第138回「海程香川」句会(2023.04.15)
事前投句参加者の一句
非戦非核と人も桜も満開 | 疋田恵美子 |
今昔のすみれ泣く声 この辺り | 飯土井志乃 |
ふわふわと身は漂流の弥生かな | 柾木はつ子 |
ちちははを天にならべて梅真白 | 月野ぽぽな |
あの頃の「いつか」に触れる春の暮 | 山下 一夫 |
四月馬鹿顔を洗えばほろ苦い | 新野 祐子 |
すれちがふ女に見覚え花木五倍子 | 亀山祐美子 |
蘆生とは考の俳号葦の角 | 時田 幻椏 |
チューリップみんな違って主人公 | 藤田 乙女 |
清明や明鏡水志光浴ぶ | 島田 章平 |
鳥曇豆粒ほどの白チョーク | 松岡 早苗 |
錆びた戦車がすみれを轢きて進む | 風 子 |
春の雲息をしているひろがりぬ | 中村 セミ |
中学生銀杏若葉は人見知り | 中野 佑海 |
骨へ転移とあなたげんげの道をゆく | 大西 健司 |
うぐいすや防災地図を広げたり | 管原 春み |
春怒涛同じ話は聞きたくない | 鈴木 幸江 |
いたううし るんばがてりを にのにのか | 田中アパート |
よか嫁御だな種芋分けあいて | 樽谷 宗寛 |
やっとやっとマスクが取れて卒業歌 | 塩野 正春 |
ふらここの鎖ぎいぎい泣くやうに | 川本 一葉 |
草餅をつまめば浄土ホーホケキヨ | 十河 宣洋 |
戦争が転がってくる花筵 | 岡田ミツヒロ |
蹲る蛇に幻肢の痛みかな | 三好つや子 |
弁当屋に蝶のきてをりいつも午後 | 谷 孝江 |
花まつり慈愛の血統持つ娘 | 河田 清峰 |
きさらぎの傷口のよう くちびる | 榎本 祐子 |
蒼ざめた馬よ桜しべ降るサドル | すずき穂波 |
妣と香を汲みし遠き日甘茶佛 | 漆原 義典 |
行く春の三猿のごと黙秘せん | 荒井まり子 |
くぐるたび母に近づく花曇り | 河野 志保 |
白梅の憤怒のような光かな | 佐孝 石画 |
コンビニの灯へ春愁の靴のおと | 重松 敬子 |
春の星涙がこんな青くって | 竹本 仰 |
節目とうありがたき区切り四月なり | 野口思づゑ |
初期化してわたしの余生花菜風 | 増田 暁子 |
手話の子等さらさらと春の血潮 | 若森 京子 |
春日傘閉じ落丁のよう真昼 | 三枝みずほ |
木瓜の赤怒りと悲しみ奥に秘め | 薫 香 |
目隠しのほどける僕と春の鹿 | 高木 水志 |
ふるさとの電車小さし葱坊主 | 稲 暁 |
<悼 宇田蓋男>彼我若かりき雨の夜神楽茫々と | 野田 信章 |
まなじりの皺の美し若葉まとひて | 森本由美子 |
夜桜や覚え初めの童歌 | 佐藤 仁美 |
犬ふぐり人の歩幅を知ることも | 男波 弘志 |
陽炎草引く祖母もゆらめきて | 植松 まめ |
錦帯橋五つの坂や花吹雪 | 三好三香穂 |
万緑や十指にあまることばかり | 寺町志津子 |
春雨の冷酷無残散りまくる | 豊原 清明 |
行く春や人混みのなかに消えてゆく | 銀 次 |
脱力の滑空しばし初燕 | 松本 勇二 |
憧れをやめてみようか桜餅 | 藤川 宏樹 |
内見のスリッパ硬しリラの花 | あずお玲子 |
春だからつい買っちゃった障子紙 | 津田 将也 |
葱刻む音の奥処より匂い立つ | 佐藤 稚鬼 |
水匂い戦匂いて夜の花 | 稲葉 千尋 |
砲台跡びっしり埋めし花菜の黄 | 山田 哲夫 |
自撮り棒こおまごひまご花の山 | 福井 明子 |
のんべえは家系でござる花吹雪 | 増田 天志 |
れんぎょうの黄を赤ん坊が見て笑う | 吉田 和恵 |
接木して母に百年の計ありき | 吉田亜紀子 |
屍(しかばね)をもう離れゆく春の蛇 | 淡路 放生 |
咲いてうつむき散って上向く椿かな | 伊藤 幸 |
桜散る今更雨のあがりそう | 石井 はな |
白揚羽少年に白たへがたし | 小西 瞬夏 |
ふと眠る風呂は羊水花疲れ | 川崎千鶴子 |
春くれば競輪好きの父のツレ | 滝澤 泰斗 |
旋律の解けるように秘話 さくら | 桂 凜火 |
つちふるや異国の憂ひ運び来し | 佳 凛 |
散りそめし花ポン菓子は舌に溶け | 向井 桐華 |
泣くやうに笑ふ母へと花吹雪 | 大浦ともこ |
消えゆくままの校舎の影よ花の雨 | 松本美智子 |
ユマニスト大江逝きたり 花水木 | 田中 怜子 |
屋根の無き竜宮城や水陽炎 | 丸亀葉七子 |
私なら乗れさうな花筏です | 柴田 清子 |
花吹雪なべて戦場埋め尽くせ | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 増田 天志
特選句「鞦韆を漕ぐやゆるやかなる摩耗(小西瞬夏)」。 鉄鎖も摩耗するのだが、ブランコそのものが、人生なのだろう。無常、不条理な生命を、詠んでいるのか。
- 松本 勇二
特選句「内見のスリッパ硬しリラの花」。ちょっとした違和感を上手く掬い上げています。季語も冴えてます。少しだけ問題句「初期化してわたしの余生花菜風」。「余生を初期化する」という、明るい意気込みに共感します。少し変更し「初期化するわたしの余生花菜風」あるいは「花菜風わたしの余生初期化して」などとしますと、句意がすっきりするのではと思います。
- 小西 瞬夏
特選句「四月馬鹿顔を洗えばほろ苦い」。顔を洗って目をあけるとそこにはいつもの自分の顔がある。それはなんとなくほろ苦いものなのである。自嘲しながらも、とりかえのきかない自分を受け入れていると思える。
- 藤川 宏樹
特選句「咲いてうつむき散って上向く椿かな」。先日、小さな旅。小豆島寒霞渓の林道を入ったところ、鮮やかな花を見せた椿が点々と散っているのでした。咲くは「うつむき」散っては「上向く」、まさにその景でした。
