第63回「海程」香川句会(2016.07.16)
事前投句参加者の一句
豊かさを一椀に盛るさくらんぼ | 藤川 宏樹 |
キャベツ裂く昼の厨を昏くして | 小西 瞬夏 |
裏もお引っ越し枇杷いつ生りて落ちたやら | 伊藤 幸 |
まいまいの茫と手を抜く衣食住 | 若森 京子 |
梅雨茫茫土間に猪肉焦がしをり | 河田 清峰 |
大夕立広重天を斜め切り | 漆原 義典 |
壊れゆく母と月夜のカタツムリ | 増田 天志 |
簾吊り飛べない鳥のやうにゐる | 谷 孝江 |
緑陰に見え隠れする父の背よ | 中西 裕子 |
すやすやと絵本枕の遠花火 | 古澤 真翠 |
好きだった木が倒されて夏の空 | 河野 志保 |
夏水脈に入り日のぬた場燧灘 | 中野 佑海 |
無職同士団塊同志梅雨の宿 | 稲葉 千尋 |
耳に痛い刺と飲み込むアイスコーヒー | 由 子 |
素直なる曲がりがよろし笊胡瓜 | 町川 悠水 |
夏波のごつんと父の太き腕 | 重松 敬子 |
一秒に百のかけひき競泳や | 三好つや子 |
鉤一本鮪をいなす仲買人 | 田中 怜子 |
蛇の衣とはしなやかな一である | 月野ぽぽな |
天気図のように華やげ蝸牛 | 小山やす子 |
敗戦日島に伝はる子守唄 | 三枝みずほ |
遠景の八月の厄影伸ばす | 野口思づゑ |
嬰の足裏己の足裏蝉時雨 | 亀山祐美子 |
読み浸る古き恋文濃紫陽花 | 藤田 乙女 |
伊吹島なめくじももいろ婆の掌も | 野田 信章 |
夕焼けを窓枠に入れモーツアルト | 銀 次 |
賑やかな火星風鈴売り通る | 大西 健司 |
梅雨の夜の薄闇しかと茹で卵 | 高橋 晴子 |
青田行く永六輔は大往生 | 野澤 隆夫 |
太陽燃える妊婦の汗や叫びし児 | KIYOAKI FILM |
河骨の「忘れました」と美しきかな | 疋田恵美子 |
駒草や谺の中に君の声 | 髙木 繁子 |
流水かがよう此処には村があった | 桂 凛火 |
手紙来る一人称の野ばら咲く | 夏谷 胡桃 |
混沌と水澄む胎児瓶のなか | 竹本 仰 |
返信はすぐにするべしアマリリス | 菅原 春み |
晩節をたとえば合歓の花ならん | 寺町志津子 |
沙羅咲いてぬけぬけと老ゆ膝小僧 | 矢野千代子 |
かき氷崩す解決策はない | 柴田 清子 |
縄文と弥生の憩ふ月涼し | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 若森 京子
特選句『嬰の足裏己の足裏蝉時雨』孫の足裏だろうか、一句に一家の歴史があり家族のほほえましい風景が浮かぶ。蝉時雨が効果抜群。特選句『河骨の「忘れました」と美しきかな』:「忘れました」の潔い返事。又、河骨が、恍惚に通じ面白い。美しきかなも、上手くごまかされた様で好きな句でした。
- 柴田 清子
特選句「簾吊り飛べない鳥のやうにゐる」:「飛べない鳥」に私情が色々と詰っていて、その時々の簾の内に籠った人生模様を色々引き摺り出してくれる。切なくもあり、安心でもある簾が好きで、昨日の、今日の、明日の、簾を楽しんで鳥になっていることにしよう。この夏は。
- 河田 清峰
香川句会楽しみました♪特選は「キャベツ裂く昼の厨を昏くして」です!昏くしてとの表記することでキャベツの大きさが見えて裂くバリという音まで聞こえてくるようです~昼の厨を昏くしてにより視覚と聴覚に訴える好句です!よろしくお願いいたします~
- 野澤 隆夫
特選句「晩節をたとえば合歓の花ならん」まさに、今の小生の心境を読んでくれているようです。「たとえば」と来てうす紅の「合歓の花」。夕べに静かに閉じて行く風情がよく出ています。「 大夕立広重天を斜め切り」ダイナミックで力強い一句。剣道の試合で大上段に「メン」を一本決めたようで爽快です。
