「海程香川」
第98回「海程香川」句会(2019.08.17)
事前投句参加者の一句
<長崎軍艦島にて>走馬灯廃墟の中に昭和見る | 漆原 義典 |
風涼し昭和の我に令和の我 | 高橋 晴子 |
冷やしおしぼり次の展開犇めいて | 中野 佑海 |
風蘭や他界中ですがと姉来る | 稲葉 千尋 |
埒のあかぬ像鼻大きく振る | 中村 セミ |
遠雷や指の枝豆ピュッととぶ | 増田 暁子 |
海睨む帰省子に生う無精ひげ | 鈴木 幸江 |
花合歓の揺れに誘われ三井さん | 松本 勇二 |
我が庭を王国とせし蝉しぐれ | 野澤 隆夫 |
百年を振り返る少年のかき氷 | 桂 凜火 |
胸を打つ言葉は素朴草清水 | 新野 祐子 |
正座して鮎の骨取るいごっそう | 寺町志津子 |
夏蝶行く光きわまる空かき分け | 小宮 豊和 |
七月の象の哀しさキリンの無口 | 河田 清峰 |
夏空のどこかで鯨の授乳かな | 三好つや子 |
軽々と子宮金魚は反転す | 榎本 祐子 |
西瓜ガブリ父は逆立ち上手かった | 伊藤 幸 |
空蝉のあつまるところ風立ちぬ | 三枝みずほ |
蝉時雨尻まるだしの神の牛 | 亀山祐美子 |
蝉の翅B面の音の輝る轍 | 藤川 宏樹 |
ひとにたちひとてま夕顔やさしかり | 大西 健司 |
聖書から絵本に戻る葡萄の木 | 田口 浩 |
糸瓜ぶらりアメリカ生まれの嫁の靴 | 吉田 和恵 |
夏空は私の天井パン焦がす | 小山やす子 |
日に三つほどものを捨てゐし鰯雲 | 菅原 春み |
羽黒とんぼ小田急線の迷い客 | 田中 怜子 |
迎え火に来ているふいの重さかな | 竹本 仰 |
自画像が擦り減るように半夏雨 | 高木 水志 |
桐一葉その日暮らしの天邪鬼 | 佐藤 仁美 |
蚊ほどの目メガネの奥でほくそ笑む | 野口思づゑ |
ちちははが碧くも黒くも匂う夏 | 男波 弘志 |
朝虹を指さした妻もういない | 島田 章平 |
バッタになる肘も拳も巻きこんで | 久保 智恵 |
ヒトやがて絶滅危惧種いなびかり | 谷 孝江 |
ヒロシマ忌少女のままで漕ぎ疲れ | 若森 京子 |
肥満児や爆心地にて夏の花 | 豊原 清明 |
魚の腹切り裂く遠き祭り笛 | 重松 敬子 |
マンモスの牙の響きや月涼し | 増田 天志 |
青蜜柑一人芝居の独白かな | 高橋美弥子 |
夜更かしの心臓なんとなく海月 | 月野ぽぽな |
夕焼けは煮えたぎりつつ嵐待つ | 銀 次 |
幾千の稲穂騒めく平和の日 | 藤田 乙女 |
束ねてありし霧の言魂花山葵 | 野田 信章 |
小首かしげて夕蜩へひゆう | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 増田 天志
特選句「空蝉のあつまるところ風立ちぬ」肉体に脱ぎ捨てられた空蝉だが、魂が、宿っている。肉体の滅亡後に、魂が、舞い戻って来たのかも。いずれにしても、魂は、寂しがり屋で、集まり、風を引き起こす。
- 野澤 隆夫
