「青く」の繰り返しが、詠嘆の「かな」と連動して作者の中村医師への強い惜別の思いも感じられ、平明な語の句でありながら、感動ある忘れられない句となった。「冬天へ合掌アフガンに水流れる」も好感。

野澤 隆夫

特選句「空に湧く海賊の歌冬来たる」冬空ってじっと眺めていると意外と楽しいものです。雲の動きに海賊の歌を聞いた作者の感性がいいですね。そして、冬が来た。この冬を乗りきろうとの作者の決意がみなぎっています。特選句二つ目。「伊勢平野をオスプレイゆくついらくせず」五色台のオスプレイ騒ぎもありました。その後どうなったのだろう?伊勢平野のオスプレイも墜落はしなかったのですね。安心しました。「ついらくもせず」がいいです。特選句三つ目。「レノン忌や市民に向かう催涙弾」昭和55年12月8日だったかと。レノン忌と香港騒動を上手に時事句にしてると思います。「刃物屋の前をコートの衿立てて」も面白い句だと思いました。

佐藤 仁美

特選句「次男には次男の母で霜の夜」子どもにとっては、私の、私だけのお母さんでいて欲しいのでしょう。そして、母もその子、その子に向き合いたいけど、忙しかったりして出来なかった時に、このように思ってしまうのでしょう。霜の夜が、シャリシャリとした気持ちを表していて、共感しました。特選句「白菜を割って寂しい顔ふたつ」白菜を割ったのが、顔に見えたのが、少し微笑ましく思えました。でも、割った本人が寂しかったのですね。映し鏡です。

藤川 宏樹

特選句「生涯を牝の海鼠で押し通す」すでに人生の大半を「牡の怠け」で過ごした私は、「牝の海鼠」で押し通すという決意に惹かれた。雌雄異体の海鼠をカタツムリ、ミミズといった雌雄同体に置き換えれば性の選択で、より興味深くなるかもしれない。ちなみに春の季語、海牛、雨虎(あめふらし)は雌雄同体のようです。

伊藤  幸

特選句「あふあふ笑い老いゆくもあり川紅葉(野田信章)」老後は喜怒哀楽の喜と楽のみあれば良し。笑って暮らしたいものだ。

竹本  仰

特選句「黄落の銀杏ま中に生きてをり」小生の知り合いのご老人が、最近夕刻になって落ち葉が滲みるように感じると言われる。これまで読み飛ばして来たものが一つ一つ意味を帯びていることに気づいたように、というのである。銀杏の実を手放した雌の銀杏はどうだろう。さらにその感じは濃くなる。富澤赤黄男の句〈爛々と虎の眼に降る落葉〉も没落と孤立、そんな過去の傷みを夕光のなかに振り返ったものかと思える。そして、私の友人の一人はこんなことを言う、まだそういう観照があるだけいいよ、私の友人の多くはそんな一瞥すら知らずに、急ぐようにあちらに逝ってしまったんだから、と。特選句「5Bの蛇の眠りと根の営みと(三好つや子)」6Bの鉛筆の濃さに一つ足りない蛇の冬眠。1B分明るいのは、その近くに根っこが眠らずに次の季節のために営々と蓄えている水のひかりのせいだろうか。冬眠のほのあかり。蛇の横顔。根の優しい大きさ。そんな童話風の挿し絵のようなものがここにある。特選句「手袋が落ちてる家庭裁判所」落ちた手袋がひとをひきつけるのは、その何かしたかった感、その途上感がそのまま残っているせいではなかろうか?生きているうちにはなかなか見えにくい生はつねに途上であるという形が、そこに刻印されているようにすら思える。だから強烈な愛おしさが感じられ、そういうのを存在感と呼んでもいいのかもしれない。一方、家裁と言えば、離婚の調停であり、養育権の云々、少年犯罪のもろもろ。家庭の紛糾の断面がそこに横たわる。この二物衝撃が、現代だなとも、何とも言えないニッポンのB面にある漂泊感、またその途上感がありありと出て、秀逸であるように思えた。問題句「√には無限のひろがり空高し(寺町志津子)」なぜ人類は平方根というものに気づいたのか?その発見に自然の何が、どういう風土があずかったものか。ほとんど割り切れない小数点以下の世界の、その割り切れない現実と数字への愛。でも、それをたしかめてみないことにはという平方根愛、やむことのないトートロジー(同語反復)、あるいはリフレインへの病みつきか。そういうやみつきの愛が秋の乾いた空気の中で、たしかに数字の音が聞こえる、その分解された音が、組み立てに近づこうとする一歩一歩の音が、聞こえているのか。うらやましい限りだ。以上です。

