2015年9月3日 (木)

香川句会報 第53回(2015.08.22)

事前投句参加者の一句

白靴欲し野に水汲みにゆくための 小西 瞬夏
兄さんへ桔梗は今年も咲きました 髙木 繁子
蝉穴かと覗く理論派浪漫派 谷 孝江
半裸なるチェロの独奏椎若葉 野田 信章
炎天や銃を取らさぬデモに在り 尾崎 憲正
三伏や漁師ぽつりと「鯵獲れぬ」  寺町志津子
こおろぎの微かに聴こゆ命かな 鈴木 幸江
牝鹿佇つ水より遠き瞳して 月野ぽぽな
一列に並びしカンナ黙祷終ゆ 重松 敬子
うすものや ゆるゆる下る石だたみ 古澤 真翠
いち抜けた脛をくすぐるペンペン草 河野 志保
鬼灯と鉄路をまたぐ老いしんしん 矢野千代子
炎昼や終戦詔書読み返す 野澤 隆夫
島らっきょ明日の晴れは予約済み 中野 佑海
一日中蝉の配置を考える樹 稲葉 千尋
蝉しぐれ古書にあまたの走り書き 増田 天志
フクシマや罪なき桃は売れ残り 藤田 乙女
片蔭の風にゆるされ恋の文 桂 凛火
ひまはりや満員電車が空を飛ぶ 銀   次
折鶴は千枚の紙八月来る 若森 京子
夏怒濤岡本太郎が迫り来る 三枝みずほ
ヒロシマよ永遠に赫い眼をせよ 上原 祥子
一行の詫び状ひぐらし鳴き終わる 伊藤 幸
鮎釣りの竿が形見に若精霊 郡 さと
待の灯やゆっくり羽化の蝉がいて 田中 怜子
木槿花白くぽっかり入院日 中西 裕子
基地いらぬ生きゐる限り沖縄忌 高橋 晴子
炎天下背骨首筋立て直す 亀山祐美子
行きずりがこんなに淋しい走馬燈 小山やす子
幾千の夜があぢさゐにありて待つ 竹本 仰
日常という水泡(みなわ)が多し茗荷の子 久保 智恵
老後ってアドリブなんだ鼻曲り 三好つや子
熊蝉に体の芯を明けわたす 柴田 清子
秋近しほんの二度の差だけなのに 漆原 義典
山彦ガ饒舌な我ガ菊のをと KIYOAKI FILM
万の石に万の言の葉夕蜩 野﨑 憲子

句会の窓

増田 天志

特選句「山彦ガ饒舌な我ガ菊のをと」難解な句は、様々に鑑賞出来るので、楽しい。音なのか、ノートなのか。木霊なのか、山彦海彦なのか。菊に聴き入っているのか、菊の御紋すなわち皇室について思索記述しているのか。ミステリアスな作品だ。

中野 佑海

特選句「老後ってアドリブなんだ鼻曲がり」私は絶対意地悪ばあ様になろうと誓っていました。毎日、孫を相手に突拍子も無いことをして楽しんでいます。つむじ曲がりのへそ曲がり、そして、周りから、鼻つまみです。良い感じです。最高の楽しみです。問題句「一日中蝉の配置を考える樹」凄い面白い句だと思います。がちょっと俳句とも違う気がしました。「一日中」の上五を何か他の言葉に変えてみたら良いのかなと思います。今日の句会、後半の「俳諧歌仙」増田天志さんの強引な宗匠の教えと手解きの宜しく、とても面白過ぎて時間が経つのが早かったです。まだまだ、居たかったですが、泣く泣く孫の世話に戻りました。増田さん楽しい時間を有り難うございました。増田さんの偏見に見えて的確な講評とても勉強になりました。また、高松句会に揺さぶりを掛けに来て下さい。

野澤 隆夫

二十二日はお世話になりました。久々の句会参加で、さすがに昨日はぐったり。でも大いに楽しめました。野﨑さんはじめ、参会者、遠路お越しの増田さんにも感謝です。ありがとうございました。今月の特選句は「夏怒涛岡本太郎が迫り来る」です。昭和40年代、「週刊朝日」に〝岡本太郎の眼〟というエッセーが連載されてました。後に万博の〝太陽の塔〟を創造し凄い人だと感動した記憶があります。夏怒涛に、「芸術 は爆発だ!」と、岡本太郎の大きく眼を見開いて両手をひろげた、あのポーズが浮かびます。後半の歌仙も難しかったが、増田さんの軽妙な捌きで楽しかったです。起句(たてく)秋連衆(れんじゅ)奮闘半歌仙 (たかお)

尾崎 憲正

特選句「基地いらぬ生きゐる限り沖縄忌」戦争法が国会で議れている今、辺野古に基地が建設されようとしている今、一年に一日の沖縄忌には何の意味はありません。作者の強いメッセージを受け止めました。

三好つや子

特選句「ひまはりや満員電車が空を飛ぶ」広島と長崎の原爆にとどまらず、テロによる爆破事件、竜巻などの災害・・・無惨な光景が目に浮かびます。先の読めない不穏なこの世をさらりと句に仕立てた事に脱帽。特選句「山盛の午睡ダリア咲いている(上原祥子)」たった三十分眠っただけなのに三日位寝ていたような深い眠りを体験した作者。ダリアとうまく響き合っています。問題句「とびうお飛ぶ君は蹄鉄フェチだった」妙に好奇心をくすぐる句で、「蹄鉄フェチ」の表現に魅力を感じつつ、インパクトが強すぎて、どんな「君」なのか見えてきませんでした。

河野 志保

特選句「両手で測る夏空の端から端(三枝みずほ)」両手を広げて見上げた夏空の広さよ。「端から端」がすべてを語っている気がする。さわやかでダイナミックな句姿にひかれた。

竹本 仰

特選句「蝉しぐれ古書にあまたの走り書き」古書ファンの一人として、アルアル感で採りました。多分、これは、数十年前の誰かの「走り書き」なのでしょうね。沸いてくるような、その初代持ち主の当時の走り書き。だから、この「蝉しぐれ」は、過去形をも含んでおり、作者の自己の過去への共感ということにもなるのでしょうね。この共感、しびれますね、特に、「こいつ、意外と鋭いなあ」という時など。もちろん、この古書が、大時代のものであると、蝉しぐれは更に大きくなるのでしょうね。わたくし、初めはつい誤読して、「古文書」と受け取っていたのでしたが、それもまた味があるかとも。特選句「山椒魚(はんざき)を踏むふるさとは青く切なし」・・ 「山椒魚を踏むふるさと」が、とてもリアルです。にゅるっとするのでしょうか、それともごつっと。山椒魚を踏めなくなった、その淋しさに気づいたとき、かけがえのない大きな喪失感を、「青く切なし」というのは、妙に胸を傷ましむるものがあります。井伏鱒二「山椒魚」のあの山椒魚が、この句を読んだら、きっと顔をくしゃくしゃにするのではないか。「山椒魚は、悦んだ。」というように。「ひまはりや満員列車が空を飛ぶ」は、原爆のことなんでしょうか。昔、映画「黒い雨」に、そのようなシーンがあったような。その映画の後、出演者・北村和夫さんがその映画を題材にした一人芝居も見ましたが、演じるだけでもものすごいオーラを感じるシーンだったと述懐していましたね。

寺町志津子

特選句「炎天とふ巨き器になんの哲学(銀次)」日本列島を南から北まですっぽり包んだ今夏の猛暑、猛暑。ただただぼーっとして思考力ゼロ。高邁な哲学なんて入る余地なしの境地を詠んだ諧謔。外すわけにはいかない。「四匹の猫の隊列蝉時雨」好きな句。この四匹の猫はどんな関係なのか。蝉時雨の中、それぞれどんな表情で隊列を組んで進んでいるのか、虚か実かも定かでないが、メルフェンの世界にしっかり遊ばせていただいた。特選を迷った句「基地いらぬ生きゐる限り沖縄忌」「炎天や銃を取らさぬデモに在り」。今、私達が声を大にして発信すべき句ではないかと痛感した。

KIYOAKI FILM

特選句「夏つばめあれは我家の巣立かな(稲葉千尋)」季語が重複しているようで、(よく俳句を知らない為、物も言えないが)それでも美学生の絵や、風景写真の景色が伝わってきました。「夏つばめ」「燕」よりも心地よく聞こえる。問題句「いち抜けた脛をくすぐるペンペン草」・・「ペンペン草」つまりは躾に使う、お尻ペンペンであり、私は「いち抜けた」で怒られているのではないかという風に読んだ。誤読であって欲しい。「いち抜けた脛をくすぐるペンペン草」やはり怒られているのか? 無学な自分が恥ずかしい。

稲葉 千尋

特選句「熱帯夜の枕こつんと椰子の実か(増田天志)」なかなか寝つかれぬ熱帯夜。「枕こつんと椰子の実か」は、実感。特選句「羊水の感触醒め際の素足(月野ぽぽな)」醒め際の素足は、まさに羊水感覚いや感触か、この感性をいただく。

古澤 真翠

特選句「叫喚のつまっておりぬ西瓜割る(重松敬子)」子ども達の歓声が聞こえてくるような夏の風景。「行きずりがこんなに淋しい走馬燈」一期一会の出会いと別れだけではなく、いろんな思いを感じさせる句に 何故か涙ぐみました。「秋草の朝のハミング峠越ゆ(野﨑憲子)」明るく爽やかな朝を迎え、悦びに満ち溢れた作品。こちらまで、笑顔にしてくれました。

小西 瞬夏

特選句「折鶴は千枚の紙八月来る」千羽鶴はもともとは千枚の紙であった。言ってみれば当たり前のことであるが、「八月来る」ということに対してあらゆる言いたいことを消し、当たり前のことしか言わないでおくことがしみじみと切ない。「羊水の感触醒め際の素足」ひとつひとつの言葉は興味深いのだが、「羊水」「感触」「醒め際」「素足」がどれもイメージ重なりすぎている。