特選句「西瓜ガブリ父は逆立ち上手かった」西瓜と逆立ち、取り合わせが面白いです。縁側で西瓜を食べてる作者、もちろん種をプイと庭に飛ばすのでしょうか。父を回想してます。特選句「正座して鮎の骨取るいごっそう」気骨あふれるいごっそう。あぐらを組んだりしません。正座をしてる姿は渡辺 謙みたいな感の人か?問題句「青鷺の囮捜査や貝釦(藤川宏樹)」ついにサスペンスの世界にアオサギが登場したかと…。囮捜査、貝釦。シャーロックの推理は…?謎です。
- 中野 佑海
特選句「風蘭や他界中ですがと姉来る」風欄のはかなげな様子が、亡くなった優しい姉の面影を、彷彿と蘇らせる。それでいて、哀しみよりも、可笑しみを感じさせて作者の人間性の温かさとお姉さんと仲良しだったんだろうな。何でも話し合って笑っていたんだろうな。という二人の関係の深さまで感じる。特選句「ひとにたちひとてま夕顔やさしかり」源氏物語の夕顔のように優しくよく気が付く。そんな女に私は成りたい。今からでもまだ間に合うかしら?「青鷺の囮捜査や貝釦」何の為に青鷺がホームズになったのか?これは問題だね!「葦刈小舟うかうかと文字を刈る」この蒸し暑さ、ルパン君も少々手元が狂ったのかね。「遠雷や指の枝豆ピュッととぶ」えらいこっちゃ!チョークの替わりに枝豆が飛んできたで。「夏空のどこかで鯨の授乳かな」空に浮かぶ雲は鯨の授乳室だったんですね!「ひらがなの夕べをながす晩夏光」晩夏の気怠さ。見るもの総てがゆらゆらら。「夏空は私の天井パン焦がす」在るもの全てを圧倒する威力業務妨害的夏空。何故パンは焦げる?「日に三つほどものを捨てゐし鰯雲」涼しくなったら少しづつでも終活、終活。「自画像が擦り減るように半夏雨」近頃、豪雨が続きます。お身体御自愛ください。以上。今月は句会に参加できず。いささか不燃性気味。クーラーで乾かした洗濯物の様な中野佑海。
- 島田 章平
特選句「七月の象の哀しさキリンの無口」。つかみどころのない句。しかし、何故か哀しく切ない。地球上、もっとも危険な人類という生き物が檻に飼われていたら、どうなのだろう。檻の中の世界の哀しさ。
- 大西 健司
特選句「ヒトやがて絶滅危惧種いなびかり」少し上五が窮屈な感じがする。助詞を入れてもいいように思う。たしかに驕れる人間は自滅の道をたどるのかも知れない。いろいろと考えさせてくれる一句に共感。問題句「テープとってんちゃうのんて文月闇(藤川宏樹)」ちょっと面白すぎる。「文月闇」で無理矢理俳句っぽく見せてはいるがそぐわない。時事俳句として最後まで面白がってほしかった。
- 田中 怜子
特選句「花合歓の揺れに誘われ三井さん」三井さんが亡くなられたことを、花合歓のゆれに託して悼む気持ちに思いを託しました。少女のような、デリケートな花が三井さんにぴったりですね。
- 小山やす子
特選句「ひとにたちひとてま夕顔やさしかり」ほのぼのとした夕刻の主婦の立ち居振舞いが浮かびます。夕顔の包み込むような優しい花が効いています。
- 伊藤 幸
特選句「束ねてありし霧の言霊花山葵」全体的に美しいですね。私にはとても出来ない句です。上語中語の発想が素晴らしい。締めの花山葵も効いています。脱帽!