- 稲葉 千尋
特選句「花吹雪なべて戦場埋め尽くせ」。本当に花吹雪舞いてウクライナをミャンマーを埋め尽くして欲しい。思いは一緒です。早くどの国にも笑顔が戻って欲しい。
- 伊藤 幸
特選句「<悼 宇田蓋男>彼我若かりき雨の夜神楽茫々と」。今は亡き宇田さんと観に行かれたのであろう高千穂の夜神楽。あの頃は作者も含め皆若かったと思い出は尽きない。宇田さんの屈託のない笑顔が思い出されてならない。雨の夜神楽が更に作者の哀悼の意を深めている。 特選句「手話の子等さらさらと春の血潮」。手話の子等の会話は美しい踊りのようである。さらさらという擬態語の表現が感覚的にストレートに伝わってくる。障害を乗り越え春の血潮のごと元気に夢に向かって未来を担ってほしいと切に祈る。
- すずき穂波
特選句「春日傘閉じ落丁のよう真昼」。この句、「落丁」の比喩が抜群。ページが抜け落ちたとは、時空が抜け落ちたことか。存在しているはずの自分が其所にいないのだ。春の日差しから日蔭に入った瞬間に、見失った自己。「いったい私は誰?何をしているのだ?」というような倒錯感なのかもしれない。麗らかな真昼の(陽)から内的な(陰)へ、ドラスティックな映像が様々に浮かぶ句だ。
- 中野 佑海
特選句「草餅をつまめば浄土ホーホケキョ」。草餅の嫋やかな甘みと口触り。ちょっと口の周りに付く青い粉の存在感。まさしくお浄土。鶯の軽やかな音も聞こえてきそうな。旨ーい。特選句「鞦韆を漕ぐやゆるやかなる摩耗」。ぶらんこを漕ぐようにあちらこちらに気を遣いすり減っていく人生。もう、いい加減手放して。ぶらんこから飛び降りて。「葉桜や補助輪無しのヘルメット」。もう直ぐ自転車にはヘルメットが強制される。ヘルメットの準備期間はあるのか?気に入ったものは手に入るのか?『風光る「もう年です」を禁語とす』。はい、仰っしゃるとおりです。「チューリップみんな違って主人公」。みんな自分の人生の主人公。生きたいように生きようね。「鳥曇豆粒ほどの白チョーク」。黒板の端の小っちゃく小っちゃくなった白チョーク鳥のように羽ばたきたいとどんなに願ったことか。まだ、遅くない。飛んじゃえ飛んじゃえ。「春や恋何に恋せむ七十路女(柾木はつ子)」。まだ、まだ、ぜんぜん。恋しちゃって下さい。年齢関係ありません。情熱のみ。この世の物総て対象です。「春だからつい買っちゃった障子紙」。はい。どんどん素敵にして下さい。その行き当たりばったりこそ心の若さです。「空振りの会話ばかりの春さみし」。会話のテンポが合わないとがっくりしますよね。さあ、気を取り直して、聴くことから始めよう。「咲いてうつむき散って上向く椿かな」。ほんと椿って気遣いの人だよね。今年は肉体改造始めます。もう、うつむいて生きるのは止めた。
- 河野 志保
特選句「犬ふぐり人の歩幅を知ることも」。人々が歩く道の片隅に咲く犬ふぐり。見つけると駆け寄って話しかけたい気分になる。「人の歩幅を知ることも」の発見に脱帽した。作者の花への慈しみが実感のある確かさで表現された素晴らしい句。
- 十河 宣洋
特選句「のんべえは家系でござる花吹雪」。花吹雪の中で酒を楽しんでいる。好い心持である。私の家系ものん兵衛らしい。というのは、何代かまえの当主が家を吞み潰した。と聞いたことがある。家財を一切処分してしまった。中には刀や鎧をすべて売り払ったと聞いたことがある。特選句「消えゆくままの校舎の影よ花の雨」。廃校になったか、使われなくなった校舎。荒れるに任されている。校舎だけでなくこういう風景はままある。自分や子供たちが学んだ校舎への思いが出ている。
- 谷 孝江
特選句「私なら乗れさうな花筏です」。お句見せていただいてすぐ、私、この句一番好き!と思いました。とにかく好きです。こんなきれいで、かわいい花筏、そして、私も乗れさうって嬉しいです。小柄ですので、多くの人の集まる所は苦手です。もう長い事、小柄であることに引け目を感じてきました。妹も弟たちも、それなりの体格ですのに私だけ小さいのです。でも、こんなに可愛いい花筏があるのなら・・・ついつい本気で嬉しくなりました。お教え頂いた作者の方にお礼を申し上げたく存じます。この花筏でお浄土まで連れて行って・・・とお願いしたくなりました。
- 樽谷 宗寛
特選句「錦帯橋五つの坂や花吹雪」。古里の近くにある日本三名橋の一つ、誰もがご存知です。花吹雪の中五つの坂を登り下りされている姿、映像がしかと浮かんできました。錦川の水が澄みきり花いかだの見事さも一景です。
- 福井 明子
特選句「春日傘閉じ落丁のよう真昼」。まだ春なのに、日差しがきつくて日傘をさして外出。帰宅して日傘を閉じ、玄関先から家の中へ。すると、急にひんやりと光のさえぎられた薄暗さに、一瞬ためらいます。その感覚を、「落丁のような」と表現したのでしょうか。この言葉感覚に釘づけになりました。
- 柾木はつ子
特選句「コンビニの灯へ春愁の靴のおと」。何かを引きずっているような靴の音。この靴の主は一体どんな人?或いはひとりのことを言っているのではないかも知れない。いろいろ想像を膨らませてくれる一句です。特選句「行く春や余生といはず全生と(菅原春み)」。賛成です。たとへ百歳になってもこうありたいものです。
- 若森京子
特選句「春日傘閉じ落丁のよう真昼」。真昼に春日傘を閉じためくるめく瞬間を落丁と感じた作者の独自の詩的感性に惹かれた。特選句「ふと眠る風呂は羊水花疲れ」。これは実感として一日の終りの一番幸せな瞬間だ。羊水の中の赤子の様に。
- 津田 将也
