第129回「海程香川」句会(2022.06.18)
事前投句参加者の一句
鳥食(とりばみ)の緑蔭を出て踊るなり | 淡路 放生 |
のんびりと蜥蜴の存在肯定し | 豊原 清明 |
空海さんの始めの部分男梅雨 | すずき穂波 |
白南風や新居へ移る古ピアノ | 松岡 早苗 |
巣箱から戦覗いて今日は雨 | 松本 勇二 |
たましひの容を仮死の黄金虫 | 小西 瞬夏 |
小魚の群翻る春の海 | 佐藤 稚鬼 |
夫より目にするTシャツのゼレンスキー | 野口思づゑ |
民の意地風雨にあらがう蜘蛛の糸 | 増田 暁子 |
ヘビ花火九九の果てまで唸りけり | 中村 セミ |
枇杷熟れて婆の電話の活気づく | 野澤 隆夫 |
消えたくて死にたくないから冷奴 | 鈴木 幸江 |
やじろべえ傾ぎ揺らいで夏に入る | 石井 はな |
五月雨や抽斗のなか母にほふ | 菅原 春み |
ほうたるの全員集合午後八時 | 漆原 義典 |
花デイゴ海の昏さを曳く深紅 | 風 子 |
まだ嘘をついている夏マトリョーシカ | 河田 清峰 |
末席の老女霞のごとく消え | 飯土井志乃 |
卯の花腐し昭和の一滴は青かった | 若森 京子 |
古書市に軍事郵便あり暑し | あずお玲子 |
ゆうやけこやけ遥か彼方の狙撃音 | 重松 敬子 |
臥す猫の尿(しと)しぼる朝梅雨に入る | 高橋美弥子 |
脇役の台詞ひとこと新樹光 | 伊藤 幸 |
日雷雲梯もはや降りられず | 山下 一夫 |
蛍火つーと草の根照らす妻の忌へ | 野田 信章 |
垂直の兵の叫びと向日葵と | 伏 兎 |
梅雨湿り経年劣化の身に添ひし | 荒井まり子 |
黴取り剤十字に吹いて魔除けとせん | 松本美智子 |
絵団扇の中の一僧旅にあり | 男波 弘志 |
万緑や奥へ奥へと逢いに行く | 小山やす子 |
身の芯に水の匂いの夏未明 | 柴田 清子 |
我もまたホモサピエンス夏帽子 | 寺町志津子 |
モテモテの話は内緒花菖蒲 | 桂 凜火 |
六月の迷彩服が目を穿つ | 新野 祐子 |
一過性の詩心のよう梅雨夕焼 | 森本由美子 |
哀しみは誰にも言えず額の花 | 藤田 乙女 |
短夜の肉体脈打って音楽 | 月野ぽぽな |
遠いサーカスてのひらの螢 | 銀 次 |
青芝を踏み踏む裸足フラダンス | 吉田亜紀子 |
ハンカチ遊び生きものつぎつぎ孵る | 三枝みずほ |
天の川美し放哉も放生も | 島田 章平 |
終わらないノック紫陽花まだ蕾 | 中野 佑海 |
鮎の川自信たっぷり澄んでいる | 津田 将也 |
新品の葭簀掛け吾を昏くする | 稲葉 千尋 |
瀧落下その後のことは誰も触れず | 谷 孝江 |
長老となりし長男田水張る | 山本 弥生 |
道をしへ幾度今まで分かれ道 | 川本 一葉 |
梟の腹の底まで森の闇 | 十河 宣洋 |
水無月のまま事からのサファイア婚 | 滝澤 泰斗 |
旅ひとり初夏は真青のイノセンス | 増田 天志 |
妄想の言葉あそびや逆さ藤 | 三好三香穂 |
花散ってはなの咲くのを待ちにけり | 福井 明子 |
プーチンの「正しい戦争」梅雨寒し | 田中アパート |
羊水の子のようにふわふわ早苗 | 川崎千鶴子 |
走り梅雨呟き上手の本屋さん | 高木 水志 |
梅漬けて今生の憂さ甕の底 | 植松 まめ |
金魚ゐて病める子のゐて保健室 | 大浦ともこ |
一滴になるまで生きる額の花 | 河野 志保 |
山法師ひとりはいつも遅れ気味 | 夏谷 胡桃 |
ひたすらに箱根空木の遠野かな | 田中 怜子 |
そら豆は皮が厚いと母の愚痴 | 菅原香代子 |
ぼたんの芽純文学の横たわる | 久保 智恵 |
草を抜くそのたましいを握りしめ | 佐孝 石画 |
無花果の多情多感で齧られる | 榎本 祐子 |
やはらかき風や太陽芒種かな | 高橋 晴子 |
バイバイが好きなんだ虹消えたのに | 竹本 仰 |
夏の月徴兵の世がまた来るか | 稲 暁 |
とぶものの影の大小芒種かな | 亀山祐美子 |
パチッ!「とった?」「えらい!」手と血と蚊 | 藤川 宏樹 |
蝌蚪に生まれし吾無心に泳ぎをり | 樽谷 宗寛 |
木下闇そと始めたし尻つぼめ体操 | 塩野 正春 |
解けしままの靴紐思念は桑の実へ | 大西 健司 |
ぢりぢりと日常泰山木の花ひらく | 野﨑 憲子 |
句会の窓
- 小西 瞬夏
特選句「とぶものの影の大小芒種かな」。「とぶもの」と書かれることで、それを想像し、膨らませていく。小さなものから大きなもの、虫や蝶、鳥、そして戦闘機もあるかもしれない。
- 増田 天志
特選句「たましひの容を仮死の黄金虫」。大切なものは、失くす瞬間に、分かるものですね。
- 松本 勇二
特選句「長老となりし長男田水張る」。上五中七の簡潔な把握は切れ味がありました。季語が長老で長男としての豊かな生活を表しています。
- 小山やす子
