2017年4月26日 (水)

第72回「海程」香川句会(2017.04.15)

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事前投句参加者の一句

       
海征きて陸(おか)はサクラと石の人 藤川 宏樹
春の水ちちははの透くところまで 小西 瞬夏
山里にしゃぼん玉する老女かな 髙木 繁子
大橋の向こうに沈む日永かな 山内  聡
生も死も花に遊びし生傷(きず)のまま 若森 京子
夕桜かなしみしまう鍵なくす 桂  凛火
白馬酔木カタカナ文字の反戦詩 稲葉 千尋
山焼くや強風よりも大き声 菅原 春み
水仙の花の孤高と言へばさう 谷  孝江
ただそばに居るが大切ヒヤシンス 小宮 豊和
大仏の心臓きゅっと花もくれん 増田 天志
清明や海の朗らよ山に鳥 高橋 晴子
目が合えば翔つ翡翠よきっと阿部完市(あべかん) 矢野千代子
花吹雪どの街角も美しき 中西 裕子
戦争のはなしソーダ水は水に 月野ぽぽな
唇の渇ききったる受難節 KIYOAKI FILM
迷路より海へ抜けだす放哉忌 島田 章平
日傘いまも姉はまわせり字弟国(おうぐに) 大西 健司
幕あひの草餅旨し金丸座 野澤 隆夫
老師来て貂の冬毛のごとき冴え 松本 勇二
花筏森の息吹きも載せており 漆原 義典
子を二人連れ芹摘みに行ったまま 伊藤  幸
菫咲く淡谷のり子の唇よ 夏谷 胡桃
甲冑の眼窩初蝶過ぎりけり 野田 信章
白木蓮こかれるゆめの敢(あ)へなかり 疋田恵美子
揚げ雲雀ポケットに亡母(はは)の診察券 寺町志津子
春雨や花びら塗れの大鳥居 古澤 真翠
タンポポの仲間に入れてもらう昼 柴田 清子
蛇泳ぐ真最中の水となり 男波 弘志
春満月今日の私を食べてって 中野 佑海
スキップするお尻が飛ぶよ花薺 三枝みずほ
引越して遍路に道を尋ねらる 鈴木 幸江
昼月に見入る蟋蟀理知的だ 野口思づゑ
墓に土筆婆ちゃんわたし唄っていい? 竹本  仰
逃げ水のあれはナースの帽子かな 三好つや子
菜の花やパレットに置く海の青 藤田 乙女
あんぱんを春の形に焼く神戸 重松 敬子
白梅に耳透く目覚め白湯うまし 小山やす子
春爛漫かたや空爆町破壊 田中 怜子
はなちるや甘き腐敗の臭ひせり 銀   次
旅馴れた人波の中花万朶 亀山祐美子
鵜の鳶の水のゆるゆる睦む春 河田 清峰
ぶらんこや膨らんでゆく影法師 野﨑 憲子

句会の窓

中野 佑海

『桜吹雪湧きし句会の熱き友』:特選句「生も死も花に遊びし生傷のまま」幼い頃って、なぜか手に足にお尻に生傷が絶えなかったですよね!?それだけ真っ向から真剣に色々なことに向かって行って、敢えなく粉砕してた気がします。そのくらい、死ぬまでこの人生勝負し、やりたいことを諦めないでってメッセージ。有り難くお受け致しました。 特選句「妹にもどるスイッチ桜餅(三好つや子)」桜餅の甘くて可愛くて初々しいあの桜の葉の匂い。妹という語感にぴったりフィットです。世の女性諸君、桜餅を食べて、妹背の契りを致しましょう!うーむ、この口が何時も言わずもがなを述べてしまうのです。

島田 章平

特選句「春の水ちちははの透くところまで」ちちははの透くところまで・・というゆったりした間合いの中に作者の父母に対する深い愛情がこんこんと湧いてくる。気になる句。問題句「春爛漫かたや空爆町破壊」シリア、アフガニスタンの悲惨な空爆のニュースが胸を痛める。北朝鮮の厳しい地勢状況を思うと日本も他人事ではない。掲句の「春爛漫かたや空爆」と言う表現に空々しさを感じる。詩は作者の心を表す。常に対象の心に寄り添いたい。

