2023年7月23日 (日)

第141回「海程香川」句会(2023.07.08)

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事前投句参加者の一句

水やりの子に七月の雨笑う 松本美智子
死なないよニセアカシアは揺らぎおり 竹本  仰
扇風機共に老ゆれどわが戦友 柾木はつ子
白杖にすれ違う朝水無月尽 向井 桐華
感情を抑えきれずに薔薇は咲く 月野ぽぽな
太宰忌の自分史編集割引キャンペーン 新野 祐子
梅雨星や勝ちて得しもの我になし 稲   暁
蜘蛛の囲に夫の掛かりてギャーと吼ゆ 三好三香穂
凌霄花走る短き導火線 亀山祐美子
母にまた母いて嬉し初鰹 菅原 春み
弟かも知れぬほうたる私す あずお玲子
四畳半一間扇風機が猫背 藤川 宏樹
白黒の振り子ちぎれて梅雨明ける 岡田 奈々
夏に棲むニュープリンスリーダーズ水底に 中村 セミ
は・は猿田彦串刺しの鮎がぶりかな 樽谷 宗寛
<ワグナーの楽譜を見る>湖畔の夏線描の音符リズム美し 田中 怜子
隣街旅人気取りのサングラス 山本 弥生
左京区東大路通丸太町上ル聖護院。白雨 田中アパート
迫りくる借景の山吾と緑 薫   香
青畳魂寄れば飯を食う 十河 宣洋
兵士生るちちははつまこ蜘蛛の囲に 岡田ミツヒロ
夕立や我あたふたと地蔵となる 若森 京子
思いきり泣いて忘れて古代蓮 伊藤  幸
ベネチア派の絵画一幅梅雨晴れ間 滝澤 泰斗
太陽をまともに受けて流し雛 小山やす子
梔子のかすかな黄ばみ偏頭痛 三好つや子
掴まらぬ冷素麺や兜太の句 塩野 正春
夏ひばり残光浴びて地を這いぬ 森本由美子
静脈の力強さや聖五月 重松 敬子
どうすればいいの黒蟻溶ける溶ける 高木 水志
空蝉や生きる正解たずねみる 増田 暁子
春夕焼西へ西へと高速バス 菅原香代子
病葉や妣の写真は色あせて 漆原 義典
持ち主の逝きし日傘が老いてゆく 銀   次
子燕や着こなしてをり一張羅 佳   凛
背伸びしてのぞく揺り篭さくらんぼ 大浦ともこ
笹百合愛づるその眼差しの非戦かな 野田 信章
風切羽上手に使い夏に入る 榎本 祐子
五指ゆがむ老のすきまを砂時計 飯土井志乃
指濡るる礎の刻銘沖縄忌 河田 清峰
夏山や溺れし蟻の足つまむ 豊原 清明
青柿や迷路の果てぬ不登校 山下 一夫
立葵つま先立ちの半世紀 松本 勇二
白日傘から嘘がはみ出している 柴田 清子
青野までぶつかってゆく子の寝相 三枝みずほ
Jijijijiji セミよそんなに寂しいか 島田 章平
母配る身ほとりの風丸団扇 川本 一葉
人は無口で枝豆になお塩を振る 大西 健司
不可解な虫の世界に人も棲む 鈴木 幸江
瓶ビールの泡が好きなる百一歳 稲葉 千尋
夏の恋わかってほしい口内炎 津田 将也
書物という空蝉死後も山河在り 山田 哲夫
青蛙ひとみに雲の流れゆく 増田 天志
獰猛な黒い伏字に蠅とまる 桂  凜火
山奥の水源にあり夢の跡 佐藤 稚鬼
香水をつかひきつたる體かな 小西 瞬夏
郭公の声の近くに棲んでゐる 谷  孝江
白南風や百の板戸を開け放つ 松岡 早苗
父の日の座して半畳モノクロに 荒井まり子
「おー」「おー」と亡師(し)の声秩父緑濃し 寺町志津子
白湯という甘露ありけり夏きざす 石井 はな
空見たくひっくり返へりたる海月 風   子
モト彼の話する人蚊を叩く 野口思づゑ
国境がそこにただあり向日葵畑 吉田 和恵
花合歓の風速0の思考かな 佐孝 石画
つついたら愛に傾くグラジオラス 河野 志保
旅夢想彼処に水葱や百済仏 福井 明子
しろよひらうきもつらきもむなしくと 時田 幻椏
向日葵を供う最後の飼犬に 植松 まめ
軽からぬ蛍手渡す子から母 疋田恵美子
海牛(あめふらし)ほどの一両電車かな 男波 弘志
梔子の香りに溶けて道忘れ 川崎千鶴子
愚かさの限りを尽くし虹立ちぬ 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「人は無口で枝豆になお塩を振る」。情景がよく描写されている。それにより、その奥にあることばにならない感情が伝わってくる。散文的な書き方ではあるが、「で」「なお」に工夫があって一句となっている。

増田 天志

特選句「笹百合愛づるその眼差しの非戦かな」。非戦と反戦。どう違うのか。どちらも、闘い取るものではあるが。

松本 勇二

特選句「風切羽上手に使い夏に入る」。作者ご自身の風切羽です。どのような風でも上手く切り抜け、夏を迎えられたようです。特選句「青野までぶつかってゆく子の寝相」。寝相の悪さを「青野までぶつかって」と喩えてあっぱれです。感覚の冴えを感じます。

福井 明子

特選句「青柿や迷路の果てぬ不登校」。青柿に果てない問いの深さが込められています。しかしながら、かたくなな青柿も、やがておのずからなる熟しを目指します。そんな願いをいただきました。特選句「書物という空蝉死後も山河あり」。かたちあるものはすべて骸(むくろ)、わが命が尽きても、そこに在り続ける山河。おおらかなリズム感。何度も口づさみたくなります。 

佐孝 石画

特選句「あじさいの全ての色を諦める(男波弘志)」。痺れた。「全ての色を諦める」というフレーズがよくぞ降りてきたと思う。「あじさい」の物語として提示されているが、読み手はまず、自分の境涯に照らし合わせて味わうことになるだろう。諦めたことへの讃嘆か、それとも悔悟か。また、咲き誇る紫陽花についてか、枯れはじめた紫陽花か。おそらくこのような読み手の逡巡こそ、短詩型文学である俳句の真骨頂なのだと思う。さらに深読みすれば「色」は単なるカラーにとどまらず、仏教用語の「色・しき」(物質的存在の意)にも通じる。いずれにせよ「全ての色を諦める」という世界は、圧倒的に美しく、せつない。そして、作者の紫陽花という自然物への憧憬と、己が人生へのゆるやかな肯定が見えてくる。

豊原 清明

特選句「モト彼の話する人蚊を叩く」。モト彼と彼女を観察しているひとの視線が、良かったです。問題句「夏の彩り反核カレー注文す(稲葉千尋)」。「夏の彩り」が、ちょっと気になりましたが、パワーを感じて良いと思いました。

十河 宣洋

特選句「Jijijijiji セミよそんなに寂しいか」。爺が蝉になっているようで楽しい。言葉遊びが過ぎるという向きもあると思うが、それはそれ。歳をとるといつの間にか周りから知人が減っている。寂しいかと問われることも少ない。特選句「書物という空蝉死後も山河在り」。厳しい指摘のように思う。書物が空蝉だという。書棚に放置された本へ鎮魂のように思えた。山河は瑞々しいのだが持ち主が枯れ始まっている。

大西 健司

特選句「海牛(あめふらし)ほどの一両電車かな」。ちょっと素っ気ないと思いつつも、どこかユーモラスな一両電車にひかれ特選にいただいた。ただなぜ海牛にあめふらしとルビを振ったのか、ただひらがなであめふらしでいいように思うがどうだろう。

岡田 奈々

特選句「四畳半一間扇風機が猫背」。読むたびに笑いがこみ上げてきます。小学生のころ家にあった、重い鉄の扇風機。真っ直ぐに立てても、直ぐ頭が重くて下がってくる。猫背という借辞が、ぴったり過ぎて笑えてしょうが無い。持ち主も年取って、猫背で。哀愁とおかしみとで、ゴリコリ鳴る扇風機の音まで、哀しく聞こえてきそうだ。特選句「無私無私無私無私無私無私無私シャワー(田中アパート)」。梅雨の蒸し暑さでべっとりした私。シャワーの格別の気持ち良さがよく分かる。「かたつむりのどこまでもどこまでもひとり旅」。ひらがなばかりで書かれているので、かたつむりのゆらゆら這う様子と、所在無い私が重なる。「母少しおこらせたままラムネ玉」。何が母を怒らせたのか。爆発寸前で止まった、詰まったラムネ玉のように機嫌悪い悪い。「夏に棲むニュープリンスリーダー水底に」。要らなくなった英語の教科書。もしかしたら、英語なんてするもんか。って放り投げた教科書が、死体のようにユラユラ浮かんできた。40年後。「蓼食う虫ずらりと並ぶバツ印」。お見合いサイト。どうやって意思を表明するか知らないが、どれも私好みではない。と、私も言われてる。「青畳魂寄れば飯を食う」。座敷に皆で座れば、生き御魂も、亡くなった人も、老いも若きも宴会宴会。「掴まらぬ冷素麺や兜太の句」。冷や素麺のなかなか捕まらないのと兜太先生の俳句の難解さが、よく合っている。「大南風放置自転車張り倒す」。なぎ倒された自転車。風にアッパーカット喰らったのね。「夏の恋わかってほしい口内炎」。口内炎は此方の予定に関係なく出来ちゃいます。また、疲れると余計。でも、これって誰になにをわかってほしいのか、分からない所が面白い。痛さだけが無性に伝わる。

藤川 宏樹

特選句「海牛ほどの一両電車かな」。木製床、天井扇風機ぶんぶん、大正生まれ。高松市街を撮り鉄人気のコトデンが走ります。あまたの踏切で朝夕渋滞。のろのろ具合は海牛ほど、色合まで似ている名物電車です。「海牛」を「あめふらし」と読ませるもまた妙なり。

若森 京子

特選句「青畳魂寄れば飯を食う」。一読して単純に懐かしい一家団欒の風景を思った。現在の核家族で時間差のある淋しい食卓と真逆の家族の懐かしい暖かい色彩を感じる。特選句「旅夢想彼処に水葱や百済仏」。夢の中で初めて体験する様な不思議な世界にひき込まれた。水葱と百済仏の対比も現実と彼岸の狭間をさまよっている様で、これが夢想の旅なのか。

滝澤 泰斗

『「おー」「おー」と亡師の声秩父緑濃し』。朝日新聞俳壇欄の選は毎週金曜日に朝日新聞東京本社と並びの浜離宮ビルの一室で行われていた。金子先生が選者に加わった頃は山口誓子を筆頭に、稲畑汀子、川崎展宏、そして、わが師・金子兜太先生。先生のお出ましは最も遅く、昼近く。そして、夕方5時頃まで、当時の投句葉書約7千通に目を通し、選をされていらした▶当時、朝日新聞社は歌壇の四選者も含め、選者の慰労を兼ねて順番に海外旅行にお連れしていた。当方に、その担当ということで、お鉢が回ってきた。お役目とは言え、金曜の午後3時は極力他の仕事を入れず、俳歌壇詣でで、金子先生と雑談をすることがルーティーンワークだった▶午後3時頃になると、他の選者は既に居なく、俳壇担当記者と金子先生だけ・・・先生の一服入れる時を見計らっての時だった。ドアを開ける、掲句の通りの「おー」おー」の声に招かれた。先生との話は旅行の話が主で、俳句の話は記憶にないが至福の時に違いはなかった。私にとってはその時の会話と先生ご夫妻をご案内した旅が、朝日を辞した先にあった「海程」への道筋だった。特選句「羽根ペンとインク壜はるか夏空」。高温湿潤が夏のイメージだが羽根ペンとインク壜の取り合わせが、美しいすがすがし夏空を想起させた。気持ちのいい作品。「母にまた母いて嬉し初鰹」。母や父を題材にした句に弱いところがあると認識しつつ・・・やはり、選んでしまう。「四畳半一間扇風機が猫背」。扇風機、其れも、やや古びた扇風機のある景はコマーシャルではないが、「昭和かよ」と思いつつも、掲句のごとき、愛惜の情を惜しまず。「静脈の力強さや聖五月」。静脈が聖母マリアの聖五月なら動脈はイエスの五月かと理屈はともかく静脈が脈を打っているような力強さを感じた目の確かさに、聖五月の季語を充てて見事な一句に仕上げた。「指濡るる礎の刻銘沖縄忌」。平和記念公園の「平和の礎」を、涙を拭った指でその刻銘をなぞる。沖縄の悲劇は涙を枯らさない。「青柿や迷路の果てぬ不登校」。不登校とあるから中学、高校生か、思春期は万人に来て、迷路もあれば横道もある、時に袋小路に陥りどうにも身動きができない時もある。齢重ねて、人は、そんな若かりし頃を冷静に見る目も養ってくる。共鳴しました。「国境がそこにただあり向日葵畑」。未だ、クリミア半島がソ連時代のウクライナ地方だった頃、ひまわり畑が延々と続く様に驚嘆したことがあった。それが、2014年、プーチンによって強引にロシア領に併呑され、更に、2022年ウクライナ東部の穀倉地帯を分割するごとく線を引いた。為政者にとっての国境の意味とそこに住む人の生活の場である国土の境は全く違う。

月野ぽぽな

特選句「静脈の力強さや聖五月」。動脈の力強さ、ではなく、静脈の力強さ、とすることで、力強さが増強しますね。聖五月もよく効いて、一句が生命力そのものとなっています。

稲葉 千尋

特選句「神鏡に父似の貌や青葉木菟(河田清峰)」。おそらく作者自身の貌であろう。それを父似としたのが良かった。季語も。特選句「海牛(あめふらし)ほどの一両電車かな」。海牛もアメフラシもよく似ているように思う。一両電車さもあらんと思う。発想が良い。

桂  凜火

特選句「立葵つま先立ちの半世紀」。自分のことかこの日本のことかいやいや世界のことか平和でつつがないともいえるけれど一皮めくれば、つま先立ちの不安定な危なかっしい時代だったのかもしれないと振り返りました。

増田 暁子

特選句「兵士生るちちははつまこ蜘蛛の囲に」。一人の兵士に父母妻子が居る現実。戦するな。特選句「持ち主の逝きし日傘が老いてゆく」。逝く人の日傘も老いてきたのか。寂寥の思い。

樽谷 宗寛

特選句「海牛(あめふらし)ほどの一両電車かな」。はじめて知りました。調べてみました。私にとつて新しい出合いでした。

塩野 正春

特選句「湖畔の夏線描の音符リズム美し」。いささか俳句としてのリズムに欠ける感はするがその内容に惹かれました。ワーグナーの楽譜との添え書きがありますが音楽の素養のない私も楽譜の美しさに感動します。この音符の羅列、時に整然と、時に乱れて表現される二次元の線描から素晴らしいメロディーが生まれることが想像できません。西洋音楽に限らず和楽の謡曲、長唄などなどの音符表現も素晴らしいものがあり、長い世代を繋いで生き延びています。音楽という世界を繋ぐツールを俳句に引き込んだ着眼に感激します。 特選句「香水をつかひきつたる體かな」。“香水を使い切った”とはなんという大胆な表現でしょう。香水を使って己の肉体を美貌を誇示し、そして今はリアルな体、いや、體を残して生き生きしておられるという事でしょうか? 平易な言葉を使ってこんなにもリアルに深く体やこころの変化を詠まれておられ、現代俳句の本質に迫る句と考えます。問題句「静脈の力強さや聖五月」。静脈とは何か、キリストやアダムとイブの静脈か、それとも己の静脈か。確かに絵画などで静脈が太く描かれる場合がありますが、ご自分の静脈を重ねておられるのかどうか、今一ヒントが欲しい気がします。季語‘聖五月’と‘静脈’は不思議によく合います。

