2023年4月5日 (水)

第137回「海程香川」句会 (2023.03.18)

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事前投句参加者の一句

立たされたことありますか卒業す 鈴木 幸江
荒みゆくキーウは遥か春炬燵 塩野 正春
父酔えば水俣話し春立つ夜 吉田亜紀子
花贈る長くて十日癒せれば 滝澤 泰斗
麦踏んでたちまち君は青けむり 桂  凜火
他界から反戦の波春の闇 高木 水志
早春の鈴の音あおく山羊放つ 松岡 早苗
薄氷や莟のごとく過る魚 男波 弘志
雨の梅林くっ付く人に選ばれて 中野 佑海
酸素系漂白の野に酔ふ戦車 藤川 宏樹
流氷や置いてきたもの皆光る 松本 勇二
例えれば刺客ブルネイの黒き蝶 大西 健司
ステージ4妻の言葉はシクラメン 稲葉 千尋
母も踏む背ナの子も踏む春の土 福井 明子
パワースポット蝌蚪の手がでる水たまり 増田 暁子
剪定の先に海山空青し 菅原 春み
春の山肩もくびれも草書かな 川崎千鶴子
傍観は許さぬ地平葱坊主 岡田ミツヒロ
饒舌の魚の群れや水温む 佳   凛
野焼き果て静もる山やウクライナ 石井 はな
眼の端に不条理光っていて三月 河田 清峰
師系というかすむ遠景人馬跳ね 若森 京子
混じりっ気無しの純情クロッカス 植松 まめ
文旦の擦りあう百の谺かな 十河 宣洋
雲雀揚がらぬ田んぼは除染の轍のみ 新野 祐子
三月や少し背丈が伸びしかも 銀   次
早春のせゝらぎに昆虫でいる私 久保 智恵
譜面台小さくたたみ卒業す 大浦ともこ
パレットに油彩のもがき養花天 三好つや子
独善を許し得ぬまま蛇眠る 時田 幻椏
群像の真ん中におく桜かな 重松 敬子
竹炭焼き貯め男が消えた冬苺 野田 信章
自由満喫シベリアへ鳥帰る 野口思づゑ
選り分けてすみれを残す庭掃除 柾木はつ子
足跡を辿ればいつも陽炎える 榎本 祐子
愛憎もけむりになりて別かる春 三好三香穂
少年蓋男みまかりて春霞 疋田恵美子
灯台へ道の栞や水仙花 菅原香代子
歪みつつ鏡の中を歩く三月 飯土井志乃
花辛夷飛び立つほうへ顔向けて 河野 志保
春夕焼け母が海へとかえる色 竹本  仰
夕燕追う横顔の擦り傷よ 三枝みずほ
師の形見小さき雛に守られて 薫   香
啓蟄や白米甘く炊き上がる 小山やす子
タンポポと濡れているのは自衛隊 津田 将也
太陽の雑音のようレタス剥ぐ 森本由美子
眩暈いいえミモザに揺るる風でせう あずお玲子
春の夢弥勒菩薩は脚を組む 荒井まり子
冬眠の蛙掘るに鍬のためらいも 佐藤 稚鬼
ふらここを揺らし人生どのあたり 谷  孝江
たんぽぽのぽぽのところがぽぽなです 島田 章平
雪解けやただ古いものにゅうと立つ 中村 セミ
むくり起き上がるよ兵士と向日葵 樽谷 宗寛
そでく□は□きう□のて□い□で□□□□ 田中アパート
花疲れシーレ展より唄声が 上原 祥子
「初音ですね」「そんな気もする」古茶を汲む 吉田 和恵
イブニングドレスのリカちゃん雛の横 川本 一葉
ちぎれやすき少年のこゑ卒業歌 小西 瞬夏
囀りや耳穴太き裸針 山本 弥生
おいでまいおむすび山が笑い出す 漆原 義典
春海や父は蒟蒻と成りぬ 豊原 清明
明日を待つ心何色しゃぼん玉 稲   暁
目も肌も乾ききったる春の風邪 向井 桐華
同行は犬ぞ遍路の白い杖 丸亀葉七子
オーボエは遠き狼煙か春浅し 増田 天志
寝るチカラ弱く春の月やわらかく 松本美智子
春愁の雨傘透けてゐたりけり 柴田 清子
X線看入る骨の夏野の如くなり 淡路 放生
大風呂敷の父を謗りて涅槃西風 伊藤  幸
雛の黙女の黙の取り囲む 亀山祐美子
廃屋に大き神棚青き踏む 山下 一夫
水温むあとふたはりのお裁縫 佐藤 仁美
はしゃぐ子のかっぱえびせん野は春へ 藤田 乙女
連翹の一輪彼の地に花畑を 田中 怜子
伊勢よりも東は晴れて猫の恋 山田 哲夫
青鮫忌朝を投函したのです 佐孝 石画
老年や春のたゆたふ水の影 寺町志津子
海髪(うご)やさし焼玉エンジン又やさし 野﨑 憲子

句会の窓

増田 天志

特選句「麦踏んでたちまち君は青けむり」。 麦を踏むと青き踏むとのアマルガム。追憶と郷愁の一句。初恋かも。

松本 勇二

特選句「囀りや耳穴太き裸針」。取り合わせに切れ味があります。まるで江戸時代のような清々しい裁縫風景です。問題句「少年蓋男みまかりて春霞」。宇田蓋男さんが逝去されたのを「海原」46号で知りました。まさに少年のような、鶴瓶師匠のような楽しい人でした。少し手を加えて、「少年の蓋男みまかり春霞」などとしますと、調子が整うのではと思います。

福井 明子

特選句「剪定の先に海山空青し」。海・山・空―。剪定をする人の体感が視界を広げてゆきます。おおらかにシンプルに歌われた一句。生かされているという実感。しみじみとした感慨が伝わってきます。

