2022年4月4日 (月)

第126回「海程香川」句会(2022.03.19)

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事前投句参加者の一句

師は鳥雲に入りて「墨華」の筆洗う 漆原 義典
囀りの影さえ見えぬウクライナ 菅原香代子
嬰あやすシェルターにチューリップの球根 榎本 祐子
白梅や祈るしかないバカやろう 稲葉 千尋
白きもの集めて春の供物かな 桂  凜火
霾曇り戦火の匂い届きおり 重松 敬子
遠回りした分春を深めけり 柴田 清子
啓蟄の握りしめたる好奇心 大浦ともこ
犬小屋にあるじ眠れる余寒かな 稲   暁
白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと 夏谷 胡桃
火のやうなカレーを食す二月尽 亀山祐美子
サインペンで書く診察日三月来 高橋 晴子
わたくしの水傾ける春の坂 佐孝 石画
デコトラに子らの似顔絵震災忌  樽谷 宗寛
強がりを荷物に詰めて余寒かな 高木 水志
理不尽の遠い春野に手を合わす 松本 勇二
反戦の根付くスミレの踏まれても 中野 佑海
春分やメジャー伸ばして測る空 松岡 早苗
火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥 塩野 正春
電柱は護衛の如く壺すみれ 山本 弥生
大仏のこめかみ春のいくさかな 荒井まり子
東北や水の呪縛の春三月 豊原 清明
陽炎や真魚知る木霊存ふる 風   子
梅東風よここはマスクのいらぬ駅 菅原 春み
葦芽のいきいき光まみれかな 河田 清峰
尖って生き丸くなって逝く朧月 滝澤 泰斗
春の雪生を極めし言葉かな 小山やす子
春遅々とゲルニカまたも繰り返す 増田 暁子
こんまい春受話器の角に腰おろす 伊藤  幸
たましいもゆったりもったり春の闇 十河 宣洋
さえずりや命はだれのものでもなく 竹本  仰
裸木や藤城清治(せいじ)の小人と目があった 田中 怜子
Tシャツが白くて空がやはらかい 小西 瞬夏
啓蟄や耳かき一本の愉悦 川崎千鶴子
唇辺に久しく陽差しを雛あられ 若森 京子
タンポポを手に持つ少女、あ、飛んだ 銀   次
ひゅんと咲く棚の隅なり糸桜 佐藤 仁美
帰れない町の心音さくら満つ 三枝みずほ
過去覗く雛人形の裏の顔 藤田 乙女
沈丁や同じ場所から夜が来る 河野 志保
「必ず帰る」少女の瞳に猫柳 新野 祐子
地雷原見渡しながら鳥雲に 山下 一夫
冬ざれのキエフを想い絵の具とく 田中アパート
梟になる幇間の帰り道 飯土井志乃
透明になりゆく指を洗ひをり 兵頭 薔薇
言祝ぎのひかりの束へ卒業す 松本美智子
ダダダダダタタタたたかいしゃぼん玉 藤川 宏樹
花の雨むかし少尉の父の靴 津田 将也
梅の花新婚さんと行き合わす 吉田亜紀子
雪降るやウクライナより嫁ぎし娘 島田 章平
風車よく回り文庫本下巻 谷  孝江
春の池紺碧の旗押し寄せて 中村 セミ
けものの舌ののけぞる赤や三月来 大西 健司
ひりひりと桜東風群衆は君は私は すずき穂波
友だちは犬ばかりなのスキップす 鈴木 幸江
カンパチぞ喰べてみさいや桃の日に 野澤 隆夫
黙(もだ)という貴方のこころ冬菫 久保 智恵
人が一人止められず酷寒ウクライナ 野口思づゑ
春の湖椅子一つあり一つでよい 淡路 放生
黒焦げの向日葵も立てよ戦車くる 植松 まめ
春の雲めがねはずして空を嗅ぐ 福井 明子
ふきのとう地球の出べそ揺るがない 増田 天志
白梅のひとひらふたひら母の鼓膜 月野ぽぽな
青と黄のフラッグ振りて春よ来い 三好三香穂
黄水仙くさむらに揺れ軋みおり 佐藤 稚鬼
清純を一滴うすめ桜餅 伏   兎
春愁やインデックスなき備忘録 寺町志津子
戦争始まっています草青む 男波 弘志
日の笹子師の呟きに似てぬくし 野田 信章
キエフ春泥おかあさんこわいです 野﨑 憲子

句会の窓

松本 勇二

特選句「梟になる幇間の帰り道」。一人になった帰り道、すうっと梟に変身する幇間が一抹のさみしさをともなって見えてくる。すばらしい虚構。

小西 瞬夏

特選句「白きもの集めて春の供物かな」。「白きもの」がさまざまな具象を呼びます。白い布、着物、米、雪、花、光…神聖なものをイメージさせられ、祈りの気持ちが表現されていると思います。

増田 天志

特選句「啓蟄や耳かき一本の愉悦」。べた付きの快感。啓蟄は、愉悦なのか。俳諧味あふれる作品。

樽谷 宗寛

特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。擬人化でしょうか?二物衝撃。ウクライナの現状をしっかりと掴めました。戰さあるなです。特選句「絶景かな麦踏みの人頬被り(稲葉千尋)」。絶景かなが良かった。石川五右衛門かと思った。そこで麦踏みの人、頬被りと想像が広がり楽しめた。「白梅のひとひらふたひら母の鼓膜」。特選にしたいお句。ひ、ひ、ひ、がお上手。白梅のひとひらが母の鼓膜に感動。私ごとですが60だい近大耳鼻科受診。医師より乳児の鼓膜をしていると告げられたことがあったのを思いだした。