特選句「消えたくて死にたくないから冷奴」。不思議な俳句です、今の自分の表現できない気持ちを代弁していただいた気持ちです。
- 十河 宣洋
特選句「私の窪みを押せば蟇の声(河野志保)」。どのあたりの窪みか押してみたい。蟇の声も美しいと思う。特選句「滝落下その後のことは誰も触れず」。風刺である。日本人だけでないのかもしれないが、都合の悪い事は知らない顔をする。時間が経つと忘れてしまうことへの作者の想いである。
- 桂 凜火
特選句「まだ嘘をついている夏マトリョーシカ」。ロシアとは言っていないがロシアの行動を想起させられる。そこを離れてもマトリョーシカのもつ魅力に惹かれる。また嘘をついている夏は魅力的なフレーズだ。
- 福井 明子
特選句「万緑や奥へ奥へと逢いにゆく」。見えないものへの眼差しを感知し、導かれてゆくこころ、分け入ってゆくこころ。そんな一句に魅かれました。特選句「長老となりし長男田水張る」。土に根差して生きつないだ家族の長い時間が、この最短の言葉に込められています。今年も田水を張った、その感慨を感じる一句。その先へ、思いを馳せています。
- 佐孝 石画
特選句「瀧落下その後のことは誰も触れず」。切れの解釈が難しい句だと思う。「瀧落下」の映像シーンと、「その後のことは誰も触れず」という物語の整合性。僕は一読、瀧自身の「投身」の物語を見た。数多の水滴(群衆とも言える)が、自らの命を投げる狂気の映像。その図は法隆寺の玉虫厨子の捨身飼虎図も想起させる。またウクライナの惨事やカズワンの悲劇など、今日の社会情勢の闇があぶり出されてくる。遠くは沖縄での集団自決をも。しかしながら、読み直してみると瀧が落ちる清涼なイメージの余白に、「誰も触れず」という心地良い「無関心」が滲む、軽やかな句とも取れる。いずれにしても「その後のことは誰も触れず」という下の句が、この作品世界をミステリアスで魅惑的なものに演出し得ている。
- すずき穂波
特選句「短夜の肉体脈打って音楽」。夏の夜の噎せかえるような、むさくるしい ような若さ、持っていきようのないエネルギーを音楽にぶつけている、って感じでしょうか。1960年代後半~70年代にかけて R&Bをラジオでよく聴いていたのを想い出し、特選で頂きました。他には「感情の樹海の果てて泉に空」の「果てて」の「てて」が気になりました。「感情の樹海の果て泉に空」なら理由付けにならないのだけどなぁ……と。特選に入れたかった句でした。また「無花果の多情多感で囓られる」も「で」が気になりました。「無花果の多情多感囓られる」として理由付けのような「で」を使わず、象徴をより強引に全面に出して欲しいと思いました。これも特選に入れたかった句でした。
- 豊原 清明
問題句「夫より目にするTシャツのゼレンスキー」。いつまでも終わらないロシアとウクライナの戦争。いまは孤立しそうなのか、ネットのニュースには嘘があり、複雑に感じる。時事句。特選句「青葉に囲まれ秩父音頭を口ずさむ(十河宣洋)」。美しい山国の空気が伝わる清涼の一句。青葉の気持ち良さ。秩父音頭の男女の交流。何故か、懐かしさが不思議。
- 風 子
特選句「古書市に軍事郵便あり暑し」。なんと密度の濃いお句かと感じ入りました。最後のダメ押しのような「暑し」に捉えられ、逃げられなくなりました。格好いい、揺るぎのない重さを感じます。
- 藤川 宏樹
特選句「ヘビ花火九九の果てまで唸りけり」。地面を這う、地味な「ヘビ花火」があることをそう言われて思い出しました。煙のもくもくと花火のうねうねに合わせ、子供らが詰まりながらも「クク・ハチジュウイチ」まで唸っていそう。九九を唱える明るい声が確かに聞こえてきています。
- 若森 京子
特選句「消えたくて死にたくないから冷奴」。この頓智問答のような一句。人間の生と死の刹那の狭間をうまく季語の?冷奴〟が受けている。特選句「ハンカチ遊び生きものつきつぎ孵る」。ハンカチ遊びだが手品の様に次々と生き物を孵らせている様子が、現代の様に命が軽々と消されているのに反してとても平和で好きな句です。
- 淡路 放生
特選句「古書市に軍事郵便あり暑し」。句は、「古書展」でなく、「古書市」と言うひなびた感じがよい。少し前なら道端に青いビニールを広げて、古本を大雑把に積んでいる風景であろう。作者は前に廻ってひやかしているうちに、黄ばんだ軍事郵便の束を見つけたのである。「暑い」は「やった!」にも通じようか。好きな作品である。
- 柴田 清子
特選句「晩夏光ピアノ売りたる部屋の隅(松岡早苗)」。部屋の隅に置かれていた、ピアノの喪失感が晩夏光でよりクローズアップされている。
- 菅原香代子
特選句「梟の腹の底まで森の闇」。真っ暗な森の奥のあやしい空気を梟でぴったりとあらわしていると思います。
- 中野 佑海