山内  聡

特選句「菜の花やパレットに置く海の青」この句が今回抜群に良かったです。「菜の花や」、ときて、「パレットに」、絵を描いているんだな、「置く」、黄色の絵の具ですか?、「海の」、エッ、「青」!何か手品を見せられて最後に種明かしを瞬時にさせられたような驚き。そして何と言っても美しい詩であり脳に鮮烈に浮かび上がらせる情景、客観写生。これは僕の中で名句にさせていただきます。いったい誰ですか?それと、問題句と言うわけではないのですが、とても気になる一句があります。「春爛漫かたや空爆町破壊」この句をいただいたのですが、この句に足りないものは詩情。こういう句はたぶん実感ではないしテレビなどで得た情報から作られた詩であるがために俳句に必要な実感が足りない。そしたら、反戦句はどうやって詠めばよいのだろうか?僕も反戦の句を詠んだことはありますが、自分で詠んでいて自分の句でないような気がするのです。そしてなぜか反戦の句はなかなか俳句になりにくい気がします。喉の切っ先に突きつけるように詠みあげるのか、オブラートで包んだように詠みあげるのか。もっと想像を膨らませて実感に近づけるのか、いや近づけない…。

小西 瞬夏

特選句「戦争のはなしソーダー水は水に」戦争のはなしを聞きながら、ソーダ水の泡がゆっくり抜けて水になっているのかもしれない。そんなリアリティを下敷きに「戦争とはいったいなんなのか」「ソーダの泡のように、なにも解決せずに消えてゆくようなものなのではないか」というような「無意味さ」が表現されている。

男波 弘志

「海往きて陸はサクラと石の人」サクラ、もフクシマ、も石のように硬直している。現代の風景。「人体は寺院よ初夏の風に立つ(月野ぽぽな)」:「立つ」、を生かし切るならば、「寺院」を「伽藍」にするべきかと。「父の春街にキリスト教の唄(KIYOAKI FILM)」長崎の風景であろうか、隠れキリシタンのことが浮かんだ。「黒椿四肢の水光の女流たち(野田信章)」特選、四肢のリアリズム、四つん這いの狂気を感じる。赤黒い色。「指先を濡らして透明リラの街(三枝みずほ)」:「指先の濡れて透明」只事に徹したほうが句意に合っているかと。「日傘いまも姉はまわせり字弟国」下5の地名が異界に拡がっている。「鳥帰りますコンパスの軸脚へ(増田天志)」製図の正確さが帰巣本能に暗示されている。「へ」を取って手元から虚空へ開放したい。「揚げ雲雀ポケットに亡母の診察券」終い切れないでいた、母の遺品。それをはおって雲雀野へ。「髪洗う身の内の海昏れるたび(月野ぽぽな)」実景の「海」、身の内の「海」、時間軸が2つながら存在している。詩の世界は時空をも変容させる。「白梅に耳透く目覚め白湯うまし」詩情は秀逸です。フォーカスを「耳透く」に絞りたい。「白湯そこに」でどうですか。「はなちるや甘き腐敗の匂ひせり」好きな句です。「匂い」を言わない方が嗅覚が働く。「甘き腐敗の向うより」では。

野澤 隆夫

昨日はお世話になりました。十四日(金)には夏井いつき句会ライブに参加。そして昨日は「海程」香川の句会。いつきさんの句会は千人以上の参加で各自一句の投稿。テーマは〝「なん?」〟。作句時間五分。袋回しで慣れてるようで、でも作れないものです。小生の駄句…〝我が体重53キロ花の冷〟。最終は参加者の拍手の音で決めるというやり方。一位は〝草の笛吹く子吹けぬ子見ている子〟でした。

特選句「目が合えば翔つ翡翠よきっと阿部完市(あべかん)」阿部完市を知らず、男波さんに句と人となりを紹介され、これこれと特選句に。翡翠に目をあわせるドキドキ感。翡翠に〝あべかん〟さんを見た驚きがいいです。特選句「迷路より海へ抜けだす放哉忌」昭和三十九年、放哉の南郷庵近くに下宿してました。俳句も放哉も知らない二十代、迷路のようなどこから出てくるかわからない路地をよく散策しました。問題句「子を二人連れ芹摘みに行ったまま」:「そして誰もいなくなった」。クリスティの世界です。