高木 水志

特選句「白梅のひとひらふたひら母の鼓膜」。白梅の花びらに注目して、それが母の鼓膜だという作者の感性が素敵だと思います。この句を読んで、どういうお母さんなのかなあと想像しました。

福井 明子

特選句「身ごもれば地をすれすれに初燕(松本勇二)」。生存の切実な思いが込められている一句。燕も、そして、人も。地をすれすれに、この言葉の思いが、屹立しています。

中村 セミ

特選句「母の死を灯して春の闇ゆたか(月野ぽぽな)」。お墓の前か、暗い所にいるのか、別にして、亡くなっていった、母はいつでも、現れて、いつも、色々おしえてくれる。春の闇ゆたか、はそういったことを、よんでいるようにおもわれた。

稲葉 千尋

特選句「ウクライナの児の震えている唇(くち) 菫(榎本祐子)」情景がよくわかる。テレビの画面からだろうが身につまされる。菫良し。

小山やす子

特選句「大仏のこめかみ春のいくさかな」。言葉は穏やかで静かな感じがするのですが現状は戦をしている現状。不思議な感覚です。

榎本 祐子

特選句「日の笹子師の呟きに似てぬくし」。師を恋う気持が伝わってきます。よろしくお願い致します。平和の訪れを祈りつつ・・・ご自愛ください。

淡路 放生

特選句「師は鳥雲に入りて「墨華」の筆洗う」。この句、追悼句として読んでもいいが、いまは、一期一会と取ろう。人の別れを、これほど格調高く詠んだ作品にはじめて接したような気がする。ときに、武人、文人墨客の故事に倣った詩文を目にしたこともあるが、この句には脱帽する、「師は鳥雲に入って」とネンゴロに置いて「『墨華』の筆洗う」と腰を据えている。早く、この作者の名前を知りたいものだ。

中野 佑海

特選句「陽炎や真魚知る木霊存ふる」。陽炎を見て、弘法大師は木の精霊を見ていた。弘法大師には、普通の人には見えないものを見る眼力があったのか。特選句「過去覗く雛人形の裏の顔」。雛人形は置かれた家の一部始終を見守る役目があったのか。そして、その空間の今だけで無く来し方までも背負っていると。あのしれっとした顔がまた、妖しい。「遠回りした分春を深めけり」。一気に物事はなるので無く、あれやこれやと在りながら、目的地に着いたほうが、思い出にも残るし、人との関わりが深くなる。「さみしさがぽつんと立ちぬ灯をともし」。なんとも言えぬ、悲しさとおかしみが、とても人間らしい。「Tシャツが白くて空がやはらかい」。綺麗に洗濯されて、青空の下に干されたTシャツ。これそのものが、平和の象徴。「いかなごや目玉集まる白い函」。いかなごは美味しいです。でも、あの数の目を食べているのですね。南無阿弥陀仏。「沈丁や同じ場所から夜が来る」。沈丁花のあの明るさは花の影の集まりです。夜の闇に香りが一層呼応して。「ミモザ咲く地球をつつむ青い空」。ミモザの黄色の補色は青紫青い空にとても映えます。「人が一人止められず酷寒ウクライナ」。誰か身を賭して、プーチンを愛してあげる人はいないのか。それくらいの愛がなければ、プーチンを止める事など出来はしない。煙草を止めない子供だから。「ぬくもりを持ち寄る春どき子供食堂」。春先のまだ寒くて、仲間だった同級生や良くしてくれた先生(居たら良いのにな)と、離ればなれになる三月。行ったら馴染みのおばちゃんや、子供たちがいる。こんな場所が必要。今月も楽しい御句ばかり。

若森 京子

特選句「大仏のこめかみ春のいくさかな」。数年前、東大寺の大仏様に新茶を捧げる茶会に参加した。大仏様が薄目で見下ろす元に大きな茶壷と茶碗が運ばれ、裏千家の宗匠が厳粛に儀式を行う静寂さは息を呑む様であった。私の席から見える大仏様の横顔を拝しつつ、人間の行う地獄極楽の歴史の流れるままに、この眼でずっと見下ろしてこられたのであろうと、私はしばらく無の境地になった覚えがある。この句を見た時、ウクライナの事と重なった。特選句「ウクライナコロナも触れず兜太逝く」。平和を願い続けておられた先生が、もし生きておられたら、どの様な行動を起こされるかしらと思う。これから未来にどのような世界が待っているのか、知らずに逝った方が、と最近思う。本文

菅原 春み

特選句「嬰あやすシェルターにチューリップの球根」。一日も早く戦火がおさまり、嬰が生き抜いてチューリップの花が見られますようにとの祈りが込められています。特選句「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」。白鳥はこの惨事を知っているのか知らないのか。

藤川 宏樹

特選句「春の雲めがねはずして空を嗅ぐ」。裸眼0.05のド近眼であった私が昨年、手術をして1.2になりました。眼鏡の付け外しの煩わしさから解放された毎日を過ごしています。ただ最近、眼鏡を外すとクリアな視界を失った以前の日常が懐かしく思われたりします。まさに「めがねはずして空を嗅ぐ」感覚が懐かしいのです。芳しい春の空気感、「めがねはずして」に納得します。特選句「紅梅に鼻くっつけ老僧妻に叱られる(野田信章)」。字余りが気に掛かりしばし選を躊躇しましたが、春らしい微笑ましい状況描写が上回り、特選でいただきます。