桂  凜火

特選句「オーボエは遠き狼煙か春浅し」。戦の匂いがつき纏う落ち着かない春です。オーボエは確かに遠く低く響き狼煙のようだと共感しました。春浅しもよくあっていますね。

十河 宣洋

特選句「タンポポと濡れているのは自衛隊」。タンポポの中に匍匐している自衛隊の演習を思う。私が若い頃勤めていた地域は夜になると行軍の演習をしている自衛隊によく出合ったのを思い出した。特選句「オーボエは遠き狼煙か春浅し」。オーボエの響きを聞くと腹に響くというか全身を包むような思いがする。狼煙のように響いてくるのである。

津田 将也

特選句「はしゃぐ子のかっぱえびせん野は春へ」。ついに「かっぱえびせん」が俳句にまで登場したかの歓迎感あり。頼もしい。余計だが、伊藤園の「おーい!お茶」新俳句大会に出せば、きっと入賞に違いない。「野は春へ」の季語の働きがよく、とても新鮮。特選句「薄氷や莟のごとく過る魚」。季語の「薄氷」に対し、過(よぎ)る魚を「莟のごとく」と比喩したことを褒めたい。「薄氷」は、春先の寒さが戻ったとき、または、冬に張った氷が春になって解け出し薄く残っているとき、そのような氷を言います。

谷  孝江

特選句「ステージ4妻の言葉はシクラメン」。ご主人の暖かさが体中通り抜けました。お優しいご主人がいつも近くにいてくださるなんてお幸せです。シクラメンであったり、すみれであったり、お二人の会話が静かに続くのでしょうか。お二人の間ではたくさんの言葉なんていりません、春の日差しと小さな花ひとつあえば事足ります。ずっとずっと小さなお幸せが続きます様に。

稲葉 千尋

特選句「太陽の雑音のようレタス剝ぐ」。おそらく直感で出来た句であろう。確かにレタスを剥ぐ音は太陽からかも。特選句「ライラック億光年の忘れもの(増田天志)」。ライラックの花の美しさはどこかこの世の明るさとは違う明るさが億光年かも。

中野 佑海

特選句「海髪やさし焼玉エンジン又やさし」。海女の髪のように優しくまた、美味しい海藻。そして、焼玉エンジンのポンポンという音。懐かしいぽんぽん船。わたしが5歳ころ東浜にこの船が幾艘もあり、出入りしていたのを思い出します。父や母の優しさと共に。特選句「混じりっ気無しの純情クロッカス」。クロッカスの花と言い、葉と言い、あのツンツンしたところがまさしく純情。「落椿その落ち様の右顧左眄」。椿は咲いている時も、下向き。落ちてもそのまま崩れずに落ちる。どこまで気遣って生きるの。ちょっとは緩く生きなさいよ。「麦踏んでたちまち君は青けむり」。麦踏んでたちまち君は子供に戻りましたとさ。「春の山肩もくびれも草書かな」。春になるとそこいら中が、ムズムズとクネクネと曲がる?「文旦の擦りあう百の谺かな」文旦もあんなに大きくなるまでは、一生懸命切磋琢磨してた。「ライラック億光年の忘れもの」。ずっと前から探していたものは何だったのですか?探し物は出てきたのですか?その為にこの地球にやって来たのですか?ライラックの匂いだけを頼りに。「譜面台小さくたたみ卒業す」。この学校で出会った総ての思い出を小さく折り畳んで胸のポケットにしまって。さようなら。「あたたかき銭形砂絵雲なき日」。銭形砂絵。皆のあたたかきボランティアによって、形を保っています。「水温むあとふたはりのお裁縫」。大分日差しも春に近づき暖かくなり、進学する我が子に用意する品物。やっと、あと二針。間に合って良かったね! 春は緩いが一番。佑海 

小西 瞬夏

特選句「風車よく回る日文庫本下巻(谷 孝江)」。何の文庫本だかわからないが、下巻に突入したところである。本の中の世界にますますのめりこんでいるころだろうか。その現実の中に起こっているドラマの世界のうごめきが「風車よく回る」という実写により、より読者に迫ってくる。

小山やす子

特選句「太陽の雑音のようレタス剝ぐ」。何処かはんこう的で平和そのもの。いつまでもこうありたいですね。

榎本 祐子

特選句「パンにえくぼ小さな旅の春野にて」。ふと思い立ち、近場の野へ出かける。途中で買ったパンを持って。そのパンの小さなくぼみさえもが親しく感じる。この何気なさ、日常からすこし外れた時空での心と体の緩みが心地よい。春ですね。

樽谷 宗寛

特選句「父酔えば水俣話春立つよ」。お父様のお酒を飲まないと語れない苦しい水俣への思い春立つ夜がよい。ほっとお気持ちがほぐれたのでしょう。1953年の出来事です。公害病。『苦海浄土』は何度読んだことでしよう。人間の尊厳とは何か今も裁判が続いています。

藤川 宏樹

特選句『「初音ですね」「そんな気もする」古茶を汲む』。閑かな対話ですね。山から銀閣寺参道土産物屋二階四畳半の下宿へ下ってきた私の初「初音」体験が蘇りました。「初音」の初々しさと「古茶」の渋さが古い記憶から情景を掻き出してくれました。

佳   凛

特選句「ロシアより生れよ弥生のシュプレヒコール(野﨑憲子)」。戦争が始まって はや一年過ぎ、ロシアの人達は外部から、情報も無い中自分達の行いは、正しいと信じているのでしょうか?プロパガンダにより、洗脳されて何も声を上げる事が出来ないのか?戦争は嫌いです。早く 早く終わる事を祈っています。

川本 一葉

特選句「パワースポット蝌蚪の手が出る水たまり」。ちょっと不思議な世界。こういう情景は見たことありませんが見てみたい。特選句「おいでまいおむすび山が笑い出す」。選句してから、山笑うという季語に気づきました。讃岐らしい句で、読む側もにっこりとなる春の佳句だと思いました。