特選句「短夜の肉体脈打って音楽」。年取ると、耳は鳴る、喉はヘンヘン、足はぎくぎく、体中が楽器か?なる程仰っしゃる通り。特に、夏の夜は寝付かれずよけい気になる。特選句「方眼紙にあまたの目玉麦の秋(大西健司)」。方眼紙だけで目が3D画像見たようで、ふらふらするのに、その中に目が。あまり想像したくないけど、怖いもの見たい。「五月雨や抽斗のなか母にほふ」。雨模様。ふっと饐えたような、旧い香水のような、亡くなった母の箪笥の匂いが蘇る。「ほうたるの全員集合午後八時」。何故か、蛍は同じ場所に集まってくる。そして、懐かしきドリフターズの八時だよ全員集合。皆本当は集まるのが好きなんだ。「レノン忌やスイッチのあり春の雲」。懐かしきビートルズ。友と一緒に良く聞いた。あの頃の思い出が曲と共に蘇る。私はバス通だつたので、帰りのふわっと少しピンク色になった雲を見ながら、空想した。どんな人と結婚するのかなと。「一過性と詩心のよう梅雨夕焼」。曇天の空も夕方になると、茜色に染まって変化する。この時が表情を持つ。「ハンカチ遊び生きものつぎつぎ孵る」。ハンカチで色々な動物作る人尊敬します。「魑魅魍魎抑えて四ひら白い玉」。額紫陽花は封印された魔物だつたのですね。何故か、納得。「瀧落下その後のことは誰も触れず」。瀧は落ちるだけ落ちて、後は行方知れず。まるで、人の噂も75日?『パチッ!「とった?」「えらい!」手と血と蚊』。蚊が可哀相とは思いつつ、やっぱりパチンと取って、そこに血が付いていたら、ヤッターと思う自分がいます。?俳句ちっとも涌いてきません。蚊を殺した呪い。
- 大西 健司
特選句「古書市に軍事郵便あり暑し」。古書市で見つけた軍事郵便、なぜそんなところにあったのか不思議である。私の町でも公民館の倉庫の奥から軍事郵便が出てきたことがあり、その中には私の父の兄からの葉書もあった。それだけに感慨深いものがある。今はもうほとんど肉親もいなくなり、忘れ去られようとしているだけにこの軍事郵便が不憫である。
- 三枝みずほ
特選句「鳥食の緑蔭を出て踊るなり」。一読、ゾクっとする。絶対的な身分差に抗うことを知らず、許されず、腹を満たしたら本能のまま踊る。木の周りを無限ループのようにただ踊る。詩として成立しているのは緑蔭の明るさだろう。この世界観は時空を超えて現代に通じる。根深い。特選句「ぢりぢりと日常泰山木の花ひらく」。切迫感、焦燥、擦り切れてなくなりそうな身体、汗の感覚、そんな混沌とした日常に泰山木の花がひらく。
- 増田 暁子
特選句「たましひの容を仮死の黄金虫」。仮死でも魂がかたちに残る黄金虫。ウクライナ人の魂を思う。特選句「この坂も被曝土十薬干し連ね(野田信章)」。被曝の恐ろしさは何年経っても消え無い。下5の十薬干し連ねが上手い。「子等継がぬ軒に並べし早苗箱」。お米大好きです。「夏の月徴兵の世がまた来るか」。戦争は色んなことを思い出します。将来が殺伐としてきます。憲法の日万歳!憲子バンザイ!」。この句に全く共感です。
- 田中 怜子
特選句「長老となりし長男田水張る」。継ぐ人、しかも長男が田水張ってこれから田植え等いつものルーティンが粛々と行われる。田水の水のすがすがしさ、日本はこれじゃなくちゃ。代々引き継がれること、国土を守ること、よろしくお願いしたい。特選句「晩夏光ピアノ売りたる部屋の隅」。どういう事情かわからないけど、なにか終活のようでもあるし、ピアノを使っていたであろう娘さんが家から離れて・・・その他の理由もあるか、という家の歴史もあるんだな、と。
- 塩野 正春
特選句「金魚ゐて病める子のゐて保健室」。保健室は子供の駆け込み寺。心が病むとすぐ逃げ込むことが出来、又保健婦(保健士さん?)のやさしさに助けられます。金魚を飼っておられることがますますの安堵を与えてくれます。私も幼少の頃からだが弱く、よく保健婦さんに助けていただきました。80歳近い今でもそのことは忘れたことがありません。特選句「草を抜くそのたましいを握りしめ」。草抜きするとき、はっと命があることに気付いて力を弱めたりすることがあります。植物のありがたさを上手に表現されています。自句自解「木下闇外始めたし尻つぼめ体操」。体の不調がこんなことで改善されるとは思いませんでした。生きる力と人体の不思議を切に感じました。
- 月野ぽぽな
特選句「白南風や新居へ移る古ピアノ」。明るい光の中の引越し。ピアノへの思いと新居へ寄せる思いを、季語の働きによって読者に伝える、小気味好い作品。新と古の対比も自然に効果的。人を言わずとも、新居とピアノと物を提示することで、人の姿を見せその心を思わせるところも巧みです。
- 津田 将也
特選句「被爆銀杏耐えがたき程緑垂れ(川崎千鶴子)」。「被爆樹木」は、原爆の熱線や爆風に耐え、今も生きながらえているクスノキやイチョウなどの樹木である。長崎市では四十八本、広島市には百七十本が原爆の惨禍を伝える「被爆樹木」として認定されている。枯木同然だったこの悲鳴の木は、その後の市民の多くの救いの手と愛情に支えられ、今は樹勢を誇る巨樹となった。「耐えがたき程緑垂れ」には、市民の被爆樹木に寄せる万感の思いや願いがこもる。特選句「羊水の子のようにふわふわ早苗」。比喩を使う俳句に名句なしというが、この句は比喩により成功した別格。比喩のもたらすイメージを「早苗」に重ねてみると、僕には田植えどきの賑やかな様子が見えている。