野田 信章

特選句「熱帯夜の枕こつんと椰子の実か」は、中句以下の軽い疑問を伴った唐突感のある配合が椰子の実の質感を確かなものとして伝達させてくれる。熱帯夜の一服の清涼剤として唱歌「椰子の実」が聴こえてくるようだ。対象的に次の句がある。特選句「幾千の夜があぢさゐにありて待つ」は、現代詩的な発想にやや抽象性を覚えつつも、文語表記としての「あぢさゐ」と相俟っての「幾千の夜」という時間の凝縮性が一句の密度を高めている。結句としての「待つ」には、そこへと誘う力感がある。「あぢさゐ」に宿る生の充実感と一体のものとして死の予感を感受することも可能かと思う。

田中 怜子

特選句「にんげんが大きく歪む金魚鉢(増田天志)」中年のおじさんが(孤独)金魚を相手に、ペーソスと面白味がある。特選句「首回す無人の部屋の扇風機(中西裕子)」」セピア色の畳の上のがたがた回る扇風機、レトロっぽく、懐かしい情景です。問題句『三伏や漁師ぽつりと「鯵獲れぬ」』句全体に惹かれましたが、「三伏」に、実感がわかなかったです。

亀山祐美子

特選句「折鶴は千枚の紙八月来る」不器用な私には折れそうもないが、最近は3㌢四方の千羽鶴用の折り紙もある。千枚の折鶴は祈りそのものであり季語の斡旋が見事だ。「八月」という時空に対する日本人の想いが祈りが込められた秀句。凡人は一年一年の平和がが恙無く積み重なることを祈り感謝するのみ。文法に弱いので、質問です。上五中七の緊張感に対し「八月来る」が少し間延びしているように私には感じられます。「八月来」とするのは文法的にいかがなものでしょうか。教えて頂ければ幸いです。逆選句「水のごと凡夫目覚める遠蜩」なんで「凡夫」なんて言っちゃったんだろうね。謙遜しただけなんだろうけど、「水のごと目覚めをりけり遠蜩」なら特選でいただきました。逆選句「叫喚のつまつてをりぬ西瓜割る」これは酷い・大大大好きな西瓜が阿鼻叫喚!叫喚地獄!血の海だなんて、酷過ぎる!あんまりだわ!すかたん!!「血の海」を過去一度も連想しなかったとは言わないけれど、来年も西瓜食べるけど、西瓜に謝ってよね。他に気になったのが「にんげんが大きく歪む金魚鉢」。「にんげんが」だとの人間の輪郭、見た目が金魚鉢の屈折で歪む現象だけを捕らえただけだが、「にんげんの」と置と、現象だけではなく、人間の内面の歪みまで捕らえ、深いような気がするのだが、どうだろうか。

漆原 義典

特選句「行きずりがこんなに淋しい走馬燈」を特選とさせていただきました。この句は暑い夏を乗り切り、早く秋が来たらなぁと思いながら、実際秋が近ずくと、淋しくなる心境をを走馬燈とうまく表現しているなぁと思い特選とさせていただきました。作者の繊細な感情が感じ取れました。素晴らしいです。以上感想とさせていただきます。増田天志さま、句会で俳諧歌仙を教えていただきありがとうございました。

三枝みずほ

特選句「炎天下背骨首筋立て直す」背筋がまっすぐであることを保つのはなかなか難しい。ちょっと油断をしたら姿勢が崩れてしまう。炎天下ならなおのことだ。作者は自分自身が弱っていることにハッと気づき、自らの力でまた自分を立て直す。表現も簡潔明瞭で、凛々しく進んでいこうとするこの句にとても共感できた。

伊藤 幸

特選句「蝉穴かと覗く理論派浪漫派」斬新な感覚に驚きました。理論派も浪漫派も好奇心は同じ。目の当たりに景が展開しているようで楽しませて頂きました。「うすものや ゆるゆる下る石だたみ」上5で一旦切ったところに人生句の匠の技を感じます。 生き方も見習いたいものです。「片蔭の風にゆるされてい恋の文」興味津々由々しき事態発生?どのような状態か解せないが羨ましくもあり、どこかにエールを送りたい自分がいる。「薄衣や距踰へぬ人の憎らしき」乗り越えて来てよ!と心の中で叫んでいるのが聞こえ、憎らしきに深い愛を感じます。あからさまですがこんな句もいいですね。「羊水の感触醒め際の素足」心地よい夢の後の虚脱感、素足の上を風が通り過ぎる。ああ夢よもう一度。夢を夢に終わらせないでトライしてみて。「レース編むたびに母音の真白なり」・・「母音の真白」がいいですね。レースは殆どが真白ですが、母音を持ってきたことにより更に作者のピュアな感性を引き立たせています。「老後ってアドリブなんだ鼻曲り」そうです、老後は自由な即興です。下五鮭を鼻曲がりと表現した老後にビバ!!「熊蝉に体の芯を明けわたす」一読して好きな句。大型の熊蝉なる堂々とした人に惹かれるのは誰しも同じ。「体の芯を明けわたす」こんな経験してみた~い★ 

鈴木 幸江

特選句「一日中蝉の配置を考える樹」リズムからして問題句でもある。でも、この素っ気ないようなリズムが、取り立てて問題にすることでもないことを取り立てるという状況にピッタリしている。樹にも感受性があるということでもあるのだから、木肌に取り付く蝉をきっと感じていることであろう。しかし、そんなことについては、私は一度も考えたことがなかった。面白い作者もいるものだと感心し、樹々も仲間、生き物なのだとの再認識させていただいた。特選句「老後ってアドリブなんだ鼻曲り」これも発見の句だ。そう言われてみれば本当にそうだ。私事になるが、老後≒余生の感がある。やっと子育てが一安心の域に達し目標をなくした気分がある。そんな日々、明日は何をして生きて行こうと正直、毎日考える。今日一日、今日一日を、と思っての暮らしは、アドリブと言われればそうである。しかし、鼻曲りの季語で、それでも命の限り生きて行こうとする姿が見えて好感が持てる。問題句「半裸になるチェロの独奏椎若葉」フィクションを句にすることは、是か非か。私はこの句をフィクションとして受け取った。そして、そんなことも辛うじてあるだろうと思える場合は、是とした。でも、半裸でチェロを弾くなんて、蝶ネクタイ姿の真逆である。公と私では違う、こういう面白い生き様もあるのではないかと思った。

銀   次

今月の誤読●「一行の詫び状ひぐらし鳴き終わる」。「詫び状」ねえ。このあたり偏見もあるかもしれないが、オンナの書くそれとオトコのとはちょっと違うような気がする。たとえば去り状だとオンナの場合は「ごめん。探さないで」とメモ用紙に書いて冷蔵庫にマグネットで貼り付けて行きそうだ。事務的っちゅうか、なんちゅうか。オトコだともう少し心情が込められていて「すまなかった。すべてはおれのせいだ。元気でいてくれ」と預金通帳とハンコを置いて出ていく。まあ「一行」だからな。ヘタするとオトコの場合、原稿用紙五十枚くらい書きそうだからやっかいだ。で、まあこれを別れの詫び状を詠んだ句とするとして「ひぐらし鳴き終わる」とはなんだ? さあ、迷探偵銀ちゃんの登場だ。「ひぐらし」にはじつは! 「その」が抜けているのだ。しかしてその実体は「そのひぐらし」すなわち「その日暮らし」なのである。つまりビンボーゆえの別れであったのだ。すると「鳴き終わる」も当然「泣き終わる」となる。じつはかくいうわたくしにもありました。青春でした。青春はビンボーなのです。ビンボー・ダナオなのです(このシャレ判る人手を上げて。はいおたがい年を取りましたねえ)。かくして詫び状を書き終え、一通り泣いて、泣き終えアパートのドアのノブに手をかける。そのオトコの背には人生の漂泊の憂いが色濃く染みていたのであった。んで、オンナのほうはといえばゴーゴーと高いびきをかきヨダレたらして寝ているのでありました。

柴田 清子

特選句「山椒魚(はんざき)を踏むふるさとは青くせつなし(若森京子)」マジックにかけられたような、有無を言はせない郷愁が、真っ青に横たわっている。山椒魚を踏むと言ふ特異さが、せつなさの極限まで引きずり込んでくれた。「おじいさんおばあさんの木夏山河」肩の力を抜き、自然のうつろいの季節を素直にとり入れているところが、好感。

上原 祥子

特選句「白靴欲し野に水汲みにゆくための」この靴は白い靴でなければなりません。真っ白で、大切なものの象徴である水を汲みに行く時と同じ気持ちのこもった白い靴。野はこの世の喩えでしょうか?美しい抒情です。特選句「万の石に万の言の葉夕ひぐらし」石は鉱物ですが、意志を持っているかもしれません。墓石、彫像、石碑等々、人が手を加えたもの以外でも。化野の石地蔵たちのように。夕ひぐらしの声がそれを謳っているかのようです。その他 採りたかった句「取り取りのフォーチュンクッキー夏終わる(中野佑海)」「夏つばめあれは我家の巣立かな」「ふらり火の踊るよねむるよ青芒(桂凛火)」「喜雨という五体に宿る思惟の花(若森京子)」「氷菓舐め丸薬しゃぶる術後犬(野澤隆夫)」「「蝉しぐれいのち降る降る果つるまで(銀次)」「「薄衣や矩踰(こ)へぬ人の憎らしき(尾崎憲正)」「山椒魚(はんざき)を踏むふるさとは青く切なし」両手で測る夏空の端から端」「ひまはりや満員電車が空を飛ぶ」「一日中蝉の配置を考える樹」「一行の詫び状ひぐらし鳴き終わる」「羊水の感触醒め際素足」「蝶高く我よりずっと遠い旅(河野志保)」「熊蝉に体の芯を明けわたす」その他 これは面白いと思った句「とびうお飛ぶ君は蹄鉄フェチだった(伊藤 幸)」「老語ってアドリブなんだ鼻曲り」今月も充実の内容で選句するのに苦労しました。視点がユニークな句が結構あって、楽しませて頂きました。来月もよろしくお願い致します。