若森 京子

特選句「春の水ちちははの透くところまで」あくまで懐かしい甘ずっぱい感傷的な春の水の流れを思う。永遠に探し求める流れである。特選句「日傘いまも姉はまわせり字弟(おう)国(ぐに)」字弟国の意味がはっきり分からないがきっと弟の国。自分の気持を入れると弟の黄泉の国の様に思え、弟を愛し続ける姉の気持が美しく哀しく書かれていて好きだった。

増田 天志

特選句「白馬酔木カタカナ文字の反戦詩」サリン、化学兵器の使用に対する反応の素早さが良い。

藤川 宏樹

特選句「菫咲く淡谷のり子の唇よ」放映中の昼ドラで見かけた浅丘ルリ子。白髪頭の私が子供の頃見ていた淡谷のり子に印象を重ね、思い巡らしていたときこの句に会った。印象的な分厚い紅唇。「淡谷のり子の唇」を「浅丘ルリ子の唇」に見立てて鑑賞した。若き日の可憐な姿も声も「菫咲く」様・・・。しかし「菫咲く浅丘ルリ子の唇よ」では字余り。「菫咲く淡谷のり子の唇よ」が、ドンピシャ嵌まります。さて作者の作句意図は、・・・如何?→作者の夏谷胡桃さんに自句自解をお願いしました。→句会で、作者の意図は?と話題になったそうです。あまり意図はないです。今、昭和史を勉強しています。二・二六事件や天皇機関説。歴史でキーワードとして習っていただけで、自分が何も知らないとわかって本を読み直しています。そんな本を読んでいた時に、ラジオから淡谷のり子の歌が流れてきました。懐かしい。私は歌というより、小さい頃にテレビで観た毒舌の淡谷のり子を思い出しました。淡谷のり子を調べてみると、昭和史をそのまま背負ったような人でした。彼女が生きていて今の時代を見たら、あの唇でなんといったでしょうか。「菫咲く」は「薔薇が咲く」とはじめ考えました。派手な彼女にあっているような。でも、調べているうちに、大胆な表向きの中に繊細な心があると考えて「菫咲く」にしました。

夏谷 胡桃

特選句「夕桜かなしみしまう鍵なくす」。はじめ読んだとき、鍵という言葉は使い古されてきたように感じ、通り過ぎました。しかし、「かなしみしまう鍵」をなくしている人が多いのでは、と思い至り、特選としました。かなしみしまう鍵は、私には俳句でしょうか。俳句にかなしみ閉じ込めて、どうにか生きていきます。特選句「揚げ雲雀ポケットに亡母の診察券」。お母様を亡くしたばかりなのでしょうか。最近まで通院に付き添っていたのでしょう。何気ないお母様が生きていた証です。問題句「あんパンを春の形に焼く神戸」。春の形とは? わからない。見てみたい。神戸ではよくあるもの? 

野田 信章

自分が、不調の時は他者の句も読みたくないし、見ても不満足なことが多々ある。これはやはり自己中心的で、次第に視野を狭ばめてゆくことだと反省しきりである。よき作り手になるには先ずよき読み手になることかなと思い定めている、愚者の言でもある。そこで勇気を出して今回の一二九句を拝読。不作、苦吟を嘆くよりも、これを見よと明示してくれる句が常に存在するものだと思いつゝ選句をしたのがこれらの十句です。鼓舞してくれる十句です。→野田信章選;十句 「白馬酔木カタカナ文字の反戦詩」「大仏の心臓きゅっと花もくれん」「山笑うあの人この頃口籠る(鈴木幸江)」「老子来て貂の冬毛のごとき冴え」「昼月に見入る蟋蟀理知的だ」「オオイヌノフグリしあわせ踏んで戦って(夏谷胡桃)」「墓に土筆婆ちゃんわたし唄っていい?」「かたかごや寒くないです若いから(小宮豊和)」「白たんぽぽ邪鬼のなみだの涸れきって(矢野千代子)」「ぶらんこや膨らんでゆく影法師」

月野ぽぽな

特選句「老師来て貂の冬毛のごとき冴え」:「貂の冬毛のごとき冴え」というこだわりの描写が眼目。その老師は野性味がありしかもしなやかで細やかな感覚を持った方なのでしょう。

稲葉 千尋

特選句「目が合えば翔つ翡翠よきっと阿部完市(あべかん)」阿部完市が今も目の前に居る感じ、翡翠が生きている。特選句「若草や同じ匂いの赤子かな(中西裕子)」まさに赤子の匂い。実感を一句にした。