- 藤川 宏樹
特選句「風蘭や他界中ですがと姉来る」お姉さんの初盆でしょうか?「他界中ですが」と一言、やって来るのがいい。「他界ですが」なら出てきそうですが、そこに「中」をあえて加える字余りにはとても思い及びません。いずれ私もこんな風に軽快に訪れたいものとあの世に束の間、希望を持てました。「風蘭」も的確な季語選択、やさしく句を包んでくれています。
- 三好つや子
特選句「聖書から絵本に戻る葡萄の木」味と香りで人を幸せにする葡萄。それが聖書では重い役割を担う果物だということを知りませんでした。深遠な世界をさらりと語れるのは、俳句だからこそ可能なのかも知れません。不思議な魅力に満ちた作品。特選句「ちちははが碧くも黒くも匂う夏」 夏は暑くて、感情的になりやすく、父性とか母性にも綻びが生じ、派手な親子喧嘩をすることも。両親がこの世を去り、時が経つにつれ、そんな諍いを懐かしく思い出す夏。碧くも黒くも匂うという独特の表現に共感しました。入選句「蝉時雨地熱木の熱水の熱」昼下がり、懸命に鳴き続ける蝉を通して、空気まで沸騰しそうな酷暑の様子が、リアルに伝わってきます。
- 高木 水志
特選句「夏空のどこかで鯨の授乳かな」太平洋の物凄く広い海のどこかで鯨の子育てが繰り広げられている。夏の清々しい空に雄大な鯨を取り合わせたところが良い。
- 若森 京子
特選句「聖書から絵本に戻る葡萄の木」:「聖書から絵本に戻る」の措辞は、宗教的な生活感情から生きる事に苦の多い無常の世に戻ると云う意味だと思う。紀元前二五〇〇年のエジプトの壁画に葡萄の木は画かれており季語として使われている「葡萄の木」はぴったりだと思う。特選句「夜更かしの心臓なんとなく海月」この句は、「心臓」と「海月」の妙であろう。「夜更かし」だから余計に効いている。
- 稲葉 千尋
特選句「西瓜ガブリ父は逆立ち上手かった」何とも楽しい取り合わせ。父は元気な人だったのだ。特選句「往復はがきマルして返す広島忌(田口 浩)」返信に〇して返す。同窓会かなにか、そして広島忌。日本の大事な日に〇する大事な返信。諾うのみ。 好きな句が多くて選に困りました。
- 菅原 春み
特選句「ヒロシマ忌少女のままで漕ぎ疲れ」なんともいえない疲労感を実感したものでしか味わえない句。特選句「マンモスの牙の響きや月涼し」大きい句で感動。
- 中村 セミ
特選句「日に三つほどものを捨てゐし鰯雲」雲を見つめていて分かれゆく様をよんだのか、鰯雲が三つ何かを捨てたのか。どちらでもいいが、ずうっと というか鰯雲の発生していた時間帯、低気圧の現れる前の時間とあります。が、見続けていたのかな、とも思い、鰯雲が捨てた三つのものは、おそらくご自分の何かが綺麗に漂よう雲々の中で、何かがはじけたような気持になったんではないかと勝手に推察致しました。
- 鈴木 幸江
特選句「葦刈小舟うかうかと文字を刈る(若森京子)」琵琶湖では、水質保全のため葦を刈る。 また、むかしから簾や民家の屋根にも使われていた。人が葦を刈ることの目的は違っていても現代でも生活の中にある営為だ。さて、“うかうかと文字を刈る”の暗喩として“葦刈小舟”をどう解釈するか。独断的になるが批判性の強い思いを感じ特選とした。“うかうか”には、メディア時代、受け身で文字や文章に対処している自分への強い反省の姿が見える。文字や文章には批判的に向かう態度、リテラシーが欲しい現代である。問題句「聖書から絵本に戻る葡萄の木」とても惹かれた句なのに、作者がなにを言いたいのかよく分からずそれが気になり問題句とした。旧約聖書は、今でも人間の生き方の本質を読み解く書物として受け継がれている。絵本は、大人が失ってしまっている想像力と無垢な心が織りなす世界だ。聖書の中の葡萄は倫理としての象徴性が高い。絵本の中の葡萄は子供の発想で、どんなのものとして登場してくるのだろうか。作者は大人の世界から、 自由にしてあげたいと思っているのか。それとも、聖書も絵本も共通する世界をもっていることを暗に伝えたいのか。勝手に、迷ってしまって問題句とした。