特選句「ちちははを天にならべて梅真白」。季語の本来の意図や気持以上の効果を配慮した表現への取り組みが受け取れる。「梅真白(うめましろ)は、無垢で、純白な梅の花を五音で表した子季語だが、「清らかで品格」までをも在らしめた。特選句「やっとやっとマスクが取れて卒業歌」。政府は、新型コロナウイルスの感染法上の分類を、令和五年五月八日から季節性インフルエンザと同じ「5類」に引き下げると決めた。感染者の外出自粛や医療費負担、マスク着用などが大きく変わる。これらを踏まえ、三月には各種学校の卒業式が挙行されたが、マスクの使用などは個人に委ねた卒業式となった。句中の「やっとやっと」のリフレインが、今時(こんじ)世情への人々の願いや思いをうまく伝えており、成功している。問題句「鳥曇豆粒ほどの白チョーク」。歳時記によれば、春の部(動物)に「鳥雲に」がある。「鳥雲に入る」を略した子季語で、春になって渡り鳥が北へ帰っていく様子などを比喩的に表現した季語になっている。「鳥曇」は、春になって渡り鳥が北へ帰っていく頃の曇り空(天文)を指す。この句で「豆粒ほどの白チョーク」は、渡り鳥の様子を象徴するに措かれた詩語なので、「鳥雲に」のほうがよい。
- 寺町志津子
今回、幾つかのありし日の景が目に浮かぶ句出会いに、感無量の思いをいたしました。有難うございます。特選句「花冷えに軋む廊下や母の家」。父の職業柄、客人の多い実家でした。「花冷えに軋む廊下」に、父母ありし日の頃が思い出され、少し涙が出ました。特選句「葱刻む音の奥処より匂い立つ」。「花冷え」の句と同様、ありし日の実家が思い起こされ、懐かしい母の匂い、昭和の匂いも思い出しました。
- 男波 弘志
特選句「手話の子等さらさらと春の血潮」。脈打っているのは芯奥にあることば、生きる歓喜が鼓動している。秀作「自販機の下へ吹きこむ花の屑」。こんなところの昏みにも俳諧が蠢いている。日常を畏それる。秀作「憧れをやめてみようか桜餅」。作者は日常を疎かにはしていない。在るものから一切を観ている。桜餅が金輪際かまだそこがわららない。
- 吉田 和恵
特選句「死にどころ探して桜の下に来た(銀次)」。桜には鬱が宿っていて人は曳かれ、桜の木の下には多くの人が眠っているという。死にどころとしての桜の下は理想かも知れない。問題句「いたううし るんばがてりを にのにのか」「ららがはは こつりひこえけ けひめいか(田中アパート)」。斬新さは繰り返せば色褪せる。一連の表現が続いていますが、言葉以外で俳句を書くという作者の試みも知れません。それならば受け止める側の問題ということになります。どう発展して行くのか期待しています。凡人にもわかる日の来るとも。
- 大西 健司
特選句「四月馬鹿顔を洗えばほろ苦い」。男の哀愁だろうか、このほろ苦さが胸に沁みてくる。
- 佐孝 石画
特選句「目隠しのほどける僕と春の鹿」。不思議な魅力を持つ作品だ。「目隠し」という暗喩の正体がわからぬままに、生命体である「僕」と「鹿」がシンクロしていく。そこにはある種の青春性が秘められている気がする。「目隠しのほどける」とは、あるきっかけでこれまでの固定観念や視点が変わる、青年期の心理的変化を思わせる。かつて養老孟司が「知」とは「死」だと語ったことがあったが、青年はあらたな「知」を得ることで、これまでの自分の「死」を迎える。作者はこのまばゆい転生のドラマを「目隠し」という暗喩を用いて映像化したのではないか。 金子兜太先生の「青年鹿を愛せり嵐の斜面にて」に通じる、いのちの輝きをこの句に見た。
- 三枝みずほ
特選句「桜散る今更雨のあがりそう」。桜の散る哀愁と葉桜へと向かう生命力とが混在する作品に共鳴した。深読みするとそれは人生にも通じる。今更であることと隣り合わせで生き、それを受け入れるしかない、晴れ晴れと。
- 山田 哲夫
特選句「ちちははを天にならべて梅真白」。早春の真っ白に咲いた梅の花を見ていると、亡きちちははがその背景の空に見えてくるのだ。作者の心の奥底にいつも住み続けていて、何時でも何処でも自在に現れてくれるちちはは。今日はこの天の一角に並べてあげようというのだ。きっとおふたりもこの見事に真っ白に咲いた梅の花に見とれているに相違ない。「天にならべて」に作者の清々しい心の端が見えてくるようで、日頃の父母に対する作者の敬虔な思いの深さが想像されて感銘しました。
- 野口思づゑ
特選句『あの頃の「いつか」に触れる春の暮』。何年も前なら、いつか私も・・いつかこうなるだろう・・などと先の事を思っていたのが、気がつけば、ひょっとしたらその「いつか」は今なのではと感じる。中七の、触れる、下五の、春の暮れで、まだそれほど深刻、切迫していない、緩い気づきを良く表している。特選句「接木して母に百年の計あり」。接木しても、結果がはっきりわかるまで生きているかどうか、などというよりまず行動、というお母様のプラス思考の明るい句。下五の計あり、も巧みな言葉を持ってきている。
- 川本 一葉
特選句「つちふるや異国の香り運びきし」。異国の方からの視点が素晴らしいと思った。昨日からの黄砂もこの句を後押ししたように思います。
- 淡路 放生
特選句「白揚羽少年に白たへがたし」。世に白黒と言うことばがある。たいていの場合、白をよしとして黒をそうではないとする。果たしてそうか。少年の純の眼で見るとそうでないこともある。「白たへがたし」は白揚羽の群れに、敢然と向う。
- 柴田 清子
特選句「春だからつい買っちゃった障子紙」。自然体で、日常で誰もが呟いている言葉である。出来そうでありながら、誰にでもは、出来ない句。最後の障子紙で特選に決めました。
- 鈴木 幸江