伊藤  幸

特選句「老師来て貂の冬毛のごとき冴え」兜太師のことと察せられる。兜太大師を、あの見事な毛並みの貂と喩え、最後に冴えと的確に表現した賛辞、匠の技またも見せて頂きました。特選句「白木蓮こかれるゆめの敢へなかり」和歌でも読んでいるような気分。切なく美しい。俳句にしては珍しいがこれも又ありかな?とも思う。

竹本  仰

特選句「日傘いまも姉はまわせり字弟国」亡き姉を回想する句か、「字弟国」がその姉の仕草と相まって、よくくるくると回っている。特選句「甲冑の眼窩初蝶過ぎりけり」対比が効いています。「初蝶」がその眼窩にありし夢幻を想像させ、あらゆるコントラストがよく響く句かと。特選句「目を閉じて五万哩の桜狩り(銀次)」、これも想像を掻き立てる作りです。「五万哩」、かつて呼んだヴェルヌの「海底二万哩」を思い、もっと深いかとため息が出ます。

三枝みずほ

特選句「戦争のはなしソーダ水は水に」8月になると祖父から必ず聞く戦争体験の話。毎年聞くので、長くてつまらなく感じた時もあったが、内容は鮮明に覚えている。時間の経過をソーダ水と水で表現した点に共感した。炭酸が戦時中の喧騒であれば、水は敗戦とも。こんな水はつらい。特選句「あんぱんを春の形に焼く神戸」一読して、爽やかで大好きな句!あんぱんという素朴なものを、春の形に焼くとはどんな形だろうかと、想像が膨らむ。

松本 勇二

特選句「大仏の心臓きゅっと花もくれん」大仏が生あるごとく書かれていて秀逸です。きゅっとに感覚の冴えがあります。特選句「目が合えば翔つ翡翠よきっと阿部完市(あべかん)」阿部完市先生のとても静かで鋭い眼光を思い出しました。鳥は時折、彼岸からの使者になることを作者はよくご存じのようです。問題句「スランプに鈍い日ざしのよなぐもり(小宮豊和)」スランプの時の日射しが鈍いと感じる感性は素晴らしいと思います。しかしながら、座五のよなぐもりが鈍い日差しに対する回答になるおそれがあるので、ここはもっと遠い季語がよいのでは。たとえば四月来るや春の朝ではどうでしょうか。

「海程」香川句会へ参加させていただきます。隣の県である香川で野﨑憲子さんが頑張っているのは承知いたしておりましたが、今日まで何も出来ずに日々を過ごして参りました。香川句会の皆さんの厳しい選を受け、勉強して参りたいと思いますのでどうかよろしくお願い申し上げます。

疋田恵美子

特選句「水仙の花の孤高と言へばさう」伊吹島での爛漫の水仙と久保カズ子さんのお姿を思わせるお句。特選句「ただそばに居るが大切ヒヤシンス」夫婦も相手が欠げると事あうことに、居ない寂しさを痛切に感じるものです。

古澤 真翠

特選句「 かたかごや寒くないです若いから」:「かたかご」とは「カタクリの花」のこと。私の大好きな花ですが、絶滅危惧種なのです。桜咲く頃に ひっそりと咲く群生地を幾度も訪ねた日々を想い出しました。問題句「 花ミモザ鮮烈デビュー蟾蜍」:「蟾蜍」を「蟇」としなかった作者の意図は?と 検索に検索を重ねました。「夏の季語」「羿」「仙女」次から次へと無知を実感させられながら 疑問は膨らむばかりです。「鮮烈デビュー」に隠された意図が潜んでいるのでしょうか?私の中の「大問題」となり、夜も眠れませぬ。→「花ミモザ」の作者稲葉千尋さんより「そんなに難しく考えなくてもと思っています。花ミモザを見たときの鮮烈さ、そして久しぶりに会えた蟇との取り合わせと思っていただければとおもいます。花ミモザは登山から降りた村の大きさに感動しました。蟾蜍は、〝ひきがえる〟と読んで頂ければとおもいます。」

亀山祐美子

特選句「タンポポの仲間に入れてもらう昼」楽しくて明るくて好きです。特選句「ぶらんこや膨らんでゆく影法師」ぶらんこを漕いで空に近づくほどに地面に残る影法師は膨らんでゆく…。ぶらんこと影法師しか言っていない。それだけに読み手の想像力を掻き立てる。個人的には「ぶらんこ」より「ふらここ」の方がより春愁を感じる。