あわただしい年末、なんでしょう、この流れ、ああ、踊らされている。でも、よく考えると、年がら年中、そうでした。除夜の鐘をつきながら、たぶん、そんな自分をよしよしと慰撫するしかないんでしょうか。急速にやって来る反省と、年が変わるころのあの空白感。ふむふむ、それは何なんでしょう?さて、みなさま、今年も大いにお世話になり、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

河野 志保

特選句「手袋が落ちてる家庭裁判所」家庭裁判所という濃い感情が絡み合う場所。「落ちてる手袋」は、家族や社会といった何かしらの枠組みから生まれた、不毛の争いや寂しい結論に見えないだろうか。無理矢理な解釈で説明もうまくできないが、乾いた魅力の句だと思う。

吉田 和恵

特選句「真夜中の救急サイレンクリスマス」もし仮に、イルミネーションの中を救急搬送されたとすれば銀河を進んでいると思うかも知れない。これはきっと美しいことだろう。問題句「格闘技はきらい葱煮て寝てしまう」格闘技がきらいな事と葱を煮ることの間にある壁を乗り越えられるかどうかそれが問題。

豊原 清明

特選句「ため池やとんぼ最後の生き残り」生き残りを讃えている。生への執着か。生きることを求めている。特選句「蠅叩き離さぬ魚屋あり立冬(野田信章)」立冬も蠅がたかる魚屋。面白いと言えば面白く、魚屋の活気か。問題句「極刑を入れておく箱冬日和(三好つや子)」極刑の冬日和。冬とはまさにそんな苦しみを味わう。

野口思づゑ

特選句「冬の風鈴地球とふ花一輪よ」風鈴、それも冬の風鈴と花一輪との組み合わせが面白い。また今は何かと問題が指摘されている地球を花一輪としたプラス思考が嬉しい。「 蠅叩き離さぬ魚屋あり立冬」あちこちで季節外れの現象が見られますが、具体的な映像で巧く捉えています。「冬天へ合掌アフガンに水流れる」中村医師を悼み、その業績を簡潔に述べていると思いました。「生涯を牝の海鼠で押し通す」ユーモラスで、押し通す、としたところに惹かれました。良い生涯に違いありません。 

今年も大変お世話になりました。金子先生が亡くなられ、私は俳句と少し距離があいてしまった気がするのですが、それでもどこか留まっていられるのは「海程香川」句会のおかげだと感じています。来年もまたよろしくお願いいたします。

亀山祐美子

心情的には「白菜を割って寂しい顔ふたつ」を特選に押したいのだが、「割って」の「て」の断り、説明が気になる。それ以上に「寂しい」が気にいらない。喜怒哀楽を言わずに「寂しさ」をものに語らせて欲しい。「向き合う」「無言の」等々、楽をせずにもっともっと自分に向き合い掘り下げなければ月並みで終わってしまう。着眼点が良いだけに残念だ。特選句「白菜の翼をひとつずつ外す」夕食の準備だろうか、畑でだろうか、大玉の白菜の立派さ出来の良さを愛で、家族の腹を満たす喜びが伝わる。大らかな佳句。年の終わりに気持ちの良い句に出会えた。嬉しい。