- 中野 佑海
特選句「水無月の恋はモノクロ白衣干す」上五中七の読み感が滑らかで、物語性に溢れているところが心を捉えられました。水のような透明感のある恋は激しさから始まらず、羞じらいから始まる。溶け込むように。下五は心の潔癖さを表しているのだろう。恋と呼ぶにはまだもどかしいくらいの不確かさ。この揺蕩う心こそ恋の始まり。特選句「沙羅咲いてぬけぬけと老ゆ膝小僧」打って変わって、此方は白く儚い夏椿の花が憎らしいくらいの我が膝小僧の暗くくすんでいる逞しさ。良く働いてくれた有難い膝。此からも私を支えて下さい。宜しくお願いいたします。というちょっと誇らしさも「ぬけぬけと」に入っているのが力強い句。来月も楽しみにしています。
- 藤川 宏樹
月三句作句するにも四苦八苦。仕事がステキいや手すきのおかげで、何とか続けています。初学の私は句会合評が大変勉強になり、袋回しでいい句連発の先輩方には畏れをなします。今月の特選句「かき氷崩す解決策はない」季語を入れ五七五の定型に、現代文の二文節で起・結の構成。身近な日常の中「なるほど」の真理を語る。私の固い頭も溶けて少し柔らかくなります。このまま崩してしまっては元も子もありませんが・・・。
- 河野 志保
特選句「閉経や荷物少ない夏の旅(夏谷胡桃)」ある節目の、女性の身軽さのようなものが感じられた。「閉経」はテーマとして重いところがあるが、「や」の切れで湿らず整った表現になっている気がする。「夏の」旅に、作者の生き生きした姿も見えるようだ。素敵に年齢を重ねているかたなのではと思った。
- 月野ぽぽな
特選句「天気図のように華やげ蝸牛」:「天気図のように華やげ」のエネルギッシュな物言いに一票。かたつむりも元気を取り戻しそう。
- 銀 次
今月の誤読●「あやまちに気付かないふりしてゐる素足(柴田清子)」。「あやまちに」ときましたか。このあやまちという言葉、間違いと同じ意味なのに、前者は、どうも、この、なんとなく色っぽいように感じるのはわたしだけだろうか。それもなんかオンナくさい。オトコのあやまちという言葉はしっくりこないが、オンナのあやまちというと「ふむふむ」とうなずいてしまう。不倫、浮気、そんな言葉がアタマをよぎる。まあ異論があるかもしれないが強引にハナシを進めるとして、まあ、人妻だわな。これが買い物とか同窓会とかを口実に若い男性とチョメチョメをしてきたとしよう。「気付かないふりをしてゐる」のはむろん亭主だ。気付いているのにしらんふりをしているのはなぜか。モメたくない、それでも妻にホレている、自分も浮気をしているなどなど、理由はいかようにも考えられる(昼メロ参照のこと)。むしろ問題はなぜ気付いたか、だ。そこで「素足」だ。亭主は見ていた。「外出するときはたしかストッキングをはいていたのに、帰宅したときは素足だ。怪しい。しかも洋服を裏返しに着ている。さらに出かけるときは着物姿だったのに、いまは洋服だ。これが怪しくなくてなんなのだ」。ここまであからさまな「あやまち」だと亭主も唖然。気付かないふりをするのも至難のワザだったと思うが、しょせん他人事、オレの知ったことか。
- 小西 瞬夏
特選句「「蛇の衣とはしなやかな一である」蛇の衣とはだたの「一」ではなく、それが「しなやか」であるという把握。あたりまえのようでいて、ちょっとした発見であり、心憎い。
- 大西 健司
特選句「 壊れゆく母と月夜のカタツムリ」母とカタツムリが並列に書かれていますが、好みで言えば、「母は月夜の」としたい。夜に活動する蝸牛ですが、月の光のなかに蠢く蝸牛が幻想的で、ともに蠢くように佇む母への慈愛の思いが伝わってきてこのままでも好きな句です。壊れゆく母というつらい現実をこのようにとらえ得たことに敬意を表したい。問題句「閉経や荷物少ない夏の旅」上五が少し生過ぎて困っています。