大西 健司

特選句「逃げ水のあれはナースの帽子かな」この句が妙に気に掛かってなりません。どこがいいのか説明が出来ませんが、この感覚に共鳴しています。「指先を濡らして透明リラの街」「髪洗う身の内の海昏れるたび」の叙情もとても好きな世界です。

鈴木 幸江

特選句「春満月今日の私を食べてって」今日は、何か失敗でもしてしまったのだろうか。でも、“食べてって”の措辞より、めげていない前向きな姿勢が伺われ、とてもいい感じだ。春の満月にそんなことをお願いしている人を見たこともなかった。特選句「今日の駄々昨日の駄々よ鳥曇(桂 凛火)」“駄々〟から拗ねているような心持ちが伝わってくる。今日も昨日もそんな気持ちに襲われた作者。曇り空の中、大自然に導かれ帰る鳥たちに、無意識に救いを求めているような詠い振りがいい。問題句「墓に土筆婆ちゃんわたし唄っていい?」ずばり、この“?”は、必要だろうかと思った。もちろん句の内容にも惹かれ、土筆の似合うお婆ちゃんの素敵な人柄が好きだ。日本語の終止形は、口語では、語尾を上げれば疑問文になる。だから、“?”はなくてもリズム尊重してこの句を読めば疑問文になる。例え断定文と解釈してもその内容は面白い。

三好つや子

特選句「大仏の心臓きゅつと花もくれん」満開の白木蓮に廬舎那仏の大きな心を感じた作者。そんなスピリチュアルなまなざしに胸がキュンとしました。特選句「西海五月犬猫魚の貌賢こ(野田信章)」五月の九州の海や瀬戸内海の聡明なブルーと、ひたむきに生きる犬や猫や魚たちの顔が目に浮かびます。「目が合えば翔つ翡翠よきっと阿部完市」俳句をはじめた頃、阿部完市氏の作品と出会い、とりわけ「ローソクもつてみんなはなれてゆきむほん」に衝撃を受けました。阿部氏がどんな人だったのか・・・想像をかきたててくれる句です。

KIYOAKI FILM

特選句「スキップするお尻が飛ぶよ花薺」俳句に「お尻」という体の部分を表現した場合、成功するのがむつかしいが、この句はよく出来ている。スキップする…おそらく女子の、健康な体が想像され、「飛ぶよ」となると、「お尻」だけが飛ぶのか…。問題句「耳うらに少女永久なり冬いちご(竹本 仰)」問題句に挙げているが、毎回、問題句とは思ってなかった。この一句、「少女」からエロチックを感じ、読者の僕はどきっとしてしまいました。

谷  孝江

それぞれ個性豊かな句ばかり。選句のむつかしさをいつも感じています。短歌は調べ、俳句は切れ、と聞かされたことがあります。まだしばらくは「切れ」に悩まされそうです。

小山やす子

特選句「逃げ水のあれはナースの帽子かな」看護を受けたことの有る者にしか分からない何か微妙な心理が隠れているようで不思議な感性の持ち主と感じ入りました。

寺町志津子

特選句「戦争のはなしソーダ水は水に」きな臭い世になりつつある。その不安は日増しに強くなっていく。掲句を勝手に想像すると、シーンは気の合った老友との話。互いに世相を嘆きつつ、話は戦争に及んだ。先の大戦の話、戦後の話、そしてシリアのこと、テロのこと、原爆や化学兵器のこと等々。話は反戦への、平和への強い思いを込めて、ソーダ水が水になるほどに延々と尽きない。「ソーダ水は水に」の措辞自体は、決して新鮮とは言えないが、話のテーマが「戦争」となれば別である。反戦の、平和への願いを込めての戦争の話が、これからも、ヒソヒソではなく、安心して、「ソーダ水が水に」なるほど延々と話すことができるだろうか。安心して話すことができることを祈り、頂いた。

 
河田 清峰

四月も楽しい句ありがとう!特選句「あんぱんを春の形に焼く神戸」どちらも私の好きなものであるが普通似合わないあんぱんと神戸を春の形が繋げている!どんな形に焼き上がるか楽しみである!食べたくなってくる~koubeで…