- 野田 信章
特選句「自画像が擦り減るように半夏雨」は、裡なる自己堅持の確かな句である。激しき「半夏雨」に即して、その「自画像」を「擦り減るように」と自虐的に書き切っているところに、自意識豊かな現代人に対しての諧謔性も読み取れるようだ。
- 月野ぽぽな
特選句「胸を打つ言葉は素朴草清水」頭からではなく心からの言葉は純粋で直接心に届くのですよね。草清水の素朴さと透明さがとてのよく効いています。
- 寺町志津子
特選句「束ねてありし霧の言霊花山葵」一読、訳もなく心惹かれた。理に合おうが 合わなかろうが、字余りだろうがどうだろうが、理屈を通り越して好きな句である。目に浮かんだ のは奥伊豆の山葵田。緑したたる山間の清流に群生している山葵の白い花。あたり一面に漂ってい る霧。その霧の言霊が束ねてあるという。それが妙に実感となって心に響き、詩情をそそられた次 第である。
- 佐藤 仁美
特選句「胸を打つ言葉は素朴草清水」心からの言葉は素朴です。草清水の清らかさが、またいいですね。特選句「朝虹を指さした妻もういない」人生の儚さを感じました。朝虹の透明感のある季語と、指さしたという妻の動作。日常が無くなった悲しみが伝わります。いつ、死が来るかわからない、ちゃんと生きないと…と改めて思いました。
- 松本美智子
皆さんの句を評価するほどの力はありませんが、家に帰って見直して、気になる句を選びましたので。思い付くままに………選「七月の象の哀しさキリンの無口」不思議な趣のする句だとおもいました。何度も心の中で復唱すると、暑いサバンナを象とキリンが(どちらもキングオブザ・草食動物)悠久の時間をゆったりと歩んでいく様子がうかんできました。選「ヒロシマ忌少女のままで漕ぎ疲れ」原爆投下のその日の様子がうかんできます。戦火に焼かれた子供達のなんと哀れでなんと悔しいことでしょう。「ままで」は散文的?助詞の使い方は難しいですね。「ままに」?がいいのか?まだ判断がつきません。勉強します‼「見学と袋句会の感想」単純に楽しかったです。夏の高校野球、真っ盛りだったので、「甲子園」のお題を提案させてもらうと採用されて………ありがとうございました。息子が野球人生をまだ歩んでいますので、野球にまつわるエトセトラが多くあります。それを詠んだ句をたくさんの方が評価してくださりうれしかったです。ビギナーズらっくにならないように勉強したいです。また、機会があれば参加したいです。よろしくお願いいたします。
- 竹本 仰
特選句「胸を打つ言葉は素朴草清水」昔、三島由紀夫の『美徳のよろめき』だったか、不倫する女性が男からの言葉に、しみいるように素朴な言葉が一番だと思うくだりがあり、まるで二日酔いの後の一杯の水と同じ観想がありました。また、マラソンの故円谷選手の遺書のなかにも、「ありがとうございました」「おいしゅうございました」など最も素朴な言葉に人を震わす何かがありました。ここには、清水に至るまで草の中を多少とも生きてきた、そんな軌跡なしにはたどり着かないものがあります。そういう草清水に出会うこと、何となく痛く自戒の意味を汲み取った小生の読みでありました。特選句「ひらがなの夕べをながす晩夏光(男波弘志)」この句の大胆さは、夏はひらがな、ととらえたところでしょうか。そして、その夏の季節の推移を晩夏光という、いわば夏の自浄作用であらわしたところでしょうか。夏は夏のなかに夏をながしてゆくものがあるんだという。夕べの打ち水でしょうか、そこにあらたな夏の一面を発見したのでは、と、想像しました。