津田 将也

特選句「感情を抑えきれずに薔薇は咲く」。下界からの刺激や印象を受け容れる力、物を感じとる力など、作者の、この感受性を特に褒めたい。特選句「どうすればいいの黒蟻溶ける溶ける」。蟻が俳句に登場したのは、比較的新しく、大正以降といわれる。どこにでもいて、人間には身近な存在。①女王蟻。」②羽を持ち繁殖期にだけ出現する羽蟻(オス)。働き蟻(オス)。この三者が組織化された集団生活を営んでいる。特に働き蟻は、女王蟻や仲間のため、灼けつくような夏の炎天下を厭わずに働く。俳句で、「蟻」は夏の季語。「蟻の列」「蟻の道」「蟻の塔」「山蟻」などの季語を使っての、多くの俳句が詠まれている。この句の、「溶ける溶ける」のリフレインが好ましい。

柴田 清子

特選句「麦茶飲むそんな日常賜りぬ(野口思づゑ)」。残されたあと僅かを、こんな平常心の日常をすごせたら、どんなに幸な人生であったと思えるかも。そう思いたいから。

山田 哲夫

特選句「弟かも知れぬほうたる私す」。「ほうたる」の舞う様に今は亡き弟の魂ではないかと感じ、何時までも手元に大切にしておきたいという想いとらわれるところに共感。特選句「野遊びの続きのような家庭かな(重松敬子)」。「野遊びの続きのような」という比喩からこの家族の家庭での明るく伸びやかで屈託のない生活の様子が想像されてくる。比喩の手柄か。

鈴木 幸江

特選句評「母少しおこらせたままラムネ玉(三枝みずほ)」。“まま”の語意の①に、物事のなりゆきに随うさま、というのがある。“なりゆきのまま”にその場をやり過ごすときは、どこか正しくないことをしている感情と情況が多いのだが、この句に登場する母はなぜか幸せそうだ。“ラムネ玉”の不可知な動きとガラスの透明感が善く効いている。特選句「四畳半一間扇風機が猫背」。目的と理由があって小部屋で扇風機を下向きに設定しているのだ。それをいきなり“猫背”と表現し、ぴったりと思わせる。俳句の底力、アニミズム万歳である。

男波 弘志

特選句「夕立や我あたふたと地蔵となる」。あたふとたとしている人間であるので、この人は仏にはなれてはいないのだが、何かの瞬間に人を超越した気分になることがある。しかし我々愚鈍な人間によりそうには、先ずもって人間そのもののにならなくてはならない。よく教えるとかいいますが、そんなことは人間だけが考えていることであって、虫でも魚でも、草でも鳥でも、そんな大それたことを考えてはいない。教える必要もなければ、教えて貰う必要もない。あたふたとしている自分がそのまま地蔵になって、人間の醜態を合わせ鏡になって見せているのだろう。夕立ちは往来の人々が右往左往するのに十分な自然の脅威をみせている。なかなか巡り合えない玉句であります。

島田 章平

特選句「左京区東大路通丸太町上ル聖護院。白雨」。見事な省略。住所しか書いていないのに、白雨に煙る京都の街が鮮やかに見える。

谷  孝江

特選句「弟かも知れぬほうたる私す」。切ない思いが一杯に胸に広がりました。主人を亡くした時、十歳年下の弟に先立たれた時、言いようのない淋しさに包まれました。もう十年以上も前のことです。その年の夏、螢が一匹窓辺に止まっているのに気付いた時の嬉しさは言いようのないものでした。来てくれていたのだ、言葉には出せませんでしたが、励まされました。「しっかりと生きて行かなきゃ」「どこかで見ていてくれる人があるから」今だにあの日のあの時の事が私の体に沁みついて忘れられないでいます。

田中 怜子

特選句『「おー」「おー」と亡師の声秩父緑濃し』。「おー」という先生の応答なつかしいですね。あのずばずば力強い批評の言葉がなつかしい。 先生が危惧しておられた安倍政権の延長線上の今日の政治状況、軸となる方がいないことに寂しいですね。と思う反面、何時までも恋々と頼るな!特選句「海牛(あめふらし)ほどの一両電車かな」。いすみ鉄道にしても地域住民や、ローカル線に愛着持つ人々の優しいまなざしをうけて、田園地帯をえっちらおっちら走ってくる一両電車! あめふらしのように彩ゆたかな、子供が好きな電車がいいですね。特選ではないのですが、「四畳半一間扇風機が猫背」。の猫背の扇風機、この夏スイスに行き、ルツエルンの情けないベッドだけ部屋の机の上に、TOSHIBA製のずんぐりむっくりの扇風機がありました。首のない猫背です。その扇風機にブラウス等をかけて乾かしました。

河田 清峰

特選句「かたつむりどこまでもどこまでもひとり旅(飯土井志乃)」。ふりかえらない前向きな姿が良かった。以上よろしくお願いいたします。山形吟行楽しみです。

植松 まめ

特選句「四畳半一間扇風機が猫背」。昔よく聞いていたフォークソング「神田川」の老後版かな。古びてなお律儀に仕事をしている扇風機。扇風機が猫背に哀愁がある。特選句「国境がそこにただあり向日葵畑」。未だ終わらぬウクライナ戦に心は痛む。必要なのは武器ではない停戦への働きかけだと思う。国と国との思惑で引かれた国境そこに住んでいたために起きた災禍、向日葵畑は美しいのに…………。

川本 一葉

特選句「山奥の水源にあり夢の跡」。夢の跡とは何だろう。思い出のことだろうか、水源という宝のことだろうか。上流と辿って水源を探したことが幾度かある。夢というのは眠っているときに見る夢のことかもしれない。想像が膨らむ句だと思う。

川崎千鶴子

特選句「五指ゆがむ老のすきまを砂時計」。老いると指はゆがんで、その隙間を砂時計の砂がさらさら落ちる。または時がさらさら抜けていくという意か?見事な表現で素晴らしいです。「書物という空蝉死後も山河あり」。書物のように空蝉には詩が生まれ、物語が生まれ。空蝉にはそういう特別な存在感にあふれている。そして長く長く空蝉のまま存在し自然の景となり、山河と悠然とある。

三枝みずほ

特選句「瓶ビールの泡が好きなる百一歳」。長寿を謳歌するとはこういうことだろう。瓶ビールを共に飲む人がいることに百一年間の人生があり、生き様がみえてくる。

三好つや子

特選句「空蝉や生きる正解たずねみる」。正解のないものに正解を求めようとして、一生を棒に振ることも。そんな愚かで、愛すべき人間の姿が句に込められているようで、心に刺さりました。空蝉の存在感をうまく表出しています。特選句「無私無私無私無私無私無私無私シャワー」。汗まみれのからだが浴びるシャワーの快感。ムシムシした暑さを増幅させる「無」と「私」のリフレイン、それがシャワー後のなんだか滝に打たれたような境地ともつながり、注目。「五指ゆがむ老のすきまを砂時計」。老のすきまという表現がすごい。「青野までぶつかってゆく子の寝相」。元気いっぱいの寝相が浮かび、幸せな気分になりました。「書物という空蝉死後も山河あり」。空蝉の捉え方に独自性があり惹かれましたが、推敲すればさらに光ると思います。「あめんぼが鳴いたと耳がそう言った(銀次)」。そういう頑固一徹な耳に、すこし淋しさがあり、詩情を感じます。

野口思づゑ

特選句「兵士生るちちははつまこ蜘蛛の囲に」。ただ数、として駆り出されているのではとすら思えるように戦場に送り出される兵士たち。ご家族の行き場のない、踠き苦しむ状態が「蜘蛛の囲」で映像のように表現されている。「兵士生る」時家族の苦悩も「生まれる」のである。特選句「空蝉や生きる正解たずねみる」。もしかしたら私たちが目にする蝉は今「他界」にいる姿なのかもしれない。となるとその変遷の証拠のような空蝉は現世の道理を知っているのでは、と思える気がしてきた。

松岡 早苗

特選句「母にまた母いて嬉し初鰹」。お母様もおばあ様もご健在の作者がうらやましいです。親孝行できる相手がいる幸せ。三世代そろって賑やかに初物に舌鼓を打つことができる喜び。「嬉し」と言い切ったところがとてもいいと思いました。「海牛ほどの一両電車かな」。春風の中、海沿いの単線をトコトコやってくる一両の電車。海牛のようにカラフルなその電車が行ってしまうと、突然空は黒い雲におおわれ、雨の匂いがしてきました。そんなメルヘンチックな想像をしてしまいました。

河野 志保

特選句「指濡るる礎の刻銘沖縄忌」。沖縄戦戦没者への思いが切々と伝わる。刻まれた名前を、指を濡らしなぞる哀しさよ。非戦の誓い新たに。

高木 水志

特選句「白湯という甘露ありけり夏きざす」。夏の初めの頃に白湯を飲んでリラックスをしている様子が見えてくる。

石井 はな

特選句「持ち主の逝きし日傘が老いてゆく」。親しい友人、家族が亡くなり時間が止まってしまった様に感じても、遺品の日傘は確実に古びてゆく。記憶が薄れていく寂しさが残された日傘に象徴されて、悲しみが増します。

中村 セミ

「誘蛾灯涼しくみえていのちかな(十河宣洋)」。誘蛾灯の灯りは虫達の寄り所であるが、はいったら、でれぬ地獄、死のみ待つという、現代に通ずる、それは場所よりも心情というか,人間関係に、そういうものを感じるあったりする。特選としたい。「五指ゆがむ老のすきまを砂時計」。も気になった。「どうすればいいの黒蟻溶ける溶ける」。なぜ溶けるかわからないが、自分が溶ける事を言っているのではないか、何かにつまっき、あんなに、働き蟻であった自分が,簡単に溶けるというかのごと、きこえてしまった。

亀山祐美子

特選句「持ち主の逝きし日傘が老いてゆく」。深い愛情を感じます。

風   子

特選句「羽根ペンとインク壜はるか夏空(増田天志)」。羽根ペンで書き物をしている珈琲館の女主人がいました。若くはなかったその人の洗練された美しさに見惚れ、ひたすら憧れていた私はまだ若かった。彼女は若い頃、パリで絵描きの恋人と暮らしていたと、同時期パリにいた知り合いの絵描きに聞きました。

向井 桐華

特選句「静脈の力強さや聖五月」。 ドクドクと音が聞こえて来る。 最近入院を経験したので、その時の事が色々思い出されて共感しました。特選句「向日葵を供う最後の飼犬に」。静かな哀しみと向日葵の黄色のコントラスト。余計な言葉がひとつもない。最後の飼犬としたことで、作者の背景が見える。

佳   凛

特選句「蜘蛛の囲に夫の掛かりてギャーと吼ゆ」。他にも沢山良い句がある中で、どうしても、譲れなかった特選句です。私も毎朝、蜘蛛の囲を取り除くのがしごとです。でも取り忘れた所に、何時も誰かが、ぎゃーと吠えているので、とても共感して頂きました。

榎本 祐子

特選句「青畳魂寄れば飯を食う」。青畳の清浄空間に魂が寄る景から一変して「飯を食う」との日常。その落差の内に実を感じました。

寺町志津子

今月もバラエテイに富み、心惹かれる句が多く、迷いに迷った選句でした。 特選句「枇杷の実や三歳児姉となる朝(大浦ともこ)」。誕生されたのは妹さんだったのでしょうか?弟さん だったのでしょうか?姉となるお子さんの胸膨らむ思いに温かないじらしさを感じました。特選句「母にまた母いて嬉し初鰹」。ご長寿のご家族なのですね。この句にも温かなご家庭が伺われ、明るい思いで頂きました。問題句「Bababababa ばばはbikeで墓参り(島田章平)」。尾崎放哉ばりで面白いとは思いましたが「?」の思いもいたします。

伊藤  幸

特選句「愚かさの限りを尽くし虹立ちぬ」。人間とはまことに愚かな生き物。そしてまた可愛い生き物。最後良ければ全て良し、神様は笑っておられることでしょう。特選句「母にまた母いて嬉し初鰹」。嬉しと初鰹が溶け合って功を奏している。長寿大国日本、元気で長生きされますように。

あずお玲子

特選句「四畳半一間扇風機が猫背」。昭和の狭い下宿先でしょうか。これといった家財道具もなく、古い扇風機が窮屈そうに回っている。起こしても起こしてもなぜか少し下向きで、それを見ている私自身も猫背であることに気付く。何がどうしたということが一切なく、しかも助詞以外はすべて漢字で淡々と読み下ろしていく期待感が、「凪のお暇」(黒木華のドラマの方)のように、今は人生のほんの一時のお暇期間であるよという明るさも内包しているようにも思えて、大変楽しく読ませていただきました。特選句「父の日の座して半畳モノクロに」。父親が座っている半畳程の場所がモノクロに見えている。父親はこの場所でいつも無口に胡座をかいていたのでしょうか。父の日に(もしかしたらもう居ない父親と)同じ場所に座って、父親の圧倒的な存在感と作者の喪失感を手に取り、その思いを場所と色で表している作品と思います。

柾木はつ子

特選句「子燕や着こなしてをり一張羅」。燕尾服が一番似合うのは正に燕そのもの。しかも一張羅。他に着るものとてありません。掲句の作者のセンスに感服です。特選句「国境がそこにただあり向日葵畑」。向日葵と言えば半世紀ほど前に観たソフィア・ローレンの映画を思い出します。あの時から私の頭には向日葵は哀しく切ない花と言うイメージがこびりついて離れません。戦争の悲劇…同じ様な事が日本人にもあったそうですね。そして今もその地で繰り返されているであろうことを… 。

野田 信章

問題句「瓶ビールの泡が好きなる百一歳」。は、一応入選とした上での問題句とした。白寿を超えて百一歳になられた方への賛意の込もった句である。私もやがて百一歳に達するかと生の意欲を鼓舞される句柄である。故にここは「缶ビールの泡が好きだと百一歳」と断定的に書き切りたいところである。なお「缶ビール」の方が顔のクローズアップの効果ありとも勝手に想うところである。

新野 祐子

特選句「立葵つま先立ちの半世紀」。遠く高いところを見続けて五十年。素敵な生き方ですね。思わず自分の来し方を振り返ってしまいます。

重松 敬子

特選句「郭公の声の近くに棲んでゐる」。郭公の声で始まる日々の暮らし。作者の日常が様々想像できて大きな広がりを見せる秀句。

疋田恵美子

特選句「青柿や迷路の果てぬ不登校」。少年少女の不登校、最近特に報じられていますが、宮崎県研修センターでも、この件に取り組んでいます。

岡田ミツヒロ

特選句「四畳半一間扇風機が猫背」。トイレなし、洗面台なし、夏は西日で炎え上る四畳半一間。ずんぐりとした扇風機が更に背を丸め、申し訳なさそうに生ぬるい風を送ってくる。共に暮らしたあの「猫背」の扇風機よ。特選句「白日傘から嘘がはみ出している」。白日傘を嘘っぽいものと見做す視点が面白い。確かに、白日傘は、白々しい傘なのかも知れません。白色の虚構性に着目した意欲的試み。

大浦ともこ

特選句「jijijijijiセミよそんなに寂しいか」。視覚にまで訴えてくる俳句。jとiの羅列のオノマトベと「寂しい」が共鳴しあっています。特選句「香水をつかひきつたる體かな」。西洋画の横たわる(あまり若くない)裸婦のようなイメージが浮かびました。體といいきるところも潔くて好きです。

薫   香

特選句「背伸びしてのぞく揺り篭さくらんぼ」。小さくしてお姉ちゃんになった子が、揺り篭を覗き込みたくて、一生懸命背伸びしている様子が目に浮かびます。いわさきちひろの世界ですね。下五のさくらんぼが一層かわいらしさを強調しています。私の大好きな果物ですので余計に惹かれました。特選句「白日傘から嘘がはみ出している」。日傘は太陽から自分を隠すように、いろいろな物から隠れているように思います。それでも白日傘なので隠しきれず、嘘がはみ出してしまっているなんて。こんな句が読めたら素敵です。