重松 敬子

先日のお問い合わせについて「あんぱんを春の形に焼く神戸」この句は、私が今凝っている、パンつくりから、ヒントを得たものです。丸くした生地のてっぺんに、十文字の切り目を入れます。焼き上がると、そこが開き、中に入れてあるうぐいす餡が、のぞきます。低温でゆっくり焼き上げるため焦げ色が付かず、白い開きかけの花の蕾のような形に出来上がり、春を形にすれば、こんなかなあ・・・・・? と、詠んだ句です。

田中 怜子

特選句「花吹雪どの街角も美しき」桜がさくとなんか町がにおいやかになりきれいになるんですね。それを素直にうたっているのがいい。特選句「ぶらんこや膨らんでゆく影法師」自分がぶらんこにのっているような錯覚を感じました。

桂  凛火

特選句「老師来て貂の冬毛のごとき冴え」「「老師来て」は、説明のように書かれているのだけれど、何かただならぬ気配が伝わり、一つの世界が見えるよう、導入として巧みだと思います。白黒の映像のようで心ひかれました。「貂の冬毛のごとき冴え」という比喩がまた渋くて素敵でした。

銀   次

今月の誤読●「オオイヌノフグリしあわせ踏んで戦って」民兵は「オオ」と大声をあげてわずかな草むらに横たわった。疲れたぜ。砂漠には不似合いの一つかみの草むらだ。そこには小さなピンク色の小花が咲いていた。わたしはボソッと「イヌノフグリ」に似ているな、とつぶやいた。なんだそれはと民兵は聞き返してきた。うん、犬のキンタマという意味さ。バカな、この花がか。ああ、たぶん違うんだけど、なんとなくな。それにしてもキンタマとはね、と民兵は笑った。わたしも苦笑した。彼は言った。オレはいままで「しあわせ」ってやつを実感できずに暮らしてきた。だが、こうしているとしあわせってやつがわかるような気がする。戦場のつかの間の休息。それを言っているのだ。わたしが近づこうとすると、おっと気をつけなと彼は言った。地雷を「踏んで」おっ死んじまったやつが何人もいるからさ。遠くで砲煙があがった。つづいて遠雷のようなマシンガンの掃射の音が聞こえてきた。ええいくそ、しあわせってやつは短い。短いから本来のしあわせがあるのかもしれないとわたしは思った。さ、「戦って」くるかと民兵は機銃MK23を杖代わりに使って立ち上がった。わたしは愛機のカメラ、ニコンD750を手にしてあとに従った。砂漠の戦場は遠くに見えて思ったより近い。わたしはその名も知らぬ民兵の背に向けてシャッターを切った。

柴田 清子

特選句「春の水ちちははの透くところまで」父恋ひの母恋ひの極みg「透く」で言い表わしているところが凄い。特選句「山焼くや強風よりも大きい声」風と声を比べているところが新鮮な発想で気に入った。特選です。

中西 裕子

特選句「清明や猿(ましら)のごとき少年来(野﨑憲子)」清明とは、4月の初め頃?清く明るく字のとおりの時期でしょうか。猿のような生命力のある少年の姿がよく合ってると思います。何となく元気のでる句でした。「子を二人連れ芹摘みに行ったまま」の子を二人連れという句もドラマがありそうで面白いです。

漆原 義典

特選句「花冷えや遠き記憶の恋たどる(藤田乙女)」暖かくなり心がウキウキする春において花冷えは、気持ちをネガティブにし少しもの悲しいものです。この心情を、「遠き記憶の恋たどる」と表現したところに感動しました。

菅原 春み

特選句「清明や海の朗らよ山に鳥」季語と朗らがなんともいい。特選句「春泥やかつて地上に棲みしもの(銀 次)」妙に納得してしまう。甲乙つけがたく特選がなかなか選べません。

小宮 豊和

特選句「はなちるや甘き腐敗の臭ひせり」桜花であるからこそ、腐臭が芳香となる。人生において誉められるのは結婚式と葬式のときだけ、あとは袋叩きみたいなもの、たまには腐臭が芳香となってほしいという心の奥の甘え、健全な句が圧倒的に多い句稿の中で、耽美的、頽廃的、虚無的な感情にひかれる心の一面を詩まで高めている。特選句「生も死も花に遊びし生傷(きず)のまま」花に遊びし生傷とは、人生で負った浅傷,深傷のことであろう。自分の傷だけでなく、他人に負わせた傷もあるだろう。そしてその治癒を待たずに人生を終り、そのままあの世へ旅立つ。逃げも隠れもしない、できない、人生とはこんなものかとも思わせる。