特選句「蝉の翅B面の音の輝る轍」それぞれの蝉に、だれからも知られがたいそれぞれの楽想が物語ががあり、ふとそんなものが見えてくる瞬間があったのかな、と思いました。そういう蝉の一個の内面の音に、さりげなく自分のストーリーを重ね合わせているところがいいなあと、感心いたしました。特選句「ヒロシマ忌少女のままで漕ぎ疲れ」昔、NHKの土曜の夜のテレビドラマで、唐十郎が少女のかっこうで土砂降りの中を自転車を懸命に漕ぐという、かなりシュールなシーンがあって、そんなものを唐突に思い出しました。この句の場合の漕ぐは、そうではなく精霊流しからイメージされたものかもしれませんが、舟であっても自転車であっても、少女は一心に七十四年間を漕ぎ続けてきたんだという、そういう思いがぐっと伝わってきますね。しかも、少女はいまだたくましく健在である。私的には、漕いでいるのは自転車であり、六千度の陽ざしの中を、ロック鮮度で、そして、いつの間にか、戦後の喧騒の土砂降りの中を、漕ぎつづけ、なおかつ笑っている、そんなヒロシマ版「雨にも負けず」というような舞台があったらなあと、演劇的な面白さで思い描いて読みました。以上です。上記の他、十句ほど俎上にのぼりましたが、いつも通り独りよがりな選になりました。残りの句も、また、句会の窓、句会報で楽しみたいと思います。その割に、返信がおそい?いつもいつも、失礼ばかりですが、お許しください。
みなさん、全国大会で、また、お会いしましたら、よろしくお願いいたします。野崎さん、中野さん、海程香川の方々、再会を楽しみにしています。
- 高橋美弥子
特選句「ドラマーの腕の血管熱帯夜(伊藤 幸)」野外フェスの熱気が伝わる一句。中七に焦点がしぼられ、フェスの熱気と盛り上がり、汗がほとばしる景が描かれていて好きな句です。 問題句 「雨脚にふかぶか沈む晩夏の蝶(男波弘志)」描こうとしている光景は、実景ではなく心象風景だったのでしょうか。せつない句ですね。「雨脚」がすこしわかりませんでした。
- 銀 次
今月の誤読●「毒茸のピンク時々寂しい」。深く静かな森。聞こえるものはチチという小鳥の鳴き声と風のそよぐかすかな音。ポコ。そんなところにアタマを出したのがあたいだ。ふーー、あたいは大きく息を吸った。ようやく世界とふれあった。そしてあたいはあたい自身の身なりに目をやった。やったあ。あたいショッキングピンクのかわいいドレスに身を包んでいた。これじゃあ、あたいはこの森のプリンセス。なんてステキで、なんと愛らしいあたいなんだろう。数日が過ぎ、とってもたくましいハンサムな鹿さんがあたいの目の前に立った。「鹿さん、鹿さん。あたいってとってもイケてるでしょ?」。鹿さんはクンクンあたいを嗅いで、ブルルルと首を振って走り去った。次にやってきたのはリスさんだった。背丈も同じくらいだったし、あたいと同じファンシー系。ぜったいボーイフレンドになってくれる。でもリスさんもあたいのまわりをクルリと一周しただけでどこかに消えた。そのあとも、イノシシさんだの、アライグマさんだの、ハリネズミさんも来た。でもみんなあたいにかまってはくれなかった。なんで、なんで、なんで? こんなにキレイなドレスを着て、いつも微笑んでるあたいなのに、なんでみんな無視するの? ……ある日のこと。目が覚めると四歳か五歳かそれっくらいの女の子がじっとあたいのこと見てた。あたいはとびきりの笑顔を見せて、その子と仲良しになろうとした。女の子もあたいを気にいってくれたのか、笑顔を浮かべた。……そして、あたいを摘んで篭に入れた。
- 榎本 祐子
特選句「家裁裏空き缶拾ふ残暑かな(菅原春み)」家裁という、家庭内のいざこざに決着をつけてくれる場所。その裏で拾う空っぽの缶。人は、無意味と思える行為にふと自分の居場所を見つけたりする。
- 田口 浩