大西 健司

特選句「少年蓋男みまかりて春霞」。どなたの句だろうと思いつついただいた。少年のような宇田蓋男さんは笑福亭鶴瓶に似ている。不思議な風貌、不思議な俳句。そんな蓋男さんが亡くなられた。私にとっては兄貴分的な存在だけに、突然の別れが辛い。「三千世界や片足上げた鶴と俺」。海程の二十代特集のなかの一句。「いつも何かの真下にあり鯉の頭」。一九八四年「杭」終刊号の一句。岩切雅人さんとのコンビはいつも熱かった。俳句は心の呟きという蓋男さんの追   悼句を評価しつつも「春霞」が蓋男さんらしくないなとの思いが少しある。さようなら蓋男さん。

山田 哲夫

特選句「早春の鈴の音あおく山羊放つ」「真綿のよう春の電車のアナウンス(岡田ミツヒロ)」。この二句は共に春の来訪を耳に届く音を通して感じ取っているが、「鈴の音」に「あお」を感じ、「アナウンス」の声から「真綿」を想起する作者の感性の自由さ・新鮮さに惹かれる。実感に基づく把握は矢張り確かで説得力も強い。

高木 水志

特選句「薄氷の眼鏡で覗く地球のドン底(伊藤 幸)」。ごく薄く張っている氷を眼鏡と捉えて地球のドン底を見ている作者の俳人としての視点にすごく共感した。

柴田 清子

特選句「春夕焼母が海へとかえる色」。海へ沈む太陽を、前にしての亡くなった母への思いが、春夕焼を、さらに一歩踏み込んだ、海へとかえる色と作者の言う。母への思いの深さが、ひしひしと胸にまる句です。

増田 暁子

特選句「選り分けてすみれを残す庭掃除」。早春の庭掃除の景色ですね。すみれの可愛いさが春を呼んでいる。特選句「廃屋に大き神棚青き踏む」。人間の作ったものはいつか無くなり、それが神棚だったと言う無常感。生きるも死ぬも一生の出来事ですね。

豊原 清明

特選句「早春のせゝらぎに昆虫でいる私」。虫に親しんでいるような。アニミズムをしていると思った。最近は自然になった人の作品が減っているようなので選びました。問題句「群像の真ん中におく桜かな」。観念の桜と思った。好きな作品です。

鈴木 幸江

特選句評「囀りや耳穴太き裸針」。“耳穴の太き裸針”の持つ迫力。老眼のためか、厚物を縫うためか分からないが、どちらにしても野太い生命力が伝わってくる。それに対して小鳥のデリケートな“囀り”の生命力。存在するものの本来の在り方を学ぶ想いであった。問題句評「看護婦陰毛剃る貞心尼なら終りて弾く(淡路放生)」。貞心尼は良寛の歌の弟子。まあ、なんとなく分かるが何を弾くのだろう。ちょっと、ヒントが欲しかった。滑稽で味わい深い句。

河野 志保

特選句「トンネルを朧の中で確かめる(桂 凜火)」。作者は「トンネル」の中にいるような状況なのだろうか。「朧」を確かめそこから抜け出そうとしているのだろうか。動き出した春に作者が捉えた何かをさまざまに想像できる句だと思う。

疋田恵美子

特選句「師系というかすむ遠景人馬跳ね」。過去から未来へと続く人々のつながりや、伝統と現代の共存、下五で生命力あふれる姿が思われます。特選句「独善を許し得ぬまま蛇眠る」。人間が持つ誤解や偏見が、危害をもたらす可能性のあることを常に学ぶことの大切さを思う。

男波 弘志

特選句「譜面台小さくたたみ卒業す」。卒業式を控えて生徒諸君と歌の練習をしてきた譜面台であろう。大きく開いた楽譜を綴じ、そして譜面台を小さく畳んだ、社会へでた諸君の歌は譜面を見ながらではなく自身の心で感じた歌を奏でるのだ。もう譜面台は必要がない。特選句「群像の真ん中におく桜かな」。野外彫刻の十二使徒だろうか、それぞれの運命に翻弄された人たち、おく、という措辞から大樹に育った桜を一つのオブジェとしてみている。満開の桜が十二使徒の命運をいよいよ満たしているのだろう。

伊藤  幸

特選句「少年蓋男みまかりて春霞」。宮崎の「感性の俳人」宇田蓋男さんが昨年十二月突然逝去されたことは「海原」三月号で遺句抄及び永田タヱ子さんの追悼文で皆さんご承知とは思うがまさに宇田さんの句は永遠の少年と言ってもおかしくないほど若々しく瑞々しかった。直接原因はコロナとのこと。人生百年という時代に七十四歳とはさぞかし心残りであったろうと残念でならない。「年甲斐もなくパンジー大好き生きている 蓋男」特選句「母も踏む背ナの子も踏む春の土 」。こういう句に出会うと嬉しくてしょうがない。母親に背負われスヤスヤと幸せそうに眠っている子。ほほえましい春のワンシーンだ。背ナの子も踏むという措辞が実景として浮かび上がり佳句を成している。

松岡 早苗

特選句「パレットに油彩のもがき養花天」。花曇りの頃は、景色も気持ちもすっきりせず、もやもやっとした感じですが、そうした気分と油絵の具のぐちゃぐちゃさとの取り合わせが素敵で、視覚的にもうまく伝わってきました。「もがき」という表現も見事。特選句「雪解けやただ古いものにゅうと立つ」。「雪解けや」と来ると、その先に新鮮な春の訪れを想起しがちですが、この句の意外な展開にはっとしました。雪が解けても変わらない日常、雪が解けることで逆にあらわに見えてきた現実。明るいだけではない「雪解け」が見事に表現されていると思いました。「にゅうと立つ」という臨場感のある表現も印象的。

