2017年3月1日 (水)

第70回「海程」香川句会(2017.02.18)

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事前投句参加者の一句

         
日本を洗濯するぜよ龍の玉 島田 章平
熊野八鬼山干飯そこに零れおり 大西 健司
立春や患う父の話好き 山内  聡
てふてふを白き凶器として飼へり 小西 瞬夏
二ン月の湖胎児ゆらゆら宇宙へと 伊藤  幸
東北の紅梅白梅あの子かしら 若森 京子
咲き初めしそれそれ梅の佇まい 鈴木 幸江
裸木の微分積分まだ解けず 寺町志津子
奥讃岐描く魁夷の白と黒 漆原 義典
きさらぎの木の芽ドレミの匂いする 三好つや子
ムンク叫ぶあの人きっと花粉症 谷  孝江
大泣きの鬼は善人恵方巻 小山やす子
もう赤ちゃんじゃないよ春の膝小僧 三枝みずほ
春疾風つるり子を産むアラフォー娘 中西 裕子
残雪を踏み地母神に会いけるも 疋田恵美子
節分や鬼と福との住処なる 河田 清峰
カモシカの振り向きざまに宙光る 夏谷 胡桃
猫の手の尿(しと)の匂いや日向ぼこ 田中 怜子
天の主に悔い改めし春の草 KIYOAKI FILM
素っぴんの女の意地や冬すみれ 藤田 乙女
薄氷は割る癖絵馬は返す癖 高橋 晴子
オリオンへ十円七つ青電話 藤川 宏樹
若き日の友の横顔針供養 髙木 繁子
雪嶺や憲法も吾も七十年 稲葉 千尋
首の向き変えてあげよう冬苺 町川 悠水
合格のラインの絵文字高笑い 野澤 隆夫
冬の陽という神獣を飼いならす 月野ぽぽな
暖かくなりましたねと水のいう 野口思づゑ
ものの芽や人間だけが剥き出しに 男波 弘志
踏青やひとりで開く野のランチ 重松 敬子
春雷や紐で縛りし裏の木戸 菅原 春み
ゆふてたもれ大根の素生いかむや 増田 天志
告白前の潮満ち咽喉の水母かな 竹本  仰
落ちもせぬ熟柿のままの虚空かな 野田 信章
雪国や裾絡げ行く赤い傘 古澤 真翠
昼からの時間たぷたぷとして春 柴田 清子
背伸びして天狗なりける恵方巻 中野 佑海
雛流しそのまま姉は漂流す 矢野千代子
陽の錦糸風の銀糸や池二月 亀山祐美子
丸まりし喪服の人よ冴え返る 銀   次
シューマンのたとえばセロリ男前 桂  凛火
陽炎や風と交はり雲に寝る 野﨑 憲子

句会の窓

中野 佑海

特選句「もう赤ちゃんじゃないよ春の膝小僧」こんな堪らなく可愛くプルプルした俳句最高です。小学一年生になって、頑張って一人で毎日、大きなランドセル背負って学校に通う子供たち。何かの拍子に転んで、膝小僧を擦りむいて帰って来た。もう婆のほうが可哀想になって泣いちゃうシチュエーションっての有りですよね瀨でも、子供は顔をしかめながらも泣かないの。「僕もう、赤ちゃんじゃないよ!!」って。ウンウンそうやって大人になっちゃうんだね。ちょっと婆は淋しいよ。泣いてくれたら、抱っこも出来るのに。今月は難しい俳句が多く選びきれませんでした。小西瞬夏さん高松までお出で頂き、そして素敵な俳句を作る秘訣お教え頂き有難うございました。いつも素敵な瞬夏さんから素敵な俳句が産まれると納得いたしました。またお会いするのを楽しみにしています。

小西 瞬夏

特選句「薄氷は割る癖絵馬は返す癖」一読たいしたことは言っていないような、でも妙に気になる。それは、自分の中にある、ちょっとした気持ち「割ってみたい」「ひっくり返してみたい」というものに触れられたからだろうか。五七五という型に置くことで、そのちょっとしたことが響きあい、「薄氷」と「絵馬」という具象を得て、散文では到達できない世界を作った。「薄氷を」「絵馬を」にしたほうが、意図を薄め、よりすっきりするのではないだろうか。 問題句「告白前の潮満ち咽喉の水母かな」感覚はわかるが、言いたいことを詰め込み過ぎて、読者が遊べる余白が狭く、窮屈である。「告白前」まで説明しないほうがよいと思う。