- 野口思づゑ
特選句「憲法の日万歳!憲子バンザイ!」。ある年代でお名前に「憲」の字が入った方には、ご両親(名付けた方)の憲法に対する願い希望が込められていると感じます。我が憲子さんは、ご両親の期待に充分応えられ、その精神で香川句会をお世話して下さっています。「憲子バンザイ!」に私も両手を上げて共鳴、共感、賛同、そして憲子さんに感謝です。→感激です!「水無月のまま事からのサファイヤ婚」。いいですね。水無月と「まま事からの」が効いています。そしてお幸せにサファイア婚を迎えられたとは、心から祝福です。「万緑や新郎新婦メール中」。とても現代的な光景です。
- 野澤 隆夫
特選句「前衛書墨が舞い散る卯浪かな(漆原義典)」。「前衛書」と「卯浪」の取り合わせがぴったりです!舞い散る墨が白波たっています。特選句「金魚ゐて病める子のゐて保健室」。小・中学校の保健室の日常感が想像できます。病めるこの子は、保健室の先生に何を話してるのだろう!金魚も病める子を見つめてる。
- 森本由美子
特選句「古書市に軍事郵便あり暑し」。戦場から家族へ送られた検閲済みのハガキでしょうか。記憶の底に押し込めてあったものが引っ張り出されたようで、衝撃を受けました。特選句「遠いサーカス手のひらの蛍」。取り合わせが幻想を醸しだしています。風に乗ってとぎれとぎれのじんたも聞こえてきそうな。多分幻覚でしょう。
- 河野 志保
特選句「山法師ひとりはいつも遅れ気味」。山歩き仲間の和やかな一場面を想像した。緑の中の「山法師」はどこか神秘的。飛躍しすぎかもしれないが「遅れ気味」の人生で見つけた宝物にも思える。
- 川崎千鶴子
特選句「臥す猫の尿(しと)しぼる朝梅雨に入る」。重病でこの猫ちゃんは寿命が尽きそうなのではと勝手に解釈しました。きっと自力では尿を出来ないのでしょう。そこで飼い主が絞ってあげているのではと。「梅雨に入る」が寂しさを誘います。私事ですが、病のパピヨンのお尻を毎朝洗いドライヤーを掛けた日々を思い出します。
- 新野 祐子
特選句「巣箱から戦覗いて今日は雨」。寓話と捉えました。戦の音に鳥たちは一目散に逃げ出すでしょう。しかし鳥たちは巣箱にとどまって、愚かな人間たちの戦争を覗いています。雨だというのに殺し合いの銃撃の音がやまない。やれやれ、人間くらいダメな生きものはいないなと嘆息しています。問題句「憲法の日万歳!憲子バンザイ!」。大共感です。しかし、これが俳句と言えるのかな、と。
- 鈴木 幸江
特選句評:「木下闇そと始めたし尻つぼめ体操」。この一句から市井の人の生き抜く底力がじわっと伝わってきた。私の勝手に評するところの与謝蕪村句に通じるものがあり、今、人々に欲しい生き様と感じ特選句とした。
- 中村 セミ
特選句「たましひの容を仮死の黄金虫」。何と言う表現だろう,死んでしまう、カブト虫や,カナブン、偏光板のような、あの姿として、あるのだ、とよんでいると僕はおもった。おそれいった、面白い。
- 夏谷 胡桃
特選句「古書市に軍事郵便あり暑し」。軍事郵便に戦争の記憶が蘇ったのか。ジャングルの中での逃避行。どっと汗がふき出てくる。なんだか松本清張のドラマのはじまりを感じました。
- 川本 一葉
特選句「羊水の子のようにふわふわ早苗」。羊水と水田となるほどと思いました。そして自分はたまたま人に生まれてきたと改めて感じ入りました。たぷたぷ感と未来、素敵なお句です。※永野和代さんが今回から俳号を改められました。/P>
- 野田 信章
特選句「ボルシチはいのちのスープ夏至の月」。一年でいちばん昼の長い日を経て頂く一杯のスープ「ボルシチ」―赤蕪の汁で色づけした肉・野菜などのごった煮の色合いと「夏至の月」との響き合いを先ず覚えた。ここからロシア一帯の風土の厚み(きびしさ・ゆたかさなど)への想いも自ら新たなものが展けてゆくようだ。第二次世界大戦の裏返しとしての侵略を続けるプーチン政権への批判を貫きながらも、この素朴な「ボルシチ」という「いのちのスープ」を生み出したロシア一帯の風土への愛着は失しないようにしたいと思う一句である。
- 伏 兎
特選句「走り梅雨呟き上手の本屋さん」。本好きのスタッフのいる本屋は、本が探しやすく並べられ、手作りのPOPも洒落ている。この句から、さりげなく本をアピールしている、笑顔のエプロン姿が目に浮かび、引き込まれた。特選句「うずくまるかたちは卵みどりの夜(三枝みずほ)」。蹲ることで、何かが変わる。そんな前向き感が座五の「みどりの夜」と響き合い、心に刺さる。「鳥食(とりばみ)の緑陰を出て踊るなり」。尾を振ったり、脚を動かしたり、木や草の実を啄むときの、愛らしい仕草をみごとに捉えている。「一滴になるまで生きる額の花」。花の形が崩れずに、枯れていき「生」を全うする紫陽花が、うまく表現されていると思う。