特選句評「さよならとはじめましてに花の雨(松本美智子)」。禅の教えに“入り口は出口なり”という言葉がある。それを想った。捨てることから始まる自然(じねん)。そして、問うことが答えであるということ。“さよなら”“はじめまして”の日常会話の発生する現場に内包されている未知の無限に、花に雨降る景が答えのように表現されていてお見事。問題句評「可笑しみを溶かしておくれ花吹雪(高木水志)」。“可笑しい”は滑稽だ、変だという意味が第一義だが、“面白い”と同じような、惹かれるの意味もある。私はこの「可笑しみ」という修辞に作者はどちらに重点を置いたのか、何故か とても気になってしまった。勝手な希望としては“悲しみ”を加えて美しく、可愛らしい感性が花吹雪と共生している有様を表現して欲しいと思った。それには「溶かして」の修辞に少し違和感が残り問題句とさせていただいた。
- 石井 はな
特選句「つちふるや異国の憂ひ運び来し」。黄砂には国境もなく遠慮会釈なく飛んで来ます。世界のどこかで起こっている災いも、無縁ではいられません。世界が平安で有ることを祈らずにはいられません。
- 塩野 正春
特選句「接ぎ木して母に百年の計ありき」。おそらくですがすでに他界されたお母さんのことを思い浮かべた句と思います。接ぎ木された木がこんなに大きくなることを予想していたのか今となってはNobody knowsです。大木となって手に余る存在なのか、もしくは果実の木でしたらうれしい限り、などなど想像します。木が残っているとしたら後者でしょう。想像広がる句ですね。特選句「凸凹を指でなぞって春はあけぼの(榎本祐子)」。誰が使い始めたのか凸凹とは不思議な文字です。物理的な凸凹、指でなぞれる所なら立ち木や建物の外壁とか点字ブロック、さらにご自分の顔や躰の曲線など、いろいろあります。“ようやく春”の情景を詠みこんで素晴らしい句と思います。問題句「ふと眠る風呂は羊水花疲れ」。風呂が羊水とはすばらしい発想です。人間が生まれ出て一番安心出来る場所は羊水のなかでしょうか?ただ、この習慣は危険な行為です。そのまま逝くこともありますのでご注意の程。
- 竹本 仰
特選句「くぐるたび母に近づく花曇り」選評:母に近づく。でも、どうやって?という問いに、さらりと口を衝いて出てしまった歌のような句なのかと思います。小さい頃から何かと母に近づき、それが齢とともに遠ざけ、もう会うこともほど少なくなり、母からは独立したと思っていたのに、桜の通り抜けの際、ふいにその母にもっとも近づいているのを感じる。それも憂鬱な表情をした時のあの母に。いくら強く楽しくうわべは装っても、無言の素顔の母にほとんど瓜二つになった自分に驚いている。嫌がりながらも繰り返す親子劇、山本有三に『波』という作品があったのを思い出しました。こちらは父子の間のことでしたが。特選句「目隠しのほどける僕と春の鹿」選評:野生の春の鹿を見たことがありました。あの奈良の公園にいるような奇麗な鹿ではなく、ずんぐりして動きも不器用ながら山野の起伏をのりこえてゆく荒々し気な鹿です。それはただ一生懸命生きる泥くさいものではありますが、妙に胸を打つものがあります。人間の成長とは決して直線ではなく、えもいわれぬほどの凸凹の悪路においてでしょうから、ふいに成長を感じる瞬間は、この句のようなものかなあと。句の背後には何か、なまの自分と対峙しているような感じがあります。少年期の自分に何度も帰りながらしか、自分を確かめられない。そんな真実を思い出させてくれるいい句だと思います。特選句「花吹雪なべて戦場埋め尽くせ」選評:桜のもっとも軽くなる瞬間は落花のときなのでしょう。落花の直後の桜は、ざっと水に飛び込んだ後のようなすがすがしさがあり、それも見どころの一つなのだと思うのですが、そこまで桜を見るひとは小生のような変人だけかもしれません。人間の憎悪を越える何かは人間によって生み出されるものではなく、どうしてもそういう瞬間があるのだという、そんな気がします。命令形で示された単なる願望ではなく、鎮魂の響き、それも遠くからやってくるその響きを感じます。トルストイに「イワンのばか」という民話を基にした小話がありますが、どんなに悪魔が悪さをしてもそれを乗り越える愚鈍な正直さが描かれていて、そうですね、そういう眼でこの句を見ると、向こうの桜は暗くびちょびちょした暗鬱なものらしいので、そういう花吹雪として見ても面白いかと味わいました。 以上です。
今年の黄砂はすごかったですね。ここ淡路島からは普段見えている小豆島がぶ厚い壁の向こうに隠れた感じがしました。そして、海上の黄色い帯が視界の限り延びて、あらためて地球なんだなと、毎年涙眼をこすりながら暮らす向こうの人を思わせます。私の師と仰ぐ方は、児童のころ、大連におられ、終戦直後、占領軍のソ連の将校に初めて野球を教えられたそうです。その後、日本に帰国し淡路島に転住、中学でも高校でも野球で全国優勝したメンバーの一人でした。高校の教員を早期退職後は、野球の恩返しに大連に留学し、いくつかの野球チームを育て、亡くなってしまいましたが、WBCの中国もひょっとしてその中に師の一投が入ってなかったか、黄砂を見ながら、かの師のことを思い出しました。
- 風 子
特選句「ふるさとの電車小さし葱坊主」。琴電が郊外を通り抜けていくのを見ていつも小さいなぁ、と思います。春の午後コトコトと走る一両電車、客は5人もいるでしょうか。長閑。 「春怒涛同じ話は聞きたくない」。同感、同時にグサッと。「ふらここの鎖ぎいぎい泣くやうに」。鎖のなるブランコ、あったなぁ。「白梅の憤怒のような光かな」。そう感じる人もいるのか…。「鏡片の春光集め地より日矢(時田幻椏)」。日矢は地上からも、意外。「内見のスリッパ硬しリラの花」。何の内見か…想像させる巧みさ特選に迷った一句。
- 田中アパート
特選句「行く春や人混みのなかに消えてゆく」。ゴドーをさがしに?