島田 章平

特選句「冬の陽という神獣を飼いならす」何となく急かされる様な、心細い冬の陽。そんな冬の陽を神獣として飼いならしている。人生の黄昏の中、悲しいまでに穏やかな一日。

藤川 宏樹

特選句「薄氷は割る癖絵馬は返す癖」五七五を二つに割り、万人共有の「あるある」を詠って調子に破綻なし。「あっぱれ!」です。70回句会は参加一周年の句会。袋回しは数にこだわり雑になりました。皆さんの柔軟な思考、観察を伺うのが本当に楽しみです。

矢野千代子

特選句「熊野八鬼山干飯そこに零れおり」:「熊野八鬼山」―この固有名詞だけでも、読み手に訴える力はすごい。鬼という字から浮かぶさまざまのイメージが、古代から現在へと続く数多のドラマをかきたててくれるから…。

稲葉 千尋

特選句「ムンク叫ぶあの人きっと花粉症」ムンク叫ぶを持ってきた手柄。特選句「素っぴんの女の意地や冬すみれ」冬すみれの凛とした姿と上五中七の相性ぴったし。

小山やす子

特選句「てふてふを白き凶器として飼へり」てふてふの持つ危うさを凶器として捉えた感性に感じ入りました。

男波 弘志

特選句「首の向き変えてあげよう冬苺」苺にとって、向きを変えるのは人間のエゴ、せんでいいことだらけの世界「原発」向きを変えられたのは、いつ! 誰が? 暗喩の詩、珍重、珍重。問題句「告白前の潮満ち咽喉の水母かな」発想は抜群、只、主役ばかり、脇役をふやしてフォーカスを(咽喉の水母)に絞る、「告ぐる日の潮満ち咽喉にまで水母」このほうが情感が全体にいきわたりませんか。「立春や患う父の話好き」複雑な心理描写、癒える見込みがない患いなら、窓の光が痛い。「てふてふを白き凶器として飼へり」凶器、言ってしまった感あり、凶器、白、を言わずにそれを出したい。俳句は暗喩の詩。例えば、「てふてふをしまってありし部屋のノブ」「東北の紅梅白梅あの子かしら」実景、と、心象風景が重なる、俳句は、重層表現の詩、見事。「亀の鳴く大きな闇と背中合わせ(柴田清子)」闇を自身と切り離している、見事な心象風景。少し「鳴く」弱いかも、「亀の居る」で充分では、それで「大きな」も不離不即に。「薄氷は割る癖絵馬は返す癖」どこか、調子に乗りすぎているような気が、所作がどちらも軽い「 薄氷は踏む癖」ではどうですか。意志体を如実に。「ひと塊の闇セーターを脱ぐ途中(小西瞬夏)」人間の無防備さ、獣に還る瞬間、震え、珍重「冬の雨体の芯に種を撒く(小山やす子)」見事な精神の風景。種を蒔く、は季語である必要はない。それが解れば無窮の拡がりがある。撒く→蒔く、では。「昼からの時間たぷたぷとして春」すべてが概念、それでいて読み手に風景を映像化させる力あり、名人です。俳句の表現では最も困難な方法です。「遮断機の上がりて夢の枯野かな」遮断機が開き切らない、ほうが余情はあるかも、「遮断機が夢の春野へ上がるとき(藤田乙女)」インパクトは弱いですが。「げんげんの花咲くげんげんの真中(小西瞬夏)」説明を一切なくせば、俳句は俳句になる。造化は造化になる、見事。「如月や授乳のかたちの亡骸です(若森京子)」凄い、内意あり、もっと投げ出したらどうが、「如月や授乳の形の亡骸は」はっきりしませんか。形→なり「雛流しそのまま姉は漂流す」漂流、大袈裟では?例えば「姉は急流へ」描写だけでも伝わりませんか。

若森 京子

特選句「ひょいと投ぐ背の恋慕や春の馬(桂凛火)」一読して寒い季節も終りやっと春になった喜びが溢れ〈ひょいと投ぐ〉の開放感、〈背の恋慕や〉それに伴っての情感溢れることばが、春の馬に全て集約される〝言葉の綾〟が、大変巧妙で好きな句でした。