若森 京子

特選句「傍観は許さぬ地平葱坊主」。第三者として唯見ているだけでは駄目だ。もっと積極的になって欲しいという強い願望と下句の「地平葱坊主」の風景が、この最短詩型の中でリアルに無限に広がっていく。それは地平に立つ日常的かつ剽軽な葱坊主。季語が有効に効いて不思議な力強い一句となった。特選句「寝るチカラ弱く夏の月やわらかく」。現在の自分の実感。「寝るチカラ弱く」の表現に、まず魅かれた。春の月は、きっといつもの様にやわらかく自然を照らして呉れているのであろう。弱い人間が自然に包まれている感じ。

三枝みずほ

特選句「傍観は許さぬ地平葱坊主」。世界中にある格差や不条理、半径一メートルで起こる理不尽…日常に忙殺されて傍観していないだろうか。この作者は遙かなる地平を感じ、葱坊主の反骨のように、傍観は許さぬと断言する。問題句「青鮫忌朝を投函したのです」。朝を投函するという措辞、青鮫のもつ生命力が響き合い力強い一句となった。忌日とすると、命の明るさ、躍動感が少し損なわれないだろうか。「青鮫や」と誤読し、特選とさせて頂きたい。

松本美智子

特選句「ぎっしりと春蚕につまる憂いかな(松本勇二)」。皆さんの俳句を鑑賞しながらいろいろ調べて勉強しています。「春蚕」の季語を初めて知りました。春の「希望」と「憂鬱」真逆の気分をよく表わした句だと思います。生命の息吹に満ちた句か,と上五中七で思わせておいて,「憂い」と結び,どこか不穏な不思議な雰囲気を纏う句になっています。

佐藤 仁美

特選句「早春の鈴の音あおく山羊放つ」。まだ肌寒い野に、山羊を放つ光景が目に浮かびました。「鈴の音があおい」という表現が素敵です。特選句「太陽の雑音のようレタス剥ぐ」。 レタスを剥がす音が太陽の雑音とは!この発見が新鮮でした。

吉田亜紀子

特選句「花贈る長くて十日癒せれば」。下五にある「癒せれば」というところに素直な祈りが表現されている。「花」、すなわち、桜を贈り、病床の中、この桜の美しさに魅せられて、僅かでいい。心穏やかに過ごして欲しいと願う。桜には、生死を左右するほどの、人智を超えた不思議な力があるように私は思う。この句もその力を信じているように感じる。この短い十七音に、手を握り締めるような祈りや、その眼差しまでも、するりと捉えることが出来る。 特選句「ちぎれやすき少年のこゑ卒業歌」。卒業歌。それは、人生の分岐点に歌う歌。在校生、卒業生、共に歌う。その歌声は、「ちぎれやすき」という表現から、様々な感情、及び、アンバランスな声帯から絞りだしたものであろうと察する。更に、「こゑ」という表記で、その光景は如実となる。そして、「卒業歌」。何度も歌うものではない。一回限りの歌。この句によって、その光景、その歌声は、保存されているものと私は思う。

島田 章平

特選句はありません。【問題句】「そでく□は□きう□のて□い□で□□□□」。□は宇宙です。

三好つや子

特選句「薄氷や莟のごとく過る魚」。薄氷の下にはじまる新しい季節の営み。稚魚の動きが目に浮かび、水に生きるものの詩情を感受しました。特選句「パンにえくぼ小さな旅の春野にて(重松敬子)」。旅先で見つけた小さなベーカリーの焼きたてパンをほおばる作者。若い頃、安曇野で食べたブルーベリーパンのことを思い出し、キュンとしました。小さな旅という表現もよいと思います。入選句「むくり起き上がるよ兵士と向日葵」。正しいことを貫くウクライナ。正義の通用しない現実が哀しすぎます。入選句「連翹の一輪彼の地に花畑を」。黄一色のまばゆいこの花と、ウクライナの安寧を願う気持ちとが響き合い、心に沁みます。

吉田 和恵

特選句「春海や父は蒟蒻と成りぬ」。父とは、一度皮を剥けば蒟蒻のようなものかも。ふと納得したのでした。春の海で本来の姿に戻った父に祝福を!特選句「たんぽぽのぽぽのところがぽぽなです」。ぽぽなさんOK! たんぽぽ。

石井 はな

特選句「ステージ4妻の言葉はシクラメン」。心に沁みます。勝手な解釈ですが、ご自分の癌がステージ4で不安や悔いや色々な思いが心の中を渦巻いている、そんな時に妻の言葉がシクラメンの様に自分を包んで癒してくれる。素敵なご夫婦です。私の親しい友人は、ステージ4から寛解しました。不安や恐れは繰り返し湧いてきますが、どうぞ心やすらかにお過ごしください。

柾木はつ子

特選句「おいでまいおむすび山が笑い出す」。さぬきの観光メッセージ?それとも県外のお友達へのお誘い?方言と讃岐の山の特徴が効いていて他県の人だったらきっと行ってみたくなるだろうと思いました。特選句「ロシアより生れよ弥生のシュプレヒコール」。いつまで続くこの戦争… 遠い異国の事とは言え、私たち全世界の人々の頭上に重くのしかかって離れません。ロシアの人達がどんな状況の中で生活しているか知る由もありませんが、掲句のように只々呼びかけるしかありません。只々祈るしかありません。一日も早く終結を!