竹本  仰

特選句「摑まらぬ冷素麵や兜太の句」。:そうなんです。まったく同感。いい句はつかまえられないですね。これはどの句を指してということもないんだろうけれど、例えば〈果樹園がシャツ一枚の俺の孤島〉なんていう句、非常に気に入ってるんですが、なぜ、と問われれば、むつかしい。だがそれは恋愛に似たものであるかもしれない。つかまえたくともつかまらない。それゆえに惹かれてゆく何か、その何かは実に微妙な何かなんですが、つるっと円い箸にしたために逃してゆくそうめん、その感じなんですね。特選句「子燕や着こなしてをり一張羅」。一張羅。ここに惹かれました。人間にも一張羅があるんだろうけど、人生、けっこう一回こっきりの一張羅を示せと言われれば、どうだろう?渥美清や高倉健や、川谷拓三ならわかるが。子燕がいつの間にか一張羅を着こなしている、それが一生一回だけのものなんだろうけど、と何かぐっと来ましたね。特選句「山奥の水源にあり夢の跡」。都会的な感覚のひとにはわからないかもしれない、そういう境地かと思いつつ。何をたしかめに山奥の水源に行ったんだろうと、そこにひっかかって、それで何となく、これはこれはご同輩、という感じで感じ入りました。いったい今まで何をしてきたんだろうという感覚でしょうか。そういうひんやりと自分をさましてゆく感覚が好ましく思えます。立原道造的なこの感じ、いいです。以上です。♡夏ってこんなに暑いものだったかと呆れながら、小耳にはさむと、今世紀の終わりには5度も平均気温が上がるとのこと。となると、そのころ7月は毎日四十度越えですか。しかし、地球史的には、今は間氷期らしいですから、わが人類の繁栄がしぼんでゆくと、氷河期に入るということになりますか。何となく大き過ぎて大変だあとしか言えませんが、我々もさまよえる恐竜の一種なのかもしれません。出来るうちに、せめて咆え続けて…と思っています。

小山やす子

特選句「虹の橋つつましく渡る余命かな(増田暁子)」。歳を取ると日ごとに老いてもつつましく控え目になる気持ちよくわかります。

稲   暁

特選句「感情を抑えきれずに薔薇は咲く」。主観的すぎるかな?と思いつつも、読めば読むほど惹かれる作品です。エイヤッと、特撰句にしました。

三好三香穂

「じじばばに謎の言の葉ふりやまず」。なんごを話し始めた孫、じじばばには何を言っているのか?ばかりだが、楽しいはてななのです。「書物という空蝉死後も山河在り」。なくなった人の書棚には、その人の生き様、人柄が、まざまざと残っている。「白湯という甘露ありけり夏きざす」。朝起きて、1杯の白湯を飲む。これに勝る健康法はない。「野遊びの続きのような家庭かな」。私たちの家庭もこうして始まった。

時田 幻椏

特選句「持ち主の逝きし日傘が老いて行く」「梔子のかすかな黄ばみ偏頭痛」。     両句とも微妙なニュアンスを確かな視点で表現した秀句と思います。問題句「左京区東大路過丸太町上る聖護院。白雨」。魅力的な句ですが 。 が気になりました。これも又良し、とも思いますが・・。

山本 弥生

特選句「瓶ビールの泡が好きなる百一歳」。大正生れの戦前、戦中、戦後を生き抜き元気でやさしい御家族に囲まれ、御自宅で好物の缶ビールを召上っておられる「泡が好きなる」に、お幸福な美しいお顔が浮びます。

山下 一夫

特選句「ミニトマト誘われ上手とも違う(柴田清子)」。上五と以下の関係が謎なところに関心が惹かれます。ミニトマトが指示する情景は房の状態かとも想像。そこが一見「誘われ上手」と見えるということかもしれません。そうすると、コケットリーはあるが実はうぶであったり、皮(防御)が硬くて生半可な咀嚼(誘い)は跳ね返すが果肉は甘い妙齢の女性を詠んでいるかなどと妄想は膨らんでいくのでした。特選句「兵士生るちちははつまこ蜘蛛の囲に」。上五は招集などの後に兵役に就いたと理解。必然的に身近な人たちも銃後という抜き差しならない立場に絡めとられてしまう。16の句ではないが、思いがけず蜘蛛の囲にまとわりつかれたときの不快感が生々しい。リアルな実感を想起させる反戦の一句。問題句「Bababababa ばばはbikeで墓参り」。この選評はメールに横書きしているのですが、この句はやはり横書きしてこそのものかと。「b」の音韻の連打に加えて英字表記部分がマンガ的な排気の連なりやバイクそのものにも見えて面白く、成功しているように見えます。

漆原 義典

特選句「瓶ビールの泡が好きなる百一歳」。私の亡父は大正9年の生まれで、生きていたら今年103歳です。父が晩酌で瓶ビールをうまいなあと飲んでいた情景を思い出しました。 瓶ビールと百一歳がよく合っていますね。心温まる句をありがとうございました。

吉田 和恵

特選句「左京区東大路通丸太町上ル聖護院。白雨」。聖護院と言えば大根。否、長い間歴史の表舞台にあった京のある特定された地点に夕立という設定が印象を強くする。

松本美智子

特選句「あじさいの全ての色を諦める」。毎年、我が家の狭い玄関先の敷地に咲く紫陽花を俳句にしようとがんばってみるのですが・・・なかなか類想類句の域を出ずあの鞠のようなかたちのまま枯れてしまっている花の様子の表現もどうすればいいか・・悩んだこともありましたが「全ての色をあきらめた」この表現がまさにぴったりだと思いました。私もまた紫陽花の句、挑戦してみます。

銀   次

今月の誤読●「夕立や我あたふたと地蔵となる」。そのとき夕立が来た。滝のごとくとよくいうが、それ以上に強烈な夕立であった。近くに建物などのない、田園地帯のド真ん中にいたわたしは、ただなすがままに雨に打たれつづけた。おかげでわたしは地蔵になった。雨はやがてあがった。だが、どうしたことか、わたしは地蔵になったままであった。少し驚いたが、そのうちまあいいだろう、という気になった。幸いなことにわたしは独り身である。心配する者もいない。ここでこうして地蔵になったのもなにかの縁だ。このままでもかまいはしない。職業・地蔵、か。うん、悪くない。やがて日が暮れ、空には満天の星が広がった。ああ、なんて美しいんだろう。気持ちがどんどん清しくなっていくのがわかる。ただ星を見るだけで煩悩が遠のいていく。こんな気分ははじめてだ。朝になった。近所のおばあだろう、花を持ってきて、わたしの足元においた。ありがたいことだ。おまけに両の手をあわせて拝んでくれた。わたしはいま聖なるものを見ているのだ。その姿のなんと可憐で愛らしいことか。おばあはしばらくして立ち去り、花だけが残った。わたしのまわりが少し華やいだ。これでいっそう地蔵らしくなったかしらん。そのうち登校する子どもたちの姿を目にした。いい風景だ。なかには悪童もいて、わたしの頭をピシャリ叩いていく者もいるが、それはそれでいいのだ。なんとも愉快で、一緒に走ろうかなんて気にもなったが、地蔵だけにそれはムリだった。残念。まあ、全部が全部いいことずくめではないが、わたしはこうなったことに満足している。それから何年か経ったのち、風のウワサに聞いたところでは、こうしたことはよくあるようで、つまずいた途端だとか鳥に頭をつつかれた途端だとかで、地蔵になるケースはままあることらしい。まさかという御仁もいようが、当のわたしがいうのだ、たぶんそれは本当だ。

菅原香代子

特選句「枇杷の実や三歳児(みとせご)姉となる朝(あした)」。枇杷の実と幼い子ども、兄弟が生まれた感動が伝わってきます。「掴まらぬ冷素麺や兜太の句」。金子兜太先生への深い思慕を感じます。

野﨑 憲子

特選句「空見たくひっくり返へりたる海月」。可愛い海月の姿を想像し、思わず笑ってしまった。人類は戦争を止められず、色んな問題を抱え混迷の淵に佇っているのに、なんたる天衣無縫。<生まれて来てよかったな>と感じる瞬間が、安らぎが、ここにはある。 

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

蓮の葉にコロンと溜まる神の水
薫   香
さみだるるるるるるるるる水の音
薫   香
打たないで七月八日の水鉄砲
島田 章平
水切りす仁淀ブルーや夏休み
藤川 宏樹
風が笑つて水が笑つて晩夏
野﨑 憲子
ずぶ濡れの青水無月の鳥居かな
あずお玲子
なめくじらのたりといっそ水になれ
銀   次
もがいても分からぬ明日章魚水母
岡田 奈々
ブラックホールほらあの大蛸の根つこだよ
野﨑 憲子
蛸が好き母は今でも無口なり
植松 まめ
三度目の恋はいつから始めます?
薫   香
三椏の花来た道を忘れたの
島田 章平
三畳の次男の下宿片陰る
藤川 宏樹
夜の訪問者ノックは三つ蟇
野﨑 憲子
三面鏡の右側に違う人いる
中村 セミ
夏の太陽三段跳びでわが胸へ
野﨑 憲子
夏野菜カレー大盛三皿目
あずお玲子
三味線を弾く女師匠や路地の奥
銀   次
素麺
天下平穏富士より落つる流しそうめん
銀   次
素麺がいつものバスでやってくる
岡田 奈々
素麺つるる空に星があるやうに
野﨑 憲子
素麵を干したる景の清(すが)しさよ
三好三香穂
素麺のたれをつくりしうす明り
中村 セミ
なすソーメンかき込む夫のランチかな
植松 まめ
島素麺来る来る少年野球団
藤川 宏樹
索麺冷す忘れてよあんな彼
島田 章平
どこまでも流されていく素麺や
薫   香
羊羹
羊羹とあられ交互に夏の恋
岡田 奈々
羊かんのベタベタ広げ我の過去
中村 セミ
手作りの水羊羹と娘を待ちぬ
植松 まめ
モトカレなんか水羊羹おかはり
島田 章平

【通信欄】&【句会メモ】

【通信欄】今回の句会報に、山形吟行(10月29日~10月31日)のチラシを同封させていただきました。コロナ禍前から願っていた吟行が現実のものになりつつあります。山形を愛し、山形で生活されている新野祐子さんも全行程、ご参加くださるとのこと。最高に嬉しいです。全国から集まられた方々と、ご一緒に吟行や句会を存分に楽しみたいと存じます。そして、若々しくエネルギッシュな岡田奈々(旧俳号、中野佑海)さんが、幹事をお引き受けくださり着々と準備が進んでいます。参加定員は先着15名前後です。皆さま、奮ってご参加ください。

【句会メモ】今回の事前投句の参加者は73名、高松での句会は9名の方が集まりました。事前投句の合評から袋回し句会へと熱く楽しくあっという間の5時間近くの句会でした。次回は、お盆前に付き、高松での句会のみ第3週の土曜日に開催します。今からとても楽しみです。

2023年6月25日 (日)

第140回「海程香川」句会(2023.06.10)

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事前投句参加者の一句

慌てるな、あわて・・る・・な・・花びらの声 島田 章平
二つに折る樋口一葉五月雨るる 藤川 宏樹
旅へ行く力くださいサングラス 津田 将也
眠ろうか青き血潮の兜蟹 鈴木 幸江
迷う夏ピエログラフの壺ばかり 中村 セミ
連山は空より青く夏に入る 風   子
父の日や岸田今日子のゐる酒場 岡田ミツヒロ
初蝉やレモンの切口まあるくて 河田 清峰
海月浮く薄い下着を脱ぐ途中 月野ぽぽな
睡蓮や睦まじき日のちらし寿司 岡田 奈々
山桜屋島の嶺も昏れ急ぐ 佐藤 稚鬼
梅雨に入る樺美智子が疼いてる 滝澤 泰斗
青水無月芸人はただ山羊を連れ 大西 健司
地下室のチェロ無伴奏蝉生まる 桂  凜火
魔女っ子の巧みな仕掛け時計草 佳   凛
ぞっとぞくぞく羊歯裏の胞子見ん 川崎千鶴子
青蔦や若き二人の逃避行 石井 はな
独りという大きな雨が十薬に 河野 志保
眼借時前歯一本ぐらつきぬ 亀山祐美子
聖土曜ナイトシネマは昭和座で 柾木はつ子
<六甲山にて>山上の讃美歌蛇衣を脱ぐ 樽谷 宗寛
老鶯と気持の通うゆるい坂 柴田 清子
雨気孕む木花白花伊豆人よ 野田 信章
ガラスペンで描く毀れやすい夏 榎本 祐子
麦笛を吹いて夕日に染まりけり 稲   暁
小糠雨蕗の佃煮薄味に 山本 弥生
■■■■■螢■■■■■■■■ 田中アパート
びしょ濡れの音符が弾む虹の橋 漆原 義典
麦の秋非戦非核の「ゲルニカ」や 疋田恵美子
忘れない静かに笑う君と夏 薫   香
少年にもどる卒寿や蜘蛛ずもう 三好つや子
月に水沸く気配あり河骨開く 森本由美子
カレンダー思いきり剥がすと夏 重松 敬子
MRIに映る黒穂を抜きに抜く 新野 祐子
どくだみは密かな息を繰り返す 佐藤 仁美
百年を生き白南風を待ちて逝く 時田 幻椏
腕が出て駐車券とる青葉若葉 菅原 春み
性別はないの恋する蝸牛 松本美智子
泰山木高きに咲きて早稲田森 三好三香穂
天気良し素顔涼しく郷を出る 山下 一夫
妻が趣味かも知れぬ人蛍の夜 寺町志津子
後朝をこぼれて軽き蛍かな あずお玲子
裸足で走るなり父に背くなり 小西 瞬夏
交響曲は世界平和や蛙の夜 稲葉 千尋
抱卵の遠い眼差し夜が明ける 松本 勇二
体温あり緋牡丹のいま咲き誇る 増田 暁子
尺蠖が落しどころを探りいる 山田 哲夫
夕河鹿月日の皺を濃く生やす 豊原 清明
黒猫の闇へ戻りし月見草 川本 一葉
枇杷小粒いつも誰れかに文書いて 谷  孝江
しょっぱいからだ喜雨にまみれて晩年 若森 京子
詩歌以て世の平らかや業平忌 塩野 正春
それはミサイルかペチュニア咲きこぽれ 向井 桐華
空蝉へ空いっぱいの星詰める 十河 宣洋
心太ひと突き須弥山の遠し 荒井まり子
ミニトマトそれでも人は夢を抱く 伊藤  幸
憂い顔つき過ぎであり梅雨曇り 野口思づゑ
母の日やちちのちちそのちちの母 吉田 和恵
蜘蛛の巣にまた捕われしおばあちゃま 飯土井志乃
繰り返します 砂時計さらさらと 田中 怜子
夏蝶や新造船のアラブ文字 松岡 早苗
校庭にアンネの薔薇と金次郎 植松 まめ
ほろ苦き蕗の煮物や母の愚痴 菅原香代子
凄まじい夕焼けなんだわたしだよ 竹本 仰
萍のうつうつ滾るもののあり 福井 明子
水中り手招きをする夢の母 丸亀葉七子
ご意見はご無用に願います水中花 銀   次
豆飯や笑い話にしましょうよ 高木 水志
夏の子の口笛ひゆうと薄荷色 大浦ともこ
枇杷の実の雨を見ており黒を着て 男波 弘志
心地良く僕が剥がれていく夜明け 佐孝 石画
神さまはよく泣く風鈴みてる子も 三枝みずほ
紫陽花の気まま三女は留学中 増田 天志
この星の声を叫べよ蛇の衣 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「青水無月芸人はただ山羊を連れ」。「青水無月」というみずみずしい季語に取り合わされたのが「芸人」。またそれが山羊を連れているという景。感動とか発見とかではないところの、今までにはなかったものを見たような新鮮さがありました。不思議に印象に残る一句。

松本 勇二

特選句「睡蓮や睦まじき日のちらし寿司」。幸福な家族の営みをスイレンが祝福しているようです。特選句「MRIに映る黒穂を抜きに抜く」。MRI画像に映る悪しき影を黒穂に喩えて秀逸です。

福井 明子

特選句「アトリエのさびしき鉄路かたつむり(桂 凜火)」。ある日、少年がわたしに向かっていいました。「かたつむり、きらいだよ。ぬめぬめしとるから」。意外でした。雨の日のかたつむりは庭木のところどころに現れ、生気を得たように触角をしなやかに動かせています。わたし、子どもってかたつむりが好きなんだとばかり思っていました。アトリエとは、こころの世界、鉄路とは、貫くもの、信念でしょうか。そこにぬめぬめはりついてゆっくりたどるもの。人はさびしいです。「わたし好きです、かたつむり」。