鈴木 幸江

特選句&問題句「ゆうてたもれ大根の素性いかむや」まず、“いかむや”が、分からなかった。が“如何なむ+や”の短縮形と勝手に解釈をして鑑賞した。解釈は、言って下さい大根の素性は如何なるものか、と丁寧に詰問している状況とした。何故このようなことを思い付き、俳句にしたのか訳が分からないが、その分からないところがとてもいい。人間には未知なる部分がまだまだある。そうだ、精神心理学では、意識に上る人間の意識は氷山の一角だという説も思い出したりした。これもアニミズムか。大根から元気も頂いた。

町川 悠水

飛切りの特選句「雪嶺や憲法も吾も七十年」は、信州の初冬期の北アルプスをイメージしています。そのイメージで鑑賞すれば、中七、下五が俄然生きると思いました。四月の田植頃の北陸でもよろしいが、やはり初冬期が似合うでしょう。もうひとつ特選に「落ちもせぬ熟柿のままの虚空かな」を選ばせてもらいました。落ちないで残っている熟柿が、老成した人物を暗示しているようでもあり、時が凍結した感の虚空がよい。私の好みを言えば「せで」にして欲しいところ。

大西 健司

特選句「猫の手の尿の匂いや日向ぼこ」二月二二日は猫の日。ちまたには猫俳句が溢れている。そんななかこの句の生な感覚にひかれた。猫と日向ぼこでは陳腐だが、そこにふと嗅いだ尿の匂い。その生な感覚を佳としたい。「お前の手は臭い」とか猫に言っているのだろうか。猫のとぼけた顔が見えてきそうだ。

疋田恵美子

特選句「 亀の鳴く大きな闇と背中合わせ」混沌とした現代社会を想わせるお句」上五は亀鳴くやでもいいのではないかとも思います。同じく「素っぴんの女の意地や冬すみれ」素っぴんの女性と冬すみれが好きです。女性は都知事さんの様に強く賢く素晴らしと思います。

KIYOAKI FILM

特選句「咲き初めしそれそれ梅の佇まい」梅を愛でている。「それそれ」が利いている。これによってリズム感が出て、絵になる。明るい肯定的なイメージがある。そこがいい。問題句「踏青やひとりで開く野のランチ」特に問題は感じない。ただ一句が一覧表からちょっと光っていたから選びました。「ひとりで」がいい。「ひとり」の「野のランチ」に共感。僕は街の中でひとり昼ご飯を食べる。周りに他人がいるので、ひとりではないけど、共感。野には草花がある。

竹本 仰

特選句「ものの芽や人間だけが剝き出しに」自然界に暮らすものは、おおむね自性、その身の護り方が備わっているもの。しかし、我が人類は、その護り方の術を多分に作り出せると思う故、かえって、もっとも悲惨な事態に陥らせているというべきか。たとえば、原発。たとえば、あふれる移民。ぜんぜんたとえは違うと思うけれど、カフカの「変身」のザムザのあのかわいそうな姿を思い出させます。何でしょう、以前、ハンナ・アーレントの「全体主義の起原」を読んでいる途中に、カフカが「変身」を書いたであろう動機とかなり重なるものを感じたのを覚えています。特選句「落ちもせぬ熟柿のままの虚空かな」もう落ちるかと直感される熟柿、それを虚空に焦点を与えたところがすごいなあと思いました。で、この「虚空」は、熟柿に残された時間の一瞬一瞬の緊張感と重みをたたえており、いわば生成躍動する「虚空」なのだともとらえられ、何と言いましょうか、表面張力のある時間、そのみなぎりをも連想させます。これも、場違いな表現ですが、ほうじ茶の深さに通じるなあと、まったく個人的に感心。以上。気温差、はげしい毎日です。これが春の特徴と言えばそうなのかも知れませんが、「椿事」という言葉もあります、とかく異変の季節でもあります、みなさま、お体お大切に。