岡田ミツヒロ

特選句「ステージ4妻の言葉はシクラメン」。その言葉は燃え上がる生命の迸りであり、また揺らめく感情の発露でもありましょう。シクラメンに全てを托した。特選句「おいでまいおむすび山が笑い出す」。温もりのある言葉遣いに讃岐の風土が溢れ出す一句です。のどかで幸せな気分をいただきました。

川崎千鶴子

特選句「苺すっぱいイジメっ子きらい嫌い(松本美智子)」。「苺」と「イジメ」を組み込む力が凄い。「きらい嫌い」のリフレインに強い心情があふれています。「連れ合いと眺む山焼き燻れり」。 奥様と山焼きを観光した作者はどこかすっきりしない夫婦間の問題を抱えているのが垣間見られます。それを「燻れり」で文学的に見事に表現しています。

滝澤 泰斗

特選句「寝るチカラ弱く春の月やわらかく」。弱く、やわらかく・・・年を経るごと実感故の共感あり。全く、この句のいう通りで見事に言い当てられた感が深い。特選句「独善を許し得ぬまま蛇眠る」。上句にはいろいろな言葉が入ることを認めたうえで、独善としたことに共感しました。「師系というかすむ遠景人馬跳ね」。海程に入会して20年足らずだが、掲句の感、深い。「大風呂敷の父を謗りて涅槃西風」。親父が亡くなった年を越えて、何故か、親父を思う事多し。ある時は、前者の様な父の像。ある時は後者の様な父。尊敬と憐憫、もっと話をすべきだったと思う反面、息子とも肝心なことを話していない自分に気付く。「ロシアより生れよ弥生のシュプレヒコール」。1980年代ソビエトは、ワルシャワ条約機構国に対し、強制的にプロトコールと称したソビエト詣を命じていた。コーカサスのトビリシやキエフでは毎晩ロシアの歌とダンスに旅行者を誘い、飲めや歌えの大騒ぎだった。毎回、ウクライナの惨状の句が載るが、銘記してゆきたい。

漆原 義典

特選句「譜面台小さくたたみ卒業す」。57年の私の小学校の卒業式を思い出しました。懐かしい気持ちになる句ありがとうございました。

菅原 春み

特選句「譜面台小さくたたみ卒業す」。実体験があるためか映像まで浮かび上がってリアリティがある。細部まで描いたのがよかったかと。特選句「廃屋に大き神棚青き踏む」。季語と対照的な廃屋。しかもそこに神棚、大きなものがあるという俳味。みごとです。

河田 清峰

特選句「啓蟄や白米甘く炊き上がる」。美味しいお米を食べる喜びが生きる喜びにかえてくれる啓蟄が良かった。

あずお玲子

特選句「早春の鈴の音あおく山羊放つ」。まだ少し岩陰に残る雪と顔を出したばかりの草の匂いがする山に山羊が放たれていく。子山羊の鳴き声と首の鈴の音。その鈴の音を「あおく」と表現されているところに惹かれました。ペーターがハイジを呼んでいそうです。特選句「廃屋に大き神棚青き踏む」。実家を処分した時のことを思い出しました。母が常日頃から神棚の掃除を欠かさずにいたのを見ていたので、ぞんざいな扱いはできないなと。手順を踏んで処分した時は妙に清々しく、ちょうど春だったことも相まって青きを踏んで次に進む心境でした。

竹本  仰

特選句「譜面台小さくたたみ卒業す」:卒業にも色々あっていい。けれど、どんな片隅にも青春があって、さり気なく、しかしたしかに終えてゆく。小さいけれど、たしかな時間の手触り。これでしょう、文学の原点。特選句「ちぎれやすき少年のこゑ卒業歌」:十五歳くらいの少年の声はとてもつらい。変声期というものは女性には謎であるかもしれませんが、どうしようもなく少年を悩ませる中途半端で意外と深いゾーンなのです。役者でもこの期の人は、何をも演じられなくて、能や歌舞伎では、まったく役に立たない時期のようです。十五歳の少年は演歌など唄わせると、ミラクルな景色を見せます。荒唐無稽な少年の心、でも唄いたい、でも歌にならない。そんな中に置かれた卒業の歌、感慨深いだろうなあ。特選句「青鮫忌朝を投函したのです」:プルーストは、読書とは自身を解読することなのだと言っていたようです。兜太師の情景を読みながら、自身の朝を詠んでいる。という風に理解しました。言葉とは憧れによって支えられているものかも知れません。一種の紀行文のような印象を受けましたが、その出したものが、兜太師の手に届き、開かれてゆく、そういう風景としてとらえました。以上です。  ♡淡路島の桜の開花はいつでも遅いです。徳島に遅れること四五日でしょうか、神戸に遅れること一週間。いま、ちょうど蕾が出かけて、まだひとっ飛びの勇気が出ないというところ、猛烈な春雨がこの躊躇を吹き飛ばします。夜間の強雨のあと、散歩道の桜へ出かけようと思っています。そして私のへそ曲がりは、最初の開花を見たあと、しばらく行かず、散るころにまた見に行きます。満開だけ見る、そういう人情が嫌なんでしょうね。みなさん、今後ともよろしくお願いします。

寺町志津子

心惹かれた句「激戦地毛布にくるまれ幼子は」。ウクライナの、ことに幼子のニュースに、いつも心痛む。その事実を詠んだ句に一日も早い平和の思いを感じ、頂いた。「明日を待つ心何色しゃぼん玉」。作者と共に「明日を待つ」気持ちが生じ、ウキウキ。ヤや平板とも思いながら、楽しく明るい気分に。

飯土井志乃

特選句『「初音ですね」「そんな気もする」古茶を汲む』。映像「小津作品」そのものでありすぎる気もするけれど、昭和人間としては見逃せない。思い返せば「映画」小津作品が、俳句の世界だったのではないかと感じてならないのです。

森本由美子

特選句「パワースポット蝌蚪の手が出る水たまり」。なぜかピーンと脳が反応しました。ユニークな思考回路に敬礼です。特選句「選り分けてすみれを残す庭掃除」。うっかり熊手で根を引っ掛けてしまった株を植え直したり、蕾のままの株を励ましたり、心癒される情景が描き出されている。