十河 宣洋

特選句「しゃぼん玉地球と一緒に浮かんでる(河野志保)」。地球が宇宙に浮かんでいるということが分って成立する作品。でも今は学習済みだから、既知の分野である。地球としゃぼん玉の関係が面白い。特選句「心地良く僕が剥がれていく夜明け」。しっかりした睡眠がとれている、というと何かの宣伝のようだが、こう言う朝がある。一日心地よく仕事の出来る一日である。問題句「■■■■■螢■■■■■■■■」「■■■■夢■■■■■■■■」。問題句としてとるか、あきれた句と取るかは読み手次第。作者の意欲を買って一言。好作である。好き嫌いはあるが、作者の意欲がいい。二句並べてどちらが良いかというと、蛍の方がいい。理由は蛍の持つロマンチックな雰囲気が伏字に色を作るが、夢は読み手に情景が固定されない。夢それぞれが動いてしまう。このあたりが長年俳句に使い込まれた季語の力のように思う。

藤川 宏樹

特選句「憂い顔つき過ぎであり梅雨曇り」。句作り懸命のあまり季語と他がつき過ぎでは面白みを損なうと言われます。俳句に限らず間合いをうまくとるのは難しいが、「つき過ぎ」の忌み言葉を上手く使って一句をなし、意表を突かれました。

大西 健司

特選句「父の日や岸田今日子のゐる酒場」。もう岸田今日子を知ってる人はかなりの年なんだろうなと思いつついただいた。私の場合はよく見る再放送の時代劇で目にする、何とも愛らしくて憎らしいその母親象が大好きだ。しかしこの句の岸田今日子はもう少し若い頃の彼女なのかも知れない。さまざまな人の集う酒場にそんな女性がいたのだろうか、何とも気にかかる句だ。父がそんな彼女のファンだったのだろうか。あちらの世界で一緒に呑んでいればどんなに幸せなのだろう。

月野ぽぽな

特選句「しゃぼん玉地球と一緒に浮かんでる」。シャボンと地球。大きさは途方もなく違いますが、ともに球体。この自由自在な映像感覚に共感します。宇宙に浮かぶ地球、その地球に浮かぶシャボン玉にズームインする楽しさ。そして再び宇宙にズームアウトしてゆくと、地球が宇宙に浮かぶシャボン玉のように見えてきます。

桂  凜火

特選句『蝸牛「むかしはもっと速かった(岡田ミツヒロ)」』。なんか昔と違うなんて、のろまな体と心なのかと感じることが多くなりました。蝸牛だって同感なんですよね。

岡田 奈々

特選句「月に水沸く気配あり河骨開く」。以前、淡路島吟行で、長泉寺さんに参らせて頂き、そのおりに初めて拝見した「河骨」の可憐さが忘れられません。特選句「ちちのひのちちはデンデケデケデケで(島田章平)」。1960年代を初めてレコードでベンチャーズのエレキギターを聞いて、のぼせていた世代。いつまでもあの音は耳を離れません。「二つに折る樋口一葉五月雨るる」。ご愁傷様です。が続きます。「ぼうふらや宮の手水を借り暮らし」。この宮は一瞬皇居かとおもいました。どうせなら、高級な手水鉢が良いです。「魔女っ子の巧みな仕掛け時計草」。本当に時計草は手が込んでいます。真ん中の雄蘂と雌蘂の色に魔女の妖しさあり。「ぞっとぞくぞく羊歯裏の胞子見ん」。羊歯裏の胞子のあの粒々感。ちょっとさぶいぼが。「ガラスペンで描く毀れやすい夏」。青春の毀れ易き心が素直に読み取れる。「麦笛を吹いて夕日に染まりけり」。懐かしい子供の頃が思い出が。「小糠雨蕗の佃煮薄味に」。降っているかどうか分からない雨と、薄味の蕗の佃煮が母を思い出させます。「カレンダー思いきり剥がすと夏」。夏は思い切り良くやって来る。髪思い切り良く短くしよう。

風   子

特選句「夏蝶や新造船のアラブ文字」。季語が付きすぎず、面白いバランスになっていると思いました。「カレンダー思いきり剥がすと夏」「アフガンの緑陰入れ歯屋も来ており(津田将也)」「太極やゆるやかに薔薇の首切る(榎本祐子)」「稲妻や深淵の井に落ちてゆく」「枇杷小粒いつも誰かに文書いて」。この6句で、どれを特選句に選ぶか迷いました。

河野 志保

特選句「新緑に汽笛がばっと流れ込む(高木水志)」。躍動感のある鮮やかな句。一読でひかれた。「流れ込む」がすべてを表す簡明な表現で凄いと思う。

津田 将也

特選句「夏蝶や新造船のアラブ文字」。夏蝶の不可視の飛翔形と、船体にペイントされた可視のアラブ文字の字形。この二つをつき比べての相似の面白さ、愉快さ。特選句「豆飯や笑い話にしましょうよ」。『せっかくいただく豆御飯なのよ・・・ネッ、あなた!』と笑みかけながら目で諫める私。

疋田恵美子

特選句「幼子のおしゃべりうれしい枇杷に雨粒(伊藤 幸)」。幼い子供のおしゃべりは無邪 気でとても可愛い。側にずーと居たくなる。下句は自然の中の小さな瞬時を捉え見事。特選句「萍のうつうつ滾るもののあり」。世界情勢の不安定化が、人々に与える苦しみと怒りのようでもあります。

川崎千鶴子

特選句「慌てるな、あわて・・る・・な・・花びらの声」。表記と発想が見事です。感嘆の声です。『蝸牛「むかしはもっと速かった」』。蝸牛に「もっと速かった」と事の表現。そしてそれを表現したのは蝸牛とは、見事さと老人の声のようで素晴らしいです。「しゃぼん玉地球と一緒に浮かんでる」も見事です。

豊原 清明

特選句「この齢で蛙化(かえるか)に会ふグワッググワッ(塩野正春)」。ユーモア感覚が好きです。おどけている姿に、ふふと。特選句「この星の声を叫べよ蛇の衣」。何かを訴えている一句。

男波 弘志

「柿若葉せんせいの掌がありました」。今はもうなくなってしまった生家の庭にあった柿の木、先生のてのひらまでの通学路、無常観を超えた明るさが良い。秀作。「抱卵の遠い眼差し夜が明ける」。子を抱いていてもある漠然とした不安、生とはそういうものなのだろう。秀作。「枇杷小粒いつも誰かに文書いて」。些細な日常を拾い上げる作者の眼差しがやさしい。メールではなく手書きなのが甚だ良い。秀作。

岡田ミツヒロ

特選句「旅へ行く力くださいサングラス」。人生の旅、観光旅行もあれば流浪の旅もある。「旅に行く力」は生きる力。年々衰えゆく身体。灼熱の太陽に立ち向かうサングラスの不動明王の如き存在感、サングラスに祈るという発想に思わず唸った。特選句「びしょ濡れの音符が弾む虹の橋」。「びしょ濡れの音符」の哀愁が句の世界へ誘った。雨空を翔けてゆく音符たち、それはどうしても届けたい願いのメロディーの一粒一粒。「虹の橋」の着地がほっと心を和ませる。

若森 京子

特選句「海月浮く薄い下着を脱ぐ途中」。海月の美しい浮く姿からの感受であろう。少し艶めかしい表現だが、作者の体感を通して瞬時の生理感を捉えている。個的な感性に惹かれた。特選句「しゃぼん玉地球と一緒に浮かんでる」。あっそうなんだと気付かされた。儚いしゃぼん玉の様に、宇宙に浮く青く美しい地球も、人間の文明、五悪によって儚い星になりつゝある様に思えてならない。

「■■■■■螢■■■■■■■■」「■■■■夢■■■■■■■■」は、俳句から余りにも懸け離れた作品だと思います。今迄は無視してきましたが、黒い■が並ぶと目障りに感じてきましたので書かせて頂きます。「海程香川」と名の付く限り金子兜太先生の俳句に対する熱い意志を継いでいる集団だと信じております。先生の「定型、季語など文化遺産を包含しつゝ基本は自分の作りたいものを作る、自由に個性を発揮する様に」を心して長い間書いてきました。日本語には、片仮名、平仮名、漢字と他国にない豊富な文字が存在し、それを駆使していかに最短定型の中で詩的に自分の生きざまを表現するか。俳人である以上、言葉との格闘にエネルギーを注いています。この様に■の表現には詩もなければ解釈の方法もありません。又、別のジャンルで発表すれば、共鳴者もいる事でしょう、私は俳句だと認めません。同じ志の集団でありたいと願っております。

 
山田 哲夫

特選句「しょっぱいからだ喜雨にまみれて晩年」。「しょっぱいからだ」は、汗まみれで生きてきた生き様の象徴とみた。汗まみれの労働の日々の苦しさや辛さが伴った人生を見事乗りこえて、汗して生きることの尊さとその喜びの大きさを感慨深く感得している晩年の作者の想いが滲み出た句だと感じた。「喜雨にまみれて晩年」という表現の巧みさに脱帽。

鈴木 幸江

特選句評「二つに折る樋口一葉五月雨るる」。一葉は私の家郷の隣町に暮らしていたこともある。そして、古語文と古典の知を巧みに操り読み手に謎を残す、誰も真似のできぬ名文小説を何作も書き上げ、二十代の若さで逝ってしまった。とても気になる文人だ。そのことが「二つに折る」の修辞に上手く表現されていると思った。もちろん『五月雨』という恋の三角関係の小説の謎の結末もよく効いている。問題句評「樋口一葉入会金に日焼けの娘(藤川宏樹)」。一葉は一家を養うために小説を書いた。お金と文学、今もその両立は悩ましい問題である。それぞれにどう生きていくかの人生の大問題になっていることだろう。この日焼けの若い女性は、日向でアルバイトでもして入会金を稼いだのであろうか。そんなことを考えてしまった。でも、作者には、別の意図があるのかもしれない。謎だらけで問題句とした。

石井 はな

特選句「忘れない静かに笑う君と夏」。思い出の君との思い出の夏を、静かに深く思う気持ちが伝わります。

稲葉 千尋

特選句「後朝をこぼれて軽き蛍かな」。中七下五がとても佳い、後朝にぴったり。「大山蓮華夫婦茶碗の欠けてをり」。兜太邸の大山蓮華を想い出す。

田中 怜子

選ぶのに苦労しました。いいな、と思う句が多くて・・。特選句「梅雨に入る樺美智子が疼いている」。60年安保の時でした。連日国会議事堂を囲んで抗議デモ、美智子さんは亡くなってしまいました。記憶が薄れて・・・は言い訳になりませんね。その時の首相だった戦犯岸氏は退陣に、そしてその孫が昨年銃弾に倒れた。その闇も疼いたままですね。特選句「腕が出て駐車券とる青葉若葉」。白い腕がにゅーっとでて、意外白くて。青葉若葉の季節を満喫する。若者たちの喜びが感じます。あと、「連山は空より青く夏にいる」。も経験した景色、なつかしいような、おだやかな一時はいいですね。「清明やかざせば透ける指の骨」。これも、ふと手のひらを開いて、生まれる前の可愛い手の骨が感じられ、きれい、喜びも感じられます。

島田 章平

特選句「■■■■■螢■■■■■■■■」。【返句】暗闇が好きで蛍に生まれたの

三好つや子

特選句「尺蠼が落しどころを探り入る」。落としどころは、政治がらみのニュースでよく耳にする言葉。この句の中で、結着のつかない事案をめぐる議員たちの動きと、いつも何かを測っていそうな尺取虫の動きとが絡み合い、共感しました。特選句「夏の子の口笛ひゆうと薄荷色」。 夏を迎えた少年や少女の健やかな姿。それは、美しい緑色と爽やかな香りを放つミントそのもの。聴覚と視覚と嗅覚の一体化がみごとな作品。「ちちのひのちちはデンデケデケデケで」。子どもや孫のプレゼントに気をよくし、古いエレキギターを引っぱりだして弾いているのかも。オノマトペが効果的。「しょっぱいからだ喜雨にまみれて晩年」。一生懸命頑張ってきたことが報われたのでしょう。私の晩年もこうありたいと、願うばかりです。

樽谷 宗寛

特選句「行くでない母の叱責春の雷」。行くでないが心に響きます。しかもお母様の一言。まるで春の雷。共鳴しました。

あずお玲子

特選句「蜘蛛の巣にまた捕われしおばあちゃま」。この句の最後「おばあちゃま」に魅せられました。この一言で作者との親密度が伺えます。蜘蛛の巣に捕われることは有りがちでしょうが、それがおばあちゃまで、又だと。助けに行かないではいられません。特選句「夏蝶や新造船のアラブ文字」。その船の名は蝶の軌跡のような軽やかなアラビア文字で表記されているのですね。船と蝶の大きさ、重さ、色の対比。もしかしたら優雅な客船でポアロを乗せてナイル川を下っているのかも。

寺町志津子

特選句「老鶯と気持ちの通うゆるい坂」。今回も、心惹かれる句が多数ありましたが、この御句が特に心に染みました。 失礼ながら、作者の方もいささか良いお年かな(間違っていましたら、お詫び申し上げます)、と思いながら、 景も良く見え、お優しく詩心豊かな作者を想像しました。「短夜よ思いに言葉追いつけぬ」。まるで私のことのようで、実感ひときわです。不思議な句「■■■■■螢■■■■■■■■」「■■■■夢■■■■■■■■」。両句とも同じ作者の方と思われますが、解釈不能でした。字句での御句を知りたいです。 

時田 幻椏

特選句「青水無月芸人はただ山羊を連れ」。青水無月と言う季感を無理なく抱えこむ風情を良しと思います。特選句「ほろ苦き蕗の煮物や母の愚痴」。家庭を支える母への信頼、理解と励ましに共感。問題句「海月浮く薄い下着を脱ぐ途中」。この上なく興味を引く句ながら、下5の工夫でもっと怪しさと奥行きを獲得出来るのでは。

伊藤  幸

特選句「夏の子の口笛ひゆうと薄荷色」。夏の涼風を感じさせるようなポエム。下五の薄荷色が見事に夏に溶け込んで郷愁さえ感じられる。

植松 まめ

特選句「父の日や岸田今日子のゐる酒場」。大正生まれで田舎暮らしの父は下戸で洒落た酒場に行った事がない。色っぽい岸田今日子の様なママがいたらもう卒倒するだろう。特選句「目借時前歯一本ぐらつきぬ」。眠くて眠くてつい夢心地で硬い煎餅を齧ってしまい前歯がぐらついた。あれ程医者から硬いものを食べる時は気を付けてと言われていたのに。今の政局もうとうとしていたら軍事費が二倍になり大増税になりかねない。くわばら、くわばらだ。

塩野 正春

特選句「太極や緩やかに薔薇の首切る(榎本祐子)」。薔薇も生き物、その幹を切る仕草にためらいや尊厳の心が覗く。太極の本来は宇宙を含む万物を陰と陽に分別する意義らしいが、この句の場合はそれから派生する、太極思想を取り入れた行動や所作、例えば太極拳など、を意味すると解釈します。薔薇に限らないが花を切るには勇気が要る。 特選句「父の日や岸田今日子のゐる酒場」。この句は昭和生まれの男性の作と思われる。もし子供たちがこんな酒場に連れ出してくれたら最高だ。今もテレビの“影の軍団”とかいうリバイバル版に出演されていますが、その怪しげな、魅惑的な声、仕草は耳から頭から離れない。 こんな方のいる酒場、もう一度行ってみたい! 問題句「後朝をこぼれて軽き蛍かな」。この句の問題点、はっきり言って、ない。昔々、源氏物語に遡って、男女の行為を尻目に蛍が漂う。という事か? 兜太師流に言うと、その種の本能と遊ぶことか。齢は取りたくない。句が問題なのでなく私への問いかけです。

榎本 祐子

特選句「心地良く僕が剝がれていく夜明け」。夜明けは再生の時。「剝がれていく」の生々しい皮膚感覚と陶酔感が魅力的です。

谷  孝江

特選句「蜘蛛の巣にまた捕われしおばあちゃま」。なんて可愛いらしいおばあちゃまでしょう。「まったくもう」と言いつゝお世話を欠かさないご家族、良いですね。でも、時には、とんでもない蜘蛛が近づいてくることだってアリです。いつもどこでも気配りの行き届いたご家族の中でお過しのご様子嬉しい限りです。暖かい気配りの中での老後、お幸せですね。