- 鈴木 幸江
特選句「キャベツ裂く昼の厨を昏くして」そういう気分の時ってあるものだ。台所の手元は、普通、明るくして作業をするものだが敢て照明を付けずにいる。余程、心が疲れていらっしゃたのかと思った。でも、やらねばならぬ台所仕事。キャベツを切るのではない、裂くにも、作者の只ならぬ心のありようが見えてきて面白い。「空蝉はその後をじっと待ってをり」まず、蝉の抜け殻に次があると言う発想が斬新だ。ちょっと深読みすれば、魂が抜けた虚脱状態だが、それは何かを待っている状態なのだと説いているようで、なかなか深い味わいのある句だと思った。問題句「睡蓮は宇宙の暦胎蔵す(増田天志)」仏教用語は難しく、とにかく辞書を引いた。胎蔵とは、大日如来を慈悲または理(真理)の方面から説いた部門とのこと。睡蓮とどう関係づけるのか、迷った。睡蓮は宇宙の暦を宿すということか。胎蔵す、という動詞も私の辞書には載っていなかった。でも、睡蓮を宇宙の暦に喩えることで、人々を、宇宙へと誘いっているところが素敵である。
- 矢野千代子
特選句「蛇の衣とはしなやかな一である」:「蛇の衣」から中七以下のみずみずしいフレーズへと。とくに漢数字の「一」が、イメージを生んではまた消えてゆく…この多彩さの魅力―飽きませんね。
- 増田 天志
特選句「梅雨茫茫土間に猪肉焦がしをり」、過度という点でのアナロジー。ざらざら感が、心を掻き立てる。
- 亀山祐美子
特選句はありません。夏バテの私の頭を吹き飛ばすパンチが足りない。皆おとなしいぞ!! 『夏水脈に入り日のぬた場燧灘』太陽、入り日を動物に見立て燧灘がぬた場のようだと表現。おおらかさが心地よい。しかし、適当な季語が見当たらないので、「水脈」に「夏」を付けただけなら「燧灘」があるだけに不要。「大夕焼け」に負けない夏の季語を据えるべきだ。『蛇の衣とはしなやかな一である』 蛇の衣を財布に入れておくとお金持ちになれるそうだ。私は、切れ切れの抜け殻を見たことがあるが、作者は「しなやかで整った見事な眞一文字の抜け殻」を発見したのだ、羨ましい。「蛇の衣とは」の「とは」は不要。『天気図のやうに華やげ蝸牛』地味な蝸牛が主役。這った後の線や殻の渦が一匹二匹と寄って来て天気図のようだ。と蝸牛への自分への応援歌が楽しい。 問題句『混沌と水澄む胎児瓶の中』小説の一節ならともかく、俳句にすべき事柄ではない。例え「瓶の中」が事実であろうとも、事実であるが故に生々しい過ぎる。「瓶の中」を昇華する事が詩情であり俳句だと思う。 『大夕立広重天を斜め切り』に点が入っていましたが、一読広重の浮世絵を思い浮かべました。が、俳句として成立するのだろか、広重の浮世絵の説明だけでおもしろくない。楽しい句会をありがとうございました。また参加させていただきます。
- 菅原 春み
特選句「鉤一本鮪をいなす仲買人」臨場感が圧巻です。勢いがいい。特選句「沙羅咲いてぬけぬけと老ゆ膝小僧」ぬけぬけと老ゆ、がなんともうまい。季語とも響きあいます。問題句「我ら一票かなぶん的な考察よ」かなぶん的がわからない。独創的ではあるが。
- 小山やす子
特選句「壊れゆく母と月夜のカタツムリ」悲しいけれど美しい物語を感じます。
- 寺町志津子
特選句「沙羅咲いてぬけぬけと老ゆ膝小僧」掲句を詠み、今までないがしろにしていた我が膝小僧をつくづくと眺めてみた。なるほど、この皺は何だ!愕然。老いはぬけぬけと来るのだ、と妙に納得。沙羅の花との取り合わせに舌を巻いた。
- 古澤 真翠