月野ぽぽな

特選句「雪嶺や憲法も吾も七十年」この七十年の国の来し方と自分の来し方に思いを馳せる。険しくも美しい雪の嶺がそれらの象徴として働いている。

増田 天志

特選句「てふてふを白き凶器として飼へり」ぼくの兄さんは、殺さないでね。

夏谷 胡桃

特選句「雛流しそのまま姉は漂流し」。詩的な感じがします。紙雛のように、漂い消えてしまいそうな姉の精神の浮き沈みを表しているような。そして少しサスペンスも。雛流しの後、行方知れずの姉の身にいったい何が起きたのか。姉には秘密があったのです。特選句「丸まりし喪服の人よ冴え返る」。お葬式というより火葬場の隅で、腰を曲げ丸まった喪服の老婦人の映像が浮かびました。こんな日は、寒くなるんです。何を考えているのかな。次は自分の番だとか、その人のことを思い出しているとか。なかなか声がかけられません。

野澤 隆夫

〝ローマは一日にして成らず〟祝!!「海程」香川句会第70回おめでとうございます。今月も楽しく参加できました。特選句「ムンク叫ぶあの人きっと花粉症」:「ムンクの叫び」は絵で見ると精神的に落ち込んだ悲痛なる叫び。でも時にユーモラスに取れるところが名画か?花粉症とは最高。小生も〝己が面ムンクの叫びバナナ剥く〟胃がん手術で入院してた時小生の顔がムンクになってた時の作。「ムンクの叫び」、これからも作句したいモチーフです。特選句「薄氷は割る癖絵馬は返す癖」よくあるあると納得の風景。でも思わずニコッとするユーモア感が心地よい。問題句「シューマンのたとえばセロリー男前」この句、分かる人には秀句なんだろうなーと勝手に思ってますが…。シューマン、セロリー、男前???

古澤 真翠

特選句「 遮断機の上がりて夢の春野かな」作者の春を待ちのぞむ気持ちが、「遮断機の上がりて夢の」に凝縮され 一気に花吹雪の舞うような景色が浮かんできました。他にも、「水仙やはねかえされる愚痴ごころ(中西裕子)」「うすらいや不安たたえし黒き水(銀次)」「冬晴れや檸檬一顆と青き海(高橋晴子)」も心の情景が 鮮明に浮かび、特選にさせていただきたいくらい心に響く作品でした。

河田 清峰

特選句「紙雛の折目ただしき山河かな(野田信章)」手元の雛と背景の山河の対比が…連山影を正しうす…を想わせて実にただしきを響かせて気持ちいい句である!もうひとつの特選句「若駒よそこ弁慶の泣きどころ(矢野千代子)」若駒の脚の清しさに焦点をあてたのが良かった!弁慶と牛若丸を思い出させて俳諧味がある。

野田 信章

「下萌や今日いちにちの横顔に(男波弘志)」の句の「横向きに」には表向きに現れないようなある一面がある。今日いちにちそのことに徹したというそこにはもう一人の自己の存在感の手応えが窺える。「下萌や」の配合には、この生き様を包み込む自愛の念も感得される。「熊野八鬼山干飯そこに零れおり」は古来より人を引き付けてやまない熊野山地の景である。この地の聖と俗との混沌とした交わりの在り様が、干飯のこぼれ落ちた一粒一粒を通して、如実にそのことを諾わせるものがある。「愛の日の驚きやすき綿ぼこり(月野ぽぽな)」の句は中句以下の「綿ぼこり」の強調でよき屈折感が生れて、逆にその分「愛の日」に対しての厚みのある情感が加わったと思える。「昼からの時間たぶたぷとして春」を問題句としたのは〈昼からの時間たぷたぷとして春だ〉として味読したいためである。高が一時然れど一字ということである。

柴田 清子

特選句「げんげんの花咲くげんげんの真中」げんげんの花以外何も書かれていない。最後に「真中」の一言で終るこの一句を特選とした。繰返し読めば読むほど、げんげんの花は果てなく広がってゆく。そして人間の喜怒哀楽の全てが、この「げんげんの花」の中にあるように思えた。この一句に投げ込まれた私は、今も、この先も、この句から何かをつかみ取ろうとしている。楽しんでいる。最後に、この句が、どの句よりも好きであること。