塩野 正春

今回の選句は大変な思いです。現実に近づきつつある戦争、強いては核戦争の怖さと、日本のゆるぎなき詩歌の世界をどうとらえるべきかです。前者の思いは今でなければ世に発信できず、発信すべきと思いますが、日本にいては現実を見ることが出来ずツイッターやマスメディアの映像によることしかできません。私個人的には前者に強い同感を覚えます。前置きこのぐらいで、特選句「霾曇り戦火の匂い届きおり」。戦火の匂いが刻一刻と流れ来る怖さ。 いつ大戦になるかわからない不気味さ。 今世界中の誰も感じている怖さをよく表現している。特選句「帰れない町の心音さくら満つ」。フクシマのことと思う。数日前も大きな地震があったが。街自体は生きていて桜も咲かせている。いつでも来ていいんだよと聞こえる。心音の表現が素晴らしい。「デコトラに子らの似顔絵震災忌」の句も素敵だ。すれ違ったトラックに描かれた子らに平和か悲しみが満ちている。問題句は「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」。取りようによってはやけっぱち。作者は自然の営みは戦争を超えると言いたいのかも。ただ飛び立つ白鳥になんか仕事をさせたい気がする。

十河 宣洋

特選句「誰の死や桜の下に吾を置き(小西瞬夏)」。桜の下には死体が埋まってるとか、色々あるが、桜の下で死を思う。誰の死というところに不特定多数の死者を思う。本人の予期しない死、戦争や疫病などを思う。特選句「タンポポを手に持つ少女、あ、飛んだ」。あ、飛んだの表現が軽やかでいい。私の住んでいる旭川のコピーに「あ 雪の匂い」というのがある。

津田 将也

特選句「啓蟄や耳かき一本の愉悦」。春の季語「啓蟄」は、三月六日ごろにあたる。因みに、今年の啓蟄は三月五日であった。暖かい気に誘われて、冬眠していた蟻・地虫・蛙・蛇などが穴から地表に出てくる。それは耳かき棒で耳そうじをする心地よさに似て、愉悦であると作者は説く。愉悦とは、楽しいという感情の一種。心の底から物事を楽しみ、喜ぶこと、またその様を表す・・とあった。特選句「冬ざれのキエフを想い絵の具とく」。下五「絵の具とく」により、ゆるがぬ佳句となった。作者の溶く色は否定的な色であると僕は信じる。が、敢えて問わない。パレットに溶かれた絵の具の色総てが、戦火に侵されていく冬ざれのキエフの街の中に風物の破壊や固有の色彩として混在する。

川崎千鶴子

特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。ウクライナの戦場の白鳥が目の当たりにした無残な悲劇を、できるなら火の鳥となり苦しむ国民を助けられたらと願いつつ、それは無理だなあと。無力な「白鳥」を「火の鳥」に置き換えるとは凄い発想です。素晴らしい!「黒焦げの向日葵も立てよ戦車くる」。戦火で黒焦げの向日葵に「ほら戦車が来るよ」立って闘えと鼓舞する。 見事な舞台設定です。抜群です。「白梅のひとひらふたひら母の鼓膜」。白梅の気品有る花弁は母の鼓膜と言い得た見事さ。感嘆です。

増田 暁子

特選句「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」。人間世界の争いなど自然は知らぬこと、といつもの季節が巡る豊かさ。特選句「タンポポを手に持つ少女、あ、飛んだ」。希望や未来が見え、下5の”飛んだ”が素晴らしい。「かさぶたになるまで三月あと少し」。戦いが収まるまであと少し の思いです。かさぶたが上手いです。「母の死を灯して春の闇ゆたか」。灯は心の中にもありますね。「過去覗く雛人形の裏の顔」。雛の顔には過去の憂いや、歴史を観ている顔がありますね。「透明になりゆく指を洗ひをり」。不思議な句で、何か惹かれました。「雪降るやウクライナより嫁ぎし娘」。ご本人も、周りの方もどんなに不安なことでしょう。「けものの舌ののけぞる赤や三月来」。赤い舌をみせて本性をあらわした戦争。「黒焦げの向日葵も立てよ戦車くる」。向日葵はウクライナの象徴的な花。

銀    次

今月の誤読●「ママ帰ろうつろな瞳冬ざるる(田中アパート)」。「ママ帰ろ」少女がいった。ブロンドの巻き毛にエメラルドグリーンの瞳。五歳だ。母親はその子を抱いて無理矢理笑おうとした。だがうまくいかなかった。母にはその帰る家がないことがわかっていた。「そうね」とため息まじりの返事をするのが精一杯だった。あたりを見渡せば数百人の人たちが家族同士肩寄せ合ってせめてもの暖をとっていた。劇場を急遽改修した即席の避難所だ。「ママ帰ろ」少女が再びいった。今度は返事をしなかった。かわりに二、三度上下に揺すった。彼女は夫のことを考えていた。夫は一週間ほど前、銃をとり前線へと向かった。しばらくは携帯電話で連絡を取り合っていたが、二日ほど前から連絡はプツリと途絶えた。携帯が壊れたのか電池切れかと思おうとしたが、考えが悪いほう悪いほうへと傾いていく。ボランティアの老嬢が紙コップに入れたココアを配っている。いつもは喧噪であふれる劇場も妙に静かだ。遠くで爆発音がした。どこかで赤ん坊が泣いた。「ママ帰ろ」少女が三たびいったとき、敵のミサイルが劇場の屋根を貫いて避難民たちの頭上に落下した。