特選句「好きだった木が倒されて夏の空」秋田の友人の広々とした家の前には、樹齢数百年にもなるという「ミモザの樹」があったそうです。今年の初夏に伺った時には、すっかり切られていて友人の哀しみがこの句から伝わってくるようで 特選とさせていただきます。特選句「壊れゆく母と月夜のカタツムリ」私の母は、北九州の施設で認知症が進みながらも美しく老いてくれております。まるで母の様子を慈しむような句に出会えて 感動いたしました。今回は、特選にさせていただきたい句が 他にもたくさんあり 本当に迷いました。
- 町川 悠水
特選句「大夕立広重天を斜め切り」名画をこのように句に詠む。天晴れですね。名画ゆえに流布する句もあるのでしょうが、ここは作者に敬意を表して◎です。特選句「天気図のように華やげ蝸牛」最初いささか無理があるように思ったものの、TVで天気図が早送りされる様子に重ね合わせていくと、この「華やぐ」が活きた表現であると認めました。「好きだった木が倒されて夏の空」は特選にしないまでも佳句ですね。作者は樹の種類に惹かれていたのか、それともコマーシャルの「この木なんの木気になる木!」のような木であったのかそこは解りませんが、その跡に「夏の空」があるのがまさに俳句ですね。問題句に「混沌と水澄む胎児瓶のなか」をあげましたが、後でじっくり鑑賞するうちに、これは異端の秀句であると思うようになりました。句は医学部の標本と同列において受け留めるしかないのですが、それにしても季語の「水澄む」をこのように用いていることに、並々ならぬ力量を感じ取ったことでした。ただし、「混沌と」が的確表現かどうか、やや気になりました。ここで私事ながら、兜太先生にまつわる思い出をひとつ披露してみたいと思います。それは住んでいた埼玉県で某俳人と出会い、長い空白を埋めるように句作りを再開してからやや月日が経過した頃、兜太先生の吟行参加者募集が目に留まりました。高名な先生のことですからすぐに応募し、行先は行田市の(国宝の鉄剣も発見された)さきたま古墳とその近くの利根川でした。講評では拙句の「墳丘に平成人の虫選び」を褒めていただきました。当時は若かったし、辞書なども不自由しないだけ持参していましたので、徹底して創作することができました。今振り返ってみて、よく詠めたなと感心するのですが、昨今は脳細胞の減少と脳軟化症のはしり現象もあって、昔日の感があります。若い御方はどうぞじゃんじゃんチャレンジしてください。私は世阿弥の「風姿花伝」にどうあやかるか、それが最大の課題です。
- 稲葉 千尋
特選句「日雷みろくぼさつの指ほどの」みろくぼさつの指ほどの日雷に安堵の作者、そしてその喩も良さ。特選句「晩節をたとえば合歓の花ならん」朝ひらき昼は閉じる合歓の花まさに晩節そのもの。
- 重松 敬子
特選句「伊吹島なめくじももいろ婆の掌も」素朴でおおらかな島の生活を彷彿とさせる句。私は、なめくじがとても嫌いなのですが、伊吹島ではなめくじですら愛すべき生き生きとした存在なのですね。面白いです。
- 竹本 仰
特選句「裏もお引っ越し枇杷いつ生りて落ちたやら」:言葉のリズム感がいいのと、その裏腹な現実感が、笠置シヅ子の「買い物ブギ」風のタッチに表せていると思います。「裏も」の「も」は次々と引っ越しする状況、作者にとっての小さな風物詩「枇杷」さえ失ってしまった現実。そんな中で、自己を見つめる目がこういう短詩を書かせたのだと思わせます。「♪ わてほんまによう言わんわ」のリフレイン、あの戦後の飢餓状態と諧謔がなかったらあの歌詞はなかっただろうなと思えるように、大いに歌っているその姿勢、いいと思いました。特選句「素直なる曲がりがよろし笊胡瓜」昔、プロジェクト・ナビという劇団の「いっぽんのキ」というお芝居にあった「雨宿り」という話を思い出しました。