伊藤 幸

特選句「落ちもせぬ熟柿のままの虚空かな」私には仏教・哲学 薀蓄を唱える知識は皆無に等しいが、この句に存在する所謂「無」とやら、これぞ「無からの創造」ではあるまいか。「後は読者の読みに任せた」と問題提示された気分だ。特選句「茶が微温いイノシシ罠にヒトの香(夏谷胡桃)」人間が鳥獣を捕らえて喰う。これは世の習いであるが捕らえたもののどうにも納得がいかない。同じ生を受けた人間として罪悪感にとらわれる。これも宗教や哲学に類したものと受け取られないでもないが…。茶が微温いという措辞が胸を打つ。

三枝みずほ

特選句「空を読み風読み鴨の引くころか(谷 孝江)」作者も鴨と同じく、空や風を読めるという点に惹かれました。日々の観察から自然の流れを感じられる感性が素敵です。特選句「ひと塊の闇セーターを脱ぐ途中」確かに真っ暗で、少し怖い空間。でも脱いでしまえばそこは日常。きっと不安や悩みを抱えてる時は、こんな感じなのかも。

漆原 義典

特選句「春疾風つるり子を産むアラフォー娘」は、中下、つるりと子を産むどもアラフォー娘が白いです。ほほえましく楽しい句です。暖かい春の訪れが待ち遠しくなります。ありがとうございます。

銀   次

今月の誤読●「手踊りの婆さこきりこ節が聞こえる(大西健司」。オラ見ただよ。今朝のまんだ早い時間に裏の畑さいっただよ。そしたら見たこともねえ「婆さ」が朝焼けんなかでひょいひょいと手振り足振りしてるだによ。オラわげわかんねでボーッと立ってると、婆さ、こっちさ見てニャッと笑っただよ。そんとき、ありゃオラが子どもんころ死んだ婆さだと(顔も覚えてねえのに)なぜだかわかったのす。歌が好きだった踊るのが好きだった婆さだったのす。なあんも聞こえねえのに、その「手踊りの」ふりを見てると、オラ、ああと思い当たった。あれは婆さがいつも歌って踊ってたあの歌だ。〈コキリコの竹は七寸五分じゃ 長いは袖のかなかいじゃ 窓のサンサはデレデコデン 晴れのサンサも デレデコデン〉。オラ叫んだだ。婆さ、あんたけえ! オラ走っただ。オラに会いに来たのけえ! じゃが婆さは、なあんも言わず笑いながら雪んなか消えていっただ。粉雪の降る空の彼方から、小さな声で、かすかに、ほのかに「こきりこ節が聞こえる」。こきりこ節が生きてる限り、ご先祖さまも生きてんだなって。オラァ、畑耕しながら、デレデコデン、デレデコデン、なんか嬉しくってよ。ずっと歌ってただ。

田中 怜子

特選句「恐竜の貌して鶏よ旧正月(藤川宏樹)」すくっと首をあげて、つつつと走る鶏 かわいい恐竜のごとし。特選句「首の向き変えてあげよう冬苺」家庭菜園かな、いちごが赤く立派に育ち、いとしげに、茎が折れないように向きを変えてあげる。こんな人時が大事なのですよね。両句とも、日常のつつましい生活のよろこびです。

野口思づゑ

特選句「カモシカの振り向きざまに宙光る」カモシカがこちらを向いた。その動き、そしてその背景がどこか神がかって見えたに違いない。問題句「てふてふを白き凶器として飼へり」何故蝶々が白い凶器なのか、どうしてもわからない。問題句「愛の日の驚きやすき綿ぼこり」驚きやすき綿ぼこりの意味がよくわからず、また愛の日はバレンタインデーなのだと思いますが、その日との結びつきとなると、ますますわからなくなってしまう。その他「大雪やわれらまどろむ深海魚(稲葉千尋)」雪に埋もれるとこんな感じなのかしら、と想像した。「昼からの時間たぷたぷとして春」たぷたぷ、の表現が好き。選句内に入れられなかったのですが、今回はちょっと哀しくて妖しくて怖いような句がいくつかありました。例えば・・「廃屋に金庫鳥葬の匂いせる(大西健司)」「料峭や女体彩なす四次元へ[伊藤 幸)」「如月や授乳のかたちの亡骸です」「雛流しそのまま姉は漂流す」