 また来年もよろしくお願い致します。どなた様も良いお年を…。

月野ぽぽな

特選句「白菜を割って寂しい顔ふたつ」身の回りの物事は自分の鏡。こんな気分の時はありますよね。料理の進むうちに心が癒されますように。

三好つや子

特選句「人類のゆりかご大根煮がうまい」人類にとっての「ゆりかご」は、豊かな恵みをもたらす大地と、そこに生きている人々のつましい暮らしのことかも知れない。この句の哲学めいた言い回しに魅力を感じ、こころに刺さりました。特選句「白菜の翼をひとつずつ外す」 霜が降り、いっそう甘味を増した白菜が、料理の好きな主婦の手により、煮物、和え物、漬物など・・・に羽ばたいていく様子が美しい。日常をこんな風に表現する作者の言語感覚が、素敵です。入選句「冬のひらがな光は愛をつたへたい」迷っている人には肩をポンと叩いてくれる父のようで、淋しい人には母のような温もりで包んでくれる、冬日の存在をうまく捉えていると思います。入選句「初霰怠い肉体をぶらぶらん」きらきらとした霰のなかを漂いながら、歩いている作者が目に浮かびました。とりわけ下五のオノマトペが面白い。

滝澤 泰斗

特選句「うずくまる埴輪空虚に詩を吐けり」目と口が黒い埴輪は、確かに口を開けて、見ようによっては何かを言っている。それが詩だという。埴輪を傍観している作者がいつの間にか擬人化も感じらる句。特選句「二十八長女の喪てふ明朝体(藤川宏樹)」筆やペンで手紙を書かなくなったが、通信文も含め、人への書簡は必ず、明朝体のフォントを使う。あらたまった格調を感じさせる明朝体がすきだから・・・28歳で逝った長女の人となりを明朝体が物語る。最短詩の最高の追悼句。合掌。問題句「√には無限の広がり空高し」√記号を句にとりいれる斬新さに目めを奪われた・・・ この論法で行くと∬や🎼などもと空の高さも広さもとまさに無限の広がり・・・俳諧自由の金子先生後継ならではだが、人口に膾炙するまで時間がかかりそう。

来年(2020年)で古希ながら、まだ、仕事をしております。土日は二つの合唱団の練習優先で、東京例会をはじめ、土日の開催が多い句会出席は絶望。しかし、金子先生の薫陶の中にいらした方の新鮮な俳句には触れていたいので、海原への投句はもちろん、欠席投句のわがままを許していただいているところには投句しています。この度、野﨑さんのお薦めで、海程香川の高い敷居を跨ぐことになりました。何卒よろしくお願い申し上げます。

藤田 乙女

特選句「冬天へ合掌アフガンに水流れる」中村氏の訃報は見ず知らずの私でもとてもショックで切ない気持ちになりました。私も合掌するばかりです。特選句「だんだんに居場所定めし種ふくべ(小西瞬夏)」来し方を振り返り、また行く末を考えしみじみとした思いになりました。琴線に触れる句でした。

野田 信章

特選句「雪虫や寂しさのまだ序の口」の「雪虫」は句意からして「綿虫」のこと。雪国の早春の雪虫ではない。晩秋から初冬にかけての間(あわい)の情感の把握が美しく、やがて深まりゆく冬の透徹した寂寥感に真向く姿勢の伺えるものがある。そこに精神の充実感も自と宿ることを自覚している人の句だとも言えよう。―自然の只中に先ずは身を置くことを「序の口」としたいと思うのみである。

重松 敬子

特選句「冬のひらがな光は愛をつたへたい」ひらがなのもつ嫋やかさを上手にとらえ、小春日の窓辺の景色が広がっつてくる。ほーっと、誰もが持てる幸せな時間。

高木 水志

特選句「五七五とふ括り自在に鳥渡る」渡り鳥がひとかたまりで移動する様子を五七五の可能性と取り合わせたことが上手いと思います。複数の渡り鳥が協同して生活する様子も見えて良いと思います。