- 月野ぽぽな
特選句「ふと眠る風呂は羊水花疲れ」。なんと幸せな疲れでしょう。読後に心も体も心地よさに包まれました。
高橋晴子さんが永眠されたのですね。心よりご冥福をお祈りいたします。淡路島吟行で、気ままに歩く先々で、ふと気づくと、晴子さんと歩を共にすることが多かったことを思い出しています。小柄で可愛らしいお姿と、清く誠実で男気のあるお人柄が、とても魅力的な方でした。心に染みる励ましのお言葉もたくさんいただきました。ご一緒させていただいた時間は宝物です。海原香川句会に、憲子さんに心から感謝いたします。
- 重松 敬子
特選句「骨へ移転とあなたげんげの道をゆく」。最近闘病の句が多く、心配しております。これは、ご本人ではなさそうですが・・・病は誰にも突然ふりかかってきます。平癒をお祈りするばかりです。
- 高木 水志
特選句「旋律の解けるように秘話 さくら」。桜の花びらがひらひらと舞い落ちる様子を、作者は「旋律の解けるように」様々な秘話として感じたのが、詩的で魅力だと思う。
- 川崎千鶴子
特選句「ユマニスト大江逝きたり 花水木」。大江健三郎が逝去された。平和と人間の尊厳を文学を通して世界に発信したノーベル賞作家だ。生活もヒューマンにあふれた作家だった。一字開けの季語「花水木」が見事。特選句「骨へ移転とあなたげんげの道をゆく」。癌が骨まで転移してしまったと医師に告げられたと妻に報告し、そのままげんげの咲く道を夫が行かれたのでしょう。この余韻がみごとで映画のワンシーンが浮かぶ。
- 漆原 義典
特選句「くぐるたび母に近づく花曇り」。母を詠まれている句に、私も母を想い感傷的になりました。ありがとうございました。
- 松岡 早苗
特選句「憧れをやめてみようか桜餅」。WBCの決勝戦を前に大谷選手が放った言葉を思い出す。「憧れ」には青春の夢やチャレンジ精神が詰まっているけれど、たまにはすっと肩の力を抜いて等身大の自分を慈しむことも大切。「桜餅」のちょっと酸味のある甘さと上五中七がうまく響き合っている。特選句「猫の尾に触れて春風のふくらみ(河野志保)」。ふわふわの猫の尻尾。見ていると尻尾自身に意志があるかのようにくねくね動いておもしろい。ふわふわした感触と動きに合わせて、ふっくら心地よい春の風が撫でてゆくよう。
- あずお玲子
特選句「弁当屋に蝶のきてをりいつも午後」。常連さんがたくさんいる弁当屋さんでしょうか。お昼時は忙しくてそれどころではないのでしょうが、それを過ぎてふとガラス戸から外を見ると蝶がふらふら。そう言えば昨日も一昨日も来てたなと。春のきらきらした日差しが斜めに差し込んで、さてこちらもお昼にするか!なんて穏やかな明るい光景です。下五「いつも午後」が好いです。
- 野田 信章
特選句「骨へ移転とあなたげんげの道をゆく」。春の野面の擦れ違いざまの一句かと読めるが、「骨へ転移と」の片言の修辞には言外の重たさがある。野を辿りゆく知己のこの坦々とした姿を包み込む春の大気の中に作者の心情の眼差しも重なってくる句柄である。問題句「非戦非核と人も桜も満開」。「非戦非核と」叫んでいればよい時代は過ぎたぞという自虐を込めた一句かと読んだ。そのことを伝達させる定型詩としての韻律もまた大切かと次作の形で味読しているところである。喩としての桜を生かし切るためにも。<非戦非核と人も桜も満開だ>
- 三好つや子
特選句「白揚羽少年に白たへがたし」。この句から傷つきやすく、傷つけやすい少年の心の危うさを感受。白揚羽は、白くてほのかに蒼い思春期の深々とした心象でしょうか。とても魅力的な表現です。特選句「接木して母に百年の計あり」。先人たちの知恵が息づく接木。「この樹は、昔、おばあちゃんが苦心して接木し、こんなに大きくなったんだよ」と、孫がその子に語っている光景が目に浮かびます。閉塞感のあるこの時代、心に響きました。入選句「ユマニスト大江逝きたり 花水木」 ユマニストは大江健三郎を語るに欠かせない言葉。彼がこの世に遺したものを、花水木が賞賛しているように思われ、注目。入選句「戦争が転がってくる花筵」。花見をしながらいつしかウクライナの話になったのでしょう。誰もが戦争に無関心でいられなくなった昨今を、うまく捉えています。
高橋晴子さんの訃報を知り、海程香川アンソロジー『青むまで』で高橋さんの句と文を読み直してます。この海に育つ魚鳥空海忌 向日葵に満天の星地球病む など十五句どれも深く詠まれ、しみじみとしました。文中の最後から六行は、まさにその通りで、作句の導きのように感じました。ご冥福をお祈りします。
- 松本美智子
特選句「咲いてうつむき散って上向く椿かな」。椿の花の咲き方散り方を良く観察して言い表している句だと思いました。咲いているときは謙虚に・・・しかし散ってその存在感をしっかり残す。人もそのように生きたいものだと思います。
- 吉田亜紀子
特選句「盧生とは考の俳号葦の角」。「盧生」、この言葉から、「盧生の夢」を連想する。そして、「盧生の夢」は、「邯鄲の夢」とも言われる。昔、中国の盧生が趙の都邯鄲で黄粱を、つまり、大粟をにる短い時間に一生の夢をみたという故事を思い出させる。人生は儚いものだけれど、俳句は、ギュッと詰まった夢のように凝縮させ、充実させてゆきたい。この俳号から、そんな願いを感じた。また、「葦の角」。この季語で、この葦のように、柔軟かつ強く真っ直ぐ長い俳句人生を過ごされたのだな。と、私は推測する。特選句「彼我若かりき雨の夜神楽茫々と」。「神楽」とは、神をなぐさめるため神前で行なう音楽舞踊。作者は、故人と若い頃、雨の夜、一緒に神楽を観て過ごした。また、「茫々」という言葉から、神前で行う神楽を、どのように鑑賞したのか、想像が膨らむ。故人と神楽。とても神秘的だ。そして様々な感情が「雨」によって、明らかに表現されている。心に残る一句だ。