山中の大きな樹の下にハイキングの二人の若い女性が雨宿りをしていると、リュックをかついだおじさんが来てお話をします。その人は、やたらに木に詳しい人で、縄文杉の話から、木の「アテ」という、いわゆる歪みやねじれなど木材をだめにする部分の内容になります。外からの圧力、日当たりや傾斜の加減によりそれへの抵抗のため変形や屈折をして、重くなったり固くなったり、異常を起こすのです。つまり、人間の深層に迫っていくような何とも含蓄のある話がここにはあるのですが、その時、女の子がスイッチを入れたラジオの銀行強盗殺人のニュースから、ふとおじさんがまさにその人らしく思えて、去り際、やっぱり、その人は「私も、そのアテというやつでしょうか」と言葉を残していくのです。前置きが長くなりましたが、この句はその含蓄に重なる部分を pin up した感じがありまして、ここはこの長老風の詠みぶりに好感を持ちいただきました。問題句「まいまいの茫と手を抜く衣食住」先日の大阪の句会で、初句「かたつむり」の形のものを選句させていただきました。それで、どうこれと変わるのか、私なりに述べたいと思います。「まいまいの」では動く姿態が連想されて、より一人称的に自己の境涯を表すのに対し、「かたつむり」はそういう過程を一気に飛ばした諧謔として読めました。読者としては、「かたつむり」の方に小動物の可愛らしさを感じるのですが、「まいまい」の方は作者の主観を幾分か取り込んでしまうように受け取れるから、同じ境遇にある方にはこちらの方がなじめるかな、と思いました。「かたつむり」にはことばのキレが、「まいまいの」にはリアリズムが、それぞれ備わるように思います。どちらも、いい句だと思います。何といっても「茫と」が十分、状況を語ってインパクトがありますから。私個人については、「かたつむり」の方がどこからか風が吹いているように感じられ、好みです。
- 漆原 義典
特選句「読み浸る古き恋文濃紫陽花」は、昭和の古き良きロマンを感じる素敵な句だと思い特選とさせていただきました。濃紫陽花が情景をよく表現していると思います。
- 疋田恵美子
この度参加させて戴きます、疋田と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。特選句「すやすやと絵本枕の遠花火」戦後の思い出が一瞬脳裏を走ります。庭に涼み台を出し家族や近所の皆さんが集う、祖母のお話が楽しみだった頃を。特選句「伊吹島なめくじももいろ婆の掌も」平成二十六年三月の「伊吹島吟行」に参加させて戴きましたおり、島の久保カズ子様にお会いしました。久保様のお健やかなお姿、楽しかった島の事を思い出します。
- KIYOAKI FILM
特選句「裏もお引っ越し枇杷いつ生り手て落ちたやら」:「裏もお引越し」…「落ちたやら」の出だしとオチが心に響く。枇杷の形が見えて来る。「いつ生りて」の詩情も効いていて、口に出して、響く一句でした。問題句「鬱の森ほどよく昏く水涼し」 これも問題句と称して、特選句にしたい。舞踊として良く、詩情は狂っているものと、思っていて、「鬱の森」が好き。なんだかよくわからない。しかし、わかるとも言える。一句、口に出して読むと、大変響きました。
- 野田 信章
特選句「手紙来る一人称の野ばら咲く」は一読「一人称」にやや硬い印象を覚えたが、「手紙」を出す、受け取る個体としての私、僕、我が美しく「野ばら」に収約されてゆく自然さを覚えてそのことが逆に鮮度ありと受け取った。特選句「母の汗拭う聖書を読むごとく(月野ぽぽな)」は「聖書を読むごとく」というこの大仰な修辞の喩が気になるつゝもそれを諾わせるものがある。「母の汗拭う」に込められた作者の思いの深さというか真の強靭さ故のことかとも読んだ。