特選句「迎え火に来ているふいの重さかな」一読この句のよろしさは<ふいの重さ>にあるように思える。祖霊を門火に迎えて実に達者である。しかしそうであろうか?。この句を秀句にしているのは<迎え火>であろう。迎え火は歳時記の行事の欄にある歴史的ことばである。作品の中で発する力はどすんと大きい。
- 吉田 和恵
特選句「夕顔や陰(ほと)うすれゆく朝月(若森京子)」究極のエロス。言葉はありません。問題句「テープとってんちゃうのんて文月闇」想像力をかき立てられますが。「テープとってん・・・」は、やや陳腐。
- 男波 弘志
特選句「空蟬のあつまるところ風立ちぬ」詩情豊か、まだ何か腑に落ちぬ、つまり理屈を省きたい。特選句「聖書から絵本に戻る葡萄の木」不思議な絵本、なぜ葡萄の木、なのか、血そのものだろうか。
- 松本 勇二
特選句「夜更かしの心臓なんとなく海月」言い切らない方法もあうということがよく理解できる作品。夜更かしの心臓という把握も上手い。
- 増田 暁子
特選句「短夜の舌のごときを食虫花(三好つや子)」句全体的に漂う濃艶な空気感が素晴らしい。 特選句「蝉時雨尻まるだしの神の牛」お祭りの神の牛の景が一瞬切り取られ、ユーモアも。蟬時雨が良いですね。問題句「ひとにたちひとてま夕顔やさしかり」ひらかな表記がわかりにくい、夕顔との取り合わせも。
- 新野 祐子
特選句「蝉時雨地熱木の熱水の熱」この暑さ、何とかしてよと喚きたかった今夏。掲句にまず共感。酷暑をこのような詩にできるなんて、すごい。入選句「家中に雨音山盛りの胡瓜膾」懐かしい情景。家中に漂う胡瓜の匂いが伝わってきます。「入道雲指でたどってあたらしい自分」夏空に圧倒的存在感のある入道雲と「あたらしい自分」というフレーズが好きです。「西瓜ガブリ父は逆立ち上手かった」夏休みの子どもを見守るお茶目な父。やさしさに包まれた思い出ですね。「夏空のどこかで鯨の授乳かな」雲が何に見えるか、よく見上げたもの。そんな余裕もない日常を反省させられます。 昨日は処暑でしたね。今朝、久しぶりで山の方に行ってきました。金水引、葛、釣船草などが咲いていて、もう秋の風情です。今回もよろしくお願いします。
- 三枝みずほ
特選句「深呼吸して深呼吸して泉(月野ぽぽな)」深呼吸は精神を落ち着かせるだけでなく、体内機能の浄化、循環にも良いと聞く。深呼吸してゆきつくところが泉であり、自らの再生を感じる。「しぼり出す声しぼり出す敗戦日(松本勇二)」戦中派が高齢化している昨今。反戦の思いから、戦争体験を伝えて下さっている語り部の方々の声。まさにしぼり出す声であろう。「しぼり出す敗戦日」に、平和ということをもっと意識的に感じなければならない切迫感がある。
- 漆原 義典
特選句「朝顔や仄めく紺の闇静か(佐藤仁美)」は、朝顔を見て、紺の闇を連想する作者の感性に感動しました。素晴らしい句をありがとうございました。
- 野口思づゑ
特選句「遠雷や指の枝豆ピュッととぶ」弾ける枝豆と遠雷のタイミングが良い。特選句「朝顔や仄めく紺の闇静か」紺色の朝顔の表情が見えてくるよう。
- 河田 清峰
特選句「長兄の肩越しに透け蝉の羽化(松本勇二)」蝉の羽化する頃亡くなった兄への思いがよくわかる「肩越しに透け」に象徴される句。
- 桂 凜火
特選句「自画像が擦り減るように半夏雨」半夏雨という言葉を初めて知りました。いいことばですね。半夏はとても寂しい感じの言葉ですが「雨」なるとまたさらに寂しいしかもそれは自画像がすり減るように降るという。作者の心象風景とも取れますが、モノクロの素敵な風景とも詠めて、この場合直喩であることがかえってすっきりとして、いい雰囲気の句だと思いました。
- 小宮 豊和