郡 さと

俳句って何んでしょうか?どうして一生懸命に作句するんでしょうか。どうして私達を魅了してやまないんでしょうか。私が所属している結社と、少し違うから、言いたい放題な失礼をお許し下さい。香川句会の句は難解です。思いついた選のこと。「四匹の猫の隊列蝉時雨」面白い。「三猿の吾石木になれず秋」何となくわかる。「思い出を詰めし鞄や天の川」鞄に詰めるは言い尽くされている。「蝉しぐれ古書にあまたの走り書き」あまたの走り書き、言い尽くされて。「折鶴は千枚の紙八月来る」そういえばそうだけど良く気がついたかな。「万の石に万の言の葉夕蜩」これもどこかで読んだ句。「晩夏光ルオーの道化師の聖顔」良い句だ。聖顔が、ここがどうかだったら120点だと思える。「龍宮の誘惑怖し夏の月」良い句だと想います。「熊蝉に体の芯を明けわたす」良くわかります。私、いつも思うんです。読者は海程、現代俳句が理解できる人ばかりではない・・・と。 理屈とレトリックの効き過ぎはパスしました。

谷 孝江

特選句「白靴欲し野に水汲みにゆくための」童話の本の最初のページに出会った時のような優しさと安らぎが胸中に溢れました。特選句「両手で測る夏空の端から端」いいですね!このような句に出会うと、夏が嫌いと言っている人でも夏が好きになると思います、佳句が沢山で選句が楽しみでした。有り難うございます。

月野ぽぽな

特選句「島らっきょ明日の晴れは予約済み」・・「明日の晴れは予約済み」から自然の力を味方につけるおおらかな精神の動きがみえていい気持ち。島らっきょの健康な辛さも句に効いています。

高橋 晴子

特選句「牝鹿佇つ水より遠き瞳して」牝鹿の大きな澄んだ瞳を〝水より遠き〟と把握した点、鹿らしさをより感じさせ、空の気配。特選句「にんげんが大きく歪む金魚鉢」金魚鉢にうつる外界は大きく歪んでいる。昨今の事件や人間界のどうしようもない鬱憤がこういう捉え方をさせた。〝にんげん〟と平仮名にしたのがいい。

小山やす子

特選句「ひまはりや満員列車が空を飛ぶ」一幅の楽しい絵を見ているようです。面白いです。「島らっきょ明日の晴れは予約済み」島らっきょと予約済みが良いですね。「八月の影法師なり大落暉(野﨑憲子)」大きな情景を大きく表現したところが好きです。「夏怒濤岡本太郎が迫り来る」岡本太郎の情熱が大きな目を剥いてこちらに迫ってきますね。

中西 裕子

特選句「鬼灯と鉄路をまたぐ老いしんしん」老いしんしんとありますが、実際はそんなに老いてないかな、と鬼灯の赤さを思い、鉄路のつめたさで、でもそんなに単純じゃないのかとも思い、混沌とした寂しさを感じました。「今朝の茄子皆つつがなくメタボなり」のなすが丸々しておいしそうです。「基地いらぬ生きゐる限り沖縄忌」も戦後70年の今年にぴったりの句です。あと気になったのが、「漉し切れぬ悪意ぶつくさあをみどろ」「日常という水泡(みなわ)が多し茗荷の子」。「風蘭や姉似の人とすれ違う(稲葉千尋)」もいい香りがします。今年は暑かったですね。今も蒸し暑いけど、急に涼しくなると寂しいからいまくらいがいいかもしれません。

野﨑 憲子

特選句「夏怒濤岡本太郎が迫り来る」・・「夏怒濤」と「岡本太郎」。ここまで、付き過ぎると逆に、句から、「さあ、どうだ!」という、大きなエネルギーを感じてしまう。お見事。問題句「ヒロシマよ永遠に赫い眼をせよ」注目の一句。しかし、調べが気になり、特選に推せず、残念。

(一部省略、原文通り)

半歌仙「赤とんぼ」の巻  

  
発句  赤とんぼ旅の一座でごさいます
    天志
脇       月の宮からひょいと黒猫  
    憲子
第三  床のなか手の内見せる火を恋うて 
    佑海
四句     むかしの名前呼んでみたいの
    みずほ
五句  放尿の洗礼受けて蝉しぐれ
    たかお
六句     逃避行あり入道雲の 
    義典
初句  決めがたき約束のあるこの浮き身
    佑海
二句     消しゴムで消す君のアドレス
    憲子
三句  燃え尽きてやがて悲しき恋の文
    義典  
四句     炎もいづれ凍りつくらむ
    銀次
五句  お急ぎですか化野をゆくお兄さん
    憲子
六句     深呼吸してじっと待っている 
    みずほ
七句  柏手を打つ冬満月の天辺で 
    憲子
八句     どてら羽織りて酒屋に急ぐ
    銀次
九句  かくもまあにがかりし日々思ひ出す
    たかお  
十句     チャック開けば岡本太郎
    憲子
十一句 終るれば涅槃の風に花万朶
    銀次
揚句     囀り溢れ明るき方へ
    みずほ

句会メモ

天候不順の中、何とかお天気に恵まれ、待望の八月句会が、サンポートホール高松で開催されました。久々にご参加の方もあり、皆さまの笑顔に胸がいっぱいになりました。また、大津から増田天志さんも参加され、事前投句の合評の後、増田さんの捌きで半歌仙を巻きました。増田さんは、先日も、大衆歌舞伎一座を追っかけて松山へ行かれたとか、発句は、その香りの漂う「赤とんぼ旅の一座でございます」。初めて連句に参加される方も熱い目をして次々に句を出していらっしゃいました。すごく楽しかったです。

歌仙と同じく、人生も前へ前へと巻いてゆくもの。大いなる生命の大河の中、先の大戦の、悲惨な思いを現代に生かして、平和な世界へと、私たち人類の手で、時を巻いて行かなければならないのではないでしょうか。

2015年8月3日 (月)

香川句会報 第52回(2015.07.18)

事前投句参加者の一句

ゆっくりと蚊に噛まれたる婦人かな KIYOAKI FILM
少年Aの静かすぎる殺意蓮閉じて 伊藤 幸
山越ゆる子らの歓声滝しぶき 藤田 乙女
姉という抗争風味花みょうが 三好つや子
てのひらの一椀の海すまし汁 銀  次
夏至の星手話の円卓華やいで 寺町志津子
真っ赤なるプラス思考のかき氷 三枝みずほ
郭公や陽気な村のオペレッタ 重松 敬子
かたくなに青きままなり我がトマト 中西 裕子
国会へ乱入アヒル手花火弾 増田 天志
促音も暮れもやわらか蚊食鳥 矢野千代子
溜息の底に海月のゆれてをり 亀山祐美子
桃洗ふとき背のまるくまるくなり 田村 杏美
今年また茅の輪くぐりや老夫婦 髙木 繁子
重心を海に移して夕焼ける 小西 瞬夏
豪雨かなモーゼの杖の試し時 中野 佑海
夏草や川内原発再装荷 尾崎 憲正
青年の殻ばかりなる雲丹の海 桂 凛火
夏の浜鼻に面影志度の女(平賀源内と似ている) 田中 怜子
八月や息をするとは祈ること 月野ぽぽな
ころげこむころげこんだと母鱧を喰ふ 竹本 仰
蛍火や曲線螺旋曼荼羅図 漆原 義典
えごの実や会津に終わりのなき除染 野田 信章
地球儀の北極点に天道虫 郡 さと
太古より子を産む力 百日紅 古澤 真翠
陽炎の小さな式を挙げました 稲葉 千尋
端居して岩波ちくま比べ読む 野澤 隆夫
ふらんす語の対訳のように小糠雨 上原 祥子
したたかに陣を広げて根無草 景山 典子
沢潟(おもだか)やちちは坐禅が癖だった 若森 京子
ともすれば鎖国のような赤いバラ 加藤 知子
星屑になりたいの・・天の川 柴田 清子
背が伸びて十三回忌涼しかり 高橋 晴子
根っからの浄土真宗かき氷 谷 孝江
数式は永遠の謎捻り花 小山やす子
颱風の眼の中の蟇 野崎 憲子

句会の窓

中野 佑海

特選句「親鸞やナチュラルに生きなめくじり(若森京子)」親鸞くらい、ぬらりくらりと自分に素直に生きた人は少ないと思いま す。この俳句は親鸞に贈りたいです。特選句「てのひらの一椀の海すまし汁」手の中に海の全てを凝縮させて、その中に私の心を遊ばせ ている。ゆったりと大きい海と繊細な和食の心の対比が素晴らしいです。垂涎物です。暑くなりそうです。お身体大切にして、少し親鸞 を真似て、ゆったりぬらりくらりと参りましょう。

上原 祥子

特選句「促音も暮れもやわらか蚊喰鳥」つまったような鳴き声も、一日の終わりのような佇まいもやわらかい蚊喰鳥。コウモリで なく蚊喰鳥だからいいのです。特選句「桃洗ふとき背のまるくまるくなり」形に姿を似せる、またはビジュアルの鸚鵡返しとして、丸い 桃を洗う時、背中を丸めてしまう。今、注目のロボット君たちの行動パターンもこのようにプログラムされているのだろうか。「まるく まるくなり」のリフレインの響きが良いです。問題句「姉という抗争風味花みょうが」「姉という抗争風味」で切るのか、「姉という抗 争」で切るのかで、意味が違ってくると思います。発想は素晴らしいし、ユニークです。ただ、前述の様に二つ意味が取れてしまうのが 惜しい。ダブルミーニングが作者の意図であれば実に秀逸なのですが。