- 松岡 早苗
特選句「金魚ゐて病める子のゐて保健室」。教室の賑わいとは別世界のようなしーんと静かな保健室。でも夏の木洩れ日はきらきらと明るく、かわいい金魚がのんびり泳いでいる。今日は体調が悪くて保健室で休んでいる子も、良くなったらまた元気に登校できることだろう。「保健室」のもつ穏やかな癒やしのイメージが「金魚」の一語によって端的に表現されている。特選句「バイバイが好きなんだ虹消えたのに」。消えてしまった虹にいつまでも「バイバイ」をしている幼子。「バイバイ」という動作ができることそれ自体が、その子にとってはうれしいことなのかもしれない。美しいものや大切なものが消えてなくなる寂しさ、喪失感とは未だほど遠い。だからこそそ の無邪気さがいとおしい。だって君もいつか大人になってしまうのだから。
- 大浦ともこ
特選句「消えたくて死にたくないから冷奴」。いたたまれない気持ちになってでも死ぬわけにもいかず・・そんな重い気分が”冷奴”という軽やかな言葉でユーモラスに表現されていて好きです。特選句「バイバイが好きなんだ虹消えたのに」。幼い子との別れの余韻が消えゆく虹に託されていて何とも言えない気持ちになります。懐かしい既視感。
- あずお玲子
特選句「脇役の台詞ひとこと新樹光」。主役にも脇役にも新樹光は平等に差している。その明るさは、この脇役さんの明るい未来をも示しているようです。
- 稲葉 千尋
特選句「夫より目にするTシャツのゼレンスキー」。いや参りました。ゼレンスキーのTシャツに目をつけるとは、新鮮な句です。
- 重松 敬子
特選句「ヘビ花火九九の果てまで唸りけり」。子供の頃を思い出しました。夏の楽しみといえば、海と花火。九九の果てまでが良い。蛇の七転八倒が目に浮かびます。
- 滝澤 泰斗
特選句「余生とはあやふやなりし梅雨に入る(風子)」。まだ仕事をしている身からすると、余生とはどのような状況を言うのかピンとこないが、定年を迎えてから死ぬまでの時間をいうのなら、社会や世界が変化してゆく中、物価は上がるも、年金は削られる一方など、安心出来る要素が少なくなって行く。あるいは、遠い異国の戦争が食料危機を生み、オイルの価格を上げ、円を安くしてバランスを崩してゆく。まさに、日々、あやふやな中を生きている。特選句「ゆうやけこやけ遥か彼方の狙撃音」。ウクライナ侵攻を思わせるいくつかの句の中で惹かれた句。美しい夕焼けのホリゾンの彼方の銃声は明らかに狙って撃った殺人音。以下、共鳴句。「巣箱から戦覗いて今日は雨」。私の日常を切り取られた思い。「蛍火つーと草の根照らす妻の忌へ」。亡くなった妻への追慕の句だが、私にとっては母の忌と置き換えたくなりました。「白き夜の白い湖には深夜あり」。ロシアに白湖という人工湖があり、白夜のころクルーズ船に乗って旅をしたことがありました。夜中の23時頃、朝方の3時ごろの、うっすらと暗い時間があり、体内時計の感覚にずれが生じてその感覚を上手に詠んだ。
- 谷 孝江
特選句「ぼたんの芽純文学の横たわる」。ぼたんの芽のふくらみかけた時、一日一日と蕾の太り出してくる時のたのしさは、この上なく嬉しいものです。一日に何度となく声かけをしてきました。そして花が開いた時は誰れ彼れなく「見て、見て、」と今度は家の前を通る人々に声をかけたりしました。華やかで少しばかり淫らな感じもするぼたんです。純文学との取り合せも意外ではありません。とっても素敵な句だと思います。
- 菅原 春み
特選句「この坂も被爆土十薬干し連ね」。まだまだ多くある被爆土。薬効のある十薬を干すところに救いが。特選句「夏の月徴兵の世がまた来るか」。日々映像でリアルタイムに見る戦。いつまで平和が続くのでしょうか。まさに実感です。
- 男波 弘志
「一滴になるまで生きる額の花」。額の一字がいのち、紫陽花なら平凡な句になっていただろう。秀作です。
- 久保 智恵
特選句「旅ひとり初夏は真青のイノセンス」。私には容認出来る句です。好きな句です。特選句「バイバイが好きなんだ虹消えたのに」。優しく嶺がキュンとなります。
- 田中アパート
問題句「憲法の日万歳!憲子バンザイ!」。バンザイ!は、どっちなんやろか。ええ方に思うことに。
- 飯土井志乃
問題句「消えたくて死にたくないから冷奴」。問題句だけではなくて共感句。ただ、本音だけで句として成り立つのだろうかと疑問が残りました。
- 高木 水志
特選句「短夜の肉体脈打って音楽」。この句を読むと、生命の木を感じる。大いなる自然の中に、人は生かされている。短夜の生々しい雰囲気と肉体が脈打ってリズミカルに躍動している様子を描いて詩になった。
- 吉田亜紀子