伏   兎

特選句「誰の死や桜の下に吾を置き」。自らの死体を自らが見ている不思議な光景。若くしてこの世を去った木村リュウジさんの弔いの句にも感じられ、興味深い。特選句「キエフ春泥おかあさんこわいです」。世界大戦になりかねない状況下、怖いのはプーチンか、援軍を出そうとしない諸国のリーダーか、問われているようで、心に刺さる。入選句「こんまい春受話器の角に腰おろす」。友との電話に和んでいるひととき、ほのぼのとして、ペーソスもあり、惹かれた。入選句 「風車よく回り文庫本下巻」。眠くなりがちな春のはずが、長編小説がスイスイ読めるほど、気分がいいのだろう。季語の風車が冴えている。

野澤 隆夫

ロシアが侵攻開始して3週間以上!「海程香川」にも反戦の句が多く投句されてました。今月の選句です。特選句「春遅々とゲルニカまたも繰り返す」。ナチス・ドイツがスペインの無防備な町を無差別爆撃したのと重なります。非情な戦争で多くの市民が殺されている。特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。幸福について、考えさせられます。

鈴木 幸江

特選句評「列のほら凹むあすこよ卒業歌。(藤川宏樹)」卒業式の実景だ。視点がいい。雰囲気に馴染まず整列を乱す歩みをする子の学校生活はいかであったかと、深く想ってしまった。卒業歌も口パクであっただろう。それでいい。それでいいと励ましたくなった。“あすこよ”の砕けた口語と“卒業歌”が効いている。今回はそれぞれの生理的違和感を一句にしたものが結構多く、面白かった。

佐孝 石画

特選句「白梅のひとひらふたひら母の鼓膜」。視覚から聴覚への感覚の推移。これは金子先生の言う「感の高揚」が作用している証。空を背景とした白梅の眩しさに、現実がホワイトアウトしていき、亡き母へ話しかけている幻想が立ち現れてくる。訥々と語り合う二人の世界に、現実世界の白梅の花びらが重なり合い、あたかも言の葉が白梅の花びらに転生したような錯覚にとらわれる。そして、その花びらの脆さ軽やかさは「母の鼓膜」かも知れないと直感する。それはまた視覚聴覚から触覚への飛翔。このトランス状態に近い、思考と感覚の熟成こそが、我々俳句作家が求めるべき境地、「感の高揚」なのだろうと思う。母に会いたい、話しかけたい、どうしても湧き出てやまない喪失感、母への愛に満ちた作品。

久保 智恵

特選句「理不尽の遠い春野に手を合わす」「「ウクライナの児の震えている唇 菫」。言葉では言い表わせない震えを素直に表現されていて好感。

夏谷 胡桃

特選句「強がりを荷物に詰めて余寒かな」。暖かくなったと思うと寒く雪がふる。なかなか心が前に進みません。自信がなく、自分に何ができるのかと後ずさりしそうな日々です。でも自分の中の強がりを詰め込んで旅立たないといけない。そんな気分にぴったりな句でした。特選「白きものを集めて春の供物かな」。ハン・ガンの『すべての、白いものたちの』を思い出しました。祈りにはある程度儀式が必要なのだと思っています。

柴田 清子

特選句「Tシャツが白くて空がやはらかい」。白シャツからの発想。この感覚を特選としました。特選句「さみしさがぽつんと立ちぬ灯をともし(兵頭薔薇)」。春灯を五七五に分解したらこうなるかも。そして灯されている春の人がこの句の真ん中にゐます。特選句「透明になりゆく指を洗ひをり」。とにかく文句なしの気に入った句。特選です。 

菅原香代子

「白きもの集めて春の供物かな」。春と供物の組み合わせ、また白いというのが何か清らかなものを連想してあっていると思いました。「母の死を灯して春の闇ゆたか」。母の死という悲しみがあるのですが、それでも春の闇のともしびという言葉で、悲しみの中でも暖かい希望が感じられます。お母さまの暖かい人柄までも想像できます。

俳句を初めてまだ2年たらずの初心者です。日々自分のボキャブラリー不足と見つけた言葉を17文字に凝縮することの難しさを痛感しています。学生の頃は詩集を読むのがすきでしたが、これからも美しい言葉を探しながら、それらを重ねることにより、より美しく力強い世界を表現できればと願っています。

島田 章平

特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。「火の鳥」の赤、「白鳥」の白。奇しくもロシア国旗のスラブ三原色の中の赤、白の二色が詠まれている。本来の「赤」は 「愛と勇気」を表す色。しかし今は真っ白な雪原を染める血の色に見える。 時を超えて飛ぶ火の鳥、翼が折れ雪原を彷徨う白鳥・・。なお、三色の内、 赤はロシア、白はベラルーシ、青色はウクライナの色と言われるが、その旗が引き裂かれた現実が悲しい。

伊藤  幸

特選句「春愁やインデックスなき備忘録」。メモ帳や覚え書きでなく備忘録の措辞にインパクトがあり興味をそそられます。

田中 怜子

特選句「過去覗く雛人形の裏の顔」。お雛様は静かに変わることなく座っている。何代にもわたるこの家の女たちの生きざまを見てきた。今や、この家の女たちと一体化し、呼吸しているように思われる。結った髪がほどけたなら、思わず修羅の形相が見えるような気がします。「青と黄のフラッグ振りて春よ来い」。願いをこめて、フラッグ振って春よ来よ 切なる希望です。もっともっと凄惨な世界が展開するのか・・私たちは目撃するのみです。「いかなごや目玉集まる白い函」。他の生き物だと怖いのですが、いかなごならそう気持ちを揺さぶることなく、食べちゃいます。なんか清潔感があります。