- 野口思づゑ
特選句「好きだった木が倒されて夏の空」馴染みの木が、伐採されたのかある日無くなってしまった。跡に見える空の大きさに驚く。そんな経験を時々する。ここでは倒されたとあるので自然災害で無くなってしまったのか。夏になると葉が茂り、木陰でほっとしたり親しんでいた木なのに、今年はただ大きな空間となり夏の空が広がっている。木を惜しむ残念な気持ちが「夏」の空の明るさで救われる。特選句「夏水脈に入り日のぬた場燧灘」正直燧灘という地名を初めて知る。勢い溢れた夏の海も、夕方になれば穏やかで安らかになる。エネルギッシュだった昼間の光線が今は休息に向かう夕日である。海と太陽が今日も一生懸命やりましたね、と寛いでいる、それが燧灘という地名にとけ込み、終日の情景がとても美しいと感じた。問題句「母の汗拭う聖書をよむごとく」聖書は一字一句ゆっくり読むもので決して速読できない。聖書を読む速度でゆっくりお母様の顔を拭う。母の表情、皺は多くを語っているようで聖書を読み解くように、やさしく丁寧に拭う。とても良い句だと思う。ただ句の印象では「母」はご高齢の方だと思うのだが、個人的にまわりの高齢者は汗をかかないので「母の汗」がしっくり伝わってこない。農作業など激しい運動の後の「母の汗」を拭うのなら理解できるのだが、その場合まだ現役で元気なお母様を聖書にするのは早過ぎると感じる。そこに少し抵抗を感じ問題句にさせていただいた。さて。初めまして。今月から香川句会入会させていただきました。句会に『所属』など初めてですので俳句的に偉くなった気分です。ネットで、<句会の窓>を見ましたら、5月の海程全国大会で知り合いになった方や、海程で馴染んでいたお名前などありまして、ドキドキしています。私はこの20数年シドニーで暢気に暮らしています。生まれは旭川ですが1歳過ぎから、オーストラリア移住まではずっと東京でした。思いがけず香川句会に入れていただき、興奮状態です。どうかよろしくお願いいたします。
- 高橋 晴子
特選句「初夏のみどり児の目の明るさよ(藤田乙女)」みどり児の目の少し青みがかった清しさに感じ入っていて初夏の健康的な明るさで、いい句。特選句「駒草や谺の中に君の声」山中の景が浮かんできて好きな句。こういう句を読むとホッとする。
- 谷 孝江
特選句「蛇の衣とはしなやかな一である」正月のしめ飾りも本来は蛇が睦み合っている姿を模したものである、と聞かされたことがあります。固体で円を描ける動物は〈蛇〉だけだと。〈円〉は宇宙であり、永遠をも意味します。高僧のお軸では、円相をお見かけします。〈円〉とは尊いものなのですね。蛇の衣がしなやかな一とは、何とすごいことでしょう。特選句「君を抱く一本道の向日葵」一途な感じが大好きです。お若い方でしょうか。お幸せに。
- 桂 凛火
特選句「無職同士団塊同志梅雨の宿」無職の60代後半がふたりで梅雨時の宿に泊まっている何も言っていないようなのに「同士」と「同志」の使い分けで昔なじみの落ち着く感じや信頼関係が伺われる うがった見方をすれば慣れ親しんだ夫婦のことかとも読める。二人の息遣いまで感じられるようで楽しい句でした。いいですねえ。問題句「さびさびと銀河曼荼羅鮎奔る(大西健司)」銀河と鮎は離れすぎかとも思いましたが、辛うじて微妙に響きあうと思いいただきました。
- 三好つや子
特選句「蛇の衣とはしなやかな一である」 蛇の抜け殻を数字の一、しかもしなやかな一と捉えた作者の感覚がすごい。新しい何かが始まりそうな期待ふくらむ句です。特選句「伊吹島なめくじももいろ婆の掌も」 黙々と日々の暮らしを紡いできた老女のたおやかな生き方に共感。伊吹島の地名も合っています。問題句「賑やかなゼロだ蛍に目を射られ(増田天志)」 ピュアなものに出会ったときの気持ちを「賑やかなゼロ」と表現した、魅力的で好きな句です。ただし、座五が気になりました。今年、天然の蛍の包み込むような光に触れたので、余計そう思ったのかもしれません。