- 榎本 祐子
特選句「目隠しのほどける僕と春の鹿」。僕と春の鹿の青春性。目隠しを外したときに現れる期待と不安。「ほどける」の微妙な間が魅力。
- 田中 怜子
特選句「花冷えに軋む廊下や母の家(あずお玲子)」。昔は建付けの問題の隙間風があり、寒かったですね。今日、18日も花冷えです。誰も住まなくなってきているのか、いつか取り壊されるのかもしれませんね。日本のものがないがしろにされてゆく寂しさを感じます。それとともに家族関係も悔いとともに蘇ってきているのかな、と。特選句「前に春耕かなたにうごめくビルの波(伊藤 幸)」。こののどやかな広がりが蠢ビル群に飲み込まれてゆくんですね。人口減なのになんですかね。この句には悲壮感は感じられませんが。
- 桂 凜火
特選句「目隠しのほどける僕と春の鹿」。目隠しがほどけるだけなのに妙になまめかしいのはなぜでしょう。おそらく「目隠しのほどける僕と」の措辞がいいのですね、春琴抄を思い出しました。でも目隠しがほどけるに意味を深く読めば、それなりの理屈になるのでしょうがここは耽美的に読ませてもらいます。目の前の春の鹿は清楚で美しい風情が伝わります。素敵な世界ですね。
- 岡田ミツヒロ
特選句「忘れ物して遅刻して桜(山下一夫)」。世俗的な「忘れ物」「遅刻」という言葉の並列から追憶の情感の奥行へと誘う、季語の力への信頼。特選句「気づいたら明日はさびしいのだ春愁(竹本 仰)」。希望とともに語られる「明日」、しかし「明日」が輝きを放った時期は時代的にも又個人としてもすでに過ぎ去った。いま「明日」の光は薄く揺らめくさびしさ。
- 大浦ともこ
特選句「今昔のすみれ泣く声 この辺り」。短い一句に豊かな詩情が感じられます。”今昔” ”すみれ” ”泣く声”一文字空けての”この辺り”・・どの言葉も古くて新鮮。 特選句「桜散る今更雨のあがりそう」。少し無念そうに空を見上げている様子が見えるようです。「今更・・あがりそう」が他人事のようでユーモラス。
- 丸亀葉七子
特選句「接木して母に百年の計ありき」。健康家族がありありと見える。お母さまいつまでもお元気で。特選句「チューリップみんな違って主人公」。幼い児はみんなチューリップが好きだ。みすゞの詩に(みんな違ってみんな~~)のフレーズがある。チューリップのリズムとぴったり。主人公が良い。ちょっと・・「咲いてうつむき散って上向く椿かな」。着眼の良い素晴らしい良い句だ。咲いてと、省略しても中七に上向くが有るから読み手には充分に理解ができる。俳句の基本は 5・7・5 そして17音だと思う。
- 増田 暁子
特選句『あの頃の「いつか」に触れる春の暮』。「いつか」に触れるの中7が心に響きます。特選句「春の星涙がこんなに青くって」。青い涙に惹かれました。春の星の季語がとても効いてます。
- 新野 祐子
特選句「<悼 宇田蓋男>彼我若かりき雨の夜神楽茫々と」。作者は、宇田さんと若い頃からのご友人なのですね。「雨」「茫々と」に宇田さんを失った悲しみがにじみ出ています。特選句「戦争が転がってくる花筵」。「戦争が廊下の奥に立っていた」ではありませんが、一触即発の現在の社会情勢を辛辣に詠っていると思います。
- 疋田恵美子
特選句「ふわふわと身は漂流の弥生かな」。軽やかな浮遊感に春の喜びを。特選句「黄泉はぬかるみ朧夜の耳の底(月野ぽぽな)」。かさねて闇を、今の世相を詠んでいるのでしょうか。下語では作者の内面のようにも思われます。
- 中村 セミ
特選句「屍をもう離れてゆく春の蛇」。屍が何か分からないが、この蛇は長い旅を、続けまだ飽きもせずに,次の何処へ向かおうとしている。蛇は活動できる範囲で30年ともいう。冬眠が,半分占めるとして、15年のうちに、何を、見てきたのだろうか。少し気になりました。
- 佐藤 仁美
特選句「麦秋や高く音を引くバグパイプ(松岡早苗)」。黄金色に実った麦とバグパイプの音色は似合います。一瞬で光景が、音が、浮かびました。特選句「泣くやうに笑ふ母へと花吹雪」。顔をくしゃくしゃにして笑う、かわいいお母様と、薄いピンクの桜の取り合わせ!この幸せが、いつまでも続きますように。
- 佳 凛
特選句「やっとやっとマスクが取れて卒業歌」。卒業歌を高らかに歌える幸せの時.長いマスク生活、大変でした。でもお互いの目をしっかり見て、話す習慣は 良い副産物でもあります。これからは 表情の変化を楽しみ乍ら、大人も子供も過ごせる事でしょう。
- 薫 香
特選句「錆びた戦車がすみれを轢きて進む」。大国ではなく、小さい国が中古で購入したであろう錆びた戦車に乗り込み、狂った気持ちは小さきすみれさえも目に入らず進む様子が、戦争という狂気をこちらにしっかりと伝えます。特選句「蒼ざめた馬よ桜しべ降るサドル」。 青ざめた馬の持つ意味に驚きながら、下の句で一気に日常に引き戻されました。桜の花びらではなく、桜しべとサドルとの取り合わせがきりりとしていて素晴らしいです。
- 滝澤 泰斗
特選句「ちちははを天にならべて梅真白」。父が亡くなった年になってから、親父を思うことしばし。いろいろな日常の場面で、二人の共同幻想に思いが向き、息子との関係も重なって・・・結局のところわからず仕舞い。そして、母も鬼籍に入り掲句がリアルに脳裏の一角を確実に占有した。特選句「兎追いしはあの山この野山笑う(津田将也)」。亡くなった父母と共に田舎を始末して五年。望郷の念もしばし蘇る。コロナで遠ざかった墓参りへと父母が、姉が、祖父母が、叔父や叔母が呼ぶ。帰りたいけど帰れない。
- 山本 弥生
特選句「チューリップみんな違って主人公」。幼い時から一番親しんだチューリップの赤・白・黄色、どれも皆舞台の主役のように誇らしく咲いている。
- 時田 幻椏