寺町志津子

特選句「東北の紅梅白梅あの子かしら」毎月、大らかできめ細かいお世話をくださる野崎さんの下に寄せられるのびのびと自由闊達で新鮮な数多の佳句。今月もしかり。その中で一読心惹かれた句である。「あの子かしら」は、三・一・一で還らぬ魂となった我が子なのか。あるいは馴染の幼子なのか。咲き匂う紅梅、白梅の中から、あるいは向こうから、実像とも思われる子の姿が作者の眼前に現れた。「あの子かしら」が「東北の紅梅白梅」とよく響き合って、不思議な感情を湛えて胸を打ち、句は、哀切を帯びた美しい詩情を醸し出している。

三好つや子

特選句「ひと塊の闇セーターを脱ぐ途中」無難な色やデザインを好むような生き方を、知らず知らずしている自分と決別し、自由に生きようとしたときに起こる心の葛藤が、「ひと塊の闇」にうまく表現されています。特選句「シューマンのたとえばセロリ男前」シューマンの美しいピアノの曲を聴きながら、清々しい風味のセロリを食べている。そんな感じの男前です、という喩え方に共感。「如月や授乳のかたちの亡骸です」子を産み育てるだけの栄養がないまま、野良猫が出産し、命を落とすという現状が切ないです。

菅原 春み

特選句「雪国や裾絡げ行く赤い傘」色、景色が見えます。具象的なものが見えて、映像がさらに鮮やかに。「昼からの時間たぶたぶとして春」春ならではの抽象的なときの流れ。たぶたぶが面白い。選「素っぴんの女の意地や冬すみれ」この女性に寄り添いたいような気持ちです。季語もあっていていい。「雪嶺や憲法も吾も七十年」祈りに似た平和への思いを淡々と語る作者。共感します。

中西 裕子

特選句「踏青やひとりで開く野のランチ」春の青草でのランチが、春が来た雰囲気がでて楽しく思えました。気になる句は「麺工場湯気噴き吹かれ山眠る(高橋晴子)」で、山眠ると、麺工場の活気との対比なのでしょうか、イメージがわかなかったです。

山内 聡

特選句「若き日の友の横顔針供養」。針供養という季語がとても生きていて詩情の溢れる一句となっていると思いました。まだお互いに若かった頃の顔を思い出し、そして何本かの駄目になっていく針たちの年月が見事に重なっています。一枚の写真がセピア色を帯びているような時間を読み込んでいるなあ、と感服しました。

桂 凛火

特選句「大泣きの鬼は善人恵方巻」泣いた赤鬼の話はとても好きな童話です。鬼は悪いもの、こわいものと憎まれている存在でありながら実はどうかなーというそこのところが好きなのですが、この句はその感じが「善人」といい切ることであらわされていてよかったと思います。恵方巻は、「コンビニのわな」ともいわれますが現代的なものとのとりあわせもよかったと思います。

亀山祐美子

特選句「薄氷は割る癖絵馬は返す癖」誰にでも思い当たる癖です。人間の心理に根差した行動に共感を覚えます。

藤田 乙女

特選句「カモシカの振り向きざまに宙光る」カモシカが見ようとしたものは、何だったのでしょうか?人間の世界とカモシカの世界、同じ生きとし生けるものなれど、人間の方が上位?いいえ、神々しいばかりに大宇宙の光に照らされたカモシカの存在感に圧倒されました。「紙雛の折目ただしき山河かな」まず、ひな祭りの原型のひとつとも言われ、古来から行われている雛形の身を浄める厳粛な行為を想起しました。そして、大自然に対する人間の畏敬の念やその中で歴史を刻んできた人々が紙雛に託すささやかな幸せを願う思いがよく伝わってきました。

高橋 晴子

特選句「雪嶺や憲法も吾も七十年」何も言ってないが、雪嶺をもってきたことで作者の思いが伝わる。いい句だ。問題句「竜の玉権威を嫌ふボブ・ディラン」:「権威を嫌ふ」と言葉で言ってしまえば、それまでで、せっかく〝竜の玉〟を持ってきたのだから、言葉でいわないで物でいって欲しい。それが俳句です。言葉でいっている句が多すぎる。定形を破るなら、それなりのリズム感なり、何かが欲しい。何でもありもいいけど俳句は俳句の詩的存在感がある。言葉をもっと磨いて欲しい。