桂  凜火

特選句「一身上の都合目深に毛糸帽(谷 孝江)」ぶっきら棒なのだけど 少しミステリアスで心惹かれました。一身上の都合とだけ言っているが、本当は誰かに聞いてほしい、その理由説明して打ち明けたいという気持ちが伝わってきて良かったです。

男波 弘志

特選句「十本の鳥居を束ねると狐(柴田清子)」妖しい世界。まだ我々にも妖怪に変容する、エネルギーがあるだろうか。「楽屋裏こちらから月が見えます」秀作。芸道を極めたひとの余裕あり 「父は父を全うしたか湯たんぽよ」準特選。僕の父は確かに父を、ひとを全うした。「蟻になり水になりつつ年果つる」秀作。いのちの循環。季語はどの季節でも自在に扱いたい。「手袋がおちてる家庭裁判所」秀作。にんげんの分別心がおちている。宜しくお願い致します!

増田 暁子

特選句「土の人で在りたし葱の真青なる」上句下句の組み合わせが素晴らしくリズムも良いです。特選句「白菜を割って寂しい顔ふたつ」白菜と寂しい顔の取り合わせがとても腑に落ち絶賛です。 以上よろしくお願いします。 

 この一年色々とありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願い致します。

松本美智子

特選句「三越の袋の中が十二月」:「花ひらく」猪熊弦一郎さんのあの紙袋を目にすると子供の頃から特別なワクワクする感情をもったものです。「12月」の季語がうまく機能しているなあと思いました。

柴田 清子

特選句「次男には次男の母で霜の夜」母と子の微妙な心理を霜の夜で纏めている。長男ではなく次男に置いた所がさらに句として成功している。特選句「少年の自死白鳥は雫となり」少年の死を限りなく美しく謳い上げている特選でなければならないと思った。特選句「手袋が落ちてる家庭裁判所」読み手一人一人に与えてくれるものが、この手袋には、いろいろある深く考えさせられた。特選句「月を追ふ大きい夜になりゆけり(三枝みずほ)」見方を変えれば、人生そのもののように思えた。

令和元年、ありがとうございました。新しい年も楽しみに参加したいと思います。

新野 祐子

特選句「若僧の作法の稽古秋闌る(田中怜子)」この上なく静かな秋の空気の中で稽古する若い僧たちの凛々しい姿が現れます。「秋蘭る」の斡旋がいいですね。入選句「白菜を割って寂しい顔二つ」白菜を縦に割ってみると、そう言われればそういう顔にみえますか。「僕の秘境しばれる原野を歩くよう」私の秘境も、燦々と陽が差し込むようなところではないです。大いに共鳴します。問題句「銃は持たない にんげんに夕時雨」何か深い意味を含んでいる句なのでしょうが、それが何なのかわかりませんでした。気になります。中村哲医師の追悼句がありますね。殺害されるなんて、こんなことあっていいのでしょうか。ここ山形で今年五月に中村さんの講演会があり、私の質問にもていねいに答えてくださいました。あの真摯な輝く瞳が忘れられません。

中村 セミ

特選句「生涯を牝の海鼠で押し通す」ナマコとヒトデやウニに近い仲間の棘皮(きょくひ)動物門(どうぶつもん) という分類。ふだんは砂の中のプランクトン・死んだ物をたべるので海の掃除屋と呼ばれる。オスとメスの見分け方というのがあって繁殖する時に立ち上がろうとしているのがオス。だから繁殖期でなければオス・メスはわからないんですね。で、繁殖期にオスが糸状の精子を出しメスがそれを受けとるという事になる。句についてですが客観的なナマコを見て、容姿を見て私もこんな感じで人生をかたくなにゆっくり、ゆっくり歩んでいるのかなという事を感じました。何か、ほのぼのとした一般的な家庭の主婦を感じました。そこがよかったです。