佐孝 石画

特選句「ちぎれやすき少年のこゑ卒業歌」。他句が色褪せてしまうほどの、感銘を受けた。「ちぎれやすき」の比喩に、少年の声帯の震えと、何かにもがき抗いながら命を燃やし、未来へ立ち向かう青春の眩しさを見た。声をかすれさせながら、時に裏返りながら、絶唱する少年。その姿はまるで六波羅蜜寺の空也上人像声ように憑依者めいている。声変わりして間もない少年の絶唱を「ちぎれやすき」とはよく言ったものだ。そういえば、最近の歌にはファルセットを多用するものが多いような気がする。

野口思づゑ

特選句「春夕焼母が海へとかえる色」。私もそんな感慨を持って夕焼けを見たかった、とつくづくしんみりいたしました。特選句「連翹の一輪彼の地に花畑を」。連翹の鮮やかな黄色とウクライナの国旗。いつになったら花畑をゆっくり慈しむ事ができる国土が戻るのでしょうか。 「立たされたことありますか卒業す」。今までそんな事、訊ねられた事がありませんでした。「はい。あるんです」と答えたくて、選ばせていただきました。

植松 まめ

特選句「春の山肩もくびれも草書かな」。「春の夢弥勒菩薩は脚を組む」。2句とも美しい句で心が洗われるようです。疑問です。今月もこれが俳句かしらクイズかしらと思うような句がありました。現代俳句は何でもありですか? →ハイ、有りです。俳句愛からの実験句として。

塩野 正春

特選句「海髪やさし焼玉エンジン又やさし」。 この句の場合、漢字の“又”よりひらがなの“また”がいいと思う。海髪(うご)を採るために軽いエンジンの唸りで停泊している小舟の情景が目に浮かびます。焼玉エンジンを搭載していることは、きっと何代も受け継がれた船でしょうか? エンジンの軽いリズムが海髪の優しい肌触りに呼応して何とも言えない平和な情景を映しています。海髪はポン酢で食するのが最高。特選句「春の山肩もくびれも草書かな」。春山の朧なカーブを草書と表現されている。肩もくびれも、と擬人化されて美しい裸体にまで発想が飛んでしまうのは私の煩悩か?草書は余り知らないが、かなり穂先の柔らかい筆で書かれるのでしょう。春山にもそんな優しさ、妖しさがあります。平和な日本に生まれて最高の人生だ。

薫   香

特選句「眼の端に不条理光っていて三月」。冬でもなく、かといってまだ寒さが残る日もあってどっちつかずの三月。不条理を正面で受け止めきれずに、それでも目の端に光っている感じが三月にピッタリ。特選句「早春のせせらぎに昆虫でいる私」。暖かなこの世の天国のような早春のせせらぎに居ながら、かたい殻をかぶり、少しずつしか動けない様子を昆虫という単語でうまく表現していると思いました。

野田 信章

特選句「伊勢よりも東は晴れて猫の恋」。一読、鳥瞰図的に伊勢湾を隔てて展く景が見えてくる。「東は晴れて猫の恋」という修辞の構成が伊勢という祖霊の地との際立った対峙を見せている。この諧謔性のある句柄が自と東方の古代権力を中心とした文明の発展が今に至る現代文明に対しての批評性を加味した暗喩をも伝えてくれているかと読んでいる。東に住する作者の日常に立ってそのことが表現されている。

田中 怜子

特選句「海髪やさし焼玉エンジン又やさし」。すらすらと読めて、たちまち海の匂いとか、エンジンのポンポンが聞こえ、のたりのたりした瀬戸の春の海の世界に誘われました。海髪を食べたことないけど味わってみたいものです。特選句「同行は犬ぞ遍路の白い杖」。これまた春のお遍路さん、同行が犬とは。ゆく先々でお接待をうけながら、犬が目の悪いご主人を守りながら尻尾ふりふりする様子が見えます。

山本 弥生

特選句『「初音ですね」「そんな気もする」古茶を汲む』。戦前に生まれ子供の時に戦中を生き戦後に結婚した夫婦の今が幸福な刻を過す様子に私も幸福を感じさせてくれました。

向井 桐華

特選句「ステージ4妻の言葉はシクラメン」。妻を想うやさしい句。無駄な言葉が一つもない。ステージ4とシクラメンでこの句のすべてがしみじみとつたわる。問題句「そでく□は□きう□のて□い□で□□□□」。抽象画を見ているより読み解くのが困難です。

稲   暁

特選句「混じりっ気無しの純情クロッカス」。後期高齢者に近いじいさんの私が憧れてはいけない作品だと思いつつ、特選に選んでしまいました。お恥ずかしい限りです。今月も佳句が多くて選句に悩みました。よろしくお願いいたします。

三好三香穂

「傍観は許さぬ地平葱坊主」。畑にいならぶ葱坊主は、整列している兵隊さんのように見える。おそらく反戦句だと思う。我々は傍観していてはいけない。声をあげなければいけない。「文旦の擦りあう百の谺かな」。風の強い日、大きく重い文旦の実は揺れて擦り会って大きな音をたてるのでしょう。それが百の谺になるなんて。この風景は見たことがないのですが、何故か魅かれました。「太陽の雑音のようレタス剥ぐ」。太陽の恵みを受けて育ったレタス。その葉を剥ぐ音がまるで太陽の雑音の様だと。バリバリバリバリ、新鮮な捉え方です。「おいでまいおむすび山が笑いだす」。おいでまいというお米の品種は、さぬき弁の「来てください」という意味の「おいでまい」からネーミングしています。それと、さぬきのお山のおむすび🍙山との掛け合わせで、ユーモラスな作品になりました。