石井 はな

特選句「花の雨むかし少尉の父の靴」。先の大戦の時のお父様の事なのだと思いますが、昔などと言える時代で無くなった今と重なり、重く心に響きます。

吉田亜紀子

特選句「こんまい春受話器の角に腰おろす」。何処の方言かは措いておき、「こんまい」は「小さい」という言葉に親しみを込めて使う表現であるらしい。春の到来の実感は人によって違う。深く広い。この句の場合は、「受話器」という手段によって春を知る。どのような訪れがあったのか、読み手は知る手立ては無い。だが、「こんまい」といった愛着のある表現、それだけで充分なのである。また、「腰おろす」という、ゆっくりとした動作から春を大切に想う、じんわりとした感動が表現されている。特選句「春愁やインデックスなき備忘録」。三月から四月にかかるこの時期は年末を越える慌ただしさが彷徨う。そこに欠かせないのが備忘録。気がつけば書き、気がつけば書き足すという作業が繰り返され、その項目に忠実に行動すればするほど疲弊してしまう。その中で「インデックス」という言葉に、冷静さが窺える。数々の項目をいったんすっきりと整理しようという、僅かな間、気迫がある。そこがカッコいい。「春愁」と「インデックス」のバランスが絶妙だ。

三枝みずほ

特選句「ふきのとう地球の出べそ揺るがない」。ふきのとうを暗喩として春の地球の強い生命力を感じる。小さな植物、人間、そして地球は同等に命ある存在である。特選句「白梅や祈るしかないバカやろう」。戦争、内戦、日本は年間二万人が自ら命を絶つ社会。闇はいつも隣りにあり、そこに迷い込まないよう必死に生きている。作者はそんな世を「祈るしかないバカ」と無力感と祈りをこめていう。白梅はその祈りの深さであろう。

滝澤 泰斗

特選句「春遅々とゲルニカまたも繰り返す」。朝日俳壇、東京新聞俳壇などまだまだウクライナ侵攻を詠んだ句はこれからだろうが、今回はたくさんのウクライナ関連の句が多く、選句がなかなかはかどらなかったが、金子先生の「平和の句」や先生の戦争に関する句などを思い出しながら掲句を特選にした。テレビで空爆の模様を見たとき、私もゲルニカとゴヤの弟子が書いたプラド美術館にある「巨人」の絵を思い出していた。つくづくに、あのゲルニカに描かれた様を現に見るとはと・・・以下、ウクライナ関連で共鳴した句は「嬰あやすシェルターにチューリップの球根」「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」「キエフ春泥おかあさんこわいです」「ウクライナの児の震えている唇(くち)菫」「人が一人止められず酷寒ウクライナ」「黒焦げの向日葵も立てよ戦車くる」。ウクライナ関連以外の共鳴句は「強がりを荷物に詰めて余寒かな」。自分の18の春を思い出した。父親に忖度して全く受かる見込みのない理科系を受験して失敗し、来年こそはと思った春は強気と不安にまだ冷たい風が容赦なかった。「帰れない町の心音さくら満つ」。自分の19の春を思い出した。翌年、父親への忖度を止めて、文科系に進学することになり、心音はおやじの怒りの鼓動に聞こえ、帰れなかったふるさと。

野口思づゑ

特選句「火の鳥となれぬ慟哭戦場の白鳥」。ロシアバレーの作品の「火の鳥」では窮地を救った火の鳥。そして「白鳥の湖」では悪魔によって姿を変えさせられた白鳥。またヨーロッパで「白鳥の歌」とは死に瀕した白鳥が歌うという。今の戦禍をロシアやウクライナといった具体的な地名や、戦争という言葉を使うこともなく、火の鳥、と白鳥で、なんと巧みに表現されているかと、作者の知性に心から感心いたしました。特選句「花冷えや挫折は神の声掛けか」。挫折をとてもプラスに捉えているところに惹かれました。「理不尽の遠い春野に手を合わす」。同じ気持ちになります。

亀山祐美子

特選句「帰れない町の心音さくら満つ」。あの地震津波原発事故から11年、人間だけが居ない故郷に桜並木が今年も満開となる。「戻れない町の心音さくら満つ」閑な町を静に桜が満たす季節。切ない。皆様の句評楽しみにしております。よろしくお願いいたします。

桂 凜火

特選句「「帰れない町の心音さくら満つ」。町の心音は、なるほどと思いました。東北にもウクライナにも思いを馳せる3月の気持ちが伝わりました。日々心が痛みますが、こうして俳句に表現することでまた読むことで共有できるものがあることに癒されます。特選句「雪降るやウクライナより嫁ぎし娘」。遠い異郷の地で故郷を思う嫁がれた娘さんの心にも雪が降ることと思います。心打たれました。