高木 水志

特選句「しょっぱいからだ喜雨にまみれて晩年」。夏の日照りが続いた後に久々に降った雨が、年老いた作者自身の身体に当たる。晩年の切実な言葉に光を感じて特選にした。

増田 暁子

特選句「枇杷小粒いつも誰かに文書いて」。中7、下5の措辞にひとりで生きられぬ人間の繋がりを感じます。枇杷小粒が素晴らしいです。特選句「ミニトマトそれでも人は夢を抱く」。中7、下5の言葉に胸をわしづかみされました。平な言葉で心打ちます。

野口思づゑ

「慌てるな、あわて・・る・・な・・花びらの声」。問題句よりながら情景が浮かびます。「裸足で走るなり父に背くなり」。まるで小説のようです。

河田 清峰

特選句「柿若葉せんせいの掌がありました(佐孝石画)」。叱られたり、誉められたりして、喜び悲しんでくれた大きい先生の掌が見えるようです。

向井 桐華

特選句「麦笛を吹いて夕日に染まりけり」。夕日に染まる句はたくさんあるのですが、麦笛を吹いているのはもちろん作者なのでしょうが、いろんな光景が浮かぶ。牧歌的で広がりのある句です。問題句「■■■■夢■■■■■■■■」。作者からの挑発ともとれることば遊びはいつまで続くのでしょうか?チャットGTPで俳句を作る時代が来たとしても読むのが人である以上、受け容れがたい人がいても仕方が無い。

佐孝 石画

特選句「独りという大きな雨が十薬に」。「大きな雨」の解釈に戸惑う。雨滴なのか雨天の状況なのか。しかし、その逡巡こそがこの句の魅力であるのだと言いたい。雨を大小と捉え、それを孤独の喩に置き換える力技。ただ雨を受けるだけの十薬の姿と、日常という「雨」を浴び続ける、「独り」の人間の姿が見えてくる。

重松 敬子

特選句「独りという大きな雨が十薬に」。我々は誰もいずれ独りになる。作者の人生に対する心構えを感じます。

紫原 清子

特選句「独りという大きな雨が十薬に」。十薬が咲く頃の孤独の有り様を雨で、大きくクローズアップして謳っていて共感出来た。

漆原 義典

特選句「青蔦や若き二人の逃避行」。青蔦と逃避行を結びつけるのは、すごいです。若い二人の情念が伝わります。

>吉田 和恵

特選句「山上の讃美歌蛇衣を脱ぐ」。山上の讃美歌と蛇衣の取り合せに意外性があり妖しさが際立っている。

佐藤 仁美

特選句「しゃぼん玉地球と一緒に浮かんでる」。シャボン玉も地球も浮かんでいますね。どちらも美しいけど、危うい状況を感じます。

松本美智子

特選句「郭公が父呼ぶ母呼ぶ虹を呼ぶ(十河宣洋)」。郭公の鳴き声を父母を呼ぶ声と捉えたところがおもしろいと思いました。郭公は托卵して他の鳥に子育てをしてもらうとか残酷なことに卵からかえった郭公は巣から元々の卵を落として、独り占めするのだそうです。そして、自分の子と信じて育ての鳥は、えさを運び続ける。自然の摂理とはいえ、何とも切ないことです。でも、子育てできないのなら誰かの力を借りて誰かに託すこともアリ!!!人間の世界も然り・・・悲しげな郭公・・・本当は何を望んでいるのでしょうか。

佳   凛

特選句「詩歌以て世の平らかや業平忌」。業平の時代も 大変な時代だったと思いますが、今の時代は、流れが速すぎて、心のゆとりを持つ事が困難な時代。せめて 歌を詠む時だけでも、華やかにゆったりしたいものです。今の私も俳句に出会い、毎日充実しています。ありがとうございました。

竹本  仰

特選句「地下室のチェロ無伴奏蝉生まる」。蝉が地上へ出るまでどうしているのだと、気になりませんか。それは桜が花開くまで、桜はどうしているのだという疑問と同じで、より本質を問いかけているのだと思います。人間に当てはめれば、おかあさん、僕は生まれるまでどうしていたの、と同じで。ひょっとしたらですけど、人に悟りというものが生まれる初めはそんな地下からでは、という問いを抱いたことのある人って居ません?幼虫時代の蝉がもぞもぞしている様子は面白いものだろうなと思います。セロ弾きのゴーシュがカッコーや猫と格闘しているように、何かドラマ以前のドラマを見ているような。そういえば、プルーストも長編小説の最後で、はじまりはじまり…と言っていたような。特選句「後朝をこぼれて軽き蛍かな」。きぬぎぬ。それは重い重いものよと教えてくれるのが、王朝文学でしたが、あくまで女性の真摯さには男は叶わなかったのだろうなと思います。ただし、恋愛に生のあかしを求めた和泉式部くらいになると、〈物思へば沢の蛍も我身よりあくがれ出づる魂かとぞみる〉とそれは実に超然と実存主義の蛍にまでなってしまうのです。というようなノリで「こぼれて」にやられました。特選句「心地良く僕が剥がれてゆく夜明け」。何となく、夏の夜明けだとわかり、季語がなくとも季感があります。カミュの『異邦人』の読書会をいま近所の四人ほどでしています。わからない事が二つ、なぜ主人公は相手のアラブ人を撃ったのか、またなぜ死刑になることを喜んで迎えたのか、ということでした。一つ目はまず置き、二つ目は、主人公は独房の中で、生きることは、「生き返ること」だとの感じに目ざめたのです。世界で初めてのように。その感覚っていうのが、この感じに似てるなあと思いました。あの作品では「世界の優しい無関心」に気づいたとありました。いい人生?そんな匂いがしました。以上です。 ♡この間、モンテーニュの『エセー』を読んでいたら、「賢明な読者は、しばしば、他人の書物の中に、作者がそこに描いたと自認する完璧さとは違ったものを発見し、それに一段と豊富な意味と相貌とをつけ加える。」とあり、ふむふむと大いに共感しました。こういうのを実践家というのかと。実践家になれずとも、そのマネだけでもしたいものだと、叶わぬ星を見つけたように思ったことでありました。今月はいい句が多かったと思います。活字からみなさんのやる気、いただいています。ありがとうございます。

三好三香穂

「連山は空より青く夏に入る」。平命な言葉でこの季節の風景を切り取っている。讃岐山脈の姿がくっきりと見えます。「ちちのひのちちはデンデケデケデケで」。私達の世代はデンデケデケデケデケ。「交響曲は世界平和や蛙の夜」。田植えの季節は蛙の大合唱。世界平和の大合唱とも思える。『蝸牛「むかしはもっと速かった」』。私も今脚の故障を抱えている。もっとスタスタ歩けていたのにと、カタツムリの気持ちがよく解ります。「空蝉へ空いっぱいの星詰める」。小さな空蝉に星を詰めるなんて、なんて破天荒な!

滝澤 泰斗

特選句「父の日や岸田今日子のゐる酒場」。一つの親父の残像・・・母は帰らぬ父を責めた・・・大人になって思う。岸田今日子の様なタイプの女性がカウンターの向こうで時折怪しい笑みをこちらに向けられたら一気に自信は揺らぐ・・・困ったものだ。男は。特選句「行くでない母の叱責春の雷 」。親父のようになってほしくない母は私をいつまでも籠の中に入れておきたかった。十八の春・・・東京は学生運動で荒れていた。デモから帰るとアパートに灯が。「いけね、消し忘れたか」とドアに鍵がかかっていない・・・「鍵まで忘れたか」と、ドアを開けると、母親が正座して待っていた・・・止めてくれるなおっかさん。背中のいちょうが泣いていると嘯いても、後の祭り青春の思い出を引っ張り出された。「旅へ行く力くださいサングラス」。日本ではあまりかけないサングラスを外国に出るとかけたくなる。確かにサングラスには妙な力がある。感心の作。「海月浮く薄い下着を脱ぐ途中」。妙な色っぽさ・・・何だろう。「アフガンの緑陰入れ歯屋も来ており」。作者は平和な頃のアフガンを知っているのか。知っているとすれば相当のお年と思うが・・・アフガンを含めた、いわゆるシルクロードの緑陰は様々な職業が入り乱れ、屈託のない平和な日常が活き活きとしてあった。中でも歯医者は直す医者ではなく、抜け落ちた歯を入れ歯にする職人だ。中国の緑陰の看板は「牙」とある。「慌てるな、あわて・・る・・な・・花びらの声」。中七というのか あわて・・る・・な・・より花びらの声を中七と思うが、その あわて・・る・・な・・の文字の間に込められた意味を思う。面白くいただきました。 本文

川本 一葉

特選句「どくだみは密かな息を繰り返す」。言われてみれば、あの独特な匂いは息なのかもしれません。小さな息でも存在感のあるあの匂い。ハート型の可愛らしい葉っぱと、少しの汚れなどその白に収めてしまうような深い白。そしてその息は繰り返すのです。生命力を現す素晴らしい句だと思いました。

田中アパート

特選句「父の日や岸田今日子のゐる酒場」。そんな酒場なら行ってみたいネ。特選句「紫陽花の気まま三女は留学中」。うらやましい。寄り道、道草、途中下車、上等(シルクロード、ルート66、オーストラリア横断、モロッコ、インド他どこへでも行ってらっしゃい、若いうち)

丸亀葉七子

特選句「ご意見はご無用に願います水中花」。気が短くなった老の身は聞き下手になってしまった。すぱっと言い切って痛快痛快の句。特選句「大山蓮華夫婦茶碗の欠けてをり」。「おおやまれんげ」の花の名前も立派。咲いた花も美しい。欠けた夫婦茶碗とのとり合わせが面白い。夫婦の歴史が見えそう。

銀   次

今月の誤読●「心地よく僕が剥がれていく夜明け」。朝起きて、顔を洗いに行ったときだ。両手で顔をこすっていると、洗面器にポトリとなにかが落ちた。そっと拾い上げてみると、肌の一部だ。気にはなったが、さほどではなかった。あらためてこすりはじめると、なにかが崩壊するように、ポロポロポロと一気に顔の肌が剥がれ、洗面器はそのカス(とでもいうしかない)でいっぱいになった。鏡に顔を近づけてみると、顔はまだらになっていて、古い肌と新しい肌が、あたかもジグソーパズルのように入り交じっているのだ。僕になにかが起きている。それは確実だ。僕は古い肌をひとつひとつ指で剥いていった。それはかさぶたを剥がすようで、なんとも心地よい作業だった。古い顔から新しい顔が誕生した、そんな気分だった。思い立って、僕はパジャマと下着を脱いで風呂場に入った。シャワーを浴びてみた。思ったとおり、シャワーは次々と古い肌を洗い流し、まっさらな肌をもたらせた。脱皮? そう、そうなのだ。僕は脱皮したんだ。僕は以前の僕とは違った、まったく新しい僕になったんだ。そう思うと、強烈な快感と恍惚が押し寄せ、うっとりと目をつむった。バスタオルを腰に巻いてキッチンに行った。生まれ変わった僕を見て、かあさんはどんな顔をするだろう? 驚くだろうか? 「かあさん」僕は声をかけた。かあさんは僕をチラと見て、普段どおりの顔で「なんですか、だらしのない。さっさと着替えて朝食を食べなさい」。僕はあっけにとられた。僕は昨日の僕じゃないのに。「僕、変わったと思わない?」「思わないね。相変わらずのやせっぽちだよ」。ガッカリだ。かあさんはいつも本気で僕を見ていないんだ。・・・少年よ。そう落ち込むな。成長とは常にそうしたものなのさ。

荒井まり子

特選句「母の日やちちのちちそのちちの母」。思わず母の日があって良かったと。命を繋いでもらっている妻にも、少し感謝をと思う。

管原香代子

「初夏のまぶしさ素顔にそばかす」。夏のまぶしさとそばかすの取り合わせがとにかく爽やかです。爽やかな一陣の風を感じます。「手品師の手より鳩飛ぶ聖五月」。五月の晴れた空に真っ白な鳩が飛び出し手いく様が目に浮かびます。

薫   香

特選句「ぼうふらや宮の手水を借り暮らし」。ぼうふらの気持ちになったことが無く、ぼうふらにしてみたら手水鉢を借りて暮らしているというになるのだなあと、妙に納得しました。特選句「蜘蛛の巣にまた捕われしおばあちゃま」。私もよく蜘蛛の巣に捕らわれるのですが、年を取ると目も薄くなり「また~」というように厭きられるのかもしれない。ただおばあさんじゃなく、おばあちゃまというのが、チャーミングでかわいらしい。わたしもこんな風に呼ばれるおばあちゃまになりたいです。

野田 信章

特選句「豆飯や笑い話にしましょうよ」。それがなかなかできねえんだよなぁとの念が強いからこそ、この一句が心に沁みるのかも知れない。この一膳の豆飯の前なら坐ってみたいとそう思わせるものは、ほんのりと塩気のある大人の味がする句柄だからだと思う。

山本 弥生

特選句「旅へ行く力下さいサングラス」。コロナ禍で、旅行も諦めていたが、コロナも少し落ち着いて来たので戦中派とは云え元気な間にサングラスの力を借りて若返り別人気分で一泊旅行でもしてみたい。

新野 祐子

特選句「心太ひと突き須弥山の遠し」。心太と須弥山の距離感に味わいがあり魅かれました。「アフガンの緑陰入れ歯屋も来ており」。アメリカ軍が撤退したアフガニスタン、少しは暮らしやすくなったのかなぁと、あれこれ想像させてくれます。

菅原 春み

特選句「百年を生き白南風を待ちて逝く」。お見事な生き方です。あやかりたいような。特選句「この星の声を叫べよ蛇の衣」。地球の声を真摯にきけというメッセージに感動です。季語がそのたびごとに大きくなる蛇の衣を配置したことで一層真に迫ります。

中村 セミ

特選句「心地良く僕が剥がれていく夜明け」。心地良く僕が剥がれていく夜明けなんか夢から離れていくような表現かとおもわれる。どうも剥がれるとか言う言葉にすぐ,飛びついてしまう。でも,いい感じので,特選です。「海月浮く薄い下着を脱ぐ途中」も薄透明なエロスをかんじさせる作品かと思う。

森本由美子

特選句「しょっぱいからだ喜雨にまみれて晩年」。長い人生の旅にもまれ、噛みごたえのある古漬沢庵のように仕上がった肉体と精神、自分の存在を愛おしみながら、肯定しながら生きつづけている姿勢が伝わってきます。

柾木はつ子

特選句「この齢で蛙化に会ふグワッググワッ」。「蛙化」ってオタマジャクシがカエルに孵ること?アラ古稀世代の私は最初そう思ったのですが、調べて見ると「蛙化現象」と言ってZ世代がよく使う言葉なんだそうですね。なるほど言われてみれば、自分にもそう言う事ありますね。人間心理の不可思議さ…勉強になりました。特選句「空蝉へ空いっぱいの星詰める」。なんとみずみずしい感性なのでしょう!美しい形の蝉の殻の中が空っぽでは可哀想です。もしこんな蝉の殻があったら、大切に飾っておきたいと思いました。

三枝みずほ

特選句「性別はないの恋する蝸牛」。パートナーを得たことを純粋に喜びたい。そこに境界線はいらないだろう。恋する蝸牛の殻がふと重たく、さびしい。梅雨の晴れ間、お身体ご自愛ください。

山下 一夫

特選句「二つに折る樋口一葉五月雨るる」。手にした五千円札の肖像と梅雨という時節から樋口一葉の小説「五月雨」を連想されたのでしょうか。上五下五はそこで描かれている主人公の葛藤や煩悶と絶妙に響き合っているように思われ、味わい深いです。特選句「父の日や岸田今日子のゐる酒場」。本句会参加者の父であれば、確実に昭和以前の生まれと思われ、昭和も恋しの句と読解。「岸田今日子」一発で決まりなところ「ゐる」「酒場」のダメ押しも効いています。岸田今日子さん、リアルタイムは老け役しか知らなかったのですが、ビデオで映画「砂の女」観て、その若かりし頃の妖艶な美貌に参りました。問題句「蜘蛛の巣にまた捕らわれしおばあちゃま」。下五の親しみを込めた呼び方から幾分縮んでしまわれて可愛げが増した高齢女性を思い描きます。視界も狭くなっているのか、庭などを歩いていて度々蜘蛛の巣をひっかけてしまうのでしょうか。「捕らわれし」はちょっと大げさ過ぎるかもと考えたり、あるいは「蜘蛛の巣」はオレオレ詐欺等の暗喩かとも。そうすると下五の呼称は茶化しているようにも見えていただけない、などと結構楽しませていただきました。