尾崎 憲正

特選句「八月や息をするとは祈ること」私は戦後生まれですが、八月という月には、やはり特別な思いがあります。日本はあの戦 争で350万人もの犠牲者を出しましたが、その一方で、2000万人を超える人々の生命を奪いました。そこには数限りない悲しみが あって、1945年8月に戦争を終えました。今、生きて息をしている者にとっては、犠牲者の無念さに思いを馳せて祈ることしか出来 ません。歴史を直視してこの悲劇を繰り返さないように努めることが、息をしている者に求められています。この句には、細かなことが 一切表現されていませんが、簡潔な中に一切のものが言い尽くされていると感じました。

月野ぽぽな

特選句「 重心を海に移して夕焼ける」空がひときわ広くなる海の夕焼けは陸、山あいのものとは趣を異にする。「重心を移して 」とは言い得て妙。

景山 典子

特選句「数式は永遠の謎捻り花」・・複雑に絡まり合い、一筋縄ではとても解くことのできない数式と「捻り花」を取り合わせた ことに感嘆しました。こんな発想ができるようになりたいものです。その他「炎天の心臓として平和象(月野ぽぽな)」また「八月や息 をするとは祈ること」にも惹かれました。無意味な戦いに日本が二度と加わることがないよう強く願い、また祈ります。金子兜太先生の メッセージに心から共感いたします!

増田 天志

特選句「溜息の底に海月のゆれてをり」生きることは、不条理なのでしょうね

KIYOAKI FILM

特選句「短冊の願いは無事に桃太郎(古澤真翠)」面白い!です。CMがあって、「桃太郎」の面白い劇、を思い出しました。ユ ニークです。特選句「溜息の底に海月のゆれてをり」これもいいです。この、暗めの斬新さ。憧れます。問題句「真っ赤なるプラス思考 のかき氷」好きな方で、特選にしようと考えたけれど、ふと、思うと、中七が「プラス思考の」で、上五が「真っ赤なる」で、俳句の知 識は極めて浅いけれど、言葉が足らないような気がしました。「プラス思考の」が一寸…と思って、問題句にしました。問題句というコ ーナーゆえ、あえてしましたが。

竹本 仰

特選句「背が伸びて十三回忌涼しかり」十三という数字が納得できる句です。実際は亡くなって十二年。お葬式のとき三歳、前回 七回忌で九歳だった子が、十五歳。ひょろっとして、緑陰が似合うような昔なつかしい笑顔がそっと。ああ、みんな齢を取るんだと、当 たり前の事なのに、目の前に突き付けられると、不覚にも齢を重ねた事への反省と、それにも増して人の成長という涼風が。これが、す こし涼やかな十三回忌という仏事のもつ味にうまく合って、見事に切り取られているなあと思いました。「訳ありの桃ぼんやりと灯りお り(田村杏美)」・・「訳ありの」という導入が、この句の世界の中心を言いつくしていて、明解な作句意識を感じさせます。なぜか売 れない桃、なぜか選ばれない人、そのへんの秘密を今から語ろうとするような気配でしょうか。この気配の捉え方がうまく、桃も灯りも 一つの世界を緊密に作っていて、なかなか踏み込んでもいるし、拍手はしないけれど、思わず手を揉んでしまうような賛意をしてしまい ますね。以上、簡略でありますが、選句しました。他にも、選に入れたい句が、五、六ありました。こうやって見ていくと、また、作り たいという気になっていく自分を感じます。大変、ありがたく思っています。皆さんも同じだと思いますが、あえて日頃の想いを。また 、次回、楽しみにしています。今後も、よろしく。皆さん、ご自愛のほどを。

野澤 隆夫

特選句「ゆっくりと蚊に噛まれたる婦人かな」「夏の浜鼻に面影志度の女」それぞれの婦人、女が同じ女性のような感じがしまし た。夏目漱石『三四郎』の里見美禰子が思い浮かびます。

銀   次

今月の誤読(身の上相談篇)●「かたくなに青きままなり我がトマト」。そうですね、他の畑のトマトは赤々と実っているのに、 自分の畑のトマトは青いまま。悔しいですね、不公平を感じることでしょう。社会心理学ではこういう考え方を「となりの芝生は青い症 状」といいます。となりの芝生は青々としてるのに、なぜうちの芝生はこんな茶色なのだろう。そういうとき思うのはだれしも一緒です 。世界はわたしに味方していない。「青いトマト」さん、あなたもそう思ったのではないでしょうか。でもたぶん他の畑の人は「うちの はこんなにも早く熟れてしまったどうしよう」とうろたえているかもしれません。だれしもなんか不満があるのものです。あなたのトマ トが「かたくなに青きまま」なのは心理学的には「上位社会的比較妄想」なのです。自分より上位の現象に嫉妬したり、劣等感を持った りしていませんか。どうでもいいじゃありませんか。早い遅いはあってもあなたのトマトもいずれ熟れます。そして右隣のトマト畑のオ ンナは浮気しています。左隣の管理人は株で大損こいています。だったらあなたは勝ち組じゃありませんか。大丈夫大丈夫、あなたはい つでもあなたなんです。どうぞ自尊心を失わないでください。よりよき人生を祈っております。(なお。文中にある心理学用語はデタラ メです。身の上相談なんてのもいい加減です。世の中ウソばっか。ケッ)

桂  凛火

特選句「肉体はかくもけなげ市場に鮫(伊藤幸)」・・「肉体はかくもけなげ」のフレーズに心惹かれました。また「市場に」と 限定したところにリアリティがでてよかったと思います。鮫の質感がつたわるような気がしました。

小西 瞬夏

特選句「颱風の眼の中の蟇」何が起ころうともどっしりと構えている蟇の姿が浮かぶ。それはまさに鈍感力ともいえる能力。そし て颱風の目の中の一瞬の静けさをどのように感じているのだろうか。蟇は作者でもあるのだろう。

重松 敬子

特選句「ゆっくりと蚊に噛まれたる婦人かな」この婦人の,おっとりとして,おおような様が浮かびます。谷崎潤一郎の小説に出 てきそう。蚊をつかって、じょうずに仕上げていると思います。

加藤 知子

今回は、入選句の中で気になった句(どなたかにご教示願いたい句)についてコメントです。「みどり児の大あくび山も滴りて( 古澤真翠)」。我が家にも初孫が誕生し、その仕草にとろけそうになるからよくわかる句。我がまなじりも滴らん。とはいえ、「も」と 「て」がこれでいいのか気になる。「野面積くつくつ笑ふ梅雨茸(亀山祐美子)」。まず「くつくつ笑ふ」が面白いと思って頂いた。そ して、梅雨茸という季語について初見だったので検索してみたら「野面積みかくれ墓には梅雨茸(品川鈴子)」があった。野面積みの石 垣には梅雨茸がよく生えているのだろうことは察しがついた。自分のことを棚上げにしていえば、上5は推敲の余地があるのでは?「梅 雨茸や勤辞めては妻子飢ゆ(安住敦)」を見つけた!問題句:「肉体はかくもけなげ市場に鮫」。拙句「いづれさざんか人体はかくもけ なげ」があるので、敢えて問題句に。市場の鮫を見たことがないので正直な処何とも言えないが、句意がわからない。市場にいる鮫の肉 体がけなげだといっているのかどうか?

三好つや子

特選句「八月の風にんげんに大楠に(月野ぽぽな)」集団的自衛権が可決され、日本は右に傾きかけているような気がします。こ の句の「にんげんに」という表現に、戦争反対の強いメッセージを感じました。特選句「根っからの浄土真宗かき氷」門徒歴二十年、日 々さりげなく仏事を行っている私ですが、浄土真宗の魅力をうまく説明できません。しかし、浄土真宗ってこんな感じだ、と妙に納得し てしまうユニークな句です。「炎天の心臓として平和像」長崎の平和祈念像が鮮烈に目に浮かびました。八月の鎮魂句に共感。

若森 京子

特選句「オカリナ老人五月葉裏の会釈かな(野田信章)」オカリナ、五月葉裏、会釈、一行は散漫な様だが、どの言葉をとっても 明るい陽(よう)の言葉、老人の生きざまは是々、清非々廉潔白の道を歩んで来たのだろう。一句から一人の人格がすっくと立っている。 特選句「陽炎の小さな式を挙げました」小さな幸せな式を挙げたのであろう、これからの不安も窺える。しかし人生を一歩づつ進む気追 も堅実さの中に秘んでいる。最短詩型から限りなき未来が見える様だ。

郡 さと

特選句「エロ本の裸体黴ゆく雨しとど(銀次)」エロ本に黴か自分に黴か、面白い。「巻貝の豊かにねぢれ風薫る(小西瞬夏)」 コクトーの〈わたしの耳は貝の殻〉を思いだした。「稲田にて祈る媼や半夏生(漆原義典)」そんなお年寄りもいるだろう。又涼しくな れば、参加させて下さい。

漆原 義典

特選句「真っ赤なるプラス思考のかき氷」行動的な夏をプラス思考のかき氷とうまく表現しているなぁと、作者の感性に感動し、 特選とさせていただきました。大変うれしくなる句です。