入選句「稲の花ひそかに誘うあなたが好き」稲の花は自己主張の弱い花である。多くの人々はその開花に気付かずにすごす。しかしある条件が満たされると印象的な自己主張に逢うことができる。例えば、静かなこと、あたる光が弱いこと、また俳人が心あらたまる思いでいるときなどである。畏敬と感謝の念もなくてはならないだろう。掲句は季語として稲の花を選んだ。この選択は抜群と思う。秘めた恋に似合う花である。「あなたが好き」の「好き」はやめて別のフレーズを期待。
- 亀山祐美子
特選句『往復はがきマルして返す広島忌』同窓会か何か往復はがきに出欠のマルを付けて出した日が広島忌だった。八月六日の広島忌。八月九日の長崎忌。日本人として心に留め生きねばならぬ特別な日にも日常は重なる。重なるからこそ平和の有り難さ大切さを噛み締める。キナ臭さを増しつつある今日、一日でも長く長く平和が続きますようにと祈る。特選句『魚の腹切り裂く遠き祭り笛』「魚の腹切り裂く」とショッキングな措辞に「遠き祭り笛」を合わせる手練れの句。無駄がない。衝撃の後に祭りの膳の準備への安堵と納得。ハレの日の期待と華やぎを押し出しながらも何故か「魚の腹切り裂く」不安感へと押し戻される。生きるために殺す。弱肉強食が存在する日常。だからこその感謝。特選二句は対になり警鐘を鳴らす。
- 高橋 晴子
特選句「夏空のどこかで鯨の授乳かな」空想のだろうが、何かおおらかな気分になる。夏空がいいし、どこかでがいい。ジュゴンの死を何頭も知らされて、この句を読むとホッとする、作者の心が暖かいからこういう句が詠めるのだろう。問題句「テープとってんちゃうのんて文月闇」問題句以前のどうしようもない句。時事を扱う時は、本気で本人も怒らなければ話にもならない。それがどうしたといわれたらおしまい。
- 藤田 乙女
特選句「夏空は私の天井パン焦がす」の言葉に若さと希望が溢れ、「パン焦がす」が日常の現実感があり二つの取り合わせがとても効果的で爽やかな素敵な句だと思いました。特選句「蝉時雨地熱木の熱水の熱(亀山祐美子)」炎暑、酷暑、猛暑、極暑、この夏の暑さがこの句からよく伝わってきます。体の暑さと熱さ、その感覚の中に聞こえてくるのはひっきりなしの蝉の声だけでした。
- 豊原 清明
特選句「走馬灯廃墟の中に昭和見る」静かな反戦句と思った。落ち着いた、静かな気配がする。今、見る昭和とは。問題句「風蘭や他界中ですがと姉来る」姉が他界から帰って来たのかと読んだ。心象に現れる、在りし日の家族の風景。
- 野﨑 憲子
問題句「埒のあかぬ像鼻大きく振る」:「象」ではなくて「像」なのだ。動くはずのない像が鼻を大きく振るのである。まさに、埒のあかない、ナンノコッチャの「像」さんなのだ。でも、どこかユーモラスで面白い。こんな実験句いいなぁ。特選句「冷しおしぼり次の展開犇めいて」冷水でぎゅっと絞ったおしぼりが出てくると思わずホッとする。猛暑の中、エネルギッシュに仕事をこなしている人の背中が見えてくる。特選句「花合歓の揺れに誘われ三井さん」三井さんとは、七月に他界した「海原」の先輩三井絹枝さんのことである。団塊の世代のお生まれの三井さんだが、若狭の比丘尼のように年齢不詳の美少女だった。拙句「小首かしげて夕蜩へひゆう」は彼女への追悼句。その可憐な容姿と作風に憧れている人がたくさんいた。もちろん、私も、その一人である。合歓の花は、三井さんに、とてもよく似合う。作者も、きっとそう思ったに違いない。
三井絹枝さんは、「海程香川」の方ではありませんが、初代代表の高橋たねをさんの大切にされた素晴しい作家でした。「海程」全国大会の後、プラスワンの吟行旅行(「ぱるぱる吟行」)の、お世話をしてくださっていました。当時は、ご参加の先輩方もお若く、たねをさんが計画をして、電車や路線バスを利用することが多かったです。会計は数字に明るい三井さんがなさっていました。電車やバスの中も句会の連続でした。色んな句が飛び出してきて、一同笑い転げたり、大納得したり、とても豊かな夢のような句会でした。先に他界された谷佳紀さんと共に素晴らしい先輩でした。三井さんの作品をご紹介し、ご冥福を祈りたいと存じます。合掌。