稲   暁

特選句「夏の子の口笛ひゅうと薄荷色」。特選句は、意味が少々分かりにくくても大胆で斬新な発想の句を選ぶべきか?それとも分かりやすくて共感できる句にすべきか?いつも迷ってしまう。今回は口笛が薄荷色という独自の感覚に注目した。言われてみれば確かにそんな気がします☀

野﨑 憲子

特選句「神さまはよく泣く風鈴みてる子も」。長引くロシアによるウクライナ侵攻は、反撃に継ぐ反撃で泥沼化し核使用の怖れまで生じている。この美しい星には、人類だけではなく森羅万象の色んな生きものが生かされている。その全てが危いのだ。このファンタジーを感じる作品の奥に、深い悲しみが秘められているように思えてならない。神様を泣かせてはならない。<風鈴みてる子>の平和もいつ崩れるかも知れない。巧みな句跨りに感服した。

今回で百四十回を迎えました。お陰様で、ご参加の方々も増え、ますます多様性に満ちた句会へと進化してまいりました。ありがとうございます。いつもいつでも本句会の原点は、兜太先生の目指された、「俳諧自由」と「古き良きものに現代を生かす」であります。何よりも、美しい日本の言葉の調べを大切にして参りたいと存じます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

ふるさとは緑の大地と言ってみる
銀   次
紫陽花や緑に透けてガラスペン
藤川 宏樹
新緑や神様の座す力石
あずお玲子
万緑や透き間から吹く未来風
野﨑 憲子
緑ふる振られて菊池寛通り
島田 章平
借景の山よ緑よ栗林よ
薫   香
みどりよ水輪よ瀕死の星を埋め尽くせ
野﨑 憲子
音の無い鉄橋緑野の紙芝居
岡田 奈々
あおくんときいろちゃんで緑なす
三好三香穂
虹二重君が恋しやほうやれほ
島田 章平
虹二つ背(せびら)に彼の鬼の顔
三好三香穂
朝の虹フルスイングの願いごと
岡田 奈々
虹の根に躓き時の透き間に落っこちる
野﨑 憲子
空かける虹の麓に行きたくて
薫   香
あのひかりもうすぐ虹になるらしい
あずお玲子
あの虹に一万両の値をつけよ
銀   次
夏帽子
捨てません君の凹みの夏帽子
島田 章平
行く先を決めない朝の夏帽子
岡田 奈々
連絡船のデッキに佇つや夏帽子
野﨑 憲子
夏帽子目が合ったわね逃避行
薫   香
夏帽子手にぶらんぶらんさせて帰路
あずお玲子
なりゆきのなつかしきひと夏帽子
藤川 宏樹
夏帽子おぶわれし子の水っぱな
銀   次
紫陽花
紫陽花の洋館へまた鴉けふ
あずお玲子
雨雨雨踊り始める額の花
野﨑 憲子
乾ききりをり青絵の具七変化
あずお玲子
白紫陽花心変わりはしませんわ
薫   香
紫陽花やプリズム放つ銀髪に
岡田 奈々
街路樹の裾に紫陽花ラッタッタ
三好三香穂
色なんて違うさ人も紫陽花も
島田 章平
紫陽花やゆがみガラスに富太郎
藤川 宏樹
枇杷
だしぬけに嘘だしぬけに枇杷の種
島田 章平
青きビワの実一押しのYouTube
岡田 奈々
もう一つ約束のあり枇杷の実飛ばす
野﨑 憲子
転がって行方知れずの枇杷の実よ
銀   次
枇杷の実や好きなことだけやってきた
藤川 宏樹

【通信欄】&【句会メモ】

「海程香川」句会は、今回で140回を迎えました。ご参加各位のお陰様で、ますます多様性に満ちた魅力溢れる作品が集まってまいりました。「句会の窓」では、記号を多用する作品に対しての貴重なご意見が色々出てまいりました。ありがとうございます!こういうぶつかり合いの中から、世界最短定型詩の未来風が吹いてくる予感があります。これからも、一回一回の句会を大切に、熱く渦巻く句会を目指して参りたいと念じています。今後ともよろしくお願いいたします。

今回の高松での句会は、岡山から小西瞬夏さんも参加され、とても楽しく豊かな時間を過すことができました。<袋回し句会>には参加者全員の作品掲載ができませんでしたが、それは参加者のみぞ知る (^_-)-☆ 盛会でした。

2023年5月25日 (木)

第139回「海程香川」句会(2023.05.13)

ネモ.jpg

事前投句参加者の一句

                                                                      
追憶というもどかしい揺れ舟遊び 若森 京子
藤の花未来手放す自由 ゆれる 桂  凜火
憲法記念日光りいる砂無尽 河田 清峰
死んだのかみな車座で食む苺 竹本  仰
遠景に比叡言霊のよう初音 増田 暁子
弘前城さぞや満開花は葉に 三好三香穂
砂利騒ぐ牡丹の黙人の黙 亀山祐美子
あの世までつけるナンバー鰯雲 飯土井志乃
薫風や横臥の釈迦のあしのうら 大浦ともこ
初夏の稲田の風や心呼吸 寺町志津子
寄り道は果てしなく桜蕊降る 山下 一夫
ひまわりや世にある人のみな悲憤 疋田恵美子
こぽぽぽとそそぐアッサムみどりの日 向井 桐華
黄と緑失せざる童画戦禍の地 野田 信章
老幹のまだまだと言ふ柿若葉 柾木はつ子
旅の果て森閑とある蜃気楼 丸亀葉七子
緑蔭や中国家具の壺春堂 田中 怜子
戸籍簿の不条理藤の房のぼる 大西 健司
妣が舞ふ螢舟からさぬきうた 漆原 義典
合わぬ靴少し痛くて聖五月 上原 祥子
人は逝きみ吉野の山桜かな 菅原香代子
早苗さはさはあれはわたしの影 島田 章平
観世音菩薩の思惟にいて涼し 男波 弘志
初夏の風無常の中の命かな 藤田 乙女
三界に帰る家あり野に遊ぶ 谷  孝江
蛇苺世界大きく狂いけり 津田 将也
ときには巻きつかれたい葛の蔓 稲葉 千尋
臥龍梅相好崩す古老たち 樽谷 宗寛
牡丹桜観る紅顔の好々爺 山本 弥生
草矢射つ敵は無口な不発弾 十河 宣洋
新緑といふ贅尽くす街となる 風   子
紙コップに昼が眠っている酒をつぐ 中村 セミ
予言者の蝶を音符のごとく吐く 淡路 放生
つばめ来る百円古書のワゴン売り 増田 天志
蒲公英の影を拾ってこぼれそう 高木 水志
その芯に痛みの記憶夏薊 森本由美子
創業百年父祖に似て来し手にも汗 時田 幻椏
たんぽぽの強さあるのかおまえには 薫   香
金雀枝とカーテン游び部屋が夏 あずお玲子
■■■は■■■■■■■■■■■■■ 田中アパート
まわし締め頬っぺた豊か青蛙 豊原 清明
おぼろ夜の海綿体の湯の女 川崎千鶴子
癒えし朝山は若葉を積みかさね 佳   凛
辛夷咲く家族ばかりの葬の坂 菅原 春み
実桜や九十歳のクロゼット 松岡 早苗
草引くは修行の心夏に入る 石井 はな
一群の喪服の裾に花みづき 銀   次
九条が風の野を行く遊ぼうか 三枝みずほ
朧夜や忘れ形見の尾骶骨 荒井まり子
一人称単数わたしチューリップ 吉田 和恵
Tシャツにゲバラは生きて若葉風 植松 まめ
薔薇の一票百姓誇る母ちゃんに 伊藤  幸
明易や久女評伝ますぐなる 福井 明子
新緑の佳境なりけり札所道 川本 一葉
少年が少年いたわる花の昼 榎本 祐子
鮒鮨やとなりに光源氏いて 重松 敬子
なんもいらんけん母の日の母小さくて 松本美智子
春の雲「なぜ」と問わない人でした 新野 祐子
河馬眠し桜は北へ駆け昇る 稲   暁
青年の骨か思想か花水木 佐孝 石画
くノ一潜むや片栗の花揺れし 塩野 正春
私から迎えに行きます時鳥 河野 志保
順調に遅れルールルみずすまし 藤川 宏樹
スコーンに旅を練込め白木蓮 中野 佑海
シンカーの握りで父へ新玉ねぎ 松本 勇二
白鷺のごとく突然居なくなる 山田 哲夫
白混ぜて濁る絵具の悲しみよ 鈴木 幸江
苺つぶす舌しまはれて中年期 小西 瞬夏
しっかりと影濃い二人夏野かな 吉田亜紀子
蝶の昼モザイクかかる動画かな 三好つや子
昭和の日みんな貧しく半笑い 滝澤 泰斗
哀しみの短かきメール青ぶどう 岡田ミツヒロ
山は息大きく吐いて吐いて夏 柴田 清子
鯉幟神と慕ふや池の鯉 野口思づゑ
海上はあぶくの世界夏来る 野﨑 憲子

句会の窓

小西 瞬夏

特選句「明易や久女評伝ますぐなる」。「ますぐなる」という措辞に、久女の生き方そのものが垣間見えるようだ。上五の季語もすぐ朝になってしまって一日が始まる焦燥感のようなものが久女にあっているのかもしれない。

増田 天志

特選句「昭和の日みんな貧しく半笑い」。半笑いを、どう鑑賞するかだ。焼け跡からの復興。そして、高度成長。昭和初期からの侵略戦争を考えると、選句出来ない。民衆も、加害者であり、被害者。貧しくても平等の毛沢東が、懐かしい。

福井 明子

特選句「白鷺のごとく突然居なくなる」。突然居なくなる、という不条理、そして必然。不意打ちを食らったような、こころの隙間に入り込まれたような一句でした。白鷺の、そこにいる、存在。そして飛び立った喪失。人との別れも、たぶん、そう、かもしれません。

松本 勇二

特選句「Tシャツにゲバラは生きて若葉風」。キューバ革命の指導者チェ・ゲバラはTシャツに生きていた。素晴らしい発見。

若森 京子

特選句「藤の花未来手放す自由 ゆれる」。満開の藤の風にゆれる姿を見て「未来手放す自由」の言葉を獲得。すなわち「永遠なる自由」にも通じ、この感性に惹かれた。最後の〝ゆれる‶が力強く一句を結んでいる。特選句「韃靼海峡全裸でわたる蝶がいる(津田将也)」。韃靼海峡はユーラシア大陸のサハリン北部と南は日本海に連接した大変厳しい海峡だが、そこを全裸で渡る蝶がクローズアップされ、全裸の措辞からいつの間にか人間世界の厳しさを我々に感じさせる一句だ。

稲葉 千尋

特選句「あの世までつけるナンバー鰯雲」。マイナンバーカードのことだろう。本当にプライバシーが守られるのか不安である。あの世までは辛い。特選句「その芯に痛みの記憶夏薊」。薊の芯に痛みの記憶があると云う。葉っぱとか茎に痛いところがあるが、芯に痛みの記憶は・・そうかも知れない。

柴田 清子

特選句「昭和の日みんな貧しく半笑い」。豊かさを求めている一方、大切な大きなものが失われている今の世。心の底から笑えないと言ふ。この句に共感を覚えると同時に、半笑いしてしまいました特選です。

豊原 清明

特選句「黄と緑失せざる童画戦禍の地」。色彩が描かれており、戦争の恐怖を感じる。問題句「蒲公英の影を拾ってこぼれそう」。「こぼれそう」に慌てている作者像があり、好きな一句。

中野 佑海

特選句「空豆やそろりとまくれ莢のそと(福井明子)」。空豆大好き。莢から外すとき力加減が難しい。強いと飛んでく。弱いと此方のつめをやられちゃう。子供も本当に親の力加減が難しい。特選句「麦の穂やつんと拗ねてるあまのじゃく(佳 凛)」。麦の穂は青い頃はしなやかなのに、実る程硬くつんと。人も若い頃は柔軟な頭でも、年とる毎に頑固になります。「追憶というもどかしい揺れ船遊び」。昔を思い出すと、後悔したり、ほくそ笑んでみたり。「青あらし道なき道を止めないで(伊藤 幸)」。5W1Hを告げよ。「死んだのかなみな車座で食む苺」。せっかく死んだ宴会なのに栗鼠のように苺だけ?「あの世までつけるナンバー鰯雲」。こんなにたくさんの分身に付けられる番号あるの?私は誰にでもなれます。「こぽぽぽとそそぐアッサムみどりの日」。アッサムティーの何気ない香りがみどりの日に合っている。こぽぽぽは意味深い。「戸籍簿の不条理藤の房のぼる」。戸籍簿別に無くても子は皆可愛い。「目が骨にカメレオンです目借時」。眠い時はカメレオンの様に躰動かさず、手に届く所に総て用意して。「遺伝子はピカソと同じハンゲショウ【川崎千鶴子)」。ピカソは植物かもしれない。色々な擬態も出来。俳句のことは考え無いようにしています。佑海

大西 健司

特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。伊予弁でいいのだろうか。やはりこの方言の働きが大きい。なんでもない句だがこの方言から母のやさしさがじんわりと伝わってくる。ところで「■■■は■■■■■■■■■■■■■」「■■■■も■■■■■□■■■■■(田中アパート)」だがもう論外だろう。ここまで読み手を無視するなら個人誌にでも並べて置けばと思う。やはり句会に出すならもう少し読み手を刺激するだけの仕掛けを工夫してほしい。毎回気にはしています。

田中 怜子

特選句「椎若葉もこもこ孫に子が産まれ(野田信章)」。新緑の季節、秋、冬にためこんだエネルギーが爆発するそのエネルギーと、我が家に待望の赤ん坊が生まれる。人生肯定の喜びがあふれていますね。特選句「つばめ来る百円古書のワゴン売り」。私が使う駅の軒を巣にしていたつばめがこのところ来てくれない。ここでは燕の切っ先や、のどかな古本ワゴンの売れても売れなくても気に留めない呑気な雰囲気が伝わって、こんな時間の運びの世の中がいいですね。

島田 章平

【評】まず、黒塗りの超問題句から。「■■■は■■■■■■■■■■■■■」。まるでブラックボックス。スターウオーズのダース・ベイダーみたい。(テーマ音楽スタート)。ひたすら暗黒面を歩いている。特選句は「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。会話がそのまま俳句になっている。さぬき弁があたたかい。私ごとになりますが一年間、会員の皆様のお名前を俳句に詠み込ませて頂きました。出来の悪い俳句ばかりですみませんでした。ご参加の方々に心よりお礼を申し上げます。また、お会いしましょうね。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・。

桂  凜火

特選句「老幹のまだまだと言う柿若葉」。まだまだという老幹に力を感じました。もういいわと思ってはいけないですね。諦めの悪さに共感しました。

藤川 宏樹

特選句「薫風や横臥の釈迦のあしのうら」。どうしたことか、大きな涅槃仏像の足の裏を眼前にしているようです。どうやら上五「薫風や」が効いたみたいです。

風   子

特選句「一人称単数わたしチューリップ」。若い力の強さと、無防備さと、潔よさを感じます。もしご高齢の方のお句でしたら感服。「地軸歪むときには亀の鳴いてみせ(大西健司)」。亀鳴く、の季語はとても面白い季語です。なんせ「無い」ことなのですから。それだけで面白い。「山は息大きく吐いて吐いて夏」。リフレインが効いてると思いました。最後の夏の季語がよりリフレインの効果を生かせていると。ゆっくり一句づつ何度も読みました。が、残念ながら溢れる思いは伝わりましたが全体に俳句として共感するには私はまだ未熟です。

津田 将也

特選句「シンカーの握りで父へ新玉ねぎ」。この句、措辞に惚れて採らされた。新玉ねぎは、温暖な地方では3~4月頃出荷される早取りの玉ねぎ。水分と甘味があり辛味が少ないのが特徴。この時期の玉はまん丸くて、メジャーリーグの公式球に見合っている大きさ。『シンカーの握りで父へ』のこのシーン。父への「投球」か、それとも「手渡し」か、については読み手に委ねられているわけだが、私は後者の「手渡し」がよいと思い、特選句にいただいた。