山下 一夫

特選句「白きもの集めて春の供物かな」。「白きもの」「春」「供物」が絶妙に均衡して宗教性一歩手前の洗練された土俗の空間を醸し出しているかのようです。当方には、集めているのはふんわりした魂のようなものと思われますが、はてそれを行っているのは誰なのか。何のためなのか。「かな」の詠嘆も効いています。特選句「キエフ春泥おかあさんこわいです」。一説にキエフ周辺は沼地が多く春になると戦車が動きづらくなり攻撃されやすくなるので冬のうちにと焦って攻めたとか。しかし春泥の季節となってしまいました。気が付けば戦場に投入されていた露軍の死亡したという若い兵士が残したスマホのメール記録を連想。それは情報戦の一環だったかもしれませんが、雄弁な反戦の句に昇華されました。問題句「ウクライナコロナも触れず兜太逝く」。やはり文法的には「逝けり」ではないでしょうか。ただ、人間に対する悲惨な事象が起こるたびに兜太師の不在の認識に回帰するというのであれば、これもありなのかもしれません。「海市には平和な国のあるという」。ジョンレノンのイマジンを連想させつつ痛烈な皮肉も含まれているよう。

男波 弘志

「誰の死や桜の下に吾を置き」。自己の死を客体化しているのだろう。自分の死顔を観てしまったとき花影を振りかぶったのでろうか。「白梅や祈るしかないバカやろう」。祈りが通じていない、と考えるべきなのか、何かが通じていると思うべきか?歴史上の為政者を英雄視することはもうやめよう。皇帝も将軍も、言ってみれば人殺しの数の多さを勲章にしている馬鹿野郎だから。「かさぶたになるまで二月あと少し」。単に疵が癒えることを言ったのではない。いま惨殺されている人たちの民族の誇りが「印」になり「名」になっている。培われているのだ。馬鹿な為政者にはほんとうのことが観えていない。「冬ざれのキエフを想い絵の具とく」。筆の穂先に含んでいるのはそのままウクライナの人たちの泪であろう。途轍もない怒りと哀しみが自分の躰を貫いている。戦争を止めよ 戦争をやめよ 戦争をやめよ 全て秀作です。よろしくお願いいたします。

三好三香穂

今回はウクライナの題材が多かったと思います。「ミモザ咲く地球を包む青い空」。 黄色と青の旗のウクライナ、今見頃のミモザが美しく、青く美しい空が地球をつつむ、そんな穏やかな日々の早く来る事を祈るのみです。

河野 志保

特選句「こんまい春受話器の角に腰おろす」。「こんまい春」って何だろう。私はきちんと座った猫を思った。読む者がそれぞれに想像できるファンタジックで楽しい句。「小さい」ではなく「こんまい」という言い方がとても愛らしい。春に似合うと思う。

豊原 清明

特選句「キエフ春泥おかあさんこわいです」。ロシアのウクライナ侵攻は非常に残忍なやり方で、それが戦争なのだろうが、プーチン一人のプライドによる戦争とも見えてきた。この句は中7下5がメッセージで、反戦句として好きな一句。問題句「嬰あやすシェルターにチューリップの球根」。映像描写が巧みで、上手く、見えてきそう。ニュースのカットを俳句化したのだろうか。俳句は映像だと改めて気づかされる。よろしくお願いします。戦争は残忍で、世の中、暗黒模様です。お体、お気をつけ下さい。

漆原 義典

特選句「こんまい春受話器の角に腰おろす」。わたしは讃岐弁が好きで、大学で讃岐香川を出ている4年間も讃岐弁が抜けず、すぐ出て、何を言ってるねん意味わからへんと大阪京都奈良生まれの友達によくからかわれたものです。上五のこんまいは好きな讃岐弁の一つで、わたしにとっては標準語だと思っており、未来に残しておきたいと思っています。俳句で讃岐弁がうまく使われているのをみて、私も挑戦したいと思います。楽しい句をありがとうございました。孫のコロナ感染により濃厚接触者となり心配していましたが、今日病院でPCR検査し陰性だと言われ安心しました。

佐藤 仁美

特選句「白鳥帰るミサイル飛ぶも知らぬこと」。なぜ、人間は過去の過ちを何度も何度も繰り返すのでしょうか。どれだけの涙をもって、償えばいいのでしょうか。今すぐにでも、戦争が終わるように、願うばかりです。特選句「梅東風よここはマスクのいらぬ駅」。世界中、長すぎる我慢をしています。ここは、ひなびた駅でしょうか。香りも映像も浮かんで、ほっと一息つきました。

風   子

特選句「ウクライナの児の震えている唇 菫」。テレビに映し出される、戦渦のウクライナの子どもたち。破壊され尽くす恐怖のただ中で、怯え震えていても、一点の汚れもない愛らしさに胸がいっぱいになります。菫のような美しい翳りの子どもたち、なんとかなんとか無事に生き延びてと祈ります。特選句「清純を一滴うすめ桜餅」。清純から桜餅に移っていく意外。さて、一滴とは迸る水かしら、芳醇な赤ワインかしら。特選句「予測変換して夜を生き急ぐ」。予測変換が新鮮。生活の中の率直な実感が伝わってきます。

野田 信章

特選句「嬰あやすシェルターにチューリップの球根」。の句も現今のウクライナの惨状を伝えるテレビや新聞などに基づく発想としても、ここには短詩型なりの自立した映像として書き止められているとおもうのは次の点である。ここでは思い込みによる主情や修辞への傾き方が抑制されている分だけ、対象を感覚的に再構成することになっているとは言えるだろう。伝達ということについて考えさせてくれる一句でもある。