特選句「絵団扇の中の一僧旅にあり」。「絵団扇」、「一」、「僧」、「旅」。この句は、とても涼しい。そして気持ちが和らぐ句だ。手に取った団扇を指でなぞれば、絵の中の一人の僧が旅にでている。しっとりともしている。どのような絵であるかは分からないが、おそらく、色彩が淡くやわらかな団扇であろう。このようなスラリとした句を私も作れるようになりたいと思った。 特選句「終わらないノック紫陽花まだ蕾」。「終わらない」、「ノック」、この二つの言葉で野球の練習風景が浮かぶ。また、「紫陽花まだ蕾」という言葉で、視点はピッタリと二つに分かれる。ノックをする本人と見守る人だ。一つ目の本人の視点は、泥だらけになった本人の視線の先の紫陽花だ。二つ目の視点は、心配や期待といった緊張を伴う視線の端の紫陽花だ。そしてこの二つの視線の先に共通して見えるのは、両者共に「蕾」だ。すなわち、希望であろう。そして、「まだ」という言葉によって、まだまだという未熟さへの挑戦、「終わらないノック」から、人生はこれからだ。まだ希望がある。という、生きることへの強い意気込みが表わされている。読み手に響く一句である。
- 三好三香穂
「哀しみは誰にも言えず額の花」。誰にも言えない哀しみとは、どんなことなのでしょうか?誰かと共有出来れば、気持ちは楽になるでしょうに。しかし、そう思い込む時はあるもの。しみじみと共感しました。「草を抜くそのたましいを握りしめ」。草を抜く時、その根のかたちの様々、しぶとく抜けにくいもの、意外とスルッと抜けるもの、命のかたちに感心しながら、格闘しています。たましいととらえたところに、人の攻防、抵抗をも思い起こさせ、それを握りしめる立場、立ち位置に立たされることもありますね。
- 山本 弥生
特選句「思いきり若さに汚れ祭り足袋(小山やす子)」。コロナ禍にて田舎の伝統の祭りも中止となり、やっと三年振りに復活した祭りを土地に生れた若者が懸命に祭りを盛り上げている姿が目に浮かぶ。
- 伊藤 幸
特選句「道をしへ幾度今まで分かれ道」。作者は教職に就いておられた方だろうか。数多くの道を教師として導きつつも作者も人間。悩みつつ迷いつつ紆余曲折は数多あったであろうと思われる。今思えばそのような思い出も懐かしく愛しい人生の一頁だったのではあるまいか。
- 漆原 義典
特選句「そら豆は皮が厚いと母の愚痴」。母は91才で亡くなるまで、虫歯がなく全部自分の齒であることを自慢にしていました。でもそら豆の皮の厚さには同じように言っていました。母を思い出しました。68才の私も全部自分の歯で虫歯が全然なく、約60年間歯医者さんのところに行っていないことが自慢です。
- 亀山祐美子
今回も2022年2月24日に始まったロシアウクライナ侵攻に対する反戦歌や自然災害に対する鎮魂歌が並ぶのだが、声高に叫べは叫ぶほど後ずさりしてしまう。感情の押し付けに反感を抱く。 特選句『古書市に軍事郵便あり暑し』熱中症予防が叫ばれるほど暑い日々が続く中古書市を覗いた。赤色朱印を押された「軍事郵便」が目に止まった。戦地と家族友人を繋ぐ貴重な私信が売買されている事実に動揺が隠せない。体温が急上昇し動悸が止まらない。堪らなく暑い。検閲済みの文章に込められた感情の発露。今ある平和の礎の証。「軍事郵便」が物語る世界観に浮遊し時空を超えて想像が広がる。現在進行中の危うい世界情勢。戦後77年になんなんとする日本の平和の一日も長からむことを身勝手に切に願う。特選句『やはらかき風や太陽芒種かな』蛙鳴き田植時の梅雨入りが近づく日本らしい風情風景の芒種という期間の大らかさを詠う。人間世界の煩雑さに囚われることのない自然の豊さ伸びやかさに心が穏やかさを取り戻す佳句。「季語の説明をしてはいけない」と教わったが皮膚感覚で捉えた風と太陽の柔らかさに生きる喜びさえ感じる。平明な言葉で人生の豊さを語るお手本のような一句。?よろしくお願いいたします。皆様の句評楽しみにいたしております。
- 佐藤 仁美
特選句「子等継がぬ軒に並べし早苗箱(山本弥生)」。今年も田植えの季節が来たけど、あの頃のようにみんなで田植えもしなくなったのでしょうか。もう自分たちの代で終わりと言う寂しさが、明るい早苗の黄緑と対比して、より際立ちます。特選句「青芝を踏み踏む裸足フラダンス」。「ふ」の、韻をリズミカルに踏んで、フラダンスの楽しさが伝わってきます。
- 榎本 祐子
特選句「鳥食(とりばみ)の緑蔭を出て踊るなり」。鳥食の陰と踊るの晴れで句の奥行きを感じる。
- 山下 一夫
特選句「短夜の肉体脈打って音楽」。上五で軽く切れていると理解。肉体が脈打っているのは、鼓動のようにもまぐわいのようにも見える。「短夜」から暑さや切迫感、「音楽」から儚さが醸し出され、妖しく艶めかしい。特選句「思いきり若さに汚れ祭り足袋」。中七の措辞が良いが、欲張らずに「祭り足袋」一点に収れんさせているところが憎い。反って躍動する沢山の祭り足袋が見えてくる。問題句「蝌蚪に生まれし吾無心に泳ぎをり」。気持ちはわかるのですが、「人」に生まれるとは言っても「子ども」に生まれるとは言わないと思うのです。理屈っぽくてすみません。