銀   次

今月の誤読●「パンにえくぼ小さな旅の春野にて」。わたしは歩いている。昼下がり。手にあんパンを持って、食べながら歩いている。人から見れば散歩だが、わたしはこれを小さな旅と呼んでいる。旅だと思えば、じつに味わい深い旅だ。今日は遠出して隣町まできた。コンクリートブロックの向こうから桜が顔をのぞかせている。ふむ、なかなかの名所だわい、と独りごちてパンをひとかじりする。電柱の足元に咲いたタンポポをかがんで見下ろす。うむ、ここにも春の風情が、と見入ったりする。今度は曲がったことのない角を曲がろうと決めてまた歩く。ちょうどほど良い細路地があったので、そこに入っていった。その路地に沿って細い水路が流れている。そういえば、春の小川という唱歌があったな、とのぞき込む。いるいるメダカが。いっときそれを見物して、また旅をつづける。わたしの旅はじつに愉快で心地よい。おや、細路地は行き止まりになっていて、奥は古びた民家になっている。古民家、見っけ。わたしはなんだかずいぶん得をした気になって、その庭に入っていった。庭の手入れは行き届いていて、スミレやスイセンが整然と並んでいる。暖かい風が吹いている。まるで春の野だ。わたしはそこに坐り込んでウトウト寝入ってしまった。「そんなトコでなにをしている」と声が聞こえた。薄目を開けてみると、鼻先に老婆が立っていてこちらを見ている。わたしは紙袋のなかからあんパンを取り出し、老婆に差し出した。「なんだい、それは?」と老婆がうろたえたように聞く。わたしは無言で、ほら、というふうにさらにパンを相手の顔に近づける。老婆はしょうがないなという感じでパンを手に取る。わたしは自分のパンをひとかじりする。つられたように老婆もひとかじり。いい気持ちだ。と、その庭にモグラがふいに顔を出した。わたしたちを見つけるとアタフタとモグラは穴の奥に消えた。わたしはモグラを追って、その穴に飛び込んだ。わたしがそのモグラ穴から見ていると、老婆はふいに消えたわたしを探してキョロキョロあたりを見まわしている。わたしはその様子がおかしくて口を手でおおいクスクス笑う。一通り見まわしてわたしがいないのを確認した老婆は、今度はあんパンにじっと見入る。裏にし表にし不思議そうにパンを見た老婆は、あたりにだれもいないのを確かめて再度あんパンをかじる。そしてブツブツ何事かを呟きながら玄関に入ってゆく。

菅原香代子

「譜面台小さくたたみ卒業す」。卒業の朝の静けさ、寂しさ、3年間の思い出への愛しさが伝わってきます。

時田 幻椏

気になった句「啓蟄のスリップ・オンの指に石」「立たされた事ありますか卒業す」「寝るチカラ弱く春の月やわらかく」。問題句「例えれば刺客ブルネイの黒き蝶」。ブルネイを知らず、知れば穏やかな平和な国と聞く。問題句「たんぽぽのぽぽのところがぽぽなです」。これも可なのですね。

新野 祐子

特選句「少年蓋男みまかりて春霞」。宇田蓋男さんの追悼句ですよね。宇田さんのことは存じ上げませんが「海原」3月号に遺句抄が載っていましたね。掲句「少年」「春霞」がよかったです。幾重にも棚引く美しい霞が見えてきます。

中村 セミ

特選句「流氷や置いてきたもの皆光る」。流れていく氷のカケラがいくつも過去なのに、キラキラと輝いていると、よみました。過去なのに。

上原 祥子

特選句「父酔えば水俣話春立つ夜」。父は酔うと水俣の話をするのです。その悲惨、悪夢を。春立つ夜にその聲は朗々と響くのです。水俣は終わっていない、人類在る限り語り継がれることでしょう。「麦踏んでたちまち君は青けむり」。麦踏みをして、たちまち君は姿を消すのです。春の野に青い煙となって。存在の耐えられない軽さを表現か。「他界から反戦の波春の闇」。兜太師が他界から叫んでおられるのです、存命でいらした時から変わらず反戦の声を。その聲は波となって春の闇から聞こえてくるのです。「早春の鈴の音あおく山羊放つ」。早春の鈴の音あおくという表現が新鮮で美しい。そこに山羊が放たれるのです。手垢の付いていない清々しい表現。「薄氷や莟のごとく過る魚」。春先の薄い氷が張って、莟の如き魚がその下をよぎるのです、美しい春の到来を寿ぐ句。「ためらはず素足で歩く春の泥(吉田和恵)」。春の野にまたは道端に春の泥が在って、そこに作者はためらわず、踏み込んでいくのです。その感触を楽しんでいる、春の感触を楽しんでいるという所か。「眼の端に不条理光っていて三月」。現在進行形の世界各国の戦争、抗争、人生における不条理は数限りない。不条理光っていて三月という喩が非凡。「雪解けやただ古いものにゅうと立つ」。雪解けに古き良きものがただにゅうと立っているのです。俳句かもしれないし、他の何か詩の断片かもしれない。または古い寺院かもしれない。春の到来を喜んでいる作者の姿を彷彿とさせられる句。「ひら仮名のように寄りそえば黄水仙」。ひら仮名のように柔らかく優しく寄りそえば黄水仙が咲くのです。ひら仮名のように寄りそえばという喩が良い意味でユニーク。「青鮫忌朝を投函したのです」。 兜太師の命日に作者は渾身の評を載せた選評を投函されたのでしょう。朝は希望に満ちている。俳句にも希望があると感じて、春を一層身近に感じられました。」問題句「そでく□は□きう□のて□い□で□□□□」恐れずにご自分の思う所をはっきり表現されると良いと思います。

淡路 放生

特選句「ふらここを揺らし人生どのあたり」。この句なんでもないようだが、「揺らし」が作品を引き締めている。子供の遊具を漕ぐではなく、大人と言うよりも老境の人が腰かけて揺らしている。その落ちついた空間に、ふと、自分の来し方を顧みて行き末を思ったのかも知れぬ。「人生どのあたり」に春風の中にある風景がかるく流れているようだ。