寺町志津子

【入会ご挨拶】海程誌掲載の、感性、個性豊かな香川句会の作品群に、温かく輝くような風を感じておりました。多作多捨を目標 にしつつ、寡作駄作の身にはいささか勇気がいりましたが、お仲間に入れて頂きたく何卒よろしくお願い申し上げます。特選句「姉とい う抗争風味花みょうが」私は「姉」という存在である。そうか妹(弟ではない)の立場からするとこういう存在であったのか。父母亡き あとの今は互いに無二の存在であるが、存命中のことに思い当ることはある。(抗争)風味花みょうがの味付けが心憎い。特選句「郭公 や陽気な村のオペレッタ」(一読、実に気持ちの良い句。緑なす一村全てがオペラの舞台。乳搾りの娘の、羊飼いの青年の、若々しい愛 の歌も聞こえてくるようで楽しい。

古澤 真翠

特選句「溜息の底に海月のゆれてをり」清らかな折れやすい心を持ちながら、美しい海月へと昇華させてゆく作者の智恵に脱帽で す。「風の宮水の匂ひの茂りかな(亀山祐美子)」鬱蒼とした繁みの中に湧き水を発見した情景が浮かび、一陣の爽やかな風が 私のとこ ろにも吹いて来る錯覚に陥りました。私事で恐縮ですが、娘に二人目の孫が産まれて バタバタした毎日の中、皆様の爽やかな句に心洗わ れております。お目にかかることもなかなか叶いませんが、心より感謝申し上げております。

三枝みずほ

特選句「夏至の星手話の円卓華やいで」夏至の日の出来頃を延々とおしゃべりする。星が夜空に輝いていると同時に、手話の円卓 もだんだん華やいでいく。爽やかで未来が明るい印象を受けました。

稲葉 千尋

特選句「太古より子を産む力 百日紅」女性しか子供は産めないが、この力強さは女性のもの、そして百日紅の季語の良さ、見事 である。特選句「沢(おも)潟(だか)やちちは坐禅が癖だった」季語と中七以下の散合せの良さ。今回は、選句に迷いました。私の能力の なさか、良くわからない句が多かったように思います。時節柄ご自愛ご健吟をお祈りします。

中西 裕子

特選句「姉という抗争風味花みょうが」姉との抗争というのが、家庭的で、私には姉はいませんが、まわりを見ているとその微妙 な感じがわかります。みょうがでちょっと薬味の効いている感じが好きでした。「頭(ず)は一荷ときどき横臥して一夏(若森京子)」頭 は一荷というのも、暑い夏ときどき横臥して乗り切らなくてはならない、頭は重いしという意味なんでしょうか。暑さに負けそうな今、 共感を覚えます。「ひまわりは地球の出べそ青い空(増田天志)」たしかにそう言われてみればでべそかな、青い空が明るいです。今年 の夏は、千客万来のようですでに息が上がっています。皆様もお体大切に。

小山やす子

特選句「少年Aの静かすぎる殺意蓮閉じて」ABCのAと据えたことで誰にでも起こりうる少年の犯罪を暗示しているように感じ ました。又蓮閉じて・・・のフレーズが妙に安心感を抱かせてくれました。「頭は一荷ときどき横臥して一夏」は主人公のひょうひょう とした生きざまを感じました。「親鸞やナチュラルに生きなめくじり」の句は親鸞と蛞蝓の取り合わせを気に入りましたが、ナチュラル が一寸気に掛かりました。

野田 信章

選句の対象とした中で、勝手に助詞を加減して味読しているのに次の二句があります。如何でしょうか。「ファウルラインの向こ うは夏の祭りかな(竹本仰)」「みどり児の大あくび山滴りて」→原句は「ファウルライン向こうは夏の祭りかな(竹本仰)」「みどり 児の大あくび山も滴りて」ですね。「ファウルライン」の作品は、「の」を入れることで、映像が立ち上がってくるようです。「みどり 児の大あくび山も滴りて」は、ちょうど、先の加藤知子さんのご質問にありましたね。「も」を取ることで、リズムが整い、漲る力を感 じます。 ご指摘、感謝です。(野﨑憲子記)

柴田 清子

特選句「八月や息をするとは祈ること」オーバーな言い方かも知れないが、この句に出逢ふために、俳句を続けていたのかと思っ てしまった。72年息をしている私をゆさぶった特選句です。生まれて来る時も、死んでゆく時も祈。私達の原始は祈り(・・)なんだ。 祈りを忘れた時は、もう人間でなくなる。八月の一句として、私の体の一部分に、納めて置きたい句であった。

伊藤 幸

特選句「ともすれば鎖国のような赤いバラ」余りにも美しい真紅のバラ、"Dont touch me!” とでも言っている かのようである。史実の鎖国という単語が新鮮に思えるから不思議。「姉という抗争風味花みょうが」姉妹は生涯のライバル、しかし大 事あらば結束も固い。風味であるからして抗争とは言ってもそこは血の繋がり、すぐに修復できる。スックと育った花みょうがが効いて いる。「炎天の心臓として平和像」集団的自衛権とは何ぞや?戦争反対!と大きく叫ばれている今日、私達は平和の像をしっかと心にと どめ、敗戦忌を前にして戦争を知らない世代でも出来る事は何か、考えねばならない時が来ていると思う。

田村 杏美

特選句「重心を海に移して夕焼ける」海に引っ張られるように、夕焼けがどんどん沈んでいく様子が目にうかびました。夕日が海 と空とのあいだでバランスを取りながら存在しているというのが、人間関係とも似ているようでおもしろかったです。

谷 孝江

特選句「夕焼けてゆく未完成な背中(三枝みずほ)」決して未完成なままでなく、何かに立ち向かってゆく逞しさを感じます。子 供でもない、大人でもない未来がいっぱいの青年の姿があります。

亀山祐美子

特選句はありません。早くも夏バテです。しゃきっとすきっとはつらつな夏の句。あるいはおどろおどろしいほど身もだえるよう な句が次回までにものにできるよう、アンテナを高くしたいと思っております。一週間前蜂に刺されました。アンテナが倒れました。立 て直し中です。痛いし痒いし参りました。皆様もお気をつけ下さいませ。

藤田 乙女

特選句「ケチャップの染みにあたふた終戦日」70年前の終戦の日を思いました。〝ケチャップの染み〟と〝終戦日〟と言う、日 常と非日常の対比が見事です。

田中 怜子

特選句「てのひらの一椀の海すまし汁」黒塗りの椀に白濁している美味しい汁、湯気が見えます。「かたくなに青きままなり我が トマト」家庭菜園で目が行き届きすぎる主の眼差しを感じます 問題句「風評のたまごの孵る蛭蓆」意味がわからない。→風評被害のある 水辺の風景でしょうか?

野﨑 憲子

特選句「炎天の心臓として平和像」長崎の被爆マリア像を思いました。焼け爛れたマリア像を〝炎天の心臓〟と捉えた作者の発見 に惜しみない拍手を送ります。問題句「国会へ乱入アヒル手花火弾」風刺の見事さに脱帽です。ただ、〝アヒルの手花火弾〟の方が良か ったのでは?今回も、頂戴したい作品が沢山あり、選句にとても迷いました。本句取りの作品も挨拶句として、失敗を恐れず、色んな冒 険句に挑戦して行きたいです。今後とも、よろしくお願い申し上げます。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

サングラス
霊園は華やぐところサングラス
小山やす子
サングラス知らなくていいことが多多
柴田 清子
球・珠・玉
水玉の紺が弾けて盛夏なる
柴田 清子
岩に散る球球土用波
尾崎 憲正
すず珠の転がる果ての地平線
銀  次
ケーキ
ブランデーケーキの中に虹立ちぬ
野﨑 憲子
ブランデー入りのケーキや夜の秋
景山 典子
はだしになってケーキ盗みに行こうか
柴田 清子
水ようかん
風流の風が流れて水ようかん
銀  次
持つことは待つことに似て水ようかん
小山やす子
屋根
板屋根に隙間がありて大銀河
尾崎 憲正
黒南風や踏ん張ってゐる屋根の獅子
景山 典子
かたつむり
かたつむり遠出といふも庭の内
景山 典子
蝸牛背負いし家や父の顔
漆原 義典
風に揺れ光にゆれて蝸牛
野﨑 憲子
台風
口実は台風でゆけ支払日
尾崎 憲正
孫が言う台風くんは帰ったの
漆原 義典
木や草の宴会盛る台風禍
中野 佑海
台風一過どんより池にドラム缶
小山やす子
鬼面の鼻の穴から颱風来
野﨑 憲子

句会メモ

事前投句には、先月の上原祥子さんに続いて今月も寺町志津子さんが新たに参加され、ますます多様性を秘めた句会になってまいりま した。お二人とも海程同人です。これからの句会がますます楽しくなってまいりました。

サンポートホール高松での句会は、心配していた台風11号も去り、徳島から久々に小山やす子さんも参加され、なごやかな句会とな りました。「袋回し句会」のお題<ケーキ>は、先月の吟行合宿に参加された田中怜子さんからのフルーツケーキの差し入れがあり、そ のケーキへの挨拶を籠めています。

新たに、本句会のブログを開設いたしました。今後の、句会報抄の更新はブログで行います。<リンク>から接続しています。HPに、感謝です 尚、掲示板は、これまで通りHPをご活用ください。ブログからも、<リンク>いたしております。ご投稿、楽しみにいたしております。野﨑憲子記

2015年8月1日 (土)

香川句会報 第51回(2015.06.22)