谷  孝江

特選句「君はもう羽ばたいている冬苺」この句の持つ若さには勝てないなと言うのが一番です。「声張り上げて今年も零余子生まれけり」も大好きです。毎回選句させて頂いて思う事は、選句は句作りよりむつかしいな、です。どうしても自分流が入ってしまうからでしょうか、百人百様と自分勝手な思い込みで選させてもらっています。ゆっくりと時間をかけて読み込めばきっとすばらしい句、感性も分かりますが、いつまで経っても同じ所を歩き回っている様な気がします。会員の方々のご批評を時間をかけて読ませてもらい味わいたいと思っています。

銀   次

今月の誤読●「冬空の京が明るし茶器を買う(稲葉千尋)」。久しぶりの京都だ。噂には聞いていたが外国人観光客が多い。それがいいことなのかどうかわたしにはわからない。まあどっちだっていい。冬の京都は寒い。そこがいい。わたしには神社仏閣を巡るといった趣味はない。ただブラブラと歩いて町の風情を楽しむのが好きなのだ。そして京都は歩く価値のある町なのだ。てなことで、歩いていたわたしはふと骨董品屋の前で立ち止まった。ショーウィンドウの片隅に淋しげに転がっている抹茶茶碗が気になったのだ。もっともわたしに茶道の心得はない。これでお茶漬けを食べたらさぞ旨かろうと思ったのだけのことだ。店内に入ってその茶碗をしげしげと見ていると、さっそく店主らしき老人がやってきてあれこれ能書きを垂れる。どうだっていいんだよ、そんなこたあ。こっちは茶漬けの茶碗を買おうってだけなのに。値段を訊いてみた。法外とはいえないまでもそこそこだった。うーんと考えてると、店主は「二千円、お値引きします」ときた。庶民はこういうのに弱い。軽いパンチを打たれるとクラッとするのだ。買った。小さめの段ボールに入れてもらって帰路につこうとすると、細い路地だ。軽トラとすれ違った。折悪しく軽トラのミラーが茶碗を入れた段ボールにぶつかった。ヤな音がした。といって往来で荷物を改めることもできない。でも軽くぶつけただけだもの。と安心半分、不安半分で家に持ち帰った。荷を解いてみると、あちゃー、やっぱりだ。見事に真っ二つに割れていた。ふうとわたしはため息をついた。ーー思うのだが、こうした小さな厄災は人生を豊かにしてくれるのではなかろうか(大きな厄災はゴメンだが)。もしわたしがその茶碗を常使いしていたら、それはただの食器でしかない。だが京都で買った(わたしにとっては)ちょっと贅沢な茶碗を割っちまったということは、苦笑とともに思い出になる。そしてそうした小さな思い出が積み重なって人生になるのだ。などと理屈をこねて、わたしはその茶碗をゴミ箱に捨てた。

菅原 春み

特選句「冬天へ合掌アフガンに水流れる」:「海程」ならではのタイムリーな句です。それにしてもなんともおしい人を亡くしてしまいました。水が流れているところに、永遠を感じます。ご冥福を祈っております。特選句「レノン忌や市民に向かう催涙弾」兜太先生でしたら、許さないとおっしゃるはず。世界が平和へよりもきな臭いほうへ向かっているようです。国境のない世界を想像してと歌ったレノンも憤っているのではないでしょうか。

稲   暁

特選句「この道を独りで歩む冬銀河」芭蕉の名句「この道や行く人なしに秋の暮」との類似性はあるが、「冬銀河」によって心象の表出がより立体的になっている。平明な表現の中に深い抒情性が感じられる。問題句「生涯を牝の海鼠で押し通す」作者の自画像として読んだ。「牝の海鼠」が意表をついていて面白い。

田口  浩

特選句「格闘技はきらい葱煮て寝てしまう」年末恒例のテレビジョンの事かも知れない。(いや、そうでなくてもよい)初っ切りのような格闘技に目を腐らすよりは<葱煮て寝てしまう>ほうがさっぱりと気持ちの良い朝を迎えることができよう。句は現在の俳諧をさらりと詠んで微笑ましい。