- 由 子
句会に初参加させていただき、皆様、俳句に自由闊達でいて、真摯に取り組んでいるなとかんじました。特選句『河骨の「忘れました」と美しきかな』河骨の様子の美しさがよくでていると感じました。何を忘れたのか、解っていて「忘れた」と言うのか、果たして興味深いです。問題句「あやまちは気付かないふりしてゐる素足」過ちをさらりと語って欲しかったです。
- 三枝みずほ
特選句「好きだった木が倒されて夏の空」よく遊んだ木のことを思い出しました。木登りをしたり、鬼ごっこをしたり、そこで休んだり、待ち合わせの場所にしたり。生活の一部になっていた愛着のある木が倒されて、真っ青な夏の空が見える。その時の空の力強さは作者の心に深く突き刺さったのではないでしょうか。余韻の感じられる作品で共感しました。
- 伊藤 幸
特選句「我ら一票かなぶん的な考察(河野志保)」20歳過ぎた頃、若さに任せて政治をやたら批判していると父から「選挙にも行かない者に政治を語る資格はない!」と叱られた。益虫でも害虫でもない、されど青銅色に輝き存在を主張するかなぶん。彼らに一票の大きさはないけれど私達の一票は世を変える事可能。先日の参院選にも一票投じました。
- 夏谷 胡桃
特選句「梅雨晴れの朝日に子犬かしこまる(町川悠水)」犬が太陽の光を目を細めて受け取っている様子を見たことがあります。冬だったかもしれませんが、犬も太陽のありがたさをよくわかっているのだと思いました。「かしこまる」がいいです。「蛇の衣とはしなやかな一である」の「とは」は、説明的で上から目線で好きではないように感じました。中七に工夫をすれば、おおらかな一句になるかと思いました。最近小屋の掃除をしたときに、蛇の衣を見つけてびっくり。しなやかというよりは、私にはクネクネグロテスクで、草むらに捨ててしまいましたが、後で聞くと、脱皮した皮をお財布に入れておくと金運が上がるそうです。金運上がり損ねました。
- 中西 裕子
特選句「沙羅咲いてぬけぬけと老ゆ膝小僧」 老ゆては、さびしいことながらぬけぬけと、とみょうに明るく達観している感じが良かったです。問題句「混沌と水澄む胎児瓶のなか」ちょっとこわいようなでも水が澄むという清明さの、不思議な感じで私には気になりました。
- 田中 怜子
特選句「大夕立広重天を斜め切り」大夕立 版画で斜めに切られた刃の跡、大胆に描かれている。特選句「弘前のおむすびひとつ雨宿り(夏谷胡桃)」佐藤初女さんもなくなってしまいましたね。一度食べたかった。
- 野﨑 憲子
特選句「弘前のおむすびひとつ雨宿り」佐藤初女さんへの追悼句である。二十年ほど前に、映画『地球交響曲〈ガイアシンフォニー〉第二番』で「森のイスキア」という言葉と共に紹介され、全国から自殺寸前の人が岩木山の麓に住む彼女の元へやってきて、「おむすび」でもてなされ元気をもらって帰って行く姿が印象的だった。俳句初学の頃の私は、そんな、おむすびのような句を創りたいと思った。
袋回し句会
遠吠え
- 遠吠えに熱き夢中をさえ切らる
- 藤川 宏樹
- 党首らの七夕遠吠え参議選
- 漆原 義典
- 反戦の遠吠え金ぶんの蜜吸い
- 中野 佑海
- 星祭り地球外生命へ遠吠えす
- 亀山祐美子
- 遠吠えの海の彼方から聞こゆ
- 鈴木 幸江
夏
- あふたびに髪の短かき盛夏かな
- 亀山祐美子
- たとえれば南極の夏わが鬱は
- 鈴木 幸江
- 拾った恋捨てたのはあの夏の海
- 柴田 清子