事前投句参加者の一句

パンドラの箱は仄かにほうたる掬う 大西政司
焼茄子に生姜醤油六十路かな 稲葉 千尋
パリー祭釦のようなラクダの眼 久保 智恵
海知らぬ蚊よひとりねの吾を刺す 小西瞬夏
砂漠の砂漠のさあばくや夏欅 KIYOAKI FILM
水ぬるむ死は真顔という能面 加藤 知子
長梅雨や楕円となってゆく心 三枝みずほ
ドクターの胃がんですネと聖五月 野澤 隆夫
乳飲子の早や舌打ちや夏木立 竹本 仰
ほーと口開く埴輪の里の蛍かな 野田 信章
縄文の丸き頭蓋や栗の花 重松 敬子
花石榴母は言葉を石にして 古澤 真翠
竹青し悪たれ口を思いっきり 矢野千代子
働く顔いま囀りとすれ違う 河野 志保
夏日負う作業場囲む野面積み<イサムノグチの作業場にて>  田中 怜子
ももすももクレヨンの声灯る家 三好つや子
きつとねと指切つた日の海酸漿 郡 さと
幸せを束ほどあげる額紫陽花 中野 佑海
夏椿空から誰かみているよ 髙木 繁子
行く時も去ぬ時も月見草の道 柴田 清子
白詰草縄文の風胸を打つ 高橋 晴子
さすらいのほたるなるらん買いましょう 武田 伸一
蛍火の太初の青さ生命線 若森 京子
芥とは初蜩の屍である 矛盾だ 上原 祥子
梅を干す百年そこに居るように 小山やす子
柏手を打つ万緑が立ち上がる 月野ぽぽな
弟よ右手(めて)にバリカン左手(ゆんで)に夏 伊藤 幸
土砂降りにひるみもせずに夏燕 景山 典子
濃紫陽花未完の石の熱あをし 亀山祐美子
石のこゑ木の聲たんと螢狩り 久保カズ子
旗立てて樹海へ伸びる蟻の列 増田 天志
向日葵や王者の如く風を聴く 藤田 乙女
天狼のうなじは白し蛍の灯 尾崎 憲正
ほの暗くどこか秘密の夏座敷 漆原 義典
万緑や石持つ胸にも青き日よ 中西 裕子
底抜けの笑顔やお仕舞のほうたる 野﨑 憲子

句会の窓

月野ぽぽな

特選句「底抜けの笑顔やお仕舞のほうたる」言葉に言い尽くせないほど豊かで刺激的な香川吟行句会。参加させていただけて大感激です。この句は、ぽぽなの関西合同句会での句中の「おしまいの蛍」を通奏低音にしてくださった挨拶句と勝手に解釈し、うれしくいただきました。香川句会の一員でいられて光栄です。皆様これからもどうぞよろしくお願いいたします。

中野 佑海

特選句「パンドラの箱は仄かにほうたる掬う」。希望の光が如何に微かなものだったとしても、常に自分で灯していたいと思います。句の流れで上手く蛍を捕まえたと思います。特選句「底抜けの笑顔やお仕舞のほうたる」この度の五周年の記念塩江吟行の様子を一句で上手く表していると思います。本当に楽しんで笑って食べて学んで大満喫致しました。これも、武田編集長と野崎さんのお人柄の為された業と心より感謝致しております。どうも有難うございました。これからも次の五年を端っこからでも一緒に歩んで行けたら嬉しいです。

KIYOAKI FILM

特選句「蛍火の太初の青さ生命線」面白いなあ。一杯入っていて面白い。「生命線」は旨いと思う。「蛍火」を見たい。俳味というものを感じました。「生命線」が物語るのは、「青さ」ではなく、「太初」と感ずる。問題句「夏雲やパスタ一束湯に投ず」(重松敬子)・・「プレバト」なる人気テレビ番組。辛口講師・夏井いつき氏は興味深い人物だ。と、言うが、実はもう十年位前から「いつき組」に投稿している。誌名が「100年俳句計画」に変ってからは、けったいな句ばかり、送っているので、お馴染みである。いつき氏のテレビでの評を此の一句について、ふと思い出した。しかし、これは好いと言うのか、直せば文句なしというのではないか?と思う。その一方で、問題句かな?とも思いました。俳句を知らない為、あれやこれや言えない、出来の悪い俳暦二十年越すのに、僕はヘタウマ俳句どまり。自分が問題句である

竹本 仰

特選句「さすらいのほたるなるらん買いましょう」なかなか粋な句ですね。ここで買おうとしているのは、さすらいという匂いなのです。このへん、うまく消費の心理を詠んでいると思いました。それに、さすらい、なるらん、買いましょう、と、古語、現代語のつながりが生き生きとしたリズム感ある良い味を出しています。最近、小生、1964年初版のある高価な詩集を買う決意をいたしました、限定二百部というところに惹かれたのですが、もう二度と巡り合うことが無いかも知れないという味が着いていて、そうなんです、この句も、このもう会えないかもしれない感、非常に濃く覚え、その空腹感を思い出しました。特選句「旗立てて樹海へ伸びる蟻の列」時事詠かと思います。甘味料ふんだんに匂わせた安全という名の危険物、自家薬籠中のものであるかのように取り扱っておられるお歴々は、まるで和気あいあいとしていて、お手柄の一つでも立てたいような熱い気配がむんとしていますが。われわれは、樹海へ行くのでしょうか?行くのでしょうね。カフカだったか、善人には悪人が見えにくいが、悪人には善人がまる見えで、だから手もなくだませるものなのだ、みたいなこと言ってたのを思い出します。それにしても、この「旗立てて」というところには、かつて張り切っていた人の好い小学校教師の面影が浮かんできます、なぜか。

景山 典子

特選句「ひからかさそれでもついてゆくことに(柴田清子)」・・「それでも」のことばに込められた作者の深い思いを感じます。「長く困難な、そして暑い道のりになるかも知れないが、それでもやはりついて行こうと決めた。」すべて平仮名であるところに女性らしいやわらかさも感じます。特選句「柏手を打つ万緑が立ち上がる」・・作者の強い祈りの気持ちに呼応して万緑が動いた、なかなか迫力のある句だと思いました。二つの文を用いた構成も面白いと思います。

尾崎 憲正

特選句「髪梳くや夏の渚にたれもこぬ」(小西瞬夏)ゆったりとした時間の流れを味わうことができます。温かみのある少し湿った潮風が心地よく感じました。 「夏の渚」と“な”が繰り返されるリズムがいいですね。下五のひらがな表現が、これまた絶妙です。問題句「白詰草縄文の風胸を打つ」白詰草と縄文の風の関係をイメージできませんでした。シロツメクサが伝来したのは近世以降ですし、よく判りませんでした。

小西 瞬夏

特選句「耳朶がみんな似ていて冷や奴」(小山やす子)・・「冷や奴」の(や)はいらないのでは・・・「耳朶」と「冷奴」の取り合わせ、また「みんな似ていて」という発見。日常の何気ない景の切り取りと取り合わせであるが、その響きあいのなかで、人間としての普遍性と、それと裏表でもある一人ひとりの違い、というようなものが連想される。

増田 天志

特選句「パリー祭釦のようなラクダの眼」祝砲を撃て砂紋果てるまで。

銀   次

今月の誤読●「さすらいのほたるなるらん買いましょう」。オトコだったらだれしも経験があるだろうが、ネオン街を行くとかならず「シャチョー、いいコいますよ。寄ってってよ」と声をかけてくるやからがいる。わたしもその道では豪の者である。「いねえよ」と無視して通り過ぎるのだが、これが「いい蛍ありますよ」と言われたらどうだろう。ヒョッとしたらついて行くかもしれない。んで、ほう、いい「ほたるなるらん」となったら「買いましょう」とならんとも限らない。だがどうも後ろ暗い気もしないでもない。まさかワシントン条約には引っかかるまいとは思うものの、稀少昆虫であることは確かだ。買っちゃっていいのだろうか。だが風流でもある。行きつけのバーに持っていくと、ママさんが「ねえ電気消しましょうよ」なんちていい雰囲気になるやもしれん。んー、やっぱり買っちゃおっかな。ただし昼間はよしたほうがいい。夜になって「あれ、光んねえじゃん」となってよくよく見ればマメハンミョウだったなんてこともよくある話だ。文句言ってやろうと思ってももはや遅い。なにしろやつは「さすらいの」蛍売りだからだ。

加藤 知子

特選句「 働く顔いま囀りとすれ違う」・・「囀り」というの季語の斡旋が、予定調和でもなく離れすぎでもなく、また重くもなく 軽すぎでもなく、新鮮でした。特選句「乳飲み子の早や舌打ちや夏木立」・・乳飲み子のその「舌打ち」が気になって気になって・・・・。「早や」と言って、やはり人間の子だわというか、自分の孫じゃわいとほくそ笑み、爽やかに楽しんでいる作者。問題句「己の面ムンクの叫びバナナ剥く」上5「己の面」は、わざわざ言わなくても。表現を変えるか別の言葉を持ってきてほしいと思いましたが、バナナとの取り合わせは楽しめました。

三好つや子

特選句「石のこゑ木の聲たんと蛍狩り」蛍の飛びかう神秘的でピュアな世界が、石のこゑ木の聲という表現により、強く伝わってきます。とても感動しました。特選句「縄文の丸き頭蓋や栗の花」丸き頭蓋・・・たぶん子どもの頭蓋骨なのでしょう。太古の野山を駆けまわる子のいきいきした姿と、その子を弔う若い父母の姿も目に浮かびました。栗の花が効いていると思います。「弟よ右手にバリカン左手に夏」夏に向けて弟の髪を刈っているしっかり者の姉を 想像。白南風を感じる魅力的な句です。

古澤 真翠

特選句「早苗田や銀河に浮かぶ水の星」(尾崎憲正)・・青々とした早苗田の美しい様子から とてつもなくスケールの大きなロマンへと誘われるような句だと思います。爽やかで雄大な世界に引き込まれました。