竹本  仰

特選句「白梅や祈るしかないバカやろう」。「馬鹿野郎!」という短歌があった、たしか佐々木幸綱だったと調べたら、短歌ではなく、『群黎Ⅰ』の中の「俺の子供が欲しいなんていってたくせに!馬鹿野郎!」という章句でした。さて、白梅は何とはなしに清冽なもの、さらに言えば若い死をイメージさせるものがあり、この句の背景に死を感じました。こういう時勢だからでしょうか、悲運の死、もしくはあたら惜しい命を強く思いました。万感の思いは、言葉になりません。海援隊の『贈る言葉』の一節?求めないで 優しさなんか 臆病者の 言いわけだから…をふと思い出しました。特選句「列のほら凹むあすこよ卒業歌」。凹む。すばらしいです。波打っていてへこんでる、ちっちゃいからへこんでる、どちらとも取れ、あの卒業式の感興の一刹那の、いとしい我が子よの感じがよく出ているなあ。木下恵介の一九四三年の映画『陸軍』が最後の出征のシーンで母親の泣く姿を出したために検閲に遭いお蔵入りとなった、そういうことが彼に戦後の『二十四の瞳』に向かわせたという。あの母親の泣くシーンもずばり「凹む」だったなあ。特選句「雪降るやウクライナより嫁ぎし娘」。こう書くしかない句という感じがしました。楸邨の句に「いのちあるものなつかしく笹鳴けり」というのがあります。何のことだかと思うでしょうが、東京大空襲で命からがら逃げのびた時のもののようです。書けない言葉の重さというか、声なき声というか、そういう背後がひしひしと伝わるというところでしょうか。掲句についても、書けないなという声、その背後をじわりと感じます。書き表し得たというより、書き表し得ないから、という声を伝え、それも表現だと思った次第です。以上です。この国際情勢のなかで、何かやりづらいものを感じた選句でした。一樹であったはずの人類が、とてつもない危機に直面している、それはもう分かりきったことなんだけれど、また思い出さねばならぬようです。

松岡 早苗

特選句「Tシャツが白くて空がやはらかい」。まさに春そのものを言い当てているような「白くてやはらかい」感触。春の空へと解き放たれていく心地よさが、とても素敵です。特選句「言祝ぎのひかりの束へ卒業す」。コロナ禍での学校生活。修学旅行などの思い出に残るはずの行事も縮小されたり中止になったり。そんな卒業生に、光あふれるすばらしい未来が待っていますように。

寺町志津子

特選句「戦起き学問の無力冴え返る(滝澤泰斗)」。最近の世界の動きに、全く同じ思いをいたし、心に響きました。

新野 祐子

特選句「白梅や祈るしかないバカやろう」「ダダダダダタタタたたかいしゃぼん玉」。二句ともプーチンの戦争への怒り爆発!がいやというほど伝わってきます。ロシア軍はウクライナから即時撤退せよ!

谷  孝江

特選句「春の湖椅子一つあり一つでよい」。暖かくてすこしだけ。ほんのすこしだけ淋しい句です。今は椅子が一つですが、かつてはもう一つあったのでしょうか。誰もがいつかは出合うであろう淋しさなのです。一つでよいに思いが行き着くまでは自分自身を励まし続けなくてはなりません。も一つの椅子はどなたのものだったのでしょう。お若い方それともご高齢の方でしょうか。春の日差しの中お幸せにおすごしください。

河田 清峰

特選句「春の湖椅子一つあり一つでよい」。春と一緒湖と一緒であれば一人でもいいでしょう。

荒井まり子

特選句「ダダダダダタタタたたかいしゃぼん玉」。この所の毎日のテレビで放送される爆撃の映像は信じられない。こんなことがあっていいのか。確か「映像の20世紀」とかで目にしていた破壊の街の様子が今日の映像と重なる。音で表記されているのが、親に手を引かれ足早に歩かされている子供達が耳にしている音であろう、作者の心の痛みまで感じられる。一層の緊迫感が伝わる。

植松 まめ

特選句「言祝ぎのひかりの束へ卒業す」。多くの人たちに祝福されて巣立っていく若者。ひかりの束へ卒業すに感動しました。特選句「帰れない町の心音さくら満つ」。フクシマの人またウクライナの人たちの故郷を追われる悲しみ。故郷を思う気持ちが町の心音なのかなと思いました。「垂れ髪に雪をちりばめ卒業す(西東三鬼)」この季節の私の大好きな句です。

田中アパート

特選句「いかなごや目玉集まる白い函(桂 凜火)」。いかなごの目玉だけ、ピンセットで取って、ならべていくとユニークな作品が出来そうだ。田中あつ子の作品みたいになりそう。「犬小屋にあるじ眠れる余寒かな」「友だちは犬ばかりなのスキップす」。知人が云うとったオレのこと心配してくれるのは犬だけやと、笑ろてもうたが、しんみりした。長生きするのもなんやな・・・と。

高橋 晴子

特選句「空海も見つめた讃岐しゃぼん玉(漆原義典)」。讃岐の風物は穏やかな中にも色々なことを思わせて味がある。人は自然に成長させられ、見つめた讃岐の風景は深い思索を思わせる。

山本 弥生

特選句「春昼の寺に一礼して歩く(淡路放生)」。戦中派の私は、幼い時から祖母や母と一緒の時はお寺さんの前を通る時は必ず手を合わせて一礼してから通った。年を重ねて四国八十八ヶ所を二度順礼するご縁に恵まれ、俳縁にも恵まれたことに感謝して居ります。