二〇〇六年に編まれた三井絹枝句集『狐に礼』より自選一〇句
小春日が流れてきます汲んでおこう
月光と降る羽衣よわたしはだか
蚊に刺され小さな水黽(あめんぼ)できました
泪のよう大切にされ糸とんぼ
すまないなあ冬菜のような涙出る
あきらめのひゅう葡萄の木の匂う
この川や夜の牡丹雪釣れます
蝶老ゆるようすべらかな抱擁
寒沢川(さぶさわがわ)夏一番星みつけた
狐に礼しみじみ顔のゆがみけり
袋回し句会
蜩
- ひぐらしや雲をひたすら追ふ目玉
- 増田 天志
- 蜩の杜の大きくかたぶきぬ
- 亀山祐美子
- かなかなの声のあふれる空家かな
- 島田 章平
- ひぐらしやなかねば母がいってしまう
- 三枝みずほ
- 蜩や風縫ひ込んで縫ひ込んで
- 野﨑 憲子
- 蜩ひゅう鏡の中に消えちゃった
- 野﨑 憲子
- 蜩や反故の約束森へ消ゆ
- 佐藤 仁美
猛暑
- 一歩づつめり込む大地猛暑かな
- 亀山祐美子
- 猛暑日や個展やってるパン屋さん
- 野澤 隆夫
- この猛暑人間の皮脱いで干す
- 島田 章平
- ゆるキャラを脱ぎ公務員汗しとど
- 増田 天志
バーベキュー
- バーベキュー金庫の奥に遺言状
- 増田 天志
- 腹巻に覗く札束バーベキュー
- 増田 天志
- 本音ふとバーベキューの火を起こす
- 三枝みずほ
- バーベキュー南瓜は黒く残りおり
- 佐藤 仁美
満月
- ググーポッポ満月かついで来る少女
- 野﨑 憲子
- 満月や馬肉百合根の付き合わせ
- 藤川 宏樹
- 満月のううさぎを見てよ芙蓉閉づ
- 河田 清峰
- 詩仙集ひて酒酌み交す満月楼
- 銀 次
- 満月を刺して鯱(しゃちほこ)黒光り
- 松本美智子
- あの時は満月あの人は三日月
- 鈴木 幸江
- 岩礁に難破船あり月涼し
- 増田 天志
- 満月にだらりと垂れる蛇の皮
- 野澤 隆夫
- 大の字が登れば比叡に満月
- 島田 章平
爪
- 満月の爪に食ひ込む原爆忌
- 亀山祐美子
- 鷹の爪だんだん貌が見えてくる
- 野﨑 憲子
- 爪切って悲しみひとつ引き受ける
- 三枝みずほ
- 文鳥の爪伸び放題娘責む
- 鈴木 幸江
- ひまはりは地軸の傾ぎ爪を切る
- 増田 天志
- 菊一文字総司の爪の清らかさ
- 銀 次
甲子園
- ラーメン喰ふ遠き喇叭の甲子園
- 銀 次
- 一輪の薔薇持つ少女甲子園
- 増田 天志
- 暑き日やチアリーダーの泣き黒子(ほくろ)
- 松本美智子
- 背番号洗って母の夏終わる
- 松本美智子
- 甲子園の青蔦ぼくは地を走る
- 三枝みずほ
【通信欄】&【句会メモ】
【句会メモ】8月句会には、大津市から増田天志さんが参加され、見学者の方も<袋回し句会>に参加し、とても楽しく豊かな句会になりました。先月は増田暁子さん、今月からは久保智恵さんと「海原」の仲間が事前投句に参加され、作品がますます多様性を帯びてまいりました。これからがますます楽しみです。
【通信欄】
第一回「海原」全国大会まで、二か月を切ってしまいました。9月2日が申込締切日です。年に一度の俳句のお祭りでもあります。少しでも多くの方のご参加を願っています。9月21日午前10時からサンポートホール高松第65会議室に於いて2回目の準備会を開きます。 全国大会のサポートをしてくださる方は、奮ってご参加ください。冒頭の写真は、小豆島の夕日です。Posted at 2019年8月28日 午後 03:39 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]