 ご挨拶。私、このほど香川県に転居いたしました。さっそく句会にお誘いいただき光栄です。名ばかりの俳徒ですが、ご挨拶に駄句を一句       

 讃岐へと飛翔上野(こうずけ)春鴉         小宮豊和

新天地で、懸命に勉強させていただきます。よろしくお願い申し上げます。

藤田 乙女

特選句「夕桜かなしみしまう鍵なくす」 夕桜の悲しいほどの美しさに自分の心にそっと閉まって置いた過去の切なく悲しい思い出がふとよみがえってきたのでしょうか。その哀しみもまたいつか浄化されていくのでしょう。特選句「ただそばに居るが大切ヒヤシンス」 日々生きる中で、悩み、苦しみ、不安、悲しみ、様々な思いを抱きますが、「ただそばにいてくれる」ことが大きな支えだと感じます。白く根を伸ばし太い茎で真っ直ぐに立つヒヤシンスの佇まいが目に浮かび心が癒され安堵するように思います。

高橋 晴子

特選句「揚げ雲雀ポケットに亡母の診察券」万葉集、大伴家持の心情に通じる句で、しみじみとした余情がある、いい句。何もいってないけど、よくわかる。問題句「ただそばに居るが大切ヒヤシンス」問題句とする程の句ではないが、こういう表現が多いので一例にあげてみた。この句〝ただそばに黙つてをりぬ〟ならいい句だが、大切を入れると標語になっているように思います。

野口思づゑ

「人体は寺院よ初夏の風にたつ」人体が寺院とは、寺院が人のように見えたのか自身が寺院のような清々しさの中にあったのか、この「人体」と「寺院」の組み合わせが新鮮であり強いインパクトがあった。「旧友の近づき過ぎぬ菫ほど」女学生のようにベトベトしない、親しい友人と大人の距離でありながら菫のように見れば、会えば、心が和らぐ。理想的な友人関係がとても巧く表現されている。「地下東京ひとが湧き出る春の月(三枝みずほ)」地下道から出て来る人間、一体どこから湧き出て来るのかと、東京の街に行けばだれでも実感する。地下は人で溢れる喧噪であるが空には月。都市の春の夜の風景画。「流し雛ピアスするとき我執消え(寺町志津子)」ピアスすると自分の雰囲気が華やいで、いつもの自分が流れて怖いもの無し、とでもいった自由な気持ちになるのでしょうか。私もピアスしてみたくなった。「それは分かるけどって無視する花の冷え(中野佑海)」こういう人って嫌ですよね。ただ無視されるのは単純に腹立たしいのでまだマシだけど「それは分かる」なんて社交辞令のような言葉を添える。冷え冷えとした相手を巧く表した鋭い句。「子を二人連れ芹摘みに行ったまま」あら、ちゃんと帰って来たかしら。いつも家事で大忙しのお母さん、今日だけは子供と芹摘みに出かけ夢中なのでしょう、まだ帰って来ない。芹摘みの経験はないけどまるで昭和の映画を見ているようなほのぼのとした気持ちになる。「揚げ雲雀ポケットに亡母の診察券」ポケットに手を入れたらもう亡くなってしまった母の診察券があった、とただそれだけかもしれないが、高い空飛ぶ雲雀を見ている、聞いている、そして母を思い出している、その情感がよく出ている。「春満月今日の私を食べてって」春の満月、ふっくらしている。お腹いっぱいかもしれないけど自分を食べてもいいよ、と自分を月に食べさせようという発想がとても面白い。満ち足りた一日だったのでおいしいはずの自分です。「ミセスローバと称す老婆や春爛漫(寺町志津子)」こういうお年寄りっていいな、と思う。明るくて無邪気な人柄が春爛漫に凝縮されている。「はなちるや甘き腐敗の臭ひせり」果物は熟し過ぎて腐敗する手前が一番美味しいという説がある。花のその状態の時の匂いを嗅いだ事はないが他人にとっては腐敗でも当人は甘い汁だった。社会の腐敗を詩的に描く技量に感心した。

野﨑 憲子

特選句「墓に土筆婆ちゃんわたし唄っていい?」お墓に土筆を供えた孫娘の問いかけに、泉下の祖母の顔が浮かんでくる。眩いばかりのお日さまの様な笑顔が・・。「いのちの空間」を感じた。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