漆原 義典

特選句「蛍火の太初の青さ生命線」蛍火の青さを生命線と表現したことに、感性の素晴らしさを感じました。

大西 政司

特選句「縄文の丸き頭蓋や栗の花」縄文人の頭蓋が実際は丸いかどうかはどうでもよい。言い切ることで納得させる感覚が良い。栗の花もよく効いている。特選句「夏帽子孫の語りは実直なり<平賀源内邸にて>」(田中怜子)吟行の実景。実感が良く描けた。ただ、夏帽子-孫なのか、夏帽-子孫なのか判然としない。源内の孫では実体にあわない(たしか7代目?)が、句としては孫のほうがしっくりくる。書き方に注意してほしい。曖昧が良い範囲ではない。問題句「弟よ右手(めて)にバリカン左手(ゆんで)に夏」右手に血刀左手にたずなおよばない、バリカンに夏では、弟の坊主頭で安易。季語を「夏」以外で再考してほしい。

郡 さと

失礼は重々承知のうえで・・ご本人がレトリック満載で自分の言葉に酔っているのは?。ご本人の説明がないと読みてに伝わらないのも?。詩 じゃない 俳句 (5、7、5)を忘れているのも?。多いような気がします。「母直伝の独りあやとり梅雨の宿」の (母直伝の)五文字にまとめるのを 怠っていませんか?。「海女の墓に誰が手向けしか百合白し」・・ (海女の墓に)の「 に 」を省略しても十分通じると思います。良い句だけど理屈っぽいのはいただけませんでした。悪しからず。→辛口のコメントを有難いです。定型を守ることの大切さはよく分ります。只、「母直伝の」は、七音ですが、ドラマが見えて来るようで、必要なフレーズだと、私は思います。

亀山祐美子

特選句「梅を干す百年そこに居るように」日常の豊かさ、平和の実感が伝わってきます。佳句。しかし、余りに散文的。「梅干すや」と詠嘆した方が余韻が生まれる気がします。特選句「柏手を打つ万緑が立ち上がる」明るい青空が見えてきます。気持ちのいい句です。問題点は「柏手を打つ」の‘を’が必要か否か。「万緑が」の‘が’が調べとしてはベストなの否か。好みの問題なのですが…。個性を際立たせるための俳句と散文の攻めぎあいが難しいところです。半年ぶりに海程香川に参加でき、皆様とお目にかかれて幸せな一泊二日でした。ありがとうございました。本当にお世話になりました。

野澤 隆夫

特選句「 白詰草縄文の風胸を打つ」→広大なクロバー咲く大地に太古の縄文の風が吹き渡る光景。スケールが大きいです。特選句「 ソーダー水猫おそるおそるにじり寄るり」→漱石の『吾輩は猫である』 がすぐうかびました。かの吾輩は「景気を付けてやろう」と飲んだビールで大往生。ソーダー水 だと大丈夫でしょうが…。

河野 志保

特選句「ほーと口開く埴輪の里の蛍かな」縄文の風景のような、大らかな雰囲気にひかれた。蛍に出会うとき、人も口を開けていそう。温かでちょっと可笑しい人間描写だと思う。

若森 京子

特選句「海知らぬ蚊よひとりねの吾を刺す」小さな命と対峙している面白さ。孤独ゆえに相手に対する愛情があふれている。「夏蝶やつっかけのまま居なくなる」(三好つや子)現代の社会現象を〝夏蝶や〟と軽く書いている。余計に深刻さが伝わってくる。

稲葉 千尋

特選句「柏手を打つ万緑が立ち上がる」金子先生の句碑除幕式のときの神主の柏手が真に「万緑が立ち上がる」でした。私には実感、実景である。「長梅雨や楕円となってゆく心」楕円でいただき「まなかいに鼬が走る鑑真忌」(三好つや子)鑑真忌がよき。「花石榴母は言葉を石にして」石にしてが少し弱い。「蛍舞うカーブシンカー宇宙旅」(漆原義典)カーブシンカーの発見。「暗緑や奥へ奥へと辞書点す」(若森京子)辞書点すが良い。「早苗田や銀河に浮かぶ水の星」水の星が良い。「夏蝶やつっかけのまま居なくなる」つっかけのままの日常性が良い。「弟よ右手(めて)にバリカン左手(ゆんで)に夏」リズムの良さ表記の良さ。「梧桐や昨日も今日も明日に替え」(古澤真翠)中七以下と梧桐のつくようでつかぬような良さ。「新緑へ後ろで扉の閉まる音」(河野志保)・・「新緑や」の方が良いように思います。→私は「新緑へ」で、外へ向かう圧倒的な力を感じます。このままが良いと思います。(野崎)

伊藤 幸

特選句「底抜けの笑顔やお仕舞のほうたる」死ぬ時にする身の自慢。最期に泣くか笑うか、私は思いっきり笑って死にたい。身内にも身近な人にもそうであって欲しいと願う。感銘を受けた句である。「焼茄子に生姜醤油六十路かな」焼茄子に生姜醤油は定番と思っていたが、数年前からマヨネーズでも戴いている。とろりチーズもOK。結構いける味である。既成概念打破!六十路よ未だ遅くない。「海知らぬ蚊よひとりねの吾を刺す」なにも独り者の血を吸わずとも若者が溢れているではないか。知らぬとはいえ何と哀れな…吾を刺す蚊にさえ愛着を覚える。作者の優しさに一票。「水ぬるむ死は真顔という能面」死に顔を客観的に能面として見る事ができる作者のクールともいえるその視点、共感は出来ないが 水ぬるむでほっと救われた。「風に素足はなてば内海は翼」(月野ぽぽな)何と爽やかな。目の前に景が見えて自分もやってみたくなった。内海でなくとも太平洋を翼にしてみてはいかが?「仏法僧ゆさゆさガーゼのような自負」(久保智恵)自負とは誇り、だが不確かな部分もある故ガーゼと称したのであろう。作者独特の表現の豊かさ、脱帽である。上手い!「芥とは初鯛の屍である 矛盾だ」初蜩のかすかな喘ぎにも似たような鳴き声。作者の前で誰かがその屍を塵として処分しているのだろうか?感性の鋭さと新しい表現に惹かれる。「風青し記憶の底にある殺意」(柴田清子)誰もが一度は持った事のある殺意。そうでなくとも死んでくれたらと願う事も殺意といえるのでは?ましてや若い頃は尚更…。その頃の自分を振り返ってみたりする。

小山やす子

特選句「旗立てて樹海へ伸びる蟻の列」この句の面白さは何とも言えません。「ビルの青蔦流れに乗れぬ者もいて」(三枝みずほ)は現代の社会を象徴しているようで哀しくなります。「縄文の丸き頭蓋や栗の花」この句は、栗の花が良く効いています。

武田 伸一

特選句「梅を干す百年そこに居るように」嫁いできて二十年くらいの中年の女性であろう。しかし、土地に、婚家にどっしりと根を下ろし、百年もそこに生きているように見えるのだ。「梅を干す」との具体にて女性の生きざま、たくましさを見事に活写している。以下、入選句。「乳飲子の早や舌打ちや夏木立」・・「舌打ち」の発見と諧謔。「まなかいに鼬が走る鑑真忌」・・「鼬」と「鑑真忌」の取り合わせの妙。「花石榴母は言葉を石にして」・・「言葉を石にして」の感受。「耳朶がみんな似ていて冷や奴」温かな家庭の切り取り。「夏雲やパスタ一束湯に投ず」生活実感の鮮やかさ。「蛍火の太初の青さ生命線」体感的アニミズム。「夏蝶やつっかけのまま居なくなる」現代の世相の一端、怖い。「向日葵や王者の如く風を聴く」独自の写実。「ほの暗くどこか秘密の夏座敷」どの家にも潜む暗部。「問題句」・・伝達性を無視した言葉の羅列、発想段階の独りよがりの句など、少なくなかったように思う。 「砂漠の砂漠のさあばくや夏欅」・・「砂漠」を重ねる意図不明、加えて「夏欅」はどこに?問題句「頭文字Mの大罪ところてん」(増田天志)・・「頭文字M」の人は世にゴマンといるが、その全員がどんな大罪を犯したのか?問題句「我が指紋は蛇に憑く文字街糞」(KIYOAKI FILM)・・「蛇に憑く文字・街糞・・共に疑問。意欲の空転、残念至極。「テレビの箱に衣はあるかと叫ぶぅ燕」(KIYOAKI FILM)意味は分かるが、詩的リアリティが欠如。

重松 敬子

特選句「ももすももクレヨンの声灯る家」子供たちが幼かった頃の、今とはちがった幸せを思い出しました。愛情を十分に伝えることが出来たかなあと、反省もこめて・・・・・・。問題句「水ぬるむ死は真顔という能面」この、水ぬるむが残念。良い句だと思います。

中西 裕子

特選句「パンドラの箱は仄かにほうたる掬う」パンドラの箱の意味はあまり知りませんが、希望の箱なんでしょうか。ほうたるのひらがなとカタカナの対比が面白いと思いました。仄かにという控えめな感じも素敵です。「父よあれは海水浴より消えたタオル」(竹本 仰)は、なにかドラマチックで以前「母さん僕の麦わら帽子はどこに行ったんでしょうか」みたいなセリフがありましたが、ふと思い出しました。「てきぱきと会話は進む扇風機」(河野志保)忙しく回っている扇風機とてきぱき、が合っていると思いました。6月の初吟行、とても楽しかったです。遠くからも来てくださってありがとうございます。野崎様お世話になりました。素敵な時間をいただきお礼申し上げます。

柴田 清子

特選句「働く顔いま囀りとすれ違う」この世に生を受けた、私達が『働く顔』に裏打ちされているのです。人は命ある限り何らかの働きに携っている。会社勤めと言う働き、専業主婦と言う働き、学校へ行く事も、病人になる事も、年をとる事も、全ては、その人に与えられた仕事なんです。自然のうつろい(囀り)は気付く気付かないは別に私達の前を通りすぎているのです。自然との関りの大事な部分を十七文字に納めていて気分がとってもいい句で特選にしました。