特選句「鳥曇豆粒ほどの白チョーク」。鳥曇と豆粒ほどの白チョークの取合せが絶妙、良い句です。特選句「鞦韆を漕ぐゆるやかなる摩耗」。緩やかなる摩耗が実感、鞦韆を漕ぐアンニュイな気分が素直です。「咲いてうつむき散って上向く椿かな」。我が家の熊谷椿が、何故か全くこの通りです。「霾るや窓に許せぬ友透かし(佐孝石画)」。許せぬ友との距離感、関係性が微妙です。問題句「引き返せぬと初花の青白き(風子)」。下5の青白きが気になります。初花の意気にもう少し適した言葉が有るかも知れません。
- 荒井まり子
特選句「白梅の憤怒のような光かな」。長引く世の中の内外の不安。緑眩しい季節になったが、白梅が印象的で深さを感じる。
- 河田 清峰
特選句「おもつしよいことあるかい?晴ちやん鳥雲に(野﨑憲子)」。父似の楸邨先生と旅をして俳句一途に生きた高橋晴子女史に献杯。
- 植松 まめ
特選句『あの頃の「いつか」に触れる春の暮』。夕方の台所に立っていると70年代のフォークソングを聞きたくなる。昔はカッコよかった彼(今の連れ合い)が大口開けて爆睡している。あの頃に戻ってみたいがやめとこう。特選句「春怒濤同じ話は聞きたくない」。一斉地方選の真っ只中だ。昔は政治談議に興味があったが今は興味がない。棒読みの様な総理の国会答弁ああもう聞きたくない。
- 藤田 乙女
特選句「初期化してわたしの余生花菜風」。私も余生をそのようにとらえ日々を過ごしていきたいと思いました。
- 銀 次
今月の誤読●「忘れ物して遅刻して桜」。わたしはよく忘れ物をする。だから出かけるときは慎重に慎重を期す。財布は持ったか? ハンカチは? あれはこれは? といちいち触り触りし、万端怠りないことを確かめてうちを出ることにしている。それでも失敗することはママある。今日も今日とて、最初の角を曲がろうとして、手荷物の花見弁当を玄関に置き忘れてきたことを思い出した。さよう、今日は友人たちと連れだって、花見に行くことになっているのだ。わたしはその弁当係を仰せつかっていたのだ。おっと、またやっちまったか。わたしは苦笑しつつ、とって返して、弁当をしっかと胸に抱いて再びうちを出た。これで一安心。駅まで歩いて電車に乗った。一駅、二駅と過ぎて、今日はいい天気だなあ、もってこいの花見日和だと、車窓をながめて独りごちていると、痛てっ! 突然足に痛みをおぼえた。乗客のだれかが、わたしの足を踏んだのだ。だがそれにしても尋常ならざる痛さだ、と自分の足を見て驚いた。なんと、わたしは靴を履いていないのだ。やれやれ、靴まで履き忘れてくるとはわれながら情けない。でもまあ、いま気がついてよかった。いい忘れたが、わたしにはもうひとつ癖があって、それは遅刻ぐせなのだ。だから今日はそのぶんたっぷり時間をとってうちを出た。大丈夫、余裕だ。わたしは次の駅で下車し、自宅まで帰り、靴を履き、もうぜったい忘れ物がないよう確認し、またぞろ電車に乗った。靴はもちろん履いている。もよりの駅で下り、待ち合わせの場所までさわりなくたどり着いた。むろん時計は確認した。約束の時間までじゅうぶんある。友人らがきたら、挨拶代わりに「遅刻だぞ」とでもいってやろうか。……だが、それにしても遅い。……遅すぎる。……あまりにも遅すぎる。場所に間違いはなし。時間はときたら、とっくに過ぎている。それどころか日が暮れだした。まさか! と思ったのは四~五時間も経ってからのことだ。あわててポケットから手帖を取り出し、スケジュール表を確かめてみた。「花見」と書いているのは昨日の日付だった。わたしはまる一日遅刻したのだった。呆然としているわたしの鼻先を、桜の花びらが頼りなげに舞っている。
- 菅原 春み
特選句「花冷えに軋む廊下や母の家」。母の家の軋む廊下がありありと目に浮かびます。まして花冷えの季節に。特選句「接木して母に百年の計ありき」。接木する母上の気概と行動力にただただ眼を瞠ります。120歳はかたいかと。
- 亀山祐美子
特選句「内見のスリッパ硬しリラの花」。事実であるスリッパの硬さに内見者の緊張感と期待感が伝わりリラの花の明るさが未来を予見させる。
- 三好三香穂
「やっとやっとマスクが取れて卒業歌」「忘れ物して遅刻して桜」「のんべえは家系でござる花吹雪」今回は実感のある、川柳と言ってもいい句を選んでみました。
- 山下 一夫
特選句「春日傘閉じ落丁のよう真昼」。春日傘を閉じた状況の設定は人それぞれでしょうが、例えば、季節外れに強い日差しの通りを日傘を掲げて歩いてきた和装の婦人が屋内に入ったところを思い描きます。昼時であることや強い日差しを避けて、皆屋内に籠っているからか、通りも屋内もひっそりしています。そんな「落丁のような真昼」の一情景がありありと目に浮か び、なぜか懐かしさまで感じます。特選句「目隠しのほどける僕と春の鹿」。春になると鹿の雄は角、雌は冬毛が落ちて何となくみすぼらしくなるとのこと。しかしそれは来るべき再生や充実の前段階でもあります。季語のそのような含みが「目隠しのほどける僕」と良いバランスで呼応しているようです。また、ほどかれたりほどいたりするのではなく自然に「ほどける」ことや「僕」という語も季語の柔らかな響きと呼応していると思います。句意は曖昧ですが、自然の営みを背景とした穏やかな解放感が心地よいです。問題句「白揚羽少年に白たえがたし」。中七下五のイメージは湧くのですが、白揚羽に引っかかってしまいました。検索しても白揚羽そのものはヒットせず、近いものを探してみてもウスバシロチョウという羽が透明な蝶くらいしか見つかりません。どこかの地方の俗称としてあるのでしょうか。強調されている白は、白シャツや白肌着、白帽子等、大人が少年に押し付ける制度のようなものを想いますが、あえて揚羽とされているところがわからないところです。
- 稲 暁