高橋 晴子

特選句「白菜を割って寂しい顔ふたつ」白菜の断面を寂しい顔と見た感じた面白さと作者の内面が感じられて共感。特選句「孫の絵の大きいどんぐり落ちる音」どんぐりの絵から音を感じさせられた。描き手がうまいのか鑑賞がうまいのか、どんな絵かみたいが小さい子の絵は時にハッとさせられるものがある。大きいどんぐりなのか、どんぐりの落ちる音が大きいのか、後者の方が面白いが、それだと大きいの位置を変えなければ、です。問題句「老残に光を色鳥に賞杯を」何かシェイクスピアのセリフみたいで面白いのだけど、作者の顔が見てみたい句。面白すぎる?

小宮 豊和

「赤よ赤冬枯れにマフラーひとつ」印象鮮明な句である。この句の場合、鮮明であればあるほど良いと思う。うまくいくかどうかわからないがやってみよう。「緋のマフラー冬枯れのなかたったひとつ」賛否両論あると思われるがどうだろうか。問題は言葉の選択とご順であることはまちがいない。

三枝みずほ

特選句「愛それはいいことだろ開戦日(河田清峰)」反戦、平和への思い。自己、家族、自然などやはりそこは愛なんだろう。「人間っていいものですよ」と仰っていた金子兜太先生をふと感じた。

漆原 義典

特選句は「我が影もオシャレをしたき黄葉紅葉」とさせていただきます。私は自分の影を意識したことなかったですが、影に注目した作者は凄いと思います。また影の黒と紅葉の対比をオシャレと感ずる作者の感性に感動しました。ありがとうございました。

野﨑 憲子

特選句「錦秋の寒霞渓風の笑い声」小豆島は風の島である。この笑い声は、大笑いである。歓喜の笑いは元より、慟哭までも笑いとする島丸ごとの笑い声。寒暖の差が激しいほど濃く紅葉する錦秋の絶景寒霞渓ならではの一句。特選句&問題句「音楽に別れを告げて月のぼる」初見、唐突に「富士たらたら流れるよ月白にめりこむよ(金子兜太)」が浮かんできた。師の句は、天と地の壮大な交響曲のような作品である。掲句は、その月白から出て来た月のように見えて仕方がなかった。この「音楽に別れを告げて」に少し作意を感じたが、とても惹かれた作品である。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