田中アパート

特選句「同行は犬ぞ遍路の白い杖」。犬は人間を裏切らない。特選句「短調だから想ひ出雛まつり(柾木はつ子)」。おもしろい。人生は短調だ。

丸亀葉七子

特選句「春の夢弥勒菩薩は脚を組む」。脚を組んで何を想う。眼前に思惟観音のお姿が浮かびあがる。春の夢が付きすぎかとも。特選句「春愁の雨傘透けてゐたりけり」。       多感ですね。透けた雨傘の向こうに閖上の町、ウクライナの町、不毛の政治、物価の高騰。傘を打つ雨粒の音が聞こえてくる。

山下 一夫

特選句「落椿その落ちざまの右顧左眄(津田将也)」。情景は椿の花が特有の落下をして転がる様子に過ぎないのですが、すごく目を惹かれました。「右顧左眄」が落ちた花の動きだけではなく強く人事を連想させること、それと並べられると「落ちざま」というやや刺激のある言葉も同じ気配を醸してくることが預かっているようです。当方は、まだまだやれるのに定年退職がきてしまいおろおろしている心境などと鑑賞。シンプルでありながら巧みな句だと思います。特選句「立たされたことありますか卒業す」。卒業という祝賀行事にすらっとした口語での一見ネガティブな投げ掛け、そっけない言いきりが印象的です。何でそんなことを聞くのだろうと考えさせられます。立たされることの多かった者の悲哀、いい子にしているばかりだったのでこんな思い出はないだろうという揶揄などを連想します。投げ掛けが「ないですか」ではなく「ありますか」というところもミソのようです。問題句「啓蟄や白米甘く炊き上がる」。上五と中七の関係がわかりませんでした。良い米の食味として甘いというのはあるのですが、啓蟄が他の節季であってもそれはそうだと思われます。いわゆる季語が動くということでしょうか。啓蟄を重視すると「甘く」が啓蟄の含意である虫がらみや光がらみにそぐわないのであろうと思われます。「わらわら」「てらてら」などいかがでしょうか。(品が悪くなってしまいました。すみません。)

野﨑 憲子

特選句「他界から反戦の波春の闇」。ロシア軍によるウクライナ侵攻から一年あまりが過ぎた今も平和への扉は開かれていない。他界からの反戦の波を私も強く感じる。<生きもの>声を五七五に表現することの大切さを痛感する。問題句「そでく□は□きう□のて□い□で□□□□」。高松の句会でも賛否両論の同一作者による一連の作品。もちろん「俳諧自由」。ただ、俳句には伝達性が大事だと私は思う。少しヒントがあれば句のパワーが激増するようにも思う。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

薫・香
描きつつポパイのほうれん草薫る
三枝みずほ
馬鹿ばかり言ってんじゃないの風薫る
柴田 清子
梅の香におほはれてゆく夜の底
大浦ともこ
薫香や美しき名は師の思い
薫   香
沈丁花の香孤独遊びにバスに乗る
中野 佑海
弥生
光ほどきゆく弥生のデッサン画
三枝みずほ
弥生の風が戦争を虹にした
野﨑 憲子
パトカー止まる弥生町交差点
野﨑 憲子
弥生路を帰省列車は一直線
銀   次
雨に濡れるキリンの睫毛弥生かな
大浦ともこ
てのひらへ水のあふれて弥生
野﨑 憲子
弥生の水平線から真魚が来た
野﨑 憲子
パワースポット
パワースポット円周を枝垂梅
あずお玲子
パワースポットめりめりと花開く音
薫   香
昭和というパワースポット棒っ切れ
三枝みずほ
菜の花
菜の花や月はぽぽなに日はみずほ
島田 章平
青空が痒さう菜花揺れてゐて
あずお玲子
菜の花の四、五本元気くれないか
柴田 清子
菜の花の漬物が好き京土産
薫   香
菜の花を摘む人歌を唄う人
藤川 宏樹
菜の花畑上半分は紺碧の空
銀   次
戻るならひらがな菜の花摘みし頃
大浦ともこ
菜の花が好きで見てをり母とをり
柴田 清子
三角は生きづらいだろ角出して
薫   香
春泥や子の相棒の三輪車
中野 佑海
一やれば三を忘れり春の月
藤川 宏樹
三月の背中に辿り着いてにじむ
三枝みずほ
いつの間に机上にクッキーみっつあり
銀   次
チューリップ揺らして風の三拍子
大浦ともこ
三色のスミレどの色から笑ふ
柴田 清子

【通信欄】&【句会メモ】

高松の会場初参加の2名の方も囲み10名で、終了予定の午後5時を1時間近くも過ぎ熱く楽しい句会でした。今回も会場主の藤川宏樹さんに感謝感謝です。

三月二十五日から二十七日まで秩父長瀞で開かれた第一回兜太祭に参加してまいりました。生憎の雨模様でしたが、師の墓参の時には、ぴったりと止み、あちこちに師の気配を感じる思い出深い大会でした。懐かしい皆様ともお目にかかれ大きな元気をいただいて帰りました。

五月から「海原」ズーム句会が、秋には全国大会も計画中とか、活性化を強く感じる豊かな大会でもありました。これからも一回一回の句会を大切に精進してまいります。今後ともよろしくお願いいたします。

冒頭の写真は、壺春堂(金子兜太先生のご実家)で撮影しました、「おおかみを龍神(りゅうかみ)と呼ぶ山の民(金子兜太第十三句集『東国抄』所収)」です。壺春堂は埼玉県の無形文化財に指定されていますが、補助金は出ないので、壺春堂保存の為「兜太産土の会」へのサポートを呼び掛けています。私も何度か寄付させていただきましたが、レアな記念品が届き、嬉しかったです。

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