十河 宣洋

特選句「追憶というもどかしい揺れ舟遊び」。懐かしい記憶をたどることがある。どうしても思い出せない箇所が必ずある。人の名前だったり、場所や時間など。もどかしい揺れがその時の気持ちを表している。特選句「韃靼海峡全裸でわたる蝶がいる」。安西冬衛の「てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った」の詩のフレーズを意識した作品。冬衛の詩を読んではいないがパロディとして好作。問題句「■■■は■■■■■■■■■■■■■」「■■■■も■■■■■□■■■■■」。伝達性の問題をどう解決するか。あるいは伏字を多用した時代の諷刺かもしれないが、それが効いてこないように思う。

樽谷 宗寛

特選句「妣が舞ふ螢舟からさぬきうた」。うまいないいなと思いました。

野口思づゑ

特選句「蛇苺世界大きく狂いけり」。あまりにもシンプルで単刀直入なので戸惑ってしまうほど。句が発散するインパクトが強い。世界は人間には不味くても蛇は食べるかもしれない程度の苺に成り下がってしまったようだ。

山田 哲夫

特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。日常の中の何の飾り気もない母の一言がそのまま作者の心に母という存在を却って鮮やかに意識させたのだろう。「なんもいらんけん」この会話の一言だけでこの母の日を迎えた親子を取り巻く状況も心情も容易に想像されてきて、ほのぼのとした思いにさせられる。それに小さくなった母の姿を添えることで更に母の存在が確かなものに映る。

鈴木 幸江

特選句評「寄り道は果てしなく桜蕊降る」。私にとり、学問する楽しみは己が閃きを問うこと。問いを探究し、考えること。将に、寄り道をしている気分だ。その時、美しい桜蕊が果てしなく降ってくることもある。答えなき世界が<いのち>の自然であると。この句には、その世界観が表現されていて特選とした。

男波 弘志

「蒲公英の影を拾ってこぼれそう」。何がこぼれそうなのだろうか、何が影を拾ったのだろうか、蒲公英の影とは何の影だろうか、何、はもとより芭蕉のつぶやきだろう。 秀作。

上原 祥子

特選句「薔薇の一票百姓誇る母ちゃんに」。もう選挙で当選した時に付ける薔薇の花みたいに一票をお百姓であることにプライドを持っている「母ちゃん」に入れたいのだ。季節は五月、薔薇の咲き誇る季節の母の日に寿ぎたいのだ。「予想する本屋大賞春惜しむ(川本一葉)」。晩春に恒例の本屋大賞を予想している。思った本じゃなかったかもしれないけど、独特の高揚感がこの大賞にはある。本好きを通り越して、本に淫している人々には大変魅力的な季節。「遠景に比叡言霊のように初音」。遠くには比叡の山々を臨み、鶯やホトトギスの初鳴きの聲が言霊の様に響いてくる。嗚呼、春だなあという感慨というと陳腐だが、視覚から入って、音声に表現が移行し、初音の、鳥たちの鳴き声が辺りに誰かの言葉のごとく鳴り響いている、という極めてドラマティックでカメラのアングルから音声への移行というユニーク且つ独特の表現がなされている。「こぽぽぽとそそぐアッサムみどりの日」。連休真っ只中のみどりの日にアッサム紅茶をお気に入りの紅茶茶碗に注いでいる。「こぽぽぽ」という擬音が出色である。なぜなら「みどりの日」は自然に親しみ、その恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ日であるからだ。この擬音は平和で美しい季節を象徴しているかのようだ。「おねえちゃんになるの明日はこどもの日(松本美智子)」。「おねえちゃんになるの」という子どもの静かな同時に弾んだ喜びが伝わってくる句。明日はこどもの日。妹かな?弟かな?「初夏の風無常の中の命かな」。 昔、ちょっとだけ師事した方が突然亡くなられた。音信不通で三〇年近くお会いしていなかった。会っておけばよかったのかと思うことしきり、しかし世は無常である。心よりご冥福をお祈り致します。「まわし締め頬っぺた豊か青蛙」。恰幅の良い青蛙、丁度廻しを締めたように見える。そしてその頬っぺたを膨らましているのである。ドスコイ!体が緑と白のツートンカラーでこの季節らしい爽やかさも演出しているかのようだ。「麦秋やブレスレットに小さき錆(向井桐華)」。実った麦の一面の黄色に銀のブレスレットが映えている。その絶妙とも言える取り合わせの中、銀の中に小さな碧い錆が浮いているのである。完璧な取り合わせの中にひとつの翳りを作者は見出している。また錆は邪魔者ではなく、アクセントとして、一種の美を提供していると思う。「シンカーの握りで父へ新玉ねぎ」。「シンカー」または「スクリューボール」は野球における球種の一つで、投手の利き腕方向に曲がりながら落ちる球種である。台所で調理している父に「シンカーの握り」で新玉ねぎを投げて渡したのだ。気分はダルビッシュ有?「フラットな老いの午後です五月鯉(松岡早苗)」。平穏な老いの日々に於ける或る午後、ふと外を見ると鯉幟が五月の爽やかな空を泳いでいるのです。まだまだ、衰えてはいませんぞ、鯉幟が空を泳ぐごとく気分は上昇しているのです!問題句「■■■は■■■■■■■■■■■■■」。■の中にあるものを見てみたいです。「■■■■も■■■■■□■■■■■」も同様。

河野 志保

特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。年を重ね小さくなっていく母。無償の愛を子に生涯注ぎ続ける。そんな母を思う作者の愛もまた美しく。「なんもいらんけん」の方言が温かく響く好句だと思う。

河田 清峰

特選句「鮒鮨やとなりに光源氏いて」。匂宮でなく光源氏が良かった。

松岡 早苗

特選句「癒えし朝山は若葉を積みかさね」。長い病が癒え、清々しい朝の空気を吸い込むときの幸福感。見慣れた山々も病明けの今朝は一段と美しく生命の息吹に溢れて見える。「若葉を積みかさね」るという表現がすてき。特選句「河馬眠し桜は北へ駆け昇る」。大きな口を開けてあくびをしている河馬。そののんびりした長閑さとあっという間に列島を北上した桜前線の性急さ。両者の取り合わせが絶妙。「昇る」の字を使っているのも印象的。

大浦ともこ

特選句「Tシャツにゲバラは生きて若葉風」。不思議と人気のあったチェ・ゲバラは亡くなっても存在感があります。若葉風とは合わないように思うがその合わない取り合わせが面白い。この不穏な時代とも軽やかに響きあうのでは・・・。特選句「少年が少年いたわる花の昼」。春頃は心身の調子を崩す子どもが結構います。季語の「花の昼」で少年特有の純粋な優しさが伝わってきます。

塩野 正春

特選句「追憶というもどかしい揺れ舟遊び」。船の揺れは漕ぎ手や船頭の腕にもよりますが不確定な動き、計算では出ない動きですね。ご自分の記憶が様々によみがえり、(もどかしい)の一語で表現されます。追憶がもどかしいのか、揺れがもどかしいのか、読み手に深い味を持たします。特選句「失語症の我を癒せよ鶯よ(新野祐子)」。私の町内に失語症の方がおられます。言葉の発生はもちろんの事手足も不自由なようですがよく買い物で見かけます。鶯の鳴き声はいつも聞きなれておられるのでしょうが、聞く度度に新しい声に聞こえるのでしょうか? 鶯の発声がうまく真似できたら失語症も治るのでは?と、なんか明るい希望を持たせる句と感じます。鶯だけでなくほかの鳥からも発声のヒントが得られそうです。

佳   凛

特選句「たんぽぽの強さあるのかおまえには」。強さあるのかと、聞かれるとどうだろうか、自分を振り返るとても良い機会でした。どんな苦難、環境にあっても、じっと耐え子孫に繋いで行く、そして楽しませるゆとりを持っている。今の世はせっかちで、人を非難しがちです。静かにじっと待つ忍耐強さを、持って欲しいものです。

淡路 放生

特選句「白鷺のごとく突然居なくなる」。不思議な句である。眼前(脳裏)に白鷺の姿はあった。しかし読み終ると白鷺が流れて消えてしまった。<突然>と言う語感のマジックがそうさすのだろう。スッキリした作品だけによけいにそう感じる。いい句だと思う。「創業百年父祖に似て来し手にも汗」。―<手にも汗>で句になっている。「実桜や九十歳のクロゼット」。―<九十歳のクロゼット>は、こうであろう。「眩しさにつのる淋しさ青き踏む」。―<眩しさ>と<青き踏む>が納得させてくれる。『春の雲「なぜ」と問わない人でした』。―<春の雲>で作品が深くなった。

谷  孝江

特選句「ときには巻きつかれたい葛の蔓」。ほんの少しのエロティシズムが良いですね。こんな葛があったなら、私もほんの少しだけ巻きつかれたいです。色々とあったね、と。二人だけの話がしたいです。特別な苦労もなく通り過ぎた年月です。けれど、やはり相棒がほしいです。気兼ねなく話が出来る、ちょっとの一言で通じ合える、そんな時間がある大切さを失くしてから知りました。時には強く時にはやはらかに受け留めてくれる人が居る幸せを年齢と共に身に沁みて感じることが多くなりました。

増田 暁子

特選句「つばめ来る百円古書のワゴン売り」。春の古書市の様子ですね。つばめと古書市の映像が目に浮かび、どこかで見た記憶の風景。特選句「シンカーの握りで父へ新玉ねぎ」。畑の風景ですか。親子の和やかな様子が目に浮かびます。シンカーが良いですね。

岡田ミツヒロ

特選句「九条が風の野を行く遊ぼうか」。憲法記念日、薫風に翻える九条の旗、戦争を防ぎ多くの人命の盾となってきた誇り高い旗。「遊ぼうか」が生命の讃歌のように晴れやかに響き渡る。特選句「昭和の日みんな貧しく半笑い」。戦争の惨禍を社会も人も癒しきれてない戦後昭和の時代、人々は笑うと、その傷跡が疼いた。そんな時代の様相を「半笑い」と見事な一語で言い留めた。

吉田 和恵

特選句「Tシャツにゲバラは生きて若葉風」。いつの世もゲバラは不滅です。

あずお玲子

特選句「薫風や横臥の釈迦のあしのうら」。普段は見ることのないお釈迦様の足の裏。私たちと変わらぬ足の裏を惜しげもなく見せて、そこに薫風が吹いている。新樹の葉擦れの音まで聞こえてきそう。特選句「シンカーの握りで父へ新玉ねぎ」。動詞が無いにも拘らず動きや表情、関係性や前後の空気まで見える。母親とでは成立しない、程よい父子の距離感がとても心地よい。

伊藤  幸

特選句評「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。幼い頃あんなに大きく見えた母が今は年を取り小さくなって・・・。「母の日は何が欲しい?」「何もいらんよ」母を思う子、子を思う母、会話の景が見えてくるようだ。

高木 水志

特選句「あの世までつけるナンバー鰯雲」。最近は国民一人一人に番号をつけて様々な手続きが簡単にできる時代だが、鰯雲の形が数字に見えて、数え切れない亡くなった人達につけた番号に見えた。

三枝みずほ

特選句「金雀枝とカーテン游び部屋が夏」。幼少期に風のカーテンでよく遊んだ。それは、波、雲、秘密基地など想像は無限に広がる。初夏の独特の空気感をカーテン游びが捉えた実感の一句。

川崎千鶴子

特選句「追憶というもどかしい揺れ船遊び」。この追憶はあまり愉快な者でなく後悔や不幸を滲ませた者なのでしょう。それを「もどかしい揺れ船遊び」で表現しているのでしょう。見事です。「藤の花未来手放す自由 ゆれる」。「未来手放す自由」とは本当は不本意ながらという真意が、「ゆれる」に表現されている。

中村 セミ

特選句「白混ぜて濁る絵の具の悲しみよ」。白が何であるのか、壁のような世間,会社なのか、それに従う赤や青の絵の具のかなしみなのか。そうも思ったが、もっと深いものもあるように思い特選とした。

柾木はつ子

特選句「新緑といふ贅尽くす街となる」。生命の息吹を感じさせる新緑の季節がやって来ました。どんな意匠よりも贅沢に街を彩って…正しくその通りだと思います。特選句「しっかりと影濃い二人夏野かな」。夏は影がくっきりと現れますね。まるで影だけが独立して命を持っているような気さえする事があります。掲句の二人は手をつないでいるのかな?いろいろ想像が広がります。

薫   香

特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。私の母も今年92歳になりますが認知症も進み、何を聞いても「いらん」と言います。そして年々小さくなっていく気がします。特選句「白鷺のごとく突然居なくなる」。今日選句をしている最中に。知人の訃報が入る。まさしく突然いなくなりました。明日お別れの会に行ってきます。

佐孝 石画

特選句『春の雲「なぜ」と問わない人でした』。理由を問わず受け入れてくれる優しさ、広さ。作者が空を見上げる仕草が重なり、春雲の柔らかい微笑が見えてくる。「でした」とあることで、その人への喪失感が余韻としてまた空に響いていく。

榎本 祐子

特選句「追憶というもどかしい揺れ舟遊び」。取り返すことのできない過去の揺曳。この舟遊びは時間という過ぎて行く流れの中で、ひと時を戯れる人生のようにも感じさせる。

寺町志津子

※心に響く内容の御句が多く、迷い、迷いの選句でした。「少年が少年いたわる花の昼」。光景を思い感動。「花の昼」が、少年のいたわりによく利いていると思います。「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。「なんもいらんけん」の語は、郷里の広島弁でもあり、亡き母を思い、しんみりしました。「薫風や素人農夫の頬撫でる」。素人農婦をしておりますが、鍬を持っての農作業に風は何よりで、実景を詠んで頂いたようで楽しく思いました。問題句「■■■は■■■■■■■■■■■■■」「■■■■も■■■■■□■■■■■」。■、□には、どのような語が入り、どのような御句なのか(■と□は語が違うのではと想像しながら)、興味津々です。                                                

山本 弥生

特選句「新緑といふ贅尽くす街となる」。コロナ感染対策も手放しと云うわけには行かぬ迄も街には日常を取り戻しつゝあり、少し落付いた気分で街に出た。新緑がこんなにも美しいと感じたのは最高の贅沢だと思えた事に共感しきり。

三好つや子

特選句「おぼろ夜の海綿体の湯の女」。温泉につかりながら寛いでいる女は、ひょっとしたら妖かしの世界を生きる女かも知れない。朧夜がこうした幻想を抱かせ、興味のつきない句です。特選句「青年の骨か思想か花水木」。この句から、自らの正義を貫き、戦場で命を失った兵士の叫びを感じました。骨か思想かという強い言い回しに、ウクライナとロシアの戦争の終結への祈りが込められていると思います。「昭和の日みんな貧しく半笑い」。世界の情報が手に入り、物にあふれるこの時代と較べて、いつも何かが足りないと思われた昭和が懐かしいです。「半笑い」の着地がすごい。「遺伝子のリレー若鮎ひろがる川」。さまざまな命のバトンをつなぐ、夏の川のきらきらした光景に魅せられました。

森本由美子

特選句「実桜や九十歳のクロゼット」。花が見事に咲いていた証として、小さな赤黒い種のようなものがひっそり実を結ぶ。人生の結末ってそんなものかもしれない。年月を経たクロゼット(またはクロゼットの持ち主)との取り合わせが、しっくりしていて知性を感じさせる。

竹本  仰

特選句「癒えし朝山は若葉を積みかさね」選評:十年ほど前、手術を終えて南の窓に山が見えていた入院中の事を思い出しました。右胸の縫合部がうまくつながれば退院と言われていたので、毎朝日々みずみずしくなる眉山を見ながら、退院の日はあそこへと決め、その通りに迎えの妻の車に乗せてもらいその頂上へ行きました。そう、食欲が戻ったように、若葉がじつに飢えを満たすように目に痛く感じました。と、実体験に近づけすぎる偏った鑑賞になりましたが、実感がとてもよくあらわれた句に見えました。特選句「一群の喪服の裾に花みづき」選評:お葬式の時は、みなさん何処を見ているのでしょうか。とふと思わせられた句です。そうか、足元を見るか、と。何となく書き方が、一人のライターが外にいるような感じで、そこが面白いです。僧侶と言えど一群に含まれており、遺族も、また参列者もそうです。そういう何というか、抗しがたい運命に引っ張られつつ通り過ぎるその時の一群は、なおかつ或る時代の一群であり…と読めるところが良いなあと思います。ということは、落語家のあの衣装自体が、多面的に人物や時代を想像させるように、喪服もまた永遠なものを思わせる、そんな効果もあるのだなと思いました。特選句「朧夜や忘れ形見の尾骶骨」選評:私たちが、自分をホモサピエンスだと思い出すのは、大概何だか行き詰ったり、訳のわからない不安に直面したりの時ではないでしょうか。ふいに思うたかだか百年くらいのご先祖さまではなく、ホモサピエンスの出現までさかのぼってしまう、そういう物思いになることってありませんか。養老孟司さんが言っていましたが、都心の高層マンションの何もかも便利で快適な一室に住もうと一日中あくせく働く生きものはニンゲンくらいだ、というのはウソではない事。TVで紹介される「誰もが羨む〇〇〇の方」という、みんなそんなの羨むべきなの?と突っ込みたくなる見方。これはしかし詰まらない事なのだろうか。むしろ、尾てい骨にこだわる派の方々にこそ、愛おしみを感じます。以上です。