聖歌
聖歌すれちがう青年の厚化粧
田口  浩
聖歌降るつまらぬ世界に聖歌降る
銀   次
その中の一人ねてゐる聖歌隊
柴田 清子
聖歌隊過ぎし泉のふと影る
稲   暁
光り束ねて小学生の聖歌隊
野﨑 憲子
イライラは偏桃体夜の聖歌隊
河田 清峰
ワイングラスに指紋くっきり聖歌
増田 天志
牛肉のあかあかとある聖夜かな
男波 弘志
パス
パストスラガーマン髭豊か
亀山祐美子
パスポート夢の続きは凍てる滝
増田 天志
十二月パスして友と梯子酒
島田 章平
くしゃみ
くしゃみの音おかしくてひとりたのしくて
松本美智子
くしゃみしてなんだかうれしくなりにけり
鈴木 幸江
嚏して太陽をうごかしてゐる
小西 瞬夏
とりもどす真人間の顔大くさめ
亀山祐美子
くしゃみして空はただ明るい日
三枝みずほ
くしゃみと咳出たらすぐ飲むポポンS
漆原 義典
荒神さまはお怒りじゃ大くさめ
増田 天志
わたしなりにわたしを律するくしゃみ
田口  浩
せっぱつまってくしゃみなんかをひとつ
三枝みずほ
カラオケ
カラオケの店に地球儀クリスマス
鈴木 幸江
マフラーを二人で巻いてカラオケす
柴田 清子
カラオケという白い棺桶
中村 セミ
カラオケの威勢が良くて冬鴉
中野 佑海
散紅葉
黒々に男の乳首散紅葉
藤川 宏樹
散紅葉図星されている快楽(けらく)
田口  浩
結願時までの坂道散紅葉
島田 章平
棺に国旗ふる里は散紅葉
増田 天志
唇の朱さを笑ふ散紅葉
亀山祐美子
散紅葉矢頭右衛七供養塔
河田 清峰
風に陽に従ふ紅葉散りゆけり
柴田 清子
冬至
かゆいとこありませんかと冬至の湯
河田 清峰
嘘ひとつ冬至の水のあをさかな
亀山祐美子
いろいろありました冬至湯で寝る
島田 章平
神経も指も太くて冬至かな 
中野 佑海
湯に水を差したりもする冬至かな
田口  浩
闘病の父支え入る冬至風呂
松本美智子
そうですか冬至ですかとしあわせ
鈴木 幸江
吾が影は愛しき他人黒冴えて
鈴木 幸江
黒が来る午前零時に黒が来る
銀   次
漆黒の黒髪ゆらり大狐火
野﨑 憲子
少年に黒のまつはる聖夜かな
小西 瞬夏
街聖夜黒いさかながポケットに
男波 弘志
黒猫の目の底に冬荒れている
稲   暁
黒が重なってゆくやかんの蒸気
中村 セミ
冬服の黒着て贅沢微糖珈琲
柴田 清子
セザンヌの林檎浮きカラオケの「糸」
藤川 宏樹
しつけ糸捨てて冬蝶影棄てて
小西 瞬夏
亡き妻のセーターほどく毛糸玉
増田 天志
平和への伝言冬の糸電話
野﨑 憲子
冬蝶
好きという海馬の中に冬蝶綴る
中野 佑海
もう追わなくてもいい冬蝶の空
三枝みずほ
風まかせ星まかせなり冬の蝶
野﨑 憲子
冬の蝶地につくほどに髪伸ばす
亀山祐美子
うずくまる犬に行きつく冬の蝶
男波 弘志
冬蝶のうすきまなざし掴まへる
小西 瞬夏
荒野より一粒のひかり冬蝶
銀   次
尻あがりして少年期です冬の蝶
田口  浩
冬蝶を抱き銀座を午前二時
島田 章平
冬の蝶みたことないけど生きててね
松本美智子
 
雪女あなた似の子を産み落す
柴田 清子
ここはむかし子宮だった雪だった
小西 瞬夏
雪が降る銀河鉄道までの旅
島田 章平
わが窓に来るときはくる雪女
田口  浩
雪もよひこの星はまだ生まれたて
野﨑 憲子
靴下に詰めておきたい雪の音
亀山祐美子
アベマリアアベマリア雪ふりだせり
小西 瞬夏

【通信欄】&【句会メモ】

2019年最後の句会は、18名の参加で、いつもの67会議室が満杯状態になり、幸運にも、たまたま空いていた円卓会議室に変更して開催いたしました。大津から増田天志さん、岡山から小西瞬夏さん、高知から男波弘志さんも参加し、熱い句会となりました。事前投句数は156句、<袋回し句会>の句数は137句、記念すべき句会でした。句会の後は、10月の第一回「海原」全国大会㏌高松&小豆島の打ち上げ会を兼ねた忘年会を句会場のすぐ横に建つサンポートタワー29階「若竹」で開催しました。いつも句会の後はすぐにお開きでしたので、この時とばかりに色んな話に花が咲き大盛会でした。とても楽しく豊かな一日でした。ありがとうございました。

皆様、この一年間、本当にお世話になりました。これからも、金子兜太先生の「俳諧自由」を信条に、一回一回の句会を大切に精進してまいりたいと思います。来年も宜しくお願い申し上げます。どうぞ佳きお年をお迎えください。

Calendar

Search

Links

Navigation