新入生
警察官へ最敬礼や新入生
野﨑 憲子
ひらひらと新入生の廊下かな
三枝みずほ
だぶだぶの制服てれる新入生
野澤 隆夫
顔文字とぶつかる朝の新入生
河田 清峰
空家
目借時空き家に吠える散歩犬
野澤 隆夫
満開の桜の庭の空家かな
島田 章平
沈丁や空家の中に昼の月
男波 弘志
北風も春風もよし空家かな
銀   次
空家にも団欒の日々花の散る
山内  聡
春昼の空家の庭の古如雨露
小宮 豊和
宿
花の宿花の気配の夜更けかな
小宮 豊和
宿命を受け入れた時飛花落花
三枝みずほ
春愁や左手の曲弾きし時
山内  聡
舟歌の流るる夕べ初蝶来
野﨑 憲子
桜闇
死んでいいと思ふさくらの闇ならば
柴田 清子
捨て台詞言って死にたい桜闇
鈴木 幸江
桜闇人近づきやすく離れやすく
三枝みずほ
酔客の横たわりをり桜闇
銀   次
底抜けの青を切り取る桜闇
中野 佑海
三丁目三番サード桜闇
藤川 宏樹
桜闇蛇口ざらざらしているよ
男波 弘志
桜闇静かに開く自動ドア
島田 章平
足音の波音となる桜闇
野﨑 憲子
恋愛神経開花宣言何時ですか
中野 佑海
本当は泣いていました花咲けり
鈴木 幸江
花や花追っかけて逝ってしもうたり
柴田 清子
一点に集まるこころ花吹雪
野﨑 憲子
春落葉
あさぼらけただまっすぐに春落葉
銀   次
春落葉テレビ女優の嘘らしさ
藤川 宏樹
春落葉海へ真向ふ海女の墓
島田 章平
春おちばそれ知ってたらしなかった
鈴木 幸江
爪痛くなる程噛みし春落葉
中野 佑海
田水張る
田水張る春の命をうるおして
小宮 豊和
いさかへる鳶(とんび)をよそに田水張る
野澤 隆夫
田水張る泥に光を鋤き込みし
山内  聡
反省をし過ぎる君よ田水張る
鈴木 幸江
春昼の髪に秘密を握られて
柴田 清子
ねぢくれし髪の先まで囀れり
野﨑 憲子
人の髪さわりつづけて花の冷え
男波 弘志
返信の右手の迷ふ朧月
三枝みずほ
島多きことの喜び瀬戸朧
山内  聡
朧夜やボトルシップに波の音
島田 章平

句会メモ

今月の高松での句会には、小宮豊和さんが、新たにご参加くださいました。小宮さんとは、今も、「海程」秩父俳句道場でよくご一緒しています。少し前に、ご子息様の住む香川へ転居していらっしゃいました。そして、事前投句に初参加の、松本勇二さんは、 私が、「海程」に入会した頃には、既に、若手の注目作家でした。人情味溢れる温かなお人柄で、現在は、愛媛の俳句界を牽引していらっしゃいます。お二人のご参加で、ますます多様性を帯びて行く「海程」香川句会です。俳句の神さまにも、感謝、感謝です!  

十年近く前の道場で、帰り支度をしていると、大先輩の今は亡き加藤青女さんが、「野﨑さん、熊谷駅まで車に乗せてもらって帰るから貴女もご一緒しない?」と誘われて便乗させて頂いたのが、小宮さんの車でした。車中、岡本太郎の話になり、私が、「太郎は、木登りが得意でなかったそうで、猿の中で、木に登れないのが人間になったんだと本の中で力説していました」と申しますと。運転席の小宮さんが振り向いて「私は、木登りが得意です!」と、少年の様な目で話されました。そんな、小宮さんと当地の句会でご一緒できるとは、夢のようです。・・この文を句会報で見た月野ぽぽなさんからメールあり「私も、小宮さんの車に乗せてっ貰ったことがあります!」・・・そうでした、ぽぽなさんとご一緒の時もありました。ぽぽなさん、ごめんなさい!

来月は、「海程」全国大会に参加の為、香川句会はお休みです。6月のご参加を今から楽しみに致しております。詳細は「句会案内」をご覧ください。

写真は、中野佑海さん撮影の栗林公園の夜桜です。

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