- 河田 清峰
特選句「津波跡の明日葉明日に壁なくて竹本 仰)」。津波跡に海の見えない大きな壁は出来たけど明日葉には壁なく太陽が輝いている。希望を感じさせる一句。
- 植松 まめ
特選句「花デイゴ海の昏さを曳く深紅」。デイゴの花は太平洋戦争の沖縄の激戦を目撃し、その後のアメリカの基地となった今の沖縄をずっと見ている。「海の昏さを曳く深紅」に感動しました。特選句「卯の花腐し昭和の一滴は青かった」。我等が団塊の世代にとっての昭和は青臭い。今も青春を引きずっているその証拠にフォークソングを聴くと胸があつくなる。くたびれたとは言えまだまだ気だけは若いつもりだ。
- 稲 暁
特選句「万緑や奥へ奥へと逢いに行く」。万緑の奥の奥に待つのは何者なのか?夢の中のワンシーンのような不思議な印象を与える作品だと思った。
- 石井 はな
特選句「金魚ゐて病める子のゐて保健室」。登校しても保健室しか居場所のない子がいると聞きます。そうなら病んでいるのは子でなく社会…金魚鉢で一生を終える金魚が共感を呼びます。
- 高橋美弥子
特選句「身の芯に水の匂いの夏未明」。実感として共感できる部分がありました。 少し生々しい匂い。夏の未明だからこその一句と思います。問題句「シャワー全開血腥流す少女の梅雨(淡路放生)」。いろいろに読める。少女の内面にこびりつく血腥さなのか、リストカットの血なのか、生理の血なのか。いずれにせよ「少女」だから成立する。読者を煽るような一句。以上です。
一身上の都合により、長くお休みを頂いておりました。なんとか句会に参加できるまでになりましたので、あらためてよろしくお願いいたします。どうか御無礼をお許しくださいませ。
- 寺町志津子
特選句「蛍火つーと草の根照らす妻の忌へ」。蛍火に奥様の魂をみた作者。奥様を亡くされた哀しみがひしひしと胸に迫ってきます。問題句「木下闇そと始めたし尻つぼめ体操」。 面白いと思いましたが、最後の体操がなければ可。
- 竹本 仰
特選句「卯の花腐し昭和の一滴は青かった」:高校の時図書室で読んだ田宮虎彦『卯の花腐し』を思い出し、そういえば下宿生の主人公が貧しいことを言えず、ナマのうどんの玉を食ってるところを女家主に見つかってしまう、そんな場面がよみがえりました。泣くに泣けない何とも言えぬ情景に、昭和の戦前の青春がぐっと詰まってたなあ。というか、現代っ子には理解できない、隠れるようにこそこそ誰からも見られないように家の貧しい弁当を食べていた時代もあった。自分の家の弁当を開けっ広げに食うなんて、あり得ないことだった。何だそんな事、じゃない、命がけのことだったような気もする。特選句「金魚ゐて病める子のゐて保健室」:金魚と保健室の取り合わせは絶妙だと思う。ものが言えない子がだんだんと教室から追いやられ、保健室がいつしかそういう子の国境ラインのようになっていた。かつて高校演劇のコンクールで、4本続けて保健室が出てきたことがあった。決してシャウトしない、静かな演劇が成り立っていた。今とそうその状況は変わっていないだろう。ワルが暴れて学校から去る時代じゃなく、静かな子がいつのまにか学校から次々消えていった。歴史は辺境から大きく変わっていくとよく言われる。同じことだと思う。ものを言わないものほど本質をとらえている、そういう一景だと理解した。特選句「立ち止まるところが在り処草清水」:<道のべに清水流るる柳陰しばしとてこそ立ちどまりつれ>という西行の歌があった。西行は何のもの思いをしていたのだろう。冒険をしない日の冒険家をいかに描けるか、むしろ少年はそちらの方に惹かれる、と詩人・清水哲男は書いていたが、その小休止がここに感じられる。ゲーテは、ひとは沈黙の間に変わるという。とうとう来たか、何か、かわる。何かはわからないが、かわる。ここだ。という感覚かと思った。以上です。?繰りかえし繰り返し皆さんの句を読んでいると、十句前後の選句というのがいかにも残念な。ことばの海に浸かって、いいなあ海は、という感覚になりました。ああ、読めば読むほど、自分の狭い場所がよく見えてくるようで、すると、何だかいい気持になります。みなさん、また、次回も楽しませてください。
- 松本美智子
特選句「月の雫舐めておほむらさきの瑠璃(あずお玲子)」。とても美しい句ですね。まるで絵本の1ページを切り取ったかのような詩情のあふれる素敵な句だと思いました。おもわず改めてオオムラサキを画像検索してしまいました。この世には素晴らしい生命が宿っていることをつくづく実感します。この世の生きとし生けるあらゆるものが、どんな大義によっても奪われる権利はないはずです。
- 銀 次