特選句「白梅の憤怒のような光かな」。 作者の内部の憤怒と白梅の光が呼応して、迫力のある作品となっている。我々はもっと怒るべきなのかも知れない。
- 森本由美子
特選句「コンビニの灯へ春愁の靴のおと」。今夜は何人が灯を求めて自動ドアを押し、手先を消毒し、買い物籠を下げて店内を徘徊することだろう。靴は疲れたスニーカー。店は春愁で充満する。
- 向井 桐華
特選句「鳥曇豆粒ほどの白チョーク」。景が浮かぶ。「豆粒ほどの」と、北の空へ雁や鴨が帰って行く曇り空とが呼応する。そこに黒板があることは容易に想像できる。作者の心情が季語に投影されていてかなしくも美しい。問題句「いたううし るんばがてりを にのにのか」。 訴えたい何かがあるのかとは思いますが、リズムだけでは俳句にならないと思います。
- 野﨑 憲子
特選句「水匂い戦匂いて夜の花」。櫻の夜は、水が匂う。そして戦の匂いも。戦争の業火は狭まるどころか広がっている。そこは、人類だけでなく色んな生きものの棲家でもある。もっともっと人類の足元を照らす愛語が欲しい。 「 Be water! (ブルースリー)」
袋回し句会
晴
- 胎動せし子今日天晴れの卒業歌
- 藤川 宏樹
- 晴天も雨天もありし晴子の忌
- 島田 章平
- 燧灘晴れわたりたり花吹雪
- 野﨑 憲子
- 麦秋のしんがりにゐる晴れ女
- 亀山祐美子
- 別れたの晴ればれしたの本当なの
- 柴田 清子
- 百万の躑躅の谺山晴るる
- 大浦ともこ
朝
- 春の朝いつも挨拶らんららん
- 薫 香
- 霾風や駱駝の色の朝始まる
- あずお玲子
- 朝潟を歩けば弾むちきれ雲
- 野﨑 憲子
- 空席の埋まらぬ朝やよなぐもり
- 亀山祐美子
- 家系図の途切れ朝顔咲くところ
- 淡路 放生
- 花散らす雨聴く朝(あした)日曜日
- 大浦ともこ
藤
- 移り香や藤の迷路を抜け出でて
- 銀 次
- 孔雀藤まるで藤純子みたい
- 柴田 清子
- 人の世は天地逆さま藤咲けり
- 島田 章平
- 白藤や僕を呼んだのは誰
- 野﨑 憲子
- 役立っているんかお前藤の花
- 藤川 宏樹
- ビオトープに白藤純心女学園
- あずお玲子
- 父ゆるす母はゆるせぬ藤の花
- 淡路 放生
- 言霊の指を折る黙かかり藤
- 亀山祐美子
平
- 活躍の花見場所取る平社員
- 中野 佑海
- 聖五月平和の鳩の羽根拾う
- 柴田 清子
- 平凡はむつかしきこと姫女苑
- 大浦ともこ
- 水平を奏づ日永のチェロの弓
- あずお玲子
- 大谷翔平的俳人生れよ夕雲雀
- 野﨑憲子
- 蒼天に桜 龍馬に水平線
- 藤川 宏樹
橋
- 思い橋渡る渡らぬ行く行かぬ
- 銀 次
- 橋を渡りて帰らざる春の闇
- 大浦ともこ
- この橋を渡れば彼岸とおりやんせ
- 島田 章平
- 黒揚羽丸太橋より日暮れけり
- 亀山祐美子
- 杖ひいて傘寿の橋に来ていたり
- 淡路 放生
- 錦帯橋こむらがえりの花の宵
- 中野 佑海
- 桜蕊踏みつつ帰る朝の橋
- 野﨑 憲子
【通信欄】&【句会メモ】
【通信欄】先日拝受しました「海原」代表、安西 篤様からのお葉書の一部をご紹介させていただきます。「海程香川」句会報第一三八回を有難うございました。多くの共鳴句がありましたが、好みとして次の句を挙げてみました。「骨へ転移とあなたげんげの道をゆく(大西健司)」「咲いてうつむき散って上向く椿かな(伊藤 幸)」「鞦韆を漕ぐやゆるやかなる摩耗(小西瞬夏)」一層のご発展を。
「海程香川」の仲間である髙橋晴子さんが三月尽に他界されました。ながらく透析治療をし、最近は眼や耳が遠くなっていらっしゃいましたが、二月句会迄ご参加くださっていました。晴子さんは、加藤楸邨が教鞭を取っていた青山学院女子短期大学で学び専攻科へ進まれた楸邨の直弟子で、私事乍ら私も、楸邨の句<木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ>に俳句の扉を開けてもらったので、不思議な縁を感じていました。有る時は、晴子さんが、「海程」の俳句道場へ行きたいと希望され、河田清峰さんと三人で長瀞の養浩亭まで出かけてまいりました。句会の最前列に並んで座り、兜太先生のお話をお聞きしました。始終「おもっしょいのぉ!おもっしょいのぉ!」とご満悦でしたね。晴子さんは、俳句と真摯に向き合い、愛し抜かれ、生涯独身を通されました。心からの尊敬の念と共に晴子さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。「海程香川」十周年記念アンソロジー『青むまで』の晴子さんの自選句を紹介し、ご供養とさせて頂きます。 合掌。
『風の中 高橋晴子 十五句』
ウイルスも人間も只生き春宵
楸邨忌紅き実椿天を映す
女郎蜘蛛死に態で揺れ風の中
春の月仏陀最後の旅にあり
向日葵に満天の星地球病む
師は今も戛戛と生きとりかぶと
この海に育つ魚鳥空海忌
山の田の太陽を踏み水すまし
雷雨来て満濃池は竜の相
天に向き弘法麦なに書きをらむ
遍路絶え蝉絶え白き道一路
天翔る白狐の消えて盆の月
座禅組む眼前千の松の芯
風の樹に蝉も雀も人間も
母の知らぬ我が三十年よ雑煮椀
明日から五月です。今月から「海原」Zoom句会が始まります。超結社での句会だそうです。奮ってご参加ください。本会は、前々より第二土曜日への開催日の変更をと思っていましたので、五月より第二土曜日開催に決定しました。この機会にますます熱く多様性に満ちた句会へと進化させていきたいです。俳句愛溢れる皆様のご参加を心待ちにしています。詳しくは「句会案内」をご覧ください。
Posted at 2023年4月30日 午後 02:22 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]