- 至福かな子の寝息ある夏座敷
- 中野 佑海
- 半夏生夢へ誘ふ鯨かな
- 三枝みずほ
反戦
- さそり座の赤き眼や反戦歌
- 野﨑 憲子
- 反戦で土庄(とのしょう)在の生身魂
- 野澤 隆夫
- 鉛筆の削れない子と反戦と
- 柴田 清子
- 菩提樹の花や練り行く反戦歌
- 河田 清峰
- 反戦やブランコのごと自由ぶる
- 中野 佑海
閻魔
- 夏座敷閻魔の背中は眠ってゐる
- 三枝みずほ
- 黒揚羽閻魔堂より人の世へ
- 亀山祐美子
- 草いきれ風のいきれや閻魔堂
- 野﨑 憲子
夕立
- 九条に生きる女や夕立晴
- 野澤 隆夫
- 夕立や夫の秘密を知っている
- 鈴木 幸江
- 夕立晴妻連れ出して墓参り
- 河田 清峰
- 夕立呼ぶ風の花です多弁です
- 野﨑 憲子
- 夕立雲猛暑に一喝仁王像
- 漆原 義典
蝉6
- 観音の秘仏傾く蝉時雨
- 河田 清峰
- 毎晩泣いて蝉になってしまひけり
- 柴田 清子
- 熊蝉もそっと蔭入る午後三時
- 漆原 義典
- 顔に尿(しし)懐かし蝉と鬼ごっこ
- 町川 悠水
- 愛犬はモンローウォーク蝉時雨
- 野澤 隆夫
- 熊蝉やきっとわたしも透きとおる
- 鈴木 幸江
虹
- 呑み込みし生老病死虹二重
- 亀山祐美子
- 夕虹や光るネクタイピンの先
- 三枝みずほ
- 虹立てり軽く心をカミングアウト
- 中野 佑海
- 相性の悪しきプードル虹立つ土手
- 野澤 隆夫
- 夕の虹渡りて君の肩先へ
- 野﨑 憲子
句会メモ
今回の事前投句から、シドニーに住む「海程」の仲間、野口思づゑさんが新加入なさいました。シドニーは、今、冬の季節。讃岐うどんの店があるそうです。16日の高松での句会には、猛暑の中、香川のあちらこちらから12名の仲間が集まり、外気にも負けない熱い句会になりました。ブログを見て初参加の由子さんには、<袋回し句会>の選をお願いしました。個性豊かな方々のご参加で、句会が、ますます楽しみになってまいりました。今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
竹本 仰さんからのメールに、今回の事前投句で、話題になった竹本さんの作品の自句自解がありましたので、ご本人の了解を貰い、以下に、そのまま掲載させていただきました。
:拙句「混沌と水澄む胎児瓶のなか」」が、お三方に問題句と取り上げられ、大変うれしく思いました。皆さんから、スルーされそうな予感もしていましたので。これは、私の知人で、退職後、ベトナムで枯葉剤のダイオキシン被害の実態を知らせる活動を、もう十年以上やっておられる方の、その日本での写真展に触れてできたものです。不完全な胎児の標本の写真に、行くたびに、釘付けになります。そうですね、もうその回数も、六、七回ですが、三年前の写真展で、私は初めて、その胎児たちが「仏さま」としか見えなくなる体験をしました。いや、この世にあるどんな仏さまより、貴重で切実な。だから、このことについては、テーマ作として、何度も何度も、同じ場に戻りながら書いていくしかないんだろうなあと思った次第です。こういうのは、俳句の基本的な姿勢として問題ありとされたとしても、現代俳句の「現代」というのがどこまでを指すのか、少し考えてみたいと思いまして。・・・
まさに、「混沌と水澄む・・」ですね。竹本さんの<テーマ作として、何度も何度も、同じ場に戻りながら書いていくしかないんだろうなあ・・>という姿勢が、私には、まさに、俳句の基本的な姿勢に思えます。
Posted at 2016年7月30日 午後 10:15 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]