今月の誤読●「金魚ゐて病める子のゐて保健室」。わたしの記憶のなかの保健室はいつも白い。白いカーテンに白いシーツのかかったベッド。ところどころペンキのはげた壁も白く塗られていた。そのころのわたしはいわゆる「病弱な子」で、熱を出して、保健室で休むということがしばしばあった。喧噪の教室を離れて、オキシドールの臭いのする保健室に入るということは(同伴の学級委員の手前辛そうにしていたが)じつはわたしにとって「甘い快楽」であった。それは自分だけが特別な存在であることの証であり、特権的な扱いをされても当然という立場だったからだ。むろん後ろめたくはあったが、その背徳感も含めて甘やかな時間だった。ベッドに横たわるとスーッと天井が高くなる。目を閉じれば、微熱がわたしを包んで幻想へと誘う。そんななかでわたしは静かで透明な時間を過ごす。と、コンコンと窓をノックする音がする。誰かはわかっている。同級生のタカシだ。「おい、仮病」と声をかけてくる。むろん返事はしない。再びタカシが窓を叩く。「仮病なんだろ?」と怒ったようにいう。わたしは窓に背を向けたまま「熱があるもん」。「何度だ?」「七度二分」「へっ、そんなの熱のうちに入るかよ」「ふらふらする」「ふーん」といったまま沈黙に入る。タカシはしばらくいて、そっと帰っていく。気配でわかる。そしてまたわたしはまどろみのなかに入ってゆく。目が醒める。さっきタカシと交わした会話は夢だったのか。そう思いつつ窓辺を見ると、しおたれた野菊が一本置いてあった。教室へ帰ると、タカシはわたしのことを完全に無視して男友達とプロレスなんかの話をしている。思えば保健室以外でタカシとわたしは話したことがない。ふたりの関係がなんだったのかはいまもよくわからない。そうそう思い出した。保健室には金魚鉢があってそこにつがいの真っ赤な金魚が飼われていた。色彩といえばその金魚の赤と野菊の紫。それがわたしの保健室だった。
- 高橋 晴子
特選句「遠いサーカスてのひらの螢」。対称的なものを対比させてどちらも生き生きと把握している面白さ。
- 荒井まり子
特選句「夫より目にするTシャツのゼレンスキー」。素直の日常になっている彼を画面で目にしている日常が異常なのに。健康を願うばかりだが。早く終息を祈る。虚しい。
- 野﨑 憲子
特選句「一滴になるまで生きる額の花」。「額の花」は、紫陽花の原種。主に温暖な海辺の山野に自生する。「額の花」がいい。<一滴になるまで生きる>に、紫陽花のたましいを観た。長引く紛争の中、この額の花のような生き様に限りなく憧れる。問題句「憲法の日万歳!憲子バンザイ!」。私へのエールと思える一句。作者と選をしてくださった方々に大感謝!ただ、放生さんを詠まれた「天の川美し放哉も放生も」により惹かれた。これからますます楽しみにしています。
袋回し句会
田水張る
- 田水張る鍬と男(おのこ)の影ひとつ
- 三好三香穂
- 田水張る夕べ河童がやつて来た
- 野﨑 憲子
- 田水張る中へ夕日の燃えて落つ
- 風 子
- 田水張る男に妻子ありにけり
- 柴田 清子
- 空間の奥の空間田水張る
- 淡路 放生
紫陽花
- 青背負いあじさい村に夏が来る
- 銀 次
- 雨の紫陽花ジャズジャズジャズジャズ
- 野﨑 憲子
- 磴登るごと紫陽花に溺れゆく
- 風 子
- あじさいは定形である十七字
- 淡路 放生
- あじさゐの青薄れゆく蒙古斑
- 大浦ともこ
- 紫陽花の夜送られる送り人
- 藤川 宏樹
肉体
- 肉体は音楽どこまでも夏
- 野﨑 憲子
- 肉体の茅の輪くぐりかMRI
- 中野 佑海
- 夕焼小焼今日一日の肉体
- 柴田 清子
- 石屋から肉体の出る羽抜鶏
- 淡路 放生
螢
- 掌に螢束の間飼はれゐる
- 大浦ともこ
- 死ぬために螢高きへ昇りゆく
- 風 子
- 肉体を出づる愛語やほうたる
- 野﨑 憲子
- 螢袋灯せるほどの恋心
- 中野 佑海
- 闇の芯にふれそうなとき螢飛ぶ
- 三枝みずほ
- 蛍狩り養父養母を掻き回す
- 淡路 放生
六月
- 沖縄の砂糖は生成り六月尽
- 大浦ともこ
- 六月のかきまぜてかきまぜて納豆
- 野﨑 憲子
- 波止へと続く六月のプラタナス
- 風 子
- たっぷりと墨するように六月尽
- 中野 佑海
- 六月の青空水の匂ひして
- 風 子
- 考える葦六月を犯すのか
- 淡路 放生
- 六月ややっと立つ児と駅ピアノ
- 藤川 宏樹
- 六月の横丁曲がれば雨上る
- 銀 次
【句会メモ】
猛暑の中、コロナ禍の中、今回も9名で句座を囲むことができました。事前投句参加者は、74名。ますます多様性を帯び面白くなってまいりました。句会は4時間ですが、ふじかわ建築スタヂオの 藤川宏樹さんのご厚意で前回に続き時間をオーバーして句会を楽しむことができました。感謝です。
Posted at 2022年7月3日 午後 02:13 by noriko in 今月の作品集 | 投稿されたコメント [0]