稲   暁

特選句「火のやうなカレーを食す二月尽」。鋭い感覚表現に注目した。ウクライナ情勢ともどこか呼応しているように思われる。

松本美智子

ロシアによるウクライナの軍事侵攻など本当に心をいためる出来事が世の中に蔓延して,今月の句はそれを反映したものが多かったです。いろいろな反戦を表した句や世を憂うる句,またかすかな希望を見出そうとしようとする句などなど・・・私も作れるようになりたいと思います。その中から特選句「さえずりや命はだれのものでもなく」を選ばせていただきました。反戦への思いを「命はだれのものでもない」という言葉に強く感じます。囀る小鳥のささやかな命までもをいとおしみ明日への希望をにおわす句になっているのではと考えます。「春めいて空へ青鮫押しかける」は,金子兜太先生の「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」のオマージュでしょうか・・?先生の戦争体験がこの句の根底にあると,何かの書籍で読み記憶しています。春の訪れをダイナミックに表現+反戦の思いを盛り込んだ秀句だと感じました。

大浦ともこ

特選句「母の死を灯して春の闇ゆたか」。お母様を亡くされた悲しみが「灯して」「春の闇」「ゆたか」の言葉に優しく響きあって心に届きました。特選句「Tシャツが白くて空がやはらかい」。真夏を迎える前の日差しに揺れるTシャツに穏やかな日常のひとこまがかけがえのないものだと伝えているようです。

藤田 乙女

特選句「白梅や祈るしかないバカやろう」。ぶつけたい憤り、でも無力な自分には祈るしかない、そんなストレートな気持ちの表出にとても共感しました。 特選句「尖って生き丸くなって逝く朧月」。しみじみと人の一生について考えさせられました。

野﨑 憲子

特選句「さえずりや命はだれのものでもなく」。掲句は他界からのメッセージのように聞こえてくる。「春の地震(ない)縄張りなんかおかしくて:「平和の俳句」掲載。野﨑憲子」

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

おろおろと落ち着かぬ日よ桜満つ
銀   次
花曇り三四郎邸青焼図
藤川 宏樹
呆けしも父よく笑ふ夕桜
大浦ともこ
生を得て死の美しい桜貝
淡路 放生
天上に待つ人のあり夕櫻
野﨑 憲子
犬ふぐり
咲くときも散るも知らずやいぬふぐり
風   子
首吊りの木に来て止まる犬ふぐり
淡路 放生
落日の足が渚へ犬ふぐり
野﨑 憲子
泣かないであなたの味方いぬふぐり
風   子
雉(子)
雉子落つや猟師の腰の金鎖
銀   次
落日へ焼野の雉子鳴くばかり
野﨑 憲子
女ってほんと直観雉子の声
藤川 宏樹
焼野の雉子ウルトラマンを呼んで来い
野﨑 憲子
辛夷
目じるしのあの日の辛夷探しをり
銀   次
花辛夷言ってしまへば楽になる
柴田 清子
残酷なシナリオ他界には無し辛夷咲く
野﨑 憲子
卒業
椅子に凭れて卒業歌聞いてゐる
野﨑 憲子
雛の部屋女系家族と卒業子
淡路 放生
卒業を励ます手話の「エール」かな
大浦ともこ
立ち漕ぎのおかっぱ今日は卒業式
中野 佑海
自由題
錘は下へ錘は下へ百千鳥
野﨑 憲子
身の丈に合ふといふこと百千鳥
野﨑 憲子
香りのとどくまでが私の沈丁花
中野 佑海
あを、蒼、碧と混沌の青き春
風   子

【通信欄】&【句会メモ】

金子兜太先生のご命日に、師のご仏前へ「海程香川」の仲間の和菓子屋さんからお菓子を送らせていただきました。すると、三月句会の前日に金子眞土様より、明日の句会で皆さまでお召し上がりくださいと『五家寶(ごかぼう)』と、「食べる私」のインタビュー記事(晩年の師を金子家に訪問された、平松洋子さんによるもの)が届きました。感激でした。お菓子は十九日の句会でご参加の方々と頂きましたが、先生の記事の一部をお裾分けさせていただきます。

 「・・・遠路はるばる、ようこそ。まず、まずこれを食べていただいて、話をそこから始めようということなんです。熊谷の菓子で、五つの家の宝と書いて『五家寶』。江戸の頃から有名な食べ物で、広辞苑にも熊谷の名産と書いてあります。もち米を蒸して、水飴などで固めて棒状にしまして、青豆の粉を表面にまぶしたもの。私はこれが大好きでして」― (平松さん食べる)初めていただきましたが、おいしいものですね。むちっとして独特の歯ごたえなのに、歯にくっつかない。きなこがたっぷりまぶしてあるのが、また味わい深い。「おやじも好きでね。・・・酢饅頭も記憶に残っています。酢味の効いた白い皮のなかに餡が入っている。小学校から引き上げるとき、ほかほか湯気の立つのがお菓子屋の店先に見えているわけだな。それを横目で見ながら駆けて帰って、おふくろから金をもらって買ってたべた」―冬の味でしょうか。「味を言われれば、秋から冬の味」(以下略)

 とても懐かしい味がしました。お菓子を美味しくいただける平和が世界中に広がりますように‼

香川県下のコロナ感染者が減らない中、マスク着用で3月句会を開催しました。参加者は9名。袋回し句会は、公開辞退の方もあり断片的公開ですが、事前投句の合評と共に、とても充実した熱い句会でした。サンポートホール高松は、4月から2年間リニューアルの為休館となります。その間、ふじかわ建築スタヂオでお世話になります。新たな風が吹き始める気配がしてとても楽しみです。

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