高橋 晴子

特選句「柏手を打つ万緑が立ち上がる」感覚的にとらえた心理を詠んだ句で共感。問題句「夏寒の会津人々に酒母生きて」(野田信章)・・〝人々に〟という言葉が入ったために単なる酒造りの酒母だけではない何か、例えば会津の伝統の教え、「ならぬことはならぬのです」のような、会津独特のものを酒母に託しているような気もするが、それだったら酒母でなくても、もっと生きる言葉があるように思う。酒造りの酒母が生きているのであれば人々にはいらない。いずれにしても面白い句になりそうな惜しい句である。海程の句の感覚的な捉え方は楽しくて参考になるが、逆に、もう少し言葉に敏感になって欲しい。無駄なリフレインや変な省略や全く響きあわない単なる季語のとりあわせ。俳句の韻律と季語の持つ奥深さを大事にしないと俳句としてのよさはなくなる。自分自身の俳句への姿勢を反省しながら特に今回そんな思いを強くしました。

上原 祥子

特選句「縄文の丸き頭蓋や栗の花」遺跡から出てきた縄文人の丸い頭蓋の側に栗の花が白い花を咲かせている。栗の花の強烈な匂いはプリミティブな縄文人の在りし日の姿を彷彿とさせる。視覚と嗅覚の両方に訴える秀句。特選句「天狼のうなじは白し蛍の灯」大犬座の主星シリウスの漢名である天狼ですが、大空に浮かぶそれのうなじは白く、地上ではそれに呼応して蛍の灯が蒼く灯っている。美しい、スケールの大きな、また繊細な句です。問題句「青魚のなみだ滴たるセミヌード」(加藤知子)・・「青魚のなみだ滴たる」までは良いです。でも、セミヌードと続くと苦しい。感覚的な問題なのでしょうが、なぜか油っぽい句になってしまっている気がします。 『初参加のコメント』初参加の海程の上原祥子です。 句会というものに年に一度しか参加しないという状態が十年ぐらい続いていました。この「海程」香川句会で、選句力、コメント力を磨きたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

久保カズ子

先日は大変お世話になり有難うございました。心よりお礼申し上げます。十句選上手に言えませんが宜しくお願い致します。「海女の墓に誰が手向けしか百合白し」(景山典子)海女の墓への供華。「百合白し」がよかった。特選句「夏日負う作業場囲む野面積み」作業場の夏に向かっての様子がよくでていると思います。「黒南風や浦には浦の玉言葉」(野﨑憲子)黒南風がよくきいています。特選句「黄金虫こんぴらさんの石の上」(月野ぽぽな)黄金虫とこんぴらさん・・いい句です。「荒々し風が好きなる夏蓬」(景山典子)夏蓬の様子がみえてきます。「きつとねと指切つた日の海酸漿」海酸漿・・なつかしく幼にかえった思いでいただきました。「弟よ右手(めて)にバリカン左手(ゆんで)に夏」坊主頭をバリカンでよくかってやりました。夏がいい。「土砂降りにひるみもせずに夏燕」力強い句です。「濃紫陽花未完の石の熱あをし」梅雨に咲く七変化とのとり合せがいい。特選句「泰山木座禅の後の眼力に」(高橋晴子)座禅の後の眼に泰山木の大きな向い花、すがすがしい句です。暑さに向かいます折、御身大切に。

三枝みずほ

特選句「ほの暗くどこか秘密の夏座敷」幼い時に訪れた祖母の夏座敷を思い出しました。夕方前の夏座敷、陽が少し落ちて、ひやっと涼しくて、静かで。この時間帯の夏座敷はどこか秘密めいた空間だったと共感しました。

田中 怜子

吟行合宿では、本当に皆さんに良くしていただきました。イサムノグチ、平賀源内、おもしろかった。夏の日を浴びたベージュ色の大地、いいですね。志度もゆっくり散歩したかったです。特選句「蓼科山いま雲を脱ぎほととぎす」(高橋晴子)地名もいいし、雲が切れて青空がでてくるような時間の流れを感じる。杉田久女の 「ほととぎすほしいまま」のように、ホトトギスの声が響き渡る清々しい感じがある。句を作った人の心境が反映しているのか「乳飲み子の早や舌打ちや夏木立」乳を与えている人と乳飲み子の密なる関係が浮かぶ。舌打ちをするのか・・・夏木立ちの風が流れてくるようだ。子の表情も目に浮かぶ。問題句「薔薇売りのまとわりつく手もしかして母」(久保智恵)薔薇売りのまとわりつく手というのが、意味がわからない。

藤田 乙女

42年前、鹿児島に小林秀雄氏の講演を聞きに行った時、知ることの大切さを実感しました。今、皆様の俳句を鑑賞させていただく機会を得て、自分の知識のなさを痛感し、たくさん学ばなければと思っています。これからも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

野田 信章

特選句「黒南風や浦には浦の玉言葉」の「玉言葉」とは特別な言葉を指すのでなく、黒南風の中の浦々の暮らしの中で日々生々と交わされる会話の中に宿るもの、この作者なりの言霊との出合いでありその把握であろう。盛んなる物質文明に対してのこれが文化だという批評精神の浦宇都あっての一句だとも読める。この度の讃岐旅吟とおもえる句々を拝読して現地を踏まえての体感に根ざした作句活動の大切さを再確認させられました。

野﨑 憲子

特選句「柏手を打つ万緑が立ち上がる」見事な句またがりの効果。作者と地霊との交感を感じます。余談ですが、今回の吟行合宿の一週間前に開かれた「海程」関西合同句会で、「水音が咲いてるおしまいの螢」という句に遭遇しました。その句に触発されて生まれたのが拙句「底抜けの笑顔やお仕舞のほうたる」でした。大阪で出会った「おしまいの螢」のようなインパクトを揚句に感じました。「さすらいのほたるなるらん買いましょう」この、文語と口語の混ざり合った作品に注目しました。上五中七で、漂泊の螢の映像が鮮やかに浮かんでまいります。それを「買いましょう」と現代の言葉でさらりと引き受ける作者の言葉の斡旋力にただただ敬服しました。こんな冒険句を私もいつか創れるようになりたいです。

(一部省略、原文通り)

「海程」香川句会発足五周年特別企画  塩江・玉浦吟行(6月20日~21日)

イサムノグチ.jpg
塩江吟行(20日)
気がせくも待てば海路のみなみかぜ 田中 孝
螢舞うカーブシンカー小宇宙 漆原 義典
山梔子やおんな住ひに猫多数 尾崎 憲正
扉の奥のとびら半開ほうたる 野﨑 憲子
麦秋の瀬戸内淡し一筆箋 大西 政司
単帯兜太の螢呼び込みぬ 亀山祐美子
鏡田や涼風紡ぐ天の窓 中野 佑海
夏鶯石彫る生活(たつき)継ぎにけり 武田 伸一
六月の石の命は濡れてゐる 柴田 清子
樟若葉イサムの孤独卵石 田中 怜子
紫陽花や天の筆なる印象派 銀   次
旅の前父のうどんにみょうが添え 中西 裕子
石を積むこと息をすること涼し 月野ぽぽな
リズムもて鑿音響く青屋島 高橋 晴子
長生きの杖は俳句か螢狩り 久保カズ子
玉浦吟行(21日)
紫陽花の芯のあたりはいつも雨 柴田 清子
かなしみ灯る山桃の種ほどの 月野ぽぽな
ひと声にどっと出掛けし蛍の夜 久保カズ子
老鶯や男少き石の村 武田 伸一
姥目樫海女の気祀る千余年 中野 佑海
秩父黒蟻源内像裸足 大西 政司
巡礼の女涼しく灯をともす 景山 典子
遠ざかる遍路の鈴や夏の草 田中 孝
吟行と遍路が参る札所かな 田中 怜子
ひとつ実にひとつ散りある花ざくろ 郡 さと
巡礼に木立の陰や慈悲ならむ 銀  次
メグスリノキや炎天の暗くなる 高橋 晴子
源内へカッコウ大楠へカッコウ 野﨑 憲子
あをになる一歩白シャツ風を生む 亀山祐美子
湯上りや世界の夏の先走り 李  山(平賀源内)

句会メモ

今回は、本句会発足五周年の特別企画で、いつものサンポートホール高松の句会場を飛び出して、塩江・志度の地で句会を開催いたしました。通信句会も事後投句とし、吟行後の作品も投句していただきましたので、いつもとは違った色彩があるように感じます。塩江の魚虎旅館では、今年もたいへんお世話になりました。金子先生の大書「讃岐塩江昼の螢をいただきぬ」を飾った大広間での句会でした。螢の飛び交う姿が美しかったです。平賀源内記念館では、館長の砂山長三郎さん、源内の生家では、平賀さんに、ご案内をいただきました。有難うございました。源内が、秩父や秋田と地縁が深かったことも知りました。

月野ぽぽなさん(ニューヨーク)、武田伸一編集長(千葉)、田中怜子(東京)さん、田中孝(兵庫)さん、大西政司(愛媛)さん、遠方からおいでくださり有難うございました。

今回の吟行合宿でも、ご参加の方々が、積極的に句会進行にご協力くださり、始終、笑顔笑顔の、熱い句会になりました。ほんとうに有難うございました。お忙しい中ご参加くださった編集長の講評、とても勉強になりました。また是非お願いできれば幸いです。眼を閉じれば、写真を撮ってくださった尾崎さんや、コピー機の不調に、電話機から一枚一枚コピーをしてくださった銀次さん、螢の宿での艶やかな佑海さんの舞姿が浮かんで参ります。珠玉の時間を、感謝です! 野﨑憲子記

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