夏風邪になりました。気温の変化が激しく、まだ四月の初めくらいの体感でいたところ、内外のバランスが崩れたのでしょう、何となく置き去りにされたからだが、ちょい休めのサインを出しているようです。こういう病になる直前は湧いたように読書欲に取りつかれ、積載オーバーの車輌が転んでいくように、いつの間にか横になっています。でもこうやって一度ページをめくっておくと、後日健康になったある日、また読み出すことが結構あるので、これはこれで大事にしています。回復の予感があり、今からやっと五月が来る感じです。気持ちの方はもう六月の峠にたどり着こうとしているのですが。みなさん、くれぐれもご自愛ください。

菅原 春み

特選句「初夏の海にさらわれ砂の舟(桂 凜火)」。初夏の情景が潮の香りとともに浮かび上がってくる。砂の舟がいいです。特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。小さくなった無欲な母の姿がなんとも愛しく胸を打ちます。方言がまたリアリティを出しています。

時田 幻椏

特選句「あどけなく横たふ妊婦緑の夜(大浦ともこ)」。若い新婚の孕女、何もかも初体験の希望と身体的倦怠、この微妙な危うさを素直に読み取れます。特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。「なんもいらんけん」御母堂様の素朴な語りに母の有難さを思い、末永い御健勝を祈るばかりです。

重松 敬子

特選句「つばめ来る百円古書のワゴン売り」。古書街の見慣れた風景。コロナ禍でここ何年も出掛けていない。初夏の懐かしい街角へ誘われた句。

山下 一夫

特選句「死んだのかみな車座で食む苺」。「死んだのか」というのは、車座の皆なのか、それ以外の何者なのか、はたまた情景を読んでる人の感慨なのか。ともかく皆が車座になって苺を食んでいるのは尋常な情景ではありません。儀式性を感じますが、苺や唇や苺の汁がついている口元の赤色がやけに毒々しく浮かび、不気味さが濃厚になってきます。ひょっとして生成AI?とも思いつつ、シュールな謎をいただきます。特選句「実桜や九十歳のクロゼット」。九十歳ともなるとその方のクローゼットは、さぞや鈴生りのサクランボの木のように賑やかなことと思います。失礼かもしれませんが、高齢となられるにしたがって身の丈や心持ちが愛らしくなっていかれること、素敵な結実を迎えられていることなどから「実桜」の形容はぴたりであり、祝福したいです。問題句「戸籍簿の不条理藤の房のぼる」。遺産相続などの関係で遡って戸籍謄本を集めていくと、例えば自身を起点にすると、戸籍謄本や親族の数が逆三角形をなすように増えていきます。各戸籍毎に何人かの親族が記載されているのも藤の花付きを思わせます。その意味で「藤の房のぼる」は言い得ていると思われます。しかし「不条理」がわかり難いです。戸籍簿そのものは法律に従って国籍や身分(親族)関係を表示している道具に過ぎません(ちなみに役場に申請して取得するのはその謄本等です)。不条理をいうとすれば、制度としての戸籍や相続に対してと思われ、字数も考慮すると「相続の~」の方が紛れがないかと思われます。それは含み省略もきかせて敢えて「戸籍簿」を斡旋されているとすれば、すみません。

植松 まめ

特選句「あの世までつけるナンバー鰯雲」。この2~3年国はマイナンバーの押売り状態であった。お得、お得と言われ登録した人も多い。何もかも紐付けして大変便利になるらしい。やがて死んでもマイナンバーがついてくるかも。このシステムあまり信用してないので私はまだ登録していない。特選句「薫風や素人農夫の頬撫でる(漆原義典)」。この物価高に夫は一念発起して家庭菜園に力をいれている。食べる物を作っていれば餓死することはないだろうが持論である。夫は今この句の状態である。爽やかで生活感があって良い句だ。

疋田恵美子

特選句「創業百年父祖に似て来し手にも汗」。事業を興して百年という長い年月、代々守り続け受け継ぐ自分自ずと気合が入る。特選句「実桜や九十歳のクロゼット」。夏には九十歳となりました。人生これからと元気溌溂。選り取りのクロゼット。

滝澤 泰斗

特選句「なんもいらんけん母の日の母小さくて」。母親像とは掲句そのもの。文句なしに・・・。特選句「山は息大きく吐いて吐いて夏」。スケール大きな山、スケールの大きな夏が描けた。「黄を消してまた黄を消して菜の花」「白混ぜて濁る絵具の悲しみよ」。黄色一色の世界は消しても消しても消し切れない。それに比べ、一つの色に白を足すのに濁るのは如何に・・・禅問答風だが、色を認識している世界は不思議さに彩られる・・・そんな掲句二句から深い人間の感応の力に驚いた。「韃靼海峡全裸でわたる蝶がいる」。てふてふが一匹の既視感と相まって・・・「そうか、あの蝶は全裸だった」と…連句の妙を感じた。「黄と緑失せざる童画戦禍の地」。子供の絵からウクライナを象徴する青い空と小麦畑の黄色が消えた・・・それはとりもなおさずウクライナの国旗がプーチンロシアのどす黒い血によって黒ずむばかりだ。「初夏の稲田の風や心呼吸」。実にすがすがしい好句。「観世音菩薩の思惟にいて涼し」。久しく感じられない光景だが、実感句。「春眠にしがみつかれて一日中」。この黄金週間はまさにこの感強しだった。

荒井まり子

特選句「戸籍簿の不条理藤の房のぼる」。ジェンダーも含まれるか。色々な場面でのカミングアウト、レインボーカラーも違和感もない。不条理を生命力のある藤に期待。毎年励まされてうれしい。

三好三香穂

「早苗さはさはあれはわたしの影」。田植えの季節です。水を張った田に映る自らの影、爽やかな風が渡っている。とても気持ちのいい句です。「台湾の高温多湿の中立論(滝澤泰斗)」。台湾情勢は昨今とても気になります。中国とアメリカの綱引きを高温多湿としたところが面白い。「ひたすらに愛が欲しいと蛙鳴く(藤田乙女)」。もうすぐ蛙の合唱の季節。すべては求愛の唄。人間の求愛は、鳴くとか、踊るとかでなく、何なんでしょうか?「昭和の日みんな貧しく半笑い」。懐かしい昭和。子供の頃の写真を、古いアルバムをめくってみると、貧しくも楽しい思い出がよみがえります。

菅原香代子

特選句『春の雲「なぜ」と問わない人でした』。亡き人に対する深い愛情が感じられます。春と流れゆく雲との組み合わせに、いっそうの深い思慕を感じます。「そら豆やそろりとまくれ莢のそと」。そら豆と、そろりの組み合わせが、いかにも春らしくてほのぼのとしていいなと思いました。

野田 信章

特選句「遠景に比叡言霊のよう初音」。ここには、実景としての比叡の山容と共に、言霊そのものとして感受された比叡の遠景がある。まだ整わぬ今年はじめて聞く鴬の初音に喚起されてくるのは若き日の最澄の入山による求道の思索と行動の日々の苦難と充実感でもある。比叡山は仏教以前から山岳信仰の地でもあった。そのことを包含した上での言霊である。

新野 祐子

特選句「憲法記念日光りいる砂無尽」。平和憲法が踏みにじられようとしている今ほど日本国憲法の果たしてきた役割の大きさ、重さを実感する時はありません。「砂無尽」とは見る角度によって多様な解釈ができるでしょう。巧妙な措辞だとおもいます。それも「光りいる」ですから。「ちんとんしゃん野崎参りは五月晴」。この「野崎」は「野﨑」さんのことですよね。「ちんとんしゃん」「五月晴」、こちらも明るく大らかな憲子さんにぴったり!とっても素敵な句です。♡

稲   暁

特選句「蛇苺世界大きく狂いけり」。確かに、ロシアのウクライナ侵略以後世界は大きく狂い始めたような気がする。日本も軍事費を倍増して何をしようとしているのだろうか?

松本美智子

特選句「地軸歪むときには亀の鳴いてみせ(大西健司)」。昨今の日本列島の地震は、本当に不安になりますね。「亀鳴く」という季語は「春ののどかな昼」に亀が鳴くように聞こえることから・・とありますがのどかな春に亀は地震に驚いて鳴くかもしれません。

♡♡今回、「なんもいらんけん母の日の母小さくて」で句会始まっていらいの最高点句だった松本さんに感想をお聞きしました。→ びっくりするぐらいの方々が特選句に選んでいただいて驚いています。えっつ、何かの間違いでは・・・と思ったぐらいです。皆さんの共感の土台にたった句だからだと思います。まさに、母との会話からできた句ですし、あんなに「偉大でたくましく、ちょっと鬱陶しいくらい世話焼き」の母でしたが度重なる怪我で心身ともに「小さく」なったような気がします。ありがとうございました。励みになります。因みに「おねえちゃんになるの明日は子どもの日」の句も実体験で長男の所に次子が誕生しました。長子は女の子ですので「おねえちゃんになるんやね」・・・と実感しました。この土曜日に退院してミルクをあげたり、一緒に布団に入ったりしている動画が送られてきました。世界中の子どもたちの未来が平和で幸多いものになるように祈りをこめて・・・「明日は・・」の言葉を選びました。(両方とも話し言葉をいれて安易かな・・と自信なかったです)これを機にもうちょっと俳句にかける時間を増やして比重をかけてがんばってみようかなと思います。ありがとうございました。

田中アパート

特選句「遠景に比叡言霊のよう初音」。初音を言霊のように聴くとはやさしいんだね。特選句「犬が来て春の焚火の輪が満ちぬ(稲 暁)」。人間と犬とが同等なんだ。やわらかい心。「韃靼海峡全裸でわたる蝶がいる」。昔も韃靼海峡をわたる蝶がいました。全裸で泳ぐ蝶。もちろんバタフライで。♡チャットGPTなどのAIで俳句を作る時代がもうすぐそこに。人間の作ったものよりも傑作が、俳句では作れるでしょう。その後の俳句の世界はどうなると思います。ゴリラ、トラ、ライオン、ネコ、犬、ネズミ、シラミでも作るかも。おもしろい時代になります。ゴリラが作った句集がノーベル賞なんてしゃれにもなりませんな。

向井 桐華

特選句「蛇苺世界大きく狂いけり」。今般の世界は戦争や地域温暖化が招いた災害など狂っている。蛇苺を人間は食さない。蛇が食べそうなところに生えるから蛇苺というのは俗説だそうだが、この世界は蛇も食わないような渾沌たるもの。季語のもって行き方がうまいと思った。問題句「死んだのかなみな車座で食む苺」。体言止めで最後は苺に焦点が合うのだが、死んだのかなをどう読むかで賛否が分かれそう。

銀   次

今月の誤読●「おかつぱのあの子どこの子桐の花(柾木はつ子)」。少年はいつもその子のことが気になっていた。美しいというのではない。可愛いらしいというのもちょっと違う。むしろどこといって取り柄のないごく普通の子どもだった。ただいつも笑っているのと、そのとき大きな目がクルクルまわるのがなんとも愛くるしく、少年のこころを波立たせるのだった。学年はその子のほうがひとつ下だし、むろん学校で出会うことは少なかった。ただ登下校の際にはしばしば同じ道を通ることになる。そのとき遠巻きにその子を見て満足をするのがせいぜいだった。ある日のこと、少年は意を決して、あたかも忘れ物をしたふうをよそおい、その子の反対側から歩き、すれ違いざま写真を撮った。それは恐ろしい罪だった。盗撮という言葉が頭をよぎった。胸が苦しくなった。だがそれ以上にその子の写真を手に入れたことになんともいいようのない喜びを感じた。少年はその写真を額に入れ机に立てた。ときには写真にリボンをかけ、ときには花を飾ったりして、写真を愛でた。少年にとってその写真はなにものにも代えがたい大切なものだった。やがて時が経った。その写真がセピア色になるころ、少年はその子と結婚するのだが、それはまた別の物語だ。だが男はその写真を手放さなかった。小物入れに入れ、屋根裏に隠した。そしてときおり屋根裏に足を運び、その写真を飽かず眺めるのが男の密かな楽しみになった。妻はそのことを死ぬまで知らなかった。

亀山祐美子

特選句「なんにもいらんけん母の日の母小さくて」。作者が母の日に何が欲しいかを尋ねた返事。互いの年齢が高くなればなるほど物欲は消え親として子として只そこに居てくれさえすれば満足安心する存在。一日でも息災ならむことを祈ります。

丸亀葉七子

特選句「薫風や横臥の釈迦の足のうら」。仏生山の大きな寝釈迦さまが目の裏に。薫風が足の裏をくすぐっていった。面白い句。発想に、俳人の面目躍如を見てとれた。周囲を囲む仏さまや獣たちよ!気が付いたならどうにかして差し上げて。特選句「なにもいらんけん母の日の母小さくて」。母を思う句には逆らえぬ。俳句の技術などは、必要が無いと思っている。心がこもった一句だ。亡き母を思いだして涙が出そうになった。

野﨑 憲子

特選句「予言者の蝶を音符のごとく吐く」。六波羅蜜寺の空也像の口から出ている六体の阿弥陀仏が浮かんできた。混迷の人類を平和へ導く予言の蝶達よ現れよ。特選句「私から迎えに行きます時鳥」。この一句に胸がときめいた。<私から>という言葉に何かが始まる、理屈ではない熱い世界を感じる。時鳥も同じ気持ちだと思う。

(一部省略、原文通り)

袋回し句会

青嵐
青嵐身体のぜんまい切れていく
中野 佑海
よく笑う少年だつた青嵐
野﨑 憲子
ロケ班の遅刻の理由青嵐
あずお玲子
青嵐頭ごなしに叱られて
柴田 清子
青嵐風の電話は通話中
島田 章平
母の日や包みの皺を手でのばし
中野 佑海
母似です薔薇の香りの京マチ子
あずお玲子
母の字に乳首が二つ母の日よ
島田 章平
母であって子どもであって母の日よ
柴田 清子
蜜豆の蜜のようだった母なりし
柴田 清子
雨の桟橋五月の影と母さんと
野﨑 憲子
見えなくてもいるんだ母の日の母
島田 章平
こだまでしょうか母の日の母の声
島田 章平
薔薇
こんな世に アンネの薔薇が二輪咲く
島田 章平
黄バラは真っ赤なバラ妬みます
柴田 清子
トゥシューズのリボンひらひら木香薔薇
あずお玲子
向日葵
コミュニティーバス向日葵畑で乗りし影
中野 佑海
向日葵を買います午後は休みます
あずお玲子
源内の消えし校歌よ大向日葵
野﨑 憲子
こどもの日
子どもの日父のせなかの刀傷
藤川 宏樹
太ペンのキャップどこかへせいくらべ
藤川 宏樹
てのひらに千のひよこや子どもの日
野﨑 憲子
パパもママもボクも甘党子供の日
柴田 清子
湖に風生む鯉や子どもの日
野﨑 憲子
こどもの日兜をかぶるショータイム
島田 章平

【通信欄】&【句会メモ】

今回から第二土曜日の開催となった句会。外は雨、参加者は七名でしたが、句座は楽しく熱くあっという間の四時間でした。袋回し句会はカット作品もあり全句掲載できないのが残念です。

藤川さんのスタヂオのホワイトボードには三歳のお孫さんが描かれた家族スケッチが残されていて、その表情の豊かさに感動しました。

『俳壇』六月号プレミアシート(183頁)に拙文が掲載されました。お気が向けばご笑覧ください。

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