野﨑 憲子

特選句「告白前の潮満ち咽喉の水母かな」上五、七音が効果的で、「告白前」の作者の緊張感がズンと伝わってきます。「潮満ち咽喉の」の句跨りが大きなうねりとなって下五の「水母」に収束して行きます。「海月」ではなく「水母」が、膨らんでゆく愛語のようで、実感として伝わってまいります。問題句「ものの芽や人間だけが剥き出しに」とても惹かれた句です。「人間だけが剥き出しに」は、霊長類の長である人類の色んな側面を、見事に表現していると思いました。ただ、「ものの芽」が、発想の契機であるのですが、あまりにもそのものズバリで、そこが残念でした。しかし、心に響く作品であります。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

春一番
北国の春一番は工事中
銀   次
春一番子のちぎり絵にキリン来る
中野 佑海
シェパードの一気に駆ける春一番
野澤 隆夫
春一番眉の太さは父に似る
亀山祐美子
定年や通用口の春一番
小山やす子
あなにやし醤の町の春一番
河田 清峰
鶯や年をとるのが早すぎる
鈴木 幸江
珈琲の微糖鶯の綱渡り
柴田 清子
鶯や母からもらふ母子手帳
三枝みずほ
鶯や蕪村の頃も小さくて
男波 弘志
囀り
囀りて都会の顔となりゆけり
三枝みずほ
それもまた私しのこと囀れり
男波 弘志
囀を耳に溜めたる朝寝かな
中野 佑海
囀や赤いポストを探しをり
小山やす子
囀りや半濁音の光なか
河田 清峰
揚げたてのコロッケひとつ囀れり
野﨑 憲子
あっという間の一生でした囀れり
鈴木 幸江
くちびる
手錠せしくちびる赤き少年犯
銀   次
桃咲けりやはらかすぎるくちびるよ
柴田 清子
故あって唇ばかり乾くかな
鈴木 幸江
ふらここや紅きくちびる抱き寄せて
島田 章平
鳥の恋
礼服の腕組み軽き鳥の恋
亀山祐美子
地に落ちた覇者が漂流鳥の恋
小山やす子
電線に寄りそふ影や鳥の恋
銀   次
りんご茶の甘い裏切り鳥の恋
中野 佑海
口角揚げ君待つホーム鳥の恋
藤川 宏樹
フラダンスそれって何よ鳥の恋
河田 清峰
鳥の恋このカステラは期限切れ
野澤 隆夫
眠る
眠るとふ日向ごごちの小さき死
銀   次
B面のわたしが眠る春の雨
三枝みずほ
生きる術なくなり眠る雪女
小山やす子
高橋たねをさん
冬日向高橋たねをだけだった
男波 弘志
たねをさん梅見てペンを握ってる
中野 佑海
ポポンS用意しましたたねをさん
島田 章平
でで虫が交尾むはにかむたねをさん
小山やす子
差出人不明の葉書「たねを」さん
鈴木 幸江
春虹の伝道師ですたねをさん
野﨑 憲子
白梅や前も後ろも海見えて
河田 清峰
ふと咲けり露地に移せし梅の花
野澤 隆夫
首筋に風のくちびる梅ひらく
野﨑 憲子
梅一輪キャベツ2個程の愛放つ
中野 佑海
梅の香や思い通りにやるだけよ
藤川 宏樹
余寒
すぐ読めてしまう葉書や春寒し
男波 弘志
言われればそうですねの余寒あり
鈴木 幸江
とんでもない風の産まるる余寒かな
野﨑 憲子
旅鞄息整える余寒かな
藤川 宏樹
八朔柑
口下手に生きて八朔頬張りぬ
三枝みずほ
八朔を横にながむる人か何
河田 清峰
八朔や太陽の愛一人じめ
中野 佑海

句会メモ

今回で、香川句会は、七十回を迎えました。ご参加の皆様方のお蔭様です。ありがとうございます。18日の句会には、徳島から小山やす子さん、岡山から小西瞬夏さん、久々の町川悠水さんもご参加になり、熱く楽しい句会になりました。

<袋回し句会>は即興の良さです。まだまだ推敲の途中の句も有るかと思いますが、それもまた一興です。今回のお題に本句会の代表だった「高橋たねを」さんも登場し、句会場のどこかで、たねをさんが嬉しそうにご覧になっているように強く感じました。尚、小西瞬夏さんの<袋回し句会>の作品は、ご本人の希望により不掲載としました。 次回の、ご参加を楽しみにいたしております。

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